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    元スレ八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「その2だね」

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    51 :

    待ってます。

    52 = 1 :












    俺が高校二年になる少し前の事だ。


    いつも通りに朝起きて、いつも通り学校へ行く。
    いつも通りぼっちで過ごし、いつも通り一人飯。

    そしていつも通り、一人で帰る。

    それが俺にとっての当たり前。
    別に今更苦でもないし、家に帰りゃ小町が出迎えてくれる。それで充分。
    そう思って、生活を送っていた頃の話だ。


    今にして思えば、あん時は奉仕部へ入るなんて事も、アイドルのプロデューサーになるなんて事も、全く想像すらしていなかった。そりゃそうだ。

    ジェットコースター人生とまでは言わないが、中々どうして、普通に生きてたら経験出来ないような人生を送っている。その内本でも出版してみようかね。


    「割れ思う。故に我ぼっち。」


    これは一時代築けそうだ。いやないか。

    53 = 1 :


    とにかくその時の俺は、ぼっちとして過ごす学校と、帰れば出迎えてくれる小町、そしてやや放任主義な家庭。それが俺にとっての世界であった。
    別に俺はそれで良いと思っていたし、今でもそれは変わらない。ぼっち最強説は揺るがない。……けどそれでも、たまに泣きそうになる事もある。に、人間だもの。はちお


    そしてそんな時、俺は現実逃避をした。


    方法は様々だ。ゲームをするもよし、アニメを見るもよし、本を読むもよし。……あれ? 俺完全にオタクじゃ…いやいや、他にも色々やったぞ。小町とゲームしたり、小町と映画見たり、小町と買い物に行ったり…………シスコンだった。


    とにかく、俺は現実逃避をした。


    よく現実逃避してないで~なんて説教臭い台詞を聞くが、俺はあえて言おう。



    現実逃避して、何が悪いと。



    誰も彼もがそんなに強いわけじゃない。どうしたって逃げたくなる時はある。
    どうしようもない現実に打ちひしがれて、変えられない現状に絶望して、自分の限界を感じてしまう。

    そんな奴に、何故逃げるなと叱咤する事が出来ようか。何故逃げることが悪い事とのたまえるのか。
    皆が皆、頑張れるわけじゃないのだ。


    逃げるという事は、目を背けるという意味だけとは限らない。自分を守るという意味だってある。逃げる事で、自分を見つめ直すことだって出来る。

    目の前の大きな強敵にボロッボロにやられて、このままじゃ死んじまうって時に、お前は逃げるなと言えるのか?

    54 = 1 :


    負けそうになって覚醒なんて、そんな事は現実には起きない。
    一回死んで強くなるなんて、サイヤ人だけだ。


    だから俺たちは逃げよう。


    逃げて、助かれば、また戦えるから。
    また、頑張れるから。



    だからきっと、逃げる事は悪い事じゃない。



    ……けれど、その日はそれすらも出来なかった。

    ちょっと学校で色々あって、トラウマが一つ増えちゃったのだが(内容は割愛。割愛ったら割愛)その日は小町が学校の行事で家を空けていて、もちろん両親もいない。要はアレだ、ホームアローンだ。いやエブリデイアローンだけど。

    久しぶりの我が家に一人っきりだヒャッホーーう!!
    なんて無理矢理テンションを上げてみようともしたが、それも何だか虚しくて。

    ゲームもアニメも本も、見る気にはなれなかった。



    そんな時だ。
    一人寂しく小町の作っていてくれたカレーを食べながら、何となく音が欲しくなったので、俺はテレビをつけた。

    丁度やっていたのは、とある音楽番組。
    その番組内で、まだ有名じゃないアーティストを紹介するコーナーであった。

    最初は何の気無しにテレビを見ていた俺だったが、いつの間にか、一人の少女に釘付けになっていた。




    その少女は、アイドルだった。



    55 = 1 :


    俺は正直、アイドルという存在が好きではなかった。
    笑顔を振りまいて、歌って踊るその様が、俺には媚びへつらっているようにしか見えなかったから。


    でも、その少女は違った。違って見えた。


    そりゃお前の好みだろと言われればそれまでなのだが、それでも、俺にはその少女の笑顔が眩しく見えた。


    そこに、嘘なんてないように見えたんだ。


    まぁぶっちゃけると、泣いた。
    一人でカレー食いながらアイドルの女の子を見て泣くって……正直自分で自分に軽く引いてしまったが、溢れるものを堪え切れなかった。




