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    元スレ八幡「雪ノ下が壊れた日」

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    151 :

    そして居酒屋へ

    152 = 141 :

    少しだけ顔を上げる。視界の端に雪ノ下の足が動くのが見えた。それから文庫本を閉じる音。次いで椅子を後ろに下げる音。立ち上がったのか?

    「顔を上げなさい」

    また文庫本で頬をはたかれる可能性を考慮して、俺は奥歯を噛み締めながら、ゆっくりと顔を上げた。

    雪ノ下は椅子を下げて俺の正面に立っていた。それからスカートを押さえながら上品に膝をついた。足を揃え正座。それから床に手をついて……。

    「ごめんなさい。教えられないわ」

    頭を深々と丁寧に下げた。俺は目の前の光景が信じられなかった。雪ノ下雪乃が床に額をつけて土下座している。美術館に飾られている絵画の一枚の様に、雪ノ下は上品に土下座していた。

    「残念だったわね、ヒキタニ君」

    雪ノ下が顔をゆっくりと上げる。そこには勝ち誇ったように微笑している雪ノ下がいた。土下座されたにも関わらず、俺は精神的に敗北した気分だった。雪ノ下は土下座する事によって、俺から聞き出す手段を全て奪っていったのだから。今の雪ノ下からは本当に何も聞き出せる気がしない。

    誇り高く人に頭を下げる事を良しとしなかった雪ノ下雪乃。その雪ノ下は今はもういない。あるいは最初からいなかったのか。あれは俺の勝手なイメージで、本物の雪ノ下は元からこうだったのか、それとも急激に変わってしまったのか。

    これが俺の手に入れたかった本物だったのか。

    俺はあまりにもどうしようもない絶望感に襲われていた。

    153 = 141 :

    「なんて顔をしているのかしら、ヒキタニ君。私が土下座した事がそんなにショックだったのかしら?」

    雪ノ下が尋ねる。当たり前だ。酷く勝手な言い分だが、俺は雪ノ下にそんな事をしてほしくなかった。

    雪ノ下は唇の端を上げて嘲笑う。

    「裏切られたという顔ね。醜く歪んでいるわ。あなたの性格通りに。本当に自分勝手な男」

    そうだ。俺はまた勝手に期待して、勝手に失望した。雪ノ下はこういう人間だと決めつけて、勝手に理想を押し付けた。それは酷く自分勝手な事だ。だが、今の俺はそれを責める気にはなれなかった。それぐらい雪ノ下は変わり過ぎていた。

    俺の心を見透かした様に雪ノ下が言う。

    「あなたは以前に本物が欲しいと言ったわね。その本物が今ここにあるわ。恐らく、あなたの理想に合わない本物が。それを見て一体どういう気持ちなのかしら?」

    不意に雪ノ下の手が出された。両手で俺の顔をがしりと掴み、信じられないぐらいの力で無理矢理引き寄せられた。お互いの息がかかるぐらいの近い距離で雪ノ下は、はっきりとこう言った。

    「自分勝手で卑怯な紛い物。生きる価値もないゴミね」

    そして、強引に唇を奪われた。

    154 :

    俺ガイルである必要性厨マダー?

    155 :

    実際にこんな高校生活してる奴いるのかな。なんか怖い。

    156 = 141 :

    何が起きたのか理解できなかった。こじ開ける様にして舌が口の中に入れられた。俺はほとんど反射的に後ろに下がっていた。雪ノ下から逃れようとした。雪ノ下は逃しはしなかった。爪が皮膚に食い込むほどの強い力で俺の顔を掴み、絶対に離そうとしなかった。

    雪ノ下の舌が俺の口の中を掻き回す様に動く。舌を絡めて貪る様に口内を舐め回す。雪ノ下は口の中全てを犯すかのように歯茎や粘膜などあらゆる場所に舌を伸ばした。それには宙を浮くような快感も伴ったが、それを相殺するかの様に雪ノ下は手に力を込めて俺の首や頬に爪を立てた。

