元スレ勇者「最期だけは綺麗だな」
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901 = 1 :
老人「……何じゃ」
狩人「そう露骨に嫌な顔をしないで頂きたい。貴方に訊ねたいことがあるのですよ」
老人「この里のことか? 魔物がいない理由か? そんなに教えて欲しければ教えてやる」
狩人「おや、それは有り難い」
狩人「しかし、どのような心境の変化ですか? 先日は無言を貫いておられましたが」
老人「里の者との話し合いで忙しかった。長話をしている暇はなかった。それだけだ」
狩人「そうでしたか、それは失礼」
老人「……」
狩人「しかしながら、伺いたいのは先程貴方が仰った中のどれでもないのですよ」
老人「勿体振らずに言え」
狩人「龍について」
老人「……」
助手「(僅かに動揺した。何かを知っているのか、ただ単に驚いただけなのか……)」
老人「龍が、何じゃ」
狩人「この里と龍はどのような関係なのか、それを知りたい」
902 = 1 :
老人「……」
狩人「此処へ来る途中、子供達が遊んでいるのを見掛けました。子供達は、過去の物語をなぞっているようでした」
狩人「いつの過去かは分かりませんが、まさか龍が登場するとは思いませんでしたよ」
狩人「しかも、龍になるなどと……幾ら子供の遊びであろうと、口にするはずのない台詞です」
老人「……」
狩人「身近な存在なのか、慕われているのか」
狩人「どちらにせよ、人間の敵として扱っているようには到底思えなかった」
狩人「尊敬や畏怖、英雄か偉人に対するもののように感じました。如何がでしょうか?」
巫女「待って。それは私が話ーーー」
老人「巫女、よいのだ。儂が話す。伏せていても、いずれは分かることだ」
狩人「助かります」
老人「その前に、診療所の中にいる二人を呼びなさい」
助手「二人? では、勇者さんは」
老人「先程目覚めた。話をするなら全員揃った方が良いだろう」
助手「分かりました。では、僕がお二人を呼んで来ます」ザッ
ガチャ…パタンッ…
903 = 1 :
老人「……」
狩人「何かを怖れているようですね。魔女ですか」
老人「お主は眼が良いようじゃな。今時の人間にしては珍しい」
狩人「努力の賜物ですよ。最初から扱えたわけではありません」
老人「見えぬ方がよいこともある」
狩人「それは歳を重ねた人間の言葉ですか。それとも、見てきた人間の言葉ですか?」
老人「……どちらもだ」
ガチャ…
狩人「来たか」
僧侶「お待たせしました」
勇者「待たせて悪かったな」
狩人「全くだ。この二日、助手は魔女への恐怖のあまり怯えていたよ」
904 = 1 :
勇者「そうかい。そいつは悪いことしたな」
狩人「それで、体はどうなのかね? 脱出方法が分かり次第、すぐにでも出発したいのだが」
勇者「脱出? 何か分かったのか」
狩人「巫女が、この老人に協力を仰いでいた。彼の協力があれば、此処から出られるのではないのかね?」
巫女「それは……」
僧侶「……」
狩人「まあいい。それで、体の方はどうだ」
勇者「問題はねえよ。お前は?」
狩人「問題ない」
勇者「……良いんだな」
狩人「良いとも」
助手「(共に行く、そう言うことか。と言うことは、これからは本当に協力して行動出来る)」
助手「(二人が争わずに済むという点では、勇者さんが力を失って良かったのかもしれない……)」
905 = 1 :
老人「よいか」
老人「儂等が何故此処に移り住むこととなったのか。魔物の有無、教会の有無」
老人「儂等とお主等は何故に違うのか。これらは、里の起こりから話さねばならん」
老人「龍を語るにも、それをなくして語ることは出来んのだ。まずは始まりからだ。全てのな」
勇者「……」
老人「当時、儂等は……いや、人間は進化を目指しておった。人間と言ってもお主等とは違う」
