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元スレ永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」
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大変だろうに別にそこまでやらんでも
大変だろうに別にそこまでやらんでも
乙
ぶっちゃけ絵が大変なんじゃないか?w
文字だけでも全然いいのよ
ぶっちゃけ絵が大変なんじゃないか?w
文字だけでも全然いいのよ
作者のこだわりを読者が止めるのは無粋よ
思う存分つくりこんでええんやで
思う存分つくりこんでええんやで
>>375
あざす
あざす
【ギイ】
草木も眠る丑三つ時。
家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
それらを生むが、すなわち、闇――――
夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。
【ギイ】
人々はその闇夜に目覚める存在を、妖と名付けた。
「人が寝静まる頃に目を覚ますのだから、やはりそれは、人ならざる存在なのだ」。
実に人間本位な理屈である。
だがその理屈は、あながち間違いではない。
【ギイ】
妖は、往々にして怪を成す。
程度の差は万別なれど、人の理から大きく外れた妖の理は、やはり人からすれば奇怪そのものなのだ。
いつしか人々は、その怪を書物と言う形で残すようになった。
妖の存在を認め、妖の存在を受け入れたのだ。
だがそれでも人々は、最後まで認める事はなかった。
「妖は常に我らと共にある」。
しかしながら、いくら歩み寄ろうとも――――”決して相容れぬ存在である”と。
「…………おっ」
草木も眠る丑三つ時。
この世ならざる存在が跋扈し始める、妖の刻。
しかしその妖ですら眠りにつく、真なる静寂の刻がある。
その名も――――【寅】の刻。
この世の何もかもがいなくなる刻。
全ての存在を食らうが如き刻。
偶然か必然か、寅を冠するその名は、まさにおあつらえ向きであろう。
「…………う”ッ!」
【詰】
「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」
【積】
「う”…………」
【摘】
「…………んんんんま”ッ! 何これ!?」
「――――超”旨い”んですけど!」
【舌鼓】
「ちょ、ほんとうまい! ヤバイヤバイ、マジ止まんないって!」
「こんな事なら皿持ってこればよかったわ――――”みんなにも”ちょっと分けてあげたいくらいよ!」
口いっぱいに広がる旨味は、影本人も想定外だったのであろう。
予期せぬ舌鼓に、最初の警戒も何のその。乱雑に鷲掴みにしたあげく、一心不乱に食し始めたのだ。
ガツガツ、ボリボリ、ゴリゴリ……静寂であるはずの刻に食の音がなる。
さながら腹をすかせた猛獣のように、食にありつくその姿は、まさに寅の如くである。
「さすがお師匠様だわ……まさか、”食べれる薬”だったなんて」
「なんて、なんて画期的なアイデアなの!」
影は、人知れず感動していた。
伸ばす手が止まらぬ程に旨い薬。
しかもその効能が、自身が長年追い求めていた”薬”だったとあらば、その感動はさらに倍増である。
「だめよあたし、耐えるのよ。これ以上はきっと、もう……」
「一つだけ! 後一つだけ…………やっぱ無理!」
誰もがいなくなる寅の刻。
妖すらも眠る闇夜に、ただ一つ、身を震わしながら食にありつく影が一つ。
しかし影は、舌鼓にかまけすっかり忘れておった――――
いくら旨かろうと、所詮薬は薬。
薬を服用する事は、決して「食べる」とは言わない事を。
(ダメですよ……そんなにがっついちゃぁ……)
「――――ッ!?」
そんな当たり前の忠告が、影の耳に届いた――――その時。
(薬は……用法、用量がキチンと決められているのですから……)
「あんぎゃあ――――……」
静寂は、絶叫にかき消された。
薬売り「おや……」
【反転】
てゐ「あ、あひゃ、あひゃあ……」
【半天】
薬売り「大丈夫……ですか?」
次の瞬間、その場に影はいなくなった。
影は盛大にひっくり返った後、その勢いで持って、偶然にも近くの明かりを灯したのだ。
そして影は露と消え、代わりに現れたるは――――奇怪にも頭と足が逆さになった、「妖兎」の姿であった。
てゐ「おば、おば、おばおばちんどん屋ァッ! い、一体どっから湧いて来てんのよ!?」
