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    元スレいろは「わたし、葉山先輩のことが…」葉山「…俺は彼の代わりにはなれない」

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    701 = 1 :



    「あーとりあえず広げて日に当てときましょう。相手チーム遅れてるようなのでそれまでには乾くと思いますし」

    「まーなー。って遅れてんの?」

    「はい。先ほど連絡があったって葉山先輩から」

    「まじかー、じゃあそんな急がなくていい感じ?」

    「ゆっくりでいいってのをサポートに伝えてくれって頼まれました」

    「了解!んじゃ他のやつにもいってくるわ!」

    「おねがいしまーす!」


    おお、計らずとも仕事が減ってくれました。
    いいね~他人の力使っていくね~。

    しかしそれはそれでやることなくて暇です。先輩に電話しよっかな?寝てるか。

    休みの日は昼まで寝てそう。
    いや、今日は日曜なんでプリキュアのために早起きとかしてそうですね。


    ま、暇してるところを目撃されるとマイナスイメージになりかねないので、
    スコアボードでもいじってましょうか。

    702 = 1 :



    と、ボードに向かって睨めっこを始めたところで聞き覚えのある声が耳に入る。


    「あーし寝不足で辛いんだけどー」

    「あー、なんか楽しみで眠れなかったって感じかな?」

    「ち、ちがうし!夜中まで映画観てたってだけだし!」


    言わずもがな、三浦先輩と姫奈さんです。
    まあ今日来た目的は大体わかりますけどねー。

    コミュニティが崩れるのが怖い人ですから義理チョコって設定でいつものメンバーに配る。
    そのお返しを何でもない風に、大勢に目撃された状態で、葉山先輩に貰うことで!優越感を得つつ周りに牽制する。
    みたいな感じですよね~わかります。


    でもみんなの前では渡さないと思うなー。それはそれでありみたいな感じなんでしょうけど。
    そして戸部先輩のテンションがやたら高くなりましたね。試合中かっこつけてやらかさないといいですけど。


    とりあえず絡まれるとめんどくさそうなので、なるべく目は合わさないようにしますか。


    そういえば結衣さんはいないんですねー………もしかして、先輩と……?
    なーんて。……いやいや。いや!ありえますね。

    まあ?なんだかんだあそこは仲いいですし、夕方までは友達と遊ぶとかあるでしょう。
    そのあとはわたしとデートですけどね!!


    びーくーるびーくーる落ち着こう。
    ここは正妻の余裕を見せていきましょう!

    703 = 1 :




    なんて誰かに頭の中見られたら悶絶してしまうようなことを考えているうちに、
    なんだかグラウンドの様子がおかしくなってきてますね。なにかあったんでしょうか。

    おかしいといっても、なんか困った顔をしている程度ですが……。
    とりあえず聞いてみましょうか。


    「あのぉ、葉山先輩?なにかあったんですか?」

    「ああ。どうやら向こうの手違いがあったらしくて、バスが出せないそうなんだ」

    「えっ、じゃあ今日の試合はどうなるんですか?」

    「とりあえず今すぐ動ける保護者や教師から車を出してもらう流れになっているようなんだが、
     急なことだからね。1時間は遅れると思う」

    「そ、そうですか……」

    「まあ遅らせた分、終了時刻の延長て感じになってしまうかもしれないけど、
     なるべく前倒しでテンポよく進ませるから約束の時間には間に合うと思うよ」

    「はい!わかりました~」


    いうと葉山先輩は選手のほうに体を向き直し、じゃあそれまで練習だ、と一声かける。


    「今回の件は無効に非がある。加えて負けでもしたら頭に来るだろ?全力でやってやろう!」


    それまでまじか~、萎えたわ~と言っていた選手たちも葉山先輩の鼓舞でやる気が戻ってきたようだ。
    さすが葉山先輩ですね。きゃー!素敵!なんて黄色い声援が聞こえてきそうですね。


    しかしこんなこともあるもんなんですねー。大丈夫なんですかね?責任問題的に。


    おっと、三浦先輩がさすが隼人と言わんばかりのドヤ顔してますね。
    一見恐ろしい女王様ですけど、案外かわいい一面とかあるんですよねー。



    704 = 1 :





      * * *




    「いやーすいませんね!こちらの不手際で待たせてしまって!」

    「いえいえ、こちらも人手不足だったので準備に余裕が出来て助かりました」



    ようやく到着した他校の顧問と葉山先輩が談笑している様子が見られます。
    葉山先輩は目上の人の対応に慣れているのか、雰囲気がいいです。


    実際は準備なんてすぐに終わったんですけどねー。

    そういえばこの練習試合組んだのも急でしたし、てきとうな人なんですかね。

    それでも相手の気分を害さないように振舞う葉山先輩はすごいですね。


    あのひねくれ先輩なら論破からの人間関係のぶち壊しまでしてくれそうです。


    それはさておき、ようやく始まります。
    戸部先輩なんか、っしゃーぜってーかつぜー!とか、うぇーい!なんていって士気を盛り上げようとしてます。
    時折、姫奈さんのほうをチラチラ見てる辺り、何考えての行動か丸わかりですけどねー。


    みんながんばれーという姫奈さんの声に有頂天になってる戸部先輩ですけど、
    実際脈なんかあるんですかね?姫奈さんは気付いてて気付かぬフリをしているように見えますが……。

    客観的にみてもなさそうですよね。
    ですが想い人の何気ない言動で勝手に勘違いして、一喜一憂する様というのは仕方ないですし、
    本人が楽しければいいんじゃないですかね?

    705 = 1 :



    不意に、ピー!と試合開始のホイッスルが鳴らされます。
    ボールがあっちいったり、こっちいったり、葉山先輩がかっこよかったり、戸部先輩がやらかしたりと
    なかなかに賑やかなことになっています。

    実はわたしってあんまサッカーのことわからないんですよね。
    というかマネやってるほとんどの子は葉山先輩目当てでしょうし、
    サッカー部のマネであるステータスが欲しい子だっていますからね。ちなみにわたしはどっちもです。

    なかには本気でサポートしたい人とかもいるんでしょうけど、うちのサッカー部は女の子多いですからね。
    うかつなことすると排他される可能性もありますから。女子って怖いですね~。

    相手のチームのマネの子も葉山先輩みて黄色い声出してますし、これには選手も苦笑いでしょう。

    一方三浦先輩は胸の前で手を組んでハラハラしているご様子。
    姫奈さんはいつも通りのニコニコ笑顔で……なんか怖くなってきました。


    というわけで、あまりサッカー詳しくないのと、練習試合というのも相まって
    特にこれといって語るべきことはないですね。


    まあいつも通りに葉山先輩を中心に応援しておきましょう。きゃーきゃー!


