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    元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」2

    SS+覧 / PC版 /
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★★
    タグ : - 黒子 + - ディアボロ + - 一方通行 + - 上条 + - 上条当麻 + - 妹達 + - 御坂 + - 御坂美琴 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    202 :

    すごいな
    気持ち悪いなコイツ

    203 :

    見たら分かるだろう
    触るな

    204 :

    ………やっぱり太陽みたいな人と南極で凍死してる感じの人って実際にいるんだな~~

    205 :

    >>204
    あなたの書き込みのせいだよ

    206 :

    きもっ

    207 = 204 :

    ミサカはレディなんだから「きもい」とかの言葉はNGだよって注意してみる。

    208 :

    やっぱり寮監さんはカッコいいわ

    209 :

    荒らしの自覚があるかないか、それが問題だ

    210 = 208 :

    >>209
    どっちもたち悪いけどな

    211 :

    またあいつが来たのかい
    なんでお前らスルー・NGしないの?

    213 :

    始まった当時の人口に戻ってくんねーかな

    214 :

    人気スレの宿命だ
    仕方ない

    215 :

    試験&更新乙ですwwww
    毎回更新楽しみにしてます!
    これからもがんばってください!!

    216 :

    始まった当時の人口って何人なの?ってミサカはミサカは素朴な疑問を抱いてみる

    217 :

    >>216
    荒らさないでください

    218 :

    ゴミに構うなよ

    219 :

    >>216
    打ち止めが好きなのはわかったけど、ここはそういう所じゃない
    "なりきり"したいなら、それ系のチャットとかtwitterでなりきり垢作るといい。

    220 :

    >>219が真理

    221 :

    もう触れなきゃいいじゃん

    222 :

    まだかな?

    224 = 223 :


    数日前に美琴と一方通行の戦闘の余波を受けた冥土帰しの病院の屋上庭園はすでに修繕され、真新しい電源設備が唸り声を挙げている。
    その中央にあるベンチで、打ち止めと番外個体は美琴を待っていた。
    不安そうな打ち止めとは対照的に、気楽に構える番外個体。

    「ほらー、リラックス、リラーックス。お姉様が来ないうちから気を張ってどうするのよ」

    「わ、わかってはいるけど、それでも……ってミサカはミサカは言葉に詰まってみる」

    一方通行の処遇について、美琴と徹底的に戦うと決めた。
    その結果美琴との反目につながりかねないとしても、それでも譲れないラインはある。
    とはいえ、覚悟はしていても、恐ろしいものはある。

    「……ねぇ番外個体、あなたのプランは本当に大丈夫なんだよね? ってミサカはミサカは最終確認を取ってみたり」

    「さぁねぇ」

    番外個体は腕に引っ掛けたビニール袋を揺らす。

    「この"中身"についてはあなたも確認した通りだけど、これがお姉様に与える影響については想像するしかないね。
     見たところで、お姉様はぶち切れるか、泣きだすか、どっちかだと思うけど」

    「……それって、大丈夫なの? ってミサカはミサカは急に不安を感じ始めてみる」

    「そんな簡単に解決するほど根の浅い問題じゃないってことでしょ。
     ま、でもこれを見れば、心やさしいお姉様はきっと多少心を揺らす。
     あとはあなたの交渉術次第ってところじゃないの?」

    「うぅ~~……」

    打ち止めは逃げ出したい欲望に駆られる。
    無理もない。肉体年齢10歳、実年齢にして半年に満たない少女の肩に、多くのことがのしかかっているのだ。
    妹たちの運命。
    御坂美琴の運命。
    そして、一方通行の運命。
    薄氷の上を渡るような危うい綱渡りを強いられれば、逃げ出したくもなる。

    そんな彼女を横目で見つつ、番外個体は空を仰ぐ。
    今日は快晴。日陰に残った雪もそろそろ溶けてしまうだろう。

    「……お姉様、遅いなぁ」

    225 = 223 :


    寮監に「医者に診てもらってくる」と言った手前、きちんと診察は受けなければいけない。
    内科で診て貰い頭痛薬を処方してもらった後、美琴は冥土帰しの元へ寄る。
    右手の怪我の経過も診てもらわなければならない。

    「……ふむ、若いと言うのはいいね? 順調順調」

    包帯を剥ぎ、美琴の傷口を眺めた冥土帰しはそう呟いた。
    見た限り、特殊な治療は行っていない。
    軟膏を塗ったガーゼをあて、包帯で保護しただけのこと。
    それにも関わらず、傷口はもう再生を始めていた。

    「この分だと、2週間もあれば傷は塞がるんじゃないかな?
     骨のひびも問題なくくっつき始めているようだし」

    新たな包帯を巻きつつ、冥土帰しが言う。

    「……ところで、今日は妹さんたちとおしゃべりしに来たんだってね?」

    「打ち止めや番外個体に聞いたんですか?」

    「妹さんたち、意外とおしゃべり好きでね。女の子が三人で姦しいとはよく言ったもんだね?」

    取りとめのない会話をしながら、冥土帰しは美琴の状態を観察する。
    少しは時間を置いてクールダウンしたのだろうか、数日前のような危うさはなく、見た感じは平静である。
    頭痛のせいか、声は小さく元気はなさそうではあるが。

    「……あの子たちは、私にどんな話をするつもりなんでしょうか」

    「それは僕にも分からないね。治療に関係ないところでは、僕はそこまで患者さんのプライバシーに立ち入らない主義でもあるんだ」

    「ですよね……」

    結局は、美琴自身が妹たちときちんと向き合わなければいけないことなのだ。

    226 = 223 :


