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    元スレ右京「346プロダクション?」

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    351 = 1 :

    右京「…」カタカタ


    右京「…」ペラ

    『○月○日 ○○…200ケース』
    『○月○日 ○○…1000本』
    『○月○日 ○○…10000冊』

    …。

    右京「…」


    右京「…」フゥー

    352 = 1 :

    「8時…後30分…」

    …30分って、微妙な時間だよなあ。

    ちょっと早く行き過ぎたかなあ…。

    「…右京さん、何で今日に限って早く行けだなんて…」

    あの人の辞書に気まぐれなんて言葉は無いし…。

    「きゃっ」
    「うわっ」

    …痛てて…。

    「す、すいません…大丈夫ですか?」

    「あ、はい…あ、ちひろさん!大丈夫?」

    「は、はい…すいません。前を見てなくて…」

    「わ、私も…」

    「あ、いえ…」

    ぶつかったのは、ちひろさん。

    アタシとぶつかった拍子に落としてしまっただろう書類を必死に拾っていた。

    「あ、拾う、拾うから…ホントにゴメンね」

    「あ、だ、大丈夫です!」

    「え、え?」

    罪悪感を感じて拾うのを手伝おうとすると、今度はそれを必死に止めてきた。

    ぶつかったことを気にするような人じゃないのはよく知ってるけど…。

    …だとしたら、今のちひろさんは何だろう?

    「…で、では…これで…!」

    「あ…」

    …行っちゃった…。

    353 = 1 :

    「…あ…」

    ちひろさん…1枚、拾い忘れてるけど…。

    「…ちょっとくらい、見ても…」

    …。

    …?

    「…納品書?」

    …何だろ、これ?

    「あ」

    ちひろさんって、事務員だし…まあ、持っててもおかしくはない…よね。

    「…けど、なんたってこんな数ヶ月前のものを…?」

    …。

    …ま、どうでもいいか。

    「…っていうか、これじゃアタシ右京さんみたいじゃん」

    変に細かいこと気にしちゃって…。

    悪い癖が移っちゃったじゃんか。

    「…ってかこれ渡さないと!!」

    …あー。

    早めに出て助かったあ…。

    354 = 1 :

    幸子「…おや?」

    紗枝「あら…」

    幸子「今日は早いんですね。いつもより30分も」

    紗枝「せやなあ。たまたまとはいえ…」

    幸子「雪でも降るんじゃありませんか?珍し過ぎて…」

    紗枝「そら困りますわぁ。寒くて縮こまって、ちっさい幸子はんがさらにちっさくなってしまいますわ」

    幸子「ちっさくないです!!」

    紗枝「ほんま、からかいがいがありますわぁ」ケラケラ

    幸子「…あー言えばこー言う…」

    紗枝「…にしても、ジャージ姿が板についてきたとちゃいます?」

    幸子「仕方ないでしょう。仕事の無い日はほとんど向こうなんですから」

    紗枝「そない言わんと…女子力いうもんはどないしたんどすか?」

    幸子「愚問ですね。ボクはジャージでもカワイイんですよ。ジャージでも着こなしてみせますよ」

    紗枝「…のわりには随分ぴっちりした着方しとりますなぁ。ちょっと前なんて不良の着こなし方真似しとった方が…」

    幸子「んがっ…!わ、忘れてくださいよ!」

    紗枝「うふふ。あれは傑作やったわぁ」ケラケラ

    幸子「ぐぬぬぬぬ…」

    355 = 1 :

    紗枝「…さて、ウチがどないしてこない早めに来たんか…」

    幸子「偶然じゃないんですか?」

    紗枝「ウチが偶然で生活リズムを変えるわけないやないどすか」

    幸子「む…確かに…何か隠し事ですか?」

    紗枝「はて…」

    幸子「むー…あれ?友紀さん…」

    紗枝「あらあら、あない急いで…」

    幸子「友紀さーん!廊下走ったら駄目なんですよ!」

    友紀「え?あ、ご、ごめん…えへへ」

    356 = 1 :

    幸子「全く…最年長なんですから、しっかりしてもらわないと…」

    友紀「ごめーん…」

    紗枝「あらあら、しっかりするんは友紀はんだけやないどすえ?」

    幸子「?」

    紗枝「これからは幸子はんもしっかりせんと。今まで以上に」

    幸子「…どういうことですか?」

    友紀「あー!あー!まだまだ!もうちょっと後!!」

    幸子「?」

    紗枝「そない焦らんと…今言うても後で言うても変わりまへんて…」

    友紀「そうだけどさ…」

    紗枝「それに今から行くんとちゃいます?…ほな、そこで発表してもらいまひょ」

    友紀「んー…アタシそんな時間無いんだけど…まあ、いっか!」

    幸子「あの…?」

    紗枝「ほな行きますえ。ウチはさっさと終わらせて右京はんにお茶を淹れたいんどす」

    友紀「また断られるだけだと思うけど…」

    幸子「カフェインの摂取量がどうのこうのって…」

    紗枝「いいえ!京の女子として、意地でも飲ませたります!!」

    幸子「…妙なところでスイッチ入りますよね…」ボソ

    友紀「ねー…」ボソ

    紗枝「何か?」

    幸子「いーえ」

    357 = 1 :

    …。

    ちひろ「…杉下係長…」

    右京「…」

    ちひろ「…その、これって…」

    右京「ええ。そういうことでしょう」

    ちひろ「…どうするんですか?こんな事がバレたら…」

    右京「…どうですかねぇ…」

    ちひろ「…」

    右京「…」

    ちひろ「…杉下係長は、どうするおつもりなんですか?」

    右京「…」

    ちひろ「…確かに…こんなこと、組織ぐるみでやって良いことではありません」

    右京「…」

    ちひろ「…だけど、これをもし公表でもしたら…」

    右京「…」

    ちひろ「…杉下係長も、タダでは…」

    右京「…」

    ちひろ「…杉下係長だけならまだしも…」

    右京「…」

    ちひろ「…その…」

    右京「…そうですねぇ…」

    ちひろ「…」

    右京「…」

    友紀「ちひろさーん!!」コンコン

    ちひろ「!」

    右京「…」

    358 = 1 :

