私的良スレ書庫
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元スレ上条「その幻想を!」 仗助「ブチ壊し抜ける!」
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もうほとんど一話終わったようなものじゃないですかー
この後何か起こるんですかー
この後何か起こるんですかー
日本。
M県S市杜王町。
定禅寺1の6のあったかい一軒家。
高校一年と三か月。
深夜一歩手前の11時45分。
人生最大の後悔をしたのはいつかと聞かれれば、東方仗助は真っ先にその時を答えるだろう。
その日、東方仗助はかなり遅くに帰宅した。
玄関のノブを握った時点で、多分10時30分。
家ではカンカンになった母親が待っていて、説教が終わるころには長針は一周していた。
今夜のテメーは風呂も飯もナシだッ! とのセリフを叩きつけられ、そりゃあねーゼと抗議していたあたりで祖父が寝室から出てきた。
夜勤明けで今朝帰ってきた祖父は、その時まで熟睡していたらしい。
祖父は母子の諍いには我関せずで、結局仗助が土下座して謝るまでずっとテレビを見ていた。
仗助が不貞腐れて隣に来るころには、テレビはニュースに切り替わっていた。
死刑囚が脱獄して、まだその辺を歩き回っているというニュースだった。
すると祖父はさっきまでの親しい家族の顔から一転、『 町を守っている男 』 の目になってこう言った。
「わしは、12の頃のこいつを補導したことがある。
一度やられたことは忘れない奴だからな、ひょっとしてこの町を目指してるのかもしれん。
そうなったらわしの手で捕まえにゃならんだろう……」
仗助はどう答えていいものかわからず、結局ニュースを見続けた。ニュースが脱獄囚の写真に切り替わった。
途端、仗助は反射的に言ってしまった。
「じいちゃん、俺こいつ見たことあるよ。さっき、ウチのそばをウロウロしてるのを見たよ」
深夜一歩手前の11時45分、祖父は護身用の銃を持って出て行った。
それきり10分経っても20分経っても戻ってこないので、とうとう仗助も外に出た。
その日の夜は雲一つなく、星が大きく強く瞬いていた。
仗助は家の周りを一周することに決めた。裏庭に回ったところで、大きな黒い塊があるのに気が付いた。
それが何なのか知るには星明りだけでは心もとなく、もっと近くで見ようと仗助は足を進めた。
よく見れば大きな黒い塊はふたつあり、ひとつだけが蠢いていた。
「――り、やがって」
ブツブツと呟く声が聞こえた。
「いい気になりやがってェェェ――この野郎ォ、おまわりだからって――なんでも――裁けると思ってやがったな――
――いい気になりやがってよォォォ――この野郎ォ――もっと苦しめてやるつもり――だったのに、あっさりと、チッ――見つかっちまうとは――」
果たしてそれが何を意味するかが分からず、仗助はさらに一歩踏み出し、
ガリッと何かを踏みつけた。
足をどかしてみると、それは銃だった。そばに長い楕円状のモノが落ちていた。
祖父の人差し指のようだった。
ハッと顔を上げると、大きな黒い塊が立ち上がるところだった。
闇に浮かぶよどみ、ぎらついた目としっかり目が合う。瞬間、仗助は何が起きたかを理解した。
『 そいつ 』 はゆっくりこちらに近づいてきた。
何を思って 『 ゆっくり 』 だったかは分からない。
祖父が 『 あっさり 』 だった分、『 楽しもう 』 とでも思ったのだろうか。
仗助はとっさに銃を拾った。もう一度顔を上げると、『 そいつ 』 はこちらに向かって走り出していた。
その時、母親がのんびりと自分の名を呼ぶ声が聞こえた。
仗助は恐ろしく冷えた頭で引き金を引き、正確に男の左大腿部を撃ち抜いた。酷く腕がしびれたのを覚えている。
男は逃げだしたが、その怪我がもとで捕まった。
祖父は死んでいた。
母親は気丈な人だったが、さすがにこの訃報には取り乱した。
仗助も葬儀のかってなど分からない。
見かねて、祖父の旧知の人が段取りを引き受けてくれたので、なんとか葬式は挙げられた。
ようやく一息つけるくらいになって、明日から学校もいけそうだという頃に 『 そいつら 』 はやってきた。
『 そいつら 』 はいかにも高級そうな黒光りする車に乗っていて、全員――まあ喪中だから当たり前だが――黒いスーツでバシッと決めていた。
彼らの一人がインターホンを押すのを、仗助は二階の窓から眺めていた。
じいちゃんの知り合いなのか、何の知り合いなんだろーか? そんなことを考えていた。
母親の不機嫌そうな足音が聞こえた。
文句を言いながらドアを開ける母親が見えた。
途端、
「ジョセフゥゥーーーッッ!!!」
家の中まで響き渡るような声で母親が絶叫した。
一団の中でもっとも歳がいってるだろう老人に抱きつき、その胸の中で泣き喚いている。
「ついに戻ってきてくれたのねーーッ!! 待ってたのよッ! ずーーっとッ! ジョセフッ!
先日お父さんが死んで本当に悲しくって心細かったのッ! こんな時に来てくれるなんてジョセフ!
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き、好き~~~~~っ!!!」
「……」
つまり、それは自分の父親だった。
父親が16年経っていまさら会いに来たのだ。
母親はしばらく恋に浮かれた女子大生のように花を飛ばしていたが、父親が 『 本題 』 に入るやまたもや取り乱した。
翌日、出直してきた父親と話をしている間も泣いてばかりだった。
仗助は一度話し合いに口を出したが、瞬間母親に横っ面をはたかれた。
「あんたは首突っ込まないでいいの! いいから部屋に戻ってな!」
なんだか決まりが悪かったので、仗助は外に出ることにした。
杜王町は東方仗助の庭である。
目をつぶっていても学校から家までの道くらいなら往復できるような気がする。そんな気がするくらい住み慣れた町である。
その道を、仗助は今までにないくらい忌々しい気持ちで踏みしめていた。
だんだんムカッ腹が立ってきたのである。
なんだって俺が気を使って家を出て行かなけりゃあいけねーんだ?
なんで俺が自分ンちの一階に降りるのにいちいちビクビクしなきゃあいけねーんだ?
なんで俺があそこにいるくれーなら 『 下痢腹かかえて公衆トイレ探してる方がズッと幸せ 』 って思わなきゃあいけねーんだ?
とっとと出ていくべきは、あっちの方じゃあねーのか!?
