元スレほむら「巴マミがいない世界」
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251 = 1 :
さやか「……うん、ありがとう」
素直に礼を言われ、戸惑う。
杏子は、自分の表情が戻ったことを確認し、改めてさやかの方を振り向いた。
杏子「やめろよ、別に、礼を言われるようなことじゃ……」
言いながら、杏子はさやかの顔を見返して……
杏子(なっ……!?)
──気づいてしまった。
さやか「……」
その目には、光がなかった。
かつて、正義のために戦っていた頃は眩しいほどに輝いていたさやかの目が、今は見る影もなかった。
昨日魔女と戦っていたときでさえ、今よりは光が残っていた。
杏子(なんだ、どうしたって言うんだ……?)
いつからそうなってしまったのか。
決まっている。
杏子の仲間になり、同じ生き方をすると宣言したときからだ。
さやか「……」
杏子「……ッ」
杏子はその目に、どうしようもないほどの越えられない壁を感じた。
杏子(……そんなにか? 魔法少女なんかになっておきながら、他人を気にせず自分のためだけに生きることが、お前にとってはそんなにも耐え難いことなのか……!?)
さやかは、自分の変化に気づいているのだろうか。
252 = 1 :
確かに、さやかがこのまま正義を貫き続ければ、近いうちに死ぬ可能性は高い。
杏子のように自分のためだけに生きるようになれば、それは回避されるだろう。
だが、そもそもさやかの精神は、そんな生き方を受け入れられないのだ。
杏子「……っ」
杏子は、ここにきてようやく気付いた。
杏子(……あたしとさやかは、違うんだ)
それは、奇しくもつい先程さやかが杏子に思ったことでもあった。
同じ生き方をすることはできない。
やはり、杏子が初めに思ったことは正しかった。
さやかは、魔法少女になるべき人間ではなかったのだ。
杏子「……」
さやか「……どうかした?」
急に黙り込んだ杏子の様子を不審に思ったのか、さやかが問いかけてきたが、杏子は言葉を発することもできなかった。
さやかは特に気にもせず、ふと手に持っているリンゴを眺め、口を開いた。
さやか「……そういえば、あんたそんな境遇なのに、このリンゴはどうしたの?」
杏子「!」
責めるような口調ではない。
単に、疑問に思ったことをそのまま口に出しているような表情だった。
杏子「っ、それは……」
杏子が言い淀む。
しかし、そもそもさやかは答えを気にしていなかった。
253 = 1 :
答えるまでもない。
家族のいない杏子がこの年でまともに働けるわけがなく、そうなると、リンゴを手にいれる手段は限られる。
誰にでも想像はつくだろう。
さやかにも、それはわかったはずだった。
さやか「……」
そのとき、杏子にはある種の期待が芽生えていたのかもしれない。
心のどこかで、盗みを非難されることを望んでいたのだ。
杏子の間違いを正すことで、さやかが以前のように、目を輝かせて正義を語るようになることを期待したのだろうか。
しかし──
さやか「……まぁ、どうでもいいか」
杏子「……!」
杏子が期待した展開にはならなかった。
思わず、愕然とする。
さやかの口からそんな言葉が出てきたことが、信じられなかった。
さやか「……」
盗まれたリンゴであることはわかっているはずだ。
しかし、さやかに気にしている様子はない。
何の躊躇いも見せず、さやかはリンゴを食べようとする。
杏子「……ッ!」
さやかの口が、リンゴに近づいていく。
その光景は、まるで何かの象徴のように思えてならなかった。
254 :
おつん
さやかは言わずもがなだが、杏子も割とめんどいな
実は一人が辛い、でも正義の魔法少女とは共に歩めない、しかしさやかの闇堕ちは嫌
壮絶な半生を振り返ると、どれも不思議じゃないんだけどさ
255 :
まあ杏子がさやかを救おうとするのは過去の自分を救いたいからで自分のためだしな
それが悪いとは思わないけど
256 :
0ー2 後半ロスタイム、ここからの逆転ハットトリックを杏子に期待する
257 :
あんこちゃん、内心ではさやかに負けたいと思ってたみたいな節があったしね
258 :
杏子「やめろっ!!」
杏子は、さやかからリンゴを奪い取った。
完全に無意識からの行動だった。
勝手に体が動いたとしか表現できない。
さやか「……何?」
怒るわけでもなく、さやかはキョトンとしていた。
杏子の突然の行動を、純粋に疑問に思ったのだろう。
杏子「……」
杏子は、何も答えられなかった。
自分の行動が、自分で理解できなかった。
杏子(どうして、あたしはこんなことを……)
自分でも矛盾した行動をとっていることはわかっている。
だからこそ、言葉では説明できなかった。
気づけば杏子は、呻くように声を漏らしていた。
杏子「……どうしたんだよ。お前は、そんなんじゃなかっただろうが。正義の魔法少女になるって、言ってたじゃねーか」
さやかはポカンとして、あきれたように答えた。
さやか「何を言ってるの? それが間違いだったって、たった今あんたが教えてくれたんじゃない……」
杏子「っ……」
その通りだ。
しかし……
杏子(……本当に、それでいいのか?)
