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元スレ上条「その幻想を!」 仗助「ブチ壊し抜ける!」
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ていうか>>1でもないのに自治する必要ないと思うが
面倒なやつだな
面倒なやつだな
まあ自治云々おいといてsageもしらんアホがいると叩きたくなる気持ちは分かる
>>852-854
お前等のやりとりで和んだ
お前等のやりとりで和んだ
追いついた
面白すぎんだろなんだこれ
もう明日に迫ったドイツ語の試験とかどーでもいいや!
面白すぎんだろなんだこれ
もう明日に迫ったドイツ語の試験とかどーでもいいや!
>>857
それは目を背けちゃいかんだろ
それは目を背けちゃいかんだろ
>>1!もうちょっとって今さッ!
建物の中はいやに薄暗かった。
所狭しと並んだ機械類も、床を這うむき出しのコードも、うちっぱなしのコンクリートの壁も、どれもこれも灰色ばかりである。
殺風景な部屋で仄青く光るカプセルの中、少女は一度息を吸った。
すう。
吐いた。
はあ。
それを大きく、数回繰り返していけば呼吸は徐々に安定したものになっていく。
真っ赤な頬も元の薄ピンクに戻っていった。
「とりあえず……これで心配はないわ」
白衣の女はやっと人心地ついたと言いたげにため息をついた。
「それにしても驚いたわね。あなたがこの子を連れて帰ってくるなんて……まあ、妙な人間もついて来てしまったみたいだけど」
女はチラリとドアを見た。部外者たちは今も、ドアの向こうで所在なさ気に佇んでいることだろう。
次いで視線を向けられたミサカ10032号は直立不動で口を開いた。
「ID登録の済んでいない人間を研究所に連れ込んだのは悪かったです。とミサカは己の軽挙妄動を反省します。
しかし、検体調整のできる人間があなたしか思い当らなかったもので。とミサカは芳川博士に釈明します」
「いいのよ」
芳川は乾いた唇を舐めた。
あまり眠っていないのか、目の下にはうっすらと隈ができている。肩まである髪もボサボサに崩れていた。目頭を押さえながら続ける。
「一昨日から今日にかけて、色々とありすぎたから。一つでも問題が解決したのは喜ばしいわ」
「イロイロ……ですか。とミサカは首をかしげるというボディランゲージで暗に博士に説明を求めます」
「ほとんど連動して起こったことよ。詳しくは上位個体が起きたら聞きなさい」
「今ミサカが聞いてはいけないことなのですね。とミサカは理解します」
「察しがいいわね。好きよ、そういうの」
芳川は目頭を揉みながらドアを指さし、軽く上下に振った。
ミサカ10032号はノブに手をかけ、開き、ドア向こうに首を突っ込んだ。
「ハカセが入っていいと。とミサカは報告します」
「静かによ」
芳川はとっさに顔を上げて付け加えた。
はたしてその心遣いは必要だったようである。芳川が言い終わるや否やドドッと室内に人がなだれ込んできた。
「あ」
「う」
「おっ」
中高生3人は口々に何かを叫びかけたが、遅れて芳川のセリフを理解したか、静かに眠る打ち止めの姿を視界に入れたか、慌てて口を押さえた。
正確には上条当麻と東方仗助はお互いがお互いの口を押さえ合い、御坂美琴のみがセルフサービスだった。
それに気づき、なぜか美琴は恨めしげな視線を上条にやる。
「突然押しかけて失礼した。芳川博士」
その背後から、ドアをくぐるようにして空条承太郎が入って来る。
「とんでもないわ。むしろ彼女を送り届けてくれて感謝しています。空条博士」
「……私の事を?」
「ええ。海の事は門外漢だけど、うわさは聞いてるわ。ユニークで命知らずな海洋冒険家がいると」
「光栄だ」
皮肉でも何でもなくマジにそう思っているようで、承太郎は軽く頭を下げた。
「面白い人」
ちっとも面白くなさ気に言うと、芳川は再びドアを指さした。
「隣の部屋にどうぞ。私の研究室よ。ここには応接間なんてなくって。お茶請けはないけど、コーヒーか緑茶くらいなら出せるわ」
「お、お構いなく」
答えたのは御坂美琴で、芳川はチラリと彼女を、次いで男子二人を見やってうっすら笑みを浮かべた。
「そうそう、お茶の前に4番仮眠室に行ってあげて」
白衣を払って、廊下に出る。
「あなたたちに会いたがってる子がいるの」
彼女はその部屋に一人だった。
ただその場に存在し続け、刻々と過ぎゆく時の流れを肌で感じ取る。
空中に向ける瞳は、今この場にはない何か別の空間を見つめていた。
一度、まばたきする。
それが彼女の生命活動のしるしだった。
ぴしりと背筋を伸ばしてベッドの縁に腰掛けたまま、その少女は動かない。身につけた病院着のような服も、衣擦れ一つ起こさない。
完全に静止。
息を吸って、吐いて、必要最低限の稼働だけを行う。今にも薄闇の中に輪郭が溶けていきそうだ。
延々と続くかと思われた沈黙は、唐突に破られた。
扉が開き、暗がりに小さな光が射し込む。
検体番号10031号は、入ってきた人物を見てゆっくり瞬いた。
一度口を開いたが結局何も言わず、代わりに枕を自分の方に引き寄せた。
「あの」
10031号は闖入者を上から下まで眺めて言った。
「あなた、『どっち』ですか。とミサカ10031号は問いかけます」
相手は半眼になって首を鳴らすと、ちょっとだけ目を閉じた。
そうして次に開いた時、彼からはごっそり表情が抜け落ちていた。
「――弟という設定です」
10031号はまばたきした。
ぐるりと室内を見渡し、一周して再び彼を見やる。
「あの」
