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元スレ京太郎「虹の見方を覚えてますか?」
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洋榎「んじゃ、また明日なー」
由子「またなのよー」
恭子「ほな、また」
京太郎「……」
洋榎「……」
京太郎「すみません、せっかく友達との時間なのに邪魔してしまって」
洋榎「なんや急に。別にかめへんよ」
京太郎「洋榎さん、今日はありがとうございました」
洋榎「なにが?」
京太郎「久々に学校に行けて、とても懐かしい気分になれましたから」
洋榎「え、今まで全国の高校回ってた言うてたやん?」
京太郎「確かにそうです…けど今日みたいに普通に登校したり、授業を受けたり」
京太郎「会話こそできませんでしたけど、洋榎さん達と駄弁ったりできました」
京太郎「そういうのがなんだか懐かしくて」
洋榎「……ふーん」
京太郎「さっ、帰って勉強の続きをしましょうか」
洋榎「そうやな」
――12月上旬 大阪
いよいよ試験が迫ってきた。残り1週間、有意義に使わないと
洋榎さんの進捗状況はというと、正直言ってそう悪くはないと思う
俺や雅枝さんが結構うるさく勉強するように言ってたのが効いたのかもしれない
文系科目や生物、化学などの暗記が主な分野はなかなか仕上がってきたと思う
それでも高得点を狙えるというより、なんとか平均点は取れるかな?という感じだが
数学の方は全く問題ないように思う
ていうか時々レインマンかと見紛うほどの計算能力を発揮するからすごい
単純な計算能力や水平思考は素晴らしいものを持っている
さて、問題の物理だが正直よく分からない
数学的な部分は気にならないんだけど
洋榎「さっぱりわやや…」
京太郎「うーん……基本が出来ていないと言えば、そうなんだけど」
洋榎「はぁ…物理なんてよう分かれへんし、全然おもんないわぁ…」
おもんない、ねぇ…
京太郎「洋榎さん、麻雀は好きですか?」
洋榎「?、まぁ好きやけど」
京太郎「野球を見るのは好きですか?」
洋榎「阪神応援するのは好きやで」
京太郎「数学は?」
洋榎「うーん、まぁ学校の授業の中では好きな方やな。得意やし」
なるほど
京太郎「……分かりました。なら物理も好きになりましょう」
洋榎「はぁ!?」
京太郎「無駄に問題解法のテクニックを学ぶより、洋榎さんにはこの方が合ってるかもしれません」
洋榎「そりゃあ、好きになるに越したことはないんやろうけど…今更無理やろ」
京太郎「そんなことないですよ。向き不向きはあるんでしょうけど、基本的に学問てのはおもしろいものです」
京太郎「だからこそ、研究者が寝食を忘れてまで没頭することができるんですよ」
洋榎「はぁ」
京太郎「好きこそものの上手なれ。とりあえずやってみましょう」
京太郎「そうですね…まずエネルギーについて話してみましょうか」
洋榎「エネルギー?あの運動エネルギーとか位置エネルギーとかいうやつか?」
京太郎「そうです。でもエネルギーってのはその2種類だけじゃないのは知ってますよね?」
洋榎「太陽光やら風力やらあるなぁ」
京太郎「食べ物にもありますよね?ほら、このカントリーマ○ムの裏見てください」
洋榎「1枚(10.5g)当たり50kcal(キロカロリー)、って書いてあるな」
京太郎「それも、実はエネルギーの一種なんですよ。化学エネルギーなんていいますけど」
洋榎「へぇー。色々あんねんなぁ」
京太郎「では計算お願いします。これ、1g当たり何キロカロリーありますか?」
洋榎「約4.8や」
京太郎「ではここで質問です。映画などでお馴染みの火薬、TNT火薬は1g当たり何キロカロリーあるでしょう?」
洋榎「TNTってあれやろ、ビルとか爆破するやつ」
京太郎「その通りです」
洋榎「うーん……1000キロカロリーくらい?」
京太郎「さすが洋榎さん、おしい」
洋榎「はっはっは、うちをなめたらアカンよ」
京太郎「正解は、約1キロカロリーです」
洋榎「おっ、ぴったしやん!……って、1ぃ!?嘘つけ、カントリーマアムの5分の1やんか!」
京太郎「本当です」
洋榎「で、でもだって、カントリーマアムじゃビル吹き飛ばせないやん…?」
京太郎「それはそうですね。なぜそうなるのか分かりますか?」
洋榎「うーん…分かれへん」
京太郎「単純ですよ、エネルギーを放出するスピードが全く違うからです」
京太郎「これを、仕事率っていいます。授業で習ったでしょう?」
洋榎「まぁ…」
京太郎「TNT火薬は実に100万分の1秒という短い時間で、そのエネルギーを放出します」
京太郎「対して、カントリーマアムは口に入れて、胃に入り、様々な過程を経て」
京太郎「すこーしずつ長い時間をかけて、そのエネルギーを放出するんです」
京太郎「だからこそ、カントリーマアムを食べても人は爆発しないんですね」
京太郎「仕事率の大きさが違うだけで、こんなにも物理的な現象が変わるものなんですよ」
洋榎「なるほどなぁ。それ後でちょうだい」
京太郎「いいですよ」
京太郎「ちなみに洋榎さん、人間の脂肪って1キロで何キロカロリーあるか知ってます?」
洋榎「さぁ?」
京太郎「約7000キロカロリーです」
洋榎「……ほげ」
京太郎「これは、TNT火薬に換算すると7000グラム――つまり7キログラムに相当します」
京太郎「こう考えると、なぜダイエットが大変なのか、なんとなく分かりますよね?」