259 = 1 :
あたしは一体何がしたいのだろう。
さやかに、どうあってほしいのだろう。
杏子「……」
今のさやかは、自分で物事を決められる状態ではない。
ここでの杏子の言葉は、さやかに大きな影響を及ぼすはずだ。
だからこそ、慎重に言葉を選ばなければならない。
どの道が正しいか、間違っているか。
もはや、そんな言葉では語れない。
魔法少女になった時点で、正しい道などあるはずがないのだ。
すぐには選べなかった。
仲間になってほしいという自分の感情と、どこまでも正しくあってほしいというさやかへの願望が、混ざり合う。
両立は不可能だ。
どちらを優先するかを決めなければならない。
杏子「…………」
そして、杏子は選択する。
杏子「……さっきの話はなしだ」
さやか「え?」
杏子「お前はあたしとは違う。どこまでも正義を貫いていけよ」
さやか「……」
さやかが戸惑いを見せる。
突然正反対のことを言われたのだから、当然だ。
さやか「ふざけないでよ……何を勝手なことを言って……」
杏子「……」
結局杏子は、さやかを正義の道に押し戻すことを選択した。
決め手となったのは、今のさやかの姿だった。
こんな状態のさやかを見ていたくないという思いが、それ以外の感情を上回ったのだ。
260 :
さやか「誰かのために魔法を使うのは間違ってる……その通りよ。今なら、あたしにも理解できるわ」
杏子「……それは、あたしが出した結論だ。お前には、お前の答えがあるんじゃないのか?」
さやか「同じよ。今まであたしは他の誰かのために戦ってきたつもりだったけど、結局それは自分のためでしかなかった。そもそも願いからして、間違っていたのよ」
杏子「そのお前の願いは、本当にお前のためだけのものだったのか? その男は、全く喜んでいなかったのか?」
さやか「……そういう話じゃないわ。あたしが何を思ってその願いを選択したかが問題なのよ」
杏子「何を思って……か。そいつの怪我を治すことで、そいつの恩人になりたいという気持ちがあったってことか?」
さやか「そうよ。そのときは気づいてなかったけどね」
杏子「……本当にそうか?」
さやか「……」
言葉を交わし合う。
互いの気持ちをぶつけ合う。
さやかに、迷いが生じつつあった。
261 = 1 :
杏子「その男に関してだけじゃない。お前が今まで魔女や使い魔と戦ったことで、救えた命は確実にあるんじゃないのか? それらが全て、お前自身の自己満足に過ぎなかったとでも言うつもりか?」
さやか「……ええ。あたしは正義のために戦っていたわけじゃなかった。恭介のために願いを使ったように見えて、実際は自分のためでしかなかったようにね」
杏子「……」
やはり、そこを基準に考えてしまっている。
願いの意味をずらさなければ、さやかを説得することはできない。
そのための言葉を、杏子は持ち合わせていた。
杏子「……違うね。お前は勘違いをしている。まだ思い出せねーのか?」
さやか「えっ……?」
杏子「……」ギリッ
杏子は、歯を食い縛った。
自分が、さやかにどれだけ過酷な道を歩ませようとしているのかはわかっている。
だが、もう止まれない。
杏子(あぁそうさ、これはあたしのわがままでしかない。一旦楽な道を示しておいて、後から別の険しい道を勧めるだなんて、自分勝手もいいところだ。あげく、自分はその道を歩まないってんだからな)
しかし。
それでも……
杏子(だが、こいつの始まりは、正義の魔法少女を目指すことだった。魔法少女のあたしを見て、それでも怯まずに言い返してきやがったんだ。そんなこいつが間違っていたなんてこと、あってたまるかよ!)
