私的良スレ書庫
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元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」2
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レスフィルター : (試験中)
階層不明・小シミュレーター室。
小さな理科室ほどの広さの部屋で、十数人ほどの白衣を着た研究者達が一様にモニターを見つめていた。
普段であればプロジェクトに対して行う予測演算や、行われている実験を中継するためのモニターだ。
しかし、今は『超電磁砲』と『業火焔弾』の戦闘の中継と、それを分析したデータが表示されていた。
「──いやあ、さすがにあの組み合わせでは『超電磁砲』が勝つでしょうな。
なんせ単発の威力、能力の効果範囲共に『業火焔弾』を遥かに凌駕しているわけですし」
「しかし、最初の火薬爆発は危なかったでしょう。空間転移能力者の仲間がいなければ、あそこでやられていたかも知れません」
戦闘終了を合図に熱狂したように隣の人間と語り合い始める研究者たちを見て、その中の1人に扮する海原は苦々しいものを感じた。
やはり、この都市の暗部にいる人間はどこかおかしい。年端もいかぬ少女たちが殺し合うのを見て、何故ここまで嬉々として語らうことができるのか。
彼らは超能力者たちを『実験動物のように』みなしているのではない。本当に『実験動物である』としか思っていないのだ。
難しい顔をしているのを見られたのか、隣の研究員が馴れ馴れしく話しかけてくる。
「か~わ~べく~ん、なーに考えてんのー?」
海原が成り済ましている人間の名前を呼びながらいやらしい笑みを浮かべるその研究員が、海原は好きではなかった。
不潔で、好色そうで、嬉々として非人道的実験に手を出せる人種。自分の手が汚れていることを自覚していても、彼とは仲良くできそうにもない。
「……ええ、ちょっと」
「今の戦闘見てどう思った? 美少女同士のリアルバウトなんてめったにお目にかかれるもんじゃないでしょ。
個人的にはもうちょっと双方ズタボロになってくれたほうが燃えたんだけどなー」
口では下卑たことを口走りながら、それでもクリップボードには研究者としての立場から注目すべきポイントがノート中にびっしりとメモされている。
人格面はともかく、研究者としての才能は確かにあるのだろう。
だが、こんな人間といつまでも話をしていたくないし、そろそろ行動を開始すべき時だ。
「……ちょっとお腹が痛いので、トイレに行ってきます」
立ち上がり、背を向けて扉へと向かった海原の背に、隣の研究員が声をかける。
「ちょっと待ちなよ、か・わ・べ・く・ん?」
先ほどとは打って変わって硬質なものを含む声と一緒に、いくつもの撃鉄を起こす音が響く。
気配から察するに、その部屋にいる全ての研究員が彼に銃口を向けているのだろう。
「……何の冗談です?」
「ジョーダンじゃあないよぉ、ニセ川辺くん? キミが"入れ替わられた"パチモンだってことはとっくにバレてんだからさぁ。
だからさ、……両腕を上げて壁にひっつけよ」
いきなり背に蹴りを入れられ、その勢いで海原は顔から壁へと突っ込んだ。
拳銃らしきものを背中に押し付けられ、痛む鼻を抑えることも許されずに腕を上げた。
「そーそー、良い子だねー、ニセ川辺くん。
俺としてはどうやって本物そっくり、いやそっくり同じに"化けた"のか、キミを生きたまま解体して調べたい気持ちはあるけどさ。
ざーんねーんなこ・と・に、キミが不自然な動きをし次第ぶっ殺しちまえって命令が出てんだよね」
「……参考までに、不自然な動きとは一体何でした?」
「何のかんの言ってもさ、川辺くんてばこんな所にまで落ちてくるくらいの実験大好きっ子なんだよねぇ。
その彼があんな面白いものを見て、黙りこくってるなんてあり得ないんだよ」
「なるほど、勉強不足が祟りましたね」
「そゆこと」
へらへらと笑いながら、巻き添えを避けるべく研究員が他の仲間のところまで後退する。
「それじゃま、そう言うわけで名残惜しいけど、そろそろお別れの時間だぜ。
どこの組織の人間かは知らないけど、来世はもーちょっとマシなところに生まれてくることを祈りなよ」
そう言って、研究員は引き金に指をかける。
だが、
「ふ……、ふふ」
「何笑ってんだよ」
「いえ、"自分"を解体したところで自分の変装技術をあなたが解明できるとは思えませんし。
ましてや、あなたに自分を殺せるとも思いません」
「状況見て言えよ。今、自分が何挺の拳銃向けられてるか分かってんの?」
「知りませんよ。そもそも数の問題ではない」
両腕を下ろし、ゆっくりと振り返る海原。
その表情に張り付いているのは怯えでもなく、余裕でもなく、ただ嫌悪と侮蔑だけ。
「その拳銃によって放たれる弾丸は、自分ではなくあなたたち自身を殺す」
「撃ち殺せ」
研究員の合図と共に、他の研究員たちが一斉に発砲する。
だが、
「……ッ!?」
「なんだと……ッ」
銃声は確かに鳴った。だが、銃弾は1つとして海原には届かなかった。
銃弾が放たれる直前海原の胸元から飛び出した古びた巻物。
それは人の身に観測可能な速さを遥かに超える速度でしなやかに動き、銃弾の弾道を反らし、捻じ曲げ、粉砕した。
彼の周囲を取り囲むように展開され浮かぶ皮製の古びた巻物。
まるで獲物に喰らいつかんとする蛇のように鎌首をもたげるその物体が何なのか、研究者たちは誰1人として理解してはいない。
ただ1人、その現象を引き起こした主だけが事態を掌握していた。
「『暦石』」
海原が呟く。
「分かりやすく説明すれば、『学園都市外の法則』を記した巻物の1つ、というところでしょうか。
手なずけるには苦労しましたが、それだけの価値はありました」
優男の体でにこと笑う海原。だが、研究員たちにはそれが底知れぬ、得体のしれないものを秘めている人外の笑みに思えてならなかった。
理性ではなく本能的な忌避感。それに突き動かされるように拳銃の引き金を引こうとする。
しかし、
「指が、動かない……?」
「くそ、どうなってやがんだ、くそぉッ!!」
全員の右手が拳銃を握ったまま、指1本動かせなくなっていた。
そして、それはギリギリと少しずつ、だが着実にある方向へと向けられていく。
自身のこめかみ。それが意味することは、誰にだって明らかだ。
「ひっ!?」
「や、やめ……」
空いている手で銃を持った手を殴りつけたり、必死に首を動かして拳銃から逃れようとする研究員たち。
だが、どんな体勢であっても冷たい銃口は確実に自身の頭をつけ狙う。
「『自殺術式』。他者の持つ『武器』に干渉し、自在に操る技術です。
人に向けた拳銃が執拗に自分の頭部を狙う気分はいかがです?」
「お願いだ、やめてくれ……助けてくれ」
「1つだけ質問を。どうして、あなた達は御坂さんのクローンを使った実験に加担を?
