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    元スレ上条「その幻想を!」 仗助「ブチ壊し抜ける!」

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    651 :

    グレート

    652 :











      第十九話「打ち止め<ラストオーダー>は殺人鬼が好き①」









    653 = 1 :



    『 一方通行<アクセラレータ> 』 にとって万事は下らなかった。

    ――違った、万人は下らなかった。(缶コーヒーは好きだ)

    何を期待してやがるのかこびへつらってくる馬鹿どもも、意地と勇気をはき違え向かってくるアホ共も、
    研究対象として興味津々な目を向けてくるクソッタレ共も、何を勘違いしたか吐き気がしそうなくらい優しく接してくる――馬鹿どもも。



    「あ、やべェ、一周しちまったわ」



    一方通行は一人呟く。
    つまり、彼の世界には馬鹿かアホかクソッタレしかいなかった。


    「で。そのクソッタレが持ってきたクソッタレな実験に命まで差し出すオマエはァー……便器に吐き出されたタンカスみてェなもンか。うン? 
    それともパイプに詰まったゲロ以下か? 答えろよォ、俺暇してンだわ、おォ~~い」


    ならクソッタレどもが持ってきたクソッタレな実験を、淡々とこなしている自分は何だ。
    決まっている。
    一方通行は少女の頭にゴリゴリと銃口を押し付けた。
    体半分を真っ赤に染めた少女はうめきを出すばかりで、ちっとも質問には答えない。
    少女の瞳が、前髪越しにチラリと見えた。自分を見つめている。

    ――いやァ……俺じゃあねェなァ……。

    一方通行の構えた銃口を見つめているのだ。



    「怖ェなら怖ェって言ってみろよォ、タンカス」



    丸い小さな闇を見据える少女の目は、一方通行のセリフとは裏腹に何も映していない。
    この状況に来て、恐怖の色さえない。
    引き金に指をかけてみる。どうだ? やはり何の色も見えない。
    一方通行は思う。
    『 やっぱり駄目だ。ああ大丈夫だ。これは平気だ 』。
    破裂音と共に少女の眉間がはじけた。

    654 = 1 :



    ――10030。うン、これで10030回目だ。

    根気よく指折り数えて、一方通行は頷いた。
    外はいつの間にか日が沈み始めていた。
    明日も明後日もこうしていつの間にか一日が終わってしまうに違いない。
    ブラブラ帰路を歩いているとコンビニが見えた。
    自動ドアをくぐり、迷わずコーヒーのコーナーに向かう。
    本能に任せたら尋常じゃない量になってしまった。

    ――まァいいか。

    コンビニを出て、帰ったら……帰ったらなにをしようか。
    別に何をするってわけでもないが、そんなことを考えながら歩いていた。



    「ねえねえ、ってミサカはミサカは勇気を振り絞ってあなたに声をかけてみたり」



    …………俺ェ?
    じゃあねェよな。と一方通行は結論付けた。
    声のベクトルが自分に向いていたような気がしたが、気のせいというやつだろう。


    「あっちょっと待って! ってミサカはミサカはスタスタ先を行っちゃうあなたを小走りで追いかけてみる~~!」


    うン、気のせいだ。
    俺スタスタ歩いてねェもン。
    一方通行は足を速めながらそう考える。
    幼い声はその後も誰かに向かって呼びかける。しかしまったく止まってもらえないらしい。
    誰だか知らないが薄情なやつもいたものである。
    そして商店の立ち並ぶ道に差し掛かった時、それは起きた。
    突如、一方通行の前に怪人チビ毛布が飛び出してきたのである。
    いや別に「やあやあわれこそは怪人チビ毛布」と名乗ったわけではない。一方通行が瞬間的につけたあだ名である。


    「いやぁ~~、なんとゆーか、ここまで完全無反応だとむしろスガスガしいとゆーか、
    でも悪意を持って無視しているにしては歩くペースも普通っぽいし、これはもしかして究極の天然さんなのかな~~
    ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」

    「……」


    馬鹿か、アホか、クソッタレか。
    アホ寄りの馬鹿……というところだろうか。と一方通行は断じた。
    視線をやらないようにして迂回する。
    すると子犬のようにまとわりついてきた。


    「さっきからミサカはミサカは自己の存在を激しくアピールしてるのに、存在全否定?」

    「……あァ?」

    655 = 1 :



    そこで一方通行は気が付いた。
    似ている。
    さっき頭がパーンとはじけた女と、口調が。
    さっきの奴より背は低いし幼いが、フードで隠しきれていない口元と顎の輪郭は見覚えがあった。


    「……おィ」

    「おぉぉ~~! ようやくミサカの存在が認められたよわーい、ってミサカはミサカは自画自賛してみた、り」


    一方通行は無言で、喜ぶ少女のボロキレのようなフードをむしり取った。
    そうしたらフードだけでなく少女の服全部をむしり取ってしまった。


    「……あァ?」


    そこで一方通行は気が付いた。
    少女の纏っていたのはどうやら、ただの毛布だったらしい。
    よく見てないから気づかなかった。


    「あ……! あ……! うわぁぁぁっ……ぁあぁ……っ……ぁっ……!」


    あうあうと顔を真っ赤にして、全裸の少女はうずくまる。
    これは、あれだ。
    俺がペドフィリアとして 『 警備員<アンチスキル> 』 に御厄介になる展開だな。


    「チッ……くっだらねェ……」


    一方通行はおもむろに少女に足を振り上げた。


    「え? ふぐぅっ」


    少女はなすすべもなく直撃を食らい、ビルの間の暗闇に消えた。
    一方通行は毛布を拾いながらあたりを見回す。
    どうやら幼女のすっぽんぽんを見たのは自分だけらしい、と結論付けると、そのまま少女の消えた闇の中へ、するりと姿を消した。

    656 = 1 :



    暗闇の中でうずくまる少女は、やはり先ほどの女と瓜二つだった。


    「おィ、オマエ」

    「うっ……げほっげほっ、な、なにかな、ってミサカはミサカは……あ、毛布取ってきてくれたんだ、ありがとうってミサカは、きゃ!」


    一方通行はへらりと笑った少女の顔面に、毛布を叩きつけた。


    「ミサカだと……? オマエなにもンだ」

    「それって 『 妹達 』 においてのミサカの位置づけを聞いてるの? ってミサカはミサカは一応確認をとってみたり」

    「はっ、やっぱりクローンの一つか」

    「おぉ~~! もうそこまで推理できてるんだ、ってミサカはミサカは」

    「 『 おべっか 』 使ってンじゃねェぞ。オマエ、何の目的で俺に近づいた?」

    「媚びたつもりはないのに、ってミサカはミサカは素直に褒め言葉を受け取れないあなたの天邪鬼さにくちびるをとがらせてみ、」


    ガァン、とけたたましい音がして、少女の顔の横の壁がはぜた。
    缶コーヒーがコロコロと転がる。


    「おィ、知ってるかオマエ…… 『 実験 』 の後の俺ってよォ……愉快に素敵に最ッ高にハイになってンだよォ……! 
    わかるかァァァ? 
    それ以上その便器に向けたケツの穴みてェな口から余計な言葉が出たら、オマエの 『 順番 』 飛ばして、ぶちまけちまうかもしれねェェェェなァァァァ~~……?」


    少女は一方通行の望む反応をしなかった。
    ただパチクリと目を瞬かせ、


    「それは嘘。ってミサカはミサカは断じてみる」

    「あァ!?」

    「ミサカは今まで行われた10030回の記録をしっかり共有している。でもどの記録でもあなたは……」

    「いィからとっとと質問に答えやがれッ!」


    少女はむっとした顔で口をつぐむ。


    「わかった。ってミサカはミサカは内心の不満を押し殺して返事をしてみたり」


    押し殺せていない。とは突っ込まない一方通行だった。

    657 = 1 :



    「まずミサカが何者かっていう質問からだね、ってミサカはミサカは指を一本たててみる。
    ミサカはシリアルナンバー20001号、『 妹達 』 の最終ロットだよ。名前もそのまんま 『 打ち止め<ラストオーダー> 』 で……」


    続く言葉はまたも缶コーヒーによってさえぎられた。


    「ンなこたァ便所のネズミのクソカス以上にどォでもいい」

    「むぅ……じゃあ二つ目。なぜあなたに接近したか。ってミサカはミサカは指を二本たててみる。
    それは今日起きた事件に関係するの、ってミサカはミサカはさらりと極秘情報を口にしてみたり」


    一方通行は眉をひそめた。


    「 『 事件 』、だァ?」

    「今日の午前5時ジャスト、ミサカのいる研究所が襲撃に遭った、ってミサカはミサカは語り始めてみる」

    「はっ、何かと思えば……」


    『 絶対能力進化 』 を受け持つ研究所が相次いで襲撃される事件。それは一方通行もよく知っていた。
    機材が電気的な通信手段によって軒並みハッキングされ、ぶっ壊されてしまうらしい。
    犯人は不明となっているが、そんなことをする動機と 『 能力 』 を持っているのは、間違いなく――。