洋榎「やっぱ、それいらんわ…」
京太郎「そうした方がいいかもしれません」
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京太郎「作用・反作用の法則って軽視されがちですけど、本当はとても重要な法則なんですよ」
洋榎「それって、あれやろ。銃をバーン撃ったら反動で後ろにのけ反ったりする」
京太郎「そうです」
京太郎「じゃあ、その銃を持って下向きに発射したらどうなりますか?」
洋榎「うーん、少し身体が浮く…かも?」
京太郎「その通りですね。だったら下向きに連続して発射したら、宇宙まで行けそうな気がしません?」
洋榎「いや、流石に無理やろ!」
京太郎「そんなことありませんよ。だってこれがロケットの原理なんですから」
洋榎「はぁ!?」
京太郎「ロケットは銃弾の変わりに、燃料を下向きに発射して、その反作用で宇宙に飛び出すんです」
洋榎「そ、そう言えば、そうやな…」
京太郎「もちろん、ロケットに使われている数学や工学などはかなり高度なものだと思いますよ」
京太郎「けど、使っている物理は意外と単純だったりするんですよね」
洋榎「なるほどなぁ」
京太郎「単純と言えば、火力発電とか原子力発電の仕組みって知ってます?」
京太郎「あれも、結構単純で実は巨大な湯沸かし器だったり――」
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京太郎「洋榎さん、熱膨張って知ってるか?」
洋榎「温度が上がると、体積が増えるやつやろ」
京太郎「では、温度が何か分かりますか?」
洋榎「えーと……確か分子のスピードやったけ?」
京太郎「おしいです。正確には、物質を構成する粒子の平均的な運動エネルギーです」
洋榎「はい?」
京太郎「だから、洋榎さん言ったようなのもある程度は正しいです」
洋榎「はぁ」
京太郎「実は、このことがイメージできるようになると、熱力学の大部分が分かりやすくなるんですよ」
京太郎「例えば、さっき言った熱膨張もです」
京太郎「固体の温度が上がると、分子に関して『運動エネルギーが増す→速度が増す』ということが起きます」
京太郎「こうなると、隣り合う原子が互いに喧嘩をして、距離が遠ざかるんですよ」
京太郎「そして、原子同士の距離が遠ざかるから、体積が増えるんですね。これが熱膨張です」
洋榎「なーる」
京太郎「もちろん、この効果はかなり小さいものですから、人間はほとんど気付きません」
京太郎「だから、拳銃に熱湯をかけたり浸したりしても、少なくとも金属部分は何ともないでしょう」
京太郎「でも、例えば全長1000メートルの、一枚の鉄板でできた橋だったどうでしょうか?」
京太郎「鉄の熱膨張は、1度当たり100万分の12くらいです」
京太郎「夏と冬の温度差が40度あったら、この橋の長さはどのくらい変わりますか?」
洋榎「えーと…約0.5メートルだから……約50センチ伸び縮みするなぁ」
京太郎「50センチというと大したことないと思うかもしれませんが、設計者からしたら大変なことです」
京太郎「なにせ、冬に作った橋が夏になると膨張して、大惨事を引き起こす可能性もあるんですから」
京太郎「だから、橋の設計をするときや歩道をセメントで舗装するときなどは、通常溝や遊びを作ったりするんですね」
洋榎「みんなよう考えてるんやなぁ」
京太郎「まったくです」
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洋榎「じゃあじゃあ!この図でなんかおもろい話して!」
京太郎「空気と水の屈折率の違いを表した図ですね」
京太郎「うーん…面白かどうかは別にして、役に立つかもしれない話はできますよ」
洋榎「なになに?」
京太郎「こっからは、作り話なんで他意はないです。あらかじめご了承ください」
京太郎「んん…こほん」
京太郎「むかーし、むかし。大阪は姫松の地に愛宕洋兵衛という者がいました」
洋榎「ん?」
京太郎「洋兵衛はその地で悪逆の限りを尽くしていましたが、あるとき代官の郁乃佐衛門の命により島流しにされてしまいました」
洋榎「おい」
京太郎「島は無人でしたが、幸い木の実や植物はありました」
京太郎「しかし、『たまにはたんぱく質も欲しいなぁ』と思った洋榎さんは魚を捕ろうと決心しました」
洋榎「もう隠す気ないやろ」
京太郎「ついに魚を見つけた洋榎さん。いざ、もりを魚めがけて突き刺しました」
京太郎「しかし、いくら突いても突いても、魚が刺さることはありませんでした」
京太郎「そのうち考えることを止めた洋榎さんは、魚こそ捕れませんでしたが天寿を全うしたそうです」
洋榎「おい」
京太郎「めでたしめでたし」
洋榎「…よう言わんわ」
京太郎「さて、なぜ洋兵衛は魚を捕ることができなかったか分かりますか?」
洋榎「うーん、さぁ?」
京太郎「答えは、光は空気と水との境界で屈折するからです」
洋榎「ああ、この図みたいに。でもなんで?」
京太郎「目の錯覚ですよ」
京太郎「人間ていうのは光は常に真っ直ぐ進むものだと考えています」
京太郎「しかし、実際にはこの図みたいに光は屈折してるんです」
京太郎「このギャップが人間に目の錯覚を起こさせるんですね」
洋榎「なるほどなるほど」
京太郎「だから、もし海で魚などをもりで突き刺そうと思ったら、実際に魚が見えているところより下側を狙わないといけないんです」
京太郎「これで、もし島流しにあっても安心ですね」
洋榎「そんな事ならんから!」
