のくす牧場
コンテンツ
牧場内検索
カウンタ
総計:127,062,707人
昨日:no data人
今日:
最近の注目
人気の最安値情報

    元スレ京太郎「俺はもう逃げない」 赤木「見失うなよ、自分を」

    SS+覧 / PC版 /
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★
    タグ : - 京太郎 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 次へ→ / 要望・削除依頼は掲示板へ / 管理情報はtwitter

    1 :

    このスレは咲-saki-とアカギのクロスもので、京太郎が主人公です。
    京太郎が嫌いな人、苦手な人はお勧めいたしません。
    また、好きな人でも最初の方は京太郎がかなり不遇な目に遭うので注意してください。
    主は京咲カプが好きなので、後半部分にですが京咲成分があります。

    主はアカギと咲のコラボ動画から咲を知ったため、アニメでも原作でも見たことがない設定、シーンが多々あります。
    よって不自然な部分が見受けられると思いますがご容赦ください。
    また、アカギも「天」に出てくる方は最後の通夜編しか読んだことがないので、
    「こんなん赤木じゃねーよ!」と思われるかもしれません。

    闘牌シーンもありますが、主は趣味でやる程度のど素人なので、見ごたえ無い&どっかしらおかしいと思います。


    アカギの時系列ガン無視です。
    なるべく不自然にならないようにしていますが、大きなミスが発覚したらその都度修正したいと思います。

    スレ立てをするのが初めてなので、不慣れで変なところがあるかもしれません。
    助言をいただければ幸いです。
    荒らしはスルーでお願いします。

    SSWiki :http://ss.vip2ch.com/jmp/1471867742

    2 = 1 :

    立ったかな?

    4 = 1 :

    おお、出来てるようなので開始していきます。
    時期はインターハイが終わってから数か月後の、年末あたりです。
    高校で言えば2学期が終わるあたりですね。

    5 = 1 :

     別に神様みたいな才能がほしいとか、分かりやすく漫画のキャラみたいな最強になりたいとか、そういうんじゃなかった。
     ただ、大好きな連中と一緒に居られる程度の、一緒にいてお荷物にならない程度の実力がほしかった。
     ボクシングのスパーリングパートナーみたいなものだ。サンドバッグでもいい。丁度いい手ごたえを提供しつつ、彼女たちの戦意高翌揚や試行錯誤に貢献できる程度の、そんな立ち位置でよかった。

     でも―――なんと甘かったことか。
     俺は、サンドバッグにすらなれなかった。殴るだけ、構うだけ時間の浪費となる存在だ。
     そうやって俺は壇上から降りた。壇上には彼女たちだけが残った。俺は壇の下から、彼女たちを眺めながら雑事を務めた。
     喉が渇いたなら飲み物を持ってくるし、探してる本があるなら彼女が部活の練習をしてる間に探してきてやるし、タコスが食べたいなら用意してやるし、牌譜をとって彼女たち同士で研究したいなら、1日に半荘10回、100局だろうが、腕がいくら痛くなっても記録してやった。
     彼女たちの輝きが壇上で増すにつれて、俺が彼女たちのお情けで壇上に上がってお相手をさせて頂く機会も減って行った。
     仮にあったとしても、輝きを増した彼女たちに抵抗できるわけもなく、すぐにまた下ろされた。

    6 = 1 :


    (……………来た!?)
     南3局 1本場
     南家:京太郎配牌
     
     2223666m 7889p 南南  ツモ:南  ドラ:7p

     毎日半荘1回打ったとして、月に一度あるかないかの最高の配牌。
     現在の点数は
     東家 咲 37800
     南家 京太郎 14800
     西家(親) 優希 23000
     北家 和 24400

     インターハイ後の女子メンバーの牌譜で勉強し、自分での独学での修行のかいもあって、京太郎はここまで一度もこの化け物連中に振り込むことなく南3局まで進んできていた。
     だが、代わりに上がりの回数は1度、猛烈に進みの速かったタンピン手が一回あっただけである。
     躱しに躱してじり貧のまま進んできたが、ここに来て機が舞い降りた。
    (8p切ってダブリー! 初っ端から端の数牌を待ちに含んだ3面待ちで、上がれないはずがない!)
    「よっしゃ、リーチだ!」
    「ええっ」
    「じょじょ!?」
     同じ卓の面子からは驚きの声が上がる。
     京太郎は自信満々に牌を横向きに出した。
    「いっぱーつ! いっぱーつ!」
     上機嫌になりながら、自分で掛け声を上げる。
    「おのれ、犬の分際で主人の真似とは!」
    「はぁ? 南場でダブリーできたっけお前?」
    「二人とも、対局中ですよ」
    「「へーい………」」
     京太郎と優希のなじりあい合戦が始まると、和からの鶴の一声が飛んでくる。
    「むう………」
     優希の第1打は東。
     待ちがわからない以上、字牌から切るのは当然だろう。
    「ふむ」
     続いて和の第1打。同じく東。
    「うげ………」
     まさか、と思って京太郎が咲の方を見やる。
     すると案の定、咲の第1打も東だった。これでほぼ一発は消えた。
    (まぁ、一発なんて欲張り過ぎか。大丈夫、この3面待ちならきっといける。って………)
    「来たー!」
     自分のツモ牌の3mを見ると、京太郎は息高々に歓声を上げた。
     手配をバラっと倒し、役を述べる。
    「ダブリー・一発・ツモ! えっと、後は三暗刻がこの場合はついて、ドラ一つ。あ、南が翻牌で、裏は………乗らないか。でも、えっと9翻だから、倍満! 8000・4000だ!」
    「ぐえええええ! おのれ犬めがー!?」
    「ざまぁー! 親被りざまぁー!」
     上機嫌になった京太郎が、優希の噛み付きを軽くいなす。
    「もう、京ちゃんったら………。はい、点棒」
    「にしてもいつ以来ですかね、須賀君が倍満上がるの?」
    「多分咲が来てからは初めてじゃないか? ああ、この苦節半年かん……ふぁ…」
     点棒を受け取りながら、京太郎があくびをかみ[ピーーー]。
    「京ちゃん?」
    「わり、ちょっと寝不足で」
    「喜べ犬! 次の一局で、永遠に寝付かせてやるわ!」
    「へっ! やれるもんならやってみやがれ!」

