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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」2
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どれだけ走り回っただろうか。
PDAの地図を見る暇もなく、自分たちがどこにいるかも分からなくなりつつある。
開きっぱなしのシャッターを抜け、分厚い防火扉の鍵を磁力でこじ開けた先。
そこにあったのは、奈落。
「うえっ!?」
勢いのままに飛び出し、危うく2人ともども足を踏み外すところだった。
すんでのところで踏みとどまり観察してみると、そこは大きな円筒状の空間の内側に入るための足場なのだろうと思われた。
扉を開けたことに反応したのか、内壁の随所から足場や階段のようなものがせり出し始めている。
おそらくはこれが緊急放水用の縦穴なのだろう。
「……どうなさいますの?」
白井は横目で美琴へと問いかける。
『第三次製造計画』の足音はもうすぐそこまで迫っている。
ここを上昇するのか下降するのか、それとも彼女らとの交戦覚悟で後退し別の道を探すのか。
「だいぶ上のほうまで上がってきちゃったし、やっぱり最初の方針通り地下に──」
そこまで言いかけた時、白井の視界から美琴の姿がぶれるように消えた。
不自然に、投げ出されるかのような格好で。
その背には、彼女と全く同じ顔をした人物がしがみついていた。
2人は衝突した勢いのまま、虚空へと身を躍らせ──
「えっ」
美琴のそんな小さな呟き声が、やたらと鮮明に聞こえた。
悲鳴を上げながら白井は必死に手を伸ばし、美琴もそれを掴もうとする。
だがそれは叶わずに2人の指は互いをすり抜け、美琴は重力に引かれ落下を始める。
白井が次に考えたのは彼女の能力によって落下する2人に追いつくこと。
しかし白井と美琴に重装備をした『第三次製造計画』を加えると、彼女が転移出来る最大重量は確実に超えてしまう。
それが故に一瞬躊躇した。してしまった。
その間に美琴と『第三次』の2人は漆黒の闇の中へと姿を消した。
美琴なら、レベル5の彼女なら自力で何とかしてくれるだろう。
白井はそう強く祈り、闇の中を覗き込む。
だが、
まるで、強固な地面かなにかに。
液体を大量に詰め込んだ重い物体を。
高い所から思い切り叩きつけたかのような。
ダアァァァン!!という湿った音が、空間に響き渡る。
「……お姉様」
呼びかける。
「お姉様ぁぁぁぁっ!!」
闇の中へと叫ぶ。しかし望む答えはない。
返事の代わりに彼女に与えられたのは、背後からの強烈な一撃だ。
「あぐぅっ!?」
脳が揺れ、彼女の体が横倒しになる。薄れゆく意識の中で必死に背後を確認すると、円筒状に戻された奇妙な剣を振り下ろした『第三次』の姿があった。
1人ではない。5、10、いやさら多くの数がその背後に見えた。
剣を振り下ろしたのとは別の個体が通信機に向かって話している。
「──対象Bの制圧終了。これより捕縛し、連行します」
『りょーかい。大事なゲストだ。くれぐれも"丁重に"扱えよ?』
「承知しました」
通信相手の声がスピーカーから漏れ聞こえる。
どこかで聞いたような声だ。意識の黄昏をさまよう白井には、それが誰だか分かりはしなかったが。
『……んで、対象A、御坂美琴の方はどうなった?』
「おね、対象Aは29982号の突撃により足を踏み外し、縦穴を落下。
直後、縦穴底面に水分を多く含む重量物が叩きつけられるような音を観測しました。
対象Bの呼び掛けに対しても応答はなし。
確認はこれから行いますが、状況から考えると──」
彼女は言葉を切る。
その次の言葉は、まさに意識を失おうとする白井にもしっかりと聞き取れた。
「──対象Aは、29982号もろとも墜落死したもの、と推測されます」
今日はここまでです
ベクトルってこんな感じで良かったのかな、高校卒業以来触れていないので記憶が……
まあ細かいことは(ry
なにはともあれ、2年目に突入してしまった『極光』を、これからもよろしくお願いします
俺、起きたら新刊買いに行くんだ……!
ベクトルってこんな感じで良かったのかな、高校卒業以来触れていないので記憶が……
まあ細かいことは(ry
なにはともあれ、2年目に突入してしまった『極光』を、これからもよろしくお願いします
俺、起きたら新刊買いに行くんだ……!
うおおおお!!どうなるんだこれぇぇぇぇ!!乙!
次も楽しみに待ってる!!
次も楽しみに待ってる!!
乙ッアピーンチ!
いやすごいハラハラするバトルだなー
美琴、黒子ペアも一方通行、番外もみんな頑張れ!
いやすごいハラハラするバトルだなー
美琴、黒子ペアも一方通行、番外もみんな頑張れ!
お疲れさまです
正義の味方は物理攻撃には強くても精神攻撃には弱い
どう克服するかが楽しみです
正義の味方は物理攻撃には強くても精神攻撃には弱い
どう克服するかが楽しみです
美琴が美少女じゃなかったらクローン計画は潰えていたんじゃないかとふと思った
おおおおおおお…
これは…っ!
これからも更新楽しみに待ってます
超乙です
これは…っ!
これからも更新楽しみに待ってます
超乙です
またなんという展開に! これは期待しちゃってもいいんだろうか?!
ティルフィング発動シーンをカッコイイと思ってしまったのは自分だけだろうか?
