元スレエルシィ「私の神にーさまがコミュニケーション不全なわけない」
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451 = 437 :
「――うむ。確かに捕獲が可能であれば、それが一番望ましい。ドクロウ、何か打つ手はあるのか」
「腹案があります。お任せを」
「うむ。皆に反対意見が無ければ、時間的猶予を与えてやりたのいのだが」
議長がぐるりと一同を見渡す。声は無い。
形ではあるが、総意を得たと判断した議長は、再集決を下した。
「――殲滅作戦は12時間停止。各員は対象標的Eの監視を続けろ」
452 = 437 :
エルシィの上司である、ドクロウ室長は回線を切断すると、ブースの椅子に深くもたれかかり、ため息をついた。
「室長、どうなりましたか」
「ハクアか。なんとか凍結には持ち込めたよ。駆け魂を捕獲できる腹案があるといってな」
「じゃ、じゃあ――」
「ウソだ。あんなもの対象から分離させて捕獲する技術はどこにも無い」
「それじゃあ、結局エルシィは助からないんですね」
ハクアは自分の無力さに、拳を握り締める。電力を落とした薄暗い室内の床に、涙がつたった。
453 = 437 :
「慰めることも出来ない。だが、時間だけは稼げた」
「これは……」
ハクアは手渡された小箱をきょとんと見つめると、右手でぐしぐし目蓋をこすった。
小箱の材質は薄い青み掛かった半透明の、直径十センチ程度のちいさな物だ。
なめらかな光が、薄闇の中でぼんやりと輝いている。
ハクアが目を細めると、箱の中央にうっすら小さなナイフらしきものが浮かんでいるのが判った。
「鍵だよ。首輪のな。時間を稼いだのは、せめてエルシィのバディだけでも、と思ってな」
「でも、これって充分な規則違反じゃ」
「ばれれば降格、下手すりゃこれだ」
ドクロウは、仮面の下で手刀を走らせる真似をすると、低く笑った。陰鬱な声だ。
454 = 437 :
「エルシィは、昔から出来が悪くてな。せめてもと、マシな協力者をつけてやりたかった。
それが、桂木桂馬だ。下に降りてからあいつは変わった。
努力してるのはわかったが、それだけじゃどうにもならないのがこの世界だ」
「室長」
「それでもな、あいつが結果を出してくれた時には、なんともうれしかったものだ。
それがこんな結果になるなんて。駆け魂にとり憑かれるなんて、悪魔の恥さらしだ。まったく」
「私も、エルシィのこと笑えません。私も、憑されたから」
「――運が悪かった、としかいえない。誰も判らなかったんだ。あんな大物が隠れていたなんてな」
ドクロウの言葉から生気が完全に失せる。室内からは、音ひとつしない。
絶望感がふたりを覆った。
「私、エルシィに助けてもらった。なんとかしたいよ、してあげたいよ。
でも、何も出来ない。何もしてあげられない。こんなんで、こんなんで、友達だって、いえないよぉ」
「まだ、やれることがある。それは、エルシィの協力者、桂木桂馬を救うことだ」
ハクアは、ドクロウのしゃれこうべを模した仮面の向こうに深い嘆きと、
それを押し殺して奮い立たせようとする深い決意を感じた。
455 = 437 :
「いいか、ハクア。エルシィの肉体が破壊されれば、桂木桂馬の首輪も作動する。
動力は本部のサーバーから命令が出ており、どうにもできん。
だから、強制的にこのマスターで解呪するしか方法は無い。
だが、慎重に扱え。所詮は複製品だ、下の世界の空気では十秒と持たん。
箱から出したら、すぐ首輪に突き立てろと伝えるんだ。
チャンスは、二度無い。よく、理解するんだ。
