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元スレ上条「その幻想を!」 仗助「ブチ壊し抜ける!」
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い、一体何がどうなっている?
茫然、奴への攻撃は普通なら絶対に避けることができないはずッ!
ならば当然、奴は普通ではないということか!?
普通ではない奴を私は倒せるのか? 否、そもそもどうやって倒せば……やめろ! 思考停止!
待つんだ……ッ!
落ち着け、落ち着くのだ、私よ……『 殺せないことはない 』。
あれがどんな力を持っていようと、殺す気になればいつだって殺せるのだ。
奴は私の慈悲と計算によって生かされているに過ぎない。
そうだ。いざとなればどうとでもなる。
あれがどうしても必要なら、『 壊した後に直せばいい 』。厳然、それだけのことではないか。
その通りだ。私はできる。
私ならば……やれる。
アウレオルス=イザードは深く息を吐いた。
「……悠然。成程、貴様の力、先のごとき下らぬハッタリではないようだな」
「『 先のごとき下らぬハッタリ 』 にひっかかった奴はどいつですかってんだよぉ~~」
「ふん」
アウレオルスは安い挑発を受け流す。
「ならばこそ、見せてもらおうか。その奇妙なる力ッ」
アウレオルスは鋭い動作で鍼を取り出した。
それを認めるや東方仗助も走り出す!
「『 先の手順を複製、攻撃目標を変更 』」
再び自動小銃が現れる。
科学の道具を魔術で扱うとはいささかナンセンスかつ不恰好だが、美学を追求しないアウレオルスにとってはなんの矛盾もなかった。
「『 対象に一斉射撃を開始せよ 』」
東方仗助はピクリと頬を動かす。
それだけだった。
「ドォララララララッ!!」
ぱらららら、とタイプライターのような音が響く、と思った時には銃弾は再び跳ね返されていた。
アウレオルスはピクリと眉を痙攣させ、
「『 刀身による斬撃に変更 』」
アウレオルスが右手を振るや、その手に西洋剣<レイピア>が収まる。
「『 対象に向けて、その刀身を回転射出せよ! 』」
「ドラァッ!」
普通なら残像すら捉えられぬスピードで襲い掛かってきた刀剣を、東方仗助はまたも叩き落した。
いや、彼は確かに腕を動かし、叩き落すようなそぶりを見せたが、
普通ならそんなことをしたところで――たとえラッキーで刀身に手が当たったところで――力負けするのが道理、なのだ。
ならばやはり、奴は普通では――……!
「『 こんな下らねぇ攻撃で終わりかよ? 』 アウレオルスゥゥ~~~!?」
「~~~!」
再び、アウレオルス=イザードの額に脂汗が浮かんできた。
ピグ、ピグ、と眉の痙攣が本格化する。
「歯ァ食いしばれやコラァ~~~!!」
「うっ、て、『 手順を量産! 刃物本来の目的に従い、速やかに獲物の体を解体せよ! 』」
十の西洋剣が立て続けに彼を襲う。
が、
「ドララララァッ!」
やはり一発として当たらない。
何かしらの力がはじき返してしまう。
アウレオルス=イザードは冷や汗に額を濡らした。
「あっ、うぅっ」
一体! 一体!?
理解不能! 理解不能!
あれは一体どうやって防御しているのだ!?
いや攻撃か!? 攻撃に攻撃か!? 攻撃は最大の防御か!?
何を使って何をしているのだ!?
見えぬ、わからぬ、理解不能! 理解不能! 理解不能!
ああそうやってる間にも奮然、着々と我がパーソナルゾーンに近づいてきているではないか!
なぜだ、なぜなのだ!?
一体どうすればいいのだ、斬撃! はもうやった、銃撃! も利かぬ! だめだもう思いつかぬ、レパートリーが……
ああそう考えている間にも奴はすさまじい速さでこちらに――すさまじい――
――まるで見えない何かに守られているような――すさまじい力で動く何かが――すさまじい――力――動く――。
動く。
「む。そうか、こう言えば良かったのか」
すっと波が引くようにアウレオルスの顔から焦りが消えた。
「 『 攻 撃 は 許 可 し な い 』 」
「!」
単純な言葉に東方仗助の動きが止まる。
拳を振り上げた状態で硬直する東方に、アウレオルスは無言で手を突き出した。
胸板から数センチ離れた場所で、空気を揉むように。
「 『 吹 き 飛 べ 』 」
ガクン、と東方仗助の体が揺れ、後方に吹っ飛んだ。
上条とステイルの横を抜け、ドア向こうの壁に叩きつけられる!