薬売り「そちらこそ……あっしは最初から、ここにおりましたが?」
そして、ついに姿を現したる妖兎は、起き上がると同時に溢れんばかりに言葉を放つ――――ありったけの「文句」を載せて。
まぁ正直、「またか」と言った所である。
薬売りに文句を垂れる者は、何も妖兎に限った話ではないのだ。
薬売り「いえね、足音が聞こえましたので、”明かりがついたら”声をかけようと思ったのですが……」
薬売り「姉弟子様が、いつまで経っても、明かりをつけないもので……」
薬売り「故に、声をかける機会を……失ってしまった次第で……」
薬売りの悪い癖だ。こやつはいつも、本当に唐突に現れよる。
このやりとりはもう幾度となく見せられた事やら……もはや思い起こすのも億劫である。
と言うわけで、夜更けが織りなす雅な静寂は……この相も変わらずな薬売りのせいで、文字通り台無しとなったのだ。
薬売り「むしろ、こちらの方がお尋ねしたい――――”何故に明かりをつけないので?”」
今回の弁明は曰く、「声をかける機会がわからなかったから」と言う事らしい。
ただでさえ暗い亭の中。さらにはその中で、明かりもつけずに忍び足を擦っているとあらば、まぁそうなる気持ちもわからんでもない。
てゐ「何故もなにも……あんたさぁ、空気読めないって言われない?」
薬売り「空気……ですか?」
にしても……こいつに限っては、やはり”わざと”だったと、身共は断じよう。
だって、そうであろう?
いくら暗がりとはいえ、そこで誰が、何をしているかなど……薬売りだけはハッキリとわかっていたはずではないか。
てゐ「ったくもう……まじで……心の臓が飛び出るかと思ったわよ……」
薬売り「床が、汚れてしまいましたな」
てゐ「おかげさまでね。口ン中おもっきし吹き出しちゃったわよ、このアホンダラが」
薬売り「ご心配なく……後ほど、雑巾を御貸ししますので」
てゐ「――――お前が拭けよ!?」
まぁ……薬売りの倫理感など、所詮はこの程度である。
そういうわけで、だ。
床に散らばった吐しゃ物は「誰が拭くのか」など、そんな事はどうでもよいのだ。
肝心なのは――――この妖兎が”何を吐いたのか”にかかっているのである。
【零】
てゐ「……で、いつ戻って来たの?」
薬売り「つい先ほど……ちょうど、寅の刻を過ぎた頃合いでしょうか」
てゐ「あっそ。じゃあ……”先にうどんげと会ってきた”わけね」
薬売り「ええ……まぁ……」
そう、この目前における、至要たる事実は決して忘れてはならない。
この妖兎・てゐは此度の騒動に置ける唯一の生き残り。
モノノ怪の神隠しを逃れし唯一の存在であり、なおかつこの消失劇を”他人事”のようにふるまい続けたあの態度は、決して忘れてはならない事実なのである。
てゐ「で…………うどんげは」
薬売り「行きましたよ……一足先に、ね」
てゐ「……あっそ」
薬売りは慎重を期すかのように口数を減らした。
それはやはり妖兎が、この期に及んでまだ態度を変えぬ事に一因する。
その証拠に……薬売りの返答に対する妖兎の様相は、やはり顔色一つ変えぬままであった。
悲しむでもなく喜ぶでもなく……同胞の兎が”どこに行った”のかなど、おのずと想像がつきそうな物なのに。
てゐ「あいつもバカよね。逃げるつもりで飛び出して、逆に取っ捕まってりゃ世話ないわ」
薬売り「見ておられたのですか……?」
てゐ「ハハ、違う違う――――想像よ」
てゐ「あいつがなんで逃げ出そうして、どんな決意で逃げて、んでどこで転んでほえ面下げたか……なんて」
てゐ「ほんともう、手に取るようにわかるわけ」
そして薬売りは確信するに至る。
やはりこの妖兎は、”全てを知っている”。
先ほど玉兎が見せた、玉兎の中だけにある闇。
してその闇に解を示す、真と理と――――
薬売り「してその心は……」
てゐ「そんなの簡単な話よ」
てゐ「あいつ――――”バカだから”」
薬売り「…………」
さらにはそれのみならず――――永琳、妹紅、姫君。
彼女らが如何様な理を持ち、そして何ゆえにモノノ怪に狙われるに至ったか。
妖兎は全てを知っている。
故に深入りを避けた。
それは――――”モノノ怪の獲物に自分が入ってない”と、密やかに確信していたから。
もはやそうとしか考えられないのだ。
【確信】
てゐ「だってあいつ、まじバカじゃん? ”この薬”の事だってそう……」
てゐ「そもそも……誰も……蓬莱の薬だなんて……」
てゐ「一ッ言も! 言ってなかったのにさぁ!」
(――――蓬莱の薬は、絶対に知られてはいけなかったのに!)