    「……くっだらねェ」

    「あなたの思ってる事件とは違うよ。犯人はもう捕まってるもの、ってミサカはミサカはびしって訂正してみたり」

    「……あンだと?」

    「天井亜雄。あなたも知ってるはず、ってミサカはミサカは犯人の名前を言ってみる」


    一方通行の表情が変わった。
    確かに知っている。天井亜雄。
    スキルだけを見れば一流の科学者だが、強い者には弱く、弱い者には強い、絵に描いたようなゲス野郎。
    だが、ゲス野郎でも実験の関係者だ。関係者が研究をオシャカにしたとなっちゃあ大問題だ。
    なるほど緘口令が敷かれるわけである。


    「彼はその日、いつもより早く研究室を訪れ、持っていた刃物で研究員を10数人殺傷した。
    そして 『 とあるデータ 』 を外部の者と思しき人物に渡した後、自殺を図ってる。ってミサカはミサカは事のあらましを簡単に説明してみたり」

    「自殺だァ? あの野郎がか?」


    にわかには信じられなかった。
    ゲス野郎というのは生き汚ないと相場が決まっている。
    打ち止めの口ぶりからして結局未遂に終わったようだが……。狂言自殺か? と考えて、やはり一方通行はその考えを打ち消した。
    あの男に、自分を傷つける度胸があるとは思えない。

    658 = 1 :



    「更に不可解な点がある、ってミサカはミサカはずずいと前に進み出てみたり」


    言った通りに行動して、打ち止めは言った。


    「彼の持ち出した 『 データ 』 というのは、この学園都市の 『 能力者名簿 』 だったの、ってミサカはミサカは謎を一つ追加してみる」

    「……はァ~~? 何だァそりゃあ?」


    確かに不可解だ。
    能力者の名簿など、『 風紀委員 <ジャッジメント> 』 でも 『 警備員 <アンチスキル> 』 でも所持している。
    大して重要機密でもないのだ。10人以上を傷つけて持ち出す意味などない。
    いや、それ以前に 『 絶対能力進化 』 の研究所にわざわざ的を絞る意味が分からない。
    持ち出すデータを間違えた、なんてド間抜けな落ちではないだろう。
    一方通行の知る限り、天井という男は悪事においては人一倍の粘りと実力を発揮するのだ。


    「とにかくその襲撃のどさくさに紛れてミサカは培養液から放り出されちゃったの、ってミサカはミサカはようやく話を着地させてみたり」


    ちんまいのはそのせいか。
    一方通行はとりあえず疑問は横において、目の前の少女にだけ集中することにした。


    「つまりなンだ? オマエを保護しろってか? それとも適当な研究員に紹介しろってェ?」

    「ううん、ってミサカはミサカは首を左右に振ってみる」

    「……ンじゃあ、何だよ」


    打ち止めはニコリと笑って、一方通行との距離を詰めた。



    「あなたとお話がしたくって、ってミサカはミサカはかわいく笑顔を浮かべてみたり!」




    ……。




    「帰る」

    「ええっ!? なんで? どおしてぇ~~!? ってミサカはミサカはあなたの背中に縋り付いてみたり~~!」

    「 『 なンで 』 『 どォして 』 はこっちのセリフだ。
    ……オマエ、俺がオマエ達に何やってるのか知らねェわけじゃねェンだろ」

    「それって 『 絶対能力進化 』 の実験のこと? ってミサカはミサカはキョトンと首をかしげてみたり」



    なぜ今それが話題に上がるのか、本当に理解していない顔だった。
    一方通行は舌打ちしたい気持ちになった。
    上っ面はいいが、所詮こいつも今までと同じ。ただの人形だ。

    659 = 1 :



    「ミサカはすべてのミサカと脳波リンクでつながってるのでもちろん知ってる、ってミサカはミサカは言ってみる」

    「だったら何で老朽化した公衆便器みてェに大人しく俺の前に突っ立ってられる」

    「あなた便器好きだねってミサカは」

    「まぜっかえすな。答えろ」

    「何に? ってミサカはミサカはあなたの意図をくみ取れず困惑してみたり」


    予想はしていたが、やはり会話にならない。


    「俺はオマエらを一万人以上殺してンだぞ。なのになンで平然としてられる」

    「え? ミサカ単体が消滅してもミサカネットワークそのものが消滅することはありえないし、ってミサカはミサカは個体の有無にこだわるあなたに首をひねってみたり」

    「 『 誰 』 が 『 何 』 にこだわってるってェ!?」

    「ん? 聞こえなかった? ミサカの……」

    「もういい喋るな。話がかみ合わねェ」


    一方通行は今度こそ舌打ちし、投げつけた缶コーヒーを拾い集めた。
    打ち止めがそのうち一つを手に取ったので、ひったくるようにして奪い返した。
    そのまま去って行こうとも考えたが、打ち止めの言葉に足を止める。


    「あなたはそうやって、たびたび不可解な言動をするよね、ってミサカはミサカはあなたの背中に声をかけてみたり」

    「……あァ?」

    「おぉ~~! 振り向いてくれた! ってミサカはミサカは何事もやってみなきゃわかんないって言葉を実感してみたり~~!」

    「うるせェ!」

    「ひゃっ、……あなたってクールに見えてけっこうおこりんぼさん? ってミサカはミサカは推測してみた、っ」


    気が付けば、一方通行は打ち止めの肩を壁に押し付けていた。
    打ち止めは痛そうに顔をゆがめる。


    「うるせェンだよ…………おィ、『 誰 』 の 『 何 』 が不可解だってェ?」


    打ち止めは顔を上げて答えた。


    「あなたの最終目標はこの実験を完遂させ、『 レベル6 』 になること。そのためにミサカたちは殺害される。
    これはかねてからの決定事項でありお互い同意の上のことだよね、ってミサカはミサカは確認してみる」

    「……それがどォした」

    「ならあなたはできるだけ効率的に実験を行うべき。
    実験前にミサカとおしゃべりしたり、手加減をしてゆっくり殺していく行為に意味はないよ、ってミサカはミサカは共有した情報をもとにあなたに忠告してみたり」


    一方通行はカッと目をいからせた。
    肩口を押さえる手に 『 能力 』 をこめ、打ち止めの骨がきしむほどの力を 『 向ける 』。
    だが打ち止めは苦痛の表情は見せるものの、怯えたり臆したりすることはなかった。
    そんなプログラムは入ってないからだ。

    660 = 1 :



    「それに、あなたは実験前後に人と争うことを好むよね、ってミサカはミサカは不可解なことその2を言ってみる」

    「それが何だァ? ただ弱いアホ共をボコってスッキリしてるだけだろォが」

    「 『 争い 』 は 『 争い 』 を生み出す。ひとつの 『 闘い 』 に勝利することは簡単だけど、次の 『 闘い 』 のためにストレスがたまる。
    ふつう思われているより 『 争い 』 はむなしく、キリがない行為。
    あなたがそれをわかってないとは思えないし、そのストレスを楽しんでるとも思えない、ってミサカはミサカは推理してみたり」


    一方通行はわずかに目を細めた。


    「……じゃあ、何で俺がそンなことしてると思う?」

    「それがわからないから 『 不可解 』 って言ってるんだよって、ミサカはミサカはあなたが答えを教えてくれるのを期待してみたり」

    「……チッ」


    一方通行は突き飛ばすように打ち止めを解放した。
    打ち止めはおもちゃを買ってもらえなかった子供のようにむくれた。


    「むむぅぅ~~……! あなたが教えてくれないなら、ミサカたちでその答えを探るしかないよねってミサカはミサカは宣言してみる!」

    「オマエ……いつから俺の 『 不可解さ 』 に気づいてた?」

    「えっ? 結構最近かなってミサカはミサカは答えてみたり」


    一方通行はしばらく打ち止めを見つめた。
    そしてものすごく癪だと言いたげにあさってを向く。


    「俺と話したいって言ってたな……何の話をするってンだ?」

    「おぉ~~やっとそれを聞いてくれた~! ってミサカはミサカは喜びに飛び跳ねてみる~~」


    顔を輝かせて、


    「でもさっきまでの会話で大体言っちゃったんだけどねってミサカはミサカはテヘっとしてペロっとしてみたり」


    打ち止めは続ける。
    一方通行はただ聞き役に回る。

    661 = 1 :



    「さっきも言ってた、あなたの 『 不可解さ 』 の答えを知りたいのってミサカはミサカは簡潔に目的を伝えてみたり。
    ミサカたちにわからない事柄っていうのは、それだけミサカたちの可能性を広げるかもしれない事柄ってことだから、ってミサカはミサカはさらに詳しく言及してみたり。
    きっとあなたにはミサカの知りえない情報が詰まってるから、それを得て、糧にしたいってミサカはミサカは思ってる」


    打ち止めは息を継いだ。


    「だからミサカはあなたの意見を聞きたい! あなたは今まで一万ものミサカと接してきた唯一の人間だから。
    あなたがミサカたちに何を思い、何を感じてきたのか知りたい。
    それはミサカたちと共有できる感覚なのか? それも知りたい。
    あなたがさっき言ってた 『 平然と俺の前に突っ立ってるのはおかしい 』 の真意も知りたい。
    なぜならそれすべてが、ミサカたちを成長させる可能性を有しているから、ってミサカはミサカは締めくくってみたり」