あらかじめ言っておきますが、嘘は自分には通用しませんので、そのつもりで」
機会があれば聞いてみたかった質問を研究者たちにぶつける。
彼らにとって海原は理解の範疇外の存在だ。だから、虚言であってもそれを信じ込み、従わざるを得なくなってしまう。
それでも大半は尻ごみしていたが、数人の研究員たちはその胸の内を臆面もなくぶちまける。
「決まっている。そこに科学を発展させる手がかりがあるのなら、追い求めずにはいられないのが科学者たる存在だ。
彼女たちが持つ可能性は無尽蔵だ。本当ならレベル5に至らせるのが最高だが、レベル4でも充分な戦力としての価値がある。
『第三次製造計画』のスペックシートは見ただろう!? 彼女たちが本格的生産に入れば、世界の軍事バランスは大きく変わる!」
「その結果世界の均衡が崩れ、大戦争に陥る可能性があるとしても?」
「知るか! そんなものは上層部の仕事だ。俺たちが考えることじゃない!」
「自らの欲望のままに命を弄び、その結果に対して責任をとろうとも考えない。無責任な人たちだ」
「俺たちは悪くない! ただ命令されてやっていただけなんだ!」
恥も外聞もなく涙と鼻水を垂れ流し命乞いをする研究員たちを見ながら、海原は急速に心が冷えていくのを感じた。
この『原典』を取得してから2カ月と少し。
ようやく『原典』から得た知識を解釈し、自分なりに扱えるようになったころにこの依頼だ。
彼らは御坂美琴のクローンを作り出し、それを自分たちの好きなように弄んできた連中だ。
彼女の後の憂いを晴らすという意味でも、この研究者たちの存在は見逃せるものではない。
「……例えクローンとして生まれても、彼女たちはそれぞれ独立して存在するれっきとした1個の人間だ。
あなた達はそんな彼女たちを好き勝手に作り出し、いじくり回し、弄んで、しまいにはゴミのように『処分』してきたのでしょう?」
海原の操る研究員たちの拳銃はついに眉間へと押し付けられた。
その人差し指がゆっくりと引き金を引くのを見て、ついには失禁するものまで現れ始める。
「頼むから……俺たちが悪かった、この通りだ許してくれ」
「ならば、その代価はあなたたち自身の命で贖うべきだ」
断罪の言葉と共に、悲鳴と銃声が鳴り響いた。
弾倉が空になり、本人たちが絶命してもなお、研究員たちの人差し指は引き金を引き続けていた。
「──くっ、ふふっ、やはり『原典』の使用は、大きな負担がかかりますね……」
彼以外に生きているもののいなくなった空間で、腰を下ろし壁に寄りかかりながら海原は呟く。
頭の先から爪先までを貫く激痛。『原典』の知識による汚染は術者に絶え間ない苦痛を与える。
本来ならば、『原典』はもしもの時の防御に使って終わりにするはずだった。
しかし、彼らの話を聞いているうちに怒りが湧き上がり、どうしても惨たらしく殺してやりたい衝動に襲われてしまった。
その結果が、この虐殺劇。
美琴を影ながら守る騎士か何かを気取っているつもりなどない。
「彼女のために」という大義名分を掲げることすら許されぬ所業だと言うのはちゃんと自覚している。
けれど、今殺した研究員たちのような存在はどうしても許せなかった。
彼らが起こした罪を、もっとも非道な形で跳ね返らせてやりたかった。
「……大暴れした以上、ここにもいつまでもいられませんね。移動しなければ」
彼が働きを十二分にこなせば、それだけ『グループ』が動きやすくなる。
つまりは、美琴がそれだけ早く日常へと帰っていける。
それだけを目的に海原は今ここにいる。
痛む頭を振ってごまかし、彼に与えられた任務をこなすべく立ち上がった。
後には、原型を留めない頭部から脳漿を撒き散らしたいくつかの死体と、彼らが垂れ流した血の海だけが残された。
うおう、来てた乙!
相変わらずのクオリティーだぁ
次回も楽しみ
ES? 就活かな?
エントリーシート.comってとこが結構参考になるよ
相変わらずのクオリティーだぁ
次回も楽しみ
ES? 就活かな?
エントリーシート.comってとこが結構参考になるよ
乙です
海原もといエツァリマジイケメン
ミサワと一通さんがどうやって切り抜けるか楽しみです
海原もといエツァリマジイケメン
ミサワと一通さんがどうやって切り抜けるか楽しみです
日付変更後の深夜以外で更新されたことはなかったはず
もうすぐ前スレ立ってから一年か
もうすぐ前スレ立ってから一年か
>>871よかったな、愛知が屋上で鞭もって待ってるぞww
こんばんは
気付けば前スレを立ててから早一年と一日、時が経つのは速いなぁと思います
あれー、事前の想定だと去年夏休みには完結しているはずだったのに、あれー?
まあ予定は狂うものですし
それでもは投下していきます
気付けば前スレを立ててから早一年と一日、時が経つのは速いなぁと思います
あれー、事前の想定だと去年夏休みには完結しているはずだったのに、あれー?
まあ予定は狂うものですし
それでもは投下していきます
階層不明・小実験場。
状況が一変し、攻勢と守勢が入れ替わる。
敵は番外個体を一気に殺してしまおうと言う気はないらしい。
まるで鳥が少しずつ獲物を啄んで行くように、じわじわと彼女を削ろうと攻撃を仕掛けてきた。
空間転移能力者と、物体を透明にする能力者。
敵の銃口がどちらを向いているのか分からない。どこから向けられているかもわからない。
セットで敵に回してこれほどまでに恐ろしい能力者はそうそういない。電磁波レーダーを封じられた状態ではなおさらだ。
身体のあちこちに傷を負い荒い息を吐きながら、それが身を隠すに足りているのかも定かではない機材に背を預ける。
バックパックの中にあった応急キットから薬剤入りのチューブを取り出し、痛みをこらえつつ中のジェルを傷口へとすり込む。
消毒と止血、そして傷口の保護をする効果を持った薬剤だ。冥土帰しの開発したものであり、風紀委員や警備員にも支給されているものである。
治療のために肩部分を引き裂いた服はその先の袖も血の色に染まってしまっている。洗濯しても落ちそうにはなく、もはや再び着ることは叶わないだろう。
(おねーたまに初めて買ってもらった服なのになぁ)
歯噛みしながら、改めて状況を整理する。
(……『同伴移動』と……めんどくさいな、"カメレオン"でいいやもう。
あの2人の目的がいまいち掴めない。単に第一位との合流を阻止するためなら、さっさとミサカを殺しちゃえばいいのに)
敵のペアは番外個体が出口を目指したり、電磁波レーダーに干渉する機械を壊そうとすると猛攻を仕掛けてくる。
しかし、今のように物陰でじっとしていれば、手を出してくることはない。
(積極的な狙いは、やっぱり一方通行?)