    『みんながこの曲を聴いて、頑張ってくれたらなーって! だから、私も頑張ります♪』




    俺にとって、その時の画面に写っていた女の子。
    その子が、その子の見せてくれた笑顔こそが、俺にとってのアイドルそのものだった。

    765の曲は色々聴いたけど、その時聴いた曲が、今でも一番好きだ。


    逃げて、嫌になって、もう一回向き合って、また、頑張ればいい。
    だから、逃げた後はその曲を聴いて、頑張ろう。



    彼女は、いつだって味方でいてくれるから。


    56 = 1 :







    八幡「……」


    奈緒「比企谷? どうしたんだぼーっとして」

    八幡「っ! いや、なんでもない」

    奈緒「ならいいけどよ……もう少しで着くぞ」



    神谷に促され窓の外を見れば、大きな白い建物が見える。言わずもがな、病院だ。


    あの後、俺たちはてっとり早くタクシーで病院に向かうことになり、こうして移動している。本当は勿体無いと神谷に言われたのだが、俺が面倒だったのである。俺が金出すんだからいいんだよ。

    けどラジオで流れている曲を聴いて、思わず昔の事を思い出してしまった。
    まぁ、昔って言っても一年前の事なんだがな。


    ホント、あの時は今みたいな状況になるなんて思いもしなかったな……

    57 = 1 :


    物思いに耽っているとタクシーは直ぐに病院前へと着く。
    俺がタクシーの運ちゃんに金を払っていると、隣の神谷から視線を感じた。



    奈緒「料金なら、私も出すけど」



    律儀な奴であった。



    八幡「別にいいよ。正直身に余る程の給料貰って使い道に困ってんだ。これくらい払わせろ」



    これは本当である。俺もバイトした事はあるが、ぶっちゃけその比ではない。
    初給料日とか「え? こんなに?」ってATMで思わず声に出してしまったほどだ。変な目で見られたのは言うまでもなし。降ろす前に給与明細見ようぜ、俺。



    八幡「それに、こういうのもプロデューサーの勤めなんじゃねぇの? 知らんけど」

    奈緒「……なら、いいけどよ」



    俺がテキトーにあしらうと、素直に引き下がる神谷。

    ふむ。どうやらプロデューサーという単語に弱いようだ。そんなにプロデューサーがついたのが嬉しかったんかね。
    まぁ、それも考えてみれば当然か。
    折角アイドルになれたと言うのに、やるのはレッスンばっかりで、何の進展もない。そんな生活が続けば嫌にもなる。

    それこそ、身体が弱い奴なんて尚更、な。

    58 = 1 :


    その後俺たちは病院内へと入る。

    まぁ、感想としてはアレだ、デカイ。戸部くん並に素朴な感想である。
    いやしかしさすがは東京。立派だ。いや別に東京だからどうというわけではないんだろうけど。これ初めて来た奴とか絶対迷うでしょ。まぁ俺の事なんだが。
    にしたって何故こんなに分かりにくいのか。神谷がいなかったら病室まで辿りつかるかも微妙であった。



    奈緒「こっちの病室だ」



    挙動不審にキョロキョロしている俺を先導してくれる神谷。迷いなく進むその様子から、どうやらお見舞いも数をこなしているらしい。……大丈夫だよね? 北条って子、ホントにヤバイ病気とかじゃないよね?

    少しばかりの不安に駆られながらも、神谷の後を追い廊下をしばし歩く。
    すると遠目に、一つの病室の前に立つ見慣れた黒髪を発見する。早いな……連絡したのついさっきだぞ。



    「! 奈緒、プロデューサー」



    こちらに気づき小さく手を振ってくる凛。
    その手には大きな花束が抱えられている。たぶんガーベラだな。
    しかし思いの外立派なの持ってきたな……俺が払うから良いやつ持ってこいとは言ったが、使い道が無いって言った側からちょっとお財布が心配になっちまったぞ。

    59 = 1 :



    八幡「早かったな。もう少しかかるもんだと思ってたよ」

    「友達の一大事だもん。急がずにはいられないよ」



    笑顔を作る凛だったが、それも何処か無理を感じる。
    やっぱ、本気で心配してんだな。



    奈緒「それはそうと、何で部屋の前で待ってるんだ? 中で待ってればいいのに」

    「あー実は今……」




    「ひゃあっ!」




    八幡「ッ!」



    凛が何かを言い終える前に、目の前の部屋から突然小さな悲鳴が上がる。
    それに真っ先に反応したのは神谷だった。



    奈緒「っ! 加蓮! どうした!?」ガラッ

    「あっ」



    間髪入れずに扉を勢いよく開く。そしてそれと同時に凛も僅かに声を上げる。しかしその声音はどこか、拙ったというニュアンスが感じられた。

    その理由は、すぐ目の前にあった。

    60 = 1 :