京太郎「光学は、レンズや光ファイバー、地球の周りを回ってる偵察衛星などに応用されています」
京太郎「しかし、俺達一般人にとって光学の最も素晴らしいところは、虹の見方を教えてくれるところです」
洋榎「虹の…見方?」
京太郎「そうです。洋榎さん、プリズムは知ってますよね?」
洋榎「実験で使ったことあるわ。あの光を分解するやつやろ?」
京太郎「せめて分離と言いましょうよ…まあでも、その通りです」
京太郎「簡単に言うと、空気中の小さな水玉がプリズムの役割をして、太陽光を色ごとに分離してくれるんですよ」
洋榎「ああ、だから虹っていろんな色に見えるんやなぁ」
京太郎「そして、空気中に水玉があるためには雨が降らないといけません」
京太郎「だから、虹ってのは基本的に雨が降った日にしか見ることができないんですね」
洋榎「うんうん」
京太郎「でも、俺達が見る虹の光はあくまで水玉の反射した光なんです」
洋榎「反射?」
京太郎「太陽光が水玉に入ってきて、その中で反射した光がうまく七色に分離して虹になるんです」
京太郎「だから、虹は太陽を背にしないと見ることができないんですよ」
洋榎「ははぁ」
京太郎「虹の見方を簡単にまとめるとこうです」
京太郎「雨の降った日、太陽が出て、なおかつ太陽を背にして斜め上を見る」
京太郎「簡単でしょう?」
洋榎「けっこう厳しい条件なんやな…」
京太郎「自然の条件ではそうなりますね。シャワーとかで人工的に作るのは簡単ですけど」
京太郎「あと、虹には副虹ってもあって――」
洋榎「……」ジー
京太郎「主虹と副虹の間は相対的に暗く見えるんですが――」
洋榎「……」ポー
京太郎「そうだ。虹の見える角度の計算もやっておきましょう。洋榎さんなら簡単にできますよ」
洋榎「……」ポー
京太郎「洋榎さん?」
洋榎「あ…ああ」
京太郎「まず、雨粒の円を描いて太陽光の入射角をα、屈折した光の――」
洋榎「こ、こう?」
京太郎「あ、そこ違います。いいですか、そこはですね」
ピトッ
洋榎「……」
洋榎「……」
洋榎「わっひゃあ!!」ガタッ
京太郎「あ、すみません!つい……嫌でしたよね?」
洋榎「い、いや…そないなことっ!」
京太郎「そう、ですか?」
洋榎「せやから、なんでもあれへん、なんでも。あははははは!…はぁ」
京太郎「?」
洋榎「しかし、須賀はすごいなぁ。高1のくせに色んなこと知ってて」
京太郎「……」
京太郎「……」
京太郎「え?俺が、すごい…?」
洋榎「せやせや、教師にでもなった方がええんちゃう?」
京太郎「……」
洋榎「どないしたん?」
京太郎「いえ…さ、続きをやりましょう」
―12月上旬 大阪
洋榎さんのテストも終わり、いよいよ答案用紙を返却されるのが今日だ
洋榎さん曰く、出来はそんなに悪くはなかったらしいから大丈夫だとは思うが…心配だ
そして夕方、洋榎さんが帰ってくる時間
ガチャ
洋榎「ただいまー」
京太郎「あ、おかえりなさい」
さて、俺から結果を聞いてもいいものだろうか?
いや、洋榎さんなら性格的に自分から言うだろう
京太郎「……」
洋榎「……」
京太郎「……」
洋榎「いや、なんか聞くことあるやろ!?」
京太郎「テストの結果を聞くことで、洋榎さんの自尊心を著しく傷つけてしまうのではと憂慮してしまいまして…」
洋榎「まーた、うちのこと馬鹿にして。これ見てみ!」
京太郎「えーと…数学98点、流石ですね」
洋榎「せやろー」
京太郎「現文49点、現社52点、化学37……うわぁ」
洋榎「そゆこと言わんといてくれる!?地味に傷つくわ…」
京太郎「あ、すみません。つい本音が」
洋榎「こら」
京太郎「英語が65、頑張りましたね」
洋榎「もっと褒めてもええんやでー」
京太郎「いえ、天狗になるほどじゃないです」
洋榎「おかたいなぁ」
京太郎「性分です。さて、お待ちかねの物理はと……」
洋榎「……」ゴクリ
京太郎「48点」
洋榎「いやっほー!!どやどや、すごいやろー!!びっくりしたやろー!!」
まあ、漫画やアニメのように都合よくいくわけないか
それに、ほぼ予想通りの結果だったし
京太郎「とにかくおめでとうございます」
京太郎「なんとか、首の皮一枚で繋がったようでなによりです」
洋榎「首の皮一枚って……その通りやけど」
洋榎「まぁ、でも…そのー、あんな…」モジモジ
京太郎「?」
洋榎「あ、ありがとう…須賀のおかげや///」
京太郎「…どういたしまして、俺なんかが役に立ったみたいでよかったです」
洋榎「なんかやない、めっちゃ頼もしかったで!」
京太郎「そう…ですか?」
洋榎「せや。最初はあかんたれなやっちゃなぁ思うてたけど、決めるときは決めるんやな!」
洋榎「見直したで、ほんま」
京太郎「……」
京太郎「ありがとうございます」
洋榎「どしたん?」
京太郎「いえ…」
ガチャ
雅枝・絹恵「ただいまー」
洋榎「あっ、おかんと絹や!」
タッタッタッ
洋榎「おかえりー!二人とも見てみぃ、これ!」
雅枝「お、テスト帰ってきたんか。どれどれ…」
雅枝「すごいやん!前よりずっと上がってるやないか!どないしたん?」
絹恵「お姉ちゃん、流石や!」
洋榎「今回はちょいとばかし頑張ったから、当然やなぁ」ドヤ
雅枝「流石私の娘や!よーし、今日はうんとうまいもん作るからな!」ギュ
なんという優しい世界。俺も雅恵さんに抱き締められてたいぜ
洋榎「やったー!」
よかったですね、洋榎さん
――12月下旬 大阪
ついに年の瀬、12月の下旬
さて、この時期最大のイベントは何だろうか?