    ぎぃ、と音を立て、屋上へと続く扉が開いた。
    一瞬陽光に目がくらみ、それに慣れると、屋上庭園の中央にあるベンチに、二人の少女が腰掛けているのが見えた。
    一人は背が小さく、一人は美琴よりも背が高い。
    美琴がやってきた音を聞きつけ、番外個体が手を振った。

    「お姉様、こっちこっち」

    三人がけのベンチにゆったりと座っていた番外個体と打ち止めは少し詰めて座りなおし、美琴の為の場所を空けた。
    並びとしては、右側から打ち止め、番外個体、美琴となる。

    「頭痛は大丈夫?」

    「ええ。少し良くなったわ」

    「急に呼び出しちゃってごめんね、ってミサカはミサカは頭を下げてみたり」

    「いいのよ。私もね、ちゃんとあんたたちと話をしなきゃいけないと思ってたし。
     ……この間は、話を聞いただけで逃げ出しちゃったし」

    ふらふらと危なっかしく帰って行った美琴の姿を思いだしたのだろう。
    少しだけ、二人の表情が悲しげに歪む。


    「……それで、話って何?」

    前置きはいらない。
    美琴はいきなり本題を切り出した。

    内容は分かり切っている。
    一方通行と、妹たちのこと。
    それ以外に何があると言うのか。

    一方通行が妹たちを殺し、妹たちを救い、そして妹たちに救われたこと。
    その事実は知っていても、その理由までは知らない。
    知らなければいけない。

    227 = 223 :


    「だよねぇ、やっぱりいきなり核心をついて来るよねぇ」

    番外個体はかなわない、と言うように両手を肩の高さまで上げる。
    辛抱たまらなくなった様子で打ち止めは、口火を切ろうとする。

    「お、お姉様。あのね、ミサカはね──」

    「ストップ。暴走しないの」

    が、番外個体がチョップでそれを止めた。
    脳天を押さえながら打ち止めが抗議するが、番外個体はどこ吹く風だ。

    「まずは、お姉様に見て欲しいものがあるんだ」

    「私に見て欲しいもの?」

    番外個体はビニール袋をごそごそとやり始めた。
    取り出したのは中央部に画面のついた携帯ゲーム機であり、それに何やらデータチップのようなものを差し込んで行く。
    そこにイヤホンをつけて、美琴へと差し出した。

    「決定ボタンを押せば、再生できるようになってるから」

    「……これは?」

    「ミサカネットワークから抽出した、ミサカたちの記憶」

    228 = 223 :


    その言葉を聞いて、美琴は息を呑んだ。
    人の記憶は脳に電気信号パターンとして記録されている。
    電撃使いの能力ならばそれをエンコードしてメディアに落とし込むことも可能だろう。
    実際にそれは今美琴の手の中にある。

    ミサカネットワークから抽出された記憶。
    20002人の妹たちが、この世に生を受けた証。
    その重みは、実際の携帯ゲーム機の重さの数十倍、数百倍にも感じた。

    思わず躊躇する美琴に、番外個体が笑いかける。

    「それを見るかどうかは、お姉様が決めて。
     中には、お姉様にとってはショッキングなことも映ってるかもしれないしね」

    「……だけど、ミサカたちはお姉様に見て欲しい。知ってほしい。
     だから、見るなら、どんなことが映ってたとしても最後まで見て欲しいの、ってミサカはミサカはお願いしてみる」

    美琴の指が携帯ゲーム機の上でしばらく泳いだ。
    画面には、決定ボタンを押せば動画ファイルが再生される旨が表示されている。
    視線が打ち止めと、番外個体と、携帯ゲーム機の画面を行き来する。

    この中に、美琴の知りたいことが記録されているのだろうか。
    妹たちの意志は推し量れない。
    しばらく迷ったのち、美琴はイヤホンを耳にかけ、

    決定ボタンを、強く押し込んだ。

    229 = 223 :


    しばらく、画面は白黒のノイズのままだった。
    人の記憶は当然ながら録画機器に対応するような形式ではない。
    鮮明には表示されないのも仕方が無いのかもしれない。

    しばらくして、映像がクリアになり始めた。
    映っていたのは、一人の男。
    紛れもなく、それ一方通行。
    周囲は実験施設のようだ。

    『よォ、オマエが実験相手って事でいいンだよなァ?』

    『はい、よろしくお願いします、とミサカは返答します』

    妹たちの声がした。
    姿が見えないことが気にかかったが、良く考えればこれはミサカネットワークに蓄積された記憶なのだ。
    つまりこれは、妹たちの一人の記憶を、彼女の目を通して見ていることになる。
    あちこち映像が揺れるのは、そのせいか。


    『では、実験を始めてくれ』

    男の声が聞こえた。
    実験。つまりこれは、あの忌まわしい実験の中での出来事。
    思わずえずきそうになるが、「何があっても最後まで見る」という約束だ。
    無理やりそれを飲み下し、目は画面から離さない。

    横っ跳びに跳ねた妹は一方通行に向けて発砲した。
    それは彼の能力によってあらぬ方向へと反射される。
    一方通行の能力が妹には分からないのか、一度距離を取ろうとするが、

    『ふざけてンのか、てめェ』

    その声と共に、視線が大きく回転した。
    思わず悲鳴をあげかけた。
    一方通行は触れただけで人を殺せる。
    当然、『妹達』だってただではすまないだろう。

    230 = 223 :


    『チッ、テンション下がンぜ。今回はこいつだけだったよなァ? 帰ンぞ』

    ゆるゆると起き上がった妹の目に飛び込んできたのは、つまらなさそうに頭を掻く一方通行。
    映像が途切れなかったこと、それがゆっくりと持ち上がったことで、『妹達』がまだ生きていることが分かり、ほっとする。
    だが、忘れてはいけない。
    これはミサカネットワークに蓄積された、"過去"の記憶なのだと言うことを。