こちらの情報が漏れているなら、一方通行の電極の制限時間という弱点もバレていると考えるべきだ。
日常生活において48時間。戦闘行動においては30分。それが彼の活動可能時間。
腕時計をちらりと見る。今も彼が戦っているのなら、制限時間は既に半分以上削れているはずだ。
もちろん、学園都市最強の能力者である一方通行が今も戦いを続けているとは限らない。
だが、例えば奇襲と撤退を繰り返す戦術。例えば戦力を大量投入してのマラソンマッチ。
1人1秒で瞬殺したとしても、1800人つぎ込めば制限時間は尽きる。
それ以外にも制限時間を浪費させる手段はいくらでもあるだろう。
どれだけ強大な力を振るおうが、どれだけ強大な敵を打ち倒せようが、否応なく『時間』という絶対的な壁は彼の背後から迫りくる。
それが完全に一方通行を捉える前に、なんとしても合流する必要がある。
そのためには、現状を打破する一手を講じなくてはならない。
五感に加え、電磁波の跳ね返りを観測することで常人よりも多くの情報を収集できるのが電撃使いの強みだ。
しかしそれが優れているが故に頼り過ぎ、いざそれが封じられた時の混乱は大きい。
普段なら例え透明であったとしても手に取るように分かる距離なのに、そこに何かがあるのかどうかも分からない、というのは精神的に大きなハンディキャップとなる。
至近距離で目を合わせていてもこちらは気付かないかもしれないのは考えるだけでぞっとする事態だ。
干渉装置は強力であり、レーダーが正確に機能するだろう範囲は自身からたかだか数メートル。
それより外は自分が照射する電磁波が干渉装置から出る強力な電磁波にかき消されてしまうため、目視で確認するほかない。
まずは、これの破壊を完遂する必要がある。
(ま、引きこもりは性に合わないし)
磁力を使い、周囲の廃材を引き寄せる。
装置を破壊するまで保てばいい。レーダーさえ回復すれば、不可視の敵であろうと捕捉ができる。
敵がどこにいるのかさえわかれば、空間転移能力者が敵であっても対処は不可能ではない。
傷を負ってはいても腕はしっかり動くし、銃だって握れる。足だって走る事も出来れば、跳ぶことだってできる。
ならば、この程度で「どうにかできた」などと思われるのは癪というものだろう。
必ずぶちのめして逆さ釣りにしてやる、と意気込んで、番外個体は物陰を飛び出した。
地下10階・23番大試験場。
突如前触れもなく照明が落ち、空間を照らすのは炎だけとなった。
降下してきた人影が音もなく着地するのと、レーダーの反応を受けて美琴が振り返ったのは同時だった。
着地した人影は身をかがめて床を蹴り、その細い体からは考えられぬ速度で美琴と白井に襲いかかる。
その手には、炎の煌めきを受けて輝く大きな軍用ナイフが。
「……黒子っ!!」
美琴は応戦しようと鉄針を取り出した白井の首根っこを掴んで自分の後ろへ。
同時に床から板状になった砂鉄を磁力で持ち上げて凶刃を受け止め、動きを止めた襲撃者を観察する。
その身に纏っているのは、炎の照り返しのせいでよく分からないが薄い色に迷彩が施されている戦闘服だ。
上半身はぴっちりとしていて、要所にだけ装甲が施されている。あとは肘から手首にかけて、動きの邪魔にならない程度に大きな装甲が付いているくらいか。
対照的に下半身は比較的重装甲だ。特に膝から下には脚力をサポートするためと思しき大きな構造物がくっついていた。
軍用の駆動鎧。その高機動戦闘用モデルをさらにシェイプアップした、という印象だ。
顔の上半分を覆うゴーグル状の装備はマジックミラーのようになっているらしく、周囲で燃え盛る炎のぎらぎらとした照り返しを跳ね返し美琴へと投げかける。
だが、その全てが美琴の埒外にあった。
彼女が見ていたのは、襲撃者の肩を越えて背中まで伸ばされた髪。
この状況では色がよく分からないが、もしかするとそれは自分のそれと同色ではないのか?
そして、先ほどから彼女が感じている"もの"。
それはまるで、まるで──。
「……ッ!!」
考えを振り切るように身を翻し、白井を連れ襲撃者に背を向ける美琴。
白井はその『恐ろしいものを見た』かのような横顔を見て、ぞっとするような考えに至る。
2人は美琴の『妹たち』を助けに来た。それは彼女たちが何者かの悪意によっていいように使われ、消耗品のように使い潰されるのを阻止するため。
ならばその悪意の主が2人を排除すべく、『妹たち』を投入してくることだってありえるのではないか?
「……お姉様」
「あんたの思ってること、たぶんそう外れてないと思う」
苦しそうな、泣きそうな。そんな表情で試験場の出口を目指す美琴。
だが、あと数メートルというところで、出口に立ち塞がるようにまたも人影が降下してくる。
足を止めてしまった美琴と白井を前に、2人の襲撃者は挟み撃ちにするような立ち位置をとった。
否、襲撃者は2人ではない。
美琴と白井を円状に取り囲むように、すた、すたと次々に襲撃者が降下し、その数を増して行く。
その全員が同じ装備、同じ背格好。
想像を裏付けるには十分すぎる。
円から1人が進み出て、そのゴーグルを上げる。
それを見て、美琴は呼吸が止まるかと思った。
その顔は、やはり彼女と同じもの。
すなわち、『妹たち』だ。
「はじめまして、お姉様(オリジナル)」
その声もまた、美琴のものと同じだ。
ただし『妹たち』のように抑揚のないものではなく、どちらかと言えば美琴本人や番外個体に近く、感情が込められている。
「……あんたたちが、『第三次製造計画』なの?」
「はい」
答えたのは別の個体。こちらも同じ声だが、先ほどの個体に比べるとやや声の調子が大人しめだ。
美琴は両腕を広げ、戦う意志が無いことを示す。
彼女たちは助ける対象であって、戦う対象ではない。
「聞いて。私たちはあんたたちと戦うために来たんじゃない。助けに来たのよ。
あんたたちにはこんなところで使い潰されるんじゃない、もっと別の、あんたたち1人1人の人生があるの。
暗部の連中の言うことを素直に聞く必要なんかない。私たちと一緒にここを離れましょう?」
機械が生み出した生まれたての彼女たちは真っ白で、『軍用クローン』であると刷り込まれればその通りに動いてしまう。
しかし、きっかけさえあれば自分たち自身の人生を歩み出そうとすることができるのは、美琴の『妹』、そして彼女たちの『姉』らが証明している。
他者に決められた『生まれた意義』に縛られる必要はなく、ただ自身の選んだ生を送ればいい。
かつてとある少年が諭したことを、今度は自分が伝えたい。
そんな想いを込めて、美琴は懸命に言葉を発する。
だが、
「──確かに、そんな生き方もあるんだろうね」
