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    元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」

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    351 = 1 :


    管区長「ふむ、それで?」

    勇者「恐怖に震える子供達、絶望した女性達。彼女等を救うには、それしかなかったのです」 

    勇者「罰せられるのを覚悟で、私は剣を振るいました。これは罪だと分かっていながら……」

    管区長「……素晴らしい」ブワッ

    勇者「(何泣いてんだ、気持ち悪ぃ)私を罰しないのですか?」

    管区長「貴方を罰するならば、我々もまた罰せられなければならない」

    勇者「何故です? 貴方に罪はないでしょう」

    管区長「いえ。我々はいるべき時にいなかった」

    管区長「そして、貴方は咎を背負う覚悟で剣を振るった。それを誰が責められましょう」

    勇者「(変わった奴だな)」

    管区長「貴方は全てを話した。彼等の語ったことと一切の矛盾もない。私も安心しましたよ」

    勇者「?」

    管区長「己を神だと勘違いしている輩だとしたら、例え勇者殿であろうと裁かなければならなかった」

    勇者「………」

    管区長「どうしたのですか? 随分と浮かない顔をしていますが……」

    352 = 1 :


    勇者「お話があるのです」

    管区長「ああ、そう言えば私に伝えたいことがあると言っていましたね。何でしょう?」

    勇者「これを……」

    管区長「………」カサッ

    勇者「………」

    管区長「何という侮辱。邪教徒、異端者めが……」

    勇者「管区長殿には、その者を捕らえる為に協力して頂きたいのです」

    管区長「それは構いませんが、この偉大なる印とは?」

    勇者「騎士団長代理から聞いていないのですか?」

    管区長「ええ、残念ながら何も……彼等は我々に対してあまり協力的ではないのですよ」

    勇者「そうですか。では、言葉で伝えるより見せた方が早いでしょう。失礼します」スルッ

    管区長「………」ゾクッ

    勇者「これは幼い頃に野盗によって押されたものです。手紙から分かるとは思いますが、犯人は何らかの理由で私を崇拝している」

    勇者「私を拘束すれば、犯人を誘き寄せることが出来るかもしれません」

    354 :


    管区長「………」

    勇者「(さて、どう出る)」

    管区長「勇者殿、自らその烙印を晒した貴方の勇気には頭が下がります。しかし!!」

    勇者「………」

    管区長「如何なる理由、如何なる過去、如何なる事情があろうと、それは今や異端の象徴」

    管区長「既にご存知かとは思いますが、我々修道騎士団の騎士三名が犠牲になっている」

    管区長「それも、貴方を神と崇める異端者の手によってです。この意味は分かりますね?」

    勇者「勿論です」

    管区長「宜しい。例え遠因であろうとも、あのような残虐性を持った異端を生んだが貴方の罪」

    管区長「そうである以上、私は貴方に対して協力することが出来なくなってしまった」

    管区長「本来であればこの区の司教に任せなければなりませんが事が事です。そこで……」

    管区長「我々修道騎士団。そして管区長たる私が、貴方に対して異端審問をしなければならない」

    勇者「覚悟の上です」

    管区長「潔し。直接ご協力はできませんが、異端者、邪教徒を炙り出すことはお任せ下さい」

    管区長「貴方の全てを利用し、忌まわしい異端者を炙り出し、この手で処刑します」

    管区長「その後、事の次第によっては貴方の処刑も検討されるでしょうが……ご容赦下さい」

    355 :

    お疲れ様

    356 :


    【#19】虜

    勇者「………」ジャラッ

    管区長「素晴らしい」

    管区長「貴方は実に協力的だ。これから何が行われるかを知りながら抵抗一つしなかった」

    管区長「感服します。私はこれまで、貴方のような人物を見たことは一度足りともない」

    管区長「此処へ連れられた者は大抵は泣き喚き、罵詈雑言を吐きながら暴れる。或いは自らが助かる為に他者を突き出します」

    勇者「罪は罪です。無様な真似はしませんよ」

    管区長「……その言葉、罪を認める心、協力的な姿勢、これまで尋問した者達に是非とも聞かせてやりたい」

    勇者「(この世にいねえのにどうやって聞かせるんだよボケが。頭に蛆でも湧いてんのか)」

    勇者「お褒め頂きありがとうございます。しかし、私を吊す必要はないと思いますよ?」

    管区長「鎖で吊したのは抵抗させない為です」

    管区長「しかし、勘違いしないで頂きたい。私は貴方が抵抗するなどとは微塵も思っていない」

    管区長「痛みによって身悶え、体を捩るような事があれば余計に痛みが増す。脚の重りもそうさせない為の処置です」

    管区長「終われば外しますので、ご容赦下さい」

    勇者「寛大な処置、感謝します」

    管区長「いえいえ。では、始めましょうか」ニコニコ

    勇者「(拷問好きか、変態か。それとも自分を真っ当だと思ってる異常者か。どれも最悪だな)」

    357 = 1 :


    勇者「ええ、どうぞ」

    管区長「いきなりで申し訳ありませんが、まずは肩口付近にある皮膚、烙印を削ぎ落とします」

    管区長「それが在るが故に異端者が生まれた。貴方を神と崇める輩が今後現れないとも限らない」

    勇者「芽を摘むというわけですか」

    管区長「その通りです。これは貴方の為でもある。その穢れ、私が取り除いて差し上げましょう」

    勇者「お願いします」ニコリ

    管区長「………」

    勇者「どうしました?」

    管区長「始める前にこのような事を話すのはどうかと思いますが、話しても宜しいですか?」

    勇者「(何だ急に)ええ、構いませんよ?」

    管区長「……貴方は実に美しい人間だ」

    管区長「彫刻家が細部まで計算して造り上げたような顔立ち、触れるのも躊躇われるような真白い肌、四肢に至る全てが芸術のように見える」

    勇者「………」

    管区長「貴方が如何に神に愛された者なのか、此処へ来て、やっと理解出来たような気がします」

    358 = 1 :


    勇者「私の裸体を見た方は皆そう言います」

    勇者「国王陛下も教皇猊下も、私を勇者だと認めた方々は皆、私の体を愛してくれました」

    勇者「これは誇張や自負でもない。単に事実として言っているので誤解なきようお願いします」

    管区長「……愛したとは?」

    勇者「私を抱いたということです」

    管区長「っ、申し訳ない。どうやら器具の手入れが出来ていないようです。少々お待ち下さい」

    勇者「分かりました」

    管区長「(抱いた?抱いたと言ったのか?)」カチャカチャ

    管区長「(あの体に触れ、あの体を思うがままに愛したというのか。まさか愛し合ったのか?)」

    管区長「(何だこれは?嫉妬か? いや、違う。これは嫉妬などではない。これは羨望だ。しかしーーー)」

    勇者「………」

    管区長「(しかし今は、私の物だ)お待たせして申し訳ありせん。では、始めましょう」

    勇者「お願いします」

    管区長「(この体に触れるのは私だけだ。誰にも触れさせはしない。この体に傷を付けるは私だ)」

    管区長「(今や、この焼き印を押した者さえ許し難い。この体を我が物とするなど許されない)」

    ザクッ ゾリッゾリッ

    管区長「(そう、許されないのだ。許されないからこそ、これ程までに愛おしい)」

    359 = 1 :


