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    元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」2

    SS+覧 / PC版 /
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★★
    タグ : - 黒子 + - ディアボロ + - 一方通行 + - 上条 + - 上条当麻 + - 妹達 + - 御坂 + - 御坂美琴 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    801 = 1 :


    地下4階・通路。

     倒れていた防衛隊員達の周囲の床が変色し、彼らの体がずぶずぶと沈んでいく。
    番外個体を捕らえたのと同じように、襲撃者の能力だろう。

    「役に立たない奴ら。これで高い給料貰ってるんだろうから、社会ってのはままならないね」

    「わざわざどけてやるとは、お優しいこった」

    「気の乗らない殺しはしない主義なんだ」

     最後の一人の体が完全に沈み終わる。それが開戦の合図となった。

    先に動いたのは襲撃者の方だ。
    右腕から伸びる黒い刃がどろりと溶け出し、勢いよく振られた彼女の腕の動きにしたがって飛沫のように飛び散った。
    壁や床、天井にランダムに"跳ね返った"それは円錐状の杭に硬化し、様々な角度から一方通行を狙う。

    (……単なる腐食や分解じゃねェな。妙な刃に杭。分解して再構築するまでが能力か)

     観察しつつ、一方通行は電極のスイッチを入れる。
    飛来したいくつもの杭は彼の肌に触れるや否や、通常の物理法則ではあり得ない奇妙な軌道を描いて襲撃者の少女へと襲いかかる。

    学園都市最強にして最凶の超能力者が誇る『ベクトル操作』。
    触れた物質の『ベクトル』を操作し、攻防において最強の座に君臨する能力だ。
    この程度の攻撃など造作もなく処理できる。

    布を裂く音と、べちゃりという粘着質の音が響いた。
    一方通行が跳ね返した黒色の杭は間違いなく、襲撃者の四肢へと叩き込まれたはずだ。
    事実、彼女が羽織るフードつきのコートにはいくつもの穴があいている。
    だが、少女はさしてダメージを受けた様子もなく、その口元には笑みが浮かべられたまま。

    (あのコートの下に何か着込ンでやがるな)

     思えば、能力を使った一方通行の蹴りを受け止めた時点で既に異常。
    派手に吹き飛びはしたものの、けろっと何事もなかったかのように立ち上がっていた。
    相手はこちらの攻撃を察知していた節がある。出来得る限りの防御力増加策を取っているのだろう。

    ならば、その防御力を上回る威力の攻撃をすればいい。
    彼の能力を持ってすればそのための手段はいくらでもある。

    例えば、その場の空気の流れを操ったりなど。

    802 = 1 :


     まるで不格好な、槍投げのフォームに似た動きだった。
    ただし投げたのは槍ではなく圧縮された"空気"だ。
    一方通行は左手に掴んだ空気のベクトルを収束し、あたかも槍のようにして撃ち出した。

    音速の数倍以上の速度で襲い来る不可視の槍。
    それを前に、襲撃者の少女が取った行動は1つ。
    靴の爪先で、床を軽く叩いた。

    黒く変色した床が勢いよくせり上がり、少女の前に壁となって立ちふさがる。
    不可視の槍に粉砕された壁が液体に変化してびちゃびちゃと飛び散るが、その先に少女の姿はない。

    (……床下への潜航か!)

     最初の襲撃を思い出した一方通行は脚力のベクトルを操り、後方へと飛び退く。
    直後、彼のいた場所を床下から斬り裂くように、大きな黒刃が突き出した。

    「ああん、低レベルな組織の人間なら今ので真っ二つだったんだけど。
     まー、さすがに学園都市サイキョーさんが、この程度でやられる訳ないかぁ」

     刃がどろどろと溶けて床を覆い、やがて少しずつ膨らんでいく。
    そこから姿を現したのは、黒い液体にまみれた少女。

    「……オイルか」

    「おや、もう見破っちゃった?」

    「臭ェンだよ。鼻が曲がりそォだ」

     わざとらしく鼻を鳴らす一方通行。
    彼女が能力を使って床材を変質させるたび、つんとした独特の臭気が鼻をついた。
    誰だって一度は真冬の学校などで嗅いだ事のある、俗に言う「ガソリン臭」に近いものだ。

    803 = 1 :


    「『油性兵装(ミリタリーオイル)』」

    少女は呟く。

    「私の能力の本質はもうちょっと違うところにあるんだけど。
     とにかく、私"たち"の能力はそう系統づけられていた」

     黒い液体が染み込んだ彼女のコートがどろどろと溶けだして行く。
    その下に覗くのは、黒く鈍く輝く油製の兵装。
    露出の多い装甲は、一見して防御力が高いようには見えない。
    だが、彼女の防衛本能に直結して多彩に展開する液体と固体の区別すら曖昧な特殊複合装甲は、何人たりともそう易々とは貫かせはしない。

    「……『白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)』の生き残りか」

    「ありゃ? 意外と有名なのね。
     もしかして、昔白ワニちゃんに噛まれたことがあるとか?」

    がおーっ! と両腕を広げ、ワニが獲物にかみつくかのようなジェスチャーを取っておどける『油性兵装』に対し、一方通行の反応は冷淡だ。

    「『イレギュラーとしての要素が大きいレベル5対策を前提とした、安定戦力としてのレベル4の育成』だったか。
     闇ン中に放り込まれてクソみてェな研究者どもに頭と体ン中いじくられて、挙句の果てに部隊丸ごと"吹き飛ンだ"哀れなガキどもってことくらいしか知らねェが。
     ……その生き残りの1人がオマエってワケか」

    「そういうこと。他にも生き残ってる人はいるんだろーけど、どーこで何やってるんだか。
     どこかでひっそり暮らしてるのか、私みたいに暗部にいるのか。それともイカレた研究者に捕まってホルマリン漬けにでもなってたりして?」

    804 = 1 :


    そう嘯く少女に、一方通行は鼻を鳴らす。

    「……『闇』は解体したはずだ。俺がそォ仕向け、クソどもはそォ話を進めた。
     なのにこの期に及ンで、なぜオマエみてェな連中が生き残ってやがる?」

    ロシアの雪原で一方通行らを回収するために現れたヘリコプターの中で、彼は暗部の人間相手にそう恫喝した。
    統括理事会がそれに恐怖し屈したとは思えない。
    それでも『グループ』のメンバーに対する締め付けが弱まったように、暗部に囚われた人間は解放されたはずだ。

    「あー、あったね。確かに人質やら借金やらで縛られたメンバーの解放は通告があった。
     実際に捕まっていた人間は帰ってきたし、借金は帳消しにされた。
     暗部が行ってた非合法実験の被検体にされて、暗部以外には行くところのなかった『置き去り』に対しても社会復帰プログラムが組まれたようだし」

     当然、その対象には『白鰐部隊』の残党だって含まれている。
    事実彼女の旧知の人間は残らず光の世界へと引っ張り上げられたようだし、彼女にもその誘いはあった。

    けれど、少女は光の世界を拒絶し、闇の世界に残っている。

    「だけど、あなたは1つ勘違いをしている。暗部で働いていた人間の皆が皆、弱みを握られて従事させられていたわけじゃない。
     非合法の汚れ仕事ゆえに巨額の報酬のため、命を賭けたスリリングな任務のため。
     人によって違うと思うけどさ、そういう理由で動いていた割とどうしようもない部類の連中だっているんだよね。
     そういう連中からしてみたらさ、あなたのした仕事って有難迷惑に近いと思わない?」

    ざわり、と『油性兵装』の背後で黒く溶けた床材が泡立つ。
    何か隠していると見た一方通行は、注意深く周囲を観察しながらも少女から目を離さない。

    「金、スリル。オマエが闇に残った理由はどっちだ」

    「どっちでもないよ」

    一方通行の問いに、少女は短く答えた。
    揺るがない、自らの中に確とした芯を持つ者の声で。

    「私はただ、誰よりも強くありたいだけ」

    805 = 1 :


     一方通行が大きく飛びのいた。
    寸前まで彼がいた場所を床から飛び出した大きな杭が貫く。

    その場だけではない。
    床、壁面、天井を問わず、まるで剣山のように大小さまざまの杭が飛び出した。
    迫りくる大量の杭を能力でへし折りながら、一方通行は周囲を見回す。

    (……コイツ、どれだけの能力発動範囲を持っていやがる!?)