    んーちょっと時間が気になるところですが、大丈夫ですよね?



     

    706 = 1 :

     
      * * *




    練習試合ということで、25分ハーフ。開始が遅かったのでひとまず2試合目が終わった状態です。
    ここで一旦昼食をとる形になるのですが、現時刻は12時。少し焦りが出てきました。


    どうやら次のが終わった後、最後にフルタイムでやるようなのです。
    スタートが14時なので終わりが16時ちょっと前。

    こうなることを想定してあらかじめ着替えを持ってきといたのは正解でした。
    けど、さすがにシャワー浴びる時間が欲しいですよねー……汗と埃まみれで先輩に会うなんて絶対ヤですし。

    でも、もともと遅れるかもと言ってあるので、17時ころになりそうです!と連絡しておきましょう。


    「あれ、もしかして彼氏に連絡とかー?」

    「へっ!?」


    聞き覚えのない声にびっくりしてみると、見慣れないジャージ。相手チームの人ですね。


    「あはは~そんなわけないじゃないですか~。今はまだお相手いませんよ~」

    「そうなんだ。君1年だよね?名前は?」


    まず自分が名乗れ!とはいいませんけど。

    なんだこの馴れ馴れしい人は、と観察してみる。
    ショートのツンツン頭といういかにもなスポーツマンヘア。
    葉山先輩には及びませんがなかなかのイケメンさん。
    わたしに一目惚れでもしたんですかねー。でも残念!わたしの隣は予約が入っています!


    707 = 1 :



    「一色いろはです。はじめまして!……えっとー」

    「あ、わるいわるい。神宮だ。よろしく!」

    「神宮さんですね、了解です!どうかされたんですか?」

    「いや、ちょっと君と話がしたくてさ」


    照れくさそうに頬をポリポリと掻く神宮さん。
    うー、それどころじゃないんですけど。まあ仕方ないですね。


    「ちょっとだけなら大丈夫ですよ」

    「よかった。いや、君の行動見てたらすごい有能な子だと思ってさ。
     選手達の気配りとか、周りへの対応がしっかりしてて」


    行動見てたら、とかストーカー臭くないですかね。口にはしませんけど。


    「あー、わたし生徒会長と兼任してて、多分その影響ですね」

    「生徒会長!それでかー。可愛いだけじゃなくてしっかりしてる子なんてなかなかいないからさ。
     あのマネージャーいいなーみたいに思ってね」

    「そんな褒めすぎですよ~。でもありがとうございます!」


    まったく嬉しくないですけどね。
    下心見え見えのお世辞なんかより、そっけない捻くれ者がくれる言葉のほうがよっぽど心に来ます。

    って、あーなんかさっきから黒いなー。
    わかってるんですけど、ちょっと余裕ないんですよ。時間押してて。間に合わないかもという不安が再来。

    勘弁してくださいよ~ほんとに。いや、この状態を招いたのは他でもないわたしなんですけどね。
    しかしこんな時にナンパとかスポーツマン的にどうなんですか?

    こうみえて知らない人にしっぽふりふりでついてく尻軽とは違うんですよー。
    誰からも愛されたいってことは、誰とも深くならないってことの裏返しなんで。

    とりあえず困ったときは、はい、とそうなんですか~、ですよね~の繰り返しで何とかなるんで。
    あまり面白い話でもないときは聞き流しつつ、相手に不快感を与えない対応というすばらしいスキル。
    まあ先輩なんかには見破られるんですけどねー。

    708 = 1 :




    「てっきり葉山君の彼女かと思ってたけど、違うのかな?」

    「はい~。……はい?」


    おっとー?さすがにスルー出来ない話題が。


    「いや、結構お似合いだなーとか思ったからさ」

    「え~そんな恐れ多いですよわたしなんか」

    「そんなことないさ。いろはちゃんはもう少し自分に自信を持ってもいいと思うよ」


    いつの間にか名前でちゃん付け……。
    というか仮にも振られた相手の名前を連呼されるとさすがに来るものがあるのですが。

    こっちの事情なんて分かるわけないのでなんも言えないですけど。
    しかし、ずかずか来る人ですね。考えが透け透け通り越して内臓まで見えますよ。うえー。

    さっき嘘でも彼氏です!っていっておけばよかったのかな。でも先輩を男除けの理由にしたくないです。


    「でもそれならチャンスがあるってことか」

    「え?なんですかー?」


    ボソッと、だが確実にこちらに聞こえるよな声音でつぶやく。
    まあ聞こえないフリをするのが礼儀ってもんですよ。

    恋愛漫画の読み過ぎじゃないですかねー。こうすればドキッとくるんだろ?感ありまくりで。

    709 = 1 :



    「いや、なんでも。じゃあこのあと楽しみにしてるよ」

    「はい!……ってこのあとってなんですか?」

    「ん?打ち上げだよ。いろはちゃんもくるだろ?」


    え、きいてないんですけど。こういうのはその場のノリで急に決まったりするから聞いてなくて当たり前かもですが。
    さすがにそれは無理なのでお断りを入れようとしたところで休憩が終わり、神宮さんは自陣に戻っていく。


    ……あとで言えば大丈夫ですよね。


    ドツボにはまってるっていうんでしょうか。
    自分ってこんなに断れないタイプだったのかなぁ。



    不安と不甲斐なさに押しつぶされそうな気持ちを煽るかのように、
    甲高く、耳につくホイッスルが無情にもならされていた―――


    710 = 1 :



      * * *




    おつかれー、おつかれーと試合が終わって、皆片付けにはいっています。

    総武の生徒はゴールの片付けや、本部を畳んだりと割と忙しいです。
    こういうのは大抵会場の人たちの仕事になるわけですけど、ちょっと納得いきませんよねー。


    まあその施設をよく使う人でなければ片付け方、片付ける場所とかわからないわけですか当然なのですが、
    それでも主催しておいて、あげく遅刻したのにそれとかどんだけーって話ですよ。


    しかたないのでさっさと終わらせてしまいましょう!シャワー浴びたいですし!