仗助はくるりと踵を返し、問うた。
「……なんスか」
「……ン、ああ……」
この男。さっきから後をついてくるこの男に、仗助は見覚えがある。
血縁上の父、ジョセフ・ジョースターのそばにいつもピッタリとくっついている男だ。
ガタイが異常にいいし、ボディーガードか何かなのかもしれない、と仗助は思った。
「……どこへ行くんだ?」
「おっと会話が成り立たねーアホがひとり登場ォ~~。質問文に対し質問文で答えるとテスト0点なの知ってまスか? 聞いてんのは俺なんでスぜ」
すると結構激昂しやすいタチなのか、男の目元が一瞬ピクリと反応した。
それを隠すように帽子の鍔を引く。
「なに、君についていけ、とジジイに言われたもんでな」
「はぁ?」
「おっと紹介が遅れたな……俺の名は空条承太郎。ジョセフ・ジョースターの孫で……血縁上はお前の 『 甥 』 ってやつになるのかな……奇妙だが」
「知らねぇーっスよそんなの。キョーミもねぇー」
今度こそ怒るだろうかと男をうかがうと、男はケロリとして応じた。
「スレるなよ、ガラじゃあねーぜ」
「は?」
怒りを引き出されたのはこっちの方だった。
剣呑な仗助の睨みを真正面から受けて承太郎は言った。
「 『 てめーに俺の何がわかる 』 って顔だが……お前が見た目通りの奴じゃあねーことぐらいはわかるぜ。
……君は片桐安十郎の件の時、家からでなく公衆電話から通報しただろう」
なぜこの人がそんなことを知ってるのだろうと思ったが、
自分の父親はものすごい金持ちらしいし、そのくらい調べられるのかもしれなかった。
「なぜそんなことをしたのか? 俺は、母親のショックを最小限に抑えるためだったんじゃあないかと思っている。
あの時、当然君の母親も家にいたはずだ。返り血を浴びた息子が帰ってきたら動転するだろう。死体を見に行くとまで言い出すかもしれない。
そうならないように君は公衆電話まで走ったんだ。証拠に、君は通報に行く前に祖父の遺体を車のカバーで隠している。
君は祖父の代わりに母親を守るという決意を、その時点でしていたんだな」
名推理だ。と思った。
当然ながら皮肉だが。
裁判で被告人の供述調書が読み上げられるとき、
それを一番 『 うそっぽい 』『 信用できない 』 と感じるのは供述した被告人自身だと言うが、今のこれはまさにそれである。
他人の言葉になった途端、それがものすごくキザっぽくて、恥知らずな、胸糞の悪い行為に思えてくる。
「事実でもあんたにそんなこと言われる筋合いはねーよ」
「その通りだ、すまない」
やけに素直なのも腹立たしく、仗助は再び背を向けて歩き出した。
やはり追ってくる気配がするので、予てからの疑問をぶつけることにした。
「あんたら、いつ帰るんスか」
「さあな……少なくとも、ジジイはオーケーが出るまで帰らねえつもりらしいが……」
「 『 遺産放棄 』 って要は 『 縁切り 』 っしょう?」
それが、今ジョセフ・ジョースターと母親の間で問題になっていることだった。
あちらとしては金を払う代わり、プラスの遺産もマイナスの遺産も、ついでにこれからの交流も全部ナシにしてほしいらしい。
残念ながらジョセフ・ジョースターにとって隠し子は抹消したい過去のようだ。と仗助は解釈した。
「俺は金とかどうでもいいっスけど、こんな時に話すことっスか?」
「お祖父さんは……気の毒したな。君の母親を傷つけることになって、悪いと思ってる」
「どうだか」
言って、仗助は唐突にものすごい自己嫌悪に襲われた。
そういえばこの人はジョセフ・ジョースターの 『 孫 』 なのだ。
自分のジジイが隠し子を持っていたという衝撃はどんなものだろう。もしかすると、この人の家庭も自分の存在のせいでひと波乱あったのかもしれない。
仗助はセットされた自分の髪を撫でた。
真に責められるべきはジョセフ・ジョースターの方だ。
なのに被害者ともいえるこの人に当たり散らすのは、ものすごくガキっぽくてダサい行為なんじゃあないか?
それに思い当たると、仗助はもうそれ以上ひねた言葉を出すことができなくなった。
「あ、あんたに言っても、しょうがないっスよね……スミマセン」
「……」
帰ってきたのは 『 沈黙 』 で、仗助は今まで以上に 『 下痢腹の方がマシ 』 の思考にはまっていった。
それから数十メートルほど歩いて、承太郎は漸く口を開いた。
「お前は何というか……人間ができた奴だな。俺はじじいの代わりにお前に殴られる覚悟で素性を明かしたんだが」
「あんたを殴ったってどうにもならねーでスよ」
「そう考えられるのが 『 できてる 』 ってことなんだぜ……」
仗助は、今度はなんだかくすぐったい気持ちになってきた。
足踏みしてそのまま走り去りたい衝動に駆られたが、何とかこらえた。
「俺がお前くらいの年のころだったら 『 今更父親ヅラするな 』 とでも言って二三発ブン殴ってただろうな」
「は、は……」
承太郎はポンポンと胸元を叩いて、何かに気づいたような顔をした後ポケットに手を突っ込んだ。
禁煙して間もないのかもしれない。
「しかし、仗助――仗助って呼ばせてもらうぜ。
『 縁切り 』 のことだがな……別に金や世間体の問題でそんな話をしてるんじゃあないんだぜ。これはお前の母親にも言ってあることだが……」
「はい?」
「不動産王ジョセフ・ジョースターの隠し子。それだけで相当なスキャンダルだ。中にはお前に利用価値を見出す奴もいるかもしれない」
「キョーハクってことっスか?」
「誘拐なんて手もありうるな」
そこで仗助は理解した。
つまり今母親は、愛する者同士を天秤にかけることを迫られているのだ。
16年間愛した人とのつながりを選ぶか、わが子の安全を選ぶか。
「……俺に聞かれたくねーはずっスね」
「恨んでるか?」
「恨むのは一人でジューブンっスよ」
承太郎はふと歩調を緩めて呟いた。
「……そうだな」
そのまま足を止める気配がしたので、これは振り返って 『 サヨナラ 』 でも 『 じゃーまた 』 でも言うべきかと仗助は逡巡した。
結局振り返ることにして、足を止める。
瞬間、仗助は上を見ていた。
「お?」
肩を乱暴につかまれている感触があった。
そのままスルスルゥーっと仗助は窓から車に引きずり込まれた。
あれあれっと思っているうちに手足を拘束されていた。ビックリするほど鮮やかな手口だった。
「うおおおおおおおっ!?」
「仗助ッ!」
我に返って叫んだ途端、口の中にタオルのようなものを突っ込まれる。
「――おい、ありゃあSPW財団の……なんで護衛が」
「チッ、どこから漏れやがった」
なんていかにもな会話を聞きながら、仗助は心の準備ってものがいかに大切かを思い知った。
『 人類は滅亡するッ! 』 と予言されて、それがその一秒後だと予想できる人間がいるだろうか。いたとして、腹を括れるやつがいるだろうか。
車が走り出す。というか走っている。
どうにかしようとは思っても頭の中がグルングルンするだけで何も閃きやしない。
とにかく何かしなければ、と猿轡の下から思いっきり叫んだら「静かにしろ」とぞっとするような声で言われて顔面を殴られた。
さらにもう一発と手を振り上げる気配に体がこわばる。と、その時、向かいの窓がコンコンとノックされた。
