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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」2
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「出入り口、放水路へと抜ける道、地下トンネル、あとはいくつかあるだろう非常口か。
入る分にはあまり苦労はしそうにねェな」
「それよりも、どうやって出入り口を押さえておくかの方が重要じゃない?
やらなきゃいけないお仕事はクローンの保護や施設の破壊だけじゃなくて、研究データや『超電磁砲』のDNAサンプルの回収も入ってるでしょう?」
「確かに、それは問題だな……」
最大の問題はこれだろう。
隠蔽の難しい『妹達』や大掛かりな研究機材と比べ、研究データやDNAサンプルは容易に隠せてしまう。
施設の掌握と同時に、全研究員の身体検査も行う必要がある。
「出入り口をいくつか潰しちゃったら? 人の出入りを制限した上で、一人一人調べるしかないと思うけど」
「施設に傷をつけることにはあまり賛成できませんね。緊急放水路は学園都市の水源を支える必須インフラです。
それを破壊してしまうと、いざという時に問題が起こるかもしれませんよ」
「下部組織を動員しよう。壊せない部分は人海戦術で抑えるしかない。
まあ、どちらにしろ表に出ることのできない研究者たちなんだ。手荒な手段を使って足止めしても問題はないだろう」
「取り調べを行うための人員は親船にも出してもらおう。
スキルアウト上がりの下部組織じゃあスマートな身体検査は出来っこねェ」
「その辺りは土御門に交渉してもらいましょう。
それが仕事なんだから」
「オーケイ、任されたにゃー」
土御門は早速携帯電話を取り出すと、親船へと電話をかけ始めた。
────────────────
「──こんな感じで良いのか?」
「もう少し脚を広げたほうが安定するかと……」
ガンシューティングゲームの前で、ライフルを構えた上条が御坂妹に銃の構え方のレクチャーを受けている。
銃の持ち方が悪いせいで命中率が安定せず、序盤でゲームオーバーになってしまう上条を見かねたのだ。
メダルを投入してチュートリアルモードを起動し、教えてもらった構え方を意識しつつのろのろと近づいてくるゾンビの頭を照準する。
引き金を引くとライフルの軽いリコイルが体を揺らし、同時にゾンビの頭が砕け散った。
「……おお! 当たった当たった」
「適切な構え方は命中率を向上させ、制圧率を維持・向上させるために必要不可欠です、とミサカはレクチャーします。
では、初めからどうぞ」
「せっかく協力プレイできるんだし、一緒にやろうぜ」
上条はもう1挺のライフルを持ちあげ、御坂妹に渡した。
「よろしいのですか? とミサカは訊ねます」
「いいぜ。上手い奴と一緒にやった方がクリアは楽だろうし、それにクレジットはお前の姉ちゃんに貰ったメダルだし」
「では遠慮なく、とミサカは銃を構えます」
口元を少し和らげ、御坂妹はライフルを構えた。
追加のメダルを投入し、ゲームをシナリオモードへ。
2人は並んで筐体に銃を向け、カウントダウンを始めたゲームの画面に意識を向ける。
画面には既に溢れんばかりのゾンビが表示されており、ゲームが始まるのを今か今かと待ち受けている。
5...4...3...2...1...
カウントが0になると同時に、2人のライフルが激しく火を噴いた。
2人の放つ銃弾が並いるゾンビたちを次々に破砕していく様を、後ろのベンチから美琴と打ち止めが眺めていた。
「あの子、やけに手慣れてるわね」
「銃器に関する教練を受けてるからね、ってミサカはミサカは説明してみたり」
美琴に比べて大幅に劣化した能力を補うために、『トイソルジャー』や『メタルイーター』と言った本物の銃器で武装していたのだ。
おもちゃの銃器の扱いなど、大したことではないだろう。
「……ねぇ打ち止め、あんたはどう思ってるの?」
「……『第三次製造計画』のこと? ってミサカはミサカは問い返してみる」
可愛らしい瞳に陰鬱な色を乗せ、打ち止めは美琴を見上げた。
「……番外個体がミサカネットワークに情報を上げてくれるから、ミサカたちも自分たちで色々と考えてみたの、ってミサカはミサカは告げてみたり。
『実験』のようなことがまた起きるのかな、とか、誰かが傷つくことになるのかな、とか」
「そうね。みんな無傷で『第三次製造計画』が解決するなんて事態は、難しいでしょうね」
『絶対能力者進化計画』当時は、どれだけの人間が傷ついたのだろうか。
美琴や上条、犠牲となった10031人の妹達。敵対した『アイテム』や一方通行。
自分が破壊した研究所に勤めていただろう研究員だって、きっと怪我をした人間はいるはずだ。
そんなことを考えている余裕はなかったし、そんなことを考えていては『実験』は止められなかっただろう。
今回、『第三次製造計画』による犠牲者は既に出ている。
計画の尖兵となった番外個体はロシアの雪原で一方通行を強襲し、瀕死の重傷を負った。
『リプロデュース』に襲撃された木山春生だって、手心を加えられたとはいえ発見が遅れていれば死んでいたかもしれない。
これ以上被害者が出る前に、なんとしても事態の収拾を図りたい。
美琴はそう考えているのだが、
「何と言うか、すっかり蚊帳の外モードなのよね……」
『妹達の居場所を守る』という大義名分は、その実美琴を縛る枷ともなっている。