「ごっ、はっ……!」
「仗助ェェェーーーッ!!」
上条当麻の叫びが響いた。
~~~
炎は無形だ。
ほんの少し、一ミリ程度でも穴があればそこから三千度の炎を流し込むことだってたやすい。
まして扉の隙間ならなおさらだ。
「っておい! 中には仗助やインデックスたちが……」
「心配要らないよ。魔力の流れから見るに、アウレオルスもここにいるようだしね。あっちで勝手に防御してくれるだろ。
ま、それで僕らを招き寄せてくれるかはわからないが……」
「だからって、って聞けよおい!」
「じゃ、他にこのドアを開けるいいアイデアはあるのかい?」
「それは……でも!」
みなまで聞かず、ルーンカードを取り出す。
それから一秒も経たないうちに、あっさり扉が開いた。
そこから先は怒涛の展開である。
そしてそれはゴッ、という鈍い音と共に終了した。
「仗助ェェェーーーッ!!」
叫び、上条当麻が壁に叩きつけられた少年に駆け寄る。
ステイルはゆっくりと東方仗助を振り返り、それからアウレオルスの方を睨みつけた。
「ここまで来るのに……難儀したよ。しかしまた、随分と趣味が悪くなったようだね、アウレオルス=イザード」
「ふん、」
ステイル=マグヌスはアウレオルスのことを知っていた。
といっても友達というわけではない。教会に居た者同士、顔見知りだったというだけだ。
「自然、『 偽・聖歌隊<グレゴリオ=レプリカ> 』 に呑まれたと思っていたが、どうやら逃げ延びたか」
「あんなえげつないものを 『 聖歌隊 』 とは。まがりなりにも聖職に関わっていた人間とは思えない発言だね?」
ステイル=マグヌスはのんびりとタバコに火をつけた。
「それで、今のは何だ? 今度はどういう魔道具<オモチャ>での小細工だい、骨董屋<キュリオディーラー>?」
「全然。今の私が魔道具を持たぬことにも気づかんか」
無論、気づいている。
これは単なる時間稼ぎだ。
上条当麻め、盾のクセに無防備な背中をさらしやがって、とステイルは心底忌々しく思った。
仗助仗助と助け起こす暇があったら、僕の前に立って盾の役をまっとうしろというものだ。
骨董屋。
錬金術の技(わざ)は本来戦闘向きではない。であるからして、彼らが前線に立つにはおおげさな程の魔道具<こっとうひん>に身を固めねばならないのだ。
それを皮肉っての台詞だったのだが、存外効果は薄いらしい。
ステイル=マグヌスは――内心舌打ちしつつ――口元だけで笑みを浮かべた。
「だろうね。何せこの建物自体が一つの聖域、巨大な魔道具の塊だ。黙っていても、周りが勝手にお前を補強する」
「だが依然、それだけで先のは説明がつかぬ。それは貴様もわかっていよう」
「おやおや、まさかとは思うが、錬金術を極めたなんて面白い冗談を言う気じゃないだろうな?」
アウレオルス=イザードは、冷笑でそれに応えた。
逆にステイルからは笑みが消える。
「バカな……あれは理論は完成しても呪文が長すぎて百や二百の年月で完成させられるはずもない。
呪文はあれ以上短くすることはできないし、親から子へ、子から孫へと作業を分担しても伝言ゲームの要領で儀式がゆがんでしまうはずだ……ッ」
「意外に気づかんものだな」
と言うアウレオルスが気づかなかったことだが、ステイルはちらりと上条当麻を一瞥した。
思ったより東方仗助の傷は深いらしい。骨でも折れたのか、血を吐いている。
漫画でもあるまいし、壁が陥没するほどの勢いで叩きつけられたら、そりゃ当然か。
まー、大丈夫かな。上条当麻はおおげさに騒いでるけれど。
死にはしないだろ。多分。
「『 偽・聖歌隊 』 による代理詠唱だ」
ステイルはすっと視線を戻した。
「呪文を並列して唱えさせる……ふむ? 三沢塾の人間は二千人くらいだっけ。単純計算すれば、作業効率は二千倍、か。なるほど考えたね」
「実際には、呪文と呪文をぶつけることで更に相乗効果を狙ったがな。わずか120倍程度の追加速度では成功とは言いがたい」
「それって自慢? だとしたらやっぱり変わってないね、そういうところは」
「……憮然。貴様が私の何を知っている」
おやとステイル=マグヌスは眉をひそめた。
どうやら、思いもかけないところで地雷を踏んだらしい。
これを引き伸ばさない手はあるまい、とステイル=マグヌスは余裕の態度でタバコを口から離した。紫煙が暗闇を漂う。
「色々を。チューリッヒ学派の錬金術師で、元はローマ正教の隠秘記録官<カンセラリウス>。属性は土。
せこせこ魔道書を書くのが仕事で大の得意。三年前、正教を裏切り、今まで地下に潜伏していた。そして禁書目録の――」
くるくるとタバコを持ったまま動いていた手が、ピタリと止まった。
ステイルの目が心地よく眠るインデックスに移る。
次いで、沈黙を守る 『 吸血殺し 』・姫神秋沙に。
「あー……なるほど。遅ればせながら、君の真意に気づいてしまったよ。人ならざるものの力で、インデックスを救おうってワケか」
はっと上条当麻が息を呑む気配がした。
ステイルはもう一度一瞥する。
上条当麻の腕に、東方仗助はぐったり身を預けていた。
再起不能? 早いよ。もう少し役に立てよクソッタレ。と思いつつ視線を戻し、
「ってことはやっぱり僕らを操ってたのも……」
アウレオルスは笑う。それは肯定の返事だ。
「イギリス清教から掻っ攫おうとしてたのか。僕らを使って。
そして故意か偶然かはわからないけど、今度は 『 吸血殺し 』 が彼女を君のところまで連れてきた。なるほど繋がったね」
「ならば当然、止める気も失せたであろう。貴様がルーンを刻む目的、それこそが禁書目録を守り助け救うためだけなのだからな」
「でも阻止する。理由は簡単だ。――その方法であの子は救われない。失敗するとわかっている手術に身を預けられるほど、その子は安くないんだけどね」
「ふはっ」
と、アウレオルス=イザードは大きく笑った。
「ふははははははははははっ!!! 失敗!? 失敗と言ったかロンドンの神父よ! ふはははっ、ふは、なんと滑稽なことよ! ふははははははっ!!!」
「……さすがに僕もピクリと来るよ。なにがなんだって?」
「ふふ、それこそ簡単なこと。ふ、『 既に終わった事柄<イベント>をとやかく言うほど、滑稽なことはあるまい 』?」
ステイル=マグヌスの表情が硬化した。
「何――ばかな、それじゃあ、ははっ、まさか本当に吸血鬼と仲良しこよしになったとでも言うのか? いやそもそも、本当に吸血鬼が実在するとでも言うつもりかッ?
はははっ、とんでもない大法螺だアウレオルスッ!」
「『 あの方 』 は慈悲深いお方だ」
うっとりと、アウレオルスは自身を掻き抱いた。
突如雰囲気の変わった男に、ステイルは思わず一歩退く。
「対峙したあの時、何も知らぬ私は恐れ、怯え、刃さえ向けた。今思えば愚かなことよ。だがそのような無礼さえ 『 あの方 』 は許すとおっしゃってくれたのだ……
『 あの方 』 に触れられた瞬間、私の心に何かが起きた。世界が明るくなり、えもいわれぬ安心と幸福感に包まれた……
……その時、私には 『 あの方 』 が神のように見えたのだ……神々しい後光さえ見えた……。
『 あの方 』 はおっしゃった……私を、禁書目録を救ってくださると。その代わり、魔術について教えてほしい、と…………無論、私は言った。もちろんですとも。あなた様のためならば……」
ドンッ!