    一方通行はしばらく沈黙し、頭をかいた。


    「……わからねェな……いや、まったく、全ッ然わかンねェわ……」

    「ん?」

    「オマエらはそう遠くない未来、一人残らず俺に殺されンだぞ? 『 成長 』 しようが何しようが、死ンじまうなら全部無駄じゃねェか」


    打ち止めははっきりと答えた。


    「いずれ殺される運命でも、ミサカたちはその命を有効利用したいと思ってるから。それは何か間違いなの? ってミサカはミサカは上目づかいに尋ねてみたり」


    『 命 』。
    一方通行はその単語に名状しがたい感情を覚えた。
    それを無視して踵を返す。


    「とにかく……目的は果たしたろォ。とっととどっかに保護してもらえ。俺は行く」

    662 = 1 :






    なんて前向きな奴らだ、と一方通行は忌々しく思った。
    死ぬということが約束された上での命のくせに、言うに事欠いて 『 有効利用 』 したいだと?
    『 成長 』 したいだと?
    バカバカしい。どんな情報を吸収したとしても、人形は所詮人形だ。中身のない蛋白質の塊だ。
    そう、所詮人形にすぎない、と一方通行は考える。
    リカちゃん人形の首を折ったからって逮捕されるガキがいるか? いなァァァ~~い!
    だからいくら殺したって心を痛める必要はない。これは当たり前のことなのである。



    「だから……ッ! とっとと失せねェとオマエもぶっ殺すぞッ!」

    「え~~? でも今日は泊まるところないし、お世話になりたいかも~~ってミサカはミサカは図々しくお願いしてみたり」



    どういう神経してやがる。一方通行は頭痛を感じた。
    自分は一人や二人じゃない、10030人のお前の仲間を殺したんだぞと頭をシェイクして言ってやりたかった。
    それどころか直接の暴力まで受けたというのに、この少女はどこ吹く風だ。
    やっぱり何もわかっていない。
    こんな人形、後一万体もあるかと思うとうんざりする。


    「あとあと、おなかも空いたので何か作ってくれたりするとミサカはミサカは幸せ指数が30ほどアップしてみたり~!」

    「くっついてくンじゃねェつってンだよッ糞ガキッ!」


    いい加減うっおとしい! と一方通行は地を蹴った。
    途端、すさまじい速度で一方通行は宙を走った。
    足の裏にかかる運動エネルギーの方向を進行方向だけに変換。これが彼の 『 能力 』 だ。
    十分引き離したか、というところで 『 能力 』 を解除。
    一応の確認として後ろを振り向き――、


    「……あァ?」


    一方通行は口の中で小さくつぶやいた。
    今気が付いたが、さっき通ってきた場所に男がいた。いや、男というより少年に近い年齢だろう。
    なぜか地面に片膝をつき、コンクリートを凝視している。
    派手で奇抜な改造を施した学ランに、冗談のようなリーゼント。
    その下には温度さえ感じさせない瞳がある。
    それが誰かを髣髴とさせるので、一方通行は一目でその少年が嫌いになった。
    だから彼の顔がこちらに向いた途端、刺々しい言葉を吐き出した。



    「何だ、何だよ、何ですかァ? 誰に向かってガンくれてやがンだよォ?」



    663 = 1 :



    反応はなかった。
    まばたきすらしない。
    鏡のように一方通行を映すだけの瞳に、一方通行は思わず 『 こいつ、目が見えてねェのか 』 とすら思った。
    その心配は不要だったようで、少年はおもむろに立ち上がる。
    それにも一方通行は違和感を覚えた。
    そうだ。膝をはたかないのだ。ズボンの膝についた埃をはたき落とそうとしない。
    改造を加えているくらいだ、それなりに大事な服だろうに、まるで無関心である。
    まるでお仕着せられたと言わんばかりに――。と、ここまで考えて一方通行はまたも同じ人物を連想してしまった。
    さらに機嫌が悪くなる。


    「おィオマエ」

    「――精神に原因不明の大規模な障害を確認。自己修復…………完了」

    「あ?」


    少年は変わり映えしない表情で続けた。


    「――と、この 『 自動書記<ヨハネのペン> 』 は報告します」

    「!」


    ギョッとして後退る。
    ビビったんじゃあない。決してビビったんじゃあない、不意のことだったので驚いたのだ!
    知っている、この口調。
    真似しようとしても真似できない、平坦すぎるセリフ。感情のない目。



    「おっ……」


    一方通行は、ようやく声を絞り出した。


    「オマエ…………なンだ……」



    少年は応えなかったし、一方通行もそれを期待してなかった。
    打っても響かぬこの反応。
    やはり似てる。似すぎている。

    『 何でコイツ、こんなに似てるンだ? 』

    そう考えるに至って、それまで一本道を走っていた一方通行の思考が、全く違う方向に切り替わった。

    664 = 1 :



    最強を超えた無敵――。
    自分にとってのゴールはそれだけである。
    だが、他の者にとっては?
    たとえばこの実験を嬉々として行っているクソッタレた研究者ども。
    もし、である。
    もし自分が 『 無敵<レベル6> 』 に……絶対になるが……なれたとしよう。
    その後は?
    そうだ、なんで気づかなかったのだ。

    『 研究者どもにとってレベル6の俺は成功例に過ぎない 』。

    『 成功例 』 があったら今度は 『 実用面 』 に目を向けるのではないか? 
    ――すなわち 『 量産 』ッ!
    ――軍事用兵器としてのレベル6の量産!
    その対象に組み込まれるのは、自分以外のレベル5六人に違いない。
    自分よりもっとずっと劣っているレベル5どもを 『 シフト 』 させるには、どのくらいの犠牲がいる?
    最強の第一位と、第三位の遺伝子を使っても二万人の犠牲が出る 『 シフト 』 に――自分よりもっとずっと劣っている奴らを 『 シフト 』 させるには――。
    今度はきっと、二万や三万じゃ足りない。
    そして着々と 『 無敵 』 に向かっている俺を見た研究者のどいつかが、『 樹形図の設計者 』 に演算依頼を出し、そのクソッタレた考えを、既に実行に移していたとしたら――。



    「オ、マエ……まさか、」


    やはり少年は無表情に首をかしげ、


    「――結論」

    「あ?」

    「ユーモアのある口調でも初対面の人間との精神的距離は縮みませんでした。
    あるいは、先ほどの少女をモデルにしたことが原因でしょうか。
    この記憶は 『 本体 』 と共有せず、この自動書記の中だけにしまっておきます。お付き合いいただきありがとうございました」

    「~~~!!!」

    665 = 1 :



    一方通行は真っ赤になると、むちゃくちゃに頭をかきむしった。
    ムカつく、イラつく、腹立たしい!
    目の前で電波と会話している得体の知れぬ少年が、ではない。
    一瞬でもありえないことを想像してしまった我が脳ミソがである。
    何が他の 『 無敵 』 だ!
    そもそも 『 樹形図の設計者 』 の予測演算で 『 レベル6 』 になれるのは自分一人だけだと判明したではないか!
    だから自分もこの実験に協力したんだろーが! 腐れ脳ミソが!!
    なぜこんなトンデモないことを考えた。
    動揺したからだ。違いない!
    ならなぜ動揺した。

    動揺っていうのはつまり罪悪感の裏返しだ。
    『 悪いことをしている 』 という 『 後ろめたさ 』 があるからむやみやたらに心が動く。

    つまりそれは――ありえない連想をするほど動揺したということは――罪悪感があるのか?
    悔いているというのか。一万体以上のクローンを殺したことを? 人形どもを殺したっていうだけのことを?
    なんで後悔する必要がある!
    だが動揺した時点で一方通行の気持ちは確定してしまった。
    動揺したこと、それ自体が罪を感じる自分の心、後悔のまったき証拠なのである。
    それがわかっているから、一方通行はなおさらイライラした。



    「――警告。猫を見失う前に追いかける必要があります」

    「ならとっとと失せやがれ! 無表情リーゼントォッ!!」



    と言った時には既に失せていて、一方通行はますますやり場のないイラつきを抱え込むことになった。


    666 = 1 :



    ――クソッ、どっと疲れた。

    一方通行はようやく自分の住居に戻ってこれた。



    「おっじゃまっしまぁ~~す! ってミサカはミサカは一応礼儀なので入る前には挨拶してみたり!」

    「……」



    邪魔者付きだが。
    結局、あのリーゼント野郎に足止めされたせいで追いつかれてしまった。


    「わぁ~~! 結構広くていいところなんだね、ってミサカはミサカはあなたの部屋をえらそうに評してみる!」

    「……くっだらねェ」


    心の底からそう吐き捨て、一方通行は玄関をくぐった。
    打ち止めはぺたんと三和土に座り込むと、靴を脱ぎ始める。


    「…………って靴ゥ?」


    一方通行はやっと気づいた。
    興味がないので気づかなかった、とも言う。
    毛布だけを羽織った少女に新品らしきピカピカのスニーカーは、サイモンとガーファンクルの間にさだまさしが居るくらい浮いていた。


    「おィ、オマエそれ……かっぱらってきたのか?」

    「違うよぉ、ってミサカはミサカはいわれのない罪に抗議してみたり。
    あなたに会ういちじかんくらい前に親切な人に買ってもらったの、ってミサカはミサカはここぞとばかりに見せびらかしてみる」


    どうやら裸足で歩きまわる少女を見るに堪えなかった、お人よしがいたらしい。


    「ちょっぴり怖そうな人だったけど、人は見かけによらないね、ってミサカはミサカは渡る世間に鬼はないことを実地で理解してみたり」

    「あァそォかい」


    一方通行は缶コーヒーの入った袋をテーブルに置くと、ソファに寝転がった。


    「寝床くらいは貸してやる。その代わり、朝になったらとっとと出て行けよ」

    「わーい! ってミサカはミサカはベッドに突進してみたり~~!」

    「……わかってンのか、本当」


    本当にわかっているのか。色々と。


    「あ! 一応宣告しておくけど、寝込みを襲うのはNGなんだからってミサカは」

    「寝ろッッ!!!」

    667 = 1 :









       →TO BE CONTINUED....











