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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」2
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「……というか、私があんたに聞きたいことがあるから呼びだしたのよね。
あんたの質問に私が答えてどうするんだろ」
ため息をつき、美琴が頭を掻く。
聞きたいことが無ければ、わざわざ一方通行を呼び出したりなどしない。
見たくもない顔。
聞きたくもない声。
それがどれだけ彼女の心を削っていることか。
「あんたには私の質問に答えてもらう。
私が納得できるような回答をしてもらう」
「……嫌だ、と言ったら?」
「言う権利があると思ってるの?」
美琴の視線が冷たさを帯びる。
「これは質問じゃない。尋問よ。
口を割るかどうかはあんたの自由。どうしても口を割らないというのなら、それはそれで結構。
だけど、それ相応のペナルティは用意してあるわ」
「オマエの力じゃ俺には敵わない、ってェのはこの前その身に叩き込ンでやっただろォが」
脅しのつもりか、一方通行はチョーカーのスイッチをトントンと叩く。
美琴が攻撃行動に入れば、いつだって迎撃できるというように。
「……そうね。私の力じゃあんたには勝てない。それは何度か戦った中で自覚してる。
だけど、正面からあんたとぶつかり合う必要なんてない。
ううん、あんたは正面からぶつかってくることもできない。だって──」
美琴の言葉と同時に、前髪の一部が逆立ち、ぱりと音を立てて火花を散らす。
それとともに一方通行の体がぐらりと揺らいだ。
姿勢を立て直せない。立て直そうと思考することすらできない。
演算能力が失われた。そのことにすら思い至らない。
「"あなたは私のやり方の下に、演算能力があるので"」
内容がグチャグチャになった美琴の声が、横倒しになった一方通行の耳を叩いた。
倒れ込み動かなくなった一方通行を、美琴は複雑な胸中で見つめる。
彼のチョーカーの弱点を突き演算能力を奪えたのは、妹たちが彼の演算補助をしているからだ。
彼が演算補助を必要とするようになったのは、彼が体を張って妹たちを助けたからだ。
そのジレンマに首をゆるゆると振りながら、美琴はもう一度火花を散らす。
「……オマエ、今何をしやがった!?」
演算能力を取り戻しようやく体を起こした一方通行が、美琴を下から睨みつける。
「ミサカネットワークには、同系統上位能力者に対する脆弱性があるの。
そのチョーカーはあんたの脳波を変換して、ミサカネットワークに接続できるようにしてるんでしょ?
電波は波動だけど、その伝播原理には電子の振る舞いが大きく関わってる。
私は『超電磁砲』、学園都市最強の『電撃使い(エレクトロマスター)』。
電子(エレクトロン)の扱いなら、誰にだって負けはしない」
唯一の例外は、目の前にいる男。
彼の能力の支配下におかれた電子は、例え美琴の能力を持ってしても干渉はほぼ不可能に近い。
逆に言えば、彼の支配下に置かれる前に手を打ってしまえばいい。
現在の一方通行の能力はチョーカーを介しミサカネットワークと交信をすることで能力を使っている。
かつて塩岸の部下である杉谷は、チョーカーに仕込まれた遠隔制御装置を使って彼の能力を封じようとした。
それは一度は上手く言ったものの、杖に仕込まれたジャミング装置で遠隔制御装置を無効化され、返り討ちにあった。
美琴が干渉したのはチョーカーそのものではなく、交信用の電波だ。
一方通行がミサカネットワークに出した演算オーダー、またはネットワークから返された演算結果。
そのどちらかでも妨害できれば、一方通行の能力は使用不能となる。
能力の余波だけで大規模な電波障害を引き起こせる彼女だ。意図的に行えば特定の周波数の電波だけを遮断することも不可能ではない。
あるいは、それをジャックすることさえも。
「ペナルティの内容はこれで分かった?
私の能力が及ぶ限り、どこでだってあんたの演算補助は止められる。
演算補助が止まれば私はあんたに攻撃できるようになるし、チョーカーを壊すことだってできる。
そのあとは別にあんたに好んで関わろうとは思わないし、好きにすればいい」
「……脅しのつもりか?」
「さあ? あんたの誠実さ次第ね」
美琴は出来るだけ冷淡に聞こえるように努力して言った。
実際にはチョーカーを壊すつもりなんてない。
それは打ち止めとの約束だ。
代理演算は止めなくてもいいと彼女に言った。ならば、自分はそれに即した行動を取らなければならない。
けれど、一方通行にはその事実は告げない。
彼に対して切れるカードは多いほうが良い。
代理演算は妹たちが彼にはめた『首輪』。ならば自分もそれは最大限に活かすべきだ。
「さあ、あんたの思ってること、考えてること。全部聞かせて貰うわよ」
代理演算と言う生命線を握られた一方通行に、拒否の余地はなかった。
「全部って、何を話せってンだ」
「文字通り全部よ、全部」
話の主導権を握ったことを確信した美琴は、思案顔で一方通行を眺めまわす。
聞きたいことはいくらでもある。
時間もいくらでもある。
「あんたは『レベル6』になって、絶対的な力を得るためにあの実験に参加したのよね」
「……あァ」
「なんで、あんたはレベル6になりたかったの?
