元スレほむら「巴マミがいない世界」
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351 = 1 :
さやかに動揺はなかった。
ほむらの行動を、予想していたかのようでさえあった。
さやか「いらない」
ほむら「っ」
即答。
迷いは感じられなかった。
ほむら「……あなたの気持ちもわからないではないわ。でも、意地になっても仕方ないでしょう。ここは素直に受け取っておきなさい」
さやか「ありがとう。でも、別に意地を張っているわけじゃないから」
さやかはどこまでも平静を保っていた。
ほむらに対する反発すら感じられない。
その態度は、もはや彼女が意地などにこだわっていないということを物語っていた。
思い通りにいかないことに苛立ちを覚える。
先に冷静さを失ったのは、ほむらの方だった。
ほむら「わかっているの!? このままだとあなた、どうなるか……」
さやか「どうなるの?」
ほむら「それは……っ」
言えるはずがない。
ここで伝えたら、それがとどめになりかねない。
352 = 1 :
さやか「……知ってるんだ。まぁそんなこと、どうだっていいけどね」
ほむら「え?」
取り乱したほむらを前にしても、さやかは落ち着いていた。
さやか「あたしは今の自分に満足している。最後まで、正義を貫いて生きていたいんだ」
さやか「ソウルジェムに穢れが限界まで溜まったとき、たとえあたしが死ぬんだとしても……あたしはそれでも構わない」
……予想外だった。
さやかが、自身の死すら覚悟しているとは思っていなかった。
こうなると、もう言葉での説得は無理かもしれない。
ほむら「あなたの生き方は否定しないし、好きにすればいい。でも、だからといって自分から死ぬことはないでしょう。このグリーフシードを使えば……」
さやか「前にも言ったでしょ。あんたは信用できない。あたしを助けようとしてるのだって、あたしを思いやってのことじゃないでしょ? わかるのよ」
ほむら「……」
当然、こうなる。
さやかにとってほむらは、自分勝手な魔法少女のひとりでしかない。
少なくとも、単純にさやかを心配するような性格でないことは見透かされている。
それはつまり、裏があるということだ。
そんな人間の施しを受け、更にそれがほむらに利用されるのだとすれば、さやかが拒みたくなるのもわかる。
たとえ天秤に乗っているのが自分の命だとわかっていても、今のさやかは正義を優先するのだろう。
353 :
言葉だけじゃどうにもならないところまでくると、
ほむらに限らず大概の魔法少女は詰んじゃうよね・・・
乙
354 :
>さやか「ソウルジェムに穢れが限界まで溜まったとき、たとえあたしが死ぬんだとしても……あたしはそれでも構わない」
さやかが死ぬのは自業自得だけど、魔女化しちゃうんだよなぁ……。
「あなたは死なないわよ? 死ぬのは、魔女も魔法少女も知らない無関係な人たち。
あなたの正義は、無関係な人々を巻き込んだ死で終わるのよ」
とでも言えば、さやかも耳を貸しそうな気がするんだが。
355 = 353 :
>>354
そんなこと言ったら、魔女化の真相に辿り着いてしまうだろう
それで「死にたい」と思ってくれればまだいいけど、「死にたくない」って思い始めたら最悪だよ
何をするか分かったもんじゃない
356 :
正義、正義ねぇ…まどマギ世界でこれほど無価値で虚しい言葉はないだろうな
357 :
>>356
正義が無価値なのは魔法少女視点の話だよ
さやかは一般人視点から否定するだろう
358 :
ほむら(確かに、さやかが自分で納得しているのなら、それ以上は他人が口を出す話じゃない……)
──どう生きるか、あるいは、どう死ぬか。
それを決めるのは、常に当人であることが望ましいと、ほむらは考えている。
価値観などそれぞれで異なる上に、そもそも魔法少女に正しい価値観など存在しない。
当人が本心から納得できる生き方ができれば、それが一番なのだろう。
誰よりも、ほむら自身がそうしているのだから、そこを否定するわけがない。
359 = 1 :
ただし、それは──
ほむら(知ったことじゃないわね)
──ほむらの目的の妨げにならない場合に限る。
まどかを救える範囲内であれば、さやかの生き方を尊重することもやぶさかではない。
さやかを今日まで放置していたのは、それが理由のひとつでもある。
しかし、もうそんな余裕はない。
たとえさやかの生き方を歪めてでも、これ以上は放ってはおくわけにはいかない。
もう本当に猶予がないのだ。
この様子だと、明日にでもさやかは魔女になってしまうだろう。
やはり、何か手を打たなくてはならない、のだが……
360 = 1 :
ほむら(……どうする?)