「抜剣」って一度言ってみたい台詞だ
「抜剣」って一度言ってみたい台詞だ
俺はオジギソウみたいな形状の剣を想像してる
・・・そういやそんな名前のビックリ科学兵器があったな
・・・そういやそんな名前のビックリ科学兵器があったな
食蜂視点の御坂評はある意味虚像が勝手にひとりあるきすると
どうなるかの見本だな。
本人にその気がなくとも神輿として担がれれば一緒とな。
どうなるかの見本だな。
本人にその気がなくとも神輿として担がれれば一緒とな。
食蜂と御坂さんあれだけのガチバトルをやることになるとは
以外な電撃大王
以外な電撃大王
こんばんは
大変申し訳ありません
色々立てこんでいたのと、色々悩んで書いては消し、書いては消しを繰り返していたら遅くなってしまいました
3月の投下が1回とか笑えないorz
それでは投下していきます
今回はちょっと暴力描写が強めです
大変申し訳ありません
色々立てこんでいたのと、色々悩んで書いては消し、書いては消しを繰り返していたら遅くなってしまいました
3月の投下が1回とか笑えないorz
それでは投下していきます
今回はちょっと暴力描写が強めです
階層不明・小実験場。
「っらぁあああああああああああああああ!!」
気迫を雄叫びに変えて、番外個体は不安定な足場の上を駆け抜ける。
それを追うのは空間移動能力者である『同伴移動』と、まだ姿を見ぬカメレオンのような能力を持つ襲撃者。
彼女らが浴びせる銃弾の雨を周囲に浮かべた即席の盾で防ぎ、物陰へと滑りこんだ。
「ガラクタの山にどれだけ金属が含まれてるか分かんないけど!」
廃材の山から突き出たパイプを掴み、出せる限りの出力で電流を流す。
加害範囲にいたのだろう。2つの短い悲鳴が聞こえるが、番外個体の視界にも電磁波レーダーにも反応はない。
そちらはとりあえず捨て置き、電磁波レーダーを阻害する装置の元へと走った。
「ラス2っ!」
レーダーに干渉するほどの電磁波を出しているせいで、干渉装置の位置自体は簡単に判明する。
『演算銃器』の作りだした貫通性に優れる弾丸がガラクタの山を易々と貫き、その中に埋もれる干渉装置を破壊した。
残る装置は彼女が感知する限り恐らく残り1つ。ここまでくればレーダーも大分クリアになる。
正確な位置が分からずとも、「どのあたりにいるか」くらいは分かるようになった。
だが、その程度の精度ではまだ敵には届かない。
空間移動能力者と、視覚操作または偏光能力者。
「どのあたりにいるか」ではなく、「どこにいるか」を瞬時に把握できなければ彼女らへの攻撃は通らない。
逆に言えば、それさえ分かれば彼女の勝ちは揺るぎないものとなる。
彼女が飛ばす鉄釘の速度は音速を上回る。
この空間程度の広さなら、敵がどこにいたって人間の反射速度を越える速さで突き刺さる。
これはあくまで単純に「反応」する場合。そこからさらに演算を要する空間移動で逃げることは叶わない。
それは相手も分かっているのだろう。
弾丸の驟雨はより激しくなり、彼女の周囲に浮かぶ廃材を削り取ろうと襲いかかる。
だが、
(もう、"分かる")
残る干渉装置が離れた場所にあると言うのも関係しているのだろう。
まるで霧が晴れつつあるかのように、相手がどの方向から攻撃してくるのかもうっすらながら分かる。
あとは周囲から金属製の廃材を拾い集めて、その方向の盾を強化してやればいい。
ついでに引っこ抜いた金属製のデスクか何かを敵の方向へと放り投げ、番外個体は最後の干渉装置を壊すべく走る。
その背後で、まるでランチャーの安全装置を外すかのような、ガチリという金属質の音が響いた。
「……グレネード!?」
この空間から出るべく扉を開けようとしていた時に使ったものと同じものか。
その威力は折り紙つき。直撃すれば人体など吹き飛んでしまうだろう。
とっさに廃材の盾の厚みを後方に集中させ、衝撃に備える。
盾へとめり込んだ榴弾は爆音と爆風を撒き散らし、番外個体の盾を大きく損壊させる。
この程度で砕け散る彼女の盾ではない。しかし続いて放たれた2発目の榴弾の直撃を受け、今度こそ木っ端微塵に砕け散る。
その煽りを受け、彼女は大きく姿勢を崩した。
(……2人ともランチャー持ってやがんの!? 二段構えなら相手に隙を与えず攻撃できるんだろうけどさ!
どうする、どうしようこれ!?)
襲撃者たちは番外個体を逃がすくらいなら殺してしまおうと決めたらしく、獲物を牽制メインのものから殺傷能力の高いものに切り替えたようだ。
盾を作り直す暇もなく、3度目のガチリという音が響いた。
が、
カン、カンと空き缶が転がるような音が聞こえたような気がした。
直後番外個体の目の前を遮るように何かが出現し、榴弾の直撃から彼女を守った。
吹き荒れる爆風から守るべく顔を腕で覆いながら、番外個体は彼女を守った何かを見上げた。
それは、人だった。
彼女よりも背は低く外見年齢も若く、にも関わらずませたニットのワンピースを纏った少女。
「……絹旗さん」
「そろそろ超役に立っておかないと、『うわーこいつ超使えねー』と言われても癪ですからね」
振り返った少女はウィンクしてみせた。
絹旗の能力は窒素を操作する『窒素装甲』であり、その防御力は折り紙つきだ。
追加の液体窒素まで使った今、榴弾の数発で装甲が突き破られることはない。
しかし、彼女の能力に空間転移は含まれてはいない。
突如目の前に現れたと言うことは、彼女を番外個体の近くに転移させた人間もいるということになる。
「……苦戦しているみたいね、番外個体?」
空を裂く音と共に出現したのは結標淡希。
手にした軍用ライトで肩を叩きながら、にっこりと笑う。
「随分とまぁ、ボロボロだけど」
「電磁波レーダーが利かない状況で空間移動能力者や光学迷彩みたいな能力者と戦わされちゃ、苦戦もするよ」