    と、作業に取り掛かったところに先ほどの好青年に声をかけられる。


    「やあ、おつかれさん。手伝うよ」

    「あ、どうも~。でも大丈夫です!うちの仕事なんで!」

    「遠慮しなくてもいいよ。あまり女の子に重い物持たせるもんじゃないさ」


    ひょい、と持っていたカゴを奪われる。
    そして運ぶかわりにお話でもしようというかのようにゆっくりと歩き始める。


    ああ、葉山先輩と比べてなんで差があるかわかった。
    顔だけ見ればイケメンだし、爽やかなところも共通している。
    でも、常に周りのことを考えている葉山先輩と違って、この人は自分の評価を考えて行動する人だ。
    なんか妙にイライラしてしまうのは同族嫌悪ってやつですかねー。

    711 = 1 :



    さっさと作業を終わらせたい身としては、ちんたら歩いていたくないのですがどうしましょう。
    いい加減はっきりとしたほうがいいですかね。このままでは泥沼どころか底なし沼ですよ。


    「あの―――」

    「いろはちゃんってサッカー好きなの?」


    はい!アウトー!
    うまくずらされました。たまたまなのか、狙ってやってるのかわからない人ですねほんとに。


    「あーえっと、見る分には好きですかねー」

    「そうなんだ。話は変わるんだけどバイトとかしてる?」

    「いえ、今は特にしてないですね」

    「じゃあ土日とか休みなんだ。来週とかも友達と出かけたりしてるのかな」

    「んー大体休みの日はそうですね!まあまだ次の予定は埋まってないんですけど」


    先輩とデートできたらなーなんて思って空けたわけなんですからね!たまたま埋まってないとかじゃないんだからね!


    「ちょうどよかった。実は観戦のチケットを友人にもらってさ、良ければ一緒にどうかなって」

    「え」


    やられたー!まさかのリサーチからの一貫性の法則。こやつ……できる!

    迂闊でした……。日程を切ってしまえばあとに出す話題を断りづらくさせるという話術。策士ですね。
    策士、策に溺れるというやつですか。策なんて考えてないですけど。


    712 = 1 :


    しかしこれはまずい状況だーいろは選手!
    今日めでたくお付き合いからの初デートという計画を邪魔されるわけにはいかない!

    さーどうするどうする。

    そういえば予定ありました作戦でいきましょう!


    「いいですね~。是非いってみたいです!あ、でもそういえばその日―――」

    「よかった。じゃあ土曜にいかないか?」


    ちょっとー!強引しすぎやしませんかね!?このタイプはなかなかめんどくさいですよやばいやばい。


    「あーえっとその日は―――」

    「おーい、いろはすー!ちょっと手伝ってちょー!」


    と、ここで神の手が差し伸べられる。
    ほんとナイスです戸部先輩。この人もまた狙ってなのか素なのかわからないですよねー。


    「はーい!いきまーす!……すみません少し外します」

    「ああ、了解。こっちは先に運んでおくから」

    「おねがいしまーす!」


    ふぃ~なんとかなりました。
    しかし遮られすぎじゃないですかまったくー。助かりましたけど。

    ささっと片付け終わらせてしまいましょう!

    おっと、戸部先輩に一応助けてもらったお礼しておきましょうか。



    「おぉ~わるい!これどうやってはずすん?」



    ………ま、素ですよねー。









      * * *

    713 :

    終わり?

    714 :

    乙?
    いろはすピーンチ

    715 :

    おつ

    716 :

    10.5巻いろは祭りだったな

    717 :






      * * *




    さて、片付けも終わって帰宅ムード。現時刻17時ちょっと。
    もうシャワーは諦めましょう。

    ということで帰宅する雰囲気になっていたのですが、なにやら打ち上げしようという流れのご様子。
    打ち上げって好きですけど、今日のは特に参加しようと思わないので帰ります。
    ていうか先輩待たせてるんで早く帰らせてくれないですかねー。


    「―――て、感じなんだよね」

    「あははー、やばいですねそれ」


    まぁ分かっていたことですが、例の神宮さんとやらに絡まれてます。
    漫画なら滝のような汗が出ているレベルですよ。

    あっちはなんとか引き留めようと引っ付いてくるうえに、
    帰ろうと話を切り出そうとすると遮られて帰るに帰れない状況です。

    こっちの迷惑も考えてくださいよー。まあできないから超絶劣化版葉山先輩なんでしょうけど。
    そこまで劣化してたら完全に別物か。


    そして現在、なす術もなくファミレスに向かっています。
    とりあえず腹ごしらえして、あとでカラオケとかボーリングっていうテンプレな感じでしょう。


    ダッシュで逃げたいくらいの心境なのですが出来るわけもなく、どこで帰ろうか機会を伺ってます。
    助けてよハチえもん!


    「あ、そうだわたし―――」

    「いろはちゃんはカラオケとボーリングならどっちが好き?」

    「………カラオケですかね~」


    あああああもう!さっきからこればっかりなんですよ!
    会話が途切れたところで仕掛けると、かぶせて質問!

    こういうのは遮られた側がしばらく言い辛くなるのを知っててやってますよこの人。
    恋愛を計算と策略でするってどうなんですかまったく。まあブーメランですけど。

    718 = 1 :



    うぅ……。むこうでうぇーい!とかいってる戸部先輩が恨めしい。
    葉山先輩は女子に囲まれないようにうまく立ち回ってますね。

    一人、二人に対応しては別の男子と会話を挟んだりと全体と仲良くできるような動き。さすがです。

    一方劣化版の人はわたし一人につきっきり。顔だけはイケてますからわたしの女子からの評価が悪くなりかねません。
    あんだけ葉山先輩一筋っぽいオーラだしといて乗り換えかー!みたいな。女子って怖いですからねー。


    ―――あれ?
    気のせいか目があったときに微妙な顔されたような……。


    神宮さんは、葉山先輩の方に目をやっていたのが気に入らなかったのか、
    再度注意を引くために話始める。


    「葉山くんはモテモテだねー。うらやましい反面大変そうだ」

    「たしかにそうですね~。でも、神宮さんもモテそうですけど?」

    「いやいや全然。広く浅くじゃなく狭く深くの人間関係を求めてたからさ。
     割と人脈は少ないほうなんだ。でも一途なことは自慢かな」


    さりげない一途アピール!
    しかもこれは暗に葉山先輩は浅い人間だとしているぞー!さすがにこれはわたしもいい気はしません。


    「へ~。でもいいですよねそういうのって」

    「だろ?数ある偽物じゃなくて少ないけど"本物"があればいいって思わないかい?」


    ………はいぃ~?ちょっと聞き捨てならないですね~。
    本物?それを語っていいのは本心から求めている人だけですよ。


    なにかに似てると思ったらセールスマンに対応しているかのような会話。
    褒めちぎる、誘導する、否定させない。

    恋人の勧誘ですかー?ナンパよりタチ悪い気がします。

    でも将来の仕事には役立ちそうなスキルですね!