薬売り「確かに、貴方様は「知られてはいけない薬」の事など、一言も漏らしていなかった……」
てゐ「なのに勝手に勘違いして、襲い掛かってきて、発狂ついでに全部ゲロってんの」
てゐ「言ってはいけないはずの秘密を、自分から……しかもみんなに聞こえるくらいの大声でね」
そう言う妖兎の語りは、やや恨み節のようにも見受けられた。
それはやはり、先刻の玉兎との痴話喧嘩が起因であろう。
あの時は、薬売りを尻目に随分と派手な弾幕が飛び交っていたが……その原因が”玉兎の勘違い”であったとあらば、そりゃまぁ腹正しいであろう。
喧嘩両成敗とはよく言うがな。あの場に限っては、妖兎は一方的な被害者であったと言えようて。
てゐ「正直まだヒリヒリするんわ。あのバカ、マジで弾幕ぶっ放してきやがったかんね」
薬売り「災難……でしたな」
てゐ「ほんとほんと、とんだ災厄兎よね」
てゐ「月の兎だかなんだかしんないけど、新参者の分際で無駄に偉そうだし」
てゐ「拾ってやったのに感謝しないし。アホの癖にやたら賢ぶるし……」
薬売り「……」
てゐ「勘違いを認めないし、謝らないし、詰めたら発狂しだしてめんどくせえし」
てゐ「ていうかそもそも、なんでタメ口なのこいつって話だし?」
よほど溜まる物があったのか、妖兎はよい機会だと言わんばかりに、あらゆる愚痴を綴り続けた。
妖兎の玉兎に対する悪態は個人的な不満でありながら、そこまで的外れでもなかったのは流石である。
そんな妖兎からすれば、玉兎の失敗に終わった脱走は「ざまぁ見晒せ」と言った所であろう。
相手の失態をあざ笑う趣向は、この妖兎の大好物である事を薬売りは知っている。
しかし薬売りは、煽り建てる妖兎の口調から――――”一筋の本音”を感じ取った。
てゐ「あんなバカでアホでトラブルばっか起こす問題兎…………”外に出しちゃダメ”」
てゐ「そう、思わない?」
悪態と嘲りの末に、導き出された結論――――
それは此度のモノノ怪騒動と、同じであったのだ。
【籠の中】
薬売り「とどのつまり……貴方もまた、最初から知っていたのですね」
薬売り「あのうどんげの中に御座す――――もう一つの影の事を」
【物問】
てゐ「知ってるも何も、見るだけでわかるっつーの」
てゐ「あいつをここへ運んだのは、他でもないあたしよ? この竹林のど真ん中でぶっ倒れてた、見知らぬ謎の長身兎」
てゐ「しかもしかもいざ亭へと運んでみれば、なんとお師匠様のお知り合いだって言うじゃない」
てゐ「んなの……どー考えても”ワケアリ”なの、丸出しじゃん?」
妖兎は語る。
あの竹林で行き倒れた玉兎を最初に発見したのは、他でもない自分である事を。
次いで語る。
身なり、経緯、生活態度、その他諸々……
同じ兎と括られる事が多い二羽の間で、あまりにも相違点が多すぎる事を。
てゐ「むしろ、わかんない方が不思議って感じ」
薬売り「見るだけで……ですか」
そして最終的に結論付けた。
単なる性格の違いと片づけるには、どうにも理屈が合わない。
よって「こいつには何かある――――」そう察するのは自然な成り行きであると。
してその察しは、結果として大正解であったのだ。
てゐ「ついでに言っとくけど、あんたが”うどんげに何をしたか”も想像つくわよ」
薬売り「ほぉ…………してその心は」
てゐ「気持ちよかったでしょ? あいつ、かしこぶってるけど基本バカだし」
てゐ「――――”獲物が狙い通りに罠にかかる姿”なんて、愉快痛快もいい所よね」
薬売り「…………」
このように、妖兎はやたらと”察する力”に長けていた。
それは月とは違う、地上の兎であるが故なのか。
はたまた出生など関係なく、この妖兎だけが持つ特技であるのか……
とかくいかような経緯であろうと、そこは臆病で非力な兎。
食われる立場の多い兎からすれば、それは紛れもない「長所」と言っても差し支えないであろう。
てゐ「最初は新参者の癖に生意気だから懲らしめてやろうって、ただのそれだけだったんだけど」
てゐ「おもしろいくらい引っかかるから、なんかもう、いつの間にか病みつきになるくらいハマっちゃって……」
薬売り「向こうからすれば、災難そのものでしょうな……」
てゐ「そんなのお互い様よ。だから、あんたの気持ちも、よーくわかる」
てゐ「高飛車で偉そうで思わせぶりな素振りしてる奴を……”一発引っかけたくなる”その気持ち」
薬売り「…………」
しかし薬売りにとっては、その長所は壁でしかなかった。
妖兎のやけに鋭い「察し」の前に、薬売りの企みは、明らかに発覚していたのである。
(――――だったのかも知れません……ねぇ?)