そのあたりから、全部話してもらおうかしら」
これがそもそもの始まり。
一方通行がレベル6になろうと思わなければあの非道な実験は開始されることはなかったのだ。
「……レベル5だとか、学園都市で最強だとかそんなくだらねェもンじゃねぇ。
誰も俺に挑もうとすらしようとは思わないほどの、絶対的な力を得るため」
「……本当に?」
探るように向けられた美琴の視線を、一方通行は直視できなかった。
当然のことだが、美琴は妹たちや打ち止めにとてもよく似ている。
その瞳、その声には、一方通行に対する多大な影響力が宿っているのかもしれない。
気付けば、言葉に促されるように心の中で自問自答をしていた。
誰も挑もうとは思えないほどの、無敵の力。
それを求めるに至るまでの過程、全ての始まりとなった原因があったはずだ。
脳裏をよぎる光景。
放たれた罵声。
怯えるような怒号。
向けられた、冷たい銃口。
そして、広がる血の海。
心の奥に淀む澱のような部分を、少しずつ紐解いて行く。
やがて、一方通行はその重い口を開いた。
きっかけは、ささいなことだった。
『一方通行』と呼ばれる少年が、まだ名字二文字に名前三文字の人間らしい名前で呼ばれていたころの話。
ある日、見知らぬ少年と喧嘩をした。それだけならばどこにでもある話だ。
だが、彼の人生はそこから大きく転じることになる。
彼を殴りつけた少年が、ただそれだけのことで腕を折った。
一方通行が能力を使い少年を傷つけたのだと判断した大人が。
通報によって駆け付けた風紀委員が。
事態を重く見た警備員が。
そして、重厚な駆動鎧を着込んだ正規軍までもが。
たった一人の幼い少年に牙を剥いた。
たった一人の幼い少年に屈服させられた。
その時はまだ今ほどには能力をうまく使えず、ベクトルをそのまま『反転』させるのがやっとだった。
外部から彼へと向けられた敵意はそのまま外部へと跳ね返っていった。
傷つけて、傷つけて、傷つけて、傷つけて、傷つけて、傷つけて、
傷つけて、傷つけて、傷つけて、傷つけて、傷つけて、傷つけて。
同じように、外部へと向けた敵意はそのまま彼の内部へと跳ね返った。
傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて、
傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて、傷ついて。
誰かに傷つけられるたびに、その誰かが傷つく。
誰かを傷つけるたびに、彼自身も傷ついていく。
その苦悩は、幼く柔らかい彼の心にどれだけ深く消えない傷をつけただろうか。
やがて、少年は一つの真理に辿り着く。
「チカラが争いを生むなら、争いが起きなくなるほどのチカラを手に入れればいい。
戦う気にさえならないほどの絶対的なチカラの持ち主になれば、人を傷つけることも傷つけられることもない」
それが、悲劇の始まりだった。
彼が思春期を迎えるころ。
彼の本名を知る人間は、ほとんどいなくなった。
学園都市第一位『一方通行』の通り名だけが独り歩きし、彼自身もそれが自分の名前なのだと認識していた。
一方通行は荒んでいた。
施設をたらいまわしにされ、彼一人の為だけに用意された特別クラスには足も向けず、彼はただひたすら街を放浪した。
居心地の良い日向ではなく、わざと薄暗い路地裏を通る。
当然、そこに吹きだまるスキルアウトたちに目をつけられた。
スキルアウトの大半は能力開発に挫折した元学生だ。
レベル5などという"分かりやすい"アイコンが、彼らにとって嫉妬と憎悪の対象になるというのは想像に難くない。
そんな彼らの縄張りを一方通行が堂々と踏み荒らせばどうなるか、分かりきったことだ。
最初は、降りかかる火の粉を跳ね返すだけだった。
やがて、痛めつけること自体を楽しむようになっていった。
出来る限り結果が派手になるように、『一方通行』という化物の恐ろしさを刻みつけるかのように、その暴力はエスカレートしていった。