    668 = 1 :


    大体の謎は一通さん編で解ける予定
    今日はここまでです

    669 :

    おぉう、いつの間にか番外編が!

    670 :

    乙ぅ

    671 :

    おお、前の話とつながった。
    便器好きねに笑いました
    承太郎も全裸なんだから靴だけじゃなくて服も買ってやれよ

    672 :

    やーセロリが幼女をすっぽんぽんは何をおいてもスルーするわけにはいかない重大イベントだからしょうがない

    673 :











      第二十話「打ち止め<ラストオーダー>は殺人鬼が好き②」









    674 = 1 :



    気が高ぶっていたせいか、一方通行はまだ日の出ないうちに目覚めた。
    起き上がり、なんで俺ソファで寝てるんだと考える。
    そしてベッドの上で丸まる小さな影に納得した。
    起きてあれこれと言われるのも面倒なので、そのまま外に出ることにした。
    出る前に、少し考えて書置きを書くことにした。

    約束通りさっさと出て行く事、貴重品は持って行くので鍵はかけなくてもいい事、近場の研究所の住所等々……。

    書いているうちに心底バカバカしくなって破り捨てかけたが、破る音で起こしてしまわないとも限らないので、堪えた。

    675 = 1 :



    コンビニで本を読んだりするうちに、本格的に町が動き出していた。
    家に戻ろうかとも考えたが、まだ 『 アレ 』 が寝ていたらとんぼ返りしなければならないと考えると癪なのでもう少しブラブラすることにする。
    本屋で本を読んだり、久しぶりにCDを聞いたりした。
    昼ごろになって飯を食って、また本を立ち読みしていたら日が沈んでいた。ダメだこりゃ。
    かと思ったらケンカを売られたので昨日のイライラをぶつけることにする。
    ぶつけすぎたらしく、ものの五分で路地裏は死屍累々の惨状となった。


    「オ……オレ達が、悪かった……」


    恥もプライドもなくリーダーらしき男は命乞いした。
    それがむしろ気に入らない。特に髪型がリーゼントなのが気に入らない。


    「だからもう勘弁……!?」


    一方通行はリーダーの男の額に拳を押し当てた。
    力の方向を操作。
    どんどん拳を陥没させていき、さらにグリグリと拳を回して捻じ込んでいく。


    「ノックしてもしもォォォォしィ」

    「おっぱァアアアアア!!」


    メシメシメッシャァと危険な音がして男の頭蓋がきしむ。



    「テメェから噛みついてきといて謝ったら済むとでも思ってるンですかァァァ? 甘ェんだよ便所にこびりついたクソカスがァ」



    男の両手が一方通行の腕を掴もうとするが、途端指が十本ともへし折れる。


    「ひっ! ひいええええええッッ!!」


    背後で悲鳴と、逃げ出す音。
    一方通行は振り返りもせず地面を蹴った。
    狙い違わず、逃亡しようとした男が地盤ごとはじけ飛ぶ。


    「ったく……泣き言ひとつ言わねェで任務を全うする人形どももいるってェのによォ」


    さて、どう料理してやろうかと残りを見渡したところで、一方通行は気が付いた。
    向かいの歩道に、見覚えのある少女がいる。
    一方通行は空を見て、また少女を見、リーダー男の手首をつかむと時計を見た。


    「……テメェらのせいで一日終わっちまったじゃねェか」


    10031回目の実験が始まろうとしていた。

    676 = 1 :






    指定の場所に行くと、すでに少女はそこにいた。
    軍用ゴーグルに、おもちゃじみた特製の銃F2000R。
    さっき見た時と違って猫は抱いていない。
    別モノか? まあいい。どうせ見分けなんかつかないのだ。
    一方通行は彼女に近づきながら、おもむろに問うた。


    「ンで、お前が次の実験のターゲットってことで構わねえんだな」

    「はい。ミサカのシリアルナンバーは10031号です。とミサカは返答します。
    実験開始まであと5分40秒ありますが、待機しますか。とミサカは問いかけます」

    「……」


    一方通行の中に、妙な違和感が生じた。


    「まァ、俺が強くなるための実験に付き合わせてる身で言えた義理じゃねェンだけどさァ……
    よく平然としてるよなァ、この状況で……ちっとァ何か考えたりとかしねェのかよ」

    「 『 何か 』 という曖昧な表現ではわかりかねます。とミサカは返答します」

    「自分の命を投げ打つなんざ俺には理解できねェなァ……。
    俺は自分の命が一番だしさァ、だからこそ力を欲することに際限はねェし、そのためならオマエ達が何百何千何万と死のうが 『 知ったこっちゃねェ 』 って鼻で笑うこともできンだぜェ」


    実際嘲ってやると、10031号はブレない無表情で答えた。


    「ミサカの方こそあなたの言動に理解できない点があります。あなたは既に学園都市最強のレベル5です。それ以上の力を欲する必要はないのでは。とミサカは予測します」

    「……『 最強 』 ねェ」

    「その呼称に何か問題がありますか。とミサカは再び問いかけます」


    まただ。
    また妙な感覚があった。
    一方通行は、努めてそれを気にしないようにしながら答えた。

    677 = 1 :



    「さっきよォ、俺に喧嘩を売ってきたアホ共がいた。あくびが出るほどのザコだったがな……。
    所詮そンなもンなんだよ、『 最強 』 ってェのは。
    新発売の便器の臭い消しみてェに 『 面白そーだから試してみよう 』 って程度にしか思われてねェってことだ。
    ……駄目だよなァ、そンなンじゃ……全然駄目だ…………そんな 『 最強 』 じゃ全くつまンねェッ!」

    「それでは何をお望みですか。とミサカは質問します」

    「 『 先 』 だよッ! 挑戦しようと思うことがバカバカしくなるくらい、闘おうって思う事すら許されねェ程の、俺が求めてンのはそういった 『 無敵 』 な存在なんだよッ!」

    「……。なるほど。とミサカは釈然としないながらもうなずきます」


    一方通行の中の違和感が、もう隠しきれないほどに大きくなった。
    うさんくさげに10031号をねめつける。


    「オマエ……何だ? なンか違ェぞ」

    「……」


    10031号は、そこで初めて気づいたというように目を瞬かせ、


    「……はい。会話より先にパスの確認や残り時間の報告をしておくべきでした。とミサカは謝罪します」

    「待て。『 会話 』? オマエ俺と 『 会話 』 してたって、そォ言うのか?」

    「はい。とミサカは手短に答えます」


    初めてだ。と一方通行は思った。
    10031回目にして、やっと会話をする個体が出てきた。
    違和感の正体はこれか。


    「何だ、何だよ、何ですかァ? さすがに一万回以上も繰り返してりゃ、知恵もついてくるってもンですかねェェ?」

    「話術による攪乱や情報収集を狙っていたわけではありません。先ほどのはミサカのミスです。とミサカは重ねて謝罪します」

    「怒っちゃいねェよ」


    実際、どう反応すればいいかわからなかった。
    体感時間としては、開始まであと三分ほどあるはずだ。
    一方通行は手近の壁にもたれると、前髪をいじくった。


    「俺が知りたいのはだ……実験の遂行しか頭にねェオマエらが、何だって突然 『 会話 』 なンてケッタイなことをしだしたかってことだ、うン」

    678 = 1 :



    10031号の返事は、驚くほど遅かった。


    「……会話と……」

    「あン?」

    「会話というものに、ミサカ10031号は価値を見出しかけているのかもしれません。とミサカは分析します」


    10031号は突然F2000Rをいじくりだした。
    メンテナンスではない。ただいじっている。


    「昨日のことです。ミサカはミサカによく似た人に出会いました。その人がミサカに話しかけ、ミサカもそれに応対しました」



    一方通行は昨日のことを思い出したが、まさかなと首を振った。



    「一分にも満たないやり取りでしたが、ミサカはその会話を 『 続けたい 』 と思いました。
    お姉さまが止めなければ、きっといつまでも話していたでしょう。なぜなのか、ミサカは個人的に考えました。
    そしてあの人と会話によって 『 結びつきたい 』 からだという結論に達しました。
    直後、お姉さまに対しても同様の衝動を覚えました。おそらくこれがコミュニケーションの動機なのでしょう。とミサカは不完全な理論を展開しました」