腰を下ろしたまま手にした銃をリロードし、番外個体は笑い返す。
「けれど、それももう終わり」
右手の『演算銃器』を瓦礫の山に向けて発砲する。
タァン! と乾いた音が響き、銃弾が瓦礫の山の中に埋もれる最後の干渉装置を破壊する。
同時に、番外個体を苛んでいた全ての干渉が消滅した。
すっきりとした頭を軽く振り、立ち上がった番外個体は『演算銃器』をベルトに挟み込んだ。
「もう使わないんですか?」
「あくまでウザったい装置を壊すための武器だよ。無力化のために人に向けるには火力過剰かな」
「相手は空間転移能力者と、光学迷彩的な能力者って言ったわよね?」
「そう。目で見て相手するならこの上なくメンドくさい相手だけどねー」
ちゃりちゃりと、掌で鉄釘を弄びながら呟く。
「今となっちゃ、丸裸も同然だよ」
空を切る音、一瞬遅れて瓦礫を踏む音。
それは3人の背後から聞こえた。
続けて聞こえてきた金属が触れ合う音は、拳銃の安全装置を解除した音か。
しかしその引き金が引かれるより早く、番外個体の繊手が閃いた。
「……ぐぁっ!?」
苦悶の悲鳴とともに、何もないはずの虚空から血飛沫が噴き出し、拳銃がからからと音を立て廃材の上を転がっていく。
番外個体が目配せをするよりも早く結標が軍用ライトを振る。
血飛沫が噴き出た空間に出現した絹旗は、既にその拳を思い切り振りかぶっていた。
「ごぶふぅっ!?」
拳は腹にでもめり込んだのだろう。
肺から空気を吐き出させられる音と共に、姿の見えない能力者はもんどりうって吹き飛んだ。
絹旗はその後を追って跳び、どことも知れぬ部位を踏みつけて動きを封じた。
「隠蔽迷彩(ナチュラルカラー)ァっ!?」
姿を隠していた能力者のものらしき名を叫ぶ『同伴移動』。そちらと離れたためか、その姿はもはや隠れてはいない。
「──やぁーっぱり、仲間がいないと能力は使えないのかにゃーん?」
その言葉に『同伴移動』はびくりと背を震わせ、ぎこちなく番外個体の方を向いた。
その顔に浮かんでいたのは笑顔。ただし友好的なものではなく、加虐の喜びに満ちたサディストのものだ。
自分の物に加え誰かの座標データが無ければ能力を使って空間転移することはできない。
仲間である『隠蔽迷彩』は敵に捕縛され、抵抗を試みてはいるが敵の力に為す術がないようだ。
「……能力なんて使わなくても!」
「物騒なもの向けないでよね」
番外個体に向けたはずの拳銃が、そしてすとらっぷで肩に提げていたランチャーが彼女の手の中から溶けるように消える。
見れば、番外個体の背後で結標が2つの火器を見せびらかすように持っていた。
能力は使えない。
武器は奪われた。
番外個体はパキパキと指の骨を鳴らしながら、愕然としたような彼女の表情をそれはそれは楽しそうに眺めて言った。
「さあて、楽しい楽しいオシオキの時間だ」
『水源地水位監視センター』外部・指揮車。
大きなトラックの荷台にこれでもかと言わんばかりにコンピューターやモニターを突っ込んだ指揮車。
それが今作戦における『グループ』の根拠地であった。
モニターに映る光点は突入班の現在位置を示している。
その1つ、緑色の光点を見つめ、この場を預かる土御門の表情が険しくなる。
「まずいな」
「……どういうことです?」
隣にいた黒いスーツを着込んだ男が土御門の呟きに答える。
彼は親船の配下にいる人間であり、厳密に言えば暗部組織に所属しているわけではない。
部下に指示を出すことはあっても現場に出ると言うことはないのだろう。その顔には緊張の色が浮かんでいる。
「緑の光点、あれ番外個体曰く御坂ちゃんのなんだけどな。
さっきから排水用の縦穴の底から微動だにしない。
ひょっとして、ひょっとするとなぁ」
「何かの理由があり、穴の底に留まっているのでは?」
「さっきまでぴょんぴょんあちこちへと跳び回ってたんだ。何かに追いかけ回されていたと見るべきだ。
それが急に動きを止めるって事は、マーカーが付着しているものを落としたか、あるいは……」
「……動けない事情ができた、と?」
モニターに表示された施設内部の見取り図の縮尺はそこまで小さいものではない。
戦闘行動を行っているのならわずかでも動きが有るはずだ。
しかしそれすらないのなら、マーカー自体が動いていないことになる。
マーカーを落としていないのなら、その持ち主は身動きできないほどの重傷を負ったか、あるいは──
「──殺されてしまったか」
「……仮にもレベル5ですよ!?」
「あり得ない話じゃない。御坂ちゃんはレベル5であっても暗部の人間じゃない。
彼女は冷酷にはなれない人間なんだよ。自分や誰かの命がかかっていたとしても、そこで敵を"殺してしまう"という選択肢が取れない。
それは彼女の立場としては当然だし長所でもあるんだが、こと戦闘においてはそれは弱点にもなる。
まあつまり、彼女は『甘い』んだよ。暗部の人間にしちゃ、そこにつけ込まない手はない」
単騎で軍隊に匹敵する戦力と言われるレベル5、その第三位。
御坂美琴を殺害可能な存在があの施設の中で大暴れしていると知って、黒スーツの男の顔が青褪める。
「それに、さっき御坂ちゃんのマーカーが縦穴のかなーり高い所から落下したように見えたんだよな。
レベル5ならどうにかできるかと思ったんだが、それっきりぴくりとも動かん。
こりゃーいよいよヤバいんじゃねーかな」
「す、すぐにフォローを……」
「うん、海原あたりに様子見を……って、すまん」
土御門が纏う学生服の中から携帯電話の着信音が鳴る。
作戦中にも関わらずけたたましく鳴る携帯電話に向けられた非難がましい視線に、上からの指令だ、と答えつつ土御門は通話ボタンを押した。
「────、」