    7 = 1 :

     これで現在の点は、
     東家 咲 33800
     南家 京太郎 30800
     西家 優希 15000
     北家 (親)和 20400

     1位の咲を捲るには、ツモで2600以上の手を上がるか、直撃で2000の手。他家から上がるなら3900が必要だ。
     正直なところ、京太郎は降りるのはうまくなったが、狙いを定めて誰かから直撃をとれるほどではない。
     それが全国クラスのこの怪物たち相手となればなおさらだ。
    (直撃は無理だ。点で負けてる他二人はともかく、トップの咲がここで俺に振り込むわけがない。ツモ狙いだな)
     心の中で、戦略の方針を立てる京太郎。その配牌

     1224m 357p 33999s 西 ツモ:中 ドラ:2m

    (まーた苦労しそうな配牌だな)
     むしろさっきの配牌が出来過ぎだったのだ。
     ため息一つ着いて、どんな手を目指すか考える。
    (とりあえず3翻あればいいわけだから、ドラが2つ来てくれたのはありがたい。つまり一番簡単なのでタンヤオドラ2。もしくは123mの順子になってしまった場合、リーチか平和ツモドラ1。後者の方がやや運頼りだから、ツモにもよるけど無理してでも鳴いていきつつ9sを暗刻落としするか?)
     この連中相手に、悠長に手牌がまとまるのを待つ余裕はない。
     かといってリーチしても愚形になりそうだ。ここは無理してでも手を進める。

    8 = 1 :

     そして9巡目 京太郎手牌

     22m 7p 456s 9s  ポン:333s チー:345p ツモ:8p
    (9sを切ればとりあえず聴牌。9pだとタンヤオが着かないうえにフリテンけど、この後7pか8pをもう一つ引いてシャボ待ちにもできるし、9s切りだな)
    「おっと」
     9sを切る前に、皆の捨て牌を確認する。振り込んでは元も子もない。
     上家の咲は自身も9sを早めに捨ててるから問題ない。
     下家の優希、こちらも京太郎でも見て分かるほどに萬子の染め手だから問題ない。恐らく残りのドラ2枚は優希が持っているのだろう。最下位だからデカい手を狙っているはずだ。
     そして対面の和。

     和捨て牌
     1m9m發9p北南8s6s1s

    (あらま、あからさまなタンヤオコース)
     明らかにいい手が入っているとは思えない。
     多分、安手で連荘に持っていくのが狙いだろう。
     安手なら平和という可能性もあるが、6sを切っているので、9sは安パイだ。
     安心して京太郎は9sを出した。

    9 = 1 :

    「ロン」
    「…………………え?」

     和の声に、京太郎が凍り付く。
     倒されたその役は……………
    「国士無双。48000で私が逆転トップです」
    「え…………は、え!? ちょ、まっ!」
     京太郎だけでなく、他の二人も和の捨て牌を覗き込む。
    「うっそぉ…………」
    「いや、のどちゃんこれはいくら何でも………」
    「うそだろ…………」
     3人そろって、愕然とする。
     9つ中7つがヤオチューハイ。こんな河から、誰が国士を予想できるものか。
    「ええ、あまりにもうまく行き過ぎました。私自身びっくりしてます」
     びっくり、というよりはにっこり笑って、
    「え、あ…………」
    「ありがとうございました」
      無慈悲な結果を京太郎に突き付けた。
    「は、はは…………」
     笑うしかない。
     胸の中を内側から引っ掻き回され、引き裂かれるような痛みを押し殺しながら、終局を迎える。
    「はっはっはー! ざまーみろ! 犬の分際で出しゃばるから親の役満くらうんだじぇ!」
    「ゆーき! 言い過ぎです。というか、部長を相手にしてるわけでもないのに、あんな待ちをあの河から読めという方が無茶です」
    「は、ははは…………」
    「実力で敵わないからって、こそこそ姑息に動き回ってた罰が当たったんだじぇ! ついでにタコスもってこいじぇ!」
    「姑息って………」
     じゃあ、どうしろというのか。
     この怪物たちを相手に、真正面切って下りずにぎりぎりのところを攻め続けて、躱して上がりをとれとでもいうのだろうか。
     そんなこと、出来るはずがない。
     だから京太郎にできるのは、全神経を注いで彼女たちの待ちを躱して、とにかく振り込みを避けることだけだ。
     そして自分に運が傾いた時を逃さず、そこに全力を注ぐ。
     そんな戦い方しかできるはずがない。
     それを、卑怯だ姑息だなどとなじられたら。
    (もう、何もできねえじゃねえかよ)

    10 = 1 :

    そのころからだったと思う。俺が彼女たちの近くにいることを、苦痛に思い始めたのは。
     別に彼女たちが悪いわけではない。ある意味これが光栄なことなのだということも理解していた。
     やがて世界で羽ばたく才能を持ち合わせた彼女たちの成長をこんな間近から見れて、あわよくばその手助けができる、
     でも俺にできる手助けなんて、本当に雑事だけだ。誰でもできるような、代わりの利くことだけだ。
     なんて贅沢な奴だとも思う。彼女たちの傍にいられるだけで、それは途方もない幸運だ。なのに、俺はそれを苦痛に感じている。なんて嫌な奴だ。堂々とした打ち方もできない、卑怯な上に自分の分を弁えないやつだ。

     そんな風に、自己嫌悪すら湧き始める。
     けれど、そんなことはおくびに出してもいけない。彼女たちは優しい。だから、俺がこんなふうに勝手に悩んで、それで彼女たちの心を傷つけてはいけない。

     そうやって、我慢して、堪えて、受け流して、忘れて、無理に笑って――――

     気が付けば、みんなといることが、耐えられないほど辛くなっていた。

    11 = 1 :

