元スレ永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」
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401 :
退魔の剣渡しちゃってどうすんだろう?
402 :
復帰早々飛ばしてきたな
403 :
てゐ「え、ちょ…………ええっ!?」
薬売り「いやぁ……さすが姉弟子様です。八意永琳の弟子だけあって、実に聡明で……」
てゐ「いやいや……」
薬売り「”お手上げ”ですよ、完全に……何をどうしたって、あっしに勝機など見当たりませぬ」
……阿呆かこいつはァァァァ! ぬぁ~にを潔く負けを認めておるのだ!
しかもしかも、健闘の末に惜しくも及ばずならまだしも……やる前から諦めるとは一体どういう領分なのだぁッ!
その宣言が何を意味するかわからぬはずはない……はずなのに……
と言うかそれ以前に、男としてどうなのだ! そこはッ!
薬売り「だって……そうでございやしょう? 仮にあっしがその、弾幕勝負とやらに応じたとして」
薬売り「対面ならまだしも……”多勢に無勢”とあらば、どうして勝利を収める事が出来ましょうか」
ぐう……なんと言う腰抜け……
見苦しい言い訳にしか聞こえないが、まぁ……一応薬売りは薬売りなりの理由があるらしいので、一応聞いといてやろう。
ウオッホン! では気を取り直して……
薬売りは此度の決闘を「多勢に無勢」と言った。
決闘なのに多勢とはこれ如何にと言った話であるが、要は、薬売りはちゃぁんと記憶しておったと言う事よ。
てゐ「……かぁ~、なんだぁ、バレてたんだぁ」
薬売り「ええ、そりゃ、もう……」
降参した分際で爽やかな笑顔を見せる薬売りに、若干の怒りを今日この頃である。
が、妖兎本人が認めるように、やはりそれは列記とした罠だったのだ。
――――パチン。薬売りの降参を合図に、妖兎が軽く指を鳴らした。
そしてさらに、その音を合図に姿を露にする「妖兎の罠」。
その正体は、その正体こそが――――妖兎の使役する、”兎の群れ”だったのである。
404 = 403 :
薬売り「やっぱりね」
てゐ「みんな、もう解散しておっけーよ。なんとこいつ、”始まる前に降参”しやがったわ」
「解散」。妖兎の言葉を皮切りに、兎は兎らしく、可愛げに跳ねながら散っていった。
その帰り際は、なんとなしに「肩透かし」的な哀愁を感じなくもない。
まるで待ちぼうけを食らった妾のようである。
でもまぁ、これでよかったのかもしれん……いかに行け好かぬ薬売りとて、知人が獣の供物となりて食われる姿など、見とうなかったのでな。
薬売り「いやはや、危ない所でした……あともう少しで、全身を齧り切られる所でしたよ」
てゐ「いや、別にそこまでするつもりはなかったんだけど……」
妖兎の指示に忠実に従うこの兎共は、言わば妖兎直属の配下。
玉兎とは違い、この妖兎は単身でありながら無数の分身を所持していたのだ。
こうなればある意味、最初に因縁をつけられたのは「不幸中の幸い」だったと言うべきか……
妖兎が【兎を操る力】を持つなど、あらかじめ見ておかねば、きっと気づけぬままであったろうて。
薬売り「あの時、あっしの札を竹毎齧り切った、凶暴な兎達……しかし兎とは、元来臆病な生き物」
薬売り「臆病なはずの兎が、何故にあの時に限りあれほど興奮していたのか……答えは実に簡単だ」
薬売り「誰かがそう指示したからです。あの時最も興奮していた”長”からね」
(――――このうさんくさいちんどん屋を全員で取り囲め~~~!)
玉兎が乱す力を持つように、妖兎は兎を操る力があった。
普段は雑用作業の延長線でしかない能力であるが、それ故に”いくらでも応用が利く”。
これこそが月にはない力。
当人の使い方次第で、如何様に便宜を図れる【地上の力】。
薬売り「こんな有効な手段、この場で使わぬ道理はなし」
薬売り「足を引っ張るもよし、盾になるもよし……従える兎の数だけ、いくらでも介入できる」
てゐ「だぁ~~~~もうわかった! そうです、そのとーりです!」
てゐ「インチキしようとしてましたごめんなさい! どお!? これで満足!?」
妖兎の白状が、崇高な決闘を一個人の謀りへと変えた。
あれほど掟だなんだと煽っていたにも拘らず、その実「虎視眈々」を狙う腹積もりは、逆に関心すら覚えると言う物よ。
しかし問題は……こいつ。
何やら意気揚々と妖兎の企みを暴いておるが、やってる事はただの腑抜けである。
てゐ「でもさぁ……ドヤってる所悪いけど、あんた、ほんとにわかってる?」
てゐ「スペルカードルール下において、降参を宣言する事がどういう事か……知らなかったは通用しないわよ」
薬売り「ええ、重々承知ですとも」
そう。如何様な謀りがあり、いくらそれを見抜いたとて……薬売りが取った手段は、結局「諦め」でしかないのだ。
弾幕勝負に待ったはない。それは我らの決闘とて同じ。
「参った」――――この言葉を吐いた瞬間、薬売りの敗北は決定してしまったのである。
【決着】
405 = 403 :
てゐ「じゃあ……ええと……こんなケースはあたしも初めてなんだけど」
てゐ「一応まぁ、放棄試合と言う事で……勝者は敗者のスペルカード、またはそれに準ずるものを……」
薬売り「もう、置きましたよ」
てゐ「――――準備よすぎィ!」
勝利の証はすでに、妖兎の足元に置かれてあった。
勝利の栄光を称えるかのように、キラリと光るは「退魔の剣」。
これは理と引き換えに提示された、紛れもなき勝者の証明である。
てゐ「そ、その手には乗らないわよ……」
薬売り「何の、手ですか?」
そして薬売りのあまりの手回しの良さを前に、妖兎に不信感が湧き出る事もまた、至極道理。
よって妖兎は、小さくもハッキリと零した――――「こんなうさんくさい奴が素直になるはずがない」
そうなるのも当然だ。なにせ、他でもない自分がそうなのだから。
てゐ「……実はすでに剣には兎取りが仕掛けて合って」
薬売り「ありませんよ。寸尺的に無理でしょう」
てゐ「……とった瞬間この頭がガブッと噛みついてくるとか」
薬売り「しませんよ……できるならとっくの昔にやっています」
てゐ「ハッ――――わかったわ! この先っちょに薄いワイヤーみたいなのが括りつけてあってそれがあんたの指と(ry
薬売り「やれやれ……疑り深い方だ」
薬売り「そこまで言うなら――――これならどうです?」
てゐ(はう――――!)
そう言うと薬売りは、両の手を大きく上へ掲げた後、肘を折り曲げ、掌を頭の後ろへ追いやった。
まるで岡っ引に捕えられたコソ泥のような、実に哀れな姿勢である。
そんな情けないにも程がある姿を、何故だか自信満々に。
しかも「してやってる」と言わんばかりに、妖兎の眼前に恩着せがましく見せつけたのだ。
薬売り「必要とあらば目を瞑りましょう。それでも不安ならば頭を垂れましょう」
薬売り「そこまでしてもまだ不信感が拭えぬのなら……拭えるまで、トコトン付き合いましょう」
薬売り「――――”夜が明けるまで”、ね」
てゐ「う……」
妖兎は困った。実に困った。
妖兎の脳裏には、未だかつてどこにも存在しなかったのだ。
謀った相手が怒り狂う様は幾度も見て来たものの――――自らの「負けを強く主張する者」など、いくら遡ろうと、どこにも。
薬売り「どうしました……勝利を手に取らないのですか?」
てゐ「く、くっそ~……」
怪しすぎるのは重々承知。が、それでも妖兎は手に取らねばならぬ理由があった。
否。それはもはや「義務」とすら言えよう。
何故ならば……見慣れぬ掟にも関わらず、薬売りはちゃ~んと従ったのだ。
それは、名付けるならば――――「敗者の掟」。
さもあれば、今度は勝者が勝利を手にする事も、これまた”掟”の範疇であったのだ。
【責務】
406 = 403 :
てゐ「と、取るわよ……?」
薬売り「どうぞ」
てゐ「ほ、ほんとに取るわよ……?」
薬売り「そのように」
今までの強気な態度はどこへやら。
退魔の剣を取らんと伸ばすその手は、臆病と呼ばれる兎そのままに、ぷるぷると震えておったのだ。
その様はさながら、ヘビに睨まれたカエル……もとい、剣に睨まれた兎。
それは剣が顔貌の如き形を持つ故か。
妖兎からすれば、剣が新たな主人となる自分を、じっと睨んでいるようにも見えたのであろう。
退魔の剣「 」
てゐ「お…………」
薬売り「はやくしてもらえませんかね……手が痺れて参りました」
てゐ「う、うっせ! 急かすんじゃないわよ……」
震えつつも少しずつ近づいていた妖兎の手が、寸前でピタリと止まった。
薬売りが掟を遵守した以上、今度は自分が守らねばならぬ。
そんな事は重々承知の上である……が、そんな妖兎の葛藤は、身共もよ~く理解できようぞ。
「――――最高に胡散臭い」
身共が妖兎なら、やはりその言葉を吐くであろうな。
退魔の剣の風貌も去ることながら、この”自身に都合の良すぎる展開”は……
兎の臆病な性を、そりゃあもぉ~激しく刺激したのだ。
407 = 403 :
てゐ「う…………」
てゐ「ぐ…………」
薬売り「…………」
てゐ「…………んぉ~~~~~~~~~ッ!」
それでも妖兎は、ついに意を決し――――退魔の剣へと手を伸ばした。
薬売り「おおっ」
瞬間――――ぬめりとした感触が、妖兎の掌に駆け巡った。
てゐ「…………」
そのぬめりは、手汗の感触であった。
自身でも気づかぬうちにかいた大量の汗が、当たり前のように感ずる触感すらも滲ませたのだ。
手汗が齎す滲んだ感触。
しかしそれは勝利の実感に同義。
その感触が掌に、しかと伝わる程に――――妖兎の手が今、確かなる勝利を掴んでいたのであった。
てゐ「と……とったどー……」
薬売り「おめでとう……ございます……」
この瞬間、妖兎は掟に基づき、晴れて勝者となった。
過程こそ意外であったものの、それでも勝ちは勝ち。
小さき掌に伝わる剣の感触は、紛れもなく勝者の感触と言えよう。
てゐ「……一つ、言っていい?」
薬売り「どうぞ」
得てして、妖兎の勝利は。もはや何人たりとも覆せぬ確かな”真”となった。
そんな勝利の実感に、思う所がないはずもなく……
妖兎は己が心中を抑えきれず、思うがままに、声高らかに吠えたのだ。
てゐ(うれしくねぇ――――!)