262 = 1 :
感情論だ。
さやかに『こうあってほしい』という願望が先にきている以上、論理的ではない。
杏子もそれはわかっていた。
その上で、吠える。
杏子「お前が魔法少女になったのは、その男の腕を治すためじゃねえ。ましてや、そいつの恩人になるためなんかじゃねえ!」
杏子「正義の魔法少女になって、あたしみたいな悪者をブッ飛ばすために、お前は魔法少女になったんだよ!!」
さやか「…………」
無茶苦茶だ。
理屈も何もあったものじゃない。
だが、その飾らない杏子の言葉は、間違いなく本心からきたものだった。
だからこそ、さやかの心を動かした。
さやか「正義の魔法少女、か……」
気づけば、さやかの目には光が戻っていた。
それは、これから先ふたりの歩む道が、二度と交わらないであろうことを意味していた。
杏子「……」
手放しには喜べない。
しかし、これが杏子の選択の結果だ。
今更後戻りはできない。
さやかは、先程までとは別人のような表情をしていた。
さやか「ありがとう。目が覚めたよ」
杏子「……そうかよ、ならとっとと失せな」
さやか「うん……さよなら」
仲間にならない以上、もうここで話すことはない。
さやかもわかっていたのだろう。
そのまま、何も言わずに教会を後にした。
263 :
乙
これ、さやかちゃんホストとか悪人皆殺しにしちゃうようになるんじゃ…
264 :
乙
さすがに独善で一般人を[ピーーー]ような馬鹿ではあるまい
原作のどん底状態ですら別に殺してないよって虚淵が言っているし
265 = 263 :
>>264
でもクズ野郎相手とはいえ丸腰の一般人に襲い掛かることじたいはしているわけで…
本当のヒーローは人間の醜さまで愛せなくちゃだめなんだろう…潰れずに頑張ってくれよ、さやか
266 :
市民「本物のヒーローは人間の醜さまで愛せなくちゃだめ」
市民「でもお前が闇堕ちしたらブッコロス」
市民「あと正義が間違ってたらバッシングする」
市民「ヒーローの孤独?俺の知ったことじゃないし」
市民「でも正体探ったりゴシップ読んだりはするから!」
こらダークヒーローやアンチヒーローが流行りますわ
267 :
おつー、心情描写って下手だから感心するわ今回の杏子とか
268 :
>>264
新房がきっと殺してないと思います
虚ぶちはうーん、どうでしょう(笑)
ハノカゲ(脚本どうりなら)ぶっ殺してます
だから虚淵は殺してないとは言ってないよ
269 :
さやかが去り、杏子はひとり物思いに耽っていた。
さやかが食べなかったリンゴに、何の躊躇いもなくかぶりつく。
自らのその行動に、さやかとの違いを認識せずにはいられなかった。
杏子(……本当に、これでよかったのか?)
いいはずがない。
たとえば、あいつなら。
巴マミなら、もっといい選択ができていただろう。
すなわち、共に正義の魔法少女としての道を歩み、近くでさやかを支えることができたはずだ。
だが、杏子にはそれはできなかった。
無責任に、明るく険しい道だけを示しておきながら、自分はそこについていくことができなかったのだ。
杏子「……」
今更、この生き方を変えることはできない。
杏子にも、様々な経験をして、その上で見つけた答えがある。
だから、これは当然の結果だ。
元々、さやかは杏子の仲間になれるような人間じゃなかった。
ただそれだけの話なのだ。
自分に言い聞かせる。
杏子(……あたしとさやかは、違う)
杏子の胸には、喪失感だけが残っていた。
270 = 1 :
***
次の日、さやかは学校に登校した。
仁美に、伝えなければならないことがあった。
まどか「さやかちゃん、おはよう」
さやか「おはよう、まどか」
さやか(……そう言えば)
まどかの顔を見て、さやかは一昨日のことを思い出した。
自分に余裕がなくなっていたことを、改めて思い知らされる。
さやか「一昨日、あの後大丈夫だった? ごめんね、全部押し付けちゃって……」
まどか「ううん、いいよ。わたしは倒れた人たちの発見者ってことで大したことしてないし。むしろ大変だったのは、色々聞かれてた仁美ちゃんの方じゃないかな」
さやか「そうだよね。仁美は魔女を知らないわけだから何も説明できないだろうし、そもそも何も覚えてないだろうし……」
まどか「うん。結局、集団催眠とかそういうのじゃないかってことになったみたい」
さやか「ふぅん……」
まぁそんなところだろう。
いくら警察でも、魔女の存在を知っているとは思えない。
真実を知っているのは、さやかとまどかだけということだ。