    友紀「これ、忘れてったよ?」

    ちひろ「あ、はい…」

    友紀「…でもどうしてここに?」

    ちひろ「あ…えっと…」

    右京「日報を届けてもらっていたんですよ。残りが少なかったものですから」

    ちひろ「…」

    紗枝「ほー…」

    幸子「…にしては、随分重苦しい空気が流れてましたけど…」

    右京「おやおや。それはそれは…」

    ちひろ「え、えっと…じゃあ、私はこれで…」

    友紀「あれ?もう良いの?」

    ちひろ「え、ええ。実は今日ちょっと忙しくて…」

    右京「そうでしたか。このようなお使いじみたことをお願いして申し訳ありません」

    ちひろ「い、いえ…それでは…」

    友紀「あ…」

    紗枝「…」

    幸子「…」

    友紀「行っちゃった…」

    紗枝「何や…逃げるように行ってしまわれましたなぁ…」

    右京「きっと忙しいのでしょう。ご無理をさせてしまいました」

    幸子「…確かに、ほとんどのプロジェクトに顔出してますからね…」

    359 = 1 :

    友紀「…あ!そ、それよりさ!右京さん!」

    右京「…ああ!そうでしたねぇ。人数が揃ったら言うつもりでした」

    紗枝「あんまり遅いんで、ウチがフライングで言うたろ思いましたけど…」

    幸子「…あれ?ボクだけ何も…」

    友紀「そりゃそうだよ!だって幸子ちゃんの事なんだもん!」

    幸子「…え?」

    紗枝「ええ。ま、ウチはそない期待してまへんけど…」

    友紀「こーら。紗枝ちゃんだって賛成してたでしょー」

    紗枝「そやったかしら…」

    幸子「…あの、いい加減教えてもらえませんかね…」

    右京「ええ。そうですね…」

    幸子「…」

    右京「まず結論から言いますと、今回のユニットリーダー。君に任せたいと思っています」

    幸子「…」

    友紀「…」

    幸子「…え?」

    紗枝「…」

    幸子「え…え?」

    右京「…」

    幸子「…ええええええええ!!?」

    360 = 1 :

    紗枝「よおそない大きな声出ますなあ。朝早くから…」

    幸子「な…何を…!そもそも話し合いはどうしたんですか!話し合いは!」

    友紀「んー…」

    右京「少し前、姫川君から電話を頂きました」

    幸子「いえ、だから…」

    右京「そして、その後に小早川君からも連絡を頂きました」

    幸子「…あの」

    右京「多数決です。僕は君達に任せると言いましたから、これに含まれますねぇ」

    幸子「あ…なるほど。3対1でボクがリーダーなんですねじゃなくて!!」

    紗枝「どないしました?あないリーダーリーダー、TOKIOのメンバー並に連呼してましたやんか」

    幸子「いやそれは…だからってこんないきなり…」

    友紀「ほら、幸子ちゃんって頭良いしさ」

    幸子「む…」

    紗枝「その上優しく、空気も読めて…」

    幸子「むむ…」

    紗枝「ほんで、カ・ワ・イ・イ」

    幸子「それバカにしてますよね!?もう顔から魂胆滲み出てますよ!!ボクに面倒な事全部押し付けるつもりでしょう!?」

    紗枝「リーダーになったあかつきに、ユニット名を決める権利だけ与えられますえ」

    幸子「だけってなんですか!!あの人古株だから一応形だけみたいな感じになってるじゃないですか!!」

    右京「しかし、君の実力を認めているのは確かですよ」

    幸子「…む…」

    友紀「そうだよ。流石にこんなの何の気なしに任せたりしないでしょ?」

    幸子「…でも、ボクってまだ、一度もLIVEやったこと…」

    紗枝「ほなウチが引き受けまひょか?」

    幸子「あっ…だ、ダメです!!ボクがリーダーなんです!!」

    紗枝「はい聞きました」

    友紀「じゃあよろしくねー。アタシレッスン行くから」

    幸子「んなっ!!?ちょ、ちょいっ!!」

    361 = 1 :

    右京「君も、アイドル業が板についてきましたねぇ」

    幸子「ついてませんよ。普通に係り決めの日に学校休んだ生徒なだけじゃないですか」

    右京「不満でしたか?」

    幸子「不満というか…決められ方が…」

    右京「小早川君はああ言っていましたが、内心では君を頼りにしていましたよ」

    幸子「…む…」

    右京「姫川君もまた、君のその頭脳を頼りにしています」

    幸子「あの人全っ然覚えませんもんね。あれこれ」

    右京「そして僕は…幸子君」

    幸子「は、はい…」

    右京「僕が君を推薦した理由は、一つです」

    幸子「…」

    右京「…」

    幸子「…そ、それは…?」

    右京「…君が一番、現実と向き合ってくれそうですから」

    幸子「…現実?」

    右京「ええ。…少し言うのは憚られますが、辛い経験を乗り越えた君だからこそ…」

    幸子「…ま、まあ、そこまで言うんでしたら…引き受けますが…」

    右京「と、いうわけです。ユニット名も君に任せるとしましょう」

    幸子「…ほう…」

    右京「彼女達も任せると言っていましたから。どうぞお好きに」

    幸子「そうですねぇ…でしたら、デビュー当日にでも発表するとしましょう!」

    右京「おやおや…」

    幸子「とてもボク達に似合った名前をつけてあげますよ!何せこのボクが!つけてあげるんですから!」

    右京「頼りにしています。…それと、幸子君」

    幸子「はい?」

    362 = 1 :

    右京「…君、今は楽しいですか?」

    幸子「…いきなりどうしたんですか」

    右京「そのまま受け取っていただいて構いません」

    幸子「…そんなの、今更聞くことではないでしょう?」

    右京「確認ですよ。ええ…」

    幸子「…そうですねぇ…ま、まあ、勿論……楽しいですよ。と、とても…」

    右京「…」

    幸子「アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!」

    右京「…そうですか」

    幸子「…で?右京さんはどうなんです?」

    右京「はいぃ?」

    幸子「ボクが答えたんです!右京さんにも答えてもらいますよ!」

    右京「…」

    幸子「…」

    右京「…僕はいつでも、真剣に仕事と向き合ってきたつもりですよ」

    幸子「…そうじゃなくて…」

    右京「君達に会えた事は、僕にとってかけがえのない、大切な思い出となっています」

    幸子「…」

    右京「それでは、不満ですかねぇ?」

    幸子「…いえ…」

    右京「それでは、頼みましたよ」

    幸子「…はい!」

    右京「…」

    363 = 1 :