         『まだ第1次実験は終わっていない。後ろの実験体を処理するまではね』


    美琴は一瞬、男の言葉を理解できなかった。脳が理解を拒否した。
    理解できなかったのは一方通行も同じようで、呆けたような声で聞き返した。

    『武装したクローン20000体を処理する事によって、この実験は成就する。
     目標はまだ活動を停止していない。さあ、実験を続けてくれ』

    その言葉に、妹は了解した、とだけ呟いて銃を拾い上げる。

    やめて。

    拳銃を操作するその手はまるで自分のもののように見えるのに、言うことは全く聞かなくて。

    お願いだから。

    がちゃりと音を立て、拳銃をリロードする。

    誰か止めさせて。

    ゆっくり持ちあげられた拳銃の照準が、一方通行を捉えた。

    あの子を助けてあげて。

    美琴の願いも空しく、引き金は引かれる。
    ぱぁんと乾いた音がして画面がぐらりと傾ぎ、視界が徐々にかすれて行く。

    最後に妹が見たのは、愕然とした表情の一方通行の顔だった。

    231 = 223 :


    思わず、美琴は動画を停止させていた。
    妹たちが死ぬところなんて、もう見たくない。
    どうして見なければならないのか。妹たちが何を考えているのか。
    それが全く分からなかった。

    「……あんたたちは、私にこれを見せて、どうしたいの?」

    問わずには居られなかった。
    動画の中で、男は第一次実験だと言った。
    つまりは、一方通行は00001号を望んで手にかけたわけではないということだ。

    けれど、実験後期では一方通行はそれこそ愉しむように妹たちを痛めつけていた。
    例え最初の一人を望んで殺したのではなかったとしても、それで彼のやってきたことがなかったことにはならない。

    「……まだ、映像は終わってないよ」

    番外個体は努めて無表情に、続きを見るように促してきた。

    「お姉様は見ることを選んだんだ。泣いても、叫んでも、最後まで見て貰うよ」

    ベンチの後ろから、番外個体はまるで逃がさないと言うかのように美琴に抱きついた。
    その手を美琴の手に重ね、再び再生ボタンを押させた。


    『はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……』

    これはどこかを全力疾走している記憶だろうか。
    映像が上下にがくがくと揺れ、激しい息遣いが聞こえた。

    『はっはァ! ンだァその逃げ腰は。愉快にケツ振りやがって誘ってンのかァ?』

    罵声と嘲笑が背後から浴びせかけられた。
    さきほどの映像とは異なる、完全に"狩り"を楽しむ様子の一方通行の様子に、再び吐き気を覚えた。

    『妹達』は手にしたアサルトライフル、『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』を一方通行へと乱射する。
    電子制御により『最も効率よく当たる』ように調整された弾丸は、しかし一方通行の肌に傷一つつけることなく反射される。
    そのうちの一発が、『妹達』の肩を穿った。

    倒れこむ『妹達』、その視界に映るのは一方通行の顔。
    その口元が大きく、醜く歪み、映像が途切れた。

    232 = 223 :


    映像が切り替わる。

    『──もうこれ以上、一人だって死んでやることはできない』

    少しだけ低く、冷たい打ち止めの声。
    厳然たる事実を突き付けられたかのような一方通行の顔は、視線よりも高い所にある。
    これは打ち止めの記憶だろうか。

    『でも、ミサカはミサカはあなたに感謝してる。
     あなたがいなければ傾きかけてた量産能力者計画が拾い上げられることもなかったはずだから。
     命なきミサカに魂を吹き込んだのは、間違いなくあなたなんだから』

    それはある側面では正しいのかもしれない。
    一方通行がいなければ、確かに妹たちがこの世に生を受けることはなかっただろう。
    例えその最期までもが生まれる前に定められていたとしても。

    一方通行はそれを鼻で笑う。

    『全っ然、論理的じゃねェだろ。人を産んで人を殺して、ってそれじゃあプラスマイナスゼロじゃねェか。
     どォいう神経したらそれで納得できンだよ。
     どっちにしたって俺がオマエたちを楽しんで喜んで望み願って殺しまくった事に変わりはねェだろォが』

    『だったら、何で実験の中でミサカに話しかけてきたの? ってミサカはミサカは尋ねてみる』

    何度も、何度も。
    一方通行『妹達』に話しかけてきた。
    それが罵倒や、嘲りだったとしても、一方通行が何らかの目的を持って発せられていたことは確かなのだ。


         『もしも仮に、それらが否定して欲しくて言った言葉だとしたら?』


    画面の中の一方通行と、美琴の動きが同時に止まった。

    233 = 223 :


    『あなたたの言葉はいつだって、実験……戦闘の前に告げられていた、ってミサカはミサカは思いだしてみる。
     まるでミサカを脅えさせるように、"ミサカにもう戦うのは嫌だって言わせたいように"、ってミサカはミサカは述べてみる』

    打ち止めは続ける。

    『……もし、でも、仮に。あの日、あの時、"ミサカが戦いたくない"って言ったら?』

    絶対能力者進化計画は一方通行が主軸となる計画だ。
    『樹形図の設計者』が演算した限りでは、彼の他にレベル6へと到達できる人間はいない。
    ならば、万が一彼が実験への参加を拒否していたら?

    もしも実験が始まる前。
    まだ妹たちの誰ひとりとして死んでいない段階で、二万人の妹たちが揃って「死にたくない」と懇願していれば。

    彼はどのような行動に出ていただろうか?