    例えるなら、それは暴風や竜巻の様なキスだった。激しく荒い、相手の事を一切考えないキスだ。むしろ傷つける様なキスだった。

    雪ノ下はそのままキスしながらにじりよってきて、気が付けば俺の体にぴったりと密着する様に体を寄せていた。それと共に掴んだ頬や首の位置は微妙に変えられ、変わらず爪を立てられ続けた。鋭い痛みが時折走った。

    嵐の様な時間だった。

    やがて、雪ノ下が顔を離し、ゆっくりと手も離す。その爪の何本かには血が薄く付着していた。

    雪ノ下はそれを無表情のまま一本一本口に入れて舐めとっていった。重く冷たい目だった。

    157 :

    「……雪ノ下。お前……何で……」

    自分でも何が言いたかったのかはわからない。だが、それを最後まで言い切る事は出来なかった。

    「っ!!」

    強烈な平手打ちがいきなり雪ノ下から飛んできた。一撃。そして、二撃。右に左に頬を叩かれ、訳がわからないまま咄嗟に手を出して顔をかばったら、今度は肩。思いきり後ろに突き飛ばされた。

    受け身も取れないまま、俺は床に後頭部を強く打ち付けた。強烈な痛みから、無意識的に頭に手が伸びていて横に転がった。そのまま悶絶していたら、今度は腹に思いきり強い痛み。蹴られた。一撃。二撃。三撃。

    息が出来なくなって酷くむせた。強く閉じていた目から思わず涙が溢れた。

    「ぁ、がっ……!」

    蹴りが止まった。息を必死で吸い込みながら、薄目で見上げる。そこには雪ノ下が立っていた。満足した様な笑みが俺に向けられていた。

    「やはりあなたは地面に這いつくばっている方が素敵よ、比企谷君」

    雪ノ下はそう言って何事もなかったかのように自分の鞄を持ち上げる。おい、まさか、このまま帰るつもりか……?

    「それじゃあね、ゴミタニ君。鍵はあなたにお願いするわ。よろしくね。……また明日」

    やがて静かに扉が閉められた。俺はまだ芋虫の様に丸まりながら床に倒れていた。上手く吸えない息を必死で吸って、どうにか呼吸を整えていた。


    何なんだよ、あいつは一体……!


    今の雪ノ下雪乃は『何かが』壊れている。俺がそう考え始める様になったのはこの時からだった。

    158 = 157 :

    ここまで

    160 :

    >>158


    この雪乃は、頭のネジが全部外れた?

    161 :


    壊れているのは雪ノ下なのか八幡なのか…

    162 :

    雪ノ下母が我の強いヒステリー持ちなんだっけ?

    163 :

    まじで雪ノ下の行動が理解できん

    164 :

    ダラダラと続けるの止めたら?阿保らしい…

    165 :

    この段階で八幡が離れてないあたり、完全に雪ノ下の支配下だな

    166 :

    これ傷害罪で訴えなあかんレベルじゃないか
    とりあえず恥を承知で陽乃さんに何があったかきくべきなんじゃね?
    こんな目に遭わされるほど狂ってるんですがと

    167 :



    普通の人間なら、付き合いきれないだろうし、実際みんな離れていく
    由比ヶ浜は普通であり、八幡は普通では無いのだ

    正直どうでも良いが、まだ具体的描写の少ない葉山も普通じゃないのだろう。

    168 :

    びっくりする位、行動がメンヘラ女のそれすぎてひどい
    八幡からすれば、普段通りの生活してたら別に付き合ってるわけでもない女がいきなりメンヘラ発症して周囲の人間関係を破壊しだして訳分からんって状態
    高校生の手に負える訳がないから素直に病院に連れてった方がいいなこれ

    169 :

    ボーダー女を演じてる感

    170 :

    限りなく体験談っぽくて怖い

    171 :

    もしかして、話の着地点が見えなくなったのか?