     長野県、清澄高校。
     今や国民的競技になった麻雀のインターハイ、その団体戦で、初出場ながらに全国ベスト4の記録を残し、その名は一躍有名になった、
     大会の終わった12月の今でも、ひっきりなしに取材の依頼が来る。大会終了直後ほどでもないが、週に1回は取材の申し込みが来る。
     が、下手に部活の練習時間を削りたくはないので、出来る限り断っている。主に麻雀部唯一の男子部員こと俺、須賀京太郎がその対応をする。
     相手も素直に引き下がってはくれないから、断るのには毎回骨が折れる。今日は学校の職員室で、20分も粘ってきた雑誌の編集部からの電話を断らなければならなかった。
     先生たちの気の毒そうな視線を受け取りつつ、精も根も尽き果て職員室を後にする。
     肩を回し、首をゴキゴキ鳴らして体をほぐす。
     体中を血が巡るが、体の倦怠感は去ることはなかった。ここ最近寝不足なのだ。
     毎日麻雀部で牌譜を記録し、それを家に帰ってからもいつでも使えるように、PCソフトで整理整頓する作業が残っている。
     もちろん俺は一般的な高校生なので、日々の授業で出される課題もやらなければならない。
     ここまでならまだ何とかなるが、その後自分でも無理をしていると分かっているが、自分のための麻雀の練習をようやく開始できるのだ。
     部員たちの牌譜を見ているだけで、特にデジタルの天使と呼ばれる和の牌譜は勉強になる。
     あくまで神がかり的な運などは考慮に入れず、理詰めの麻雀を得意とするからだ。突き詰めれば、一般人でも到達可能な領域ではある。
     かといって、見ているだけでは勉強の効果も半減だ。和の打ち方を念頭に置きつつ、深夜のネット麻雀で自分なりの打ち筋といったものを確立しようと頑張る。
     
     そうやって特には成長した実感を得られないまま、このところ疲れがずっと抜けないのだった。
    「ふあぁ………」
     あくびをかみ殺しながら、部室に向かう。すでに部活は始まっている。急がねばならないのだが、今一気乗りがしない。
     少しでも目に見える成長の片鱗でもあれば気持ちも楽なのだが、それは叶わなかった。
     むしろ頑張って努力するようになってから、以前より成長している実感が薄れた気がする。
     そういうことを気にするのは、それだけ麻雀に対して真剣になれたのだという捉え方もできるが、結果が伴わなければ当人の心持ちなど只の自己満足にすぎないはりぼてだ。

    12 = 1 :

     だが足は無意識に近いレベルで勝手に部室へ向かってしまう。
     やけに立派な両開きのドアの前で深呼吸。こんな辛気臭い顔で、みんなの集中力を削いではいけない。
    「よしっ………」
     勢いよくドアを開けて、半年前までそうしていたように明るい声を出す。
    「すんませぇーん、遅れましたぁー!」
     どこか気の抜けた笑みを浮かべて、悪びれた様子もなく明るく部室に入る。
    「いやぁー、今日の取材の申し込みはしつこくってぇー。骨が折れましたよー」
     笑顔を浮かべて閉じていた目を開く。思っていた通り、みんなは1台しかない麻雀卓を囲んでいた。
     一人余っているのは染谷先輩だ。眼鏡の奥にある目を鋭く光らせて、卓を囲む4人の手牌を眺めて牌譜をとる。
     あの人は牌譜と記憶を結び付けて麻雀を展開していく人だから、自分で牌譜をつけると言い出したのだろう。
     みんなの集中力はすさまじく、誰も俺のことを気に留めてもいなかった。
     インターハイが終わっても、麻雀の大会は他にもある。年の初めにあるアマチュア大会に向けて、ここ最近の皆には鬼気迫るものがある。
     学生限定ではないから竹井先輩だって出れる。あの人はプロチームの内定をもらえたから、普通は引退するはずのこの時期でもまだ部活に来ている。
     一応俺も男子の部個人で大会には出るのだが、きっと1回戦で負けるのは皆の間では暗黙の了解となっていることだろう。
    「ん……・おお、来たか犬! 早速タコスたのむじぇ!」
     唯一、ドアと向かい合う席に座っていた優希が俺に気付いたようだった。
    「はいはい、仰せのままに」
    「あ、済みません須賀君。私にもコーヒーをお願いできますか?」
    「うぃーす」
    「あ、京ちゃん私も」
    「へいへい甘めでだな?」
     「いつもの」の一言で通じそうな優希の注文に加え、和と咲からも飲み物の催促が来る。
     いつもやっていることなので、俺は上着を脱いですぐにその作業に取り掛かった。
     備え付けの簡易コンロに火を灯そうとする。しかし、何度かカチカチと音がするだけで、火は中々つかない。
    「あれ? ガス切れかな?」
     ボンベに目をやると、残りガス量の目盛がほぼ0になっていた。
     小道具の入った引き出しの中を見るが、替えのボンベは無いようだった。
     窓の向こうは今にも雪が降りそうなほどに冷えていたが、仕方なく俺は脱いだばかりの上着にもう一度袖を通し、カバンの中からマフラーを取り出して首に巻く。
    「すいません、ガスボンベが空になっちゃってて。急いで買ってきます」
    「ん……・・・」 「うん………」 「さっさとたのむじぇ」
     対局に集中している皆から帰ってきたのは、そんな気の乗らない返事だけだった。
     胸の中を若干重くしつつ、俺は部室の外に出た。

    13 = 1 :