    それを考えることに意味はない。
    歴史に、時の流れにIFはなく、ただの思考実験の域を出ないからだ。

    彼が10031人の『妹達』を殺害したことは厳然たる事実として存在し、変えることはかなわない。
    例え最初の1人が自らの意志で殺害したのではなくても、それは残る罪に対する贖いにはならない。
    彼の犯した罪は、何をしても"なかったこと"にはならない。出来はしない。

    しかし。
    それでも。
    ……それでも、と願わずにはいられなかった。

    234 = 223 :


    映像がノイズとともに切り替わる。
    かすれたような視界が、時折暗くなる。

    『──このガキが見殺しにされていい理由にはなンねェだろォが。
     俺たちがクズだってことが、このガキが抱えてるモンを踏みにじってもいい理由になるはずがねェだろォが!』

    血を吐くような一方通行の絶叫が聞こえる。
    相変わらず視界は不明瞭で、声にもノイズが混じる。
    彼が叫んでいるのは、恐らくこの記憶の主のことだろう。

    一方通行が叫んでいることは、限りない自己矛盾を孕んでいる。
    10031の命を踏みにじった彼が、ある1つの命を守りたいと訴える。
    それは理不尽を通り越し、滑稽とすら言えるような光景だった。

    けれども、彼はその矛盾をあえて受け入れる。
    助けたいと思ったから。
    守りたいと思ったから。
    誰かを救うことができれば、自分も何かを変えられると思ったから。

    もちろん、そんな都合のいい話はない。
    最初から見返りを期待して誰かを助けようということがそもそも間違っている。
    偽善どころではない。彼は完全に悪に分類される立場だ。

    だが、救う権利が無ければ、誰かを助けてはいけないのか。
    守りたいと思ったものを、守ることは許されないのか。

    矛盾と撞着を抱えながら、一方通行は吼える。

    『例え俺たちがどれほどのクズでも、どンな理由を並べても、それでこのガキが殺されていい理由になンかならねェだろォがよ!!』

    一方通行の叫びの残響の中、映像は暗転した。

    235 = 223 :


    番外個体の指が、映像を停止させた。

    「この時、一方通行は最終信号を助けるために脳に障害を受けたんだ。
     最終信号の脳内データを書き換えるために全演算能力を使っているところを銃撃されたんだっけ?」

    番外個体が振り返れば、打ち止めはこくりと頷く。

    「ヨシカワはそう言ってた。ミサカの頭に打ちこまれたウィルスを取り除くために、あの人は能力の全てを使ってたの。
     当然、自身の反射も使えなくて、それで頭に銃弾を受けちゃったの、ってミサカはミサカは説明してみる」

    壊すことしか知らなかった少年が、初めて何かを守ろうと戦った。
    結果、少年の障害と引き換えに、少女は守られた。

    自力では歩くことも話すことも、考えることすらできなくなった少年。
    そんな彼に、少女たちは手を差し伸べた。
    失われた脳の機能と演算能力を、少女たちのネットワークを使って補完する。
    それによって、少年は制限時間つきで力を取り戻した。

    それが、妹たちが一方通行へ代理演算をしている理由。

    「……続けて」

    今度は、自分の意志で再開させる。

    236 = 223 :


    『……あのねー、ミサカはミサカはもう帰らないといけないの、ってミサカはミサカは残念なお知らせをしてみたり』

    『ま、時間が時間だからなぁ』

    視界には上条が映っている。
    冬服ということは、9月30日あたりだろうか。

    『本当はもっと一緒にいたかったんだけど、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり。
     ここで会ったのはたまたまだけど、お礼をしたかったって気持ちは本当だし、ってミサカはミサカは心中を吐露してみる』

    背景から察するに、罰ゲームの際に上条を引きずりまわした地下街かもしれない。
    そう言えば、あの時に打ち止めとニアミスしていたのだったか。

    『でも、"あの人"は心配すると思うんだ、ってミサカはミサカは思い出しながら先を続けてみたり。
     あんまり遅いとあの人はミサカを探すために街に出てくるかもしれないし、
     ミサカもあまり迷惑とかはかけたくないから、ってミサカはミサカは笑いながら言ってみる』

    あの人とはきっと一方通行の事で、楽しそうに語る声はどれだけ彼に懐いているかを伺わせる。

    『あの人はいっぱい傷ついて、手の中の物を守れなかったばかりか、それをすくっていた両手もボロボロになっちゃってるの、
     ってミサカはミサカは断片的に情報を伝えてみたり。
     だからこれ以上は負担をかけたくないし、今度はミサカが守ってあげるんだ、ってミサカはミサカは打ち明けてみる』

    『そっか』

    上条は何かを感じ取ったかのように頷いた。
    打ち止めが、一方通行の何を見たのかはわからない。
    彼女にしか分からないものを感じ取ったのかもしれない。
    きっとそれは、美琴の視点からでは見えないもの。

    『格好良い所もあるんだよ、ってミサカはミサカは補足してみたり。
     だって血まみれになってもボロボロになってもミサカのために戦ってくれたんだ、ってミサカはミサカは自慢してみる』

    実験体である"最終信号"に、手を差し伸べるものなどいなかった。
    一方通行はそんな彼女を、文字通り体を張って助けようとした。
    彼の今までの行動は忌むべきものだ。
    けれど、打ち止めを助けたことまでは否定できるものではない。

    237 = 223 :


    場面は切り替わり、視界は暗いまま明るくはならなかった。
    ただ、とぎれとぎれに音が聞こえる。
    まるで何かの『歌』のように、美琴には思えた。

    『歌』。
    それはパズルのピースのように、美琴の頭の中で様々な事象と組み合わさって行く。
    この記憶が一つ前の記憶と連動しているのならば、おそらくこれは0930事件のことだ。
    その日、何か記憶に引っかかる出来事はなかったか。
    『天使』。
    『外部からの襲撃者』。
    そして、『禁書目録(インデックス)』。

    彼女はマジュツに対して造詣があった。
    その彼女が、誰かを助けるために『歌』を歌ったはずだ。
    あの時、電話越しに彼女に聞かれたことはなんだっただろう?