    172 :

    事情知った所でどうにかなるとも思えないが……

    まさか雪乃と葉山が付き合う事になったらすぐさま雪乃の気が狂いましたと言いふらす訳にも行かないし、それに原因を取り除くとしても現状じゃ葉山を物理的に排除する事位しか無いだろうし

    173 :

    壊れたのは葉山と付き合ったからじゃなくてそれ聞いた八幡の反応が原因じゃないの?

    174 :

    乙。更新楽しみにしてる。

    176 :

    雪ノ下が八幡を逆レイポってそれまさかハチマ○コじゃ…

    177 :

    そもそも雪ノ下が本当のこと言ってる保証なんかどこにもねえし、実際に葉山と雪ノ下が付き合ってるかどうかは眉唾だとは言われてるけどね。むしろ、メンヘラ特有の気を引くための嘘だって方が納得できる

    178 :

    >>176
    あれは逆じゃないから…

    179 :

    >>177
    そもそも雪ノ下が本当のこと言ってる保証なんかどこにもねえし、
    →わかる

    実際に葉山と雪ノ下が付き合ってるかどうかは眉唾だとは言われてるけどね。
    →言われてる?どこで?

    むしろ、メンヘラ特有の気を引くための嘘だって方が納得できる
    →葉山も認めてるんですが、それは……?

    180 :

    このSSって文章は長いけど核心に触れるようなことはまだほとんど表に出てない。
    今から推測しても荒れるだけで何の意味もないから止めといたほうがいいぞ。
    冒頭で湧いて出た調子こいた居酒屋信者も軒並み討ち死にしてるし。
    ぶっちゃけ、作者の胸先三寸なんだから見守るしかない。

    181 = 175 :

    まだかな?

    182 :

    ◆3



    『動かす』という言葉は『重い力』と書く。何かを動かそうとするなら、それが物であれ、社会であれ、人であれ、多大な『力』を必要とする。

    『力』がなければ動かない。『重い』だけだ。だとしたら今の俺はひたすら重いだけなんだろう。雪ノ下にとって、俺は無力で重いだけの存在なのだろう。

    雪ノ下が葉山と付き合っているという話を聞いてからずっと俺は雪ノ下に振り回されっぱなしだった。それなら俺はどうかと言えば、雪ノ下の本心を知る事もなく何も変えられず何も出来ていない。ただただ流されてきただけだ。

    部室から出てトイレに行きハンカチを濡らす。設置されている薄汚れた鏡を見ると、案の定、両頬が赤く腫れている上に死んだ目をした俺がいた。首や頬には小さな血の痕が幾つも付いている。

    このまま家に帰ると、まず間違いなく小町に何があったのかを尋ねられる。冷やしてどれだけ腫れが引くかはわからないが、とにかく今、家に帰る訳には行かなかった。

    軽く絞って水気を抜き、ハンカチで首や頬の血を拭う。それからまた洗い、絞って、それを左頬に当てながら部室へと戻った。


    『やっぱり今のゆきのんはおかしいよ……。絶対に何かを隠してる』


    今の俺もそう思う。

    雪ノ下雪乃は何かを隠している。そして、それは恐らくとても重大な何かだ。

    183 = 182 :

    正直、今はわからない事があまりにも多い。

    疑問を言えばきりがなかった。

    だが、今日の事で一つだけはっきりとした事がある。雪ノ下は葉山と上手くいってない。付き合っているというのなら、それがマイナスになっているのは明らかだ。そして、本当に付き合っているかどうかも今では疑ってかかるべきだ。

    でなければ、俺へのキスの説明がつかない。

    何もかも上手くいっている彼氏持ちの女が、他の男と、しかもゴミと断言した男とキスをするというのは有り得ない。

    由比ヶ浜に、葉山と付き合っていて幸せだと雪ノ下は言った。幸せなら、どうしてこんな事をする。幸せじゃないからするんじゃないのか。

    何かそこには訳や事情があって、それを雪ノ下は隠している気がした。

    184 = 182 :