恐怖は人の行動を規定する。
それは人の間を伝播し、ある者は畏怖を覚えてその前では身を縮め、ある者は反骨心を芽生えさせ一方通行に挑もうとした。
結果は言うまでもない。
こうして『一方通行』という災厄は、学園都市の日陰に蔓延していくこととなる。
そんな彼の前に、一人の研究者が現れる。
言葉巧みに一方通行の心の闇を刺激した彼は、彼を『実験』に引き込むことに成功する。
『絶対能力者進化計画』
20000体の『超電磁砲』クローンを用いて戦闘実験を行い、指向性を持たせた能力の成長をさせることにより『絶対能力者』へと至る、悪夢のような実験。
その本質は実験開始までは一方通行に対しては秘匿され、気付いた時にはすでに引き返せなくなっていた。
自らの能力によって命を絶たれた最初の『妹達』を見て、一方通行は何を感じたのか。
彼女たちは『人間』ではなく、それを模して作られた『人形』。
そう思い込むことで心の平静を保とうとしたのかもしれない。
やがて彼は、『妹達』を『処理』することを楽しむようになっていく。
無敵になるために。
絶対的な力を得るために。
『人を傷つけることも傷つけられることもない力を得るために、誰かを傷つけ続けている』という事実に、気付かないふりをしながら。
あの『実験』は、もしかしたら一方通行にとっても悪夢だったのかもしれない。
一度動き出した悪意は容易には止まらない。誰かに無理やり止められなければいつまでも膨らみ続け、いつか大爆発して、災厄を周囲に撒き散らす。
何よりも不幸だったのは、彼が学園都市最強の能力者であり、彼を止められる人間なんて存在しなかったということ。
たった一人の最弱(さいきょう)を除いて。
あの無能力者に殴り飛ばされ敗北が決定した瞬間、一方通行は何を思ったのか。
『実験』の終了が宣告された瞬間、胸に去来したものは何だったのか。
そこで一方通行の告解は止まった。
求められたのがそこまでだと思ったのかもしれないし、これ以上は語る意志がないということなのかもしれない。
とにかく、一方通行は再び口を閉ざしてしまった。
対する美琴は不満顔だ。
一方通行の過去を知った。
実験に至るまでの経緯も分かった。
実験中、彼が何を考えていたのかも。
かと行って理解も納得もしないし、生い立ちに同情だってしてはやらない。
そんなことで帳消しにできるほど彼の罪状は軽くはない。
何より、これでは聞きたいことの半分も聞けてはいない。
「……とにかく、あいつが『実験』を止めてくれた時のことまでは分かった。で、続きは?」
「続き?」
「なんであんたが打ち止めを助けて、その後も守ろうと思うようになったのか。
それをまだ聞いてない」
「オマエに言う必要はねェ」
「あんたにその必要が無くても、私には必要なの」
目を反らす一方通行に、美琴は食ってかかる。
これは一方通行を理解するためではなく、彼女が一つの区切りを迎えるために必要なことなのだ。
一方通行にその気が無くても、最後まで付き合ってもらう。
もう一度代理演算を止めてやろうかと思ったその時、一方通行が小さく呟いた。
「……つーかよォ、オマエは俺が憎いンじゃあねェのかよ」
視線を正面に戻し、睨みつけるように美琴を見据える。
一方通行には、美琴の行動が理解できなかった。
彼女にとって、一方通行は『妹たち』を殺した虐殺者だ。
怒りも憎しみも存分に抱えているだろう。
事実、数日前の彼女は会うなりその激情を思い切りぶつけてきた。
うって代わって今彼の目の前にいる彼女は険しい顔をしているものの、平静を保っているように見える。
一方通行にはそれがかえって気味悪く見えて仕方が無かった。
「俺は10000人以上のオマエの『妹達』を殺した。オマエは10000人以上の『妹たち』を俺に殺された。
俺とオマエの関係はそれ以上でもそれ以下でもなく、出会えば即殺し合いになってもおかしくない関係だ。
それがなンで、こンなところでお喋りなンかしちゃってるンですかァ?