271 = 1 :
まどか「それで、さやかちゃんは大丈夫だったの?」
さやか「……何が?」
ドキリ、と心臓が跳ねる。
一昨日、まどかと別れたときはうまくごまかせたと思っていたが、甘かっただろうか。
まどか「……」
さやか「……えっと」
まどかは、さやかの顔をしばらく見つめ、やがて口を開いた。
まどか「ううん、ごめんね。なんでもないよ」
さやか「そ、そう?」
危なかった。
たぶん昨日杏子と会ってなかったら、まどかに全てを見透かされていただろう。
まどか「昨日は体調が悪かったって聞いたよ。あまり無理はしないでね」
さやか「……うん、ありがとう」
昨日までとは違い、今のさやかに迷いはない。
まっすぐに前を見て歩けているという自覚はある。
だが、その見つめる先は、果たして希望に満ちているのだろうか。
それとも……
さやか「……」
考えないわけではない。
しかし、さやかの考えはもう決まっていた。
さやか(……杏子が、背中を押してくれた)
この道の先がどうなっていようと、さやかはこの道を歩むと決めたのだった。
272 :
乙
TDS読んだ身としてはマミさんがいたとしてもさやかは潰れるんと思う
273 :
てす
274 :
***
その日、またしてもさやかは仁美に呼び出された。
さやかとしても、仁美には話さなければならないことがあったので、好都合ではあった。
仁美「……お待たせしましたわ」
さやか「ううん、あたしも今来たところだから」
仁美「それならよかったですわ」
仁美は椅子に座り、一呼吸置いてさやかの顔を見つめた。
さやか「……っ」
その表情に、さやかは思わず怯んでしまう。
仁美「一応、確認しておきますわ」
……仁美の笑顔が怖い。
仁美「さやかさん、あなたは昨日、本当に体調が原因で欠席したんですのね?」
さやか「……」
……昨日休んだことに対して、後ろめたさを感じていないわけではない。
まどかとは違い、仁美はさやかが休む理由に心当たりがあるのだ。
さすがに気付かれて当然か。
さやか「ごめん」
仁美「……」
その一言で、察してくれたようだった。
仁美がため息をつく。
仁美「……急な話でしたし、そうなるかもしれないと思ってはいましたわ。あなたはどこまでも真っ直ぐですが、その分、精神的に脆いところもありますから」
275 = 1 :
……耳が痛い。
思わず苦笑してしまう。
さやか「自覚はあるよ……仁美は、あたしなんかと違って強いよね」
仁美「そんなことありませんわ。私がこの数日間、どれだけ悩んでいたか知っていますの? 」
さやか「……悩んでたの?」
仁美「もちろんですわ。正直今でも、自分の選択が正しかったかどうかはわかりません。間違った道を歩いていないか、何度も不安になりましたわ」
さやか「間違った道、ね……」
さやかも同じだ。
自分の選択が正しいのか、それとも間違っているのか……
誰かが保証してくれるわけではないが、それでも選択はしなければならない。
いや、正しいかどうかという面で判断するなら、さやかの選択は、むしろ……
さやか(……関係ない)
さやかにぶれはなかった。
正しいかどうかではない。
自分がどうしたいか、どうありたいか。
それが最も大切なことなのだ。
仁美「そういった観点で語るなら、私の知る中で最も強いのは……まどかさんでしょうか。彼女には、私たちにはない強さがありますわね」
さやか「あー、まどかね。確かに……」
精神的な強さ。
芯のある強さとでもいうのだろうか。
本人は否定するだろうが、親友のあたしたちは、まどかの強さをよく知っている。
仁美「彼女は、何が大切なのかをよく知っている。そのためなら、どんなことでも躊躇いなくできるのでしょうね。他人のために行動し過ぎるきらいはありますが……見習いたいところですわ」
さやか「うん、そうだね……」
さやかにしてみれば、そのように自分にはない他人の強さを素直に認めることができるのも、ひとつの強さだ。
自分が親友に恵まれていることを改めて実感する。
276 = 1 :
仁美「……話が逸れましたわね。さやかさんは、もう大丈夫なんですの?」
さやか「うん、もう整理はついたよ。ありがとう」
仁美「なら、よかったですわ」
あえて冷たく振る舞おうとしているのだろうが、仁美の目は安心を隠しきれていなかった。
結局、あたしはどれだけ仁美を悩ませてしまったのだろう。
仁美「……けれど、これが最後ですわよ。私は今日の放課後上条くんに告白します。行動を起こすなら、それまでにお願いしますわ」
さやか(……え?)
