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    元スレいろは「私、先輩のことが、好きです」八幡「……えっ?」

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    301 = 2 :

    いろは「おひさしぶり、です」

    八幡「マジで一色か? 久しぶりだな。元気か?」

    いろは「まぁまぁですよ。先輩はどうなんですか?」

    八幡「ん、俺もそんな感じだ」

    いろは「……?」

    そう言う先輩の顔はお世辞にも元気そうには見えない。心なしかどこか悲しそうだ。

    いろは「なにかあったんですか?」

    八幡「は?」

    いろは「いや、は? じゃないですよ。そんな死んで骨の髄まで腐りきったゾンビのような目をしながら『元気だー』なんて言われても信用できるわけないですよ」

    八幡「別にそんなことは言っていないのだが」

    いろは「要約したら同じことです」

    八幡「さいですか」

    先輩は苦笑する。弱っている状態で浮かべる笑みは儚げだ。

    いろは「で、何があったんですか?」

    とは言っても考えられる可能性なんて限られているけどね。先輩をこんな顔にできる人は少ない。

    八幡「……ちょっと、どっか入らないか?」

    302 = 2 :

    ――

    ――――

    いろは「で、案の定サイゼですか」

    八幡「もうなんかここじゃないとって感じがしてな」

    いろは「いえ、別にいいですよ」

    むしろそっちの方がいいくらい。この二人でお話をするならサイゼと、どちらが決めたわけでもないが、そうすべきだと思った。

    八幡「それにしても今日はやけに知り合いに会うな……」

    いろは「……?」

    さっさと注文を終わらせてドリンクバーから飲み物を持ってくると、私から話を切り出した。いきなり本題に入りはせずに、お互いの近況を話すことになった。

    とはいえ大して特筆することはなく、それぞれ大学生活をそれなりに楽しんでいるという、至って平凡な話だった。

    いろは「ところで先輩はまだ雪ノ下先輩と付き合っているんですか?」

    303 = 2 :

    ところで、などとどうでもいい風を装っているが、私が二番目に聞きたいことはこれだった。

    八幡「……まぁ、そうだな」

    その苦々しい表情から察する。今の先輩の様子は雪ノ下先輩との関係が原因なのだろう。

    いろは「喧嘩ですか?」

    八幡「はっ?」

    いろは「いや、先輩がそんな風になってる理由ですよ。雪ノ下先輩と喧嘩でもしたんじゃないんですか?」

    八幡「あれは喧嘩って言うより……、いや、喧嘩……なのか……?」

    いやにはっきりしない。先輩はこういう風に言葉を濁す人だっただろうか。……普通にそうだったかも。

    いろは「いいから話してみてくださいよ。少しくらいなら力になれます♪」

    八幡「……少し長くなるぞ」

    いろは「明日は休みだから私は別に大丈夫です」

    304 = 2 :

    ――

    ――――

    八幡「――みたいな感じだ」

    いろは「…………」

    話を簡潔にまとめてしまうとだ。

    雪ノ下先輩はなんだかんだ大学でも人気を集める存在で、その彼氏である先輩の評判はお世辞にもいいとは言えないものだったらしい。

    幸いなことに当の本人である先輩が同じ大学でないから、直接的な攻撃を受けることはなかったようだ。しかしそれが逆に悪評をエスカレートさせてしまう結果を招いてしまった。

    まぁ、パッと見は釣り合っていないように見えるから、この二人が付き合う上ではどうしてもついて回る弊害なのかも。二人のことをそれなりに知っていれば、結構お似合いに見えるんだけど。

    その大学内での『雪ノ下雪乃の彼氏』の悪いイメージを払拭するために、雪ノ下先輩は動こうとしたがそれを先輩が止めた。そんなことをしても雪ノ下先輩自身のイメージダウンでしかないからだ。

    ただのイメージダウンだけならまだいい。もしも雪ノ下先輩が動いたら、大学内での雪ノ下先輩と周りとの人間関係に少なからず影響を及ぼす。

    自分のために今の立ち位置を捨てて欲しくない。それが先輩の考えだった。

    305 = 2 :