10031号は枕を膝に置き、それを持つ手に少しだけ力を込めた。
「どうぞ。入って、座ってください。とミサカ10031号は席を勧めます」
「――了解。では遠慮なく」
そう言って彼は敷居を跨ぎ、なぜかまっすぐ10031号の方へ歩んできて、目と鼻の先で一時停止した。
10031号は少しだけ、気圧されたように身を引く。途端、彼はくるりと背中を向けた。
そして10031号がなにがしかのリアクションを返す前に、彼女の膝にケツを乗せたのであった。
しばし沈黙。
「……あの。とミサカ10031号は遠慮がちに口を開きます」
「はい」
「そうじゃあない。とミサカ10031号は」
「何か」
彼がくるりと振り向く。
途端、その特徴的な髪型が10031号のこめかみを攻撃した。
再びの一時停止の後、彼はすすと首をそらしリーゼントを天井に向けた。
さながら見下すような姿勢でもう一度問う。
「何か問題が」
「はい。もぉそれでいいです。とミサカ10031号は諦観の域に達しました」
「――警告」
「ふにゅっ」
と10031号が奇声を上げたのは、彼が無造作に彼女の右頬をつねったからである。
「頬に何かが付着しています」
「赤らめれているのれふ。とミハカ10031号はこんへふ丁寧に答へまひは」
ぐにぐにぱちんと彼の指が頬を離す。
「――誤認。失礼しました」
「いいえ。とミサカ10031号はひりひりする頬っぺたを押さえながらもあなたの暴挙を水に流してやります」
それに対し彼は何も答えなかったので、三度目の沈黙が部屋に満ちた。
10031号は一度胸を押さえると、唇を引き締めて相手の顔を見た。
彼は上半身ごと彼女を振り向いたままの体勢で固まっていたので、10031号は彼の瞳を覗き込むことができた。
彼の双眸は暗がりにきらめいているようだった。
「……ミサカのシリアルナンバーは10031号です。あなたとは一度公園で会いました。
少しだけ会話もしたのですが、覚えていますか。とミサカ10031号は尋ねます」
「――はい。あれは興味深い経験でした」
「それはよかった。とミサカ10031号はホッとします」
10031号はやや相手との距離を詰めた。
「どうぞ、ミサカの事はミサカ10031号と呼んでください。『ミサカ』は省略しても可です。とミサカ10031号は自己紹介を終えました」
「――了解」
「あなたは」
「――はい」
「何と呼べばいいでしょう。とミサカ10031号は問いかけます」
すっと、考え込むように彼の瞳があさってを向いた。
「――……私の事は『自動書記<ヨハネのペン>』、もしくは『副書版禁書目録<アナザーワンインデックス>』」
妙な間が空いた。
自動書記はキリリと口を開いた。
「縮めて『ペンデックスちゃん』とお呼びください」
上条当麻は扉を背に、ぎこちなく呼吸していた。
御坂美琴も隣で同じようにしている。
「なんなのよォォ……あいつッ、なんなのよォォォ……!!」
もう一生分の 『 なんなのよ 』 を聞いた気がする。
「なんであの子とあんな、いつの間に、いやそれより、『 弟 』ッ!」
「落ち着け、日本語になってない」
「誤魔化すなボゲッ!」
およそお嬢様とは思えぬ罵倒と共に上条の胸ぐらを掴む。
「あれ何? 演技? 中二病?」
「いや、なんつーか」
「多重人格障害ってやつ?」
「いや、それも違う」
「じゃあ何なのよォォーー!!」
厄介なことをしてくれたものだ。と上条は恨めしい気持ちになった。
この場に空条氏がいなかったのがせめてもの救いか。いや、やっぱりいたほうがよかった。
あの人の目があったなら仗助もホイホイと主導権を渡しはしなかっただろうに。
「詳しくは言えねーが、そう、『 弟 』 くんは、限りなく精神的な存在なのですよ」
「はああ~~~?」
我ながらうまい事言ったと思ったが、美琴にはさっぱり通じなかったらしい。
「あぁー後天的にできた人格というか心の居候というか……あーもうあれだ。あいつ憑りつかれてんだよ」
「はッ、馬ッ鹿じゃあないの。この科学の町でんなオカルティックな事が……ないわよね?」
ちょっぴり苦手分野らしい。美琴は不安半分の瞳で上条を見た。
しかし 『 憑かれている 』 という表現は存外上条の中でしっくりきた。
上条当麻の頭の中で、『 自動書記 』 はいまだにインデックスの姿をしている。
いつか見た、瞳に五芒星を宿した 『 怖い版インデックス 』 のままイメージが固まってしまっているのだ。
その 『 怖いインデックス 』 の霊が仗助に寄生していると考えた方が、小さな脳ミソを自称する上条としては格段にわかりやすかった。
仗助本人は喋る 『 スタンド 』、インデックスは何やらもっと哲学的なものと考えているらしいが。
「ちょ、ちょっと黙ってんじゃあないわよ! ないわよね、ないのよねェェーー!?」
ガクガクと揺さぶられながらも、上条は面白いので沈痛な顔で沈黙を守った。
そこで美琴の脳内でワンエピソードできてしまったらしい。
『 兄弟って怖い 』 とごち、更に取り乱した。
「じゃあつまり、『 弟 』 はゆゆゆ……お化けってこと!? まずいじゃない、どうすんのよ! あの子確実に、その、アレじゃないのォォーー!!」
「あ、そうだ、ゲぇ!」
そこで上条も事の重大さに気が付いた。
もしも10031号が自動書記に世間一般にありふれた、ある感情を期待していたら、そしてそれが仗助の外見も含めての事だったなら、事態は相当ややこしくなる。
――と、いうか。
上条は思考のしこりに気が付いた。
自動書記、あいつは男なのか? 女なのか? そもそも性別があるのか?