    719 = 1 :



    「まあそうですよね~」

    「ね。特に僕なんかは気に入った人にしか絡まないからさ、モテるっていうのとは縁がないんだよ」


    これもまた"君だから絡んだ"と特別感を出すことで相手の好感度を上げる話術ですね。
    残念ですけどわたしには逆効果ですよ。

    計算で動いてる人に、計算で仕掛けても考えが筒抜けなので硬直状態が続くだけ。
    だからここまで引っ張られてるっていうのもありますけど。


    「っと、ついたね。なにか食べたいものある?驕るよ」

    「いやーさすがに悪いですよー。今日会ったばかりなのに」

    「いいよいいよ。今日の記念にさ」


    なんの記念ですか。
    こういうのは貸し借りがあるとまた会う口実になるんでそれは何としてもさけねばなりませんね。

    というか逃げられずここまで来てしまいました……。



    ファミレスの中に入り各々はらへったーだの疲れたーと言って席に着いていきます。
    できるだけ横一列になれるように座りますが、人数オーバーで何人かは別の場所に座っていきます。

    ここで座ったら負けですね。すかさずスマホを取り出し電話なんで、と外に出ましょう。


    「あ、ちょっと電話でなきゃなんで外出てきますね!」

    「おっけー。じゃあ注文しておくからなにがいい?」

    「えっとー戻ってきたら決めます」

    「わかった。とりあえずドリンクバー頼んでおくね」

    「はい、おねがいしますー」


    やられました。注文とられたらバックれるにバックれられないじゃないですか……。
    しかもみんなとりあえず頼むドリンクバー。これは回避しづらい。
    ドリンクバーをここまで恨めしいと思ったことはないです!


    時計を見ればもう18時近く。
    とりあえず先輩に詫びのメールを入れておき、席に戻る。

    720 = 1 :



    「おかえりー。電話大丈夫だった?」

    「はい。あ、でもちょっと早めにここ出ないといけないくなってしましました」

    「そっか。りょうかい。じゃなんか飯頼んじゃおうか」


    ここでようやく反撃の一手を打てましたね。
    ただ問題は、時間制限をかけたので相手がそれにどう行動するかといったところです。

    時間による制約は人をやる気にさせるか、焦らせるかですから。

    ……あれ?どっちにころんでもまずくないですか?

    いやはや、のーぷろぶれむです!
    さすがにこの場ではそうそう行動に出られないでしょう。

    となると、どのタイミングで抜け出すかが悩みどころですねー。


    おそらく先ほどのように、席を立とうとするタイミングで話かけてくるでしょうから厄介です。
    消えるドリブルをかませられたらいいのに。


    まあ出来るわけもなく、料理を待つことになるわけですが………その間は談笑して時間をつぶしていきます。


    さあ、いよいよ神宮さんが口を開きますよ……!もう気分はラスボス戦。
    この先に待つハッピーエンドを迎えるために、この心理戦勝たせていただきます!

    こっから先はわたしの喧嘩です!



    「いろはちゃんは生徒会長やってるんだよね?どんなことするの?」



    第一手は無難な話題です。ちょろっと相手から聞いた内容を掘り下げることで、
    新密度アップが狙え、そのちょろっとを受け取ってもらえると人は喜ぶもの。
    加えて、質問側は傾聴していればいいわけですからまず気まずい場にはなりません。

    初対面や久しぶりにあった知人、趣味の合わない人間でも、質問と傾聴をくりかえせば
    場が沈黙することはありません。相手のことを知りたいと思うのは自然だし、自分のことを知ってもらえれば親しくなれる。

    ついでに同調ですね。
    相手の話に頷いたり、時にはわかるわーとかテンションあげて話に合わせることで気が合うのではないかと錯覚させる。
    同調が重なれば親近感も増していきますからね。当然彼もやってくるんでしょうけど。

    それを逆手にとって、非同調であれば自然と相手に好感をもてなくなります。
    何事も否定から入る人が嫌われる原因ですねー。先輩とかそうなんじゃないですか?理屈っぽいし。

    なんか難しい感じですが、別に会話自体は至って普通でどこでもある光景です。
    そこら辺を意識して話してると戦略、策略になりますよね。

    戦略、策略の場になってしまったらもうそこは楽しいお喋りの場ではなくなり、
    情報収集、牽制、人心掌握といった戦いの場になるわけです。

    別にいつもそうしてるわけではないですよ?先輩と話してるときとかは素ですからね。


    ですが甘いですね……それは悪手ですよ!

    721 = 1 :



    「えーっとですね。いろいろあるんですけど、記憶にあるのはイベントとかの準備、指示だったり企画って感じですかね」

    「へぇー!楽しそうだね。なんとなく生徒会って充実してる気がするなぁ」


    これまた相手を持ち上げて気をよくさせようという魂胆。
    気分がいいと無駄なことをぽろっと吐いちゃったり、乗せられたりしますからよう注意です!