その心中は――――「やっぱり勝った気がしない」。
そんな思いで、満たされていたのだった。
【確立】
408 = 403 :
てゐ「ほんと、初めてよ……こんなに複雑な気分の勝ちは」
薬売り「いいじゃないですか……如何様な過程であろうと、それでも勝ちは勝ち」
薬売り「あっしが降参せざるを得ない程、貴方は狡」
【訂正】
薬売り「強かった」
てゐ「何噛んでんのよ」
勝者への賛辞が、どこか棘がある風に聞こえるのは気のせいか。
いまいち気乗りしない様子の妖兎に、薬売りはこれまた微妙な祝福を投げかけた。
まぁ、確かに実感はないだろうな……何せ、何もしていないのだ。
妖兎は妖兎なりに練ったであろう謀りの数々。これらがある種、「全部無駄になった」とも言えるのだから。
薬売り「まぁ、そう思っていれば……いいんじゃないですかね」
てゐ「ふん、あんたの下手な世辞なんてどうでもいいわよ」
てゐ「そんな事より、これ……よく見ると、中々かわいいじゃない」
薬売りの世辞こそ響かぬままであったが、それでも妖兎は、徐々に機嫌を取り戻しつつあった。
その所以はやはり、その手に掴んだ退魔の剣。
モノノ怪を斬ると言う唯一無比の価値とは別に、「個人的に好ましい形」が、いつの間にか妖兎の心をがっちりと掴んでいたのである。
てゐ「ふむふむなるほど……刀っつーより、脇差? に近いわね」
薬売り「まぁ、懐に収めれるくらいですからね」
てゐ「それに……軽い。これならあたしでも、十分取り廻せそう」
薬売り「特に貴方様は、背丈が小さいですからね……」
剣と呼ぶには少し短い寸尺は、薬売りの言う通り、妖兎の背丈にピッタリであった。
「よっほっは」と取り廻す姿も、妖兎の小ささが相重なり、存外様になっておる。
ふむ……確かに、ある意味薬売りより妖兎の方が、主に相応しいかもしれぬ。
それ程までに、退魔の剣と妖兎との「上っ面」の相性は、抜群であったのだ。
てゐ「なんか……なんか、テンションあがってきた!」
薬売り「それはそれは……ようござんした」
楽し気にじゃれる妖兎に、その様子を冷ややかな目で見守る薬売り。
妖兎の童に近い姿も手伝い、一見すると、まるで親子かのような実に微笑ましい光景にも見えよう。
【宴】
しかしながら――――所詮は幻。
そういう風に見えた所で、無論親子なわけはないし、どころか同じ種族ですらない。
如何に盛り上がった所で、たかだか偶然なる一期一会。
故に二人の関係は、どこまで行っても――――”赤の他人”に過ぎなかったのだ。
薬売り「あ・それ。あ・それ」
妖兎「ほぉぉぉぉ……とおッ!」
そんな事は、当人同士こそが一番よく存じ上げていた。
故にあえて、流れに身を任せた。
そう、不意に訪れたこの愉快な一時は――――これから始まる【本当の決戦】への、わずかな余暇にすぎなかったのだから。
409 = 403 :
メシくってくる
410 = 403 :
てゐ「決まった……」
薬売り「大変、様になっておられます」
てゐ「ねね、ところでさ――――この子ってさ! 頭ついてるけど、喋ったりできないの!?」
薬売り「ああ、やはりそこが気になりますか……」
夜も深まりし寅の刻。
深淵とも呼ぶべき暗黒の最中にて、何故か宴会さながらの盛り上がりを見せておる酔狂者が、この場に二人だけおった。
宴はまだまだ宴もたけなわと言わんばかりである。
しかしながら……楽しみも悲しみも、いつかは終わりを迎えると言う物。
それは、この闇夜ですら例外ではない。
夜の中で最も深き刻――――【寅】。
そう、この刻は最も深きと同時に、”最後の”刻でもあったのだ。
てゐ「もっちろん! だって、この子とおしゃべりできれば、暇な時間を楽しく過ごせるじゃない!」
薬売り「なるほど……そいつぁよかった」
酉の刻から始まる夜は、またの名を暮六つとも呼ぶ。
この「暮」とはすなわち夕暮れ。
日が沈み、空が闇に染まる。その始まりを意味する言葉である。
してこの日暮れの齎す不鮮明さは、いつしか人々に、とある言葉を吐かせる事となった。
「誰ぞ彼――――」これが所謂、【黄昏時】の由来である。
てゐ「ってことは~~~~?」
薬売り「ええ……喋りますよ。貴方の期待通り、ね」
しかしながらこの黄昏時……実は”二つある”のをご存じかな?
