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    元スレ永琳「あなただれ?」薬売り「ただの……薬売りですよ」

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    551 = 546 :



    てゐ「あ……」

    薬売り「おや……」


    てゐ「もう、朝、か……」

    薬売り「もう、朝です」


     妖兎は、窓から漏れる光を、何やら神妙な面持ちで見つめ始めた。
     妖兎本人が口走るように、夜行性の兎にとっては、朝の木漏れ日は夢現への入り口と同義なのだ。
     しかしながらまぁ……だからと言って、必ずや朝に眠るとは限らん。
     そこはほれ、我ら人でもそうであろう?


    てゐ「なんか……不思議な感じ……うちらにとっては眠りの合図なのに」


     我らとて、享楽にかまけ気が付けばついつい明け方まで……なんて、往々にして起こる事。
     特にこの場合は、空に輝く月明かりが――――自身の”最後の光景”になるやもしれぬとあらば。
     眠る間も惜しんで、いつまでも見つめていたいものよ。


    薬売り「まぁ、如何に夜行性とて……時には例外くらい、ありましょう」

    てゐ「そう、ね……つかよく考えたら、夜行性とかあんまり気にしたことないかも」
     

     そう言うと、妖兎は不意に語り始めた。
     その内容は、他愛もない世間話であった。
     「思えば、随分と奔放に生きた物だ――――」
     そう切り出した妖兎の真意は、過去への夢心地と共に、ほんの少しの”後悔”も含まれていた……のかもしれぬ。
     

    てゐ「夜更かしならぬ朝更かし……つか、徹朝もしょっちゅうだったっけ」

    薬売り「人の生活に、合わせていたのですか?」

    てゐ「はは、違う違う……あたしったら、一日の予定とかなんも決めてなくってさ」

    てゐ「腹が減ったらメシ食って、出掛けたくなったらどっかに消えて、飽きるまで遊び続けて、眠くなるまでずっと起きてて……」

    てゐ「時間なんて関係なかった。したい時にしたい事だけをしてた」

    てゐ「――――逆に言えば、”それしかしてこなかった”」


     そんな妖兎だからこそ、律義に予定を守り続ける玉兎が、不思議でならなかったそうな。
     自分程とは言わずまでも、一日くらい・一刻くらい・一瞬くらい……玉兎は、それすらも破らなかったそうな。

     言うなれば、【時間に縛られた飼い兎】と【時間から解き放たれた野良兎】。
     この全く異なる二つの生き方は、「果たしてどちらが正しいのか」。
     そう、問われた時、誰にも答える事などできやしまい。


    552 = 546 :



    薬売り「よくそんな生活が……続きましたね」

    てゐ「だってあたし、別にうどんげみたく薬師とか目指してないし」

    薬売り「いえ、そうではなくてですね」


    ――――ただし、その問に「薬師の見地」が加われば、話は変わる。
     生きとし生ける物には全て、絡繰りの如き「仕組み」が存在するのだ。
     絡繰りとて、定期的に「手入れ」をせねばやがて動かなくなる道理。
     それがさらに複雑な「生物」とあらば、望む望まぬ関わりなく、時には「したくない」事もせねばならぬのだ。



    薬売り「すぐさまに体を壊しそうな、生活っぷりですが」


    てゐ「そーいえば……ここへ来てからは、病気とかなった事ないかも」



     如何に腹が満ちていようとも。

     眠気など寸でも沸かずとも。

     体を動かし野山を駆けまわりたくとも。




    てゐ「でもまぁなった所で、ここ薬屋だし、そこは――――」




     良薬が、如何に苦かろうと。







    てゐ「…………あ”?」







     生命の仕組みを、維持する為には。





    ――――妖兎の眉が、少しヒクつくのが見えた。

    553 = 546 :

    本日は此処迄

    554 :

    不審な気配が漂ってきた…

    555 :



    てゐ「……今、なんか言った?」

    薬売り「いえ? 何も……」


     それは、瞬きする間もないほんの一瞬の所作であった。
     しかし薬売りは確かに見た。
     明らかに気分を害した妖兎の心情。
     その心情を表すかのような「しかめ面」。
     その中に――――兎を含む獣の本能が見えたのである。


    薬売り「どうか……いたしましたかな?」

    てゐ「…………」


     さらにはこの一瞬の変化は、何も妖兎のみに限らずであった。
     薬売りが妖兎の表情を目撃したのと同じく、妖兎もまた、刹那に薬売りの本能が見えたのだ。

     その顔は――――確かに”笑って”おった。
     それも歓喜の笑みではない。
     かつて自身幾度も向けられた、なじみ深くもいと憎し表情。
     矮小なる者を笑うかの如き――――”嘲り”の笑みである。


    てゐ「何よ……言いたいことがあるなら、ハッキリいいなさいよ」

    薬売り「そうですか……なら、遠慮なく」


     妖兎は、この薬売りの変化を明らかに察知していた。
     そして「やはり見間違いではなかった」と確信するに至る。
     ならば、この唐突に訪れた態度の変わり目は、一体何を意味するのであろう――――
     その答えは、やはりただの一つしかなかった。



    薬売り「フフ…………フフフ」



    【失笑】



    薬売り「フフフフ………………ハッハッハ」



    【冷笑】




    (フフフフフ――――ハハハハハ――――)




    【嘲笑】



    てゐ「――――何笑ってんだよ!」



     真の敵は、月でも巫女でもスキマでもない――――
     この目の前のうさんくさい男こそが、最大の”敵”であったのだ、と。



    【不倶戴天】

    556 = 555 :



    てゐ「何……ついに頭おかしくなった?」

    薬売り「いえいえめっそうもありません……あっしは至って正常ですよ」

    薬売り「と言うより、可笑しいのは……むしろ」



    【御前】



    薬売り「の、方かと」


    てゐ「――――はぁ!?」


     ついには体裁を繕う事すらしなくなった薬売り。
    「言いたい事を言えと言われたから言っただけだ」。
     そう言わんばかりに吐き連ねる言葉の節々は、見事なまでに他者への敬意を感じさせない。