    『脳波を応用した電気的ネットワーク』

    『学園都市に蔓延しているAIM拡散力場』

    『脳波を基盤とした電気ネットワークにおける安全装置』

    そこまで思い出して、それがまるっきり打ち止めのことを指していることに気付いた。
    ミサカネットワークのコンソールたる上位個体として作られた彼女。
    恐らくは、この記憶の中では再びネットワークへの介入装置として使われているだろう妹。

    彼女を助けるためにインデックスは科学的な『知識』を求めた。
    美琴はそれに応じ、適切な『知識』を提供した。
    インデックスはそれに基づき、『歌』を編み出した。

    『科学』を取りこんだ『魔術師』の祈りは、確かに一人の少女を救ってみせた。

    238 = 223 :


    その背後に、何かを殴打するような湿った音、そして高らかに狂笑する男の叫び声が響く。

    『あははぎゃははあはははッ!!』

    男が"誰か"を殴り、叩き、床に押し倒し、蹴りを入れ、着実にダメージを重ねて行く凄惨な音が響く。
    その間もインデックスの歌は絶えることなく続く。
    "誰か"が彼女たちを守って戦っているのは間違いない。
    ただ、途切れがちな音だけでは誰なのかまではわからない。

    『おおおおおおぉぉあああああああッ!!』

    男の雄叫びから一拍遅れ、重い物をを撒き散らしたかのような大きな音が聞こえた。
    恐らくは、少女たちを守っていた"誰か"が大きく殴りとばされたのだろう。
    立ち上がるような音は聞こえない。

    ダメージが限界を越えたと感じたのだろうか。
    男の下衆な挑発が聞こえてくる。
    それにすら、"誰か"は応じようとしない。
    あるいは応じることができないのか。

    満足そうに鼻を鳴らした男は、こつこつと靴を鳴らし、少女たちのほうへとやってくる。
    インデックスは歌を止めようとしない。
    この記憶の主はぴくりとも動かない。
    その気になれば、少女ふたりごとき造作もなく始末されてしまうだろう。

    その時、"誰か"がよろよろと立ち上がる音がした。
    何かの残骸にでも突っ込んでいたのだろうか、がらがらと音を立てながら。
    彼の口が、開かれる。

    『き、はら』

    呟かれた言葉に、意味はないのかもしれない。

    『木ィィ原ああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!』

    それはただの絶叫だったのかもしれない。
    けれどそれは、明らかに少女たちをかばい、注意を自分に引き付けるためのもの。
    直後、走り出すような音がした。
    それに再び続いた戦闘音。

    この時少女たちを守るために戦っていた"誰か"は、一方通行だったのだ。

    239 = 223 :


    次の記憶は、クリアな映像だった。
    どこかの大通りだろうか。その開けた場所は、まるで戦場のようだった。
    多重事故でも起きたかのように車はばらばらに散らばり、通りに面した建物のガラスは破れ、壁面にはひびが入っている。
    標識は折れ曲がり、アスファルトはめくれ、街路樹は吹き飛んで建物のコンクリートに突き刺さっていたりもする。

    しかし、そこにはあるべき悲劇が存在しない。
    学生、教師、騒ぎを聞きつけた風紀委員や警備員。その場にはたくさんの人々がいた。
    当然、このような状況ではけが人が出てもおかしくない、いや出ていなければおかしい。
    けれど、彼らは傷一つ負っていない。
    何故か。
    答えは、彼らが呆然と見上げているものが握っている。

    白い翼を生やした茶髪の男と、竜巻のようなものを背に備えた白髪の男。
    一人は言うまでもなく、一方通行。
    もう一人は何かの資料で見たことがある。
    確か、レベル5第二位の『未元物質』だったはずだ。

    『未元物質』の顔には、愕然としたような表情が張り付いている。
    一方通行の表情はここからでは見えない。

    『……あの人だ』

    打ち止めの声が聞こえた。

    『……あの人が、みんなを守ったんだ』

    視界が揺れ、打ち止めが走り出したことが分かる。
    行き先は一方通行と『未元物質』が戦っている、その真下へと。

    直後轟音が響き、自らが生成した白い翼を制御され全身を貫かれた『未元物質』が空中から叩き落とされた。

    240 = 223 :


    またしても、不鮮明な映像。
    かすむ視界に、気遣わしげな一方通行の顔が見え、美琴はびくりと体を震わせた。
    この男の顔は心臓に悪い。

    一方通行は上空の何かを警戒しているようだった。
    首元のチョーカーの電源を入れ、体を動かした。
    轟音とともに、何かが上空へと撃ちだされた。

    記憶の主はぼんやりと空を眺める。
    何か影のようなものが、宙に浮いている。
    それは見る間に大きくなっていくが、決して地面に叩きつけられることはなく、紫電を纏いながらふわりと地に舞い降りた。

    美琴よりもやや年上くらいの少女に見えた。
    その体格、身のこなし、そして彼女の『能力』に、強い既視感を覚えた。
    とてつもなく、嫌な感じがした。

    『オマエは誰だ』

    一方通行が不審そうに問う。
    仮面をかぶった少女の顔は見えない。

    『"第三次製造計画"って言えば、ミサカのことはわかるかな?』

    少女の言葉に、心臓を鷲掴みにされた気がした。
    第三次製造計画。
    ミサカ。
    いかにもという不穏な雰囲気がありありと見てとれる。

    少女は嘲るように、楽しそうに言った。

    『やっほう。殺しに来たよ、第一位。ミサカは戦争の行方なんか興味ない。
     そういう風なオーダーはされていない。ミサカの目的は第一位の抹殺のみ。
     ミサカはそのために、そのためだけに、わざわざ培養器から放り出されたんだからね』