この由来に基づくならば、暁の刻もまた、黄昏時となるのである。
てゐ「マジ!? やったぁーーーー!」
同じ刻を表す言葉が二つある――――言い換えれば、「暮でもあり暁でもある」と言う事。
しかしながら、二つの刻が入り混じる事など、一度たりともあってはならない。
よって人々は、いつからかこの二つの黄昏を、”呼び名を変える”事で解決を図り申した。
薬売り「――――貴方が”理を解けば”、ね」
てゐ「…………」
「彼は誰」時――――またの名を【卯の刻】である。
411 = 403 :
薬売り「貴方がそうやって、退魔の剣を求め続けた理由……それこそが、貴方の理なんじゃないですか」
てゐ「……ちょっとなに言ってるのかわかんないわね」
薬売り「もう……いいじゃないですか。だって、そうでございやしょう?」
薬売り「周りがモノノ怪に振り回されるその裏で、貴方は虎視眈々と、あっしの剣を狙っていた……」
薬売り「故に周りに何が起ころうと、徹底して知らぬ存ぜぬを突き通した……と、言うより」
薬売り「――――”構っている暇がなかった”」
薬売りがそう告げた瞬間、あれほどはしゃいでいた妖兎の動きは、ものの見事にピタリと止んでしまった。
まぁ、気持ちはわかる。気に入りつつあった分、それだけ落胆も強かったのだろうて。
少し可哀想な気もするがな。
まぁ……妖兎が如何に可愛がろうと、剣は、あくまで剣にすぎぬと言う事よ。
薬売り「退魔の剣を抜くには条件がある……形・真・理の三つが揃わなければ剣は抜けぬ」
てゐ「それは知ってるって」
薬売り「ならばあえて、貴方にわかりやすいように言うならば……」
薬売り「――――”箱を開ける鍵”とでも、言いましょうか」
てゐ「……それも知ってる」
剣とはすなわち、人を斬る為の道具。
時の剣豪、高名な刀匠、歴史に名を刻んだ武将――――それらの愛用品として価値が付いたのは、あくまで後の話である。
後に如何なる値打ちが付こうとも、それは持ち主の関せぬ事。
彼らが剣を手にしていた当時は、剣は、紛れもなく人殺しの為だけにあったのだ。
薬売り「貴方は剣が欲しかったのではない……自らの手で斬りたかったのです」
薬売り「貴方には、そうせねばならない理由があった……他の者には任せられない”理”があった」
それは退魔の剣も例外ではない。
退魔の剣が存在する理由。それもまた、モノノ怪を斬る為”だけ”に存在するのだ。
よって退魔の剣は、嗜好品として愛でるには少々荷が重すぎた。
当然だ――――”モノノ怪はまだそこにいる”のだから。
薬売り「もうそろそろ、話して頂けませんかね……」
てゐ「…………」
薬売り「いいじゃないですか……どうせ、理を告げねば剣は抜けないのです」
薬売り「剣を抜かねばモノノ怪は斬れない……モノノ怪を斬らねば――――”攫われた者共は帰ってこない”」
よって妖兎の度重なる不振さは、とある仮説に基づけば、その片鱗を垣間見る事ができた。
その仮説とはすなわち――――”自らの手で決着をつける事”。
薬売り「仮にモノノ怪が……自分の内から溢れた情念であったとしても」
何故ならば、この妖兎こそが――――この地を守護する”番人”なのだから。
【兎兵法】
412 = 403 :
てゐ「なる・ほど……ハナっから、これが目的だったってわけ」
薬売り「滅相もない……兎にまんまと化かされてしまった人間の、最後の悪足掻きですよ」
ふむ……そうか……あぁ、なるほどのぅ。
いやにあっさり負けを認めたと思えば、その実はこういう事であったか。
薬売りが言う「最後の悪足掻き」とは――――すなわち、妖兎が持つ不安の一切を排除する事に合ったのだ。
てゐ「ふん、何とでも言えばいいさ……結局、あんたの目論見通り、”あたしはあんたの前で吐かざるを得なくなった”んだから」
ただでさえうさんくささ極まる薬売り。
加えて妖兎は、当初から誰よりも、この薬売りに不振を持っておった。
一個人の印象もさることながら、この地を守る番人としての嗅覚がそうさせたのだろう。
よって妖兎が口を閉じる原因が、他でもない自身のせいとあらば――――その他の一切を放棄するしか、術はなかったのだ。
てゐ「じゃああんた、立場的にはただの野次馬って事になっちゃうけど、その辺はおっけーなわけ?」
薬売り「構いませんよ。むしろここまで来たなら、最後まで見届けねば夢見が悪い」
てゐ「なにそれ……ただの好奇心じゃない」
薬売り「そうですね……”貴方と同じ”です」
退魔の剣を放棄した薬売りが理を知る事は、何ら一切の関係がないただの傍観となる。
普通なら「見世物ではないぞ」と追い立てたくなる所であるが、しかし妖兎は渋々許可を与えた。
それは先ほど妖兎が述べた師の受け売り、「確率の観測」とやらに起因する。
すなわち、二つの可能性の片割れ――――”もしもモノノ怪が自分なら”。
薬売り「言伝があれば……伺いますが」
てゐ「ないわよバカ……”うどんげじゃあるまいし”」
玉兎と違い、妖兎に後見人は必要なかった。
後を託すには余りある配下共が、頼まずともどうせ、妖兎の弁を一言一句漏らさず残してくれるのだ。
よって妖兎が薬売りを残す理由など、どこにもありはしない。
にも拘らず置いておく、その理由は――――
”かつて教わった師の言葉”が脳裏を掠めた。ただのそれだけに過ぎない。
てゐ「あんたはただ、見届けるだけでいい……事の一部始終を、その不気味な目つきで」
薬売り「そのように……」
【――――確率は観測される事で初めて一つに集約される】
その言葉だけが、薬売りがこの場に御座す事を許したのだ。
413 = 403 :
てゐ「ま……ぼちぼち潮時かぁ……」
薬売り「そうです……いつまでも、この状況を放置しておくわけにもいきますまい」
てゐ「いや、うん……まぁ、そういう意味じゃないんだけどね」
妖兎は全てを把握し、意を決したそぶりを見せた。
しかしその素振りの中に、やはりほんの少しだけ「躊躇い」があったのは否めない。
よって妖兎は、薬売りに一つ問いを投げかけた。
答えが欲しかったのではない。ただ少しだけ、背中を押してもらいたかっただけなのだ。
てゐ「図々しいかもだけど……もう一つだけ、教えて貰いたいわ」
薬売り「はい、なんでしょう」
てゐ「全てを言えば……本当に剣は抜けるの?」
薬売りはその問に二つ返事で答え、その結果、妖兎の戸惑いが少し薄れたように見えた。
妖兎からすれば一安心と言った所である……が、しかしそこは薬売りと言う男。
この男の持つ「意地の悪さ」を持ってすれば、この期に及んで無駄な不安を煽る事は、ごく自然な成り行きだったのだ。
薬売り「ま、未だかつておりませぬがね……”あっし以外に剣を抜いた人物など”」
てゐ「……」
せっかく収まった躊躇いが、また元の木阿弥に戻った。
「自称・確率計算が得意」な妖兎からすれば、その一言がまたも無数の確率を生む事は想像に難くない。
余計な事を……と叱責したいのは山々である。
が、しかしこの場で薬売りを責めるのは、まさに「お門違い」である。
何故ならば……薬売りはもう、関係ないのだ。
退魔の剣を持たぬ薬売りは、もはや一介の薬売りにすぎない。
そんな人物に励ましを貰おうなどと、「図々しいにも程がある」。
そう言ったのは、他でもない妖兎自身である。
414 = 403 :
てゐ「ふん……いいわよバカ。そんな事言ったって、剣はあんたに返さないんだから」
そして妖兎は――――再び黙した。
妖兎が黙すことで、薬売りは口を開く機会を失い、結果両者に言葉は無くなった。
夜更けに相応しき静寂が、ようやっと戻ってきた……とも言えなくもない。
しかしこの期に及んでまだ黙す妖兎の姿は、薬売りには、未だ躊躇っているとしか思えなかったのだ。
薬売り「…………ん?」
【刻】【刻】【刻】――――延々と続く言葉無き静寂。
にも関わらず、だ。
はてさてどういうわけか……妖兎の手にある退魔の剣が、何やらカタカタと震えだしたではないか。
てゐ「あたしってば……うどんげみたく、ベラベラと口が回る方じゃないからね」
てゐ「だから……”実際に見せた方が速い”と思うわけ」
妖兎が黙した理由。
その実は、戸惑っていたわけでも尻込みしたわけでもなかったのだ。
真相は、本当に些細な所作である。
単に――――「服を脱いでいたから」。
てゐ「これが…………あんたが知りたがってた”あたしの理”」
妖兎がそう零すや否や、次の瞬間――――ハラリ。
妖兎の召し物の上半分だけが、器用に体から折れ落ちた。
薬売り「な…………」
要は……「服を脱ごうとして着崩れた」。
ただのそれだけに過ぎなかった――――はずなのに。
【御目通り】
薬売り「こ…………れは…………」
しかしながらそれは……確かに、妖兎の言う通りであった。
露わになる肌。刻まれし真。滴る理――――
それらはやはり、あの薬売りですら、寸分違わず同意せざるを得ないほどに……