    「はいそこ!そこでもっと腕上げて!」

    「は、はいっ!」

    「そうそう!そこ!」

    「はい!」

    人生というのは、何があるか分からない。

    だから面白いのかもしれないけど、辿り着いた先が先の見えない暗闇ならそれは元も子もなくなる。

    アタシのように何も考えず、ただトラウマから逃れたい一心で上京などしたら、どうなるか。

    行った先で成功するか。
    たまたま幸運に巡り合うか。

    「イッチニ、サンシ…」

    紗枝ちゃんは、前者。
    幸子ちゃんは…多分後者。

    …アタシは間違いなく後者。

    「はい!ワン・ツー!ワン・ツー!」

    もし右京さんがアタシに目もくれなかったら、どうなっていたか。

    …今頃働いてたアルバイト先で正社員登用制度の項目に真剣に向き合ってたかもしれない。

    「…うん!今のは良かった!じゃあ、もう一回通しでやってみよう!」

    「はい!」

    でも、それも悪くないんじゃないかと思ってるのも確か。

    少なくとも、今の仕事よりは安定してお金は入るだろうし、正直嫌いじゃなかったし。

    「…そういえば、ユニットデビューの噂が流れているようだが…」

    「はい。だけどその前に幸子ちゃんのデビュー曲もありますし…」

    「ふむ。輿水か…」

    …でも、じゃあそっちに戻るかと聞かれたなら、答えはNO。

    「何かあったんですか?」

    「ん?…いやな、私も色んなアイドルにこうやってレッスンを行ってはきたが…あそこまで運動神経が無いのは初めてだ」

    「あー…」

    それを幸子ちゃんに聞いても同じ答えが返ってくるだろうとアタシは思う。

    「ただ、ガッツはそんじょそこらの者達より遥かに上だ。人は見た目によらないというのは本当だったよ」

    「…それ、聞かなかったことにしておきます」

    …何故か。

    それは、まあ。

    …言わなくたって分かると思う。

    364 = 1 :

    「…」

    ふと、カレンダーに目をやる。

    今月の日にちのほとんどに可愛らしい色取り取りの丸印がつけられている。

    ひと月でこれだけあるのは、それだけ有名アイドルを育てている証拠なのだろう。

    そんな中、特に装飾のない薄紫の蛍光ペンで囲われた日にちに目をやる。

    「…あ…」

    幸子ちゃんのデビューまで、後数日を切っていた。

    …時が経つのは、意外と早い。

    そういえば、最近幸子ちゃんのレッスン量はかなり増えてきた。

    事務所にいる時間よりも、レッスンルームにいる時間の方が長くなり、346に来る時はジャージのまま行動するのは珍しくなくなった。

    紗枝ちゃんにはからかわれたりしてるけど、いちいち着替えるよりそのままで居る方が時間を効率的に使える、と。

    …あの子らしいや。

    「…さ!休憩は終わり!ぼさっとしてると時間は過ぎてくままだぞ!」

    「あ、はい!」

    …この人の熱血漢な話し方も、もう慣れた。

    365 = 1 :

    今西「…」

    右京「…」

    今西「…」

    右京「…」

    今西「…さて、どこから話そうかな…」

    右京「まずは、こうなった経緯…」

    今西「ふむ…」

    右京「それから、何故これを僕に渡したのか」

    今西「ほう…それを…渡したと?」

    右京「ええ」

    今西「どうしてそう思うのかね?」

    右京「まず、部屋の鍵がかかっていませんでした」

    今西「たまたまいなかっただけかもしれんよ?」

    右京「だとしたら、大変不用心な方だと思いますがねぇ。部長職の貴方が、会社の機密情報が入った机や金庫を野放しにするなど…」

    今西「ふむ…」

    右京「そして、机の上の書類。役員クラスの貴方に届くようなものですから、ファイルに入れてしまっておくか、机の上に置くならば裏返して重石を乗せておくなりするはずです。…しかし、書類は綺麗に表になっていました。見てくれと言わんばかりに」

    今西「…」

    右京「そして、このメモリースティック」

    今西「…」

    右京「これもまた、これ見よがしに置いてありました」

    今西「…うむ」

    右京「書類の内容はユニットを作る代償として、僕の転勤。そしてこのメモリースティックの内容は…」

    今西「…君の事だ。もう察しはついているんだろう?」

    右京「ええ。あくまで僕の憶測ですが」

    今西「…」

    366 = 1 :

    右京「千川さんに、ここ数ヶ月のうちの、ここに届いた納品書をある程度見せて頂きました」

    今西「うむ」

    右京「すると、不自然なまでに大量発注されていたものが、これまた大量にありました。このメモリースティックもそれと同様…」

    今西「…」

    右京「…架空発注」

    今西「…うむ」

    右京「キックバックを受け取っているのは、誰でしょう?」

    今西「…」

    右京「…」

    今西「役員は、全員…受け取っているよ」

    右京「…」

    今西「…私も、その一人だ」

    右京「社長もでしょうか?」

    今西「…それは、ノーコメントだ」

    右京「そうですか…」

    今西「…」シュボッ

    右京「…」

    今西「…君は、どうするつもりかね?」フゥー

    右京「その台詞、そのまま返しましょう」

    今西「…そうだったね。…うむ…そうだ」

    右京「僕に、どうしろと?」

    今西「…君の、好きにしたまえと…言える訳がない、か」

    右京「…」

    今西「私はね、杉下君」

    右京「ええ」

    今西「君が、君の生き方が、羨ましかったんだよ」

    右京「はいぃ?」

    367 = 1 :

    今西「ただひたすら真実を追求し、ルールに基づき行動する」

    右京「…」

    今西「それを当たり前のようにやってのける君が、羨ましかった」

    右京「それが、当たり前の事だと思っていますから」

    今西「その当たり前の事が、当たり前のように出来ないのが今の社会、サラリーマンの社会なんだ」

    右京「…」

    今西「…小さな違反なら、どこもかしこもやっている」

    右京「…」

    今西「だが、それで良いわけがない」

    右京「ええ」

    今西「…だから、君にこの問題を任せようと…思った」

    右京「…思った…」

    今西「ああ。思った、だ。何せその時にあのとんでもない通達が来たものだからねぇ」

    右京「…」

    今西「あれは間違いなく予防策だ。君という制御不能の人間を遠ざけ、それと同時に人質も取った…」

    右京「…」

    今西「…正直、ここまで腐敗しているとは思わなかったよ」

    右京「…意見を言わせてもらえるならば」

    今西「む…?」

    右京「罪に屈した貴方が、上の人間をとやかく言う資格は無いということです」

    今西「…間違いないね」

    右京「しかし、後悔しているというのならば」

    今西「…」

    右京「しっかりと、罪の意識を持つべきです。これからもずっと、さらに、貴方は後悔し続けるべきです」

    今西「…うむ」

    右京「そして、僕もまた、後悔し続けるでしょう」

    今西「…」

    368 = 1 :