気でも狂ってるンじゃねェのか?」
責められ、なじられ、罵倒されたほうが、遥かに気が楽だった。
それは自身が犯した罪状に対する当然の罰であり、美琴の持つ当然の権利だ。
いっそ自分を切り刻んでくれるなら、黒焦げにしてくれるなら、彼にとってのある意味の救いとなっただろう。
新たな罪を彼女になすりつけるだけだと分かっていても、それはひどく甘美に思えた。
だからこそ、美琴の態度が癇に障ったのかもしれない。
彼女は妹たちの、無条件の味方のはずだ。
ならばこそ妹たちの『敵』であった一方通行に対し、憤慨すべきなのだ。
なのに、そのザマはなんだ。
罪人は罪を贖い、禊がれることを望む。
ならば、最も辛いのはその機会すら与えられないこと。
勝手な失望にも幻滅にも似た感情が、虚勢のような言葉をすらすらと吐かせる。
「それともなンだ? オマエの『大事な妹たち』ってのは、その『仇敵』と仲良くお喋りできる程度に軽いもンだったのか?
オマエの憎しみってのは、その程度のもンだったのか?
『アネキ』がそのザマってンじゃあ、死ンだ『人形』どもも浮かばれ──」
一方通行の言葉は途中で中断した。
何故か。
美琴がその右拳で、渾身の一撃を一方通行の顔面へと放ったからだ。
中学生女子の腕力とはいえ、美琴の身長は同年代に比べて高めだ。
加えて一方通行は杖突きの身であり、生来の線の細さもある。
はずみで彼はもんどり打って倒れ込んだ。
美琴はその襟を引っ掴み、無理やり引きずり起こす。
「…………憎くないか、ですって?」
激情を強く噛み殺す低い声が、美琴の喉から漏れる。
「憎くないわけないでしょ? あんた、自分が何をしてきたか分かって言ってるんでしょうね?
ええ、憎いわよ! 人を本気でぶっ殺してやりたいと思ったのは生まれて初めてよ!
あんたを八つ裂きにしてやりたい、黒焦げにしてやりたい、バラバラにしてやりたい!
あんたがあの子たちに与えた苦痛を、1000倍返しにしてあんたに味わわせてやりたい!」
心の奥底に押し殺していた感情のたがが外れたように、美琴はまくしたてる。
「あんたみたいな最低最悪のクズ相手に、私だって我慢に我慢を重ねてんのよっ!
腹が立って、胸の中がムカムカして、目の前が真っ赤になって、頭の中が真っ白になって。
それでも、こっちはそれに必死に耐えてんのよ!」
「……だったら、それを全部吐き出しちまえよ。楽になンぜ?」
「黙れっ!」
美琴が憤る姿を見て、楽しそうに一方通行は笑った。
そうだ、その調子だ。
その内に溜め込んだ恨みも、憎しみも、全部自分にぶつけてこい。
自分にはそれを受け止める義務があり、彼女にはその権利がある。
「あんたには分かんない。一生に分からないでしょうね!
ふとした拍子にあの『実験』のことがフラッシュバックしてくることなんか!
あんたへの憎悪で頭が煮えて、枕を抱えて眠れない夜を過ごしたこともある!
あの子たちが死んで行った時のことが夢に出て、嫌な汗びっしょりで跳び起きたこともある!
きっとあんたには、そんなことは一生理解できない!」
傷つけられた側は一生忘れない。その典型例。
きっと彼女は生涯苦しんで行き、それが風化し『過去』となることはないのだろう。
彼女が何故我慢をしているのかは知らない。
一方通行の能力を無力化する手段を得た今は、復讐する絶好のチャンスだ。
実際、その誘惑に魅かれてはいるのだろう。
それを理性で押しとどめていると言ったところか。
一方通行は少しだけ、嬉しいと奇妙で場違いな気持ちを抱いた。
美琴がこれだけ一方通行に対し激昂する理由。
それは間違いなく、彼女が『妹たち』のことをとても大事に思っているから。
「あんたは私利私欲のために10000人以上を殺した、最悪の虐殺者だ。
チョーカーを壊されて、川にでも放り込まれても文句は言えない。そんな立場。
ちゃんとそれを理解してるの?」
当然だ。
一方通行はその覚悟で、今この場に立っている。
彼女に手が下せないと言うのなら、幕は自分で引いたっていい。
「やれよ。好きにやればいい。オマエにはその権利がある」
「そうね、そうできたらどんなにせいせいするかって話よ」
睨みつける表情は変わらぬまま、何かを飲み下したように声のトーンだけが少しだけ変わる。
「私はあんたを許さない。
たとえあんたがあの子たちを10031回救っても、そのために死んだとしても、絶対に許しはしない。
それだけのことを、あんたはしたのよ。