学園都市にとっての脅威とならない限り、妹たちの安全は保障される。
だが、その学園都市によって妹たちがいいようにいるのなら、それに対してはどうしようもないではないか。
もちろん、学園都市が一枚岩の組織でないことは重々承知している。
230万の人間がいれば230万の思惑がそこには存在する。
『美琴を縛りつけておきたい』と考える人間と、『妹達を使って実験を行いたい』という人間がいることは明らかなのだ。
前者と後者が別の人間で、かつ後者を排除することが前者の利益を損なわないのであれば、存分に後者を排除しても何も問題はない。
後者を排除することで美琴が大人しくなるのなら、前者の人間は喜んでその行動を黙認するだろう。
問題は、前者と後者が密接な利害関係にあるか、あるいは同一であった場合。
美琴が『第三次製造計画』を解決するために動けば、即座に妹たちを使った脅迫を伴う妨害が入るだろう。
実際にそうであるかどうかは問題ではない。
『その可能性がある』。ただそれだけで、美琴の動きは大きく縛られてしまう。
この件に絡んでいる統括理事を刺激しないために、大胆な情報収集は行えない。
今できるのは、番外個体などから手に入れた情報を整理することくらいだ。
「……きっとね、あの人は今もの凄い葛藤に悩んでると思うの、ってミサカはミサカは訴えてみる」
「あの男からしたら、悪夢みたいな相手でしょうね」
仮に番外個体と同等のスペックであるならば、『第三次製造計画』の妹たちが彼に強い敵意を持っているだろうということは容易に推測できる。
番外個体の時はたった1人。たった1人の襲撃者に、彼は心を壊されかけた。
その事が、『妹達』の彼に対する特効性を証明してしまった。
きっと一方通行が『第三次製造計画』を止めるために具体的な行動に移れば、黒幕はきっと迎撃部隊として『第三次製造計画』を出してくる。
1人ですらなんとか退けた相手を複数相手にして、彼はどこまでその心を保てるのだろうか。
「もし、ミサカがこんなにちっこくなかったら。他のミサカくらいに体が大きくて能力も強かったならあの人の役に立てるのに。
けれど、今はそんなことを言っても仕方がないよね、ってミサカはミサカは唇を噛んでみる」
打ち止めはミサカネットワークのコンソール役として生を受け、その体躯は年齢にして10歳相当ととても幼い。
恐らくは、上条のような平均的な男子高校生でも片腕でその体を持ちあげられてしまうだろう。
自分の非力さ、無力さを悔やんでいるのか、苦渋の表情でうつむく打ち止めの表情に美琴は痛ましいものを感じた。
一方通行は未だ許せないし、わざわざ彼を助けるために体を張ろうと言う気にはならない。
だが一方で、妹がこんなにも沈痛な表情をしているのを見過ごす美琴ではない。
「打ち止め、私は──」
「おっねぇさまー!!」
ある決心を秘めた美琴の言葉は、突如現れた少女の奇声によって遮られた。
背後から密着してきたこの哀しいほどにつつましやかな感触は、紛れもなく白井の物だ。
「ええい抱きつくな鬱陶しい!」
「2曲目もパーフェクトを叩き出し、最高速で追いかけましたのにどこにもおらず!
黒子を置き去りにしてあの殿方とふふふふ二人で逢引を──はっ!?」
言葉を切り硬直した白井の視線の先には、突然の闖入者に驚き戸惑う打ち止めの姿が。
白井の瞳は目まぐるしく打ち止めを、美琴を、そしてゲームをしている御坂妹を映す。
「なんというお姉様パラダイス……黒子の桃源郷はこんなところに存在しましたの!」
「この状況で言うことがそれ!?」
「ぐへへへ……小さなお姉様マジ天使ですの……じゅるり。
さーさささ小さなお姉様、あちらにゲコ太のぬいぐるみのクレーンゲームがございましたのよ!
この黒子めが小さなお姉様の為にぜひとも手に入れてごらんに……」
「……お姉様この人怖い、ってミサカはミサカは……」
「この……やめんか変態!」
「ごきゅ!?」
美琴の肘打ちが綺麗にみぞおちに決まり、床を転げ回って悶絶する白井。
その騒ぎにより周囲の妙な視線を引きつけてしまい、、上条や御坂妹までもがゲームを中断して戻ってきた。
「……まったく!」
美琴は大きなため息をつくと、ひとまず人の視線から逃れるべく白井の腕を取って引き起こした。
────────────────
「──話はついた。必要な人材の手配はしてくれるそうだ」
土御門が携帯電話を閉じ一同を見まわした。
「が、いかんせん動かせる駒が少ないし、何より能力者がいない。
研究員はともかく、『第三次製造計画』に太刀打ちできる奴はいないだろう」
「結局、前線に立てるのは私たちだけってことね。
この間の絹旗さんと番外個体の戦闘を見る限り、さすがに戦力差は大きいわ」
「戦力が足りないならさ、お姉様に協力を求めるのはどう?」
番外個体の提案に、全員が視線を向ける。
「レベル5にして電撃系最強能力者だよ。単純な能力勝負ならお姉様はどのミサカに対しても圧倒的な優位に立てる。
何よりも、お姉様自身が『第三次製造計画』を助けたいと思っている。
お姉様を動員すれば、ここにいる誰よりも強力な戦力になると思うけど?」
「却下」
しかし、一方通行が即座にそれを切り捨てた。
「なんでさ」
「『超電磁砲』は表の世界の住人だ。暗部の事件に関わらせられるわけねェだろ。それが『妹達』に関する事件であってもだ。
あの女がむやみに動いて統括理事会を刺激したら『妹達』の居場所が危うくなることは分かってンだろ?」
「……あなたはこのミサカをこき使っているくせに」
「オマエは自分の為に好き好んで俺にくっついてきてンだろォが。
