元スレ永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 :
351 :
乙ですよ
生存報告さえ時々あればいつでもok
352 :
355 :
すげえ…
待ってます
357 :
これ全部1から描いてるのか・・・?
大変だろうに別にそこまでやらんでも
358 :
361 :
わぁい
362 :
相変わらず謎の画力だな
363 :
絵描けないからホント尊敬する
364 :
【御知らせ】
来月に再開します
詳しい日程はまだ未定ですが、さすがに11月を超える事はないと思います(と思いたい
というわけで、決まり次第また言いに来ます
そろそろいい加減にします。はい。いや、マジで
365 :
乙
ぶっちゃけ絵が大変なんじゃないか?w
文字だけでも全然いいのよ
366 :
何枚描いてんだ?
367 :
作者のこだわりを読者が止めるのは無粋よ
思う存分つくりこんでええんやで
369 :
【御知らせ】
来週再開します
370 :
やったぜ
371 :
ずいぶんかかったな
373 :
374 = 373 :
375 :
見える
376 = 373 :
>>375
あざす
377 :
――――問題は、まだ誰も見ていない物を見る事ではない
誰もが見ているのに
誰もが考えなかった事を考える事である――――
378 = 377 :
【ギイ】
草木も眠る丑三つ時。
家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
それらを生むが、すなわち、闇――――
夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。
【ギイ】
人々はその闇夜に目覚める存在を、妖と名付けた。
「人が寝静まる頃に目を覚ますのだから、やはりそれは、人ならざる存在なのだ」。
実に人間本位な理屈である。
だがその理屈は、あながち間違いではない。
【ギイ】
妖は、往々にして怪を成す。
程度の差は万別なれど、人の理から大きく外れた妖の理は、やはり人からすれば奇怪そのものなのだ。
いつしか人々は、その怪を書物と言う形で残すようになった。
妖の存在を認め、妖の存在を受け入れたのだ。
だがそれでも人々は、最後まで認める事はなかった。
「妖は常に我らと共にある」。
しかしながら、いくら歩み寄ろうとも――――”決して相容れぬ存在である”と。
「…………おっ」
草木も眠る丑三つ時。
この世ならざる存在が跋扈し始める、妖の刻。
しかしその妖ですら眠りにつく、真なる静寂の刻がある。
その名も――――【寅】の刻。
この世の何もかもがいなくなる刻。
全ての存在を食らうが如き刻。
偶然か必然か、寅を冠するその名は、まさにおあつらえ向きであろう。
379 = 377 :
「…………」
そんな、誰しもがいなくなるはずの、無常の刻の最中……
その場にはただ一つだけ、足音を擦りながら潜む、一つの影があった。
「…………ははぁん」
影は、かのような夜更けにも関わらず、明かりもつけぬままに歩を進めておった。
その様はまさに忍び足。
音を立てまいと必死に忍びつつも、やはり少しばかり漏れる足音は隠せない。
「なんか……意外な形してるわね」
「まぁ……いっか」
ギィ……ギィ……闇に鳴る小さな音。
してその音を鳴らす、小さな影の正体とは――――
(いただき…………まーす…………)
380 = 377 :
「…………う”ッ!」
【詰】
「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」
【積】
「う”…………」
【摘】
「…………んんんんま”ッ! 何これ!?」
「――――超”旨い”んですけど!」
【舌鼓】
381 = 377 :
「ちょ、ほんとうまい! ヤバイヤバイ、マジ止まんないって!」
「こんな事なら皿持ってこればよかったわ――――”みんなにも”ちょっと分けてあげたいくらいよ!」
口いっぱいに広がる旨味は、影本人も想定外だったのであろう。
予期せぬ舌鼓に、最初の警戒も何のその。乱雑に鷲掴みにしたあげく、一心不乱に食し始めたのだ。
ガツガツ、ボリボリ、ゴリゴリ……静寂であるはずの刻に食の音がなる。
さながら腹をすかせた猛獣のように、食にありつくその姿は、まさに寅の如くである。
「さすがお師匠様だわ……まさか、”食べれる薬”だったなんて」