    ハンカチを持つ手を代えて、逆の頬を冷やす。もう痛みは引いてるが、まだ心の痛みは消えてはいない。

    口の中にはまだ雪ノ下の艶かしい舌の感触が残っていた。

    あれが俺のファーストキスだ。雰囲気も何もなくただ強引に奪われた。それだけだ。

    別に俺は乙女でもなければロマンチストでもない。だから、その事について純情を汚されたなんて馬鹿みたいな事を言うつもりはない。だが、あのキスが無理矢理なもので、心の蹂躙にも似た行為だったという事を否定するつもりもない。

    これが逆なら犯罪だ。いや、暴行を受けている時点でもう立派な犯罪か。加害者は雪ノ下で、被害者は俺だ。雪ノ下にどんな事情があるにせよ、その事実だけは絶対に変わらない。

    俺は雪ノ下から大切にしていたものを根こそぎ奪われた気がしていた。

    居場所も、理想も、安らぎも、思い出も。

    そして、由比ヶ浜も。あいつが奉仕部を辞めると言い出したのは、まず間違いなく雪ノ下のせいだ。

    だが、それでも雪ノ下雪乃という存在を俺は心の底から憎めなかったのだ。由比ヶ浜の様に諦めもつかなかった。


    『ねえ、比企谷君。いつか、私を助けてね』


    ディスティニーランドの時の雪ノ下の言葉と表情が俺の中に甦る。俺はそれでも雪ノ下雪乃という存在が恐らくまだ好きなのだ。心のどこかで固く信じている。まだ間に合う、元に戻る事が出来ると。

    雪ノ下が言っていた『いつか』は、『今』なんじゃないのかと。

    185 = 182 :

    それなら助ける為にはどうしたらいい。

    雪ノ下の姉である陽乃さんは前に俺に言った。君は人の心の裏を読もうとすると。確かにそうだ。俺は今、雪ノ下の裏の心を考えている。

    人が怒りや悲しみなどの感情を人にぶつけるのは何故か。それはたまったものを吐き出そうとする意味もあるが、相手に訴える為でもある。怒っていたり悲しんでいるという事を相手に伝えようとしているのだ。

    なら雪ノ下は何を伝えようとしているのか。何の為に俺の弱く醜い部分を突き、暴行を振るい、キスをしたのか。

    それに全て目的があったとしたなら、雪ノ下は俺を傷付け、俺をいたぶる事を目的としている。そして、自分の存在を刻み付けようとしている。

    雪ノ下雪乃という存在を、俺が一生忘れる事が出来なくなるようにしている。その為のキスの様な気がした。

    なら、何の為に雪ノ下はそれをしたのか。

    愛情の反対は憎しみではなく無関心だ。無関心という点においては雪ノ下は正反対だった。だとしたら、雪ノ下の裏の心は。

    雪ノ下は嫌われたいと望んでいる。

    憎まれたいと望んでいる。

    そして矛盾しているのだが、自分を見て欲しいと、そう望んでいる。そうとしか思えない。

    ならそこから更に考えるべきだ。何の為に雪ノ下は、嫌われ、憎まれ、自分を見て欲しいと願うのか。


    ……考えられる仮説は幾つかあった。


    だが、そのどれかまではわからない。仮説を裏付ける証拠が不足し過ぎている。組み上げるパーツが足りなさ過ぎる。

    そして、雪ノ下雪乃をどうやって助けるのかも。今の段階ではぼんやりとしか見えない。情報が足りない。覚悟も足りない。

    ……何にしろ、あいつと一度会って話を聞く必要がある。

    雪ノ下の彼氏である葉山隼人に。

    186 = 182 :