    右京「これは、お返しします」

    今西「ああ」

    右京「それでは、これで」

    今西「うむ。…すまなかったね」

    右京「…ああ!それと、もう一つ」

    今西「?」

    右京「真実というものは、いつか必ず白日の下に晒されるものです。どれだけ闇に葬られようとも」

    今西「…」

    右京「今回の場合、それの役目を負うのは、僕は出来ない、というだけです」

    今西「…ならば、私からも聞いていいかね?最後に一つ」

    右京「何でしょうか」

    今西「…もしも、君がこちら側にいたら…どうだったかね?」

    右京「はいぃ?」

    今西「君が私の立場だったら、屈していたかね?」

    右京「…」

    今西「…たまたま運が悪かった。そう、言い訳することは出来ないものかね…」

    右京「…」

    『アイドルというものは、どうやらボクにとっては天職だったかもしれませんね!!』

    右京「…僕にとって、プロデューサーという職業は向いていないようです」

    今西「…私も、そう思うよ」

    右京「…」ペコ

    今西「…」


    今西「…」フゥー


    今西「…お返しします…か…」


    今西「…」ペラ


    今西「…」


    今西「…私が守ったものは、私自身に過ぎなかった、か…」

    369 = 1 :

    幸子ちゃんがアタシ達のリーダーになって、数日後。

    「…あー…緊張する…」

    その日はやってきた。

    「何で友紀さんが緊張するんですか…」

    「ほんまどすなぁ。ウチの時なんて次の仕事はーなんて言うてましたのに」

    「だって幸子ちゃんのデビューだよ!?緊張するじゃん!」

    「ボクは雛鳥か何かですか!!」

    幸子ちゃんの、念願の歌手デビューの日がやってきたのだ。

    370 = 1 :

    「自分のことではなく、誰かの事で緊張する余裕が出来たということですかねぇ」

    「うー…言い方悪いぞー」

    ちょっと年長者らしくしたらこれだもんなあ。

    …だけど。

    「…」

    当の本人は全く緊張していない、わけがない。

    「…」

    ヘッドホンを着けて何度も繰り返し練習している。

    「精神論になりますが、練習はやっただけ力になります。やればやるほど…」

    「うん。…でもアタシだって…」

    「君は、本番前日の夜テレビを観ていましたねぇ」

    「うっ…な、何でそれを…」

    「電話越しに、君の声に重ねて聴こえてきましたから」

    「ああ、それならああなるはずどすわ」

    「あ、あんなプレッシャーかかるって思わなかったもん!」

    「ちょっと!静かにしてくださいよ!集中してるんですから!」

    幸子ちゃんがヘッドホンを外し、注意を促す。

    …アタシが言うのもなんだけど、これじゃどっちが年長者か分かんないよね…あはは。

    371 = 1 :

    「そない神経質にならんと…力抜いて、普段通りやったらええんどすえ」

    「そう簡単に言ってくれますけどね…」

    「小早川君は、全く緊張していませんでしたからねぇ」

    「しとらんことはなかったんどす。せやけど失敗したら失敗したで、それがデビュー仕立てのウチの実力なんやと言い聞かせよ思いまして…」

    「それ、開き直りと言うんですよ」

    「ええやありまへんか。結果オーライっちゅうことどすわぁ」

    そりゃ、右京さんにも臆せず立ち向かえるんだもんなあ。

    …流石、としか言えないや。

    「…まあ、参考にしてあげますよ。メンバーの意見も取り入れるのがリーダーの務めですからね!」

    「失敗したら開き直るリーダーなんてウチ嫌やわあ」

    「アドバイスくれたんですよね!?」

    「…あ!もうそろそろ準備しなきゃ!幸子ちゃんほら早く早く!」

    「え!?あ、ああ!もう!こうなったらやってやりますよ!!もう!」

    「幸子君。僕からも一つ」

    「え?な、何ですか?」

    「これからも、色んなことがあるでしょう」

    「…?」

    「?」

    …?

    「どうか、変わらない、飾ることのない君達のままでいてください」

    「は、はい…」

    「…?」

    …いきなり、どうしたんだろ…。

    …君達?

    372 = 1 :

    『会場にお越しいただいた皆様、ありがとうございます!』

    友紀「アタシ達の時もこうやって暗転してたよね…」

    紗枝「そうどすなぁ。なんや懐かしい思い出になりましたわぁ」

    『本日、346プロダクションより歌手デビューを果たす子が来てくれました!』

    友紀「うんうん…」

    右京「ちなみに、ここでユニット名を発表するらしいですねぇ」

    友紀「えっ?」

    紗枝「それはそれは…サプライズ返しされましたわぁ」

    『そしてなんと、なんと!その子はあの姫川友紀ちゃん!小早川紗枝ちゃんとユニットを組み、なんと!そのリーダーに抜擢された実力者なのです!』

    友紀「うわー…めっちゃお客さん盛り上がってる…」

    紗枝「今頃向こうで白くなっとるんちゃいます?」

    『そして今宵、そのユニット名が決まったのです!』

    紗枝「…」

    友紀「…」

    右京「…」

    『その名は、『KBYD』!!『カワイイボクと、野球どすえ』!!』

    紗枝「」

    友紀「」

    右京「おやおや…」

    『『KBYD』!これからの活躍に目が離せませんね!!』

    紗枝「ウチ向こう行ってきます」

    友紀「ダメダメダメ!!荒らしに行く気満々じゃんか!」

    紗枝「あないな名前、納得出来まへんえ!!あない金魚の糞の糞みたいな名前!!」

    友紀「アイドルがそんなの言わないの!!」

    右京「君達が彼女に任せたんですよ」

    紗枝「う…せやかて…」

    右京「今は、彼女の晴れ舞台を見ることにしましょう」

    友紀「…ん。まあ、そう…だね!」

    紗枝「…そう、どすなぁ」

    『それでは皆様!彼女の名前を呼んであげてください!!せーのっ!輿水ー!?』

    「「「幸子ちゃーーーーん!!!」」」

    373 = 1 :

    http://youtu.be/jMxTo56Z-88

    友紀「やっぱりみんな薄紫のペンライト持ってきてるね…」

    紗枝「これも前情報いくつか流しておいたからどすか?」

    右京「僕は君達の時も、色まで指定はしませんでしたよ」

    紗枝「ほー…」

    右京「それはつまり、その色が君達の個性だということです。皆が一様に思う程…」

    友紀「アタシが、オレンジ…」

    紗枝「ウチが、ピンク…あれ、ズルないどすか?薄紫色なんてそない被りまへんえ」

    友紀「まあ、アタシ達確かに単色だしね…」

    右京「でしたら、埋もれないよう目立つ努力をしましょう」

    友紀「…あ!こ、転んだ!転んじゃっ…うわー…」

    紗枝「思い切り体ひねって回避しましたえ…」

    友紀「本人は誤魔化してるつもりだけど、一切誤魔化せてないよね、あれ」

    右京「…幸か不幸か、小早川君のアドバイスが効いたようですねぇ…」

    紗枝「どう見てもお笑い芸人どすえ」

    友紀「あ、あはは…」

    374 = 1 :