     外はかなり寒かった。
     長野の12月ということで、度々降って溶け残っては新しく前より高く積もった雪が敷き詰められていた、
     異様に濃い灰色の空模様からしても、今夜あたりにもう一度降るだろう。
     携帯を取り出して時間表示を見る。時刻は午後5時前。今日もみんなに付き合って帰れるのは8時を過ぎるだろうから、もしかしたら帰りの時間帯にはもう降り始めているかもしれない。
     そう思うと、胸の中の重しが、さらに心にのしかかってくる気がした。
     どうせ自分は打たせてもらえないのに、なんでわざわざ皆に付き合わなきゃならないのか………。そんな考えが頭の中をよぎり、苛んできた。
     特に竹井先輩。
     あの人がプロ内定をもらってからは、インハイ前のように、また俺の打つ時間が減った。
     ほぼ確定しているが厳密には内定をもらえるかもしれない、という立場なので、何か確定へもっていく材料が必要とのことだった。
     わかりやすい、アマ大会などでの好成績を残せば、文句なしだ。
     竹井先輩は今まで個人戦には興味がないと出てこなかったから、団体戦の戦積しか残していないので、それが一番の材料だった。
    『これでやっとあの親から独立できる! これを逃す手はないわ!』
     喜々として内定の内定をもらったと部室に乗り込んできたときは、皆が祝福した。無論俺もだ。
     めでたいとは今でも思う。大事な時期だとは思う。それに没頭してほしいとも思う。
     でも…………
    (俺だって、打ちたいっすよ…………)
     気づけば身動きの取れない状態だ。
     何かやりたいことは見えているのに、様々なしがらみが着いて回って、素直にやりたいと口にすることもできない。

    14 = 1 :

    「いやいやいや…………」
     これも勉強だと、自分でも納得できるわけのない答えで不穏な考えを無理やり振り切り、アイスバーンで滑りやすくなった道を気をつけて進む。
     学校の周り、というかこのあたり一帯は坂道のオンパレードだから、本当に冗談ではなく転んだらそのまま坂道を滑って行って、車が来ても避けれずに轢かれるなんてこともあり得る。
    「うわぁ!」
     ズザァ! と、そんなことを考えたそばから足を滑らせる。が、幸いにしてその場で尻餅をついただけだった。
    「いってぇ!?」
     尻に、何かが刺さった。
     痛みの走ったあたりを手で触ると、ポケットの中に、何か固いものが入っていた。
     涙目になりながら取り出すと、それはいつも持ち歩いているお守りだった。
     5年前に亡くなったひいじいちゃんが、亡くなる少し前に俺にくれたものだ。
     「清寛寺」と掠れた刺繍の入れられたそのお守りの中には、小さな石が入っている。
     ある面だけは磨かれていてとてもきれいなことから、多分墓石のような人為的に手の加えられたものの一部分だろうとはわかる。
     でも、何で墓石がお守りの中に入っているのか? そう思って、俺はひいじいちゃんに聞いてみた。
    『そいつはな、博打の神様の加護があるのさ。俺の知り合いに、井川っていうまぁこれがめちゃくちゃ麻雀の強い奴がいてな。そいつの死んだ師匠が、その神様だったのさ。無理言って、その墓石の欠片を分けてもらったんだ。こんなしょぼい俺にでも、少しは麻雀の神様のご加護があるんじゃないかってな』
     かっかっかと笑いながら、じいちゃんはこの石の自慢をしていた。
     後に知ったことだが、その井川というのは、現役プロ雀士の井川ひろゆき7段らしい。
     もうあんまり覚えていないが、ひいじいちゃんの葬式に、井川プロも来ていたそうだ。
     親から聞いた話で、井川プロは葬式の時俺に向かって「その石を大事にしてくれよ」と言っていたらしい。
     今じゃあ国民的アイドルのプロ雀士のお墨付きのお守りということで、俺は当時からずっとこのお守りを肌身離さず持っている。
     が、俺のケツはどうやら守ってくれなかったようだ。
     やれやれと息をついて、お守りを前のポケットに入れなおし、俺は坂道を下りて行った。

    15 :

    京豚いい加減にしろよ

    16 = 1 :

     学校から一番近い雑貨店に着くだけでも、雪に足をとられて30分以上かかった。
     今から学校に戻ると、きっと6時を過ぎていることだろう。
    「まいどありー」
     店主の声を背に、店の外に出ると、なんと目の前にはもう白い結晶がひらひらと舞っていた。
     もう真っ黒になった空から、青白い雪が降ってくる。
    「ふえっくし!」
     寒さに負けた俺は仕方なくもう一度店の中に戻り、レジの傍の棚に会った温かいコーンスープを手に取る。
     学校までの燃料は、これで足りるだろう。
     火傷をしそうなくらい熱いカンを握り締めた俺は、もう一度レジに並ぶ。
     
     すると俺の前に並んで煙草を買っていた客が、目に入った。
     背はかなり高い。182センチある俺とほぼ同じ目線だし、男性だろう。
     横顔から分かるように、50を過ぎたと思しきしわが顔中に刻まれている。
     髪はくすんだ銀髪といった感じで、きっと元から銀髪なのが老化とともにくすんだ白を帯び始めたのだろう。
     身なりは一目でこのあたりの人間じゃないと分かった。赤と黒の斑模様、黄色と黒だったら某球団のチームカラーのような感じのシャツの上に、髪の毛と同じような白いジャケットとズボンをはいていた。
     地元の人間なら、真冬にこんな格好はしない。
     そしてその目。
    「――――――ッ!」
     その人と目が合った瞬間、俺は自分の意識がどこか遠い場所にぶっ飛んだような感覚を覚えた。
     気配、とでもいうのだろうか。その人の気配は、尋常ではなかった。
     漫画じゃあるまいし、俺は相手を見ただけで戦慄するとかそういうことは、現実にはないことなんだろうと思っていた。
     けれどたまに、ほんの時たま似たようなことはあった。
     初めて部室で本気の咲を見た時のような、龍門渕や白糸台高校の代表選手のような、化け物と言われる人間を見た時に、ほんの少しだけだけど、恐怖に似た感覚を覚えることはあった。
     でも、この人は―――。
     この人は違う。何もかもが。纏っている空気も、帯びている気配も。
     人ではないと言われても信じてしまいそうな。
     全力の咲や咲のお姉さんでも霞んでしまいそうな、圧倒的すぎる存在感。
     俺はその場に釘付けになったまま、一歩も動けなかった。