もとはインデックスにかけられた魔術なのだから、女寄りな気もするが……。
瞬間、上条の頭の中で自動書記の姿が仗助から 『 怖い版インデックス 』 に成り変わった。
ふむつまり、自動書記がインデックスを基本として作られているならば、精神的百合空間が発生するわけだ。
「何チョット嬉しそうな顔してんのよ」
「いやほれ、うつくしいものを見ると自然と笑顔になるものじゃあないですか」
「あ?」
美琴は片目を眇めて口をあけた。
まるでスケバンのような反応だが、元の顔のかわいらしさからか、がんばって悪ぶってみた幼稚園児程度に毒気は薄まっている。
かくも顔面とは有益なものよ。
「あんたに言っても仕方ないことかもしれないけど……」
つくづくとパーツを眺める間に、彼女の中の話題は変わってしまったようである。
美琴は腕を組んだまま上条に向き直った。
「いい。アイツがあの子を泣かせるようなことがあったら承知しないからね」
「いや、それは、どうだろうな……本人次第なわけだし」
「ふん。そう言うと思ったわ。そういう当たり障りないことを言う奴よ、あんたは」
「責任が持てないことや面倒事、ついでに痛い目に遭いそうなことは極力引き受けないタチなんで」
「……どの口が」
「え?」
美琴はふいと目をそらした。
ああ、昨日のことを言ってるのだ。と上条は思い当たった。
あの夜、橋梁で美琴と対峙したあの時、上条は 『 右手 』 を使う気はなかった。
そもそも上条当麻は彼女と戦いに行ったのではなく、止めに行ったのだから。
襲い来る電流を前に仁王立ちする自分を見て美琴もその辺は察したに違いない。だからあんな泣きそうな顔で腕を振りかぶったのだ。
結局彼女の電撃は放たれなかったわけだが、もしあの時携帯が鳴っていなければそれはもう最高に痛い目に遭っていたことだろう。
「……例外っつーのもあるんだよ」
「ふーん」
「俺が痛い思いする代わり、誰かさんの不幸がなくなるってんなら、安いもんだ」
ドグォォンッ、と轟音が響いた。
どうやら美琴が思いっきり壁に頭を打ち付けたらしい。
「ばかッッッ!!!」
「なぜ突然に罵倒!?」
「いいのよォ……どうせあんたはいつでもどこでも老若男女関係なくそういうこと言ってんでしょうが……」
「あーなんか仗助にも同じような事言われた気がする」
「アイツ」
美琴は気を取り直すように言葉を継ぐ。
「あんたとアイツが来てからあたしの周りは狂いっぱなしよ。特にアイツ、いったいどこから湧いて出たのよ」
「どこからって」
湧いてって。
美琴は人差し指で上条の鼻柱を押した。
「あんたみたいにモブい奴ならいつどこですれ違おうと気にも留めないでしょうけど、あんなダさ……目立ちまくる男に、今日までチラッとも気づかないなんてありえないわ。
白状しなさいよ。アイツ、最近この町に来たんでしょ」
白状も何も、隠すようなことでもないのだが。
上条は否定も肯定もせず美琴の手を払うと、軽く肩をすくめた。
「近頃のお前さんときたら、いつもそうだな」
「『 そう 』 って?」
「二言目には仗助、仗助って。そんなにあいつの事が気になるのかよ?」
と言ってから上条ははたと新たな可能性に気が付いた。
あらら。こいつ。まさか。仗助の事を――。
美琴はパッと上条を見上げた。
「なんで……そんな事聞くのよ?」
「なんでってそりゃあ……ああいや、忘れてくれ」
この憶測が合っていたとしても間違っていたとしてもビリビリされる未来しか見えず、結局上条は踏みとどまった。
「あ、そう」
嫌そうに眉をゆがめながらも、美琴の目元はほんのりと染まっていた。
こりゃあ図星をついたかもしれないと上条は思った。
いやに仗助にばかりガンガン突っかかっていくと思っていたが、そういうことだったのか。
考えてみれば納得かもしれない。こいつ、少しツンデレっぽいところがあるし。
上条の思考は加速する。
美琴が仗助と――。うん、いいんじゃあないのか?
ケンカップルと言えば古いが、かなりお似合いな気がする。
「あんた……気になるの?」
「え、何が」
「私が誰と話してるかとか、誰の事考えてるかとか」
「まあな?」
「そ、そうッ」
「いや正直、むちゃくちゃ気になる」
友人と 『 そうなる 』 可能性があるとなれば尚更だ。
美琴は更に赤くなると唇を引き結んで上を向き、下を向き、前を向いて結局俯いた。
「そ! そそそ、そういうんじゃあないから」
「え?」
「べっ、別にあの男の事なんてなんとも思ってないんだからねッ!」
お手本のような照れ隠しに上条は感嘆した。
素でこんなことを言うとはこの女、骨の髄までツンデレだぜ……ごくり。
御坂美琴、お前にはキング・オブ・ツンデレの栄誉を授けよう。俺の心の中だけで。
そしてできる限りのエールを送ってやらなくもない。
上条は脂下がった表情で手の平を振った。
「ま、お前がそう言うんならそうなんだろうさ。信じといてやるよ」
「あ、あっ」
うろたえどもる美琴を見ながら、上条は甘酸っぱい気持ちでいっぱいになった。
いいなあ仗助、上条さんも春が欲しいですぞ――と同級生二人が聞けば鉄拳モノの考えをめぐらせながら天井を仰ぐ。
10031号と自動書記。美琴と仗助。
実に奇妙な巡り合わせだが、上条にはこれ以上の良縁はないように思えた。
この二組はお互いをまっこと深くまで知っている。
付き合うことになればビジュアル面の問題はすぐ克服できそうだし、仗助に相手ができれば残った俺だって…………俺だって?
刹那、脳内に純白のシスターの笑顔が現れる。
そこで上条は固まった。
ちょ……っと、待て。落ち着け。
いま俺は、何を考えた?
仗助に相手ができれば……俺は。うん? 気兼ねなく? あの暴食大食いシスターと?
いやいやいやいやいやいやいや!!!
上条は一人激しく頭を振った。
いや、確かに! 仗助とインデックスが仲いいのにちょっとジェラシーを感じたりもしましたが!
二人がベタベタしているのを見て 『 そういうカンケー 』 かと疑ったこともありましたが!
そんなわけがねえ。そんな気持ちがあるわけがねえ。夏休みからこっち、寝食共にしているというのにまったく何の進展もねーんですよ?
いや、進展を望んでるわけでもないんですが!
うがああーー! ちょっと待ってくれ、俺は、まさか、インデックスを……って何この思考の急展開!
こういう思考にドギマギマギドギすんのは女子の役目じゃあねーのか!?
『 え? やだまさか私当麻くんのこと(ドキッ…! 』 みてーな感じにさァ~~!!