恍惚とした語りが途切れる。
アウレオルス=イザードは背中に体当たりしてきた人物を、ゆっくり振り返った。
それは今まで沈黙を守っていた姫神秋沙だった。
いや、守らされていたのだ。
彼女にかかった 『 黙れ 』 の命令は、まだ解除されていない。
だがその必死な形相から言いたいことは伝わる。
『 もうやめて 』、だ。
アウレオルス=イザードは表情を一変させ、一片の容赦なく彼女を突き飛ばした。
姫神秋沙は声もなく倒れ伏す。
「てめえ!!」
上条当麻が声を荒げる。
「どうも君、『 魅入られちまった 』 ようだね」
ステイル=マグヌスが厳しい顔つきで言う。
「興が殺がれた。もういい、話は十分」
アウレオルス=イザードは鍼を取り出す。
「 『 偽・禁書目録<レプリカ> を こ こ に 』 」
「なっ!?」
瞬間、上条当麻の腕から忽然と東方が消えた。
「呆けるな能力者! こいつは……」
「 『 倒 れ 伏 せ、侵 入 者 ど も 』 」
突如、上条当麻とステイルの体全体が 『 重く 』 なり、地面に叩きつけられた。
まるで何十本もの見えない手に組み伏せられたように。
「こん……の馬鹿者ッ、呆けるなと……言ったろうが……ッ!」
「ご……ッ、が……!」
そんなことを言われても、どう防げばよかったと言うのだ。
そもそもお前もはまってんじゃねーか、と言いたいが上条当麻にそんな余裕はなかった。
ギリギリと、透明な重石を乗せられたように体が重い。内臓が圧迫されて吐き気をもよおす。
上条当麻は必死に自分の右腕を引き寄せた。
コレで自分の体に触れれば、あるいは――。
「さて、これで貴様らへの攻撃を躊躇せずに済むというわけだ」
床に接した視界の端に、東方仗助が見えた。
すぐ横には高級そうな革靴と、白いスラックスの裾。
立ち上がろうとしているのか、歯を食いしばって肩に力をこめている。その額から顎にかけて赤い筋が一筋、伝い落ちた。
ガクン、と東方の体がくず折れる。
「 『 自動火器をここに。弾丸は魔弾、 』 」
ジャキンッ。
硬質な音に上条の肝が冷える。
右手は後数センチのところに来ている。だが重さのために一ミリ、一息入れてもう一ミリといった速さでしか進まない。
「 『 用途は乱射、侵入者一人に対し一丁で狙いを定めよ 』 」
間に合わない。
「 『 一斉射撃を開―― 』 」
し、が言葉にされない。
上条当麻は右手だけを凝視していた瞳を、アウレオルスのほうへ向けた。
そこには巫女がいた。
アウレオルスと自分達の間で、自分達を守るように両手を広げた巫女が、そこに。
バカヤロウ。ふざっけんじゃねえ。
上条当麻はとっさに思った。
同時、その無謀な行動に震え上がった。
上条は声さえ知らぬ少女だが、彼女にとってもそれは同じ。
それなのに出て行くなんて、なんてバカな、バカなことを。やめろ無謀だ、こっちには何とか手段はあるんだ、やめろ――。
上条当麻は声を振り絞ろうとする。だが、やはり圧迫にそれは邪魔された。
喋れない少女はただまっすぐアウレオルスを見据える。
目は口ほどにものを言う、というが、それは相手が自分の気持ちを汲み取ろうとしている時だけの話だ。
今のアウレオルス=イザードにとって彼女はちょっとばかし高級な便箋ていどの価値しかない。
そんな者の気持ちなど、汲むはずもない。
「どけ、『 吸血殺し<ディープブラッド> 』 」
少女は無言で首を振る。
「いい加減、お前の行動は目に余る。ここの生徒のように一度 『 死 』 を体験させてやってもいいのだぞ」
「はっ……な、に……!?」
魔術に耐性があるためか、それとも純粋に根性の差か、ステイルは切れ切れだが声を絞り出した。
「そう、か……ッ、おかしい、と、思ってた……ッ、能力者、に魔術が……使えるわけ……ッ!」
「!」
そこで上条当麻も、この魔術師と錬金術師が何を言わんとしているか悟った。
『 黄金練成<アルス=マグナ> 』 は三沢塾生の代理詠唱によって完成した。だが、能力者にとって魔術は毒だったのでは?
ただでさえ体に害を及ぼす魔術の、さらに高等な魔術をどうやって彼らは完成させた?
答えは簡単。塾生たちはこれまで何度も死んでいたのだ。
そして、そのたび錬金術師の力で 『 リセット 』 されていたのだ、と。
上条当麻の思考が真っ白に染まる。
このヤロウ!
どこまでも腐り切ってやがる!
