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    元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」

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    851 = 1 :

    一旦終了します。

    853 :

    おつ

    855 :


    ※※※※※※


    孤独な者よ、君は創造者の道を行く。


    君は深い愛をもつ者としての道を行く。


    君は君自身を愛し、君自身を軽蔑しなければならぬ。


    深い愛をもつ者だけがする軽蔑のしかたで。




    ニーチェ

    856 = 1 :


    【#1】懇願

    ヒョゥゥ…

    勇者「此処か」

    僧侶「何とか辿り着けましたね。だけど、辺りには何も……」

    助手「ええ、音も聞こえません。我々以外には誰もいないと思われます」

    「大丈夫だよ?」

    助手「えっ?」

    「わたしが今から道を開く。だから大丈夫。みんな、ちょっと待っててね?」

    僧侶「開くって、何を……」

    「おねえちゃん、わたしを見ててね」

    僧侶「う、うん」

    僧侶「(何だろう、今の感覚。思わず返事をしてしまった。この子から、強い力を感じる)」

    「……」スッ


    >>何をしているんだろうか?

    >>分からん

    >>な、何か、様子がおかしいぞ

    >>なあ、気のせいでなければ、空気が震えているような気がするんだが……

    >>気のせいだ。体が寒さに震えてるだけだろ

    857 = 1 :


    >>お、おい、あれを見ろよ

    >>湖が、水が裂けていく……

    ビシッ…

    僧侶「湖に亀裂が……」

    狩人「湖の真上にも亀裂が走っているな。水は一切流れ落ちていない。水面も静止しているようだ」

    助手「こ、これも魔術なのですか?」

    僧侶「いえ、魔術ではないと思います。でも、あれは、あれはまるでーーー」

    狩人「奇跡」

    僧侶「……はい。湖を割り、空間を切り開く。あれは最早、奇跡、或いは神の御業と呼ばれるものです」

    狩人「複雑そうな顔だね」

    狩人「まあ、分からなくはないよ。信仰の厚い人間でなくとも、俄には信じられない光景だ」

    助手「(神……)」

    トコトコ…

    「終わったよ?」

    僧侶「巫女ちゃん、貴方は一体……」

    勇者「僧侶、後にしろ。後で、俺が話す」

    858 = 1 :


    僧侶「……分かりました」

    「あのね、もうすぐ来るとおもう」

    勇者「来る?」

    「うん、あの中にいる人が来るの」

    勇者「本当に、人間なのか」

    「人間だよ? ただね、ずっと前の人なの」

    助手「ずっと前、ですか? それは一体……」

    「う~ん。わたしは上手に説明出来ないから、直接聞いた方がいいとおもう」

    狩人「待て、何かが来る」

    僧侶「光の扉?」

    ギィィィ…

    老人「……」カツン

    助手「(何もない所から……と言うか、あの老人は湖の上に立っているのか?)」

    勇者「……」

    老人「ほぉ、こいつは驚いたな。骸が人間を連れて来るとは」

    859 = 1 :


    勇者「あんたは?」

    老人「見ての通り、年老いた人間だ。何じゃ、化け物にでも見えたか?」

    勇者「……」

    老人「で、此処に何の用だ?」

    「わたし達をーーー」

    老人「悪いが、お主には聞いておらん。儂は、この男に聞いておるのだ」

    老人「骸の男よ。お主は此処へ何をしに来た。儂等にまで災いを振り撒くか?」

    僧侶「っ、違います!」

    老人「黙っていよ。お主等をどうするかは儂の意思次第なのだ。それを忘れるな」

    僧侶「……っ」ギュッ

    老人「さあ、答えよ」

    勇者「……」ジャキッ

    老人「何じゃ、力で解決するつもりか?」

    勇者「……」スッ


    ガラン…


    勇者「………頼む、助けてくれ」

    860 = 1 :


    老人「……」

    僧侶「!!」

    助手「!?」

    狩人「……」

    「……」

    >>ザワザワッ…

    老人「お主等を招き入れることが、儂等にとって危険だということは理解出来るはずじゃ」

    勇者「他に行く当てはない、他に術もない。皆、もう限界だ。食料も尽きた。だから、頼む」

    老人「……」

    勇者「俺達を、助けてくれ……」

    老人「……儂に付いて来い」

    勇者「いいのか」

    老人「そう言ったじゃろ。さっさと頭を上げよ。お主の心の内は、よう分かった」

    勇者「ありがとう……」

    老人「此処は冷える。さあ、早う来い」カツン

    カツ…カツ…

    861 = 1 :


    勇者「僧侶」

    僧侶「は、はい」

    勇者「お前と巫女は、皆を連れて先に行け。あの様子だと、慌てて押し掛けちまいそうだ」

    僧侶「でも、貴方は……」

    勇者「道は狭い。全員じゃ行けねえよ」

    勇者「俺は後から行く。先に行って休んでろ。皆も疲れてるだろうしな。早く連れて行ってやれ」

    僧侶「……分かりました。皆さん、私の後に続いて下さい! 慌てずに、ゆっくり進みましょう」

    ザッザッザッ…


    >>この扉の先か。何か、見えるな

    >>あれは、民家か?