『 とうま 』 と、唇を尖らせる少女が浮かんで消えた。うっと息が詰まる。
笑顔を向ける彼女が浮かんで消え、床に腹ばいになってこちらを見上げる彼女が浮かんで消え、その他いろいろな彼女が消えては溢れてくる。
いや、確かに、アイツは、ちょこっと、けっこう、カワイイ……が。
上条はとうとう口元を押さえて赤面した。
「おっすお待たせ……って何やってんだおめーら?」
真っ赤になって床を見つめ続けるだけの少年少女を交互に見て、仗助は「あ~~」と形容しがたい笑みを浮かべた。
「いいなァ……俺にも春がほしーぜ……」
その囁きにも似た呟きは、誰の耳に入ることもなかったが。
○ ○ ○
ミサカ10032号は洗面台で渦を巻く水を凝視していた。
凝視しつつも思考はネットワークにつながっている。
つい先ほど、10031号が東方仗助の 『 弟 』 と接触した。本来ならばありえないことだ。
ミサカ10032号も研究所のセキュリティもオリジナルと男子生徒2人、そして空条承太郎の4人にしか侵入を許していない。
10032号は 『 弟 』 の存在がひた隠しにされていることを知っている。
自分の記憶と10031号の記憶を比較検討すれば何かが見えてくるはずだ。
だが10031号はそれ以上の情報の開示を拒否した。どうやら、ずいぶん本格的に 『 コミュニケーションの調査 』 とやらに取り組んでいるらしい。
ゴボボ……と排水溝がうめきを上げる。
何かがおかしい。
10032号はぐっと目を細めた。
初めての海。オリジナルとの勝負。暴走する車。ゲロ。お姉さま。東方仗助。上条当麻。
記憶の整理がうまくいかない。ネットワークに乗せるべきかも判断できない。
「…………空条、承太郎」
彼の事を思い浮かべるとますます違和感は増した。
10031号のように静かな感情ではない。もっとギラギラとした激しい感情が、自分の制御の届かない場所で暴れ狂っている。
いる、認識はあるのだが、まるで実感がない。
それどころか、10032号は自分がこんな感情を持つはずがないとさえ思っていた。
こんな、まるで、『 怒り 』 のような感情を、自分が空条承太郎に覚えるはずがない。
だが実際その感情は確かに10032号の『中』にある。おかしい。実に奇怪。
まるで意識と肉体が乖離するかのような感覚。
自分が自分でなくなってしまいそうな不安感。
「……」
10032号は顔を上げた。
壁に貼りついた鏡越しによく見知った人間の姿を捉える。
いつからか背後に立っていたらしい。
白髪に赤い目。肌は異常なほど白く、腰に刀を差している。鞘はなく、むき出しの刀身が危うい輝きを放っていた。
10032号はひゅ、と息を吸った。
彼は目を眇めたまま、人差し指で数度、柄の頭を叩くと口を開き、
「なンだ、一人でどォ~こ行くんだと思ったら、そンな人形でも食うもンは食うし出すもンは出すンだな」
「あ……」
「空条承太郎もあのガキどもとは別れてるみてェだな。ン? どっちを先に叩きゃあスムーズだろォなァ、おィ」
10032号は目を見開いた。喉に何かが詰まったように息苦しく、苦労してゆっくり息を吸い込んだ。
相手に殺意は感じられないが、そんなものを出さなくても相手は10032号を殺せるのかもしれなかった。
相手にとって、今のこの状況は今から踏みつぶそうとしているアリに、たわむれに話しかけているようなものなのかもしれなかった。
10032号は細心の注意を払って振り返った。果たして刀は抜かれなかった。
「どォ思う。おィ、どう思うかってオマエに言ってるンだぜェ?
オマエが消えちまったから俺はこォして会いに来てやったンじゃあねェか。うンなりすンなり返事してくれてもいいンじゃあねェンですかねェー?」
「何を、言ってるのかわかりません。とミサカは……」
「オマエじゃあねえ。オマエの 『 中 』 にいる奴に言ってンだよォ。『 本体 』 の野郎ォ、とっとと先に行っちまいやがって」
「ミサカの 『 中 』? とミサカは」
「おっと 『 オマエ 』。ネットワークにこのことを流してンな」
低くなった声に10032号はぎくりと体をこわばらせた。瞬間一方通行の手が動く。足が動く。大きく踏み込んで間合いを詰めてくる。
彼女はとっさに横っ飛びに飛びのいた。鋭い軌跡が宙を裂くや、10032号の二の腕に激痛が走った。
「ッ……!」
袖は切れていない。刃は布に切れ目一つ入れず、10032号の体だけを切り裂いた。
白い布地にじわりと赤が滲む。
『 スタンド 』。
空条承太郎の言葉が脳内に響く。
『 スタンドはスタンドでしか倒せない 』。
どくりと10032号の心臓が飛び跳ねる。頭に血が上り手足が寒くなった。
逃げなければ。
思ったなら行動は早かった。指先に電流を集め、一直線に相手に向けて放つ。一方通行は軽く首をかしげてそれを避けた。
「ふゥ~~ン、まァいい動きじゃあねェか。一応、『 覚えた 』……ァああああああッ!?」
突如、背後から襲ってきた濁流に一方通行の語尾が荒ぶった。
銀の排水管から溢れ出す水流に一方通行の体勢が崩れる。刹那、10032号は地を蹴って一方通行の脇を走り抜けた。
「チッ……オマエッ! 最初からパイプを狙って……!」
答える余裕はない。
あの水を利用して感電させる手も思いついたが、あの男の至近距離に入るのは御免こうむりたかったし、なにより相手は『 スタンド使い 』、未知の存在、それで倒せるのかすら確証がなかった。
10032号は身をかがめた体制のまま、自身のコンパスを精一杯に開いて廊下を駆け抜けた。
背後から追ってくる足音はない。
それでも心が体を急き立てる。速く、早く。
階段を駆け降りた拍子にローファーが片方脱げ落ちた。拾う気などさらさらない。
いっそもう片方も捨ててしまおうとしたその時、踊り場の角から突如人影が現れ、10032号と正面衝突した。
跳ね飛ばされ、しりもちをつき、10032号はハッと顔を上げた。
その人物はよろめきもせずその場に立っていた。
片方の腕を組み、もう片方の手を顎に当てている。
端正な顔に、生ゴミを見るような目をしていた。
「もう12時かい、シンデレラ」
10032号の意識はそこで途絶えた。
客を招いたはいいが、芳川桔梗はカラッポの茶筒を前に愕然とした。
「そう、下の階に……同じような研究室があるの。きっと同じものがあると思うわ」
「こちらは構わない」