老人「寿命は比べものにならぬ程に長く、人間本来の力を持っていた。魂の力じゃな」
老人「そして魔力。これも、現在の人間とは容量が違う。全てにおいて、現在の人間より優れていると言って良いだろう」
老人「だからこそ進化を目指したのだ。より完全な種となる為にな」
老人「にも拘わらず此処に隠れ住むこととなったのは、その進化というものが原因なのだ」
老人「人間は進化を目指し、ひたすらに走り続けた。様々な宗教に属する人間が、それぞれ違った方法で、心に抱く神に近付こうとした」
老人「それが悲劇を呼んだ。人間は、踏み込んではならない領域に踏み込んでしまったのだ」
老人「生命の在り方を歪め、更に高い次元の存在になろうとした結果、人は人ではいられなくなった」
助手「失敗したのですか」
老人「いいや、進化は成功した。だが、それは最早人間と呼べる存在ではなかったのだ」
老人「逸した存在であり、人を超越した者達。それこそが、悪魔と呼ばれる存在」
906 = 1 :
勇者「……」
助手「……」
老人「人間なんじゃよ。何もかも人間なのだ。悪魔などいない。あれらも、元は人間なのだ」
老人「その先を想像するのは容易いじゃろう。進化を手にした人間と、そうではない者達……」
狩人「異種による支配。反発。そして戦」
老人「そうじゃ。儂等とて、奴等に怯えているだけではなかった。長きに渡って戦った」
老人「戦の最中に生まれ子供達も、長き戦の中で成長し、また新たな戦士となった」
老人「しかし、悪魔の力は凄まじく、一度は立ち上がった者達も次第に屈していった」
老人「最早支配を受け入れるしかないと、皆がそう思い始めた時、彼が現れた」
助手「その時代にも勇者が?」
老人「いいや違う。それこそが、龍」
勇者「!!」
狩人「!?」
老人「驚くのも無理はない。今では全く異なる解釈をされいるようだからな」
勇者「馬鹿な。龍は化け物の王だ。奴が魔物を、悪魔を支配している超常の存在。それが……」
907 = 1 :
老人「それが、何じゃ」
勇者「それが、常識だ」
老人「それらは人間が作った歴史。全ては偽りの積み重ね。そうすることで力を得るのは誰か」
老人「人心を掌握するに一番効率的な方法とは? 咎められることのない存在とは何ぞや」
狩人「教会が作り上げたと言うのか」
老人「それ以外にないじゃろう。あの戦の後、人間には縋るものが必要だったのだ」
老人「短命の人間は異様なまでに死を怖れ、異様なまでに神に祈り、そして縋った」
老人「悪魔という存在は、新たな神を信仰する者にとって実に好都合じゃった」
僧侶「……」
老人「同時に、消し去りたい過去でもある」
老人「戦が終わった後、憎き悪魔が元は人間だったなど、すぐさま消し去りたかった記憶に違いない」
僧侶「……」ギュッ
老人「龍について、まだ話しておらんかったな」
老人「龍とは、戦の最中に進化した唯一の者。正に英雄、救世主と呼ばれた男」
老人「ただ一人、進化に成功した人間なのだ」
908 = 1 :
助手「成功とは?」
老人「進化の方法は、世代交代しながら受け継がれた。数ある宗教がそうしていた」
老人「それぞれが思い描く神になる。それこそが、奴等の目指した進化の果て」
老人「しかし、如何なる宗教にも属さず、一代で進化に辿り着いた。それが、龍」
老人「彼は進化しても自己を保っていた。そして人間として、人間を守る為に戦った」
勇者「そんな奴が何故ーーー」
老人「落ち着け。まずは聞くのだ」
老人「龍は悪魔を片っ端から倒し、封じた。中には残った者達もいる」
僧侶「夢魔……」
老人「夢魔は残ったのではなく、免れた種族。妖精、精霊と呼ばれる者達は共存を望んだ」
老人「夢魔は違うが、精霊などは人間と共存していたのだ。今では儂等と同じく隠れておるだろうがな」
助手「待って下さい。では、彼等も……」
老人「先に言ったであろう。人間ではない者など、この世界にはおらん」