救えるのは桂木桂馬ただひとり。やれるのは、他の誰でもない、お前だけなんだ」
ハクアは、鍵の小箱を抱え込むと、まっすぐ視線を上げた。怯えはない。強い意志を持った、強固な瞳だ。
ドクロウは、頷くと、席を立って彼女に背を向けた。
「室長はどうされるのですか」
「あがいてみるさ、さいごまでな。簡単に諦められないだろう。だって、エルシィは私の部下なのだからね」
ドクロウは部屋を出て、長い渡り廊下を歩く。
通しガラスの下に浮かぶ都市の電力制限のために細々とかしこにしか見えない明かりに目を落とし、唇を強くかんだ。
456 = 437 :
自分に出来るのはせいぜい折衝による時間稼ぎ。それでも、まだ彼女の命を諦めたくなかった。
鑑みるに、エルシィの運命は憑依された時点で決定付けられていたかもしれない。
古悪魔が転生すれば、舞島の街が、二・三度消滅するのは簡単なことだ。
彼女の死は絶対だ。この運命はくつがえらない。
もし、彼女を助けられるものがあるならば。
――それは、全知全能の力を持った神だけだろう。
457 = 437 :
とりあえず、今日は終了。
次回更新は今年中。
次で完結させるので、次回ぶんは相当長くなる予定です。
458 :
乙。テンションあがる
461 = 436 :
願ったら本当に来た。
しかし次回で最終回か……本当に今年中に終わらせるとは思わなかった。
もっと続きが読みたかったから。
でも今は。
更新ありがとうございます。続きを楽しみにしています。
と言えることを喜ぼう。
462 :
本編より熱い展開だな
おつかれー
でも終わっちゃうんだね…俺の心のスキマが…
女じゃなかったわ…
463 :
パないですね!しかし原作で使われそうな展開だな……
>>1よ、あなたは神か?
464 :
きてたー
まさか本当にLC駆け魂入ってたとは!
ミスリードで楠くるとか思ってた
465 :
さて、本当に年内終了となると明日の夜一晩張り込めば見られるのか。
今から楽しみだな。
466 :
今追いつきました。
楽しみに待っています。
467 :
もしもこれが原作者の垂れ流しだとしたら…
今回の月夜と結の再攻略は本編女神入りの暗示!とみた
468 :
張り込んでいのですたが、いつもの更新時間に来なかったことから、今夜ということなのだろうか。
そうすると年またぎにならないように、始まるのは午後6時前後から午後9時前後の間だろうか。
推測ですが、またその辺りの時間に来ます。
469 :
いつから年内を今年のことだと勘違いしていた?
470 = 467 :
なん…だと
年内って今年のことじゃないのか
471 :
2
桂木桂馬は朝焼けを見ながら、もしかしたらこれが最後かもしれないと感じた。
掛けっぱなしの眼鏡を外し、眉間を強くもむ。
徹夜など毎度のごとく慣れている。
だが、昨夜はおそらく自分の人生の中で一番長い夜だっただろう。
昨晩のひとしきり降った雨のせいか、辺りに米のとぎ汁を撒いたような霧が掛かっているのがわかる。
窓際から視線をおろす。道路の向こう側に、ぼんやりと人影が見えた。
「おい、エルシィ!!」
472 = 471 :
知らず、呼びかけていた。
心配させやがって!
昨日はどこに行っていたんだ!
――でも、帰ってきたんだな。
桂馬の頭の中に、今まで感じたことのなかったゴチャゴチャした感情が乱舞する。
おまえは、本当にどうしようもないやつだ。悪魔のくせに駆け魂にとり憑かれやがって。
おおかた、家に帰りづらくて、その辺をフラフラしていたんだろう!
馬鹿だ、おまえは馬鹿だよ!
