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    元スレエルシィ「私の神にーさまがコミュニケーション不全なわけない」

    SS+覧 / PC版 /
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    タグ : - エルシィ + - エルシー + - ベジータ + - 九条月夜 + - 五位堂結 + - 桂木桂馬 + - 桂馬 + - 神のみぞ知るセカイ + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    251 = 250 :

    桂馬「返事しろって、なあ」

    二階堂「――で、あるからして」

    桂馬「次の休み時間はちょっと忙しいんだ。なぁ、話し合おう。ボクと君の美しいセカイについて」

    モブ子「せ、先生。桂木くんがうるさいんですけど、注意してください」

    クラスメイト「「「「「「よくいった!!」」」」」

    二階堂「桂木? そんなやつは私の目には映らん」

    252 = 250 :

    モブ子「え?」

    二階堂「桂木はゲーム脳をこじらせて死にました」

    二階堂「――で、このページの主人公の心情だが」

    モブ子「……(それでいいんかい!)」

    桂馬「おい、せめて顔だけでも見せてくれよ! なぁ」ガチャガチャガチャ

    子1「ねえ、ちょっと冗談じゃなく気色悪いんだけど。アンタ、席変わりなさいよ」

    子2「いや、いやいやいや! それはない、それはないよ!」

    子3「ヤバイって……あいつ」

    子1「狂ってるよ」

    253 = 250 :

    歩美「……ばか」

    ちひろ「ゲーム脳が」

     そして昼休みになった。一向に月夜の機嫌は直る気配が見受けられない。

     画面上には、小奇麗な部屋と、毛布にくるまった彼女の頭が僅かに見えているだけだ。

    桂馬「おい、月夜。おーい」

    月夜『現在月夜は出かけておりますので、お返事することは出来ないのです』

    桂馬「……」

    桂馬「月夜、ぺったん、ぺったんたん」

    桂馬「月夜の胸は大草原の小さな双半球」

    月夜『アグネスと都知事に通報します』

     聞こえてるじゃん。

    254 = 250 :

    エルシィ「にーさま、さっきの授業はちょっと際立ちすぎていましたが」

    桂馬「ささいなことは気にするな。……よし、来たな」

     教室の出入り口に、結と美生の姿を確認して、ボクは腰を上げた。

    桂馬「エルシィ、例の羽衣人形で誤魔化しておいてくれ。ボクは屋上に行く」

    エルシィ「任せてください、にーさま」

     月夜と初めて会った屋上に向かいながら、総括を始める。

     まず、第一点として、消えていた敷物が戻っていた事。

    255 = 250 :

     あれは外界を拒絶するココロの隙間を表す最もたるものだった。 

     つまりは、一度埋まった隙間が再び血を流している、彼女の痛みを表している。そう解釈できる。

     つまりは彼女の周りで、確実に隙間の広がるような何かがあった。

     昨夜のエルシィの調査の結果、彼女の身辺で何かあった、という明白な事実は洗い出す事が出来なかった。

     おそらく本人自身のメンタルに関わることなのだろうが、こういう表に出ない程度のものは、一番気づきにくく解決しにくい。

     直接ぶつかって確かめるしかない。

     第二点として、記憶の保持。

     消された筈のモノが完全に復元しているのか。それとも、彼女が当たりなのか。

     ――月夜の中に女神がいるのか。

    桂馬「そんなにボクのこと許せないか」

    256 = 250 :

    月夜『……』

    桂馬「また、だんまりか。じゃ、これだけは教えてくれ。昨日、お前の家に電話した時、どうして自分の母親にあんなこといったんだ」

    月夜『……』

    桂馬「友達の家に泊まるから、当分家には帰らないって」

    桂馬「エルシィが居たから上手く誤魔化せたけど、男の家に泊まるなんていったら絶対許さなかっただろうな」

    月夜『……心配なんてするわけありません』

    月夜『桂馬、覚えてますか。私が小さくなった時のこと』

    月夜『ママは仕事がいそがしいのです。連絡さえ入れておけばいちいち騒ぎませんよ』

    桂馬「……月夜」

    月夜『ママはデザインで手一杯。私に構う暇があったら、マネキンに着せる服を一着でも多く考えたいのですよ』

     月夜の人形に対する異常なまでの執着。ボクは気にならないが、高校生になってまでアレを持ち歩くのは、正直なトコロ異常だろう。

     こいつの隙間は人間に対する憎悪だけだと思っていたが……。

    257 = 250 :