     2人が戦っている通路は幅も高さもとても広く、前後の長さはさらに長い。
    それにも関わらず、少女の足元から一方通行の背後の端までがまるで針山地獄と化してしまっている。
    事前に頭に叩き込んだ地図では、この通路の長さは数百メートルはあったはずだ。
    今いる場所がその中心と見積もっても、効果半径はとても広い部類に入る。

    彼の視界に『油性兵装』が手元から放った数本の杭が飛び込んできた。
    先ほど受けたものとは異なり、杭の後ろから炎を噴き出すことで速度を増している。
    硬質化させたオイルで出来た杭の真後ろで可燃性のオイルを燃焼させ推進剤とした射突武器だ。

    一方通行の肌に触れた杭は逆再生のように来た軌道を辿って『油性兵装』の元へと戻っていく。
    そのあたりまでは最初に杭を叩き返した時と同じ。
    違うのは、『油性兵装』がコートを着ているか否か。

    特殊複合装甲に触れた杭は瞬時にその形状を崩し、粘着質の音を立てて装甲表面にへばりついた。
    その質量の分だけ厚みを増した装甲は、何事もなかったかのように鈍く輝いている。
    元は彼女の能力で変質していたオイルだ。彼女の制御圏内へと戻った以上、それが『油性兵装』にダメージを与える道理はない。


    「……自分自身の攻撃ではダメージを受けないのなら、例え反射されようが意味はない」

     

    806 = 1 :


     大きな杭を踏み砕き、その勢いで一方通行は壁際へと跳んだ。
    勢いよく振られた彼の腕が壁に生えた杭を砕き、そのまま壁材へとめり込む。
    メキメキと音を立てて"引っこ抜いた"壁材に周囲からかき集めたありったけの運動エネルギーを乗せ、思い切り投擲した。

    ダメージは受けずとも、その運動エネルギーまでは殺せないことは最初の飛び蹴りで分かっている。
    壁材の直撃を受けた『油性兵装』が衝撃を受け流すべくその場で踏ん張り、足の動きが止まった。
    今が好機とばかりに一方通行は床を蹴り、少女へと向かっていく。

    どんな攻撃をも防ぐ鉄壁の盾を持っていたとしても、一方通行はその盾が持っているベクトルさえも捻じ曲げてしまう。
    故に、彼に壊せぬものなど存在はしない。
    間接的手段では破壊できずとも、彼が直接その手で触れさえすれば全ては終わるのだ。

    だが、彼の指先が『油性兵装』に触れるか否かといったその刹那、彼女は滑るような動きでそれを回避する。
    潤滑油の働きをする足元に集められたオイルと、ブースターの働きをする装甲の各所から噴き出した燃焼性オイルの炎。
    その絶妙な制御があらゆる体勢での高速移動を可能にする。


    「……どんなに破壊力の大きい攻撃であっても、当たらなければどうということはない」

     
     少女が呟いた言葉は、ある意味では至言だった。

    血の流れを逆流させる毒手。
    生体電流を反転させる苦手。
    当たれば必殺の一撃だ。ただし、"当たれば"の話。

    例え自らの弱点を自覚しそれを補強したところで、能力を抜きにした一方通行の基本的な運動スペックは高くはない。
    いみじくも夏休みに彼を打倒した無能力者が告げたように、"最強の超能力者であるからこそ"彼は弱い。

    「……ナメてンじゃねェ!」

     足元を爆発させさらに踏み込む一方通行。
    だが突き出した腕も難なく避けられてしまう。

    殴り方を知らない。
    蹴り方を知らない。
    ましてや拳の当て方なんて、知るわけがない。

    低い身体的スペックを強力な能力で補正して強引に敵を葬ってきた彼は、近接戦闘においてド素人も当然だ。
    その技量の差は、このような場面で如実に表れてしまう。

    807 = 1 :


     あるいは施設の一部を崩落させるような攻撃をすれば、『油性兵装』は耐えることも逃れることもできずに瓦礫の中へと消えるかもしれない。
    だがここは敵本拠地であり、どこに誰がいるのかもつかめない場所だ。
    万が一『第三次製造計画』を攻撃に巻き込んだ時のことを考えると、その手段は最初から考慮に入れることもできない。
    そんな葛藤を見透かすように、少女は言う。


    「……耐えることも避けることもできない攻撃ならば、最初からそれを使えない状況を設定してしまえばいい」


     そのための『第三次製造計画』。彼女たちは戦力であると同時に最大の盾、人質としても機能する。
    施設防衛のセオリーはまず侵入を許さないことであるにもかかわらず、わざわざ自らの本拠地へと招き入れた理由がこれだ。
    徹底的に自陣内を自らに有利な環境へと改造した迎撃戦。最強の能力者であっても、易々と踏み越えることは許さない。

    「『第一位を打倒する方法』だなんて小学生からネットの掲示板に張りつく大きなお友達まで日夜シコシコ妄想巡らせてるテーマをさ。
     頭は良いけどイカレてる大の大人が集まって、スパコンなんか併用しつつ考えたらどうなるかっていう話だよね。
     3人寄れば文殊の知恵。何ダースか集めりゃどれくらいになるのかな?」

     直線的な一方通行の動きをアイススケートのように滑らかな曲線運動で回避しつつ、『油性兵装』は笑ってみせる。

    「あなたに初めて泥をつけた能力者は、彼自身の能力であなたの反射膜を無効化した。
     木原数多は蓄積したあなたの知識と並はずれた格闘センスで『拳のベクトルを反転させて直撃させる』なんて離れ業をやってのけた。
     垣根帝督は『この世に存在しないはずの物質』なんてチート染みた能力だったんでしょ?
     けれど、私にそれらはない。だったら『能力』の相性優劣じゃなくて、有利な『状況』で対応していくしかないよね!』

    「正面から戦りあっても勝てねェから搦め手か、ザコの狡い手だな」

     近接戦闘の応酬は続く。
    一方通行が繰り出した飛び蹴りを『油性兵装』はするりと避け、両サイドの壁からオイルの触手を数本伸ばす。
    鬱陶しそうにそれらを破裂させつつ足元のベクトルを操り、浮き上がらせた瓦礫を思い切り殴りつける。
    だが、目にも止まらぬ速度で撃ち出された瓦礫の砲弾の直撃を胸部に受けてもなお、『油性兵装』は平然としていた。

    808 = 1 :


    「弱いなりの工夫、と言ってほしいね。
     それに、付け焼刃とはいえそれなりの効果はあるみたいだし」

    「少しやり合った程度で吹くじゃねェか」

    「それでも見えてくるものはあると思うけど?」

     『油性兵装』は硬質化したオイルをまとうその指で、自らの首筋を叩く。

    「たとえば、さっきから必死にパチンパチンとしているこ・こ・と・か?」

     痛いところをつかれた一方通行の顔が苦渋に歪む。
    一方通行の能力は攻防一体のものであるが、そこには時間制限が存在する。
    夏に脳損傷を受けた彼の演算能力を補う、ミサカネットワークへ接続するための電極を内蔵したチョーカー。
    そのバッテリーの持続時間は、能力稼働状態で30分と極端に短い。
    手に入れた設計図を基に時折いじくってはいるものの、稼働時間の問題の根本的解決には至ってはいない。

    目の前の少女は前座に過ぎない。
    にも関わらず、制限時間を消費し始めているというのはいただけない。
    相手の動きが攻勢に出るでもなくあくまで回避と防御主体なのはそれが狙いなのだろう。

    彼女一人を倒すことのみが目的ならばいい。
    ここでチョーカーの電力を使い果たしたとしても、目的さえ達成してしまえば勝ちは勝ちだ。

    逆に言えばここでチョーカーの電極を使い果たさせれば、それは少女の、ひいては『第三次製造計画』を遂行するクソどもの勝利ということになる。
    それだけは絶対に避けねばならない事態だ。

    焦れた一方通行は後ろに下がり、両手を広げる。
    攻撃が当たらないのならば、当たる攻撃をすればいい。
    点ではなく面。面ではなく空間。周囲全てを巻き込む攻撃ならば、閉所であるこの場には逃げ場がない。