「もう一度言う 『 吸血殺し 』。どけ」
少女は無言で首を振る。
アウレオルスは大して面白くもなさそうに首に鍼を突き立て――。
「 『 死…… 』 」
「姫神よぉ~~~……」
絶句した。
アウレオルス=イザードはゆっくり、傍らを振り向く。
そこには立ち上がった東方仗助がいた。
さすがに先のダメージがあるのか足が震えている。体も半ばインデックスの眠るデスクに預けているような格好だ。
荒い息遣い。
血。
鋭い眼光。
血のしずくが床に落ちる。
「……世の中……勇気だけじゃあどうにもならねぇこともあるよなぁ~……おめーの勇気はすげぇよ、けどよ~それでも、それだけじゃあどうにもならねぇよなぁ~……」
姫神に語りかけながら、彼はますますデスクにもたれかかった。
「それをわかってながら飛び出すんだもんなぁ~、グレート、そーゆートコがすげぇっつーんだよ、おめーはよぉ……」
せわしない呼吸。
東方仗助はデスクの上にひじを預け、天井を仰いだ。
「けどよぉ、おめーが 『 道 』 を開きたいんなら、ちょっとした致命的なモンが欠けてるぜぇ~ 『 策 』 ってやつがよぉ~~……」
「……漠然。貴様は何が言いたい?」
驚愕から戻ってきたアウレオルスは不快一色に表情を染めていた。
体中の骨を折り、そのため必然、内臓も傷ついている。
誰がどう見ても立ち上がるのだけで精一杯の負傷。勝負はとうに決している。はずだ。
はずなのに、東方仗助は苦痛を押し込めた笑みを向けてくる。
「はぁ~~? アウレオルス、おめーにはわからねぇ? おめーには俺の考えてることがわからねぇ?」
「だからなんだと聞いているッ」
目に見えてアウレオルスの苛立ちは増した。
「んじゃあヒントその1。『 策 』 がなきゃ駄目だっつー助言をした俺が、なぁんの策も持ってないってのは矛盾しねぇか?」
「……!」
「おぉ~~? その2はいらねぇかなぁ~~?」
東方仗助は再び、引きずるようにしながら体を起こしていた。
「厳然。策など無駄。我が力を持ってすれば、」
「あぁ~確かにおめーの能力はすごい。だけどよぉ~、俺の中に九万八千冊があるってのを忘れてねぇか?」
自身のこめかみを指差しながら東方は言う。
「そんで、自動書記はおめーに言わなかったか? 『 解析は完了しました 』 ってよぉ」
「……! 否、必然対処できるはずなし」
「じゃあやってみろよ~さっきみてぇに 『 吹き飛べ 』 でもなんでもよぉ~」
上条当麻には分かった。
あれはハッタリだ。東方仗助の笑みは、いつかの――自動書記との戦いの時のと同じ種類の笑み。
余裕をかましつつ自分にできることを必死に探している笑みだ。
外人色をした目と目が合う。
まかしとけ、と言われた気がした。
「……め、がみ、……!」
上からの圧迫。
上条当麻はあえぐように眼前に立つ彼女を呼んだ。
我に返ったように姫神秋沙が振り向く。
――『 策 』 だ。姫神秋沙。
上条当麻は必死に首を動かす。口を開ける。
――『 策 』 を作るんだ。
右手の親指に思いっきり噛み付いた。
姫神秋沙は不可解なものを見る目をして、
――『 策 』 を作るんだ、姫神!
ゆっくり瞬きした。
なんだ……なんなのだ! この少年の余裕は!
アウレオルス=イザードは――もう何度目になるかもわからないが――うろたえた。
そもそも彼の精神はそれほど強くない。否、むしろ常人よりもろい。
隠秘記録官<カンセラリウス>としてひたすら魔道書を書くことだけに身を費やしてきた彼は、人と接する機会があまりなかったのだ。
それでも、あのころの彼は構わなかった。
既存の魔女の邪法を解き明かし、対抗策を見つけ、それを文字に記して本にする。
教会にとっての特例中の特例。それがアウレオルス=イザードという人間であり、またそれをまっとうすることで魔女の脅威から罪なき人々を守れる。
そう信じていた。
だが――彼は出会ってしまった。
決して救われぬ少女に。
どうしても救いたかった。
救わねばならなかった。
十万三千冊もの邪本悪書を身のうちに抱え、残酷なる運命を受け入れてなお、己が不幸より他人の幸福を願う彼女を。
決して救われない定めと知ってなお、童女のように微笑める心を持った彼女を。
忘れたくない。あなたのこと。死んじゃってもいいんだよ。あなたのことを覚えてられるなら――。
アウレオルス=イザードは覚えている。
彼女が最後に残した言葉の一言一句、その声の調子、苦しげに、けれど自分を泣かせまいと微笑む彼女の表情。その瞳からあふれる涙を。
どうしても救いたかった。
救わねばならなかった。
だからあらゆる物を捨てた。
だからここまできたのだ。
もとより叩けばグチャッといく、プティングのようにもろい精神を支えていたのは、インデックスその人であった。
アウレオルス=イザードは東方仗助の瞳を見据えた。
アウレオルスの表情は揺らがない。揺らがない、が、内心は混沌としていた。
顔の筋肉一つ、眉の一ミリも動かないのは冷静でも平然でもなく、単に表情を作るだけの余裕がないだけの話だ。
九万八千冊で解析をしただと? それどころか既に対抗策を見つけただと?
バカな、ありえん。
我が黄金練成<アルス=マグナ>は今まで誰も完成させることができなかった魔術!
ゆえに当然、こんな短時間で活路が開かれるはずがない!
だ、だがこの少年の余裕はなんだ? 私は完璧なはずだ。どうしてこれほどの余裕がある、私に何か落ち度でもあるのか!?
まさか――やめろ! 考えるな!
私は――私は完璧だ。思い出せ、信じるのだ、今まで自分の歩んできた道を。
そうだ――。
そんなものができているならば、なぜさっさとそれを使わない?
自動書記<レプリカ>が逆算完了と言ったのは私に初めて対峙した時だ。その時点で対抗策ができているならば――。
なぜ私に吹っ飛ばされることを良しとした?
間然。少年の理論には穴があるッ。
「ならば当然! これもハッタリッ!」
アウレオルス=イザードは東方に向けて手を突き出した。
瞬間、少年の瞳がわずかに揺れたのを見て、アウレオルスは確信する。
「勝ったッ! 『 吹 き―― 』 」
そして、錬金術師は厳然と告げ
「待って」
ようとして、かかった声に口をつぐんだ。
アウレオルスは、不愉快そうに彼女を睨んだ。
「『 吸血殺し 』 ……お前は後だ、そこで大人しく――」
そこで気づいた。
なぜ?
なぜ……『 吸血殺し 』 が口を利いている?