おまえは、ドジで、どうしようもなくて、ダメな悪魔だ。
……だから、ボクがついていないとどうしようもないんだ。
473 = 471 :
今だけは怒らないでいてやる。だから、これからのことを考えよう。
おまえの駆け魂は、ボクが必ず。
少女が振り返るのが見えた。部屋を飛び出して、二段、三段飛ばしで駆け下りる。自分でも理解しがたい速度で家の前に飛び出す。
両足に地面のざらついた感触。そこで、靴を履くのを忘れたことに気づいた。
桂馬は少女の前に立って、強く咳き込んだ。
霧の中で立っていたのは、あのドジな悪魔ではなく、瞳をまん丸にして驚いている、幼馴染の鮎川天理だった。
474 = 471 :
本当にらしくない。
「ど、どうしたのかな、桂馬くん」
「おはよう、天理」
努めて平静を装った。
「お、おはよう」
この距離まで気づかないとは、自分でも滑稽だった。
彼女に挨拶をすることが目的だったのではないし、今は特に用もない。
桂馬は、視線の置き所も思いつかず、彼女の顔を眺めた。
特に意識したことは無かったし、天理の顔などいつでも見れると思っていた。
475 = 471 :
だが、もしかしたら今日が最後なのかもしれない。
考えれば、こうして彼女の顔をまじまじと見つめることなど今まで幾度あったろうか。
そうして、その機会は今を境に永遠に失われるのかもしれない。
早朝、道の真ん中で見詰め合う男女。
桂馬が繰り返しゲームの中でやってきたような行動だが、実際自分で行ってみると、酷く現実感に乏しいものだった。
「天理」
476 = 471 :
「桂馬くん、どうしたの、私の顔になにかついてるかな」
天理の顔は、茹で上がったように、あっという間に赤くなった。
少女は俯きがちに顔を恥ずかしげに伏せ、鞄のアクセサリーをいじり始める。
桂馬は無言。
時間だけが縫いとめられたように、固着する。
「な、なんだろう。なにか、あるのかな」
「いや、なんでもないよ。ごめんな」
「おかしな、桂馬くん」
天理がどこか緊張した面持ちで、ふわり微笑む。
それだけで、なにか、崩れてしまいそうだった。
慌てて後ろを向き、郵便ポストから新聞を引き抜く。
読むことなどない。情報はネットで充分。
要するに自分は手持ち無沙汰なのだ。
477 = 471 :
相手は天理なのに?
桂馬は、自分がかなり動揺していることに気づき、嘆息した。
「今から学校か」
「うん、今日は日直だから早く行かないといけないんだ。桂馬くんは、随分とのんびりさんなんだね」
「ま、がんばれよ」
素っ気無さはいつもの通りだが。天理は、彼の中に口には出せない程度の違和感を感じていた。
そもそもが、彼が慌てているところなんてほとんど見たことが無いし、わざわざ下りてきて挨拶をすること自体、ちょっと考えにくい。
478 = 471 :
普通に歩いてて、道であっても用が無い限り気づくこともなさそうなのに。
――待って、と天理はいいそびれたまま、彼が玄関口吸い込まれて行くのを呆然と見送った。
あとに残るのは、それを影からじっと見守っていた彼女の母の薄ら笑いだけだった。
479 = 471 :
3
桂馬の心とは裏腹に、天気は快晴だった。
雲ひとつ無い、晴天。
太陽の下に、霧はもう晴れていた。
エルシィのことを母に咎められる前に家を出た。
もっとも、待ちつかれ、台所でこんこんと寝息を立てて居る母は気づきもしなかっただろう。
480 = 471 :
それでも、弁当だけは珍しく作ってくれていたのか、食卓に置いてあった。桂馬は、無造作にそれをひっつかむとそのままバッグに入れた。
空は、澄み切った蒼を刷いたようにまぶしく輝いている。
桂馬は、いつも通り登校し、誰と挨拶を交わすでもなく自分の席に座ると、PFPを起動させた。
彼女に会う前に戻っただけ。
いつも通りの日常。
何もかも変わらない。
481 = 471 :
ただ、ここにはエルシィが居なくて、証の首輪だけが残った。
桂馬は指先で、春先から居座っていたそれを、ちんと弾く。
とりたてて平凡な金属の音が鳴った。
「桂木、おはよ。エリーは今日どうしたの?」
物憂げなまま目を細めていた桂馬に、クラスメイトの歩美が声を掛ける。