    勇者「………」

    管区長「(国王陛下だろうと教皇猊下だろうと、独占することは許されない)」

    管区長「(それを分かっているからこそ、お二人も手許に置くことはしなかったのだ。この、神の造り上げた芸術を……)」ザクッ

    ゾリゾリ ベリッ

    管区長「……ひとまず終わりました。どうです?」

    勇者「長年に渡るの苦痛から解放されたような感覚です。この痛みすら幸福に思います」ニコリ

    管区長「それは何よりです」ニコニコ

    管区長「(私は修道騎士団、管区長だ。私に邪な感情など一切ない。これは職務、触れるのは当然のことだ)」

    勇者「その烙印の皮膚は異端者の炙り出しに役立て下さい。私にはもう必要のないものですから」

    管区長「ええ、有効に活用しますよ」

    管区長「しかし、身動き一つしないとは驚きました。それも勇者の力、神の加護ですか?」

    勇者「いえ、痛みはあります」

    管区長「(削ぎを、耐えたというのか)貴方には非凡な力があると聞きますが?」

    勇者「ええ。ですが、それはあくまで魔物を倒す力であって……長くなりますが宜しいですか?」

    管区長「ええ、勿論です。お気になさらず。どうぞ、その先をお話し下さい」

    360 = 1 :


    勇者「この場で抵抗するのは容易い」

    勇者「しかしそれをしてしまったら、私だけの為に、私の都合で力を使ってしまうことになる」

    勇者「これは私に宿った力ですが、私個人の為に授けられた力ではない。私はそれを理解しています」

    管区長「…………」

    勇者「人々の中には怖れを抱く者もいますが、それは当然のことです。私はそれを受け入れている」

    勇者「私に対しる怖れも、この力に対する怖れも、その全てを受け入れています」

    管区長「貴方自身は?」

    管区長「立場上こんな質問はしたくはありませんが、加護を怖ろしいと感じたことは?」

    勇者「ただの一度もありません」

    勇者「周囲の恐怖、自身の恐怖、力への恐怖。そんなものに囚われて怖れを抱くのは恥です」

    勇者「忌み嫌われようと、畏怖の目で見られようと、疎まれ蔑まれようと、私は戦わなければならない」

    勇者「万が一、恐怖に囚われ己を見失うようなことになれば、私がこの手で自分を終わらせます」

    管区長「……貴方は、正に勇者と呼ぶに相応しい方だ」

    管区長「加護を授けられた神も、貴方を誇りに思っておられることでしょう」

    勇者「そうであるなら良いのですが……」

    管区長「異端者のことが気掛かりなのですね? 大丈夫です。後は私にお任せ下さい」

    管区長「しかし、異端者が現れるまで此処から出すことは出来ない。異端審問も終わることはない」

    勇者「はい、承知しています」

    管区長「……宜しい。では、続きを始めましょう。より確実に、異端者を炙り出す為に……」

    362 :


    【#20】偉大なる印

    管区長「ハァッ、ハァッ…」

    勇者「(……あれから何時間経った?)」

    勇者「(俺を気に入ったとこまでは良い。しかし、休みなし交代なしで続けるとは恐れ入る)」

    管区長「熱が入りすぎてしまいました。少し間を置きましょう。これでは貴方も保たない」

    勇者「……ありがとうございます」

    管区長「貴方の尋問は全て私がやります。他の者には一切手出しはさせませんので、ご安心下さい」ニコニコ

    勇者「(どうやら焚き付け過ぎたみたいだな)」

    勇者「(そういう質だとは思っていたが、これ程まで執心するとは思わなかった。目がいっちまってる)」

    コツコツ

    管区長「誰です」

    従士「私です。余りに遅いものですから、管区長に何かあったのかと心配で……!?」

    管区長「尋問中です。他の者も言っておきなさい、此処への立ち入りは厳禁すると」

    従士「り、了解しました」

    管区長「ああ、待ちなさい」

    従士「はっ、何でしょう」

    管区長「この板に、これを打ち付けておきなさい。そこにある勇者殿の手紙と一緒に」

    363 = 1 :


    従士「うっ…これは」

    管区長「それは異端の象徴、勇者殿から削り取ったものです。それを全ての騎士に見せなさい」

    管区長「修道騎士団、北の騎士団問わず、全ての騎士に見せるのです。踏み絵にして構いません」

    管区長「応じなかった者は全て捕らえなさい。これも、修道騎士団、北の騎士団問わずです」

    従士「…………」クラッ

    勇者「(何だ?)」

    管区長「聞いているのですか?」

    従士「はい、速やかに全騎士に見せます」

    従士「踏み絵に応じなかった者は異端者は見なして拘束します。命令は以上ですか」

    管区長「ええ、以上です。行きなさい」

    従士「はい。では、失礼します」

    コツコツ

    勇者「(気のせいか? いや、一瞬だが確かに空気が変わった)」

    勇者「(魔力は感じなかったってことは魔術じゃない。それに、満月まではまだ日がある。だとしたら、さっきの違和感は何だ……)」

    364 = 1 :


    管区長「勇者殿」

    勇者「……何です?」

    管区長「貴方は鞭で打たれたことがありますね? 背中の古傷からもそれが見て取れる」

    勇者「ええ、幼い頃に。それが何か?」

    管区長「貴方に傷を負わせたのはどのような輩ですか? どのようにして痛め付けられました?」

    勇者「(嫉妬か。聖職者が呆れるぜ)」

    勇者「(修道騎士団に身を置いてなけりゃあ、ただの拷問好きの変態野郎じゃねえか)」

    管区長「答えて下さい」

    勇者「焼き鏝、鞭打ち、拘束、水責め。心得がある人物だったようで執拗に拷問されました」

    勇者「食事を与えられたかと思えば、何も与えられない時もありました。思い出せるのはこれくらいです」

    管区長「他にもあるでしょう」ズイッ

    勇者「………両親が死ぬところを見ました。その頃に親しかった人物が苦しむ姿も」

    管区長「そうですかそうですか。では、これを装着した経験はないということですね。安心しました」

    365 = 1 :