    「最初はほんと地獄だったんですけど、とある先輩に救われまして。そっからですね楽しくなったのは!」


    まあその先輩に地獄に落とされてたわけですがね。それで救うとかとんだペテン野郎ですよ!
    そしてこれはわたしの攻撃です。彼女には尊敬している先輩がいる、と思わせること。

    ここを掘り下げようもんならわたしの勝ちですが、それはさすがにしてこないでしょう。

    でもこれではその先輩が男か女かわからない状態です。それを自然と明かしていきたいところですねー。


    「へぇ~。もしかして葉山君かな?」

    「いえいえ!もっと凡人ですよー。もうぼっち過ぎて逆に非凡っていうかー」

    「あははぼっち先輩かぁ。よくいろはちゃんと繋がりができたね」

    「ほんとですよねー。最初は眼中になかったんですけど、なんか気を許せちゃったんですよねー。
     ちょっとあれな人かと思ってたんですけど、やるときはやる男だったらしくて!」


    はい成功!ちょっと特別感だすというおまけつきです。
    これにどう反応するんでしょうか。


    「なるほど。いい先輩みたいだね。
     しかし生徒会とサッカー部の両立できるいろはちゃんはすごいね」

    「別にわたしは普通ですよ~。周りのサポートあってこそなんで」

    「はは、謙虚だね」

    722 = 1 :



    まあ逸らしますよねー。露骨な逸らしは聞きたくない話の現れです。
    ここまではわたしが有利ですね。てかもう勝確です。

    恐らく避けてる話題は好きな人の話ですよね。
    現在可能性のある人間は2人という情報が相手にはあるはずですから、
    これ以上詮索はしないはずです。

    となるとアピールしてくるか、より新密度を上げるために世間話を積むかなんですけど、
    ここで時間制限が活きてきます。時間の無いなかで攻撃するのに、後者では火力に欠けます。

    世間話に花を咲かせたところで、決めようと思ってもタイミングを計りかねますからね。
    今日はいい日だね、ところで君のことが好きなんだ。なんてぶっとんだことになります。

    だとするなら、アピールからの告白という流れが一番適していることになります。
    それってアウトじゃね?ってなるかもしれませんが、アピールを流しに流し、こいつ気が無いなと思わせればいいんです。

    明らかに好感度が変動してないのに勝負に出る人なんてそうそういないんで。

    ただ問題は、相手の気を害さないタイミングで抜け出さなければいけないわけですが、
    アピールタイムからうまいこと抜け出すのは至難の技になります。


    「僕もいろんなことをしてきたけれど、人の上に立つのはしたことないかな」

    「へ~、なんかリーダー的な印象ありますけど違うんですか?」

    「部のみんなからは薦められたけど、ガラじゃないから断ったんだ。
     みんなと同じ目線で物事をみたり楽しみたいって人だからさ」

    「いいですね!そういうところが逆にリーダーにむいてるんだと思いますよ」

    「はは、そうなのかもね。いろはちゃんはどんなタイプの人を好むんだい?」


    ド直球!まあどんな人間~て話してましたから割と自然な流れではあるのかな?
    別に好きな人に限った話ではないような質問ですし。

    タイプですかー。なんだろう。わたしに好感持ってくれる人は好きですかね。
    みんなに愛されてるわたし大好き。

    723 = 1 :



    「自分に好感持ってくれる人ならみんな好きですかね!」

    「なるほど。恋人に求めるのもそんな感じなのかな」


    うっ……わかってはいましたがガツガツきます。
    賭けに出ましたね。ここで神宮さんと正反対なことを言えば諦めないまでも、
    これ以上ここでは攻めてこなくなるかもです。
    そしたら抜け出すのも容易になるってなもんですよ。

    ……しかし恋人に求めるもの……ですか。
    前ならスペックとかブランド性のある人でしたけど……今は―――


    「―――本当の自分を見てくれる人……ですかね」


    ぽつり、と自然と言葉が零れ落ちる。
    考えていたことがつい口から出てしまい、自分でびっくり。
    適当に返そうと思っていたのに。

    そんなわたしの返答に神宮さんは一瞬驚いたようですが、フッと笑みを浮かべて答える。


    「そっか。僕たち、気が合うのかもしれないね。僕の求める人もそんな感じだよ」


    …………あ、まずいですしくじりました!
    神宮さんにとっておそらく最高の一手をプレゼントしてしまいました!

    ここで畳みかけられてはやばいです。告白だけは何としても阻止しなくては!

    724 = 1 :



    「いろはちゃんはいろいろ考えて行動してるよね。言動とかもさ」


    分かっていたことですが、そこはさすがに見破られてますか。
    神宮さんはこれを好機と見て、反論、というか今のを否定する間も与えないかの如く話を続けます。


    「僕も同じだから分かるよ。仮面を張り付けて、誰もから好かれようとする気持ちは」
     
    「いや、あの今のは―――」

    「だから僕ならわかってあげられると思うんだ。逆に僕のことをわかってくれる人も、いろはちゃんくらいだと思う」


    ……それは押し付けですよ。傷の舐め合いじゃないですか。
    拒絶したいがそれも出来ずにいると、ギュッ、と手を握られ、顔を近づけられる。

    振り払って飛び出したいのもやまやまですが、この場では……。


    「だからいろはちゃん、僕と―――」


    ってそんなこと言ってる場合ではないです。
    止むおえませんがここは――


    「いろは」


    と、どことなく怒気を孕んだ声に二人とも怯み、
    ハッとして緩んでいた手から抜け出し神宮さんと距離をとります。

    今しがた声のした方向に顔を向けると、そこに立っていたのは葉山先輩。


    「あ、……と、葉山、先輩」

    「邪魔してすまない。でも時間いいのかなって」

    「え?」


    確認してみると19時。え?そんなに話してましたか?
    じゃなくて急がなきゃまずいです!

    725 = 1 :



    「約束があったんだろ?いかなくていいのかなと思ってさ」

    「は、はい。あ、えっとすみません神宮さん!わたし行かなきゃいけないところがあるので失礼します!」

    「ああ、時間とっちゃってごめんね」

    「いえ!……葉山先輩すみませんでした、ありがとうございます!」

    「いや、謝るのは俺の方さ。……もっと早くに言ってあげることもできたのに」


    え?
    なんで葉山先輩が謝るのだろうか、とも思いましたが今は一刻も早く待ち合わせの場所に行かないと!


    早々に荷物をまとめ、自分のドリンク代を置いて立ち去ります。
    もちろん他の人に一声かけてからですけど!

    おつかれー、またねーという声を背に店を出る。

    ふと、葉山先輩のほうを見やると、なにやら神宮さんと話しているご様子。一体何の話でしょうか。


    ………というのは置いといて、急がなきゃ!