そう……先刻、薬売りは確かに、玉兎を”ハメ”たのだ。
言葉巧みに理を聞き出した挙句、果てにその理が、不要とわかるや否や――――まるで、紙屑を屑籠に入れるように。
てゐ「おあつらえ向きじゃない。残り物には福があるってね」
てゐ「てなわけで……続きしよっか。ちんどん屋」
薬売り「続き……?」
同じ兎がそんな目にあわされたとあらば、ただでさえ臆病な兎の猜疑心を揺り起こすのは必須。
そしてそんな悪行をしでかした薬売りの人となりは、こうしてすでに発覚し終えている。
しかも不幸な事に――――よりにもよって”最後に残した一羽に”である。
てゐ「ほら、余計なチャチャ入って中断してた……」
てゐ「――――【弾幕勝負】の続きをよ」
薬売り「…………」
薬売りは、妖兎の問いかけに応ずることなく、そっと瞼を閉じた。
それは心を落ち着けんが為。
強いては妖兎の嘲りに、心乱され隙を見せぬ為である。
てゐ「ゲロさせてみなさいよ。ほら――――”うどんげの時みたいに”さ」
薬売りにとってはまさに、ここが正念場であった。
モノノ怪へ至る各々の理。その最後の一つが、こうして明らかなる対峙の姿勢を見せている。
さもあらば、この妖兎を攻略せぬ限り、モノノ怪へと辿り着けぬが同義である。
避けて通るはもはや不可能なこの状況――――
仮に如何なる不足があろうとて。
よもや、しくじる事など、許されるはずがなかったのだ。
【夜明けの番人】
てゐ「何よ、何今更ビビってんのよ」
てゐ「あんときゃノリノリで刀突き立てて来たじゃない――――”あたしをモノノ怪と思って”さ」
薬売りは、しばしの間押し黙った。
口を閉じ、眼を閉じ、座を保ったまま、妖兎の煽りに堪えておった。
まぁ……迷っておったのだろうな。
「この圧倒的に不利な状況を、以下にして乗り切らんか」。
まさに難題を突き付けられた、貴公子さながらである。
てゐ「何を迷う? 単純な話じゃない」
てゐ「あたしとの弾幕勝負に勝てたら、全部吐いてあげるつってんの」
しきりに弾幕勝負にこだわる妖兎の姿勢。
薬売りにとっては慣れぬ文化であろうが、この幻想郷ではこれが当たり前なのだ。
弾幕勝負――――弾幕で決着をつけ、弾幕で持って白黒をハッキリさせる、弱肉強食の如き絶対の掟。
妖らしい、実に野蛮な掟である。だが必要な掟であるのもこれまた事実。
てゐ「でも、万が一あんたが負けたら…………」
てゐ「負けたら……負けようものならば…………」
此度の対峙も、まさにその範疇であろう。
弾幕至上主義の幻想郷の理。
それはこの地に足を踏み入れた以上、何者であろうと、一切の関係がないのである。
てゐ「…………ごめん、あたしが勝ったらどうするか、そこ考えてなかったわ」
【度忘れ】
薬売り「…………」
てゐ「ごめんごめん、ごめんって! そうよね、これじゃあ決闘が成立しないわよね!」
てゐ「だからぁ~…………えっとぉ…………」
薬売り「…………」
そしてその掟は、以下の契りで終結する。
「――――弾幕勝負は、勝者が敗者のスペルカードを奪い取る事ができる」。
もう一度言うが、これは幻想郷そのものの理である。
よって、妖兎の提案は至極真っ当。妖兎はあくまで、この世の理に従っただけにすぎない。
【幻想郷――――之・理】
故に、薬売りに拒否する権利などあるはずがなかったのだ。
如何に不利であろうと、受け入れる以外に術はなかった。