老人「人間は進化に取り憑かれたのだ。危険が伴うのも承知で進化を求めた」
老人「最初に成功した者が現れてから、誰もが支配に怯えていた。だからこそ躍起になったのだ」
老人「中には獣のようになった者もいる。人を喰らう種族までが生まれてしまった」
老人「あれは最早、進化と呼べるものではない。生命の暴走、ある種の滅びとも言える」
909 = 1 :
助手「……」
狩人「続きを」
老人「龍が大半の悪魔を滅ぼした。封じたのは殺せぬ者達じゃ」
老人「高位、王位ともなれば、特定の条件でしか殺害出来ない者もいる」
老人「羅刹王が良い例じゃろう。奴は人間にしか殺すことが出来ぬ」
狩人「……」
老人「龍は強大な悪魔を封じ、己の力で蓋をした。丁度、今のお主等と魔女に似ておるな」
老人「そして戦の後期からは、お主等のような短命の人間、現在の人間が生まれるようになった」
老人「原因は今でも分からん。罰と受け取る者もいた。これこそが進化なのだと受け取る者もいた」
老人「短命だからこそ、その時間の中で何かを追い求める。進化ではない、手の届く何かをな」
狩人「……」
助手「(皮肉な話だ。人間は既に進化していた。今の話、狩人さんにはつらいだろうな……)」
老人「その者達が作り上げたのが、教会じゃ」
老人「先程、教会が歴史を歪め、悪魔の存在を単なる人間の敵とした。と話したが、あれにはまだ続きがある」
910 = 1 :
老人「続きとは、龍のことじゃ」
老人「儂等は忘れようもないが、新たな人間は違った。記憶は受け継がれないからの」
老人「戦が終わって百年が経ち、三百年が経つ頃には、戦の原因は忘れ去られていた」
老人「その頃になって寿命で亡くなる者も多くなり、儂等の数は急激に減り始めた」
老人「その間にも時代は急速に移り変わり、戦のことなど何も知らぬ世代が台頭した」
老人「戦も、人間の罪も知らぬ、穢れのない世代。それこそが、何よりも罪深いと思うがの」
狩人「……」
老人「そんな人間の中に、儂等の居場所などあるはずもない……」
助手「それで此処に移住を?」
老人「移住と言えば聞こえは良いが、儂等は逃げたのだ。彼を置いてな」
助手「彼。龍ですね?」
老人「うむ。彼は残らねばならんかった。留まることで、蓋をしておるからの……」
911 = 1 :
老人「続けよう……」
老人「儂等が移住してから更に時が経ち。戦の傷跡は消え去り、お主等は更に繁栄した」
老人「新たに生まれた宗教。教会の存在も、この頃には確固たるものとなっていた」
老人「いや、確立されたのは教会だけではない」
老人「偽りの歴史も人々浸透した。当然、偽りの歴史を作り上げた教会に属する人間にもな」
老人「こうして人間は、歴史が偽りで作り上げられたものであることさえも忘れたのだ」
老人「大雑把に話したが、これが儂等の歴史。人が忘れた、人の犯した罪だ」
勇者「……」
狩人「……」
老人「これで分かったであろう。救い主を、龍を、人間が歪めたのだ」
老人「人間が人間として生きるに、新たな敵を作り上げる為に、龍は魔に堕とされ狂わされた」
老人「人間の敵など最初からおらん。全てが、人間の作り上げたものなのだ」
912 = 1 :
勇者「……」
老人「信じられぬならそれでもよい。だが、不思議に思うたことはないのか?」
老人「龍が人間の敵、魔の王だと言うのなら、龍は何故今まで人間を滅ぼさなかったのだ?」
老人「真実はその逆なのだ。龍とは人間の守護者。彼は今でも、世界を守っている」
勇者「なら何故、羅刹王が現れた」
老人「衰えたのだ。それ以外に考えられん。故意に解いたとするなら、今頃は悪魔で溢れかえっておるわ」
勇者「……」
老人「人は進化を目指して悪魔となり、人として生きる為に、ある人間が龍となり悪魔と戦った」
老人「人は勝利したが過去を偽り、今や罪を忘れ、人を救った龍を悪魔とした」