「こっちは構うわ。だって私もいただくつもりだったのよ」
そう言うともう芳川はドアに手をかけた。
廊下に出ると、くるりと振り返って小首を傾げる。
「あなたも研究者なら覚えがないかしら? 『 こう 』 と決めたらその通りにしないと気が済まない。
『 これからお茶を飲んで話をする 』 って決めたら、もうそうしないと気持ちが悪くて仕方がないのよ……ああつまり、私の我儘だから、座っていても構わないわ」
「いいや」
承太郎は半開きのドアに手を伸ばし、芳川より高い位置に手をかけた。
自然と承太郎は芳川に見上げられ、芳川は承太郎に見下ろされる形になる。
「あんたを一人にするのは気がかりなんでな」
「あら嬉しい。女性の扱いを受けてると思っていいのかしら」
じっとりと承太郎の眉間にしわが寄った。
芳川は瞳だけは冷めた色のまま、くすりと笑った。
ドアの敷居をはさんで二人は対峙する。その視線が一瞬絡んでわずかに火花を散らした。
「あなたを知ってると言ったわね」
「ああ」
「本当言うと、『 邪魔者 』 として認識していたのよ。それか、『 危険人物 』 として、かしら」
「興味深いな」
「ええ、あなたにとってはカニの雄と雌の見分け方と同じくらい興味深いでしょうね」
承太郎は少しだけ目を細めた。
「カニの雄は俗に『ふんどし』と呼ばれる場所が三角形で……メスは扇状だ」
「あらそう」
芳川はわずかにこめかみを引き攣らせた。
「あなたが来るまで計画は順調だったわ、空条博士。
多少のいざこざはあったけれど、支障が出るまでには至らなかった。微妙なバランスがあった……あなたが来た途端、その均衡が崩れた」
承太郎は答えなかった。相づちすら打たなかった。
「天井亜雄の頭の狂った行動に、妹達<シスターズ>最終ロットの失踪。
被験者である学園都市第一位は計画の続行を拒否した上に行方をくらませて、おまけに不法侵入者が現れたって情報も入っているわ。全部、あなたの来訪と同時期の事よ」
芳川は一度、反応をうかがうように言葉を切った。
承太郎は相変わらず読めない表情で芳川を見下ろすばかりである。
「空条博士。あなたともあろう方が、なぜSPもなしに単独で学園都市に来たのかしら。
あらゆる仕事をキャンセルしてまでここに来た目的っていうのは、何なのかしら」
「あなたにそれを言う必要はないな」
芳川の眼元が一度だけ痙攣した。
「子どもたちを巻き込んでもそんなことが言える?」
「巻き込まないよう努力はしているつもりだ……俺は」
芳川の微笑が崩れた。
今の発言はブーメランだ、と彼女は胸の奥の奥に走る痛みに眉を寄せた。
芳川は 『 絶対能力進化実験 』 の中心を担う人物だったと言っていい。
一方通行、御坂美琴、そして生み出された多くの命に責任を感じないと言えばうそになる。
――私だって、こんなことやりたくなかった……なんて言わないけれど。
――けれど、自分が大人で、あの子たちが子供という事実は厳然として目の前に横たわっている。
芳川は表情を引き締めると、もう一度承太郎を見上げた。
「今のは、認めたってことでいいのかしら」
承太郎はわずかに渋い表情を浮かべた。
「……俺のせいって点は否定できねえな」
「一体この町で何が起こってるの?」
「何が 『 起こるか 』 は俺にも分からん」
「あなた」
芳川は目をしばたいた。
今まで空条承太郎は自分と似た境遇にあるのだと思っていた。
何かしらのプランになし崩しに巻き込まれ、動いている立場だと、そう思っていたが。
これから起こることは彼には予測不可能。騒動は彼が学園都市入りした後を追うように相次いで起こった。
そうだ。なぜ気づかなかったのだろう。
「追われているの? いえ、狙われている立場なの、もしかして」
「さあな」
承太郎はそのまま芳川を押しのけるようにして廊下に出た。
彼の背中は会話を打ち切りたがっているようだったが、芳川はそれを無視して食らいついた。
「それともあなた、疫病神なのかしら? 災厄を呼ぶ人間がいるって、あなたがそうなのかしら?」
わざと挑発的な声音を作った努力は報われたらしい。承太郎は芳川を振り返った。
振り返るのに合わせて、色味の濃い瞳が暗がりに光の残像を残した。ような錯覚を芳川は覚えた。
「疫病神か。だとしたら?」
「どうもしない……けれど、子供たちを巻き込むのはやめて」
承太郎の瞳は小揺るぎもしなかったが、軽く帽子の鍔を押さえた。
「あんたは優しい人だ」
「いいえ、ただ甘いの」
芳川は苦笑した。
その間も瞳だけは注意深く目の前の男を観察し続ける。
「……目をそらさないのね」
「……」
「迷いがない。あなたは強い人だわ」
「いいや」
承太郎の指が鍔をはじき、再び帽子の陰から顔をのぞかせる。
「こんなやり方しか知らねえだけだ」
○ ○ ○
薄暗がりは、ともすれば完全な暗闇より不気味なものだ。
何かが視界の向こうからひたひたと這い寄ってくるような不安に包まれる。
ふらりふらりと歩みを進める10032号は幽鬼か操り人形のようだった。
いち早くその気配を察したのは仗助だった。
毛根が太るような嫌な緊張感に思わず顔を上げ、しかしそこにいるあまりにも見知りすぎた人物に一瞬警戒を解いてしまう。
10032号はふらりと顔を上げ、仗助と目を合わせた。
上条も遅れて彼女の存在に気づき、
「あれ? ミサカ……えーっと」
「10032号です。とミサカは回答します」
「御坂妹?」
「あんた」
と美琴が口を開いたその瞬間、バターンッ! とけたたましくドアが開かれた。
10031号が鬼気迫る表情で飛び出し、仗助を視界に入れた。
「逃げてくださいッ! とミサカは警告……ッ!」
刹那、御坂妹が地を蹴り10031号に肉薄した。華奢な足を振り上げ、空気を刈り取るように横薙ぎに振るう。
10031号はすかさず両腕でガードを作った。グワッシィンとぶつかり合う衝撃が足にまで響き、10031号の顔が歪む。
御坂妹は衝撃に身を任せくるりと回転すると、腰を落として、がら空きの腹に肘鉄を叩きこんだ。
「がっ……!」
よろめいた10031号の顎に、下からの掌底が叩ッこまれる。
10031号の体から力が抜け、後ろ向きに崩れ落ちる。
その胸ぐらを掴むと、御坂妹は廊下を、次いで10031号の部屋を見渡し呟いた。
「排除対象……残り三人。とミサカは確認します」
「うっ!?」
10031号の体を部屋に放り投げる。ドサリと音がすると同時、御坂妹は今度は美琴に接近していた。