    扉を開いたその先、そこにはーー






    ベッドに腰掛ける上半身半裸の少女と、その背中を拭くナースの姿があった。






    「……」


    八幡「……」


    「…………っ…!」カァァァ





    瞬く間に紅潮し、少女が悲鳴を上げるその一歩手前。

    その瞬間に俺の視界はフェードアウト。両サイドにいた少女によるバッグハンマー(ただの鞄叩き)でノックアウトされる。

    俺が天井を仰ぎ見るのと重なるように、病院内を悲鳴が駆け抜けた。



    ……ちなみに前を病院服で隠していたので、俺は何も見ていない。ここ、重要な。



    鍵かけろよ、看護婦さん……





    61 = 1 :











    それから程なくして、俺たち三人は病室内へと招き入れられた。
    招き入れられたのだが……



    八幡「……」

    「……」

    奈緒「……」

    「……」



    き、気まずい……

    部屋へ入ってから5分程たつが、この空気はキツい。まだ教室でぼっちしている方が全然楽だ。


    ふと、視線を向ける。
    くだんの北条加蓮なる少女は、顔を未だに赤くしたままベッドに掛けている。

    肩までかかる程のふわっとした明るい茶髪で、若干つり目。
    指にはネイルを施しているあたり、女子高生らしい。
    服はピンク色の病院服……だとは思うんだが、なんかパジャマに見えるな。
    けど顔が赤いのも相まって、ザ・病人という感じだ。

    62 = 1 :


    恐らく顔が赤いのは、別に熱があるわけではないのだろう。当たり前である。お、怒ってる?
    大体顔を赤くしてる奴に「熱でもあるのか?」なんて、ハーレムアニメの主人公でもない限り言えたもんじゃねぇよな。ああ……一度でいいから言ってみたい。

    すると北条はこちらの視線に気づいたのか、一瞬だけ目を合わせる。しかしまたプイッと顔を背けてしまう。ぐふっ……! 顔を赤くしてその仕草とは、こいつ、やりおるな。


    そんなアホな事を考えていたら、隣に座っていた凛が耳打ちをしてきた。近い!



    「プロデューサーのせいだよ? 加蓮怒っちゃってプロデュースどころじゃないじゃん」

    八幡「ちょっと待て。俺のせいだと?」



    何を言うんだこの担当アイドルは。
    こちとらこんなベタな青春ラブコメは望んじゃいないんだよ。



    八幡「確かにタイミングが悪かったのは謝るが、不可抗力だ。それに扉を開けたのは神谷だろ」

    奈緒「うっ!」ぐさり



    俺が反対サイドにいる神谷を親指で指すと、痛い所を突かれたかのように顔をしかめる。



    八幡「おまけに顔面にダメージまで貰っちまったしな。目が更に腐っちまったらどうすんだ」

    「大丈夫だよ。それより下はないから」

    八幡「なに俺の目ってもうそんなレベルまできてるの? 眼鏡必要ないくらい視力は良いのにどんだけの腐り具合だよ……」



    むしろ視力は悪くないから眼鏡で誤摩化せないじゃないか。いや伊達眼鏡という手も……非論理的じゃないの?

    63 = 1 :



    奈緒「んな事はどうでもいいから、さっさと自己紹介しようぜ」



    面倒になったのか、呆れ顔で場を取り締める神谷。
    いや、元々お前が扉を不用心に開いたからこんな事になったんだが……
    こいつはSAOやったら真っ先に死ぬタイプだな。ちなみに俺はソロを貫いて死ぬ。



    奈緒「加蓮、こいつが凛のプロデューサーの比企谷だ」

    八幡「……どーも」



    かなりぞんざいな扱いだが、一応その通りなので俺もならって会釈する。
    北条は視線だけをこちらに向けると、少し迷ったような素振りを見せた後口を開いた。



    「…………北条加蓮。よろしく」



    おお、ここまで端的な挨拶も久しぶりである。
    この感じは昔を思い出さずにはいられないな……あれは中学二年のなt…おっと、危なくトラウマスイッチが発動する所だった。今はそれどころではない。