「なんて、なんて画期的なアイデアなの!」
影は、人知れず感動していた。
伸ばす手が止まらぬ程に旨い薬。
しかもその効能が、自身が長年追い求めていた”薬”だったとあらば、その感動はさらに倍増である。
「だめよあたし、耐えるのよ。これ以上はきっと、もう……」
「一つだけ! 後一つだけ…………やっぱ無理!」
誰もがいなくなる寅の刻。
妖すらも眠る闇夜に、ただ一つ、身を震わしながら食にありつく影が一つ。
しかし影は、舌鼓にかまけすっかり忘れておった――――
いくら旨かろうと、所詮薬は薬。
薬を服用する事は、決して「食べる」とは言わない事を。
(ダメですよ……そんなにがっついちゃぁ……)
「――――ッ!?」
そんな当たり前の忠告が、影の耳に届いた――――その時。
(薬は……用法、用量がキチンと決められているのですから……)
「あんぎゃあ――――……」
静寂は、絶叫にかき消された。
382 = 377 :
薬売り「おや……」
【反転】
てゐ「あ、あひゃ、あひゃあ……」
【半天】
薬売り「大丈夫……ですか?」
次の瞬間、その場に影はいなくなった。
影は盛大にひっくり返った後、その勢いで持って、偶然にも近くの明かりを灯したのだ。
そして影は露と消え、代わりに現れたるは――――奇怪にも頭と足が逆さになった、「妖兎」の姿であった。
てゐ「おば、おば、おばおばちんどん屋ァッ! い、一体どっから湧いて来てんのよ!?」
薬売り「そちらこそ……あっしは最初から、ここにおりましたが?」
そして、ついに姿を現したる妖兎は、起き上がると同時に溢れんばかりに言葉を放つ――――ありったけの「文句」を載せて。
まぁ正直、「またか」と言った所である。
薬売りに文句を垂れる者は、何も妖兎に限った話ではないのだ。
薬売り「いえね、足音が聞こえましたので、”明かりがついたら”声をかけようと思ったのですが……」
薬売り「姉弟子様が、いつまで経っても、明かりをつけないもので……」
薬売り「故に、声をかける機会を……失ってしまった次第で……」
薬売りの悪い癖だ。こやつはいつも、本当に唐突に現れよる。
このやりとりはもう幾度となく見せられた事やら……もはや思い起こすのも億劫である。
と言うわけで、夜更けが織りなす雅な静寂は……この相も変わらずな薬売りのせいで、文字通り台無しとなったのだ。
薬売り「むしろ、こちらの方がお尋ねしたい――――”何故に明かりをつけないので?”」
今回の弁明は曰く、「声をかける機会がわからなかったから」と言う事らしい。
ただでさえ暗い亭の中。さらにはその中で、明かりもつけずに忍び足を擦っているとあらば、まぁそうなる気持ちもわからんでもない。
てゐ「何故もなにも……あんたさぁ、空気読めないって言われない?」
薬売り「空気……ですか?」
にしても……こいつに限っては、やはり”わざと”だったと、身共は断じよう。
だって、そうであろう?
いくら暗がりとはいえ、そこで誰が、何をしているかなど……薬売りだけはハッキリとわかっていたはずではないか。
てゐ「ったくもう……まじで……心の臓が飛び出るかと思ったわよ……」
薬売り「床が、汚れてしまいましたな」
てゐ「おかげさまでね。口ン中おもっきし吹き出しちゃったわよ、このアホンダラが」
薬売り「ご心配なく……後ほど、雑巾を御貸ししますので」
てゐ「――――お前が拭けよ!?」
まぁ……薬売りの倫理感など、所詮はこの程度である。
そういうわけで、だ。
床に散らばった吐しゃ物は「誰が拭くのか」など、そんな事はどうでもよいのだ。
肝心なのは――――この妖兎が”何を吐いたのか”にかかっているのである。
【零】
383 = 377 :
てゐ「……で、いつ戻って来たの?」
薬売り「つい先ほど……ちょうど、寅の刻を過ぎた頃合いでしょうか」
てゐ「あっそ。じゃあ……”先にうどんげと会ってきた”わけね」
薬売り「ええ……まぁ……」
そう、この目前における、至要たる事実は決して忘れてはならない。
この妖兎・てゐは此度の騒動に置ける唯一の生き残り。
モノノ怪の神隠しを逃れし唯一の存在であり、なおかつこの消失劇を”他人事”のようにふるまい続けたあの態度は、決して忘れてはならない事実なのである。
てゐ「で…………うどんげは」
薬売り「行きましたよ……一足先に、ね」
てゐ「……あっそ」
薬売りは慎重を期すかのように口数を減らした。