なンならクソガキと一緒に黄泉川の家にでも転がり込ンでたって構わねェぞ?」
「…………むぅ」
番外個体は何かを言い返そうとするような素振りを見せたが、結局何も言わず言葉を呑みこんでしまった。
「結局、ここにいる6人で何とかするしかねェってわけだ。何か異論は?」
「ないわ」
「特になし」
「よし。海原、お前が成り代わった研究員の次の勤務シフトは?」
「明日の深夜からです」
「施設に突入する時、内応する人間がいた方が色々とやりやすい。海原にはその役割を頼もう。
一方通行と番外個体、結標と絹旗。お前たちにはそれぞれ2人ずつペアで動いてもらう」
組分けられたペアがそれぞれ顔を見合わせ、絹旗が手を上げた。
「組み分けの根拠は?」
「能力の相性。絹旗、お前の能力は近接特化だからな。障害物を無視して射程を補助してくれる結標との組み合わせが良いだろう。
一方通行と番外個体は単純に両方とも高火力だからだ。
基本はこっちの2人が大暴れして施設内の注意を引きつけ、結標と絹旗のペアに暗躍してもらう」
「土御門、オマエは何をするンだ」
「色々とな。親船から頼まれたアレやコレを同時に片づけなきゃならない。
まあ現場からそう離れはしないから心配するな。窮地に陥りゃ助太刀に行くぜぃ」
「いらねェよアホ」
ニヤニヤと笑う土御門に、一方通行はそっぽを向いた。
「──とまぁ、突入する日時、メンバーはだいたい決まった。
情報が足りないのは仕方がないから、その辺りは状況に応じて柔軟に。
方針としてはこんな感じだが、ここまでで何か質問は?」
土御門が一同を見回すが、特に口を出すメンバーはいない。
「じゃあ、一端休憩だ。少し休んで、これからの具体的な行動を決めよう」
────────────────
結局、『美琴の視界内にいる』という条件付きで、白井は妹たちと遊ぶ許可を得た。
ファーストコンタクトがアレなだけに初めは警戒していた打ち止めだったが、変態性さえ発揮しなければ白井は基本的に面倒見の良い性格であり、
数十分もしないうちにすっかり打ち解けていた。
今は白井、打ち止め、御坂妹の3人でクイズゲームに興じている。
その出自ゆえに行動が制限される妹たちにとって、医者でも研究者でも姉妹でもない人間と触れ合う機会は少ない。
彼女たちにとって、白井は(暴走さえしなければ)いい友人となってくれるだろう。
そう考えていると、突如頬に触れた冷たいものに思考を遮られた。
「ひゃっ!?」
驚いて振り返ると、上条がヤシの実サイダーの缶を美琴の頬に押し付けていた。
「な、何すんのよ!」
「いやぁ悪い悪い、御坂がぼーっとしてるのを見てついな。これ飲むか?」
美琴が真っ赤になって抗議するのを見て、上条はくっくっと喉を鳴らした。
見れば、ヤシの実サイダーを持っているのとは反対の手に違う銘柄のジュースを持っている。
となると差し出されたヤシの実サイダーは美琴の為に買ってきたのだろうか。
「あ、ありがと」
「メダルのお礼だ。気にするなよ」
小気味良い音を立ててジュースの栓を開け、ぐいっと煽る上条。
美琴もそれに倣い、ヤシの実サイダーをちびちびと啜った。
クイズゲームは白熱しているようで、打ち止めは1問正解するたびに大はしゃぎだ。
隣でプレイしている御坂妹も、唇にうっすらと笑みを浮かべている。
美琴はそんな光景を、頬を緩めながら眺めていた。
「楽しそうだな」
出しぬけに上条がそんなことを呟いた。
「あんたが一方通行を殴り倒して、あのイカレた『実験』を止めてくれたから、今あの子たちはああして笑っていられるのよ」
「未だにレベル5第一位を殴り倒しただなんて信じられないんだけどなぁ……」
上条が自分の右手を見ながらそう言った。
その拳には、無数の傷が残されている。
魔神を、最強を、暗殺者を、刺客を、武装シスターを、運び屋を、司教を。
『前方』を、『左方』を、『後方』を、王女を、『右方』を、そして『大天使』を。
上条当麻はその右の拳一つを振るって戦い、そして打ち倒してきた。
そう聞かされた。
彼の記憶は未だ戻らない。
ゆえに、自分が挙げたと言う戦果の数々を、自分が為したものだとは思えない。
いや、そもそもの話として、以前の自分はそれを自分の戦果だと思っていたのだろうか。
誰かを助けたいと願って必死に戦い、その結果として数々の『戦果』がくっついてきただけなのではないだろうか。
誰に教えられたわけでもない。けれど、上条にはそんな奇妙な確信があった。
「本当のことよ。私はこの目でちゃんと見たんだから」
「……そっか」
上条はどう答えるか迷った末、短くそう答えた。
「……あの、さ」
「なんだ?」
「あぅ、えーと、あの……」
彼女としては珍しい、歯切れの悪い態度を見せる美琴に、上条は首をかしげる。
美琴はやや頬を赤らめながら、
「……あ、あり、ありが……」
「蟻?」
記憶がないにもかかわらず記憶喪失以前と同じ反応をとったことに、少しだけ気が抜ける。
性格が災いしたのか、それとも気恥ずかしさが先行したからか、今まできちんと感謝の気持ちを伝える機会が無かった。
確かに、今の上条には当時の記憶はない。しかし、だからといって感謝をしなくていいことにはならない。
「……その、妹たちのこと、助けてくれてありがとう」
面と向かってようやく伝えたかった言葉を伝えることができ、美琴はほっと胸を撫で下ろした。
上条は一瞬だけ面食らったような顔をした後、徐々に表情を緩ませ、
「……ああ」
と短く答え、笑った。
「……そのお礼と言っちゃなんだけどさ、何か困ったことがあったら何でも私に言って。
力の及ぶ限り、協力するからさ」