さやかが魔女になれば、高確率で杏子が命を落とす。
そうなれば、ワルプルギスの夜を倒すことはほぼ不可能になる。
そうなれば、まどかは──
ほむら(……ダメだ。やはり放置しておくわけにはいかない。しかし……)
……さやかが魔女化しても、杏子が死なない方法を模索するべきか?
それがどれほど難しいかは、ほむらが一番よく知っている。
既に何度も試みたが、結局確実な方法は見つかっていない。
キュゥべえは甘くない。
さやかが魔女化したという事実は、杏子に無謀な賭けへと身を投じさせるには十分なのだろう。
やはり、さやかの魔女化を避けることが最も確実なのだ。
361 = 1 :
──この状況で?
ほむら「……」
……いや、方法はある。
最も確実な手段が、たったひとつだけ存在する。
しかし、この手段は──
このとき、ほむらは確かに揺らいでいた。
決して、ほむらは冷酷な性格というわけではない。
ただ、ほむらはとっくに覚悟を決めていたのだ。
目的のためなら、何を犠牲にしてでも前に進むという、覚悟を──
362 = 1 :
ほむら(今の私に、手段を選んでいる余裕はなかったわね)
揺らぎが止まる。
その目は、しっかりと前を見据えていた。
ほむら(もう、迷いはない)
ほむらは、現状と為すべき条件、自身の行動原理を再確認する。
ほむら「……」
やるべきことは、決まっていた。
そしてほむらは、ひとつの決断をする。
363 = 1 :
──さやかを殺すしかない。
364 :
おつ
365 :
おつ
ふと思ったんだが、時間停止中に「穢れを貯めたソウルジェムにグリーフシードを近づけて」も穢れは吸えないのかな?
366 :
乙です
あぁぁぁ…って感じだな
自分の中で可能な限りの手を打ってるのにどんどん崖っぷちに追い詰められている感じがたまらないわ(いい意味でなくww)
読んでて胃と心が痛くなってくる
367 = 366 :
>>365
停止中はムリなんじゃないかな?
描写的に、ほむらの時間停止って停止前に接触していないものは時間が進まないっぽいし
停止中にふん縛るかジェム取り上げて停止後にやれば、とか思ったけど、こっそりは出来ないし、知られたらそれで余計に濁るかもしれんね
368 :
>>367
叛逆の場合は触れることで後から動かすことも出来たみたいだけどアレは既に魔女化してるせいで能力拡張されてる可能性があるしな
369 :
乙
これではまどポのほむら魔女化ルートじゃないか・・・
「できる」と「やれる」は別物だもんねえ
魔法を使えば色々できるんだろうけど、魔法を使っているのが人間である以上、やれることには限りがある
370 = 369 :
間違えた
魔女化じゃなくて看取られエンドだった
大分昔の話だから記憶が曖昧になってる
371 :
ここでさやかが死ねば、杏子が死ぬことはない。
杏子はさやかの死を悲しみはするだろうが、それでほむらに協力しなくなるということもないだろう。
もちろん、さやかを殺したのがほむらであることを知られなければ、ではあるが。
さやかが連日魔女と戦っていることは、杏子も知っている。
さやかの死に疑問を抱くことはないはずだ。
ほむら「……」
ほむらはいつの間にか、冷静さを取り戻していた。
殺すのなら、できるだけ早い方がいい。
また、誰にも目撃されてはならないし、知られてはならない。
──つまり、今この時が絶好のチャンス。
372 = 1 :
さやか「話はおしまい? なら、あたしはこれで……」
さやかがほむらから目線を外す。
ここだ。
一瞬だが、このタイミングがベスト。
これ以上距離が離れては、警戒されてしまう恐れがある。
ほむらは素早く盾から拳銃を取り出し、さやかに向けて構えた。
さやか「……ッ!?」
狙いを定める。
狙うのはもちろん、さやかのソウルジェムだ。
完全な不意打ちだ。
さやかは全く反応できていない。
人を殺すということを意識しつつも、手がぶれることはなかった。
ソウルジェムを照準に収める。
この状態で、外すことはあり得ない。
自分はこんなに簡単に人を殺せる人間だったのかと、頭の片隅で思った。
思っただけだ。
そのことに対する驚きはなかった。
──銃声が響いた。
374 :
ガキィィィン!!