それはやはり妖兎が、この期に及んでまだ態度を変えぬ事に一因する。
その証拠に……薬売りの返答に対する妖兎の様相は、やはり顔色一つ変えぬままであった。
悲しむでもなく喜ぶでもなく……同胞の兎が”どこに行った”のかなど、おのずと想像がつきそうな物なのに。
てゐ「あいつもバカよね。逃げるつもりで飛び出して、逆に取っ捕まってりゃ世話ないわ」
薬売り「見ておられたのですか……?」
てゐ「ハハ、違う違う――――想像よ」
てゐ「あいつがなんで逃げ出そうして、どんな決意で逃げて、んでどこで転んでほえ面下げたか……なんて」
てゐ「ほんともう、手に取るようにわかるわけ」
そして薬売りは確信するに至る。
やはりこの妖兎は、”全てを知っている”。
先ほど玉兎が見せた、玉兎の中だけにある闇。
してその闇に解を示す、真と理と――――
薬売り「してその心は……」
てゐ「そんなの簡単な話よ」
てゐ「あいつ――――”バカだから”」
薬売り「…………」
さらにはそれのみならず――――永琳、妹紅、姫君。
彼女らが如何様な理を持ち、そして何ゆえにモノノ怪に狙われるに至ったか。
妖兎は全てを知っている。
故に深入りを避けた。
それは――――”モノノ怪の獲物に自分が入ってない”と、密やかに確信していたから。
もはやそうとしか考えられないのだ。
【確信】
384 = 377 :
てゐ「だってあいつ、まじバカじゃん? ”この薬”の事だってそう……」
てゐ「そもそも……誰も……蓬莱の薬だなんて……」
てゐ「一ッ言も! 言ってなかったのにさぁ!」
(――――蓬莱の薬は、絶対に知られてはいけなかったのに!)
薬売り「確かに、貴方様は「知られてはいけない薬」の事など、一言も漏らしていなかった……」
てゐ「なのに勝手に勘違いして、襲い掛かってきて、発狂ついでに全部ゲロってんの」
てゐ「言ってはいけないはずの秘密を、自分から……しかもみんなに聞こえるくらいの大声でね」
そう言う妖兎の語りは、やや恨み節のようにも見受けられた。
それはやはり、先刻の玉兎との痴話喧嘩が起因であろう。
あの時は、薬売りを尻目に随分と派手な弾幕が飛び交っていたが……その原因が”玉兎の勘違い”であったとあらば、そりゃまぁ腹正しいであろう。
喧嘩両成敗とはよく言うがな。あの場に限っては、妖兎は一方的な被害者であったと言えようて。
てゐ「正直まだヒリヒリするんわ。あのバカ、マジで弾幕ぶっ放してきやがったかんね」
薬売り「災難……でしたな」
てゐ「ほんとほんと、とんだ災厄兎よね」
てゐ「月の兎だかなんだかしんないけど、新参者の分際で無駄に偉そうだし」
てゐ「拾ってやったのに感謝しないし。アホの癖にやたら賢ぶるし……」
薬売り「……」
てゐ「勘違いを認めないし、謝らないし、詰めたら発狂しだしてめんどくせえし」
てゐ「ていうかそもそも、なんでタメ口なのこいつって話だし?」
よほど溜まる物があったのか、妖兎はよい機会だと言わんばかりに、あらゆる愚痴を綴り続けた。
妖兎の玉兎に対する悪態は個人的な不満でありながら、そこまで的外れでもなかったのは流石である。
そんな妖兎からすれば、玉兎の失敗に終わった脱走は「ざまぁ見晒せ」と言った所であろう。
相手の失態をあざ笑う趣向は、この妖兎の大好物である事を薬売りは知っている。
しかし薬売りは、煽り建てる妖兎の口調から――――”一筋の本音”を感じ取った。
てゐ「あんなバカでアホでトラブルばっか起こす問題兎…………”外に出しちゃダメ”」
てゐ「そう、思わない?」
悪態と嘲りの末に、導き出された結論――――
それは此度のモノノ怪騒動と、同じであったのだ。
【籠の中】
385 = 377 :
薬売り「とどのつまり……貴方もまた、最初から知っていたのですね」
薬売り「あのうどんげの中に御座す――――もう一つの影の事を」
【物問】
てゐ「知ってるも何も、見るだけでわかるっつーの」
てゐ「あいつをここへ運んだのは、他でもないあたしよ? この竹林のど真ん中でぶっ倒れてた、見知らぬ謎の長身兎」
てゐ「しかもしかもいざ亭へと運んでみれば、なんとお師匠様のお知り合いだって言うじゃない」
てゐ「んなの……どー考えても”ワケアリ”なの、丸出しじゃん?」
妖兎は語る。
あの竹林で行き倒れた玉兎を最初に発見したのは、他でもない自分である事を。
次いで語る。
身なり、経緯、生活態度、その他諸々……