    俺がアイコンタクトをすると、それを受け取った凛は頷いた後、切り出し始める。



    「加蓮。今日プロデューサーを連れてきたのは……」





    × × ×





    加蓮「無理」



    事情を説明し終えた後、最初に発した言葉がこれであった。

    いや無理ってお前……

    64 = 1 :



    加蓮「……ごめん。凛と加蓮の気持ちは嬉しいけど、アタシはやっぱ無理だよ。体力無いし。それを補うくらいのやる気も、根性もない」



    その声と、その目。そこには、何処か諦めの色が伺えた。



    加蓮「だから……ごめん」



    諦めたように言って、悲しそうに顔を伏せた。



    奈緒「加蓮……」

    「……」



    そんな様子を見て、凛と神谷は言葉を発せずにいる。

    本当はここで言い返したい気持ちもあるのだろう。けれど北条の気持ちも、二人には分かるのだ。
    アイドルになって、それでも有名になるなんて程遠くて、身体が気持ちに追いつかない、その歯痒さが。
    凛だって、今でこそ俺がプロデューサーとしてついているが、そうじゃない時期だって勿論あった。だからこそ、その時の辛さが分かるのだろう。

    二人には、友人として何を言えばいいのか、分からないのかもしれない。



    八幡「……今日はもう遅い。けーるぞ」

    65 = 1 :


    席を立ち、二人に帰るよう促す。
    凛と神谷は最初戸惑っていたが、やがて静かに立ち上がった。



    八幡「……北条」



    部屋を出る際、背中を向けたまま言ってやる。



    加蓮「……なに」

    八幡「また明日な」



    そのまま部屋を出て、答えを聞く前に扉を閉める。

    別にそんなつもりは無かったのに、妙にカッコ良く退室してしまった。面と向かって言うのが恥ずかしかったからやったのに……これ逆に恥ずかしいな。



    奈緒「……比企谷」



    見ると、神谷が何やら申し訳なさそうな表情をしている。
    そりゃそうだよな。プロデュースしてくれって頼んだのに、本人にその意志が無いんじゃあ意味がない。



    奈緒「あー……その…」

    八幡「凛」

    「! なに?」

    八幡「北条はあと何日くらい入院してるんだ?」

    66 = 1 :



    「えーっと、症状自体は疲労から来る風邪だったみたいだから、そんなに大事ではないみたいだよ。三日後には退院出来るってさ」



    三日か……ま、そんくらいが妥当だな。



    神谷「比企谷……?」

    八幡「聞いての通りだ神谷」

    神谷「え?」

    八幡「北条が退院するまで、それまでは俺も待つ。それまでにアイツがプロデュースを望むって言うなら、俺はそれを引き受ける」



    つまり、三日後がタイムリミットだ。
    退院してもあいつがアイドルを続ける気が無いなら、そこで終わり。
    しかし逆に言えば、入院している間は考える余裕がある。その間に説得するなりすればいい。



    八幡「正直俺はどっちへ転ぼうが知ったこっちゃないが……お前等が説得するってんならそれを待つし、言われれば手伝ってもやる」



    これも、奉仕部への依頼だからな。



    「……ふふ」



    笑い声が聞こえたので振り返ると、凛が口元に手をやって笑いを堪えている。いや堪え切れていないんだが。
    なに、最近お前含みのある笑い多過ぎない?

    67 = 1 :


    俺のジト目に気づいたのか、慌てて弁解する凛。



    「ごめんごめん、別にバカにしてるとかじゃないんだ。ただちょっと……ヒネデレだなぁと思って」



    そしてまたクスクスと笑う凛。解せぬ。
    つーかその呼び方やめてくんない? 俺はそんな簡単にデレたりしない。惚れっぽいラノベアニメのヒロインみたいなキャラになった覚えはない。たぶん。



    奈緒「……確かに、奉仕部で聞いた通りだな」



    今度は神谷まで笑いを零している。なんだと言うんだ! 何を言ったアイツら!