”言葉よりも見た方が速いシロモノ”であったのだ。
(あんまし…………ジロジロ見んなって…………)
415 = 403 :
薬売り「なんと…………」
てゐ「はいそこ、引かない引かない……ったく、そうなるからヤだったのよ」
てゐ「グロいのはわかるけどさ。見せろ見せろっつってしつこくせがんできたのは、あんたの方なんだからね」
妖兎本人が自覚するように……
その傷は思わず目を背けたくなる程の、実に生々しき”傷”であった。
そして妖兎は語る。
曰くこれは――――妖兎がかつて受けた【古傷】であると、妖兎はそう申したのだ。
薬売り「古…………傷…………?」
しかしその説明は腑に落ちなかった……
門外漢の身共ですらそう感ずるのだから、その道に詳しい薬売りには一目瞭然であろう。
そう、傷は――――古傷と呼ぶには、あまりに”新しすぎた”のだ。
てゐ「そう、古傷……これでも随分、マシになった方よ」
今にも血が滴りそうな、真新しくも深き傷。
にも拘らず妖兎は、あくまで「古傷」と主張し続け、しかもなおかつ「収まりつつある」と、そう言いのけたのである。
ならば、これを古傷と呼ぶならば……
元々の傷は……一体どれほどの……
うっぷ。すまぬ皆の衆。何やら身共、突然気分が……
416 = 403 :
てゐ「同情はいらない。その言葉はすでに聞き飽きたから――――」
てゐ「慰めもいらない。自分が惨めになるだけだから――――」
あいや、失礼した……全く、最後の最後でえらい物を見せられたわい。
こんないと大きなる傷を抱えて、よくぞまぁ今の今まで過ごせたものよ。
同情は聞き飽きたとは言うがな……
そりゃそんな傷を目の当たりにすれば嫌でも見入ってしまうし、むしろ心配せぬ者などどこにもおらぬであろうて。
【刻印】
しかし――――おかげで傷は、早くも一つの真を解いたな。
”何故に妖兎がこの地に辿り着いたか”。
まず間違いなく、この傷が所以であろう。
薬売り「永遠亭の最初の客人は…………貴方だった?」
てゐ「逆よ薬売り。永遠亭を薬屋に変えたのは、他でもないこのあたし」
てゐ「どうせ帰る気がないのなら、そのまま地上の民になればいい――――”地上の薬売りとして”つってさ」
やはりと言うか案の定と言うか、妖兎が語る理の片鱗は、いきなり亭の発祥を解いて見せた。
薬売りすら敬う、名高き【薬師】八意永琳。
その地位を与えしが、その実一羽の兎の「入れ知恵」だったとあらば……
同じ薬売りとして、一体奴は何を思うのか。
退魔の剣「~~~~~~~~!」
そんな、驚きを隠せない薬売りに同調するように、退魔の剣の震えも、人知れず激しく鳴っておった。
妖兎と薬売りの掛け合いの裏で……退魔の剣の側からも、しかと見えておったのだろう。
(――――かごめ かごめ かごの なかの とりは)
(――――いつ いつ でやる)
ひょっとしたら……剣も驚いておったのかもしれんな。
薬売りから見て背。剣から見て銅。
両側から見えるこの実に痛々しい傷が、妖兎の全身の余す所に点在しておったとあらば……
(いつ いつ でゃる……)
――――まるで瞼のように開く、この傷を。
417 = 403 :
本日は此処迄
418 :
これてゐがモノノ怪じゃなかったとしたら詰みなんじゃ
419 :
薬売り「見え透いた仮病をと思っておりましたが……まさか、本当に痛がってたとはね」
うむ……これほどの大怪我、見ている側も痛々しく感ずるほどだ。
ならば無論、当人が感じる”痛み”は計り知れないであろう。
さもあらば、次なる欲求が生まれるは至極道理。
「この傷を何とかして治したい」――――妖兎はそう、強く願っておったはずだ。
薬売り「だからあっしに頼んだ……永琳が精製し、どこぞに隠した、全ての病を治すと言う【万能薬】の在処」
薬売り「もう一人の兎に……”あらぬ誤解”を抱かせる事も、覚悟の上で」
そして、「全ての邪魔者がいなくなった所で、夜中にこっそり服用しよう」と企てた。
そこまでは良い。そこまでは合点がいくのだ。
しかしだとすれば、今度は別の疑問が沸く。
そもそもな話――――何故に今迄傷は放置されていた?
わざわざ万能薬になど頼らずとも、すぐそばに世界有数の医者がいたのに。
てゐ「薬なんかに頼らなくても、”お師匠様に頼めばすぐ治してもらえただろ”って、そう言いたいんでしょ」
薬売り「ええ、まぁ……」
てゐ「言われずとも……とっくの昔に診てもらったわよ」
薬売り「診た……だけですか?」
しかし傷は未だ残る事実。
よってその答えは、自然と「二つの可能性」が浮かび上がると言う物よ。
一つは、「永琳が治療を拒否した」可能性。
妖兎の普段の行いを顧みるに、度重なる悪戯に手を焼いた永琳が、「戒め」として治療を拒否した可能性十分に考えられる。
てゐ「シュレディンガーの猫……この傷は、それと同じなの」
薬売り「机上の空論に……現れる矛盾……」
だが、そうではなかったとしたら……残る可能性はただ一つ。
これは、実に考え辛いのだが……
しかし、仮に……「永琳ですら治せなかった」とすれば。
【不治】
420 = 419 :
てゐ「この傷はね――――お師匠様曰く、”傷であって傷でない”の」
てゐ「だから治せないんだって。だって、傷なんてどこにもないんだからって」
薬売り「同時に起こりうる矛盾……まさに、箱の中の猫」
して永琳は最終的に、実に頓珍漢な診断を下した。
自身でもおかしいとわかりつつも、そう言うしかなかったのだろう。
見るからに痛々しい無数の傷々。
しかしその傷は、永琳だけが持つと言う、月の医学を用いて診れば――――
はたまたどういうわけか、最終的に「無傷」と言う結果となってしまうのである。
てゐ「精々、簡単な薬草を貰うのが関の山だったわ。塗る奴と飲むタイプの奴」
てゐ「痛くなったら使えっつって。これって、本当の薬じゃないんでしょ?」
薬売り「ただの痛み止めですね……」
これは先ほどの「すれてんがーの猫」とやらに酷似する。
二つの事実が同時に内在する様。通常ならありえぬ、机上の空論の中だけに現れる矛盾。
なはずが、どういうわけか……この妖兎の身にだけ、現実として引き起こされておると言うこの事実。
薬売り「なるほど……だんだんと、見えて来ましたよ」
てゐ「見えてきた……だぁ……?」
薬売り「ええ……今の話からして……貴方に起こった事とは」
薬売り「貴方が罹りし――――病とは」
まさに妖の仕業と思しき、実に奇怪なる奇病。
しかしその理は、やはり流石と言うべきか……
双方を専門に扱う薬売りにだけ、推し量る事ができたのだ。
薬売り「――――【幻肢痛】ですか」
【幻】
421 = 419 :
てゐ「……」
薬売り「どうか、しましたか?」
てゐ「いや、なんつうか……」
てゐ「あんたって、ホントに薬売りだったんだなって言うか……」
薬売り「……?」
妖兎よ安心しろ。そこらへんは、今まで薬売りと出会った全ての者共が、すでに突っ込み済みよ。
あの神妙不可思議にして奇怪な見た目からは想像できぬ程に、この真理を鋭く診る眼力は、さすが薬売りを名乗るだけあると言うものよの。
現に、今この時においても、たったあれだけの説明で見事「真」を言い当てよった。
それは当の妖兎自身がよぉくわかっているであろう。
して、今回の薬売りが対面せしめた、この妖兎の身に罹りし真とは――――
人呼んで――――【幻肢痛】。
無くしたはずの四肢が、まるで、幻のように痛み出す病の総称であったのだ。
薬売り「最初から、そう名乗っておりましたが?」
てゐ「あー、うん。そうね、もういいわ」
そして薬売りは続ける。
幻肢痛は、所説はあれど未だ解明されぬ、一つの”現象”であると。
在るのに無い――――故に治せない。
いみじくもその語りは、かつて永琳が妖兎に下した診断と、すべからく一致していたのであった。
【因幡てゐ――――之・真】
422 = 419 :
てゐ「まぁ、そーゆーわけで……お師匠様ですら匙を投げた謎の奇病が、よりにもよって弟子のあたしに罹っちゃってるってわけ」
薬売り「できる事と言えば、精々痛みを和らげる程度……発病そのものまでは防げない?」
てゐ「そーそー。ま、おかげである意味医学に貢献してると言えるけど」
薬売り「被験者として……ですか?」
確かに、その病は、病と呼ぶにはあまりにも奇怪すぎた。
数ある奇病の中でも、その症だけは、如何なる病よりも”非現実的”であったのだ。
こうなれば、妖兎が例の「すれてんがー」に拘る理由が、なんとなく推し量れた気がするな……
自らの身に罹った「在るのに無い」病。
これをなんとか完治せんとする糸口を、妖兎は妖兎なりに探していたのだろうて。
薬売り「幻肢痛……なるほど……しかしそれが原因であるならば、こっちとしては、むしろ”好都合”だ」
てゐ「好都合……だと……?」
――――しかしながら、そんな「悲惨」の一言で表せられる病を前に。