通話自体は30秒もしないうちに切れた。
しかし、その間にみるみる険しくなった土御門の表情に、黒スーツの男は怪訝な表情を浮かべる。
「いかがしました?」
「……すまん、ちょっと別の任務を与えられた。
1時間ほど俺はここを離れる。任せられるか?」
「そんな、現場への指揮は……!?」
掛けていた椅子から立ち上がり荷台の扉へと向かう土御門に、部下たちから慌てたような声が上がった。
「今まで指示なんて求めてきてないだろ? 元々現場判断で動くことに慣れてる連中だ。
インカム越しに通信は繋いでおく。何かあればそっちに回してくれ。
あ、あと海原に御坂ちゃんの様子を伺わせるのを忘れるなよ」
「あなたはどこへ?」
「言っただろ、別の任務だって。詮索すると危ないぞ?」
指で首を掻き切るような仕草をした土御門は開けた扉からひょいと飛び降り、振りかえって言った。
「じゃあ諸君、よ・ろ・し・く・にゃー」
悪戯っぽい調子で笑い、その顔は閉じられた扉の向こうに消えた。
地下13階・通路。
血の海に倒れ伏した一方通行を尻目に、『ミサカ』はふらふらと立つ『油性兵装』のもとへと歩む。
『ミサカ』の身を包んでいたオイル製の装甲は流体となって床へと流れ落ち、その下には純白の装甲が覗いている。
「さっすがに、あちこちイッたかな……?」
苦笑する『油性兵装』。
一方通行に装甲を操作され思い切り絞め上げられたことで、身体のあちこちが悲鳴を上げている。
そんな彼女に対し、『ミサカ』は手を伸ばした。
「『ティルフィング』を。ここからは"ミサカたち"が引き継ぎます。
じきに別働部隊が到着しますので、それまでしばらく休息を」
「こいつは私の獲物だ、って言いたいところだけど……立ってるのがやっとの状態じゃそうもいかないか」
「ここまで追い詰めたのはあなたの立派な戦果です」
「……ま、作戦通りってことで」
純白の刃を『ミサカ』に渡し、『油性兵装』はよろよろと壁際に近寄る。
何本かあちこちの骨が折れているような感覚がし、手足の動きはぎこちない。
そこに体重をかけぬようオイルで装甲を補強しながら、『油性兵装』は問うた。
「お腹に一撃喰らってたけど、そっちは大丈夫なの?」
「衝撃自体は通りましたが、自己診断では臓器や骨、筋肉などに異常は見られません。
あなたの『油性兵装』、および『新素材』製の装甲の防御力は充分だった、ということでしょう」
「私にもその装甲支給してくれりゃ良かったのに。
……ああ、ちくしょう、勝ちたかったなぁ」
やっとのことで壁際まで辿り着いた彼女はそんな呟きを残し、壁に背を預け座りこむ。
疲れた体を休めるかのように目を閉じた『油性兵装』に背を向け、『ミサカ』は一方通行に向けて身体を向ける。
「──納剣」
『ミサカ』が小さく呟くと、天使の翼を模した剣はくるくると剣身を丸め、1メートルほどの筒状へと姿を変えた。
その表面は金色の印字を覗いて純白であり、それが剣に変形するとは思わせないほどすべすべとしている。
落下防止のためだろう一端に取り付けられたストラップを持ち、それを軸にくるくると『ティルフィング』を振り回しながら、『ミサカ』は一方通行の前に立った。
「……どうせ意識はあるのでしょう? 狸寝入りは無意味です。
背骨や肋骨はあえて切断しなかったのですから」
彼女が見下ろす先には、一方通行が倒れている。
だが、その周囲に先ほどまであったはずの血だまりはなく、赤く染まっていたはずの裂けた衣服は元の色に戻っている。
血液のベクトルを操作し、自らの体内へと戻したのだろう。
出血時に混ざった異物や雑菌は彼の能力が選り分け、排除することで混入は防がれる。
つまり、意識がある=能力が使える限り彼が失血死することはない。
だが、それは同時に彼に能力の常時使用を強いることになる。
能力の使用時間に制限を持つ一方通行は、電極のスイッチをオン・オフすることで制限時間を伸ばそうと努力してきた。
しかし、これからはその手段を取ることはできず、仮に取ってしまえば再び大量の血液を流失することになる。
すなわち残る制限時間、およそ10分程度が彼の寿命。伸ばすことは不可能。
『油性兵装』の残した戦果は、彼我の戦力差に対して余りに大きい。
のろのろと一方通行が上半身を起こす。
その瞳に『ミサカ』の姿を映す。
だが、そこに先ほどまでのような、戦意はすでに宿ってはいない。
そこにあったのは、怯えと恐れ。
「無様な顔ですね。学園都市最強の超能力者らしくもない。
もっと傲岸かつ不遜に笑ってみたらどうですか?」
そんな彼の心に食い込むように傷口を抉るように、『ミサカ』は言葉を紡ぐ。
「楽しそうに"ミサカたち"をバラバラに引き裂いていた時のように」
床材が砕ける音がした。
一方通行がその拳で床を思い切り殴ったのだ。
そこから得た運動エネルギーを操作し、後方へと跳ぶ。
空中で身を翻し、そのまま『ミサカ』に背を向け逃げ出した。
自らの荒い息の音が嫌に大きく聞こえる。
その原因は彼が背後に置き去りにしてきたもの。
覚悟はしていた。
番外個体に警告は受けていた。
その言葉の意味をもっと吟味するべきだった。
『侵入者たちを排除できるだけの力を持った軍隊があって、しかもそれに対して自由に命令できる。だったらさ、それを使わない手はないよねぇ?」
2か月近くに及ぶ、彼女との付き合い。
それが彼の記憶を半ば風化させかけていた。
彼女は元々何のために一方通行の前に現れた?
学園都市は何を企んだ?
そして、彼女を前に一方通行は何を思った?
(怖い)
本能の奥底に眠る感情。
最強の存在である自分が幾度も感じた事のない感情。
それが自身の心をどれだけ縛りつけ、爪を立て、ぎりぎりと締め付けるか。
それを、甘く見過ぎてはいなかったか?
