のくす牧場
コンテンツ
牧場内検索
カウンタ
総計:127,062,785人
昨日:no data人
今日:
最近の注目
人気の最安値情報

    元スレ永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

    SS+覧 / PC版 /
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 :
    タグ : 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
    ←前へ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 次へ→ / 要望・削除依頼は掲示板へ / 管理情報はtwitter

    501 = 496 :

    本日は此処迄

    502 :

    大国様か?

    503 :

    面白い

    504 :



    (参拝客? 悪いけどうち、営業は夕方までって決まってんのよね)

    (はは、違いますよ――――”貴方と同業の者”です)

    (はぁ……? 同業だぁ……?)



    「この場合の同業者って、一つしかないよね」



    (覚えておりませんか? かつて貴方が縁を取り持った、一人の弱き人間……)

    (…………へ?)



    【恩人】



    (――――の、息子ですよ)

    (……あぁぁぁああ~~~~ッ!)



    「ある日突然現れたこの男は――――かつてこの日出国を興した一族の、子孫だった」






    505 = 504 :



    てゐ「はいはいはい……似てる! 言われてみれば似てるわ!」

    てゐ「目元とかマジそっくり……へぇ~知らなかった! あの人の子供、こんな大きくなってたんだ!」

    「その説は、父上が大層世話になりまして……」

    てゐ「いやいやいや、なーに言ってんのさ!」

    てゐ「助けられたのは寧ろこっち! いやーあんときゃほんと助かったわ!」

    「はは、恐縮です……」


    てゐ「で、オヤジさん元気?」

    「ええ、元気ですよ……むしろ、元気過ぎて少しくらい休んでいただきたいくらいなんですがね」

    てゐ「なんでよ。元気してんならいいじゃない」

    「いやいや、元気すぎるのも困りものですよ……想像できますか? 自分の知らない兄妹が増える苦労を」


    てゐ「あー……確かにあの姫様、美人だったしねぇ」

    「私実は今、とある理由で、その兄妹連中の所在を巡っているのですが……」

    「しかし幾分にも、こう……数が多くてですね」

    てゐ「人間でもたまにそんな奴いるわねぇ……無駄にお盛んな奴」

    てゐ「で、あのオヤジさん結局何人子宝こさえたのさ。10? 20?」

    「そうですね、私が知る限りで……」


    「…………181名程でしょうか」


    てゐ「――――181ィッ!?」


    「しかも全員、腹違いです」

    てゐ「あ、あのオヤジ……絶倫すぎんでしょ……」

    「いやはや、参りましたよ……この間も、諏訪の国にいると言う妹に会って来たのですが」

    「会うや否や”誰だ貴様は”と追い立てられてしまいました。むしろそれは、こちらが言いたい台詞なんですがね」

    てゐ「こ、今年一番の衝撃ニュースだわ……」


    506 = 504 :



    てゐ「で……なんでまた、そんな多すぎる兄妹の居所を巡ってるのさ」

    「かつて……父上は国造りの祖として励み、そして大地を開拓していったのは周知と思います」


     長い時をかけ、国の礎を作り、そしてその全てを後継ぎに託した後、自身は隠居の身となりました。
     所謂「国譲り」って奴ですね。
     そんな苦労の甲斐あって……巨大な島に過ぎなかったこの大地は、名実ともに一つの国となりました。
     今我々がいる、この地も含めてね。


    「一見すると万事無問題のように思えますがね……ところが近年になって、とある問題が浮上しまして」

    てゐ「あによ。なにがあったってーのよ」

    「”我々”ですよ――――貴方のおっしゃる通り、多すぎる兄妹が”再び国を分かち始めた”」


     父上は何も、考えなしに子をこさえたわけではありません。
     国を興すにはあまりに広すぎる大地が、必然的に子孫の繁栄を促したのです。
     そうして各地に点在していった、のべ181名の子ら……。
     彼らは父上の思惑通り、各地の長として、その地を興していきました。


    「しかし181名もいれば、当然中には異を唱える者もいます」


     彼らは各地の守り神を自称し、次第に治める地の利権を主張し始めました。
     今までもそう唱える者は何人かいましたが、父上の力で何とか抑え込んでいました。
     しかし時が流れ、段々とその威光も薄れていき……兄妹同士の全面衝突は、もはや避けられない事態となったのです。
     

    「神が荒れれば大地が荒れる。大地が荒れれば人が荒れる。人が荒れれば命が荒れる」

    「結果、国が荒れる――――荒れた国は千切れ、別れ、またしても小さな島に戻る」

    「そして家族は……”憎むべき仇”となってしまう」

    てゐ「――――はっはーんなるほど、わかったわ! あんたがここに来た理由!」



     だから、別れつつある神々の仲を取り持て――――そう言いに来たんだと、思ってた。


    507 = 504 :



    てゐ「……えっ」

    「いえ、ですから……”兄妹喧嘩はもう収まりました”」

    てゐ「…………じゃあ何しに来たのさ!?」


     男は言った。
     「もう解決したのでご心配なく」と。
     兎は言い返した。
     「だったら何しに来やがったんだ」と。
     その問いに男はこう返事を出した。
     「私の用事は貴方そのものだ」と。
     兎は強く勘ぐった。
     「まさか、騒動にかこつけて、この島を乗っ取りに来やがったのか!?」と。



     でも――――男の出した結論は、そのどれでもなかった。



    「私が来たのは…………貴方に”お礼”を言うためです」


    てゐ「お……礼……?」



     男は言った――――。
     「今言った兄妹喧嘩はとっくに解決した問題で、今や皆、多少の文句は垂れつつもなんだかんだでうまく纏まっている」と。
     兎はもちろん、即座に聞き返した。 
     「それがあたしと、どう関係があるのさ!」



    「いつぞや起きた奇怪な超常現象――――あれを見て、すぐにわかりましたよ」



     そして男は答えた。
     その答えは、ぐうの音も出ないほど……兎と深く関わっていたのよさ。



    「これを……」


    「なに……これ……?」



    【古之事之記】

    508 = 504 :



    「これは……我が一族の成り立ちを記した書物です。ほんとは、勝手に持ち出しちゃあいけないんですがね」

    てゐ「きったない本……これがお礼?」


    薬売り(神々の……家系図……?)