薬売りはむしろ「よい機会」と言わんばかりに、意気揚々と、独自の診断を述べ始めたのであった。
薬売り「幻肢痛とは……元来、失った四肢に起こる物」
薬売り「失った四肢があたかもそこにあるかのように、痛みだけが幻と現れる奇病」
薬売り「しかし、貴方の場合は……それが”全身に蔓延っている"」
さすがの薬売りとて、空手のままに真理を解く事は叶わぬ。
しかしそれは、言い換えるならば――――”ほんの一欠片の手掛さえあれば”。
薬売りからすれば、やはりこの状況は「好都合」と言う他になかった。
【幻肢痛】。その片鱗を見るや否や、薬売りの脳裏の中に、瞬く間に「妖兎の真」を積み重ねる事ができたのだから。
薬売り「四肢は無事。しかし痛みだけが、全身に”幻”となりて現れる……その所以は」
薬売り「おそらく……貴方が失った部位とは……」
ま、なんと言うか……ようやっと、らしさを取り戻したな。
と言うかむしろ、そうこなくてはこちらが困ると言う物よ。
思い起こせば、薬売りとは、たかだか一期一会の縁であったが……
身共ですら明かせなかったモノノ怪を、見事暴いたあの眼力。
それがそんじょそこらの兎に敗れたとあったら、身共の沽券にすら係わってくるのだよ。
薬売り「――――【皮】だ」
てゐ「…………」
返事がなくともその解答は、十分真に触れておると分かった。
何故なら――――手放したはずの退魔の剣が、より一層震えを増したのだから。
423 = 419 :
薬売り「まぁ……こんな感じでしょうか」
てゐ「あ……? なにがよ」
薬売り「お節介ながら、少々実演させていただきました……”退魔の剣の抜き方”ですよ」
カタカタ・カチカチと明らかに増した剣の震えを、直接その手で掴んでいる妖兎が気づかぬはずもなかった。
そして、増した震えが示す事実は、ただの一つしかない。
薬売りは確かに――――”妖兎の真を得た”。
それは言われずとも、当の本人が、誰より深く存じていたはずだ。
薬売り「さて、あっしにできるのはここまでです……これ以上は、もう、何も見えませぬ」
てゐ「…………」
薬売り「”貴方が抜く”んですよ、退魔の剣を」
薬売り「貴方の中にある真を見せる事で――――嘘偽りなき理を、述べる事で」
424 = 419 :
てゐ「…………」
長かった……実に長かった。
長きに渡って隠し続けられた「妖兎の理」が、ようやっと、日の目を見る時が来たのだ。
【灯】
日の目――――そう、日の目だ。
妖兎はこれから、自らの理を述べる。
してその時刻は、なんとも間のイイ事に……ちょうど【寅三つ】を過ぎた頃であったのだ。
【彼誰】
てゐ「惨めで……哀れな半生だった」
てゐ「誰よりも愚かで……何よりも小さき生き物だった」
明けの刻まで、残り一刻。
もう一刻もすれば、この長く続いた闇夜は開け、暦と共に日が昇る。
そして日が昇れば、陰陽が如く空は白み始める――――まさに、卯の毛皮の如く。
まさにおあつらえ向きの舞台ではないか。
よって改めて言わせて貰おう――――「宴もたけなわ」
宴の締めには挨拶がつきものだ。
というわけで、この妖兎自身に是非、締めて貰おうではないか。
てゐ「だけど――――”幸せだった”」
最後まで残った妖兎の理――――一体、「彼は誰」なのか。
【因幡てゐ――――之・理】
425 = 419 :
眠い
明日やる
426 :
眠い
明日頑張ってください
427 = 419 :
てゐ「どこまで……遡ろうか……そうだ」
てゐ「そういや、まだ言ってなかったわよね……あたしの出身」
薬売り「月……ではないですよね」
てゐ「うん。あたしの育った所はね……遥か遠くにある、小さな小さな島だったの」
【島】
薬売り「ほぉ……列島の産まれでしたか」
てゐ「ううん、そんなんじゃない……あれは……言うなれば”孤島”」
てゐ「半日のあれば一周できるような、とても小さくて、とても孤独な島……」
薬売り「孤独な島……?」
【孤独】
てゐ「そんな場所だから……そこに住んでる連中もまた、やっぱり小さくって」
てゐ「あたしはその連中を――――”小さき民”って呼んでた」
薬売り「…………」
――――島の暮らしぶりは、何もかもが小さかった。
小さな人間。小さな獣。小さな小動物。小さな爬虫類。小さな鳥。小さな虫……
ただでさえ小さい連中しかいない島なのに、その頭数すらもやっぱり小さくって。
そんな島の生き物の過ごす日常も、案の定、とても小さい暮らしぶりだった。
【矮小】
てゐ「各々が最低限生活できるような、小さななわばりがあって……その中で互いに干渉する事もなく、こじんまりと過ごしてた」
でも――――そんな小さな島の中で、大きなる生き物が一羽いたの。
てゐ「その生き物は、獣でありながら、あらゆる種族と言葉を交わす事が出来た」
てゐ「その生き物は、小動物の癖に、身の丈以上ある捕食者と対等に渡り合えた」
てゐ「その生き物は、畜生の分際で……人間以上に、頭がよかった」
そんな飛びぬけた能力を持った生き物は、いつしか周りを”小さき民”と断ずるようになった。
小さき生き物。小さき文化。小さき島。小さき存在――――
口にこそ出さなかった。でもその内心は、知らず知らず態度に現れていたと思う。
てゐ「それが――――”あたし”」
てゐ「大きなる存在と”思い込んでいた”、何よりも小さい……小さな一羽の兎風情」
薬売り「…………」
【自尊】
428 = 419 :
そんな小さき島に、ある日、大きなる嵐が起こった。
つっても、今思えば大したことないただの時化(シケ)だったんだけど。
あの小さな島の連中にとっちゃあ……そんな時化も、大嵐と同じでね。
慌てふためいた「小さな民」は、こぞってあたしの所に集まって来たわ。
ほんと、何を思ったやら。
たった一羽の兎に過ぎないあたしに、揃いも揃って助けを懇願してきやがったの。
てゐ「まるで蟻んこみたいだと思った……群がり蠢く、どこまでも小さき民」
てゐ「でも、なんだかんだで助けてやった――――何故なら、あたしには本当になんとかできたから」
と言っても別に、嵐そのものを消すわけじゃないわ。
あたしができたのは――――あくまで「嵐を回避する方法」を提案する事。
てゐ「嵐がいつ上陸して、いつまで島にいて、どれだけの被害をもたらし、そして何時去るのか」
あたしにはそれが、”なんとなく”わかった。
理由はわかんない。けど、ただちょっと空を眺めるだけで、それらが一目でわかったの。
だったら後は簡単な話だった。
「いついつくらいに来て、いついつくらいに去るんだから、だったらその間高台にでも避難しとけばいいんじゃない?」
あたしが言ったのは、ただ、それだけだった……のに。
てゐ「今思うと、あの島の連中は、やっぱりどこかおかしかったと思う」
てゐ「だってそうじゃない。船乗りでもなんでもない、ただの兎の勘を鵜呑みにしてさ……本当に、一言一句その通りに行動したんだから」
薬売り「信頼されていた……んじゃないですか」
ま、向こうがどう思ってたかは知んないけど……正直、笑っちゃったわ。
連中の集会に聞き耳を立てて見れば、「何時に集まって、何時に出発して、安全地帯までたどり着くのは何時だから……」とかって、全部あたしの当てずっぽを元にしてんの。
――――でも、結果的にそれは大正解だった。
あたしが勘と当てずっぽうで言っただけの提案は、自分でもびっくりするくらい、ものの見事に的中していたのよね。
429 :
薬売り「例の……得意な確率計算とやらですか?」
てゐ「それを自覚するのはまた後の話……あの時は、計算って概念を知らなかった」
てゐ「それに、知ってた所でどうせ伝わんないしね」
薬売り「それも……そうですね」
内心驚いてるあたしを尻目に、小さな民共は、それはもう大はしゃぎだったわ。
連中ったら、勝手に「生きて帰れぬやもしれぬ」とか思っちゃってたらしくてね。
よくあるただの時化なのにね……本当に、肝っ玉まで小さな奴らよ。
薬売り「島の人間にとっては、それほど大事(おおごと)だったのでしょう」
てゐ「無理に擁護しなくていいって。そもそも、あいつらときたらさ……」
あいつらったら、本当にバカでね。
死ぬかもしれないと思ってたのに、蓋を開ければ「無事生きたまま乗り切った」。
その事実になんかテンション上がっちゃったらしくて、あろうことか、その場で宴会をおっぱじめやがったのよ。
てゐ「避難中の食料とか、備蓄品とか、一時的に同じ場所に集めてたんだけど……ノリと勢いで、全部その場で使い始めやがってさぁ」
薬売り「それはそれは……まぁ……」
もちろんあたしもその宴会に参加した……って言うか、強制的に引きずり込まれた。
命の恩人だっつって持て囃してきて、それ自体は悪い気はしなかったけど。
だけどほら、みんな酒入ってるから、こう……色々と痛いし荒いしで、もう散々だった。
(――――だぁ~もう! お前ら、うざったいのよさ!)
