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    元スレ京太郎「俺はもう逃げない」 赤木「見失うなよ、自分を」

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    601 = 1 :

     がちゃり

     丁度その時、京太郎がトイレから戻ってきて、そのまま卓に座る。


    「待たせたな、こっちはもういいぜ」
    「ちっ………」


     矢木は舌打ちを一つ打つと、何も言わずに卓に着いた。



    「確認するぜ。
     この5回戦がラストだ。もしここで俺が1位を取ったら、お前らには全員土下座してうちの麻雀部の皆に謝ってもらう。
     今後一切俺たちに関わらないし、染谷先輩の店に他人を使って嫌がらせをするのもナシだ。
     代わりに俺が1位じゃなかったら………指を2本切り落としてくれて構わない」

    「まぁ………いいだろう」

    (…………?)


     矢木がやけに素直なのが気になったが、その前に自動卓から牌がせり出てきたので、そのまま配牌に移る。

    602 = 1 :

    5回戦 東1局 
    東家 竜崎
    南家 矢木
    西家 黒崎
    北家 京太郎

    配牌

     15(赤)66m3499s289p北北 ツモ:4m ドラ:5p

    (悪くない。
     89pの辺張さえどうにかなれば、北を鳴いて手っ取り早く役牌ドラ1で上がれる)


     大物にはならないが、手早く上がれそうな配牌にまずはほっと一息つく。
     場風牌や三元牌ならともかく、北なら5,6順もすればだれか鳴かせてくれるはずだ。
     落ち着いた気持ちで、打1m。


    11巡目

     京太郎手牌
     45(赤)666m34499s チー:789p ポン:北北北 ツモ:5s(赤)

     (ラッキー!)

     赤ドラを引いて来れたことに内心喜びつつ、打4s。
     思ったより時間がかかったが、これで3-6mと9sの変則3面張。

     そして俺の下家、竜崎のツモ。
     竜崎はその牌と俺の手牌を数回交互に見て顔をしかめると、ツモった牌の代わりに8sを切り出した。
     恐らく萬子でも引いたのだろう。俺の捨て牌には1mと8mが1枚あるだけで、2~7mは出しにくい。
     だがそのうちツモれるはずだと自分に言い聞かせ、機会を待つ。

    603 = 1 :

    14巡目
     ツモ:8p
     (くそっ、中々ツモれない………!)

     待ちの6mは4枚中3枚、9sは4枚中2枚を自分で使ってしまっているので、残り枚数はそう多くないというのはわかるのだが、どうしても気持ちは焦ってしまう。
     
     そしてそうこうしているうちに、誰も上がれず流局となってしまう。


    「聴牌」
    「ノーテン」
    「ノーテン」
    「聴牌」


     聴牌していたのは俺と竜崎。
     互いに隣の席から1500点ずつもらうが、親は変わらず竜崎のままだ。


    (また早い手が来てくれるといい…………え?)


     親の竜崎が上がれなくてほっとしながら竜崎の手牌を見た途端、驚愕が俺を襲った。
     
     竜崎 手牌
     33699m33p7799s東東

     七対子6m単騎。
     3種ある俺の上がり牌をすべて手牌で使い切られていた。

     それだけではない。
     竜崎の捨て牌には、引いた時には生牌であった一九字牌がいくつかあった。
     七対子で待っているなら、生牌の客風牌などうってつけの待ちだ。
     それを見送って、あえての6m待ち。


    (偶然、か…………?)


     やけに拭い難い疑問を残したまま、次の局が始まった。

    604 = 1 :

     70分後―――――

    (なんなんだ…………?)


     東4局 0本場
    東家 京太郎 22100
    南家 竜崎  13600
    西家 矢木  33200
    北家 黒崎 25000


     あれから竜崎が2回、矢木が3回、黒崎が2回連荘を重ね、1時間以上かけてようやく俺の親が回ってきた。

     めったに起こり得ないスローペース。

     しかしそれでも9局を70分で済んだのは、局一つ一つはかなりのハイペースだったからだ。

     毎回思ったように鳴かせてくれる。むしろこれまでの4回戦より更にわきが甘くなった印象すらある。

     だが、たどり着けるのは聴牌まで。
     鳴いているから具体的にはどの時点で俺が張ったのかはわからないはずなのに、俺の聴牌と同時にどいつもこいつもロン牌を出さなくなる。

     そしてそうこうしているうちに親が上がり、たまに俺がツモることによってのみ親が変わるといったことの繰り返しになっていた。

     途中何度か振り込みそうになったが、幸い直撃は一度だけ2300を奪われただけで、大物には振り込んでいない。

     だが、何とも形容しがたい気持ち悪さに付きまとわれたまま、俺の親が来る。


    (これで俺も連荘できるってんならまだいいんだけどなぁ…………)


     今の俺が基本としている、安手になってもいいから可能な限り早い手を上がる戦術は連荘の出来る親と相性がいい。

     安手でも3回連荘出来れば親だし30000点より上には余裕で行けるだろう。

    605 = 1 :

     京太郎配牌

     11357889m48p9s西西南  ドラ:8s

    (うげぇっ………!)