ほむら「……!」
しかし、銃弾がさやかのソウルジェムを砕くことはなかった。
さやか「あ……」
ほむら「……」
ほむらが引き金を引く直前、ほむらとさやかの間に飛び込む影があった。
杏子「……何やってやがる」
乱入者は、佐倉杏子。
恐らく、ほむらの目線と拳銃の角度から銃弾の軌道を予測し、槍で防いだのだろう。
杏子の乱入。
これは、ほむらにとって最も望まない展開だった。
ほむら(ここで佐倉杏子か……最悪ね)
これでもう、このままさやかを殺すわけにはいかなくなった。
さやかを殺したのがほむらだと知っていれば、杏子がほむらに協力するわけがない。
375 = 1 :
杏子「おいさやか、ここは逃げとけ」
さやか「……うん」
ほむら「……?」
さやかが素直に従ったことに若干の違和感を覚えたが、もう、気にする必要もないのかもしれない。
……この時間軸は、もうダメだ。
もはや、ほむらは諦めかけていた。
手詰まりだ。
ここから、ワルプルギスの夜が来るまでさやかの魔女化を防ぎ、その上で杏子と共闘し、ワルプルギスの夜を倒す……不可能だ。
さやかが魔女化しても、杏子が死なないことに賭けるべきか──
376 = 1 :
杏子「ほむらてめえ……どういうつもりだ?」
ほむら「…………」
──いや、
まだ、終わってはいない。
運を天に任せる?
それでは、決まりきったレールから外れることはできない。
もう嫌になるほど経験した。
結局それでは、何も変わらない。
ほむら(そうだ、私の願いは──)
──自分のこの手で、まどかを救うこと。
他人任せではなく、自分自身の手で運命をねじ曲げ、変えてみせる。
それが、全ての始まりだったはずだ。
ほむらの根幹を支える願い、あるいは誓いとも言えた。
ほむら(……まだ、諦めるには早い)
だが、どうするか。
正攻法ではもう無理だ。
ここから、やれることがあるとすれば、それは……
378 :
この場面で切れるカードがあるとすれば、魔女化のカミングアウトかね
「さやかが魔女化すればいずれ杏子がケジメをつけようとするだろうから、魔女になる前に殺してやるつもりだった」ってでも主張すれば何とかなるか・・・?
379 :
ほむら「……佐倉杏子。あなたも魔法少女なら、腕ずくできたらどう? そうよ、私と勝負しなさい」
ほむらの突然の提案に、杏子は戸惑いを見せた。
杏子「はぁ? お前、突然何を……」
ほむら「あなたが勝てば、美樹さやかを狙うのはやめてあげる。どうかしら」
杏子「なんだと……」
これしかない。
決闘という形をとり、半ば強引にでもさやかを殺すことを認めさせる。
そしてさやかを殺した後で、魔法少女が魔女になるという真実を明かし、さやかを殺すしかなかったと納得させる。
ほむら(事前に話したところで、杏子がさやかを殺すことに同意するわけがない。でも、ことが済んだ後なら……)
さやかが死ねば、杏子は少なからずショックを受けるだろう。
そのショックを和らげるためにも、さやかの死が避けられないものだったという言葉は、よく響くはずだ。
380 = 1 :
もちろん確実ではない。
策というより、賭けに近いかもしれない。
しかし、たとえどれほど薄い可能性であっても、ほむらに諦めるという選択肢はなかった。
杏子「……」
わずかに思案する様子を見せてから、杏子が口を開いた。
杏子「……わかった。約束は守れよ?」
ほむら「えぇ、もちろんよ」
お互い、馬鹿正直な人間ではない。
そこにはそれぞれの思惑がある。
たとえほむらが勝っても、杏子は全力でほむらを阻もうとするだろう。
それはほむらもわかっている。
重要なのは、そういう約束があったという事実だ。
381 :
ほむら「始めましょうか。せっかくだし、決闘形式でいきましょう。このコインが地面に着いたら、スタートよ」
杏子「……いいぜ。やりな」
ほむら「……」
ピンッ
ほむらは、コインをはじいた。
ほむら(……これが、最後の足掻きね)
コインは回転しながら宙を舞い、最高点に到達し、やがて落下を始め──
キィン
──地面へと到達した。
383 :
ほむらは、即座に能力を発動させた。
『時間停止能力』
魔法少女の中でも、トップクラスに強力な能力だ。
この能力を用いて攻撃された場合、対処は極めて困難である。