    桂馬「よし」

    桂馬「月夜、放課後、ボクと出かけよう」

    月夜『え?」

    桂馬「美しいもの、探しにいこう」

    桂馬「約束しただろ? 約束は必ず履行する。それがボクのポリシーだ」

    月夜『桂馬……』

    桂馬「君をデートに誘いたい。受けてくれるだろうか」

    月夜『……』

     それは本当にかすかな動きではあったが、彼女がしっかり首を縦に振るのがちゃんと見えた。

    258 :

    『教室』

    美生「なによ、やけに無口じゃない」

    羽衣人形「……」

    美生「箸の進みも遅いし。どうしたの? おなかでも痛いの?」

    エルシィ「そーですか? あはは、にーさまおなかがすいて元気がないのかもしれません」

    エルシィ「たくさん、食べれば元気になりますよー」

    「じーっ」

    「……ねぇ、これって」

    エルシィ「あーっ、窓の外に空飛ぶ鯨がーっ!」

    「え?」

    美生「え?」

     一瞬の隙を突いて、羽衣人形と入れ替わる。

    桂馬「ふぅ」

    「あ、あれ桂木くん。なんか、妙に存在感がはっきりしたというか」

    桂馬「面白いこというな、お前は」

    「あれ、あれ?」

    259 = 258 :

    美生「なによ、本当におなかがすいてたの?」

    桂馬「そうだよ」

    エルシィ「さー、細かいことは気にせず食事を続けましょう」

     なにやら納得がいかない、という思案顔の結を無視し、遅い昼食を始める。

     ちなみに、ボクは食にほとんどこだわりが無い。そもそも食べる、という行為自体時間の無駄なような気がしてならない。

     エルシィが一食ゆっくり噛み込んでいる間に、ゲームなら一人は攻略してるぞ。

    「その、このサンドイッチどうかな」

    桂馬「ああ」

     もくもくと平らげるボクの顔を深刻な目つきで眺める結。

     なんだよ、お前がくれたんだろーが。

    260 = 258 :

    「口に合わなかったな」

    桂馬「いや、だったらそういってる」

    「ふ、ふーん」

    エルシィ「にーさまは、いいたいこと黙ってられない性格ですから」

    美生「ね、ねえ。その、庶民は好き嫌いとかある?」

    桂馬「ボクは甘いものは嫌いだ」

    エルシィ「ふふっ」

     なんだ、こいつ含み笑いしやがって。

    261 = 258 :

    美生「へ、へーぇ」

    「ちなみに、このサンドイッチはボクが作ってきたんだ」

    美生「くっ、家庭的ね。でも、私だってそのくらい……」

    桂馬「結が?」

    「そんな、たいしたことないよ。その、ジロジロ見ないでくれないかな」

    桂馬「ふーん、手料理ね」

    エルシィ「ちなみににーさまのお弁当は私が毎日作ってまーす」

    美生「け、献身的じゃない」

    「やるじゃないか。愛されてるね、桂木くんは」

    エルシィ「あ、愛だなんて、そんな。私とにーさまは」キャッ

    桂馬「お前は、もう少し食べれるものをつくれ」

    エルシィ「そんないいかたしなくてもー」

    「ははっ、褒めてあげなよ」

    262 = 258 :

    エルシィ「どきどき」

    桂馬「……じーっ」

    桂馬「ボクは褒めて伸ばさない。叩いて鍛えるタイプなんだ」

    エルシィ「がーん」

    「あははっ」

    美生「オムそばパンもいいものよっ。一個百円だし」

    263 = 258 :