    >>此処でなければ何処でもいいわ。早く入りましょう?

    >>恐ろしくないのか?

    >>このまま湖の上に立ってる方が怖いわよ

    >>そうだな、立ち止まっていても始まらない。此処待て来たんだ、行こう

    ザッザッザッ…フッ…

    862 = 1 :


    「わたし達も行こう?」

    僧侶「うん、そうだね」

    「手、握って?」

    僧侶「ふふっ、分かった」

    ギュッ…

    僧侶「さあ、入ろう」

    「うん」

    ザッ…フワッ…

    僧侶「(何だろう。凄く心地良い。柔らかな風に包まれてるような感覚だ)」

    僧侶「(あ、景色もはっきりしてきた。何だか、空気が違うような気がすーーー)」

    ドンッ!

    僧侶「きゃっ!」ドサッ

    「あぅっ」ドサッ

    僧侶「大丈夫!?」

    「う、うん。でも、今の感覚はーーー」

    ドサッドサッ!

    助手「くっ、狩人さん、大丈夫ですか!!」

    狩人「ああ、私は平気だ」

    僧侶「狩人さん、助手さん。何があったんです? あの人は?」

    助手「分かりません。急に背後から突き飛ばされたようで、気付けば此処に……」

    863 = 1 :


    僧侶「そんなっ」

    狩人「どうやら、我々は何者かの襲撃を受けたらしい。間抜けな話だが気配は一切感じなかった」

    狩人「近付いてきたのであれば感知出来る。だが、あれは一瞬にして現れたようだった」

    僧侶「まさか、魔女……」

    狩人「何?」

    僧侶「魔女です。そのような魔術を扱えるのは、あの者以外に有り得ない」

    助手「しかし、扉が消えてしまいました。先程の老人にもう一度開けてもらうしか……」

    「扉を封じたのは魔女。おそらく彼には開けない」

    「私がもう一度開く。先程より時間が掛かるとは思うけど」

    僧侶「貴方は……」

    「……」

    僧侶「ううん、なんでもない。お願い、もう一度扉を開けて」

    「僧侶」

    僧侶「?」

    「私は扉を維持しなければならない。戦闘になった場合、僅かでも可能性があるのは貴方だけ」

    僧侶「それでもいい、私は大丈夫」

    「……分かった」

    864 = 1 :


    【#2】混濁

    勇者「魔女……」

    「あら、僧侶とは呼んでくれないのね。夢の中では呼んでくれたのに」

    勇者「……一度目と二度目で違いすぎるとは思った。一度目の夢は、お前だったんだな」

    「ええ、そうよ。二度目は変なのに邪魔されて追い出されてしまったけれど」

    「あれは巫女の仕業なのかしら? まあ、どうでもいいわ。こうして、また会えたのだから」

    勇者「……」

    「どうしたの? いつもなら問答無用で斬り掛かってくるのに」

    勇者「……」

    「今のは意地悪だったわね。思い出したのでしょう? 私を、僧侶を」

    勇者「お前は分かれた一つだ。僧侶じゃない」

    「何を以て、そう断言出来るの?」

    「私には僧侶として貴方と過ごした記憶がある。喪った記憶も、全て」

    勇者「前の僧侶は、もういない」

    「あらそう。私には、そう言い聞かせているだけに見えるわ」

    「もう、私が魔女か僧侶かなんて貴方には分からない。記憶が混乱しているのでしょう?」

    865 = 1 :


    勇者「……」

    「目の前にいるのは倒すべき存在なのか、それとも守るべき存在なのか。貴方には選べない」

    勇者「やはり、俺は間違えたみたいだな」

    「間違い?」

    勇者「育て方を間違えた。そもそも、俺みてえな奴が育てるべきじゃなかった」

    「私、言ったわよね。貴方と出会えて良かったって。忘れたの?」

    勇者「……」ギュッ

    「貴方は変わらないわね」

    「結局は誰かの為に戦って、誰かの為に傷を負っている。以前も、今も」

    勇者「前とは違う」

    「いいえ、同じよ。あんな姿を晒してまで人を救って、貴方がどうなると言うの?」

    「戦って、救って、結局は恨まれるだけ」

    「戦う以外に方法があっただとか、殺さなくても良かっただとか、そればかりよ」

    「誰も他人を救うことなんて考えていないわ。結局、自分が救われることだけを考えている」

    866 = 1 :