    てゐ「なんだお前……何いきなりグレ出してんのよ……」


     思えば……身共と対面した時もこんな感じだったの。
     第一印象としてはこう、敬意とは反対の……そうだ。
     あれは言うなれば、”軽蔑”の眼差しと言った所か。


    薬売り「だって……そうじゃないですか……」

    薬売り「笑わない方がどうかしてる……こんな……」


     皆の衆努々忘れることなかれ。
     そう、このすごぶる意地の悪~い様相こそが、薬売りの持つ本来の姿なのだ。
     いや、絶対そーに決まっておる。嗚呼~間違いない!
     この根拠なく他人を苛立たせる性は、まさに天性・天資・天賦の資質。
     もはやそれ以外に、考えられぬのだよ。
     


    【笑】



    薬売り「壮大で……雄大で……永遠に近き時を跨るまでの……」


     さすれば退魔の剣の持ち主は、やはりこの薬売りこそが望ましきかな……
     えぇい! この際だからキッパリ断言してしまおう!
     よいか? 他者に纏わる情念・因果・思いの丈、その他諸々諸行無常の数々――――。
     この薬売りにとっては、それらの一切などな。
     あくまで、”退魔の剣を抜く為の道具”に過ぎぬのだよ。



    薬売り「……………………”茶番”など」




    (笑)】




    てゐ「 ん だ と コ ラ ッ !」

    557 = 555 :



    てゐ「言うに事欠いて……茶番だぁ……!?」


    薬売り「違う……とでも、言いたいのですかな」


     この薬売りのとてつもなく無礼な一言が、案の定妖兎に、一つの情念を露わにさせた。
     その情念とは、とどのつまり「怒り」。
     秘めたる理を、よりにもよって”茶番”などとバッサリ言い捨てられては、無論妖兎の気分を余す事無く「害する」事請け合いである。


    てゐ「さすがのあたしも読めなかったわ……まさか、このタイミングで”喧嘩”売られるたぁね」


    薬売り「売ってるのはむしろ油じゃないですかね……それも、貴方の方が」


     あれほど表情豊かだった妖兎の顔が、怒気一辺倒へと偏っていく。
     この怒気が深める皺の一本一本が、まるで兎の持つ毛皮のようにも見えなくもない。
     結果、妖兎が時を追うごとに、ますます眉を顰める最中にて。
     しかしそれでも、まだまだ薬売りはへらず口を辞めなかったのだ。


    薬売り「一分一秒も……惜しいのではなかったのですかな」


    薬売り「――――”無駄な”足掻きをする為に」



    てゐ「このッ――――」



     そしてついには――――妖兎は、言い返す事すらもしなくなった。
     怒りの行き着く果ては舌戦にあらず。
     それは妖兎に限らず、生きとし生けるもの全ての理と言えよう。
     しかしいみじくも妖兎にとって、薬売りのこの唐突な挑発は、脳裏に描かれし「戦」への、丁度よい前哨となったのだ。
      

    てゐ「それ以上舐めた口を効いたら――――”今度こそ撃つ”!」


    薬売り「おや……おや……」


     にしても、薬売りも薬売りだ。
     一体全体、何を思ってこんな真似を――――と、皆は思うであろう?
     
     よいのだそれで。今はそのままでいい。
     この時は、”まだ”誰にもわからなかった。それこそが、唯一の正解なのだから。



    【決闘・再び】


    558 = 555 :



    てゐ「そろそろ笑って済ませらんないわよ……ちんどん屋ァ……!」

    薬売り「ご無体な。よもや、丸腰の相手に弾幕を放つおつもりですかな?」

    薬売り「弾幕とは……優雅さと可憐さを優先した、”誇り高き決闘”と聞き及んでおりましたが?」

    てゐ「――――黙れッ! 煽って来たのはお前だろ!」


     妖兎が放つ怒りの訴え、まさに一言一句がその通りである。
     此度の薬売りが放ったは暴言は、もはや失言などと言う段階ではない。
     露骨に、誰が見ても、あからさまかつ明らかに、「わざと」である事は明白であった。


    てゐ「自分の立場……わかってんのかお前……」

    薬売り「立場? はて……”たかが兎”に立場などあるのでしょうか」

    てゐ「そのたかが兎の手を借りないと――――”帰る事すらできない”のは、どこのどいつだ!」


     さらに言わば、この突如反逆し始めた時機もすこぶる不自然である。
     妖兎も感じていたはずだ――――ここは【迷いの竹林】。
     この妖兎に代表する永遠亭の者が、”たまたま”その場所におったからこそ、迷い人が帰路につけると言うのに……
     案内人なくしては、”永遠にさ迷い続ける”場所なのに。


    てゐ「今すぐボッコボコにしてやりたいけど、今はそんな暇はない……」

    てゐ「だから……”今の内に”謝れば、ギリ水に流してあげる」


     なればこそ、薬売りの真意が見えぬままであった。
     この身を焦がす怒りに値する理由が、薬売りには存在しなかった。
     妖兎は憤怒に身を任せつつも、虎視眈々と思案に明け暮れた。
     慎重と大胆さを混在させつつ、なんとか薬売りの【真】を得んと、人知れず奮闘していたのだ。


    薬売り「ならば……”後になっても”謝らなかったら、一体どうなってしまうんですかね」


    てゐ「そうなった暁には――――”今後の一切は保証されない”」



     そして妖兎は、ついに最後の手段に出た――――弾幕の出現である。



    【――光――】

    559 = 555 :



    てゐ「もう一度言うわ……”今度こそ撃つ”」

    てゐ「この無数に湧いて出る弾幕を……避けきれるもんなら避けてみればいい……」



    【熱】



    てゐ「たかが兎とほざくなら――――やってみるがいい!」



    【冷】



     妖兎の中の怒りと冷静の割合が、徐々に傾きつつあった。
     その方向は――――「冷静」に向く。 
     唐突さが故に少々面食らった物の、よくよく考えれば、俄然有利なこの状況。
     加えて薬売り最大の武器である『退魔の剣』すらも、自身の手元にあるとあらば。
     「狂うに値しない――――」妖兎はすぐさま、その結論に辿り着いたのだ。