「──それは確かに魅力的」
「──ですが、今の『第三次製造計画』のミサカたちにそんな意志は許されていない」
「──ミサカたちはとある計画のために造られ、そのために生かされている」
「──当然、その『駒』に自由意志なんてあるわけがない」
「──今のミサカたちは、最上位個体の命令によって動かされている」
「──ミサカたちには抗えないし、それに反する行動をとることもできない」
「──結論としては、ミサカたちを止めたいのであれば最上位個体を止める必要がある、ということです」
リレーのように別々の個体が連続して言葉を放つ『第三次製造計画』の妹たち。
彼女らに美琴の言葉は届いても、彼女たちの行動を止めることはできない。
逡巡する美琴らをよそに、『妹たち』は腰に提げていた筒状の物体を2人に向けて構える。
それは1メートルほどの長さで、有機物とも無機物ともとれぬ不思議な質感を持ち、その側面には金色に光る文字が書かれている。
『 Equ.DarkMatter ver."Tirfing" 』
『近親者殺し』の神話を持つ魔剣ティルフィング。
その名を冠する"それ"は、炎の照り返しを受けて不吉に輝く。
「──抜剣」
1人の『妹たち』の号令を受けて、筒状であったはずの"それ"は音を立てて大きく姿を変える。
それは背骨のような剣身から針のように細長い短冊状の刃を一直線に生やし、まるで真っ白い木琴の鍵盤部分のような形状を作っていた。
柄に相当する部分に近い刃は短く、先端に行くにつれて次第に長くなっている。
一斉に突っ込んでくる妹たちが振りかざす"それ"を見て、美琴はまるで場違いな感想を抱いた。
──まるで、天使の翼を根元から引き抜いたかのようだ、と。
地下4階・通路。
『油性兵装』の眼前には、階層の崩落によってできた大きな穴が口を広げていた。
一方通行と衝突した『複合手順加算式直射弾道砲』はその弾道を大きく反らされ、施設内を真下へ一直線に突き抜けた。その痕跡だ。
その衝突地点に一方通行の姿はない。
逃れたのか、直撃を受けて吹き飛んだのか。
弾道が変わったのだから、ベクトル操作はされたと見るべきだ。
しかし、それならば一方通行の姿が見えなければおかしい。
「反射したはしたけど、中途半端にしそこなったのかな?」
彼に与えた逡巡の時間は刹那の間でしかない。
反射するべきか。甘んじて直撃を受け入れるべきか。それを迷った結果半端な形でベクトル操作を行ってしまった、という可能性がある。
なんにせよ、死体を確認するまでは用心はしておくべきだろう。
懐から通信機を取り出し、待機している援護部隊へと繋げる。
「もしもし、私私。『油性兵装』だよん。
施設内で思いっきり『複合手順加算式直射弾道砲』ぶっ放しちゃったけど大丈夫?」
『施設自体への損害は甚大ですが、人的被害は我々も含めゼロのようです』
「おお、なんたる奇跡。『破城槌』のほうはどこまで飛んで行ったか、わかる?」
『第13階層の、実験場と他の実験場を繋ぐ通路で止まったようです』
「りょうかーい。最下層まで突き抜けるかなと思ったんだけど、意外と被害が少ないな。
『下層』は蟻の巣みたいになってるし、、通路が通っていない岩盤の部分を貫いたことで威力が低減したのかな?
……まあいいや。全員第13階層、現場付近の所定位置で待機。対一方通行作戦を第2フェーズに進めるよん」
『了解。2分で準備を終えます』
通話の切れた通信機を、勤勉だねぇなどと呟きながらしまいつつ、『油性兵装』は大穴へと身を躍らせた。
超音速で駆け抜けた巨大な『破城槌』が残した破壊の痕跡は、その威力の高さをありありと見せつけていた。
大穴の断面はひしゃげた鉄骨がはみ出ていたりと言うことはなく奇妙に滑らかで、『油性兵装』は特に苦労することもなく能力を駆使してその穴を降りて行く。
この研究所は第7階層を境として『上層』と『下層』に区別され、上下でその構造を大きく変化させる。
大きな廊下の左右に小さな部屋が大量に並んでいる『上層』とは異なり、『下層』は各施設の配置がバラバラで、離れた場所にある空間を細い通路が繋いでいるという形だ。
施設への侵入を防ぐため、内部反乱を制圧するため。理由は様々あるだろうが、どれであっても彼女には関係ないしどうでもいい。
だが、『下層』に辿り着いた途端に人工構造物内ではなく岩盤に空いた穴を通らなければならなくなった点については大いに文句を言いたい。
「うええ……」
暗部に身をやつしているとはいえ、自分だって年頃の女だ。
出来る限り土くれにまみれるような体験はご免こうむりたい。
装甲各部からオイルを燃やしたガスを噴き出し、壁面に触れぬように上手く姿勢制御をしながら垂直に空いた空間を落下していく。
穴の底は第13階層、さきほどまでいた第4階層から100メートルは下ったところだ。
上を仰げば通ってきた大穴が見え、その終端から時折ぱらぱらと何かが降ってくる。
足元にはそうした落下物やここまで『破城槌』が粉砕してきた大量の瓦礫や土砂の山。その下には大きくひしゃげた『破城槌』が頭を覗かせている。
額に乗せていたゴーグルを下ろし、もうもうと立ちこめる土埃の中周囲を見回すが、そこに一方通行の姿はない。
「……瓦礫の下か、あるいは逃げられたかな」
能力の発動が中途半端になり『破城槌』ごと落下してきたのなら、彼は瓦礫の下にいる公算が大きい。
その場合、きっと彼は『破城槌』と床材や岩盤にすり潰されて既に原形を留めてはおらず、恐らくは赤い液体となって瓦礫や土砂に吸われてしまっているだろう。
仮にどこかへ逃れたとしたら、通過してきた階層は実に10階層にのぼる。
大穴の周囲に姿を確認できなかった第4階層は除いても、あと9階層も探さなければならない。
「……どっちにしろ面倒だなぁ。番外個体の方に合流されたら厄介だし」
元々一方通行と番外個体の分断作戦は、彼女が一方通行を引きつけておけるという前提のもとで行われている。
電極の制限時間という弱点を考えると番外個体がそのバックアップ要員であることは明白であり、従って彼は番外個体との合流を目論むだろう。
ここで一方通行を取り逃してしまえば、番外個体に割り当てた2人では対処のしようがない。
待機させていた援護部隊を動かすべく通信機を取り出そうとしたその時、土埃の満ちる空間に一陣の風が吹く。
直後、人間の知覚速度を遥かに上回る速度で放たれた"何か"が、背後から『油性兵装』を捉えた。
「がぁッ!?」
まず彼女が知覚したのは、背中から伝わる『痛い』という神経の悲鳴だった。
遅れて装甲の外部で何かが砕けた音を認識する。
(……こいつ、私の『装甲』をッ!?)