    八幡「とにかくだ。北条が退院するまで。それまでにアイツを説得する手を考えろ」



    ここで終わるのも後味が悪い。

    “北条プロデュース大作戦”開始だ。
    あ、あずきさんは結構です。


    68 = 1 :










    翌日。説得一日目。



    奈緒「今回はアタシが作戦を考えたけど、いいのか?」

    八幡「意義なし」

    「期待してるよ」

    奈緒「……自分で考えたのに不安になるな」



    今俺たちは病室前にて待機中。
    事前に作戦を立て、これから突撃隣の加蓮ちゃんである。



    奈緒「やっぱり、自信をつけるのが一番だと思うんだ」



    人差し指を立て、作戦内容を話し始める神谷。何故だか自然とヒソヒソ話しになる。
    ちなみに病室前の廊下で三人輪を作って話しているので、通りかかる人からの視線が痛い。もう色々と遅いけどな。

    69 = 1 :



    奈緒「そこで単純だけど、褒めるってのが手っ取り早いと思う」

    八幡「褒める、ね」

    奈緒「そんなに露骨には褒めなくても、会話してる中でさり気なくアピールすれば」

    「自信に繋がる、ってわけだね」



    まぁ方法としては間違っちゃいないだろうな。アイドルとして自信は必須だ。それが無くちゃ、この業界をやっていけるわけがない。
    けどなぁ……



    八幡「確かに良いとは思うが、ちょっと気長過ぎないか? よいしょし過ぎるとかえって不快な思いをさせる事になるやもしれんし、バレない程度にやっても褒めてるのに気づかれない可能性があるぞ」

    奈緒「そうは言うけど、他に良い案があるのか?」

    八幡「……無いな」

    「なら、とりあえずやってみるしかないね」



    何故だか凛がやる気に満ちている。そりゃ北条の為ってのもあるんだろうが、それにしたってちょっと楽しんでないかお前?



    奈緒「決まりだな。よし……行くぞ!」



    「おー」と小さく手を挙げて、俺たちは病室へと突入した。もうどうにでもなれ。



    70 = 1 :




    × × ×





    まぁ、そっから色々とあったんだが、言ってしまえばアレだ。中々思い通りにはならないよね。

    一応会話の中にそういった要素を入れようと努力していたのは伺えたんだが、どうにもぎこちない。やはり関係の無い話から繋げていくのは難しいのだろう。
    それでも無理に褒めようとすれば、逆にいやらしいしな。

    そして不思議とそういう空気ってのは分かってしまうわけで……



    加蓮「……さっきからどうしたの? 変だよ二人とも」



    怪訝な表情で訊いてくる北条。やっぱバレますよね。
    そして今の発言で分かるように、俺に違和感は感じなかったらしい。ふっ、見たか俺の演技力。……ごめんなさい単に会話に参加してなかっただけですはい。



    奈緒「い、いやー別にそんな事はないぞ? なぁ凛?」

    「う、うん。もちろん」



    話を振られた際、第三者に同意を求めるのは動揺している証拠である。
    むしろ第三者も動揺していた。

    71 = 1 :



    「だよねプロデューサー?」

    八幡「え? あ、あぁ、おぅ…」



    第四者も動揺していた。俺に振らないで!



    加蓮「……いいからね、そういう気遣いとか。アイドル向いてないのなんて、アタシも分かってるし」



    嘆息しつう言う北条。

    その顔は、またも諦めの表情を見せていた。
    けれど何故だか、その顔は本人が一番納得していないようにも見えた。
    少なくとも、俺には。



    「そんな事ないよ。加蓮みたいに可愛い子そういないよ?」

    加蓮「何言ってんの、凛は奇麗な黒髪で羨ましいよ。あたしなんか癖っ毛で…」

    奈緒「そんな事言ったら、あたしの方が癖っ毛だっつうの!」

    加蓮「でも奈緒のゆるふわが羨ましい子だって…」

    八幡「あーはいさいやめやめ」



    そんな議論をかわした所で、結局は好みで落ち着くだろうが。俺から言わせれば三人とも比べられないくらい可愛いよ。絶対言わないけど。



    八幡「髪型とかそんな好みの分かれるとこよりも、もっと大多数の男に受けるポイントが北条にはあるぞ」

    72 = 1 :



    北条「え?」

    神谷「お! 気になるな。どこだよ?」

    「男受けの良い所かぁ……どういう所なの?」



    興味心身といった様子で訊いてくる二人。
    まぁ、俺にそれを言わせる事で作戦を遂行しようとしているんだろうが、単純に興味もあるようだ。
    北条も、なんだかんだで気になるようでチラチラとこちらを伺っている。うむ。

    俺は最高の決め顔で言ってやった。




    八幡「俺はプロデュースの為に三人のプロフィールは読んでるんだがな。何を隠そう、北条がこの三人の中で一番胸がおおk…」




    その瞬間、俺の視界はフェードアウト。両隣からのバッグハンマー改(鞄の中に参考書でも入っていると見た)が炸裂したようだ。床は相変わらず固い。

    俺が天井を見上げるのと同時に「……バカ」という北条の小さな声が重なった。



    ……若干凛側からの打撃の方が強かったような気がしたが、言わぬが華だろうな。





    一日目。作戦失敗。


    73 = 1 :