    勇者「……それは?」

    管区長「対象の睡眠を妨げ、自白しやすい状態にするものです。異端者の突き匙、異端者の肉叉とも言われています」

    勇者「(楽しそうなツラしやがって……)」

    管区長「まず、天井に吊した状態でこれを装着させる」

    管区長「眠ろうとすると頭が下がる。頭が下がれば咽か胸に突起が刺さり激痛が走る。という仕組みです」

    勇者「異端者との関与を疑っていると?」

    管区長「私自身、その可能性は低いと考えています。私に異端者からの手紙を見せていますからね」

    管区長「しかし、これは異端審問です。あらゆる可能性を考慮し、あらゆることをしなければならない」

    管区長「貴方の潔白を証明する為にも、今夜からはこれを装着してもらおうかと考えています」

    勇者「(何を言ってやがる。結局はお前がやりたいだけだろうが……?)」

    コツコツ

    従士「………」

    管区長「立ち入りは厳禁だと言ったはずですよ。異端者は捕らえたのですか?」

    従士「はい、今から捕らえます。私一人では手に負えないので他の者達も呼んで来ました」

    366 :


    従士「皆、神を救うのだ。異端者を捕らえろ」

    ゾロゾロ

    管区長「一体何をーーー」

    従士「嗚呼、我が神よ。何故です。何故、月が満ちるまで待って下さらなかったのですか……」

    勇者「……お前は」

    従士「我等は殉教者。此処にいる全員が殉教を望む者です。我が主よ、今、お救い致します」

    ゾブッ

    従士「………ゴフッ」

    管区長「……その様子、どうやら惑わされたようですね。残念ですが仕方がありません」グイッ

    ガシッ

    管区長「!?」

    勇者「(刃を素手で……)」

    従士「武器は封じた。この異端者を、異教徒を捕らえよ。神の救出後、速やかに異端審問を行う」

    >>了解
    >>了解
    >>了解
    >>了解

    管区長「目を覚ましなさい。悪魔に惑わされてはなりませーーー」

    ゴキャッ ドガッ ゴシャッ

    勇者「(何だ、何が起きてる? あの騎士連中、どいつもこいつも目に光がねえ。この短時間で何がーーー)」

    チクッ

    勇者「なっ…んだ……」

    従士「主よ、まずは傷を癒やさなければなりません。暫しの間はお休み下さい。何も考えることはありません」

    従士「我等は既に修道騎士団と北の騎士団を掌握しております。何も心配は要りません」

    従士「後は、貴方を堕落させた女を始末するのみです。月が満ちる時を、貴方に会える時を、心よりお待ちしております」

    369 :


    【#21】戯曲の時

    僧侶「…………」ゴロゴロ

    僧侶「(あの人は今頃どうしているんだろう。尋問されているとしたら、今も続いているのかな)」

    僧侶「(ここ数年の異端審問は激しさを増し、各方面からは残忍だとして問題視されている)」

    僧侶「(でも、あの人は勇者だ。国王陛下、教皇猊下及び教皇庁によって正式に認定されている)」

    僧侶「(それを鑑みれば、そこまで酷い扱いは受けないはずだ。修道騎士団とは言え、そこまでの権限はない)」

    僧侶「(もし仮に不当な扱いを受けたなら、この区域を担当する修道騎士団の立場が危うくなる)」

    僧侶「(あの人はそれを分かった上で、あの手紙を管区長に見せると言ったんだ。だから、きっと大丈夫)」

    僧侶「(……大丈夫だと思いたい。そうだと信じたい。だけど、どうしようもなく不安になる)」

    僧侶「………」ギュゥ

    僧侶「(今思えば、あの人と旅に出てから一人になったことはなかった)」

    僧侶「(ほんの数日前までは喧嘩してばかりだったけど、それでも一日たりと離れたことはなかった)」

    僧侶「(馬鹿だ阿呆だ足手まといだと言いながら、私を見捨てようとしたことは一度もない)」

    僧侶「(眠らずに見張りをして、戦って庇って傷付いて悪態ついて、それでも私を見放さなかった)」

    僧侶「(……あの人の言う通り、私はバカだ)」

    僧侶「(バカで、ガキだ。今更になって、一人になって初めて気が付いた。ずっと守られていたということに)」

    370 = 1 :


    僧侶「……せめて、安否を知りたい」

    勇者『いいか、お前は何があっても動くな。事の発端は俺だ。これは俺が終わらせる』

    僧侶「(っ、ダメだ。耐えなきゃ)」

    僧侶「(これはあの人が決めたことだ。私が行って余計な面倒を起こしたら全てが台無しになる)」

    僧侶「(それにきっと、今はその時じゃない。明確な何かが起きるはずだ。それまでは……?)」

    コンコンッ

    僧侶「だ、誰ですか!?」

    騎士「僧侶様、私です!!」

    僧侶「騎士さん!? どうしたんです!?」

    騎士「申し訳ありませんが中に入れて頂けませんか、追っ手が来るかもしれない」

    僧侶「追っ手? わ、分かりました。どうぞ」カチリ

    騎士「急に押し掛けて申し訳ない。ですが、緊急事態なのです。騎士団内で反乱が起きました」

    僧侶「反乱!?」

    騎士「いや、あれを反乱と呼ぶべきかどうかも分からない。まるで何かに取り憑かれているようでした」

    僧侶「(震えてる。余程怖ろしいものを見たんだ。そうでなかったら、ここまで怯えるはずがない)」

    僧侶「あの、まずは落ち着いて下さい。騎士団内で何が起きたんですか?」

    騎士「も、申し訳ない。少し呼吸を整えます」

    371 = 1 :


    僧侶「………話せますか?」

    騎士「ええ、もう大丈夫です。現状をお話しします」

    僧侶「………お願いします」

    騎士「……つい先程、管区長の警護を担当する従士が教会内の騎士全員を呼び出しました」

    騎士「これは管区長の命だと言って、修道騎士団と我々北の騎士団を含めた全員をです」

    僧侶「……どうなったんです?」

    騎士「彼は手に何かを持っていました。遠くからで見えませんでしたが、看板のようなものだったと思います」

    僧侶「看板……」

    騎士「ええ。そしてそれを見た途端、彼の周囲にいた騎士が一斉に地下へと向かったのです」

    騎士「後から看板を見たと思われる騎士も同様です。皆一様に地下へと向かって行きました」

    騎士「まるで以前から訓練していたかのような、統率の取れた動きで……気味悪さを覚える程でした」

    僧侶「……地下には何があるのですか?」

    騎士「牢獄です。更に下層へ行くと尋問部屋……異端審問を行う拷問部屋があります」

    騎士「教会内が騒然とする中、勇者様が今朝方、管区長と共に地下へ向かったという情報を聞きました」

    僧侶「か、彼等は何を?」

    騎士「彼等はすぐに地下から現れました」

    騎士「拷問によって傷付いたと思われる勇者様を寝台に寝かせて担ぎ上げ、暴れ狂う管区長を引き摺りながら……」

    372 = 1 :