仗助は見た。誘拐犯も振り返った。
そこには承太郎がいた。
走行中の車とピッタリ同じ速度で走っている。ばかな、と思ったが、なにもバカなことはない。承太郎はバイクに跨っていたのだ。
承太郎はもう一度、ゴンッ、と強く窓をノックした。
その拳にはなぜか腕時計が巻き付けてあった。
承太郎は目だけを動かして仗助を見ると、スピードを上げて運転席の横につけた。
そして、さっきとは比べ物にならない勢いで腕を振り上げると運転席の窓をブチ割った。
「うおおおぉぉっ!?」
「何ィィィィィ!?」
「ぶげっ!?」
運転手の鼻っ柱に承太郎の拳がめり込んだ。
そのまま昏倒する運転手に、後退る誘拐犯たち。
仗助はそこで初めて、そいつらが3人組だったことに気がついた。
承太郎の手がガシリと窓枠を掴む。
そのままメリメリバキンッとドアをちぎり取ってしまっても誰も疑問には思わなかっただろうが、
もちろんそんなことはなく、承太郎はロックを外すとバイクを乗り捨てて車内に入ってきた。
「てっ、てめえ!」
『 二人目 』 がナイフを持ち出すや、承太郎はその手をはたき上げた。
ナイフは持ち主の手を離れ、天井に突き刺さる。
「えっ? えっ?」
おろおろと自分の手を見る 『 二人目 』 のみぞおちを承太郎の足がえぐった。
「おおっぱああああ!!」
妙な声を上げてうずくまる。承太郎はその後ろ頭を掴んで思いっきり床にたたきつけた。
実に淡々とした作業だった。『 二人目 』 は動かなくなった。
途端、『 三人目 』 が仗助の首根っこを掴んで首にナイフを突きつける。
「ち、近づくんじゃあねェェェェーーー! こいつがどおなってもいいのかあああああ!!」
グレート。定石通り、完璧だぜ。
人質がカワイイおネーちゃんじゃねーって点に目をつぶればよォ~~~……。
承太郎はじっと 『 三人目 』 の方を見ると、腕時計をはめなおし、グッと帽子を引いた。
「やーれやれだぜ……」
そして奇妙なことを言った。
「悪いな、仗助。クリーニング代は、払うぜ」
仗助の顔が引きつった。
フロントガラスから見える景色に見覚えがあったためである。
今どの道を走っているのか、生まれた時からこの町にいる仗助にはよくわかる。
そしてこの調子で走り続ければどこに行きつくのかも。
「うわああああ!! て、てめえェェェェ!! なんてことしやがるうううううう!!!」
『 三人目 』 が絶叫。
【 この先 杜王港 】の看板が過ぎ去るや、車はまっすぐ海に突っ込んだ。
割れた窓からどっと濁流が押し寄せる。
『 三人目 』 の手は離れたが、両手両足の動かせない仗助は当然ながら溺れた。
焦ってばたついて更に沈むを繰り返し、もうだめかと思ったその時、
誰かが胸ぐらをつかんで彼を水面まで引っ張っていった。
放り投げられたそこは波止場らしく、仗助は固いコンクリに思いっきり頭をぶつけた。
痛みに唸る余裕もない。
猿轡がスポンと抜かれ、仗助は思いっきり咳き込んだ。
「やれやれ……まさかマジに浚われちまうとは、お前もなかなか、不幸を呼ぶ男だぜ」
承太郎は帽子を脱ぐと、うっとおしそうに濡れた髪をかきあげた。
逆さに返された帽子からバシャンと水が落ちる。
仗助ははあはあ喘ぎながら承太郎を見上げた。
「あっ、あんた…………アッタマ、おかしーんじゃあねーの……?」
「……」
「フツーはしねーっスよ、こんな……下手すりゃ死んでたかもわかんねーのに」
やはり答えず、承太郎は海へ視線をやった。
つられて見れば、三つの影が水面でバシャバシャもがいている。
「……つかまえなくって、いーんですかい?」
「俺がやらねぇでもSPW財団がやる。俺たちは家を出た時点から監視されてたからな」
「えっ」
承太郎は何でもないように言うと手足の拘束を解きにかかった。
「じゃあアンタがこーまでしなくっても、その、財団の人間に任せりゃよかったじゃねーですか」
「……ン、ああ……」
「なんだってこんな無茶したんスか?」
承太郎は拘束具(粘着テープのようなものだった)をブチブチと千切ると、厳めしい顔つきでそれを放った。
両手をポケットに入れ、逡巡したような間の後、こう言った。
「さあな……そこんとこだが、俺にもようわからん」
茶を濁すようなセリフだったが、仗助は理解した。
おそらくこの承太郎というヒトは、浚われたのが誰であれ――たとえ見ず知らずの者であれ、同じようにして助けたに違いない。
なぜそんなことができるのか。
その理由をこの人は決して口にしないだろう。ただ 『 沈黙 』 と背中だけで語るだろう。
仗助はその背中に 『 車のチェーンでズタズタになった学ラン 』 を見た。
雪の中をグショグショになって歩く、思い出の人の後ろ姿と同じものを見た。
他人の為に迷わず行動できる、気高い精神がそこにはあった。
「承太郎さん……手ぇ、見せてください」
「……」
「怪我してんでしょう。手当てぐれーするから、見せてくださいよ」
承太郎は観念したようにポケットから手を出した。
「――グレートだろォ?」
懲りずにサボりサボり語られた思い出話を、仗助はそう締めくくった。
上条はしばし考えて、
「なんていうか……波乱万丈ですね。仗助さん」
「ちげーよ、言いたかったのはそこじゃあねーよ」
「クールかつアグレッシブなんてそこに痺れます憧れます。とミサカはハッスルします」
「だろ? だろ? だろォ?」
仗助は満足そうに御坂妹に向けて笑った。
「で、誘拐にあったこと……お前の親父さんは何か言ってたのか?」
「 『 ジョースターさん 』 は別に何も。父親なら父親らしー態度取ってほしーもんスけどねぇ~~」
仗助は目に見えて不機嫌になった。
「ここに来る時も 『 君にできることは待つことだけだ 』 だの偉そうに言いやがって……誰のせいだっつーんだよ。
おふくろのことだから強くは言えねーけど、とっとと縁でもなんでも切っちまえばいいのによォ~~」
「縁切ったらもう承太郎さんと会えなくなるぜ」
「あっ。マジだ、でもよぉ~~~うーん……」
「あのぉぉ、とミサカは手を上げます」
視線がざっと御坂妹に集まった。
「これは言っていいことなのかわかりません――しかし、ミサカにはいまいち理解しづらいので聞くのですが。とミサカは用心して発言します」
御坂妹は視線を仗助の方へスライドさせた。
仗助は軽くうなずいた。
「いいぜ、言ってみろよ」
「空条承太郎もジョセフ・ジョースターも同じ血筋ですよね。とミサカは再確認します。
同じ血族だというのに、そうもはっきり 『 白 』 と 『 黒 』 に分かれるものなのでしょうか。とミサカは得心いかず首をかしげます」
仗助の眉間にグウウッとしわが寄った。
「……あんだって?」
「あなたの中で二人が明確に 『 善人 』 と 『 悪人 』 になっていることに違和感を覚えたのです。とミサカは補足し終えました」
言われて、上条も考え込んだ。
『 教育 』 というものは親から子へ影響を与えるものだ。
一世代離れているからといってこうも違いが生じるものだろうか。
言われてみれば承太郎は徹底して仗助に親身なのに対し、ジョースターさんとやらは徹底してそっけない。
こうもあからさまに態度が分かれるものか。
……分けていた?