    桂馬「ひとつくれ」

    美生「しょーがないわね、恵んであげるわ」

    エルシィ「にーさまぁ」

    桂馬「だああっ、いちいち泣くなっ」

     このような凡百にある日常パートに歯を浮かせつつ、昼休みは終わった。

    「ねえ、桂木くん。明日もいっしょに昼食を取らせてもらっていいかな」

    「ねえ、美生」

    美生「え、まあ、結がそーしたいっていうのなら別に私は」

    264 = 258 :

    それは、こちらとしても好都合である。

    桂馬「ああ、いいよ」

    「それと、明日は桂木くんのお昼、ボクが作ってこようか! いいよね、友達だし」

    美生「えっ!?」

    「なにかな」

    美生「……なんでもないです」

     背後に気配を感じ、振り向く。そこには獣が居た。

    歩美「……」

    ちひろ「……」

     どーでもいいが、お前の親友たちが人を五、六人殺してそうな目つきでこっちを睨んでいるのだが。

    あっちはいいのか?とりあえず、見なかったことにしよう。

    265 = 258 :

    『放課後、デゼニーシー』

    桂馬「というわけで、なるさわ市のデゼニーシーにやってきました」

    桂馬「あと、前回の経験を踏まえて五時以降は割安になるらしい」

    桂馬「財布にもやさしいしね」

    月夜『桂馬、私デゼニーシーってはじめて来ました』

    266 = 258 :

    月夜『もちろん、男の人とふたりで、って意味ですけど』

    桂馬「そうか。じゃあ、今日はしっかり楽しんでくれ」

    カップル「あいつ、ゲームのキャラと喋ってんぜ」

    カップル「やだー、超キモーい」

    オタA「ふひひ。同士発見。でも、ボキの嫁は抱きマクラ。あの眼鏡クオリティ低ス」

    月夜『桂馬』

    桂馬「雑音など気にするな、ボクラはいつもいっしょだ」

    月夜『エスコートは任せます』

    桂馬「そうだな、とりあえず無難に最初は、コーヒーカップで決めよう」

     ボクは月夜の映し出されたPFPを抱きかかえると、カップに着座する。

     しかし、これを最初に考えたやつはどういう脳の構造をしているんだろうか。

     中央のハンドルを回すと回転数が早まるなんて脱帽だ。

    267 = 258 :

    月夜『桂馬、少し回しすぎでは?』

    桂馬「はは、このくらいで、月夜もたいしたことないな」

    月夜『むかっ』

    月夜「いいでしょう、最大限までやりなさい』

    桂馬「後悔するぞ、いいのか?」

    月夜『後悔するのは桂馬だけ、なのです』

    桂馬「その言葉、ボクに対する挑戦と見た! いくぞっ」

    268 = 258 :

     それ、ぐーるぐーる、ぐーるぐーる、ぐーるぐーる。

     ぐーる、ぐーる。

     ぐーる、ぐる。

     ……。

     …。

    269 = 258 :

    桂馬「ぐえぇ、まわしすぎた」

    桂馬「これは、三半規管に来るな」

     胃がでんぐり返りそうだ。

    月夜『だいじょうぶですか、少し休みますか?』おろおろ

    桂馬「ふっ、神に休息など必要ないわ、次は、そうだこれにしよう」

    桂馬「イッツ・ア・ショート・ワールド」

    月夜『版権的にはデリケートな場所ですね』

     こまけえこたぁいいんだ、というところか。ボクらは、さっそうと最小世界に乗り込んだ。

    270 = 258 :

    桂馬「ふたりです」

    係員「へ?」

    桂馬「ふたりでお願いします」

    係員(ああ、そうかかわいそうな子なのか)

     ボートに乗って河下りをしながら、世界各国を回るアトラクション。

     いろんな民族衣装を着た人形やらギミックやらに、月夜も目を細め大満足だ。

    月夜『わあ』

    月夜『いいものですね』

    桂馬「そうだな」

    月夜『あ、見て見て桂馬。あの子の衣装、ルナとそっくりです!』

    桂馬「著作権侵害だな、訴えよう」

    月夜『あは、桂馬ったら』

    271 = 258 :