    頬を冷やして腫れを取る時間は、俺にとって完全に無駄な時間という訳ではなかった。サッカー部の練習が終わるまでどうせ待つ事になったのだ。

    職員室に鍵を返しに行く。平塚先生は自分の恋愛以外の事となるとやけに的確で鋭い。目ざとく俺の頬回りの傷を見つけて、それについて聞かれた。

    「どうしたんだ、比企谷。その傷は?」

    「……飼い猫に今朝やられました」

    予め用意しておいた嘘だ。最近、嘘ばかりついている。

    「そうか。猫か」

    そして、平塚先生はそれを疑わない。余計な事を言いはするが。

    「私は傷跡からして、てっきり痴話喧嘩で女にひっかかれたものだと思ったんだがな。だが、君に限ってそんな事は有り得ないか」

    むしろ、そう思うあなたの方がどうかしてます。かなり本気で。そういう目をしていたからか、平塚先生は少し困ったように息を吐いた。

    「比企谷。言っておくが冗談だからな」

    冗談に聞こえないから怖い。特に今の俺にとっては。

    「……知っています。それじゃ、これで」

    鍵をさっさと返して、俺は日の沈みかけたグラウンドへと向かった。丁度、サッカー部がボールを片付けて帰り支度をしているところだった。葉山の姿もそこにあった。

    187 = 182 :

    「話がある」

    こうして葉山に話しかけるのは二回目だ。前は理系か文系かで尋ねたはずだ。

    あの時と違って葉山は露骨に嫌そうな顔を見せた。

    「悪いが、今度にしてくれないか。今日はこの後、用事が入っているんだ」

    「用件は雪ノ下の事でだ」

    「…………」

    葉山は良いとも悪いとも言わず、俺の目を見据えた。

    188 = 182 :

    「お前、雪ノ下と付き合ってるんだってな」

    「だったら何だ?」

    ほとんど喧嘩腰の様な反応だった。厳しい目を俺に向ける。やはり何かある。そう感じた俺はカマをかけた。

    「雪ノ下から相談を受けた。お前の事でだ」

    「……っ!」

    ある程度の反応はすると予想していたが、予想以上の反応を葉山は見せた。一瞬、肩を震わせて、明らかに動揺した。

    「……何を聞いた?」

    普段のあいつなら絶対に見せない様なきつい表情が向けられた。俺が答えないでいると葉山は一歩詰め寄った。その時には動揺はもう消えていたが、代わりに完全に目が座っていた。

    「どんな相談を受けたんだ、比企谷」

    「…………」

    「答えてもらおうか。その事で質問があったのは君の方だろう」

    「答えなくてもお前はわかってるんじゃないのか? いや、わかっているよな?」

    「さあね。俺には見当もつかない。だから、君の方から言ってもらわないとわからない」

    「嘘をつくな」

    「ついてなんかいないさ。で、雪ノ下さんから何を聞いた?」

    そのまま更に一歩詰め寄られた。胸ぐらを掴もうと思えば掴める距離だ。そして今の葉山はそれをやりかねない雰囲気を漂わせていた。

    189 = 182 :

    「答えてもらおうか、比企谷。彼女から君は何を聞いた」

    「…………」

    このまま答えず、胸ぐらでも掴まれて更に一発ぐらいなら殴られてやろうかとも考えた。そうすれば、それを脅しとして葉山から聞き出す方法も取れるだろう。だが、元がはったりである以上、そこまで葉山を挑発出来るとは思えなかったし、何より葉山がそこで一線を引いたかのように冷静さを取り戻しつつあった。

    「答えないなら、俺は帰らせてもらう」

    本当にそうしそうな気配だった。ここまでか……。

    俺は方針を変更した。

    「はったりだ。俺は雪ノ下から何も相談を受けていない」

    「やっぱりか」

    葉山はどこか納得した様に頷いた。そして、話は終わったとばかりに踵を返して立ち去ろうとした。俺はその背中に向けて言った。

    「だが、その反応でお前と雪ノ下の間に何かあるのはわかった」

    「そうか」

    興味がないようにそのまま速度を緩める事なく歩いていく葉山。俺の一つ目の弾丸は外れた。だが、二つ目のこの弾丸は恐らく外れない。

    「お前がその事を俺に話す気がないなら、俺は雪ノ下とお前の事を噂で流すつもりでいる。付き合ってるとかそんな事じゃなくて、もっとどぎついやつだ」

    「…………」

    歩みが止まった。世間体といったものは葉山の数少ないウィークポイントだ。出来る事ならある事ない事ばらまかれたくはないだろう。止まらずにはいられないはずだ。

    だが、その後には予想外の反応が返ってきた。

    「好きにすればいい」

    また葉山は歩き出す。俺は葉山の後を追いかけ、その腕を掴んだ。

    190 = 182 :