    美琴は番外個体の横顔を見た。
    画面の中の少女は、間違いなく彼女だ。

    「聞きたいこととか言いたいことはいくらでもあるだろうけど、それは最後まで見てからね」

    珍しく真剣な表情で返され、美琴はやむなく動画へと戻る。

    241 = 223 :


    どこかの病室のような空間だった。
    記憶の主はベッドに腰かけ、目の前には一方通行が立っていた。
    右腕にはギプスが取り付けられ、三角巾で吊られていた。
    そう言えば、出会ったばかりの番外個体は右腕を骨折していたのだったか。

    『それにしても、まあ。
     学園都市第一位を殺すためだけに調整されたこのミサカが、まさかこんな目に遭ってでも愛想笑いを浮かべる日が来るとはね』

    ミサカワースト。
    姉妹一の性悪の自称に恥じぬ人の神経を逆撫でするようなあてつけの言葉に、しかし一方通行は、

    『……悪かったな。ありゃあヤツらの口車に乗せられた俺のミスだ』

    番外個体の言葉が止まった。
    同時に、美琴の思考も止まった。

    一方通行が何に対して「悪かった」と言ったのかは不明瞭だ。
    前後の分からぬぶつ切りの映像では状況がつかめない。

    けれど、あの絶対悪たる一方通行が、詫びのような言葉を口にした。
    それが画面の中の番外個体には意外だったのか、それとも思考のキャパシティを越えたのか、壊れたのかと思うような馬鹿笑いを上げている。

    一方通行は滔々と心中を吐露していた。
    それは美琴にとっては自業自得、自分勝手きわまる話ではあったが、それでも一定の論理はあった。
    守りたいものを守るために、彼はプライドを投げ出した。
    そして、一方通行は手を差し出す。

    『頼む』

    次の瞬間、視界は病室へと変わった。
    番外個体が笑い転げているのだろう、尋常ではない笑い声が響く。

    だが、パァン!! と小気味よい音を立て、番外個体は差し出された手をとった。
    一方通行の言葉に心揺さぶられるものがあったのだろうか。
    言葉尻に込められる感情が少しだけ変わる。

    『ミサカもそうだけどさ、こんな風に他人と手を握るなんて、これが初めてなんじゃないの?』

    一方通行は少しだけ、視線をそらした。

    『……いいや。
     今までだって、たくさンあった。オマエと良く似た顔つきの、憎たらしいガキとならな』

    それが誰を指しているのかは明らかだった。

    242 = 223 :


    『……番外個体。木原数多のウイルスを駆除した"歌"のデータってのは手に入ったか?』

    ダウンロード済み、と番外個体の声が応えた。
    どうやらこれも、彼女の記憶らしい。
    雪の上には息も絶え絶えな打ち止めが寝かされていた。

    『"歌"は手に入ったけど、ミサカのスペックじゃ表現できない。
     喉の使い方って言うより、呼吸の方法、体内での音の響かせ方からして普通じゃない。
     これなら電子信号にしてスピーカーで出力したほうが早いね。
     楽譜、擬似音声データ、サウンド振幅グラフ。どれがお好み?』

    『全部出せよ』

    番外個体が呆れたようにかぶりを振ったのか、視界が左右に揺れる。

    『でも、この"歌"だけじゃ話にならないんでしょ?
     専用のパラメータを置き換える必要があるとか何とか。そっちはどうなってんの?』

    『どォにかなる』

    『……ミサカの事バカにしてんの?』

    一方通行が懐から取り出したのは、羊皮紙の束。
    番外個体が露骨に不信感全開の声を上げる。
    だが、かつてロシアで『マジュツ』に触れた美琴には分かる。
    それは明らかに、学園都市とは異なる『技術』によるものだ。

    『魔術』。
    それは学園都市に暮らすものの常識では解析できない、まったく未知なるもの。
    そのはずだった。

    しかし一方通行はそれすらも、自らの計算領域に取り込んで見せた。
    かつて彼に入力された、『不可思議』のベクトル。
    それを軸に、彼はいくつもの架空のベクトルを設定していく。
    そこから導き出されるのは、限りなく正解に近い推論。
    つまり、

    『このガキを助けるために必要なパラメータは手に入った、ここからは逆転する番だ』

    243 = 223 :


    それは、不思議な歌声だった。
    10000以上の命を奪った男に、こんな歌声が出せるとは思わなかった。
    単なる言葉と旋律以上の力を持つ歌声に、美琴は圧倒されていた。

    だが、同時に引っかかるものがあった。
    『歌』の基盤は、元々はマジュツ師であるインデックスが紡いだものだ。
    それを改変する材料となった羊皮紙もまたマジュツに関するもの。
    ならば、どうあってもその結果生み出された『歌』はマジュツの要素を帯びるのではないか。

    かつてロシアで、レッサーに言われた言葉。
    『超能力者は魔術を使えない』
    その言葉の意味を、彼女はすぐに理解することになる。


    少しずつ『歌』の旋律が変化をしていく。
    『不可思議の法則』を咀嚼し、消化し、その内へと取り込み、そして世界へと出力されていく。
    変化は、突如起こった。

    一瞬一方通行が苦悶の声を上げた。
    直後、一方通行の全身から赤黒い液体が噴出する。

    拒絶反応。
    脳を開発された超能力者と、魔術は競合する。
    その過負荷が血管を通って全身を駆け巡り、その軌跡は小爆発となって一方通行を酷く苛む。

    けれど、一方通行は止まらない。
    目の前の大事な少女を救うために。
    元より彼は彼女の"姉"を大量に殺し、そして今は彼女らに生かされている身だ。
    彼女が救えるなら、この身がどうなろうと知ったことではない。