     なんとなくしみじみしてしまった。しばらくたつと、ちょっとした暗がりに入る。

     ここぞとばかりに、前の席のカップルがキスをし始めた。

     サカってますね。リアルってやつは風情がなくて困るよ。

    月夜『ね、桂馬』

    桂馬「どうしたんだ……」

    272 = 258 :

     声に気づき画面に視線を落とすと、月夜が恥ずかしげに目を伏せ、小鳥のように口をちょんと突き出しているのが見えた。

     んー、深く考えなくてもいいか。

     ボクは、PFPを持ち帰ると、画面の月夜に自分の唇を合わせた。

     そっと離れると、画面上のアニ月夜が頬を上記させてこちらを見ていた。

    月夜『ふふ』

    桂馬「んー、そろそろ終わりかな」

    月夜『桂馬、かわいいです』

    桂馬「なんだよ、それ」

     このあと、ボクと月夜は順調にイベントをこなしていった。

     すなわち空飛ぶ象に乗ったり、機関車に乗ったり、絶叫マシーンに乗ったりした。月並みだな。

    273 = 258 :

    桂馬「最後に観覧車にでも乗ろうか」

    月夜『意外と、ロマンチストなのですね』

    桂馬「なんかいったか?」

     パスの終了時間もあと少しである。のんべんだらりと列に待っていると、後ろから声を掛けられた。

    カップル「あのー、大変申し訳ないんですけど、順番譲ってもらえませんか?」

    カップル「その、実はパスの時間がギリなんで、最後にこいつと乗りたいんです」

    カップル「おねがいします」

    係員「譲ってやりなよ、兄ちゃん」

    274 = 258 :

     だが、それはこちらとて同じ事。

     ここで譲って次の周回グループに回ってしまうと、

     月夜から悩みの話を聞きだしていくルートを変更せざるを得ない状況になってしまう。

    桂馬「時間が無いのはこっちもだ」

    桂馬「あいにくだが、ダメだ。ボクにも連れがいる」

    カップル「え、どこに?」

    桂馬「ボクの彼女は、いつでもこの中に居る!」

    係員「……」

    275 = 258 :

    カップル「……」

    カップル「……」

    係員「あのな、兄ちゃん。兄ちゃんはオタクってやつか? 
    アベックに嫉妬してるのかわからんけれども、そういう嫌がらせはやめたほうがいいぜ」

    係員「そんなんじゃ世の中通用しないぜ」

    野次馬「そーだ、そーだ譲ってやれよ!」

    野次馬B「オタクは巣に帰って、ゲームやってろやー!!」

     どうやら周囲の人間全てを敵に回してしまったようだ。これだから現実ってやつは。

    276 = 258 :

     どっちにしてもボクは引かないがな。ふははは。

    桂馬「黙れ!! なんといわれようと、この席は譲らない!」

     ゆーずーれ! ゆーずーれ! ゆーずーれ! ゆーずーれ!

     群集効果もあってか、怒号のような譲れコールが巻き起こる。

     怒声は、地を響かせ、空を割るようだ。

    月夜『も、もういいですよ。桂馬、いきましょう』

    桂馬「いやだ、譲らん」

    277 = 258 :

     気づけばほとんどつるし上げになっていた。

     引き倒され、小突き回される。ボクは月夜をしっかり胸に抱きしめると、自分の意思と理念を思った。

     最後まで、成し遂げよう。それだけを考えて、痛みに耐える。

     何の為に行うのか。何の為に貫くのか。

     迷う時期など元々無かった。ならば。

     強く立ち上がる。いつしか、人々はボクの形相を見て遠ざかっていた。

     係員にパスを見せる。痛む膝を無理やり叩き起こし、遊具に滑り込んだ。

    月夜『なんで、なんでそこまで』

     しゃくりあげる声。なんて、ボクらしくない。けど、代償を払った価値があると。

    月夜『馬鹿です、本当に』

     信じ、続けなければ、世の中に行えることなど何も無いのではないか。

    278 = 258 :