    【明白】



    薬売り「そう、その光だ――――」


    てゐ「…………あ”?」



    【白明】



    薬売り「その弾幕が放つ光……貴方にとっては、あの空を照らす日月よりも身近な光」


    薬売り「否。この幻想郷に住まう者全てが持つ光……四肢を動かすようにして放つ、色彩々の光」



    【薄命】



    薬売り「かの如く、光があまりに身近過ぎたが故に――――」


    薬売り「貴方の視野は、”朧に霞む運びとなった”」



     しかし此処へ来て、また新たな感情が沸いて出た――――”意味不明”。
     まるで説法の如き薬売りの語りが、文字通り「意味不明」としか言い現わせられなかったのだ。



    てゐ(は――――?)



     なれども薬売りの供述は、紛れもなき【真】であった。 
     何に言い換えるでもない。
     言葉の通り、”光が妖兎の眼を覆った”のである。


    560 = 555 :



    薬売り「一説によると……兎は”光を感じる器官”が、強く発達しているそうです」

    薬売り「それは、兎が夜行性な為……元来、”光の薄い環境下”で生息する生き物が為」


    てゐ「だからなんだってんだ……」


    薬売り「ただし……それ故に【色彩感覚】に、やや難があるそうです」

    薬売り「理屈は簡単だ――――”光が色を薄くしてしまうから”」


    てゐ「それが……なんなんだよ……」



    『――過剰なる光への追及が彩を欠き、彩欠けし眼は霞を生む。
       霞は目視を鈍らせ、滲ませ、ついには現すらをも遠ざける――』



    薬売り「ただしその分、幻とはよく馴染む……闇夜と言う名の、幻には」



    てゐ「だ~~~~もう! 一体何が言いたいんだよッ!」



     時に――――話を遮って申し訳ないが、ふと思い出した事がある。
     いやな、身共の知り合いに、とある絵描きの男がいるのだが……
     その者がいつだったか、熱心に語っておった話を、ふと思い出したのだよ。



    薬売り「貴方が真に見るべきは、一寸先の闇ではなかった――――”今ここにある光”だったのだ」



     その者は、若い頃に”色の使い方”に悩んでおったらしくてな。
     と言うのも、絵の「線」ばかりを描き連ね、「色」を学ぶ事をおざなりにしていたそうな。
     おかげで線形こそ卓越なれど、無色無彩が故に、心無き者から「洛書」と評される事がしばしばあったとか。

     そこでその絵描きは編み出した――――”色彩を無彩で表す方法”である。
     曰く、『明暗の差異を強調する事で、あたかもそこに色があるかのように見せる』画法とかなんとか。
     よくわからんが、南蛮にも似たような画法が存在するらしい。
     そこにちなんで、絵描きはその画法を、こう言う風に呼んでおった。



    【コントラスト】


    561 = 555 :



    薬売り「もう見えるはずだ……陽の光満ちつつある、この白々明の刻ならば」

    薬売り「その赤き瞳ならば――――その”光感ずる眼があるならば”」


     まぁ、何故にそんな話を思い出したのかと言うとだな。
     あの時あの絵描きが語った画法が、まんま「今のこの二人」を指す言葉にピッタリだと思うたわけよ。



    てゐ(な…………にを…………?)



     光と言う”白”を感じる眼を持った兎に、因果と言う”黒”を見透かす薬売り。
     まさに明暗と言い現わすにふさわしきこの両者が、「ぶつかり」「争い」「煽り合い」激しく「自己主張」し続けた結果――――
     そこには、確かに”色が現れた”のだ。


    562 = 555 :




    てゐ(……………………)



    てゐ(……………………)



    てゐ(……………………)



    てゐ(……………………)



     あるのにないと認識されていた――――【内在する二つの可能性】として。





    てゐ(……………………月?)



    薬売り「そう……”こちらだったんですよ”。貴方が捜し求めていた物は」




    てゐ(な――――――――ッ!?)



    563 = 555 :

    ナイスク見てくる

    564 :




    てゐ「え――――え? え?? え???」



     この瞬間、またしても別の色が現れた。
     まさに「青冷める」とはよく言った物で、物の例えであるが、その言い回しは実に言い得て妙である。
     その証拠に、まるで顔料を塗りたくられたが如く……
     本当に妖兎の顔が、みるみる内に蒼く染まっていくではないか。



    てゐ(なんで――――似てたから? 流したせい? こんな単純な字を?)



     漆黒の如き闇夜の中を、人々が認知する事は叶わず。
     しかしそこには、確かに何かがいる。
     人々はいつしか、その闇夜に蠢く何かを、妖と名付けた――――
     夜に生きる生き物とを、分ける意味合いで。



    てゐ「な…………んでぇ…………? どぉしてぇ…………?」



    【答】


    薬売り「だから、最初に申し上げたんですよ――――”何故明かりをつけないのか”と」

    薬売り「如何に夜分深き最中とて、ほんの少しの明かりさえあれば…………」

    薬売り「貴方なら…………”見えたはずだったのに”」



     草木も眠る丑三つ時
     家々から明かりが消え、人々は寝静まり、安らかな吐息に包まれる時間。
     それらを生むが、すなわち、闇――――
     夜と名付けられた闇は、一時の休息を齎すと同時に、とある目覚めを呼び覚ますのだ。



    てゐ「暗…………かった…………から…………?」



     しかし仮に闇夜に目覚めたとて、真なる闇の前には何も見えぬ道理。
     「見」は光無くしては叶わぬ。
     それは、如何に光感ずる眼を持とうとも――――輝きなくしては、そこはただの暗黒にすぎぬのだ。