仁美の言葉に、さやかは思わず顔を上げて問いかけた。
さやか「仁美は、昨日恭介に告白したんじゃなかったの?」
さやかの言葉に、仁美は半ば憮然とした表情で答えた。
仁美「……するはずがありませんわ。もし、さやかさんが体調等のどうしようもない理由で学校を休んだのなら、私が告白するのはアンフェアだと……そう思うのは当然でしょう」
さやか「仁美……」
仁美「まぁ杞憂でしたけど」
さやか「本当に申し訳ありませんでした」
仁美「……」ハァ
仁美が、あきれたようにため息をついた。
仁美「……私への謝罪はもういいですから、今は、少しでも長く御自分の気持ちと向き合って下さい。できるだけ、後悔なさらないであろう道を選ぶことを望んでいますわ」
277 = 1 :
さやか「……」
仁美は、さやかの恭介への想いを確信している。
つまり、言外に仁美は、さやかに告白するべきだと主張しているのだ。
それは間違ってはいない。
これまで色々と悩むこともあったが、それでもさやかの恋心は、一切揺らいでいない。
しかし──
さやか(……もう、決めたんだ)
もはや、迷う必要はない。
さやかの答えは、既に決まっていた。
……仁美には、伝えなければならない。
さやか「仁美。聞いて」
仁美「……どうかされました?」
さやかの雰囲気に、ただならぬものを感じたのだろう。
仁美は、改めて真剣な表情を作った。
さやか「……」
さやかは一度深呼吸をした。
大丈夫だ。もう間違えない。
さやか「仁美」
さやかは正面から仁美を見据え、はっきりと言い切った。
さやか「あたしは、恭介とは付き合えない」
278 :
乙
やっぱりさやかちゃんは本質的にMだな
280 :
仁美「……」
仁美の表情が固まった。
仁美「……何を、言っていますの?」
さやか「やらなきゃならないことができたんだ。そのためには、誰かと付き合っている余裕はない」
仁美の顔が、困惑で満ちる。
仁美「……もしかして、私のために嘘を吐いていますの?」
さやか「違うよ。これがあたしの答え。嘘なんかじゃない」
仁美「やらなければならないこととは、何ですの?」
さやか「……それは、言えない」
仁美「……」
仁美の表情が怪訝なものに変わる。
これで信用しろというのが無理な話だ。
とはいえ、さすがに魔法少女のことは話せない。
それこそ信じてもらえるとは思えないし、何より、仁美を巻き込むわけにはいかない。
仁美「……この期に及んで、ふざけてますの?」
さやか「……」
仁美は、信じるべきなのか迷っているようだった。
正直さやかは、仁美に信じてもらえず、怒鳴られても仕方ないとさえ思っていた。
しかし、仁美が頭ごなしに否定するようなことはなかった。
恐らく、さやかに少しでも迷いが残っていれば、信じさせるのは難しかったはずだ。
逆に言えば、ここで仁美を納得させつつあることが、さやかに迷いがなくなっていることの証明でもあった。
281 :
仁美「……もうはっきり言いますわ。さやかさん、あなたは恭介さんのことをお慕いしていますわよね?」
これまではあえて暗に示していた部分に踏み込んでいく。
昨日までのさやかなら、これを認めるだけでも簡単ではなかっただろう。
さやか「うん、そうだよ。あたしは恭介のことが好き。この想いがぶれたことなんて、一度もない」
……思えば、こうして自分の想いをはっきり口にするのは初めてかもしれない。
はっきりと答えられたことで、仁美は更に困惑を増したようだった。
仁美「……それなのに、その恋心よりも優先しなければならないことがあると言うんですの?」
さやか「本気だよ。もう、決めたんだ」
仁美「……」
仁美がわずかに黙り込んだ。
やらなければならないことがあること自体は、多少は信じてもらえただろうか。
だが、まだ終わりではない。
それだけでは、仁美を納得させるには足りない。
仁美「……百歩譲って、それが本当だったとして」
仁美が、さやかに鋭い視線を向ける。
仁美「やるべきことができたから、付き合えない。だから、告白もしない……そういう言い訳をしているだけではありませんの?」
282 = 1 :
相変わらず、いいところを突いてくる。
しかしこの辺りの問答についても、さやかは昨日自分の中で済ませていた。
さやか「そんなことないよ。このことがなければ、あたしは間違いなく恭介に告白していた。これは本当だよ」
さやかの恭介への想いは、先程口にした通りだ。
ここを否定することはできない。
それはもはや、さやかへの冒涜にすらなり得てしまう。
実際さやかは、魔法少女のことがなければ恭介に告白していただろう……というと、多少語弊はあるが。
昨日までの、さやかの細かな心情の変化をここで説明するのは難しいし、その必要もない。
さやかとしても嘘を吐いているわけではないし、今の自分の正直な気持ちを語れているという自覚もある。
仁美「…………」