「……じゃあ、明日から毎日朝から晩まで山のようにある補習を何とか……」
「それはさすがに無理。試験の手伝いならともかく、補習はどうにもならないわよ」
「だよなぁ……」
「ま、ちゃんと予習していけば、補習を受けても全然意味が分からないなんてことにはならないでしょ。
勉強してて分からないことがあれば、いつでも美琴センセーに聞いてきなさい」
「へいへい」
明日からの補修漬けの日々を想像したのだろう、上条は本気で憂鬱そうな顔をする。
その表情がなんだか無性におかしくて、美琴は思わず笑い出してしまった。
つられて上条も、きまりが悪そうに笑った。
「笑う」という行為にはストレスを解消し、心労を軽減させる効果があるという。
ならば、ここ数日悩み事に悩まされていた美琴の心が少し軽くなったのも、またその効果によるものなのかもしれなかった。
その夜。
「──首謀者が掴めた?」
「はい」
自身の執務室で、親船最中は子飼いの情報収集班から報告を受けていた。
彼女の前には十数枚の報告書が並べられており、首謀者や関係者と思われる人物の顔写真やプロフィールが記載されていた。
「……『彼ら』が、この件に関わっているとする根拠は?」
「『書庫』に対する閲覧や書き換えを行った許諾コードの1つが、『彼ら』の権限で発行されたものであることが分かりました。
閲覧許可レベルは統括理事に次ぐランクです。そこまでの権限を付与できるのは統括理事クラスだけでしょう」
「その閲覧や改ざんをされた内容が、首謀者であると断定できる証拠になりうるものだった、というわけですか」
「はい。改ざん箇所につきましてはリストにまとめてありますので、ご一読を」
親船が手元のコンソールを操作すると、卓上のモニターに電子ファイルが表示される。
改ざん前と改ざん後のデータを並列表示したファイルを読めば、何らかの策謀が働いていることは容易に感じ取れた。
情報操作が『グループ』の調べている案件に関わっているものであるならば、なおのこと。
「……すぐに『グループ』へ情報提供を。首謀者と思しき『彼』についてと、『書庫』を信じるなということを言い含めておいて」
「分かりました」
秘書が胸元のポケットから携帯電話を取り出しどこかへとかけ始めるのを見ながら、親船は内心で唇を噛んでいた。
(実験の内容からうすうす感づいてはいましたが、やはり『彼ら』でしたか)
学園都市の闇の奥底に蠢く、狂気の科学者集団がある。
卓越した頭脳と奇抜な発想、そして禁忌の道を悠然と突き進める破綻した倫理観を共通点として持つ彼らを、『木原一族』と呼ぶ。
その中にあって、科学の分野ではなく政治の分野においてその才能を発揮させた男がいる。
科学の才能を持たないことで疎まれつつも、とても研究のしやすい環境(やみ)を作ることによって一族の中での地位を確立させたのだ。
そして今や彼は統括理事の座を獲得し、彼が図る便宜によって一族の隆盛は最高潮へと達している。
同時にそれは、彼らの研究によって『死んだり、死に損なったり』した被害者の数が雪だるま式に増えていることをも意味している。
彼らを潰さねば、学園都市の闇は永久に晴れはしない。
潰すのであれば、尻尾を掴んだ今が好機。
ここに至って、自分だけが安全地帯から事態へ介入すると言うわけにはいかない。
彼女自身も危ない橋を渡る必要が出てきた。
(……保険を用意しておく必要がありますね)
親船はポケットから鍵束を取り出し、彼女のデスクについている厳重に鍵の掛けられた引き出しを開けた。
中には数枚の紙が入っており、それぞれいくつかの名前と、電話番号らしき数字の羅列が書かれていた。
その中から1枚を抜き出し、デスクに散らばった紙の一番上に置く。
しばし逡巡したのち、彼女もまた自身の携帯電話を取り出した。
彼女の視線の先には、『アイテム』という名が記されていた。
「──あぁん、お姉様、そこですの、もっと、もっとぉ~!!」
「……何なのよ、あの気持ち悪い寝言」
同居人の不快な寝言に邪魔をされ、美琴は寝つけないでいた。
白井の言動が気持ち悪いのはいつものことだが、今日はことのほか酷い。
仕方がないのでベッドの中をごろごろと転がりつつ、考え事をする。
寝返りを打った拍子にネックレスがちゃらりと音を立て、何の気なしにそのチェーンを指に絡めてみたりした。
(……アイツ、クリスマスも一日中補習なのかあ。終わるころには門限よね……じゃなくて!
考えなきゃいけないのは、妹たちのこと!)
日中考えたことを、改めて思い返す。
『美琴を縛りつけておきたい』と考える人間と、『妹達を使って実験を行いたい』という人間がいる。
後者を止めようとすれば、前者が妹たちを脅迫のネタに使うかもしれない。
かと言って、後者を放置することなどできはしない。
美琴は大きなため息をついた。
きっと上条ならば、こんなことで悩む間にさっさと殴り込みをかけてさっさと事態を終わらせてしまうのだろう。
貫きたい信念を通しぬき、後のことなど後で考えればいい。
そんな生き様は、うじうじと思考してばかりの今の自分とは大違いだ。
だが、美琴は彼のような人間になりたいと思った。彼に追いつき、追い越したいと思った。
ならば、今すべきことは思考ではなく、決意と行動だ。
「……よし!」
気合を入れ、体を起こした美琴の出鼻をくじくように、枕元の携帯電話が震えた。
気勢を削がれたようによろよろと携帯電話を開くと、1通のメールが届いていた。
【FROM】ワースト
【sub】夜中にごめんね
------------------------
明日の午前中、会えるかな?