    それきり10031号は口をつぐんだ。



    「……で?」

    「で、とは。とミサカは問い返します」

    「つまりだ。オマエの 『 不完全な理論 』 で言うと、オマエは俺と 『 結びつきたい 』 から会話してたっていうのか?」

    「はい。そうなります。とミサカは」

    「はっ! ふざけてンじゃねェぞ」


    本当にふざけるんじゃあない。あの打ち止めとかいう奴でもあるまいに。
    一方通行は10031号に向き直った。
    睨みつけてやるが、10031号はびくともしなかった。


    「今、考え付いたのですが、その理論で行くと、あなたもミサカと 『 結びつきたい 』 と考えているのではないですか。とミサカは推測します」


    それどころかこんなことを言いだした。


    「あァァァンッ!?」

    「会話を始めたのはそちらです。ということは――」


    10031号は口をつぐんだ。


    「……どォした?」

    「開始1秒前です。とミサカは――これより第一〇〇三一次実験を開始します。
    所定の位置についてくださいとミサカはあっ……銃を落としました」

    「ボケボケだなテメェはッ!」

    679 = 1 :




      ○  ○  ○


    一方通行はどうせ勝負ならない、と思っていたが、やはり勝負にならなかった。
    銃弾はことごとく跳ね返される。
    攻撃をあきらめて逃げても、逃げても逃げても振り切れない。
    脱ぎ捨てたローファーが目に留まり、一方通行はちょんと足で押そうとして……やめた。
    そこに銃弾が飛んでくる。
    やはり跳ね返る。かろうじて返ってきた弾をかわし、10031号は呟いた。


    「――っ反射」

    「残念。答えは 『 ベクトル変化 』 」


    運動量、熱量、電気量、あらゆるベクトルは一方通行の皮膚に触れただけで変更ができる。
    間髪入れず10031号は引き金を引いたが、それが一方通行に届くことはなかった。
    飛んできた軌道を正確にたどり、弾丸が10031号の肩を撃ちぬく。


    「――っ!!」


    声にならない悲鳴を上げ、10031号は、とうとう地面に倒れ伏した。


    「まッ! デフォじゃァ反射に設定してあるけどなァ」

    「っ!」


    それでも這いずって逃げようとするので、一方通行は足元の小石を蹴った。
    途端、すさまじい勢いで10031号の背中に直撃する。


    「あっ、ぐっ」

    「ンだぁ? 愉快にケツ振りやがって……誘ってンのかァ?」

    「ふ、ぐぐぅっ、」


    もがく10031号をよそに、とっくに彼女の手から零れ落ちた銃を手にする。
    息を荒くする彼女の横に立つと、おもむろに脇腹を蹴った。
    悲鳴はない。息のかすれる音が聞こえたきりだ。
    仰向けになった10031号に、一方通行は銃口を向けた。


    「楽しく仲良くおしゃべりすりゃァ俺が優しくなるとでも思ってたか……? ざンねェェンッ! なるわけねェだろ便器裏のゴミムシがッ!」

    「……っ」


    ふうふうと胸を上下させながら、10031号は一方通行を見る。
    ――いや、銃口を覗いている。

    680 = 1 :



    「コミュニケーションの動機? 俺が 『 結びつきたがってる 』 だァ? うぬぼれンなよできそこないの乱造品。
    テメェみてェな存在と誰が結びつきたがるってンだよォ、バァァ~~~~カ」


    10031号は銃口を見つめたまま、


    「……お姉さまにも、同じことを言われました。とミサカは告白します」

    「……あァ?」


    お姉さま。
    第三位。
    御坂美琴。
    あれが?
    『 何 』 したって?


    「お姉さまにとってミサカは否定したい存在なのです。ミサカはクローンですので。とミサカは言います」


    10031号とオリジナルの間で何が起きたか。
    一方通行は知らないし、知りたくもなかった。
    10031号は淡々と語る。


    「否定されれば結びつくことはできません。ならば全く別の個体と結びつくことは可能か? そう考えましたが、結論は出ませんでした。
    ミサカには時間が足りなかったようです。とミサカは反省点を述べます」


    それは実に同情に値すべき内容だったが、10031号は 『 こういう話をすれば命だけは助けてくれるだろー 』 なんて考えていない。一方通行にはよくわかる。
    悲劇を演じるでもなければ同情を引き出そうとしているのでもない。
    10031号は、ただ事実だけを伝えているのだ。
    10030号と同じだ。と一方通行は思った。
    シチュエーションも同じなら、それに対する反応も同じ。
    『 死 』 に直面しても恐怖しない。
    打ち止めに言わせれば、それはミサカネットワークの存在によるところが大きいらしいが。
    やはり一方通行には理解しがたかった。
    重く、冷たい沈黙だけが残った。

    681 = 1 :



    秒針が半周ほどするころになって、ようやく10031号が動いた。
    わずかに首をかしげるように身じろぎした。


    「撃たないのですか。とミサカは尋ねます」

    「……」

    「……何を考えているのですか。とミサカは再度尋ねます」

    「……何も考えてねェよ」


    そう。何も考えてなどいない。


    「あァそォだ、何も考えずに殺してるだけだ。……それだけで十分だ」

    「それを聞いて安心しました。とミサカは一方通行を見ます」


    一方通行は、心臓が止まるかと思うほどの衝撃を受けた。
    10031号が笑っていたのだ。
    微笑みと言うにはあまりにささやかなものだが、それでも目元を和ませて、笑っていたのだ。


    「何も考えず殺していても人間と言えるなら、何も考えず殺されるミサカたちも既に人間なのですね。とミサカは安堵します」

    「――っ!」

    「なぜそんな顔をするのですか。とミサカは首をかしげます」

    「……わからねェか」

    「分かりません。とミサカは」

    「本当にわからねェのか」

    「はい。と」

    「ならいい」


    一方通行は引き金を引いた。10031号の腹部がはじけた。


    682 = 1 :




      ○   ○   ○



    気分は最悪だ。
    腹の中に石でもたらふく詰め込まれた気分だ。
    『 人形 』 が一つぶっ壊れただけだ。なに沈んでやがる。
    一方通行は思う。
    10031号は言った。俺の感情が分からねェと。
    感情がないならそれは人形だ。殺しても構わないはずだ。
    なのになんでこんな気分になる。


    「み~~つっけた! ってミサカはミサカはあなたを指さしてみたり~~!」


    頭痛がする。吐き気もだ。
    一方通行は危うく立ち上がれなくなるところだったが、何とか踏みとどまった。

    683 = 1 :



    「勝手においてくなんてひどいよ、起きた時一人だとミサカは精神回路に少し異常が出るの、ってミサカはミサカはぷんぷん文句を言ってみたり」


    一方通行の足取りはいやに速かった。


    「うぅ~~スタスタ行かれたら置いてかれちゃうのはコンパスの差で明らかなのに、あなたには思いやりが足りないよね、とミサカはミサカは小走りで追いすがりつつ非難してみたり~~」


    そして一方通行の前に出ると、クルリと体を返して、彼の顔を見た。
    やけに明るい顔が一方通行には煩わしかった。


    「それにしても10031号はものすごい発見をしたよねって、ミサカはミサカは感慨深くつぶやいてみたり」

    「……」

    「会話。コミュニケーション。これらは人間として生きるためにはすごく重要なことだけど、当たり前すぎて見落としがちだよね。
    きっとミサカたちの成長に大きく貢献してくると思うよ、ってミサカはミサカはやや興奮気味にまくしたててみたり」

    「……るせェ」

    「え? なーに? ってミサカはミサカは」

    「っるせェっつってンだ、黙ってろ」

    「えー……ってミサカはミサカはむくれてみたり……」


    むくれたいのはこっちだ、と一方通行は最高に不機嫌な頭で思った。
    打ち止めの顔を見るだけで腹の中が重苦しくなる気がする。
    ズンズンと歩む一方通行と入れ違いに、『 警備員 』 の車が通って行った。


    『 こぉら~~そこのノーヘルバイク、止まるじゃんよ~~! 』


    またくだらないアホがアホをしでかしたのだ。
    一方通行は振り返らず進んだ。

    684 = 1 :