同じ兎と括られる事が多い二羽の間で、あまりにも相違点が多すぎる事を。
てゐ「むしろ、わかんない方が不思議って感じ」
薬売り「見るだけで……ですか」
そして最終的に結論付けた。
単なる性格の違いと片づけるには、どうにも理屈が合わない。
よって「こいつには何かある――――」そう察するのは自然な成り行きであると。
してその察しは、結果として大正解であったのだ。
てゐ「ついでに言っとくけど、あんたが”うどんげに何をしたか”も想像つくわよ」
薬売り「ほぉ…………してその心は」
てゐ「気持ちよかったでしょ? あいつ、かしこぶってるけど基本バカだし」
てゐ「――――”獲物が狙い通りに罠にかかる姿”なんて、愉快痛快もいい所よね」
薬売り「…………」
このように、妖兎はやたらと”察する力”に長けていた。
それは月とは違う、地上の兎であるが故なのか。
はたまた出生など関係なく、この妖兎だけが持つ特技であるのか……
とかくいかような経緯であろうと、そこは臆病で非力な兎。
食われる立場の多い兎からすれば、それは紛れもない「長所」と言っても差し支えないであろう。
386 = 377 :
てゐ「最初は新参者の癖に生意気だから懲らしめてやろうって、ただのそれだけだったんだけど」
てゐ「おもしろいくらい引っかかるから、なんかもう、いつの間にか病みつきになるくらいハマっちゃって……」
薬売り「向こうからすれば、災難そのものでしょうな……」
てゐ「そんなのお互い様よ。だから、あんたの気持ちも、よーくわかる」
てゐ「高飛車で偉そうで思わせぶりな素振りしてる奴を……”一発引っかけたくなる”その気持ち」
薬売り「…………」
しかし薬売りにとっては、その長所は壁でしかなかった。
妖兎のやけに鋭い「察し」の前に、薬売りの企みは、明らかに発覚していたのである。
(――――だったのかも知れません……ねぇ?)
そう……先刻、薬売りは確かに、玉兎を”ハメ”たのだ。
言葉巧みに理を聞き出した挙句、果てにその理が、不要とわかるや否や――――まるで、紙屑を屑籠に入れるように。
てゐ「おあつらえ向きじゃない。残り物には福があるってね」
てゐ「てなわけで……続きしよっか。ちんどん屋」
薬売り「続き……?」
同じ兎がそんな目にあわされたとあらば、ただでさえ臆病な兎の猜疑心を揺り起こすのは必須。
そしてそんな悪行をしでかした薬売りの人となりは、こうしてすでに発覚し終えている。
しかも不幸な事に――――よりにもよって”最後に残した一羽に”である。
てゐ「ほら、余計なチャチャ入って中断してた……」
てゐ「――――【弾幕勝負】の続きをよ」
薬売り「…………」
薬売りは、妖兎の問いかけに応ずることなく、そっと瞼を閉じた。
それは心を落ち着けんが為。
強いては妖兎の嘲りに、心乱され隙を見せぬ為である。
てゐ「ゲロさせてみなさいよ。ほら――――”うどんげの時みたいに”さ」
薬売りにとってはまさに、ここが正念場であった。
モノノ怪へ至る各々の理。その最後の一つが、こうして明らかなる対峙の姿勢を見せている。
さもあらば、この妖兎を攻略せぬ限り、モノノ怪へと辿り着けぬが同義である。
避けて通るはもはや不可能なこの状況――――
仮に如何なる不足があろうとて。
よもや、しくじる事など、許されるはずがなかったのだ。
【夜明けの番人】
387 = 377 :
てゐ「何よ、何今更ビビってんのよ」
てゐ「あんときゃノリノリで刀突き立てて来たじゃない――――”あたしをモノノ怪と思って”さ」
薬売りは、しばしの間押し黙った。
口を閉じ、眼を閉じ、座を保ったまま、妖兎の煽りに堪えておった。
まぁ……迷っておったのだろうな。
「この圧倒的に不利な状況を、以下にして乗り切らんか」。
まさに難題を突き付けられた、貴公子さながらである。
てゐ「何を迷う? 単純な話じゃない」
てゐ「あたしとの弾幕勝負に勝てたら、全部吐いてあげるつってんの」
しきりに弾幕勝負にこだわる妖兎の姿勢。
薬売りにとっては慣れぬ文化であろうが、この幻想郷ではこれが当たり前なのだ。
弾幕勝負――――弾幕で決着をつけ、弾幕で持って白黒をハッキリさせる、弱肉強食の如き絶対の掟。
妖らしい、実に野蛮な掟である。だが必要な掟であるのもこれまた事実。
てゐ「でも、万が一あんたが負けたら…………」
てゐ「負けたら……負けようものならば…………」
此度の対峙も、まさにその範疇であろう。
弾幕至上主義の幻想郷の理。