どこをどの程度負傷したか、それすらも確認する暇はなく彼女は横っ跳びに身を躍らせ、直後彼女がいた場所を数メートルはありそうな瓦礫が唸りを上げて通過する。
明後日の方向へ飛んで行った瓦礫が何かにぶつかり砕け散る音を背後に聞きながら、『油性兵装』は瓦礫が飛んできた方向を凝視する。
一方通行がそこに立っていた。
予想通り反射は中途半端になりダメージを負ったようで、全身白ずくめの彼の服装はところどころ赤く染まっている。
だが、その双眸に宿る獰猛な光は、いまだ彼が戦う意志を失っていないことを表している。
「……さすがに、そう簡単にはくたばらないよね」
「そォだな。レベル5の看板はそこまで安くはねェ」
「良いよ。それでこそ打倒する価値があるよね!」
一方通行が蹴り飛ばした瓦礫を右腕の刃で切り裂き、『油性兵装』は地を蹴り後ろへと跳ぶ。
交戦開始から15分は過ぎた。しばしば電極のスイッチを切り替えていたことを考えても、一方通行に残された制限時間は15分強あれば僥倖といったところか。
その時間を凌ぎ切れれば彼女の勝ち。逃げ切れなければ一方通行の勝ち。分の悪い賭けだとは思わない。
ゴム状に変化させた足場の反発力と、潤滑剤の役割を果たす溶けた装甲表面のオイルが生みだす機動性。
対して、あらゆる運動の向きを自在に操ることによって人間の構造的限界を超越する機動性。
それはともに、常識の範囲を遥かに超えている。
滑らかに躍る『油性兵装』と、それを直線的な動きで追う一方通行。
2人はまるでダンスのパートナーのように近づき、交差し、離れ、戦いの余波を周囲に撒き散らして行く。
「1つ教えろよ」
交錯の中、一方通行が問う。
「どォしてお前は強くなりたいと願う?」
『誰よりも強くありたい』。それは、かつての彼の願いと同じ。
彼のように大きな悲劇を引き起こすきっかけになりかねない願いに対して、彼は問わずにはいられない。
「さぁね。人間が生まれ持つ上昇性向ってことじゃダメかな」
「理由になンねェよ。せっかく暗部から這い上がれるチャンスを蹴ってまでクソみてェなヘドロの中に留まってやがンだ。
それ相応の理由があンだろォが」
言葉と共に突き出された腕を紙一重に回避し、『油性兵装』は身を真横に滑らせる。
同時に発生させたオイル製の杭をいくつも作り出し、一方通行目がけて放つ。
「……生まれた環境に対する反発心、みたいなものじゃない?
小さなころから檻みたいなところにぶちこまれて、『こうあるべき』ってのを叩きこまれてさ。
挙句の果てに『組織が要求するレベル』を逸脱したことで、私は落第生として扱われていた」
『白鰐部隊』。大人の都合が通じない超能力者をプロジェクトから排除する為の、安定戦力としての大能力者を作り出すプロジェクト。
あくまで運用しやすい人材を求めていた『上層部』としては、集団の中でずば抜けた才能を示し始めた人間はむしろ不要だったのだろう。
上には刃向かわずに任務だけを淡々とこなすだけとなった『獣』にもならず、あくまで我を保ち続ける彼女を『上層部』は処分しようとした。
今彼女がこの場に存在するのは、処分される前に組織が崩壊するという幸運があってのことにすぎない。
「弱かった子らは死んでいった。強い私は生き残った。
物心ついたころから暗部にいて、そしてそこは弱肉強食の世界だ。それについては何とも思わないよ。
だから、その世界で『私がどれだけ強いのか、どこまで強くなれるのか』と考えるようになったのは、当然の帰結だよねー?」
杭を回避した一方通行が飛ばす瓦礫を肥大化させた左腕の装甲で砕き、破片の驟雨を浴びながら、彼女は言う。
「この気持ちが私が生来持っていたのか、それとも『調教』の過程で植え付けられたものなのか。それはもう私にも分からない。
だけど、そんなことはいい。今やどうでもいい。私が持っているものは"これ"しかないんだ。
なら、それを抱えて地獄の果てまで突っ走るしかないだろ!」
『油性兵装』の周囲の床や壁がグズグズに溶け出していく。
それに連動して、空気中に黒い靄がかかり始める。
気化した可燃性オイルの充満。着火すれば容赦なく周囲の空間を焼き払うナパーム攻撃。
「……馬鹿だよなァ」
そんな彼女の様子を見ながら、一方通行が呟く。
ナパーム攻撃は空気中の酸素を喰らい尽くすだろう。その末に待つのは窒息死。
だが、そんなことは彼は歯牙にもかけない。酸素を確保する方法などいくらでもある。
彼が揶揄したのは彼女の攻撃方法ではない。彼女の在り様そのものだ。
確かにその生い立ちは悲劇的だっただろう。抑圧の解放によるものか、『強くなりたい』と願ったことも不思議ではない。
「だが、オマエは決定的な間違いを犯した。表の世界を知らなかったが故の悲劇かもしれねェが、とにかくオマエは間違えた。
誰よりも強くなりたい。無敵になりたい。大いに結構な話じゃねェか。
だがな、『なってどォする』? そのビジョンも持ち合わせずただ戦いに明け暮れるってェのは馬鹿丸出しの話だ」
かつての自分のように。彼女に放つ言葉は、同時に自嘲となって彼自身へも突き刺さる。
誰も傷つけたくない。だからこそ誰も立ち向かおうと思わないような無敵の能力者になる。
そんな初心を忘れ、ただ無敵になるために10031の命をこの手で奪った。そんな底抜けの大馬鹿だからこそ、言えることもある。
「殺して、殺して、殺して、殺して、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
その末に何がある? 何が待ってやがる? 答えはない。なァンにもない。
ただオマエの足元には自分が積み上げてきた骸の山が積み上がっているだけだ。そこから見える物なンかクソ以外の何物でもありゃしねェ」
強さを求めて戦って、後に残るのは自分か相手の骸だけ。他には何も残らない。
最終的には自分以外のすべての存在を叩き潰すか、あるいは夢半ばにして自分も死体の山の一部となるのか。末路はそのどちらかしかない。
特大の悲劇を引き起こした大馬鹿が、悲劇を引き起こしかねない馬鹿へと諭すように言う。
「悪いことは言わねェよ。オマエを光の世界に引き上げよォとする人間がいるうちに、さっさと足を洗え。
そのほうがきっと、オマエにとっても『しあわせ』になれるはずだ」
しばらく、『油性兵装』は一方通行の言葉を吟味するように黙りこくっていた。
今のように血と汚泥にまみれて闇の底を這いずり回る人生を送るのか。
それとも、未だ体験した事のない光の当たる世界へと飛び出して行くのか。
やがて、その口を開く。
「……ふー、何を言い出すのかと思えば、今更そんな綺麗事かよー。
確かに足を洗えば『しあわせ』にはなれるかもしれない。けれど、馴染めずにまた堕ちてくる奴だっているんだぜ?
