私的良スレ書庫
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元スレ沙希「ねぇ…」 八幡「」
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一人は苦笑気味にフンッと鼻を鳴らし、もう一方は楽しげにクスッと笑う。
そんな二人の会話に置いてけぼりをくらった残りの一人はバンッと豪快に机を叩くと同時に勢いよく立ち上がる。
結衣「なに二人で楽しそうに会話してるのっ?!あたしも混ぜてよっ!ていうかなんで二人ともそんな呑気に会話してるのっ?!」
八幡「そんな慌てるような事は何もないだろ」
結衣「あるじゃんっ!大有りじゃんっ!」
雪乃「由比ヶ浜さん、落ち着いて。溢れるから」
いれ直した紅茶の入ったコップが由比ヶ浜の騒ぎの振動でカタカタと不安げに音を立てながら揺れている。
由比ヶ浜は雪ノ下の言葉で何とか再びイスに座りなおしたが、それでもまだ興奮は収まらないらしい。
結衣「ゆきのんは何とも思わないわけ?!」
雪乃「なんのことかしら?」
結衣「お弁当の話に決まってるじゃん!」
八幡「その話はもうケリついただろ」
雪乃「そうね、一応あなたも納得したはずだけど?」
結衣「うー、でも、でもぉっ!」
由比ヶ浜の煮え切らない興奮に、雪ノ下はこめかみに手を当て小さく吐息を漏らすと子供をあやすようにゆっくりと尋ねた。
雪乃「由比ヶ浜さん、いったい何が気に入らないの?」
結衣「え、えっと…」
雪乃「川崎さんが比企谷くんにお弁当を作ること?それともこの教室で渡すこと?それとも別のこと?」
結衣「それはっ………全部、かも」
八幡「はっ?」
雪ノ下に任せようと思って黙って見守ろうと思っていたのについ声を出してしまい、雪ノ下に睨まれるビクンビクン。
ついでに頭を踏んづけてほしいなんてこれっぽっちも思ってないからもう睨まないで下さい。
結衣「でももうお弁当作るのも渡すのも決まっちゃった事だからどうしようもないけど、でも…」
雪乃「でも、何?」
再び由比ヶ浜に視線を戻すと、優しく問い返す。
………普段から俺にもああやって接してくれないかしら?
俺ってまぁまぁ結構めちゃくちゃメンタル弱いのよ?豆腐メンタルと呼ばれる日が近いまである。
まぁ、いかんせん俺が豆腐メンタルと分かるくらいまで深く接してくる相手がいないという現実を思うと悲しくなってしまったので、頭の中で絶望に打ちひしがれ、ゼツボウグに取り憑かれた人格を創って暴れさせておいた。
結衣「でも、でも、なんか心配…」
雪乃「どんな事が?」
結衣「ここでお弁当渡してから別の場所で二人で一緒に食べるんじゃないか、とか…」
八幡「んなの依頼の内容にはなかっただろ」
雪乃「そうよ、それにいくらこの男が駄犬で不埒で不吉で煩悩が服を着て歩いている様なモノでもそこまで危険性はないと思うのだけれど」
八幡「おい、そんなディスる必要あったか?」
大体今の話に明らか不要な言葉も入ってましたよね?
なんだよ不吉って…俺の目に見られたら不幸になるの?
ヤダ何それどこの堕天の邪眼光だよ。
マックに行ったら女神に会えるのかしら?