    勇者「何をしても、口を出す輩はいる」

    「お説教はもうたくさん。前にも同じことを言われたもの」

    勇者「……あの矢も、お前の仕業か」

    「あら、急にどうしたの? 敵を前にして質問するだなんて貴方らしくもない」

    勇者「……」

    「まあいいわ。矢がどうしたの?」

    勇者「羅刹王が放った大量の矢の中に、一本だけ違う文字が刻まれた矢が刺さっていた」

    勇者「狩人、僧侶の話では、奴の様子がおかしかったらしい。まるで惚けているようだったとな」

    「それで?」

    勇者「俺達が矢を壊したと同時に、奴は正気を取り戻した。狩人によれば、毒を盛られたと言っていたそうだ」

    「毒ね。まあ、間違ってはいないのかしら。それで、貴方は何が言いたいの?」

    勇者「何故、手助けするような真似をした。お前の目的は何だ」

    「死んで欲しくないからよ。それとも、この私に、もう一度貴方を喪えと言うの?」ザッ

    勇者「……」ジャキッ

    「剣を構えるのが随分遅かったわね。やろうと思えば、いつでも出来たでしょうに」

    勇者「俺は、お前の知ってる俺じゃない」

    「そうかしら? 私を、思い出して」ザッ

    勇者「ッ!!」

    「私が貴方にとって化け物でしかないのなら、躊躇ったりはしない
    」ザッ

    867 = 1 :


    「ねえ、何故、私を育てたの?」

    「何故、私を守ったの? 何故、私を置いて行ったの? 答えて、あなた」

    勇者「やめろ……」

    「いいえ、やめないわ。私という存在は、貴方にとって何なのかしら?」ザッ

    勇者「……ッ」

    僧侶「貴方に、私が殺せるの?」

    勇者「!?」

    「あら、どうしたの? 大丈夫?」

    勇者「(今のは何だ。一瞬、姿が重なって見えた。おかしくなっちまったのか)」

    「この先に進めば、更に苦しみが増すことになる。けれど、行くなと言っても貴方は行くでしょう」

    「巫女に何を言われたか知らないけれど、戦う意味なんて探さなくていいのよ」

    勇者「(動け。迷うな)」ギシッ

    「この世界は、何故こんなにも貴方に背負わせてしまうのかしらね?」

    「これも運命なのだとしたら、私は運命を呪わずにはいられないわ」スッ

    868 = 1 :


    勇者「(動け。こいつは、違う)」ギシッ

    「強情ね。身を委ねていればいいのに」

    勇者「(くそっ、どうにかなりそうだ。頭が割れる。こいつは、こいつは……)」ググッ

    ガシッッ!

    「無理に動かないで。苦しいでしょう? もう無理をしなくてもいいのよ」スッ

    バチッッ!

    勇者「ぐっ…」

    「力が分散していたのは、この甲冑に宿らせた魂が力を引き寄せていたからなのよ?」

    「魂は既に繋がっている。故に、力の移し替えは容易い。今から、甲冑を引き剥がすわ」

    ミシッ…メキメキッ!

    勇者「がっ…」

    「このまま、甲冑を器として力を奪う。貴方は戦う力を失い、ただの人間に戻る」

    勇者「何を、するつもりだ……」

    「安心して頂戴。後は私がやるから」

    「貴方はもう戦わなくていい。勇者になんて、ならなくてもいいのよ……」

    勇者「僧侶、やめろ……」

    「……私は魔女。もう、僧侶じゃない。私は、僧侶にはなれなかった」

    メキッ…バギンッ!

    869 = 1 :


    勇者「」ドサッ

    「……」

    ビシッ…

    「あら、遅かったわね。彼ならそこで寝てるわよ?」

    僧侶「!!」ダッ

    僧侶「(甲冑が外れてる以外に変化はない。外傷もない。一体何が……)」

    「欲しいものは手に入れたし、もう用事は済んだわ。さっさと連れて行ったら?」

    僧侶「……」ジャキッ

    「何、もしかしてやる気なの? 役立たずのバカのくせに」

    僧侶「うるさい」ザクッ

    ゴォォォォッ!

    「いつまで経っても成長しないわね、僧侶という存在は」スッ

    フッ…

    僧侶「(腕を振っただけで……なら!!)」ダッ

    「それ、相変わらず重そうね」

    僧侶「んっ!!」ブンッ

    ガシッッ!