    薬売り「だって…………ねえ? ほら、言うじゃないですか…………」


    薬売り「兎は――――”耳がいい代わりに目が悪い”んだから」



     すなわち――――”光届かぬ場所こそ真なる闇”。
     そんな場所など……いつだって、人々の心の内にしか、なかったのだから。



    【無明】

    565 = 564 :




    てゐ「そんな…………じゃあ…………これって…………」



    【不穏】



    てゐ「あたしが……口に入れた物は…………」



    【不吉】



    てゐ「あたしが…………”そうだと思って”食べた物は…………!」



     妖兎は、恐る恐るその手を壺へと伸ばした。
     その手は細切れのように震え、滲み、肌色は顔面動揺、実に青く染まり切っておった。

     妖兎は、抗っておったのだ――――恐怖と。
     恐怖とはすなわち、この場における最悪の結末。
     して妖兎にとっての最悪とは、”思い描いていた最善の真逆”。



    【呉牛喘月】

    566 = 564 :




    薬売り「さにあらず。あるはずもない、絵空事同然の産物……だが」


    薬売り「なればこそ、仮に……無を有と認識し直せば」



    薬売り「内在する二つの矛盾が…………観測することで初めて現れると言うならば」



    薬売り「”永遠は終わらず”と――――その言葉を信するならば」
     


     途切れる息を耐えながら。
     溢れる汗を拭いながら。
     気が狂いそうな程の恐怖に抗いながら……妖兎の手はついに、真を掴んだ。


     そして、映した。
     今昔の刻を跨ぎし、確かに存在する真を――――その光感ずる眼にて。



    薬売り「傷を治す、どころか…………」










    薬売り「――――”永遠にそのまま”と、言う事に」



    567 = 564 :




    (…………あっ)



    【折】



    (あ…………あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ)



    【諦】



    (あっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっあっ――――!)



    【悟】



    【覚醒】






    【――原始の痛み――】





     「あ”あ”あ”あ”あ”――――」
     今度は、実に鮮やかな【赤】が降り注いだ。


    568 = 564 :


    本日は此処迄

    569 :

    キナくさくなってきたな

    571 = 570 :




    てゐ「(形容不能)――――!!!!!」



     荒れ狂う猛獣と化した妖兎が、部屋の隅々をありとあらゆる手段で破壊していく。
     ひっかき、殴り、蹴り、頭を叩きつけ、代わりに全てを【赤】く印づけていく。
     部屋が部屋たる所以の物を、片っ端から破壊していく”さっきまで兎だった”生き物。
     こうなれば、もはや一種の「災害」と呼ぶのが相応しかろう。



    薬売り「…………」



     かのように、悪夢の如き光景を目の当たりにしている薬売りであるが――――ほとほと呆れる。
     そんな実に繽紛たる光景を、あろうことかこやつは……”見てすらいなかった”のだ。




    (あ”あ”あ”あ”あ”――――……)




    薬売り「……いやはや、実に興味深い物です」

    薬売り「記憶を巻き戻すはずの幻肢痛が、永遠に続くと言うこの矛盾……」

    薬売り「となれば……少なくとも、今度は戻る事すらできなくなる」

    薬売り「前にも後ろにも進めなくなる……”今しか生きられなくなる”」




    (ア”ア”ア”ア”ア”――――……)




    薬売り「いいじゃないですか……別に……例え、本人にとってはどれほど不幸な出来事であろうとも」

    薬売り「”心折れる事で”新たな道が、拓ける事も……あるのですから」




    (A”A”A”A”A”――――……)



    572 = 570 :




    薬売り「…………おや?」


     まぁそんな、見るも悍ましき修羅の最中であるがな。
     とにもかくにも、一言だけ申したい――――「阿呆」。

     ったく、本当にこやつだけは……
     大体な、猛り狂う獣が、目の前で荒ぶっておると言うのにだな。
     何を呑気に、ぶつくさと「独り言」を呟いておると言うのか。




    (貴――――様ァ――――!)


     

     速い話が、とっとと逃げればよかったのだ。
     少なくとも、この暴れ狂う獣の「視界から外れる」猶予くらいはあったはずだ。

     まぁ……今更こんな事を言うても、もう手遅れである。
     それに見方を変えれば、せっかく訪れたまたとない機会とも言えよう。
     これを機に、この薬売りも一篇、己が身で味わってみればよいのだ。
     


    薬売り「どうか……しましたかな?」



    【捕】



    【掴】





    (許サナイ…………絶対ニ…………許サナイ…………!)





    ――――モノノ怪を成す程に深き、情念の痛みを。



    573 = 570 :




    「お前だけハ…………許サナイ…………!」



    薬売り「……これは、これは」


     かくして、化け物と形容されるほどに変貌せしめた妖兎の姿は、激しき痛みの果てに、もう一段階の変貌を遂げた。
     その姿は――――薬売りにとっては、よく見知った姿であった。
     その証拠にまるで、「古い顔なじみに再会したかのように」表情を緩ませる薬売りの姿が、そこにはあったのだ。
     目前の相手が、”怨みに塗れた”朱き兎にも関わらず、である。



     未だ得体の知れぬ薬売りが、知人と称して懐かしむ存在。
     その相手もまた、同じく得体の知れぬ存在である。
     そんな、懐かしくも忌むべき面影が、何故か兎から現れた……
     とどのつまり、兎はついに成したのだ。




    【”怪”眼】




     因果と縁に憑りつきし魔羅の鬼――――すなわち、”モノノ怪”である。


    574 = 570 :