    「ま、まぁ本の劣化はさておきですね……先ほど言った通り、この書物には父上と、我々兄妹の所業が事細かに記されておるのですが」

    「その中には……何故でしょう、”我が一族とは無縁の者”が載っているではありませんか」


     そう言いながら、男は本を”逆から”開き始めた。
     逆から開いた本は一番新しい頁が頭に来て、頁をめくるたびにどんどん古い話へと遡っていく。
     本の開き方としてはおかしいけど、でも間違えたわけじゃない。
     わかりやすいよう、わざとそうしたのよさ。


    「曰くこの者は、よく童と戯れる姿が目撃されていたようです」

    てゐ「…………」


     男は、解説を加えつつ頁をめくり続けた。
     それはきっと「親切」のつもりだったんだろうけど……むしろ余計なお世話だった。

     だって……語られるまでもなく、てゐはすぐに気づいたのよさ。
     東西南北に散らばる、181名の神々が記された家系図――――
     で、あるはずなのに、その全ての行に、何故か”一羽の兎が”載っていたのを見たらね。

    509 = 504 :



    「各々の地の有力者は、揃ってこう言ったそうです――――童の折、”此れとよく似た兎と戯れた事がある”と」

    「そしてこれとほぼ同様の話が、何故かこの、181名の兄妹が治める地全てに伝わっている……」

    「さらにはこの話が記された時系列を紐解けば、これまたどういうわけか……”この島に兎はいなかった”事になっているのです」


     丁寧な解説が、逆にイラついたわさ。
     オヤジ譲りかなんなのかしんないけど、じれったいったらありゃしない。
     ここまで言われりゃバカでも気づくっつーのに……ねえ?



    (これって……)




    ――――だから、自分から言ってやったのさ。


     

    (……あたし?)



    510 = 504 :



    薬売り「神々の家系図に、なぜ兎が……?」

    「――――ってな顔をしながら、あっけにとられる兎を尻目に、男はさらに続けた」
     

     曰く――――てゐと遊んでた子供が、全員何らかの形で名を馳せている事。
     てゐが住んでた家が、末代まで続く名家になってた事。
     てゐに部屋を貸した宿が、連日満員の一流旅館になってた事。
     その他色々と、これと似たような話が、兄妹連中が治める各地で点在している事。
     

    「そしてその話が記された時期――――ちょうどてゐが、世界を旅していた期間だった事」



    (のべ181名もいる我が兄妹ですが……誰一人として、国の一巡を成し遂げた者はおりませんでした)

    (それは父上ですら成し遂げられなかった偉業……数多の子宝をこさえやっと収めたこの巨大な島を、たった一人で渡り歩いた者がいた)


     しかもその者は、一族どころか人間ですらなかった。
     オヤジが国造りを始めた裏で、人知れず世界を渡り歩き、兄妹達がその地に着く前からその地を興していた者がいた。
     「始祖を自負していた自分が、実は二番煎じだった」。
     その事実は、神々にとってもえらく衝撃的だった……らしい。


    (この事実を突きつけた時、兄妹喧嘩は一発で収まりましたよ)

    (あの時の意気消沈した顏は、実に見物でした……まるで童のように、キョトンとしておりましたから)


     確かに、向こうの立場で考えれば大問題だろうね。
     男の言う問題とは、国が分かれそうになった事なんかじゃなかったのさ。
     「――――神々を名乗る者共が、たった一羽の兎にとっくに先を越されていた」事実。
     そんな事も知らずに各地でえばりくさってた神々は、あまりの恥ずかしさに、揃って顏を真っ赤に染め上げた……らしい。


    (語られぬ歴史の裏で……国造りの一躍を担った者が、もう一人いたのです)

    (してそのキッカケは、ほんの小さな親切に対する、ほんのささやかなお礼だった……わかりますか?)

    (小さな気持ちが集ってこそ国になるのに……あの神々を名乗る連中は、そんな事すらすっかり忘れておったのです)


     そう語る男の表情は、何故だか妙にうれしそうだった……自分も、その神の一人なのにね。

    511 :



    薬売り「日出国の始祖……それが兎の……真?」

    「ところがどっこい、そんなものすごい肩書なのに、肝心の本人にその自覚は全くないときた」

    「だから、この期に及んでまだ思い込んでるのよさ…………”自分はただの兎だ”って」

     
     兎はその話を聞き終えたと同時に、黙った。
     小難しい事を考えてたわけじゃない……ただ、あっけに取られてたのさ。


    「男が語る話が、兎のちっぽけなお脳に収めるには大き過ぎたってだけ」

    薬売り「それは……こちらとしてもそうなのですが」


     唐突に壮大な話を告げられ、お脳の処理がおっつかなかったんだわさ。
     だから、何も言い返せなかった。
     ただ景色を見つめる事しかできなかった。

    ――――そんな心中を察してか、男も一緒に黙った。
     兎と男。一人と一羽は言葉を交わさぬままに、二人仲良くずーっと景色を見ていた。


    「まるで、かっての素兎と人間のようにね」

    薬売り「……?」



     その時の空は――――ちょうど、日が暮れる頃合いだった。



    512 = 511 :

    メシくってくる

    513 = 511 :



    「い……よっと。ハイ」

    「それがこの、自称始祖達の家族日記さね」

    薬売り「勝手に取っても……よいのですか?」

    「いーのいーの。どうせこれも、後に広まってくもんだし」

    薬売り「はぁ……」


    【書】


    「それにさぁ…………こんな機会でもない限り、永遠に知る術はないさね」

    「折角だからついでに知っときなよ。太古の昔から語り継がれる……伝承の真なんて」

    薬売り「…………」


    【捲】



    514 = 511 :



    ――――昔々、因幡の国のとある島に、一匹のうさぎがいました。
     うさぎはかねがね因幡の国へと渡りたいと思っていましたが、海を渡る方法を知りませんでした。
     そこでうさぎは思いつきました。「海の中の和邇共を騙して並ばせれば渡れるじゃないか」。
     ずる賢いうさぎは口先八調で和邇を説き伏せ、和邇はうさぎの思惑どおり、まんまと一列に並ばさせられました。



    薬売り(イナバの白兎……)



    ――――昔々、とある所に、八十の兄弟と一人の末弟がいました。 
     八十の兄弟と一人の末弟は、ある日、因幡の国にヤガミヒメと言う大層美しい姫がいると聞きつけました。
     八十の兄弟と一人の末弟は、その姫様を嫁に貰うべく、因幡の国へと旅立ちました。
     しかし末弟だけは、みるみる内に他の兄弟から引き離されて、かろうじてついていくのがやっとでした。
     理由は簡単でした。末弟は、ただ、荷物持ちとして無理やり連れてこられただけだったのですから。



    薬売り(オオナムヂの国造り……)



    ――――昔々、出雲の国にクシナダヒメと言う大層美しい姫がいました。
     姫は誰もが羨む美貌を持ちながら、にも拘らず、毎晩涙で袖を濡らしておりました。
     その涙には、とある理由がありました。
     その地に棲み付くヤマタノオロチと呼ばれる怪物が、あろうことか、姫を食らうと宣告してきたのです。



    薬売り(スサノオのオロチ討ち……)



    ――――昔々、高天原と呼ばれる、神の住まう土地がありました。
     神は高天原より地上を眺め、時には使者を送り、時には自らの神力を使いながら、着々と国を作り上げていきました。
     そうして国作りがある程度進んだ頃、神は頃合いを見て、行宮の儀を取り行う決定を下しました。



    薬売り(アマテラスの天岩戸…………)



     神は降臨の地を入念に選んだ後、因幡国内の”八上”という地に降りる事に決めました。
     神にとっては初めての地上でした。故に神は、少し不安を感じていました。
     高天原から見る地上は平穏なれど、実際に降りれば、一体そこにはどんな光景が広がっているか……
     天から眺めるだけでは、まるで想像できなかったのです。



    薬売り(…………ではない?)