    僧侶「(っ、有り得ない。素手でーーー)」

    「私が貴方より劣っているとでも思った? だとしたら本当に救い難いわね」

    870 = 1 :


    僧侶「(どうやって、こんな力を)」

    「人の思い描く神という存在は、これぐらい出来て当たり前らしいわ」スッ

    ズドンッッ!

    僧侶「あぅっ…」ドサッ

    「貴方を見ていると苛々する。何も出来ない、何も知らない、彼を苦しめるだけの存在」

    僧侶「ゲホッゲホッ…」

    「……」バサッ

    僧侶「!!?」

    「ほんの少しでも、紛い物に期待した私が馬鹿だった」

    僧侶「(同じ顔、魔術? 違う。紛い物? 何を言ってるの?)」

    「そう、これは魔術じゃない」

    僧侶「魔女、貴方は何故……」

    「既に答えたわ。あの時、街で」

    僧侶「……!!」

    僧侶『待って下さい。それ程の力がありながら何故私に? 何故魔女になどなったのです?』

    『前者は、貴方でなければならないから。後者は、そうしなければならなかったから』

    871 = 1 :


    僧侶「私は……」

    「貴方は作り物。私の居場所を奪っただけ。貴方、子供の頃を思い出せる?」

    「朧気で不確かな過去を疑問に感じたことはない? 偽りの信仰で疑念すらも塗り潰したのかしら?」

    僧侶「(分かる。分かってしまう。これはきっと、本当のことだ。だけど……)」

    「貴方なんて存在は何処にもいないのよ。彼への思いすら、私の模倣に過ぎないのだから」

    僧侶「だったら、何だというのですか」

    「はぁ?」

    僧侶「私が誰で何者かだなんてどうでもいい。私は、あの人を守ると決めた」

    僧侶「これは私の意思で、決して作られたものなんかじゃない。模倣なんかじゃない」

    「何よそれ、下らない」

    僧侶「私は、貴方とは違う」

    「そうね。貴方が私になれるはずがない。僧侶はもういないのだから」

    「僧侶が彼を救っていたら、僧侶が彼を支えていれば、こんな今にはならなかった」

    「僧侶が傍にいた意味なんてなかったのよ。何一つ、与えられなかったのだから……」

    僧侶「(意味が分からない。これは、私に言っているの?)」

    872 = 1 :


    「前も、今も、変わらない」スッ

    僧侶「……っ」ギュッ

    ジャリッ…

    僧侶「……?」

    勇者「もう、やめろ……」

    「あら、もう気が付いたの? 力を失ったのに早かったわね。そんなに『僧侶』が大切なのかしら」

    勇者「だから守るんだ。前も、今も」

    「……っ」キュッ

    勇者「何がお前をそうさせた。それしか方法はなかったのか……」

    「そこを退いて頂戴」

    勇者「断る」

    「そう。なら、仕方がないわね」スッ

    僧侶「(風。まだ間に合ーーー)」

    ドッッッ…

    「…………さようなら。もう二度と、会うことはないでしょう」

    873 = 1 :

    ここまでとします。

    874 :

    お疲れ様です

    876 :


    【#3】剥奪

    『さようなら』

    『もう二度と、会うことはないでしょう』

    勇者「待て!!」ガバッ

    老人「何じゃ、うるさい奴じゃな」

    勇者「何故あんたが……此処は……」

    老人「覚えておらんか。お主と僧侶は、扉から吐き出されるように吹っ飛んできたのだ」

    老人「そして、此処は里の診療所。まさか役に立つ日が来るとは思わんかった」

    勇者「……どれだけ眠ってた」

    老人「丸二日じゃ。腹はどうだ。何か食うか」

    勇者「いや、いい。他の奴等は」

    老人「全員無事じゃよ。皆、この里におる。僧侶は既に目覚めた。お主が最後じゃ」

    勇者「……」バサッ

    老人「無理をするな。黙って寝ておれ」

    勇者「そう言うわけにも行かねえんだ。あいつ等は届けた。長居する理由はない」

    老人「事情は知っておる。しかし、今のお主に何が出来る?」

    勇者「魔女を追う」ザッ

    老人「無駄じゃ。お主は力を失った。魔物ならばまだしも、魔女と戦う力などありはしない」

    勇者「あんたが決めることじゃない。俺にはやることが残ってる」

    877 = 1 :