薄暗い研究室で、ただひたすらにパソコンの画面を注視し続ける研究員がいた。
画面に映っているのは、彼の最高傑作であるミサカ00000号『最上位個体』フルチューニング。
彼が持てるすべての技術を余すことなくつぎ込み造り上げた少女は、他者の力を借りてさらなる高みへと至った。
「お気に召した、天井博士?」
天井が座る椅子に体重を預け、背越しに画面を見つめるテレスティーナの顔にも若干の興奮の色は隠せなかった。
「あ、ああ。貴女の話を聞いた時からもしやとは思っていたが、まさかここまでとは。貴女は天才だ!」
「ふふふ、元々の素体が良かったからこそ、上手く適合したのではなくて?」
機嫌良さそうに笑うテレスティーナは、ポケットからマーブルチョコを取り出し一粒口に放った。
天井の作り上げた、素体としてのフルチューニング。
テレスティーナのもたらした、能力者を後天的に強化するいくつかの技術。
その2つが合わさらなければ、ここまでの性能を持つ個体は生まれなかっただろう。
「……そう言えば、『リプロデュース』に届けさせた招待状はきちんと受け取ってもらえたみたいね」
「ふむ?」
「これを」
テレスティーナが1枚の写真を差し出し、天井はそれを受け取った。
何のことはない。白衣の男が映った、ただの写真だ。
「これがどうかしたのかね?」
「その研究員ね、"すり代わられてる"わよ」
彼女の言葉に、天井は片眉を上げた。
「なぜ分かる?」
「全所員から無作為に選んだ複数の人間に、『周囲の人間の誰かがおかしな言動をとったらその場は合わせ、隙を見て報告しろ』と命令を出したの。
同時に、『書庫』に登録されている全所員のパーソナルデータを一部書き換えたわ。
きっと準備時間が短くて、裏の裏を取る余裕がなかったのでしょうね。案の定、それに引っかかったお馬鹿さんがまんまと釣れたってわけ」
「調子が悪かったとか、ちょっとした勘違いということもあるのではないか?」
「その研究員ね、彼の兄弟は弟だけなの。他の兄弟姉妹はいないし、存在したこともない。『妹がいる』ことにはしたけれどね。
そして、彼は妹の話をした。さすがに弟と妹を間違える人はいないもの。明らかにクロ。
拉致した研究員から家族構成を聞きだすと言うことをしなかったのかしら?」
「では、そのすり代わった人間が『招待客』と繋がっていると言う根拠は?」
「わざわざ『襲撃犯の顔を木山春生に目撃させ、かつ死なせないように撃たせた』のは何のため?
木山は間違いなく超電磁砲や事情を知っている人間にしかそのことを話さない。
超電磁砲もまた、問題の渦中にいる人物にしかその情報を共有しようとは思わないでしょうね。
そして今、彼女の近辺には『第三次製造計画』に関係ある人物がいる。知っているでしょう?」
「……30000号か」
本来、『第三次製造計画』が始まる前に死亡しているはずだった個体に検体番号は存在しない。
あくまで製造の都合上便宜的に与えられた番号だが、彼女はその事を知ることもなく死地へと送り込まれていった。
そして今、その個体はオリジナルと知り合い、一方通行と行動を共にしていることが判明している。
「そう。超電磁砲は間違いなく『第三次製造計画』についての情報を得るために30000号と情報交換を行った。
当然、30000号が知り得た情報は一方通行や、『グループ』だったかしら? 彼が所属している組織のメンバーにも伝わったはず。
そして、その中には姿を自在に変えることができる能力者がいたはずよ」
それが彼、とテレスティーナは写真をひらひらと振った。
一方通行らが『書庫』を使ってこちらの情報を調べられると言うことは、こちらとて向こうの情報を掴めると言うことにもなる。
ましてやこちらは統括理事のお墨付きの身だ。得られる情報の機密レベルや範囲も格段に広い。
「……なるほど。私たちが招待したい人間は両方とも招待状を受け取ってくれた、という解に繋がるわけか。
では、私たちもそれ相応のもてなしの準備をしなければいけないな」
「それもたった今、フルチューニングの完成を持って終わったわ。
もてなしに相応しい衣装や内装は全て整えた。あとは主賓の到着を待つばかり」
天井とテレスティーナは、ニヤリと獰猛な笑みを交わした。
全てはこの時のためにあった。
この時のためにテレスティーナは虫酸の走るクローンたちの顔を日夜眺め続けたし、天井はいつ自分を処分しようとするかも分からぬ女科学者に尻尾を振った。
恥も外聞も矜持も何もかもかなぐり捨てて、ただひたすら雪辱へとひた走った。
それが成就する瞬間は、もうすぐそこにまで迫っている。
「貴方が造った『フルチューニング』が超電磁砲を仕留め」
「貴女が育てた『サードシーズン』が一方通行を打倒する」
渇望と期待に興奮を押さえきれぬ二人はくつくつと喉を鳴らし、それはやがて哄笑へと変わる。
弾みで天井がマウスから手を放すと、それに従いモニターの表示が切り替わる。
表示されたのは、『フルチューニング』のスペックシートだ。
髪がやや長い少女のポリゴンモデルの周囲に彼女専用装備の画像がいくつか並び、また彼女のパラメータが何十も羅列されていた。
その中の一つに、見慣れない表示があった。
そこは通常能力強度を表示される場所であり、0~5の6段階のレベルのうちいずれかが書きこまれ、また強度によっては『+』『-』が付けられることもある。
だが、彼女のスペックシートに書かれていた表記はそれに似ているようでいて、しかし明確に異なる場所があった。
『 Average Intensity of Ability:Virtual level 5 』
『能力強度:仮想レベル5』
この表記が意味するところとは一体何なのか。
それを知るのは、この場の2人しかいない。
今日はここまでです
風呂敷を壮大に広げまくっておきながら回収するのに時間がかかるこのSSを読んでくださる皆様には頭が上がりません
次回は……可能な限り早めに
風呂敷を壮大に広げまくっておきながら回収するのに時間がかかるこのSSを読んでくださる皆様には頭が上がりません
次回は……可能な限り早めに
おおお、乙!