「なっ」
「アウレオルス=イザード」
『 黙れ 』 の命令を跳ね除け、『 吸血殺し 』・姫神秋沙は訥々と告げた。
「あなたの。負け」
「何を……言っている?」
アウレオルスの理性は告げる。
ハッタリだ。これもまたハッタリに過ぎない。
相手にするな。まずはこの得体の知れぬ力を持つ少年を
「アウレオルス。あなたは。まだ気づいていない? 自分が既に負けていることに」
ハッタリだ! 無視しろ! (だがなぜ)
奴の能力は怪力の類ではなく、ただの血液! 吸血鬼にのみ作用する力! (なぜヤツが口を)
ゆえにッ! 我が力に抗う術なし! (なぜ抗えている?)
「そしてこれにも気づいていない? 『 あいつ 』 があなたを騙していることに」
ピクリ、とアウレオルスは反応した。
「『 あいつ 』 は。あなたを手ゴマとしか思っていない。あなたが思っているほど。あなたを大事にしていない」
「黙れ……!」
「それは。きっと。あなたも気づいている」
「 『 黙れと言っている! 吸血殺し<ディープブラッド>! 』 」
その 『 言葉 』 で彼女は口をつぐむ
「黙らない。アウレオルス」
はずだった。
「なっ……にィ……!?」
アウレオルスは信じられないものを見る目で、彼女の顔を凝視した。
彼女は表情を崩さない。
下手な笑顔よりもずっと温かみを感じる無表情で、けれどそこに厳しさを持って、彼の視線を受け止める。
「わかる。もう私に。あなたの力は通用しない」
「うっ……否!」
アウレオルスはその手を姫神秋沙に向けた。
「 『 銃をこの手に! 弾丸は魔弾、用途は粉砕、単発銃本来の目的に従い、獲物の頭蓋を砕くために射出せよ! 』 」
言葉と共に彼の手に銃が収まり、魔弾が火薬の破裂と共に飛び出した。
そして微動だにせぬ少女の眼球に命中し、後頭部までを貫く――はずだった。
のに、魔弾は大きく軌道をそらして彼女の顔の横を通り過ぎ、壁を砕いた。
「……!」
「わかる。『 あなたの力は。もう通用しない 』 」
「……ッ 『 手順を量産! 十の暗器銃にて、同時射出を開始せよ! 』 」
乱射された十発の弾丸はしかし、彼女の髪の毛にかすりさえしなかった。
「ばっ……」
ガシャンッ、
アウレオルスの手から銃が滑り落ちる。
ピグピグピグ、とまた眉の痙攣が始まる。
わ、わからぬ……黄金練成<アルス=マグナ>は確かに、正常に働いているはずなのにッ。
『 吸血殺し 』 に抗う術はないはずなのにッ。
何が起こってどおしてこんなことになっているのだぁ!?
理解不能! 理解不能!
「理解不能! 理解不能! なんだこれは! 全く論理的ではない! 理解不能!」
「初歩的な……質問だね」
「ッ!」
答えたのはステイル=マグヌスだった。
床に張り付いた格好で、しかし悠然とも見える態度でタバコをふかしている。
「君も、魔術をかじった身ならわかるだろう……魔術を跳ね返すには、何をすればいいか……」
「――ッ、『 逆算 』、いっ!」
アウレオルスは東方仗助を見、次いで姫神秋沙を振り返る。
「否ッ! 我が 『 黄金練成 』 を中和させるなど――こっ、『 自動書記 』 を持つこの少年にならともかく――
――魔術を全く知らぬ 『 吸血殺し 』 にできるものか!」
「私。『 吸血殺し 』 じゃない」
その場の――アウレオルスは見逃したが――全員が頭にハテナを浮かべた。
「は……?」
アウレオルスはポカンと口を開けた。
理解不能。理解不能。
「私。姫神秋沙じゃない」
「は、は……?」
ついていけないアウレオルス。
上条は引きつり笑いし、ステイルはふっと笑みを深め、東方もおかしくてたまらなそうな顔をした。
「私。あなた。過去のあなた。正気を保っていたころの。優しいあなた」
「ばっ……はははっ、たわけたことを!」
その通り。彼女は360度どこからどう見ても姫神秋沙だった。
だがステイル=マグヌスは言う。
「あぁーなるほど、道理だね……ッ、アウレオルス=イザード本人なら、『 黄金練成 』 を中和するくらいわけないってことだ」
「ふざけるなァ!!! 過去の私だと!? そんな錬金術、否! 魔術すべてを洗ってもそんなことができる術はないッッ!!」
「そう。『 魔術ならね 』」
すっ、とアウレオルスの瞳が見開かれた。
「 『 見落としていたね 』、アウレオルス=イザード……ッ、君は、そこの、床に這いつくばっているヤツを何だと思っていた? 見学に来たとでも?」
「……あ、」
「そしてもうひとつ。『 僕が何の切り札も持たずここに殴りこんで来ると……本気で思っていたのかい 』?」
姫神秋沙がすっと体をずらす。
その向こうに倒れ伏す人物――すなわち、上条当麻をアウレオルスは凝視した。
不敵な笑みを湛えた少年を。
「ば、かな、『 超能力 』……そんな、」
アウレオルス=イザードの思考が回らない。
まさか、自分は失敗した? 失態を犯した? つけこまれた?
いいやそんなはずはない、私は完璧だ! (だが 『 吸血殺し 』 以外の能力者については何も……)考えるな!
しかし、しかし?
一体どんな能力で過去の私を――いや! 過去の私などここにはいない!
そんなことがあるわけがない!
「私は。あなた」
「黙れェェ! 理解不能!」
アウレオルス=イザードの思考は回らない。
ただ不安を払拭するために一つの言葉だけを、呪文のように唱える。
「理解不能! 理解不能! 必然、どいつもこいつもそいつもあいつも理解不能ッ!」
理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!
理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!
理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能! 理解不能!
――ありえんッッ!!
「じゃあ、なんで姫神はテメーの術中に落ちねーんだよ~?」
「りっ……!」
だが、アウレオルス=イザードは――。
「――。必然」
「……!」
「私がお前の前に現れることに疑問の余地無し」
理解、『 可 』 能してしまった。
→ TO BE CONTINUED....