    「騙ジダな”…………お前ハ”また”あたしヲ、騙ジダんだ”!!」


    薬売り「はて……また?」

    薬売り「貴方様とお会いするのは……昨日が御初だったと記憶しておるのですが」



    【沸】



    「 黙 レ え ェ ェ え え ぇ ッ ! お前も”アイツラ”と同じダッ!!」


    「あたしガもがき苦しむ様ヲ、見世物のように見ていた”アイツラ”…………」


    「あたしガ壊れるのヲ、嬉々とした目デ見てイた”アイツラ”…………ッ!!」



    【溢】



    「何もカもガ、同じジャないカッ!! まタ同じ事ヲ! コノあたしニ……!」



    【連呼】



    「オ前が壊しタ…………何もかもヲ…………お前が……まタしてモ、お前ガ……ッ!」



     妖兎――――もとい「元兎」は、誰が見ても錯乱に陥っておった。
     薬売りが上手く言い返せぬのも無理はない。
     悲痛ながらいまいち要領を得ぬこの訴えからして、おそらくは過去。
     それも後々までに語り継がれる「痛ましい一幕」が、今昔の区別なく混同しておるのだと思われる。



    【積年の恨み】


    575 = 570 :




    「許サナイ”――――あたし達ヲ壊したお前ハ――――絶対ニ許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



    薬売り「と、言われましてもねえ……」


     支離滅裂を訴える兎の化け物は、ついにはその口を、大きく開き始めた。
     ベリベリと裂けそうな程に開いたその口腔からは、兎特有の、実に先鋭なる牙が現れた。
     そんな実に禍々しき牙が、ゆっくりと薬売りの頭上へ昇っていく……
     ここまでくればもう、何をしようか一目瞭然である――――”齧る”つもりだ。
     


    薬売り「堪忍してくださいな……如何に藪と評されたとて、やってもいない事を責められては、あっしも面目が立ちませぬ」

    薬売り「それに今回は……”貴方が勝手に”間違えただけじゃないですか」

    薬売り「貴方が自ら……己が無知を”棚に上げて”」


     そしてそんな危機的状況にも拘らず、俄然態度を崩さぬ薬売り。
     怯え慄き、命乞いでもすればまだ人間味もあると言う物だが……
     どころかさらに「開き直り」始めたとあらば、やはりこやつも人知から遠いよの。



    「許サナイ”――――許サナイ”――――許サナイ”ィ”ィ”ィ”――――!」



     はて……そういえばいたな。
     ほれ、いただろう。かの書の冒頭にて、主役の血縁者と思えぬくらい、どうしようもなく畜生な連中が。
     やたらと利己的で、無駄に性悪で、異様に執念深く、かつ意味もなく悪趣味で――――とりわけ”嬉々として誰かを陥れる”。
     そんな、まるで今の薬売りに瓜二つな人物が。



    【八十】



     かのように、かつて自分を陥れた人物と、薬売りとが重なって見えた……のか?
     うむ、ならば仕方がないな。
     此度の妖兎に訪れたこの不幸な出来事は、明々白々”薬売りの仕業”なのだから。
     


    薬売り「致し方……ありませんな……」






    【――――待った】



    576 = 570 :




    薬売り「よいのですかな――――このままあっしの頭を齧れば、永遠に”永遠から回帰する術”は無くなりますが」



    「何…………だとォォォォオ”…………?」



    【提言】



    薬売り「侮るなかれ。如何に藪とて薬師の端くれ」

    薬売り「罹りし病如何なる大病とて――――少なくとも、”診る”事はできる」


     これはこれはまた酔狂な事を。
     この期に及んで何を宣うかと思いきや、言うに事欠いて「診てやる」だと?
     風邪や頭痛とはわけが違うのだぞ……
     仮に全ての薬師をこの場に集めたとて、誰が「永遠」なんぞを治せると言うのか。 
     


    「言”え”ッ! あだじは一体ドゥ”すレ”バ…………言” え” ッ !」



     そりゃあ、当人は藁にも縋りたい面持ちであろうがな。
     しかし努々忘れてはならぬ――――”相手はあの薬売り”。
     薬師として見た場合の薬売りは、もはや藪どころの話ではない。
     関わる者皆すべからく不幸に見舞わす、まさに厄災が服を着て歩いているような存在なのに。


    薬売り「服用者に永遠を齎すなどと言う、実に摩訶不思議極まる薬……」


    薬売り「なれども――――永遠が薬の形を成す限り、永遠もまた”薬の理”から逃れられぬが道理」


     そして薬売りは解く。
     薬の成り立ちから服用の仕方、種類、成分、その他薬に纏わる諸々、等々、色々……。

     ……ぇえいこの藪め! やはり教える気などないではないか!
     学術語だらけで全くわけがわからぬ……と、素面の身共ですらこの様だ。
     とあらば無論――――”壊れ行く兎”に、伝わる事などあるはずがない道理なわけで。


    577 = 570 :



    薬売り「つまりですね――――」



    【焦】




    「は”や”ぐ”言”え”ぇ”ぇ”ぇ”え”え”ぇ”ぇ”え”え”え”ぇ”ぇ”え”!!」



     しかしそんな、難解極まる薬売りの教授も、かろうじて理解できる事が一つだけあった。
     否、わかると言うより「知ってた」と言うべきか。
     ほれ、よく言うではないか。
     薬と言えど、用法用量を守らねば”転じて毒となる”と。




    薬売り「――――”下す”んですよ。貴方の身を侵す、永遠と言う名の”毒”を」





    (毒――――?)




    【応急】

    578 = 570 :



    薬売り「永遠とは……求める者にとっては薬となり、そうでない者にとっては毒となる」

    薬売り「まさに、今の貴方そのもの……貴方にとっての永遠とは、何物にも受け入れがたき毒でしかなかった」


    【毒】


    薬売り「毒の解毒は時間との勝負です。一度体に入り込んだ毒は、時を増すごとに体の隅々を駆け巡る」

    薬売り「毒が強くあればあるほど、さらにその時は短くなる……そして、直に手遅れとなる」


    【切迫】


    薬売り「しかしご心配なく。薬毒の誤飲など、往々にして起こる事態」

    薬売り「さらには此度の場合ですと、まだ含んでからの時が浅い……よって、”正しき処方”を施せば、回復は十分見込まれます故」


    【希望】




    「言エ”……その正しキ処方とハ……一体なンダ……!」




    【的確】


    【処置】


    【解】




    薬売り「――――”吐く”んですよ。文字通り」


    薬売り「毒を含んだその口から、全てを吐き出すように……いままで食らった全てを、ね」



    【自己誘発性嘔吐】


    579 = 570 :




    「う”――――か”ぁ”ぁ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!」


     「吐く」――――その言葉を聞いた妖兎は、すぐさまその指を喉奥へと突っ込んだ。
     ただでさえ血塗れの指が口に入る事で、唾液と交ざったか、ぐちゅぐちゅと不快な音が掻き立てられていく。
     しかしそれでもかまうことなく、指は一心不乱に動き続けた。
     まさに泣きじゃくる赤子の如く……溢るる嗚咽を、大量に漏らしながら。



    (――――え?)