    【止】

    515 = 511 :



    「どうしたのさ…………速く読みなよ」


    薬売り「…………」


     期待と不安を胸に秘めながら、神は地上へと舞降りました。
     そして、降りた先に広がる光景は――――
     今迄の不安をかき消す程に、それはそれは美しい景色が広がっていたのです。


     その光景は、神にとっても期待以上の物でした。
     おかげで神は実に上機嫌なまま、国見を続ける事ができました。

     途中、神は記念がてら、御頭に冠した冠を、道中で腰かけた石にそっと残していきました。
     その石は後に「御冠石」と名付けられ、地上の人々に末永く大事に扱われました。



    「今思うと……まるで、童みたいな方だった」



     そうして機嫌よく行宮を終えた神でしたが……
     しかし、帰る間際になって、ようやっと気づいたのです。



    「だって、あっちゃこっちゃ行ってははしゃぎまわってさ……お供連中を、これでもかってくらい振り回すんだもの」




     いない――――神をこの地へと案内した【兎】の姿が、どこにも見当たらない事に気づいたのです。
     



    薬売り(兎――――!?)

    516 :

    まだ続いていたのか

    517 = 511 :



    「神様はその時、降臨の地をどこにしようか悩んでいたのさ」

    「ほら、人間もたまにやるじゃん? 所謂……”お忍び旅行”って奴よ」


    【国見】


    「つっても内緒の降臨だから、宮とか社とかには降りれないよね。かと言って、全くの未開に降りるのはさすがに気が引けたのよさ」

    薬売り「バカな……天照が地上に降臨していた……? そんな話は聞いた事がない……!」

    「ずっとずっと悩んでらした……その時だった」

    「ちょうどいいタイミングで、神様の服の裾をくいくいって引っ張る、”小さな兎”が現れたのよ」


     その兎は、因幡国内にある”ヤガミ”って土地を指し示した。
     改めて見てみると、そこは出雲国からそこまで遠くなく、かつ地形的にバレにくいって言う……お忍びにはと~っても都合のいい場所だったわけ。
     神様はすぐにそこに降りると決め、兎はその地の案内を買って出た。
     後はそこに書いてあるままさ。兎は無事案内を務め上げ、神様は実に機嫌よく天へと帰っていった……


    「そして天へと帰っていく神様を見届けた後、兎はこっそり地上へ消えた……らしい」


    薬売り「らしい……?」


    「そして一人地上へと残された兎は、ヤガミの地に安住の場所を見つけ、そのままそこに棲み付いた……らしい」


    薬売り「ヤガミ…………」



    【夜神】



    薬売り「ヤガミ…………!」




    「――――旧因幡国八上領・高草群。通称”高草大林”」


    「後に――――【迷いの竹林】と呼ばれる場所……らしい」




    薬売り(なん…………)



    518 = 511 :




    (綺麗な……夕日ですね)

    (……そうね)



    「そうしてまんまと地上の棲み処を手に入れた兎だったけど……残念ながら、そこも長くは持たなかったんだわさ」



    (あれほど青かった空が赤く染まり、日は黄金色に輝き、大地は暗き緑に覆われ……そして薄き水色を経た後、闇夜へ染まる)

    (まるで虹のような……暗明を繋ぐ、架け橋のような)



    「その棲み処はまるで夢の中のように、とっても居心地のいい場所だった」

    「だけれども、不運な事に……”時期が悪かった”」



    (そしてまた、日が昇る……今度は、明暗の架け橋が現れる)

    (日が昇れば数多の命が目覚め……次第に、命と命が繋がっていく)



    「ちょうどその時、その地一帯で大規模な川の氾濫が頻発しててね……案の定、それは因幡国にも起こった」

    「津波と見間違うほどの大洪水だった……川はまるで蛇のように、あの穏やかな森林を丸飲みにしてしまった」

    「もちろん――――”中にいた兎もろとも”ね」


     こうして兎の夢は、たったの一夜にして消えてしまった……そりゃもう、大層悲しみに明け暮れたさ。
     そしてそれ以上に――――恐怖を覚えた。
     何故ならば、ふと辺りを見渡せば、そこは何もない空間。
     見渡せど見渡せど、闇しか見えぬ暗黒の世界でしかなかったんだ。



    【常世】


    519 = 511 :



    (なんか浸ってる所悪いけど……うちら夜行性なんだけど)

    (おっと失敬……そういえばそうでしたな)


     闇に取り残された兎。
     そしてその中で朧げに浮かび上がる「食われた記憶」が、さらに絶望を確信に変える。
     「もしかしてここは黄泉の国で、自分もあの時一緒に消えてしまったのでは――――」。
     そんな発想に至るのは、ごくごく自然な成り行きだったと思う。


    「絶対に死んだと思ってた。でも、生きてた」

    「その事を教えてくれたのは……天をも照らす、まばゆい光だった」


     兎は思わず目を眩ました。
     だって、さっきまで黒一色だった世界が、いきなり真っ白に輝き始めたんですもの。


    【照】


     そして輝き始めた世界は、徐々に正体を露わにし始めた……
     青い空、白い雲、茶色い大地、生い茂る緑――――それと、さざ波の音色。


    「よく見知った風景だった……思わず”誰かにお勧めしたくなる程”のね」 


     もしかしたら、黄泉の国にも似たような風景がある可能性、無きにしも非ずではあるけども。
     でも兎は、そこが黄泉の国ではない事はすぐにわかった。
     単純な話さね。結局はなんてことない――――兎は最初っから、”どこにも行ってなかった”のさ。


    「黄泉どころか国境すら超えてなかったのさ…………人間が勝手に引いた、境目すらもね」



     だって、振り返ったすぐ後ろには――――


    (ならばなおさら、よくご覧になるでしょう……この夕景によく似た、もう一つの景色を)

    (……まぁね)



    「旧因幡国隠岐郡・隠岐諸島――――後にとある兎が、身の程を思い知る場所だったのさ」



    【起来】


    520 = 511 :