てゐ「――――わかった! じゃあ、こうしましょ!」
その結果が、齎した物は――――
てゐ「あたしが勝ったら――――”退魔の剣を貰う”」
てゐ「どう? これで対等な条件じゃない?」
薬売り(こいつ…………)
薬売りの勝機を、さらに狭めた。
【籠の中の鳥】
てゐ「そりゃそーでしょ。あんたの持ち物でスペカに相当する物って、ソレしかないじゃない」
てゐ「モノノ怪を斬る事ができる唯一の剣……だっけ? 唯一無比の価値だからこそ、勝ちの証に相応しい」
てゐ「違う?」
妖兎の謀りは留まる事を知らず、確実に薬売りを追いつめつつあった。
一見すると平等な賭けの提案であるが、当然その腹に平等の二文字などありはしない。
地の不利。弾幕の不利。理の不利。能力の不利――――
あらゆる状況が、すべからく妖兎の味方をしている事実。
「妖兎の提案が、確かな勝算に基づいている」。
如何に夜更けであろうとも、そんな露骨な打算に気づかぬ程、未だ薬売りは呆けていなかったのだ。
薬売り「一つ、お聞きしたい……」
てゐ「あ? 何よ」
薬売り「この退魔の剣を指定すると言う事は……万一あっしが負ければ、もはやあっしにモノノ怪に対抗する術がなくなると同義」
薬売り「そして、術がなくなる事で……”得をするのは一体誰か”」
てゐ「まどっろこしいなぁ。一体何が言いたいわけ?」
薬売り「貴方はやはり、モノノ怪の正体に気づいている……そして”全てを知った上でモノノ怪を庇おう”としている」
薬売り「あっしに斬らせない為に……退魔の剣を奪い、モノノ怪すらも永遠の一部にする為に」
うむ……身共も薄々感じていたが、やはり薬売りもその結論に達したか。
これまでの妖兎の態度から察するに、妖兎も”モノノ怪側”であったと断じざるを得ないのだ。
それが如何様な理か、推し量る術はない。
しかしやはり、妖兎の今迄の軌跡を振り返るに……”モノノ怪に組していたから”と考えれば、全ての合点が通ってしまう。
てゐ「何……探り入れてんの?」
薬売り「いえ、滅相もない……しかしそう感ずる程に、貴方の行動は不振に塗れていたのもまた事実」
薬売り「差し支えなければ……理に触れぬ範囲で結構ですので、お教え願えませんか?」
薬売り「貴方の行動が……”一体何に沿った行動であったのか”を」
それは、今の薬売りにできる、精一杯の足掻きであった。
かつて数多の「真と理」を白日に晒してきた薬売りが、今や懇願する事でしか知る術がないのだ。
こうなれば、よもや……妖兎が上手い事、口を滑らす事を願うばかりである。
――――しかし
てゐ「ちんどん屋さぁ……”シュレディンガーの猫”って知ってる?」
薬売り「猫……?」
かのようなか細い稀など、往々にして起こるはずもなく――――
妖兎の口から、またも新たな謎が生まれたのだ。
【理論】
てゐ「あのね、とある猫を箱の中に入れて、一緒に50%の確率で毒になる餌を入れたのね」
てゐ「その状態で丸一日くらいほったらかしにしました。さて、では箱の中の猫は生きてるでしょうか、死んでいるでしょうか……って奴なんだけど」
てゐ「聞いたことない?」
妖兎は薬売りの問いかけに、問いで返すと言う手段を取った。
しかもその問は何ら関係のない問い。話題逸らしもいい所である。
ううむ、やはりそこは謀り上手な妖兎。そう簡単に、尻尾は掴ませてくれないか……
……で、結局その「すれてんがーの猫」とやらは生きているのか? 死んでいるのか?