    老人「お主には何も出来ん」

    勇者「勝手に決めるな」

    老人「ならば勝手にしろ。扉は魔女によって塞がれとるから、里から出ることは出来んがな」

    勇者「何?」

    老人「この里はお主達が住む領域より深い場所にある。それを繋いでいたのが、あの扉じゃ」

    老人「言わば異なる層を繋ぐ梯子。それが魔女によって外されたのだ」

    老人「儂の言葉が嘘だと思うなら巫女にでも聞いてみるがよい。その辺におるじゃろ」

    勇者「……」

    老人「もう分かったであろう。お主の戦いは終わったのだ」

    勇者「終わりになんてさせるか!!」

    老人「……」

    勇者「終わってたまるか……」

    コンコンッ…

    老人「入れ」

    ガチャッ…

    僧侶「……」

    勇者「……」

    老人「儂は外す。後は二人で話せ。その方がよいじゃろう」ザッ

    バタンッ…

    878 = 1 :


    【#4】叶う

    僧侶「窓、開けますね……」

    カチャリ…サァァァ…

    僧侶「見て下さい。私達の居た場所とは違って、この里は春みたいです。不思議ですよね」

    勇者「……」

    僧侶「っ、あの、横になった方がーーー」

    勇者「皆は何処にいる」

    僧侶「……里の集会所にいます。住む場所などは、これから決めるそうです」

    勇者「狩人と助手は」

    僧侶「里を見てみると言っていました。まずは理解したいと」

    勇者「……そうか」

    僧侶「……」

    勇者「戦いは終わりらしい」

    僧侶「……」ギュッ

    勇者「ふざけた話だ。それ以外に、何もねえってのによ……」

    879 = 1 :


    僧侶「……っ」

    ぎゅっ

    勇者「……何してる。離れろ」

    僧侶「い、嫌ですっ!」

    勇者「いいから、離れろ」

    僧侶「うぅ~」ムギュゥ

    勇者「いい加減に」

    僧侶「(何を言ったら良いのか分からない)」

    僧侶「(優しい言葉、励まし、思い付く言葉は沢山あるけれど、どれも本当に伝えたい言葉じゃない)」

    僧侶「(言葉に出来ないから、こんなことしか出来ない。伝わって欲しい。もう頭の中が透けてたっていい。だからーーー)」

    勇者「……分かってるよ」

    僧侶「へっ?」

    勇者「お前が何でそうしたのかくらい分かってる。ただ、俺にはお前がーーー」

    僧侶「分かっています。今の貴方にとって、僧侶という存在が私だけじゃないということは……」

    勇者「お前、何で」

    僧侶「あの子に無理を言って聞きました。前の貴方のことも、前の私のことも……」

    880 = 1 :


    勇者「……」

    僧侶「私にその記憶はないけれど、私の全てが誰かに作られたものではありません」

    僧侶「だって、今の貴方を抱き締めているのは、今の私です。そう決めたのは、私なんです」

    勇者「……」

    僧侶「重ねるなだなんて言わない。でも、この私が私だということを忘れないで下さい」

    勇者「忘れねえよ。忘れるわけねえだろ」

    僧侶「……本当?」

    勇者「ああ、本当だ」

    僧侶「(わぁ、か、顔が近い。そう言えば、素顔を見るのは久しぶりだ)」

    僧侶「(寝てる間にも何度も見たけど、こうしてると違う感じがする。なんだか急に恥ずかしく……)」

    勇者「ほら、無理しないで離れろ。俺はもう大丈夫だから」

    僧侶「嘘です。あんなに落ち込んでたのに、そんなに早く立ち直れるわけないです」

    勇者「あのな、いつまでも過ぎたことを考えてても仕方ねえだろ。終わりって言われて終われるかよ」

    881 = 1 :


    僧侶「……」ムギュゥ

    勇者「何なんだよ」

    僧侶「戦って欲しくないです……」

    勇者「魔女はあの力を使って何かをする。止めねえとどうなるか分からねえ」

    僧侶「止めに行って戦いになったらどうするのですか? 力は奪われたのですよ?」

    勇者「それでも、やるんだ」

    僧侶「僧侶を、救いたいから?」

    勇者「……」

    僧侶「ごめんなさい。でも、心配なんです。無茶なことはしないって約束して下さい」

    勇者「僧侶、それは無理だ。無茶をしないと、あいつは止められない」

    僧侶「傷を負ったらどうするのですか……私の魔力に依存した体で、何が出来るのです」

    勇者「お前……」

    僧侶「気付いていないと思いましたか?」

    勇者「……」

    僧侶「お願いですから、もう嘘は吐かないで下さい。それは、優しさではありません……」

    882 = 1 :