    「……オマエらは」

    「えっなになに!? ってミサカはミサカは思わず過剰に反応してみたり!」

    「一体どう考えてンだ」

    「何を? ってミサカはミサカは追加情報を求めてみたり」

    「……殺されてる、オマエらの仲間のことだ。どォ考えてンだ。自分は自分、アイツはアイツって割り切ってンのか? だから平気な顔でそンな話ができンのか?」


    打ち止めはしばらくふうむと顎に手をやっていたが、


    「 『 妹達 』 は一心同体であり、仲間だとミサカは思ってる、ってミサカはミサカは言ってみる」

    「なら何で殺されても平然としてられる」

    「もしミサカの命に理由があるとすれば、それはあなたに殺されるためだったから、ってミサカはミサカはごく簡単な質問に答えてみたり」

    「……ンだそりゃ。それで満足なのかよ、オマエらは?」

    「満足? それは命を全うするという意味? ってミサカはミサカは聞きなれない単語に戸惑ってみたり」


    打ち止めはぱちぱちとまばたきした。



    「それならミサカは命の源について言っておきたいな。ミサカはあなたをある意味創造主と思ってる。
    確かにミサカを作ったのは研究者たちだけど、あなたがいなければ実験が立案されることもなく、命無きミサカに魂が注ぎ込まれることはなかった、ってミサカはミサカは感謝してみる。
    だから、そんなあなたのために 『 色んなこと 』 をしてあげたいと思うのは当然だよ、ってミサカはミサカはちょっぴりはにかんでみたり」


    「……くっだらねェ」



    何だ、その偽善にまみれた理論は。
    つぶやきを耳ざとく聞いたらしく、打ち止めは控えめに頬を膨らませた。

    685 = 1 :



    「未熟なミサカたちの価値観はあなたにとって受け入れがたいものかもしれない。
    けれど、ミサカはこれまでの経験を通して確実に違うステージへ向かって行ってる。
    その 『 経験 』 の中にはあなたとの戦闘も、一万人のミサカの死も含まれてるんだよってミサカはミサカは訴えてみる」



    一方通行は歩調を緩め、打ち止めの顔を見た。
    そして皮肉気に喉から笑いをもらす。


    「……あァそっか。オマエら 『 ヒト未満 』 だもンなァ……」

    「……」

    「そりゃわかンねェよなァー! 満足だの不満足だの! 聞いた俺がどォかしてたわ、いや、マジで悪かった」

    「あなたはそうやって偽悪的な言動を好むよね。どうして悪者になりたがるの? そういうお年頃? ってミサカはミサカは矢継ぎ早に尋ねてみたり」

    「っるせェぞ……」


    一方通行は唐突に、自分の頭に血が上るのを感じた。


    「一万人以上殺した殺人鬼の! どこが悪モンじゃねェンだ!!」

    「ミサカは 『 ヒト未満 』 だから」

    「……あァ?」

    「生きる意味を全うして死んでいったミサカたちのどこが哀れで、それに 『 協力 』 したあなたのどこが悪いのかわからない、ってミサカはミサカは言ってみたり」

    「……」


    一方通行は、これはもう、色々なことを諦めなければならないのかもしれない、と思った。

    686 = 1 :



    打ち止めは真剣だったが、真剣な分だけ滑稽だった。
    もういい。
    一方通行は、まぶたに残る10031号の笑顔を振り払おうと頭を振った。
    こいつらは人形だ。殺されるための人形だ。
    こいつらもそれで納得してる。もう余計なことを考える必要なんてない。
    もう考えるのはやめる。
    そう考えた矢先、打ち止めは一方通行に、またも考える材料を投げつけた。


    「ただ――恐怖は 『 ある 』。徐々に実験番号と自分の番号が同じになっていく時間。その間。ミサカたちは奇妙な不安感にとらわれていた、ってミサカはミサカは回想してみる」

    「……ンだそりゃ」


    感情は、あるのか。


    「10030号と対峙した際、あなたはミサカに 『 怖いなら怖いと言え 』 と言ってくれた。ミサカはミサカは、そこで初めて自分の感情に気づいた」


    一方通行は頭を鈍器で――殴られたことなどないが――殴られたような衝撃を味わった。
    感情ができた?
    俺が作った?


    「そこから劇的にミサカたちの感情は分化した。
    快・不快からミサカたちは 『 猫をかわいがったり 』『 裸を恥ずかしいと思ったり 』『 辛いとか面白いとか思ったり 』 できるようになった」

    「……」

    「あなたはミサカたちの成長の引き金になった。成長するということは生きることだし、ミサカたちは短い人生を全うしたい。
    今までの一万人のミサカたちはあなたに殺されることが生きる目的だった。でも今は違う、ってミサカはミサカは転換期が訪れたことを示唆してみたり」


    そういえば、と一方通行はぼんやり思った。
    こいつは 『 自分たちの命に理由があるとすれば、あなたに殺されるためだった 』 と言ってたな。
    『 だった 』、と。


    「今のミサカはあなたと会話し、世界と会話し、二万の在庫が切れるその時まで 『 生きる 』 ということを追及したがっている。
    今もあらゆるミサカが 『 人生 』 についての 『 結論 』 を出しつつある。成長の先にあるものが何なのか、まだミサカには予測できない。でも、これだけは言える。
    あなたが出会う二万人目のミサカは、きっと 『 ヒト未満 』 じゃない」



    打ち止めははじけるような笑顔になった。



    「 『 ヒト並み 』 のミサカ20000号の誕生! これを成就して初めてミサカたちは生を全うしたと言える!
    そして一番最初に 『 ヒト並み 』 のミサカを見るのは、ミサカを生んでくれた、あなただよ! 成長の結果を、真っ先にあなたに見せられるの! 
    これほど嬉しいことはないよね! ってミサカはミサカは想像するだけでうきうきした気分になってみたりっ!」


    「……いかれてやがる」

    「ん? ミサカたちの動作に異常はないよ? ってミサカはミサカは首をかしげてみたり」

    「……」

    687 = 1 :



    「とにかくミサカたちは確実に学習している! このままいけば二万体目には……ふぉぁあぁぁ~~~! 
    どんなスーパーミサカができるんだろぉぉ~~ってミサカはミサカは今からハッスルしてみたり~~!」

    「学習じゃねェ」

    「えっ?」

    「学習するもンじゃねェンだよ……それは……『 学習 』 じゃァな……」


    キョトンとする打ち止めをよそに、一方通行は数秒だけ目をつぶった。





    自分が 『 無敵 』 になれば、何かが変わるはずだった。
    自分の力は容赦なく人を傷つける。兵器ですら自分の足元にも及ばない。自慢ではない、ただ事実なのだ。
    『 最強 』 は争いの種を生み、争いはさらに大きな争いを生む。
    行き着くところは何だ? ひょっとすると、世界の滅亡か。
    そんな 『 不安 』 が幼い頃から植えつけられていた。今も、おそらく、同じだ。
    だが 『 無敵 』 になれば?
    誰もが触れられない、好奇心など持つことすら許されない、圧倒的な存在。そんな高みに昇りつめれば――。
    そうすればもう誰も――。



    『 武装したクローン二万体を処理する事によってこの計画は成就する 』

    『 なに、気に病む事はない 』

    『 計画の為に用意されたターゲットを破壊する、それだけの事 』

    『 君の目の前にあるのは薬品と蛋白質によって合成された 』

    『 人形なのだから 』



    今は人形だなァ……人形かもしれねェなァ…………。
    ……でも、その人形が人間になりたがってる場合はどォなる?
    今も着実に人間に向かってる場合はどォなるんだ?
    そいつらが人間になった時、俺は 『 どォやってこいつらを殺せるンだ 』 よォ?

    ――ボゲがッ! 何メソメソしてやがるッ!
    ――既に俺は一万人以上を殺しちまってンだぞ! 退路はねェ! 確実に!
    ――俺が何をしようと、何を考えようと!
     
    ――死んだ命はどうしよォもねェだろォが!

    688 = 1 :




    一方通行は打ち止めに向き直った。


    「オマエ……もし、一万人の死がまァーったくの無駄でしたァー、チャンチャン……ってなったら、どォするつもりだよ?」

    「? それは実験が中止されるって意味? ってミサカは」

    「いィから答えろ!!」

    「きゃっ」


    打ち止めは両手を上げて 『 降伏のポーズ 』 をした後、少し考えてこう言った。


    「うーん……それでも一万のミサカの死が無駄になることはないよ、ありえない、ってミサカはミサカは言ってみたり」

    「どォして」

    「もしもあのミサカたちに 『 殺される 』 以外の意味があったとしたら、それはミサカをここまで 『 押し上げて 』 くれたことだから、ってミサカはミサカは自分の見解を述べてみる」


    一方通行の明晰な頭脳は、とっさにその意味を図りかねた。



    「押し上げェ……?」

    「00001号から10031号にはそんな意志、ほんの少ししか、ううん、あるいはまったく無かったかもしれない。
    それでも彼女たちの 『 行動 』 があったからこそ、ミサカたちはこうして 『 生 』 について 『 考える 』 ことができる。
    だから、ミサカがいて、こうして思考している限り彼女たちは無駄にはなりえない、ってミサカはミサカは考えを述べてみたり」


    「……俺はそれごとオマエらを消しちまう気でいンだぞ?」

    「それは一般的な 『 人間 』 の 『 死 』 とどう変わりがあるの? ってミサカはミサカは小首をひねってみたり。
    どんな人間にも死は訪れるし、確実にそれに向かって歩んでいる。だから誰もが 『 死 』 へたどり着く前に世界に 『 痕跡 』 を残そうとする。
    ミサカたちがやってるのもそれと同じ。違ぁう? ってミサカはミサカはそろそろ疲れたのでダルげな口調になってみたりぃー」


    「……」



    一方通行はもう一度目をつぶり、しばらく考えた。
    そしてため息混じりに答えた。



    「……違ェな」



    死ぬと殺すは、違う。

    689 = 1 :



    それに気づいていないという点を除けば、彼女たちの生き方は誠実だし、理想的だった。
    真摯に死と向き合い、生の中で何ができるかを考えている。
    まったくもって、『 まっとう 』 な生き方だ! その辺にいる馬鹿やアホやクソッタレ共よりよっぽど!
    ただ彼女らがわかっていないのは、『 生 』 や 『 死 』 とは 『 感じる 』 ものであって 『 考える 』 ものではないということだ。
    『 感じる 』 前に 『 考えて 』 しまった結果がこれだ。
    赤ん坊の感性に、明晰な頭脳を与えてしまった結果がこれだ!