「あいつは、来ないよ」
「来ない? 風邪でも引いたの、昨日は元気だったのになぁ」
もう、来ない。
もう、来ないんだ。
もう、彼女がこの部屋に入って、学生のフリをすることもなく。
そして、今日自分自身がこの風景を見納めになるかもしれない。
482 = 471 :
桂馬は、それから自分が残りの少ない時間でやり直せる名作ゲームのリストアップを脳内で始め、
激しいむなしさと、虚ろの様な疲れを覚えた。
「どうした、桂木。発作か? 先生は静かにしてくれると助かる」
桂馬は二階堂の声で我に返ると、朝のHRが始まっているのにようやく気づいた。
クラスメイトからの明らかな侮蔑と諦観の入り混じった視線が全身に突き刺さる。
483 = 471 :
いつのまにか立ち上がっていたのだろう。
促されるままに椅子に座ると、サイドに掛けてあったバッグから、詰めておいた弁当の袋が転がり落ちた。
――何の気なしに、袋からちらりと白いものが見えたのだ。
桂馬は弁当箱から、チラシの裏に書いた文面に目を通す。それは、幾度も目にした馴染み深いものだった。
『にーさまへ、これを食べて今日もがんばってくださいね。エルシィ
P・S 首輪のことはハクアがなんとかしてくれますよ 』
いつも以上に、下手糞な字だった。末尾に向かうにつれ、文字がかすんで読みにくくなっている。それは、最後の力を振りしぼって書いたことが見て取れた。
署名した名前の部分は水滴で滲んでいる。その下に書かれた似顔絵は、母と自分と、エルシィのものだった。
にじみが横に広がって、彼女の絵だけ泣いているように見えた。
484 = 471 :
弁当箱を開ける。
母の手ではない、それはすぐにわかった。
上部のしきりには色とりどりのおかずが詰まっている。
そして、その下には、卵と鳥そぼろとのりを使って作られた彼女の顔が、満面の笑みを浮かべていた。
「なんだよ、まともな料理だって作れるじゃないか……」
桂馬は箸を取り出して、周りの目を気にせず一心にかきこむ。
見た目は整っていたが、中身の味のバランスは滅茶苦茶だった。
あいつは、どんな気持ちでこれを作ったのだろうか。
どうして、帰ってきたのに声すら掛けず出て行ったのだ。
どうして、あいつはあんなに馬鹿なのだ。
どうして、どうして、どうして!!
「ボクの心配なんかしてる場合じゃないだろう」
桂馬は箸を置くと、手早く弁当箱を仕舞う。
485 = 471 :
こんなことをしている場合ではない。ショルダーバッグを肩に担ぎ、椅子を引く。
それから、PFPを起動させると、ようやくいつもの調子が取り戻せたような気がした。
「なんだ、サボりか。理由はどうする、風邪か? 腹痛か? よりどりみどりだぞ」
二階堂の声に反射的に答えていた。
「急性インフルエンザです」
周囲の席がいっせいに引かれ、綺麗な空間が出来上がる。桂馬は、彼らの一糸乱れぬ行動に初めて美を感じた。
扉に手をかけ、一瞬だけ室内を振り向く。
歩美の咎めるような、悲しそうな表情が視界に映ったが、彼は踏みとどまることなく、そのまま教室を後にした。
授業中なのが幸いしたのか、桂馬は誰にも見とがめられることなく、屋上にたどり着く。
(こういうときに限ってゲームでは邪魔が入ったりするんだが、今日はついてるな)
朝、登校する時から感じていた視線。
486 = 471 :
さあ、ここから再びロードしよう。
「いるんだろう、出て来いよハクア」
桂馬の後方、一段高い給水タンクの裏に隠れていたのだろうか、彼女は音も立てず、そっと降り立つと、無言のまま近づいて正対した。
ハクアの表情を見て桂馬は息を呑んだ。
いつものくるくる変わる感情がそこからは全て喪失していた。
精巧な人形のように静止した彼女の顔は、一流の芸術家が造形した彫刻のように完璧で、非の打ち所のない美しさを表していた。
大きくやや吊り上った宝石を埋め込んだような瞳。すら、と高く整った鼻梁。薄く刷かれたような細い唇。
大理石のようになめらかなおとがい。鈍く輝く銀のように、波打つ長い髪。
ふたりの視線が交錯した時、桂馬はつい、気おされたように一歩退いた。
487 = 471 :
これが、あのハクアなのか?