    桂馬「月夜、見て」

    月夜『わあ……』

     落ちていく夕日は、想像ほどではなかったように思える。

     燃えるような夕日が、山際の稜線へとゆっくりと落ち込んでいく。

     視界の隅々から黒と紅の混じったグラデーションが、境界線を塗りつぶしていく。

     目蓋を焼く、光量が最後の輝きを見せた。同時に、黒の世界が始まりを告げた。

     手に入れられるものは、ほんの少し。

     それでも人は、どうして進んで代償を払い続けようとするのだろうか。

    桂馬「世界は、美しくないかもしれない」

    月夜『桂馬、そんなことは』

    桂馬「それでもボクは、この風景を君に見せたかったんだ」

    月夜『ありがとう』

    月夜『あり、が、とう』

    桂馬「泣かないで欲しいよ。な」

    月夜『うん』

    月夜『桂馬に、聞いて欲しいのです』

    279 :

    神にーさんかっけーな

    280 :

    いやこれは迷惑だろ

    281 :

    食事が時間の無駄に思えるという点に激しく同意。
    そして更新感謝。

    282 :

    >>280
    迷惑であっても信じた者を頑固に通すその姿勢は尊敬する。
    真似はしたくないが。

    283 :

    にーさま……

    284 :

    いや、バスの時間確認してないほうが悪いだろw

    285 :

    これは時間考えて動かないほうが悪いだろww

    286 = 281 :


    お前ら、楽しくて時間を忘れた事が無いんだな。可哀想に

    287 :

    別に桂馬は空気読んでないだけで悪い所はないよね

    288 = 258 :

     月夜がまさに話しはじめようとした時、観覧車は地上に到達した。

    桂馬「なんて、タイミングの悪い」

    桂馬「話、歩きながらでもいい」

     月夜が画面の中で頷く。僅かに暗い目が光ったように見えた。

    桂馬「あ、れ」

     扉を開け、腰を上げると、妙に頭が重く感じる。

     視界がゆっくりと狭まっていく。

    289 = 258 :

     膝に、生暖かい物が落ちた感触。窓ガラスに自分の顔を覗き見ると、間抜けにも鼻から一筋の血が流れていた。

     意識が空転していく。眠りに落ちていく瞬間にも似た意識の喪失。

    桂馬「月夜、ごめ――」

     硬質な落下音と共に、理性を喪失した。





    ~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~

    290 = 258 :

     桂馬が倒れた。

     理解できない。私は、自分の口から吐き出される叫びを、どこか人事のように感じていた。

     何も感じないようにしてきた。意識を、感情をなるべく押し殺して生きてきたつもりだった。

    「桂馬、桂馬、しっかりして、ねえっ、ねえっ!!」

     何も答えない。横倒しになった彼の表情は、私の位置からは、まったく確かめられない。

    「誰か、誰か来てくださいっ、桂馬がっ、桂馬がっ」

     胸の奥が焼け焦げたようにちりちりする。

     今すぐ駆け寄って抱き起こして上げたかった。

     ここから出られれれば、通報することも助けを呼ぶことも出来るのに。

     ――ここから出る?

    291 = 258 :

     桂馬の身体も心配だったが、それ以上に私の意識を萎えさせたのは、この完璧な世界を捨ててしまう、という恐怖心だった。

    「あ――」

     少なくとも、この中に居れば、辛いことも悲しいことも無い。

     アノ人にも会わなくて済む。

     桂馬はなんだかんだいっても優しい。

     私をいつでも気にかけてくれるし、お姫様のように扱ってくれる。

     現実世界に戻ってしまえば、私は一日中誰とも口を利かない事だって当たり前だった。

     そんな世界に戻る。

     ルナとお月様だけが友達の、暗く冷たい世界。

     私をひとりの人間として、女の子として扱ってくれた桂馬。

    292 = 258 :

     今、その全てを失おうとしている。

     私と世界。

     セカイと桂馬。

     比べる意味などなかった。

     ――本当に必要だったのは。

    「にーさま、大丈夫ですか!!」

     私が呆然としている間に、彼の妹さんがどこからともなく駆けつけてきた。

     そこからは、流れるように救急隊員が駆けつけ、彼を病院に搬送していった。

    293 = 258 :