ほんと……あんな経験は二度と味わえないと思うわ。
人も・獣も・鳥も・虫も・爬虫類も――――生物の垣根を超えた、乱痴気騒ぎはね。
430 = 429 :
薬売り「でも……楽しんでいたんでしょう?」
てゐ「……まぁね」
酔って、歌って、踊って、飲んで――――。
あたしもその場の勢いに任せて、口汚い暴言を随分吐いたわ。
小さな民だっつって内心見下した事を、酒に任せてぶちまけてやったりもした。
それでも宴は終わらなかった……どころかさらに盛り上がって行ったわ。
あたしの本音を皮切りに、みんなもみんな、普段思っていた事を言い合い始めたの。
てゐ「酔いに任せた本音と本音のぶつかり合い。ほんと喧嘩になるんじゃないかって、ヒヤヒヤしたもんよ」
それくらい盛り上がってた。それくらみんな、我を忘れてた。
ほんとこいつらいつ帰るんだってくらい、みんなで囲み合って、みんなで酔いしれていた……
まるで――――”夢の中にいるかのように”。
てゐ「バカ丸出しで、普段はデカイ口聞く癖に、ちょっと何かあれば途端にビビリまくる、死んでも治らなさそうなレベルのアホ共……」
てゐ「でも――――そんな連中が、”あたしは大好きだった”」
薬売り「…………」
そしてふと気づけば、時化の名残はすっかり消えていたわ。
ま、長い事どんちゃんやってたからね……いつの間にか空は、曇りのない晴天に変わっていたの。
で、空模様の変化に気づいたあたしは――――まぁ、お開きの合図だと思ったのよ。
これほど明るいなら、ちょっと酔っぱらってても、まぁみんななんとか帰れるだろうって思ったわけ。
てゐ「今思うと……”あの時振り返らなければよかった”」
薬売り「…………?」
一人、一匹、一頭、一群――――
島の生き物は段々と姿を消していき、そして最後には、その場に誰もいなくなった。
そうして、一晩限りの夢は終わった……
小さな民は、まるで夢から覚めるように、またあの小さな日常へと帰っていった。
(――――あれ……誰もいない)
てゐ「ずっとあの、乱痴気騒ぎの中で……小さな連中と……小さな夢を囲っていればよかった」
でも、その中で――――夢の中から帰れなくなった民が、一羽だけいたの。
【隔絶】
431 = 429 :
てゐ「夢の終わり。宴の終焉。記憶が途切れる瞬間……その最後の景色だけは、今でもはっきり覚えてる」
曇りが消えた空は――――透き通るほど澄んだ青だった
それに、雨上がりの後だったからね。
青空には、思わず見惚れる程の、それはそれは綺麗な【虹】がかかっていたの。
てゐ「その景色が――――あたしだけを、”夢の中に縛り付けた”」
本当に、切り取って額縁に飾りたいくらいの風景だった。
宴なんてそっちのけで、ただひたすら、じーっと景色だけを見ていた……
一人、また一人と帰っていく民を尻目にさ。
誰もいなくなるまで、気づかないくらいに。
てゐ「その時になってやっと、我に返ったの」
てゐ「ハッと振り向けば、とっくにみんな帰った後だった……気づいた頃には、そこにはもう、散乱した宴の痕しかなかった」
そして、気づいてしまったの……
日常と言う名の現実に、自分だけが背を向けていた事に。
てゐ「気づいてしまったの――――青空に架かる虹の橋が、”あたしの知らない世界”と繋がっていた事に」
432 = 429 :
薬売り「虹が、貴方を縛り付けた……?」
てゐ「そう、ね……あの虹がなければ、あたしが外に気づく事はなかった……とも言える」
【虹の檻】
その日から、あたしはその高台に通うのが日課になった。
目的はもちろん、あの時みた景色をまた眺める為。
毎日毎日ずっと……飽きもせず、一日中ずっ~と、同じ景色だけを見てたわ。
てゐ「起きてる間は、ほとんどそこにいたんじゃないかしら」
てゐ「ほんと、我ながらよく飽きないなってくらい。毎日昇って、四六時中そこにいたっけ」
でも、何度通ってもあたしは満たされなかった。
風景はほぼほぼ同じ。でもそこには、あるべきはずの物がなかった。
なかったのよ――――あの時確かに見たはずの、外へと続く虹の橋が。
てゐ「あたしは躍起になった。あの時と同じ風景を見る為に、何度も何度もあの時と同じ場所に通った」
薬売り「それでも現れなかった……そこまで貴方を魅了せしめた、七色の橋が」
てゐ「で、そんなあたしの行動は……”周りが不審がる”に十分だった」
そんなあたしを見かねた誰かが、変な噂話を流したらしくってね。
おかげであらぬ誤解を一杯受けた……
よく言われたのよ。ほら、「どこか怪我をしたのか」とか「何か悩みがあるのか」とか。
こういう時って、説明が大変よね。
「ただ景色を見てただけ」なんて事言おうもんなら、変に勘繰られて、逆にもっと心配されちゃうんだから。
【気掛】
433 = 429 :
てゐ「だからもう、面倒だったから、思ってる事を正直に答える事にしたの」
てゐ「それが……いけなかったのかもしれない」
薬売り「……?」
(実は……あの虹の橋を渡ってみたいと思ってるのよさ)
てゐ「思いを吐露した、次の日から……今度は、誰も話しかけてこなくなった」
薬売り「……えっ」
(――――ケッ。何さ、この恩知らず共が)
薬売り「何故……」
てゐ「明確にハブられたわけじゃなかったけど……連中の態度が、明らかに余所余所しくなってたのはすぐ察せたわ」
(――――あーそうですか、わかりましたよ)
(――――そんな態度でくるんなら……こっちだって、考えがあるんだから)
てゐ「海の向こうへの欲求が、日に日に強まっていった……同時に、島への情が沸々と薄れていった」
(――――ずっと小さなままでいればいいのよさ……こんなちっこい、塵みたいな島で)
そしてあたしは、ある日から――――景色を眺めるのをやめた。
【発起】
434 = 429 :
メシくってくる
435 = 429 :
薬売り「……いやに唐突ですな」
てゐ「そうね……うどんげなら、その辺もうちょっと上手く語れるんでしょうけど」
てゐ「けどダメね。あたしが言うとどうも、言葉に詰まる……実は結構、悩んだりしたんだけどさ」
薬売り「いえ、そうではなく……」
薬売り「”小さき民”ですよ。あれほど貴方を慕っていたのに」
てゐ「ああ……そっち」
連中が何を思ってそういう行動に出たのか――――”その時は”わからなかった。
でも、それが島を出る「キッカケの一つ」になったのは確かだった。
正直、頭に来てた……あんなに頼ってきた癖に。あんなに輪に入れたがった癖に。
てゐ「頭に血が上ってた……何かに八つ当たりしてやりたい気分だった」
てゐ「ちょうどその時だった……”一匹の和邇”が、あたしの前を通り過ぎた」
薬売り「和邇……?」
そん時の和邇は、なんか知んないけどやたら上機嫌だったのを覚えているわ。
よくわかんないけど、とりあえず何か”良い事”があったらしい。
妬みってこういう事を言うのね。
人がちょっと凹んでる時に、こう、嬉しそうに泳ぎ回る和邇を見てたら……なんか無性に、イラっときて。
てゐ「煽ってやろうと思って、和邇に声をかけた――――おい! そこのアホ丸出しのウロコヤロー!」
「てめー何人のなわばりで悠長に泳いでんだコノヤロー!」
我ながら意味不明な因縁だけど、ま、イライラしてたからね。
そう言って喧嘩腰に話かけたら、案の定和邇は、すぐにこっちを振り向いたわ。
(――――ヤバ~……やってしまったのよさ……)
その時……あたしは我が目を疑った。
だって、あたしの声に反応した和邇は、一匹だけじゃなかったもの。
てゐ「和邇は一匹だけじゃなかった。一匹に見えたのは、和邇の群れの中で、”たまたまあたしが見える範囲にいた”一匹に過ぎなかった」
完全にやらかしたと思ったわ。
機嫌がよかったのは、なんてことない。和邇も宴の真っ最中だったのよ。
つっても和邇の宴って、ちょっと想像つかないけど……
まぁ要は、仲間同士集まって海の中でどんちゃんやってたらしいわ。
てゐ「まるで――――いつかのあたしみたいに」
【和邇の宴】
436 = 429 :
和邇は案の定、みるみる内に集まって来た。
「おい兄弟、一体どうしたよ?」
「いやさ、なんかこの兎がいきなり……」
そう言いながら海から顏を出す和邇の数と来たら、もう御一行様なんてもんじゃなくてさ。
例えるならこう、海の中に「和邇の村」があって、その村の住人が、全員一つの場所に出てきたって感じ?