     表情筋が歪むのを必死で押さえながら、心の中で呻き声を上げる。

     萬子の混一色が可能だろうが、いかんせん手が重い。これでは12巡以上は余裕でかかりそうだ。

     しかも字牌が役牌じゃない。苦労して上がっても、30符2翻で3900どまりもあり得る。


    (また槓出来ればいいんだけどなぁ………)
     

     これはもう素直に混一色に向かうしかないと割り切り、打4pから始める。
     直後下家、竜崎の第1打は西。


    「ポン」


     1打目をポンされたことでやや面食らったようだったが、いずれバレるのだ。

     そして俺の2打目は5m。

     混一色に向かうなら5m切りは1つ手は遅れるが、4p5mと立て続けに打つことで、周りから見たらチャンタの可能性も同時に残す。

     役に立たない字牌を切りにくくさせることで、他の3人にも手を遅らせてもらう。

    606 = 1 :

     そんななけなしの抵抗を交えつつ、迎えた13巡目。

     京太郎手牌
      112399m南  ポン:西西西・888m ツモ:3m

    (カン2mで聴牌………もう混一色狙いなのはばれてるだろうけど、5m切っておいて良かったよ)


     筋引っ掛けで、少しでもロン牌の出やすい状況を作り出せたことに少しの希望を覚えつつ、打南。


    「ポン」


     対面の矢木が、俺の捨てた南をポンする。

     捨て牌や表情から察するに、これで聴牌したのだろう。

     客風牌をポンした事と捨て牌からして、役は恐らく索子の染め手だ。

     下家の黒崎はツモった牌を眺めた後、そのままツモ切り。牌は3mだった。


    (おいおい、ホントにどうしたんだこいつら?
     4連敗したらフツーはもう少し慎重にならないか?)
     

     萬子の染め手の俺に対し、無スジの危険牌をツモぎった黒崎に呆れつつ、俺は自分のツモ牌を見る。

    607 = 1 :

    京太郎手牌
      1123399m  ポン:西西西・888m ツモ:2s

    (げ…………)


     矢木に対して切れない2s。

     竜崎の捨て牌に1枚あるだけだし、これは捨てられない。

     何で俺だけこんな連荘できねーんだよと心の中で毒づきながら、打9mとして躱す。

     この先も振り込まないことは出来るだろうが、上がることはもう絶望的だ。

     南場4局だけで逆転しなければならないことを考えると、嫌な汗がまた噴き出て来た。

     次の矢木のツモ。

     矢木はその牌を見ると、視線を俺の手牌に向けて来た。


    (? 萬子でも引いて来たのか?
     でも今のこいつらの緩み具合だと、そのままツモぎるんだろうなぁ………)


     俺のように手牌に抱えて、上がりを放棄してくれないかなと思ったが、先程の黒崎のことを考えると、ここは俺に厳しそうでも迷わず切ってきそうだ。

     しかし矢木は一度視線を俺から逸らすと、その牌を手に入れた。

     そして代わりに切ったのは4s。

    608 = 1 :

    (あれ? 危険牌切らないんだな?)


     予想に反して矢木は手を回したらしい。
     しかし安心するのもつかの間。続く黒崎のツモ。


    「へへ…………」
    (?)


     矢木と黒崎が顔を見合わせたかと思うと、黒崎はやけにもったいぶった動きで手牌にその牌を加え


    「リーチ!」


     6mを出しつつ、リーチ宣言をした。


    (まずい、2鳴きしてるし、萬子が待ちだと躱しきれないぞ………!)


     短くなったこの手牌で躱すのは難しい。
     安パイを引けるように祈りながらの俺のツモ。


    京太郎手牌
      112339m2s  ポン:西西西・888m ツモ:2s


     何ともう一度2sを持ってきた。
     これはひょっとして、運が良ければ対々和に向かえるのでは?


    (少なくとも今黒崎は6m切りリーチだし、9mを打つのは間違ってない。
     その後ポンでもツモでも1,3mを持ってきて、2mが切れたら………)


     思いもよらぬところから出てきた上がりへの道に胸を躍らせ、打9m。

    609 = 1 :

     が、

    「ロン!」
    「え?」

     矢木が声高に言い、手牌を倒した。


    矢木手牌
     111555888s9m ポン:南南南 ロン:9m


    「三暗刻・対々和。満貫だ」
    「えっ………!?」
     

     ガタッ と、俺は思わず立ち上がってしまった。
     想像以上に揃っていた刻子の数もそうだが、何よりその不自然な待ちに。


    (9m単騎!? ありえない!
     だって直前の俺の捨て牌は9mだったんだ。この手を回すために残したものじゃない。
     しかもさっきの矢木の捨て牌は4sだったろ………!?)


     もし4sを手にとどめておけば、矢木の手牌はこうなる。


    矢木手牌(1巡前)
     1114555888s ポン:南南南 


     3-4-6s待ちの、高め跳満。
     例えば2mや7mなどの俺に通らない萬子を引いてしまったのだとしたら4s切りは正しいが、引いたと思われるのは、俺が直前に捨てた安パイの9m。
     わざわざこんな待ちにする理由は、どこにもない。

    610 = 1 :

    ごめん、少し離れます。
    また後で

    611 = 1 :

    (俺の9m対子落としを見切っていた?
     いや、だったら待ちの広い、かつ点も高い索子待ちのままでよかったはずだ。
     だって俺は手を回したせいで、最高でもまだ1シャンテンで振込みを恐れる必要なんてなかったんだから!)


     震える手で点棒を渡しながら、手牌を見透かされたような待ちに、頭の中が疑問で埋め尽くされる。
     これで南場突入時点の点棒状況はこうなる。


     南1局 0本場
    北家 京太郎 14100
    東家 竜崎  13600
    南家 矢木  41200
    西家 黒崎 25000


    (残り4局で………26000点以上………)


     泣きたい。逃げ出したい。今すぐみっともなく謝ってでも助かりたい。
     べっとりと張り付いてくる敗北の二文字が、俺から気力を根こそぎ奪っていく。


    (本当に………そうやって逃げられたら、どんなに楽かね………!)


     それでも、これ以上思考を弱気に持って行かれてはならない。
     俺は涙目のまま、ぐちゃぐちゃに歪んだ笑みを浮かべた。


    (とにかく考えろ! 自棄になったらそれこそ負け確定だ!)