結衣「ヒッキーの事は別に心配してない」
あ、さいですか。
まぁマジ俺、人畜無害だからな。
そろそろ国宝、いや世界遺産とかに認定されても良いレベル。
それで俺の死後は自由の八幡像とかが世界中に建てられちゃうんじゃないかと割と本気で心配しちゃうくらい超平和的な人間。
結衣「心配なのは沙希の方だよ。今までこんな大胆に行動しなかったし、そもそもするような娘じゃないと思うし…」
雪乃「確かにそうね…」
まぁそう言われれば確かにそうだ。
川崎沙希という女の子は進路のことや弟妹のこと、自分の趣味以外には大して興味を示さず、クラス内では俺に次ぐぼっち代表格である。
託された仕事はきちんとするが、見た目に反し奥手で、口下手、それでいて基本として高圧的なため友達ができない女の子である。
そんな女の子が、一度は断られた本人のいる所に一人で乗り込んできて、依頼を提示してきたのである。
不思議に思わない方がおかしい。
そんな中、校内外に部活終了のチャイムが鳴り響いた。
チャイムが鳴り終わると同時に由比ヶ浜は更に斜め上、いや、ある種、予想通りの言葉を発そうとする。
結衣「ヒッキー、あたしもヒッキーにお弁当作ってあg」
八幡「断る」
結衣「即答だっ?!」
由比ヶ浜のツッコミを華麗にスルーし、今日は部室に来てから出すだけ出して結局一度も開かなかった文庫本をカバンに入れると立ち上がる。
雪ノ下も由比ヶ浜もそれぞれにカバンを手に取り立ち上がった。
結衣「でもあたしもヒッキーにお弁当…」
すでにドアに向かって歩き出そうとしていたが、未だぶつぶつと文句を言っている由比ヶ浜に溜息を吐いてから向き直りありのままの言葉を告げる。
八幡「由比ヶ浜、正直お前の弁当となると命がいくらあっても足りないと思うぞ。俺はまだ死にたくない」
結衣「酷過ぎだっ?!」
雪乃「こればかりは庇いきれないわね」
結衣「ゆきのんまでっ?!」
うわーん!と半泣き状態で雪ノ下のもとまで駆け寄るとその肩をポカポカと叩く。
雪ノ下は雪ノ下でそれを鬱陶しそうに顔をしかめながらも拒絶はしない。
まーた百合百合しちゃってるよー。
そろそろ俺もガチユリに目覚めそう。誰だよユルユリが良いとか言った奴。
そんなこんなで三人が教室を出ると雪ノ下は鍵を閉め、職員室へと向かった。
残された俺と由比ヶ浜は一緒に玄関まで歩く。
道中、はぁ…とかうーん…とかむむむー…とかいかにも話を聞いて欲しそうに溜息を吐いたり唸ったりしているので、こちらも根負けして由比ヶ浜に尋ねた。
八幡「……なんだよ」
結衣「べっつにー」
八幡「ならもう良いわ」
結衣「うぇっ?!ちょっ、もうちょっと聞こうよ!なんでそこでもう良いやってなるわけっ?!」
静かな校内に由比ヶ浜の声が反響する。
うるさいし面倒くさいしでもう一個なんかあれば余分三兄弟そろったのになぁ、とか無駄に思考しながら溜息を漏らす。
そう、実際俺が文句を言われる筋合いはどこにもないわけで、むしろ由比ヶ浜が色々と言ってきてもそれはワガママであり、俺からしたら何をいけしゃあしゃあと…という感じである。
だが俺も雪ノ下も由比ヶ浜のワガママにはめっぽう弱く、少々理不尽であっても許容してきたし、おそらくこれからも許容してしまうだろう。
八幡「ま、そうなることはねぇだろ」
結衣「うん…」
これ以上追求してもおそらく由比ヶ浜の不安は拭えないだろうと諦めて話を切った。
玄関に着くと、由比ヶ浜は雪ノ下を待っているというので俺は早々に帰らせてもらう。
家に帰ると、出迎えてくれたのは愛猫カマクラで、そのふてぶてしい顔にただいまと告げて、頭をひと撫でしてから家に上がる。
リビングに入ると、暖房が効いており小町がソファの上で誰かと電話していた。
ドアの閉まる音で俺が帰ってきた事を確認すると電話口に挨拶を交わしその電話を終わらせる。
小町「おかえりー」
八幡「おう」
小町「あ、なんか今の熟年夫婦みたいっ!」
八幡「そりゃ十数年もいりゃ熟年夫婦並みに家に溶け込んでるだろ」
小町「もうっ!可愛くないっ!」
八幡「俺に来なかった分の可愛さは小町が受け取ってくれたから良いんだよ」
小町「うん可愛さ100%だもんねっ」
八幡「おいそれじゃ俺に1%の可愛さもない事になるだろうが」
小町「むしろあると思ってた事に驚きだよ…」
湯沸かしポットが沸騰終了の合図であるランプを照らし、あらかじめ用意しておいたドリッパーのセットされたカップにお湯をのの字状に注いでいく。