老人「龍は堕とされ、悪魔の王と蔑まれ、人間は龍を憎み、討ち果たさんとしている」
老人「龍によって封じられた悪魔を、自らの手でも解き放とうとしておるのだ」
老人「始まりから今まで、これら全ては人のため。何とも救えぬ話よな……」
913 = 1 :
ここまでとします。
915 :
はげしくおつ
916 :
おつおつ
917 :
【#7】親と子
勇者「人間が龍を狂わせたと言ったな」
勇者「狂った原因は何だ。それも人間の認識がどうこうって話か。いつから狂った」
老人「完全に狂ったわけではない。僅かに保っているはずじゃ。だが、今や呑まれつつある」
老人「その兆候は以前からあったようだが、決定的となったのは五年前」
老人「お主の育て親である先の勇者との戦い。その後、龍は、精神に明らかな異常を来した」
勇者「あの戦いが原因だってのか……」
老人「他にも要因はある。最後の一押し、決定的となったのが五年前の戦いなのだ」
老人「龍は強靭な精神を持つ。龍となってからも己の人間性、その高潔な精神を保ち続けていた」
老人「結果として、それが仇となった」
助手「人間だから、ですか」
老人「そうじゃ。人間であり続けようとしたが為に、龍は耐え難い苦痛を受けることとなる」
老人「戦後の孤独、歴史改竄による人間の裏切り。それらが龍の精神を着実に蝕んでいた」
老人「儂等が移住してからは更にな。自分を知るものが去り、遂には悪魔の王に堕とされた」
狩人「それでも保っていたのだろう。それが何故、たった一度の戦いによって異常を来す?」
老人「自らが龍となってまで救った人間に戦いを挑まることが、どれ程のことか分かるか?」
狩人「……」
老人「戦うだけならば問題はなかったかもしれんが、戦った人間による影響が大きかった」
老人「これまでにも名声欲しさに挑んでくる輩はいただろうが、その時だけは明らかに違っていたのだ」
918 = 1 :
老人「その男は、平和を願っていた」
老人「純粋に平和を願い、己を犠牲にすることさえも覚悟した男。それは正に、嘗ての己そのものだった」
老人「その男の強靭な意志、魂を叩き付けられた時、龍の精神は凄まじい打撃を受けたに違いない」
老人「だが、自分が死ねば封印が解ける。悪魔が雪崩れ込み、この世は再び地獄と化してしまう」
老人「龍には戦うことしか出来なかったのだ。龍もまた、世界を守る為に戦った」
狩人「待ってくれないか。戦いを避けることも出来たと思うのだが」
老人「その男に宿る力を危惧したのだ」
狩人「これまでにも力を宿した人間はいた。何故、彼だけを危険視した」
巫女「それについては私が説明する」
狩人「……それは助かる」
巫女「龍が彼を危険視したのは、崩壊の怖れがあったからだと思われる」
巫女「引き出した力が限界を超えた場合、あらゆる層が、世界そのものが危険に晒される」
919 = 1 :
狩人「力の暴走か」
巫女「暴走ではない。そもそも認識が違う」
狩人「何?」
巫女「あれは人間が生み出したわけではない。元の私と同じ、始まりから存在した原初の何か」
巫女「あれもまた人間によって認識された。そういう意味では、生み出されたとも言える」
巫女「厳密に言えば、宿るのは力そのものではなく鍵のようなもの。鍵であり、扉」
狩人「鍵?」
巫女「鍵というのは、あくまで例え」
巫女「あれは物質界に存在しない。此処とは違う場所、異なる次元、扉の向こう側」
巫女「そこに大いなる力が在る。意思はなく、肉体もなく、ただ、そこに在る」
勇者「……」
巫女「鍵を持つ者はその場所と繋がる。精神と肉体、魂が、鍵を通じて繋がる」
巫女「そのものと繋がるわけではなく、扉の隙間……鍵穴から漏れ出る程度の僅かな力を得ているに過ぎない」
巫女「何故鍵が存在するのか、何故人間のみに宿るのかは分からない。私と違って、あれは意思を持たない」