それはこの地に足を踏み入れた以上、何者であろうと、一切の関係がないのである。
てゐ「…………ごめん、あたしが勝ったらどうするか、そこ考えてなかったわ」
【度忘れ】
388 = 377 :
薬売り「…………」
てゐ「ごめんごめん、ごめんって! そうよね、これじゃあ決闘が成立しないわよね!」
てゐ「だからぁ~…………えっとぉ…………」
薬売り「…………」
そしてその掟は、以下の契りで終結する。
「――――弾幕勝負は、勝者が敗者のスペルカードを奪い取る事ができる」。
もう一度言うが、これは幻想郷そのものの理である。
よって、妖兎の提案は至極真っ当。妖兎はあくまで、この世の理に従っただけにすぎない。
【幻想郷――――之・理】
故に、薬売りに拒否する権利などあるはずがなかったのだ。
如何に不利であろうと、受け入れる以外に術はなかった。
てゐ「――――わかった! じゃあ、こうしましょ!」
その結果が、齎した物は――――
てゐ「あたしが勝ったら――――”退魔の剣を貰う”」
てゐ「どう? これで対等な条件じゃない?」
薬売り(こいつ…………)
薬売りの勝機を、さらに狭めた。
【籠の中の鳥】
389 = 377 :
てゐ「そりゃそーでしょ。あんたの持ち物でスペカに相当する物って、ソレしかないじゃない」
てゐ「モノノ怪を斬る事ができる唯一の剣……だっけ? 唯一無比の価値だからこそ、勝ちの証に相応しい」
てゐ「違う?」
妖兎の謀りは留まる事を知らず、確実に薬売りを追いつめつつあった。
一見すると平等な賭けの提案であるが、当然その腹に平等の二文字などありはしない。
地の不利。弾幕の不利。理の不利。能力の不利――――
あらゆる状況が、すべからく妖兎の味方をしている事実。
「妖兎の提案が、確かな勝算に基づいている」。
如何に夜更けであろうとも、そんな露骨な打算に気づかぬ程、未だ薬売りは呆けていなかったのだ。
薬売り「一つ、お聞きしたい……」
てゐ「あ? 何よ」
薬売り「この退魔の剣を指定すると言う事は……万一あっしが負ければ、もはやあっしにモノノ怪に対抗する術がなくなると同義」
薬売り「そして、術がなくなる事で……”得をするのは一体誰か”」
てゐ「まどっろこしいなぁ。一体何が言いたいわけ?」
薬売り「貴方はやはり、モノノ怪の正体に気づいている……そして”全てを知った上でモノノ怪を庇おう”としている」
薬売り「あっしに斬らせない為に……退魔の剣を奪い、モノノ怪すらも永遠の一部にする為に」
うむ……身共も薄々感じていたが、やはり薬売りもその結論に達したか。
これまでの妖兎の態度から察するに、妖兎も”モノノ怪側”であったと断じざるを得ないのだ。
それが如何様な理か、推し量る術はない。
しかしやはり、妖兎の今迄の軌跡を振り返るに……”モノノ怪に組していたから”と考えれば、全ての合点が通ってしまう。
てゐ「何……探り入れてんの?」
薬売り「いえ、滅相もない……しかしそう感ずる程に、貴方の行動は不振に塗れていたのもまた事実」
薬売り「差し支えなければ……理に触れぬ範囲で結構ですので、お教え願えませんか?」
薬売り「貴方の行動が……”一体何に沿った行動であったのか”を」
それは、今の薬売りにできる、精一杯の足掻きであった。
かつて数多の「真と理」を白日に晒してきた薬売りが、今や懇願する事でしか知る術がないのだ。
こうなれば、よもや……妖兎が上手い事、口を滑らす事を願うばかりである。
――――しかし
てゐ「ちんどん屋さぁ……”シュレディンガーの猫”って知ってる?」
薬売り「猫……?」
かのようなか細い稀など、往々にして起こるはずもなく――――
妖兎の口から、またも新たな謎が生まれたのだ。
【理論】
390 = 377 :
夜中また来る
391 :
てゐ「あのね、とある猫を箱の中に入れて、一緒に50%の確率で毒になる餌を入れたのね」
てゐ「その状態で丸一日くらいほったらかしにしました。さて、では箱の中の猫は生きてるでしょうか、死んでいるでしょうか……って奴なんだけど」
てゐ「聞いたことない?」
妖兎は薬売りの問いかけに、問いで返すと言う手段を取った。
しかもその問は何ら関係のない問い。話題逸らしもいい所である。
ううむ、やはりそこは謀り上手な妖兎。そう簡単に、尻尾は掴ませてくれないか……
……で、結局その「すれてんがーの猫」とやらは生きているのか? 死んでいるのか?