    その手に掴んだのは周囲にあまねく存在する空気。
    圧縮され運動ベクトルを捻じ曲げられた空気は先ほどの『不可視の槍』ではなくうねり狂う大暴風となり、通路の中を吹き荒れる。
    だが、

    809 = 1 :


    「むーだ」

     パチンと『油性兵装』は指を鳴らす。
    直後、一方通行が完全に掌握していたはずの空気が爆発し、膨張した爆風が無軌道に逃げ場を求めて通路内を駆け巡る。

    「……ッ」

    「さっきからさーんざんバキバキ砕いたりバシャバシャ飛び散らせてるのは自分じゃん。
     オイルの臭いに慣れ過ぎて気付かなかったかなー?」

     地下施設に窓はなく、空調設備も事前に切ってある。そこへオイルの粉末や飛沫を飛び散らせればどうなるだろうか。
    飛散したオイルの粒子が揮発し、さながら気化したガソリンの充満する密室のようになった周囲は、彼女の指先1つで容易に爆破することができる。

    「ちなみにこういうこともできまっす」

     『油性兵装』の言葉とともに、床、壁面、天井にびっしりと生えた杭が一斉にその形状を崩しグズグズに溶けていく。
    滴り落ちる黒い燃焼性オイルを浴びながら、一方通行は彼女を睨みつける。

    「……オマエ」

    「はい、着火ー」

     軽い声と共に、特殊複合装甲で覆われた指と指とをこすり合わせ火花を発生させる。
    それに呼応するように、オイル粒子をふんだんに含んだ大気が大爆発を引き起こした。

    810 = 1 :


     紅炎と爆風が通路中を駆け巡り、もくもくと吐き出された刺激臭を伴うねばつく黒煙が周囲を漂う。
    『油性兵装』が能力を使って構造物を保護・補強していなければ、上下数階層は崩落していたかもしれないほどの大爆発。
    その爆心地にあって、なお『油性兵装』は自らの足で立っていた。

    (さすがに、この程度の爆発でくたばるわけはないか。そろそろアレの出番かなん)

     『ベクトル操作』による反射を考慮し、今まで彼女が放った攻撃は全て『彼女自身が耐えうる』威力でしか放っていない。
    彼女が狙ったのはあくまで空気中の酸素の燃焼だ。
    あらゆる物質のベクトルを操作する一方通行だが、しかし対象となる物質が『体表の反射膜に触れている必要がある』という制約がある。
    その場に存在しないものは操作できないし、欠乏しているものを他の物質で無理やりに代用させることもできない。
    酸欠状態に追い込むことが有効なのは過去の戦闘データから把握している。

    だが、"この程度"ならば力技でどうにでもしてしまうのがレベル5たる所以。
    それを証明するのかのように、炎と煙の奥でゆらめく影が1つ。

    「……だよねぇ、そうこなくっちゃ!」

     直後砲弾のように飛び出してきた一方通行の拳を『油性兵装』は身を反らして交わし、そのままバック転をして距離を取る。
    なおも襲いかかる一方通行と躍るように交錯しつつ、彼女は剥離させた装甲の一部をオイルへと変化させ、通路を覆うように展開する。

    「うぜェンだよ!」

     硬質化したオイルの壁を拳で砕き突破する一方通行。
    その遥か向こうでは『油性兵装』が不自然なほど壁際に寄り、黒く変色した床の横で不敵に笑っていた。
    直後泡立つ床面を切り裂くかのように、異様な物体が黒いオイルの糸を引きながら床下よりせり上がってきた。

    811 = 1 :


     横倒しになった長さ十数メートルほどの巨大な円筒状で、『油性兵装』がまとう装甲と同じように黒くぬめった輝きを放っている。
    下部にはそれを正確に撃ち出すための発射台が設置されており、後部には複数の推進システムを組み合わせた複雑な発射機構が解放の時を今か今かと待ちわびていた。
    もはや『杭』ではなく『破城鎚』と形容すべきその姿は異様な存在感を放っている。

    「『複合手順加算式直射弾道砲(マルチフェイズストレートハンマー)』。私好みに改良してみました」

     その滑らかな表面を愛おしそうに撫でる『油性兵装』。
    設計通りなら意図的に空気抵抗を高められているはずの弾頭は、彼女の好みに合わせて超音速の壁を貫くための鋭い槍と化している。
    ゴムの反発力、可燃性オイルの爆発力、超高速のプロペラ等を組合わせて作られた推進装置は、想定されていたものよりもより大型化された。
    本来ならば8人がかりで構築するはずの砲台。研究者たちの設計スペックを大きく上回った彼女の能力は、それを1人で構築することを可能にした。

    一方通行はちらりと床面を見る。
    もはや白い場所の面積の方が少なくなった床の材質はは塩化ビニル。
    合成樹脂の代表格であり、その大本を辿れば石油が原料である。『油性兵装』にとってみれば格好の材料だろう。

    しかし、『複合手順加算式直射弾道砲』を構成するオイルの質量が、明らかにこの階層で『油性兵装』の影響を受けた建築材の質量を上回っていることが気になる。
    この階層から供給していないのだとすれば、それは別の場所ということになる。
    だとすれば、それは砲台が現れた1つ下の層ということになるが、

    (……まさか下の階層を丸々潰したのか? どこに現れるかも分からない俺たちの侵入に備えて?)

     いや、最初に現れた防衛隊員たちは恐らく侵入場所を特定し下準備を済ませる時間を稼ぐためのデコイ。
    当然彼女のクライアントは施設の破壊を渋ったはずだ。それをはねのけてまで戦術を押し通すほどに、彼女はこの攻撃に自信を持っているのだろう。

    812 = 1 :


    だが、どれほど巨大な弾頭を使おうが、どれほど高速で撃ち出そうが、単純な破壊力では核爆発にすら耐える一方通行の反射膜を貫けはしない。
    強力であればあるほどむしろ使用者への反射は苛烈なものとなる。

    「理解できねェな。そンなに自殺してェのか」

    「いや、死ぬ気はないよ? だって」

     ギチギチと『破城鎚』を砲台に固定するためのゴム束が軋む音が響く。
    それを抑えつけている安全装置を1つ1つ外しながら、『油性兵装』はにやぁと心から楽しそうに笑う。


         「あなたが『反射』して変なところに飛んで行ったら、そこにいるかもしれないあなたのだーいじな『妹達』ちゃんたちが死んじゃうと思わない?」


     その言葉に、一方通行は心臓に氷水を流し込まれたかのような感覚を覚えた。
    最後の安全装置が外され、戒めを失った『破城鎚』は瞬時に音速の数倍へと加速する。

    それと反比例するかのように、迫りくる『破城鎚』を前にして時間が奇妙に緩やかに流れる。

    あれが直撃すれば、一方通行は確実に肉片一つ残さず消し飛ぶだろう。
    あれを反射すれば、どこにいるかも分からぬ『妹達』が死ぬかもしれない。

    本能はどうするべきかを告げている。
    理性もどうするべきかを叫んでいる。

    反射するべきか、しないべきか。
    とっさに電極のスイッチに当てられた指は答えを決められぬまま、極限まで引き延ばされた刹那の時間は消費され尽くされる。


    直後、施設を丸ごと揺るがすほどの凄まじい大震動が炸裂し、腹の底に響くような轟音と共に地下構造の一部が大きく崩落した。

     

    813 = 1 :

    今日はここまでです
    絹旗戦に続き一方通行がアホの子気味なのは彼のせいじゃない、>>1の頭のスペックが足りていないんだ


    冒頭で述べたように一身上の都合で秋ごろからとても忙しくなってしまい、しかもそれが最低でも初夏まで、下手するといつ終わるか分からない、という状況にあります
    現在(個人的には)きりのいいところまで書いてから投下すると言うスタイルで書いていますが、ご指摘があったように現状で2~3週間かかっている上に
    今後ますます書くための時間がなくなり、遅くなっていくことを危惧しています
    そこで、

    1、現状維持、出来る限り今のペース・投下量を保っていく
    2、期限を切り、決めた期間ごとにその時点までに書けた分を投下していくスタイルへ変更

    の2つの選択肢を考えているのですが、お読みいただいている方々はどちらのほうが読んでいて快適でしょうか
    ご意見お待ちしております

    814 :