……だけど、その恨みも憎しみも私だけのもので、あの子たちにまで押し付ける気はない」
「あの子たちが私に全部話してくれた時、打ち止めは何て言ったと思う?」
「さァな」
美琴の声の調子は打って変わって静かなものへとなった。
一方通行は肩をすくめ、美琴の視線から逃れるように顔を下へ逸らした。
力なく垂れ下がった、血のにじむ包帯が巻かれた美琴の右手が見えた。
「あの子は『あんたと一緒にいたい』って言った。
あんたの代理演算を切る結果になっても、……例え、私に嫌われたとしても」
打ち止めは一方通行と美琴を天秤に乗せ、苦慮の末に一方通行を選んだ。
美琴が大事じゃない、ということではない。
どちらも手放したくはない。
けれど美琴の味方はたくさんいる。
しかし、一方通行の味方になれるのは恐らく自分だけだろうから。
一方通行はその言葉を聞いて、苦々しさと温かさを同時に覚えた。
彼の配慮は無駄なものだった。
だけど、彼女も自分と同じ気持ちでいてくれた。
「『妹』は『姉』の従属物じゃない。あの子たちは一人一人、ちゃんと自分の考えも意志も持った人間よ。
だから、私はあの子たちの判断を尊重する。例え私の意に反してようが、そんなことはどうでもいい」
それが例えば身に危険が及ぶようなことだったなら、美琴は例え妹たちの気持ちを無視してでもそれを阻む。
けれども危険が無いのならば、それは彼女たちの自由意志に任せたい。
問題は、それが『危険かどうか』という判断を、何に従って下すべきなのだろう。
「私はまだあんたを『危険』だと思ってる。
あんたが取った『行動』は知っても、その『理由』までは知らないから」
それは当然の判断だ。
むしろ簡単に危険視しなくなるほうがどうかしている。
「……あんたは、あの子と一緒にいたいんでしょ?
あの子たちが見せてくれた記憶のビデオの中で、あんたは確かにそう言ってた」
もう視線をそらしたりはしない。
美琴はまっすぐに一方通行を見据える。
「だったら、私に『あの子があんたと居ても大丈夫』と思わせるような納得のいく説明をしなさい。
これが今日あんたを呼びだした、一番の理由」
一方通行は考え込む。
打ち止めが一方通行と共にいる場合のメリットと、美琴と共にいる場合のメリットを勘案すれば、間違いなく後者の方が上だろう。
人格が破綻している自分よりも、美琴の方がまっすぐな愛情を打ち止めに注いでやれる。
何よりも、美琴は血に汚れていない綺麗な存在だ。
自分のような汚い人間が、いつまでも打ち止めに触れていることは社会的にも倫理的にも許されないことではないか。
だが、そんなことはもはや関係ない。
あの雪原の大地で自らの立ち位置にはこだわらないと決めた。
善も悪も是も非も越えて、ただ「一緒にいたい」と願った。
一度は別れを決意した。
だけど、あの温もりがもう一度腕の中に帰ってくると言うのなら、そのために何だってできる。
プライドだなんだとそんな役に立たないものは捨ててしまえ。
美琴が一方通行の襟を離した。
そのままずるずると垂れ下がるように、一方通行は膝をつく。
まるで跪くような体勢のまま、一方通行はぽつりぽつりと話し始めた。
「……きっかけはあの無能力者に殴り飛ばされて、『実験』が中止になったあたりだ。
あの後から、ずっと何か違和感みてェなものを感じていた。世界がなンだか変わって見えた。
でもそれが何か、どうしてかは分からなくて、ずっと頭の中で考え込ンでいた」
その事に気を取られ上の空になり、絡んできたスキルアウトたちもせいぜい自動反射で返り討ち程度で見逃してしまった。
これは彼にしてみれば、大きな変化だと言える。
「そんな時、打ち止めと出会った。培養器から放り出されて、毛布一枚で街を彷徨ってたところを拾ったンだ」
突き放しても後ろをついてきて、廃墟のような彼の部屋でも構わず眠りについて。
翌日レストランで飯を食べさせてやっているさ中、いきなり打ち止めが倒れた。
尋常ではない高熱に苦しむ彼女を置いて、一方通行はレストランを後にした。
「逃げ出した実験体を連れてノコノコ研究員どものところにいくなンてのはバカげてると思ったンだ。
あいつを調整するための機材を手に入れてから戻るつもりだった」
が、研究所では打ち止めの身に何が起きているかを聞かされた。
彼女の頭に打ち込まれたウィルス、そして天井亜雄の逃亡。
それを聞かされた上で、どちらを追うかという選択を迫られた。