てゐ「あたしは……知らなかったのよ。海の中にも、こんなに生き物がいただなんて」
後はまぁ、想像つくよね。
集まって来た和邇が、事情を知るや否や、思いっきりあたしを睨んできてんの。
それもなんか、無駄に数が多いもんだから、なんか段々とねじ曲がって伝わって……
てゐ「最終的にあたし、何故か”和邇の一族を皆殺しに来た殺戮兎”って事になってたわ」
てゐ「意味わかんなすぎて苦笑いも出なかったけど、そこはこう、和邇だけに尾ひれがついたって事にしといた」
明らかに誤解されてるけど、もう弁明すんのもめんどいとおもってさ。
だって、どーせ連中は所詮和邇。
どんなけ怒らせても、こっちが島の奥まで逃げりゃあ追ってこれないし。
それに三日もすりゃすぐ忘れるだろって……そう思ってた。
薬売り「逃げなかったのですか…………?」
てゐ「逃げなかった……と言うより、”逃げれなかった”」
(――――その井出達、よもや、かの地にて大蛇を下せし神人の如し)
てゐ「誤解した和邇が例えたあたしは……”向こうの世界”の英雄だった」
(――――八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を)
てゐ「逃げるわけにはいかなくなった……だってあたしは、まさにその”八雲の地”に行こうとしてたんだから」
薬売り(八雲……?)
【八雲】
437 = 429 :
(――――ちょ、ちょっと! その話、詳しく聞かせてほしいのよさ!)
てゐ「向こうの世界には――――常日頃から、事欠かない話題が飽きる程に溢れてる」
てゐ「それは島にはない現象……たかが時化如きに大騒ぎするような島には、決して訪れる事はない”稀”」
よく考えたら、当然の事だった。
だって和邇は、島と世界とを隔てる”海”に住んでるんだもの。
島には噂すら届かない向こうの世界の出来事が、海の中までは十分届く。
その証拠に、和邇は案の定、たくさんの事を知ってたわ……”あたしの知らない事”を、たくさんね。
てゐ「そんな和邇の群れに出会ったのは、もはや運命としか思えなかった」
和邇の宴がやたら盛り上がってたのもそのせい。
だって、和邇が海の中にいる限り、話のネタに尽きることはないもの。
だから……”この機会を逃せば永遠に向こうに辿り着けない”。そんな気がしたのよ。
だってあたし兎だし……兎は海を、泳げないし。
てゐ「でも半端に怒らせた分、すんなり頼まれてくれるとも思えなかった」
てゐ「そこであたしは考えた――――”取引をしよう”」
てゐ「この和邇共を何とか言いくるめて、必ず向こうの世界へ渡ってやる……あの時は、その事しか頭になかった」
薬売り(…………ん?)
【?】
438 = 429 :
てゐ「あたしは和邇に聞いた。あんたらやたら大所帯だけど、全部で何匹いるかわかってんの? って」
てゐ「和邇はすぐに返事を返した。俺たちゃ全員家族も同然。そんな事、気にもしたことがない。って」
てゐ「だからあたしは言ってやった。だったらあんたら、一人くらいいなくなっても、気にも留めないのねって」
和邇は言い返した。
「そんなわけがあるか」「家族がいなくなるのは辛いじゃないか」。
あたしはさらに煽った。
「だってあんたら、何匹いるかもわかんないなら、誰かがいなくなってもわかんないじゃない」。
和邇はなおさら強く反論してきた。
「俺たちは常に一緒だ。だから誰かがいなくなるなどありえない」。
だからあたしは、ビシっと論破してやった。
「じゃあ、たった今あたしに絡まれてたのは、どこのどちらさんだったかしら?」。
てゐ「群れから離れて泳いでたからこそ、あんたに声をかけたんだけど? って」
そう言った瞬間、海の中からヒソヒソ話が聞こえてきた。
「言われてみれば」
「なんで離れた?」
「いやなんとなく、気分で……」
そしてあたしはトドメに一言言ってやった……
「もしあたしが本当に殺戮兎なら、今この瞬間、少なくとも一匹は殺せてたわね」ってさ。
てゐ「案の定、連中は食いついて来たわ――――じゃあ、俺達は一体どうすればいい?」
「大事な家族が気づかぬ間にいなくならないようにするには、一体どうすればいい?」
こうなりゃ後はこっちのもんよ――――「大丈夫、あたしが数えてあげるから」。
言い様に扱われてるとも知らずに喜んでる姿は、内心、そりゃもう滑稽ったらなかったっけ。
薬売り(いや……待て……)
【疑問】
てゐ「あたしは指示した……とりあえずお前ら、全員一列に並べって」
てゐ「そしてあたしは続けた。これからアンタらの上を跳んで、一匹一匹数えていくからって」
薬売り(それは…………)
てゐ「いーち、にー、さーん。頭を踏んずけられてるのに文句ひとつ言わない和邇は、あの時何を考えてたんでしょうね」
――――話中の所失礼する。
黙って聞いているつもりだったが、しかしその話、どうにも突っ込まざるを得ないのだ。
というのも、なんと言うか、その……
”どこかで聞いた事がある話”な気がするのは、気のせいだろうか。
【既視感】
439 = 429 :
てゐ「百八……百九……大分数えたつもりだったのに、まだまだ先は長かった」
てゐ「さすがにキツかったわ……それにぶっちゃけ、少し飽きてきてた」
てゐ「だからあたしは、息抜きがてら――――ふと後ろを振り向いたの」
……いや、やはり気のせいではない。
今宵初めて聞かされるはずの、妖兎の身の上話。
な、はずなのに――――何故身共は、この”続きを知っている”?
てゐ「振り向いた先には……本当の意味で、小さくなった島があった」
てゐ「自分の育った場所が……風船みたいに萎んでしまっていた」
薬売り(その話は…………)
薬売りも勘付きよったか……。
そうだ。この話を知っているのは何も身共に限らぬ。
この後妖兎が如何様な行動を取り、如何様な目に合い、そして最後に誰と出会うのか――――
それは、我ら二人だけが存ずる話ではないのだ。
てゐ「――――あの時の和邇には、本当に悪い事をした」
てゐ「騙すつもりなんてなかった……ちゃんと最後まで数えてやるつもりだった」
てゐ「なのに……彼方へ縮んでいくあの島を見てたら……”どこまで数えたか忘れてしまったの”」
薬売り(まさか……こいつ……)
身共の予想通りだ……やはり妖兎は、”和邇を数えなかった”。
だとすれば、もう決定的だな。
あの退魔の剣すらも、妖兎が偽りを申しておらぬ事を、震えで持って証明しておるわ。
てゐ「ほんとうに……また同じ事を……”あの時振り返らなければよかったのに”」
知らぬ者を探す方が難しい程、広く知られた御伽の話。
それがどういうわけか、妖兎の語る過去とすべからく一致しておる。
これらを顧みれば、妖兎の真の是非など――――たった一つの「解」しか残されておらなんだ。
てゐ「おかげ様で……しっかりと”戒め”られちゃった……」
薬売り(因幡の白兎――――!)
440 = 429 :
てゐ「今更……ごめん忘れちゃったなんて、言えなかった」
てゐ「かと言って……最初からやり直しなんてできなかった」
てゐ「何故なら、向こう側はもう目前――――あたしが目指した世界は、すぐ目の前にまで迫っていた」
その後妖兎を襲った悲劇は、もはや言われずとも想像に難くない。
苦し紛れに強がり、嘲り、うそぶき、そして和邇の報復を受けた。
全てがかの話と繋がっておる……もはや確かめる術もない、「太古の史実」である。
薬売り「ではその傷は……その時の……」
てゐ「キッカケは……ほんの些細な自己保身だった」
てゐ「しでかした失態を何とかごまかそうと思って……”わざとそうした事にした”」
(――――や~いや~い、アホが雁首揃えて騙されやがった!)
てゐ「心の中で謝りつつも……陸地にさえつけば、”後はこっちのもん”だとも思ってた」
(――――う…………あああああああああ!!)
441 = 429 :
(――――痛い……痛いよぉ……)
てゐ「あたしは知らなかった……和邇の牙が、あんなに鋭い物だなんて」
てゐ「あたしは知らなかった……海にいる和邇が、あんなに速いだなんて……」
(――――おい……そこの人間! ちょっとこい!)
てゐ「あたしは知らなかった……目上に対する口の利き方を」
(――――お前だよお前……みりゃわかんだろ! とっとと助けやがれ! このバカ!)
てゐ「あたしは知らなかった……傷口を塩を塗れば、傷は余計に悪化する事を」
(――――あ”あ”あ”あ”あ”痛い”い”い”い”い”体中が痛い”い”い”い”い!!)
てゐ「あたしは知らなかった……あれも、これも、全部――――”何も知らなかった”」
(――――痛い……痛いよぉ……)
(――――なんで……こんな目に……なんで……あたしだけが……)
てゐ「何も、何も知らなかった……体を走る痛みも、なんでこんな目に合ってるのかも、今どこにいるのかも」
てゐ「どころか……”自分の身の程”でさえも」
(――――こんなに痛いのに……こんなに辛いのにさん)
(――――あたしはどうして…………”まだ生きている”の?)