ええと、大阪だから通天閣で行われる、干支の引継ぎ式?
いやいや、ちゃうちゃう、ちゃうねんで。正解は……
京太郎「クリスマスが今年もやぁ~てくる♪」
京太郎「楽しかったっ♪出来事をっ♪消し去るように……」
京太郎「さあ…パジャマを…脱いだら…出掛けよう」
京太郎「少しずつ…白くなる…街路樹を……駆け抜ぅぅぅけえええてえええええぇぇぇぇ!!!!!」
洋榎「うっさい!」スパン
京太郎「ちぎしょう…憎い、カップルが……俺も、早く人間になりたい」
洋榎「なんやねん…」
京太郎「貝にでもなりたい気分ですよ」
洋榎「あっそ」
京太郎「ちなみに、洋榎さんクリスマスのご予定は?」
洋榎「イヴに恭子とゆーこの二人で遊んで、そのままゆーこん家でお泊り」
洋榎「んで、25日には家でみんなとケーキ食べるんや!羨ましいやろー!」
京太郎「……ふっ」
洋榎「あっ、今鼻で笑ったやろ!?」
京太郎「気のせいです。洋榎さんはそのまま純粋でいてくださいね」ニコリ
洋榎「…なーんかバカにされた気ぃするけど、まぁ、ええわ」
京太郎「絹恵さんは?」
洋榎「漫とかと遊びに行く言うてたで。ちなみにうちと同じで泊まりやって」
京太郎「貴重なおもちは守られたか…雅枝さんは?」
洋榎「おかんはイヴの日は、泊まりで仕事みたいなこと言うてたな」
洋榎「せやからイヴにはおれへん。クリスマスの夜には帰ってくるらしいで」
京太郎「やはり、俺は今年も一人なのか……仕方がないな、洋榎さん!」
洋榎「今度はなんや…?」
京太郎「クリスマスの二日間、俺は大阪の町へ繰り出します!」
京太郎「そして、イルミネーションを見て喜ぶカップル、所構わずいちゃつくカップル」
京太郎「海遊館でデートしてるカップル、喫茶店でくつろいでいるカップル」
京太郎「レズ、ゲイ、ストレートなんて関係ありません!」
京太郎「カップル、カップル、カップル!!大阪を闊歩する全てのカップルの仲をズタズタに引き裂きさきます!」
京太郎「くくく…ついに、この体質が役に立つときが来たようだな!」
洋榎「自分、最低やな…」
京太郎「そしてキ○ストかぶれの異教徒どもを根絶やしにし、ゆくゆくは日本人全てを空飛ぶスパゲッッティモンスター教に改宗させ」
京太郎「教祖となった俺はこの日本を裏から操り、やがてクリスマスなどという野蛮な行事は――って」
京太郎「あれ、洋榎さん?………いないっ!?」
洋榎「なんや、さっきからやかましい」
京太郎「あ、いたいた。最後まで聞いてくださいよ、俺の一大叙事詩」
京太郎「まだほんの序盤なんです。この後アジア支配編、世界制服編、地球外生命体との交流編」
洋榎「制服っ!?」
京太郎「異世界からの侵入者編、と続いて最終章に俺と神との対話が始まるんです」
京太郎「そこで二人はクリスマスの是非について熱い議論を交わし――」
洋榎「んんっ…」ケホッ
京太郎「どうかしました?」
洋榎「んっ…なんか、喉の調子がさっきから悪いんや」
洋榎「話の途中で悪いんやけど、今日は先に寝かしてもらうわ」
京太郎「えっ、大丈夫なんですか?」
洋榎「まだ、なんともないからよう分からん」
京太郎「そうですか。なら温くして早く寝たほうがいいです」
京太郎「俺の部屋に加湿器あったんで、すぐに持って行きますよ。部屋で待っていてください」
洋榎「そうか?助かる」
――12月下旬 クリスマス・イヴ 大阪
雅枝「ああ、こらアカンなぁ」
洋榎「ぅ…」
雅枝「37度5分。微熱やけど今日は家で寝てなあかんよ」
洋榎「でも…約束が…」
雅枝「洋榎」
洋榎「ぅ…はい」
絹恵「お姉ちゃん、大丈夫?今日はずっとそばにおるから大丈夫やで」
洋榎「いやいや…絹は遊びにいくんやろ?」
洋榎「このくらいやったら、まだ全然大丈夫やって。病院にだって一人で行けるしへーきへーき!」
絹恵「いや、でも…」
洋榎「絹、お姉ちゃんが嘘ついたことなんてないやろ?」
絹恵「いや、結構ついてるとは思うけど…」
洋榎「なんやとー」
雅枝「ほらほら、二人とも。言い合ってたってしゃあないやろ?」
雅枝「とりあえず、今のとこ熱はそんなにないようやし、洋榎は家で寝てること」
洋榎「はい…」
雅枝「絹恵は友達と遊んできてかめへん。珍しく洋榎も気を使うてるみたいやし、な?」
絹恵「うん…」
雅枝「ただし、調子が悪うなったらすぐに私に連絡すること。ええか?」
洋榎「うん」
雅枝「じゃあ、私は仕事に行くから。ちゃんと寝てなあかんで?」
絹恵「お姉ちゃんがそこまで言うなら、私もそろそろ…」
洋榎「りょーかいりょーかい、いってらっしゃい」
バタン
京太郎「洋榎さん、実は結構無理してるでしょう?」
洋榎「は、はぁ…!?なに言うて…!」
京太郎「まあいいですけど、二人に心配かけないようにはしてくださいね」
洋榎「う、うん…」シュン
京太郎「ああ、後。恐らく、夕方頃には38度を超えてくるので、先に病院に行って薬を貰っておいた方がいいです」
京太郎「どうしますか?」
洋榎「……??」