    幸子「いやー、流石はボクですね!多少のアクシデントにも動揺することなくやりきりました!」

    紗枝「汗びっしょりどすえ」

    友紀「絞れそうなくらい出てるよ」

    幸子「当たり前でしょう!!どれだけ精神をすり減らしたか…」

    右京「きちんと見ていましたよ」

    幸子「見なくていいんですよ!」

    右京「そして、君の初めてのLIVE。成功したかどうか…」

    幸子「…」

    右京「…観客の方達を見れば、分かるでしょう」

    幸子「…」

    「「「アンコール!アンコール!」」」

    紗枝「もっかい転べ言うてますえ」

    幸子「おかしいでしょ!!そうなってるならただのお笑い芸人ですよ!!」

    友紀「…ふふっ」

    幸子「な、何がおかし…わっ」

    紗枝「あら…」

    友紀「…じゃ、アンコールに応えよっか!」

    紗枝「…」

    友紀「今度は、アタシ達で、ね?」

    幸子「…」

    友紀「ね?」

    紗枝「…そうどすなぁ」

    幸子「ふ、ふふふ。ならばせいぜいボクについてくることです!」

    紗枝「嫌やわぁ。ウチあない芸人みたいな真似…」

    幸子「だーかーら!!」

    友紀「右京さん!」

    右京「カメラの準備なら、出来てますよ」

    友紀「…うん!じゃあ……行ってくるね!」

    右京「ええ」

    375 = 1 :

    幸子ちゃんと、紗枝ちゃんの手を引き、舞台へ上がる。

    それと同時に、大きな歓声が聞こえてくる。

    衣装を着た幸子ちゃんと違い、私服姿のアタシ達は浮いたように見えるかもしれない。

    勝手に来てしまったからか、スタッフも少し慌てていた様子だった。

    けど、すぐに納得した様子でライトをこちらに向ける。

    「みんなー!!待たせてごめんねー!!」

    観客が手を振る。

    どこに隠し持っていたのか、アタシ達専用のペンライトを取り出す。

    オレンジ、ピンク、薄紫。

    3つのペンライトが、ホールを彩る。

    「先程はホンマにお見苦しいモンを…」

    「何でですか!!嘘でも良いから褒めて下さいよ!!」

    その光景を見て、改めて確信する。

    「アタシの名前はー!?」

    「「「ユッキー!!」」」

    「ウチはぁ?」

    「「「紗枝ちゃーん!!」」」

    「ではボクは!!」

    「「「幸子ーーー!!!」」」

    「呼び捨てにしない!!」

    …アタシって、本当に幸せ者だ。
    http://youtu.be/CTl1BDngldc
    http://youtu.be/kpiYajeu7-s
    http://youtu.be/jMxTo56Z-88

    376 = 1 :

    友紀「右京さん!」

    右京「ええ、見てましたよ。ああ!それに勿論、きちんと収めさせて頂きました」

    友紀「あ!見せて見せて!」

    紗枝「あらぁ…なんやいけるもんどすなぁ」

    幸子「当たり前です!なんせこのボクがまとめているんですから!」

    紗枝「そやなあ。良かったどすなぁ」

    幸子「あー!またバカにしてー!」

    紗枝「ふふ。今はまあ…終わったということで。結果は出しましたさかい…」

    右京「ええ。本当に…」

    友紀「よーし!じゃあ早速打ち上げだー!」

    紗枝「そうどすなぁ。幸子はん、今日は女将はんに頼らんと晩御飯食べられますえ」

    幸子「む…し、仕方ありませんね!なら、せ、折角ですから?行ってあげても…」

    紗枝「幸子はん不参加らしいどすえ」

    幸子「行きます!行きますって!!」

    紗枝「ふふ。そうならそうと早よ言わな…」

    友紀「…じゃ、これで決まりだね!KBYD!結成だー!!!」

    幸子「わっ!…ちょ、ちょっと!こんなところではしゃがないでください!」

    紗枝「ふふ…ほんまに陽気なお方…」

    右京「…そうですねぇ。時間も早いですが…着替えたら事務所に戻り、行くとしましょう」

    友紀「うん!」

    377 = 1 :

    「んー!これ美味しー!!」

    「ちょっ…それボクのですよ!もう!友紀さんのも貰いますからね!」

    「ええなあ。賑やかで…」

    「たまには、良いものですよ」

    右京さんの新たな行きつけとなった店で、アタシ達だけの密かな打ち上げが行われた。

    ユニット結成の、記念パーティー。

    静かな店でこういうことをするのは、よろしくないのかもしれないけど、店の人も快く許可してくれた。

    それどころか暖簾を片付け、貸切にまでしてくれた。

    『まあ、良かったじゃない。そのうちアタシらも祝ってあげるから』

    早苗さんや瑞樹さんも、アタシ達の門出を喜んでいてくれた。

    「これからも頑張っていこー!」

    「もう…飲み過ぎですよ!友紀さんが寝ても面倒なんか見ませんからね!」

    「えー…リーダーのくせにぃ…」

    「年長者でしょ!!ちょっとは自制して下さいよ!」

    とても、楽しかった。

    楽しくて、仕方なかった。

    これからのことを、思い浮かべて。

    未来の自分達を、思い浮かべて。

    だけど、それを思い浮かべていたのは。

    …アタシ達だけだったんだ。

    「右京さん!もう一回カンパーイ!」

    「…ええ」

    アタシ達が、右京さんの、姿を見たのは。



    …この日が、最後だった。

    第十一話 終

    378 = 1 :

    ごめんなさい終わりませんでした
    次が最終回です

    文章力無えなぁ…

    379 :


    待ってたよ
    次も待ってる

    381 :

    おつ

    382 :


    毎度見やすいし面白いよ

    383 :

    乙~1クール分あるな映像化はよ

    384 :

    「…」

    それは、あまりにも突然だった。

    「…」

    突然過ぎて、訳が分からなかった。

    「…」

    予想など、出来るわけがない。

    「…」

    その人は。

    「…」

    杉下右京という人間は。

    「…」

    …まるで、初めから存在していなかったかのように。

    自分が居た痕跡を、自分を。

    全てを、消した。

    385 = 1 :

    幸子「…どうして…」

    友紀「…」

    幸子「…どうして、こんな事に…」

    紗枝「…」

    幸子「…ボクは、ボクはただ…」

    友紀「…幸子ちゃん…」

    幸子「…楽しく居たかった。それだけなのに…」

    紗枝「…そないなこと…ウチかて…」

    友紀「紗枝ちゃん…」

    幸子「右京さんは…どうして辞表なんか…」

    紗枝「…」

    友紀「…」

    幸子「折角、これからだって時に…」

    紗枝「ほんまどすなぁ…」

    幸子「…〜ッッッ!!!」

    友紀「…」

    386 = 1 :