薬売り「……その時の状況によりますな」
てゐ「お、なんか新解釈」
薬売り「50%の確率で毒になるならば、運がよければ毒にならずにすむ可能性もある」
薬売り「それ以前にそもそも猫は腹をすかしておらず、一日程度なら餌を口につけないかもしれない」
薬売り「それにその箱の中に入れたと言う状況……その箱がどのような箱だったのかで話は変わる」
てゐ「おお、なんかドンドン深い話に」
薬売り「箱の中は快適な小屋だったのか、はたまた粗雑なただの物入れだったのか……」
薬売り「そして猫は、飼い猫だったのか野良猫だったのか」
薬売り「言い換えれば、”飼い主”に入れられたのか、”見知らぬ人間”に入れられたのか」
てゐ「ははーん、なるほどなるほど……」
薬売り「猫は箱に入れられる事をどう感じていたのか。それによって、結果は随分と左右されましょう」
てゐ「で……つまり?」
薬売り「――――”開けてみるまでわからない”。これが答えとなりましょう」
な……なんだその答えは!
「開けてみるまでわからない」って……そんなもの、誰だってそう答えるわ!
新たな頓知だと思い少し考えてしまったではないか……ったく。
妖兎も妖兎だ。素直に話を逸らせばよかろうに、よりにもよってこんな思わせぶりな台詞を吐くなどと……
てゐ「あー、結局そうなるわけ……」
……ん? 思わせぶり?
てゐ「これはね、実はちゃんとした答えがあって」
てゐ「開けてみるまでわからないってのは正しいんだけど……この問に関して”だけ”で言えば、残念ながらハズレなのね」
薬売り「して……その心は」
てゐ「正解は――――生きてもいるし、死んでもいる状態」
てゐ「つまり、”生死が同時に起こっている状態”が答え……ってわけ」
薬売り「……えっ」
……はぁ? こやつは一体何を言っているのだ。
生死が同時に起こるだと? おいおいバカを言うな。
毒を食らわば猫は死ぬし、食わねば無事生き残る。
答えがどちらかこそ開けてみるまでわからぬが、結果はどちらか”片方しかない”のは明白ではないか。
薬売り「受け売り……ですか?」
てゐ「鋭いわねちんどん屋。そーよ、これはお師匠様から聞いた、ただの丸暗記」
てゐ「”りょーしがくりきろんに基づくしそー実験”って奴らしいわ。正直、あたしもちんぷんかんぷんなんだけどね」
薬売り「それがモノノ怪と……何の関係が……」
てゐ「その話は、いつぞや、うどんげといた時に聞いた話だった」
てゐ「うどんげはわかったフリしてウンウンうなづいてたけど、その実全然わかっていなかった」
てゐ「だからちょっと突っ込まれたらアッと言う間にボロを出して……って、そこは関係ないわね」
ぬぬ……これが月の英知の片鱗か……
何が何やらさっぱりわからぬが、永琳直々の教授ならば、それは確かなる一つの論理なのだろう。
むぅ……修験ではなく、学者にでもなるべきだったかのぅ。
さすれば今頃、身共も賢者と讃え呼ばれておったやもしれぬのに。
てゐ「でも……あたしは何となく、こう……理屈じゃなく、感覚でわかった」
てゐ「なんとかかんとか論とか、小難しい事は一切わかんないけど……でも”確率”の事を言ってるんだってのは、すぐに理解できたの」
薬売り「確率……?」
【学論】
てゐ「こう見えて、昔から”確率計算”だけは得意でね。ま、使う機会のない特技なんだけど」
てゐ「でもその分、何かに例える事が出来る」
薬売り「差し支えなければ……お教え願えませんか」
てゐ「そうね……あんたっぽく言うと……」
【――――確率之・理】
てゐ「と、言った所かしら」
てゐ「確率は、不確かなようでとある理に沿って動いている」
てゐ「そしてその理は、人には決して理解できない理」
てゐ「理解できないけど、確かに存在する理。全てが異なる独自の理」
てゐ「なのにその理は、時として現実世界に影響を及ぼす」
薬売り「それは……」
てゐ「これって……あんたの言う”モノノ怪と同じ”じゃない?」
まったく、何を小難しい事を言い出すのだと思ったが……「理解できずとも問題ない」とわかれば一安心だ。
すれてんがーの猫とやらは、要は例え話。
確率が持つ独自の法則が、モノノ怪の生態と酷似すると、妖兎はそう言いたかっただけに過ぎないのだ。
てゐ「お師匠様は、この確率が起こす矛盾を、こういう風におっしゃったわ」
てゐ「――――”確率は観測される事で初めて一つに集約される”」
薬売り(観測……)
てゐ「これがその、りょーしなんとか論の結論らしいわ……まぁ、そっちはさっぱりわかんないけど」
【理屈】
てゐ「でも……最初にその剣の抜き方を聞いた時、あたしはピーンと閃いた」
てゐ「退魔の剣が【形と真と理】を必要とするのは――――このシュレディンガーの猫と同じなんだって」
しかしながらその例えは、実に興味を引く話であった。
箱の中の猫云々は存ぜぬが、確率の話ならば身共もわかる。
要は、「丁半博打」の事を言っているのだろう?