仗助の中で 『 白と黒 』 に分かれるように、わざと仕向けていた?
まさか。
上条は思い浮かんだ可能性を即座に振り払った。
そんなことやって誰が得するってんだ。
そう考えた矢先、いままでむっつり口をつぐんでいた美琴が発言した。
「アンタに父親への未練を振り切らせるために、わざとそっけない態度取ってたんじゃないの?」
「何のためだよ」
「縁切らせるためでしょ?」
「何だよそりゃ」
「アンタ実際、その人の息子なせいで誘拐されてるんじゃない」
上条はハッとし、仗助はグッと詰まった。
「そりゃ……『 そう 』 かもしれねぇーけどよ~~……いや、『 そう 』 なんだって気はしてたんだけどよぉぉ~~……」
どうやら、うすうす感づいてはいたらしい。
「でもな~んかひっかかるんだよなー……。もし 『 それだけ 』 の理由なら、なんであの時、あんなタイミングで、あんなに急いで縁切り迫ったんだ?
なぁ~んかまだ俺に隠してある気がしてならねーんだよなー……」
急いで仗助とジョースター家をつなぐ糸を切らねばならないワケとは、『 何 』 なのだ。
「で、お前はそれをジョースターさん個人の事情だと思ってるわけだ」
だから反感を持っているのだ。
「もしミサカが急に身辺をクリーンにするなら、政治進出する時ですね。とミサカは可能性の一つを提示します」
「大統領?」
「まさか。あの人ぁもう79のくそじじいっでえッ!」
二発目の弾丸が仗助の背中を撃った。
今度は二枚貝の片割れだ。でかい。
上条はこわごわ承太郎の方をうかがった。
能面のような無表情でこちらを見つつ、次の弾丸らしきものを上に放っては掴んでいる。
「いい加減にしねーとまた殴られそうだな」
「くぅ~~~~……! これ痣になってんじゃあねーのぉ~~」
「ま、あれだ」
上条は軽く仗助の肩を叩いた。
「承太郎さんっていう窓口もあるんだし、整理がついたら聞いてみたらどうだ?」
「ん~~……まあ、前向きに考えとくぜ……」
やはり切り出してよかった、と上条はスガスガしい気分の中思った。
仗助と自分の間に何層にも連なった壁がブチ壊されたような、爽快な気分だ。
「仗助ー、俺もヒトデ狩り手伝うぜ。半分は俺の責任だしなっツうぐぅ」
笑顔で近づいて行こうとした瞬間、美琴の蹴りに背中を撃たれた。
顔面から倒れこみそうになったところで、首根っこを掴まれ後ろに引っ張られる。
「あ、ん、た、わッ! ずいぶんスッキリした顔してるじゃない……ッ!
せっかくこっちが親切に相談教室まで開いてやったっていうのにこのまま行く気……?
少しは私のために話題変えてやろうとか思わないわけ?」
「す、すまん御坂」
「その顔は忘れてたわね……? てめぇで言い出したことだろおぉがコノヤロォォーー!!」
「うわあああ待て待て御坂! ビリビリストップ!」
「お姉さま。どうしました? と、御坂は怒髪天を突く風情のお姉さまに問いかけます」
美琴の動きがピタッと止まり、瞳が上条を見た。
それの意味するところを察して、上条は冷や汗を流しつつ口を開く。
「あー……御坂妹、その……君のおねーさまが話があるそーですよ?」
結局気の利いたことが言えなかった。
美琴は一瞬豚を見る目になったが、御坂妹が素直に近づいてくるのを知ると、『 とっとと行け 』 と言わんばかりに上条に向かって顎をしゃくった。
上条は大人しく従う。すれ違いざま見た御坂妹の無表情には、緊張も不安もうかがえなかった。
仗助は少し離れたところからその様子を見ていて、上条が通り過ぎようとするとガシリと肩口を掴んできた。
「ありゃ何やってんだ?」
「乙女だけの秘密の内緒話でございますことよ」
「まあそうですの。って何だこれ」
笑いつつ、上条を掴んだ手は離さない。
意図を察して上条も大人しく物陰に隠れた。
「お前も好きだなー、こういうの」
「いいじゃあねーの。おめーだって興味あるんだろ?」
奇妙だ。と上条は思った。
さっき御坂に会話を盗み聞きされていた仗助が、今度は全く逆の立場のことをやろうとしている。
しかもどっちも俺と一緒に。
「しっかしアイツ(御坂妹)もタフだよなぁ~~、昨日あんなことがあったってのにケロッとしてやがる」
「ああ、お前には言ってなかったよな。あいつは……」
と、ここまで言って 『 しまった、これはホイホイ喋ってはいけねえことだった 』 と上条は口をつぐんだ。
仗助は傷を治したから入院もいらなかったんだろーと自己解釈してるみたいだが。
ん。と上条は思考に待ったをかけた。
「それよか、承太郎さんには御坂妹の傷のこと、なんて言ってごまかしたんだ?」
「フツーに、『 思ったより軽傷でしたアッハッハー 』 って言ったら」
「言ったら?」
「何か釈然としねーって顔してた」
「……やっぱなー」
上条は承太郎のことをいぶかしんでいたが、案外怪しいのはお互い様なのかもしれない。
そこで、ようやくモジモジしていた美琴が口を開いた。
「先に聞いておくわ……あんた、何番目?」
「検体番号のことをお聞きでしたら、ミサカはミサカ10032号です。とミサカは質問に答えます」
美琴はハッと目を見開いた。
「そう……どうもここで会ったのは偶然じゃあなさそうね」
「はい? とミサカは」
「あんた、昨日のことは知ってるわよね。もちろん」
遮られ、御坂妹は無表情ながらしぶしぶといった態度でうなずく。
「はい。とミサカは簡潔に答えました」
「昨日――つまり八月二十一日の午後八時半。10032回目の実験が行われるはずだった」
「はい。確かにそれはミサカが参加するはずだった実験です。とミサカは」
「でも、されなかった。あんたが勇気を出したから……行動で示したか言動で示したかはどっちでもいいわ」
ぱちり、と御坂妹はまばたきをした。
「私はそれを責めようってんじゃあない。むしろ誇っていいと思ってるわ。
だけど……いや、だからこそ聞かせてほしいの。今まで10031回も上に従ってたアンタらが、どうして今回になって」
「何か」
御坂妹は思わず、といったふうに美琴の言葉を遮った。
「……重大な齟齬がありますね。とミサカは推測します」
「計画の中止を望んだのは、学園都市第一位、つまり 『 一方通行<アクセラレータ> 』 の方ですよ。とミサカは事実を伝えます」
御坂美琴は真顔になった。
驚愕のあまり、表情が抜け落ちてしまったのだ。
「…………え?」
「ですから……」
「ま、待って。わかってるから」
美琴は額に手を添えると、必死に今の言葉を反駁しているようだった。
「おい当麻ァ、ありゃ一体なんのこと言ってんだ?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ仗助。後で話す……」
上条も美琴ほどではないが混乱していた。
今まで一万人以上の御坂妹を殺してきた第一位が、今になって、やめた? どうして?