    17 = 1 :

    「おい、にいちゃん……」
    「え、あ、あ、はいっ!?」
     いきなり声をかけられ、背を伸ばして答えてしまう。
    「ほら、お前の番だぜ」
    「あ、は、はい」
     既にその人は会計を終わらせ、懐からライターを出しつつ、買った煙草を手に出て行ってしまった。
     俺は横目でずっとその人のことを追いつつ、会計が済むと店先に駆け足で向かった。
     その人はまだすぐそこにいて、店先でタバコを吸って空を眺めていた。
     俺は何と話しかけたらいいのかわからず、とりあえず不自然でない程度に傍に行き、買ったばかりのコーンスープを口にした。
    「…………煙って(けぶって)いるなぁ、兄ちゃん」
    「え?」
     向こうから声をかけられてギクリとした。
     その人は煙草をくわえたまま、俺を見据えていた。
     煙っている。空模様のことかと思い、俺は月も見えない空に目をやった。
    「くくく………空でもなきゃ、煙草でもねぇよ。兄ちゃんが、煙っているのさ」
    「え?」
     いきなりわけのわからないことを言われて、俺は何と言えばいいのかわからなかった。
    「みりゃあわかる。俺は兄ちゃんの抱えてる事情なんざ知らねえが…………、兄ちゃんが今煙っちまっていて、自分を見失っていることくらい。自分が何をしたいのか、悩んでいるんじゃないのか?」
    「え……………」
     心の中を見透かしたようなその発言に、俺は愕然とした。
     なぜ、そんなことが。

    18 = 1 :

    「なぜ………って、顔だな。本当にみりゃあわかるんだよ。人っていうのは輝きを放つものなんだ。その輝きは、いかに自分の魂が満たされているかで決まる。自分の心が解放されていて、いかに自由で在れるかってことだ。兄ちゃんの心は曇っちまっている。だから兄ちゃんの見た目も煙っちまっているのさ」
    「俺の、心…………」
    「こんなご時世だ。兄ちゃんくらいの年なら、お受験だの将来何がしたいだので悩むころだろうよ。自分が何をしたいのかもわからず、ただ周囲に理由もなく急かされる。だが…………そんな中でも、兄ちゃんの煙り方は異常だった。まるで、自分がどこにいるのかもわからず、しかもどこで何をするべきなのかもわかっていないんじゃないのかってくらいにな」
    「どこで……何を………」
    「自慢じゃないが、俺はそういうことからは一番縁遠い場所で生きてきたと思っている。自分が何をしたいのか、わからなくなったことなんて一度もない。やりたいことが増えたことはあれども、なくなったことはない。世間一般に胸を張れない人生だったが、それでも、俺は俺に胸を張れる。俺はこれだけ自分の望むままに生きたぜっ………てな。兄ちゃん…………お前、今の日々を、自分に胸張って自慢できるか?」
     俺は何かで思い切り殴られたようなショックを受けた。
     自分で自分に胸を張れる人生を、送れているかって?
     思い出してみる。特にここ数か月のことを。皆がインターハイを終えた後のことを。
     雑事に次ぐ雑事…………ただこの場所に居られるだけで幸運なんだと自分をだまし続けて…………この数か月、辛いとしか感じられなかった。
     実力をつけて、胸を張ってみんなの傍に居たいっていう目標こそあれど、それも叶わず皆は俺を置いてぐんぐん成長している。
     結局辛いことを全部自分の中にため込んだまま、何もできていない。

    「まぁ………こんなのはただのオヤジの戯言だ。だから兄ちゃん、こんなどこの馬の骨とも知れねえオヤジのいうことなんざ、忘れてくれて構わねえ………」
    「あ…………」
     その人はそう言って、学校へ帰る道とは逆方向へ去っていった。
     俺はまだその人と話したかったのだが、雪も強くなりそうだったし、急いできた道を戻ることにした。

    19 = 1 :

    学校に戻れたのは、6時すぎどころか、7時前だった。
     雪は冗談抜きに強くなってきていて、傘が無いと辛いほどだった。
     下駄箱のあたりで服に着いた雪と水滴を落として、誰もいなくなった真っ暗な旧校舎の中を進んで、部室へと急ぐ。
    「………………?」
     するとおかしなことに気が付いた。
     いつもならこの時間帯でも、麻雀部のドアの隙間からは光が漏れているはずだ。
     しかし、部室前の廊下まで来ても、どこにも光源がない。
     非常口を指し示すぼやけた緑の蛍光灯と、ポケットから取り出した携帯の明かりを頼りに進む。
     するとやはり部室のドアの隙間からは光は漏れておらず、それどころかドアが閉じられていた。
     何かおかしいと、みんなの名前を呼びながらドアを叩く。
     ドンドンドン
    「おーい、皆? 咲、優希、部長?」
     ドンドンドン と、ドアを叩く音だけが廊下に響く。
     するといきなり、左手の中の携帯が、ブーブー音を立てて震えた。
    「うおっ!?」
     真っ暗闇の中でのことだったので、俺はびくっ、と跳びはねてしまった。
     溜まっていたメールが来たようで、一気に4通も来ていた。
     雑貨店までの道では電波状況が悪く、校舎まで戻ってようやく通じたのだろう。
     差出人は、部長と咲だった。
    1通目
     from 咲
     sub 京ちゃん大丈夫?
     本文:今ちょうど半荘1回終わったところだけど、京ちゃんの帰りが遅いのでみんな心配しています。
     これを見たら、返信してね。

    2通目
     from 部長
     sub 雪降って来たけど
     本文:須賀君大丈夫かな? もしもっと降りそうだと思ったら、今日は買い物はいいから急いで帰ってきていいよ。

    3通目
     from 部長
     sub ごめん!
     本文:雪が本当に強くなりそうなので、私たちは先に帰ります。
     私たちも傘や防寒具がほとんどないので、冗談にならなくなる前に。須賀君の荷物は部室の前に置いとくから、ごめんね!><