    勇者「そうだな。すまなかった……」

    僧侶「それでも、旅を続けるのですか?」

    勇者「続ける。此処で諦めたら、死んじまったのと同じだ。投げ出すわけにもいかねえだろ?」

    僧侶「(……分かってた。この人は、こういう人だ。きっと、もう決めているんだ)」

    勇者「一緒に、来てくれるか」

    僧侶「言われなくたってそうします。貴方を一人になんてしません」

    勇者「ありがとな……」

    僧侶「……」コクン

    勇者「まずは扉だな。巫女に聞いてみよう。あいつなら、何か知ってるはずだ。行こう」

    僧侶「……」

    勇者「おい、どうした。いつまでくっついてーーー」

    僧侶「お願いです。もう少しだけ、もう少しだけ、このままでいさせて下さい」

    勇者「お前、震えて……不安なのか」

    僧侶「……まだ整理が付かなくって、ちょっとだけ怖いです。自分を疑うなと言った意味が、今なら分かります」

    883 = 1 :


    僧侶「ごめんなさい……」

    勇者「何で謝るんだ。神だとか言われりゃ誰だって困惑する。怖くて当たり前だ」

    僧侶「だって、結局貴方に頼ってるから……」

    勇者「気にすんな。落ち着くまで待ってるから、焦らなくて良い」

    僧侶「……はぃ」

    勇者「大丈夫だ。お前は此処にいる」

    僧侶「貴方は、どこにも行かないですよね?」

    勇者「こんなんじゃ何処にも行けねえよ」

    僧侶「そう、ですよね……」ムギュゥ

    勇者「どうした?」

    僧侶「いえ、何でもありません」

    僧侶「(行かない、とは言わない。私を抱きしめてはくれない。それも分かっていた)」

    僧侶「(この人が僧侶に対して抱いてる感情は、私が抱いているものとは違う)」

    僧侶「(僧侶は特別な存在。私は、その代わりにはなれないだろう)」

    僧侶「(ううん。きっと代わりなんて望んでいない。だから、これでいいんだ)」

    勇者「……」

    僧侶「(出来ることなら、争いのない、穏やかな日々を生きて欲しい。一緒に生きたい)」

    僧侶「(叶わないことだと分かっていても、そう願ってしまうのは、罪なのでしょうか)」

    885 :


    【#5】秘密

    助手「狩人さん」

    狩人「何かな」

    助手「この里は何なのでしょうね。いつから存在していて、彼等は何故隠れていたのか……」

    狩人「だからこそ、こうして見て回っているのだ。あの老人は話してくれそうにないからね」

    狩人「季節が異なること、教会がないこと、それ以外にはあまり変わりないようだが」

    助手「此処に魔物は存在しないと言っていましたが、それ以外には何も分かりませんでしたね」

    助手「何故存在しないのか聞いても答えてはくれませんでしたし。まあ、警戒されて当然だとは思いますが……」

    狩人「その割りには里の集会所を使わせ、寝具や着替え、食事、治療までも施してくれた」

    狩人「彼等の判断は実に迅速で、最初からこうなると分かっていたようにすら思えたよ」

    助手「この里の人々には見えていたと?」

    狩人「以前、私が話したことを覚えているかね?」

    助手「はい。遠い過去の人々は魂の力を扱うことが可能で、熟達した使い手ならば遥か遠い場所のことさえも見ることが出来る」

    狩人「そうだ。そして巫女は、昔の人と称していた」

    助手「では、彼等は……」

    狩人「私はそうではないかと考えている。あの老人が話してくれれば助かるのだがね」

    886 = 1 :


    助手「……」

    狩人「どうしたのかね?」

    助手「いや、僧侶さんのことです。未だに理解が追い付かないと言うか……」

    狩人「神という話か。厳密に言えば神ではないが、それに近しい何かということだったな」

    助手「狩人さんはどう思いますか。彼女がそのような存在だと信じますか?」

    狩人「神の如き力を持っているのは確かだろうね。君も見ただろう、巫女の力を」

    助手「はい、確かにあれは奇跡と呼べるものでした。そこに疑問はありません」

    狩人「では、何が疑問なのだ」

    助手「……何故人間を救おうとしないのだろうかと思いまして」

    狩人「巫女に神として君臨して欲しいのか? 人間を管理して欲しいとでも?」

    助手「いや、そう言うわけでは……」

    助手「神に近い存在だと言うのなら、力があるなら助けてくれても良かったのではないかと」

    887 = 1 :