薬売り「……その時の状況によりますな」
てゐ「お、なんか新解釈」
薬売り「50%の確率で毒になるならば、運がよければ毒にならずにすむ可能性もある」
薬売り「それ以前にそもそも猫は腹をすかしておらず、一日程度なら餌を口につけないかもしれない」
薬売り「それにその箱の中に入れたと言う状況……その箱がどのような箱だったのかで話は変わる」
てゐ「おお、なんかドンドン深い話に」
薬売り「箱の中は快適な小屋だったのか、はたまた粗雑なただの物入れだったのか……」
薬売り「そして猫は、飼い猫だったのか野良猫だったのか」
薬売り「言い換えれば、”飼い主”に入れられたのか、”見知らぬ人間”に入れられたのか」
てゐ「ははーん、なるほどなるほど……」
薬売り「猫は箱に入れられる事をどう感じていたのか。それによって、結果は随分と左右されましょう」
てゐ「で……つまり?」
薬売り「――――”開けてみるまでわからない”。これが答えとなりましょう」
な……なんだその答えは!
「開けてみるまでわからない」って……そんなもの、誰だってそう答えるわ!
新たな頓知だと思い少し考えてしまったではないか……ったく。
妖兎も妖兎だ。素直に話を逸らせばよかろうに、よりにもよってこんな思わせぶりな台詞を吐くなどと……
てゐ「あー、結局そうなるわけ……」
……ん? 思わせぶり?
392 = 391 :
てゐ「これはね、実はちゃんとした答えがあって」
てゐ「開けてみるまでわからないってのは正しいんだけど……この問に関して”だけ”で言えば、残念ながらハズレなのね」
薬売り「して……その心は」
てゐ「正解は――――生きてもいるし、死んでもいる状態」
てゐ「つまり、”生死が同時に起こっている状態”が答え……ってわけ」
薬売り「……えっ」
……はぁ? こやつは一体何を言っているのだ。
生死が同時に起こるだと? おいおいバカを言うな。
毒を食らわば猫は死ぬし、食わねば無事生き残る。
答えがどちらかこそ開けてみるまでわからぬが、結果はどちらか”片方しかない”のは明白ではないか。
薬売り「受け売り……ですか?」
てゐ「鋭いわねちんどん屋。そーよ、これはお師匠様から聞いた、ただの丸暗記」
てゐ「”りょーしがくりきろんに基づくしそー実験”って奴らしいわ。正直、あたしもちんぷんかんぷんなんだけどね」
薬売り「それがモノノ怪と……何の関係が……」
てゐ「その話は、いつぞや、うどんげといた時に聞いた話だった」
てゐ「うどんげはわかったフリしてウンウンうなづいてたけど、その実全然わかっていなかった」
てゐ「だからちょっと突っ込まれたらアッと言う間にボロを出して……って、そこは関係ないわね」
ぬぬ……これが月の英知の片鱗か……
何が何やらさっぱりわからぬが、永琳直々の教授ならば、それは確かなる一つの論理なのだろう。
むぅ……修験ではなく、学者にでもなるべきだったかのぅ。
さすれば今頃、身共も賢者と讃え呼ばれておったやもしれぬのに。
てゐ「でも……あたしは何となく、こう……理屈じゃなく、感覚でわかった」
てゐ「なんとかかんとか論とか、小難しい事は一切わかんないけど……でも”確率”の事を言ってるんだってのは、すぐに理解できたの」
薬売り「確率……?」
【学論】
てゐ「こう見えて、昔から”確率計算”だけは得意でね。ま、使う機会のない特技なんだけど」
てゐ「でもその分、何かに例える事が出来る」
薬売り「差し支えなければ……お教え願えませんか」
てゐ「そうね……あんたっぽく言うと……」
【――――確率之・理】
てゐ「と、言った所かしら」
393 = 391 :
てゐ「確率は、不確かなようでとある理に沿って動いている」
てゐ「そしてその理は、人には決して理解できない理」
てゐ「理解できないけど、確かに存在する理。全てが異なる独自の理」
てゐ「なのにその理は、時として現実世界に影響を及ぼす」
薬売り「それは……」
てゐ「これって……あんたの言う”モノノ怪と同じ”じゃない?」
まったく、何を小難しい事を言い出すのだと思ったが……「理解できずとも問題ない」とわかれば一安心だ。
すれてんがーの猫とやらは、要は例え話。
確率が持つ独自の法則が、モノノ怪の生態と酷似すると、妖兎はそう言いたかっただけに過ぎないのだ。
てゐ「お師匠様は、この確率が起こす矛盾を、こういう風におっしゃったわ」
てゐ「――――”確率は観測される事で初めて一つに集約される”」
薬売り(観測……)
てゐ「これがその、りょーしなんとか論の結論らしいわ……まぁ、そっちはさっぱりわかんないけど」
【理屈】
てゐ「でも……最初にその剣の抜き方を聞いた時、あたしはピーンと閃いた」
てゐ「退魔の剣が【形と真と理】を必要とするのは――――このシュレディンガーの猫と同じなんだって」
しかしながらその例えは、実に興味を引く話であった。
箱の中の猫云々は存ぜぬが、確率の話ならば身共もわかる。
要は、「丁半博打」の事を言っているのだろう?