    アタシ達が、打ち上げを終え、休みとなった翌日。

    右京さんは一人でプロジェクトルームに入り、荷物を片付けた。

    辞表は既に今西部長に渡していたそうだ。

    有給休暇を使い切った後にそのまま辞める、と。

    一言に纏めればそう書いてあったらしい。

    あまりにも突然の事に、早苗さんや瑞樹さんも驚いていた。

    …だけど、違う反応を見せた人もいた。

    ちひろさん。

    米沢さん。

    今西部長。

    …あの人達は、間違いなく何かを知っている。

    そう確信していた早苗さんや瑞樹さんは、3人にそれぞれ事情を聞きにいった。

    けれど、3人とも口を閉ざしていたそうだった。

    …それが自身の身を守る為であるならば、無条件で怒るつもりだった。

    そう2人は語っていた。

    …けれど、怒る事は出来なかった。

    3人の顔は、決して自分を守るといったもののそれではなかった。

    決して演技派ではない彼らの表情は悲しみに満ちており、早苗さんも瑞樹さんも、それ以上は聞くことが出来なかったらしい。

    「…」

    勿論、今に至るまでに何度も何度も、電話やメールをした。

    …でも、相変わらず返事は無い。

    「…」

    右京さんが残したものは、どうやらただの物ではなかったようだ。

    …あまりにも、酷なものを残してくれた。

    「…」

    …残したものは、ただの虚しさだけだよ。右京さん。

    387 = 1 :

    「3人のこれからについてですが…」

    ちひろさんが努めて冷静に、プロデューサーのいなくなったプロジェクトのこれからを事務的に話し出した。

    「…」

    けど、紗枝ちゃんはそれを聞こうとはしない。

    明後日の方向を向き、ちひろさんに敵意を剥き出しにする。

    アタシと幸子ちゃんは、彼女がいつちひろさんに喰ってかかるか心配でいつでも抑え込めるよう準備していた。

    普段は大人しい彼女が牙を剥くというのがどれだけ恐ろしい事なのか、それなりに付き合いの長いアタシ達は重々承知していた。

    「新しいプロデューサーさんに着いていただいて…」

    …確かに、何かを隠してるのは分かっているのに何も知ることが出来ないのはフラストレーションが溜まる。

    「…それで…」

    「ええ加減にしとくれまへんか?」

    「え…」

    388 = 1 :

    …初めに限界が来たのは、勿論紗枝ちゃん。

    「…紗枝さん」

    幸子ちゃんが彼女の袖を柔らかく摘む。

    紗枝ちゃんはそれを制止し、決して喰ってかかることはないと態度で示す。

    「ちひろはん。そない態度と話で、ウチが納得すると思うとるんどすか?」

    「…」

    そして座ったまま、ちひろさんに思いの丈をぶつける。

    「何故右京はんが辞めたんか、辞めなければあかんかったんか…その辺をウチにも分かり易く説明してくれへんと、聞くもんも聞きたないんどすわ」

    普段よりも低い声で、はっきりと敵意を示す。

    「…それは…」

    だけど、その質問に彼女は答えない。

    答えられない理由があるのかもしれない。

    「…お答え出来ません」

    「そうどすか。…ほな、ウチもこれ以上は聞けまへん」

    「…しかし…」

    「紗枝ちゃん。ちひろさんだって…」

    「分かっとります。ウチまで辞めるとまでは言いまへん。ただその程度でクビ言うんやったら…話は別どすわ」

    「さ、紗枝ちゃん…」

    「それに友紀はんもほんまは何かを知っとるんとちゃいますか?」

    …。

    389 = 1 :

    …正直、なんとなくは目星はついてる。

    …それは、右京さんの過去。

    彼が、牙を向けた相手。

    この会社の、役員の人達。

    そして、その結末。

    「…」

    「黙っとるっちゅうことは、何か隠しとる…ゆうことでええんどすな?」

    隠すつもりは、無い。

    だけど、ちひろさんや米沢さんの件を聞くと、喋って良いのかどうか分からない。

    「…」

    アタシも、演技力には自信はない。

    だから、こうやって突っ込まれると弱い。

    「ウチらだけ蚊帳の外。幾ら何でも酷いとちゃいます?」

    「…」

    「…」

    アタシとちひろさんは、ただ紗枝ちゃんの言葉を黙って聞くしかなかった。

    「…もう、ええどすわ。ウチは今日は帰らせていただきます」

    乱暴に立ち上がり、荷物を持って出ていく紗枝ちゃんの背中も、黙って見続けることしか出来なかった。

    「紗枝さん」

    「…」

    …ただ一人、幸子ちゃんを覗いて。

    390 = 1 :

    紗枝「どうされました?」

    幸子「こうやって話を聞くのも仕事ですよ」

    紗枝「気分が悪いんどす。体調不良とでも言うといて下さいな」

    幸子「話を聞くことくらい出来るでしょう。聞いた後は帰って良いですから」

    紗枝「…この方を、庇うんどすか?」

    幸子「庇うじゃありません。ボク達のこれからの仕事の方針を一生懸命話してくれてる人に耳を傾けるのは人として当然ということです」

    紗枝「一生懸命?その方元々右京はんを煙たがってはった方の一人どすえ?」

    幸子「それがどうしたっていうんですか?」

    紗枝「…それが?」

    幸子「ボク達はアイドルです。アイドルの仕事はファンの方々を笑顔にすることです。プロデューサーが代わっただけで…」

    紗枝「…話になりまへんわ」

    幸子「…」

    紗枝「ウチらが今までやってこれたんは、ウチらだけの力やない。それをそない言い方…」

    幸子「いい加減にして下さい!!」

    紗枝「!」

    友紀「!」

    ちひろ「!」

    391 = 1 :

    幸子「貴方は、何の為にアイドルをやってるんですか!?」

    紗枝「…」

    幸子「プロデューサーの為だけですか!?右京さんの為、それだけですか!?」

    紗枝「そ、そないなことは…」

    幸子「貴方がここまでやってきたのは、ボク達がここまでやってこれたのは、右京さんの力だけじゃないでしょう!?」

    友紀「…紗枝ちゃん…」

    幸子「…ボク達の力は、絆はそんな小さなものなんですか…?」

    ちひろ「…」

    幸子「ボク達の力は、右京さんがいなくなっただけで消えるようなものなんですか?」

    紗枝「…」

    幸子「…もし違うと言うなら、今すぐ出ていって下さい。そんな簡単に、ボク達のチームを否定出来るなら!!」

    紗枝「…!」

    友紀「さ、幸子ちゃん…右京さんだって、大事な…」

    幸子「そんな事分かってますよ!!」

    友紀「…」

    幸子「だけど、まだ…まだここにはいるでしょう!?貴方も、貴方も!!ボクも!!」

    紗枝「幸子はん…」

    幸子「…確かに、右京さんはいなくなってしまいました。…でも…」

    友紀「…」

    幸子「…まだ、右京さんはいるじゃないですか…」

    紗枝「…」

    幸子「…ここに」カタ

    392 = 1 :