    更に翌日。説得二日目。



    加蓮「あれ? 今日はアンタだけなんだ」



    俺が部屋に入ると、不思議そうな顔で言ってくる北条。
    最初の頃に比べれば、少しは印象は変わったらしい。



    加蓮「…………襲ったりしないよね?」ササッ



    どうやら、悪い方向に。



    八幡「そんな蔑むような目で見てくんのやめてくんない? 俺は断じて変態なんかじゃない」

    加蓮「その鼻の絆創膏が証拠でしょ」

    八幡「……それに関してはぐうの音も出ん」



    二度も顔面にダメージを喰らったせいで俺もこの病院のお世話になってしまった。まぁ二回目は完全に自業自得なんですけどね。
    俺は据え置きの椅子に座りつつ、改めて北条に向き直る。

    74 = 1 :



    八幡「単刀直入に言うが、俺たち……正確には凛と神谷だが、あいつらはお前を説得しようとしている。それは分かるな?」

    北条「そりゃあ、ね……」



    やっぱ分かるよな。
    なら、ここはあえて正面から行く他あるまい。



    八幡「話が早い。そういうわけだから……こいつらの歌を聴けぇ!」

    北条「え!?」



    俺が言うや否や、突然扉が開き、颯爽と二人組が現れる。

    その二人とは……!











    凛・奈緒「「私たちの歌を聴けぇー!!」」どーん


    加蓮「うん! だと思った!!」






    75 = 1 :



    これが凛の作戦、押してダメなら歌ってみろ作戦である。

    二人が歌い、アイドルになりたいという北条の気持ちを刺激する……という作戦らしい。大丈夫なのか色々と!





    凛・奈緒「「聴いてください! 潮騒のメモリー!!」」


    加蓮「じぇじぇ!?」


    凛・奈緒「「来~てよ♪ そ~の火を♪ 飛び越えt…」」





    ナース「うるさぁぁぁぁあああああああああいいッ!!!!」





    看護婦さんに怒られて、危うく出禁になる所でした。



    二日目。作戦失敗。


    76 = 1 :












    加蓮「……今日は本当に一人?」

    八幡「……おう」



    そのまた翌日。説得三日目。

    今日はホントに一人でやってきた。



    加蓮「……」キョロキョロ

    八幡「安心しろ。二人が待機してるとかはねぇから」



    昨日しこたま怒られたしな。ホントに怖かった……
    おもむろに注射器を取り出した時はどうしようかと思ったぜ。



    八幡「今日は事務所で書かなきゃならん書類があるとかで遅れるそうだ。ほら」



    鞄からクリアファイルを取り出し、北条に渡してやる。中身は今言った書類。

    77 = 1 :



    加蓮「……アタシは…」

    八幡「一応持っとけ。あの二人のおかげで、気持ちが変わらんとも限らんだろ」



    俺はまた椅子に腰掛け、のんびりと楽な体勢で背を壁に預ける。
    ふと北条を見ると、不思議そうな表情でこちらを見ていた。



    加蓮「……アンタは、私を説得しようとしないの?」

    八幡「なんだ。してほしいのか?」

    加蓮「いや別に」



    どっちだよ……
    思わせぶりな態度はやめろよな。そういう煮え切らない態度が多くの男子学生を陥れてきて……この話はよそうか。長くなる。



    加蓮「じゃあ、なんでこんな事してるの? 理由は?」

    八幡「頼まれたから」



    理由を問われたなら、これに尽きるな。
    他に理由なんて無い。



    八幡「話しただろ、俺は奉仕部って部活に所属してて、シンデレラプロダクションではその支部を任された。だから依頼を受けたら引き受ける。そんだけだ。ぶっちゃければ、お前が辞めたいのを止める義理もないんだよ」

    78 = 1 :



    加蓮「……それじゃあ」

    八幡「ん?」

    加蓮「アタシが辞めたいって言ってる事に対して、アンタはどう思ってるの?」



    どう思ってる……ときたか。
    本当ならここは嘘でも続けた方が良いと言った方がいいんだろうが、生憎と俺は正直者なんでね。
    はっきり言ってやる事にした。