    612 = 1 :

     この5回戦の不自然な局の運び、不自然な打牌、不自然な待ち。違和感を感じたすべての局面を思い出す。


    (まずこの5回戦が、最もこれまでと違うのは、奴らの打牌…………。俺が鳴けて有利になる牌だろうと、リーチに対し無スジだろうと構いなく切ってくる。そのくせ、俺が聴牌した途端に危険牌は出さなくなる。
     筋引っ掛けだろうと、七対子単騎だろうと絶対に振らない。
     正直、こいつらにそんな芸当が自力でできるとは思わない。だったらここまでの4回戦でそうすればよかったんだから。

     つまり………俺の手牌が、完全に読まれている、いや………見られてる?)


     東1局で、竜崎が俺の変則3面張の待ちをすべて七対子で抱えていたことといい、今の矢木の上がりといい出来過ぎている。

     つまり、何らかの仕掛けで、俺の手牌がそっくりそのまま覗かれている。これが一番しっくりくる回答だった。


    (なら、どこから?)


     赤木さんのアドバイス通り、俺は可能な限り相手の表情も見るようにしていた。

     矢木たちは俺の手牌を覗き見るような動きは見せていなかった。当たり前だが、直接は覗き込んでいない。

    613 = 1 :

     次にありそうなのは、隠しカメラや鏡。
     このうち鏡は、俺が休憩のたびに席を立っていたことから、俺の背後から手牌を覗けるような角度には掛けられていないことは確認済みだ。

     となれば、隠しカメラの可能性がぐんと上がる。
     俺は雀卓の縁に目を向けた。


    (俺からも死角になっていて、小型の広角レンズとか使えば手牌の大部分を覗くことも不可能じゃない。
     まぁそこまでするかの一言で終わりそうな気もするけど………)


     とりあえずカメラを使っているとして、ではどうやってその映像を見ているのか?
     矢木たちにカメラの映像を受信する機器を覗き見ているような動きはなかった。
     

    (となれば…………)


     考えをまとめている途中で配牌が終わる。
     理牌を終え、自分の手を記憶した瞬間手牌を伏せ

    グワッ!


    「!」


     思い切り振り返り、カウンターにいる店主の目線がどこへ向けられていたか瞬時に見る。
     店主は最初うつむいていたが、何かいぶかしげな表情でこちらを見ると、振り返っていた俺と目が合った途端に慌てて目を逸らした。


    (やっぱり…………!)


     対局中俺からは絶対に見えない場所にいて、矢木たちからは見える場所。
     俺の真後ろにいる店主が、俺の待ちを矢木たちに伝えていたのだろう。

    614 = 1 :

    (気付けて良かった………。でもこれで、この後は自分の牌を記憶したら基本伏せ牌で打って、記憶が怪しくなったり、待ちが複雑になったら素早く牌を起こして見れば――――)

    「おいおい、伏せ牌はこの店じゃ禁止だぜ」
    「え?」


     身体を真正面に直した俺を待っていたのは、矢木の笑みだった。
     顎で指された方の壁には、こう書かれた紙が貼られていた。


    『当店でのルール
    ・携帯はマナーモードに
    ・牌の強打禁止
    ・伏せ牌は禁止
    ・先ヅモ禁止
    ・ダブロンあり
    ・責任払いあり』


    「う…………」
     

     この店で対局する以上、店のルールには従わなければならない。

     仕方なく俺は手牌を起こすと同時に、自分の方へ思い切り牌を寄せた。

     もしカメラで覗き込んでいるのなら、どアップにした上で、横からも覗けないようにした。

     が、これも…………


    「おいおい、伏せ牌しようとしたり、そんなに懐に牌を寄せたり何のつもりだ?
     負けそうだからってイカサマに手を出す気か?」


     嘲笑混じりの警告で、やむなく牌を通常の位置まで戻す。

     これは俺達がイカサマなど一切していないことを証明するための戦いだ。

     その席で、言いがかりであってもイカサマを使ったと言及されることがあっては意味がない。


     なけなしの抵抗として、手牌の両端から3牌ずつ、親指を思い切り水平に伸ばして隠した。
     これも手牌に直接触れると又何か言われそうだったから、少し離さざるを得ない。
     覗く角度によってはこれでも見えてしまうかもしれないし、右手は自模らなければならないので、隠せるのは実質左端3牌だけだ。

    615 = 1 :

     必死の抵抗をしながら迎えた南1局。

     しかし

    「リーチ!」

     矢木、6巡目リーチ。
    (くっそ! 勢いが違い過ぎるぞ!?)


    京太郎手牌

    1134555799m44s南 ツモ:南 ドラ:8s


     都合よくツモは場に1枚出て通りそうで、シャンテン数も上がるしいざとなれば安パイにもなりそうな南。
     3万点近い差がある以上、このまま混一色に進みたいが…………


    (俺の手は覗かれてる………となれば、溢れそうな4sに狙いを定めることも可能………)


     6巡目リーチでそこまでする余裕があるかと言われれば微妙だが、今はもう点棒的にもリーチに振り込めば逆転がさらに危うくなる。
     
     矢木 捨て牌
     南 2m 9s 7s 白 2s


     求められるのは、攻めと守備を両立させるような、綱渡りの闘牌。
     逆転しなければならないのだから、ベタ下りは出来ない。


    (混一色は諦めるしかない。となれば…………!)