巫女「ただ、本質が近い生物に宿る傾向がある。それが人間、創造と破壊の生物」
巫女「鍵が人間に宿るのは、何かが生まれ、何かが滅ぶ時。何かが始まり、何かが終わる時」
狩人「……」
巫女「彼の意志は、龍と比較しても遜色ない程に強かった。それ故に、莫大な力を引き寄せた」
巫女「危険視したのは、それによって扉が完全に開かれ、創造と破壊そのものが溢れ出てくること」
920 = 1 :
勇者「……」
老人「納得出来ぬようだな。真実を知って尚、龍を憎むか」
勇者「そう簡単に納得出来るか」
老人「納得は出来なくとも理解はしたはずだ」
老人「復讐を果たすことが何を意味するのか、それが分からぬわけではないだろう」
勇者「……」
老人「だから言ったのだ。お主の戦いは終わったとな。復讐の旅は終いだ」
勇者「復讐を諦めても滅びは起きる。俺は魔女を止める。此処に留まるつもりはない」
老人「ほう、これまで復讐に生きてきた人間の言葉とは思えんな」
老人「生きる目的を見失い、戦いに縋り付いているだけではないのか」
勇者「あ?」
老人「育て親の人生が無意味であり、偽りの歴史に踊らされたに過ぎない」
老人「お主はその事実を受け入れられぬだけだ」
老人「今のお主には何もない。生きる意味を見失い、戦いに縋り付いているだけの子供に過ぎぬ」
ガシッ!
老人「相も変わらず、気の短い男じゃな」
勇者「ふざけんな、黙っていられる奴がいるか」
勇者「親の人生が無意味だったと言われて、それを受け入れる子供が何処にいる」
921 = 1 :
老人「……」
勇者「あんたからすれば、あの人も俺も、守護者を殺そうとした愚か者なんだろう」
勇者「ただ、あの人は信じていた。龍を倒せば世界は平和になる。皆が笑顔でいられる……」
勇者「そう信じて、それだけを夢見て、あの人は最期まで戦ったんだ」
勇者「それを無意味だと言われて、このまま終われるか。俺が諦めれば、本当に無意味になる」
勇者「あの人も、前の俺も、今の俺が諦めることなど認めはしない。何より、俺自身が認めない」
老人「……」
勇者「俺はまだ終われない」
老人「そこまでする意味が何処にある?」
老人「今のお主はただの人間なのだぞ。それを忘れたわけではあるまい」
勇者「あんただって、ただの人間なのに化け物と戦っただろう」
勇者「足掻いて抗って、戦ったんじゃねえのか。それが無意味だと思ったことはないはずだ」
922 = 1 :
勇者「だから頼む、力を貸してくれ」
老人「里を出て、魔女を止めるか」
勇者「ああ、そうだ」
老人「お主は魔女を分かっておらん」
勇者「っ、あんたは知ってるってのか」
老人「ああ、今のお主によりは知っている」
老人「魔女は以前、此処にいたのだ。お主と、今の僧侶が出会うまでな」
勇者「!!」
僧侶「!!」
老人「巫女に、三人の成り立ちは聞いたか」
勇者「……ああ、聞いた。それぞれが違う立場で世界を見て、世界を決める」
老人「では、魔女が滅ぼすと決めた理由は知っているか」
勇者「……」
老人「その様子だと、はっきりとした理由は知らぬようだな」
巫女「人心の荒廃と堕落、憎悪と狂気が渦巻く世界を終わらせる。彼を使って」
923 = 1 :
巫女「魔女は、そう言っていた」
老人「だが、そうはしなかった。違うか?」
巫女「違わない。しかし、魔女は力を奪った。滅ぼそうとしているのは間違いない」
老人「儂が言いたいのは、そうする理由じゃ。いや、そうせざるを得なかったと言っていい」
巫女「魔女は自分で決めた」
老人「違う。そうではないのだ……」
巫女「どういう意味? 何を言いたいのかが分からない。貴方には分かるの?」
老人「魔女の役割は既に決まっていたのだ」
巫女「知らない。元の私は、次は自分で決めろと言った。三人が決めると、そう言った」
老人「それは誰が言った。誰によって得た情報だ」
老人「三つに分かれた時、誰が現状を説明した。元の存在がそう言ったと話したのは誰だ」