    八幡「別にいいんじゃねーの。辞めても」

    加蓮「え?」

    八幡「それがお前の意志なら、それを引き止めんのも変な話だろ。嫌々アイドルを続けさせた所で、上手くいかないのは目に見えてるからな」

    加蓮「……」

    八幡「……けどま、それも“本当に”辞めたいと思ってるならの話だがな」

    加蓮「……どういう意味?」ピクっ



    俺の発言に食いついてくる北条。
    彼女なりに思う所があるのだろう。だが、それは俺も同じだ。



    八幡「お前は、本心ではアイドル続けたいと思ってんじゃねーのかって、そう言ってんだよ」

    加蓮「私は……!」

    八幡「そう思うから、あいつら二人はお前を説得しようとしてんだろ」

    79 = 1 :


    俺でも分かるんだ。あの二人に分からないわけがない。
    少しでもアイドルを続けたいと思っているなら、諦めてほしくない。
    あの二人は、その思いで説得していたのだから。



    加蓮「……無理だよ」



    北条は、絞り出すように声を出す。



    加蓮「体力無いし、根性無いし、才能も無い…」



    その諦めた表情は、とても悲しそうに見えて、見てるこっちも悲しくなりそうで。



    加蓮「だから……きっとアタシはアイドルになれない」



    何故だか、無性に腹が立った。



    八幡「…………なぁ北条」

    加蓮「……」

    八幡「お前、765プロで誰が好きだ?」

    加蓮「…………え?」



    俺の突然の問いに、面食らったように聞き返す北条。お前、今大分面白い顔してるぞ。

    80 = 1 :



    八幡「俺はな、やよいちゃんのファンなんだ」



    別に答えを期待していたわけでもないので、そのまま話し続ける。



    八幡「俺がどうしようもなく落ち込んでても、ブルー入ってても、やよいちゃんの笑顔を見てっとどうでもよくなる。たぶん俺にとってのアイドルってのは、やよいちゃんの事なんだろうな」

    加蓮「……確かに、可愛いもんね」

    八幡「だろ? けど、俺が言いたいのはそういうことじゃない」



    実際、可愛いだけのアイドルなんていくらでもいるからな。



    八幡「アイドルって不思議なもんだよな。こっちは何千何万人の単位で相手の事を知ってるのに、あっちは俺ら一人一人の事なんて知る由もない。……まぁコアな追っかけは知ってるかもしれんが、それでもほとんどのファンの素性なんて知らなくて当然だ」

    加蓮「そりゃ、そうでしょ」

    八幡「ああ。向こうは俺たちファンの事を知らない…………けど、確かに俺たちの味方なんだ」

    加蓮「味方?」

    八幡「味方だよ。知りもしない奴らの為に、歌って踊って、元気をくれる。だから俺たちは頑張れる」

    81 = 1 :


    これが、味方と言わずしてなんと言うのか。



    八幡「本当は、俺らの事なんてどうでもいいと思ってるのかもしれない。裏じゃめっちゃ性格悪いのかもしれない。けど、それでもその笑顔に元気を貰える。アイドルってのは、信じてもらえるからこそ、輝ける。俺はそう思ってる」


    加蓮「信じてもらえるから……輝ける」


    八幡「だから、向き不向きなんて無いんじゃねぇの? あるとするなら、そりゃお前が本気かどうかだろ」



    きっと、お前が本心から笑って、ファンに思いを届けようとすれば、それは届くのだろう。





    あの日、俺がテレビに写る少女に、元気を貰えたように。





    加蓮「…………ねぇ」



    北条は、俯きながら俺に訊いてくる。


    82 = 1 :



    加蓮「……アンタが、アタシをアイドルにしてくれるの?」


    八幡「お前がそう望むならな」


    加蓮「……でも、アタシ特訓とか練習とか下積みとか努力とか気合いとか根性とか、なんかそーゆーキャラじゃなんだよね。体力ないし」


    八幡「見りゃ分かる」


    加蓮「……それでも……いい?」


    八幡「普通はダメだろ」




    そんなんでアイドルになれんなら、皆なってるよ。
    例えばウチの奉仕部の二人とかな。


    俺の答えに不服だったのか「ダメぇ?」と笑いながらぶーたれている北条。
    もう、俯いてはいない。



    諦めの色は、ない。


    83 = 1 :



    加蓮「……アタシでも、頑張れるかな」



    シーツをぎゅっと握り、真っ直ぐに視線を俺へと向ける北条。

    ……ここはアレしかねぇな。


    俺はゆっくりと立ち上がり、呼吸を整える。
    目を瞑り、心を落ち着かせ、北条を見据える。


    ……行くぞ。



    加蓮「? どうs…」



















    八幡「私だけができるスマイル! めちゃめちゃ魅力でしょっ!?」





    加蓮「」






    84 = 1 :



    八幡「ふう……ん? 大丈夫か?」



    見事に固まっている北条。なんだ。ザ・ワールドでもくらったか?