     京太郎 打5m

    616 = 1 :

    「…………どうだ?」
    「ちっ、通しだ」


     2mが出ているだけの、気休め程度の片スジ。
     4sは危ないと思った直感に従い混一色は諦め、七対子に向かう。

     その時、矢木の手牌。

     678m3355(赤)6677p23s


     まさに1-4s待ちの、高めメンタンピン一盃口赤1の5翻。
     今1発で振り込んでいれば跳満に手が届き、対子か一盃口部分に裏が乗った場合、倍満でトビ終了となっていた。

     
     しかし2順後。

    「ツモ! 2000・4000だ!」

    (くそっ………)


     1シャンテンまでは進んだものの、京太郎の手は間に合わず、矢木が満貫をツモ上がる。
     これで矢木との点差は約37000点となった。


      南2局 0本場
    西家 京太郎 12100
    北家 竜崎  9600
    東家 矢木  49200
    南家 黒崎 23000

    617 = 1 :

     (37000………こっから3連続満貫を自模っても僅かに届かない………)

     可能性は0ではない―――――が、かと言って1%もあるとも言えない。
     
     (理想は矢木からの直撃………でも、手牌が覗かれている以上、それは難しい)


     待ちになっている部分を左手で隠せばいいのだが、隠せるのはせいぜい3つが限度。

     染め手の多面張なら待ちを絞り切らせないことも可能だが、そうしたら今度は染めている色の牌を捨てなければいい話だ。

     用意できるのは単純な両面待ち、もしくは単騎待ちとなるだろう。

     直撃を狙いやすいのは単騎待ちだが、今度は自分でのツモ上がりがしにくくなるというデメリットもある。

     安牌を抱えられればどうしようもないし、いざとなれば矢木以外の二人が率先して危険牌を捨てればいいのだ。

     矢木以外からの直撃では点差はなかなか埋まらず、下手にリーチをして大物手になると竜崎から出上りした場合飛ばしてしまいかねない。

     他に可能性があるとすれば、手牌に大量に暗刻を用意し、2シャンテン程度のところから矢木の捨て牌を連槓して、一気に嶺上開花の責任払いでツモを直撃に変えることも考えられるが………。


    (いや………4回戦のオーラスは、本当に運が良かっただけだ。咲じゃあるまいし、何度もあんなこと俺にできやしない)


     不利と知りつつ、単騎待ちで矢木からの直撃を試みるしかなく、俺は矢木が親のこの局の手牌を開けた。

    618 = 1 :

     京太郎 配牌 ドラ7s
     119m89p111569s西西

    (牌が端に集まった、チャンタもしくは混老頭まで狙えそうな手。
     だけど待ちは簡単に読まれてしまう手でもある。
     仮に一九字牌が3つくらい鳴けて、残り手牌4枚の時に一九字牌の暗刻と、何か単騎待ちの牌が用意できて上がれた場合………20+12+8+2で50符。トイトイと西のみで上がっても、5200は確定か………)

     
     役が絡んだ場合待ちは読まれてしまうが、役を絡めなくても符跳ねによる高得点が狙えそうなので、少しだが安心する。
      

    「ポン」


     自分の第一ツモが来る前に、上家の黒崎が切った西を鳴く。

     そのまま打5s。これまでのように、チャンタか染め手か絞り切れないような捨て牌に見せる努力もしながら、局は進んでいった。

    619 = 1 :

    13巡目
    「ポン!」

     3つ目のポンをして、俺の手牌はこの形になった。

     9p111s ポン:111m 999m 加カン:西西西西 (新ドラは7s)


     混老頭・トイトイ・西の満貫。

     1sの暗刻はカメラで覗かれてしまっているだろうが、待ちになっている9pだけは指で隠しているので、何の単騎待ちかまではわからないはずだ。

     鳴いた牌だけ見れば混一色にも見えるので、萬子は切りにくくなっている。萬子を避けて9pを出してしまうこともあるだろうし、よしんば混老頭を警戒して9pを押さえられたとしても、何か別の牌に待ちを変えて60符3翻の7700を取りに行けばいい。

     8000も7700も正直あまり変わらない。

     そんな時、対面の矢木のツモ。


    (ん…………?)
     

     矢木はツモった牌を手牌の1番右端に入れ、右端から4番目を切り出した。
     そしてその牌は8pだった。


    (………理牌がされているとなると、あの右端の3枚は9pか字牌ってことか?)

     河を見渡してみると、字牌は多めに捨てられており、俺の西が種切れなことも考えると、矢木の手牌には最高でも字牌は対子でしかないことになる。

    620 :

    (つまり最低でも9pが矢木の手に最低1枚。下手すると3枚握られていることになる………。
     こりゃ待ち変えないといけないかな)


     次の俺のツモ。
     まだ生きている字牌辺りを引けることを期待しながら山から牌を持ってくる。

     が、引いて来た牌は中張牌だった。


    (さすがにこれは出てこないだろ………)


     待ちとしても出上りは期待できない牌だったので、そのまま切ろうとしたが………


    (いや、まてよ?)


     ツモった牌を見つめ、頭を回転させる。


    (今矢木たちは、俺の手牌を覗いてその待ちを確認しようとしている。
     そしてその待ちを伝える役は後ろの店主…………なら………)


     ある考えを思いつき、ツモ切ろうとしたその牌を手牌に入れ、9pを切り出した。
     そしてその際牌を隠す指をずらし、ツモってきた牌の下4分の1くらいを、わざと見えるようにした。

     俺はそのまま何食わぬ顔で対局を続けるが、矢木はその後自分のツモの時視線を少しずらした後、口元に薄い笑みを浮かべた。
     恐らく店主からのメッセージで、俺の待ちが分かったのだろう。

     ツモって来た俺に対する危険牌である發をツモ切り、番を回した。
     その流れを俺は努めて無表情のまま見ていたが、心の中では勝利を確信していた。

    621 = 1 :

    (ま、俺が自分でツモって来ちゃったらどうしようもないんだけどなぁ。2回も同じ手が通用するとは思えないし、多分このだまし討ちこの牌じゃないとできないだろうし……。
     だから来るな来るな………! てっ、あれ?)


     次の自分のツモ番、出来れば自分でツモらず仕掛けた罠に矢木がかかってくれないかなと期待していた時、自分のツモる牌に違和感を感じた。


    (今まで気づかなかったけどこの牌、ひょっとして………?)