    乙!
    自分で納得いくものが出来ないのなら許されないよ!
    生存報告あればいいんじゃね

    815 :


    >>1のやりやすい方でやって欲しいのが本音だけど、どっちか選べっていうなら2で

    816 :

    乙ー
    俺はどちらでもいいな
    一方さんがアホの子なのは原作準拠

    817 :


    チート能力なせいで苦戦させるにはアホにするしかない

    818 :


    一通はレベル2くらいにしか見えないなw
    まあ元々かませ要員だし、しゃーない

    ペースは選べるなら2がいいかな。忙しそうだけど頑張ってね

    819 :

    書かなきゃって義務感が文章からにじみ出てるように思う。
    続きよりも>>1は楽しめてるのかが気になる。
    ノッてたときのここが大好きなだけに。
    なので個人的には自分が楽しめてないと思うならスレを一旦落として
    半年後でも一年後でもやる気が出たときに続きからお願いしたいな。

    820 :

    一方がアホなのは、1>>の頭のスペックじゃなくて、勝たせる気がないからやろー

    821 :


    いくら一方さんでも三次妹達が実質人質でしかもその妹達がどこにいるのかも含めた勝手のわからない屋内戦だと垣根戦みたいにこなすのは難しいのでは

    それとペースは>>1が無理のないやり方が一番良いと思います

    822 :

    乙です
    生存報告あればいつまででも待てるので、>>1の好きなようにするべきだと思います

    にしても、迎撃部隊の連中強い…
    これ、レベル5でもいいんじゃないか?

    823 :


    >>1が書きたいスタイルで、無理なく書いていって欲しい   
    2のやり方よりは、ペースを落としてもやっぱり1のやり方の方が合ってると思うよ

    824 :

    いやーすげえな。読んでてハラハラする。
    PSP超電磁砲の設定を上手く組み込んでるし、まさに科学バトルって感じだ。

    選択肢は、個人的にはきりのいいとこまで読みたいんで1かな。
    投下ペースがもっと遅くなったとしても、この内容なら文句はないしいつまでも待ち続けるよ

    825 :

    乙です!
    まとまった投下がいいので1
    生存報告や出来具合の報告などあれば尚良いと思います

    826 :

    尻をファックして欲しいなら2
    ノーマルなら1
    さあ好きなほうを選べ

    828 :

    海原「(御坂さんがやられそうになったら)自分が出て行って相手をやっつける」

    829 :

    乙!!
    俺は>>1が楽しく書けるならどちらでもいいよ
    体調に気を付けるんだにゃ~

    >>826 俺は第3の選択をしたので罵ってくださいww

    830 :

    尻だろ、尻

    831 :

    こんばんは

    納得できるものを書いてほしい、と仰っていただける方が多いですし、
    また脳内で期限を切ってみて「ちくしょー無理だガッデム!」と頭を抱えることにもなりましたので、従来のままで行くこととします
    春休みに入ったので少しは速くなる……といいなぁ

    それでは投下していきます

    832 = 1 :


    地下10階・23番大試験場。

     広大な試験場の内部は、まるで煉獄のように燃え盛っていた。
    その中ほどに佇んでいたのは『業火焔弾』ただ1人。

    無事であるとは言えない。
    至近距離で発火したテルミット爆薬の爆炎は、彼女が放てる火球の最大温度よりもさらに高温の熱を発した。
    『発火能力者』にすら火傷を負わせるほどの熱量だ。高熱に耐性のない彼女の敵たちは消し炭になってしまっていてもおかしくはない。

    「──今のもの凄い振動は何? エネミーの誰かが施設ごと私たちを潰そうとしているんじゃないだろうね」

     彼女が語りかけているのは、手にした携帯電話の向こうにいる彼女の雇い主だ。

    『ちょっと待って…………これは酷いわね。
     地下4階から数階層に渡って大きく崩落したみたいだわ』

    「4階というと、『油性兵装』ちゃんの相手かな。
     相手にしてた第一位が、あの子の装甲をぶち抜くような攻撃をスカしたのかね」

     あの少女の防御性能は、同じ暗部組織『カルテル』の一員である自分がよく知っている。
    施設ごと潰すような威力でなければ、あの装甲は貫けはしないだろう。

    『逆よ逆。監視カメラの映像によると施設を大きく崩落させたのは、「油性兵装」の一撃みたいね』

    「…………こんな施設内で『複合手順加算式直射弾道砲(マルチフェイズストレートハンマー)』でもぶっ放したのかなぁ?
     あんなの人に撃ったら、"なくなっちゃう"んじゃないかと思うんだけどなぁ」

    『相手が第一位なら、どれだけの威力を出しても足りないことはないと思うけど。
     ……それよりも、オーダーには施設を出来る限り傷つけないこと、と書かなかったかしら?』

    「え」

     その言葉に、ぴしりと音を立てて『業火焔弾』は固まる。
    依頼人の利益になるように任務をこなすことで報酬を得る暗部組織は、その仕事ぶりによって報酬が決まる。

    今回のような「施設防衛」に関する任務では、当然ながら施設を損壊しないことが大前提の任務だ。
    それを大きく崩落させたとなれば、報酬どころかペナルティが下っても仕方が無くなってしまう。

    833 = 1 :


     はぁ、という依頼主の溜息が、いやに大きく聞こえた。

    『……任務を完遂したら、施設の損壊については不問にしてあげる。
     損壊と言えば、あなたもよ。いくら耐火構造であると言っても、加減はして欲しいものね。
     あなたのリクエストに応えてスプリンクラーなどの消火設備は止めてあるから、あまり長くは持たないわよ』

    「しょうがないじゃんよー、私の本領は大規模破壊工作だぞ?
     経験がないわけじゃないけど、対人迎撃は専門外だっつの。
     ……このままだと、施設はあとどれくらい持つ?」

    『一応建設時のスペックとしては、隔壁を閉鎖することで、消火設備が作動しなくても30分は延焼を防げるようには設計してあるけれど。
     実際に火災を起こしたことはないから、本当にそれくらい持つかは分からないわ』

    「それだけ持てば大丈夫だと思うけど。
     ……ところで、超電磁砲たちがもう黒焦げになってくれたっていう予想はさすがに甘いかな?」

    『甘いでしょうね。超電磁砲のパートナーは「空間移動能力者」。
     姿が見えないのなら、逃げおおせたと考えるのが打倒かしら』

    「……あー、だから鉄針が私の肩から突き出してきたわけか。
     りょーかいりょーかい。じゃあ周辺を狩りだしてみるよ」

     通話を切った『業火炎弾』は血の滲む唇をぺろりと舐めた。

    834 = 1 :


     狭い空間に、2人分の荒い吐息がこだまする。
    試験場の壁面、高さにして3階建てのビルに相当する高さに埋め込まれた実験の観察室に、美琴と白井は逃げ込んでいた。

    美琴の体が白井に触れていたことが幸いとなった。
    テルミット爆薬が混入された砂鉄が吹き飛ぶ刹那、白井がこの場所目がけて決死のテレポートを行ったのだ。
    しばらく使われていなかったようで、試験場に面した大きな防弾仕様の窓ガラスはカーテンに覆われていた。
    内部の様子が分からない以上自殺行為でもあったが内部の物に重なることもなく、一か八かの賭けに2人は打ち勝った。

    「──ごほっ、何なのよあいつ、ありえない! イカレてるっつーの!
     よく高性能火薬をこんな室内で、しかも自分の至近距離で爆発させる気になるわね。
     自爆志望者ならどっかで勝手に1人で吹き飛んでなさいよね!」

    熱気や煙で喉を痛めたのか、時折咳き込みつつ美琴が罵るように言う。
    同じように息苦しそうに、涙を浮かべた目で白井が答えた。

    「最後に使われた爆薬、まるでお姉様の砂鉄に吸い込まれたかのように見えたのですけれど。
     何か特殊な仕掛けでもしてあるのでしょうか?」

    「特に特別な仕掛けなんかないんじゃない? あの女、テルミットって言ってたわよね。
     たぶんあれはアルミニウムと強力な酸化剤、あとは火力上げる薬品かなんかをいっしょくたに混ぜて微粒子状にしたものなんだと思う。
     私が操ってる砂鉄って動かす時に粒子同士衝突してこすれあっているから……」