――今日はここまでです――
――アニメのイザードさんは豆腐メンタルすぎるよね――
本来はラスボス通り越して影の黒幕クラスのチート能力だしな・・・・・・
フィアンマの『右手』とも互角にわたり合えそうな気さえする
『ザ・ワールド』VS『キング・クリムゾン』みたいな
フィアンマの『右手』とも互角にわたり合えそうな気さえする
『ザ・ワールド』VS『キング・クリムゾン』みたいな
アルレオウスがプロシュートの兄貴のような精神力を持ってたら無敵になってしまう
魔術は判別出来るからともかく超能力者が居る場所で銃弾が弾かれたぐらいでビビりすぎじゃないっすか
まあ経験不足って事か
まあ経験不足って事か
乙
ヘタレとか言い出したらそもそも銃弾とか剣とか出さずに[ピーーー]って思えば終わりだし
元をたどれば邪魔者が来る前に計画終わって話にならないからしょうがない
ヘタレとか言い出したらそもそも銃弾とか剣とか出さずに[ピーーー]って思えば終わりだし
元をたどれば邪魔者が来る前に計画終わって話にならないからしょうがない
アウレオルスはヘタレである事を強いられているんだよ!
ですね分かります
ですね分かります
はっきり言ってそれはどうなの?って気がすごくするんだけど
いまいち不可解だなぁ。しょうがないけど
いまいち不可解だなぁ。しょうがないけど
射程距離内に……入ったぜ…>>1…
投下しな……てめ~の……『ss』…を…
投下しな……てめ~の……『ss』…を…
『 黄金練成<アルス=マグナ> 』。
それは、世界のあらゆる公式・定理を知ったものだけが使える魔術。錬金術の到達点。
世界の完全なるシミュレーションを頭の中に構築することで、逆に頭の中で思い描いたものを現実に引っ張り出す魔術。
――『言葉のまま、何でも操ることができる魔術』。
策。『 策 』。
東方仗助の台詞がぐるぐると姫神の頭を回った。
東方仗助がアウレオルスをひきつけているわずかな時間。その間に策を作れ、と彼は言ったのだ。
アウレオルスを救う道を作りたいなら、死ぬ気で頭を振り絞れ、と。
背後の少年が自分を呼んだ気がして、振り返る。
彼が親指を噛んでアウレオルスの術中から抜けたとき、彼女の頭に浮かんだのは『 やった 』でも『 すごい 』でもなく『 まずい 』、だった。
『 黄金練成 』さえ打ち消してしまう彼の力は確かにすごい。けれど、『 黄金練成 』のほうがもっとすごい。
この能力が知られたら、きっと『 言葉のままに 』無効化されてしまう。
なんと言っても彼の『 黄金練成 』は――――
あれ。
なら。
どうして。
姫神秋沙の脳内に電流が走った。
『 攻撃は許可しない 』
あの時、東方との戦闘のとき。どうしてアウレオルスはあんなに焦っていたのだ。
なぜ、銃だの剣だので何度も迎撃しようとしていたのだ。
言葉のままに現実を操れるなら――東方の奇妙な能力など、封じてしまえばいいではないか。
どうして『 攻撃は許可しない 』だったのだ?
なぜそんなまどろっこしい命令の仕方だったのだ?
『 その力は使うな 』でも、いっそ『 そんな力は消滅しろ 』でも…………いや、そもそも戦闘に入る前に『 邪魔するな 』と言えば済むはずではないか。
言葉のままに現実を操れるなら――。
姫神秋沙の記憶は語る。
あの日。出会った時。
アウレオルスは言った。
助けたい人がいる。けど、自分ひとりの力じゃどうあがいてもダメだ。
どうして。
どうしてダメなのだ?
なぜアウレオルスは吸血鬼なんかに頼ったのだ?
救えばいいじゃないか。
言葉のままに現実を操れるなら――……?
アウレオルス=イザード。
あなたが私を欲したのは。なぜ。
~~~
「ひっ」
ガタンッ。
大きく身を引いたアウレオルスの腰にデスクがぶつかる。
「なんだっ……なんなのだ貴様はッ! なんなのだ、いったい何者だッッ!!」
それは『 超能力者 』上条当麻のことか、それとも目の前のもう一人の自分か。
アウレオルスは震える手を後ろ手に回した。
とにかくこれを消さなければ!
彼の思考はそれ一つである。
消さなければ! このわけのわからないモノをなんとしても……ッ
「ッ!?」
するともう一人の『 アウレオルス 』も無言で、スラックスの後ろポケットに手を入れた。
まさか……まさか!
お互い、同じタイミングで鍼を取り出す。
使うと言うのか、『 黄金練成<アルス=マグナ> 』を!
い、いったい何を命じる気だ、この『 私 』は!?
私の『 言葉 』を中和する気か!? それとも直接攻撃を!?
否、倒れている超能力者と魔術師を復活させるのか、否ッ……!!
アウレオルスは最悪の予感に震えた。
己の傍らを一瞥する。そこには――当たり前だ、私が配置したのだ――東方仗助がいた。
――――『 しまった 』。
今の奴は立つのもままならない重傷……だ、だが、我が『 黄金練成 』ならば『 治れ 』と命じるだけで完全回復が可能……ッ!
『 まずい 』、これは『 まずい 』ぞッ。
もし奴が復活してしまったらッ、四面楚歌というやつではないかッ!
ど、どうすれば、もし『 私 』の術の発動が私より早かったら……ッ!
だめだ考えるな!
(そうこうしている間に『 私 』が術を発動してしまう!)考えるな!
(早く! 早く! 早く!)焦るんじゃあない!
『 回復するなんぞありえぬッ 』!
こいつが回復するなんぞ……ッ
「終わりだね、アウレオルス=イザード」
憐憫さえこめてステイル=マグヌスが告げる。
ハッと顔を上げ、もう一度見れば、『 危惧した通り 』、『 予想した通り 』、傷一つない東方仗助がそこにいた。
「……あん?」
「仗助の傷が……?」
「そういうことだ。『 黄金錬成 』 は言葉のままに現実を変えるわけじゃあない。頭に思い描いたことを、そのまま現実にしてしまう力なのさ。都合のいいことも、悪いことも、思ったままをね」
きょとんとする少年二人にステイルは面白くもなさそうに解説した。
「姫神秋沙に揺さぶりをかけられ……思い通りに術を使えなくなってるようだね?」
「……っ」
「今の君の精神状態じゃ 『 黄金練成 』 を扱うなんぞ無理だ。自滅するだけだよ。おとなしくその馬鹿に殴られて、再起不能になるといい」
その一言一言がアウレオルスの精神を削る。
無理、……なのか?