ふふ、懐かしいのぅ……身共も若かりし頃、夜な夜な街に繰り出しては博打に明け暮れたものよ。
てゐ「退魔の剣を抜く事は、猫の入った箱を開けるのと同じ事……見えない世界にいるモノノ怪を、観測することで一つの結果に表す事と同じ」
てゐ「だから斬る事ができる……いや、”斬ると表現”する事ができる」
そういえば、この薬売りは博打を嗜むのかのう。
なさそうだな……なんとなくこいつは、そう言った運否天賦とは無縁な気がするよの。
ま、元々が薬売りである故な。こやつは理に沿ってのみ動く「お堅い」人種と言えよう。
だからこそ、疑問に思うはずだ。
薬売りが持つ退魔の剣。と、その所以。
何故に剣は、形と真と理を求め、何故にモノノ怪を斬る事ができるのか。
薬売り「この剣が……観測を……?」
ひょっとしたら、妖兎の説は図星だったのかもしれん。
今だからこそ言うが、身共もほとほと不思議に思っていたのでな……
あんな摩訶不思議な刀、一体どこで手に入れたのやら――――そして如何様にして、抜き方を知ったのか。
てゐ「あんたの言う通り、結果は開けてみるまでわからない」
てゐ「でも言い換えれば、開けてみるまで”確率は無数に存在している事になる”」
てゐ「だから、生きてもいるし、死んでもいる状態……そんな矛盾が、確率の世界では往々にして起こる」
【確率解釈】
てゐ「その剣は、そんな矛盾を紐解くことができる。矛盾を観測することで、一つの事象に表す事ができる」
薬売り「この剣が…………確率を…………?」
てゐ「だから、退魔の”見”。もしかしたらそれ……刃はついてなかったりして?」
薬売り「…………」
ひょっとして……知らなかったのか?
おいおい頼むぞ薬売り。自分の得物を昨日今日会ったばかりの兎に看破されたとあっては、今迄斬られたモノノ怪達が化けて出よるわ。
妖兎の仮説は、今の所筋が通っておる。
というか、たった一晩でよくぞまぁ……そこまで推察できた物よ。
身共も全てを知るわけではないがの。
身共の知る範囲の中では、今の所妖兎の説は、見事なまでに的中しておるのだ。
てゐ「その剣に顏みたいなのついてんのも、ひょっとしたらそういう事なのかもね」
薬売り「考えた事も……ありませんでしたね」
てゐ「アホ、薬売りなんだから自分の商売道具くらい知っときなさいよ」
薬売り「肝に銘じて……おきましょう……」
てゐ「まっ、でも――――”剣がなくても薬は売れる”わよね?」
薬売り(くっ…………)
妖兎が剣を引き合いに出したのは、やはり謀りの範疇であった。
得意な確率論とやらで結論を導き出し、その果てに「剣の取得が絶対条件である」と結論付けたのだ。
そうなれば、いよいよ持って窮地である。
かつて数多の真と理を紐解いてきた薬売りが、よもや……
”自分が解き明かされる側になろうとは”、一体誰が想像できたであろう。
てゐ「わかる? 今のあんたから見たあたしは――――”モノノ怪でありモノノ怪でない”」
てゐ「仮にあたしがモノノ怪なら……退魔の剣を奪う事は、あんたから身を守る事と同じ」
てゐ「逆にあたしがモノノ怪じゃなかったなら……あたしはその剣を手にする事で、モノノ怪から自力で身を守る事ができる」
薬売り(その所以は……おそらく……)
てゐ「何故ならば、モノノ怪の理に最も近いのはこのあたし」
てゐ「どちらの確率も観測できるのは、最後に残ったこの因幡てゐしかいない」
【丁半】
てゐ「その剣を抜くのは――――あたしこそが相応しい!」
薬売り(自らの手で退魔の剣を抜こうと言うのか――――!)