    「砂鉄が帯びている磁気や静電気に粉末が引きつけられ、それが砂鉄の渦に飲まれてまんべんなく広がり……と言ったところでしょうか。
     拡散されればまるで粉塵爆発のような効果を生み、パッケージのままなら高性能火薬として機能する。
     何と言いますか、電気だけではなく磁力すらも操るお姉様対策な感じの装備ですの」

    「夏に相当大暴れして、いくつ『あの子たち』関連の研究所を潰したと思ってんのよ。そりゃ対策も練られるってものよ」

    苦笑しながら、適当に答えを返す。

    835 = 1 :


    「それで」

     息を整えるまでの休憩はこれまで、と美琴は表情を変える。

    「どうやってあいつをぶっ飛ばそうか。何か意見ある?」

    「難しい質問ですの……」

     先ほどの戦闘を見る限り、お世辞にも相性がいいとは言えない。
    電撃使いである美琴と、発火能力者である敵。実体のないものを操る能力者同士、互いに互いの攻撃は防ぎにくい。
    だが、ここで能力の本質の差が決定的な差となる。

    例えば、発火能力者は高熱を伴う炎を操る。
    当然、炎に熱せられて発火点を越えた周囲の物質は燃え、酸素を喰らいつつ熱と煙を吐き出すようになる。
    炎そのものが敵に当たらなくともその副産物が容赦なく敵の体力を削り、終いには敵を窒息死や焼死に至らしめるだろう。
    対して、電撃使いは一撃こそ高い威力と目にもとまらぬ速度を誇るものの、回避された場合はほとんど影響を及ぼすことはない。

    また、施設の電源系統へのダメージも懸念される。なにせこの施設には培養機の中で『育成』中の妹たちがいるかもしれないのだ。
    非常時対策として施設各所はブロック構造化されており、ここで最大出力を出したところで全館が停電になることはないだろう。

    だが、この試験場と同ブロック内に妹たちの培養施設がないという保証はない。
    万が一電源遮断や雷サージが培養装置を襲った場合、中にいる妹たちは無事では済まないだろう。
    それを考えると、施設内で高圧電流を乱用することは避けたい。

    「……お姉様、あの女は回避しましょう」

     そんな状況を鑑みれば、積極的に交戦する理由はないように思える。
    2人の目的はあくまで妹たちの救出、および親玉の撃破にある。
    あえて立ちふさがる敵の打破に躍起になり、いたずらに体力をすり減らす意味はない。
    白井の空間移動ならば、障害物とある程度の距離は無視して逃走できる。

    だが、PDAの画面に映る地図を眺めていた美琴は、

    「うーん、ここから脱出するにはどうしても一度あの女の前を通らなきゃいけないのよね」

     と結論付けた。

    836 = 1 :


     ほら、と渡されたPDAの画面に表示された地図には、現在2人と敵がいる試験場が映し出されていた。
    この観察室から降りるための階段は試験場内部にある。ノコノコ降りて行けば一発で見つかってしまう。
    また、この観察室から試験場の2つある出口まではそれぞれ約100m。白井の空間移動1回で飛べる範囲を越えた距離だ。
    出口へと転移するためにはどうしても1度どこかを中継する必要があるが、そんなことをすればどちらの出口へ逃げたかは一目瞭然だ。

    「上か下の階層になら飛べるところもあるけど、そこには何があるか分からない。
     出来るなら転移するのは有視界内にしておきたいでしょ?」

    「……わたくしの力が足りず、面目ありませんの」

    「いやいや、それは私も同じよ。
     あの女の攻撃より早く一発で有効打を入れられるなら、正面切って攻撃すればいいだけの話なんだから」

     あまり電撃は使いたくない。能力を用いるならば、出来得る限り磁力操作に限られる。
    それであっても、あまりに強い出力を出せば問題が起こりかねない危険を起こす必要がある。

    「……後の事を考えても、やっぱりあの女はきっちりここで倒しておきたいのよね。
     何もない所にいきなり出現できるあんたの空間移動は、攻撃を仕掛ける上で大きなアドバンテージになる。
     その後は私の仕事よ。なんとか電撃なしであの女をぶっ飛ばす方法はないかしら?」

     何か役立つ物はないか、と美琴はショルダーバッグの口を開き、中身をそのあたりの机に無造作に並べ始めた。
    予備のコインが詰まったカエル柄のがまぐち、水が入った小さなペットボトル、カエル柄のハンカチ、小さな水筒、カエル柄の応急セット……。

    「……カエル柄のものばっかりですの」

    「うるさいわね、可愛いからいいじゃないっ。ていうかそんなこと言ってる場合じゃないし!」

     その他にも細々としたものを並べ、矯めつ眇めつしていた2人だったが、

    「これとこれ、使えそうじゃない?」

    「……なるほど、お姉様とわたくしの能力を合わせれば!」

    「奇襲に失敗したら、これを使う。それでどう?」

    「それでいきましょう」

     奇策を思いついた2人は、早速準備に取り掛かり始めた。

    837 = 1 :


    階層不明・小実験場。

     廃材を掻き分けるようにして逃げる『同伴移動』。
    その後を、廃材の上を跳ぶよう追いかけ回す番外個体。

    時折『同伴移動』が後ろを振り返り、手にした擲弾銃から榴弾を発射する。
    対人榴弾、散弾、フレシェット弾。口径が合えば何種類もの弾頭を使い分けられる銃ではあるが、そのどれもが届かないのでは意味がない。
    磁力を用い、そこらに散らばる廃材を持ち上げ即席の盾とする番外個体。
    その防御力を突破されない限り、番外個体に負けはない。

    とは言え、防御のために数瞬の隙を作られるのは確か。
    その隙に物陰に逃げ込まれてしまうのは、電磁波レーダーを掻き乱す装置が設置されたこの空間においてはあまり好ましい事ではない。

    「……にゃろう」

     もう何度目か。元はサーバーか何かだっただろう、磁力で浮かび上がらせた機材に散弾がいくつも突き刺さる音を聞きながら、番外個体は舌打ちする。
    "敵戦力の無力化"という条件下での戦闘は、殺害許可の出ている戦闘よりも幾分ハードルが上がる。

    腹立ちまぎれに右手の『演算銃器』を発砲する。
    自動精製された貫通力の高い銃弾が機材の山に突き刺さり、その下で強力な電磁波を放っていた機器を1つ破壊した。

    レーダーに干渉できるほどの電磁波を放つ装置の場所を、電撃使いである彼女が探知できないはずがない。
    これで今までに破壊した装置は5つ。
    残りいくつの装置があるかは知らないが、装置を破壊するたびに少しずつ彼女の電磁波レーダーへの干渉が弱まっていくのを感じた。

    838 = 1 :


     互いに物陰へ隠れ、しばしの睨み合い。

    「……さて、どうするかね」

     干渉が弱まったとはいえ、未だに電磁波レーダーが正常に機能しないのもまた事実。
    物陰が多く視界が悪いこの空間で目視による探査を強いられるというのは少々面倒だ。

    また、障害物が多いことにより拳銃の有効性が薄いことも問題だ。
    『演算銃器』ならば貫通力の高い弾丸も作り出せるが、障害物の向こうの敵を撃って致命傷を負われても困る。

    (……というか、相手って空間移動能力者だよね?
     距離も障害物も無視してミサカの頭に鉛玉を直接叩き込むことだってできるのに、なんでわざわざ擲弾銃で撃ち合いしてくる?
     そもそも逃げるのにだって転移すりゃいいのに)

     能力を使わず自らの身体能力だけで渡り合うのが好みという変わり種、という線はこの際排除していいだろう。
    例えば、あえて能力を使わないことで「自分の他にもう1人いる」と思いこませることが目的なのだろうか。
    しかし、番外個体は転移してきた時に敵の顔を見ている。
    今追っている人物と同一人物であることは確認しているし、敵がそれを察知していないとも考えにくい。

    あるいは、今のように考え込ませることで時間を稼ぐことが目的なのか。

    (……第一位、大丈夫なのかな。
     あの後即戦闘に突入したとしたら、大分電極の時間も削れてると思うけど。
     さっきの大きな振動も気になるし)