     そして4通目
     これは発信時間を見ても、ちょうどいま送られてきたものらしい。
     from 咲
     sub 京ちゃん、返事して
     本文:京ちゃん、先に帰っちゃって本当にごめんね。返事がないから、みんなずっと心配していました。
     私はもう家に着いたけど、京ちゃんはまだ学校だったら言ってね。
     京ちゃん傘持ってなかったよね? そしたら傘2本持って迎えに行くから。
     ほんとうにごめんね。

    21 = 1 :

    「……………」
     俺は無言のまま、咲にメールを送った

    『大丈夫、ここまで来たら傘あってもなくても変わらねーよ。自力で帰れる。
     店であったかい飲み物買っといて正解だったわ。明日風邪ひいても怒らないでくれよ(笑)』

     送信……………。送信完了のメッセージが出る。
     足元を見ると、確かに俺のカバンが置かれていた。
     俺は壁に背を預け、そのままずるずるとその場に腰を下ろした。
     鞄を抱えて、ぼやけた緑色に染まった天井を仰ぐ。
    「俺…………何やってんだろ」
     自然と涙が出てきた。
     拭う気にもなれず、無表情のまま涙がボロボロと溢れて止まらない。
     別に皆に怒っているわけではない。なんだかもう、悲しいというよりは、疲れてしまったのだ。
     誰が悪いとかではなく…………単純に、疲れてしまった。
     今日のこの後のことを考える。
    (まずは…………家に帰って風呂に入ろう。温まったら、明日の授業の提出物、2つとも終わらせて…………まだ整理しきれてない牌譜整理して……また麻雀やって………)
    「………………やだなぁ」
     ぽつりと、涙声でそんなつぶやきが漏れた。
     さっきのおじさんの言っていたことが思い出される。
    『兄ちゃん…………お前、自分で自分に胸を張れるか?』
    「ぜんぜん…………張れねえや」
     白く煙る息に交じって、俺の嗚咽が響いた。
     鼻をすすって、ひくつく喉が泣き声を漏らす。そのまま15分くらい、廊下で一人泣いていた。
     幸か不幸かその泣き声は、誰にも聞かれることはなかった。

    22 = 1 :

     次の日の朝
    「うぐ…………」
     朝起きたら、時計の針は8時を回りかけていた。
     大急ぎでパンだけ加えて急いで学校まで走ってきて、ぎりっぎり間に合った。
     が、朝起きていきなり走りながらパンを食べたことで、内臓が悲鳴を上げていた。
     昨日も結局、夜中の2時までまだ終わっていない牌譜や学校の課題をやっていた。
     小腹がすいて途中夜食をとったりしたせいで、余計に胃腸のリズムがおかしくなっている気がする。
    「京ちゃん………」
    「ん?」
     机に突っ伏して、1時間目が始まるまでのわずかな時間でもいいから休息に充てようとしていると、咲から声をかけられた。
    「ん、おお。おはよ」
    「京ちゃん、昨日は本当にごめんね」
    「え? ああー………」
     昨日吹雪いてる中、俺一人を残して先に帰ったことを言っているのだろう。
     ともかく今は、少しでも休息がほしかったので、さっさと話しを終わらせる。
    「だいじょーぶだって。それより今はあれだ。遅刻寸前で走ってきたから、休ませてくれ………」
    「京ちゃん、ちょっとこっち向いてくれる?」
    「んあ?」
     机に寝ながら、顔だけ先の方を向ける。
     すると少しドッキリするほどに咲が近くまで俺の顔を覗き込んできた。

    23 = 1 :

    「な、なに?」
    「京ちゃん………ちゃんと寝てる? くま、すごいよ?」
    「え? あー………実はちょっと夜更かしした」
     いかん、疲れがとうとう顔にも出始めたか。
    「京ちゃん………最近あんまり麻雀打ってないよね。特に、こないだ和ちゃんに、国士で逆転されてから………。やっぱり、その………」
    「その? なんだよ」
     咲が沈んだ表情になり、気になって聞いてしまう。
    「優希ちゃんが、その、姑息だとか卑怯だって言ってたの、気にしてる?」
    「……………」
     内臓が、ことさらに大きく揺れた気がした。
     ズバリ言い当てられて、すぐさま取り繕うことが出来なかった。
    「その、京ちゃん! 優希ちゃんも、きっと、京ちゃんとじゃれあうネタがほしかっただけっていうか………その、本気で言ったんじゃないよ!」
    「あ、いや、その…………」
     それはなんとなくわかる。
     あれは俺を本気で貶めようと思って言ったわけでないと。
    「京ちゃん。優希ちゃんに、ちゃんと謝らせるから。悪気はなかったとしても、ひどいことを………」
    「待て待て待て待て。わざわざそんなことしなくていーよ」
    「でも………あの時京ちゃん、凄い我慢してるように見えたし」
    「いやま、そりゃそれなりに堪えたけどさ………あいつは覚えてすらいねーだろうし、そんな前のことを謝れって言われても、本人が悪いって思ってないことを謝らせてもそんな謝罪欲しくもねーよ。俺ももう気にしてないし」
    「でも」
    キーンコーンカーンコーン………
    「あーほら。もう席戻れ。そして何より寝かせてくれ、お願いだから」
    「う、うん………」
     咲はまだ釈然としない様子で、席に戻っていった。
     とりあえずその後も、この話を切り出されることはなくなった。

    24 = 1 :

    とりあえず今日はここまでです。

    自分でも見てて文字がびっしりだなと感じたので、
    文が一つ終わるごとに改行した方がいいと感じる方がいらっしゃいましたら言ってください。

    25 :

    読みづらい

    改行を使おう

    26 = 3 :

    読み応えあって面白い

    27 :


    しかしかなり読みづらい…

    28 :

    改行は欲しいな

    凄い期待してる

    29 :

    とりあえず硬派な感じだから続きに期待

    改行はした方がええんでない?