    「おい、さっさとツモれよ」
    「あ、ああ」


     数秒間手を止めて牌をまじまじと見つめてしまったが、竜崎にせかされてそのままツモる。

     持ってきた牌は、赤5sだった。


    (やっぱり………)


     自分の感じた違和感が正しかったことと、5sが完全とは言えないが3人ともに通りそうなのを見てそのままツモ切る。


    (さて、あとは罠が上手くいくかだな………)


     ポーカーフェイスもここまでくると疲れる。
     もう負けてもいいから早くこの辛い時間が終わってほしいなどという考えまで浮かんでくるが、直後にダメだろと自分で言い返す。こんな脳内のやり取りも何度目だろう。

    622 = 1 :

     そしてその頃、矢木の手牌。

     34567m779s999p ツモ:8s


     ダブドラとなった7s対子の処理に困り少し手が遅れたが、これで7sを切れば2-5-8m待ちの聴牌。

     そして5mが残り9600点の竜崎の手の中に在るので、差し込ませればリーチ一発ドラ2で親満12000点でトビ終了。

     矢木のトップ終了が確定する。

     ダブドラの7sを切ってのリーチは中々勇気が必要だが、京太郎の手牌を覗いた店主からのサインでは京太郎の待ちは中。

     恐らく混老頭トイトイ西の満貫を狙ったのだろうが、西の加カンは完全なミス。

     おかげで一番楽な味方を飛ばしてトビ終了の手が使える。

     これまでは京太郎が尋常ではない粘りを見せて来たせいで、味方を飛ばしても2位までしか確定しないシーンが多かったが、これだけの点差があれば別だ。


    「リーチ!」


     矢木は意気揚々とリーチをかけ


    「ロン」


     そして振り込んだ。


    「…………は?」

    「西・トイトイ・ドラ4。跳満、12000点」

    623 = 1 :

     京太郎の手牌はこう。

     7s111s ポン:111m 999m 加カン:西西西西  ロン:7s


     確かに点数は言う通りなのだが、その7sは何だ。

     お前は中待ちの混老頭じゃなかったのか。

     矢木は混乱しきった状態で、倒されたその手牌を見る。

     1sの暗刻と、単騎待ちだった京太郎から見れば『逆さに置かれている』7sを。


    (7s………中……逆さ………)


     その時、矢木に電流走る。


    「あ、あああっ!? て、てめぇっ………!!!」
    「ん? 何の話だ?」


    (やられた…………!)


     京太郎はこれまで、理牌は牌の上下までそろえてきれいに行っていたが、それを逆手に取られた。

     京太郎は自分の手牌が覗かれていると知ったうえで、単騎待ちの7sを覗いている店主へ見せたのだ。

     ただし、「逆さに置いた7s」の、「下4分の1」を。

    624 = 1 :

     7sの絵柄の赤い突起。

     7sを逆さに置いたうえであの赤い縦棒の部分だけを見せれば、解像度の悪い、手の影で薄暗くしか見えないカメラには、「中」の赤い縦線と見間違えてもおかしくない。

     しかもこれまではずっと上下も綺麗に牌を揃えていたせいで、後ろから見ている人間には牌の元々の柄しか頭には浮かんでこない。
     
     後ろから覗かれていることを逆手に取り、7sを中と勘違いさせたのだ。

     さらに言えば、これまでこの最終戦で矢木たちは当たり牌でさえなければ、それが危険牌だろうとガンガン切っていた。

     ゆえに今回、ダブドラとなった7sも何の警戒心もなく切ってしまった。


    (コイツっ………!!)


     点棒を投げつけ、息も荒く肩を上下させながら矢木は舌打ちをすると、どっかと椅子に深く腰掛けた。


    (落ち着け……! これ以降は単騎待ちだろうと何だろうと、とにかく振り込まなきゃ勝ちだ。
     奴が親のオーラスは、通しでガンガン俺達だけで鳴きまくるとして、この南3局!
     ここさえ越せば俺の勝ちなんだ!)


     店主にも鋭い視線を投げ、これ以上ミスをしないよう釘を刺しておき、黒崎が親の南3局が始まった。

    625 = 1 :

     南3局 0本場
    南家 京太郎 24100
    西家 竜崎  9600
    北家 矢木  37200
    東家 黒崎 23000


    (さて、ここで5200以上は上がっておきたいぞ…………)


     京太郎 手牌 
     11566m367p289s南南  ドラ:南


     ドラのダブ南を揃えられれば点数的には十分だが、揃わなかった場合他の役も見当たらないので、面前でリーチまで持って行くには苦労しそうな配牌だ。

     第一ツモは2p。

     塔子オーバーになりそうで嫌だなと感じながら、打2sとした。

     しかしその直後、


    「ダブリー!」

    (んなっ!?)


     下家の竜崎が、いきなり牌を曲げた。
     

    (このタイミングでそれかよ!?)


     ラス親に向けて少しでも稼いで後の展開を楽にしておきたいこの場面で、他家からのダブリー。

     心の中で悪態をつきながら、振り込まないように警戒心を強める。

     が、ダブリーなんてそうそう簡単に躱せるものではない。

     6巡もして安牌の種類が増えれば別だが、それまでが一番つらいのだ。

     その問題がやって来たのは4巡目。

     京太郎の手から、安牌がなくなった。

    626 = 1 :

     京太郎 手牌 
     1156667m2367p南南  ツモ:4p


    (普通に考えれば、雀頭候補になりそうな1,6mか南の処理に入る頃………
     何時ツモられるかわからないし、これだけ早く進んでくれた手だ。
     叶うことならその3つのどれかを切りたい………)


     6mの壁を利用して7m切りという手もあるが、それだと4mを引けない限りやがて6mを暗刻扱いしないといけなくなることが見えているので、今度は5mの処理に困ってしまう。

     さらに言えば雀頭オーバーなことも変わらないので、手の進みが遅くなるだけだ。

     ここは3つの雀頭の内、一番安全そうな1mを切ることに決めたが


    「ロン!」


     それが竜崎の1-4m待ちに当たってしまった。
     

     竜崎 上がり形
     2233488m5(赤)67s5(赤)55p


     ダブリーの上赤ドラを2枚手の内で使っている、麻雀の神の悪ふざけか何かかと言いたくなってしまう馬鹿馬鹿しい手。


    「ダブリー・赤2・裏2! 跳満!」
    「ぐうっ………!」


     更に裏が2枚乗り6翻に届いてしまった。

     南2局で矢木から奪った点を、そっくりそのまま奪い返された形だ。

    627 = 1 :

    (25100点差………!)