    「待てよ」

    「待たない。その手を離せ、比企谷」

    「お前と雪ノ下の間で何があったか、それを聞くまでは離さない」

    「どうかしてるのか、比企谷」

    振り向いて葉山は冷たい目を向けながら言った。

    「君はこういう事をするタイプじゃないだろう」

    「タイプなんか知るか。お前の勝手なイメージで俺を決めつけるな」

    まるで今の雪ノ下の様な台詞だった。言って初めて気が付いた。

    葉山は小さく息を吐いた。

    「手を離せ、比企谷」

    「……さっきも言っただろ。お前が何か話すまで、俺はこの手を離す気はない」

    「何を話せと言うんだ? 俺は今雪ノ下さんと付き合っている。それだけだ。他に話す様な事は何もない」

    「嘘だな。だったら、さっきの反応は何だ? 何かなければそんな反応はしないはずだ」

    「彼女が俺の知らない何かを、別の誰かに相談したと聞いたら、それが気になるのは当然だろ」

    「そうじゃないよな、葉山。雪ノ下の相談に自分が何か関係していると確信していたからお前は気になったんだ」

    「違う」

    「違わない」

    そこで葉山は苛立った様に溜め息を吐いた。

    「話が平行線だな」

    「そうだな。お前のせいでな」

    俺もここは譲る気はなかった。

    191 = 182 :

    葉山は心底わずらわしそうな顔で俺の掴んだ手を眺め、それから俺にまた視線を向ける。

    「俺は何もないとさっきから言っている。だが、君はそれを信じない。仮に俺が何か他の事を言ったとしても、どうせ君は信じないだろう。自分が納得する言葉しか信じないと言っている様な奴に、俺がこれ以上何か話す意味があるのか。時間の無駄だ」

    「だったら、どうして雪ノ下はあれだけ変わったんだ。彼氏のお前がそれを知らないとは言わせない。お前と付き合う事で雪ノ下は変わったんだ。お前が何か知っていなきゃおかしいだろ。どうして雪ノ下はあんなに変わってしまったんだよ」

    「比企谷……。君は今日、鏡を見たか?」

    「……何が言いたい?」

    頬の傷の事を言われるのかと思った。だが、それは違った。

    「見てないのなら、今すぐ見てきた方がいい。今の君は、普段とは別人だぞ。人を殺しそうな目をしている。少し普通じゃない」

    一瞬、息が詰まった。が、すぐに、まさか、と思い直す。

    「ずいぶん大袈裟な事を言うな、葉山。どうせ鏡を見に行かせたいだけだろ」

    「本気だ。だから、そんな奴と会話するだけ無駄だと思っている。離せ」

    「お前が隠している事を言えば、すぐにでも離す」

    「……どうやら、もう話し合いは無理みたいだな」

    「元から話し合いなんかしていた覚えは俺にはねーよ」

    その言葉に、葉山は俺の掴んだ腕にまた視線を落とした。

    「……そうか。君はそういうつもりか」

    「ああ。形振り構わずお前から聞き出す。腕を掴まれていて、困るのは俺じゃなくてお前の方だ。何なら家まで俺も一緒について行ってもいいぞ。二泊三日で泊まってやってもいいぐらいだ」

    葉山と俺はしばらくその場で睨みあった。「子供の喧嘩か」と、葉山は苦虫を噛み潰した様に呟いたが、子供だろうが大人だろうが関係ない。嫌がらせをするなら子供のやり方で十分だから、それを選んでいるだけの事だ 。

    192 = 182 :

    「……比企谷、その手をどうしても離すつもりはないんだな?」

    「お前が本当の事を言うまではな。例え海老名さんが熱愛中のホモカップルと勘違いしようと、ずっと握り続けてやる」

    「その言葉、意地でも撤回してもらうからな」

    不意に肩を掴まれた。その瞬間、俺の体勢が崩れた。足が浮いた。視界が一気にぐるりと回って気が付けば俺は空を見上げる形になっていた。そして背中に強い衝撃。息が一瞬止まった。恐らく足をかけられて体ごと倒された。柔道技かよ……!