もはや私に、道はないのか?
もはやお終い、なのか?
グラリとアウレオルスの体が揺らぎ、先ほどより強くデスクにぶつかる。
「う……ん……」
「!」
その衝撃に誰かが声を上げた。
それはアウレオルスの耳に、何よりも鮮烈に届く。
「禁書……目録……」
「うぅん……ん~~……」
彼女は半分寝たまま、毛布を口元まで引っ張ってむにゃむにゃと何か呟いた。
うるさそうに耳をこすって、寝返りを打つ。
「わたしは……私は……」
勝たねばならないのはなぜだったか。
これほど遠くまで来たのは何のためか。
己のくだらぬ意地や自己満足のためではない。断じてない。あるはずがない!
今まで歩んで来たのは、『 誰 』 のための道か?
思い出せ、アウレオルス=イザードよ!
『 もう一人の自分 』、『 超能力者 』、魔術師?
そんな藁の家のごときうすっぺらい幻想にッ 我が道を閉ざされてたまるものかッ!
砕け散った精神の欠片をかき集め、アウレオルスはまた立ち上がる。
たった一つの支えによって。
「私は……救う……禁書目録を……記憶の、消去、呪われた運命から……!」
はっと上条当麻が顔を上げる。東方仗助が眉をひそめる。
アウレオルスは素早くポケットに手を突っ込み、鍼を取り出した。
拍子にガシャガシャと残りの鍼が落ちるが、気にしている余裕はない!
「もとよりこの手に一本あれば十分ッ!!」
一言宣言すればいい。
『 私の勝ちだ 』 と。今ならできる。私なら! 彼女の永久の安らぎのためならば――――。
「お前、一体いつの話をしてるんだよ?」
ピタリ。と、
首に沈みかけた鍼が止まった。
「な、に――?」
「そういうことさ。インデックスはとっくに救われてるんだ。君ではなく今代のパートナーによって」
まじりっけなしの哀れみを持ってステイルが言う。
「君にはできなかったことを、そいつはもう成し遂げてしまったんだよ。方法については、必要悪の教会<ネセサリウス>……いやイギリス清教そのものの沽券に関わるから黙秘するけどね。
そいつは人の身に余る能力の持ち主だ、とだけ言っておこう」
「待て……それでは」
「ああ、君の努力は全くの無駄骨だったってわけだよ。だが気にするな。
今のその子は君が望んだとおり、パートナーと一緒にいてとても幸せそうだよ?」
愕然と。
今度こそ、あらゆる力の源を失って、錬金術師は足から崩れ落ちた。
床にぺたりと座り込んで、瞳はどこかを凝視したまま動かない。
――カシャン、
力の抜けた指から、最後の鍼が落ちた。
「……アウレオルス」
上条当麻ははっと傍らを見る。
いつの間にか、元の姿に戻った姫神秋沙がそこにいた。
彼女はゆっくりと錬金術師に歩み寄る。
「もうやめよう。もう。戦う意味なんてない」
そして脱力した手をそっと取った。
「わかる。私。あなたの気持ち」
ゆるゆるとアウレオルスの瞳が姫神秋沙を捉え、遅れて顔が持ち上がった。
「でも違う。今のあなたは――――知ってる。私。本当は。……本当のあなたは」
パンッ。
まるで水風船を破裂させたような音が響いた。
姫神秋沙の頬に赤いものが散る。
「がっ……」
驚いたような顔で、姫神秋沙は倒れ行くアウレオルスを見つめていた。
前のめりになった体が床に崩れ落ちる。
その体が床についてしまったら、何もかもが取り返しのつかないことになってしまう気がして、姫神は反射的に手を伸ばした。
どうにか彼を両手で抱きとめる。
だが微塵の安心も彼女には訪れなかった。
「ッ!?」
「うげッ!?」
「なっ……なんなんだこいつはーー!?」
上条当麻は思わず叫んだ!
錬金術師の目から、口から、耳から、ありとあらゆる穴から触手が飛び出していたのだ!
いや、『 内から弾けた 』 のか?
ぐ、とグロテスクな光景に上条当麻は口元を押さえた。
「あっ……」
「な、ぜ……」
震える声で、姫神が何かを言おうとする。
だが錬金術師は姫神など見ていなかった。
驚愕一色の表情で上条を――いや、その向こうの何かを凝視する。
「なぜ、こ、んな、貴様…………なぜ、貴様が私を殺しに来る――!?」
「『 あの方 』 は」
声。
上条当麻は振り返る。
男がいた。
開け放した扉に悠然と体を預けた、見知らぬ男が。
「――決して何者にも心を許していないということだ。あなたは随分と不安定な輩だったのでね。もしもの時の口封じに、私が選ばれたということです」
「テメェは……!」
上条の言葉に、男は「ふん?」と馬鹿にしたように小首をかしげた。
「『 鋼入りの<スティーリー>ダン 』」
ダ――z__ンッ!!