    薬売り「……一つ、お尋ねしたい」

    「ん、なぁに?」


    【確信】


    薬売り「この書物には神が兎に案内を命じた……とあるが、貴方の語り草はむしろ逆」

    薬売り「むしろ、兎の方から神に働きかけたように聞こえる……」


    【核心】


    薬売り「それも……ただ……”自分が地上に降りたかった”が為だけに」

    「……そうとも言えるかも~」


    【天】


    薬売り「高天原に御座す神と言えば、十中八九【天照大神】を指す……しかし」

    薬売り「そんな天照に、指図紛いの進言ができる者など――――”片手で数える程に限られる”」

    「ほんと、無駄に博識だよねえ。ほんとに薬売り?」


    【三柱】


    薬売り「天照とは、大地を起こしたイザナギの左目から生まれた子……」

    薬売り「そしてイザナギは、他に右目と鼻を用いて……天照の他に”二人の兄弟”を生んだ」

    「その内の一人は、やたら英雄みたいな扱いされてるよね」


    【三貴子】


    薬売り「親神は三人の子供に役割を与えた――――一人は天を、一人は大地を」



    薬売り「そして――――最後の一人には――――」



    薬売り「貴方は…………いや、貴方”様”の真とは…………」



    薬売り「よもや…………」



    521 = 511 :



    薬売り「お聞かせ、願いたく候…………!」

    「…………」



    【み空ゆく 月讀壮士】



    (おわかりいただけますか、貴方は……いや、貴方様こそが……)

    (森羅万象の全てにまたがる――――唯一無比の”架け橋”であったです)


    「ん~、まぁ、なんだ、その……」

    「その問いに答えるのは……ちょ~っと難しいかも~」

    薬売り「何故……」



    【夕去らず】



    (人と人を、国と国を、命と命を、縁と縁を)

    (天と大地を、日と月を――――二つに分かれた、昼夜ですらも)



    「だって……曖昧なんだもの」


    (さっきからわかりにくいのよ……表現が曖昧過ぎて)



    ――――夜の神。食の王。暦の祖。昼夜の起源。日月剥離の戦犯。
     良くも悪くもたくさんの肩書があるけども、でも、その全部が不確かで曖昧。
     その曖昧さ加減は姿形にすらも及ぶわ。
     だって、大々的に奉られる二人の姉弟に比べてさ。一人だけ、描かれる事自体がなかったんだもの。
     


    【目には見れども】



    (これは失敬……では、単刀直入に言いましょう)


     
     描かれないから残らない。
     記されないから伝わらない。
     けれど遡れば、節目節目に確かに存在する、境目の神。



    (貴方がいなければ――――”この日出国は産まれなかった”)



     「いるのにいない神――――」。
     そんな矛盾を抱えていたからこそ、自由に動き回れたのかもね。



    「兎の体を借りて、さ」



    【因るよしもなし】

    522 = 511 :

    本日は此処迄

    523 :

    ちょっと話が壮大になりすぎてごっちゃになってきた。本当は神様なのにそれを忘れて
    島暮らししてたってこと?健忘症になったのは皮剥がれたトラウマのせいじゃなかったってこと?

    524 :

    まさか月読まで出てくるとは

    525 :

    体の傷が因幡の白兎で脳の傷が案内兎の時についたって事じゃね

    526 :



    (…………ねえ)


    (…………はい)


    (じゃあ…………その話が本当なら…………)



    (――――”あたしは一体誰なの”?)



     てゐの理解を遥かに超えた顛末は、てゐにとっては混乱しか生まなかった。
     ま、お節介も度が過ぎれば迷惑と同じって事さね。
     おかげでてゐは――――今度こそ”自分が誰かわからなくなった”。


    (……ご当人にすらわからない事を、私が知る由もございません)


    (なにそれ……変なもやもやだけ残しやがって)


    (ただし…………その”お手伝い”はできるかと)


     その「お手伝い」こそが、男の言う「お礼」だった。
     わざわざ仲の悪い兄妹達に会いに行ってたのはこの為。
     時に追い立てられながら、時にボロクソに煽られながら……
     てゐの為だけに、必死に探し回ってたらしい。


    (かつて、”貴方によく似た兎”が最初に住んでいたとされる地……この書によれば、未曾有の洪水によって飲まれて消えたとありますが)


    (――――消えてなかったんですよ。あの月に愛された大林は……”今も確かに存在している”)


     すなわち、「てゐの探し物を一緒に見つけてあげる」事。
     と言いつつもまさか、ここまで苦労させられるとは思ってなかったみたいだけど。
     でもまぁ、なんだかんだで、結局は見つけれたのよさ。
     自分達すらも知らなかった――――”もう一つの世界の入り口”をね。


    527 = 526 :



    (そこは曰く、”幻の集う地”と言われておるようです)

    (嘘か真か…………長い時をかけて少しずつ忘れ去られていった者達が、最後に集う幻想の地だとか)


     そこは、調べれば調べる程不思議な場所だった。
     幻を冠する癖に、確かに存在すると言う矛盾を持った土地だった。
     しかし神々にとっては、幻はむしろ、懐かしさすら感じさせる地だった……らしい。



    【懐郷之地】



    (人も、獣も、虫も、鳥も、魚も――――その範囲は、神を名乗る者にすら及ぶ)

    (幻であるなら、なんだって……幻となれば、仮に”生命ならざる物だって”)


     多分、既視感を感じていたんだと思う。
     今でこそドロッドロの兄妹仲だけど、国を作り上げていた当時は、家族は確かに手を取り合っていたんだから。

     そんな在りし日の自分達と重なった……んだろうと、個人的に思ってる。
     だって、そうじゃない。
     家族で同じ夢を目指した裏で、どこかの誰かが、かつての自分達と全く同じ夢を見ていたんだから。



    【幻想之郷】



    (どこの誰がそんな大それたもんを……あんたの兄妹の誰か?)