    一度はそれで雪ノ下先輩も納得したようだ。しかしその約束は破られ雪ノ下先輩は動いた。

    それを知った先輩はそのまま家を飛び出してこの辺をウロウロしていたところ、私と出くわしたそうだ。

    いろは「…………」

    なんだろうなー。このすれ違っちゃってる感じ。お互いがお互いのことを思うゆえに衝突しているんだろうな。

    まぁ私が聞いたのは先輩の話だけだ。雪ノ下先輩からしたらその出来事はまた違って見えるのだろう。

    いろは「……贅沢な悩みじゃないですか」

    八幡「はっ?」

    いろは「だって、どっちも相手のことが嫌いだとかそういうのじゃないんですから」

    八幡「……まぁ、そうなのかもしれんが」

    先輩の顔はまだ納得していない。……まさか、この人は気づいていないのだろうか。

    306 = 2 :

    いろは「先輩は、どう思っているんですか?」

    八幡「……嬉しいとは思う。俺のために身を張ってくれたんだ。それで迷惑だと思うほど捻くれちゃいない」

    いろは「じゃあなんでそんな顔を?」

    八幡「……約束」

    いろは「はい?」

    八幡「約束、したからだ」

    先輩の目はこちらを見ずにただ下を向いている。その様子はとても弱々しくて私の知る先輩とは違う人のように見えた。

    八幡「俺のためには動かないでくれって、自分を傷つけるような真似はしないでくれって、そう、約束したんだ」

    いろは「…………」

    ああ、そうか。そういうことか。道理でさっきから私の知る先輩とは別人に見えるんだ。

    先輩が変わったわけじゃない。ただ、私が見えていなかっただけ。

    307 = 2 :

    これは私では照らすことのできない先輩の側面なんだ。きっと、雪ノ下先輩にしか照らすことのできない場所。もしかしたら結衣先輩にもできたのかもしれないが、私では決してできない。

    たとえ私が先輩と付き合ったとしても、ここまで先輩の心の奥底の声を引き出すことができるだろうか。

    かつて存在した壁が再び現れたような感覚にとらわれる。私は、どうしようもなくあの二人とは違うんだと思い知らされた。

    いろは「……あは」

    きっとダメだったんだろうなぁ、私じゃ。

    そもそも私と先輩では本質的に何かが異なるのだろう。一体何なのか言葉にはできないが、たぶんそれこそが先輩と雪ノ下先輩が共通して持っているもので、私が持ち合わせていないものなんだ。

    その事実がようやく今更になってわかった。もっと早くに気が付いていたらと思ったが、これは今になったからこそ理解できたことで、たとえ過去の私が聞いたとしても理解できない。

    308 = 2 :

    多くを求めなくてよかった。

    先輩を求めなくてよかった。

    そう、過去の私に感謝する。

    あの時にへんな勇気を出さなかったおかげで、私は先輩と話せているから。先輩にとっての『可愛い後輩』でいられるから。

    嘘で表面を覆った私なら先輩と話すことが許されるから。

    先輩の人生に関わることが許されるから。

    だから――。

    いろは「……先輩」

    少しだけ、助けてあげよう。ついさっき、彼が私にそうしてくれたように。

    私も、一人の後輩として。

    すぅ、と息を吸い込む。この人が誰かとつきあう上で一番必要な言葉を頭の中で繰り返す。

    いろは「先輩は恋愛に夢を見過ぎなんですよ」

    八幡「……!」

    先輩の目が見開く。心あたりがどこかにあったようだ。

    309 = 2 :

    いろは「確かに恋人関係って普通の人間関係とは違うと思います。でも、それでも、今までの延長でしかないんですよ」

    私はまちがえた。だからこそ先輩にこんなことを言える。ここからはひたすら自分へのブーメランだ。

    いろは「たとえ恋人相手だって隠し事はしますし、嘘もつくんです」

    私も、あの人も、ずっとお互いを騙し続けた。本心で向き合おうとしなかった。

    いろは「そこは普通の対人関係でも変わらないことです」

    八幡「……そんなこと、わかってる」

    いろは「わかっていません」

    先輩の言葉を食い気味に否定する。

    先輩のことだから確かに理解はしているのだろう。だが、わかってはいない。

    310 = 2 :

    いろは「本当にわかっているのなら、そんな顔をしないはずです」

    八幡「いや、頭ではわかっているんだ。ただ――」

    いろは「心が言うことを聞いてくれないと?」

    八幡「……たぶん」

    いろは「…………」

    あの時みたいだと、ふと思った。かつて先輩が感情を吐露した瞬間を、私は知っている。その時の先輩に今の先輩はよく似ていた。

    同一人物なのだから似ているも何もないのだろうが、そういうことではない。いつも自分の理性に従い、合理的であろうとする先輩が、明らかに不合理な感情に流される姿を、どうしてもあの瞬間に重ね合わせてしまう。