ソウルジェムという弱点を持つ魔法少女が相手なら、ほぼ確実に相手を仕留めることができるだろう。
ほむら(……もっとも、今回はそういうわけにはいかない。杏子を殺してしまっては、この決闘の意味がなくなる)
この能力に弱点があるとすれば、発動する前に攻撃されること。
つまり、不意討ちだ。
しかし、今回ほむらは決闘の形式を用いることで、どのタイミングから戦闘が始まるのかを明確化した。
そして、戦闘開始直後に能力を発動することで、そのリスクを極力排除したのだ。
無事能力を発動できた時点で、ほむらは勝利を確信していた。
拳銃を構える。
384 = 1 :
ほむら(この決闘で私に求められるのは、勝つことだけではなく、杏子の動きをしばらく封じること)
その理由は、さやかを殺すためだ。
たとえ決闘に負けても、杏子がさやかを殺すことを素直に了承するはずがない。
だから、この決闘が終わったらすぐにさやかを見つけ出し、始末する。
その際に妨害されないように、ここで杏子にはすぐには動けないほどの傷を負わせておかなければならない。
ほむら(……手足を撃ち抜いておきましょう。魔法少女とはいえ、動けるほどに回復するには、ある程度の時間はかかるはず)
ほむらは狙いを定めた。
罪悪感がないわけではない。
ほむらが自分の都合でひとりの少女を殺そうとしているのに対し、杏子はその少女を必死で守ろうとしている。
そんな杏子に、邪魔をさせないがためだけに、動けなくなるほどの傷を負わせようとしているのだ。
全てを承知の上で、しかしほむらの手に震えはなかった。
全てはまどかを守るためだ。
そのためなら──
ほむら(私は手段を選ばない)
引き金に掛けた指に、力を込める。
ほむら「……ごめんなさい」
385 :
「おいおい、そいつはやり過ぎじゃねーの?」
386 = 1 :
ほむら「……ッ!?」
ほむらが引き金を引く、その直前だった。
背後から、声が響いた。
ほむらが弾かれたように振り向くと、そこには当然のように、杏子の姿があった。
ほむら「……あなた、どうして……!」
杏子「すました顔して、しれっと人の手足を撃ち抜こうとしやがって。恐ろしいねぇ」
ほむら「っ……」
内容とは裏腹に、からかうような口調だ。
しかし、ほむらは自分ののどが干上がるのを感じていた。
横目で、先程まで杏子が『固まっていた』位置を確認したが、既にその姿は消えている。
387 = 1 :
──あり得ない。
ほむらの能力は間違いなく発動している。
現に、ふたりの周囲からは物音ひとつしない。
しかし、明らかに杏子はその影響を受けていない。
ほむら「……」
ほむらの思考に空白が生じる。
あまりにも予想外の事態だった。
未だかつて、ほむらの能力が正面から破られたことはなかった。
これまで数多の時間軸を渡り歩いてきたほむらは、それこそ数え切れないほどに、この能力を使用してきた。
発動前に防がれてしまったことならある。
しかし、能力自体が効かないというのは、初めての経験であった。
388 :
ほむら(……ダメだ、糸口が見えない。一体何が起こっているのか、見当もつかない……!)
そして、杏子がわざわざほむらの思考を待つはずもない。
杏子「さぁ、どうする? 頼みの綱の能力が破られて、次はどんな手を繰り出してくる?」
杏子の言葉に、ほむらの表情が歪む。
ほむら(次の手なんて、あるはずがない……かと言って、正面から戦って、私が杏子に勝てるとは到底思えない……!)
ほむらの強さは、決して能力一辺倒というわけではない。
能力を使わずとも、大抵の魔女は倒せる自信がある。
だが、今回ばかりは相手が悪い。
先程杏子は、銃弾を槍で防ぐという離れ業を見せた。
いくら魔法少女であろうと、簡単にできる芸当ではない。
しかし、杏子は事も無げにやってみせた。
つまり、正面戦闘における杏子の強さは、その域にまで達しているのだ。
389 :
ほむら(……このまま戦えば、勝ち目がない。何か、何か策は……!)
なんでもいい。
この状況をひっくり返すことができるのなら、どんなものでも──
ほむら(……ここで杏子に勝てなければ、もうこの時間軸でまどかを救う手立てはない。絶対に、負けるわけにはいかない──)
周囲を見渡す。
焼け付くほどに、思考を加速させる。
ほむら(──諦めたく、ない──!)