空気を切り裂く音がしたような気がした。
直後、彼の左腕を何かが貫いていった。
焼けるような鋭い痛み。一瞬だけ演算が狂い、彼は空中でバランスを崩した。
どうして、と思う暇もなく、ほとんど耳元ではないかと思うほど近くから『ミサカ』の声が聞こえた。
「逃がすと思いますか?」
いつの間に追いつかれたのか。
振り向くと、彼女は『ティルフィング』を左の逆手に持ち、右の拳を思い切り振りかぶっていた。
殴り飛ばされる。そう思い反射的に腕で顔面を庇おうとするが、訓練された人間から見れば彼の動きは緩慢に過ぎる。
彼のガードをすり抜けるように、『ミサカ』の拳は一方通行の顔面を捉えた。
脳を揺さぶるような、鋭い一撃だった。
ちっと一方通行の鼻先を掠めた拳は、勢いはそのままに突如向きを反転させた。
まるで寸止め、あるいは牽制のために放たれたジャブのよう。
しかし、その拳は『さらに向きを反転させ』、一方通行の顔面を打ち抜いたのだ。
吹き飛び転がる一方通行と自らの拳を交互に見ながら、『ミサカ』は満足げに言った。
「……ふむ、どうやら"ミサカたち"が搭載した対反射戦術は功を奏したようですね」
「対反射、戦術……?」
鼻腔内のどこかが切れたかもしれない。
だくだくと鼻血を流しながら、一方通行が問い返す。
彼女の動きは、とある男を彷彿とさせた。
彼の反射膜を正面から突破して見せた2番目の男。
木原数多。
一方通行の能力を『開発』した男の1人にして、この学園都市にはびこる『木原』の1人。
彼が編み出した対一方通行専用の格闘術に、『ミサカ』の動きはそっくりだった。
それは一方通行の反射が通常は「自動でベクトルを逆向きにしている」ことを逆手に取り、
「放った拳を寸止めの要領で反射の直前に引き戻すことで『遠ざかる拳』を内側に反射させる」というもの。
木原数多は一方通行の性格や特徴、能力のクセや『自分だけの現実』を把握し、どんなタイミングからでも正確に彼の反射膜を打ち抜いてみせた。
そんな神業じみた所業を成し遂げられる人間が彼以外にいてたまるものか。
「ありえない、と言いたげな顔つきをしていますね」
文字通り『一方通行の全てを識る』木原数多だからこそ実践しうる技だ。
彼の猿真似をした男は自らの拳を潰す結果に終わった。
例え木原数多の動きを完全にコピーしたとしても、一方通行の演算式をリアルタイムで解析し対処できなければ成り立ちはしない。
一方通行が今どのような式を組み、どのタイミングでどのように式を変化させるか。
それを完全に予測するための基準となるデータは机上の空論ではなく、実際に彼と接触して得た経験という形でしか得られない。
「10032回あなたと戦った"ミサカたち"では、足りませんか?」
彼と接触した経験と言うのなら、ある意味では開発者よりも多く持つ存在がいる。
彼に関する知識は『学習装置』によって手に入れた。
そして、彼との実戦データの量は誰よりも多く保有している。
「10031回あなたに殺された"ミサカたち"では、足りないでしょうか?」
10031の命と引き換えに得た経験値を、たった1人に集約して。
見せびらかすかのように、『ミサカ』は右手の中でちゃりちゃりと白く小さな物体を弄ぶ。
恐らくは彼の左腕を貫いただろう純白の弾丸。
彼女が携行する、純白の刃と同質に見えるもの。
どちらも彼の反射膜を苦もなく貫通して見せたもの。
彼を、死に至らしめ得るもの。
『純白』と『反射膜の貫通』。
そのキーワードに何かが脳裏をかすめるが、あれは文字通り叩きつぶしたはずだと頭から追い出す。
『第三次製造計画』。
その尖兵として、一方通行を殺すためだけに送り込まれてきた番外個体。
彼女と、目の前の少女は余りにもよく似通っている。
同一のDNAから生育されたクローンだから、という意味ではない。
恐らくはこの『ミサカ』もまた、一方通行を殺すためだけに送り込まれたのだろう。
彼を殺すための装備がその証左。
ばらり、と『ミサカ』が手にした弾丸をいくつか投げる。
一瞬重力に従い沈むものの、すぐに宙で静止し、その頭を一方通行へと向ける。
磁力操作か。
(……来る!?)
一方通行が身を沈めたのと、弾丸が超音速で駆け抜けたのはほぼ同時だった。
そのほとんどは避けた。だが1発だけ完全に避けきれず、それは一方通行の肩を掠めて背後へと抜ける。
一瞬出血するものの、自らの血流を操っているおかげですぐに血は止まる。
しかしその傷の存在そのものが、彼の反射膜が純白の弾丸に対して用を為していないことを証明してしまっている。
どういう理屈かは知らないが、あの弾丸は一方通行の反射膜を無効化しているか、あるいは反射できない素材で出来ているらしい。
「何故これらの装備があなたの反射膜を貫通するのか。分からないといった表情ですね」
『ミサカ』の攻撃はそれだけでは終わらない。
左手に持っていた『ティルフィング』を右手に持ち替え翼の形状へと展開させる。
弾丸を避けるために体勢を崩した一方通行に向けて、大上段に振り下ろした。
それを横に転がることで何とか回避する一方通行。
振り下ろされた翼剣が生み出した床の切断面を見て、背筋を凍らせる。
大きな翼のような形をした剣はは、遠目から見た限りでは柔らかな羽毛に覆われているように見える。
だが、背骨のような剣身から針のように細長い短冊状の刃が並ぶその剣は、床材をバターのように容易く切り裂いた。
その斬れ味は、彼の背に刻まれた真一文字の傷にも表されている。
「『 Equ.DarkMatter ver."Tirfing" 』」
床から引き抜いた翼剣を水平に持ち上げ、『ミサカ』が小さく呟く。
「学園都市が獲得した新素材から精製された、新時代の携行兵器です」
「……『未元物質(ダークマター)』……だと?」
『未元物質』。
超能力者序列第二位である垣根帝督の能力名であり、またそれによって生成される素粒子の名でもある。
文字通り『この世界には本来存在しない』はずの物質であり、それが秘める科学的価値は文字通り未知数だ。
常に最先端を追求する学園都市だ。それを兵器に用いようとすることもなんらおかしいことではない。
だが、『未元物質』で出来ていると言うことは、一方通行の反射膜を貫通する理由にはならない。
過去に垣根帝督と対峙した際、未元物質がもたらす独自の法則は既に解析し、彼の演算式に取り込んであるのだ。
彼にとってはすでに未知ではなく、既知の物でしかない。
にも関わらず、それから作られた2つの兵器は反射膜をすり抜けて彼の体を容易く傷つけてしまう。