    (そこは、最後までわかりませんでした……ただ)


     数多の生命を乗せた、国と言う神の加護の中。
     それらと同じく、数多の幻を詰め込んだ誰かの箱庭が、この国のどこかにある。

     そしてその箱庭は、発覚するや否や、瞬く間に神々の間でも話題になった。
     そりゃそーさ。なにせ181もいる神々の誰もが、存在自体に全く気付かなかったんだからね。


    (その誰かは……間違いなく”父上に影響を受けている”)



    【懐かしき東方の地】

    528 = 526 :



    (かつて父上が国造りの主と呼ばれたように……その者も”主”を自称しているようです)

    (それは、我が一族にしか通じぬ意味を持った言霊)

    (だとすれば、述べ181名御座す兄妹の内の誰か……その推察は、あながち間違いではないかもしれませんね)


     どうやってそんな大それた世界を作ったのかはわからない。
     何が目的なのか知る由もない。
     勿論、誰の仕業かなんて皆目見当もつかない。
     ただ、唯一一つだけ――――わかる事があるとすれば。
     


    (”八雲”――――その者は自らを、そう名乗っているようです)



    (それって……)



    薬売り「スキマ……?」



    【八雲立つ】

    529 = 526 :



    薬売り「彼女がその、181名の内の誰かだとでも……?」

    「おや? まるで知り合いみたいな言い草だね」

     
     幻を真とし、夢を現と成す、八雲の箱庭。
     ありえない矛盾で成り立つ世界の存在は、もちろんてゐのお脳に、無数の「?」を浮かばせた。
     話だけ聴くと、童の空想といい勝負よ。
     「下らない」。普段のてゐなら、きっとそう言い捨ててる所ね。


    (ねえ、だったらそこへは、どうやって行けば――――)


     でも――――今回ばかりは、聞き捨てちゃいけないと思った。
     ちゃんとわかるまで、最後まで付き合わないといけないと思った。
     だって男は自称・同業者。
     感謝と幸福を紡ぐ、かつての恩人の子孫だったんですもの。




    (……………………あれ?)




     そんなてゐの思いも空しく……返事は返ってこなかった。



    【夢消失】



     ふと振り向けば――――そこには、”誰もいなかった”のよ。
     ついさっきまで隣にいたはずなのに。
     影も形も何もかも……存在そのものも。
     

    薬売り「消えた……?」


    「そうとも言えるし……見方を変えれば、”最初から誰もいなかった”とも言える」


     
    【夢想】

    530 = 526 :




    (………………まじかぁ)


     あたかも最初から誰もいなかったかのように、さざ波の音だけが鳴り響いた。
     ザザーン、ザザーンって寄せては返す波の音が、次第にてゐの心へ冷静さを取り戻させた。
     おかげでてゐは、呆然としつつもゆっくりと考る事ができた。
     そして、緩やかに結論へ辿り着いた――――「もしかして、夢でも見ていたのかな」って。
     

    「時間が過ぎる事に、ついさっきの出来事のはずが、途端に夢か現実かわからなくなった」

    「ひょっとしたらうたた寝でもしてたのかもしんない。波の音色に誘われてついうとうと……なんて、よくあった事だしさ」


     あの時唐突に現れた男が、夢か現実だったのか……それは今でもわかんない。
     でも、男が語った話は、いつまでもてゐの中に残ってた。


    「――――自分は一体何者なのか」。


     兎の身でありながら、あらゆる生き物と会話を交わし
     兎の身でありながら、童のような身なりをし
     兎の身でありながら、やけに計算に強く
     兎の身でありながら、奉られる程に信頼を浴び
     兎の身でありながら、人知を超えた奇怪な奇病に罹り
     兎の身でありながら、それでも生物の枠を超えて生き続ける自分。


    「自分に纏わるあらゆる謎が、一本の線で繋がってる気がした……いたかどうかもわかんない、男の話の中にね」

    薬売り「つまり、最終的に――――”勘”で動いた?」

    「平たく言えばそうなるねぇ……でも、てゐの勘は”ただのあてずっぽうじゃない”事を、あんたはすでに知ってるはずだよ」



     だから、表すことができた……
     ”内在する二つの可能性”として。





    (――――うわっ!?)





    【衝撃】

    531 = 526 :



    薬売り「何事……!?」


    「大丈夫、慌てなくてもいいよ……ただの地震だから」


    (全然大丈夫じゃない~~~~ッ!)



    【鼓動】


    【大地】


    【轟音】



    薬売り「収まった……」

    「ほら、大した事なかったろ?」



    (あ~……びっくりした……)



    「慣れてないとちょっとびっくりするかもだけど……心配はいらないよ」

    「一度たりともないんだから……てゐの力が、誰かを傷つけた事なんて」



    【倒壊】



    薬売り「しかし……これは……」


    薬売り「この……現象は……!」


    ――――ほ~んと、不思議だよねぇ。
     地理的に、地震なんて早々起きない場所なのにねぇ。
     てゐにちょ~っと好奇心が芽生えたタイミングで……こんな事が起こるだなんてねぇ。



    薬売り「貴方の……仕業か?」

    「おいおい勘弁してくれよ。ただの兎がこんな事、できるはずないだろう?」

    「ただの偶然だよ。ただの……」




    (…………行けって、言ってんの?)




    「てゐの好奇心に重なるように――――”偶然”船が崩れ落ちてきた。それだけさ」



    【迎賓】



    532 = 526 :



    「おっ……ほら、あっち見てごらんよ」

    「まるで旅立ちを促すように……海に立派な橋が架かってるよ」

    薬売り「今度はなんだ……」


    薬売り「なんと……」

    「波がいい感じに飾ってるねえ……まるで浮世絵のようだ」

    「まさにうってつけな光景じゃん? こんなん見せられたら、余計に好奇心揺さぶられるってもんでしょ」



    【送出】



    薬売り「一体どうなっている……これではまるで……あまりに……」

    「いい方向に起こる偶然……これを異国の言葉で”らっきぃ”って言うらしいよ」



    【意図】



    薬売り「――――誰かが手引きをしているとしか思えない……!」

    「そうだねえ。誰かが手引きしているとしか思えないよねぇ――――”かつてここにいた連中のように”」



    【作用素】



    「でも……これはあくまで現実だ」

    「作り物でも、誰かの所業でも、ましてや何らかの意思が籠っているわけでもない……」


    「――――”てゐが実際に見た光景”。それだけが全てだよ」



    【未知数】


    533 = 526 :



    薬売り「しかし……これほどまでに稀が重なるなど……!」

    「はぁ――――いいかい、薬売りさん」


     ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。
     と言う事は、どこで何が起ころうと、誰にも認識されなければ、何も起こってないのと一緒なんだ。
     それはこの光景だって一緒。
     そこがどれだけ素晴らしい世界だろうと、誰も知らない場所は、何もない荒野と同じなんだよ。



    【講義】



    薬売り「いまいち……何をおっしゃっているのかわかりかねます……」

    「じゃあ例えば……仮に誰かが、今の地震の原因を突き詰めようとしたとしよう」


     するとその誰かは、結論を求めて走り出すだろう。
     まぁ途中で諦めるとかあるけど、そこはないと仮定してだね。
     地震ならなんだろ……「地盤のひずみ」とか「海底の地割れ」とか、そんな感じかな。
     とかくそうして、いつか納得に足る【結論】に辿り着く。