    番外個体はただ呆然とそれを見ていた。
    邪魔することなどできない。できやしない。

    荒々しさと荘厳さが共存する歌声が、雪原に響いた。

    244 = 223 :


    「やめて……」

    気付けば、美琴はそう呟いていた。
    何故そう呟いたのかは、自分でも分からない。

    一方通行の出血量が尋常ではないことは、画面越しでも分かる。
    恐らくは命取りになりかねない量だ。

    妹たちが助かるのならば、引き換えに一方通行が死のうが知ったことではない。
    普段の美琴ならば、そう考えたかもしれない。

    けれど、一方通行が打ち止めを守りたいと願う気持ちは本物だ。
    それがどれだけ大きいか、これまで見てきた。見せられてきた。
    彼女を救うために、自分の命すら犠牲にしようとしている。
    それは否定することのできない事実だ。

    美琴の中で、彼は許しがたい絶対悪だった。
    そのイメージが少しだけ揺るがされたような気がした。
    心の中で「これは嘘だ、虚飾だ」と叫ぶ声と、「しかし、妹たちが見てきた現実だ」と叫ぶ声が入り混じる。
    それらがごちゃまぜになり何だか良く分からなくなったものが、目から滴として零れたのかもしれない。

    245 = 223 :


    打ち止めを救うために、一方通行は歌い続ける。
    彼の命は赤い液体となって溢れ、とめどなく流れ続ける。
    そんなことに構いはしない。

    これは祈り。
    そして贖い。
    かつて一方通行は自らを変えることを夢想して打ち止めを助けようとし、彼女に救われた。
    今、彼が思うのはただ純粋に打ち止めを救うことだけ。

    見返りなんていらない。
    己の命すらもいらない。
    ただ、目の前で苦しむ少女を助けることさえできるのならば、他のすべてを投げ出してもいい。
    その一心で、一方通行は自らの身を顧みることなく歌い続ける。
    神の気まぐれで偶発的に起きる奇跡を、自らの手で必然とするために。

    そして。


    『……大、丈夫……? ってミサカはミサカは尋ねてみたり』

    打ち止めがうっすらと目を開き、一方通行に問いかけた。
    先ほどまで意識もあやふやで、自ら動くこともできずにいた打ち止めが、しっかりとした声を発している。
    最悪の状況は免れた。
    打ち止めの危機は去った。
    そう察した一方通行は、思わず打ち止めを抱きしめていた。
    きつく、きつく、二度と離さぬように。

    『……良かった……。
     ……ちくしょう、良かった。本当に良かった……ッ!!」

    それに答えるように、打ち止めもまた、一方通行の背に手を回す。
    受け入れるように、慈しむように、愛おしげにその背を撫でた。

    246 = 223 :


    その時、番外個体が空を仰いだ。
    夜空のような天空には、巨大なあの空中要塞が。
    その下部に得体のしれない黄金の光が集まり、それはどんどん膨らんでいる。

    あの要塞はマジュツ的なものだった。
    あの不気味な光だってそうだろう。
    それがどんな効果を生むかは、学園都市の常識からでは計り知れない。

    『……ふざけやがって』

    何かが爆発するような音がして、一方通行の背から黒い翼が噴き出した。
    それは美琴が見たこともない、一方通行の『能力』とはまた異なったモノ。
    怒りを湛えた瞳で、空を見上げた。

    『……番外個体。俺はあれを止めてくる。このガキを任せられるか』

    『どこに行くの、ってミサカはミサカは聞いてみたり』

    『心配いらねェよ、すぐに終わらせる』

    どこにも行かせない、とばかりに服を掴む打ち止めの指を、一本一本優しく外して行く。
    まるで、自分が抱える未練を断ち切るように。

    彼女を救うことができた。だが、すぐに別の災厄が降りかかろうとしている。
    そんなことはさせない、許さない。

    『……嫌だよ。ずっと一緒にいたいよ、ってミサカはミサカはお願いしてみる』

    『……そォだな』

    打ち止めの懇願に、けれど一方通行は肯定を返さない。
    代わりに、この世の誰も見たことが無い、心からの笑顔を。


         『俺も、ずっと一緒にいたかった』


    ガラスが割れるような音を立て、一方通行の翼が漆黒から純白へと染め上げられていく。
    打ち止めの肩を押しふわりと浮かび上がったかと思うと、直後猛スピードで飛翔した。
    向かった先には、要塞から切り離された黄金の光が。
    後には打ち止めの悲痛な声だけが残された。

    247 = 223 :


    動画はそこで終わった。
    美琴はしばらく呆然としていた。
    目まぐるしく状況が変化し多くの情報がほとんど同時に脳にぶち込まれたせいで、考えがまとまらない。

    美琴と妹たちが見てきた一方通行は、余りにも違った。
    美琴にとっては狂気の大量虐殺者でも、妹たちにとってみればそうではない。
    打ち止めに至っては、彼の事を絶対の保護者として見ている節がある。
    無論、彼もそう振る舞おうとしていることは分かった。

    その二つの像が重ならない。
    美琴の記憶に残っている一方通行と、動画の中の一方通行が、どうしても同一人物には思えない。
    脳の損傷が人格にも影響を与えたのだろうか。
    そうとしか思えなかった。

    「あ、あのね。お姉様があの人を憎む気持ちも、許せない気持ちも、ミサカたちには分かるの」

    気付けば、打ち止めが美琴の前に立っていた。
    妹たちは美琴があの悪夢の一週間にどれだけ苦しんだかを知っている。
    悩み、戦い、足掻き、苦しみ、そして特攻してまで全てを終わらせようとしたことも。
    それがどれだけ美琴の心に傷をつけ、それが今まで後を引いているかも。