     私の胸の中を真っ黒な霧が覆っていく。 

     美しいものを見つけられなかったのは、結局私自身が醜いからだったからだ。

     両親の離婚。崩れ落ちていく世界。

     私がやって来たことは、過去を憎み、母と自分を捨て去っていった父を憎み、

     それから生活を支える為にがむしゃらになって働いてた母を蔑むことだけだった。

     感情の発露を動物的だと捉え、蔑み、孤高の住人を気取ることだけでしか、自分を慰めることが出来なかった。

    294 :

    貞子がくるぞー

    295 = 258 :

     ひとりぼっち世界が美しいわけが無い。

     物言わぬ人形が暖かいはずも無い。

     何のぬくもりの無い冷たい世界の月になって、冴え冴えと輝いたとしても。

     誰がその美しさに微笑んでくれるのだろうか。

     彼の母は、病院に急いで駆けつけると泣き出しそうな顔で終始うろたえていた。

     こころが、また強く軋んでいく。

     今日一日安静を言い渡され、彼の母親は心配そうに帰っていった。

    296 = 258 :

    「大丈夫ですよ、月夜さん。にーさまは、ちゃんとお医者様にみてもらって太鼓判押してもらいましたから」

     彼の妹は、私を気遣ってそういってくれた。

     彼女も私がこんな姿でも差別をしない、あたたかい人だった。

     自分がたまらなく恥ずかしい。

    「少し月を見たいのです。屋上に連れて行ってくれませんか」

     彼女は多くをいわず、私を大事そうに抱え、病院の屋上に据え付けてあるベンチにおいて去っていった。

     無理をいってひとりにさせてもらったのだ。

    「じゃあ、三十分たったら迎えに来ますので」

     空を眺める。分厚い黒雲が、幾層にも重なりあって辺りを覆っている。

     雨の降る気配は無いが、それゆえいっそう圧迫感が募った。
     
     風すら鳴りをひそめている。 

     世界は死に絶えている。そう感じた。

     じっと目を凝らし、闇を見つめ続ける。

     月はまだ見えない。

    297 = 258 :


    ~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~



    桂馬「エルシィか」

    エルシィ「はうっ、にーさまもう起きてだいじょーぶなんですか」

    桂馬「こんなもんはどうってことない」

    エルシィ「でも、傷が傷ですし。今日はとりあえず休んでくださいよ、ね」

    桂馬「そんな悠長に構えてる場合じゃない」

    桂馬「とっ、月夜の入ったPFPはどこなんだ」

    エルシィ「それなら屋上に。月が見たいって」

    桂馬「くそっ、なんてことだ。いくぞっ」

     ボクは頭の包帯を取り外すと、駆け出した。

    エルシィ「走っちゃだめですよー、にーさま」

    桂馬「いそげっ」

     屋上にたどり着く。

     心臓は早鐘のように打ち鳴らされ、頭の奥が爆発するように、ズキズキ痛んだ。

    エルシィ「あれ、屋上の扉が開いてる」

    298 = 258 :

    桂馬「これは……」

     ベンチにあるPFPを起動させる。そこには、通常の起動音と共にロゴが映し出され、月夜の姿は無かった。

     ベンチの下を見ると、床を黒くぬらした水の痕跡が残っていた。

     ボクは唇をかみ締めると、中指で眼鏡の位置を直した。

     ここが、最後の分岐だ。

    299 = 258 :

    エルシィ「あ、あれー。月夜さんがいませんよー!?」

     エルシィが慌てふためくのを見て少し冷静になる。

     なるほど。実はこいつ要所要所で役に立ってるな。

    エルシィ「どうしましょう、ねえどうしましょうにーさま!」

    桂馬「慌てるな、センサーを使えといつもいってるだろうが」

    エルシィ「あ、はい。――よかった、まだそんなに遠くへは行ってませんよ」

    エルシィ「けど、どーしてゲームから出られたのに黙って出て行っちゃったんでしょう」

    300 = 258 :

    桂馬「……」

     世界からの逃避。
     
     愛への枯渇。

     自己嫌悪。

     そして、母親への反発。

    桂馬「全てのフラグメントは収束した」

    桂馬「――エルシィ。見えたぞ、エンディングが」


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