    薬売り「それが人の歩んだ歴史だ……そうやって人は、今日まで発展を遂げてきた」

    「じゃあ逆に聞きますけど。そうやって長年かけて発展してきたはずなのに――――”本質は一向に変わらない”のは何故だい?」


     知識を重ねて、知恵に昇華し、現実を染め上げ、時が濃厚にしていく。
     にも関わらず、器は何も変わらない。
     絵と一緒だよ。紙をどれだけ色鮮やかに描こうが――――”描いてる当人は何も変わっちゃいない”。

     変わってないんだよ。何も。
     変わったのはあくまで周り。
     人の数だけ染められた現の色々。
     それを光が照らすから…………”鮮やかに見えるだけ”。



    「どこにいようが、何をしようが――――”どこから来ようが”」



    【不変式】



     赤色・橙色・黄色・緑色・水色・青色・紫色。
     命の数だけ色があり、現実を染めていく。
     そして数の分だけ、数多の色々は混ざりあう……したらどうなるだろう。
     

    「あら不思議。全部まとめて消えてしまったじゃないか」

    薬売り「……」


     一度描いた絵を、寸分違わず描き映す事は不可能だ。
     例え傍目にはどれだけソックリできてようが、色合いとか、線の加減とか、その他諸々……。
     必ずどこかで、違いが出るから。
     


    「描く対象が――――”自分自身だったとしても”」


    534 = 526 :




     全く同一の存在なんて、この世のどこを探そうと存在しない。
     異なる部分が一部でもある以上、それは等しさと結びつかない証明となる。
     あるとすれば、それは等記号で結びつく世界――――すなわち、机上の空論の世界のみ。


    「皆、考えるべきだ……全ての事象が、観測されることで初めて、結果として現れると言うならば」


    「皆、考えるべきだ……ならば観測者が現れるまでは、”事象は如何なる状態であったのか”」


     有か無か。1か0か。幻か現実か。生か死か。 
     観測する事で可視世界に引き上げられた固有事象は、その実無数の多重事象を孕んでいたのではないのか。
     ならば事象とは、元来複数の状態で構成されているのではないか。
     それを矛盾と蔑むならば――――その状態こそが、”本来の姿”なのではないのか。



    【物質ノ多元性質】



    「本質とは、それぞれ異なる事象の重なり合い……結果とは、目に見える範囲の一部に過ぎない」

    「認識できないだけで確かに存在する事象――――同じであり違うと言う、内在する不可視の矛盾」



    【証明スル波動行列】



     あんたも見たはずだ……そんな矛盾を孕んだ兎が、ここには”もう一羽いた事を。


    535 = 526 :



    「そこにあるのに認識できず、理解足りえぬ矛盾を、”稀”の一言で終わらすならば――――」

    「だったら”自分が誰であるのか”など、誰も証明できない事となる」



    【量子脳理論】



    「夢の中の自分は、果たして現実世界の自分と同一と言えるのか」

    「認識とはとどのつまり、押し寄せる矛盾から、自己確立の為に選ばれた一つの事象にしか過ぎないではないのか」

    「ならば、稀と矛盾に溢れているからこそ……自己の存在を確立できるのではないのか」



    【ポカン式】



     みんな……そこんとこが今一つわかってないんだよ。
     意識なんて物は所詮、無神経な蛋白質の固形体に過ぎないのに。
     自我なんて物は所詮、数多に重なる矛盾の中継地点に過ぎないのに。

     なのにそれを、進化だなんだって持て囃すから……。
     だから、何時まで経っても、同じ事を繰り返す。
     


    【結論】






    「”世界はいつだって稀で溢れている”――――なのに、誰もそれが、見えちゃいないから」





     だから――――モノノ怪なんて物が生まれるんだ。

    536 = 526 :



    薬売り「生命の歩みを……真向から否定なさるおつもりか?」

    「ハッ、あんたがそれを言うかよ――――因果と縁を斬り払うお前がよ」

    薬売り「…………」


     ま、そういうわけで……改めてもう一度言おう。
     ”全ての可能性は、観測されることで初めて結果として現れる”。

     いくら突き詰めようと、どこまで行っても、実際に在った事以上の事はわからない。
     でもその事実を認めたくないから、各々が、持てる限りの色々で、勝手に解釈を染め上げようとする。
     

    【着色】


     そして、安心する……
     結果に理由をつけて、全てを知った気になって……そこまでしてやっと、満足そうな顔で床に付ける。 
     明日になれば幸せが訪れると信じて……
     何が起こるかなんて、誰にもわからないはずなのに。


    「そうして結果は、より都合のいいように、どんどんと鮮やかな色々で塗り固められていく」

    「安心を大義名分に、鮮やかさ以外の一切は取り払われ……いつしか、完全な別物に成り替わる」



     そして、夢の中で踊り続ける――――わかってしまうのが、恐ろしいから。



    「そこまでいけば……もはやただの”嘘”だね」

    薬売り「嘘が……お嫌いか?」



    【虚構】



    「真を理を追う者とは思えない台詞だね……でもまぁ、一応答えておこう」




    ――――別に、いいんじゃん?


    537 = 526 :




    薬売り「おや、稀を起こす張本人とは思えない台詞ですね……」



     いや、んな事言われても、だってさぁ……



    (わかってる……みんなわかってる……)

    (みんなのおかげで今の自分がある事も……ここで育ったから、こうしてまた、夜を迎える事ができるのも……)



     うちんとこの”りーだぁー”様がさぁ……



    (なのにあたしは……また……同じ事を繰り返そうとしている事も……)

    (それでも送り出してくれるなら……懲りないあたしを、どうか許してくれるなら……)




     なんか、こうしてさぁ……




    【求】




    (まだ――――”あたしを愛してくれるなら”)




    【返礼】







    てゐ「あたしは二度と――――”何も忘れたりなんかしない”」





    ――――幸せそうに、納得してんだもん。



    538 = 526 :

    メシくってくる

    539 :



    薬売り「……」


    「……ふわぁ」


    【波】


    【葉擦】


    【凪】



    薬売り「おや……眠くなってしまいましたか?」

    「いや……ちょっと喋り疲れただけ」


    【夜】


    「でもまぁ……そろそろお開きにしたいなとは思っている」

    薬売り「ようやく……意見が合いましたな」


    「さて……と、言うわけで」

    薬売り「と、言うわけで……」



    【闇】



    「ここから先はもう言う必要もない……全部、あんたも知っての通りさね」

    薬売り「無事、辿り着いたのですな……消えたはずの”家”へ」



    【月下】



    「まぁ実は、そこに至るまでにも色々やらかしエピソードがてんこ盛りなんだけど……そこはいーっしょ」

    薬売り「またの機会があれば……是非」


     ま、そんなこんなで、今度こそ「本来の住処」に帰ってきたてゐなわけだけど……
     そこに待ち受けていたのは、次なる出会いで……それがご存じ「八意永琳」。
     月の民を自称し、かつててゐが目指した【賢者】の名を、欲しいままにする人物だったってわけさ。