    726 = 1 :




      * * *






    時刻は19時20分程度。
    はぁ、はぁ、と息を切らせて走ってきたそこには目的の人影は見当たらない。

    一応物陰になるところも見渡しましたが、知らない人ばかり。


    はははー、それもそうですよねー。
    もともと16時に予定していたのにずらしにずらした挙句これですもん。

    わたしだったらブロックからの通報まであります。
    あー、最悪だなあわたし。なんでこうなるかなー。


    ……いや、原因は自覚しているし、なるべくしてなった、って結果ですよね。


    そもそも打ち上げに付き合う義理はなかったんですよ。
    大事な日だってわかってたじゃないですか。外せない用事って自分で言ってたじゃないですか。


    神宮さんの誘導がうまかったーとか、そんなの関係ないんですよ。それは他己責任です。


    あー、泣きそうです。もう、ゴールしてもいいよね?
    泣く資格なんてない、ってわかってますけど自分の不甲斐なさに泣きそうです。すでにうるうるきてます。


    あんまり考えちゃいけないって、振り返ることに意味はないって思っても、あの時ああすればとか、こうしたらとか、
    最初から断っておけばとかいろいろ考えちゃって堂々巡りしてしまいます。


    「あは、は……なに、やってんです、かね……」


    壁に寄りかかり、ずるずると地べたに座り込む。
    膝を抱えて丸くなり、気分はさながら悲劇のお姫様。

    それを主役たらしめないのは、それが全て自分の意思でどうとでもなったこと。
    回避できた未来にわざわざ自分から突っ込んでったんですから。

    727 = 1 :


    これでは100年の恋も冷めちゃうかもですよね。
    ただでさえ恋愛に奥手な先輩で大量のトラウマ持ちですから、裏切られたくらいに思ってるかもしれません。


    あーあ、今頃デートでもしてて、告白の返事もらって、ハッピーエンド迎えてたはずなんですけどねー。
    もう取り返しがつかないと思うと、自責の念で胃がぎゅるぎゅるします。なんか吐きそう。


    「…………………やだ…なぁ」


    終わりたくないです。でも、どの面さげて先輩に会えばいいんだろ……。


    顔をあげてみれば、辺りのカップルがちらほらと目に留まります。
    別にいつにも増してカップルが多いとかそういうわけではありませんが、
    無意識のうちに見回してしまいます。

    それぞれが仲よさげに、腕を組んだり笑いあったり。
    その様子を見ているのが苦痛になりまた顔を埋めてしまう。


    「………先輩……」


    まるで不審者ですね。酔っ払いにも見えるかもしれません。
    通報されないですかね?これで補導されたら泣きっ面に蜂ですよ。

    728 = 1 :


    でもここから動くことも出来ず、惨めに涙が出るばかり。

    あれですかね、恋愛なんかするなってことなんですかね。
    結局わたしには一人の人を想うことなんてむいてなんでしょうか。


    でも、やっぱり。



    「………………せん、ぱい……」






    「呼んだか」






    ………え?
    いやいやなんですか?幻聴ですかね。ナンパですか?

    えー、この状態でナンパされるとかもうだるくて仕方ないんですけど。


    「おい、一色さん……?」


    あれー、先輩ポイですねこれ。なんでいるんですか。
    おーいなんて呼ぶ声が続きますが、顔をあげないわたしを別人だったと思ったのか最後には、


    「……あー、人違い………です。すんません」


    これ絶対先輩ですね。ほんとにかっこつかない人ですまったく。そこは自信持って声かけてくださいよ。
    泣き顔見られたくなくて顔あげませんでしたけど、上げないと帰っちゃいますよね。


    「………あってますよ。……先輩」

    「…………んだよ。だったら早く顔あげろ。黒歴史増えちゃったかと思ったじゃねーか」


    あははーなんて笑う余裕もなく、泣き声を抑えるのに必死です。
    いろいろ質問したいことはあるんですけど、今声出したら決壊しそう。

    729 = 1 :



    「ったく。こっち向かってんなら連絡入れろ。ホウレンソウは社会でたら基本だぞ。俺は出ないけど。
     葉山から今向かってるらしいって………っておい、一色?」


    堪えきれずに先輩の胸に飛び込む。


    「……泣いてんのか?」


    どうした、なにかあったのか、という先輩の問いに我慢できず、声を殺して泣く。
    そんなわたしの背中をさすり、泣き止むまで何も言わずにいてくれる。


    「………できれば頭撫でてください」

    「もう元気だな。離れろ」

    「また泣きますよ」


    図々しいですかね。そりゃそうですよ。
    先輩からしたら、遅れに遅らされて、いざついてみれば後輩が泣いてるとか謎すぎますもんね。
    我ながらいい迷惑です。


    「…………ほれ」

    「………ぁ……」


    でも、なんだかんだこちらの要望に応えてくれるあたり、いいお兄ちゃんって感じですよね。
    ………あったかい。

    綻んだ顔を隠すように先輩にぎゅっと抱き着く。

    730 = 1 :



    「んで、どうしたんだお前は」

    「先輩こそなんでいるんですか?わたし、こんなに遅れたのに」

    「別に、遅れるって連絡は入れてたろ」

    「それは、そうですけど……。でも――――」

    「別にお前に悪いとこなんかねーだろ」

    「悪いですよ。来ようと思えば時間通りに来れたんですから」

    「………らしくねーな。いつもならもっとこう、
     すみませ~ん遅れちゃいました~きゃは☆みたいな感じじゃねーか」

    「それ誰の真似ですか。………まあ本気で悪いと思ってるんですよ」

    「じゃあ普段は悪びれてなかったのか」

    「うっ………い、今のは言葉の綾です!手取り、足取り?しないでください!」

    「してねーよ……。揚げ足って言いたかったのか?由比ヶ浜レベルの間違いだぞ」

    「あーデートの時に他の女の人の名前出すのはタブーですよー」

    「まだ始まってないからセーフだ」

    「デートって認めるんですね」

    「………手取り足取りしないでくれ」

    「してないです。というか忘れてくださいそれ……」


    なんかいつもの感じに戻ってきました。
    というか別に先輩はいつも通りなんですよね。わたしが勝手にテンパってただけで。

    ……やさしいですよね。

    731 = 1 :



    「でも、もう遅くなっちゃいましたね。どうします?これから」

    「……まだ間に合うな。電車乗るぞ一色」

    「え?今からですか?でもどこに……」

    「ほれ」


    先輩の手には2枚の紙切れ。
    どこか見覚えのあるその紙は舞浜にある某遊園地のチケット。


    「これ……ディスティニーのアフターチケットですか?なんで……」

    「いやならいいが」

    「いえ!全然いやじゃないですけど」


    嫌なことはなにもない。だがどういう意図でこの場所を選んだのか。
    別にデートスポットとしては定番ですけど、この時間にいってもなにもあまり乗り物には乗れないだろう。

    ……この時間になったのはわたしのせいですけど。
    そういえば間に合うとかなんとか言ってましたが……。


    「……んじゃいくか」


    先輩はそう一言告げて改札の方へと歩き出す。
    わたしも遅れてとことこ、とその隣を歩く。



    この時間に間に合うものといったら、あれですかね?