「大丈夫ですか、とミサカはお姉さまの精神状態を案じます」
「わ、私……」
「…………私、よく、わかんなくなってきちゃった」
瞬間、ピーン! と操り人形のように御坂妹の背筋が伸びた。
「ミ……サ……」
上条と仗助、美琴の注意が一気に彼女に集まった。
御坂妹はもう一度びくんと震え、天を仰いだ。
「ミサ、ミサカ、は―――。 み、サ―――……カ、ミサ。カはミサ、カはミサ!
カはミサカはミサカはミサカミサカミサカミサカ ミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサミサ――っ」
続く言葉はもはや意味不明だった。
言葉というより電子記号を超高速で喋ったような代物である。
意味不明の奇声を上げ続ける妹を、美琴はぽかんと見つめるだけだ。
御坂妹はひときわ大きく、がくんとのけぞると、何事もなかったかのような顔で元に戻った。奇声も止んだ。
そして、
「――上位命令文を受信。命令文を拒否。強制レベル最高位――……拒否できません」
スゥッと御坂妹が遠くを指さした。
いや、これは見たことがある。と上条は身を固くした。
これは、御坂が俺に対してビリビリしてくるときの――ッ!
上条は思わず身構えたが御坂妹の指先は上条を外れ、さらに遠くを目指しているようだった。
「攻撃目標――――空条承太郎」
御坂妹の指先から電流がほとばしり、宙を走った。
上条は思わず陰から飛び出した! 『 右手 』 を構え、電流を殺す!
硝子細工の砕け散ったような音を残し、小さな雷は消えた。
御坂妹は何の感慨も見えない顔で再び指先に電流をまとわせる。
そこでやっと美琴が我に返ったように御坂妹を羽交い絞めにした。
「なっ! 何をやってんのよォォーーッッあんたはぁぁーーッ!!!」
御坂妹はケロリとして答えた。
「すみません、お姉さま。しかしミサカは命令文に逆らえないのです。それは他のミサカも同じです。とミサカは述懐します」
「その通りです。とミサカはミサカ10032号の弁明を支持します」
真後ろから声がして、仗助はぎくりと体をこわばらせた。
美琴もハッと上条たちの方を凝視する。
「あ、あんたたちそんなとこで何やって、い、いや、それより……」
「お、おんなじ顔だ、ぜ……オメェ一体……」
後退る仗助に、新たに現れた御坂妹は、
「妹です。とミサカ13577号は回答しました」
「そしてここにいるのはそのミサカと、このミサカだけです。とミサカ10032号は情報を追加します」
「 『 ここに 』 いるのは……?」
上条のセリフに、二人の御坂妹は静かに海岸を指さした。
そこに見えた光景に上条は絶句し、
「おいおいおいおい……世の中には自分と似た人間が三人はいるっていうけどよぉ~~こりゃあ明らかに定員オーバーだぜー……」
仗助は口数が多くなる。
まさにぞろり、という表現が適当のように見えた。
東から西から、四方八方至る所から灰色のプリーツスカートに半袖のブラウスにサマーセーターという
軍用ゴーグル以外は何の変哲もない女子中学生が出てくる出てくる――……悪夢のような光景があった。
彼女らの目指すのは――。
「まずいっ!」
「承太郎さん!」
美琴が叫び、仗助が走る。
上条も後を追おうと踏み出しかけた、その時、
「空条承太郎ぉぉーーーーッッ!!!」
幼い子供特有の、甲高い声が海辺に響き渡った。
砂浜を囲むようにして立つ堤防の上、そこに影が一つ!
妹達より一段高いところに立っているその人物は!
「ちっ! 小さい御坂!?」
「グレート……! もうカンペキ何が何だかわかりゃあしねーぜ」
小さな御坂はそのあどけない顔に似合わぬ、鬼気迫る顔つきで承太郎を睨みつけた。
承太郎は漸く立ち上がる。コートの砂を払って、まっすぐに少女を見据える。
それに少々怯んだようだったが、恐怖を押し殺すように少女は叫んだ。
「ミサカはミサカは……ッ! あなたを殺しに来たッ!」
言葉とともに、無数の妹達が承太郎に指先を向ける。
「じょ、承太郎さんッ!」
「止まってください。とミサカ13577号は警告します」
両手を広げて阻む13577号に、仗助は危険な目つきで詰め寄った。
「どけコラ……どかねえと何すっかわかんねぇぞ俺はァーッ!」
「あなたたちは人質なのです。とミサカ10032号は辛抱強く言い聞かせます」
そのセリフに仗助は10032号を振り返った。
彼女は美琴に羽交い絞めにされながらも、攻撃態勢を緩めていない。
「……んだとォ?」
「空条承太郎!」
少女の声がまたも響いた。
「そこの三人はこのプランを安心して行うための 『 駒 』 ! ってミサカはミサカは指さしてみたり!
あなたが大人しく殺されれば三人に手出しはしない! でももし抵抗したら10032号と13577号は全力で放電する! ってミサカはミサカはその三人にも聞こえるように大声で警告してみる!」
上条は、自分が膝まで海に浸かっていることに気づいてぞっとした。
「お、おい御坂! あの子は一体なんなんだ!?」
「し、知らないわよ……」
それは嘘ではなく、美琴の顔には今まで以上の動揺が広がっていた。
力が緩んでしまったのだろう。続く言葉を待たず10032号は美琴の拘束を振りほどき、彼女を上条の方へ突き飛ばした。
つんのめった彼女を、上条は慌てて支える。
上条はたまらず叫んだ。
「おい! 御坂妹!」
「それはどちらの……」
「どっちでもいい! いや! 特にお前だ(言うのは気が進まねーが)10032号!
事情は分からねえけど、こんなことして何になるってんだ!