この妖兎……小さき成りで、とんだ食わせ物であった。
かのような童さながらの姿から、如何様な怪奇極まる論理が飛びでよう等と、一体誰が予見できたであろうか。
薬売りがしくじる姿を見るのは愉快ではあるがな。
しかし、事はあまりにも……本当に、後一歩の所なのに。
てゐ「まさにシュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの兎?」
てゐ「箱の 中の 兎は いついつでやる――――ってか?」
他の者にかまけ、不振とわかりつつ放置してしまったせいか。
月の話に魅せられ、地上の兎に目を向けなかったせいか。
薬売りは妖兎の煽り言葉を前に、実しやかに噛み締めておった――――この妖兎は”最後に回すべきではなかった”。
タガの外れた妖兎は、もはや誰にも止める事が出来ぬ。
何故ならば、妖兎を諫める唯一の存在……”八意永琳”。
彼女はもう、とおの昔にいなくなってしまったのだから。
てゐ「――――さぁてちんどん屋ァ! おしゃべりタイムはもう終わり!」
てゐ「あたしってば、決闘の前にベラベラおしゃべりすんの、あんま好きくないのよね!」
あわよくばを狙った薬売りの儚い企みは、こうして露も残らず消え失せた。
これから決闘をする者同士、交わすべきは言葉でないのは明白である。
ベラリ――――次の瞬間、妖兎は意気揚々と一枚の札を取り出した。
その札こそが、この幻想郷に置ける決闘の合図。
その名も「すぺるかうど」。
妖兎の持つこの特有の符が、もはや待てぬと言わんばかりに今、薬売りの眼前に突き付けられていたのだ。
てゐ「【カード宣言】――――これからあたしは、この符であんたに弾幕を仕掛ける!」
てゐ「――――一つ! 妖怪が異変を起こし易くする為!」
てゐ「――――一つ! 人間が異変を解決し易くする為!」
妖兎が数える掟は、薬売りに対する秒読みと同義であった。
この秒読みが始まってしまえば、もう誰にも止める事はできない。
再三に渡って繰り返すが、これはあくまで幻想郷そのものの理。
よって始めると宣言した以上、勝敗を決することでしか、もはや逃れる道理はないのだ。
てゐ「――――一つ! 完全な実力主義を否定する為!」
薬売り「致し方…………ありませぬな…………」
薬売りはポツリと諦めの言葉を吐いた後、懐に入れた退魔の剣に、そっと手を伸ばした。
それは弾幕勝負に乗る事の表れ。
妖兎が声高らかに告げる最後の理念が伝え終われば、次の瞬間、あの無数に飛び交う「弾幕」が、薬売り目がけて一斉に飛び込んで来るのである。
それらを空手で捌ききれるはずもなく、薬売りもまた、弾幕で対応するしかなかった。
札か、天秤か、はたまたイチかバチか――――”退魔の剣が抜ける事”に賭けるのか。
如何様に対処するのかは、これから薬売り自身が決める事である。
てゐ「――――一つ! 美しさと思念に勝る物は無し!」
薬売り(くる…………!)
【来光】
――――幻想郷に置ける弾幕を用いた決闘法。通称「弾幕ごっこ」
至る所で当たり前のように起きるこの決闘法であるが、此度の決闘は、ちと特殊であった。
それは、対峙する片方が”幻想郷の住人ではない”と言う事。
郷に入っては郷に従えと言わんばかりに、半ば強引に決闘へと引きずり込まれた、哀れな一人の対峙者である。
てゐ「さあ――――行くわよ!」
薬売り「…………!」
そんな事情など知った事かと、幻想郷は、掟を容赦なく新参者に押し付けた。
妖兎・てゐ――――この者の宣言によって、夜更けの晩に、一つの決闘が幕を開いたのだ。
(――――)
そして決闘は、幕を開くと同時に――――
(………………えっ)
薬売り「――――参りました」
(ええええええええ~~~~~~~~ッ!?)
――――無事、閉幕を迎えた。
【投了】
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