ふふ、懐かしいのぅ……身共も若かりし頃、夜な夜な街に繰り出しては博打に明け暮れたものよ。
てゐ「退魔の剣を抜く事は、猫の入った箱を開けるのと同じ事……見えない世界にいるモノノ怪を、観測することで一つの結果に表す事と同じ」
てゐ「だから斬る事ができる……いや、”斬ると表現”する事ができる」
そういえば、この薬売りは博打を嗜むのかのう。
なさそうだな……なんとなくこいつは、そう言った運否天賦とは無縁な気がするよの。
ま、元々が薬売りである故な。こやつは理に沿ってのみ動く「お堅い」人種と言えよう。
だからこそ、疑問に思うはずだ。
薬売りが持つ退魔の剣。と、その所以。
何故に剣は、形と真と理を求め、何故にモノノ怪を斬る事ができるのか。
薬売り「この剣が……観測を……?」
ひょっとしたら、妖兎の説は図星だったのかもしれん。
今だからこそ言うが、身共もほとほと不思議に思っていたのでな……
あんな摩訶不思議な刀、一体どこで手に入れたのやら――――そして如何様にして、抜き方を知ったのか。
394 = 391 :
てゐ「あんたの言う通り、結果は開けてみるまでわからない」
てゐ「でも言い換えれば、開けてみるまで”確率は無数に存在している事になる”」
てゐ「だから、生きてもいるし、死んでもいる状態……そんな矛盾が、確率の世界では往々にして起こる」
【確率解釈】
てゐ「その剣は、そんな矛盾を紐解くことができる。矛盾を観測することで、一つの事象に表す事ができる」
薬売り「この剣が…………確率を…………?」
てゐ「だから、退魔の”見”。もしかしたらそれ……刃はついてなかったりして?」
薬売り「…………」
ひょっとして……知らなかったのか?
おいおい頼むぞ薬売り。自分の得物を昨日今日会ったばかりの兎に看破されたとあっては、今迄斬られたモノノ怪達が化けて出よるわ。
妖兎の仮説は、今の所筋が通っておる。
というか、たった一晩でよくぞまぁ……そこまで推察できた物よ。
身共も全てを知るわけではないがの。
身共の知る範囲の中では、今の所妖兎の説は、見事なまでに的中しておるのだ。
てゐ「その剣に顏みたいなのついてんのも、ひょっとしたらそういう事なのかもね」
薬売り「考えた事も……ありませんでしたね」
てゐ「アホ、薬売りなんだから自分の商売道具くらい知っときなさいよ」
薬売り「肝に銘じて……おきましょう……」
てゐ「まっ、でも――――”剣がなくても薬は売れる”わよね?」
薬売り(くっ…………)
妖兎が剣を引き合いに出したのは、やはり謀りの範疇であった。
得意な確率論とやらで結論を導き出し、その果てに「剣の取得が絶対条件である」と結論付けたのだ。
そうなれば、いよいよ持って窮地である。
かつて数多の真と理を紐解いてきた薬売りが、よもや……
”自分が解き明かされる側になろうとは”、一体誰が想像できたであろう。
395 = 391 :
てゐ「わかる? 今のあんたから見たあたしは――――”モノノ怪でありモノノ怪でない”」
てゐ「仮にあたしがモノノ怪なら……退魔の剣を奪う事は、あんたから身を守る事と同じ」
てゐ「逆にあたしがモノノ怪じゃなかったなら……あたしはその剣を手にする事で、モノノ怪から自力で身を守る事ができる」
薬売り(その所以は……おそらく……)
てゐ「何故ならば、モノノ怪の理に最も近いのはこのあたし」
てゐ「どちらの確率も観測できるのは、最後に残ったこの因幡てゐしかいない」
【丁半】
てゐ「その剣を抜くのは――――あたしこそが相応しい!」
薬売り(自らの手で退魔の剣を抜こうと言うのか――――!)