    それほどまでに、雪ノ下先輩のことが大切なのだろう。

    ズキッと胸に小さな痛みが走る。私の心の中にわずかに残っている気持ちがかすかな声で叫んだ。

    311 = 2 :

    いろは「それに、先輩は雪ノ下先輩が傷ついて欲しくないって言いましたよね」

    一瞬目を丸くしてからぎこちなく首を縦に振る。

    いろは「でも、逆の立場になって考えてみてくださいよ」

    八幡「逆……?」

    いろは「自分の好きな人の悪口がそこら中で流れていたら、先輩は耐えられるんですか?」

    先輩は少しだけ考えて返答した。

    八幡「……そんなの、勝手に言わせておけばいいだろ。どうせそういう話でしか盛り上がれない程度の低い連中なんだから」

    いろは「確かに先輩ならそう言うのかもしれませんね。その方がずっと効率的ですし、合理的です」

    でも、感情がいつもその理に従うとは限らない。むしろ非合理的なことの方が多いだろう。

    いろは「でも、そうは問屋が卸さないのは先輩はもうわかっているんじゃないんですか?」

    いろは「だから、雪ノ下先輩の嘘が許せないんじゃないんですか?」

    312 = 2 :

    先輩の理屈は最初から破綻している。そもそも理屈として成り立ってすらいないのだから、崩すのは簡単だった。

    高校の頃はずっと理屈や理性を頼りに生きていた先輩は、奉仕部での日々の中でまた自分の感情に素直になれるようになった。でも、だからと言ってそれまでの生き方の否定もできなかった。

    理屈と感情という相反する存在は、相互矛盾を繰り返す。

    だから、ここまで先輩の心を追い詰めた。

    そんな先輩の姿を、私なんかが見たことがあるはずがなかった。

    八幡「……そう、なのかもしれない」

    先輩の表情がびどく歪む。私が突きつけたのは先輩の心の醜さそのものなのだから、これが当然の反応だ。

    いざ自分の言動を省みるとフラれた腹いせにこんなことを言っているみたいだ。そんなのじゃないよね。たぶん。

    いろは「なら、雪ノ下先輩がどうして約束を破ったのか、ちゃんと納得できますよね」

    だって先輩が現にそうなっているのだから。自分がしておいて相手にするなと言うほど先輩は愚かではない。

    313 = 2 :

    いろは「……まぁ、しょうがないのかもしれないですけどね」

    八幡「しょうがない?」

    いろは「はい。先輩、今まで誰かと付き合ったことありましたか?」

    八幡「いや、初めてだが」

    いろは「だから、それですよ」

    経験や知識が圧倒的に不足している事柄に初めて手を出した時、はたしてうまくいくだろうか。

    答えはノーだ。初めからうまくいく人なんてそうそういない。それは恋愛だけじゃなくて万事に当てはまることだ。

    いろは「なんでも、失敗して人は学ぶんですよ」

    八幡「なんか偉そうだな」

    いろは「これに関しては私の方が先輩ですからね」

    軽く胸を張って威張ったふりをする。

    いろは「よく自分の黒歴史を語ってましたけど、それがなかったら今のように人と接することもできていないですよね?」

    八幡「……まぁ、そりゃな」

    314 = 2 :

    私の指摘が図星だったらしく、先輩はうつむいて何も言わなくなってしまった。でも先輩がすべきことはそれではない。

    いろは「何をしているんですか?」

    八幡「はっ?」

    いろは「今ならまだ間に合いますよ」

    八幡「なにがだよ」

    いろは「ちゃんと謝って仲直りしてください。先輩が全部悪いとは言いませんが、全く非がないわけでもないですよね?」

    八幡「…………」

    余計なことをしたのかもしれない。先輩なら私なんかのアドバイスがなくたって、ちゃんと雪ノ下先輩と話し合うかもしれない。

    でも、この先輩を見ていると二人の行く末が心配で仕方ない。ちょっとしたすれ違いで関係が破綻してしまうような気がした。

    315 = 2 :

    あれ?

    私は何をしているのだろう?