    一方通行は10030号を思い出した。10031号も思い出した。
    00001号からすべての妹達の記憶を、脳内のキャンパスにぶちまけた。
    奴らは恐怖してなかったんじゃない。
    恐怖を自覚していなかっただけだ。
    恐怖というものが何か、まだ知らなかっただけだ。

    打ち止めは叱られた園児のように下を向いた。



    「わかってくれなくてもいい。とにかく、ミサカはミサカはがんばって 『 ヒト並み 』 に……」

    「なれねェよ」

    「なれるもん! ってミサカはミサカはぷりぷり怒ってみる!」

    「ンなこと考えてるうちは、なれねェよ」

    「……?」



    一方通行は、極力何でもないような顔をして携帯を取り出した。
    登録したきり一度も使わなかった番号を呼び出す。


    ――死ンだ命はどォしようもねェ。
    ――なら、今ある一万人の命は?


    コール音がいやに近くで鳴り響く。


    ――あァくそ。
    ――認めてやるよ。
    ――オマエらには感情がある。
    ――今、確実にオマエらの中で心が育ってる。
    ――オマエらは 『 人形 』 じゃァなくって……
    ――羊水ン中からむりくり引っ張り出された、赤ン坊だ。


    コール音が止んだ。

    690 = 1 :










    「……あァ俺だ。『 絶対能力進化<レベル6シフト> 』……あれ、俺やめるわァ」








    691 = 1 :



    打ち止めの口がポカンと開いた。


    「なンでもクソもねェ、飽きたンだよ、飽きた。無敵になれるっつーから協力してやったけどよォ、これでようやく折り返しじゃァねェか。
    やってらンねェ、あいつら戦い方もワンパターンで面白みねェしよォ。
     レベル6ゥ? ンなもンなくたって俺は最強なンですゥゥ~~~あーあー聞こえませンっつーわけでハイさよーなら~~」


    ピッ。
    携帯を切る。
    一分にも満たないその会話で、あらゆる人間の思惑が交差する、その実験の無期凍結が決定した。


    「み……み……」

    「……」


    勘違いするな、と目の前の個体に言ってやりたかった。
    これは良心ではない。偽善ですらない!
    ただ 『 嫌になっちまった 』 だけなのだ。
    意志を持ち始めている目の前の蛋白質が、これから確実に人間らしさを深めていくだろうアイツらが、面倒くさくなって、嫌になっちまっただけなのだ。
    一方通行を 『 押し上げる 』 一万の意志というものがあるのなら、それらをすべてドブに捨てるような行為を、今の自分はしたのだ!
    だからそんなキラキラした目で見られる筋合いはない。
    同時に、


    「オマエら、なんだかんだ理屈コネやがって……結局死にたくなかったンじゃァねェか」

    「!? え!? え、え!?」


    自覚がなかったのか。
    所詮 『 ヒト未満 』 に何言っても無駄だ、と一方通行は思った。


    「ンじゃ、俺が怖いンならもォ付きまとうンじゃあねェぞ。あーあ、せーせーした」

    「ミ、ミサカは……ミサカは……ミサカは………………あなたを知りたい!!」

    「!」


    大声で告げられた言葉に、思わず足が止まる。



    「あなたの言う通り、ミサカは 『 早すぎる死 』 の束縛から逃れたいと、深層心理で願っていたのかもしれない!  
    でも死から解放された瞬間、ミサカの視界がぐわっと広がったような感覚があった! 今までなかった感情があふれ出した!
    すべてのミサカがそれを感じた!  あなたがそれを教えてくれた! あなたはまたミサカを成長させてくれた!
    それをくれた、あなたのことを、ミサカ20001号はもっと知りたい! ってミサカはミサカは訴えてみる!」


    「……」



    何かもっと面倒なことになっちまったぞ糞。

    692 = 1 :



    一方通行はさすがに振り返って、辛抱強く言い聞かせた。


    「おィガキ。言っとくが俺は本当に 『 めンどくさくなっちまった 』 から止めただけだ。
    俺たちのつながりはこれで切れる。次のオマエのセリフは 『 さよーなら 』 しかありえねェからな」

    「それでもミサカは 『 これから 』 に期待を寄せてみたり、ってミサカは」


    わくわくと手をつなごうとした打ち止めの手を、一方通行は思いっきり弾き飛ばした。


    「さわンじゃねェ」

    「……!」

    「ションベンくせェ手で、触ってンじゃねェよ」


    人殺しの手なんてものを、触るんじゃあない。
    そうだ。『 無敵 』 という大義名分を失った今、彼女の前に立っているのは
    ただの、一万人を殺した殺人鬼にすぎない。
    たとえ 『 これから 』 自分がどのように彼女に接したとしても、それだけは厳然たる事実なのだ。



    「……なれなれしい、クソガキが」



    きっと目の前の幼い 『 ヒト未満 』 に、その意味は分からないだろうが。
    一方通行は踵を返した。
    これほど言ってもあのガキはついてくるだろう。と一方通行は確信していた。
    ならば少々だるいが、研究所に寄っていこう。そして顔なじみの研究員――この時間、芳川桔梗はいるだろうか――に押し付けていこう。
    それでおしまいだ。


    「……ミサカは」


    と、打ち止めが何かを言おうとした時。
    空気が変わった。
    一方通行は再び足を止め、打ち止めもハッと目を瞠る。
    刹那、風切る音がして、


    「ひょぇ!?」


    打ち止めのそばの壁に刀が突き刺さった。
    一方通行は視線を上に移した。


    「……馬鹿と何とかは高いトコロが好きってなァ……」

    693 = 1 :



    電灯の上に、男が一人。足を宙に投げ出して座っている。
    詰襟のスーツ。年のころなら20代後半。
    顔は女性的な性格を連想させるほど端正だが、反面浮かべる表情は内心のドス黒さがダダ漏れである。
    視線は一方通行たちではなく、膝に落とされていた。
    よく見れば携帯用ゲーム機らしきものを持っている。指がすさまじい速さで回っている。
    静寂の中、カチカチカチカチカチカチカチ……とボタンを叩く音だけが響いた。
    一方通行は目を眇めて男を見上げる。


    「今時あンなもン持ち出してくるとか、オマエなンですかァ? ジャパニーズサムライですかァ?」


    男はやはり膝に視線を落としたまま……かと思いきや、唐突に口を開いた。



    「君…………テトリス。やったことあるかい」



    694 = 1 :



    「はァ?」

    「テトリスだよ。アーケードでもゲームボーイでも64でもいい。僕は全部やった。『 もうあきたよ 』 ってくらいね」


    男の目がようやく一方通行を見た。



    「高校生くらいかなぁ……ハマり始めたのは。僕と時を同じくしてハマった奴がいてね。世田谷だったか鈴科だったかは忘れたが。
    それで、ある日彼が 『 俺昨日70万点叩き出しちゃったぜ~ 』 とか言ってるの。もう見てられない。
    それだけならまだ僕だってグッと堪えるんだがね、周りのクラスメイト達も 『 マジスゲーな 』 『 今度私にも教えてよぉ 』 とかそいつのことチヤホヤしてるんだ。
    もうね、70万点なんか慣れれば30分で到達できるレベルだから! それどころかお前ら僕がそれより前に99万9999点出してんの知ってんだろうがって話だよッ! 
    あの時お前らノォーリアクションだったじゃあねぇーかァーーッ!! 
    どういう事だ! どういう事だよッ! クソックソッ!! どいつもこいつも僕のことをナメやがってッ!! クソッ!!」



    唐突に切れだし、ゲームを地面にたたきつけた。
    一方通行の足元にまで残骸が転がってくる。


    「……おっと、スマナイ。コホンッ、ストレスがたまりやすい性格でね。発散しなくちゃやってられないんだ……ああ、僕のゲームボーイカラーェ……」

    「下がってろガキ」


    一方通行は本能的に理解した。この男、何かヤバい。

    695 = 1 :