しかし、考えれば考えるほど、結論は固まっていく一方だった。
やがて、悟る。
──ここからの逆転策など、あるはずがない。
390 = 1 :
杏子「さあ、どうする!?」
ほむら「……………………」
ほむらの中で、張り詰めていたものが切れたような感覚があった。
ほむら(終わり、ね……)
ほむらは、能力を解除した。
ほむら「……私の、負けよ」
杏子「……」
ほむら「もう美樹さやかは狙わない。あなたの邪魔もしない。それで文句はないでしょう」
ほむらはそう言い捨てて、その場を去ろうとする。
しかし杏子としても、そのままほむらを逃がすはずがない。
杏子「待てよ、そんな言葉だけで……」
ほむら「……」
ほむらは時間を止めようとして、たった今その能力が通用しなかったことを思い出す。
杏子に振り返り、答える。
ほむら「……悪いけど、今はひとりにさせてくれないかしら。少し、疲れたわ」
杏子「……ッ!?」
ほむらの顔を見て、杏子が表情を強張らせた。
ほむら(……あぁ、私は今、どんな顔をしているのかしらね)
今や、全てがどうでもいい。
ほむら(少し、休みましょう……)
ほむらはフラフラと歩き出し、その場を後にした。
391 :
***
杏子「くそっ、なんだってんだよ……」
取り残された杏子は、困惑していた。
ほむらを問い詰めるつもりだったが、あんな顔を見せられては何も言えなかった。
杏子(全てを諦めたような表情をしやがって……さやかを殺せなかったのが、そこまでのことだったってのか?)
ほむらは明確な目的があって動いている。
それは間違いない。
さやかが生きていることが、その目的の妨げになるということだろうか。
杏子(……そんなことがあり得んのか? 逆ならわかる。ワルプルギスの夜に対する戦力の確保のために、さやかを死なせたくないってんなら理解できる)
しかし、さやかを殺そうとしていたとなると、話が変わってくる。
思い返してみれば、ほむらは始めからワルプルギスの夜とは、杏子とふたりだけで戦おうとしていた節があった。
392 = 1 :
杏子(今の状況を見越していた? 確かに、最近のさやかはいつ死んでもおかしくないような戦い方をしている。戦力として数えるには、あまりにも不確かかもしれない)
もちろんこれは、さやかを生かさなくていい理由であり、さやかを殺さなければならない理由にはなり得ない。
ほむらの目的がわからない以上は見当もつかないが、何らかの理由があってさやかを殺そうとしたのだろう。
杏子(……だとしても、やはりおかしい)
仮に、さやかが生きていることに不都合があったとしても、なぜ、ほむらがわざわざ手を下す必要がある?
放っておけば死ぬ可能性が高いのに、杏子に反感を買うリスクを負ってまで自ら殺そうとしたのはなぜだ?
どうせ魔女と戦い続けて力尽きるなら、その前にとどめを刺したところで大して結果は変わらない。
多少さやかの死が早まるだけだ。
杏子(……そこに違いがあるとでも?)
393 :
ほむらは感情で行動するタイプではない。
自分が引導を渡してやろうなどと考えるとは思えない。
必ず、さやかを殺さなければならない明確な理由があったはずだ。
杏子「……」
これ以上は考えても仕方がない。
ほむらはまだ情報を隠しているはずだ。
前提が揃ってないうちにあれこれ考えを巡らせたところで、想像の域を出ることはない。
杏子「……どうすっかな」
ほむらを問い詰める必要があるのは確かだが、先程の様子だとまともに答えるかどうか。
それに、さやかの様子も気になる。
状況が状況だけに構っていられなかったが、さやかは本来、逃げろと言われて素直に逃げるような性格ではない。
──さやかを探そう。
ほむらも、さやかに手出しをしないという約束は守るはずだ。
今のほむらに、行動を起こそうという気概はないだろう。
杏子「……間に合ってくれよ」
なぜか、嫌な予感が頭から離れなかった。
394 :
***
さやか「……」
さやかは、あてもなく走り続けていた。
ほむらが追ってくる様子はなかったが、立ち止まると、嫌な考えが頭を埋め尽くしてしまう予感があった。
気付いてはいけないことに、気付いてしまう。
知ってはならないことを、知ってしまう気がした。
さやか(……考えるな)
しかし、それでもさやかの中の冷静な部分は、結論を導き出しつつあった。
先程のほむらの殺気は本物だった。
間違いなく、さやかを殺そうとしていたはずだ。
そのことで怯えているわけではない。
決していいことだとは思わないが、魔法少女として魔女と戦っていたことから、命のやり取りにはある程度慣れてしまっている。
さやかが気にしていたのは、そこではなかった。
さやか(あのとき、ほむらが拳銃で狙っていたのは……)
395 :
ほむらの目的がさやかを殺すことだったとしたら、狙うのは普通、頭か胸ではないだろうか。
しかし、あのときほむらは、確かにさやかのソウルジェムを狙っていた。
さやか(それは、つまり──)
ソウルジェムを破壊されると、魔法少女は死ぬ?