    このまま先輩と雪ノ下先輩を別れさせて、そこを私がもらってしまえばいいじゃないか。傷心中のところを慰めてあげればそう難しくもないだろう。

    ……ダメだ。

    私のいやらしい心を私自身が否定する。

    そんなことで望んだものを手に入れても、私に残るのは後悔だけだろう。負い目を抱えたままの日々に先はきっとない。

    いろは「……はぁ」

    変わっていないんだなぁ、私は。

    少しだけ身長が伸びて、胸が大きくなって、知らなかったことを知って、大人っぽくなっても、根本的なところは少しも成長していないんだ。

    316 = 2 :

    いろは「じゃあ、早く帰ってください」

    本当はもう少しだけでも話していたい。でも、そうしたらせっかく消えかかった何かがまた復活してしまうような気がした。

    いろは「早く帰って、雪ノ下先輩と仲直りしてください」

    八幡「……すまん」

    いろは「先輩、そこは謝るんじゃなくてお礼を言うところですよ。何なら愛してるでも可です♪」

    八幡「何でそうなんだよ。……ありがとな」

    こんなセリフだって、あの頃の私なら口にできなかった。

    いろは「いえ、後輩として当然のことをしたまでです」

    先輩は少し安堵したような表情を浮かべながらストローに口をつけて、ガムシロップが七個は入っているコーヒーを吸い上げた。

    不健康な甘さを堪能して、言葉を漏らす。

    317 = 2 :

    八幡「よく考えるとこのことに関してお前の世話になりっぱなしだな」

    いろは「まー私も高一や高二の時たくさんお世話になりましたし。お互い様ですよ」

    八幡「それでもよ、今日も、それに卒業する前の時も、本当に助かった。だから改めて礼を言わせてくれ」

    そう言う先輩の表情は今日私が見た中で一番優しい。

    やっぱり、私はこの人のことが好きだったんだなぁ。

    わずかに胸に走る痛みに改めてそう実感させられた。

    八幡「ありがとう」

    ふと、頬が熱くなる感じがした。おかしいな。もう終わった想いのはずだったのに。

    その考えを打ち消すように矢継ぎ早に言葉を吐き出す。

    いろは「もしかしてそれって口説いているんですか? 正直悪くないとは思いますが雪ノ下先輩の彼氏の浮気相手とか死亡フラグしか見えないのでお断りしますごめんなさい」

    八幡「違うっての……。てかそれも久しぶりだな」

    いろは「後半はほとんど言わせてくれなかったじゃないですか」

    八幡「そうだったっけか」

    いろは「そうですよぉー」

    318 = 2 :

    八幡「じゃあ、そろそろ行くわ」

    いろは「ちゃんと、謝ってくださいね?」

    八幡「何度も言われなくてもわかってる」

    いろは「ならよろしいです♪」

    立ち上がりそのまま出口の方を向くと、必然的に先輩は私に背を向ける形になった。

    八幡「ありがとな。また今度にでも」

    いろは「はい、……そうですね」

    変わっていない。

    『じゃあこの相談会みたいなのも、もういいよな』

    何も、変わっていない。

    このまま終わらせて、本当に良いのだろうか。

    319 = 2 :

    心臓の鼓動のリズムが不規則になる。焦燥感が私の中をかけめぐる。

    いつの間にか服の胸元を掴んでいた手の力が強くなっていた。

    いろは「すぅーー…………」

    深く、息を吸い込み、

    いろは「はぁー…………」

    肺の中の空気を全て吐き出して空っぽにした。

    このまま、終わらせたくない。

    先輩の足が動く。その決してたくましくはない背中がそれに従ってわずかに上下に揺れる。

    いろは「先輩」

    先輩の動きが一瞬止まる。振り返るのを待たずに、私はその言葉を口にした。

    ずっと、ずっと前から、伝えたかった、何度も何度も頭の中で繰り返した言葉を。

    いろは「私、先輩のことが、好きです」

    320 = 2 :

    ――

    ――――

    真っ赤な夕日が窓から廊下に射しこむ。その光は廊下の床でぼんやりと反射して、この辺り一帯を橙色で染める。まるで、ここが紅葉の並木道のように私には見えた。

    お互い、何も言わない。

    校外から運ばれてくる部活の音が私たちの間にある全てだ。

    今がこの時間でよかった。きっとこんなところをこんな時間に通る人なんて滅多にいない。

    これ以上ないシチュエーションで、私は想いを伝えられた。

    先輩は言葉を失い、ただ私のことをぼんやりと見ていた。私の言ったことの意味をまだちゃんと理解していないのだろう。

    しかし時間が経つにつれて現状を認識していったらしく、今度は目を丸くして口をポカンと開けた。

    もみじ葉が一枚、ひらりと落ちる。

    『……えっ?』

    ――――

    ――

    321 = 2 :