しかし理屈は分からずとも反射ができないと言うのは、彼にとってはある意味で僥倖だったのかもしれない。
状況に飲まれ混乱する脳みそが正常に演算を行ってくれる保証はない。
反射が効かないのであれば、何かのはずみで刃を反射して『ミサカ』を傷つけることはない。
だから、敢えてその剣が持つ特性を解析しようとは思わなかった。
それを感じ取った『ミサカ』は悪戯っぽく笑って地を蹴り、『ティルフィング』を振るう。
反射はできない。受ければ易々と切り裂かれる。ならば、一方通行はそれを避けるほかない。
避け切れなければ死。制限時間が尽きれば死。
袋小路の状況を打破する手はなく、一方通行はただひたすら回避に専念する。
「……『第三次製造計画』ってなァ、随分期待されてるみてェだな」
その呟きは、彼の率直な意見を表していた。
未元物質は世界でも垣根帝督だけが生み出すことのできる素材だ。
それから作られた兵装を惜しげもなく装備させられるのだ。
戦場へ出した際、武器を奪われ解析されることなどないと思っているのか。
あるいは、使い捨てても問題ない程度のものでしかないのか。
それだけではない。
運動エネルギーを操作することで一方通行は常人を越えた速度で移動することができる。
直線的ではあるが、それでも並の人間に追いつけない速度であることに変わりはない。
しかし、『油性兵装』のように能力を使うことなく、『ミサカ』は純粋な脚力のみで彼に追いすがってくる。
それを支えているのは恐らく脚部全体に取りつけられた装甲のような装置だろう。
シルエットとしてはロシアで見た高機動型の『駆動鎧』よりも遥かにスマートであるにも関わらず、それが生み出す速度はさほど変わらない。
そこには一体どんな技術が投入されているのか。
番外個体は『第三次製造計画』を指して、
『レベル5を除く全暗部構成員に対し、一対一で余裕を持って打倒できる』
と評した。その言葉通りなら、つまりは彼女たち1人1人がレベル5に次ぐ火力を備えていることになる。
なんの特殊装備なしであっても、番外個体は暗部組織のレベル4である絹旗最愛をなんなく下して見せた。
相性もあろう。しかしそれはここまでの圧倒的な差を生むものではないはずだ。
同じレベル4に分類されてはいても、その中では最上位に位置する存在。
軍隊と単騎で渡り合えるレベル5に次ぐのなら、軍隊とだって戦えてもおかしくはない。
最先端の兵器と、最上位クラスの超能力者。
両者を組み合わせて兵站をしたのなら、それは間違いなく世界最高の軍隊となる。
その体現が、目の前の少女。
そう一方通行は思っていた。
しかし、
「何か勘違いをされているようですが、この"ミサカたち"は『第三次製造計画』の正式ロットではありませんよ?」
その言葉に、一方通行は動揺する。
「何……?」
「ふむ。どうやら、"ミサカたち"のメッセージは軽視されたようですね。
"本来の目的のついで"であったとはいえ、少しだけ傷つきました」
形のいい眉を顰め、不満げな表情を作る『ミサカ』。
「木山博士を撃ったのは、この"ミサカたち"です」
「なッ!?」
数日前、木山春生という研究者が自分の研究室で撃たれ重傷を負った、ということは番外個体から聞いている。
また、その犯人が『リプロデュース』と名乗る『妹達』であることも。
木山の銃創は大血管や内臓を意図的に避けたものであった、と冥土帰しのカルテにあった。
わざわざ殺害ではなくそんな回りくどい方法を取ったのには意味があったはずだ。
その意味について『グループ』は「御坂美琴に向けての示威行為」と結論付けていた。
彼らがどうこうするものじゃない。それよりもさっさと『第三次製造計画』の終結を。
そう考え、その後に入手した情報を処理する過程で、いつしか記憶の底へと埋もれていた。
「……『リプロデュース」ってやつか」
「その通りです。『プレサードシーズン・リプロデュース』。
それがこの"ミサカたち"に与えられた新たな開発コード」
『第三次製造計画』の前段階における先行試作体。
彼女たちを生みだす礎となったミサカたち。
「この"ミサカたち"に与えられた検体番号は26428号」
『Reproduce』。再生を意味するその単語が表しているものは何か。
知ってはいけない何かがそこに込められている気がして、一方通行の体は知らず震える。
「しかし、元々『このミサカ』に与えられていた検体番号は6428号」
そして、それは白日のもとにさらされる。
10031号以前のナンバー。死んだはずの個体のナンバー。彼が手にかけたはずのナンバー。
ただでさえ白い一方通行の顔がさらに青ざめて行くのを見て、『ミサカたち』の唇が弦月状に歪む。
「簡単に言ってしまえば、あなたに殺され損なった"ミサカたち"です」
発狂しなかったのが奇跡だと思った。
それほどまでの衝撃が彼を襲った。
目の前にいる少女は。
実験に生き残った個体ではなく。
番外個体のように新たに作られた個体でもなく。
「……俺が、殺し損ねた、個体……だと」
「かつてのあなたの戦い方は、一言で言ってしまえば『とても大雑把』。
派手な能力の使い方を好み、同時に複数の個体を投入した実験ではターゲットの生死を確認することなく次の標的へと襲いかかる。
それならば、九死に一生を得た個体がいたとしてもおかしくはないでしょう?」
それがどんな状態だったとしても、と『リプロデュース』は付け加えた。
「あなたに引き裂かれ、引き千切られて肉塊となった"ミサカ"たちは、たとえ生きていたとしても死亡した姉妹たちとともに焼却炉へと投げ込まれるはずでした。
しかし、まだ息がある"ミサカたち"を見て、1人の研究者はこう言いました」
『──新鮮な"部品"はいくらでもあるんだ。それを使ってこいつらを"仕立て直す"こともできるんじゃないか?』
クローンであるため遺伝的に同質体である『妹達』は、相互に臓器などを移植しあったとしても拒否反応を起こすことはない。
理屈の上では、損傷した臓器を他の個体の死体から移植することは難しいことではない。
壊れた個体を治療するよりも、新しく個体を再生産したほうがコストの面から言ってもいいのではないか。
そんな意見に対して、その研究者は『培養カプセルの医療的使用法の模索』を提唱した。
『妹達』の育成に使われる培養カプセルは1日で1年分の細胞分裂を被験者へと強いる。
例えば、大怪我をした人間をそのカプセルに放り込むのだ。
損傷により細胞組織が崩壊し生命活動を維持できなくなるよりも早く細胞分裂によって治療を施したとしたら、その患者はどうなるだろう?