    30 :

    別のssの続きかと思った奴は俺だけじゃないはず

    31 :

    原作の現状からそのまま進めばこんな感じだろうなってのが凄い伝わってくるねこれ。

    でもまだましなほうに思えるのはもっとひどい結果になったSSあったからだろうけど
    とにかく期待

    32 :

    画面白い

    ラビリンスバックアップハヨ縛ってチン巫女バックアップハヨ

    運営終了は犯罪ですペロペロ催眠5位

    他人様のデータを消すな

    35 :

    部員が屑揃いだとさっさと辞めろとしか言えなくなる

    36 :

    京太郎上げる為に清澄の面々下げるとか京豚ってホント不快だわ。

    37 :

    文字がびっしり過ぎて見辛過ぎる
    あとsaga入れてないから制限に引っ掛かってる文字がある

    >>30
    安心しろ俺もそう思ったww
    ちょいとアレと似過ぎだわ

    38 :

    あっちは清澄連中のsageがちょっとひどかった。
    こっちもきっと百合豚に荒らされるだろうけど頑張って完結してほしい。

    39 :

    乙でした。
    台詞と地の文の間に一行空けてくれるだけでも大分見やすくなるかな

    >>38
    あれは清澄連中というかモブでしょ。あの人のは何時もあんな感じ

    40 :

    書き方正せば結構面白そうだから頑張って完結までやってくれよ^ ^

    41 = 40 :

    おおん下げ忘れすまん許してください

    42 :

    こんばんわ。風邪でぶっ倒れてました。
    投下していきます。

    43 :

    待ってた

    44 = 1 :

    4日後
    「こぉら、須賀ぁ! おきんか!」

    「ふげっ!?」


     机に突っ伏していつのまにか寝てしまっていた俺を、国語の先生が文字通りたたき起こす。


    「うぐ………すんません」


     目をこすり、無理やりふらつく頭をまっすぐにとどめる。


    「お前ぇ、よく提出物忘れた回の授業で堂々と寝れるなぁ?」

    「すいません…………」

    「昨日何時に寝たんだ?」

    「えっと…………3時前くらいです」

    「馬鹿、何してたんだ」

    「えっと…………本読んだり、ネットとか…………」

    「あほかぁ! はよ寝ろ!」

    「ほんとすいません…………」


     本当にそうだからいいわけが出来なかった。

     昨日は1時過ぎまで牌譜の整理をやった後、1時間ずつ自分の練習のために麻雀の本とネット麻雀をやっていたのだ。


    「まったく期末前だっちゅうのにお前は………」

    「はい、ほんと済みません…………」


     俺は心底先生の言う通りだと思いつつ、ぺこぺこ頭を下げることしかできなかった。


    「京ちゃん…………」


     ふと、後ろから先の不安そうな声が聞こえた。

     俺は苦笑いしながら、大丈夫だというように手をひらひら振った。

    45 = 1 :

    「大体お前部活は入ってないだろ? 放課後に一体何してんだ?」

    「いえ、俺麻雀部なんですけど…………」


     インターハイベスト4入りの部活が大会が近いということで、麻雀部は学校側が特別に期末テスト前なのに活動を認めてくれていた。

     おかげ期末テストや課題との両立で死にそうな毎日だ。


    「あ、そうだったのか? インターハイお前も勝ったの?」

    「いえ、予選1回戦負けです…………」


     周りからの失笑が漏れる。俺自身「はは………」と笑いを漏らしてしまった。


    「じゃああれだ。お前がそっちに努力しても無駄だから、普通にテスト対策しろ。それにしても宮永は同じ麻雀部だろ? 今のところは宮永は提出物も全部出しているし、お前ももっと見習わんか!」


     ガタッ! と、後ろの方で勢い良く椅子を立つ音がした。


    「京ちゃんは、京ちゃんは私たちよりずっと頑張って―――!」

    「咲、いいって。授業中」

    「でも………!」


     咲はまだ何か言いたそうだったが、俺が前を見て姿勢を正すと、やがて座ってくれた。

     先生は何かまずいことを言ったかと感じたようだったが、その後何事もなく授業は進んだ。

    46 = 1 :

     キーンコーンカーンコーン………


    「はぁ…………」


     昼休みになると同時に、俺は麻雀の教本だけ持って、校舎の外に出た。

     相変わらず雪はそこかしこに残っているし、空模様は最悪で、冬にしては下手に気温が高い日だから今にも雪でなく雨が降りそうだ。

     でもだからこそ外には誰もいなくて、一人になりたかった俺にはありがたかった。

     比較的濡れてないベンチに腰掛けて、本を開く。

     だがここ数日でさらに強さを増した倦怠感のせいで、まるで内容が頭に入ってこなかった。

     いったん本を閉じて、深呼吸をする。


    「須賀君」


     びくっ となって後ろを振り返ると、そこには部長がいた。


    「あれ、どうしたんですか部長?」


     努めて明るい風を装って、俺は返事をした。


    「それはこっちの台詞よ。こーんな天気の悪いときに、わざわざ外に出てへこんでる部員を見かけたら、放っておくわけにはいかないわ」

    「へこんでる? 俺がですか?」

    「そうよ」


     そういって部長は人差し指で、俺の瞼の周りをなぞった。


    「こーんな真っ黒なくま作っちゃって。いつも何時に寝てるの?」

    「え…………」

    47 = 1 :