この妖兎……小さき成りで、とんだ食わせ物であった。
かのような童さながらの姿から、如何様な怪奇極まる論理が飛びでよう等と、一体誰が予見できたであろうか。
薬売りがしくじる姿を見るのは愉快ではあるがな。
しかし、事はあまりにも……本当に、後一歩の所なのに。
396 = 391 :
てゐ「まさにシュレディンガーの猫ならぬ、シュレディンガーの兎?」
てゐ「箱の 中の 兎は いついつでやる――――ってか?」
他の者にかまけ、不振とわかりつつ放置してしまったせいか。
月の話に魅せられ、地上の兎に目を向けなかったせいか。
薬売りは妖兎の煽り言葉を前に、実しやかに噛み締めておった――――この妖兎は”最後に回すべきではなかった”。
タガの外れた妖兎は、もはや誰にも止める事が出来ぬ。
何故ならば、妖兎を諫める唯一の存在……”八意永琳”。
彼女はもう、とおの昔にいなくなってしまったのだから。
てゐ「――――さぁてちんどん屋ァ! おしゃべりタイムはもう終わり!」
てゐ「あたしってば、決闘の前にベラベラおしゃべりすんの、あんま好きくないのよね!」
あわよくばを狙った薬売りの儚い企みは、こうして露も残らず消え失せた。
これから決闘をする者同士、交わすべきは言葉でないのは明白である。
ベラリ――――次の瞬間、妖兎は意気揚々と一枚の札を取り出した。
その札こそが、この幻想郷に置ける決闘の合図。
その名も「すぺるかうど」。
妖兎の持つこの特有の符が、もはや待てぬと言わんばかりに今、薬売りの眼前に突き付けられていたのだ。
397 = 391 :
てゐ「【カード宣言】――――これからあたしは、この符であんたに弾幕を仕掛ける!」
てゐ「――――一つ! 妖怪が異変を起こし易くする為!」
てゐ「――――一つ! 人間が異変を解決し易くする為!」
妖兎が数える掟は、薬売りに対する秒読みと同義であった。
この秒読みが始まってしまえば、もう誰にも止める事はできない。
再三に渡って繰り返すが、これはあくまで幻想郷そのものの理。
よって始めると宣言した以上、勝敗を決することでしか、もはや逃れる道理はないのだ。
てゐ「――――一つ! 完全な実力主義を否定する為!」
薬売り「致し方…………ありませぬな…………」
薬売りはポツリと諦めの言葉を吐いた後、懐に入れた退魔の剣に、そっと手を伸ばした。
それは弾幕勝負に乗る事の表れ。
妖兎が声高らかに告げる最後の理念が伝え終われば、次の瞬間、あの無数に飛び交う「弾幕」が、薬売り目がけて一斉に飛び込んで来るのである。
それらを空手で捌ききれるはずもなく、薬売りもまた、弾幕で対応するしかなかった。
札か、天秤か、はたまたイチかバチか――――”退魔の剣が抜ける事”に賭けるのか。
如何様に対処するのかは、これから薬売り自身が決める事である。
てゐ「――――一つ! 美しさと思念に勝る物は無し!」
薬売り(くる…………!)
【来光】
398 = 391 :
――――幻想郷に置ける弾幕を用いた決闘法。通称「弾幕ごっこ」
至る所で当たり前のように起きるこの決闘法であるが、此度の決闘は、ちと特殊であった。
それは、対峙する片方が”幻想郷の住人ではない”と言う事。
郷に入っては郷に従えと言わんばかりに、半ば強引に決闘へと引きずり込まれた、哀れな一人の対峙者である。
てゐ「さあ――――行くわよ!」
薬売り「…………!」
そんな事情など知った事かと、幻想郷は、掟を容赦なく新参者に押し付けた。
妖兎・てゐ――――この者の宣言によって、夜更けの晩に、一つの決闘が幕を開いたのだ。
(――――)
そして決闘は、幕を開くと同時に――――
(………………えっ)
薬売り「――――参りました」
(ええええええええ~~~~~~~~ッ!?)
――――無事、閉幕を迎えた。
【投了】
399 = 391 :
本日は此処迄
400 :
う、うぉ~・・・続きが気になり過ぎる。
みんなの評価 :
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