洋榎「いやいやいやいや、なんぼ何だって先のことは分かれへんやろ」
洋榎「このくらいやったら、家に置いてある薬適当に飲んどけば平気や」
洋榎「心配してくれるのは有難いけど、嘘ついてまで病院行かせようとするのはどうかと思うな」
京太郎「……」
京太郎「まぁ…いいですけどね」
洋榎「?」
京太郎「家事は俺がやっておくんで、洋榎さんは部屋でゆっくりしていてください」
京太郎「12時頃にお昼ごはん持って行きますよ」
京太郎「後何か必要なものがあれば、遠慮なく言ってくださいね」
洋榎「至れり尽くせりやなぁ。じゃあT○TAYAで適当におもろい映画借りてきてくれへん?」
京太郎「お安い御用です。じゃあ、シンドラーのリストでいいですね?」
洋榎「くっ…!確かにええ映画やねんけど…けどっ…!」
京太郎「ふふ、冗談です。じゃあ、買い物ついでに元気の出そうな明るめの映画借りてきます」
_________
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__
洋榎「あれ?キャプテンいらなくね?」
京太郎「はいはい!キャプテンの一番かっこよかったシーン」
京太郎・洋榎「スマッシュ!」キリッ
洋榎「けど、結構おもろかったな。有名すぎて避けてたのは損やったわ」
京太郎「これぞ、『THE アクション映画』って感じでしたね」
京太郎「でも、困ったら核兵器って展開は100回くらい見たんで、もうちょっと捻りを加えてほしかった気もします」
洋榎「あはは、もう一種の様式美やなあれは」
京太郎「あと、久しぶりにアクション物見たんで一言いいですか?」
洋榎「あ、うちもうちも」
京太郎・洋榎「ニューヨーク市民のタフさは異常」
京太郎「超凶悪な犯罪、テロ、殺人は日常茶飯事」
洋榎「怪物、怪人、異世界人、宇宙人の侵略はもはやお手の物」
京太郎「自然災害のメッカでもありますね。隕石も落ちてましたし」
洋榎「ああ、そんなんあったなぁ」
京太郎「それでも彼ら、あそこに住み続けますからねぇ」
洋榎「さぞ魅力的なところなんやろうなぁ」スットボケ
京太郎「じゃあここで、『ニューヨーク在住 主婦の会話』やりまーす!」
洋榎「イッエェェーイ!!ドンドンパフパフー!」
…………………………………………………………………………
京太郎(母1)「ねえねえ、奥さん。回覧板見ましたぁ?」
洋榎(母2)「ええー、見たわー。大変ねー」
京太郎(母1)「殺人犯を含めた犯罪者が50人、テロリスト100人に加えて大量の宇宙人が潜伏中ですってねぇ」
洋榎(母2)「もー、嫌になっちゃうわよ。核シェルターから出たらすぐこれだもの(笑)」
京太郎(母1)「来月は隕石が落ちてくるって言うし、もう家計に大打撃(笑)」
洋榎(母2)「はぁ、もう別のところに引っ越そうかしら?」
京太郎(母1)「例えば?」
洋榎(母2)「ニュージャージーとか(笑)」
京太郎(母1)「ニュージャージー(笑)」
『HAHAHAHAHAHAHA!!』
京太郎(母1)「話は変わるけど、この前主人とヴァージニアへ旅行に行ったのよ」
洋榎(母2)「あら~、いいじゃない」
京太郎(母1)「それがよくなかったのよ~」
洋榎(母2)「どうして?」
京太郎(母1)「最近、何とかの切り裂き魔ってワイドショーで有名でしょ?」
洋榎(母2)「ええ」
京太郎(母1)「それで、夜主人とぶらぶら散歩してたらその殺人現場にバッタリ!」
洋榎(母2)「あら~」
京太郎(母1)「しかも、絶賛死体の解体中だったのよ。あれきっと後で食べる気だったのよ~」
洋榎(母2)「過激ねー」
京太郎(母1)「そしたら主人、私を置いて一目散に逃げちゃってね」
洋榎(母2)「まぁ、ひどいわね」
京太郎(母1)「私も普段の癖でキャー、って言ったまではよかったんだけど主人のことで腹が立っちゃって」
洋榎(母2)「それで?」
京太郎(母1)「犯人に正中線四連突きくらわせて、さっさと帰ってきちゃったわ」
洋榎(母2)「ニューヨーカー舐めんな(笑)。それで通報はしたのかしら?」
京太郎(母1)「そんなことしなわよ~。だってあそこの捜査官無能揃いで有名なんだから」
洋榎(母2)「そうだったわねー」
京太郎(母1)「うちのCSIを見習えっつーの(笑)」
洋榎(母2)「(笑)」
洋榎(母2)「それで旦那さんは結局どうしたの?」
京太郎(母1)「3ヶ月おこずかい無し(笑)」
洋榎(母2)「(笑)」
『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!』
京太郎(子2)「ただいまー!」
洋榎(子1)「ただいまー!!」
京太郎(母1)「あら、お帰りなさい。遅かったわね
洋榎(子1)「学校出たら戦闘機が飛び回ってたから、例の地下のルート使ったんだ」
京太郎(母1)「えらいわね」
洋榎(子1)「そしたら、例のクモ男が敵とドンバチやっててさー。驚いちゃった」
京太郎(母1)「教えたことはちゃんと守れたの?」