一方通行は『妹達』を10000人以上殺した張本人だ。
彼の能力では、殺すことはできても守ることなんかできない。
だけど、それでも、誰かを助けることができたなら。
何かが変わるかもしれない。
何かを変えられるかもしれない。
だから、打ち止めを助けたいと思った。
その後の結果は美琴も知る通り。
何かを変えたいと願って、1つの命を救った。
もちろん、そんな浅はかな思いが報われるはずもない。
けれど、世界はそこまで無慈悲なわけでもない。
打ち止めは救われた。
どんな罪にまみれていたとしても、一方通行にとっては誇るべき成果だ。
何度も。
何度も。
何度も。
これまでも。
これからも。
それが許されるなら、一方通行は打ち止めをいつまでも守り続ける。
何かを変えたいと願い、打ち止めを救った。
いつの間にか、彼女を守ること自体が彼の願いになっていた。
「そンなことを思うこと自体、許されないことかもしれねェ。
虫が良い、都合が良い、利己的、自分本位、そんなのは痛いくらいに自覚してる。
自分がどれだけ酷いことを望んでいるのか、それがオマエにどれだけ負担を押しつけることになるのか、それだって分かってるつもりだ。
…………だけど、それでも、それでも……」
心の奥から、奥底から絞り出すように、一方通行は自らの願いを口にする。
「………………………それでも俺は、打ち止めと一緒に居たいンだ……ッ!!」
美琴はため息をつく。
(……これじゃまるで、私の方が悪者みたいじゃない)
ここまで言われれば、もう返す言葉はない。
一緒に居たいと互いに強く思い合う二人を引き離そうだなんて、お話の中の三流悪党でも今日びやりはしない。
一歩通行の願いをかなえてやる義理はない。
だが、打ち止めの願いは尊重してやりたい。
いまだ一方通行に対する認識を改めることはできない。
もしかしたら、生涯それは変わらないのかもしれない。
そう簡単に一方通行を信じることはできない。
だけど、彼を信じる妹たちを信じたいから。
「……一つだけ誓いなさい、一方通行」
念を押すように、心に刻みつけるように、なるべく強い言葉と口調で。
「あの子たちを二度と傷つけない、泣かせたりしない、って」
「誓う」
答えは即時。
それほどまでに、彼の感情に迷いはない。
瞳に、相貌に、揺るぎない絶対の意志が見え隠れする。
それが、どこかの誰かの瞳と一瞬だけ似てる気がして。
嗚呼、と心の中で嘆息を漏らした。
「……………………あの子のこと、よろしくね」
小さく放たれた美琴の呟きに、一方通行はただ頭を下げた。
「『超電磁砲』」
「何よ」
「…………済まなかった……ッ」
跪くような体勢だった一方通行が、さらに頭を下げ呟いた。
形としては、ほぼ土下座に近い。
プライドが高いだろう一方通行がそんな姿勢を人に見せるのは、恐らくこれが初めてだろう。
「……そんなことで私の気は済まないし、そもそも謝る相手が違うでしょうが。
謝るなら、まずあの子たちが先でしょ」
「…………そォだな」
体を起こし、美琴が指差したほうを見れば、棟内へと至る階段の扉から打ち止めと番外個体が様子を伺っているのが見えた。
一方通行と目が合うとびくりと身をすくませ扉の中へと隠れてしまい、またそろそろと様子を見るために顔を半分だけ覗かせた。
その様子がおかしくて、一方通行は思わず苦笑してしまう。
「あんたもそんな表情ができるのね」
「……あいつらに教えてもらったのかもしれねェな」
美琴が見てきた一方通行のどの表情とも違う優しそうな表情に、美琴は意表を突かれた。
やがて、自分も口元を緩ませる。
「……誓い、守りなさいよ。何よりも、あの子たちのために」
「……あァ」
「────『第三次製造計画』?」
「あァ」
屋上の柵にもたれかかりながら、一方通行はその詳細を美琴に聞かせた。
予想通り、美琴は険しい顔をして何かを考え込み始めた。
彼女は『実験』当時、一人で施設を何十件も潰して回ったのだと言う。
今回も同じことを考えているのだろうか。
「……何を考えているかは知らねェが、変な真似だけは起こすンじゃねェぞ。
オマエは大人しくしてろ」
「はぁ、何言ってんの? そんなこと出来るわけ」
「良いから」
有無を言わせぬ一方通行の口調に、美琴は思わず口を閉ざしてしまう。
「少なくとも番外個体の派遣には、統括理事会クラスの意向が関わってる。それも複数のな。
オマエはこの学園都市の最上層部にケンカを売りてェのか?」