「エルシィはどうなったんだ」
「最初にあの子のことなのね。……アンタってやつは、本当に」
「濁すなよ。ボクらに時間はもうあまり残されていない」
「おまえの話を聞いている暇はないわ」
ハクアは懐から、青く光る箱のようなものを取り出して、突き出す。桂馬は、目を細めてそれを受け取ると、こわごわと眺めた。
「なんだ、これは」
488 = 471 :
「それは、鍵。中央に浮かんでいる短剣が首輪の解除キーよ。これを使えば、おまえは解放されるわ。それを、渡すためだけに来たの」
感情を交えず淡々と語る。桂馬が呆然としているのを尻目に、彼女はきびすを返すと、宙に舞った。
「おい、ちょっと待て! まだ、エルシィのことを聞いてない。勝手に、行こうとするな」
「私からいうことはない。消えろ」
「ちょっと、待て――」
桂馬の声を遮るようにして、大鎌が振りぬかれる。前髪が、切断され空に舞う。
ハクアは本気だ。躊躇のない殺意を感じ取った桂馬は、その場に凍りつくと視線だけかろうじて彼女に向ける。
そこにはもう、親愛も感情も、心の温度さえ見えない悪魔がいた。
桂馬は、その時、彼女が自分とは違う生き物だと実感した。
「理解度の低い人間ね。もう、事態はおまえのどうにか出来るレベルを超えている。エルシィのことは私たちで何とかする。忘れなさい。その鍵を使って首輪を解除し、日常に戻るがいい。それこそ、おまえが望んでいたことだろう」
「日常に、戻る?」
「後、数時間後に彼女の魂は狩られる」
桂馬は校舎の中央に据え付けられた時計に眼をやる。一時間後といえば、午前十時ジャストだ。
「それまでに、首輪を取っておくことね。でなければ、死ぬ。これ以上、私たちに努力させないで。それと、その鍵はすごくデリケートなの。箱から出せば、この世界の空気には長くもたない。すぐに首輪に突き立てなさい。いいわね」
「おまえたちは、エルシィを見殺しにするってことなんだな」
「人間風情にはわからない」
「全て投げ出すってことだ」
「おまえに何がわかる」
「――友達じゃなかったのか、ハクア」
489 = 471 :
銀線が閃いた。
桂馬は、胸から背中へと抜ける打撃を感じながら、背後の壁まで吹き飛ぶと、意識が混濁していくのを感じた。
「お前は、勘違いしている、桂木。これは、チャンスなのよ。あの大物を捕まえられれば、今までの失点は全て取り消しになる。
あの子が私の友達なら、きっと――」
「い、うな」
「私の糧になることを喜んでくれるわ」
にい、と。
桂馬は引きつるような、悪魔の微笑を網膜に焼き付けながら、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
490 = 471 :
4
ハクアは空を飛びながら、桂木桂馬のことを思った。
ここまでやらないと。
あの男は冷徹に見えてお人よしだ、もしかしたら何とかしようと思うに違いない。
それではダメなのだ。
エルシィはもう助けることは出来ない。ならば、彼の命まであやふやな可能性に掛けさせ危うくすることなど誰が出来ようか。
それでは、危険を冒した室長のこころざしや、エルシィの願い、そして自分の気持ちの全てが、何一つとして報われない。
センサーの警戒音が、一際高く跳ね上がった。空を切る羽衣のスピードを幾分落とすと、変化しかけている駆け魂の中心地が見えた。
極東支部全ての駆け魂隊が集まっているのだろう。
辺りには無数の新悪魔たちが群がり、術式を構築している姿が見えた。
今や、エルシィと融合した復活寸前の古悪魔は、前回のレベル四事件の倍の大きさに巨大化している。
491 = 471 :
その姿は天を圧し、外形の異形さは、世界の醜悪さを掻き集めたようだった。
頭部は黒山羊に相似し、身体は昆虫のそれに近く、無数の脚が生えていた。
かの怪物は、舞島市の海岸線を這うようにして侵食し、都市部へと向かっている。
人間の軍隊も防戦に回っているのだが、つんざく火砲の雨は怪物の足止めにすら及ばぬのだろう、
時間と共に包囲線がたわまり、千切れていくのが予見出来た。
「なにやってんのよ、ハクア。いままでどこほっつき歩いてたのよ!!」
492 = 471 :
ハクアと同じく、地区長のノーラが切羽詰った表情で叫んでいる。
ハクアは、包囲陣を張る隊員を大きく迂回すると、彼女に近づいて声をかけた。
「ごめんなさい! 状況は!!」
「今更ノコノコやってきて、なにいってるのよ!! あんなモン無理無理!