一瞬で懐に入り込まれ、驚きの声を上げつつも美琴は一歩跳び退る。
跳ねあげるようにして繰り出された前蹴りが顔面すれすれを掠め、美琴は体勢を崩し、肩を壁にぶつけた。よろめきながらも御坂妹を凝視する。
「あんた……いったい何を……!」
「危ねえ中坊!」
気づけば美琴は乱暴に仗助に体を引き寄せられていた。一瞬遅れてさっきまで美琴の首があった空間を銀色の軌跡が薙ぐ。
距離を置いて見ていた上条にはすぐその正体がわかった。
「か、カタナだ! カタナの刀身だけが壁から生えて出てきた!」
「ボケボケしてんなよ。どうやら相手は一人じゃあねーぜ」
美琴はハッとしたように肩におかれた手と、仗助と、それからなぜか上条を見て慌てて仗助の手を振り払った。
「う、うるさい! あと中坊って呼ぶなっつってんでしょ!」
「助けてもらってその態度かよー」
「誰も頼んでないわよ!」
「イチャイチャしてる場合か!」
「「してねーよ!!」」
ぴったり同じタイミングで怒鳴られ、上条はやや気圧された。
きゅるきゅる、と床を擦る音がした。見やれば御坂妹が頭と足を逆さにしてブレイクダンスのごとき動きで回転していた。
嬉しくないパンモロだと思う間もなく距離を詰められ、回転付きの回し蹴りをお見舞いされる。
「うおッ!」
「いぃっ!」
上条と美琴は左右に飛び退り、
「『 クレイジー・ダイヤモンド 』ッ!」
仗助は真正面から受ける。
気合の声と共に 『 スタンド 』 が現れ、ガシンと蹴りを受け止める。
思いのほかの重さに仗助はピクリと頬をひきつらせた。腕と足の力がギリギリと拮抗する。
「こいつ……前より強くなってねぇーか……!?」
御坂妹は逆立ちしたままじっと仗助を見つめていたが、不意に 『 クレイジー・ダイヤモンド 』 の腕を蹴って後ろに宙返りした。
着地するやグッと両膝を折り曲げ、軽く天井まで飛び上がる。片腕で照明につかまる。
3人はしばし呆然と彼女を見上げた。
「に、人間の動きじゃあねぇーぞ……」
思わずというように仗助がつぶやいた。
御坂妹の肩に力がこもる。
はっと身構える3人。御坂妹はそのまま腕の力だけで体を持ち上げ、また頭と足を逆さにした。
ぴたりと足の裏が天井につく。刹那、彼女はそのうつろな表情に似つかわしくない、俊敏な動きで天井を蹴った。
さらに右の壁を蹴り左の壁を蹴り、ジグザグに落下してくる。
「ぐっ!?」
そして美琴の肩の上に着地した。太腿を閉じて美琴の首を締め上げる。
いつか美琴が彼女にやった技だ。
美琴はよろよろと壁に向かった。あの時されたように壁に御坂妹を叩きつけようというのだ。
だが、御坂妹はクニャリと上体を後ろに折り曲げた。まさしく折り曲げるという表現のとおり、地面とほぼ垂直に背中を反らしたのである。
ピタリと美琴の背に背をくっつけると、姉の胴体を抱きしめる。
信じられねえと上条は驚愕した。脊椎動物にこんなことができるものなのか!?
足にかかる重みでさらに美琴の首が絞まる。うっ血した顔で美琴は妹の足を掴んだ。
「御坂!」
「このアマッ!」
仗助が二人に向けて駆け出そうとしたその瞬間、美琴の瞳が不穏な色を帯びたのを上条は見た。
「仗助ストォップッ!!」
肩をつかまえ、自分の後ろに追いやって 『 右手 』 をかざす!
「うるぉああああああああーーーーッッ!!!」
「あばばばばばばばッ」
瞬間、予想違わず、聞きなれた叫びと共にビリビリの稲妻が廊下中を駆け回り、弾け、スパークした。
数秒後、そこにはアフロになってプスプス煙を出す御坂妹と、不機嫌そうに髪を払う御坂美琴が残されていた。
「お前ェ……容赦ねえな」
「正当防衛よ」
上条の呆れ顔に美琴は涼しげに返した。
「それに手加減はしたわ」
「俺達まで巻き込まれたらどうすんだよ」
「あんたらがノロマってことね。ご愁傷様」
「おめーってよォ~……」
仗助はそこでいったん言葉を切った。不思議に思って上条が振り返ると、10031号が部屋から這い出してくるところだった。
腹を押さえ、よろめきながらも3人を見て表情を緩ませる。
「ご無事でしたか……お姉さま、とペンデックスちゃん。とミサカ10031号は安堵します」
「は?」
「あ~~」
「……」
美琴が不可解そうに眉を寄せ、仗助が気まずそうにあさってを向き、上条はあまりにもナチュラルなスルーっぷりに野良猫にフられたような気持ちになった。
「10032号は……何者かに危害を加えられたようです。とミサカ10031号はミサカネットワークで拾った情報を提示します」
「やっぱり、また操られてたのね」
「はい。とミサカ10031号は即答します。詳しいことは不明ですが……」
10031号は苦しげに息をつくと、トスンと壁に体を預けた。
瞬間、ドスンと彼女の脇腹から刀が生えた。
10031号は目を見開いた。銀色の刀身は出た時と同じく、音もなく壁の向こうに消える。
10031号は一度腹に手を当て、真っ赤に染まった両手を見ると失神した。
「うっ……うわああああああああ!!」
美琴が叫ぶ。
10031号の服がどんどん赤くなる。
「おい、大丈夫かよ!?」
「大丈夫なわけないでしょ! 早く、し、止血」
「仗助!」
「わかってる!」
仗助は美琴を押しのけると10031号の傷口に手を置いた。
「なおせるか?」
「死んでなきゃあな」
言っている間に治療は終わった。相変わらず、医術だのなんだのがバカバカしくなるほどの性能である。
美琴は驚いた顔で10031号の脇腹を撫でさすった。
そういえば彼女がこの 『 能力本来の使い方 』 を見るのは初めてなのだった。
「あんた……」
顔を上げる。瞬間、彼女は瞠目した。
「『 剣が 』ッ!」
その叫びに2人は思わず壁を見る。果たしてその通りだった。切っ先が今しも壁から出てこようとしていた。
先ほどまで 『 刀 』 は壁の振動に反応して攻撃を仕掛けてきた。だが今回は違う。
『 刀 』 は、いや、壁の向こうの人物は、一人が致命傷を負えば 『 残り 』 もそこに集まってくるだろうと考えたのだ。
あまっちょろいガキどもの精神なら、砂糖にたかるアリのようにわらわらと犠牲者に群がっていくだろうと考えたのだ。
そして予測は見事に当たった。
「当麻!」
仗助はとっさに彼を押しのけた。まっすぐ突き出された刀は上条のいた空間を貫き、その向こうの仗助に迫る。
仗助はひゅっと息を吸った。