    「だけど、ミサカは、ミサカたちは、お姉様にいつまでも恨みや憎しみを抱えていてほしくない」

    ネガティブな感情からは決して何も生まれない。
    何より、大好きな姉にいつまでもその表情を歪めていてほしくない。

    「あの人を許してなんて言わないし、言えない。だけど、あの人に罪を償うチャンスをあげてほしいの」

    世の中には死んだ方がマシという人間は腐るほどいる。
    一方通行は間違いなくその部類に入るだろう。
    けれど彼が『罪を償おう』と思うのなら、そのために最大限の努力をするのなら、誰にもそれを否定したりはできない。
    それが報われるか否かは別にして。

    「何よりも、このミサカがあの人と一緒にいたいの!」

    これが、混じりっ気なしの打ち止めの本心。
    彼女の心の奥底から生まれた、本音の本音。

    248 = 223 :


    「一方通行とつるむことには、いろいろメリットもあるんだよ」

    横合いから番外個体が口をはさんでくる。

    「弱体化しても、障害を負っても、『学園都市第一位』のネームバリューは消えやしない。
     それが自己満足に過ぎないとしてもミサカたちを助けるために動いたことも何度もあるしね」

    実際ただの独り善がりに近いけどね、と呟く。

    「それとも、お姉様はミサカたちが代理演算をしてることが許せなかったりするのかな?
     ミサカたちを殺したのに、ミサカネットワークに頼って生きるとは何事か、みたいな?」

    その問いには、ふるふると首を振る。

    「代理演算はあんたたちが善意でやってることで、誰かに強制されたことじゃないんでしょ?
     だったら私が口を出すことじゃない。思うところが無いわけじゃないけど」

    「納得できないならさ、逆に考えてごらんよ。
     代理演算はミサカたちが一方通行にはめた、彼を飼い慣らすための『首輪』なんだ、とかさ」

    「首輪?」

    「そう。ミサカたちは自分たちの意志で一方通行の代理演算を行ってる。参加離脱はそれぞれの自由だよ。
     つまりミサカたちがそう望めば一方通行の演算はいつだって止められるってこと。
     だから、一方通行はミサカたちに危害を加えることはできないし、意にそぐわぬ行動もできないってこと。
     実際、この間一方通行がお姉様を傷つけた時、ミサカネットワークはずいぶん紛糾したんだよ?
     結果としてお姉様が望むなら代理演算を停止するってことになったし、怒って今は代理演算に参加してない個体もいる」

    249 = 223 :


    「代理演算を停止することになっても、それは仕方の無いことだとは思うの、ってミサカはミサカは心中を吐露してみたり。
     だけど、それでもミサカはあの人から離れたくない」

    打ち止めは切実に訴える。

    「話すことができなくても、考えることができなくても、ミサカのことが分からなくなってもいい。
     ミサカは、あの人と一緒にいたい。
     何度もミサカのことを助けてくれたあの人を、今度はミサカが助けてあげたい。
     例えその結果お姉様に嫌われても、これだけは譲れない、ってミサカはミサカは鋼の意志を表明してみる!」

    美琴の目をしっかりと見据えて、打ち止めは自分の意志を美琴にぶつける。
    本当に守りたいものは、代わりに何かを犠牲にしてでも守らなければならない。
    妥協も譲歩もしない。
    揺らがせてはならない芯は自分の中にちゃんと存在する。

    美琴はしばらく考え込んでいた。
    ビデオの内容、打ち止めの訴え、そして番外個体の説明。
    それらが頭の中でぐるぐると混じり合い、思考があちらこちらへと振れる。
    考えて、考えて、考えて、考えて。やがて、一つの結論を出した。
    くしゃっと打ち止めの髪を撫でる。

    「……代理演算を止めろだなんて、言わない。
     それはあんたたちが自発的にやってるんでしょ。だったら、私はあんたたちの意志を尊重する」

    妹たちに芽生え始めた自我と個性。
    それを大事にしてあげたいから。
    それが美琴の意に反することでも、彼女たちが自分たちで決めたことだ。
    干渉する必要はない。

    250 = 223 :


    「だけど、一方通行にはきっちりけじめをつけてもらう。
     胸の中、お腹の中身を全部さらけ出してもらう。
     話はそれからよ」

    見せてもらったビデオは妹たちの視点からのみだ。
    一方通行の"行動"は把握できても、その"理由"までは分からなかった。
    それを彼の口から吐かせるまでは、彼女の感情のやりどころが無い。
    そのあたりの決着はきちんとつけてもらう。

    「ひっひ、一方通行をボッコボコにするの? いいねぇ、ぜひミサカも参加させてよ」

    「ええ。気が済むまで、顔の形が変わるくらい殴ってやりなさい」

    「ちょっと、二人とも手加減してあげてー! ってミサカはミサカは懇願してみたり」

    正直に全てを話すとは思えない。
    話しても、理解できないかもしれない。
    理解できても、納得できないかもしれない。
    納得できても、決して許しはしない。

    「手加減なんてしないわよ。そんな間柄じゃないし」

    怒りも、憎しみも、恐怖も、悲しみもそっくりそのまま残っている。
    トラウマとなりじくじくと膿む心の傷は、今も癒えてはいない。
    けれど、あの男の口から、あの男の言葉で全てを吐いてもらうまでは、美琴だって前には進めないから。

    "なかったこと"にしてはいけない。
    "終わったこと"にしてはいけない。

    しかし、どこかで区切りをつけることは必要だから。

    頭の中の整理をつけて、胸の中の思いを固めて。
    美琴は再び一方通行と対峙する決意をする。


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