【転機】
442 = 429 :
(――――ただの……兎ですぅ……)
(――――あたしは卑しくて惨めな…………どこにでもいる…………ただの兎風情なんですぅ…………)
てゐ「そんな自分が…………たまらなく憎かった」
(――――兎の分際で……身の程を弁えなかったから……こんな目に合っているんですぅ……)
てゐ「愚かな自分を…………許す事が出来なかった」
(――――ありがとうございます。優しい旅の御方)
(――――この御恩、決して忘れません…………あなたに旅路の果てに、どうか幸運が訪れますように)
てゐ「だからあたしは――――旅に出た」
てゐ「無知で愚かな自分を捨て去る為に……”賢き者として生まれ変わる為に”」
(――――結婚なさるなら、心優しくて聡明な方が相応しいと思います……いつか出会った、あの方のように)
てゐ「今度は……振り向かなかった」
【旅立ち】
443 = 429 :
本日は此処迄
444 :
イラストが綺麗だなぁ
因幡の兎はね…色々やらかしちゃったよね
445 :
引っ張るねえ
446 :
薬売り「…………」
てゐ「なによ、なにをボケっと呆けてんのよ」
薬売り「いえいえ、とんでもない……ただ」
薬売り「貴方様の語る過去が……”あっしが知っている話”と、よく似ておりましたので」
薬売りが緩んだ表情になるその気持ち、身共もよく推し量れようぞ。
遠く出雲の地に御座す、かの高名な社。
そこに奉られる一羽の御神体が……よもや目の前におるなどと、一体誰が予想できたであろうか。
てゐ「あ……もしかして、眠くなっちゃった?」
薬売り「めっそうもない……逆ですよ」
薬売り「むしろ眠気など、とおの彼方に吹き飛びました……貴方様の話を、より深く聞きたいが為に」
全く……薬売りとここまで意見が合う日が来るとはな。
かく言う身共も今、腰が抜けそうな程仰天しておるわけだが……
と言うのもだな。まっこと、恐ろしいまでの偶然なのだが、実は……
この妖兎は、身共にとっても縁深き兎でな。
てゐ「なによ……急に乗り気になっちゃって」
かつて若かりし頃、修験の修行に明け暮れておった頃の話だ。
今となってはお恥ずかしい話なのだが……修行のあまりの厳しさに耐え兼ね、幾度か脱走を試みた事があってな。
皆が寝静まる夜分深くに、こっそり山を抜け出してな……
我ながら、よくぞあの真っ暗闇の山の中を、一人で降りようとしたものよ。
てゐ「人の失敗談が、そんなに楽しい?」
夜の山が如何に危険であるかなど、今時童ですら知っている。
しかしながら、当時の身共には、僅かながら一つの「勝算」があったのだ。
と言うのもだな。修行場である霊山の頂からは――――視界一面に広がる”海”が見えたのだ。
そして当時の身共は思った。
あの一面の大海原から漂う、潮の香を辿れば、「迷うことなく山を下りれるのではないか」と。
てゐ「言われなくとも言ってやるわよ……そうしないと、この剣は抜けないんでしょ」
しかし所詮は若造の浅知恵。
そんなものが早々上手くいくはずもなく、結局は失敗に終わったのは、今や笑い話である。
だがもしも、仮に、あの時の逃走が成功していたならば……
身共は辿り着いていたはずなのだ。
てゐ「それにもうじき……”夜が明ける”」
薬売り「それも……そうですな」
脱走の標と定めていた、霊山の目と鼻の先――――兎神の社である。
447 = 446 :
てゐ「夜明け……そう、あたしの旅は、まさに夜明けだった」
てゐ「後に日出国と呼ばれるようになる世界を……あたしは、縦横無尽に駆け巡った」
――――外の世界は、本当に知らないことだらけだった。
毒キノコを食べて腹を壊したり、底なし沼にハマって溺れかけたり、家畜と間違えられて食われそうになったり……
その他色々、何度も何度も、数えきれないくらいのヘマをやらかした。
そしてその度に学んでいった……
空っぽだったあたしの頭に、着実に「知」が積み上げられていった。
てゐ「高みへ昇っている気がした……まるで、日の出のように」
そんな日々を繰り返していたせいか……
いつの間にやら、人間の間でちょっとした有名人になっててね。
人間は、会うたびに必ず一つ尋ねて来た。
「兎や兎、何故にそこまで苦難を駆ける?」
その問に対する返答は、いつも決まっていた。
「不幸とはすなわち代償。遥かなる高みへ昇る為の、言わば等価のような物に過ぎぬのです」。
人間は、えらく関心してたわ。
あたしの言葉によっぽど感銘を受けたのか、こっちが引くくらいあたしを讃えてきた。
でもそれって、ちょっとおかしくない?
要は「目標を達成するには多少の困難は付き物でしょ」って言いたかったんだけど、そんなの当たり前じゃん。
兎より遥かに賢いはずの人間が、そんな事すら知らないとは、到底思えなかった。
てゐ「今思うと……”やっぱり人間の方が正しかった”」
不自然に讃えてくる人間を尻目に、あたしは旅を続けた。
道中の出来事は相も変わらず。行く先々でなんか起こって、その度に命からがら助かった。
そうやって繰り返した――――何年、何十年、何百年と。
ずっとずっと、同じ事を繰り返した。
同じ事を繰り返して、その中で学んで……
気づいたら、そんじょそこらの人間顔負けの、物知り兎になってたわけ。
てゐ「気づかぬうちに、地面が見えないくらいの高みに辿り着いてた……努力の成果がやっとこさ現れたんだって、そう思った」
先が見えた気がした……
いつか目指したあの高みが、ようやっと手の届く範囲まで来たんだって、そう信じてた。
てゐ「それでも、新たな災厄は――――あたしが昇る以上の速さで、次から次へと振って来た」
448 = 446 :
いつからだろう。長く続いた旅の途中で、心境の変化があった。
なんていうかな……「今度は何が起こるんだろう」「今度は一体どんな目に合ってしまうんだろう」ってな具合でさ。
段々と、旅そのものに臆病になってる自分がいたわけ。
てゐ「まぁでも、何百年もピンチになり続けたら当然よね」
てゐ「でもそれも、経験から来る危機管理能力って奴? 旅で学んだ「知」の一つだと、思ってた」
でも……違った。
あたしが新たに覚えた警戒心は――――ただ元からある、臆病な兎の性に過ぎなかった。
てゐ「違ったのよ……何もかも。あたしが見た事、聞いた事、学んだ事……全部」
何百年も続いた旅路の果てに、出来上がったのは――――”何も変わらない”小さなままの兎だった。
その事を教えてくれたのは……やっぱり人間だった。
そう、人間なのよ。
何万人もの人間に出会って、喋って、もはや対等とすら思っていた人間……。
その人間の事すらも、あたしは知らなかった。
(――――Oh! It's a cute Rabbit!)
(――――は……? なんて?)
あたしは、またしても知らなかった……今こうして当然のように話してる言葉。
このあって当然の言葉すらも、数えきれないくらい、たくさんの種類がある事を。
【種】
449 = 446 :
(――――What's!? Rabbit speaking!?)
(――――え? え? ちょ、何!? あんた一体何を言ってるの!?)
てゐ「その時出会った人間は、今迄出会った人間とは、何もかもが違った」
てゐ「黄金色に輝く髪。砂浜以上に白い肌。熊みたいにごつい体。そして…………”言葉”」
(――――So crazy……Japanese rabbits are like human beings……)
(――――わかんない……あんたの言ってる事…………全然わかんないよ!)
てゐ「あたしは……知らなかった」
てゐ「人間にもいろんな種類があって、その種類ごとに様々な違いがあって……さらにはその違いには、「知」そのものも含まれていた事に」
そう、同じだったのよ。
あたしが長年の旅路の果てに得た「知」は、あのちっぽけな島の中とまるで同じ。
小さな生き物が集うあの小さな枠の中で、周りと比べればほんのちょっと大きかっただけの、”あの時の兎のまま”でしかなかった。
てゐ「あたしは知らなかった……国とは、そんな同種の人間が寄り添い集まってできた、言わば「小さななわばり」みたいなもんなんだって」
だから、あたしは知らなかった。
あたしが世界と思っていた場所ですら――――”小さな島に過ぎなかった”事を。
てゐ「長年かけて気づいたのは……何も変わっていない自分」
てゐ「ただ無意味に、年月を重ねただけの……一羽の賢しい兎風情」
そしてあたしは知ってしまった。
あたしが高みに近づいてたんじゃない。
空があまりに広すぎて。
出る日があまりに大きすぎて――――
勝手に、近づいてる風に見えただけだって事を。
450 :
東方世界で英語が出て来るとなんか新鮮
まあ外人キャラはたくさんいるけど
みんなの評価 :
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