一度『しあわせ』を味わってしまえば、また暗部に落ちてきた時の苦しみはなお増える。なら、最初から知らない方がマシ」
「オマエは二度と落ちてきやしねェよ」
憧れがある。期待もある。だが、戻ってきてしまうのが怖い。さきほどの無言にはそんな逡巡が含まれている。
結局は彼女だって、学園都市の暗部の被害者なのだ。また落下することが怖くて、這い上がることができなかったに過ぎない。
「落ちてくる先は、俺が埋め立てておいてやる」
そんな被害者たちはもう二度と生みださせない、と彼は心に決めている。
ならば、目の前の少女だって救い出すべきだ。
だが、
「……ぷっ、あはは。何それおっかしー」
少女は笑う。哂う。
「そもそもの話さ。あなたはどの面下げてオセッキョーしてんのかって話だよね。
私はあなたほど人を殺しちゃいない。多分暗部全体をひっくるめたって、あなた1人が生みだした犠牲者の数には及ばないと思うけど。
そうでしょ? 10000人殺しの大虐殺者さん?」
揶揄するように、悪意を込めて。それは差し出された手へ唾を吐き撥ね退けるかのような所業。
「五十歩百歩、って言葉は知ってるでしょ? この場合は10000歩逃げた人間が50歩も100歩も逃げてないような人間を笑っているようなものかな。
ねぇ、自分で言ってて恥ずかしくならない? 虚しくならない?
それとも『1人殺せば人殺しだが、100人殺せば英雄となる』ってやつ?
この場合、10000人を殺したあなたは何になるのかねー?」
「……俺は確かに『妹達』10031人を殺したとンでもねェ屑だ。それは消し去れねェ事実だ。
それ自体は何をしたって許されるもンじゃねェと思ってるし、何をしたって償い切れるとも思ってねェ。
だがなァ、だからこそ言ってンだ。俺みてェな大馬鹿を生み出さねェよォに。アイツらみたいな被害者を出さねェよォに」
「……それってさ、結局『自分は悲劇を引き起こしてしまった人間なんです……』って酔っているようにしか聞こえないんだよね。
あなたと私の抱える事情は違う。私は私のやりたいようにやってここにいる。
それを偉っそーうにあーだこーだと言われる謂れはないんだっつーの」
ぶちぶちと未練を断ち切る刃のように放たれる言葉は、しかし一方通行にはある悲哀の響きを含んで聞こえた。
否定して欲しい。
助けて欲しい。
止まる方法を知らない自分を、誰かに止めて欲しい。
「……そォかよ」
かつての自分と似ている、と一方通行は思った。
最強の超能力者であったが故に誰にも止められず、かつて『最弱(さいきょう)』の男に殴り飛ばされるまで災厄を撒き散らしていたころの自分に。
ならば、力ずくでも止めてやる。決定的な間違いを犯していない今の彼女ならばまだ間に合う。
「……だったら、無理やりにでもオマエを闇の底から引きずり出してやる」
『油性兵装』が指を鳴らし、澱んだ大気が爆炎へと姿を変える。
それすらも意に介さず黒煙の尾を引きながら飛び出した一方通行を待ち受けていたのは、宙に浮かぶ大量のオイルの滴。
(また酸素の消耗策か)
爆発するのを指をくわえて見ているなどということはしない。
その手に空気のベクトルを掴み、それを『振り回す』。彼を中心に唸りを上げて突風が吹き、浮遊するオイルを吹き飛ばして行く。
それすらも『油性兵装』の計算の内か、オイルの滴が燃焼し再び空間を煤煙で埋め尽くして行く。
刺激臭も有害物質を含む煙も一方通行にとって苦にはならないが、視界の悪さだけはどうしようもない。
掴んだままの空気のベクトルを操り、煙もまた吹き飛ばす。
「……ッ!!」
開けた視界の先には、再び『破城槌』が鎮座していた。
すでに台座にセットされ、推進装置は解き放たれる時を待ちわびるかのごとく軋んでいる。
その威力は先ほど既に身を持って体感済み。もう一度喰らえば、どんなダメージを受けるか分かったものではない。
「……今度は太平洋辺りまでぶっ飛んじゃうかも、ねッ!!」
言葉と共に、瞬時に超音速にまで加速された弾頭が放たれる。
彼我の距離はせいぜいが数十メートル。その距離を弾頭が駆け抜けるのに必要な時間は1秒の10分の1にも満たない。
余りの速度に残像の尾を引きながら、『破城槌』は一方通行へと突き刺さった。
「……は?」
至近距離で大口径榴弾が爆発したかのような、鼓膜が破れそうなほどの大轟音が巻き起こった。
間違いなく直撃はした。
しかし、『破城槌』が生み出すはずの暴力と破壊の痕跡は、彼女の視界には存在しない。
上を見上げれば一度目の攻撃が残した痕跡が見える。今の攻撃だってそれと同じ威力はあったはずだ。
『破城槌』は、ある一点で止まっていた。
自分が持っていた運動エネルギーによって自らの身を潰すことすらなく、まるで一方通行が伸ばした腕に受け止められたかのように。
一方通行自身はその場から一歩も動いていない。
弾頭を受け止め、悠然とその場に立っていた。
『反射』したのなら、既に『油性兵装』の元へと弾頭は跳ね返っているはずだ。
『操作』したのなら、あらぬ方向に弾頭が突っ込んでいてもおかしくはない。
ならば、この結果は何だ。
『破城槌』が持っていたはずの運動エネルギーはどこへ消えた。
その答えは、一方通行の口からもたらされる。
「ベクトルの『分割』ってところだな。
このバカでけェ寸胴が持っていた運動エネルギーは別の方向を向いた10万通りのベクトルに分解して逃がした。
これ自体が圧倒的な破壊力を持っていても、分解しちまえば大したことはねェンだよ」
例えば、とあるベクトルOAがあるとしよう。
そのベクトルは仮想点Xを通る2つのベクトルOXとXAの合成によって求められる。
逆に言えば、この仮想点Xを設定することでベクトルOAはOXとXAの2つに分割が出来るようになる。
この仮想点をX、X’、X’'……と大量に設定してしまう。
それだけで、巨大なベクトルを小さな多数のベクトルへと分解することができるようになる。
あとは一方通行自身と物体の接点から、物体の持つ運動エネルギーを分解したベクトルに乗せて発散させてやればいい。
そうすることで、『反射』でも『操作』でもなく、擬似的な物体の『停止』が可能となる。
運動エネルギーを失った『破城槌』が重力に引かれ、床へと落下し重厚な音を響かせた。
「ベクトルの操作と合成が出来りゃァ充分なもンで、分解はあンまり使わないンだがな。
やろォと思えばこンくらいは朝飯前だっつの」
戦闘という状況において、敵の攻撃を反らす『操作』と、周囲の運動エネルギーを集めて他の物体へと付与する『合成』があれば事は足りる。