    狩人「馬鹿を言うな」

    助手「!!」

    狩人「君が考えているような、困った時だけ救ってくれる都合の良い存在などいない」

    狩人「もし彼女が神として力を振る舞っていたら世界はどうなっていたと思う?」

    狩人「既存の宗教は潰え、あらゆる指導者は力を失い、法や秩序は乱れる。正に混沌だ」

    狩人「彼女が神を名乗っていたら、そうなっていたかもしれない」

    狩人「名乗らずとも、あの力を目の当たりにすれば、彼女の姿に神を重ねる輩は必ず現れる」

    狩人「彼女の存在を利用して悪事を働く輩も現れただろう」

    狩人「どちらにせよ混乱が生まれ、争いが起きる。私は、彼女がそうしなかったことに感謝しているよ」

    助手「……申し訳ありません」

    狩人「いや、いい。私も言い過ぎた」

    助手「ですが、先程の僕のような考えが、彼女を創っ……彼女をそうしてしまったのでしょう」

    狩人「彼女の言葉が真実なら、そういうことになるのだろうね」

    助手「……巫女さんは、どんな思いでいたのでしょうね」

    狩人「私には想像も出来ないよ。思考は人間と同じだ。苦悩はあっただろう」

    888 = 1 :


    助手「魔女も、そうなのでしょうか?」

    狩人「さあね。だが、奪った力の使い道が良い方向に向かうとは思えない」

    狩人「巫女によれば、滅ぼすと言っていたそうじゃないか。言葉通りなら、世界を滅ぼすつもりなのだろう」

    助手「そんなことが可能だと思いますか?」

    狩人「巫女の力を見た後だと否定は出来ないな」

    助手「冷静ですね……」

    狩人「ははは。冷静にならざるを得ないだけだよ」

    助手「えっ?」

    狩人「私にも焦りはある。しかし、彼の行動を無駄にするわけにもいかないだろう」

    勇者『俺達を、助けてくれ』

    助手「あの時は、驚きました。まさか、勇者さんが……」

    狩人「そうだね。地下の騎士を皆殺しにした男とは思えない台詞だったよ」

    助手「肩を持つわけではないですが、あれも救う為の行動に違いはありません」

    助手「勇者さんが戦わなければ、彼等を救うことは出来なかった」

    889 = 1 :


    狩人「そう熱くなるな」

    狩人「事実は事実なのだ。背景がどうあれ、殺めたことは罪だよ」

    助手「それは分かります。ただ、どちらを被害者と捉えるかで見え方は全く違う」

    助手「狩人さんは騎士を、勇者さんは難民を被害者としている」

    助手「ですが、どちらも被害者なのです。狩人さん、勇者さん、どちらも正しいとは言えません」

    狩人「それが君の答えか?」

    助手「はい」

    狩人「……それでいい。どちらかに偏ることなく物事を判断するのは良いことだ」

    助手「これが、正しい答えだったんですね」

    狩人「はははっ! ああ、正しく、私が君に望んでいた通りの答えだよ」

    助手「……」

    狩人「何か不満そうだが、どうしたのかね」

    助手「聖水に頼らずに済めば、犠牲なく聖水を造ることが出来れば、そう思うんです」

    助手「本当に正しいやり方があれば衝突することもなかった。貴方も、勇者さんも……」

    890 = 1 :


    狩人「……」

    助手「そんなやり方があるなら、僕はそれを見付けたい」

    狩人「私にとって、それこそが進化なのだ」

    狩人「誰もが納得出来る方法で誰もが安全に暮らせるなら、それに越したことはない」

    助手「力の継承、でしたよね?」

    狩人「全ての人間にね。そうすれば、聖水は必要なくなる」

    助手「……」

    狩人「無理だと思うかね」

    助手「いえ、しかし魔女が……」

    狩人「分かっている。魔女から取り返さないことにはどうにもならない」

    助手「まだ、旅を続けるつもりですか」

    狩人「勿論だ。そう簡単に諦められるものではないよ」

    助手「しかし、その身体では」

    狩人「無茶だろうと、やるしかないのだ」

    助手「(こんな強さが欲しい。単なる力じゃなくて、彼女のように揺らがない強さが……)」

    891 = 1 :


    狩人「何だ、見惚れているのか?」

    助手「はい」

    狩人「悪いが、そういう感情には……」

    助手「えっ!? いやっ、そういう意味じゃないですよ!!」

    狩人「冗談だよ。君の目を見るに恋愛感情ではないのは分かる。憧れか、或いは羨望か」

    助手「分かってるなら言わないで下さいよ……」

    狩人「さて、そろそろ診療所へ行こうか。僧侶さんも診療所へ行くと言っていたからね」ザッ

    助手「(いつもの無視か……)」

    狩人「助手」クルリ

    助手「どうしました?」

    狩人「君と出会えて良かったよ」ニコッ

    助手「(こ、この人は本当に……)」

    892 = 1 :