唇を引き締め、まっすぐに切っ先を見据えて、
「ドラァ!」
ブワッシィィンと 『 クレイジー・ダイヤモンド 』 が両手で刀を挟み込んだ。
白刃取りというには不恰好すぎる。ほとんど力技で押さえ込んでいるようなものだ。
「や、やった、仗助!」
上条の歓声に仗助は頬をひきつらせた。
うっすらこめかみに汗が浮いている。
「ビビらせやがってよォォ……これが打ち止めの言ってた 『 意識を乗っ取る刀 』 かよ~~……
モノを通り抜ける能力? だけか? 大したこたぁねーじゃあねーかこのヤロー!」
「ちょ、待て仗助。ならこの壁の向こうにいるのは……」
第一位。一方通行の体。
一気にその場の緊張が高まった。
「……ちょっと不良。絶対にそいつ離すんじゃあないわよ」
「言われなくてもそうするっつーの」
引き戻そうとする向こうからの力と 『 クレイジー・ダイヤモンド 』 の押さえつける力は今のところ五分五分で、動かない綱引き状態が続いている。
仗助は「オーイ」と壁向こうに呼びかけた。
「選べよ。このままコイツをポッキリ折られるか、コソコソしねーで出てくるかよぉ~」
相手は沈黙したままだ。
「……どうする? 空条さんに知らせるか」
「ああ、俺もそれが一番だと思うぜー」
「それよりこの子たちを安全な場所に移してあげないと!」
「ああ~~それもそうだな~っておい、あんま話しかけんなよ、気が散る……ッ」
「律儀に答えてるのはアンタじゃあないのよ」
「そおだけどよってうおおおお……!」
わずかに相手に押され、仗助は首をそらした。
『 クレイジー・ダイヤモンド 』 の肩に力がこもり、相手を押し戻す。
こんな時でもどこか日常的な仗助と美琴の会話に、上条は笑ったものかたしなめたものか少し悩んだ。悩んだが、結局何も言わないことにした。
とにかくアフロな御坂妹と10031号を移動させようと顔を上げ、
「……?」
御坂妹の体――正確には肌蹴た太腿のあたりで何かが光ったような気がした。
目を凝らせば、スカートからエメラルド色のヘビが這い出ているのが分かった。
それは一本の緑色の線となって美琴につながっている。いや、御坂妹から美琴へと移動しているようだった。
「――から、あんたも手伝いなさいよ」
意識の埒外に追いやっていた2人の声が耳に戻って来る。
仗助は刀だけに意識を集中していて、美琴はどこかうつろな眼差しを彼の背中に注いでいた。
「無理に決まってんだろぉぉ……! 今のこの状況が見えねえのかよぉぉ……!」
「ちょっとは動けるんじゃあないの?」
「ちょっとも動けねぇーよ!」
「本当に?」
「マジに!」
「ならよかったわ」
美琴の声音が変わった。
上条はやっと何が起こっているのか理解した。
「御坂ッッ!!」
手の中に電撃を溜め、今にも振り下ろさんとする彼女に上条は突進した。
ぶつかり、もみくちゃになりながら床を転がる。
「お、おおッ!? うおおおッ!?」
驚いて上条を見て、刀に押されて悲鳴を上げる仗助。
「何だ!? 何だっつーんだよ当麻ァー!」
「こいつ……ッ! 御坂妹を操っていた奴! こいつもその剣と同じだ! 寄生する奴を次々に変える!」
言い終わるや否や、美琴が超人的な力で上条の胸ぐらを掴み、壁に押さえつけた。
上条もすかさず 『 右手 』 で彼女の腕を掴む。案の定電撃を出そうとしたらしい。彼女は不可解そうに小鼻にしわを寄せた。
「そいつよぉ~……!」
そこで仗助も美琴の足から這い上がる緑色の触手に気が付いたらしい。
「体ん中に入るタイプなのかァ~!? いつかのちっせー『 スタンド 』 みてえに!」
「多分な!」
そう考えれば、撒いたはずの彼らが上条たちを追ってこれた理由もおのずと見えてくる。
忍び込んでいたのだ! 御坂妹の体の中に!
御坂妹は伏兵であり探知機でもあったのだ。
思えば今日は色々なことがありすぎた。
海での混戦、移動中、打ち止めの話に集中していたあの時……別の事に気を取られる機会はいくらでもあった。『 仕込む 』 隙はいくらでもあったのだッ!
「クソッタレ! なんなのよアンタの右手は! なんで放電ができないのよォォ!!!」
上条はぎくりと体をこわばらせた。
「じょ、仗助! 口の中だ! 口の中から操ってる奴が見える!」
「何ィ~……!?」
「右手を離せっつってんのよダボがァ!」
美琴が正拳突きを繰り出す。上条はとっさに首をひねって回避したが、壁の方は陥没し、コンクリートの欠片が飛び散った。
サァーーっと上条の血の気が引いていく。
「やばい、こいつ、強い! ど、どうにかしてくれー!」
「どおにかってよォ~~……!」
仗助も両手がふさがっている。
「そーだ! 口の中にいるんならそっから引きずり出しちまえよ!」
そうかと両手を向けた途端、手首を掴まれ壁に縫い付けられる。
「おいおいこの状況でどうしろってんだー!?」
「えー、えー、口だ! 口でズキューンって!」
「できるかバーロー!」
「このドヘタレがァァーー!!」
「すんません! なんでオレ御坂に怒られてんの?」
仗助は眉間にしわを刻むと、刀を押さえる手に一層力を込めた。
「しょうがねえなァ~……ならやっぱりコイツブチ折ってぇ……!」
みしみしと刀身が軋む。何をするか察したか引き戻そうとする力が強くなる。
『 クレイジー・ダイヤモンド 』 はがっちりと押さえつけて逃がさない。
「行くしかねぇーなオイ!」
ピシリ、と決定的な音が響いた。
瞬間、仗助は虚を突かれたようにパチクリと目を見開いた。相手が唐突に力を抜いたのである。
思いっきり引っ張っていたせいで仗助の手はすっぽ抜け、刀身を離してしまう。
後ろ向きにバランスを崩した仗助の鼻先で切っ先は光っている。
「ドラァッ!!」
切っ先が突き出されるより早く、『 クレイジー・ダイヤモンド 』 の拳が刀身を殴った。
無理な体勢でのパンチに耐えきれず、仗助はそのまま床に尻を付く。
刀の方も大きく切っ先がぶれたがすぐに持ち直した。
その時、美琴がバンと壁を蹴った。刀が一瞬ピタリと止まり、すぐさま上条の方へ向かって行く。
「うぉ……」
上条は途端に恐慌に陥った。
「うおおおお!! 助けて仗助!」
「ちょっと待て!」
仗助も慌てて立ち上がる。
だが今から駆けつけても加速する刀を止められるかは分からない。美琴を引っぺがすにしても時間がかかる。
一瞬の逡巡の末、仗助は刀の方に向かった。
「ドラァァッ!!」