     電極の制限時間は一方通行が戦闘行動をする上で最大のネックとなる。
    それを緩和するために予備のバッテリーを用意してはいるのだが、それは換装時のことを考え番外個体のポーチの中に突っ込んである。
    つまり、彼がつけているバッテリーの容量が尽きる前に合流できなければ、彼に待ち受けるのは死ということだ。

    (別に第一位が生き残ろうがくたばろうがミサカの知ったこっちゃないけどさ。
     それでも上位個体が泣くのは鬱陶しいもんなぁ)

    839 = 1 :


     彼女の小さな1つ上の姉は、例えこの作戦で一方通行が死のうとも、おそらくそのことで番外個体や他の誰かを責めたりはしない。
    ただ小さな唇をきゅっと真一文字に結び、涙を浮かべてうつむくだけだろう。
    それが容易に想像できるからこそ、番外個体の胸の中で何かもやもやしたものが膨れ上がる。

    (……それを"見たくない"って思えるくらいには、ミサカも"人間らしく"なったのかねぇ)

     生まれてから時間が経ってやや薄くなった目の下の隈をこすりながら、彼女は内心で呟いた。


    「しかし、どうするかな」

     この膠着状態を何とかしなければ、ここからの脱出も味方との合流も果たせようもない。
    出口は崩れた廃機材で塞がれている。脱出するためにそれをどけていて背後から撃たれるようなことがあっては元も子もない。
    後顧の憂いを絶つべく、是が非でも『同伴移動』をぶちのめしておく必要がある。

    番外個体は盾にしていたサーバーの表面をぽんぽんと叩く。
    業務用のもので、大きさも重量もかなりのものだろう。
    当然、盾として役に立つくらいなのだからそれなりに頑丈でもある。

    この空間は、全体が膨大な量の機材で埋め尽くされていて、それらによって多くの死角が発生している。
    盾となる大きな機材や、逃げ道である廃機材の隙間が存在するが故に彼女は番外個体の追跡を容易にかわすことが出来る。
    ならば、それが役に立たなくなったとしたら?

    敵は空間移動能力者。それは確定している。
    だが、逃げる最中彼女は一度も転移をしていない。
    もしそれが、能力使用に何らかの制約があって自由に転移できないからだとしたら?

    先の読めない勝負に打って出ることは嫌いではない。
    彼女は、面白いことを思いついたと言わんばかりににんまりと笑った。

    840 = 1 :


     物陰に隠れていた『同伴移動』は、追跡者が動く気配が無くなったことに違和感を感じていた。

    (……根競べ、と言うところかしら?)

     そうするメリットは、向こうにはないはずだ。不審に思い、警戒しつつ少しだけ息を整える。
    体を鍛えてはいても、やはり軍用モデルとして設計された軍用クローンとのからの逃走は厳しいものがある。
    逃走に能力は使えない。彼女は空間移動能力者であるが、その能力には大きなデメリットが存在するのだ。

     『同伴移動(アカンパニー)』。それが彼女の能力の正式名称だ。
    「同行」を意味するその能力名が示唆する通り、「誰かを伴って空間転移する」ことが能力の本質となる。
    その転送可能圏内は極めて広く、距離だけならば空間移動系能力者の最上位とも言われる結標淡希すら凌駕する。

    だが、彼女の能力には大きな制約がある。
    「誰かを伴って空間転移する」。これは裏を返せば、「誰かと一緒でなければ転移できない」ことを意味する。

    空間移動に必要な演算式が特殊で、転移するためには自分と他の物体の2つの位置情報が必要であったこと。
    その別の物体が人間に限られたこと。

    それが故に、彼女は『どんなに努力をしようとも、制約が解かれない限りレベル5には決してなれない」と宣告された。
    一分野においてはレベル4の範疇を遥かに凌駕する尖った性能を示しつつも、ある致命的なデメリットが存在するために決して最上位には這いあがれない。
    それが故に彼女は屈折し、堕落し、今このような汚れ仕事やらされるまでに身を落としてしまった。

    だが、色々と言葉を並べてみたところで、今この状況下において、彼女が極めて不利な状況に置かれていることに変わりはない。
    彼女単独では能力を発動できない。すなわち、今の彼女は無能力者も同然なのだ。
    ただし、彼女が本当に単独だったならば。


    不意に、彼女がその影に身を隠すタンクがずずと動いたような気がした。
    嫌な予感が脳から脊髄を走り抜け、タンクの影を飛び出した瞬間、周囲の廃機材が一斉に天井近くまで浮かび上がった。
    浮遊する機材の向こうには番外個体が。隠れる場所のなくなった『同伴移動』としばし視線を交わし、にやぁと笑った。

    直後、浮上していた機材が一斉に落下した。

    841 = 1 :


     耳障りな音を立てて、床にぶつかった機材が損壊しながら元あった空間を埋め尽くして行く。
    その周囲を『同伴移動』がどこに逃げ込んだかを把握するべく番外個体は注意深く観察する。

    もし美琴ほどの出力があったなら、この空間に存在する機材全てを持ち上げることも可能だったかもしれない。
    だが、スペック上では彼女に遠く及ばない番外個体では、フルパワーで磁力を操作しても半分機材を持ち上げるのがやっとだった。

    今の攻撃で潰れたとは思いにくい。
    曲がりにも暗部の構成員だ。この程度で死んでしまうような人間なら、とっくの昔にくたばっているだろう。

    番外個体の推測を証明するかのように、『同伴移動』は姿を現した。
    ただし、番外個体の真後ろに。

    「ッ!?」

     この距離ならば強力な干渉を受けている電磁波レーダーでも正確に察知できる。だが、身体を動かす速度がそれに準じるわけでもない。
    番外個体が振り返るよりも早く『同伴移動』は手にした拳銃の引き金を引いた。
    身体を捻るのがやっとだった。狙いを逸れた銃弾は番外個体の左上腕を抉る。

    噴き出す血にも目をくれず、右手の『演算銃器』を構える番外個体。
    だが、『同伴移動』はそんな彼女の目の前で虚空へと溶け消えた。

    それは明らかに彼女能力によるものだ。
    番外個体の、敵の能力の考察は間違っていたのだろうか。

    842 = 1 :


    (……違う!)

     廃機材をひっくり返したことによって新たにできた物陰へと姿を隠しながら思考を瞬時に切り替え、番外個体は今起きたことを整理する。

    まず、『同伴移動』の姿が周囲に"溶け込むように"かき消えた。
    その直後、番外個体の電磁波レーダーの反応も消滅した。

    この間にあったラグは1秒程度。
    だが、どんなに短かろうと『姿の消滅』と『反応の消滅』の間のラグの存在は、『第三者の介入があったこと』をこれ以上なく明確に証明してくれる。
    単一の空間移動能力者ならば、その2つは同時に起こるはずだ。

    空間移動能力者である『同伴移動』。
    そして、おそらくは視覚操作や偏光操作に類するだろうまだ見ぬ能力者。
    番外個体は周囲にぐるりと視線を巡らせるが、そこに敵の影も形も見えはしない。

    干渉装置のせいで電磁波レーダーは自分のごく近くしか働かず、かと言って応援を呼ぶ隙もない。
    銃弾に抉られた左腕の銃創はじくじくと熱を持って痛覚を侵し、溢れだす血液は止まる気配もない。
    敵がどこにいるかも分からぬ以上、物陰が果たして盾として機能するかもわからない。


    孤立無援の状況の中、番外個体はその短い人生において2度目の正念場を迎えた。

    843 = 1 :


    地下10階・23番大試験場。

     踏みつけにしていた焼け焦げた残骸から気まぐれに跳び降りたのは、『業火焔弾』にとっては全くの幸運だった。
    直後、空気を裂く音と共に彼女がいた空間の真後ろに御坂美琴が出現したからだ。

    「……ッ!?」

    「あ、あれ?」

     両腕を帯電させ、彼女がいた空間を抱きしめようとして失敗したかのようにたたらを踏む美琴の顔を見て、『業火焔弾』は即座に反撃に出る。

    「背後からの奇襲! そーいうのはもっと相手の様子を観察してからやるもんだ!」

     轟と唸りを上げ彼女の足元から噴き出す炎から逃れるべく、美琴は転がるように距離を取る。
    暗部の人間がその隙を逃すはずがない。その背中を焦がすべく、『業火焔弾』は大きな火球を放った。