洋榎(子1)「クモ男の視界から外れるな、わざと敵の攻撃を受けるようにしろ、でしょ?」
京太郎(母1)「そうすれば、勝手にあっちの方から助けてくれるから生存率がグンと跳ね上がるからね。偉いわ」
洋榎(子1)「えへへ」
洋榎(母2)「あなたも遅かったわね。何かあったの?」
京太郎(子2「[銀行の前通ったら銀行強盗。警察署の前では銃撃戦。まじビビったわー」
洋榎(母2)「あんた!銀行と警察署と高層ビルには近寄っちゃダメって言ったでしょ!!」
京太郎(子2)「あんなん大したことないよ。銃の手入れはなっちゃいないし構えはトーシロそのもの(笑)」
京太郎(子2「[あれならデイヴィッドおじいちゃんでもわけないさ」
洋榎(母2)「おじいちゃんは80年もニューヨークに住んでる生ける伝説」
洋榎(母2)「数々の修羅場を潜り抜けて、いまだに被弾ゼロの化け物なんだから一緒にしちゃだめよ!」
京太郎(子2)「はいはい、どうもすみませんでしたー」
洋榎(母2)「もー、あんたみたいな子は幼いころはいいけど、大人になったら真っ先に脳天ぶち抜かれるんだからね!」
京太郎(子2)「ちぇ」
洋榎(子1)「ねー、ママー。今日のおやつは何?」
京太郎(母1)「あなたの大好きな愛情たっぷりのアップルパイよ」
洋榎(子1)「わーい、やったー!」
洋榎(母2)「毒見は済ませたのかしら?」
京太郎(母1)「ふふ、もう主人にやってもらったわ(笑)」
洋榎(母2)「(笑)」
『HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!』
…………………………………………………………………………
京太郎「おっそろしいですねー」
洋榎「おっそろしいわー」
京太郎「っていうか今更なんですけど、部屋で寝てなきゃダメじゃないですか」
洋榎「えー、だってそこまで具合悪うないし、一人でアクション映画見るっちゅうのもなんか寂しいし」
洋榎「それに一人だと、なんか…」
京太郎「…まあいいです。そろそろお昼にしましょう、食欲はありますか?」
洋榎「あんま食べる気せえへんなぁ」
京太郎「じゃあ、ミルク粥にしましょうか?意外とイケますよ」
洋榎「なんやそれ?」
京太郎「牛乳を使ったお粥です。そういえば、魔女の宅急便でおソノさんがそれらしきものを作ってましたよ」
京太郎「でもおソノさんはパン屋さんなんで、もしかしたら米の代わりにパンを使ったのかもしれませんが」
洋榎「ああ、そんなんあったなぁ。ほな、それにするわ」
京太郎「了解です。少し待っていてくださいね」
__________
______
__
京太郎「どうです、悪くないでしょう?」
洋榎「うん。米に牛乳って聞いて最初は『うげっ』、と思うたけど案外イケルな」
京太郎「でしょう?」
洋榎「なんというか、うまく言えへんけど……優しい味がする」
京太郎「…実はこれ、俺の母さんがよく作ってくれたんですよ」
洋榎「……」
京太郎「小さい頃、ひどい風邪を引いた時があって、なかなか普通の食事が喉を通らなかったんです」
京太郎「その時、母さんが俺のために作ってくれたのがこれだったんです」
京太郎「あの時の俺も、今の洋榎さんみたく、とても優しい味だなって思いました」
京太郎「なんて素敵な料理なんだ、って」
京太郎「それ以来、風邪を引くことが少しだけ楽しみになりましたよ。馬鹿みたいですけど」
洋榎「んなことない。うちだって小さい頃学校休んだ日ぃ、おかんに内緒でよく映画とか見てたし」
洋榎「毎日休みやったら映画見放題やないか!、ってな」
京太郎「はは、洋榎さんらしいですね」
京太郎「でも、今日はもう映画なんか見ないでゆっくり寝てなきゃダメですからね?」
洋榎「はいはい」
洋榎「……」
洋榎「なぁ、須賀?」
京太郎「なんです?」
洋榎「懐かしい?」
京太郎「そうですね」
洋榎「…うまいな」
京太郎「…そうですね」
________
_____
__
コンコン
京太郎「失礼します。洋榎さん、起きてますか?」
京太郎「……」
京太郎「……」
京太郎「洋榎さん?ドア開けますよ?」
ガチャ
京太郎「大丈夫…ではないようですね」
洋榎「…っ!?こ、こらー…なに勝手に入って…」ケホケホ
京太郎「ノックしましたからね、一応。ちょっと失礼しますねー」ピト
洋榎「ちょ、そういうの…ええから…//」
京太郎「やっぱり結構熱ありますね。辛いでしょう?」
洋榎「べ、別に…なんとも」
京太郎「洋榎さん」
洋榎「正直結構辛いです…」
京太郎「こういうのは、早めに診察してもらって薬をもらうに限ります」
京太郎「さっ、大変でしょうけど行きましょう。俺も付いていきますんで」
家を出た俺たちは、早速病院に向かうことにした
幸いなことに、病院は徒歩10分程度のところに位置していたのですぐに到着することができた
京太郎「徒歩圏内に病院があるのは助かりましたね」
洋榎「せやな…、とっとと入ろか。流石に寒いわ…」ブルブル
京太郎「……」