    間抜けな声の主は先輩だった。

    まさかこのタイミングで、こんなシチュエーションで告白されるなんて思ってもみなかったに違いない。

    私自身、自分の行動に驚いている節がある。

    でも、不思議とそれに対しての焦燥はない。もしかしたら先輩と再会した時点で、心の奥底ではこうしようと決めていたのかもしれない。

    鼓動のスピードはいつもよりも少し早いくらいで、そこまでドキドキしているわけではない。そんな自分に月日の流れを感じた。

    先輩は振り向かない。

    微動だにせず、ただそこに立っている。そのせいで今どんな顔をしているのかはわからない。

    私も、先輩も、何も言わない。

    店内の騒々しさが救いだった。これがなかったら完全な沈黙となっていただろう。

    どれだけ続いたかわからない沈黙を破ったのは先輩だった。

    322 = 2 :

    八幡「なぁ一色。それは――」

    困惑顔の先輩の言葉を遮る。投げた賽の目を私は見ない。

    いろは「冗談、ですよ」

    八幡「はっ?」

    いろは「このまま終わりなのもあれなので、ちょっとからかってみただけです」

    八幡「なんだよそれ」

    いろは「それよりも、先輩も意志が弱いですね。こんな言葉に動揺しちゃうなんて」

    八幡「いや、そういうこと言われたら誰だって固まるだろ普通」

    いろは「そんなんで雪ノ下先輩のことが好きだって言えるんですか~?」

    八幡「うっ、うっせぇ。俺は……その……あれだ。好き……だな……」

    いろは「わかってますよ」

    クスッと笑ってみる。先輩は出口の方を向いたままだ。

    323 = 2 :

    いろは「でも思ったよりも揺らぎましたね。どうせなら、本当に付き合っちゃいますか? さっきはああ言いましたけど、私は別にいいですよ。禁断の関係って響き、嫌いじゃないですし」

    八幡「はっ、冗談も休み休み言え。お前にその気がないのは丸わかりだよ」

    いろは「……あは、そう、ですね」

    『わかっている』という『わかっていない』宣言に思わず空笑いが漏れた。はぁ、全くこの人は……。

    いろは「呼び止めてごめんなさい。行ってもいいですよ」

    八幡「……おう。…………あのさ」

    いろは「なんですか?」

    八幡「その……悪かったな、いろいろと」

    いろは「どうして先輩が謝るんですか?」

    324 = 2 :

    八幡「なんか、そうしなきゃいけない気がして……」

    いろは「そもそも先輩が謝るようなことされてませんから。何なら嘘の告白なんてした私の方が謝らなきゃですよ」

    八幡「……嘘、なのか?」

    いろは「さっきもそう言ったじゃないですか」

    だから先輩が謝る必要なんでない。

    それにもう、終わったことだから。

    あの頃には、戻れないから。

    終わってしまった何かを取り戻すことは、私にはもうできない。

    八幡「……そうか」

    いろは「はい。じゃあ先輩」

    さっきから突っ立っている先輩の背中を軽く押した。

    いろは「バイバイ」

    八幡「……ああ。またな」

    325 = 2 :

    先輩の後ろ姿が小さくなる。この光景を私は何度目にしただろう。その時、私がどんな思いだったのかは先輩が知る由もない。

    でも、それでいい。

    この先、二人がどうなるかはわからないけれど、少なくとも今日は笑ってくれていることだろう。

    そんな人生の記憶の隅の方の、たまに思い出してもらえるくらいのポジションにいられたら、いいな。

    いろは「お幸せに」

    そう、先輩には聞こえないようにつぶやいた。

    扉に手をかけ、先輩は店の外に出る。外気との差のせいか一瞬身体を震わせてからそのまま足を進めていった。

    人の力がなくなった扉はゆっくりと閉じていき、背中は見えなくなる。

    いろは「さよなら、です」

    扉は、そのまま閉まった。

    その瞬間、ずっと不完全に続いていた何かが終ったような気がした。

    326 = 2 :