    僧侶「!!」

    騎士「それから修道騎士団、北の騎士団、双方入り乱れて争い始めたのです」

    騎士「最早、誰が正気で誰が錯乱しているのかさえ分からない状態でした」

    僧侶「あの、争い始めた理由は分かりますか?」

    騎士「……神……」

    僧侶「えっ?」

    騎士「地下へ向かった者達は皆一様に、勇者様を神と言っていました。神を救うのだと」

    騎士「そこから、管区長を助けようとする騎士と錯乱した騎士とで争い始めました」

    僧侶「………神。殉教者」

    騎士「ええ、私もそう考えていました。おそらくは従士が何かをしたのだと思います」

    僧侶「(管区長の従士が殉教者?)」

    僧侶「では、他の方々は何らかの魔術、或いは暗示のようなもので操られているのでは?」

    騎士「操られているとしても危険なことに変わりはありません。あのままでは勇者様に何が起こるか分からない」

    373 = 1 :


    僧侶「他には何か気付いたことはありますか?」

    騎士「残念ながら、そこから先は覚えていません。私は正気を保っている部下と共に命からがら教会から脱出しました」

    騎士「ただ一つ確かなことは、今教会内にいるのは正気を失った者だけだということです」

    僧侶「………」

    騎士「今現在、私の部下が正気を保っている騎士を集めています」

    騎士「極めて不利な状況ですが、街全体に混乱が広がる前に事態を沈静化しなければならない」

    騎士「そして勇者様の救出、管区長も救出しなければらない。そこで、僧侶様にも力を貸して頂きたいのです」

    僧侶「(……その時だ)」

    僧侶「分かりました。お役に立てるかどうか分かりませんが精一杯やってみます」

    騎士「ありがとうございます。では早速参りましょう。早く止めなければ何をするか分からない」

    僧侶「んっしょ……行きましょう」

    騎士「あの、それは確か勇者様の武器。金砕棒でしたか? そんなものを背負って大丈夫ですか?」

    僧侶「はい、少しばかり細工を施しているので平気です。それに、剣はあまり使いたくはないので……」

    騎士「直接戦わずとも僧侶様は魔術……失礼、術法による後方支援さえして頂ければーーー」

    僧侶「いえ。戦の状況によっては術法を行使出来ないかもしれませんから……」

    騎士「……分かりました。では参りましょう。部下もそろそろ準備が出来たと思いますので」

    僧侶「はい」

    ザッ

    僧侶「(戦わないとあの人が死ぬ。誰も傷付けたくなんかないし、私だって傷付きたくない)」

    僧侶「(だけど、戦うことでしか救えないのなら戦うしかない。そうですよね……)」ギュッ

    374 = 1 :


    【#22】暗夜の火

    >>此方です。

    騎士「分かった。僧侶様、此処から迂回して教会へ向かいます。離れないで下さい」

    僧侶「分かりました」

    騎士「それから、教会までの戦闘は避けられたとしても教会に入れば戦闘は避けられない。それだけは覚悟しておいて下さい」

    僧侶「はい」ギュッ

    騎士「では、行きましょう」

    タッタッタ

    僧侶「あ、ちょっと止まって下さい。広場の方に灯りが見えます。人も集まっているみたいです」

    騎士「そんな馬鹿な。住民には家から出ないようにと呼び掛けたはずなのに……?」

    >>これは何の騒ぎだ?
    >>修道騎士団から悪魔憑きが出たらしい。

    >>おいおい冗談だろ、あれは管区長じゃないか
    >>管区長が悪魔憑き? そんな馬鹿な……

    従士「静粛に」

    従士「この者は管区長という立場にありながら大罪を犯した。あの勇者様を拷問したのだ」

    ザワザワ

    従士「己の立場を利用し、私的欲求を満たそうとした。拷問に興奮を覚えたとも自供している」

    従士「我々は修道騎士団だ。信仰に身を捧げ、異端者及び悪魔と戦うのが我々の役目である」

    従士「その役目を放棄し、己の欲求を満たす為だけに拷問するなど到底赦されるものではない」

    従士「この件は教皇猊下及び教皇庁に報告する。そうなれば我々も裁かれるだろう」

    従士「しかしその前に、栄誉ある修道騎士団の名を汚した大罪人を処刑しなければならない」

    375 = 1 :


    従士「他ならぬ、我々の手で」

    管区長「待て! これはでっち上げだ!!」

    管区長「この者達こそが悪魔に惑わされているのです!! 惑わされてはなりまーーー」

    従士「悪魔憑きと呼ばれた者は、皆そう言います。そうでしょう、管区長殿?」ニコリ

    管区長「ッ!!」

    従士「ではこれより、この者を火刑に処す!!」

    ザッ

    騎士「それが真実だとしても、従士である貴方にそんな権限はないはずです」

    従士「……これはこれは北の騎士団長代理。そうは言いますが、私達以外に裁く者はいない」

    騎士「ならば書簡を送り、裁量は教皇庁に任せるべきです」

    従士「黙れ!!」

    従士「この者は私の神を穢した大罪人!! 私の信仰、私の神、私の全てを穢した!!」

    僧侶「(め、目が血走ってる。正気じゃない)」

    騎士「住民の皆さん、今すぐにこの場から離れて下さい!!」

    >>な、何が何だか分からないが逃げようぜ!
    >>騎士団内でいざこざかよ!勘弁してくれ!!

    >>は、早く行きましょう!巻き込まれるわ!
    >>皆、早く逃げろ!巻き込まれるぞ!!