洋榎「須賀?」
京太郎「……すみません、洋榎さん。ここからは一人で行ってもらえませんか?」
洋榎「はぁ…?」
京太郎「ここで待ってますんで。お願いします」
洋榎「まぁ…別にええけど…寒うない?」
京太郎「いえ、平気です。その中よりはずっとマシですから」
洋榎「??、ええけど…ほな」
京太郎「ええ」
京太郎「寒い、な。やっぱり」
洋榎さんが病院の入り口を通ってから、もう45分以上経っている
中の様子をそれとなく伺うと、そこそこ混んでいる様子が見て取れる
時期が時期とはいえ、わざわざイヴの日にこんなところに来ることないだろうに
しばらく、出入りする人を眺めていたが、やはりと言うかなんというか
明からにお年寄り、特に女性の割合が多い
病院の待合室というものは、どうやら日本の津々浦々でおばあちゃん達の集会所を兼ねている様だ
善いか悪いかは別として
京太郎「う~、寒っ!」ブルブル
あまりに暇なもんで、くだらないことをぐるぐると考えてしまった
じっとしていたので、思いの外身体が冷えてしまっていた。露出している部分が氷のように冷たい
だけど、どうしても…あの中にだけは入る気にはなれなかった
もちろん、危険がないのは分かっている…分かってはいるが、どうしても、あの時のことが――
洋榎「――賀…」
京太郎「……」
洋榎「須賀…?」
京太郎「!!」
洋榎「おるなら、返事してやぁ…」
京太郎「す、すみません。ここにいます」
洋榎「よ、よかったぁ…置いてかれたかと、思て…うち」ウルッ
京太郎「だ、大丈夫ですから、ここにいますから」
京太郎「俺は勝手にいなくなったりなんかしませんから」
洋榎「ほんまに…?」
京太郎「ほんまにほんま、です」
洋榎「うん…」
京太郎「さっ、処方箋はもらったでしょう?隣の薬局行って、さっさと家に帰りましょう」
洋榎「せやな…」コホコホ
京太郎「お医者さんはなんて?」
洋榎「喉がかなり腫れてる言うてた、それで熱が出てるって」
洋榎「けど、薬飲んで安静にしてればよくなるって…」ケホケホ
京太郎「そうですか。そんなに酷いものじゃなくて、とりあえず安心しました」
すぐ隣の調剤薬局に行き、処方箋を提出すると今度はかなり早く終ってくれた
最近は、薬の飲み方や薬についての丁寧な説明など、薬局もかなり変わった
俺が子供のころはもっとずさんというか、かなり適当だったのを覚えている
京太郎「時代だなぁ…」
洋榎「ん…?」
京太郎「いえ、単なる独り言です」
京太郎「さっ、帰りましょう」
洋榎「……」
京太郎「……?」
急に座り込む洋榎さん
京太郎「洋榎さん?」
洋榎「しんどい…もう無理…」
京太郎「え、大丈夫ですか?タクシー呼びましょうか?」
京太郎「いやいや、俺呼べないじゃん!」
洋榎「……」
ひとりツッコミって悲しい
洋榎「おんぶ」
京太郎「はい?」
洋榎「おんぶがええ」
京太郎「いや、流石にそれは…」
洋榎「さっき…うちのこと無視した」
京太郎「うっ、それはそうですけど、決して故意ではなくてですね――」
洋榎「ここで、待ってる言うてたもん…」
京太郎「」グサッ
洋榎「嘘つき」
京太郎「」グサグサッ
京太郎「…分かりました」
京太郎「洋榎さんの前でかがむんで、感触があったら身体あずけてくださいね」
洋榎「うん…」
京太郎「ほらどっこいしょ、っと」
洋榎「おっさんくさい…」ギュ
京太郎「ほっといてください」
京太郎「しかし、これ。他の人から見たら、どうなんでしょうね?」
京太郎「洋榎さんが浮いてるって事になると、完全に超常現象ですよ」
京太郎「まあ、それはないんでしょうけどね。どう思います、洋榎さん?」
洋榎「……」
答える気力もない、か
洋榎さんを担ぎながら、しばらく歩いた
その間、特に会話することもなく、黙々と歩き続けた。珍しいことだ
それだけ辛いということなのだろう
だが、突然洋榎さんの方からこの均衡を破ってきた。ぽつりと
洋榎「わがまま言うて、ごめん…」
京太郎「いいんですよ、洋榎さんにはお世話になっていますし」
京太郎「それに、たまにはこういう運動も悪くはないです」
京太郎「清澄での雑用の日々を思い出せますよ。雀卓に比べれば軽い軽い!」
洋榎「……」
洋榎「……」
洋榎「なぁ、なんでうちに…こないよくしてくれるんや?」
京太郎「……うーん、そうですねえ」
京太郎「今のうちに恩を売っておけば、後々プロで活躍するようになる洋榎さんにたかることができるでしょう?」
京太郎「それに、テレビに向かってこう言うのが、目下の俺の目標なんです」
京太郎「『洋榎さんは、わしが育てた』、ってね!」
洋榎「……」
京太郎「……」
洋榎「……」
京太郎「自分の為です」
洋榎「?」
京太郎「実は俺、こういう風になって――つまり消えてからなんですけど」
京太郎「一回だけ、風邪を引いたことがあるんです」
洋榎「……」
京太郎「頭が痛くて、寒気がして、喉が痛くて、さらに咳と鼻水のおまけつき」
京太郎「熱を測ってみると、今の洋榎さんと同じくらいありました」