    ――

    ――――

    『……何の冗談だ?』

    『冗談では、ないです』

    『…………』

    『信じてくれないんですか?』

    私の問いに頷きをもって応える。やっぱり、信じてもらえないかぁ……。わかってたけど。でもちょっとだけショックだし悲しい。

    『葉山のことが好きだったんじゃなかったのか?』

    『好きでしたよ。でも、葉山先輩よりも好きな人が出来てしまったんです』

    『……わけがわからねぇ。俺が葉山に優ってるところなんてないだろ』

    自嘲するように自虐の言葉を吐き捨てる。

    『まぁ、単純なステータスだけなら先輩の完敗ですね』

    『ならなおさら――』

    『それでも好きになっちゃったんです。仕方ないじゃないですか』

    327 = 2 :

    理屈なんてわからない。ただ、気づいた時にはもうそうなっていた。先輩と会えると嬉しくて、会えないと寂しくて、一緒に話せたら楽しくて、別れる時は悲しい。

    『好きです。本当に、本気で、好きなんです』

    想いをできるだけ鮮明に言葉に変換する。この気持ちを全部伝えることなんて決してできない。人と人が完全に完璧にわかり合えないのと同じように。

    それでも、伝えたい。

    『それを、嘘なんて言わないでください……っ』

    思わず感情が昂ぶって目頭が熱くなる。それを見て先輩は困ったような表情になった。

    『……すまん』

    328 = 2 :

    『……たえ』

    『えっ?』

    『こたえ、……聞かせてもらえませんか?』

    床にポツリと水滴が落ちる。それが自分の涙だと気づくのに数秒かかった。出来上がった小さな水たまりが夕日の光を反射している。

    『…………』

    先輩は無言で下を見ている。私は死刑宣告を待つ囚人のような気持ちで先輩の口が開くのをただ待っていた。

    沈黙が破られたのはそれから一分くらい経った頃だった。

    『……わるい』

    329 = 2 :

    『……えっ?』

    『今すぐにこたえを出すことはできない。少し、少しだけでいいから、考える時間をくれねぇか?』

    『…………ぷっ』

    真剣に言葉を選ぶ先輩の姿はどこか滑稽で、思わずおかしくなってしまった。たぶん泣きながら笑いを堪える私もよっぽどヘンなんだろうけどね。

    『おい』

    『すいません……っ、なんかおかしくて……』

    『あのなぁ……』

    『……でも』

    330 = 2 :

    『即答で断るわけじゃないんですね。なんか意外でした』

    『……マトモに告られるのは初めてだからどうすればいいのかわかんねぇんだよ』

    『あー、納得です』

    ……ん? 初めて? じゃあ私が先輩に告白した最初の人間ってこと?

    『…………』

    『あれ? もしかして私、にやけてたりしました?』

    『ああ、めちゃくちゃな』

    『えへへー。だって先輩の初めてですよー?』

    『その言い方はやめろ』

    331 = 2 :

    でも、本当にどうでもいい人に告白されたのなら、そんな風にはならないはずだ。少なくともまだチャンスはゼロではない。

    『迷ってますか?』

    『はっ?』

    『なんてこたえようか、ですよ』

    『…………』

    お、おお……。これはまさかの迷ってるパターン!? 本当にもしかして本当にあり得るかも?

    『じゃあ、返事はいつでもいいので。あっ、でも早ければ早い方がいいですけどね♪』

    『お、おい』

    先輩の三歩先を歩く。いつも背中を見せられ続けてきた人に背中を向ける。

    332 = 2 :

    『では、お先に失礼しまーす♪』

    振り向いて一度敬礼をしてそのまま走る。いや、もう限界。さっきから恥ずかしさとか緊張とかもうよくわからないことになってて、なに言っているのかもわからない。

    『いや、だからそういうのがあざといんだっつーの……』

    『でも、こういうの嫌いじゃないですよねー?』

    そう言い放って廊下の曲がり角を曲がる。そこからまたずっと進んでから足を止めた。

    『はぁ……はぁ……』

    ……返事はどうなるだろう。

    わからないし不安だけどそれでも今は、今だけは後悔なんてない。伝えたいことをちゃんと伝えられた、それで満足だ。

    『……綺麗』

    オレンジ色だった空は日が沈んで少し藍色めいている。いつの間にか外の部活が終わっていたからか私しかいない廊下は静かで、それが少し寂しかった。

    ――――

    ――

    333 = 2 :