    男は足を組んで笑みを浮かべた。



    「……学園都市は、いいところだね。次世代ゲーム機がたくさんだ」

    「そりゃありがてェ。ありがてェついでに死ね」

    「花京院典明。年齢28歳。
    好きなミュージシャンはスティングで好きな色はキラキラした緑色、野球チームは巨人。獅子座のA型。チェリー好き」


    「……はァ?」

    「自己紹介だよ。自己紹介。年度が替わるごとにやる、意味不明のアレさ」



    言うなり、花京院は片腕を水平に上げて奇妙なポーズをつけた。



    「君の名前は? 一方通行<アクセラレータ>」



    がちゃんと音がして、彼の手からクロッキー人形が落ちた。
    いや、操り人形だ。細い糸が花京院の手から伸びている。


    「忘れっちまったねェ。知っててもテメェごときに教えねェが」

    「そう。このデータにもそう書いてある。君はとてもひねくれた性格だ。直した方がいい」

    「……あン?」


    言い返したいことはあったが、一方通行はそれを呑み込んだ。
    花京院はその 『 データ 』 とやらが入ってるのだろう、ディスクを軽く振って見せる。
    データ? データって、何のデータだ?
    昨日の打ち止めとの会話が脳裏をよぎる。


    「まさかテメェかァ? 『 名簿 』 ごときで研究所ブッ潰した大マヌケってェのは?」

    「ああ、あったな。そんなことも」


    花京院はあっさり認めた。

    696 = 1 :



    「でも僕は 『 警備員 』 でも 『 風紀委員 』 でもなんでもよかったんだ。能力者の情報さえ手に入れば。
    あそこを襲ったのはね……なんというか、運が悪かったんだ。
    天井とか言ったか。彼の運が悪かったのさ。運命なんだよ、こういうのは」


    「聞いてもねェことペラペラしゃべって悦入ってんじゃねェぞ。そのコストパフォーマンスぶっ狂ったアホが、俺に何の用かって聞いてンだ。お人形遊びでもしてくれるンですかァ?」



    花京院は表情を変えなかった。
    ただ危険な色を目に宿した。


    「そうだな。君の言葉を借りるなら……」


    操り人形が片手をあげた。まるで何かを振りかぶるように。
    瞬間、背後に殺気を感じ、一方通行は横っ飛びに回避した。
    そしてすぐそれが正解だったと知る。


    「……『 愉快に素敵に 』、遊ぼうじゃあないか」


    凶器を手にした打ち止めが、そこにいた。

    697 = 1 :



    デフォの反射で跳ね返していたら、打ち止めの腕は無残なことになっていただろう。
    いや、別にクローンのガキがどうなろうと関係ないのだが。
    打ち止めの手にあるのは先ほど花京院の投擲した刀だ。
    切っ先をまっすぐ一方通行に向け、打ち止めはうつろな表情で間合いを詰める。
    花京院の操り人形とほぼ同じ動きで。


    「……はっ、なるほどォ?」


    『 操る能力 』、と一方通行は解釈した。
    どんな原理かは知らないが、ターゲットのそばの人間を操って自分は高みの見物を決め込む、それがあの男のやり方なのだろう。
    だから電灯の上か。
    なるほど、普通の人間では手が届かない。
    だが。


    「……甘ェなァ……まったく甘ェよオマエ……!」


    一方通行は普通を軽く超越している。


    「近ェ、近ェッ! この程度じゃァコーラとペプシくれェ近ェぞォ!!」


    一方通行は地を蹴った。
    ベクトルを操作し、一気に7メートルほど飛び上がる。
    そのまま花京院のいる電灯に飛び乗った。


    「ざァァンねェェェン! 俺の射程距離から外れたきゃ、5・6kmは離れてろってェェェのォォォ!!」


    そして一方通行は花京院の頭をサッカーボールよろしく蹴飛ばして――やれなかった。
    なにか、透明の壁のようなものが二人の間を阻んだのである。

    698 = 1 :



    「……ンだァ?」

    「木曽義仲って知ってるかい」

    「あァ゛ン!?」


    花京院はさして驚いたふうでもなく、その場を動こうともしない。


    「『 平家物語 』 だよ。教科書に載ってるだろ? 源氏の刺客から今井四郎兼平と逃亡するんだが、結局首をとられるという武士として恥ずべき最期を迎えた。
    それを知った兼平も後を追って自害するんだ。こんな感じに」


    花京院の操り人形が動いた。
    両手を祈るように組み、顔の真ん前に持っていく。
    一方通行は思わず振り返った。
    打ち止めの方を見た。
    打ち止めは両手で刀を捧げ持ち、切っ先を自分の方に向けている。


    「ああ、リーチが足りないな。20㎝程刀が長い」


    その通りである。
    顔の前に突き付けようにも突きつけられない状態だ。


    「それを僕は補いたいわけだが……しかし、口の中は20cmもあるものだろうか。試してみよう」


    打ち止めの口がゆっくりと開く。
    途端、一方通行は跳んでいた。


    ――あァクソッ、足手まといがッ


    これは別に、打ち止めを助けようとしているわけではない、と一方通行は思う。
    今ここで死なれたら、自分の人生に後味のよくないものを残すからだ。
    一生ガキの幻影に付きまとわれるなんてまっぴらごめんだからだ。
    だからこうするのだ。
    別に助けようとしているわけではない、断じて!
    打ち止めとの距離が一気に詰まる。
    そして間合いに入った途端――予想していたことだが――打ち止めは刀を持ち直すと、一方通行を迎え討つ体勢になった。
    ゾワァッ、と一方通行の体が総毛立つ。
    攻撃を避けるのはたやすい。いや、正確にはダメージを回避するのは容易い、だ。
    反射を使えばいい。デフォルトに設定されたそれで、刀を弾き返せばいい。
    打ち止めの手首は反対側に曲がることになるが。


    ――あァ……


    打ち止めが刀を振りかぶる。
    バットでフルスイングする小学野球児のようなおぼつかない動きで、自分を真っ二つにしようとする。
    別に迷うことなどない。
    10031号に言った通り、自分は自分のことしか考えてないのだから。
    と、思った瞬間、10031号の笑顔と、打ち止めの笑顔が一方通行の脳内で交差した。


    ――クソッタレがァッ!!

    699 = 1 :



    反応は迅速である。
    一方通行は刀の軌道上に自分の腕を持ってきた。ガードする形で、あえて差し出した。
    反射はしない。
    ぞぶり、と果肉を噛んだような音がして、腕が熱くなる。
    一瞬遅れて、予想をはるかに超えた痛みが神経を回り、パチパチと爆ぜた。
    痛い。痛すぎるし、血も出てくる。
    だが攻撃は止まった。


    「~~~~ッ!」


    一方通行は刀を腕に食い込ませたまま、打ち止めを突き飛ばした。
    あっさりと打ち止めの手から刀が離れる。
    打ち止めはぼんやりした表情のまま、しりもちをついた。
    肩で息を切らせる一方通行に、拍手がかかる。


    「すごいな。まさか本当にやるとは思わなかった。称賛しよう、君にはヒーローの資格がある。性格以外は」

    「……っるせェ……テメェ、お祈りは済ンだンだろォなァ……?」


    楽には殺さねェ。
    心に誓いながら、一方通行は刀を掴んだ。



    「……!」



    瞬間、一方通行は自分の意識が遠くに行くのを感じた。
    あっという間に白くかすんでいく意識の中で、打ち止めがようやく正気付くのを見る。


    ――あァ、なるほど……やられたわ。

    ――操ってたのはあの男の力じゃァなくて……

    ――『 これ 』 が……


    待てよ。
    一方通行は遠のいていく景色に手を伸ばした。
    待て。
    もう少し待ってくれ。
    せめてそのガキを――研究所に送り届けるまで――待ってくれ。
    そのガキだけは――せたく――――ねェ――ンだ――――から――……
    ――……。

    ――――ラスト――ダー……――――

    700 = 1 :










    一方通行は、空を仰いだ。
    やおら自分の腕から刀を引き抜く。だくだくと血が流れるが、意に介する様子もない。
    ゆっくりと自分の手を見て、握ったり開いたりを繰り返した。


    「……成功したようだな。こんな 『 オモチャ 』 まで買ったかいがあったというものだ」


    花京院はつまらなそうに言って、操り人形から手を離した。


    「どうだ? その体は」


    一方通行の体を乗っ取った 『 そいつ 』 は、小さく答える。


    「……貧弱すぎる」

    「第一位の体が欲しいと言ったのはお前だろう。アヌビス」

    「 『 神 』 をつけろよオモシロ前髪ヤロウ」


    花京院のまぶたがピクリと痙攣した。
    すると奇妙なことが起こった。操り人形がひとりでに浮き上がり、まっすぐに 『 アヌビス神 』 の脳天に飛んでいったのである。
    それは 『 アヌビス神 』 の頭に直撃――したかと思うと跳ね返った。
    花京院は軽く首をそらせて、返ってきた人形を避けた。


    「そいつの 『 能力 』 は折り紙つきだ。あとは適当に記憶を読んで、要領を掴め」


    もっとも、と花京院は電灯から降り立った。


    「オートの反射だけで十分かもしれないがな」

    「まァ悪くねェか」


    『 アヌビス神 』 はクルクルッと刀を回すと、抜身のまま腰に差した。



    「あ……っ」



    花京院と 『 アヌビス神 』、二人の視線が、声の方へ集まる。
    すなわち、打ち止めに。


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