京太郎「最初は『いつも通りの風邪だ、すぐに良くなる』、って思っていました」
京太郎「辛いだろうけど、大丈夫だと」
京太郎「でも、その時の俺は事の重大さを分かっていなかったんです」
洋榎「……」
京太郎「一人暮らしの人間が病気になると、すごく不安になるってよく言うじゃないですか」
京太郎「すぐ近くに頼れる人がいないから、そうなるんでしょうね」
京太郎「でも、そんな人でも、最悪救急車を呼んだり、あるいは近所の人に助けを求めることができます」
京太郎「だけど、俺の場合は違いました」
京太郎「本当に誰にも、助けを求めることができませんでしたから」
洋榎「……」
京太郎「雪山で遭難した人でさえ、誰かが助けに来てくれる可能性はあります」
京太郎「だからこそ、そのわずかな可能性に賭けて、なんとか生き延びようと懸命に努力をするんでしょう」
京太郎「けど、もし…」
京太郎「もし、その可能性すら摘まれた人間がいたなら、その人はいったいどうすればいいんでしょうか?」
洋榎「……」
京太郎「それから俺は、家にあったメルクマニュアルを虱潰しに読みました。スミからスミまで」
京太郎「単なる風邪とは分かっていましたが、そうせずにはいられませんでした」
京太郎「でも、病院に行って薬を拝借というわけにもいきませんでした」
京太郎「これ以上病気を移されでもしたら、本当におかしくなってしまいそうでしたから」
京太郎「けど、家の中でできることなんか限られています」
京太郎「だからその日は、部屋を暖かくして、加湿器をつけ、氷枕を用意して、布団に入りました」
京太郎「家に置いてあった薬も一応飲みましたが、たいして期待はしていませんでした」
京太郎「けど、そんなことはどうでも良かったんです」
洋榎「……」
京太郎「それから3日間は一睡もできませんでした」
京太郎「別に、眠たくなかったわけではありません」
京太郎「ただ、このまま眠ってしまうと、一生目を覚ますことができないんじゃないかって思ってしまって」
京太郎「その後は熱も少し下がり、安心したのかようやく眠りにつくことができました」
京太郎「まあ、眠ったと言うより気を失ったというのが正しいのかもしれませんが」
洋榎「……」
京太郎「恥ずかしい話なんですが、あの時は本当に不安でした」
京太郎「小さい頃、インフルエンザで40度以上の熱を出して、母さんに泣き付いたことを思い出しましたよ」
京太郎「『僕、死んじゃうの?』、って」
京太郎「はっ、笑っちゃいますよね。こんな図体の大きい男が何言ってんだって」
洋榎「……」
京太郎「だからこそ、あの時みたいな思いを、洋榎さんにもしてほしくないだけなんです」
京太郎「だから、こうしておんぶしているのも、結局は自分のためなんですよ」
そう、これはきっと罰なんだ
神様が選び取ったんだ。今まで何もしてこなかった俺を罰するために、数多くいる人間の中から、わざわざ
お前はこの世界にいらない人間だ。だから、消してしまっても構わないだろう?、って
…ああ、くだらない、なんてくだらない妄想
なんでもかんでも、すぐに神様のせいにして逃げ道を作る
人間の悪い癖だ
でも、なんで俺だったのだろう?
なんで、洋榎さんだったのだろう?
原因、証明、方法、証拠、仮説、検証、修正。すべてが曖昧で掴みどころがない
おそらく透明なんだろう、俺みたいに。だから捉えることができない
ああ…誰か、答えを!いやヒントでいい!!俺に何かを教えてくれっ!!
なんで、なんで
なんで、なんで、なんで
なんで、なんで、なんで、なんで
なんで!なんで!!なんで!!!なんで!!!!なんで、俺が――――
京太郎「…っ!?」
これは…
京太郎「なんで…」
京太郎「なんで俺のこと、撫でてくれるんですか…?」
洋榎「…知らん、ただそうしたくなっただけや」
京太郎「はは…これじゃあ、どっちが病人か分からないですね」
洋榎「京太郎」
京太郎「…え」
洋榎「安心してなぁ、うちがついてる」
それは驚くほど優しい声だった
腹の底が鳴った
________
_____
__
京太郎「寝た、か」
家に帰ってきた後、簡単に夕食を済ませ、もらってきた薬を飲み、布団に入ってもらった
解熱剤のおかげか、幾分熱も下がったようで、楽になったのか眠りについてしまった
そろそろ大丈夫だろう
あまり、女性の部屋に長居するというのも気が引ける
ざっくばらんな洋榎さんといえども、見られたくないものの一つや二つくらいあるだろう
京太郎「俺はもう行きますね」
京太郎「時間はまだ早いですけど、おやすみなさい。洋榎さん」
洋榎「……いやぁ」ボソ
京太郎「?」
寝言か…?
いや、そんなことどうでもいい。洋榎さんが、いやと言ったんだ
京太郎「…分かりました。そばにいますから、安心してください」
京太郎「大丈夫、大丈夫です。俺がついてますから」
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