    ――

    ――――

    私が店から出たのは先輩が帰ってからドリンクバーでいれてきたホットコーヒーを飲み終えた頃だった。

    人が少なくなった道を一人で歩く。ふと夜空を見上げたが街灯のせいで星はよく見えないから、諦めてまた前を向いて歩き始めた。

    『私、先輩のことが、好きです』

    はっきりと口にした言葉を思い返す。

    あんなのは身勝手でわがままで自己満足な感情の表れで、先輩からしたら一週間もすれば忘れてしまうような小さな出来事に過ぎない。

    それでも、私にはあの瞬間が必要だった。

    何年か前の私が、あの頃に確かに抱いていた想いとその関係の決着。

    それをどうしてもつけたかった。

    334 = 2 :

    いろは「……っ」

    今になって胸の痛みが帰ってきた。でもそれは昔のようなただの切なさだけの痛みではなく、寂しさやむなしさも詰まっていた。

    先輩と過ごした日々が脳裏に浮かんでは消えていく。

    二度とは戻らない、けれど大切だった日々。

    終わった。

    おわった。

    終った。

    私の中にある確信のせいでさらに胸の痛みが増す。苦しみに耐えきれなくて思わず胸を押さえつけた。

    ふと、頬に何かが流れる。

    335 = 2 :

    いろは「え……」

    気づいた時には目から涙がこぼれていた。

    いろは「う……そ……」

    こぼれ落ちる涙を必死に止めようと目元を何度もこするが、止まる気配はない。

    ずっと、ずっと泣かないようにしてきたのに。どうして今になって……?

    いろは「……うぅ……っ、……っ」

    とめどなくあふれる感情がほおをつたって地面に落ちていく。涙で滲んだ視界を少しでもハッキリしようとまばたきを繰り返しながら、先輩のことを想っていた。

    あの、今の私にはまぶしすぎるほどに輝きに満ちた思い出に浸る。

    336 = 2 :

    ――先輩。

    私は、本当に好きだったんですね。先輩のこと。

    よく考えてみると奇妙ですよね。先輩みたいな捻くれていて意志が強いわけでもなくて、何でもすぐに皮肉るような人を好きになったなんて。

    これはもう『世界七不思議』ならぬ、『いろは七不思議』ですね。ちなみに二つ目以降はありません。

    実は後悔したことがありました。先輩に恋したことを。

    こんなにも辛いのなら、好きにならなければよかった。もう一層の事、出会わなければよかった。

    そんなことを本気で考えたことが。

    337 = 2 :

    ――バカみたい――

    ――本当に、バカみたい――

    でもそんなやるせなくて苦い記憶も、今となってはかけがえのない思い出なんですね。

    それに、ようやく気づけました。

    だから、きっともうちゃんと言えることはないんだろうけれど、心の中でだけなら、言ってもいいですよね。

    先輩に出会えて、よかったです。

    先輩のことを好きになれてよかったです。

    ……いつか、先輩と笑って会えますように。

    その時までは、さよならです。

    338 = 2 :

    もう一度夜空を見上げる。少し灯りが少ないところに来たからか、さっきよりも星が見えた。

    光の速さは有限だから、今見える星の光は何年も前のものだという話を聞いたことがある。中には私が生まれる前の光もあるらしい。

    そう思うと自分の生きてきた時間がひどくちっぽけなもののように感じられた。

    私が望もうが望むまいが時は流れる。そんな世界で私は生きていく。

    その日々の中でいつか、本当の意味でこの想いを忘れてしまうのだろう。こんなにも胸の中を埋め尽くすものも、いつかはなくしてしまうのだ。

    それでも、私が先輩のことを好きだったという、その事実は消えない。

    それは絶対にこの世界に残り続ける。他の誰が忘れてしまっても、跡形がなくなってしまっても、きっと永遠に。

    いくら時が流れても消えてしまわないものがあるのなら、たぶんそれでいい。そう思うと小さな安心が心に染み込んでいった。

    まだわずかに滲む風景の中でまた前に進む。ずっと意識の端にあった何かはもうなかった。

    339 = 2 :

    【Epilogue】

    窓から訪れたのはウグイスの声。

    その活気あふれる優しい声で目を覚ました。

    ああ、もう春だね。

    と、穏やかな気温と心地良い風を感じながら思う。そう言えば最近はずいぶんとあたたかくなったような気がする。

    「…………」

    夢を見ていた。

    遠い昔の夢。

    きっとあの頃のことを、今の私は『青春』と呼ぶのだろう。

    なんて考えていたら自分がなんだかひどく歳をとったような感じがした。まだそんな人生を省みるほど生きてはいないというのに。

    340 = 2 :