──いや、そんな単純な話ではない。
さやか「……」
点と点が線で繋がっていく。
自分が痛覚を遮断していたことの、本当の意味を察していく。
気付いて、しまう。
さやか「あぁ……これが……」
ソウルジェムを見つめ、呟く。
さやか「『これ』が、あたしなんだ……」
恐らく、ほむらに言われても信じなかったであろう真実。
しかし今のさやかには、なぜか自然に受け入れられた。
始めは綺麗だったはずのそれは、今やほとんど濁りきり、見る影もない。
さやか「ここにきてやっと気付くなんて……あたしって、ほんと……」
そして、わずかに残った透き通るような青い部分も──穢れに犯されつつあった。
396 :
さやさや・・・
397 :
杏子「──さやかっ!」
さやか「!」
もはや、ほとんど意識すら手放そうとしていたさやかだが、杏子の声に我を取り戻す。
振り向くと、そこには息を切らせた杏子が立っていた。
さやか「あんたか……どうしたのよ」
いつもの調子なさやかの言葉に、杏子はほっとした表情を見せた。
杏子「どうしたのよじゃねーよ……心配させやがって」
ため息をつきながら、さやかの隣に座る。
杏子「あいつには、もうお前を襲わないように約束させた。安心しな」
さやか「……そう」
杏子「つれねーな。まぁお前らしいけどよ」
そう言いつつどこか嬉しげな杏子の様子に、さやかの胸が痛む。
どう考えても、隠しきれるとは思えない。
それなら、これ以上だまし続ける方がよほど残酷だ。
398 :
さやか「……杏子、見て」
杏子「?」
ソウルジェムを手に掲げる。
それを見た杏子の様子が一変した。
杏子「お前……っ!」
さやか「もう限界みたい。最後にあんたに会えてよかったよ」
杏子「待ってろ、今グリーフシードで回復を……」
さやか「いいよ」
震える手で、あわてる杏子を制止する。
さやか「たぶん、無駄だよ。自分のことは、自分が一番よくわかる」
杏子「……ッ」
杏子の顔が歪む。
歯を食い縛り、悲痛な面持ちを見せた。
399 :
さやかは杏子から目を逸らし、ひとりごとのように呟いた。
さやか「もう今さらどんな事実を突きつけられても気にならないと思ってたんだけどね……やっぱり、少しはショックがあったみたい。とどめになっちゃったのかな」
杏子が眉をひそめる。
杏子「……何を言ってんだかわからねえよ」
さやか「……」
ここで、さやかが気付いたことを杏子に伝えておくべきなのだろうか。
杏子なら、精神的にもソウルジェムの状態からしても、問題はないかもしれない。
さやか(……違うな。今あたしが杏子に伝えたいことは、そんなことじゃない)
時間はあまり残されていない。
杏子「……」
杏子はうつむき、落ち込んでいるように見えた。
あのときの、さやかへの言葉を後悔しているのだろうか。
さやか「杏子」
杏子「……なんだよ」
だからこそ、終わってしまう前に、何も伝えられなくなってしまう前に、ここで言っておかなければならない。
400 :
さやか「ありがとう。あたしが最後まであたしでいられたのは、あんたのおかげだよ」
杏子「……!」
未練がないわけではない。
こんな結末になってしまったことが、悔しくないわけではない。
しかし、杏子にそれを悟られたくはなかった。
杏子「……本心か?」
さやか「うん」
嘘ではない。
仮に、さやかがあのまま自分を見失っていたら、こんな気持ちで終わりを迎えることはできなかっただろう。
杏子がいたからこそ、さやかは──
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