「そんなことは問題じゃない。あの子たちがまた生み出されて、好き勝手に利用されようとしてるなら、私は……ッ!!」
「落ち着け。この街に喧嘩を売って、オマエが学園都市にとっての敵になって、その結果何が起こるかを考えろ。
レベル5の離反は学園都市にとって大きな脅威となる。ヤツらはそれを全力で排除しよォとする。
例えば世界各地に散らばる『妹達』を人質にとったり、それこそあらゆる手を使ってでもだ」
前例もあるしな、と一方通行は鼻を鳴らした。
「だから、お前は"何もするな"って言っているンだ。
お前が学園都市にとっての脅威にならない限り、『妹達』の安全は保障される。
『第三次製造計画』で生み出された『妹達』も、お前の腕の中ならきっと安全だ」
「……だったら、『第三次製造計画』は……っ」
「俺が潰す」
一方通行は硬質混じりの声で言い放った。
「俺はもうとっくに統括理事どもには嫌われてるからな、今更罪状がいくつか増えたところで痛くも痒くもねェよ。
そういう荒事は、俺みたいな血に汚れきった奴に任せておけばいいンだよ。
オマエは光の当たる世界を恥じる事なく堂々と歩ける身なンだ、わざわざ自分から汚れることはねェ」
「それじゃ、私の気が…………ううん、何でも無い」
美琴は途中で言葉を呑みこんだ。
まず第一に重要なのは、妹たちの静かな生活を守ること。
美琴の感情なんて、二の次三の次だ。
そんな彼女の葛藤を見透かすように、一方通行は言う。
「あいつらの敵を排除するのは俺がやる。オマエはあいつらの"居場所"を守れ。
それは俺には出来なくて、オマエにしかできない仕事だ。
『アネキ』なンだろ? だったら、やるべきことは分かっている筈だ」
「……そう、よね。私が守らなくちゃ」
「もう二度とこンなふざけたことが出来ないように徹底的に潰す。
『第三次製造計画』の奴らには傷一つつけさせやしねェ。
…………オマエに誓わされたことでもあるしな」
「……忘れずに、肝に銘じておきなさいよ」
「……あァ」
一方通行は頷いて柵から背を離し、階段へと向かう。
扉に差し掛かったところで打ち止めがその影から跳びだし、美琴の方をそっと伺う。
笑って一度だけ頷いてやると、打ち止めは嬉しそうに一方通行の腕に自分のそれを絡ませた。
その後ろ姿は、まるで仲の良い兄妹のようにも見えた。
その光景に口元をほころばせながら、美琴は空を仰ぎ見た。
もう陽はかなり落ち、橙から群青色へのグラデーションが見えた。
『何もするな』。
それは美琴にとっては、とても苦痛なことだ。
妹たちに関わる事なのに、自分は何もできない。
けれど、妹たちを守るためには仕方がない。
その二律背反はもどかしさとなって彼女を苦しめる。
「……何か、出来ることはないのかな」
その呟きは、白くたなびいて虚空へと消えた。
今日はここまでです
やっと一方通行との話にケリがつきました
ちょっと八月は多忙なので、もしかしたら次は下旬か月末になるかもしれません
思い出したころにまたいらしてください
俺、寝て起きたら新約二巻とSP買いに行くんだ……!!
やっと一方通行との話にケリがつきました
ちょっと八月は多忙なので、もしかしたら次は下旬か月末になるかもしれません
思い出したころにまたいらしてください
俺、寝て起きたら新約二巻とSP買いに行くんだ……!!
一方通行「……クソッタレ…」 を読んでから
一方さんと妹達が単なる加害者と被害者の関係に見えない
本当は彼何も悪くないんじゃないの、って思えてくる
一方さんと妹達が単なる加害者と被害者の関係に見えない
本当は彼何も悪くないんじゃないの、って思えてくる
乙です。
原作の人間関係では、設定が荒唐無稽なせいで、一番理解しがたい二人だと思います。
苦労されたのではないでしょうか。しっかり描かれていたと思います。
原作の人間関係では、設定が荒唐無稽なせいで、一番理解しがたい二人だと思います。
苦労されたのではないでしょうか。しっかり描かれていたと思います。
でも実際は妹達も地雷踏ませたり狙撃したり本気で一方通行を殺そうとしたんだけどね
実力差がありすぎて一方的な虐殺になってただけで
実力差がありすぎて一方的な虐殺になってただけで
流れからして予想できる結果だったけど、それでも話に引き込まれたよ、超乙。
ところでこの話は今全体の何割ぐらい終わってるのかな?
ところでこの話は今全体の何割ぐらい終わってるのかな?