出来上がったコーヒーに角砂糖2つと練乳をたっぷりかけ小町の隣に腰掛けそれを少し飲んだ。
あーこの甘さ、たまらん。
小町「お兄ちゃん」
カップを机の上に置くと隣で小町が小悪魔めいた表情で見上げげてきた。
その表情に得体の知れぬ怖さを感じつつも先を促す。
小町「明日から小町がお弁当作ってあげよっか?」
八幡「はっ?!」
まさかのチェンジアップに頭がついていかない。
いや正直「小町に言うことあるでしょ?」とかなら言ってくると思ってた。
その際、なぜ小町にそのことが筒抜けになっているかとかは今更で、その辺はもう諦めてるから良い。
いや、良いのかどうなのかは分からんが…。
ただまさかの言葉に素で驚いてしまった。
俺の反応に満足したように笑顔になると小町は続ける。
小町「聞いたよ、今度から沙希さんにお弁当作ってもらうんだってね」
八幡「お、おぅ」
やっぱ知ってたか。
まぁもう小町は俺以上に俺の周りに顔が広い。
それはそれで小町的にも俺的にも問題だとも思うが…。
小町「だから小町としてもちょっと対抗心燃やしちゃったっていうかね」
八幡「いや何の対抗心だよ…。つかそんなに昼飯あっても食えねえから」
小町「でも妹の小町としてはー、お兄ちゃんに彼女ができるのは良いんだけど小町のポジションまでは取られたくないんだよね」
八幡「彼女じゃねえよ。つうか昼飯作ってくれるポジションにはいなかっただろ」
小町「お兄ちゃんの世話は全部小町の仕事なのっ!」
八幡「それ彼女いる意味ないだろ…」
小町といい由比ヶ浜といい、全くこのアホの娘の意味不明な理論にはいつも悩まされる。
そしてその意味不明な理論を意味不明と分かっているはずなのに許容してしまう自分が一番意味不明だ。
八幡「あのね小町ちゃん」
小町「はい」
八幡「小町の料理は確かに上手い。そりゃもう母親の域だ。それは俺が自信を持って自慢できる、アホな妹の数少ない長所の一つだ」
小町「それ褒めてる?」
小町の疑問は無視して続ける。
八幡「でもな、今回の川崎のは奉仕部への依頼なんだよ。奉仕部がそれを認めた以上、俺はその仕事をまっとうしなくちゃならない」
小町「うんうん、それで?」
八幡「いいか小町」
ソファの上で俺の方向へ正座している妹の両肩にそれぞれ手を乗せる。
そしてグッと力を込めて、少し顔を近付ける。
小町はひぅっ!と小動物めいた声をあげたかと思うと、次第に目を細め、何やら顔を毎秒ごとに紅潮させていくがそれは無視する。
八幡「これは仕事なんだ。仕事ってのは疲れるもんだろ?」
小町「う、うん…」
八幡「そこが小町の出番だ。仕事で疲れた身体と心を妹であり尚且つ家事全般こなせて料理の美味しいお前が癒してくれなきゃダメなわけだ。分かるな?」
小町「うん…」
八幡「だから小町、お前のポジションに入ってこられる奴なんているはずがない。俺にとって小町はオンリーワンなわけだ」
小町「ひゃい…」
八幡「例えそれが川崎であっても由比ヶ浜であっても、雪ノ下であっても、その事実は変わらねえだr………ってお前ちょっと近い」
なぜか徐々に顔を近づけて来る小町から顔を離そうとすると、重心が動いて俺は後ろに倒れこみ、そこに小町が覆い被さってくる。
へその少し上らへんに小町の顔が乗り、どかそうとするが小町の身体は力が入っていない割に妙に動かないので諦めた。
小町「……オンリー…ワン………」
何やらブツブツ呟いている小町の将来が本気で心配になり始めた1日だった。
それから翌日、目が覚めたのは午前7時20分。
ただでさえ遅刻症の俺は、11月の寒くなり始める頃から余計に遅刻回数が増える。
そんな俺がこうも早く起きて、朝食を食べ、絶対に遅刻するはずもない時間に家を出たのには少なからず理由がある。
八幡「はぁ、眠い寒い帰りたい…」
異変は昨夜の夜から起きていた。
ソファで小町に覆い被さられた後、どうやら俺は寝落ちしていたようなのだが、20時頃に小町に起こされ夕食をとった。
その夕食がまた何とも豪勢であった事に違和感を感じたのだ。
そして今朝、小町に起こされ、朝から元気の出そうな朝食をとらされ、今に至るのだが、いかんせん小町がボソッと呟いた言葉が脳裏を離れない。
小町『………お兄ちゃんは小町が癒してあげるんだから…』
どこかで頭でも打ったのだろうか?