    そう言えば久しぶりにその人のことを思い出した。

    決してすごくカッコいいとは言えないのに、人を惹きつける何かを持っていた人。

    私もあの人に惹かれたんだっけ。よく考えるとあの頃はいろんなことがあったなぁ。

    思い返してみると懐かしくなって、そのまま椅子に軽くもたれかかる。

    ふと、自分の口角が上がっていることに気づいた。ああ、今の自分は思い出しても笑えるんだ。そんなところにも時の流れを感じる。

    今の私はちゃんと昔の記憶をちゃんと『思い出』に出来ている。

    忘れたわけではないが思い出すことで辛くなることもない、ある意味一番理想的な現在だ。

    341 = 2 :

    「ただいまー!」

    「おかえりー。……って、もうこんな時間!」

    ボーッとしていたらいつの間にか午後の三時を回っていた。最近は時間が経つのが早い気がするが、やはり歳をとったからなのか。

    なんか認めたくないなぁ、それ。

    「おなかすいたー! おやつはー?」

    「んー、じゃあホットケーキでも作る?」

    「うん!」

    「じゃあ手洗いうがいね♪」

    「わかった!」

    タタターっと、流しの方に走って行く様子を見て思わず顔がほころんだ。

    342 = 2 :

    「……でも、しあわせ、かな」

    一人でに声がもれる。

    「おかーさーん! はやくはやくー!」

    「はいはい」

    「おとーさんの分もつくろーねー!」

    「うん、そうだね♪」

    自分よりも大切だと言えるような家族が出来た。

    あの頃よりもずっと誰かのことを好きに、愛せるようになった。

    そんな二人のおかげで今はとても輝いている。これは強がりでも嘘でもない、本当の気持ちだ。

    あの日先輩が欲しがり私が憧れた本物はいま、自分の手の中にある。

    こんなにも時間をかけて、ようやく見つけられた。

    343 = 2 :

    手元に目をやると小さな子供が真剣な顔で生地を混ぜている。その姿が愛らしくてそっと頭を撫でた。

    「おかーさん?」

    「ん? なんでもないよ?」

    どうやら邪魔だったらしく少し不機嫌になっていたから手を頭から離した。

    すると、サァ、と爽やかな風が家の中に吹き込んできた。風が運んできてくれた空気からは、ほのかな春のかおりがした。

    「……出来上がったら庭で食べようか?」

    「うん!」

    344 = 2 :

    先輩。

    私、先輩のことが、好きでした。

    あの日、あの時に、たとえすぐに取り消してしまった言葉でも、あの一瞬だけはちゃんと伝えられたから、私の中の『終り』を見つけられたんだと思います。

    だから、こんな今があるんです。

    もう最後に会ってからずいぶんと長い時間が経ったので、先輩が今どうしているのかはわかりません。でもきっと、誰かと幸せに過ごしていることでしょう。

    むしろそうであって欲しいです。

    先輩、私は幸せですよ。

    だから、先輩もどうかずっと幸せでいてくださいね。

    345 = 2 :

    ――

    ――――

    「おいしいね!」

    「そうだね~」

    綺麗な色の紅茶が入ったティーカップに口をつける。砂糖を少なめに入れたから甘いホットケーキによく合う。

    ふと上を見上げると、そこにあるのはいつもと同じ青空だ。

    空はいつも同じ顔で私たちを見てきた。これまでも、そしてこれから先もずっと。そんな空の下でみんな生きている。それはきっとあの人も同じだ。

    そんな空をぼんやりと眺めながらこれからのことを考えてみる。

    これから私を待つのはどんな日々だろうか。たぶん楽しいことだけではなくて辛くて苦しい時もあるだろう。

    それでも、今までをずっと乗り越えてきた自分ならきっと大丈夫だと、どうしてか思えた。

    346 = 2 :

    紅茶をもう一口飲むと、またさっきのような風が吹いた。ふと、小さな何かが空に舞う。

    反射的に目で追うが何なのかまではわからない。ただそれは葉っぱのようにも見えた気がする。

    ……まぁ、なんでもいいよね。

    少しすると今度はウグイスの声がした。もう本格的な春の始まりだ。きっと桜の開花はそろそろだろう。

    そんなことを思わせる、春の日の午後だった。



    おわり

    348 = 2 :

    以上でおしまいです。
    長い間お付き合いいただき、また最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。

    349 = 347 :

    二度と書かなくていいよ

    350 = 2 :

    >>349
    元々これが最後のつもりで書いてたから、言われなくてももう書かないよ
    読んでくれてありがとうね


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