    幸子ちゃんが手に取ったもの。

    それは、アタシ達全員集合の写真が貼られていた写真立て。

    右京さんはあまり写真に写る事を好んでおらず、その数は少ない。

    その中の一番写りの良いものを手に取って、アタシ達に見せた。

    その行為が意味するもの。

    いくらアタシでも、それは分かる。

    「…まだ残ってるでしょう?」

    歩み寄り、アタシの胸をぽんと叩く。

    「…」

    「ボク達が忘れない限り、右京さんはここにいます。ボク達の、心の中に」

    「あ…」

    今なら、なんとなく分かる気がする。

    何故、右京さんが幸子ちゃんをリーダーにすることに賛成したのか。

    それは、多数決などではない。

    「…」

    アタシの目に映る、幸子ちゃん。

    その後ろに見える、一人の影。

    「…右京…はん…?」

    …そうだ。

    まだ、ここにいるんだ。

    「…」

    涙のせいで、見えなくなったけど。

    右京さんは、まだここにいる。

    「…何泣いてるんですか。二人とも…」

    「…幸子ちゃんだって…」

    「…それでは、話を、続けましょうか」

    一つ咳をしたちひろさんが、アタシ達の真ん中に立ち笑顔で話す。

    「…うん」

    …でも、その前に。

    「ちひろさん」

    「…はい」

    「…ティッシュ下さい」

    「……はい……」

    393 = 1 :

    早苗「…いざいなくなると、何か虚しいもんね」

    瑞樹「そうね。憎まれ口叩いてたの貴方だけだけど」

    早苗「うっさいわね。気遣ってたのよ」

    瑞樹「あら?貴方にもそんな優しさがあったの?」

    早苗「アタシの半分はバファリンで出来てんのよ」

    瑞樹「なら優しさ1/4しかないじゃない」

    早苗「それだけあれば十分よ」

    瑞樹「…にしても、一番ショックを受けてるのは、あの3人よ」

    早苗「そうね。…で、どうするの?」

    瑞樹「どうするって…」

    早苗「アタシらが出来ることなんて、見守ることくらいよ」

    瑞樹「…」

    早苗「これからの、あの子らの行く末を…」

    瑞樹「…」

    早苗「…ん?」

    瑞樹「何?」

    早苗「…」

    瑞樹「…」

    早苗「…本当に見守るだけで良さそうね」

    瑞樹「…そうね」

    早苗「…あー。何か心配して損した…」

    瑞樹「損得で考えてたの?やっぱりそういう人間なのね」

    早苗「何よ。アタシはバファリンで出来てんのよ」

    瑞樹「アンタもうただのバファリンじゃない」

    …。

    友紀「よーし!今日はアタシが奢っちゃうぞー!!」

    紗枝「はいはい。今日はどこのファミレスどすか?」

    幸子「ちょ…皆さん速過ぎですよ!」

    394 = 1 :

    「…」

    「お待たせしましたー!ミルクティーの…セットです!」

    「ああ、どうも。そこに置いといてくれますか?」

    「あ、はい。…でも、出来立てが…」

    「もうすぐ来るはずですから。だから気にしないで」

    「?…あ、い、いらっしゃいませー!」

    「あ、それ。その人僕と待ち合わせてる人」

    「え?あ、は、はい!」

    …。

    「いやあ、久しぶりだねぇ」

    右京「…」

    「お前も何か頼んだら?ここのセットは美味しいんですよ」

    右京「その前に、確認したいことが一つ、あります」

    「何?」

    右京「貴方は、小野田官房長で宜しいんですね?」

    「…」

    右京「どうでしょうか?」

    「…」

    右京「…」

    小野田「うん。よく分かりました」

    395 = 1 :

    右京「やはりそうでしたか」

    小野田「ちなみに、どうして分かったの?」

    右京「僕は、どうやらここでは貴方とは殆ど関わっていないようですから」

    小野田「あ、そうなの?」

    右京「ええ。それなのに随分僕の事を知っていらっしゃるようでしたから」

    小野田「ふーん。まあいいや」

    右京「…貴方は、何か聞きたいことは?」

    小野田「勿論、ありますよ」

    右京「…」

    小野田「まず、どうして今回の件で何もしなかったのか。気になりますね」

    右京「何もしない、というのは告発しなかったということですか?」

    小野田「うん。お前の事だからやると思ってた」

    右京「…」

    小野田「アイドルの皆に影響を受けたのかな?」

    右京「…」

    小野田「どうやら今度の相棒達は、一癖も二癖もあったみたいですね」

    右京「影響を受けたかどうかはともかく、僕自身も疑問はありました」

    小野田「あれ?自分のしたことに疑問があるの?」

    右京「ええ。大きな罪を見逃すというのは、少し…いえ、とても心苦しいものでした」

    小野田「…」

    右京「…」

    小野田「…じゃあ、こう考えたらどうですか?」

    右京「はいぃ?」

    小野田「彼女達の笑顔を再び消す事になるかもしれない…それもまた、大きな罪」

    右京「…」

    小野田「…お前のキャラじゃないね」

    右京「…いえ」

    396 = 1 :

    小野田「で?お前はこれからどうするの?」

    右京「どうですかねぇ…」

    小野田「ここの警察官にでもなる?」

    右京「それも悪くありませんが、恐らく僕はもうすぐ戻るでしょう」

    小野田「どうして?お前も死んだんじゃない?」

    右京「どうでしょう。ただ当初の目標は達成しましたから」

    小野田「ふーん」

    右京「…これから貴方はどうするおつもりですか?」

    小野田「まだ汚職を続けるかってこと?…心外ですね。僕は無関係ですよ」

    右京「受け取っている時点で貴方も同じですよ」

    小野田「あ、そうだね。じゃあ…辞める原因も出来たかな」

    右京「…」

    小野田「これからは余生を静かに過ごします。ゆっくりと」

    右京「…そうですか」

    小野田「お前もさ、大概にしなさいよ。もう良い歳なんだから」

    右京「残念ながら、僕はまだそのつもりはありません」

    小野田「そっか」

    右京「それでは僕はこれで」

    小野田「あれ?食べてかないの?奢ってあげようと思ったのに」

    右京「僕はもう食べてきましたから」

    小野田「ふーん。変わりませんね。お前は。…それじゃ」

    右京「…」ペコ

    397 = 1 :