     大差が開いたままの、最終5回戦のオーラス。
     点は次のようになっている。


      南4局 0本場
    東家 京太郎 12100
    南家 竜崎  21600
    西家 矢木  37200
    北家 黒崎 23000


     親満の12000点を矢木に直撃させるか、跳満をツモっても逆転は出来ず、かと言って倍満の手を矢木以外の二人から上がってしまうと、2位のままトビ終了となってしまう。

     跳満以上の手を矢木から直撃するか、ここは点数調整の為の安手で連荘に臨むかの2択。


    (泣いても笑ってもこれが最後………かはわからないけど、まずは配牌次第だよな)


     妙に気持ちが凪いでしまっている。

     毎回手を開ける前に行っていた神頼みもせず、機械的な動きで手を開けた。


     京太郎配牌 (理牌前)
     2p3p西4s7s6s6s6m4p1m3p8s2p7s


     見た限りでは、対子が多い。

     牌は中に寄っているので、タンピンでも1度上がって点数調整かなと思いつつ、理牌を始めた時だった。


    (いや………もしかして………)
     

     手の中にある、とある牌を見つめながら、数秒間全力で頭脳を回転させる。

     思い浮かべるのは、つい先日あったある1局。

    628 = 1 :

    (もしそれが可能だとしたら………用意できるのは4パターン。
     でも最終的に2つまで絞らなきゃいけない。
     それに、矢木がその1枚を待っているかなんて………)


     俺は理牌中の他の3人の手を見た。

     そして、矢木の手の中に「それ」を見つけ、思わず目を見開いてしまう。


    (い、いや、落ち着け………!
     第一あれが「それ」という保証はない。他に2枚、同じ条件を満たす牌はあるはずだし………!)


     落ち着いて他の二人の手牌も見ると、竜崎と黒崎の手にも「それ」はあった。

     これではどれが俺の求めている牌か絞り切れない。
     
     だが、これは希望かもしれない。

     このオーラスで神が俺に送ってくれた、保護色に覆われた細い勝ち筋。

     いつでもその糸を手繰れるように念頭に置きながら、理牌を済ませる。


     京太郎 手牌 
     22p77s33p66s6m西4p4s3s1m ドラ:5s


     左端に対子を集め、最初から七対子を狙っていく。

     まずはドラ表示牌で、他の牌に比べ重なる可能性の低い4sから切り出す。

    629 = 1 :

    「ポン」


     1打目から、竜崎が俺の切った牌を鳴く。
     その後、打2p。


    (…………!)


     その時、どこから何の牌が出て来たか見逃さない。

     理牌がきちんとされていれば、竜崎の手にある「それ」はハズレだと分かった。

     となれば、残りはあと2枚。

     2枚あるうち、どれが「それ」か見切り、それにふさわしい形に手牌を整えられれば俺の勝ちだ。


     2順目 
     京太郎 手牌 
     22p77s33p66s6m西4p3s1m ドラ:5s ツモ:5m


    (この5mは……使えるかもしれない)


     持ってきた5mを手牌に入れ、打1m。

     七対子なら待ちに使えそうな一九字牌を残しておくべきだが、今の俺にはそれより大事なことがある。



     6巡目


    「ポン」


     竜崎が黒崎からポンをして、俺の番が飛ばされる。

     これで竜崎が鳴いた牌は4sと4m。

     三色同刻なんて珍しい役まで見えてきた。

    630 = 1 :

     その時の俺の手牌がこれ。

      京太郎 手牌 
     22p77s33p66s5m西44p3s


     七対子1シャンテン。
     4pは対子で押さえているので、少なくとも竜崎の三色同刻は握りつぶしている。


    「ポン」
     

     今度は竜崎の切った3mを黒崎がポンして打5p。

     俺以外の誰かが上がれば勝ちという状況だ。喰いタンで早上がりしたいのだろう。


    (早上がりは早上がりでも、この状況じゃ役牌じゃなくて助かったよ………)


     多くの牌を対子で抱え、さらに手牌に無い牌がポンされて、どんどん筋が消えていく。

     振り込みの危険が減るとともに、相手の待ちも大体絞り込みやすくなる。

     後は俺の求めている牌が、矢木と黒崎のどちらの手の内にあるかを暴くだけだ。


     10巡目
      京太郎 手牌 
     22p77s33p66s5m西44p3s


    (やばいやばい、そろそろ聴牌はしないとまずいぞ………!)


     局も後半に入った。

     七対子のイーシャンテンからの進まなさはいつものことだが、張らないとそもそも連荘すらできなくなる。

     そんな時、持ってきた牌は8s。

    631 = 1 :

    (……………ここだ!)


     イーシャンテンは相変わらずだが、俺はこの機を逃さずに5mを切り出した。


    「ポン!」


     黒崎が二度目のポンを倒し、赤5m混じりの5mを2枚倒す。

     そして打7p。


    (これで2枚ハズレ………!)


     求める牌が矢木の手の中に在ることが、この時点で明らかになった。

     後は、その牌に狙いを定めるだけ。


    (こいっ…………!)


     急に心臓が、やかましいほどに胸の内側を叩きだす。

     いつ千切れてしまうかも分からない、細い命綱を伝う闘牌。

     半荘5回戦の、最後の山場。

     勝ってみんなの名誉を守れるか、負けて無惨に指を切り落とされるか。
     

    (頼むっ……! 来てくれっ……!)