別段それは悪い変化ではないわけだが、俺に被害が及ぶのは中々に御免だ。
まぁ実際早起きして学校に遅刻せずに行くというのが果たして俺にとって悪い被害なのかは複雑なところではあるが…。
登校後、素直に席に着きカバンをかけイヤホンを取り出すと携帯に繋ぎ音楽をかけてから机に突っ伏す。
朝の生徒たちの喧騒はぼっちである俺の身体には毒でしかなく、自分の中に自在に操れるノイズキャンセリング機能が備わっていないことが恨めしい。
早起きは三文の徳とか言われているが、俺からしたら損でしかない気がする。
そんな時、肩をトントンと叩かれたので顔を上げる。
彩加「おはよ、八幡っ」
と、とととっととっ戸塚ぁあああっっ!!
あぁ早起きってなんて素晴らしいんだ!
誰だよ損でしかないとか言った奴。
早起きしたら天使に会えるなんて三文の徳どころの問題ではない。
音楽を速攻で止め、耳からイヤホンをひん抜いて戸塚を見上げる。
八幡「おぉ戸塚、よっ」
彩加「うん、よっ」
あぁ可愛い…。
もう幸せ過ぎて何も考えられない。
彩加「ねぇ八幡、今日の昼休憩、一緒にテニスしない?ここ最近天気悪くてそんなに練習できてなくてさ、相手がいてくれれば嬉しいんだけど」
なん、だと……?!
まっ、ままま待て!今日の昼?!
えっ、今日のお昼だと?!
えっ、ちょ……マジ?
八幡「き、今日の昼…か?」
彩加「うん!……八幡どうかした?顔色悪いよ?具合悪いの?」
八幡「い、いや!大丈夫だ何でもないっ」
これほどまでに自分の人生を呪ったことはあるまい。
くっ!お昼は川崎の弁当を食べるというミッションが待ち構えている。
い、いや待て落ち着け!
弁当を食べるのに何十分かけるつもりだ?
最速スピードで食べたら10分かからないんじゃないのか?!
いやだが、おそらく弁当の感想は聞かれる。これは間違いない。
ここでの会話にいったいどれほどの時間がかかる?
いや問題はもっと前だろ!
昼休憩、授業が時間通りに終わったとしてそれから奉仕部まで行き、弁当を受け取る、おそらくここでも何かしらの会話は発生するだろう…それからまた場所移動をして弁当を食べ、そこから更に川崎の場所へ行き感想を述べる。
ダメだ!どう考えても時間がかかり過ぎる!
それじゃ俺の都合で戸塚の練習時間を削ってしまう!
それは断じてあってはならないことだ。
なら先に今ここで戸塚に行けたら行くと言っておくのがベストアンサーか?
いや待て、それは俺の中で最強の断り文句のはずだ。
それを戸塚に使うくらいなら死んだ方がマシというものだろうっ?!
それにその言葉だと戸塚はテニスコートでラケット片手に俺が来るのを何時間も待ってしまうかもしれない!
この季節だ、外は身体を動かさなければ寒いし、いつ雨等が降ってきてもおかしくはない。
そんな中に捨てられた子犬のような顔をした戸塚を見たら誰かが拾ってしまうかもしれないっ!
それはダメだ!それは断じてあってはならん事なのだよっ!!
なら俺はどうすべきだ?
戸塚の事を何よりも大切に思うなら、俺が出すべき解答はなんなのだっ?!
この一瞬でこれらの思考を済ませると、自分の顔から一気に生気が抜け出るのが分かった。
彩加「八幡ホントに大丈夫?体調悪いなら断っても良いんだよ?」
八幡「そうじゃないんだ、そういうことじゃ…」
彩加「は、八幡?そんな思い詰めないでよ」
それは無理な話だぜ戸塚。
俺の脳内ピラミッドの頂点に達する戸塚とのイベントをこんな事のために断らなければならいさないだなんて、俺は、なんて大馬鹿野郎なんだ…。
机に両肘をつき、指を重ねて額に当てる。
八幡「今日の昼は、どうしても抜けれない仕事があるんだ……ホント悪い…」
彩加「ううん、そんなの全然良いよ、こっちこそ無理言ってごめんね」
くっ、どこまでいっても戸塚彩加は天使であり続けるというのかっ?!
