私的良スレ書庫
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元スレ提督「臆病で愚図」
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殺意で揺れる静かな波の声が、地獄の海底で踊るような残響を残す。
今だ榛名の足元からは赤い亀裂の影が溢れ、部屋の景色を揺らし続ける。
火種に焦がされ、軋み声をあげながら深海に沈む艦の中のような、そんな部屋で
榛名の青い瞳だけが、雲のような残影を棚引かせて輝いている。
足柄「……敵ではないわね」
足柄は半分になったカップの取っ手に人差し指を入れ、指を軸に回転させる。
榛名「……ヘェ、ソレデ?」
足柄「あの人にここに居てもらうためよ、罪悪感で縛りつけてね」
足柄は脚を組み、左腕を肘掛に置き、頬杖を突く。
カップが風車のように回転する。
足柄「鳳翔さんはお店の一件であの人と距離が縮まっていた。それでいて三代目からの艦娘だから、あの人の過去とは無関係」
足柄「自分の傷に触れない程度の仲になった艦娘。お淑やかで気遣いもできて、料理上手で器量よし。あの人にとって心地よい関係だったでしょうね。気に食わないぐらいに」
足柄「そんな娘をある日突然、自分の過ちで傷物にしてしまった」
足柄「ちょうどいいと思わない? 罪を許し合えるほど仲が良いわけではなく、だからと言って関係を切れるほど浅い仲でもない、っていうのは?」
榛名「余計ナ世話ヲ、ソンナ事ヲセズトモあの人ハ」
足柄「ここに居てくれる? 本当に?」
回転速度を上げたカップは指を登り、指先まで登りつめた瞬間、ふわりと指先から抜けて床へと飛んでいき、無様に砕けた。
足柄「あの人は、解任されて出て行かされた時、私たちに何も言ってくれなかったわ。あの人から別れの言葉はなく、私たちは見送ることさえできなかった」
榛名「アレハ、本土ノ連中ガ 仕組ンダコト」
足柄「そうね、それに私たちはやすやすと乗っかった。『本土で観艦式ができる』って浮かれて、あの人が同行しないことの不自然さに気づかずにね」
榛名の手が強く握られる。自壊してしまいそうなほど強く。
足柄「鎮守府を挙げての観艦式に、海軍への復帰……浮かれるのも無理はないわ」
足柄は床に散らばったカップや皿、机の破片を一瞥する。
足柄「『どうして気づかなかったのだろう』『なぜ、一緒に行こう、と言えなかったのだろう』『今、一番見て欲しい人はあの人だったのに』『私たちにとって、あの人はその程度の人だったの?』」
足柄「そうやって、ずっと後悔した。でもこうも思ったの」
足柄「『どうして相談してくれなかったの?』『なぜ、一緒に行きたい、と言ってくれなかったの?』『私たちの晴れ姿を見たくなかったの?』『あの人にとって、私たちはその程度の存在だったの?』」
足柄「『もし離れられないような関係だったら、少しは違っていたのかな?』」
足柄「『なら、そうなってしまエ』」
足柄「三代目を殺して、この鎮守府の制度を変えて、あの人を取り戻して、病気を治して、簡単に死なないように改造を施して、少し変わってしまったけど、やっと昔のように過ごすことができるようになって」
足柄「でも、まだよ。私たちの傍にずっと居てもらうようにしなきゃいけない」
足柄「手錠や縄を使って縛りつけるべきかしら? でもそんなことをしたらあの人は憔悴してしまうわ。やつれて黒ずんだあの人はもう見たくない」
足柄「手足を切断して逃げられないようにする? 嫌よ、抱きしめたら抱きしめて欲しいもの、手を握ったら握り返してほしい、同じ位置に並んで同じ向きで同じ歩幅で同じ道を歩きたい。犯してほしい、傷つけて欲しい」
足柄「目をくりぬく? 嫌よ、見つめたら見つめて欲しい、この身体を一つ残らず髪の毛一本から目も瞳も瞼も耳も鼓膜も口も歯も舌も頬も首も肩も腕も肘も手も胸も乳首も腹も膣も尻も腿も膝も脛も足の裏も骨も筋も内臓も子宮の奥も心臓も残さず見て欲しい」
足柄「耳や舌を切り落とす? 嫌よ、愛を囁いたら囁き返してほしい、善いことをしたら褒めて欲しい、悲しい時は慰めて欲しい、間違ったことをしたら叱ってほしい、怒った時は鎮めて欲しい、楽しい時は一緒に笑ってほしい。ただ一方的なコミュニケーションなんていらない。私が欲しいのは人形じゃない」