仁美はしばらく考え込んでいたが、やがて、観念したように大きく息を吐いた。
仁美「さやかさんの言い分はわかりました。全て信じます。話せない事情があることも、この際問いませんわ」
さやか「……ありがとう、仁美」
本当は、もっと問い詰めたいことが山ほどあるはずだ。
なのに、いくつもの言葉を飲み込んで、それでも信じてもらえたことに、さやかは感謝していた。
仁美「ですが、最後にこれだけは言わせて下さい」
さやか「……何?」
仁美「付き合えないことが、告白しない理由になりますの?」
さやか「……」
ここに関しては、突っ込まれるとは思っていた。
最後まで、さやかが迷った部分でもあった。
さやか「……ならないよ。でも、告白したところで、あたしは恭介とは付き合えないんだ。だったら……」
仁美「いいではありませんの。今すぐに付き合えなくても、想いを伝えておくだけでも意味はあると、私は思いますわ」
さやか「いや、でもそうしたら仁美が……」
283 = 1 :
さやかはそこまで言いかけて、あわてて口を閉じた。
これは、さやかが仁美に言うべきことではない。
だが、遅かった。
仁美「私が、何ですの?」
さやか「……」
あえて、さやかに言わせようとしている。
今度はさやかが観念する番だった。
さやか「……あたしが恭介に告白して、万が一にも受け入れられたところで、あたしは付き合えないんだよ。そんなのは恭介に悪いし、それで恭介が仁美を振ったりしたら、それこそ仁美にも悪いじゃん。そんなことになるくらいだったら、こんな想いは、伝えない方がいい」
仁美「……どうせ、そんなことだろうと思いましたわ」
さやか「……」
やはり、これは伝えるべきではなかった。
こんな話をされては、素直に仁美が恭介に告白するはずがない。
仁美がさやかに遠慮するなんてことは、望んでいなかった。
……いや、恐らく話すまでもなく、仁美はさやかの心情を理解していたのだろう。
だからこそ、それをわざとさやかに言わせるように仕向けたのだ。
仁美「さやかさんの気持ちはわかっているつもりです。だからこそ、私も同じ気持ちだということをわかってもらいたかったですわ」
さやか「……え?」
仁美「私も、自分が原因で、さやかさんに遠慮してもらうことは望んでいません。当然ではありませんの」
さやか「……わかってたよ。仁美ならそう言うと思ってた。だから、言いたくなかったのに……」
仁美「それこそ甘いですわね。私はそんなに鈍くありませんし、あなたはそれほど嘘が上手くはありませんわ」
さやか「……」
ぐうの音も出なかった。
ここまで見透かされては、覚悟を決めるしかなかった。
仁美「それで、企みが私にバレた今、さやかさんはどうするんですの?」
284 :
更新してたか
乙
285 :
続きはまだかね?
287 :
さやか「……」
さやかがやるべきことは変わらない。
その決心自体は、全く揺らいでいない。
だが……
仁美「さやかさんは、やらなければならないことが『できた』と言われましたわね。それは、始めから御自分で望んで選んだ状況ですの?」
さやか「……そういうわけじゃないかな」
そういうわけではない、が……結局全ての原因は、自分の愚かさだった。
だからこそ、その責任はとらなければならない。
仁美「そして、このことがなければ間違いなく上条くんに告白していた、とも言われました」
さやか「……」
仁美が何を言いたいのかは、なんとなくわかる。
仮に偶然でさやかが恭介を諦め、代わりに仁美に付き合えるチャンスが回ってきたのだとしても、それは仁美の望むところではないということだろう。
288 = 1 :
仁美「私は別に、さやかさんを気遣っているわけではありません。ただ、もしさやかさんが、偶然何かに巻き込まれたのだとしたら……」
一瞬、仁美は言葉に迷ったようだった。
さやか「……仁美?」
仁美「……ごめんなさい。話してもらえない以上、私としては想像で補うしかないので、もしかしたら失礼なことを、あるいは見当違いのことを言っているのかもしれませんが……」
仁美がわずかに、苦しげな表情を見せた。
仁美「……たとえば、たとえばですが……もし、さやかさんが、望まない不幸に見舞われているのだとしたら……」
さやか「……!」
仁美の言葉に、さやかは一瞬固まった。
今のさやかが置かれている状況は、『不幸』などと、一言で簡単に表せるようなものではない。
しかし……
仁美「……そのせいで御自分の想いを諦めるなんてことは、あってはならないと思いますわ」
289 = 1 :
さやか「……」
仁美が知っているはずはない。
仁美にはキュゥべえが見えていなかった。
つまり、魔女の姿も見えないはずだ。
魔法少女という存在を、仁美が知っているはずがないのだ。
さやか(仁美なりに想像して……あるいは、あたしの様子からなんとなく感付かれて……?)