海にまでついてきたのも、最初からこれが狙いだったのかよ!? なんだったんだよ、さっきまでの時間は!」
「それは違います。とミサカ10032号は反論します」
ぴしゃりと言い切られ、上条は言葉に詰まった。
その後ろから13577号が言う。
「先ほども言いましたが、上位命令文は拒否できないのです。とミサカ13577号は10032号の言葉を補足しました」
「な、なんだって?」
「上位命令文……? まさか……」
呑み込めない上条に対し、美琴はその一単語ですべてを悟ったようである。
「よくはわからねーが、あのチビッこいのの命令には逆らえねーってことか?」
仗助の言葉に、二人の妹は頷く。
「そもそもミサカはなぜこのような命令が出されたのかも把握できていません。とミサカ10032号は釈然としない思いを打ち明けます」
「ミサカたちだけではなく、すべてのミサカもそうに違いありません。とミサカ13577号は再び補足します。上位個体は昨日から記憶をネットワークに流していませんから」
「どうでもいいことかもしれませんが、お姉さまたちは既に二人のミサカに前後をとられています。とミサカ10032号はお姉さまたちに注意を促します」
はっと三人は周囲を見渡した。
「つまり挟み撃ちの形になります。とミサカ13577号は要約します」
三人は自然と一つ所に集まり、背中合わせになっていた。
三者三様の渋い顔つきで身構える。
「闘争心がムンムン湧いているところ失礼しますが、動けば戦闘不能になるまで攻撃をしなければなりません。とミサカ10032号はおそらく最後になるだろう警告をします」
「悪ぃが警告好きは一人で十分だぜ」
上条が言えば、仗助も不機嫌そうに 『 ケェーッ 』 と悪態をついた。
「俺も 『 人質 』 なんて胸糞悪ィーもんはふた月前に卒業したんでよぉー!」
妹二人は不可解そうに小首をかしげた。
美琴はすうっと息を吐いた。
目の前の妹――10032号を見つめてはっきりと言う。
「あんたたちに人殺しなんかさせない」
鏡写しのようにそっくりな妹達が、これまた同じように目を見開いた。
美琴は13577号の方を振り返る。そして再び10032号を見据えた。
「こんなこと言えた義理じゃあないかもしれない……それでも、私はあんたたちの姉だもの」
「……」
「……」
妹達は何か考え込むように視線を下げた。
静寂を破ったのは10032号だった。
「それでも……お姉さまがあそこに行こうとするなら、ミサカたちは止めねばなりません。とミサカ10032号はあくまで命令に従うことを宣言します」
「……っ」
「ところでこれは科学のお勉強なのですが。海水は電気を思いっきり流しますので、水面から3mほど深くに潜れば難は逃れられるかもしれませんね。
とミサカ10032号はしれっと事実を言います」
すると13577号は一度まばたきをして、
「潜らなくても、ミサカたちから20mほど離れれば感電は回避できるかもしれません。とミサカ13577号もしらっと事実を言います」
「あんたたち……」
「そして空条承太郎が抵抗しない限り、お姉さまたちを感電死させる必要はありません。とミサカ10032号は締めくくります」
美琴の表情に光がさした。
妹達もどこか明るい無表情で戦闘態勢に入る。
そして全員が戦いのモードに入る直前、
「おい、当麻」
仗助が上条の足を小突いた。
何だと言う代わりに視線をやれば、ちょいちょいと海面を指さされる。
それだけで上条は理解した。仗助は理解されたことを理解した。
三人が大きく踏み出す。
上条は前方! 13577号へ!
美琴と仗助は後方! 10032号へ!
二人の妹は素早くゴーグルを装着し、身構えた。
「――もし抵抗したら10032号と13577号は全力で放電する! ってミサカはミサカはその三人にも聞こえるように大声で警告してみる!」
途端、承太郎の瞳が揺れたことに、少女は大いに満足した。
喉がかれんばかりに叫んだかいがあったというものだ。
承太郎はこつんと帽子の鍔をはじいた。
「……どこかで会ったな」
「ミサカはあなたの事なんか知らない、ってミサカはミサカはそっけなく返してみたり」
「そうか。だったらますますテメーに殺されるワケが見当たらねぇ」
「あなたにはなくてもミサカにはある。そしてあなたはそれを知らなくてもいい。
ってミサカはミサカは努めて冷静に――――動くな空条承太郎ぉぉぉぉおッ!! ってミサカはミサカは警告してみるゥッ!」
みじろぎした途端に少女は叫んだ。
過剰を通り越して臆病とさえいえる。だが臆病さは慎重さの裏返しだ。
少女は確実にッ、何らの抵抗も許さず彼を殺す必要があった。
「そこから1ミリでも動いたらミサカたちはあなたを攻撃する! それだけじゃなくてあの三人も殺すッ! 『 一歩 』 につき、仲間一人殺すッ!
あなたがこれから動いていいのは感電して電極つけたカエルみたいにひくひくって動くその断末魔のときだけなんだからねってミサカはミサカは! これでもかってくらいクギを刺してみたり!」
承太郎は帽子の陰から少女を見た。
わずかに苦々しい顔になり、ため息をつく。
「やれやれ――。俺がケンカの時にまず確認するのは……その相手が闘う 『 覚悟 』 を決めてきてるかってことだ。
昔それで嫌なことがあった」
ピク、と少女の左まぶたが痙攣した。
遠回しに自分に 『 覚悟 』 がないように言われたのもだが、何より自分が仕掛けたこの戦いを 『 ケンカ 』 と称されたのが頭にきた。
承太郎は構わず続ける。
「 『 罰ゲーム 』 だ」
「……?」
「 『 罰ゲーム 』 で俺にケンカを売ってきた奴がいた。何も知らねぇ俺はそいつのことをボコボコにした。
あとは、俺ともども笑い話のネタさ。もちろん、そいつらは後できっちりシメてやったがな」
「……何を言ってるの、ってミサカはミサカは」
「だからだ」
承太郎は鍔を押し上げて、高いところに仁王立つ少女を見上げた。
「テメーにこの 『 罰ゲーム 』 をさせてるヤツを、叩きのめしてやってもいいんだぜ……」
少女は目を見開いた。
小刻みに体を震わせ、水面でエサを求める鯉のようにパクパクと口を開閉する。
「うっ……うっ……!」
『 妹達 』 にも明らかに動揺が走った。
13577号が言った通り、『 妹達 』 の中には誰も少女の真意を知る者はいなかったのである。
少女は苦悶に満ちた表情で承太郎を睨んだ。
承太郎は静かにその視線を受けた。
美琴はざぶざぶ走りながら叫んだ。
「ちょっと何でアンタが一緒に来るのよ!」
「うるせー! こっちにも事情ってモンがあんだよ!」
「足手まといにはなるんじゃないわよ!」
誰が一緒だろうと、御坂美琴のやり方は決まっていた。
肉弾戦。
膝下が水の中というこの状況、自分の 『 能力 』 では一歩間違えば共倒れになりかねない。
だから滅多なことがない限り 『 能力 』 は封印するッ!
これは相手も守るだろう最低ライン――。そのはずだ!