刀の腹に渾身の一撃を加える。
刀は真っ二つに砕け、スクラップになる――はずであった。
「!?」
刀はあっさりと 『 クレイジー・ダイヤモンド 』 の拳を回避した。
そして嘲笑うように壁向こうへ引っ込んでしまう。
「しッ!? しまッ……!」
ドッ、と鈍い音がして、上条の目が見開かれる。
溢れた液体が床に落ち、ぽつぽつと赤い円を描いた。
「と、当麻!」
「お、おれは平気だ……ッ!」
刀は上条の首すれすれを通って、美琴の肩に刺さっていた。
美琴はポカンとあどけない表情を浮かべていたが、状況を呑みこむやメラメラと瞳を燃やし、絶叫した。
「何やってんだァ! クソ童貞ェェーーッ!!」
刀が引っ込む。美琴の拘束が緩む。
上条はとっさに腕を振りほどき、美琴を抱きしめた。
「仗助ェ!」
「な、何を……」
もろに動揺した美琴を引きずるようにして壁から離れる。遅れて出てきた刃が肩を引き裂いた。
「『 逃がすな、ぶちぬけ、捕まえろ 』!!」
意図は正確に伝わったようだ。一拍おいて仗助の頬が青ざめた。
「ボケも休み休み言えボゲッ!」
「ここで逃がしちゃあならねーんだ! こいつらの目的は空条さんだぞ!」
「だからってよ、あ゛~~! んなこたぁしたことねーんだぞ!」
「知ってるっつーの!」
「何よ、何をするつもり!? 離しなさいよォ!」
美琴の手が肩を掴む。
みしみしと骨が軋み、砕けそうな痛みが走る。
「早くしろ! このままじゃあ俺の墓標に 『 上条当麻・ヘタレ故に死す 』 って彫られちまう!」
「やるか? マジやっちまうぞ、失敗しても知らねえかんなコラァ~~!」
「がんばれできるッ! 仗助ならできるッ! 俺信じてるッ!」
「信じてくれんなよ畜生ォーッ!」
ヤケクソ気味な叫びと共に仗助は一歩踏み出す。
そして 『 クレイジー・ダイヤモンド 』 が拳を振り上げるや、一瞬その表情が引き締まった。
刹那、ドボォッと重い音がして 『 クレイジー・ダイヤモンド 』 の腕が御坂美琴と上条の腹を貫いていた。
「なっ……!」
美琴が驚愕の表情で血反吐を吐く。
「なんだとォ……!?」
「ドラララァァーッ!!」
傷口から緑色に光る異形が引きずり出される。
その身が完全に引きずり出された時、美琴と上条の腹の傷は元通りふさがっていた。
「い……な、なに……? あれ、私……?」
「やればできるじゃあねーか仗助ェ……」
「二度とはやりたくねェーがなァ!」
仗助の大声とともに、『 クレイジー・ダイヤモンド 』 が緑色の 『 スタンド 』 を床にたたきつけた。
首と頭をわしづかみにし、押さえつける。
「さァーて尋問タイムだゲス野郎! テメー遠距離タイプか? 『 本体 』 はどこだ?
言わねえなら言わねえでこのまま絞め落としてゆっくり探させてもらうだけだぜオイ」
緊張から解放され、三倍くらい饒舌になっている。
いや、不本意なことをやらざるをえなかったイライラを敵にぶつけているのか。
「気持ちは分かるけど落ち着け」
ムッと仗助が振り返る。上条は更にポンポンと彼の肩を叩いた。
「まずは承太郎さんと合流しなくちゃあいけねえだろ? 刀の奴もまだいるし……」
「……わあったよー」
仗助は不満も憤懣もアリアリの顔で頭を掻いた。
「あの人、今どこいるのよ」
美琴は壁の方を気にしたまま呟いた。
「休憩室だろ」
「ああ、言ってたわね」
「確か、芳川さんのラボの……」
『なるほど』
上条がそう言い募るや、くぐもった不気味な声が辺りに響いた。
全員がハッと身構えた。
『勝者のヨユーってやつだね……そういうのが一番いけない……「勝った!」っていう驕りが身を滅ぼすんだ……ゲームとかでもそうだろう……「やったか!?」って言ってやれてる例が今まであったかい?』
仗助はハッと気づいた。
声は緑色の 『 スタンド 』 が発していた。いや、『 スタンド 』 を通して 『 本体 』 が喋っているのか。
そんなことより緑色の 『 スタンド 』 の体が変化していた。
毛糸のマフラーのようにするすると糸状にほどけていくのである。
『 クレイジー・ダイヤモンド 』 が掴みなおそうとした時には、それは既に緑色の触手となって床を走っていた。
「なッあッ……! ちょ、待てこのッ!」
「戻ってこいメロン野郎ーー!!」
慌てて後を追うが、その時には緑色の軌跡さえその場に残っていなかった。
仗助と上条はしばし愕然と 『 スタンド 』 の消えた方向を見つめていた。美琴も見えなかったなりに事態を把握したらしい。頬から赤味が引いている。
「まずいわよ、ちょっと……」
「ああ……」
仗助はこわばった顔で足を踏み出した。
「承太郎さんが危ねえ!」
芳川桔梗はふと階段の中腹で立ち止まった。二段ほど上にいる人物を見上げる。
承太郎は歩みを止めて、あさっての方向を見つめていた。
「どうかした?」
「いや……仗助の声が聞こえたかと思っただけだ」
「あら、案外過保護なのね」
「そうでもない」
芳川としてははなはだ薄味の返事をして、承太郎は再び階段を下りた。芳川の隣に並ぶ。
芳川は観察者の目で彼の顔を覗き込んだ。
「それとも、懐かれるのは鬱陶しい?」
「ん…………いや……そうだな……騒がしい女よりは、悪くない」
当てつけられたと思ったらしい。芳川はすっと目を細めた。
「あらそう」
もう一段降りようと足を上げた途端、承太郎に肩を掴まれた。
え、と思う間もなく後ろに押しやられ、同時に承太郎は一歩前に踏み込んだ。途端、彼の膝がはじける。芳川ははっと息を呑んだ。
何の干渉も、飛び道具も見えなかった。
まるで見えない刃物で切り付けられたかのようにズボンの布地が裂け、血飛沫が舞い、大柄な体がぐらりと傾ぐ。
「空条博士ッ!」
伸ばした手は空を掴む。
芳川は目を瞠って、真っ逆さまに落ちて行く承太郎を凝視した。承太郎も目を見開いて驚愕の表情を浮かべていた。
その時である!
承太郎が叩きつけられんとする廊下に影が一つ! 現れた! その人物は!
「空条さ……ってうおおおおっはぐぇ!?」
との断末魔を残し、空条氏のクッションになった。
次いで現れた二つの影が2人に群がる。
「ちょ、ちょっと平気!? 死んでない!?」
「大丈夫か当麻ァ!?」
「お、親方……空から空条さんが……」
「よし、大丈夫だな!」
「不幸だ……」
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