    狩人「どうしたのかね?」

    助手「僕もです」

    狩人「ん? よく聞こえないな」

    助手「僕も、狩人さんと出会えて良かったです」

    狩人「そうか、それは良かった。あまり褒められた趣味とは言えないがね」

    助手「そんなことはないです。狩人さんはとても魅力的ですよ」

    狩人「君に余裕があると腹が立つな。出会った頃の可愛げが失われてしまったようだ」

    助手「人間は成長しますから」

    狩人「はははっ、そうだな。その通りだ」

    助手「(狩人さん、変わったな……)」

    助手「(前より笑顔が自然になった。笑い方も、作ったような笑い方ではなくなった)」

    助手「(感情を露わにすることなんてなかったけど、羅刹王との戦いからーーー)」


    「きゃー!」


    助手「狩人さん!」

    狩人「ああ、分かっている」

    タッタッタッ…

    助手「魔物は出ないはずでは……」

    狩人「音は感じない。魔物ではないのかもしれないな……止まれ」ザッ

    893 = 1 :


    「助けて!」

    「どうした?」

    「また悪魔が攻めて来たのです」

    「私が行く」

    「幾ら貴方でも悪魔相手では勝てません。勇者を待つべきです」

    「それでは遅い。他に方法はないのだ」

    「ならば、僕も行きます」

    「駄目だ。君は残れ。人間を導くのだ」


    助手「子供が四人、ごっこ遊びでしょうか?」

    狩人「何事もなくて良かったよ。さあ、行こう」

    助手「そうですね」ザッ


    「これしかない」

    「止せ、無茶だ」

    「こうするしかないんだ。龍になるしか……」


    助手「!!」

    狩人「……」

    助手「狩人さん、あれは一体……あんなこと、教会の人間に見付かったらどうなるか……」

    狩人「この里に教会はない」

    助手「そうですけど、あんな悪趣味な……」

    狩人「そうだな、あのような遊びは初めて見たよ。あの老人に聞くことが一つ増えたな」

    894 = 1 :

    ここまでとします。

    895 :


    >>887訂正

    狩人「もし彼女が神として振る舞っていたら世界はどうなっていたと思う?」

    狩人「私にも焦りはある。あの老人に掴み掛かってでも情報を得たかったよ」

    狩人「しかし、そんなことをして彼の行動を無駄にするわけにもいかないだろう?」

    896 :

    おつ

    898 :


    >>887訂正

    狩人「もし彼女が神として振る舞っていたら世界はどうなっていたと思う?」

    >>888訂正

    狩人「私にも焦りはある。あの老人に掴み掛かってでも情報を得たかったよ」

    狩人「しかし、そんなことをして彼の行動を無駄にするわけにもいかないだろう?」


    これ以前の間違い、今後の間違いは、最後にまとめて訂正します。

    899 = 1 :


    【#6】真実の人

    狩人「おや?」

    助手「あれは……」

    老人「ーーー」

    「ーーー」

    助手「何を話しているのでしょうか? 言い争いではないようですが、少々雰囲気が……」

    狩人「ふむ、気になるな。直接聞いてみようか」

    助手「ここは隠れた方が良いのでは? 盗み聞きは気が引けますが」

    狩人「存在を感知出来るのなら、それは逆効果になる。心証を悪くする行動は避けるべきだろう」

    助手「しかし、あの老人が素直に話してくれるとは思えませんよ」

    狩人「今は巫女がいる。前回とは違った結果を得られるかもしれない。さあ、行こう」

    助手「……了解しました」

    狩人「何か不満か?」

    助手「不満というか、正直焦っています。此処へ来てから二日、いつ何が起きるか分からない」

    狩人「君の言う通りだ。本当に世界を滅ぼすつもりなら、今この瞬間に此処が消し飛んでも不思議ではない」

    狩人「しかし、そうだとしたら何故さっさと実行しない? おかしいとは思わないか?」

    900 = 1 :


    助手「しないのではなく、出来ないと?」

    狩人「今は出来ない。或いは準備が必要。それとも、魔女の気紛れか」

    狩人「単なる憶測であって状況は変わらないが、猶与があると思えば多少は落ち着くだろう?」

    助手「そう、ですね……」

    狩人「そう暗い顔をするな。何にせよ、この里から出ないことには始まらないのだ」

    狩人「さあ、気持ちを切り替えたまえ。焦っていると言うなら、この時間すら惜しいはずだ。違うかな?」

    助手「っ、はい。その通りです。失礼しました」

    狩人「宜しい。では行こう」

    ーーー
    ーー


    「力を貸して欲しい」

    老人「何度言われても答えは同じじゃ。力を貸せと言われても、儂には貸せるだけの力はない」

    ザッ…

    狩人「お話の途中に申し訳ない。少し宜しいかな?」


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