なんかいよいよクライマックスに近づいてきてる感じだ
なんかいよいよクライマックスに近づいてきてる感じだ
お疲れさまです。
いよいよ決戦が近づいてきた?
続きを楽しみにしています。
いよいよ決戦が近づいてきた?
続きを楽しみにしています。
乙
これから激しい戦いが繰り広げられるのか
wktkしながら待ってます。
これから激しい戦いが繰り広げられるのか
wktkしながら待ってます。
age
↓
愛知「超喜んだじゃねーか」
の流れはテンプレ化しつつあるな
↓
愛知「超喜んだじゃねーか」
の流れはテンプレ化しつつあるな
同じやつとも限らんし
微妙にその愛知の奴を煽ってるように見えるぞ
これだから関東甲信越のAOは
微妙にその愛知の奴を煽ってるように見えるぞ
これだから関東甲信越のAOは
俺も待ってる
>>1のぺースで頑張って
>>1のぺースで頑張って
ヴァーチャルレベルファイブでヴァーチャファイターを思い出した俺オッサン。
乙
乙
終わった……
課題とかマシントラブルとか人生とか色々終わって、ようやく書き込めるようになりました
今回も放置した時間の割に短めですが、どうかご容赦を
課題とかマシントラブルとか人生とか色々終わって、ようやく書き込めるようになりました
今回も放置した時間の割に短めですが、どうかご容赦を
12月23日。
学園都市はいよいよ冬休みへと突入し、街は朝からにわかに喧騒を見せていた。
長期休みに浮かれ朝から街へと繰り出すもの、帰省するために混雑する駅へと向かうもの、と様々だ。
朝食を食べ終えた美琴は、その足で冥土帰しの病院へと向かった。
昨夜の番外個体からの呼び出しに応じるためだ。
そして今、彼女は病院の屋上にいるわけなのだが、呼び出した当の本人はと言えば……
「──何これ、超美味しい」
大口を開けて、美琴の買ってきた中華まんにかぶりついていた。
右手にあんまんを、左手に肉まんを持って交互に頬張る番外個体の姿に、美琴はため息をついた。
「出がけに『緊急!』なんてメールを送って来るから、何かと思えば……」
「だってー、朝のニュースで冬のコンビニ特集を見て急に食べてみたくなったんだよ」
「だいたい、朝ご飯食べたばかりじゃないの?」
「そんなものはとっくに遥か彼方だよ」
食べることは幸せだ、と言わんばかりの姿に、美琴は呆れ果てる。
だが、こうやって食べたいものを好きなだけ食べるということは、妹たちにとっては本当に幸せなのだろう。
だから、それ以上は何かを言おうとは思わず、ただ美味しそうに頬張る番外個体の姿を眺めていた。
「……それで? 呼び出した用事ってなによ?」
「そうだった」
番外個体が食べ終わるのを待ち、美琴は本題を切り出す。
「『第三次製造計画』。色々調べたから、いちおうお姉様にも報告しておこうと思ってさ」
口元をごしごしとこすりながら、番外個体は答えた。
「と言っても計画の本拠地と、その内部事情がちょっぴりだけど……聞きたい?」
「聞きたい」
美琴は即答する。
情報の多寡は事態の推移に大きく影響する。なくて困ることはあっても、ありすぎて困ると言うことはない。
それが妹たちに関することならば、特に。
「じゃあ、まずは本拠地からね。これについては、テキトーにお姉様に聞いたことがまさかのビンゴ」
「……この間の、良く分からない謎かけ?」
「そ、アレ」
数日前の電話で番外個体はいくつかのキーワードから思いつくものはあるかと問い、美琴はそれに「緊急放水路」と答えた。
試しにそれを調べてみたところ、なんとあっさりと見つかってしまったのだ。
「なんか、拍子抜けするほど簡単に見つかったのね」
「実際に怪しいと思ったのは、施設の公式ホームページと『書庫』の記述が違っていたから。
それだけならまだテロ対策として理解できるけど、実際忍び込んだらクロもクロ、まっクロだったよ」
「忍び込んだって、アンタが?」
彼女らが持つ特質上、軍事クローンとして妹たちが求められる役割は戦闘だけではなく、むしろ諜報活動にこそ向いていると言えるだろう。
妹が危ない橋を渡っていると早合点し、美琴は驚いたような声を出した。
苦笑しながら、番外個体は慌てて否定する。
「違う違う、一方通行の仲間」
「……え、アイツ仲間なんていたの……?」
先ほどとは少し違う、訝しむようなニュアンスを含む驚愕の音が美琴の口から飛び出た。
あの男とつるめるだなんて、その仲間とやらもきっと相当な人格破綻者ではないのか。
「以前、一方通行がお姉様の前で懺悔した時に言わなかったかな?