損傷がより促進され、死を劇的に早めるだけかもしれない。しかし、もしかしたらその患者を死から救うことができるかもしれない。
実験台は今目の前におり、機材だって揃っている。
ならば、試さない手はない。
「そして、"ミサカたち"は他の個体から採取された臓器や組織を使って"修復"され、再び培養カプセルへと入れられました」
結果は大成功。翌日には何事もなく歩けるようにまで回復していた。
代償として、設定された年齢を1つ重ねてしまいはしたが。
リプロデュース。再生産された個体。
彼女たちはリナンバリングされ、、新たな生を迎えることとなった。
自らの首元から戦闘服のジッパーを下腹部まで引き下ろし、その隙間から柔らかな乳房が覗く。
その膨らみと膨らみの間からすべすべとした腹部にかけてうっすらと見えるのは、痛ましい手術痕。
傷痕を撫で、『リプロデュース』は妖艶に微笑んだ。
「左眼、右腕の肘から先、左腕の肩から先、右脚の太股から先、左脚の膝から先。
右肺、肝臓、膵臓、左の腎臓、子宮、小腸や大腸の一部、および全身の皮膚や骨、筋繊維。
……これらは何を意味すると思いますか?」
人体の組織の名称を羅列する『リプロデュース』。
その真意を、一方通行は悟った。悟ってしまった。
「あなたに奪われ、他の『ミサカ』の死体から補われた『このミサカ』の欠損部位ですよ。
『このミサカ』の身体を構成する血肉も精神も『このミサカ』のものだけではない。
この心身の中には他の『ミサカ』が今も生き続けている。
だから、『このミサカ』は自らを指して"ミサカたち"と呼称するのです」
個体としての生は終わってしまっても、その記憶はネットワークを通じて他の個体に溶け込み、、肉体は他の個体の一部となって生き続けている。
自らを生かす礎となった他の個体の命を自らの生へ取りこみ、背負い続ける。
自己の概念が希薄だった彼女たちだからこその死生観なのかもしれない。
死んでいった姉妹たちが、最後に想ったことはなんだろう。
ある個体が感じたのは死への恐怖か。他の個体に刻まれたのは虐殺者への憎悪かもしれない。
それら全てを生きている彼女が拾い上げ、今この時彼女を一方通行との復讐戦へと駆り立てる。
クローン人間を使い潰すだけでは飽き足らず、さらにその残骸までも利用する。
ちょうど部品の足りなくなった戦闘機や戦車を、一部を解体して得た部品を使って他の機体を共食い整備するかのように。
生体すらまるで機械の部品のように扱ってしまうこの都市の暗部を、一方通行は改めて狂っていると認識し直した。
人間を作り出して、一方通行に殺させて、そこから生き残った個体を修復してまた一方通行との戦闘に投入する。
そこに生命倫理の文字はない。
慈悲も呵責も何1つ持ち合せず、ただ己の好奇心のままに実験を繰り返す研究者どもの群れ。
学園都市の暗部とは、そういうところだ。
自分だってかつてはその一部で、今もなお抜け出せた訳ではない。
抜け出せる訳がない。
暗く澱むその闇を作り出し、光の当たる世界から隔絶しているのは紛れもなく彼自身でもあるのだから。
揺れる一方通行に向けて、『リプロデュース』が突進する。
反射的に回避しようと身体を反らすも、そこはやはり彼女の方が上手。
のけ反った一方通行の顔面に向けて、思い切り肘を突き込んだ。
「がぁふぁッ!?」
寸止めの要領で引かれた肘は狙ったはずの鼻をわずかに逸れ、一方通行の頬を打つ。
しかし、それでも彼の軽い体を吹き飛ばすには十分だった。
彼の能力を使えば一発の攻撃を回避することは簡単だったはずだ。
しかし、それをしなかったということは回避する気が無かったのか、あるいは、
「限界が近い、ということですか」
倒れ伏した一方通行の左手はしきりに電極の電源を弄っている。
基本は電極を日常生活モードにし、数秒おきに一瞬だけ能力を使って血液を体内に引き戻すことで残りの制限時間を節約しようというのだろう。
纏う衣服が朱に染まったり脱色されたりと大忙しで、もう反射を使っている余裕はないようだ。
「……便利な能力ですね。電極のオン・オフをするだけでいくらでも自身の延命ができてしまう。
実験に投入され、あなたに殺された"ミサカたち"には、そんなことは出来なかったのに。
『このミサカ』は四肢をもがれて他のミサカたちの死体に埋もれ、絶え間なく苛む激痛に耐えながらただ死を待つことしかできなかったのに……!」
彼女が今生きているのは、あくまで研究者の気まぐれによる実験が功を奏したからにすぎない。
彼らの思い付きが無ければ、彼女たちは生きたまま姉妹の死体と共に焼かれ、DNAの痕跡すら残さず灰となって消えていただろう。
出血を阻止するのに全力を注ぎ込まなければならない一方通行は、動くこともままならない。
転がったままの一方通行に26428号はゆっくりと近づき、彼の右腕に装着された折り畳まれたままの杖を剥ぎ取って後方へと放り投げる。
「そうまでして死にたくないともがき続けますか、一方通行。今のあなたはとても醜い」
「……なンとでも、ほざきやがれ」
今の彼には精一杯の虚勢。だが、それも26428号にはそれも通じない。
彼の横に跪いた彼女は武器を手放し、彼の右手を両手で包み込むように持つ。
「なっ!?」
「……この状態で、ベクトル制御ができますか?」
にやり、と番外個体を思わせる悪い表情で『リプロデュース』は笑った。
今の電極の状態は日常生活モード。出血を抑えてはいられない。
だが、電極のスイッチを切り替えればベクトル制御は彼女へも影響を及ぼしてしまう。
どうするべきか悩む一方通行をよそに、『リプロデュース』は彼の指を1本1本曲げたり伸ばしたりと弄ぶ。
「細くて白い指ですね。"ミサカたち"10032人の血が染みついた男性の指だとはとても思えません。
……覚えていますか? あなたと"ミサカたち"には、指に纏わるとある因縁があるのですよ?」
「……因縁? 何の話だ」
「10031号の、指ですよ」
10031号。彼が殺した、最後のミサカ。
一方通行は、彼女に何をしただろう?