    732 = 1 :







      * * *





    3月も半ばまで来ましたが、まだまだ肌寒く夜は冷たい日が多いです。
    先輩は寒いのが苦手なのかマフラーに顔を埋めています。

    まあ暑いのも苦手そうですけど。

    年がら年中家の中って印象受ける人ですからね。
    それがこんな人混みの寒空の下で待機してるんですから不思議ですよねー。

    というわけで現在ディスティニーにあるお城が見えるところでスタンバってます。
    時刻は間もなく20時30分。お城付近で花火が打ち上がる時間です。

    この時間でなんかあるとしたらこれ、というのはわかっていましたが、どことなくわくわくしてきます。
    先輩といっしょだからですかね?


    そういえばここに来る前、どこで待ってたんですかね?一応付近は見回したつもりですが。


    「先輩。わたしが駅に着くまでどこで待ってたんですか?」

    「コンビニで立ち読み」


    そりゃそうですよねー。そんだけ長いこと外に出てるはずないって考えればわかることじゃないですか。
    ちゃんと連絡いれておけばあんな泣いてるとこ見せなくてすんだってことですよね……。

    733 = 1 :



    「何時間もそこにいたんですか。店からしたらさぞかし迷惑だったんでしょうね」

    「甘いな一色。滞在時間は10分程度だが迷惑そうだった。
     長時間いなくとも、店に入った瞬間から警戒されるまである」

    「うわぁ……。じゃあそれまでどこにいたんですか?」

    「サイゼ」

    「一人で?」

    「戸塚達とだな」

    「へー」

    「聞いといて興味なしか」


    ふぅーん。
    他には誰がいたんですかねー。別にいいですけど。今はわたしの独り占めですし。


    「そんなことより先輩!もうすぐですよ!」

    「そうだな」


    まもなく花火が打ち上がる時刻。心なしか周囲の声のボリュームも下がってきている。
    そういえば前に来たとき、隣にいるのは葉山先輩でしたね。

    ディスティニーマジックってやつでしょうか。妙に気持ちが昂った記憶があります。
    あの時は先輩の影響も受けてましたし。ま、結局そのときから先輩に想いを馳せていたわけですが。


    今度はあの時とは違う気持ちでここに立ってますね。
    何かに追われるように、焦っていて。

    先輩は今何考えてるんでしょうか。


    記憶の海を漂っていると、ふいにひゅ~という音が聞こえ、ドンッと空に花が咲く。
    この日最後のイベントの始まりです。

    734 = 1 :



    1発目が打ち終わったと同時に次々と光が空に打ち上がり、その花が開くたびにわたしたちの姿を明るく照らします。
    低いドンッという音が妙に心地よく自然と力が抜けて行くようです。


    「先輩。ありがとうございます」

    「あん?なにがだ?」

    「いろいろですよ。……いろいろ」

    「………おう」

    「……先輩」

    「……ん」

    「……好きです」


    そのセリフを告げ終えると、タイミングよく花火が綺麗に咲きます。
    花火の灯りで見えた先輩の頬は少し朱に染まっている気がしました。無論わたしはほろ酔い気分です。飲んでないですよ?


    「……おう」

    「………えー!それだけですか?ていうかここは本来先輩から告白する流れですよ?何言わせてるんですか!」

    「お前が先走ったんだろうが。俺は悪くない。うん悪くない」


    こんなときまで締まらない!やはり間違っていきますね~。
    ま、不快になるでもなく、自然と笑みがこぼれてしまうんですけどね。

    735 = 1 :



    「それで、返事。もらえないんですか?」


    もう返事もらったようなもんですけどね。でもやっぱり言葉にしてもらいたいじゃないですか!
    というわけで、どうぞ!


    「……まぁ、その、なんだ。悪くないと思う」

    「……先輩」

    「ぐっ……あーだから、えー。そういうのもありかなっつうか」

    「じー………」

    「………好き、かもしれん」

    「え、なにがですか?」

    「………一色のことがだ」

    「名前でどうぞ!」


    先輩は、こいつ……的な目で見てきますがスルーで!暗くてわかりませーん。
    しかし諦めたのか潔く……すでに潔くありませんが、一言。




    「好きだ、いろは」


    「はい、わたしもです。先輩」




    ドンッ!と、今日一番の花火に合わせ先輩の唇に自分の唇を重ねる。
    歯がガツンなんてありがちの展開が起きないよう細心の注意をはらって。
    せっかくの夢心地を台無しにしたくないですから。

    これは予想していなかったのか、驚いた顔をした先輩でしたがそれも少しの間で、
    ぐぃっと、わたしの体を引き寄せる。これにはわたしがびっくりです。


    「………ん……ぁ……ぅ」



    実際にそうしてた時間は短いでしょうけど、とても時間がゆったりと流れているような気持になります。
    もっとこのままこうしていたい気持ちはありますが、さすがに人目もあるのでお互いそっと離れます。

    736 = 1 :




    「……以外ですね、先輩がそんな積極的だなんて。今日一番のサプライズです」

    「……一本取られたからな。お返しだ」

    「なんですかそれ。負けず嫌いですねー、雪乃さんみたいですよ?」

    「あいつほどじゃねーだろ。つーか他の女子の名前はアウトなんじゃなかったのか?」

    「自分から出すのはセーフです」

    「なんだそれ」



    2人してフッと笑う。
    しばし見つめ合い、気恥ずかしくなったのか先輩が口を開く。


    「さて、どうするか」

    「んー、アトラクションはまだ動いてますけど。なにか乗っておきたいのあります?」

    「いや、特には。なんかあるか?」

    「ないですねー。ちょっと疲れちゃいましたし」

    「だな。帰るか」

    「はい。………あ、先輩!」

    「あ?」

    「えへへー。好きですよー」

    「へいへい。世界で一番愛してますよ」

    「心がこもってないんですけど!」


    ほれ、ふざけてないでさっさと帰るぞー。という先輩についていく。
    今のは照れ隠しですか?だとしたらかわいいですねぇやっぱり。

    ディスティニーに来て、1時間も経たずに帰るなんて初めてですよ。
    まあこの一大イベントのための1時間は十分すぎますけどね。



    今日1日いろいろなことがあり、一事はどうなることかと思いましたが、
    何とか望んだハッピーエンドは迎えられたようです。



    それから先輩もわたしも、駅に着くまで一言も話しませんでしたが、
    特に気まずい雰囲気でもなく、ディスティニーの余韻に浸ってました。



    今日あった出来事を忘れないように。
    自然と繋がった手の感触を確かめるかのように、強く、握って。



    737 = 1 :