    「いい加減そのパターンも飽きてきたっつーの!」

     ぐっと拳を握るように力を込める美琴。
    彼女に呼応するようにぶちぶちと配線を引きちぎりながら床の一部を構成する巨大なブロックが浮かび上がり、それにぶつかった火球が火花を飛ばしながら破裂する。
    それを見届けた美琴が拳の力を弱めると、元々おさまっていた空間に対して水平に回転した床材ブロックが重厚な音を立てて着地した。

    「そーか、内部の鉄筋を磁力で持ち上げて……。
     けれど、そんな重たいもの持ち上げるのは辛いんじゃない?」

    「どうかしら?」

     美琴が爪先で軽く床を叩く。
    それを合図に床や壁からいくつもの構造材が引き抜かれ、美琴に引き寄せられてまるで盾のように周りを浮遊す

    844 = 1 :


    「なっ……!?」

     その光景を見て、『業火焔弾』は驚愕する。

    大規模な実験などを行い内部が損壊することが予想される施設では、内装をブロック状の構造にして交換を可能にすることで整備性を向上させていることがある。
    この施設では一辺数メートルのブロックを組み合わせて床や壁を構築しているが、その重さはどんなに少なく見積もっても数トンでは済まないだろう。

    今、美琴が宙に浮かせているブロックの数は10や20ではきかない。
    それでいてなお、美琴は大規模な能力を使うことの負担すら感じさせずに平然と立っている。

    「全く、力の出し惜しみなんてするもんじゃないわね。
     最初から全力で行っとけばよかった。時間の無駄だわ」

    「……さっきまでは本気じゃなかったってわけかい?」

    「そう。私たちの目的はもっと別のところにあるの。
     あんたみたいな"前座"に使う体力なんかない」

     いかにも鬱陶しそうな表情で手で虫を追い払うかのようなジェスチャーをする美琴に、思わず怒気を見せる『業火焔弾』だが、

    「けど、さっさと倒しておかないと面倒臭そうだしね。
     初めに言っておくけど、これくらいの質量の物だったら音速の数倍でぶっ飛ばすくらいわけはない。
     それでも、私と能力のぶつけあいをしてみる?」

     ゆらり、と美琴の左右に浮かぶ構造材ブロックが示威するかのように揺れる。
    その威容を見て、『業火焔弾』の心が少しだけ怯む。

    845 = 1 :


     先刻、美琴の砂鉄操作をものともしなかったのは、それが『砂鉄だったから』という点に依るものが大きい。
    磁力によって操作されている砂鉄の粒子は互いに触れ合っているわけではないために、粒子1つ1つの持つ熱容量は小さい。
    したがって、『業火焔弾』の火球のように高熱を受ければ瞬時に液状化してしまう。

    しかし、構造材ブロックのような巨大な物体になると話は変わってくる。
    単純に考えた時、物体の温度を上昇させるのに必要なエネルギーは物質の体積に比例する。
    一辺数メートルの立方体である構造材ブロックを融点にまで持っていくには、どれほどの熱量が必要となるだろうか。

    時間をかければ、ブロックを破壊するのに十分な熱量を与えられるかもしれない。
    だが、美琴は「音速の数倍で飛ばせる」と宣言をしている。そしてブロックは1つではない。
    正面きって能力をぶつけあうには、勝算が余りにも小さすぎる。

    能力を「使う」と宣言するだけで百戦錬磨の暗部構成員をここまで動揺させる、230万の学生たちが夢見て今だ到達し得ぬレベル5の地平に立つ少女。
    レベル4の自分と彼女の間には大きな差があるのだろう。

    だが、敵わないとは思わない。
    能力の差を埋めるだけの経験値は積んできているはずだ。

    敵の能力が強大だから何だ。勝算がないから何だ。
    泥の中をのたうつような生の中で、そんな窮地から幾度も生き延びてきた。
    時には他の暗部組織に属する強力な能力者や陰険な策略家との戦いからだって生き残ったじゃないか。

    肝が座れば、逆に心は昂揚を始める。
    ただ施設や物体を燃やすのとは違い、何かが心に熱く湧き上がる。
    身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ。死地を楽しみ、自らの力にできるという点では『油性兵装』を笑えないのかもしれない。



    『業火焔弾』が両手に赤く光を煌めかせたのを見て、美琴はため息をつく。

    (下がってはくれないか。そりゃさっきまでは優勢で攻めてたもんね)

    元々ここまでは織り込み済み。すんなりこの程度で引き下がる方が拍子抜けだ。
    眼光鋭く『業火焔弾』を睨みつけ、彼女もまた臨戦態勢をとった。

    846 = 1 :


     そんな2人の様子を、白井は試験場の中ほどの高さ、壁際に設置されたキャットウォークから見ていた。
    足元や柵が網状になっていて戦闘の様子を観察しやすく、それでいて気配を消してさえいれば容易には見つからない。

    (……煙たいのが難点ではありますが)

     敵は発火能力者ということもあり、事前に消火設備を停止させていたらしい。
    天井に設置された換気設備は唸りを上げて煙や熱気を含んだ空気を盛んに排出し新鮮な空気と交換してはいるが、スプリンクラーが作動する気配はない。
    換気能力は高く、天井から離れたこの場所にいても息苦しくないのは驚きだが、それでも完全とまでは行かない。
    濡らしたハンカチで口元を抑え、柵の隙間からそっと戦う2人の様子を伺う。

    白井が美琴に加勢せず、こうして息を殺しているのには理由がある。
    1つは全力での戦闘に白井が巻き込まれるのを美琴が恐れたこと。
    もう1つは美琴に頼まれた依頼を、最高のタイミングで完遂すること。
    そのための布石は、彼女の手の中で出番を今か今かと待ちわびている。



     瞬時に音速近くまで加速された構造材ブロックが爆音を上げて壁面へと激突し大きくひしゃげさせる。
    直前に自身の右方で発生させた爆風に乗って左へと跳んだ『業火焔弾』が、空いた左手の中に発生させた火球を美琴へと放つ。
    ブロックを盾に防御した美琴は、磁力の糸を手繰って宙に浮く別のブロックへと跳びつき、引っこ抜いたボルトやナットなどの金具を弾き飛ばした。
    『業火焔弾』もまたブロックを盾にし、その表面に弾かれた金具類が甲高い金属質の音を立てて転がっていく。

    「そっちだけが盾に出来るわけじゃないんだよ!」

    「そう? それは悪手だと思うけど」

     美琴の言葉とともに、『業火焔弾』が盾にしていたブロックが床とこすれる耳障りな音を立てつつ激しく回転し始める。
    それに吹き飛ばされ、なんとか受け身を取ったところに向けて別のブロックが滑るように迫りくる。

    「落ちゲーやブロックゲーじゃねーんだっつーの!」

     叫びながら『業火焔弾』が懐から取り出したのは例のテルミットが詰まったパッケージ。
    迫るブロックの内部空間目がけてそれを投げ込み、横っとびに回避する。

    構造材ブロックは配線を通す都合上六面体のうち側面となる四面に穴が開き、内部に小さくない空間を持つ構造となっている。
    それを支える四隅の支柱は当然頑強に作られてはいるが、軍事目的においてそもそもテルミットとはそういう柱などを焼き切る目的でも使われるものだ。

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    「なっ、しまっ……!?」

     美琴が叫ぶのと、『業火焔弾』がテルミット火薬に着火するのは同時。
    直後、眩い光と共に炎が炸裂し、支柱が弾け飛んだ構造材の天板が錐もみ回転しつつ吹き飛んだ。

    爆風と煙は高く宙に浮かぶブロックに取りついた美琴の元にまで届き、衝撃をこらえるべくブロックの側面にしがみつく。
    その眼前に、煙の尾を引きつつ『業火焔弾』が投げた火薬のパッケージが飛び出した。

    「いくら超能力者と言っても、根本的に経験値が足りないね!」

    「そっちこそ、色々と思慮が足りてないんじゃない!」

     美琴が腕を振り、何かを持ち上げるような動作をする。
    それと連動するように、床に散らばっていたはずの砂鉄や、砂鉄が熱で溶けて広がり固まっていた板状の鉄塊が浮かび上がった。
    ズザザザザッ!! と凄まじい勢いで舞い上がる黒の奔流は今にも火薬に着火しようとしていた火花を弾き飛ばし、そのままパッケージをかっさらう。