    薬売り「そういえば……かねがね、誰かに弟子入りするような気質ではないと思っておりましたが」

    「そこはまぁ、マジモンの賢者様だからねぇ。敵対するよか、下っといた方が得だとか思ったんじゃない?」


     それにさ……たぶん、嬉しかったんじゃないかな。
     だってほら、てゐにとっては初めての事だったし。
     ずっと一人だったてゐにとって……自分ちに「同居人」ができる事なんてさ。



    【共存】


    540 = 539 :



    薬売り「だからこそ、守ろうと思った?」

    「八意永琳は医術と言う手段を用いて、他者に”回復”を与える人物だった」


    薬売り「既視感めいた物を感じた?」

    「八意永琳は知を振りまく事で、他者の”成長”を促す人物だった」


    薬売り「内心……嫉妬していた?」

    「そんな八意永琳が目指した物は――――”誰かを幸せにする事”だった」


     互いにない物を持っていた――――お互いが”最も欲する物を持っていた”。
     パズルみたいなもんだよ。こう、ちょうどいい具合に凸凹がハマったもんだから……
     だから、上手い具合に混ざり合った……のかもしれないね。


    薬売り「しかし……」


    「そう――――永遠なんて、やっぱりどこにもなかった」


    「嗚呼、まるで砂上の城のよう……長年かけて積み重ね続けた永遠は、須臾も待たずに崩れ去った」


    「永琳もてゐも同じ気持ちだっただろう。共に手を取り合い、永遠を目指し続けた二人の心情は、察するに余りある」

    「でも、両者の間には――――たった一つだけの決定的な違いがあった」


    「それこそが……てゐにとっては、すでに”観測し終えた結果”だった事」


    541 = 539 :



    薬売り「此処もまた、すでに幻……でしたな」

    「そう、そしてその幻すらも、また失おうとしているこの事実」

    薬売り「どうしてこうも……奇怪な稀ばかりが起こるのでしょうか」

    「そんなのこっちが聞きたいよ……でも仮に、稀に意味を見出すならば」


     永遠に失い続ける性を持った悲しき兎。
     いつしかそれを受け入れる事で、自我を保ち続けた哀れな兎。
     そんな惨めで矮小なる兎が、何の因果か、たった一度だけ――――”永遠に反旗を翻す機会”を得た。
     


    「どうせ崩れる永遠ならば、自らに罹った永遠をも、共に崩してしまえ」

    「それが誰かの幸せに繋がるならば……降りかかる痛みが、福音となりて振りまかれるのなら」



    【求】



    薬売り「結果……兎が兎でなくなろうとも」


    「卯が全てを失っても」


    薬売り「傷など、最初からなかった事になっても」


    「卯が――――月の手を離れようとも」



    【及】



    「月に愛されし卯が、一介の畜生に成り果てたとて――――」



    【給】



    「そうなって初めて……卯はやっと、ただの兎になれるのかもね」



    【泣】

    542 = 539 :



    薬売り「なるほど……貴方様のおっしゃる通りだ」

    薬売り「確かに、”誰とも同じではない”」



    【――兎神之理――】



    「つってもほら、誰しも一度くらい思った事あるだろ?――――”もしも過去をやり直せたなら”」

    「もしも仮に、そんな機会が訪れたなら……あんたは一体、何を変える?」



    (あのちょ~うさんくさいちんどん屋……未だかつてないくらい信用ならないけど……)


    (でも、あいつの言ってた話が……仮に本当なら……)


    (それができるのが……あたしだけならば……!)



    「てゐの理を紐解く鍵は、きっとそこにある……んだと思う」

    「本人すら知らない……箱を開ける鍵が」



    【――白兎之理――】



    薬売り「全ての…………可能性は…………」

    薬売り「観測する事で…………初めて…………」




    (みんな……もうちょっとだけ、我慢しててね……)



    (全部済んだら……”すぐに出してあげるから”)



    543 = 539 :




    「してその観測者は、この場合誰になるのか……それはもう、言わなくてもわかるよね?」

    薬売り「ええ、誰が見るのかなど……”すでにわかりきっていますとも”」




    【――兎之理――】




    「話が速くて助かるねぇ――――おぉい、聞いたかい? みんな」




    ((嗚呼、楽しみだ楽しみだ……))


    「ほんと、楽しみだねぇ……訪れるのは既視か未視か……」




    ((楽しみだ…………楽しみだ…………))


    544 = 539 :




    【因幡てゐ――――之・理】



    「あー楽しみだ。今度の箱は、どちらの可能性に集約されるのやら……」


    「さぁ、果たして――――」


    「”今度はどちらの結果に転ぶのやら”」




    【――ひさかたの

         天照る月は 神代にか

          出で反るらむ 年は経につつ――】



    545 = 539 :

    本日は此処迄

    546 :



    てゐ「――――ハッ!」


    薬売り「…………」



    【起床】



    薬売り「おはようございます……」


    てゐ「あ、え……あれ?」


     両者をまたぐ沈黙は、ようやっと終焉を迎えた。
     理を話すと言いながら、突如黙し始めた妖兎の様相は記憶に新しい。
     その所以は、まぁ、わからんでもないよの。
     話す内になにやら「込み上げる物」でもあったのかと、十二分に察する事ができようぞ。


    てゐ「あ、ごめ……なんかちょっと……うとうとしてたかも」

    薬売り「いえいえ……どうか、お気になさらずに」


     そんな妖兎を諫めるわけでもなく、薬売りはただ、静かに見守るのみであった。
     実に薬売りらしからぬ所作である。
     それは、ひょっとするとひょっとして、薬売りなりの「気遣い」のつもりだったのかもしれんが……
     しかしながら、それもどうも、やはりズレていると言うかなんと言うか。


    てゐ「えと……どこまで話したっけ?」


    薬売り「ああ、その事については、もうご心配に及びませぬ」


     やはり慣れぬ事はするものではないな。
     勝手掴めぬ振る舞いは、往々にして物事を悪化させると言うものぞ。
     それは、今この時についてもそう。
     手前勝手な沈黙の補助は、貴重な刻を、無駄に費やさせる結果しか生まなかったのだ。



    薬売り「もう――――”貴方様の理は知れました”ので」



     そう、ついに終わってしまったのだ――――人々が【夜】と呼ぶ、暗黒の刻限が。



    【暁光】

    547 = 546 :



    てゐ「え、もういいの?」

    薬売り「ええ、もう、十分ですとも」


     薬売りの唐突な言葉に、案の定妖兎は困惑の表情を見せた。
     妖兎本人からも感じる程に、足らぬ言葉の皮算用。
     加えてふと目線をやれば、明らかに「退魔の剣が変化していない」この事実。
     