    騎士「まずは此処にいる騎士達を拘束し、管区長殿を救い出す。皆、行くぞ!!」ジャキッ

    376 = 1 :


    騎士「陣形が整う前に抑えろ!!」

    ガキンッ ガキンッ

    従士「面倒なことを……貴方達は此処で彼等の足止めをしなさい。私は先に神の許へ行く」ザッ

    騎士「ッ、僧侶様、奴の後を追って下さい!! 彼等は私達が引き受けます!!」

    僧侶「は、はいっ!」

    タッタッタ

    騎士「怯むな、続け!!」

    騎士「彼等は操られている!出来るだけ急所は狙うな!武器を狙って無力化しろ!!」

    ガキンッ ガキンッ

    騎士「…………もう行ったかな?」

    騎士「よし、もう姿は見えないですね。そろそろ大丈夫でしょう………はい終わり」パンッ

    シーン

    騎士「さあ皆、下らないお芝居はもう終わり。武器なんかさっさと下ろして、そいつを燃やしましょう」

    管区長「な、何を言ってーーー」

    騎士「もう演じる必要はなくなった。貴方に従うこともない。実に晴れ晴れとした気分です」

    騎士「ああ、今回の一件は修道騎士団の一大不祥事として教皇庁に報告させて頂きます」

    377 = 1 :


    管区長「……まさか、まさか貴様」

    騎士「ふふっ。ええ、そうですよ?」

    騎士「お考えの通り、私が夢魔事件の首謀者。勇者様を、偉大なる神を崇拝する殉教者です」ニコリ

    管区長「っ、目を覚ましなさい!悪魔はそこにいるのです!! この者を裁くのです!!」

    騎士「何を言っても無駄ですよ? 今の彼等には貴方こそが異端者として映っていますから」

    騎士「そして、この私こそが神だと信じている。修道騎士団にとって神の命は絶対でしょう?」

    管区長「神?神だと!? 貴様、私の前で神を騙るか!!」

    騎士「事実、神ですからね。ほら」スルッ

    管区長「そ、その烙印はーーー」

    騎士「ええ、お揃いです。偉大なる神の印」

    騎士「ふふっ、どうですか?羨ましいでしょう? しかし、私には貴方の方が羨ましい」

    騎士「髪の毛はどうでした? 肌触りは? 唇の感触や指先の滑らかさは? 鞭打つ感覚は堪らなかったでしょう?」

    管区長「そんなものは感じない」

    騎士「隠しても無駄ですよ? 貴方の汗から匂うのは男女が交わる時のそれです」

    378 = 1 :


    管区長「な、何を馬鹿な……」

    騎士「まあ、どちらでもいいですけどね」

    騎士「ただ、私より先に神に触れ、あろうことか傷付けたのは赦せない。予定通り火刑に処します」

    騎士「さあ、やりなさい」

    >>了解
    >>了解

    管区長「や、やめなさーーー」
    ボウッ ゴォォォォッ

    管区長「ヒッ…いぎゃあああああああ!!!」

    騎士「おや、どうしました?」

    騎士「今こそ祈る時ですよ管区長殿。信仰を貫き、神に助けを求めてはどうですか?」

    騎士「神よ、神よ、神よ。いつも飽きるほど言っているでしょう。ほら、高らかに呼んで下さい」

    管区長「ハッ…かっ…アアアアアア!!?」

    騎士「そうだ、苦しみに喘げ」

    騎士「これまで貴方が燃やした者達と同じように、救いを求めて死ぬがいい。神を呪いながら」

    管区長「かっ…ひゅ…ひゅ…」

    騎士「……ああ、誰も死んでいないのは不自然ですね。そこの連中は神の為に首を斬りなさい」

    ブシュッ

    騎士「……勇者様、貴方が無茶をしなければ誰も犠牲にならず、こんな茶番を演じずとも済んだのに」

    騎士「あっ、駄目。堪えないと……」

    騎士「もう少し、もう少しで私は私として勇者様に会える。嗚呼、満月が待ち遠しい。その時が、待ち遠しい」

    381 :

    乙。
    騎士…お前もか…

    382 :


    【#23】開花

    僧侶「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

    僧侶「(……うん、やっぱり変だ)」

    僧侶「(数では圧倒的に向こうが勝っていた。なのに、護衛も連れずに一人で逃げる意味が分からない)」

    僧侶「(わざわざ広場に来たのも妙だ)」

    僧侶「(あの時は管区長の姿に気を取られたけど、あれでは阻止してくれと言っているようなものだ)」

    勇者『いいか、僧侶。俺に何かがあった時、一番最初に行動を起こした奴を疑え』

    僧侶「(……管区長に会いに行く前、あの人はそう言っていた)」

    僧侶「(一番最初に行動を起こしたのは管区長の従士。話を聞く限りでは暗示か催眠を掛けたのは彼だ)」

    僧侶「(となれば、三件の殺人も彼の仕業である可能性が高い。あの話を聞いた後なら当然そう考える)」

    僧侶「(……だけど、私に対して一番最初に行動を起こしたのは騎士さんだ)」

    僧侶「(部屋を変えたのに迷うことなく私のいる部屋の扉を叩いた。暗示や催眠に掛かっている様子もない)」

    僧侶「(一番おかしいのは、私に従士を追わせたことだ。誰が見たって戦闘に不慣れな私を……)」

    僧侶「(それに、騎士さんはあの人を尊敬、敬愛している。殉教者である可能性は十分にある)」

    僧侶「(断定は出来ない。騎士さんが犯人であるという証拠もない。だけど……っ、ダメだ)」

    僧侶「(疑い始めたらきりがない。もしかしたら、今夜の出来事さえも仕組まれた罠かもしれない)」

    僧侶「(でも、仮にそうだとしたら意味が分からない。私を罠に掛ける理由はなんだろう?)」

    383 = 1 :


    僧侶「はぁっ、はぁっ…着いた」

    僧侶「(でも、罠だとしても行かなくちゃ。これが、その時ではないとしても………)」ザッ

    ギギィ バタンッ

    従士「来たぞ、あの女だ」

    僧侶「(……やっぱり罠だ)」

    従士「あの女こそが勇者様を堕落させた魔女。直ちに捕らえ、火刑にするのです」

    ガチャガチャ

    僧侶「(軽装備多数、重装備は少数。やっぱり私を待ち構えてたんだ。あの人はどこに……!!)」

    僧侶「(礼拝堂の祭壇に寝かされてる。騎士の数が多い、この人数を避けて通るのは無理だ)」

    僧侶「(相手は騎士、戦いたくない、もの凄く怖い。今も膝が震えてる。だけど、だけど……)」ズシッ

    従士「!?」

    僧侶「……待ってて下さい。今、行きます」ザッ

    従士「あの女を近付けてはなりません。捕らえられない場合はこの場で殺しても構いません」

    >>了解
    >>了解

    僧侶「(重装歩兵。焦っちゃダメだ。冷静になるんだ。あの人の戦い方を思い出すんだ)」

    僧侶「(こういう時は自分から動かず、動きを見て、相手が武器を振り上げた瞬間にーーー)」

    384 = 1 :


    僧侶「叩く」

    ドゴンッ!