上位個体を守って暗部に落とされた時の同僚なんだってさ」
「……暗部の」
美琴にとって、『暗部』と聞いて思い浮かべるのはまず一方通行であり、その次にレベル5第四位・麦野沈利率いる『アイテム』が来る。
心の底から『狩り』を楽しんでいる節のあった麦野であるが、その根底には暗部に心を歪められたと言う過去があった。
学園都市の、『暗部』。妹たちのことも、麦野の事も、第三次世界大戦中に見た上条の回収命令の事も。
美琴が経験してきた全ては、そのぬばたまの暗黒の一辺でしかないのかもしれない。
だが、どんな事情があろうとも、『暗部組織』というものが後ろめたい組織であることには変わりない。
一般人として普通の良識を持ちあわせている美琴にとって、裏稼業の人間というものはどうしても信用しがたい。
「……大丈夫なの、その人たち」
「大丈夫じゃない? 少なくともミサカに危害を加えられるほどの連中じゃないし」
それは番外個体の身の安全の証明であると共に、戦力としての不安を抱えていると言うことをも裏付けているのだが、顰められた美琴の眉は少しだけ緩む。
が、そもそもそのような「裏の人間とつるむ」こと自体、美琴は良く思っていないのだ。
「それも大概でしょ。目的の為とはいえ、第一位とつるんでる時点でさ」
「それもそうなんだけどね……」
「話がずれたね。『第三次製造計画』の根拠地の名前は、『水源地水位監視センター』。
第二十一学区にある水源地域の管理と、緊急時の放水を行うところ」
「そこが例の放水路を抱えてるところ?」
「そうそう。ミサカが施設にいたころ、地図に放水路があったことを覚えてたおかげで早期特定余裕でした」
「うん、お手柄だわ。よしよし」
「撫でるなぁ! ……んで、これが施設の概略図ね」
いつだったか妹たちの記憶を見せられた時にも使われた携帯ゲーム機の電源を入れると、地図が画面に表示される。
画面が小さいせいで、地図の詳細やその縮尺は分かりにくい。が、部屋数の多さや構造の複雑さは、その広大さを伺わせるには十分だった。
「……こんな施設、良く作ったものだわ。まるで蟻の巣ね」
「うん、第一位の見立てだと、ここは『実験』当初からわりと大きい役割を担ってたんじゃないかってハナシ。
部屋の数や大きさといい、プロトタイプのこのミサカが造られたことといい、状況証拠としてはバッチリでしょ」
「……『実験』の時に潰して回った研究所も、バカでかくて無駄に広いところばっかりだったわね。
仮に狭くてちんまりしてたところだったら、今頃私も死んでるか再起不能だったかもしれないけど」
「誰かと戦闘にでもなったの?」
「第四位の『原子崩し』率いる『アイテム』っていう暗部組織と戦ったのよ」
「参考までに、結果は?」
「私の勝ち……というか逃げ切りかな。施設は破壊したし、私は五体満足で脱出出来たもの。
所期の目標は達成したんだし、あまり勝つとか負けるとか興味ないしね。目標を達成せずに死ぬのも馬鹿らしいから、さっさと逃げた」
(『書庫』の情報だと、『アイテム』は『グループ』『スクール』と並んで暗部組織のトップグループだったんだけどなぁ)
それを単騎で退けるとは我が姉ながら恐ろしい、と番外個体は心の中で呟いた。
「……ねぇワースト、このデータ、私にも分けてくれないかな」
「……何に使うの?」
美琴の瞳をじっと見据える番外個体。姉もまた、妹の目を見つめる。
このデータを見せようと決めた時から、この問いは予想されていたものであった。
この『姉』ならば確実にそう言いだす。約一月半の付き合いの中で、その確信は得られている。
今の『グループ』に一抹の戦力不安を覚えているのは確かだ。
その気になれば彼女一人で殲滅することも可能かもしれない『グループ』一つで、『第三次製造計画』を潰そうだなんて馬鹿げている。
土御門や海原はまだ何かを隠しているような雰囲気ではあるが、それにしたってそこまで状況に劇的な変化をもたらすものではないだろう。
そんな中で、レベル5第三位『超電磁砲』という戦力は確かに魅力的だ。
だから今、番外個体は独断で動いている。
だが、それを操る美琴のメンタルに若干の不安要素がある。
いやでも当時の事を思い出させる裏の世界に、彼女を関わらせていいのか。
『実験』当時のように、忌まわしい連中との鉄火場に立たせていいのか。
その葛藤を「お姉様が望むのなら」という免罪符で塗りつぶすべく、番外個体は敢えて問う。
「このデータを使って『何をするつもり』なの?」
「何をする? 何をって、決まってるでしょ?」
けれど、そんな葛藤は美琴にとってはもう通り過ぎた場所だ。
迷うことはやめた。そんな暇があるのなら、さくっと懸案事項を片付けてしまえばいいのだ。
『美琴を縛りつけておきたい』と考える人間と、『妹達を使って実験を行いたい』という人間がいる。
後者を止めようとすれば、前者が妹たちを脅迫のネタに使うかもしれない。
ならば話は単純明快だ。『まず後者をぶっ飛ばし、展開次第では前者もぶっ飛ばす』。
こんな簡単な結論に至るまでに、何日時間を無為にしたのだろう。
「私とアンタの妹たちを、助けに行くのよ!」
いっそ不遜なまでに不敵な笑みを浮かべる美琴に、番外個体はしばし唖然とし、やがて笑みをこぼす。
根拠がなくても、論理が破綻していても、ただそこに立つだけで『なんとかできる』と思わせてくれる人間とはいるものだ。
敵わない。この『姉』は『姉』と呼ぶには十分な人格と威容を兼ね揃えている。生まれたばかりの未熟な妹には、全く持って敵わない。
だからこそ、頼る。自分より背が低く、自分より華奢なこの目の前の姉を、"信"じて"頼"る。
その証は小さなデータチップとして、姉の手へと渡された。
同時刻。