足柄「ならどうやってここに居てもらう? どうやって縛りつける? 常時監視するとしても、監視役の護衛があの人に篭絡されたら? 『他の誰よりもお前を愛している。一緒にここから出よう、二人で暮らそう』なんて言われたら? たとえそれが一時の方便でも、その一時の至福のために堕ちる娘は多いでしょう、私も含めて、ね」
足柄「なら、体がダメなら、心を縛りましょう。ここから居なくなることが悪いことだと心に刻みましょう、逃げることが罪深いことだと刷り込みましょう、私たちを置いていったことを後悔させてあげましょう」
足柄「心がある限り、罪悪感はいつでも付きまとう。海の果てまで逃げたとしても」
足柄「そしてあの人は、罪悪感から逃避できるほど冷淡でもなく、強くもない。程々に甘い考えした、とても優しい人だもの。清算できる可能性があると思ったなら、いつまでもそれに引きずられてくれる」
足柄「そうやってズルズルと引きずられている間に、ここに居るメリットを教え込んで、ストレスの捌け口も用意しなきゃ。縛りつけるだけじゃ壊れちゃうもの」
足柄「国を守れる、名誉が得られる、命令できる、お金が手に入る、美味しいものが食べられる、女を抱ける」
足柄「『提督』ってホント良い職業よね」
右手を膝に乗せ、左手を頬に添えた足柄の顔は、喜色満面。
榛名「ソレハ知ッテイマス。デスガ ソレハ 榛名タチダケデ 充分ノハズ」
足柄「……時間が経てば、罪悪感は薄れるものよ。現に最近、あの人は一人になろうとすることが多いわ。それにローテーションを組んでいるとはいえ、抱ける娘が決まっていればいつかは飽きる。新しい刺激が必要なの」
榛名「一歩間違エバ、あの人ガ潰レマスヨ?」
足柄「だからさっき止めたんでしょ? でも、心配ないと思うわよ? 伊良湖ちゃんと同じで鳳翔さんも素質がありそうだし」
榛名は苦虫を噛み潰したような顔になる。
足柄「本当なら、噂を流してじっくりやるつもりだったのよ? なのにネタばらしなんかされたら、せっかく作った『鳳翔』ってカードを使えなくなっちゃうじゃない。
でもまあ、お陰であの人は何か感づいてくれたみたいだし、噂を流す手間が省けたと思えば結果オーライかしら」
榛名「コレカラモ ソウヤッテ 『女』ヲ増ヤスツモリ?」
足柄「ええ、ずっと私たちの傍に居てもらうためにもね」
榛名「……ソウ」
榛名の砲塔全門が足柄に狙いを定める。
榛名「ヤハリ オ前ハ 『敵』ダ」
乙。
大体の流れが見えてきた。
ヤンデレ内の内ゲバも独占欲だけじゃないのね。
抗争が始まったら何人生き残るのやら。
大体の流れが見えてきた。
ヤンデレ内の内ゲバも独占欲だけじゃないのね。
抗争が始まったら何人生き残るのやら。
足柄に砲を向けた榛名の髪から色素が抜け落ち、死装束のように白くなっていく。
肌には死化粧をした亡骸の如く、生気のない忌避的な美しさが産まれる。
赤い亀裂の影が砲弾を撃ち込まれたように内側に凹み、軋み声と撃音が響く。
撃音と共に足柄が立ち上がった。
足柄が先程まで座っていた椅子は凹みに破壊され、沈むように影に飲み込まれた。
榛名「オ前ハ危険ダ。あの人ガ 娘タチヲ慰ミ者ニ シタクナイコトヲ 知ッテイテ、敢エテ ソレヲ強要シテイル」
足柄「やめたほうがいいわ、榛名さん。後悔するわよ」
対峙。
しかし平行線。
榛名「鶴姉妹ト箱入娘ノ一件デあの人ガ ドレホド傷ツイタカモ忘レ、あの人ノ心ヲ壊ソウト シテイル」
足柄「砲を下ろしなさい榛名さん。もし私をここで沈めたら、あの人は榛名さんを絶対に許さないわ」
榛名「人間ニナッタト思イ込ミ、人ノ心ヲ理解デキタト誤解シテ、分ヲ弁エズ人ノ心ニ付ケ入リ、疲弊シ堕落サセ、私タチノ大事ナ物ヲ弄ブ!」
足柄「私たちがあの人を監視しているように、あの人も私たちをどこかで見ている。最後の一線を越えたらあの人は容赦なく私たちを裁くわ。榛名さんはそれを超えようとしているのよ?」
榛名「オ前ノヤッテイルコトハ アノ人間ドモト同ジダ! 自分ニ都合ノイイコトヲ、耳ザワリノ良イ詭弁デ正当化シテイルダケダ!」
足柄「あの人が大事なのは、所詮『私たち』なのよ」
榛名「歪ンダ ソノ精神! 榛名ガ! 許シマセン!」
足柄「……この気持ちが歪んでいるというのなら、とっくの昔に皆狂っているわよ……」
風切り音。