そうだよね
一方通行は何も悪くない。かわいそうかわいそう
気持ち悪い悲劇の主人公振るのも仕方ないよ
一方通行は何も悪くない。かわいそうかわいそう
気持ち悪い悲劇の主人公振るのも仕方ないよ
少なくとも>>1が言いたかったのはそういうことじゃない気が
この話の論点はいつだって全面的、根本的な責任は一方通行にないかもねってことだけで
何も悪くないってことはありえないし
一方通行が好きな奴がたまーーーに一切無罪放免かもねーみたいなニュアンスにとれる書き込みを思わずしちゃうだけで
この話の論点はいつだって全面的、根本的な責任は一方通行にないかもねってことだけで
何も悪くないってことはありえないし
一方通行が好きな奴がたまーーーに一切無罪放免かもねーみたいなニュアンスにとれる書き込みを思わずしちゃうだけで
やっぱみんな朝っぱらから買いに行くんだねぇ。
俺も十時開店の本屋に今日買いに行くZE!
(もちろん開店直後に)
俺も十時開店の本屋に今日買いに行くZE!
(もちろん開店直後に)
おつおつ
他の誰が許しても美琴やその親族は一方通行を絶対に許しちゃいけないよね
それは公正とか公平とかとは無関係な人としての責務だと思う
しかし打ち止めがファミレスで言っていた「あなたを絶対許さない」的な台詞って
本編でもほとんど無かったことになってるよね……
他の誰が許しても美琴やその親族は一方通行を絶対に許しちゃいけないよね
それは公正とか公平とかとは無関係な人としての責務だと思う
しかし打ち止めがファミレスで言っていた「あなたを絶対許さない」的な台詞って
本編でもほとんど無かったことになってるよね……
まだ一方さんも子供なんだよなぁ…
実験を断れたって言うけど、誰も味方が居ない状況で「大人」って存在はデカイからな
断れなかったとしても無理はないわ
まあ、大人の被害者だな
実験を断れたって言うけど、誰も味方が居ない状況で「大人」って存在はデカイからな
断れなかったとしても無理はないわ
まあ、大人の被害者だな
SSの数だけ落としどころがあっていいと思う。だからこその二次創作の醍醐味なんだし。
乙
乙
現実じゃあり得ない設定だから、難しい二人の関係だけどうまいおとしたと思うけどなぁ個人的に
そもそも被害者の1人である打ち止めが加害者である一方通行になついたことで、それを一方通行が救ったことで難しくなってんだよなこれ
そもそも被害者の1人である打ち止めが加害者である一方通行になついたことで、それを一方通行が救ったことで難しくなってんだよなこれ
今思えば相当アクロバティックなキャラ転換、あれで離れた読者もかなりの数になるんだろう
もしキャラ転換がなく、あのまま一方通行が鬼畜キャラとして描かれたらそれはそれで見たかった
もしキャラ転換がなく、あのまま一方通行が鬼畜キャラとして描かれたらそれはそれで見たかった
乙乙なんだよ
一方さんと短髪せんせーの関係は二人が出会って話し合うのであれば
いろいろな想いがちょうどバランスする点ってのを考えるとやっぱりここらに
落ち着かざるを得ないよね。
チョーカーをジャミングの部分は原作の設定をうまいこと使ってるなーとニヤリとした。
あと、ナナミ設定無断借用してごめんなさいorz
一方さんと短髪せんせーの関係は二人が出会って話し合うのであれば
いろいろな想いがちょうどバランスする点ってのを考えるとやっぱりここらに
落ち着かざるを得ないよね。
チョーカーをジャミングの部分は原作の設定をうまいこと使ってるなーとニヤリとした。
あと、ナナミ設定無断借用してごめんなさいorz
何か新訳見てると、一方通行は美琴にもしであったら自分のこと恨ませないようにしそうだな
麦のんにそんな忠告してたし
麦のんにそんな忠告してたし
俺栃木に住んでるんだが、新約2巻は売ってたのにSPが
どうしても見つからんなぁ
売ってる場所が新約2巻とは違う場所に置いてあるのか
それともただ単に自分の目が節穴なのか売り切れてるのか
よく分らんからまた次よく探してみよっと
最後に・・・。ホントにこのSS良いね
どうしても見つからんなぁ
売ってる場所が新約2巻とは違う場所に置いてあるのか
それともただ単に自分の目が節穴なのか売り切れてるのか
よく分らんからまた次よく探してみよっと
最後に・・・。ホントにこのSS良いね
新約2巻は売ってて、SPが売り切れてるなんて....
乙です。この話を考えるのに相当苦労されたと思います
乙です。この話を考えるのに相当苦労されたと思います
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