わざわざ運動エネルギーのベクトルを『分解』して受け止めるという選択をする必要性はあまりない。
ゆえに彼が『分解』を使ったという実戦データは少なく、戦術分析のために『油性兵装』が事前に得ていたデータには含まれていなかったのも仕方がないのかもしれない。
「ほらよ、返すぜ」
「ッ!?」
一方通行が転がる『破城槌』の中ほどを無造作に蹴飛ばした。
くの字にへし折れたそれは、放たれた時に伍する速度で『油性兵装』目がけて飛んで行く。
人間の反応速度を越え、『油性兵装』をなぎ払ってそのまま吹き飛ばすはずの『破城槌』は、しかし彼女に触れた瞬間に不自然に停止する。
まるで一方通行に触れた時のように。
差異と言えば『破城槌』の表面が溶けだし、彼女の装甲と癒着し始めたということくらいか。
どんなに巨大な物体であろうとも、元は彼女が操るオイルから形作られている。
自由に動かせるということは、自由に動きを止められるということになる。
オイルの巨大な塊である『破城槌』が一方通行の手元を離れ彼女に触れた今、それが彼女を傷つける道理はない。
むしろ攻撃力・防御力・機動性を保つための要である装甲を強化することに繋がる。
だが、それが彼女の運の尽き。
あまりに巨大な『破城槌』は彼女の視界を覆い、一瞬一方通行の挙動を見失ってしまった。
それが致命的となる。
「直接触れられなきゃ問題はねェ。オマエはそォ言ってたな」
足元を爆ぜさせ前方へ飛び出した一方通行が手を伸ばす。
その手は『油性兵装』本人ではなく、形を崩し今まさに彼女の装甲へと一体化しつつある『破城槌』の尻へ突き刺さり、
「だったら触れられる策を練るまでだ、ボケ」
同時に、ごきり、という鈍い音が油製の装甲の下から響いた。
「ぐっ、がァああああああああッ!!??」
喉が裂けるのではないのかと思うほどの、つんざくような悲鳴が『油性兵装』の喉から漏れる。
彼女が纏う絶大な防御力を誇る液体と固体の区別すら曖昧な特殊複合装甲は、今や奇妙にボコボコと歪んでみえた。
どんな形で扱うにせよ、形状・性質を変化させるならば液状にしてしまうのが最も扱いやすい。
『破城槌』を受け止めた『油性兵装』は、一度それを液状化させ装甲へと取り込もうとした。
取り込むと言っても十数メートルもの大きさである『破城槌』の質量は余りに大きすぎ、そのまま全て装甲に取り込むわけにもいかない。
一瞬だけどうするべきか悩み、液状化した『破城槌』はその刹那形状を保ったまま装甲に一部をくっつけてその巨躯を晒していた。
『油性兵装』は一方通行に触れられることを極度に恐れていた。
いくら強靭な防御力を誇る装甲を持とうとも、ベクトルを操る一方通行に対しては紙切れに等しい。
ましてや今、『破城槌』は『油性兵装』の装甲と混じり合い一体化しているのだ。
その巨体に触れたならば。そのベクトルを操作したならば、それは装甲そのものに対する干渉すらも可能になるのではないか?
その答えは『油性兵装』本人が身を持って味わっている。
彼女が誇る絶対の鎧は、今や彼女を捉え戒める絶対の拘束服となった。
肉を縛り骨を砕く痛みに苦悶の表情を浮かべ絶叫しながらも、それでも彼女は戦意を捨てようとはしない。
「あ、が、ぐ、っらああああああああああああああああああああッ!!」
奥歯を噛み砕かんとする勢いで絶叫を引きちぎり、『油性兵装』は力を込める。
足元のオイル溜まりから伸びた黒刃によって『破城槌』が切断され、ようやく彼女は自由を取り戻した。
後方へと跳んで距離を取り、同時に全てのオイルに着火する。
もう幾度目だろうか、酸素を喰らう紅蓮の炎と視界を奪う漆黒の煙が渦を巻き、空間を蹂躙する。
その高熱は全ての物を焼き払い、低下した酸素濃度はあらゆる生物の呼吸を困難なものとする。
だが、そんなことはもう一方通行には関係ない。
先ほどの一撃で大きなダメージを与えた。機動力も大分削いだだろう。
流星のごとく煙から飛び出しつつ、なおも後退する少女目がけて拳を振りかぶる。
「病院のベッドの上で、自分の身の振り様を気が済むまで考えやがれ!」
鼻と鼻がくっつくほどの距離まで接近して、一方通行は脳裏にちりとした妙な違和感を覚えた。
それは直感や第六感、あるいは虫の知らせと言われるようなものだったのかもしれない。
だが、今の彼にはやるべきことがあった。そして残された時間は多くはなかった。
だから無視した。
無視してしまった。
一方通行の右腕が、少女の腹へとめり込む。
勢いのまま、少女は錐もみ回転をしながら悲鳴を上げて吹き飛んだ。
その悲鳴を聞いて、違和感は嫌な予感へと変わる。
以前にも、こんな感覚を味わったことはなかったか?
どこで?
白銀の雪原で。
喉がひりつく。
吹き飛び、どこかに叩きつけられて転がる過程で外れて落としたのだろう。
ふらふらと立ち上がった少女は、ゴーグルをしていなかった。
正面から一方通行を見据える。
その視線に射抜かれ、彼の身体がびくりと震える。
通った鼻立ち。
白い肌。
揺れる茶髪。
同じだ。
傷つけた少女と。そして、守りたい少女と。
狼狽する一方通行に向けて、少女の口が開かれる。
一瞬、一方通行の思考が空白になった。
心臓も肺腑も脳髄も全ての臓腑が機能を停止したかのごとく、彼は止まる。
その様子を見て、苦しそうに咳き込みながらも『ミサカ』はにぃと笑う。
楽しそうに。
憎むように。
詰るように。
蔑むように。
自らの言葉が一方通行に与えた打撃を、吟味するかのように。
思考を再開させた一方通行の脳内はパニックに陥っていた。
何故だ。
どうしてだ。
そんな疑問が思考を埋め尽くして行く。
彼が戦っていた相手は『油性兵装』だ。
大量のオイルを自らの体の一部のように操る能力者だ。
加えて、直前まで彼女と交戦しつつ会話の応酬をしていたのだ。
『油性兵装』の声は『ミサカ』のものとはだいぶ異なる。聞き間違えるはずがない。
能力が違う。
声質が違う。
だが、外見は?
全身を覆う、オイルでできた特殊装甲。
顔面を覆うゴーグルと、肩口で揃えられた茶色い髪。
同じ。ほとんど同じだ。
少なくとも両者は外見では判別できない。
遭遇直後の言葉が耳に蘇る。
『──わざわざ自慢の黒髪ロングを切って染めたかいがあったみたいでよかったよ』
一度素顔を見せたことで、戦っている相手を『油性兵装』であると信じ込まされた。
その上で、爆発により視界が遮断された隙に入れ替わられた。
入れ替わる手段なんて簡単だ。『油性兵装』は始め、どこから現れた?