     俺は言葉に詰まった。自分ではそんな自覚はなかったのだが、そんなに見た目で分かってしまうほど疲労が浮き彫りになっていたのだろうか。


    「ええっと、それでも昨日は12時過ぎには寝てましたよ? むしろいびきがうるさいって親にたたき起こされました」


     わざとおちゃらけて、本当のことを悟られないようにする。


    「本当? なら、よっぽど日中に疲れているのね…………それ、麻雀の教本?」

    「あ、はい」


     俺が手に持ってる本を見て、部長が尋ねてきた。


    「ちょっと見せてよ。どんな本使ってるの?」

    「使ってるっていうか、最近ようやくこうやって勉強を始めたばかりなんですけど………」

    「いいことじゃないの」


     『基礎から始める麻雀の打ち方』というタイトルを確認して、先輩が適当にページを開く。


    「うわっ、こまっか! どんだけ読み込んでるの?」


     本のあちこちにひかれた赤線や書き込みを見て、先輩が驚愕の声を上げる。


    「読み込むっていうか………とにかく気になったところを片っ端から忘れないように線を引いていったらそうなったっていうか…………」

    「須賀君偉いじゃーん! 私もうかうかしてらんないわね。たまにはこういう本買って読んでみようかなぁ。でも悪待ちの本ってなかなかないのよねぇ」


     部長が笑って俺のことを褒めてくれる。
     
     だが、俺は部長の言葉に引っかかるところがあった。


    「いや…………部長たちは、もうそんな低レベルなもの読まなくても大丈夫じゃないっすか?」

    「そんなことないよー。私なんてまだまだ弱い弱い。勉強はいくらしたって足りるってことはないのよ」

    「…………………嘘つけよ」

    「え?」

    48 = 1 :

     いけない。心の声が漏れてしまった。慌てて取り繕う。


    「またまたぁ、謙遜しちゃって。俺はまだしも、みんなは――――」

    「須賀君」


     部長が真面目な顔になって、俺の言葉を遮る。

    「ごめん。私、何か気に障ること言っちゃったかな?」


    「え…………いや、気に障るも、そもそも何にも――――」

    「須賀君」


     もう一度、遮られる。


    「ごめん、正直に言ってほしいの。部長として情けないけど、私たち、最近須賀君に本当にいろんなことを任せてばっかりじゃない? 須賀君はネト麻とかで自主練してるからいいって言うけど………。
     もし不満とかがあるなら、正直に言っちゃってほしいの」

    「いや、だから――――――」

    「本当に?」


     疑いの目を向けられ、俺は言葉に詰まって息をついた。

     この反応で、そうだと白状をしてしまったようなものだ。

     俺は観念して、今素直に思ったことを口にした。


    「部長。部長が弱いなんて…………、冗談にしてもたちが悪いっすよ」

    「冗談なんかじゃないわよ。私より、強い人なんていくらでもいるわ」

    「それはプロとかを含めてですよね? 高校生だけなら、部長たちより強い人なんて全国でもほんの数人だけじゃないですか」

    「まぁ…………自画自賛するわけじゃないけど、多分そうかもしれない」

    「じゃあ、自分のことを弱いなんて言わないで下さいよ。今更こんな本を見て、勉強しなきゃとか」


     俺は先輩の手から本を返してもらって、ぱたぱたと目の前で仰いだ。


    「それは本当のことだもの。私たちはまだまだ全然勉強不足で――――――」

    「嘘つくなよっ!!」

    49 = 1 :

    「っ…………!」
     

     部長の両肩が跳ね上がる。

     俺が怒鳴り声を上げるなんて、予想だにしていなかったのかもしれない。


    「それだけ強くて、自分を貶めるようなことを言って、何が面白いんだよ! あんたらみたいな化け物で弱いっていうなら、俺は―――!」


     そこまで言って、俺はその後に飛び出しそうになった言葉を必死に堪えた。

     その先を言ったら、取り返しのつかないことになると思ったからだ。


    「すんません………ちょっと、柄にもなくイライラしちゃいました」


     何とか作り上げた笑顔を浮かべて、何でもなかったかのようにふるまう。

     だが部長は、そんな俺の急ごしらえの嘘なんてすぐに看破したのだろう。


    「須賀君、私……」

    「あぁーそーだ! すんません、今日はテスト前でどうしても片付けないといけない課題があったんです! 昨日までに整理した牌譜は後で咲に渡しておきますから、今日部活休みます、すみません!」

    「ちょっと、須賀君!?」


     部長が引き止めてきたが、俺はそれを無視して校舎に戻った。

     部長が追いかけてくるより早く、廊下を抜けて階段を上り、人通りのない最上階の一角に出る。

    50 = 1 :

    「……………あんたたちで弱いっていうなら、俺は――――――」

    (俺は一体何なんだ。あんたで弱いっていうなら、それより弱い俺は何だっていうんだよ)

    「ただの雑魚未満………虫けらが良い所じゃねえかよ………」


     部長も、咲も和も優希も染谷先輩も、皆俺からすれば雲の上の存在だ。俺が死ぬ寸前まで一生努力しても、今の皆にすら追いつけないだろう。

     そんな人たちと何の因果か俺みたいな凡夫が一緒にいて、才能を見せつけられて、当の本人たちはそれでも自分たちのことをまだ未熟だと評する。

     なんて―――みじめだろう。

     俺は今、自分の中にわかだまっていた黒い感情の原因を察した。

     多分、みんなが―――強者であるくせに、強者として振舞わないから。

     美徳なまでにひたむきで努力家で、それは構わない。

     あの龍門渕のお嬢様、龍門渕透華といっただろうか? 彼女のように、自分が強者であることを自覚し、それらしく振舞ってくれるならどんなに気が楽だったろう。

     みんなは自分の未熟さを常に意識して言葉にするのが大事だと考えているのだろうが、その意味を理解していない。

     それは、自分達より弱いすべての人間に対する、最大級の侮辱なのだと。

     ずきずきと痛む胸を抑えて、俺はその場で腰を下ろした。

     もうすぐ昼休みも終わりのはずだが、昼食は摂る気になれなかった。

     食欲など、一切しない。

     ただ今は、このどうしようもなくみじめな気持ちを、どこかにやってしまいたかった。

     窓の外では、今にも纏わり付いてきそうな沈んだ天気が、ずっとそこに停滞していた。


    1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 次へ→ / 要望・削除依頼は掲示板へ / 管理情報はtwitterで / SS+一覧へ
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★
    タグ : - 京太郎 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。

    類似してるかもしれないスレッド


    トップメニューへ / →のくす牧場書庫について