      * * *  





    はい!というわけで、念願の先輩の彼女さんになりましたー!
    どんどんぱふぱふ~。

    いやーよかったよかったって感じですね!
    わたしが最初に告白してから一月たっていたわけですから、答えが変わったりしてもおかしくなかったわけですし。
    ……一月して思いが固まった線もありますね。むしろそれです。


    そして今日は修了式。
    学校も早く終わるので、さっさと下校して遊びに行く人もいれば、学校に残ってぐだぐだする人も。

    かく言うわたしはというと―――


    「あ、せんぱーい!これから部室ですかー?一緒に行きましょう」

    「……お前はいつからうちの部員になったんだ」


    気分はすっかり奉仕部なもんで。
    一切活動したことはありませんけど。

    でも静かだし、お茶でるし、お菓子おいしいし、先輩いますからそりゃ居座りたくなるってもんですよね。


    「まあまあ固いこと言わずに。だきぃ」

    「くっつくな鬱陶しい……。つーかいいのかよ。誰かに見られたらあらぬ誤解を招くぞ」

    「ぶぅー、誤解じゃないですからいいですー」

    「まあ、そうだが………。一色」

    「なんですか?もしかしてキスですか?さすがに人目のあるとこでは無理ですごめんなさい」

    「ちげーよ。つうか久しぶりに聞いたなその常套句。
     じゃなくて、別に今まで通りでいいだろ。わざわざ変わる必要なんざ―――」

    「わかってますって!ちょっとしたジョークですよジョーク。
     わたしは多分これからもみんなに愛される一色いろはであり続けますよ。それがわたしですから」

    738 = 1 :


    「………そうか」

    「はい。………それに」

    「それに?」

    「人前では一見興味ない風を装ってて、二人きりになるとデレるとか先輩好きですよね?」

    「……まぁ悪くないな。2次元なら」

    「えー、3次でもいけますよ先輩ならー。こんなにかわいい後輩が彼女なんですよー?」

    「はいはい嬉しいなー」

    「うわぁすごくうざいです」


    さすがにこんな話してて誤解するなってほうが無理な話ですけど、今後は気をつけましょう。

    周りの評価を求めたせいで痛い目をみたわけですが、それでもわたしの生き方は変わらないと思います。
    そうしていくほうが世の中生きやすいですし。先輩もそうしろと言ってくれているわけですしね。

    それに、ミーハーに見えて一途ってポイント高いですよね?ギャップ萌えってやつですよ。


    「あ、でも先輩。二人きりになるとデレるってのは本当ですよ」

    「あ?」

    739 = 1 :



    ここでいったん立ち止まり、もじもじと頬を染め下を向く。


    「……いっぱい甘えたいですから」


    「………まあ、ほどほどにな」



    「ほらやっぱりこういうの好きじゃないですか!照れてますよね?せんぱい?」

    「それがなかったらポイント高かったのになー」

    「大丈夫ですよ、今のは狙ってましたが甘えたいのは本当なんで」


    というと先輩は、がしがしと頭を掻いてそっぽを向く。
    ポイント入ったみたいですね。とかいったらいい加減マイナス入りそうですけど。

    740 = 1 :



    「それより、なんで名前で呼んでくれないんですか?あの日は呼んでくれたのに」

    「限られたときだけのほうが特別感あんだろ?これ八幡的にポイント高い」

    「ただ恥ずかしいだけですよね?それ。葉山先輩とか親しい人なら名前呼び普通ですよー」

    「あいつらとは生きてる世界が違う。なんでああも馴れ馴れしくなれんの?一言交わしたら友達なの?
     じゃあなんで俺はいつまでたっても名前を憶えられてないんだろうな」

    「……地雷多過ぎて会話に困るからじゃないですか?憶えたら付きまとわれたりするのだるいですし。
     実際にそういう人いますからねー」


    ああ、だからか。そういえば小5の―――と先輩が勝手に回想という名の黒歴史を語り始めたのでシャットアウト。
    この人と付き合っていく人は大変ですねー。わたしじゃなきゃ見放しちゃいますよ。


    「つーかおまえこそ俺の名字すら呼んだことないんだが?名前しってんのか?」

    「そりゃ知ってますよ。でも今更名前呼ぶなんて恥ずかしいです」

    「お互い様じゃねーか」

    「……この件は保留にしておきましょう」


    丁度部室に着いてしまいましたし。
    さて、これが今年度最後の部活動ですね。わたしは部員じゃないですけど!

    ちなみに奉仕部のお二人はなんとなく察していたようで、付き合った次の日にこの場所で打ち明けました。

    そんな部室からは今日も紅茶のいい香りが部屋の外まで届いてきます。



    ふと、全部ここから始まったんだなぁとしみじみします。
    平塚先生の薦めでここに来て、先輩に出会って、本物を求めてしまった。


    それ故に傷つくことや、面倒事とか出てきたわけですけど、悪くはなかったですね。
    基本的なところはわたしも、この奉仕部の人たちも変わってはいないようですが、皆先輩に影響受けて変化があったんだと思います。


    ここまでいろいろ間違ってきて、今もなお間違い続けて。


    それでもやはり、わたしの……わたしたちの青春ラブコメはこれでいいんだと思います。


    ですよね?せーんぱい?








    ***


    741 = 1 :

     









      

    742 = 1 :

    というわけでようやく完結しましたー
    長らく待たせたあげく自分で決めた締切やぶってすまんのう
    おつおつ

    743 :

    いいいろはだった

    744 :

    おつ
    新刊含めていろは分が補給されすぎて幸せだ

    745 :

    あー、すげえ精液出た
    捗ったわー

    746 :

    おつ
    かわいい

    747 :

    面白かった
    いろはすssは良いよな

    749 :

    おつおつです!!

    750 :

    乙乙 最高だった
    後日談は?


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