     しかしそんな決死の行為も、”ある時”を境にピタリと止まってしまう。
     それはやはり、兎の持つ性が故なのであろう。

     そう、兎は――――聞こえてしまったのだ。
     空耳と思しき小言。なれども聞き捨てならない、希望の言葉を。




    薬売り「そう言えば…………確か…………」




    【呟き】


    【疎覚え】


    【聞き齧り】






    薬売り「”四つ葉のシロツメクサ”に…………そのような効能が…………」





    【想起】





    (四つ葉のシロツメクサ――――!)



    580 = 570 :



     「――――四つ葉のシロツメクサ」。
     その単語を聞くや否や、兎は一目散に飛び出して行った。
     勢いついでに「ドンッ」と薬売りの身を突き飛ばしたのだが、しかし当人は気づいてすらいなかったであろう。
     言わば他の一切が知覚できぬ、矢庭の走。
     だがその決断と行動の速さたるや、これもまた、兎の性が故であった。



    【跳】



     すなわち――――【脱兎の如く】。
     そうして兎はたった今、確かに、”自らの意思”で、外へと飛び出していったのだ。




    薬売り「あったような……」




    【飛】



     あれほど守ると宣った永遠亭から――――
     あれほど憎んだ、薬売りの元から。




    薬売り「なかった……ような…………」




    【兎卯・亡】



    581 = 570 :




    【孤立】


    【無縁】



    薬売り「やれ、やれ…………」


     そして、亭は――――ようやっと、本来の静けさを取り戻した。
     さながら狼藉者に押し入られたかのような、乱雑に散らかされた一室ではある。
     だがしかし、これらの乱れを片そうとする者など、どこにも存在しない。
     この乱れに文句を垂れる者など……もはや誰一人として、いないのだ。



    【森閑】



    薬売り「全く…………最後まで懐かない、うさぎさんでしたよ」

    薬売り「如何に臆病な気質とて……もう少しくらい、愛想を振りまいてくれても良さそうな物ですが」



    【無常】



    薬売り「まぁ、確かに……少々強引な手段を使ったのは、認めますがね」

    薬売り「よいのですよ。こうして無事、果たす事ができたのですから……」



     竹林に佇む一軒の御屋敷の最中にて――――
     本来そこに居るべき住人が、誰もいないとはこれ如何に。
     いるのはただ、空に語り掛ける、どうにもうさんくさい男が一人。




    薬売り「――――”貴方との約束”を、ね」




     と、最後まで誰にも認知される事のなかった――――【六人目の住人】の、二人と。



    【盟約】

    582 = 570 :




    薬売り「さて……では……」


    【凜】


    薬売り「後の方は…………”よろしく御頼み申し上げ候”」


    【臨】


     そう言うと薬売りはそっと着物を整え、静かに座した。
     そして、待つ。
     「もはや為すべき事はなし」「もはや自分には、座して待つ以外に為せる事はなし」
     そんな事でも考えてそうな、何とも言えぬ呆けた表情を浮かべながら。



    薬売り「…………」



     そしてそんな「静」を貫く薬売りとは対照的に、「もはや待ちきれんと」ばかりに蠢く、一つの物があった。
     そう、皆もご存じ――――『退魔の剣』である。



    薬売り「…………そう急くな」


    退魔の剣「~~~~ッ!」



     「奪われたはずの剣が何故薬売りの元へ戻っているのか」。
     その答えは至極簡素な理屈である。
     速い話が、”忘れ去られた”のだ。
     折角奪い取ったにも関わらず、焦る余りに置き去りにしてしまった、あの荒ぶる兎によって。



    薬売り「直に…………戻って来る」


    退魔の剣「~~~~ッ!」


    薬売り「直に自ら…………”全てを返しにやって来る”」


    退魔の剣「~~~~ッ!」



     「だからただ、待っていればいい」。
     これまたそんな事でも考えてそうな、澄ました顔で――――
     薬売りはただひたすらに、待ち続けているのであった。



    【――――いってらっしゃい】


    583 = 570 :



    【動】


    【道】


    【豪】


    【仰】


    【――止――】



    584 = 570 :




    (……………………)



    【再】



    【進】



    【進】
    【進】
    【進】
    【進】



    (――――だ)



    【進】
    【進】
    【進】



    (ど――――こだ――――)



    【進】
    【進】
    【進】



    (どこに――――いゃる――――)



    【進】
    【進】



    585 = 570 :



    【進】


    【至】




    (――――!)




    【発見】


    (四つ葉のシロツメクサはどこにある――――!)




    【――最後ノ獲物――】

    586 = 570 :

    本日は此処迄

    587 :




    「どこだどこだどこだ――――四つ葉のシロツメクサは、一体どこにある!!」



    ――――兎は、一心不乱に探し続けた。
     傷だらけの御身を引っ提げ、ただでさえ薄暗き竹林の中を、あるかどうかもわからぬ「四つ葉のシロツメクサ」だけを求めて。
     


    (どこだどこだどこだ――――どこだどこだどこだ――――!)