    「俺はこれで帰る。それじゃあな」

    見下ろされる形で葉山からそう言われた。いつのまにか俺は腕を離していたのだ。

    どことなく後ろめたそうな面持ちで葉山は足早に去っていった。

    俺はそれを追いかけなかった。別に追いかける必要がないからだ。葉山が完全に見えなくなるまで待ってから、俺は服の裏にガムテープでしっかりと張り付けておいたスマホを取り外し、アプリの録音停止ボタンを押した。

    部室で一人試した時は、音がくぐもって聞き辛い感はあったが、判別がつく程度には問題なく録れていた。今回も問題ないはずだ。

    俺はそれを最終的には雪ノ下陽乃さんに聞いてもらうつもりだった。

    193 = 182 :

    今回の録音で、葉山が雪ノ下と付き合っている事はあいつから言質が取れた。そして、雪ノ下の変化について俺が喋った時に葉山はそれを肯定はしなかったが否定もしなかった。雪ノ下が今おかしいという事、それを葉山は知っているという事、そして恐らく葉山も何か隠しているという事。この三つを雪ノ下さんに信じさせる状況証拠ぐらいにはなるはずだ。

    ただ、それをする前に、俺は雪ノ下ともう一度あの部室で二人きりで話す必要があった。その会話も録音しなければならない。でないと、雪ノ下さんは妹が葉山と付き合っている事は信用しても、今の雪ノ下の普通ではない変化を決して信じないだろうからだ。

    ただでさえ低い信頼性を誇る俺だ。何か証拠がないと、葉山や雪ノ下の事で妙な勘繰りや疑いを受け、次から俺の言葉がまったく信用されなくなるまである。時間と手間はかかるが、これは惜しんではいけない時間と手間だった。

    明日だ。明日、雪ノ下ともう一度話す。態度からして葉山が関わっている事は確信出来た。だから、それについてまたカマをかけて話し、何かを聞き出す。

    それで上手くいって核心に迫る事を聞ければいいが、もし駄目でまた雪ノ下が暴走を始めたなら……。

    その時は、例え雪ノ下が実家へ強制的に戻る事になろうとも、その二つの録音を雪ノ下さんに聞いてもらうしかないだろう。それが雪ノ下にとっての最善だと信じざるを得ないからだ。

    今の雪ノ下が精神的に病んでいる事を、俺は視野に入れている。入れたくはなかったが入れない訳にはいかなかった。そしてそれは、俺が考えた仮説の中での最悪のケースだ。

    その場合、必要なのは原因を取り除いて事態を解決する事ではない。

    必要なのは、精神科医と薬だ。

    それは俺に用意出来るものではないのだ。


    背中についた砂を払いながら俺は立ち上がる。この前から痛みばかりもらっている。主に雪ノ下からだ。昔、どこかで聞いた言葉を俺は思い出していた。

    『痛みってのは、耐える事は出来ても、慣れる事は出来ない。痛いと思う気持ちは、何回繰り返しても痛い』

    そして、体の傷は治っても、一度ついた心の傷は絶対に治らない……。確か、そんな言葉もあった気がするな。

    俺は地面に置いておいた鞄を掴んで、家へと帰る為に歩きだした。耐える事は出来ても、慣れる事は出来ない。痛いと思う気持ちは、何回繰り返しても痛い。その言葉がやけに頭の中から離れなかった。

    194 = 182 :

    長くなったけど、ここまで

    197 :

    この葉山の屑っぷりよ

    199 :

    うん、面白い。
    しかしはるのんに相談する流れが唐突じゃないか?

    200 :

    何で葉山嫌われてんの?
    ここスレじゃまだ何もしてねえじゃん


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