なに考えてるのよ、本部の連中は!! 今の戦力と装備じゃ足止めだって出来ないことくらいわかるでしょ!
アンタも怪我したくなきゃ、適当に隠れてることね!! まったく、どこの馬鹿よ、駆け魂にとっ憑かれたマヌケは!」
「エルシィよ」
「え……」
勢いよく畳み掛けるように話していたノーラの顔が凍りつく。彼女の顔が、ハクアには酷く幼げに映った。
「あの怪物はエルシィなの」
「それじゃ、殲滅対象は……」
「彼女よ」
「で、でも」
「エルシィの命は誰にも渡さない。彼女の命は、このハクア・ド・ロット・ヘルミニウムが貰い受けるわ」
493 = 471 :
5
「桂木、しっかりしなよ、桂木!」
桂馬は耳元で叫ぶ声と、肩を揺らす度に湧き上がる痛みでようやく正気に戻った。
目前には、かがみこんで顔を覗き込んでいる、クラスメイトの高原歩美が居る。
ハクアはとうに居なかった。歩美は不意に視線が合うと、気恥ずかしげに顔を逸らした。
「ねぇ、インフルエンザ辛いの? 熱あるなら、早く帰らないとダメじゃない」
「なんで、ここに……」
「え、えと。朝ご飯食べてくる暇なかったから、そのヘソクリカロリーをですね、摂取しようと。ってどーでもいいじゃん!」
「確かに、どうでもいいな」
「そんな簡単に流されると傷つくんだけど」
494 = 471 :
「いま、何時だ」
「え、9時55分だけど。もう2時限目はじまるまえ。保健室いく? 気分悪いのなら、ついていこうか?」
歩美は心配げに眉をひそませると、ちょいちょいと屋上扉を指し示す。
「そんなことしている暇はない」
「ふーん」
わざわざ様子見に来たのにその態度はなんだ、と不満げな様子の歩美は、まるで構って欲しいとせがむ子供のようだ。
桂馬は、半目になると、お義理に声を掛けた。
「……ちなみに、さっきからチラチラ見ているのはなんなんだ」
「知りたいの、しょうがないなぁ。ホラホラ、さっきからガンガンテレビでやってるんだけど……見る」
桂馬はワンセグに視線を落とすと息を呑んだ。
495 = 471 :
携帯に流れる映像には、ヘリからの航空撮影に舞島海岸の遠景が、黒い靄に霞んで映っている。
規則的に聞こえる爆発音が、その映像から現実感を希釈していた。
テロップにはこう出ていた。
『舞島市に巨大生物出現!! 自衛隊出動、北の攻撃か!?』
――と。
全身が総毛だった。
桂馬は後ろも見ずに走り出すと、階段を飛び越え踊り場に着地した。
さらに、駆ける。廊下を歩く生徒にぶつかりながら、荒い息を細かく吐き出した。
496 = 471 :
「あれ、もういいの? みんなはこれ、テロじゃないかっていってるんだけど、ちょっと。おーい、聞いてますかー、人のはなしー」
「ちゃんと、聞いて、る」
(まるで前回の焼き直しじゃないかっ! だが、この前と違うのは、いまのボクにはエルシィとハクアの助けはまるで望めない。
むしろ、新悪魔には邪魔される可能性の方が高いってことだ)
桂馬は全力で走っているつもりであったが、いかんせん殴られた胸が痛むわ、寝不足だわで、全然スピードが出ていない。
497 = 471 :
その証拠に、歩美は涼しい顔で傍らを併走している。
(たぶん、あの駆け魂もろともエルシィが拘留されるまで、まだしばらくは時間があるってことだな)
ハクアの考えたことなんて見え透いてる。
無理に自分を冷酷に見せて突き放そうとしたのだろうが、付け焼刃の演技は大根以下の薄っぺらなものだった。
それでは、なんであれほどまでにショックを受けたのだろう。
たぶん、自分に絶対頼ってくると決めかかっていたのだ。
いつもは、心のどこかで下に見ていたふたり。
馴染みすぎだと。そう、常日頃口に出していたのに。
依存していたのはどちらなのだろうか。
「いきなり走り出してどうしたのー、私がいうのもアレだけど、廊下を走るのは危ないよー」
「う、うる、さい。お、まえは、も・ど・れ!」
自分では走っているつもりでも、ほとんど足が前に進まない。