     兎にとっては、まさに死活問題であった。
     文字通りまんまと盛られた一服。
     してその効能は”望まぬ永遠”。

     「――――永遠は望む者には薬となり、望まぬ者には毒でしかない」
     薬売りの言葉を借りるなら、妖兎にとっての永遠は、まさに毒でしかなかったのだ。



    「速く――――見つけないと――――」



     何故ならば、永遠とはすなわち不滅と同義。
     そして不滅が齎すは、兎の存在そのもの。
     なればこそ、言葉の通りに兎を「永遠の存在」にしてしまうのだ――――”全身を痛めつける古傷と共に”。



    「速く見つけないと――――あたしは――――あたし”達”が――――!」



     しかしながら、兎が真に危惧する事は、傷の不治ではなかった。
     兎が真に願いし事――――すなわち永遠亭の守護である。
     傷の治療を目指し、暗躍し続けたるは未だ記憶に新しい。
     しかしそれらは、あくまで目的遂行に至る、過程の一部でしかなかったのだ。

     だが――――それもこうして、夢半ばに潰えようとしている。
     兎の計り事が、”どこぞの薬売りのせいで”大幅に狂った事は、もはや言うまでもない事であろう。

    588 = 587 :




    (速く――――速く――――…………)



     よって兎は、持てる全てを”今”に使った。
     未来も過去も全てを忘れ、ただひたすらに「目前の希望」だけにしか目を向けなかった。
     そうする事でしか、先が見えなかった――――未来を駆ける自分が、浮かび上がらなかった。



    (は…………やく…………)



     そう言えば……身共も久しく見ておらんな。
     四つ葉のシロツメクサ、か。はて、最後に見たのはいつの頃だったか。
     確か……ええと、修行時代に見た事があったような、なかったような……
     ええいどうでもよいわ。
     要は、かのように徳高き身共ですら、おいそれと御目通り叶わぬ草なのだ。
     



    (……………………)




     そんな稀有極まるシロモノがだな。
     こんな昼間も薄ッ暗い竹林で、しかも全身手負いの状態で、早々都合よく見つかるはずが――――





    「――――――――”あった”!」





    【奇跡】

    589 = 587 :



    「あった――――あった! これだ! 間違いない!」


    「やっぱりそうだ…………ちゃんと”全部”四つ葉になってる!」


     ま、真かこやつ……
     身共ですら数える程しか見た事がない四つ葉のシロツメクサを、いとも容易く見つけ出しよった。

     しかも……んん? これは……



    【会同】



    ――――なにィ!?
     四つ葉のシロツメクサの”群生”だとォ!?


    590 = 587 :




    「これで……やっと…………」



    (――――あれ?)



     俄かに信じられん……四つ葉のシロツメクサは孤立無援の亜種草と聞き及んでおったのだが……
     お、落ち着け皆の衆! これは断じて偶然などではない!
     この現象は……あと……そう……”因”だ! 
     天網恢恢疎にして漏らさず。これは所謂、「因中有果」の範疇なのだ!



    【因果論】



     よいか? 修験に代表される世の教えには、得てして等価の原則が付きまとう。
     してその等価こそが、すなわち因果。
     善因善果悪因悪果。善い行いが幸福を齎し、悪しき行いが不幸を齎す教えの意だ。

     ほれ、おぬしらとて聞いた事くらいあるであろう。
     平たく言えば――――「因果応報」と呼ばれるモノよ。



    【四印】



    「え――――ちょっと待って……」


     よって此度の現象は、この兎の善因が、このように「シロツメクサ」と言う印で現れたに過ぎん……。
     ふん、種が分かれば粗末な物よ。
     よくよく考えれば、頭脳明晰にして修験の道極めしこの身共が、この程度の事で狼狽えるものか……と言う話よの。



    【幡】



    ――――で、だな、話の続きなのだが。
     善因あらば無論悪因もあり、両者は互いに引き合う定めなのだ。
     善ある所に悪あり、その逆もまた叱り……
     よって悪因の印また、同じく何らかの形で現れるわけで――――ほれみよ、やっぱり現れよった。




    (服用(たべ)方がわからない――――!)




     このようにして、兎の悪因が”急場の忘失”を招いたのだ。



    【因幡】

    591 = 587 :



    「く………………そ…………」


     この土壇場でまたしても新たな課題にぶつかるとは、つくづくなんと言おうか……
     まぁ確かに、四つ葉のシロツメクサを「取る」者はいても、「食す」者など早々いまい。
     そうだ、この際だからついでに教えといてやろう。
     四つ葉云々関わらずな、シロツメクサを食すには、それ相応の手間を必要とするのだ。



    【困惑】



     皆の衆も覚えておけ。
     シロツメクサにはな、実は――――”毒”が混じっているのだ。
     そこらに生えているからと言って無闇に食えば、たちまち体調を崩し、最悪の場合は命を落とす事すらある。
     これを”青毒”と言ってな……
     よってシロツメクサを食すには、事前の「毒抜き」の手間が必要不可欠なのである。



    【思案】



     惣菜として食すか、薬草として飲むか。
     いずれの場合にせよ、この「毒抜き」の過程なくば口に含む事は叶わん。
     ……え? 薬師でもないのに何故そんな事を知っているかだと?
     それは……ええと……阿呆! 学書から学んだに決まっておろう!