    「思慮が足りてないのはどっちだか。経験から学ばないんじゃ意味ないんだよ!」

     先刻、砂鉄に混ぜ込んだテルミットを着火され一度撤退する羽目になったばかりだ。今の状況はそれに近い。
    砂鉄もろとも吹き飛ばしてやろうと『業火焔弾』はその手中に赤い炎を滾らせる。
    だが、

    「じゃあ、これでどう?」

     美琴の手が翻り、投げ落とすような仕草をした。
    それを合図に一斉に砂鉄がきびすを返し、空間の底部にいる『業火焔弾』へと襲いかかる。

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     一転、窮地に追い込まれたのは『業火焔弾』のほうだ。
    砂鉄自体は火球や炎壁などで高熱を与えれば容易に無力化できる。
    だが、そんなことをすればテルミット火薬に引火するのは自明だ。

    すんでのところでブロックの影へと飛び込み、寸前まで彼女がいた場所を砂鉄の渦が抉った。
    距離を取って火花を走らせ火薬混じりの砂鉄を処理しながら、『業火焔弾』は考える。

    (能力の操作範囲では明らかに差があるとみて、遠距離からの攻撃に切り替えてきやがった!
     構造材ブロック自体は火薬を使って破壊できる、けど壊しても壊しても切りがなさそうだし)

     美琴が操作する構造材ブロックはその辺りから適当に引き抜いたものだ。その気になればいくらでも補充ができる。
    対して彼女が持つテルミット火薬のパッケージの数には限りがある。いつまでも無尽蔵に爆破して回るというわけにもいかない。

    彼我の相性と自らの火力上、火球を相手にぶつけられさえすれば倒せるのだ。
    あとは、どうやって標的を捕捉するか。

    そこまで考えた時、ふと彼女の頭上が暗くなる。
    ふと目を上げると、そこにはゆらゆらと揺れるキャットウォークが浮かんでいた。
    当然、壁からは無理やり引き剥がされていれ、ひん曲がった鉄棒や金具などがぶら下がっている。
    見ている間にも、各鉄材を連結させているボルトが引き抜かれ、ナットがひとりでに回って外れ分解していく。

    この試験場にはキャットウォークが数本あった。
    だからその存在自体は不思議ではない。
    異常なのは、数多のブロックに加えてそんなものまで引き抜いて武器にしまう、レベル5の圧倒的な性能。

    「……おいおいマジかよふざけんなって!」

    目を剥く彼女の叫びをかき消すように、けたたましい音を立ててキャットウォークを構成していた部品が彼女目がけて一斉に投下された。

    849 = 1 :


     ガラン、ガシャンという鉄材が触れ合う音が、試験場内部に響いた。
    浮遊するブロックの上から見下ろす美琴の眼下では、『業火焔弾』のいた場所に鉄材の山が出来ている。

    死なないように手加減はした。
    鉄材の下敷きにはなれど、決して致命的な怪我はせぬように緻密な操作を加えていたのだ。
    だが、

    (……逃げられた?)

     『業火焔弾』を死なせぬように、落下場所にわざと作った空白地点にその姿はない。
    中途半端に逃げ回り、鉄材の下敷きになってしまったのだろうか。

    そんな予想を覆すように、美琴の電磁波レーダーに引っかかる影が複数。

    「…………あっ!?」

     思わず電撃で迎撃してしまったあとにその正体を見て、自らの失策を悟る。
    彼女が破壊してしまったのは火薬の詰まったパッケージ。電撃を受けて粉砕され、盛大にその中身を撒き散らす。

    「あーっはっはっはっはっ!! かかった、引っかかった!」

     哄笑の元を見てみれば、そこには『業火焔弾』の姿があった。
    いかなる手段を用いて逃れたかは知らないが、無事ではなかったらしい。
    片腕はだらりとぶら下がり、額からは血が流れている。
    だがそんなことは関係ないと言わんばかりの勢いで、上方に浮かぶ美琴を睨みつけていた。

    上方に向けた彼女の無事な方の手の中に火球が生まれた。
    それは今まで放っていたものの大きさを越え、周囲の酸素を喰らい尽くし、発火点を越えた塵を焼き尽くしながらどんどんと膨れ上がっていく。

    「これだけの大きさと熱量があれば、火球が近づくだけであんたの周囲を漂う火薬に引火し大爆発を起こす!
     頼みの綱の砂鉄は水飴みたいになって床材にへばりついてやがる。
     もう逃げ場はないよ、超電磁砲!」

     暴力的なまでの高熱を乗せた目も眩むほど眩い光に、火球そのものに触れていないにも関わらず周囲のあらゆるものが焦げ付き始める。
    彼女の能力名『業火焔弾(メテオライト)』に相応しい、まるで隕石のような巨大さと熱量を持つほどに成長したそれを、さらに空間を埋め尽くさんばかりに膨らませる。


    腕で熱気を防ぎながら、美琴は下方を見下ろす。
    視界を白熱させるような火球の輝きに阻まれて、彼女の位置からでは『業火焔弾』の姿は見えない。
    彼女の位置からならば。

    相手の意識は完全に自分に向き、しかも能力を使うために足を止めている。
    最高のタイミングだ。というよりも、これ以上は持たない可能性も出てくる。
    だからこそ、美琴は信頼するパートナーの名を叫ぶ。


         「──黒子っ!!」

    850 = 1 :


     ガン! と重い物が何かにめり込むような音がした。
    自分の頭蓋骨が立てた音だと気付く間もなく、『業火焔弾』はぐらりと体勢を崩し、そのまま意識は暗転する。
    彼女が崩れ落ちるのに伴い、極限にまで膨らんでいた火球も勢いを弱め、やがては完全に消滅した。

    彼女の傍らに落ちているのは、コインを半分ほど詰め込んだ小さなペットボトル。
    白井が彼女の真横へと転移させ、美琴が磁力操作で思い切りこめかみにぶつけたのだ。

    浮遊するブロックの上、美琴の横に転移した白井が、恐る恐るといった様子で下を覗き込む。

    「……彼女、死んではいないにしても、後遺症などは大丈夫でしょうか……?」

    「うーん、どうだろ。相園美央とか『原子崩し』と戦った時の経験から、意識を失う程度にはしたつもりだけど」

     そっと近くまで降下し、爪先で突いてみるが、『業火焔弾』はぴくりともしない。
    一応脈や呼吸も確認するがそこまで異常ということはなく、単に気絶しただけだろうと判断する。

    「……このまま放置しておいたら、彼女のお仲間が救護してくれるでしょうか」

    「うーん、こいつらがどんな組織か分からないからなぁ。
     仲間を回収することを優先するような義理堅い奴らならともかく、ビジネスライクな傭兵みたいな連中なら放置するかもしれないし。
     見つけやすい所に拘束しておいておきましょ」

     白井の持っていた風紀委員仕様の手錠を『業火焔弾』の手に嵌め、後ろ手に拘束する。
    構造材ブロックの中から引き抜いた各種配線から使えそうなものを選んで、その上からぐるぐる巻きにした。

    「……はー、これで良しっと。こいつ1人のためにかなり体力を使ったわー。
     出し惜しみはするべきじゃない、とは言え使いすぎるのも考えものね」

    「今になって思えば、最初からペットボトルをぶつけてしまえばよかったのではないかと」

    「それも手かなと思ったんだけど、相手が周囲を見回して警戒してる状況でペットボトルだけ転移させてもぶつけるのはきっと無理。
     せいぜいかわされて燃やされるのがオチね。だから、あえて相手の意識を私に引きつけた方が得策かなぁと。
     ……まあ、何にせよ障害物突破ということで」

     本来の目的は達成されていないが、とりあえず当面の障害は片付いた。
    ぱちん、と高らかにハイタッチの音を響かせて、先へ進むべく入ってきたのとは別の出入り口へと進む。


    遥か上方の、『業火焔弾』が飛び出てきた天井裏へと続く穴。
    そこから2人の背中を監視するいくつもの視線があることにはまったく気付かずに。


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