身体のコンディションはぼろぼろだが、桂馬の頭の中は、めまぐるしく回転を始めていた。
選択肢は既に絞られた。
残るは心を決めてトリガーをひくだけだ。
のるかそるか。
代償は、我が魂。
「歩美、ひとつ、頼まれてくれないか」
「――いいけど」
「とりあえず、タクシー呼んでくれ」
格好つけてみたものの、ヒーローがヒロインのピンチに颯爽と駆けつけるというわけにはいかず。
桂馬の体力は下駄箱にたどり着く前に、既に尽きていた。
498 = 471 :
6
「――臨時ニュースの続報です。本日午前九時ごろに舞島市西海岸付近で目撃された巨大生物ですが、
機動隊の制止に従わなかった為、現在実弾を用いての鎮圧を行っているとのことです。
え、今現場から中継が入った模様です。はい、現場の広瀬さん」
「はい、こちら現場の広瀬です。えー、聞こえますでしょうか。
ただいま実弾射撃の音が鳴り響いています。とても、国内のこととは思えません。
未確認巨大生物ですが、大きさは三十メートル程でしょうか、
とても現実の風景とは思えません。あー、機動隊の車両がですね、
道塞ぐようにして停めていた車両が、木の葉のように吹き飛ばされました。
えー、見えますでしょうか。燃えています、炎上しております。熱いです、非常に熱いです。
熱気がものすごいです。あ、あれ。機動隊の人たちでしょうか。こちらに下がっております、下がって来てます。
退却、です。退却の声が聞こえます。あー、あれは――」
「えー、広瀬さん? 広瀬さん? 映像と音が、広瀬さん?」
「――大変失礼しました。現場はただいま、混乱しております。撮影もままならない状況です」
「映像がまったく映らないんですけど、広瀬さん。スタジオの声繋がっていますでしょうか?」
「――え、広瀬です。音声のみ繋がるようです。先程の衝撃で、機材が一部故障した模様です。
現在の情報は音声のみで送らせていただきます。
あー、あれはなんでしょう!? 少年です! 高校生でしょうか?
学生服を来た少年が、未確認に近づいております。危険です。完全に危険です! 警察は、機動隊は何をやっているのでしょうか?」
「広瀬さん! 現場に高校生が紛れこんでいるって本当でしょうか? 広瀬さん?」
――しばらく、おまちください。
499 = 471 :
7
「お客さん、これ以上はちょっと行けませんね」
桂馬は無言で支払いを済ませると、車両から降りてざわめきの群れに近づいた。
報道関係と話を聞きつけてきた野次馬が渾然一体となった壁を作り出している。
人壁の一番最先端には警察が規制を敷いており、通常のやり方では通り抜けるのは不可能そうだ。
どうしたものか、と首を傾げたその時、桂馬は既に壁を越える必要性を失った。
即ち――。
「確かにこれは、ラスボス並だが。ここからは、ボクのターンだ。好きなようにやらせてもらうぞ」
古悪魔はそびえる山のように巨大だった。
その怪物の足元の辺りで、ちょこまかと機動隊員が散発的に、ニューナンブM60やS&WM37で抵抗を試みているが、
いずれも悪魔が脚を一振りするたびに蹴散らかされていく。
ライオットシールドが木の葉のように跳ね飛ばされていくのが見えた。
「おい、エルシィ、ボクだ!! 目を覚ませ!!」
500 = 471 :
桂馬は、引いて行く隊員の波に逆らうようにして、車道から堤防を駆け下りると、砂浜を抜き去って接近する。
「――お、い」
目の前を巨木のような怪物の脚が貫いた。吹き上げた砂が、注ぐようにして全身に降りかかる。
怪物の脚は、巨大な削岩機だ。
一撃を受けただけで即死するだろう。砂浜にぽっかりとあいた、人間一人を飲み込む大穴がそれを物語っていた。
この怪物にエルシィの意識が残っているのだろうか。
もしかしたら、自分はまったく無意味なことをしているのかもしれない。
「こんな無理ゲー、普通なら積みだろう」
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