    【経験】



     ったく、身共を誰と心得るのかと……ま、まぁ、そういうわけでだな。
     皆の衆がどこぞの山にでも遭難した暁には、きっと今の知識が役に立つと思われようぞ。



    「う”…………う”ぅ…………」



     の、だが――――そんな、折角の修験者の知恵が全く役に立たぬと言う、哀れなる存在がこの兎。
     この様子からして、十中八九毒抜きの方法など知らぬであろう。
     そして仮に知ってたとしても、やはり出来なかったはずだ。

     知ろうが知るまいが関係ない。
     単純な話だ……今の兎に”そんな暇などありはしなかった”のだ。




    【勝負】



    【博奕】





    「う…………オ ォ ォ ォ オ ォ オ オ ォ オ ! !」




     
     よって兎は、運否天賦に賭けるしかなかった―――
     四つ葉のシロツメクサを”そのまま食らう”と言う賭けに。






    592 = 587 :




    「オ”オ”オ”オ”オ”オ”――――!!」



     貴重な四つ葉のシロツメクサを乱雑に鷲掴みにしたあげく、力任せに引っこ抜き、齧り、引き裂き、その赤き喉奥へと無理矢理押し込んでいく――――
     その勢いたるやまさに猪突猛進が如し。
     草に付着した土毎食らうその様は、誰が言ったか「毒を食わらば皿まで」の体現と言えよう。



    「…………う”ッ!」



    「う”っ…………ん”っ…………ぐぅ…………ッ!」



     しかし兎はその覚悟が故に、三度壁へとぶち当たる事となる。
     その反応、その顔色……はは、かつての身共とまんま同じである。
     どうだ、生で食すシロツメクサの感想は……
     その味はもはや、たった一文字で十分表す事が出来ようて。




    (――――”苦”…………っガ…………!)




     わかるぞ兎……そうなのだ。シロツメクサは、とてつもなく”苦い”のだ。
     あの苦味が口いっぱいを侵すとあらば、毒なぞ無くとも誰も食おうと思わん。

     言っておくが、決して大袈裟な揶揄ではないぞ? 
     本当に、この世の物とは思えぬあの不快な味と来たらもぉそれは……
     嗚呼~恐ろしい! 思い出すだけでサブイボが立ち寄るわ!



    【我慢】



    593 = 587 :




    (やば…………吐きそう…………)



     おおよそ食うに値せぬ不味の草を、あろうことか束で、しかも生で貪った兎。
     必然、想像を絶する「苦」が今、兎の口内を駆け巡っている事であろう。

    ……オエップ。すまぬ皆の衆。
     此処だけの話、食についてはあまり語りたくなくてな……。
     ま、まぁちょっとした、とある理由でな。



    (う”……………………)




    【限界】




    (ウ”……………………)




     と言うわけで、少しはこちらの都合も考えて欲しい今日この頃……
     もう十分であろう。不要な忍耐はそこまでにして、とっとと「吐いて」しまえ。 




    (……………………)







    【――――気合】







    「ウ”…………ォ”ラ”ァァァァ――――ッ!」





    【再燃】

    594 = 587 :




    「ア”ア”ア”ア”ア”ア”――――!」


     な、なんと凄まじき執念……
     あの猛烈な苦味を口にしてなお、さらに「お変り」までしようと言うのか。
     それに、それだけの量を一片に食わらば、そろそろ本当に毒が……
     わからん、わからんぞ兎。一体全体、何故にそこまでするのだ。



    【暴飲】




    「ま”だ”だァ”ァ”ァ”ァ――――!!」



     この勢い……ひょっとするとひょっとして、本当に全てを平らげてしまうのか?
     かつての身共ですら匙を投げた、あの超・極不味草を?



    「あ” あ” あ” あ” ぁ” ぁ” ア” ア” ぁ” ぁ” あ” ア” ! ! ! ! 」



    【暴食】



    ……なんであろうか、この内から湧き出る多情なる思い。
     なんだか……なんだかよくわからんが、段々と高揚してきたぞ!



    【不屈】


    ――――ほれ! ゆけ! 兎! 
     そこまで言うならもう止めん!
     その溢れんばかりの情念で持って、見事――――全てを食らいつくしてみよ!






    【本音】






    (……………………いやだ)





    【哀哭】


    595 = 587 :

    ロダが落ちてるっぽいので一時中断します

    596 = 587 :




    (苦い…………苦いよ…………まずいよ…………なにこれ…………)


    (いやだよ…………もう…………こんなのもう、食べたくなんかないよ…………)



    【苦痛】



    (辛いよ…………苦しいよ…………体中が痛いよ…………血が止まらないよ…………)


    (こんなに辛いのに…………こんなに苦しいのに…………)


    (あたしはどうして…………”まだ生きている”の?)



    【苦行】



    (どうしてあたしだけが…………こんな…………)


    (どうして…………こんな目に…………)



    【荒行】



    (教えてよ…………誰か…………)


    (わからない…………何も、わからないよ…………)


    (あたしは最初から…………何も…………)



    【難行】





    (”自分が誰なのか”さえ…………)





    【至】


    【境地】



    (え――――?)

    597 = 587 :



    「は…………?」



    「でも…………だって…………」



    598 = 587 :




    「兎が…………兎が…………”ただの兎が”こんな目に合うものかッ!」


    「今…………?」



    「今…………は…………」




    599 = 587 :






     かごめ かごめ





    「今は…………」





     籠の 中の 鳥は





    「今の…………あたしは…………」





     いついつ出やる





    「今は…………ただ…………」





     夜明けの 晩に


     鶴と亀が 滑った





     後ろの正面 だあれ?


    600 = 587 :




    ――――身共は一体、何を見せられているのだろうか。
     薬売りにまんまと一杯食わされ、その食わされた毒を下すべく、四つ葉のシロツメクサを求めたと……そう認識していたのだが。
     兎の思いがけぬ豪快な食いっぷりに、少しばかり我を忘れていたのは認めよう。
     だがな……いや、確かに気が高揚していたとは言えだな……



    【効用】



     それでも……仮に草が、毒であろうとなかろうと……
     やはり、かのような形で御身満たさんとは、どうもこう……夢見心地な気分と言うか、何と言うか。



    【落】


    【陽】



     ひょっとして、知らずの間に眠りにでも落ちてしまったのだろうか。
     いかんいかん。だとすれば、身共ともあろう者がなんたる失態か。
     今一度気を引き締めねば……おおい誰か、身共の頬を軽くつねってはくれぬか。



    【赤】



    【橙】



    【黄】



    【水】



    【青】



    【藍】





     そして、でき得るならば説いてくれ。
     何故にこうして――――兎の身から”傷だけが剥がれ落ちて行く”のだ?





    【――色・彩々――】





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