    僧侶「はぁっ、はぁっ…出来た」

    僧侶「(でも、まだまだ沢山いる。この人達全員を倒さないとあの人の所には……!?)」

    ザクッ ボタボタッ

    僧侶「っ、うぅ…」

    僧侶「(痛い、傷口が熱い。あの人はいつも、こんなに痛い思いをしてたんだ。治療したいけど、そんな時間はーーー)」

    ザシュッ

    僧侶「あぅっ…」ガクンッ

    僧侶「(っ、囲まれた。囲まれたら……)」

    僧侶「(……一人を突き飛ばして輪の外に出る。とにかく、輪の中心にいちゃダメだ)」ダッ

    ドゴォッ ガシャァン

    僧侶「はぁっ、はぁっ…んっ!!」グルンッ

    僧侶「(押し退けて輪の外に出たら一気に切り崩す。出来るだけ早く、出来るだけ多く倒す)」

    ズドンッ ドゴォッ メゴォッ

    僧侶「(倒しても安心しない。次を見る)」

    僧侶「(それから、それから、大きい相手は膝とかを狙って動きを止める。止めて、叩く)」

    ゴギッ ゴギャッ

    僧侶「(位置を見る。脚を見る)」

    僧侶「(長い武器で突いて来たら、退かずに前に出る。攻撃は一直線。怖いけど怖くない)」

    僧侶「(避けた後は手許を狙って武器を壊す。武器を壊したら、勢いそのままに潜り込む)」

    385 = 1 :


    僧侶「(胴を狙って、打つ)」

    バギンッ ドズンッ

    僧侶「(動きを止めない。武器の長さを生かす)」

    僧侶「(動揺してたり密集したりして相手の動きが止まったら、動き出す前に勝負を決める)」

    ゴンッッ メギャッ ゴギャッ

    僧侶「はぁっ、はぁっ…(ごめんなさい)」

    僧侶「(終わった。きっと正気を失っているから動きが鈍かったんだ。平常時なら敵わなかった)」

    従士「……これは凄いですね。貴方のことを軽く見ていたようです」

    僧侶「はぁっ、はぁっ…」ボタボタッ

    従士「腕の筋肉や腱が損傷していますね。貴方の体躯でそんなものを振り回せば当然そうなる」

    僧侶「……貴方の目的は何です」

    従士「貴方を殺すことです」ニコリ

    僧侶「私を殺す為だけに他の騎士の方々を操ったのですか。何故そんなことをーーー」

    従士「理由なら既に申し上げたでしょう。貴方は勇者様を堕落させた魔女だと……」ジャキッ

    僧侶「………」ズシッ

    従士「貴方は神を堕落させ、人の身に堕とした大罪人。決して赦すことの出来ない存在です」ザッ

    僧侶「あの人は神ではない。人間です」

    従士「私は、私の神を取り戻す。それだけです」ダッ

    386 = 1 :


    僧侶「(来る)んっ!!」ブンッ

    従士「見た目と圧力は凄まじいですね」

    僧侶「(っ、躱された)」

    従士「しかし一撃が大きい」

    従士「今のように空振りした場合、貴方の体では体勢を保てない。武器に振り回され、よろける」

    僧侶「………っ」グラッ

    従士「何より次が遅い。一度振ってしまえば無防備になる。覚えておくことですね」ダンッ

    僧侶「……そんなことは分かっています」グルンッ

    従士「!?」

    僧侶「私には武器を振り回す力も技量もない。だから、振り回されることにしたんです」ミシッ

    ドゴォッ

    従士「がっ…」ガシャァン

    僧侶「っ、はぁっ、はぁっ…あぅっ…」ブシュッ

    僧侶「(腕が……でも、これで全員倒した。後は、あの人を助けるだけだ)」

    僧侶「(でも、あの者……魔女が言ったことは結局何だったんだろう。全部嘘だったのかな)」

    僧侶「……今考えるのはやめよう。とにかく、あの人を早く助けないとーーー」

    387 = 1 :


    騎士「残念ながら、それは無理です」

    僧侶「!?」

    ガツンッ!

    僧侶「うぁっ…」ドサッ

    騎士「いやはや、まさか一人で全員を倒してしまうとは思いませんでしたよ」

    騎士「ですが、戦闘中に魔術を使えないのは事実だったようですね。確かめておいて良かった」

    騎士「勇者様の行動によって予定通りとはいきませんでしたが、貴方を捕らえることは出来た」

    僧侶「……うっ…うぅっ」

    ズリ…ズリ…

    僧侶「(目を閉じちゃダメ、まだ動ける。あの人は私が助ける。私は、助けるために来たんだ……)」

    ズリ…ズリ…

    騎士「…………」ギリッ

    僧侶「はぁっ、はぁっ…」ギュッ

    勇者「…………」

    僧侶「……お願いです、目を覚まして下さい……早く、此処から逃げて……」

    騎士「その手を、離せ!!」

    ドゴッ!

    僧侶「ゲホッ…ゲホッ…」

    騎士「……何とも忌々しい女だ。おい、そこの、この女を例の場所に連れて行け」

    388 = 1 :


    僧侶「待っ…」

    騎士「いい加減に黙れ!鬱陶しいぞ!!」

    ドスッ

    僧侶「うっ…」ガクンッ

    騎士「ハァッ、ハァッ、ハァッ……」チラッ

    勇者「…………」

    騎士「申し訳ありません、勇者様。貴方の御前でこのような真似をしてしまって……」

    騎士「ですが、咎はあの女にあるのです。あの女は、貴方から嘗ての輝きを奪い取ってしまった」

    騎士「私を虜にした貴方を、私の中にある貴方を、私が思い続けてきた貴方を奪ったのです」

    勇者「…………」

    騎士「あの女には裁きを下さなければなりません。厳しい罰を、苦痛を受けるだけの罪がある」

    騎士「生きることすら放棄したくなる程の、耐え難い苦痛を与えます。貴方の為に……」

    勇者「………」

    騎士「………っ」

    ぎゅっ

    騎士「(嗚呼、今すぐにでも交わりたい。私の中へと迎え入れたい。貴方の精を感じたい)」

    騎士「(早く私を喘がせて、早く私を蕩かして、この体に貴方の全てをぶつけて欲しい)」

    騎士「(けれど、それは今ではない。今の私では交われない。どうかお待ち下さい。月満ちる時を……)」

    ちゅっ

    騎士「私が貴方を取り戻してみせます。必ず取り戻してみせます。この命に代えても……」

    389 = 1 :