しかし、美琴の読みはあっさりと破られた。
10032号は「にたいいち……」と呟くや、電撃を練り始めたのだ。
(なんですって!? まさか、相打ちを選んだっていうの!? こんなにあっさりと!?)
その読みも違った!
10032号は指先を、仗助のすぐそばの岩に向けた!
雷が岩を砕き、はじけた残骸が二人を襲う!
「くぅっ!?」
「チッ!」
仗助はとっさに残骸を背中で受けた。図ってか図らずか、美琴をかばうような格好になる。
美琴は体勢を崩しながらも10032号に向かって足を動かした。
脳裏を 『 やられた! 』 の4文字が駆けめぐる。
普段の彼女ならこのような可能性も当然、頭に入れていただろう。
だがこの状況! 『 水 』! 『 電気 』!
そして耳にタコができるほど聞かされた 『 感電 』 というワードが彼女の頭脳をマヌケにしていた! 御坂美琴はそう感じた!
忸怩たる気持ちを見透かしたかのように10032号が言う。
「ミサカは10031回もの戦闘記録を共有してきました。とミサカは告げます」
「……っ!」
「お姉さまにも負ける気はしません、マジで。とミサカはジャパニーズ方式 『 くたばりやがれ 』 を使います」
瞬間、美琴の思考は 『 悔しい 』 の一言に埋め尽くされた。
見当違いの方向へミスリードされたのが、その思考をあっさり読まれたのが純粋に悔しい。
それらがなんだか生あったかい感情に包まれて、なんとも言えぬ気持ちを生み出す。
気づけば叫んでいた。
「……こんの、妹のくせにぃぃぃーー!!」
「おっと。とミサカはお姉さまの華麗な蹴りを回避します」
よけられると同時に拳を打ち込まれ、美琴はとっさに手の平で受けた。
叫んだおかげか、頭に昇った熱があっという間にひいていく。
10032号が10031回分の記憶を共有していることは事実だろう。
銃器や戦闘の訓練もあらかた受けているはずだ。
ならばここで自分が上回ると確実ッ! に言えるのは応用力!(他が劣ってるわけってわけじゃあないのよ)
実践で得た力で、生きた経験でこの妹に勝つ!
美琴は拳を受けた手をそのまま滑らせ、10032号の手首を掴んだ。
振り払われる前に、顔面に強烈な蹴りを食らわせる!
10032号はかろうじて腕でガードした。
「やっぱりね……ガードしたらそっちに集中がいっちゃうから……他の箇所は力が抜けてるじゃないのよぉー!」
まだつかんでいるこの手首! こちらの間合いに引っ張り込むのはたやすい!
意図を知ったのか、10032号は慌てて踏ん張る。だがもう遅い。
よろめき、一歩前に踏み出してしまった10032号の首に膝を引っかける。そしてそのまま10032号の肩に飛び乗った!
倒れまいと反射的に踏ん張る10032号。
その力を利用して肩車される子供の位置に来た美琴は、膝を閉じて10032号の首を締め上げる!
「ぐっ……!」
10032号の体が大きくぶれた。
いや、ぶれたのではない!
大きく体を振りかぶって、手近な岩に美琴を叩きつけようとしているのだ!
「――ッそんなもんが効くかぁぁぁ!!」
眼前に迫った岩にレベル5の雷が落ちる。
粉々に砕ける岩、そして衝撃で10032号の体は逆側に倒れる。
海面に水柱が上がった。
そして一秒と経たず、二つの影が立ち上がる。
「なかなか……やるじゃない」
「……はぁ、はぁ、とミサ、カ、は息を、切らせて……」
「悪ィが姉妹喧嘩は後だ」
途端、美琴は宙に浮いた。
○ ○ ○
上条は案の定、背後で言い争う声を聞いて苦笑した。
「ちっ、お前かよ。お姉さま出せよお姉さま。とミサカ13577号は落胆を隠さず吐き捨てます」
「お前らなんで俺に微妙に辛辣なんだよ!」
答えず、13577号は足を振り上げた。
お手本のようなきれいな回し蹴りである。
それを急停止してよけた上条に、今度は拳が襲い掛かる。しかも正確にみぞおちに。
だが上条は冷静だった。
13577号の手首をはたき、軌道がずれるや横っ飛びに避ける。ついでにその華奢な体を突き飛ばす。
13577号はよろめいたが、また一気に間合いを詰めると再び回し蹴りを入れる。
上条は、今度はかがんだ。
そして、誓っていうが、この時の上条には何らの下心もなかった。
「うわわっうわああああーー!!」
パンツがモロ見えである。
思わず両手両足を水中に突っ込んだまま、ざぶざぶと後退ってしまう。
「何をしていやがるのですか、とミサカ13577号はあなたの奇行に首をかしげます」
「いやいやだって! 嫌だもうこの子たち!」
刹那、爆音が響いた。
10032号が岩に雷を落としたのである。
ハッと両者の意識が一瞬そちらに向く。
先に戻ってきたのは13577号の方だった。いまだ爆心地に気をとられている上条に向かって走り出す!
思い切りよく握りしめ、放った拳はすい、とかわされた。
馬鹿な。戸惑った一瞬のすきをついて 『 右手 』 で手首を掴まれる。
しまった! と13577号は悟った。
気をとられていたのは演技! 彼は最初っからこちらに注意を向けていたのだ!
「……気配だけでかわすとは、ケンカ慣れしていますね。とミサカ13577号は分析します」
上条はなぜか、余裕の笑みを浮かべた。13577号の眉がピクリと動く。
「悪いな。万が一ってこともあるからビリビリは封印だ」
「そうですか。とミサカは簡潔に返事をします」
13577号は上条の頭を掴んだ。
「うわちょ」
そして顔面に膝を入れた。
鼻がゴギッと異音を立てた。
「うげええええっ!」
「ティッシュをお貸ししましょうか。とミサカ13577号はひょうひょうと問いかけます」
「……う……いや……必要ねえよ」
「はい? とミサカは……」
その時、さきほど以上の爆音が海面を揺らした。
上条は、今度は動じずに告げる。
「いらねえんだ…………もうお前と戦う意味はなくなったからな」
そう言って上条は左手を水から引き上げた。
その手に掴まれていたものは、承太郎の投げた二枚貝の片割れ!
仗助に当たった反動でここまで来ていた!
「俺は最初っからこいつを探してたんだ」
「意味が分かりません、とミサカいちまん」
「仗助!」
上条は友人に向けて貝殻を投げた。
しっかりとキャッチされるのを見届けて、息をつく。
「二枚貝っていうのはもともと片割れがあるよな……あれはもともと海岸にあったものだ……片割れはどこにあるんだ?」
仗助は受け取った貝殻を、『 スタンド 』 の手で握りつぶした。
同時に 『 スタンド 』 の足で海底を蹴り、一気に美琴へ肉薄する。
「悪ィが、姉妹喧嘩は後だ」
『 なおす 』 力に引っ張られ、仗助と美琴が宙に浮く。
そして一直線に海岸へと飛んで行った!