番外個体を除く『グループ』の一同は、昨日と同じ集合場所へと集まっていた。
昨夜は遅くに解散し、決められた集合時間まではまだ時間がある。
あくびを噛み殺しながら、一方通行が不機嫌そうな声を出した。
「……集合は昼だっただろォが」
「何かあったの?」
一同の疑問を表す結標の声に、土御門が頷いた。
「やることに変わりはないが、少し状況が変わるかもしれない。
夕べ解散した後、親船から連絡があってな。『第三次製造計画』の首謀者が判明したそうだ」
「それって、夕べのうちに私たちを呼び戻すべき超緊急の案件じゃないんですか?」
「あっちは親船らが相手をする。オレたちはオレたちのするべきことをしろ、との事だ。
とはいえ状況を知らないよりかは知っていた方が良いだろうから、こうして早く集まってもらった訳だ。
……ところで、番外個体はどうした?」
「午前中だけだ、と遊びに行った。オリジナルが一緒だと呼び戻すわけにもいかねェだろ」
「マイペースな奴だな。まあいい、番外個体にはあとで掻い摘んで説明しよう。
話を戻すと、首謀者は……やはりというか、うん、予想通りってところだな。『木原』だ」
「木原だと!?」
その単語に、一方通行は色めきだつ。脳裏に浮かぶのは、凶悪に笑う木原数多の顔。
一方通行に能力開発を施し、打ち止めの脳にウィルスをぶち込み、そして一方通行が確実に息の根を止めたはずの男だ。
「落ち着けよ、一方通行。お前が思い浮かべたのとは別の『木原』だ。
お前たちは『木原一族』を知っているか?」
「学園都市の闇の中の闇、その底辺を蠢くクソッタレのド外道どもだろ」
「おおむね正解だ。後ろでキョトンとしてる奴らのために簡単に言うと、『一族郎党ほとんど皆狂った研究者の集団』ってところか。
この街の研究者にすら『狂っている』と言われる意味は、分かるな?」
比類なき才能と、倫理なき邁進。この都市の闇において、『狂気』と『天才』は同意義の言葉だ。
「その木原一族の中にあって更に異端──逆に常人に近いのかもしれないが──その才能を科学にではなく、政治において発揮した男がいた。
名前は木原 無量。統括理事会の1人だ」
「その人物が一族の研究に利便を図り、学園都市の闇が膨れ上がるのに手を貸している……そんなところですか」
「『暴走能力の法則解析用誘爆実験』だの『暗闇の五月計画』だの『プロデュース』だの、奴らが手掛けただろう血腥い事件はいくらでもある。
こいつらは通常の倫理観なんて持ち合わせちゃいない。『置き去り』なんてただのでかくて喋るモルモット程度にしか考えていないんだろう」
「その研究の成果が、ここに2人もいる。そォだろ、チビガキ」
「チビガキって私のことですか!?」
うがー! と怒る絹旗をよそに、一方通行は話を続けた。
「俺がガキの頃の能力開発の監督者の中に、木原数多って言うクソがいた。レベル5とはいえ10にもならねェガキに平然と大砲だの爆弾だの山ほどぶつけやがったイカレ野郎だ。
それと、そこのチビガキ。オマエ、俺の演算パターンを植え付けられた『暗闇の五月計画』の被験者だろ。
土御門の話じゃそれも『木原』の仕業って話だが……まァ、それなりの結果は出せたみたいだな」
「それなりって……そのチビガキに超殴り倒された第一位サマが超偉そうに」
「もォ一度殴れたら認めてやるよ」
一方通行はチョーカーのスイッチを入れ、絹旗に向かって手のひらを向けた。
以前の戦闘を覚えていて尚伸ばされたその手に絹旗は少しだけ躊躇するが、やがて意を決したように握り拳を一方通行の手のひらへと叩きつけた。
「あ痛ァ!?」
「メルヘン野郎と同じだな。タネが割れたらこンなもンだ。
……くだらねェことはいい。なンだって、『妹達』の問題に『木原』が出てきやがる?」
「超電磁砲よりも劣化しているとはいえ、能力者の軍用クローンが依然として魅力的な研究テーマであることに変わりはない。
もし自由自在にレベル5のクローンを造り出せるようになればそれは莫大な利益を生むし、単純に結果を追求したいヤツもいるだろう」
「番外個体を見る限り、着実に能力者クローンの完成度は上がってきているわ。
このまま放置すれば、量産型レベル5は夢物語ではないかもね」
仮に結標の予想が現実化したならば、世界の軍事力バランスは大きく変わるだろう。
特別な戦闘訓練を受けていない一般人の『超電磁砲』でさえ、ロシアにて単騎で本物の軍人を一掃するような働きを見せている。
単騎で軍隊と渡り合えるレベル5。それを好きな数だけ造り出し、好きなように使役できる存在が現れたとしたら、間違いなく世界は混乱する。
あまりに過剰な戦力は、世界の恐怖を煽る。いくら学園都市と言えど、世界そのものを敵に回して生き残れるわけではない。
軍事面でのアドバンテージは圧倒的だが、学園都市の領地はごく小さな土地しかないのだから。
「親船が危惧しているのはまさにそンなところだろ?
ミツバチがよってたかってスズメバチを蒸し殺すよォに、どれだけ強力だろォとも単騎はいずれ雲霞のよォな弱小の集団に圧殺される。
どこぞの恐慌状態のアホな首脳が核でも持ち出してみろ。いくら学園都市と言えど、さすがに核爆発から都市が消し飛ぶのを防ぐテクノロジーはねェぞ」
「そこまで行けばもはや世界は最後の審判を待つだけの荒廃し切った状態だろうがな。シナリオとしてはあり得ないわけじゃない。
実際に第三次世界大戦ではロシアが核弾頭を持ちだそうとした痕跡が見つかっている。
何者かが解体して学園都市軍にその所在を知らせたらしいが、その人物がいなければ今頃極東アジアは放射能まみれになっていただろう」
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