    幸子「…右京さんと友紀さんに、そんなことが…」

    友紀「あの時はさ、正直驚いたよね」

    紗枝「?」

    友紀「え?いや…普通さ、スカウトって…何か、名刺渡してはいさよならみたいな感じじゃないのかなって…」

    幸子「…確かに、イメージとしては…」

    友紀「でもさ、右京さんは違ったんだよね」

    紗枝「それはもう…よう分かっとりますわ」

    友紀「もう絶対アタシをアイドルにする気満々でさ…。その為なら2時間でも3時間でも10時間でも付き合ってやるって感じでね」

    幸子「ボクの時も、そうでしたね…」

    友紀「…今になってみると、ぜーんぶ、右京さんの掌の上だったのかなーって」

    幸子「…」

    紗枝「…」

    友紀「でもね?悪い気が一切しないんだよね…」

    幸子「どうしてですか?」

    友紀「…何だろ…よく分かんないや」

    紗枝「よお分からんのに…?」

    友紀「だってさ、右京さんって、絶対人を悪く言ったりしないし、絶対に見捨てたりしないんだよね」

    幸子「…そうですね…」

    友紀「怒られたこともあるけど、それでも見限ったりするなんてこと絶対無かったよね」

    紗枝「ウチらが諦めない限り、どこまでも背中を押す…」

    幸子「…」

    友紀「…不思議な人…」

    紗枝「…」

    友紀「…だったよね」

    幸子「…でしたね」

    紗枝「そやったなぁ…」

    398 = 1 :

    少し無理をしようと敷居の高そうな店に入ろうとしたところ、制止されて近くのファミレスで落ち着いた。

    …アタシのお財布事情は、筒抜けなようだ。

    そこでアタシ達は、これからの話に前向きに行こうと語っていた。

    だけど、話はいつの間にか思い出話になり、その話題の中心はやはり右京さんになっていた。

    そして、その話は幸子ちゃんも紗枝ちゃんも詳しくは知らなかったアタシと右京さんの出会いにシフトされていた。

    「人生なんて…重い言葉使いますなぁ…」

    「何でだろうね。今思えばこれ、愛の告白みたい」

    過去の話でのたうちまわる経験ならたくさんあるけど、それがつい半年前のことだからかのたうちまわろうにも出来なかった。

    「…まあ、紗枝さんの事は分かりましたけど…まさか友紀さんも…?」

    「うえっ!?さ、流石に無いよ!っていうか向こうもそう思ってるよ!」

    紗枝「はて…どうだか…」

    「だって考えてみなよ…。少なくとも年齢差30以上あるんだよ?」

    「ボク達なんて40はいきますよ」

    「これ、絶対無理だって。世間的に」

    「まあでも、ウチらの中では…」

    「比較的マシな部類…」

    「アタシ達の中ではマシって…そんなこと言ったらキリないじゃん!」

    「ふふ。冗談冗談…」

    「もー…」

    思い起こせば、密度の濃い時間だった。

    …けど。

    「…でも、楽しかったね…」

    「楽しい事ばかりじゃなかったですけどね…」

    「…まあ、そうだけど…」

    「全て踏まえた上で、楽しい時間…」

    「まあ、ね…」

    …だけど。

    「…せやけど…」

    「…ええ」

    「…もう、いないんだよね…」

    …それは、もう。

    過去の話となっていた。

    399 = 1 :

    紗枝「…さ!思い出に浸ってる時間もありまへん!」パン

    幸子「紗枝さん…」

    紗枝「幸子はんが言うたんどすえ?これからも何とかやってく、と…」

    幸子「…そう、ですね…」

    友紀「…紗枝ちゃんは、その…」

    紗枝「…確かに、初めは右京はん目当てでここに来ましたわ。それは認めまひょ」

    幸子「公然の事実ですけど」

    紗枝「…せやけど、もう…それだけやないんどすわ」

    友紀「…」

    紗枝「こんな深く、太く繋がったん、もう千切りようがない…」

    幸子「…」

    友紀「…」

    紗枝「…ちゃいます?」

    友紀「…うん!」

    幸子「はい!」

    紗枝「ほな、先ずはユニットデビューしたゆうことで…勿論!歌は欲しいどすわ…」

    幸子「あ、それボクも思いました!」

    友紀「じゃあさ!歌詞はアタシ達で書くとか!」

    紗枝「ええどすなぁ。その代わり野球系の単語は禁止どすえ」

    友紀「え!?アタシのアイデンティティが!!」

    幸子「なら紗枝さんは京都系禁止で」

    紗枝「ほんならカワイイ禁止」

    幸子「もうボク達のアイデンティティ無いじゃないですか!!」

    紗枝「…」

    幸子「…」

    友紀「…」

    紗枝「…ふふっ」

    幸子「ふふふっ」

    友紀「えへへ…」

    …右京さん。

    アタシ達、これからも何とかなりそうだよ。

    400 = 1 :

    今西「…」

    米沢「…」

    今西「…君も、か」

    米沢「ええ。実を言うと私、ヘッドハンティングなるものを受けまして」

    今西「…そうか。それは…良かった」

    米沢「貴方はどうするおつもりですかな?」

    今西「…私は、まだ残らなくてはならない」

    米沢「ふむ。そうですか…」

    今西「…来年」

    米沢「む?」

    今西「来年、新しい人材がここに来る。部長職から始めるそうだ」

    米沢「おや。ここでもヘッドハンティングですか」

    今西「…いや、そうではない」

    米沢「…とすると、社長の親族の方ですかな?」

    今西「ああ。まだ私も二、三話した程度だが…かなり面白い人間だったよ」

    米沢「面白い…とは?」

    今西「まるで、彼らを見ているようだった。…若々しい目をしていたよ」

    米沢「ほう…貴方の言う彼らとは…例のお二方ですかな」

    今西「…願わくは…彼女がこの世の中に流されないよう…」

    米沢「…」

    今西「私が出来る罪滅ぼしは、それくらいだ」

    米沢「…そう、ですか…」

    今西「しかし、君がいなくなるとすると…いよいよもって私の昼時の話し相手がいなくなるな…」

    米沢「おや?まだいるではありませんか」

    今西「む…?……ああ…」

    「部長!今西部長!」

    今西「…そう…だね…」

    米沢「それでは私はこれで。彼にもよろしく伝えておいて下さい」

    今西「ああ」

    「今西部長!」

    今西「どうしたかね?」

    「…今西部長。その…杉下係長が…」

    今西「ああ。だが気に病むことはない。彼は満足して辞めていったよ」

    「…」

    今西「…君も、満足出来る人生を送りたまえよ」

    武内P「…はい」


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