いずれにせよ、これではさやかの意図から外れてしまう。
仁美がここまで察している以上、さやかが身を退いたところで、納得してもらえる可能性は低いだろう。
仁美「いえ、回りくどいですわね。そう、つまり私が言いたいのは……」
そして、仁美が決定的な一言を口にする。
仁美「恋心より優先すべきことなど、そうそうないということですわ」
290 :
その台詞は、ここまでのさやかの言葉を、全て吹き飛ばした。
さやか(……仁美らしいな)
普段は真面目だが、実は夢見がちな一面も持つ、仁美らしい台詞だった。
……結局、言い訳に過ぎなかったのだ。
さやかが仁美に負い目を感じていたのは確かだ。
一度チャンスをもらっておきながら、そこから逃げ出したことが心に引っ掛かっていたことは、否定できない。
だからこそ、やらなければならないことができたから……という言葉で誤魔化して、仁美に譲ろうとしたのだ。
しかし、それで仁美を説得できるはずがなかった。
さやか「……」
仁美の気持ちはわかる。
だが、逆もまた然りだ。
まともに恋愛ができない境遇にある自分のせいで、親友の恋愛の邪魔をしてしまうなんてことは、やはり耐えられない。
ならば、どうするか。
さやか(仕方がない、か……)
話すわけにはいかない、が……ある程度は、わかってもらう必要がある。
291 = 1 :
さやか「仁美、よく聞いて」
仁美「……なんですの?」
ここまでの流れのせいか、幾分警戒している様子が見られる。
しかし、関係ない。
口を開く。
自ら聞くその声は、普段のそれとはどこか違っていた。
292 = 1 :
さやか「あたしのやるべきことは、『終わらない』。これは、何かをやり遂げて、そこで終わるようなものじゃない」
さやか「あたしは、絶対にそれを投げ出すことはできない。あたしのやる気に関係なく、否応なくやり続けなければならない仕組みが、既に出来上がっている」
さやか「付き合えるかどうかの問題じゃない。あたしがこれから先、恋愛をすることは、もう二度とない」
さやか「……ごめんね」
293 :
仁美「……っ!?」
一瞬……ほんの一瞬だが、仁美の目に、怯え、恐怖といった類いの感情が灯るのを、さやかは確かに見た。
仁美「さやかさん、あなたは……」
さやか「……」
仁美「……一体、何を抱えているんですの?」
……話すことは、できない。
さやか「ごめん」
仁美「っ……」
──先程の、仁美の言葉。
『恋心より優先すべきことなど、そうそうない』
つまり、それほどのことがさやかの身に降りかかっているということを、伝える必要があった。
仁美「……」
仁美が顔を伏せる。
内容を話さずに、ことの重大性のみを伝える。
難しいことではあったが、たぶんうまくいったはずだ。
本当なら、その重大性だけであっても、伝えるつもりはなかった。
さやかが何かに巻き込まれ、苦労しているということを知ってしまえば、仁美の性格からして、告白などできるはずがないからだ。
だがこうなってしまっては、仕方がない。
さやかがこれから先、表面上は何事もなかったかのように振る舞っていれば、そのうち安心して、恭介に想いを打ち明けることだろう。
294 = 1 :
仁美「……さやかさん」
さやか「……何?」
仁美「さやかさんが話したくない、あるいは話せないのでしたら、私から聞くつもりはございません。ですが……」
絞り出すような声だった。
仁美「何か、私にできることはありませんの?」
さやか「……」
……やはり、優しい。
仁美がこんなに良い性格であることは、親友として誇らしく、また、喜ばしい。
同時に、そんな親友を心配させてしまったという事実に、胸を抉られる思いもあった。
だからこそ、絶対に巻き込むわけにはいかないのだ。
さやか「ありがとう。でも大丈夫。強いていうなら、これからもいつも通りに接してほしいな」
さやかの言葉に、仁美は少し寂しげな表情を見せた。
仁美「……わかりましたわ。ですが、何か私にできることがあれば、すぐに言ってくださいね」
さやか「うん、ありがとう」
……これでいい。
仁美には悪いが、今まで通りの日常を過ごせることが、さやかには何よりの助けとなる。
また、もしさやかに不幸が起こったとしても、そのときは恭介が支えてくれることだろう。
これであとは、魔法少女として戦い続けることに、専念できる──
295 :
改めてこれ、女子中学生に背負せる業じゃないよな
しかも劇場版じゃ世界か自分かどっちか選べと来たww
そりゃさやかも狂うし杏子はグレるし
何周もしたほむらなら悪魔化もするわ
マミさんは本当、例外的な存在だったんだな……
296 :
***
まどか「ほむらちゃんが、さやかちゃんを助けてくれたの?」
ほむら「……え?」
突然の思いがけない質問に、首を傾げる。
放課後の教室。
ほむらが帰り支度をしていると、まどかが急に話しかけてきたのだ。
周囲を見渡すと、さやかはいなくなっていた。
約束でもあったのだろうか。
ほむら「……何のことかしら?」
まどか「……」
まどかは、一瞬ほむらを観察するような視線を向け、その後わずかに思案する様子を見せた。
まどか「……ううん、ごめん。なんでもない」
そう言って、まどかは離れてしまった。
ほむら(……何だったのかしら)
297 = 1 :
さやかが助けられた?