巫女「……」
老人「……話を続ける。魔女は多くの感情、多くの記憶、多くの力を受け継いだ。人格さえもな」
勇者「人格?」
老人「受け継いだのは元の人格じゃ。お主も知っている始まりの存在。一つであった頃の僧侶」
老人「巫女や僧侶のように元となった人格の上に成り立つのではなく、そのものを受け継いだ」
924 = 1 :
勇者「それが滅びを選んだのと何の関係がある」
老人「爆発が起きた時、感情の波が押し寄せた。儂はその時、彼女の心を垣間見た」
老人「彼女が望んだのは、お主の生きる世界。付け加えるならば、争いのない、平穏な世界」
僧侶「(私と同じ……ううん、違う。私が、同じなんだ……)」
老人「それと同時に、人間を憎んでいた。爆発と同時に全てを思い出したのだ」
老人「その抑えがたい憎悪と、お主への激情を一身に背負った存在、それが魔女」
老人「僧侶でもなく、魔女でもない」
老人「それ故に、魔女は自らの道を決めることが出来なかった。僧侶ではいられなかったのだ」
勇者「……」
魔女『私は魔女。もう、僧侶じゃない。私は、僧侶にはなれなかった』
勇者「……」
僧侶「お爺さん」
老人「うむ、何じゃ」
僧侶「魔女は、私に期待していたと言っていました。その意味は分かりますか?」
老人「……魔女が何を思っていたのか、その全ては分からぬが、思い当たる節はある」
925 = 1 :
僧侶「教えて下さい」
老人「後悔すると言っても無駄なのだろうな」
僧侶「……」
老人「……よかろう。僧侶、分かれた三人の中で、お主だけが記憶を持っていない」
僧侶「はい……」
老人「だが、今は魔女の心を理解出来るな?」
僧侶「……はい」
老人「それが何故だか分かるか?」
僧侶「生まれた理由を知ったからです」
老人「違う。同じ経験をしたからじゃ。同じ経験をし、同じ思いを抱いておるからなのだ」
僧侶「!!」
老人「元が一つであったとは言え、お主に以前の記憶はない。お主は、全く別の存在なのだ」
老人「記憶、感情、人格、それらを受け継いでいない。それが何故、魔女を理解出来る?」
老人「例え生まれた理由を知ろうとも、その心に抱く思いが違っていれば理解は出来ないはずだ」
老人「にもかかわらず、お主と魔女の思いを理解出来ている。それは何故だ」
926 = 1 :
僧侶「同じ経験を、したから……同…じ…!?」
老人「そう、それは偶然ではない。魔女が再現したのだ。嘗ての自分が経験したことを、お主にも経験させた」
老人「だからこそ、お主は魔女を理解出来る。同じ思いを抱く者としてな」
僧侶「全てが、仕組まれたことなのですか……」
老人「言っておくが、同じ経験をしたからと言って、同じ思いを抱くとは限らん」
老人「お主がどのように考え、どのような人間になるのか、それは魔女にも分からぬはずだ」
僧侶「では何故……」
老人「教えたかったのかもしれん」
僧侶「えっ?」
老人「人の醜さ、信仰の脆さ、喪う恐怖、戦わねば生きられぬということ……」
老人「これらは魔女なくして知り得なかったこと。そして、嘗ての僧侶が痛感したことでもある」
僧侶「それを教えて、何がしたかったのでしょうか……」
老人「……それは、儂にも分からん」
僧侶「(大丈夫。もう揺らぐことはない。私はもう決めている。だけど、魔女は何を……)」
魔女『そうね。貴方が私になれるはずがない。僧侶はもういないのだから』
魔女『僧侶が彼を救っていたら、僧侶が彼を支えていれば、こんな今にはならなかった』
魔女『僧侶が傍にいた意味なんてなかったのよ。何一つ、与えられなかったのだから……』
927 = 1 :
僧侶「(与えられなかった……)」
僧侶「(確かにそう言っていた。きっと、与えたかったんだ。でも、何を?)」
勇者「どうした。大丈夫か」
僧侶「えっ? あ、はい。私なら大丈夫です」