     体中のありとあらゆる部位から熱と汗を発し、今からツモる牌に意識を集中させると同時に、左端の3牌を隠す左手の指をずらす。

     時間はかけられない。

     すべての牌を筒抜けにした上で時間をかけすぎれば、俺の仕掛けた最後の罠が見破られかねない。

     ここで聴牌できなければ、罠を見破られるだけでなく、おそらくは3,4巡以内に他の誰かが上がってしまうだろう。

     だから、聴牌できなかったときのリスクを承知で、手牌をわざと覗かせる。


    (来い!)

    632 = 1 :

    京太郎 手牌 
     22p77s33p66s8s西44p3s ツモ:西


    (聴牌………だけどこれは………!)


     西が重なり、3sか8sを切れば聴牌。

     しかしその両方とも、タンヤオの気配を見せている黒崎に通っていない。


    (黒崎はタンヤオ………多分、もう両面待ちの上に張っている……。
     竜崎は、多分三色同刻狙い。さっき俺が北を切った時に反応してたし、多分手牌に客風牌の対子がある。他の役牌はもう全部最大でも対子までしか誰も手の内で持てないはずだ。
     だからトイトイの可能性もあるけど、多分まだ1か2シャンテン………4pは俺が握りつぶしてるし、こっちは大丈夫だ。

     そして矢木…………)


     脇の二人について考えた後、正面の矢木に目を向ける。


     矢木捨て牌
     南 9s 2s 2s 發 中 
     7p 3s 8m 西 1p


     3巡目は手出しの2s、4巡目はツモ切りで2s………顔をしかめていたから、よく覚えている。

     手出しの西と1pが気になったが……恐らくまだ張っていない。

     配牌とツモがひどすぎて、途中から降りつつ七対子に向かうということはよくあるが、おそらくはそれの累計だろう。

     この時点で25100点差。

     親に振り込みかねない鳴きまくっての速攻は、ほかの二人に任せて矢木は降り気味に回しているのだろう。

    633 = 1 :

    (つまりこの時点で警戒するべきは黒崎一人のみ………だけど、これは………)


     改めて河と鳴いて晒された牌を見る。

     黒崎は恐らくタンヤオの両面待ち。となると牌の色ごとに2-5、3-6、4-7、5-8の4つの筋が存在する。
     

    (萬子は竜崎の4mポンと黒崎の3mと5mポンで、萬子はほぼ全滅。
     筒子も黒崎の捨て牌の5pと7pで残る筋は3-6pのみ。
     索子は竜崎の4sポンしか見えていない。
     この4sを壁のように捉えるなら、45sの両面塔子は作りにくいけど……2-5-8sとわずかに3-6sの筋は残っている)


     つまり黒崎に振り込む可能性があるのは、3-6p、2-5-8s、3-6sの3つの筋。

     このうち最も可能性が低いのは3-6s。が、それも100%ではない。


    (いや………迷うな)


     どんなに頼りなく見える糸でも、それのみに縋り信じてこの局を打ってきた。

     最後の最後で、その自分の判断を裏切ることは愚の骨頂。


    (どうせ聴牌をとるなら、振り込む危険のある3sか8sを切らなきゃいけない。
     対子を作り替える時間なんて、残されちゃいない………なら)


     西を手牌に入れ、手元から1000点棒を取り出す。


    「リーチ!!」

    634 = 1 :

     京太郎 打3sでリーチ。

     その牌に、ロンの声は上がらない。


    (通った………!)


     22p77s33p66s西西44p8s

     これで七対子8s単騎。


    (ちっ………)


     この時矢木は、京太郎のリーチに顔をしかめた。

     しかしすぐさま横の竜崎から声が上がる。


    「チー」


     竜崎が1sと2sを倒し、一発消しのチーをする。そして打赤5p。


     竜崎手牌
     44p北北 ポン:444m 444s チー:123s
     

     矢木は店主に視線を飛ばし、京太郎の待ちを確認する。

     その問いかけに数秒して、店主は8s単騎と返答した。

     京太郎がリーチをする時、ほんのわずかな間だが牌を隠していた左手がどき、そこに対子が出来ていることを確認した。

     今見えているのと合わせて、対子が6つ。これは七対子で決まりだと考え、1枚だけ手牌に見えている8sを待ちとして答えた。

     そしてその待ちを聞き、矢木は口元に笑みを浮かべた。

    635 = 1 :

     矢木 手牌
     115(赤)s277p6689m南白發


     七対子3シャンテンの、ボロボロの手牌。

     配牌もツモも悪いが、差し込み役に徹しながらベタ降りするのだと考えればこれも悪くない。

     それにもうこの局は終わりを迎える。

     下家の黒崎はすでに5-8s待ちで聴牌している。
     

     黒崎 手牌
      678m67s88p     ポン:333m 5(赤)55m 


     矢木のツモった牌は8s。

     これでも黒崎に差し込むことは出来るが、同時に京太郎にもあたってしまう。

     ただのリーチ・七対子の4800点ならそれでもいいが、万が一裏ドラが乗ると逆転されるので8sは手牌に加える。

     握りつぶすつもりでいた赤5sを手にし、河へと放った。


    「ロン!」


     黒崎が牌を倒す。


    「タンヤオ・赤2。 3900」


     終わった。

     予想外に時間のかかったこの5回戦勝負も、ようやく終わった。

     矢木は大きく息を吐きだし、自然と込み上げてきた笑い声を漏らそうとした時。




    「ロン」

     京太郎が、手牌を倒した。

    636 = 1 :

    「七対子………だと、思ってたんだろ?」


    京太郎 手牌
    22p77s33p66s西西44p8s


     京太郎を除くその場の誰もが、理解できなかった。

     どう見ても、京太郎の手は七対子8s待ちだ。

     ローカル役か何かか?