ぶちぶち、ぶちぶちと何かを噛みちぎる感触が、口の中に蘇る。
裂ける肉、砕ける骨や爪、そして広がる鉄錆のような味と臭い──
思わず叫び出しそうになる一方通行をよそに『リプロデュース』の右手は一方通行の右手の親指を除いた四指を、左手は掌を掴む。
口元は切り裂かれたような笑みを浮かべ、そして……、
「彼女の指は、美味しかったですか?」
ごきり、という骨が砕ける嫌な音と、それをかき消すほどの絶叫が周囲に響き渡った。
第7学区・冥土帰しの病院。
「──やっぱり、行くのかい?」
「はい」
手元で何かの書類を書きながら、冥土帰しは机越しの相手に短くそう問うた。
そこにいるのはミサカ10032号。通称御坂妹と呼ばれる個体だ。
彼女が背負っているのは大きめのギターケース。
ただしその中身は楽器ではなく、『鋼鉄喰い(メタルイーター)』や『オモチャの兵隊(トイソルジャー)』と言った重火器が分解されて収められている。
ギターケースだけではなく、腰にぶら下げたポーチや太股に巻きつけたベルトにも火器や武器の類が備え付けられていた。
「君たちのお姉さんは、賛成しないと思うけどね?」
「これは元々ミサカたちの問題です」
『第三次製造計画』。『第二次』に当たる彼女らの"妹"たち。
同じ御坂美琴のクローン体として、対処に当たるのは自分たちのほうが適当だろう。
「そういう言い方は、君たちのお姉さんは好まないだろうけどね?」
「……では言い方を変えましょう。ミサカたちは、お姉様だけに任せきりにしておきたくはないのです。
ミサカたち1人1人が確固とした『個』である以上、何もかもを他者に委ねて置くと言うことはしたくありません。
ミサカたちはお姉様と『姉妹』になりたいのであって、決して『重荷』になりたいと思わない、とミサカはネットワークを代表し結論づけます」
美琴には自分たちを見なかったことにすることも、見捨てることもできた。
にも関わらず、彼女は身を削り、心を砕きながらも自分たちのために戦ってくれた。
ならば、今度は自分たちが美琴のために戦う時だ。
「……まあ、そう言い出すんじゃないかとは思っていたよ」
やれやれ、と肩をすくめ、冥土帰しはため息をついた。
「僕は医者だ。自分で言うのも何だけれど、医療が世界一進んだ学園都市でも一番の医者だと言う自信がある。
お姉さんや一方通行にも言ったけれど、どんな怪我をしたとしても死なない限りは治してあげられる。
それこそ内臓が潰れようが、手足がもげていようが、この病院に運び込まれた時点で心臓が動いていれば、僕は君たちを助けてやれる。
そして、君たちは僕の患者だ。どんな怪我をしようが、必ず生きて帰ってこい。それが出撃許可を出す条件だよ」
「当然です」
10032号は言い切る。何故ならば、
「ミサカたちはもう、1人だって死んでなんかやりません。
今いるミサカたちも、新しく生まれたミサカたちも」
そう決めたから。
姉である美琴が、自分たちを妹として扱い助けてくれたように。
今度は姉である自分たちが、妹である『第三次製造計画』を救いたい。
誰1人犠牲を出さず、全員で帰ってくるために。そのために彼女たちは戦場へと赴くのだ。
その決意を見た冥土帰しは、深く頷く。
「よし、行って来い。君たちが助けたい人を助けるために、全力を尽くしてくるんだ。
後のフォローは全部僕が持ってやる」
第7学区・ファミリーサイド。
教職員用に建てられた4LDKマンションの一室で、少女がまんじりともせずにベッドの中をごろごろと転がっている。
横になっているにも関わらずその頭頂部にはいわゆるアホ毛がピンと立ち、時折着信を受けた携帯電話のごとく震える。
実際、交信を交わしている。
彼女が上位個体を務めるミサカネットワーク。その交信を傍受し、状況の把握に努めているのだ。
(番外個体は敵戦力2名を打倒。あの人とは離れちゃってるけど、すぐに合流しようとするはず。
学園都市にいるミサカたちは武装し施設へ突入するための準備中。冥土帰しからの援護も引き出した。
なのに、このミサカは、ミサカは……ってミサカはミサカは項垂れてみる)
細く非力な腕。小さく華奢な体つき。
他の個体と違い未発達な体つきである打ち止めにはできることはほとんどない。
レベル3相当の超能力を持っていても、他の個体と同じ戦術思考や戦闘技術を植え付けられていても、基本的なスペックの差というところで根本的に彼女は劣ってしまっている。
今彼女に出来るのは、ネットワークを通して大きな思考回路を構成する一要素としての働きのみ。
(……違う!)
何か。何かが出来るはずだ。
そう思った打ち止めはがばと布団を蹴飛ばして跳び起き、静かに戸を開けて家の中の様子を伺う。
明日はクリスマスイブ。特別警戒に備えて、警備員である家主の黄泉川愛穂は早く寝てしまっていたはずだ。
打ち止めと同じく居候である芳川桔梗だって、昼まで寝ている癖に夜はやたらと早く寝てしまう。
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