上条も通り過ぎざま二人の体につかまる。と、仗助が悲鳴じみた声を上げた。
「おいおいマジかよ! 定員オーバーなんじゃあねーのぉ~~?
ああ、でも大丈夫だぜ~よくはわからねーが……なんとなくそんな気がする! 確信がある!」
仗助の言った通り、三人はスピードを落とすことなく、ぐんぐん砂浜に近づいていく。
『 妹達 』 による攻撃はまだらしい。
上位個体の少女はなぜか苦しそうな表情で承太郎を睨みつけていた。
海岸まであと10メートル……5メートル……
「よし! いける! 間に合うぜッ!」
と上条が言った途端、三人は海にドボンした。
海岸まで2メートル地点の浅瀬であった。
うつぶせに落ちた三人は、二枚貝の片割れと片割れが感動の再会をするのを見た。ふたつはぴったりとくっついた。
「な、なんで……海岸にあった貝なのに……」
貝殻は波によって海岸に運ばれる。
運ばれた後も潮の満ち引きによって位置は日々変わるものなのだ。
だからこういう可能性もないわけではない。
「不幸だ……」
「こ、このド間抜け男……!」
「承太郎さんッッ!!」
仗助がガバリッと起き上った途端、
「うっうっ動くなと言っただろうが空条承太郎ーー!! ミサカはミサカは約束は守るんだからァァーーッッ!!」
追い詰められた者特有の、ひび割れた声がこだました。
同時に海岸の至る所でバヂバヂッと閃光が爆ぜる。
三人は顔色を変えて起き上がった。だがまだ遠い。2メートルの距離が遠すぎる。間に合わない。
承太郎はそれでも泰然と立ったまま、目だけで妹達を見渡した。
そして、ただ一言、
「 『 星の白金<スタープラチナ> 』 」
一瞬だ。
上条と仗助がその姿をとらえられたのは一瞬でしかなかった。
それは戦士のようでもあったし、RPGの拳闘士のようでもあった。
『 オラァ!! 』
それが気合と共に地面を殴ると、すさまじい勢いで砂が舞い上がった。
「きゃー! とミサカ19090号はかわいらしく悲鳴を上げます!」
「うわーとミサカ10039号は」
「目が、目がーとミサカいちまん」
「ミサカは」
「ミサカいちまんはちじゅう」
「ミサカいちまん」
「ミサ」
「ミサカは」
渾然一体となった妹達の声が砂のカーテンの向こうで響き渡る。
上位個体の少女は焦った。
何をやったのかは分からないが、視界を奪われてしまった。
どの妹達も同じ砂嵐に巻き込まれている。
誰がどこにいるのかもわからない。
――だが、空条承太郎は必ず自分に接近してくる!
それだけは少女は確信をもって言えた。
ならばノコノコと近づいてきたその瞬間、ショック死するほどの電撃を浴びせてやればいい。
大丈夫、自分だってレベル3の 『 能力者 』 に当たる存在なのだ。
落ち着け、落ち着け、ミサカはミサカはまだやれる。
少女は周囲に全神経を集中させた。
どんな音も、気配も見逃すまいと目をかっぴろげて、体中をがちがちに緊張させて 『 その時 』 に備える。
相手が使ってくるあらゆる手段を考慮し、短い時間の中、万全の態勢を必死に整える。
そして、とうとう 『 その時 』 は来た。
少女は体内に溜めていた電流を一気に解放した。
いや、しようとした。
それよりも何よりも早く、少女の足場が音を立てて崩れた。
え、と思った瞬間胸ぐらを掴まれ持ち上げられる。
そして空条承太郎のものに間違いない、大きな手が迫ってきた。
「ひっ」
悲鳴を上げた途端、パシンとはじけるような音がして、額に堪えようもない痛みが走る。
「あ、うっ」
デコピン。
目を白黒させているうちに砂の煙幕は晴れていた。
空条承太郎はやはり、自分の胸ぐらを掴んで堤防の上に立っていた。すぐ隣の壁は崩れていた。
一体、今自分は何をされた?
この男は一体何をしてここまで近づいてこれた……?
そこで少女は悟る。
何の小細工も使っていない。
ただ、恐ろしく速くて強かった。それだけだ。
承太郎は帽子に積もった砂をはたいてから、少女に向き直った。
「テメーを殴らねえのは……テメーに 『 殺意 』 はあっても 『 敵意 』 はなかったからだ。
言いな。テメーが 『 殺意 』 を持たざるを得なくなった原因を」
「うっ……」
今自分を乱暴につかんでいるこの手が、たとえようもなく大きく温かいのに気付いた時、少女の涙腺はブチ壊れた。
「ふぅぅぇぇぇえええ~~~っっ……って、ミサ、ミサカはぁ、ミサカぁぁああ~~……!!」
承太郎はうっとうしそうに目を眇めると、少女を砂浜に下ろした。
それでも泣きじゃくる少女に、承太郎は目をそらす。
「じょ…………承太郎さんッッッッカッケェェェーーーッッ!!! グレートォォオーー!!!」
そんなよく知ってる声が背後から聞こえた時、承太郎はとうとう、本日何度目かもわからぬセリフを口にした。
「……やれやれ」
「ふ、うぅ、うぐっ……お、お願い……」
少女はつっかえつっかえ訴える。
「おねがい……あの人を……助けてあげて……」
――とある場所。
「やはり駄目だ。…………ダメだね。ダメだったよ。子供になんか任せたんじゃあ」
「任せたのはオマエだろォがよォ」
「ちょっとしたジョークのつもりだったんだ。でもあれほどのことができるなら取っておいても……ああダメだな。
うちにはあのゲス野郎がいたんだった」
「子供いじめンのが大好きなンだっけェ?」
「そう、僕はあの男は生理的に…………おしゃべりは終わりだ。どうやら気づかれたらしい」
「おィおィ、本気かよ。何百メートル離れてると思ってンだ」
「腕がなるだろ?」
「クククッ、違ェねェ」
×ぐれーとな遭遇
○グレートな遭遇
でもこのままでもいいような気がしてきた
今日はここまでです
何(が起こっているの)か(展開がサッパリ)わからんが(何かを)くらえッ!
ディオは何か>>3でちょっぴり匂わせてるけど
カーズDIO吉良吉影とのあれこれはどうなってんのかな?少しづつ明かされていくのか
ディオは何か>>3でちょっぴり匂わせてるけど
カーズDIO吉良吉影とのあれこれはどうなってんのかな?少しづつ明かされていくのか
乙!!
ついにスタープラチナ出てきたか
出会いから原作とは違ってるのね
クレイジーダイヤモンドは幼いころから使えてたけど
どう違ってくるのか楽しみ
早くオラオラ見たいです
ついにスタープラチナ出てきたか
出会いから原作とは違ってるのね
クレイジーダイヤモンドは幼いころから使えてたけど
どう違ってくるのか楽しみ
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