「『 あの方 』 は仰った。あなたがこんなカンタンな命令さえこなせないくらい無能なら、遠慮なく始末しろ、とね」
「う、そだ……あの、方は、私を」
「信用するわけがない。あなたのようなちっぽけな存在の男など。それに気づいていなかったようだな」
「……!」
触手は今や頬や額さえ食い破っていた。
血みどろの顔にぽっかり空いた二つの白い穴。その瞳が、うつろに男を見る。
「それに、なんだ? あなたは 『 肉の芽 』 を植えつけられたことにさえ気づいてなかったのか」
「『 肉の……芽 』 ?」
上条が反復する。
「あなたの 『 あの方 』 への忠誠心は、脳に寄生した 『 肉の芽 』 の影響でしかなかったということですよ。
残念、これで徹底的に生きる意味が失われたな、アウレオルス=イザード」
その通りだった。
アウレオルスの瞳から急速に光が失われていく。
「だめ!」
姫神が強く彼を抱きしめた。
決定的なことが起こる前に、どうにか立て直さなければならないと必死に。
「あなたには。『 黄金練成<アルス=マグナ> 』 がある。願って。治れと。生きたいと。早く!」
「しかしその 『 黄金練成 』 も効力を無くしたようだな~~うん? もはやあなたが死ぬことは確定したようだ」
畳み掛けるようなダンの言葉に、アウレオルスの瞳が動き、上条当麻を映した。
『 倒れ伏さず 』、上体を起こして鋼入りのダンを振り返っている上条を。
「しまっ!」
「アウレオルス!」
崩れつつある彼を、彼女はますますもって強く掻き抱く。
瞬間、ガバリとステイルが起き上がった。
プッ、とその口から咥えタバコが吐き出される。
そのラインをなぞるように炎剣が出現し、
刹那、3000度の刃が触手を断ち切り、白い灰へと帰した。
「チッ、本当に効力を薄れさせる奴があるか、モヤシメンタルめ!」
「仗助!」
「おう!」
触手は取り払われた。あとは仗助の 『 なおす 』 力に頼るしかない。
上条はぎっと余裕の笑みを浮かべたダンをにらみつけた。
「てめえ……覚悟はできてるんだろうな……!」
上条当麻は怒りに震えた。
確かに――アウレオルスは罪を背負っていた。
三沢塾生を道具のように殺しては生き返らせた。自分達どころか、彼を本気で心配していた姫神にさえ、刃を向けた。
だが、だが!
だからといって!
形はゆがんでいれど、大切な人間を救おうとがむしゃらに進んできた人間を!
何も知らない輩がッ!
彼を本当に大切に思っている人の前で、
『 もしもの時の口封じ 』、なんてワケのわからない理由を押し付けて、殺してはいけない、いいはずがない!
そんな思考回路は絶対に認められない!
「まして! あいつが、てめえの後ろにいる誰かに操られてたって言うんなら尚更だ!」
「腹立たしいが同意だね。お前、タダで帰れると思うなよ」
「悪いが、そう思っているところだ。私を殴るというなら殴ってみるがいい、ただし――」
鋼入りのダンはステイルと上条に指を向ける。
「その瞬間、君たち二人のうちどっちかがアウレオルスのようにグロテスクな死に方をすることになる」
『……!』
「なぜ今すぐ君らを始末しないのか、説明させてもらうと私の 『 内面から食い破る 』 攻撃は一回につき一人しか攻撃できんのだ。
もう一度あれをするには 『 ため 』 がいる。その間に私をぶん殴ったり火あぶりにしたりするのはそりゃ、可能だが」
ようは、と鋼入りのダンは指を振る。
「私を攻撃するには君たちのうちどちらかが犠牲にならねばならない。一方私は君たち全員を殺すために多少ボコボコにされる覚悟を負わねばならない。お互い一歩、」
鋼入りのダンは靴先で床を叩いた。
「……踏み出すには大きすぎる犠牲だとは思わないかね」
「てめえ……いったい何が言いたいんだ!?」
「上条当麻とか言ったかな? 簡単だ、私が遠くに逃げるまで君たちはここでじっとしていればいい。私の任務はすでに終了した。これ以上君たちと争う理由はない」
鋼入りのダンは二人を順にみて、ふっと笑みを浮かべた。
完全に男のペースだった。
それがわかっていてもなお抗えない現実に、上条当麻は歯噛みする。
くそっ、もっと頭絞れよ、上条当麻。一人犠牲になるからって何だってんだ。
ここでこいつを捕まえないと、姫神は、アウレオルスは、報われねえ……!
「バカな考えは起こすなよ、馬鹿……ッ!?」
そうステイルが悪態ついたその時、ステイルの背後に東方仗助が降り立った。
振り向けばかちりと視線が合い、ステイルは思わず表情を硬化させる。
瞬間、恐ろしい速さで東方仗助の手がステイルの顔の横、耳のそばあたりの空間をつかんだ。
途端、
「……が、が…………ッ!? な、に……!?」
鋼入りのダンの余裕が消えうせた。
どころか見えない何かに縛られたように動きも止まる。
遅れて、バギバギバギバギッ! と嫌な音がダンの体の中から響いた。
「ぎにィやああああ!? ば、馬鹿な!? なぜこんなところに 『 スタンド使い 』 がいるゥーー!?」
「な……!?」
「何をしたんだクソッタレ!」
「いや、何したって言われてもよぉ~」
どうやらすべてが仗助の計画通り! というわけでもないらしい。
困惑した顔で、物をつまむように人差し指と親指を合わせた手を突き出してくる。
上条当麻の目には、その手首から上に重なって現出している 『 透明の腕 』 が見えた。
「アウレオルスの耳からこれが出てきて、アンタの耳に入っていこうとしたから捕まえただけだぜ」
「つっ! 捕まえただと、私の 『 恋人<ラバーズ> 』 を……! グゥ、よりにもよってなんて精密性だ……!」
「で?」
地べたを這うダンに、東方仗助は右手を突き出す。
ステイルにも上条にも何も見えない。親指と人差し指をすり合わせた拳だ。
「これがテメーの 『 能力 』 か? ケッ、なるほど、人の脳ミソにもぐりこむくれーしか能のなさそうな、ゲスな生物だぜ」
「なんだ、仗助?」
「見えねーのかよ当麻? ここにちっせー生き物が捕まえてあるだろーがよ~」
見えるわけがない。
もしここ――親指と人差し指の間にそれがいると言うなら、ミクロ単位の微生物のはずだ。
「そんなものが見えるのか? 君の目はいったいどうなってるんだ」
「え? あ~確かに。こんなちっせーのが見えるわけねーよな、普通。でもなんか見えちまってんだよ」
「は?」
とステイル。
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