    【#24】決壊

    僧侶「……んっ」ジャラッ

    騎士「やっと起きましたか。目覚めるのを今か今かと待っていましたよ」

    僧侶「…………」

    騎士「その状態で私を睨み付けるとは大したものだ。魔女に聞いていたより肝が据わっている」

    僧侶「………」

    騎士「おや、お喋りは嫌いですか?」

    騎士「なら、私が一方的に話すことにしましょう。まずは自己紹介も兼ねて昔話でもしましょうか」

    騎士「私は夢魔と人間の間に生まれました」

    騎士「父は夢魔、母は人間です。私は夢魔として生を受け、夢魔として生きる。はずだった」

    僧侶「………」

    騎士「私はどちらでもなかった」

    騎士「どちらでもないと言うのは種族に限ったことではない。性別に関しても、どちらでもない」

    僧侶「えっ…」

    騎士「やっと興味を持って頂けましたか」

    騎士「私は夢魔でも人間でもなく、女でも男でもなかった。勿論、すぐに捨てられましたよ」

    390 = 1 :


    騎士「母にとっては望まぬ妊娠」

    騎士「それに加え、夢魔によって孕まされた望まぬ子ですからね。捨てられて当然です」

    騎士「一時は人間として教会に引き取られましたが、こんな体ですから馴染めるわけもない」

    騎士「私は教会から抜け出しました。いつ殺されるか分かったものではないですからね」

    僧侶「………」

    騎士「ずっと孤独でした」

    騎士「友と呼べるような存在もいない。いや、私と同じものは誰一人として存在しないのだから」

    騎士「先程も言いましたが、幼い頃の私は人間でも夢魔でもなく、男でも女でもなかった」

    僧侶「(幼い頃?)」

    騎士「次第に胸は膨らみ、女性としての体になっていきました。けれど、男性器が消えることはなかった」

    騎士「どちらでもない不安定な時期、体調も優れない日々が続きました。何せ異常な体ですからね」

    僧侶「………」

    騎士「しかし、そんな私に転機が訪れた」

    騎士「ある日、この体を面白がった男達に捕まり、乱暴に服を破かれ、あちこち弄られました」

    騎士「その時、私は神に祈りました。どうか助けて下さいと、私は何も悪いことはしていないと」

    391 = 1 :


    騎士「当然ですが、神は現れませんでした」ニコリ

    騎士「必死に抵抗しましたが相手は大人の男性。私は諦めて犯されるのを覚悟しました。その時です」

    騎士「その時、彼は現れた」

    僧侶「……彼とは、あの人ですね」

    騎士「ええそうです。私と変わらぬ年頃の男の子が、大の大人を打ち負かしたのです」

    騎士「彼は暫く動きませんでした。自分が打ち負かした男達を、ただじっと見つめていた……」

    騎士「はだけた服、肩口に見えた偉大な印」

    騎士「慈悲の一欠片もないような凍て付いた瞳に心を奪われた。私は、そこに神を見た」

    騎士「彼の冒涜的とまで言える美しさ、背筋を駆け抜ける何かが、私の魂を強く震わせたのです」

    僧侶「………」

    騎士「彼は私に上着を羽織らせると、そのまま手を引いて歩き出しました。その時初めて、胸が高鳴るのを感じました」

    騎士「私にとっては同性でも異性でもない存在。どちらでもない彼に、私は初めて恋をした……」

    騎士「夢魔の恋です。笑いますか?」

    僧侶「……いえ、笑いません」

    騎士「………その日、彼には色々なことを話しました。これまで誰にも話せなかったことを全て」

    騎士「彼は話し終えるまで傍にいてくれました」

    騎士「でも、ふと気になって聞いてみたんです。私のことが気味悪くないの……とね」

    392 = 1 :


    僧侶「あの人は何と?」

    騎士「逆にこう聞かれました」

    騎士「もし自分で決められるなら、お前はどっちになりたいんだ?」

    騎士「私は真剣に悩みました」

    騎士「答えが出る前に彼は街を去ってしまいましたが、それでも悩み続けた。その結果、私は男になると決めたのです」

    僧侶「えっ?」

    騎士「きっとその頃の私は、彼に憧れていると思ったのでしょう。それが恋だとは気付かなかった」

    騎士「だから、彼のような男になりたいと願ったのでしょう。そう強く願った結果、妙なことになりました」

    僧侶「妙なこと?」

    騎士「満月までは人間の男性として、満月の間だけは夢魔の女性として生きることになった」

    僧侶「!!」

    騎士「何とも妙な話でしょう?」

    騎士「原因など私にも分からない。これは正に、神の悪戯と言えるものです。悪意に満ちた、ね」

    僧侶「………」

    騎士「彼が街を去った後は騎士団に入りました。勿論、夢魔の力を使ってね」

    393 = 1 :


    僧侶「何故騎士団に……」

    騎士「彼への憧れもありますが、どうしても欲しかったものがあったからです」

    騎士「当時、ある村を襲い、先の勇者様によって討伐された野盗から押収されたもの……」スルッ

    僧侶「っ!!」

    騎士「神の印です」

    騎士「どうです?美しいでしょう? 私は彼と同じになりたかった。種族も性別も何もかも……」

    僧侶「(狂っている。と言えるだろうか)」

    僧侶「(人間である私に……女として生まれ、女として生きる私にそう言えるだろうか?)」

    僧侶「(彼でも彼女でもない苦悩)」

    僧侶「(そこから生まれた彼、または彼女の歪みを、単に狂っていると断じることが出来るのだろうか?)」

    騎士「でも、それは叶わない……」

    騎士「月が満ちれば、男の精を求める夢魔と成り果ててしまう。夢魔の性が顔を出す」

    騎士「女である自分を消し去ることは出来ない!男である自分も消し去ることは出来ない!!」

    騎士「こんな体になって更に痛烈に突き付けられた!! 私が独りだということを!!!」

    僧侶「(そうか、だから縋ったんだ。あの人に……)」

    騎士「誰も助けてはくれない。この苦しみを分かってくれる同類などいない」

    騎士「私を救ってくれたのは後にも先にも唯一人、勇者様だけ。同じ印を持つ、たった一人……」

    394 = 1 :


    僧侶「…………」

    騎士「せめて逆なら……人間の女として生きられる時があるのなら、まだ良かった」

    騎士「もしそうなら、人として勇者様と愛し合えることが出来たかもしれない」

    僧侶「………だから、あの人の傍にいる私が憎いのですか? 人間である私が、女である私が」

    騎士「……ああ、その通りだ」

    騎士「人として、女として、勇者様の傍にいるお前が赦せない」

    騎士「あの瞳に温もりを与えたお前が、勇者様を変えたお前が憎い」

    僧侶「もし変わったのだとしたら、私が変えたのではなく、あの人が変わっただけです」

    騎士「…………まあ、いいでしょう」

    騎士「お喋りはこの辺にして、実は貴方に見せたいものがあるんです。引き摺りますけど我慢して下さいね」ニコリ

    グイッ ズルズル

    僧侶「うっ…」

    騎士「この分厚い扉の向こうに、貴方の知らない真実がある。それを今から見せてあげます」

    ギギィ

    僧侶「……捕囚所」

    騎士「残念、違います。此処に収容されているのは騎士団が保護した難民の方々です」

    僧侶「何で難民が地下に……保護した難民は王都に送られるはずじゃ」

    騎士「ふふっ、そんなものは嘘ですよ。王都は安全であると喧伝する為のね」

    395 = 1 :