僧侶「巫女ちゃんにも心配されましたけど、私が思っていたより、私は弱くなかったみたいです」
勇者「そうか……」
僧侶「……心配しないで下さい。怖いですけど、本当に大丈夫ですから」
勇者「……分かった」
老人「……」
勇者「爺さん、続けてくれ」
老人「……うむ。では、話を戻そう」
老人「先程話したが、魔女の道は既に決められていた。爆発した憎悪を受け継いだが為に、滅びを選択する他になかった」
老人「だが、それでも尚、お主を守ろうとした。だからこそ、この里の扉を封じたのだ」
928 = 1 :
勇者「封じたのは分かる」
勇者「だが、守るってのは何だ。魔女はあの力で何をするつもりなんだ」
老人「再び爆発を引き起こす」
勇者「!!」
老人「お主から力を奪ったのは、あの力を利用し、爆発を引き起こす為だ」
老人「それは、この里に魔物がいない理由とも密接に関係しておる」
勇者「……どういうことだ」
老人「まず、魂が消えることはない。そして、魂は一つの層にのみ集まる」
老人「それが、お主等の生きる場所じゃ」
老人「魂が留まり続けているからこそ、蘇生の法で呼び戻すことが可能なのだ」
老人「しかし、長い時が経つと魂は澱む。澱んだ魂は穢れ、収束、変質し、それが魔物となる」
老人「当然、殺された魔物の魂もその層に留まる。魂は消えることなく溜まり続ける」
老人「この悪しき輪廻が続く限り、魔物が消えることはない。これも、人間によって生み出されたものなのだ」
929 = 1 :
勇者「消すつもりか……」
老人「今ある命を消し去り、世界を清め、人の生み出した穢れを洗い流す」
老人「狂わされた龍、封じられた悪魔、穢れた魂の輪廻、それを生み出す人間、全てをな……」
僧侶「……」
老人「勿論、爆発を起こせば魔女も消える。一度目とは違い、爆発には耐えられんだろう」
助手「っ、その爆発の規模は? 我々のいた場所に限ったものですか? それとも全ての層が?」
老人「全てだ。だが、この里は残る」
狩人「何故?」
老人「この層には魔力防壁を施してある。里に生きる全ての者が、全ての魔力を捧げた防壁がな」
老人「それによって以前の爆発から免れたのだ。被害は出るだろうが、儂等は生き延びる」
老人「此処に残れば、まだ助かる可能性はある。戻れば確実に巻き込まれる」
勇者「……」
老人「もう、察しは付いたじゃろう。魔女は、お主に生きて欲しいのだ」
老人「今のお主と同じく、魔女も二つの顔を持つ。僧侶であった自分と、魔女である自分」
老人「何もかもを憎みながら、決して捨て去ることの出来ない感情持つ、歪められた存在」
老人「結果として滅ぼすと選択したが、そこに行き着く過程で一切の葛藤がなかったと言い切れるか?」
930 = 1 :
老人「魔女にも心がある」
老人「その中でも、お主に抱いた想いは計り知れん。親としてか、兄としてか、或いは……」
勇者「……」
老人「……最初の接触、敵としてお主の前に現れた魔女が何を思っていたか、それを考えたことがあるか」
勇者「……」
老人「儂には魔女が痛々しく見えた。何かに縛られているようにも思えたのだ」
老人「それ故に、お主を此処に匿うようにと言われた時、儂は断ることが出来んかった」
勇者「……」
魔女『安心して頂戴。後は私がやるから』
勇者「……」
老人「今のお主には、失われた時の記憶がある」
老人「今ならば魔女の心が理解出来るはずだ。お主は、それでも行くと言うのか」
勇者「ああ、俺は行く。今のを聞いて、尚更諦めるわけにはいかなくなった」
老人「何故だ。魔女は既に決断したのだぞ」
勇者「……何が決断だ、そんなもん知るか。何もかもを、ガキに背負わせるわけには行かねえだろうが」
931 = 1 :
ここまでとします。
932 :
乙
もしかして次スレ突入?
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