(……外見による心理的圧迫狙いじゃなくて、最初から"この"つもりで──)
「よーやく気付いた?」
背後からかかる『油性兵装』の声。
一方通行に振り返る隙も与えず、彼女はその手に持っていた刃を振り下ろす。
彼女の能力で作り上げた漆黒の刃ではなく。
まるで天使の翼を象ったような純白の刃を。
それは『反射』されることもなく一方通行の背を易々と切り裂く。
焦げて黒くなった床を、一面の朱が塗り潰した。
地下10階・通路。
『妹たち』の包囲網を白井の『空間移動』で切りぬけた美琴と白井は、全速力で通路を駆け抜けていた。
"駆け抜ける"という表現は語弊があるかもしれない。何故なら2人は転移を繰り返し、通常ヒトが出せる速度を遥かに超えた速度で突っ切っているからだ。
目標地点などない。
『妹たち』と交戦したくない。彼女らから離れられるならどこでもいい。
そんな思いを抱え、ただひたすら施設内を飛び回る。
その速度は、時速に換算しておよそ288キロメートル。
「まだ妹さま方は追ってきていますの?」
「う、うん。5、6……うわ、更に2人合流してる!?」
自らの足で走っているわけではないのだ。
美琴は白井と手をつないだまま振り返り、後方を確認する。
相手が空間転移能力者だからと言ってそう簡単に諦める『第三次製造計画』ではないようだ。
高機動型の装備をしていることを活かし、床を蹴り、壁を蹴り、天井を蹴り、白井ほどではないもののこちらも尋常ではない速度で追いかけてくる。
軍用クローン。そんな言葉が美琴の脳裏をよぎる。
今まで美琴が接してきた妹たちは常盤台中学の制服を着ていたり、ワンピースだったり、入院着やアオザイだったり。
そんな「当たり前」の装いをしていたから、例え武装していたとしてもあまりその言葉を意識はしなかった。
だが、今自分たちを追いかけてきている彼女たちはどうだろう。
軍用の駆動鎧らしきものに身を包み、いくつかの携行兵装を身に帯び、そしてわけのわからない近接兵器まで装備している。
否が応にも、『軍事利用』の言葉を想起させられてしまう。
本来ならば彼女たちを受け止め、保護しなければならない立場だ。
だが、今の彼女らは最上位個体なるものに命令を受け従っている立場だ。
ならば、先に叩くべきはそちらだ。
悔しくはあるが、彼女らの保護は後回しにせざるを得ない。
歯噛みしつつ、とにかく今は彼女らの包囲網の突破を最優先とする。
「ッ!? お姉様、前方を!」
「なぁによっ!」
白井が転移をやめ、急停止する。
2人の目の前には、大きな穴が存在した。
まるで施設がそこだけ大きく崩落したかのように天井や床が大きく崩れ、上層や下層が見渡せるようになっていた。
その大穴の遥か向こうに、新手の『第三次』が見えた。
逃げ場を求め大穴の中を覗き込めばそこは暗闇。おまけに何だか重油が燃え盛るような臭いと共に黒煙が湧き出してきている。
下層の状況は分からないが、あまり飛び込みたいと思える状況ではなさそうだ。
となれば残るは上層。見る限り大分上層の方から崩落したらしく、遥か上方のほうまで空間が開けている。
後方には『第三次』。
前方には新手の『第三次』。
そして下方は恐らく火災のような状況になっている。
逃げ場は他にない。
「黒子、上層に向かうわよ」
「了解しましたの!」
白井は美琴の手を取って空間を跳躍する。
彼女の最大跳躍距離は最後の身体検査の時点でおよそ90メートル、最大重量はおよそ135キログラム。
この程度の空間なら転移1回でてっぺんまで跳躍可能だ。
一度最上層の床に空いた穴の中央に転移し、誰もいないことを確認した上できちんと床の上へと転移する。
そうしなければ万が一元いた場所からの死角に誰かが隠れていた場合、"重なって"しまうことが考えられるからだ。
追手を撒きようやく一息ついたところで周囲を見回すと、かなりの荒れようだった。
床や壁、天井の区別なくあちこちが砕け、抉れ、焼け焦げている。
大きな戦闘があったことは間違いない。
「……他に、誰かがこの施設内で戦闘を行っているのでしょうか」
「私の妹の1人が別ルートで潜入しているんだけど、あの子かな」
「妹さまが? でしたら同行なさればよろしいのに」
「あの子も充分な能力は持ってるし、徒手空拳なら私より遥かに上だろうし。
おまけに武器もぎっしり抱えて行ったみたいだから、やられることはないと思うけど」
単純な出力面では圧倒しているかもしれない。
だが、戦い慣れしていない自分よりは彼女の方が戦力としては上だろう。
戦いは力押しではなく、戦略や戦術といったものが重要となる。
それは彼女には合って、自分には足りないものだ。
故に、彼女がやられてしまうことなどない。
そう信じている。いや、信じたい。
だが、それらの能力を持ち合せているのは番外個体だけではない。
「ねぇ黒子。追いかけてきてた『妹たち』さ、何歳くらいに見えた?」
「……お姉様より、少し上。お姉様のお母さまよりは下。といったところでしょうか?」
「だよね。私にもそう見えた」
色んな意味で。
番外個体を見るに『第三次製造計画』は美琴よりも身体年齢を上に設定されているのだろう。
戦力として見るのならば、いまだ未成熟な14歳相当よりも心身ともに力強くなる年齢まで成長させることは納得できない話ではない。
その分、さらに彼女たちの寿命が削られているだろう事を除けば。
「……お姉様、また新手の『妹さま』たちが」
大穴の向こう、廊下の端。
すらりとした上半身とやや膨れた下半身のシルエットがいくつも見えた。
全ては黒幕を倒せば丸く収まるのだ。
やり場のない怒りは心にしまい、美琴は動きだす。
「……ええ、行くわよ」
その後も、何度も『第三次製造計画』に遭遇した。
角を曲がればそこにいる。
階段を下ろうとすればそこにいる。
彼女らは合流し、部隊を割いて別ルートから先回りし、じわじわと的確に美琴と白井を追い詰めて行く。
(……まるで、私たちを誘導しているかのような感じね)
彼女らの進路をふさぎ、空間転移でかわすことも出来ないような絶妙なポイントで『第三次』は仕掛けてくる。
どこかへ2人を連れて行きたいのか、あるいは遠ざけたいのか。
黒幕の意図を図りかねたまま、美琴と白井は施設内を駆け巡った。
どうして遠隔攻撃を加えてこないのかは定かではない。
きっと施設を傷つけたくないなどの理由があるのかもしれない。
代わりに『第三次』の手には天使の翼めいた純白の刃が煌めいている。追いつかれれば間違いなく切り刻まれるだろう。
それだけは許容できない。
隣の頼れる後輩を死に至らしめることは、そして妹たちを殺人者にしてしまうことは許すことはできない。
それだけは、決して。
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