    てゐ「そ、そうなの……? まだなんも、言ってない気もするんだけど」


     それらが故に、妖兎は暫しの間混迷に苛まれた。
     が――――しかしそれも、直に収まり申した。
     その旨趣を知る術こそないが、次に出る妖兎の言葉から察するに、おそらくはこういう風に考えていたのかもしれぬ。


    てゐ「えと、じゃあ……あんたはどうする?」

    てゐ「もし帰りたいってんなら……”今の内に”出しといてあげるけど」

    薬売り「…………フフ」


     「目を向けるべきは、今ではなく先にある――――」。
     つまりはこの、胡散臭い部外者を追い出した後に起こる事態。
     すなわち、この永遠亭の存在そのものを賭けた【大一番】への布石に過ぎぬのだ、と。

    548 = 546 :



    てゐ「これからこの竹林は戦場になる……いつぞやの痴話喧嘩とはわけが違うわよ」

    薬売り「戦場……ねぇ」

    てゐ「そいやあんた――――【博麗の巫女】って知ってる? こいつがその戦場の火種なんだけど」

    薬売り「その名は……」


     して妖兎は、この幻想郷における現状を赤裸々に語り始めた。
     これから降りかかるであろう「月が振りまく火の粉」は、ごっこを冠した弾幕遊びとは異なる、正真正銘の戦(いくさ)であると。


    【火蓋】


     妖兎はさらに続け様に語る。
     曰く、降りかかる火の粉が「月」による物ならば、まず間違いなくスキマが動く。
     そしてスキマが動けば、同じくして、必ずや件の【巫女】とやらが動くであろうとも。
     

    てゐ「こいつがこの幻想郷で最も厄介な人間でね……異変の解決屋なんて言えば、聞こえはいいけど」

    てゐ「実際にやる事つったら、殴り込みからのごり押しからの超絶フルボッコ」

    てゐ「こいつの手に罹れば、和平交渉も途端に全面戦争に早変わりするわ……幻想郷全体を巻き込んだ一大戦争よ」

    薬売り「それはそれは、なんとも……」


     件の巫女……巫女にあるまじき評判の悪さである。
     しかしその悪評は「此れ即ち誇りの証ぞ」と、是非その巫女に申してやりたい。

     と言うのも、身共には巫女の気持ちがよぉ~くわかるのだ。
     この柳幻殃斉の成し遂げし、数多の悪鬼悪霊共を払い清めたる奇譚は、皆も知る所であると思うが……。
     天性の資質と弛まぬ努力の賜物でもって、世の為人の為に奮闘し続ける日々。
     ううむ、我ながらなんと徳高き存在。


    薬売り「そんな粗暴な巫女の中には、もちろん」

    てゐ「うちらの事情なんて、含まてるはずがない」


     かのように、身共のような人々の寵愛と感謝を一手に受ける存在はだな。
     しかし逆に言えば、妖共から相応の”恨み”を買っておると言う表れでもあるのだよ。


     そう、巫女もまた、すべからく解決してしまうのだ。
     真も理も、幻想郷を取り巻く異変とやらも。
     全ての一切合切を――――”力”と言う剣を、突き刺す事によって。 

    549 = 546 :



    薬売り「その巫女と……”共闘する”と言う道は、なかったのですかな?」

    てゐ「……無理ね。確かに、そうなれたら理想的だったけど」

    てゐ「けどやっぱり無理。何度考えても……やっぱり、”敵対する未来しか見えない”」


     それが何故かと問われれば、やはり話は元に戻る――――”スキマの存在である”。
     スキマの月に対する異様な執着心が、必ずや和平の境を隔てるであらんと言う確信。
     そんなスキマと巫女が、懇意な関係であると言う現実。
     さらに言わば、巫女は巫女で、この幻想郷のあらゆる所に顔が利くと言う有様――――この永遠亭を除く全てである。


    【囲】


     そんな様を、妖兎はこう言い現した。
     「――――スキマある限り、永遠亭に同志なし」。
     如何に幻想郷広しと言えど、永遠亭は徹頭徹尾”孤立無援”であると、妖兎はすでに結論を出し終えていたのだ。


    薬売り「お得意の……「確率論」ですか?」

    てゐ「と言うより、「暗黙の了解」。幻想郷の存在そのものが一番の異変だなんて、口が裂けても言えないんだから」


     スキマからすれば、此度の騒動は”月への意趣返し”のまたとない機会とならん事は明白である。
     ならば「現存する全てを用いて此れに当たる」は至極道理。
     であるならば、スキマが巫女に協力を仰ぎ、むろん巫女に断る理由もなく、巫女がまた誰かに協力を仰ぎ……
     結果、永遠亭が増々孤立していく様は想像に難くない。


    薬売り「つまり……”月人が来ない限りは誰も干渉してこない”?」

    てゐ「願わくは……ずっとそうであって欲しかったけどね」


     そして、月と言う「共通の異変」を与えられた二人の隙間に――――果たして”そこへ住まう者への趣など存在するのか”。
     こちらもまた、語るまでもない事よの。


    550 = 546 :



    てゐ「ま、そゆわけで……こっちはこっちでカツカツな事情なわけよ」

    薬売り「心中……お察し申し上げ候」

    てゐ「だからまぁ、ぶっちゃけ今、あんたに構ってる暇はないって言うか……」

    てゐ「正直――――出てってくれた方が助かる? みたいな?」


     この永遠亭に絡まる、複雑極まれり因果を解きほぐす事は至極困難である。
     それをこの妖兎は、ただの一羽で引き受けようと言うのだ。

     その全ては――――永遠亭を守る為。
     強いては、”永遠に続く幸福”を、守る為に。


    てゐ「心配しないで……全部終わったら、この剣は返してあげるから」

    薬売り「おや……折角勝ち取ったのに?」

    てゐ「そりゃ、手元に残しておきたいのは山々だけどさ」

    てゐ「”直に持ち主がいなくなる”ってんなら……この子も可哀想だしね」


     まさに決死隊ならぬ決死兎。
     泰平の世になりて久しい昨今にて。如何様な心構えを持つ者が、一体どれほどに存在すると言うのか。
     この妖兎の確固たる信念は、我らの生き様も深く考えさせてくれようものぞ。

     すなわち――――『生命とは何か』。
     生に何を見出し、命を何と見極めるのか。
     これはもはや、泰平の世が産んだ、新たなる学問と言えよう。



    【哲学】



    ←前へ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 次へ→ / 要望・削除依頼は掲示板へ / 管理情報はtwitterで / SS+一覧へ
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 :
    タグ : 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。

    類似してるかもしれないスレッド


    トップメニューへ / →のくす牧場書庫について