    僧侶「じゃあ何でーーー」

    騎士「これを造る為ですよ。ちなみにこれは、貴方の所持品から拝借したものです」チャプン

    僧侶「……聖水?」

    騎士「ええそうです。この地下収容所にいる難民の方々は、これの材料になっています」

    騎士「ああ、先に言っておきますけど教会の指示によるものですからね」

    僧侶「そんなのデタラメです」

    騎士「なら、向こうを見て下さいよ」グイッ

    僧侶「あぅっ…」ドサッ

    騎士「あの服には見覚えがあるんじゃないですか? あれは修道士ですよね?」

    僧侶「嘘だ………」

    僧侶「ほら、よく見て下さい」

    僧侶「あの薄汚い水槽で人間が溶かされる。どうやら、ああやって魂を抽出するらしいです」

    騎士「詳しい仕組みは知りませんし知りたくもないですが、魂の穢れを取り除いて精製する。らしいです」

    僧侶「こんなの有り得ない。嘘だ……」

    騎士「だから嘘じゃありませんよ」

    騎士「ほら、どんどん出来上がってるじゃないですか。これと同じ瓶が沢山並んでいるでしょう?」

    396 = 1 :


    僧侶「こんなの教会が認めるわけーーー」

    騎士「だから教会の指示なんですよ」

    騎士「それより聞こえないのですか? それとも聞こえないふりをしているのですか?」

    僧侶「(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)」

    騎士「さあ、耳を澄まして下さい。ほら、聞こえるでしょう?」

    >>教会の糞野郎共、くたばりやがれ!!
    >>こんなことをして何とも思わないのか人でなし!!

    >>嫌だ!離せ!やめてくれ!!
    >>何が教会だ!貴様等は人間じゃない!悪魔だ!

    僧侶「あ…あ……」

    騎士「これが現実です。人は人の血肉を喰らって生きている。貴方も、その一人なのですよ?」チャプン

    僧侶「うっ…あっ…あ…あああああっ!!」

    騎士「さあ、そろそろ戻りましょうか」

    騎士「貴方にはもう一つ、どうしても話しておかなければならないことがある」グイッ

    僧侶「あうっ…うぅっ……」

    ギギィ バタンッ

    僧侶「…………」ドサッ

    騎士「さて、続きを始めましょう」

    騎士「貴方はこれまで勇者様の傷を何度治しましたか? 大怪我はしましたか?」

    397 = 1 :


    僧侶「…………」

    騎士「では、龍との戦いで酷く負傷しましたか? 致命傷を負いましたか?」

    僧侶「………」ビクッ

    騎士「ふふっ、反応しましたね」

    騎士「では次に、魔術によって何度も治療された人間がどうなるか知っていますか?」

    僧侶「(聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない)」

    騎士「魔術による度重なる治療は治癒力を著しく減退させ、遂には魔術でしか回復しなくなる」

    僧侶「そ、そんなの知らーーー」

    騎士「知らない? それは尚更質が悪い」

    騎士「貴方が治療する度に、勇者様の体は貴方の魔力、法力によって蝕まれていた」

    騎士「言うなれば無意識に首に手を掛け、勇者様を殺そうとしていたも同然なんですよ」

    騎士「………………気を失ったか」

    騎士「まあいい、目覚めたらまた見せてあげるよ。そして、時が経てば経つほど理解していくだろう」

    騎士「真実は拒絶出来ない。拒絶しようがない。その脆弱な精神がいつまで保つか見物だね」

    399 :


    【#25】蝕みの声

    僧侶「(私が、あの人を蝕んでいた……)」

    騎士『度重なる魔術による治療は対象者の治癒力を著しく減退させる。遂には魔術でしか回復しなくなる』

    僧侶「(そうか、だからあの人は……)」

    勇者『術法には頼りたくねえんだよ』

    僧侶「(あの人が頑なに術法による治療を拒んでいたのは、そういうことだったのかな)」

    僧侶「(私はあの人に毒を盛っていたんだ。火傷を治した時なんて、通常の何倍もーーー)」

    騎士「…………」

    バシャッ

    僧侶「ゲホッ…ゲホッ」

    騎士「殻に閉じ籠もって後悔している暇など与えませんよ。まだ二日目だ。こんなものでは済まさない」

    騎士「聖水の件については未だ疑っているようですから、教皇庁からの書状を持ってきてあげました」

    騎士「要点だけ読み上げますから、しっかりと聞いて下さいね。貴方も教会に身を置く人間だ。知る義務がある」

    僧侶「嫌っ、やめーーー」

    騎士「難民の受け入れは限界を超えている」

    騎士「しかし、受け入れ拒否は民や信者の不信を招くことになりかねない」

    騎士「そこで、修道騎士団またはその地域を守護する騎士団は彼等を一度は保護すること」

    400 = 1 :


    騎士「その後は以下の通り」

    騎士「住居提供するまでの間として収容所に入れたのち、修道士に明け渡す」

    騎士「修道士は各地域にある錬金施設にて、収容した難民を速やかに還すこと」

    騎士「まあ、簡単に言えば受け入れは困難であるから難民は殺せと言うことですね」

    騎士「しかもただ殺すのではなく、難民を利用して聖水を造れとまで書いてある」

    騎士「詳しい製造過程なども書いてありますが、これらも読み上げましょうか?」ニコリ

    僧侶「……嘘だ。そんなこと、するわけない」

    騎士「いい加減に、現実を見ろ」グイッ

    僧侶「あぅっ…」

    騎士「見ろ。その目で、この印を見るがいい」

    騎士「これは紛れもなく教皇庁の印だ。君も見たことはあるだろう?」

    僧侶「違う。こんなの偽物だ……」

    騎士「なら、目を逸らさずにしっかり見たらどうだい? 本当に偽物かもしれないよ?」

    僧侶「嫌、嫌だっ…」

    騎士「仕方がないな。なら、別の話をしよう」

    騎士「君は何故、勇者様と共に旅をすることになったと思う? 本当の理由を知っているかい?」


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