     そんなものは認めないの一言で済ませる。そう思って口を開いた矢木は、理牌を始めた京太郎を見て固まった。


    京太郎 手牌(理牌後)

    223344p66778s西西 ロン:5s


    「リーチ・平和・一盃口。赤1ドラ1。満貫、12000点。それに………」


     京太郎は同じく牌を倒した黒崎の方も向き、


    「ダブロンありだから、そっちの3900も同時にとられるな。あ、そうだ」


     思い出したように裏ドラへ手を伸ばし、


    「裏2………わざわざダブロン狙わなくても勝てたのかよ………」


     自嘲気味に溜め息を一つ漏らした。

    637 = 1 :

    (これで………終わった、んだよな……?)


     5回戦を終え、真っ先に京太郎が感じたのは真っ白な思考停止の感覚だった。

     勝てた喜び、未だ過ぎ去らぬ恐怖混じりの興奮、極度の疲労感。

     そう言ったものがすべて混ざって、丁度±0になってしまったようだった。

     天井を仰ぐように背もたれにかかりながら、次に思い浮かべたのは先日のroof-topでの対局内容だった。

     東1局の1本場、まこにたいして七対子を直撃させたかと思えば、実は気づかぬうちに二盃口だったあの局だ。

     このオーラス、配牌時の2pと3p、6sと7sの対子を見た時に一盃口もいけそうだと思った瞬間、あの局のことが思い出された。

     後ろから覗いている店主にこの手を七対子だと思い込ませ、実は両面待ちで裏をかくことが出来るのではないかと考えた。

     あの配牌からして、最終的に待ちになりそうなのは1-4pか5-8sのどちらかだった。

     しかしそのだまし討ちを成功させ矢木から直撃を奪うには、矢木の手にそれらの牌がなければならない。

     京太郎はまだ面前の相手の手牌を読み切れるような実力はない。しかし今回に限り、京太郎は矢木が3分の1の確率で赤5sを持っていることを知っていた。

    638 = 1 :

     5回戦南2局、7s単騎で聴牌した時の次のツモ。自分で7sを持ってくるなとツモ牌を凝視しながら念じていた京太郎は、牌に違和感を感じた。

     具体的には牌の背の色が、他の牌に比べて少し濃かったのだ。そしてその牌は、赤5sだった。


    『あれ? 部長、この牌別のセットの奴が混じってません?』
    『え、どれ?』
    『ほらこれ、少し色濃くありません?』
    『あー、赤ドラはそういうことあるのよ。他の牌と違って、赤ドラは使わないルールの時があるから、使用頻度に差が出るでしょ? そのせいでたまに赤ドラだけ色が濃いままになるのよ』
    『へー、マーキングとかルール違反にならないんですかそういうの?』
    『まぁ意見が分かれるところでしょうけど、その牌を使えと提供して来た側の責任じゃないかしらね』


     以前部室で久と交わした会話を思い出し、ひょっとしてと思いよく牌を注視してみると、各色から1枚ずつ入れられている赤ドラは、どれも色が微妙に濃かった。

     店内がオレンジの照明の上に、牌の背も黄色だから、よく見ないと見落としてしまうくらいの僅かな差だ。

    639 = 1 :

     オーラス開始時、色の濃い牌は京太郎以外の3人の手牌に1枚ずつあり、どれが赤5sかは判断がつかなかった。

     しかし、竜崎の手にあるのは赤5pだと、1巡目の4sポンの後に切った2pを出した位置から判断し、黒崎には5mをポンさせた時に赤入りだったことから、矢木の持つ赤ドラが5sであることを特定した。

     だが仮に赤5sで振り込んでもらっても、リーチ・平和・一盃口・赤1・ドラ1の満貫止まり。逆転には1100点ほど届かなかった。

     しかし局が進み黒崎、竜崎がポンを計4回してくれたことと捨て牌から、だんだんと黒崎の待ちの筋まで特定が可能になったあたりから、ダブロンを狙い始めた。

     七対子の待ちに使えそうな一九字牌を捨て、やがて黒崎の待ちの候補になりそうな8sを手牌に入れたのはその為だ。

     聴牌時に通っていない3sを打たなければならなくなったのは処理の順番が甘かったというほかないが、結果として足りない1100点は、黒崎が補ってくれる形になった。

     もっとも、そこまでせずとも本当は矢木に振り込んでもらうか高めをツモるかすれば、裏が乗って自力で逆転できたのだが、それはまぁたらればだろう。

    640 = 1 :

    (本当に………皆には感謝だよなぁ………)


     この手を思いつけた最も大きな要因は、実際に似たような状況を体験していたからだろう。
     勝因となったことはいくつもあったが、そういう意味では、清澄の仲間と一緒に卓を囲んだことが活きた形となった。


     5回戦 終了時の点数
     京太郎 30100
     竜崎  21600
     矢木  15300
     黒崎 26900

     5回戦 終了。

    641 = 1 :

    はい、5回戦終わりました………

    この後まだ終わりまで書かなきゃいかんのよ。
    後日談も考えています。

    闘牌は絶対書かない。
    今回も前後しまくりながらしらみつぶしに矛盾点消していったけど、
    変なところあったら脳内補完で頼みます。

    642 :

    闘牌はほんと疲れるよね
    乙!

    643 :

    乙乙
    麻雀が終わったから暴力か

    644 :

    すげえ
    麻雀漫画より面白いことしてる

    647 :

    生きてる?

    648 :

    ごめんなさい、期末が終わったらまた書きます……
    なんつーかもうやりきった感が出てきて……

    649 :

    やる気なくなったならやめる宣言してほしい

    650 :

    できる事ならキチンと話を完結させて欲しいですが、
    『散々待たされたあげくエタりました』
    というのが読む側が最も許せないパターンなので
    話の終わりまで続けることが無理なら休止か打ち切りの宣言をしてほしいです。


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