誰に?
何から?
たとえば、魔女に苦戦していたところを助けられた、とか……
いや、それはしっくりこない。
さやかの魔女との戦闘をまどかが知るはずはないし、たとえ偶然見かけたのだとしても、それなら誰がさやかを助けたのか知っていてもいい。
また、魔女との戦闘においてさやかを助けられるということは、つまり魔法少女であるほむらか杏子ということになるが、ほむらにそんな覚えはないし、杏子がそんなことをするとも思えない。
何より今のさやかなら、独力で大抵の魔女は倒せるだろう。
あのような戦い方はあまり好ましくないが、強いのは確かだ。
ただし、やり過ぎると、手に入るグリーフシードで浄化できる以上の穢れを溜めてしまい、そもそもの魔女と戦うメリットが失われてしまう。
……問題は、さやかがそれを気にしてむざむざ魔女を見逃すとは思えないことだ。
ほむら(いや……まだ、大丈夫なはず)
決して楽観できるわけではないが、まだ、魔女化を危惧するほどの状態ではないはずだ。
298 = 1 :
となると……精神的な面でのことだろうか。
ほむら「……」
最近のさやかの様子については、ほむらも気にしていた。
しかし、昨日さやかは学校を欠席したが、今日のさやかの様子が、欠席する以前と大きく変わっていたようには思えない、が……
ほむら(……ただ、それは私の目から見て、というだけの話──)
いくら観察しているとはいえ、限界はある。
直接会話をするわけでもなく、様子を眺めるだけではわからない変化もあるだろう。
いや、親友のまどかがさやかの変化を感じ取ったのなら、それはもはや、何かが起こったと見てまず間違いない。
しかし、ほむらではない。
あのような質問をしてきたということは、当然まどかでもない。
他に、今のさやかに影響を与え得る人物となると──
ほむら(……佐倉杏子? 彼女が、さやかに対して何かを……?)
考えていても仕方がない。
ほむら「……確認の必要があるわね」
299 :
杏子を探さなければならない。
戦闘中である可能性を考え魔力を探ってみたが、反応はなかった。
まだ魔女が活発に活動する時間帯ではない。
心当たりがそう多くあるわけでもない。
ほむらはとりあえず、杏子がよく通っているゲームセンターへ向かった。
運のいいことに、杏子はすぐに見つかった。
ほむら「こんにちは」
杏子「……またてめえかよ。今度は何の用だ?」
杏子と最後に顔を合わせたのは、杏子とさやかの二度目の戦闘の直後だ。
杏子にとってはあまり思い出したいことではないだろう。
だが、聞かないわけにはいかない。
ほむら「美樹さやかと、何かあったの?」
杏子「……」
ほむらの言葉に、杏子の顔つきが変わった。
杏子「……どういう意味だ」
ほむら「ただの確認よ。何もないのならそれでいいのだけど」
300 = 1 :
杏子「別に、何もねーよ」
ほむら「……そう」
言葉通りに受け取っていいものかどうか。
杏子の様子が変わったのは確かだが、それが図星を突かれたからなのか、あるいはさやかを話題に出されたからなのかの判断が付かない。
しかし、何の見当も付いていない現状では、鎌の掛けようもない。
ほむら(気のせいだったのかしら……?)
実際、ほむらが観察する限りでは、さやかに変化は見られない。
まどかがわずかな変化を感じ取ったとはいえ、逆に言えばその程度の変化ということだ。
あまり気にする必要はないのかもしれない。
そこまで考えたところで、ほむらはハッとした。
──いや、違う。
さやかに変化は見られない。
それが、どういう意味を持つか。
そうだ、気づくべきだった。
変化がないことがおかしいのだ。
これまでの時間軸で、この時期に、さやかがあれほど落ち着いていたことがあっただろうか。
ほむら(明らかに、これまでの時間軸とは別の展開を見せている。その原因は……やはり、佐倉杏子……?)
ほむらは、改めて杏子に向き直った。
ほむら「言い方を変えるわ」
杏子「……」
ほむら「美樹さやかに何を吹き込んだの?」
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