    加蓮「…………ぷっ」

    八幡「ぷ?」

    加蓮「ぷっくっくっく……くふっ……あ、アッハッハッハッ!!」



    笑われた。それはもう大爆笑だった。
    そんなに笑う事ないじゃん……へたくそだった?



    加蓮「ひー…ひー……ど、どうしたの、いき…なり……くくっ」



    笑うか喋るかどっちかにしろ。




    八幡「……さっき言っただろ。アイドルはファンの味方だって」


    加蓮「う、うん」


    八幡「だから……プロデューサーはアイドルの味方なんだよ。きっと」


    加蓮「!」


    85 = 1 :



    この先、きっといくつもの壁があるのだろう。
    ボロボロになって、傷ついて、どうしようもない時がきっとくる。


    だからその時は、逃げよう。

    逃げて、また挑めばいい。



    俺は、いつだって味方でいてやれるから。



    だから、この言葉を送ろう。





    八幡「MEGARE! 加蓮」


    加蓮「! …………うんっ!」




    最後に浮かべた、眩しいくらいのその笑顔。

    その笑顔はきっと、アイドルのものなのだろう。


    そう思えた。


    86 = 1 :




    × × ×





    奈緒「ほ、ホントか加蓮!?」

    加蓮「うん。アイドル、もう一度頑張ってみる」

    「~~~!! かれーんっ!」ダキッ

    加蓮「ちょっ、凛ったら…奈緒まで……!」



    病室で仲睦まじく触れ合う三人。
    昨日までとは違うその様子は、しかし三人にしてみれば、元に戻ったという事なのだろう。
    ホント、世話の焼けることだ……



    俺が少し離れた位置でニヒルに決めていると、奈緒が不思議そうに訪ねてくる。



    奈緒「しっかし、どうやって説得したんだ? 比企谷?」

    八幡「そりゃお前、アレだよ。…………人柄の成せる技?」

    「ダウト」



    ひでぇ…
    何もそこまで否定せんでもいいんじゃないですかねぇ。

    87 = 1 :



    加蓮「やっぱりそれは……秘密だよ。ね、プロデューサー♪」

    八幡「……おう」



    なんだか、対応が目に見えて柔らかくなり過ぎて逆に怖いんだが。
    今気づいたけど、コイツかなり可愛いんじゃ……?



    奈緒「気になるなぁ……一体何したんだ?」

    八幡「気にすんな奈緒」

    奈緒「な、奈緒ぉ!?」カァァ



    俺が名前で読んでやると、見事に赤くなっていく奈緒。
    なにダメだった? なんかもうめんどくさいから、これからアイドルの事は名前呼びでいこうかと思っていたんだが。やっぱ馴れ馴れしいか。



    するとふと、視線を感じる。
    やはりというかなんというか、凛だった。

    88 :

    いやーいいねほんと

    89 = 1 :



    八幡「どうした?」

    「……別に? 何も?」



    別に何もなくはねぇだろ。
    あからさま過ぎんぞオイ。



    「さすがはプロデューサー、といった所だね」

    八幡「どういう所だよ」

    奈緒「し、下の名前って……!」カァァ

    加蓮「~♪」ニッコニコ



    賑やかに賑わう病室内。
    その後また騒ぎを起こして看護婦さんに怒られる事になるのだが……

    まぁ、今はこのひと時を楽しむ事にしよう。




    この先、一緒に頑張っていかなきゃならんしな。

    コイツらの、味方として。




    90 = 1 :

    今日はここまでっす!

    初めて親愛度がMAXになったのが奈緒。初めて自力で手に入れたSレアが加蓮。そして嫁が凛。
    何が言いたいかってーと、トラプリは最高って事ですね。うん。

    次回は週末!

    93 :

    いつも楽しみに待ってます!乙!

    94 :

    見事であった

    95 :

    乙!
    元々やる気ないけど有能だった八幡がやる気出てきだしてるね
    このままいくと正プロデューサーへの道待ったなしだよね

    97 :

    乙!待ったかいがあった。週末を楽しみにしてる

    98 :

    おつ
    八幡の真摯さがすげえ

    99 :

    乙です
    おもしろかった!!

    100 :

    おつおつ!
    今回も楽しかった!


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