赤い亀裂の影を破り、風切り音とエンジン音を響かせて、一機の航空機が部屋に突入した。
その航空機は部屋の中で急旋回すると足柄と榛名を分断するように、二人の間を飛び抜ける。
榛名「私ノ“海”ニ……!?」
足柄(川内の水偵じゃない? これは━━━━━)
暗緑色と灰色の迷彩塗装に、スリムな胴体と主翼。
何より特徴的なのは、二つのフロートの支柱にあるハンコ注射痕のような模様。
足柄「━━━━━瑞雲!? そっち!?」
榛名「コノ……!」
榛名が瑞雲に照準を合わせようとするが、蠅もかくやと思わせる狂気じみた軌道を描きながら部屋の中を飛びまわる瑞雲は、高速戦艦を「鈍間」と嘲笑うが如く、悉く照準を避けていく。
鉄の手も蠅叩きのように振るうが、虚しく空を切るばかり。
足柄「……無線通信?」
驚愕する重巡と苛立つ戦艦を他所に、瑞雲から信号が放たれる。
通信内容を聞いた足柄は、榛名に呼びかける。
足柄「……榛名さん、これ以上は……」
榛名「黙レ、オ前ヲ沈メテ、コイツモ撃チ落トセバ……!」
足柄「ここで手を引けば、今回のことは見なかったことにしてくれるわ。幸い外に音は漏れていない。知っているのは私たちだけよ。もう、ここまでにしましょう」
美しい貌を歪めた榛名が、鬼のような双眸で足柄を睨む。
足柄「私も、榛名さんに指摘されて、自分のやり方が軽率だと感じたわ。あの人を押し留めることばかり考えて、榛名さんの言う通り、あの人の気持ちを考えていなかった。反省しているわ」
榛名の動きが止まる。
瑞雲は榛名と足柄の上空で円を描くように廻り続ける。
足柄「このことをあの人に知られたら、きっと見離されてしまう。それは、嫌だもの……」
足柄はそう言うと、右腕を下し、左手で右肘を掴むと、寂しそうに俯いた。
榛名はそんな足柄を睨み続ける。
榛名「……」
足柄「……」
瑞雲が幾度となく円を描き続けた後。
榛名「……ふん」
と、不快さを声と共に吐き出し、艤装を納め、髪と瞳を元に色合いに戻す。
影も足元に収まり、破壊した家具とティーセット以外、部屋の景色が元に戻る。
二人の様子を見てか否か、瑞雲がいつの間にか開かれていた窓の外へと飛び去って行く。
足柄「榛名さん」
榛名「……足柄さんは、あの人と幸せになりたくはないのですか」
足柄「なりたいわよ。だからと言って奪い取るような真似をすれば、鶴の二の舞だもの。それなら、最高でなくとも最大限の幸福を目指すべきじゃない」
榛名「……女が増えれば、その幸福とやらも減っていきます。いつか崩壊しますよ、そのやり方」
足柄「……そうならないように、できる限りのことをしているつもりよ。榛名さんへの相談も、その一環」
榛名は足柄を横目で見つめる。
足柄は、そんな榛名の視線を、穏やかな、それでいてどこか諦観を含んだ表情で返す。
榛名は「……はぁ」と溜息をつく。
榛名「感情的になりすぎました。砲を向けて、すみませんでした」
足柄「いいのよ、結局未遂で終わったわけだし。むしろ、あの人を想う気持ちが感じられて良かったぐらいだわ」
榛名「……ティーセットと家具、後で弁償しますね。あと福祉係の見直しの件ですが、それもやっておきますので」
足柄「ええ、お願いね」
榛名はドアへと向かう。
榛名「……それと」
ドアノブに手を掛けた榛名は、足柄に振り向き言葉を発する。
榛名「相談があれば、また聞きます。やり方は気に入りませんが、興味深いので」
足柄「ありがとう。助かるわ」
榛名「それでは……お茶とカツ、美味しかったです」
足柄「ふふっ、また来て頂戴、歓迎するわ」
榛名は、部屋を出て行った。
足柄「……さてと」
榛名が出て行ったあと、足柄は部屋を見回す。
散乱した木や陶器の破片、お茶の染み、潰れたカツの油。
足柄「那智に怒られるわね……」
部屋の惨状から逃避するように床から目を離し、窓の外へと視線を移す。
足柄「そっか、今日は晴れだったわね」
青い空を見つめながら、一人呟く。
足柄(……それにしても危なかった、まさか研究所の連中が出てくるなんて)
鳥の鳴き声を聞きながら、思い耽る。
足柄(そういえば明日の秘書艦て確か……)
空を、見上げる。
足柄「……まずいことにならなきゃいいのだけど」
・本日 ここまで
・冗長 orz
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