八幡「戸塚が謝る必要はないだろ。ただ、戸塚さえ良ければだが、また今度、誘ってくれるか…?」
少し顔を上げ、戸塚の顔を見ると、そこには嬉しそうにはにかむ天使の姿があった。
彩加「もちろんっ!」
世界が薔薇色に包まれた瞬間だった。
…が、薔薇色の学校生活もその日の午前中のうちに終わる。
四限目終了と同時に昼休憩開始の合図であるチャイムが校内に鳴り響いたのである。
それと同時に学生たちがトイレなり購買なりグループで固まったりなど多種多様の目的のために行動を開始する。
戸塚もその例外ではなく、教室を出る際に胸の前で小さく手を振ってきた。
できることなら今すぐその手を取って一緒にテニスをしたい。
心からそう思ったが現実とは残酷かな戸塚が教室を出てしばらくしてからテニスコートとは別の目的地へと足を運んだ。
奉仕部部室には既に雪ノ下と由比ヶ浜が来ており、俺は三着だった。
八幡「川崎はまだ来てないのか?」
雪乃「一応同じクラスなのだからあなたの方が私より詳しいと思うのだけれど」
八幡「残念だったな、俺は今傷心中でな。正直他のことはどうでも良いとさえ思えてる」
俺の言葉の意図することが分からないようで二人は顔を見合わせるが、まぁ分かるはずもなかろう。
俺もそれを言葉にすると今にも涙が出そうなので、ただ黙って川崎が来るのを待った。
俺が来てから2分も経たない内に川崎はやってくる。
いや、正確には川崎かどうかは分からない。
というのも教室の前で何やら動き回っている影があるのだが一向に入ってこようとしないからだ。
教室のドアに付けられたガラスは型板ガラスなので、中からも外からもそこに映るものはぼやけて不鮮明にしか見えない。
が、この時間帯にこの教室に来てウロウロしている人間は川崎以外に思いつかないので女子2人の見守る中、そのドアを開け放つ。
沙希「ひっ!」
八幡「………なにしてんだよ」
ドアが唐突に開かれたことに少しビクついてる川崎を可愛く思うが、こちとらそんなことでは到底埋まらない大きな溝を作ってしまったので、やや声が冷たくなる。
沙希「ご、ごめん…」
少しシュンとして教室に入ってくるなり居心地悪そうに視線を宙に泳がせている川崎。
右手には無地の袋が握られており、おそらくそれが例の物だと推測できる。
八幡「それか?」
沙希「う、うん。その、後で感想とか聞かせてもらえると、ありがたい、んだけど…」
八幡「……了解した。お前は昼どこで食ってるんだ?食い終わったらそこまで行くけど」
沙希「い、良いよ、放課後またここに来るからその時で」
八幡「分かった、ならそういうことで」
弁当箱を受け取ると由比ヶ浜を一瞥してから部室を後にした。
…………。
…………。
…………。
…………うめぇ。
川崎の弁当を食べた感想はそれに尽きた。
正直ふっ、どうせうちの小町には敵わないだろ?とか思ってた。いやホントなめてた。
これは普通に上手い。
当然冷食は入っているが、味がしっかり付いているからこれはおそらくレンジでチンしたのをそのままぶち込んだ奴ではなく、川崎自身がちゃんと味付けをしたのだろう。
肉が多めなのは高校生男児としてはかなり嬉しい。
トマトが入ってないのは八幡的に超ポイント高い。
八幡「小町ごめんよ。こんなの昼飯時に食わされたらお兄ちゃん嬉しさのあまり胃袋つかまれちゃいそうだよ…」
ポツリと懺悔の言葉を述べると、弁当箱を片し、袋の中に入れて立ち上がる。
教室に戻る頃には昼休憩も残り5分で、すでに戸塚も戻ってきていた。
そして何よりその日の午後は由比ヶ浜と川崎からの視線を強く感じた。
八幡「普通に美味かったぞ」
部室で三人の女子の前で開口一番それを言った。
俺の言葉にホッと胸を撫で下ろす川崎。
俺の言葉に不満そうに眉根を寄せる由比ヶ浜。
俺の言葉に興味なさそうに読書を再開する雪ノ下。
三者三様の反応を見てなぜか口淀む俺。
うーむ、次に何を言えば良いのだろうか…。
八幡「弁当箱は俺が洗って明日持ってくるわ」
まぁこれは常識だろう。
何かしらの恩を受けたのなら少しでも対価を払おうとする。
これぞ古来より受け継がれてきた日本人の美徳だろう。
まぁそれは錬金術ではダメだけどね!等価交換になってないもんね。
あっ、でも実際は錬成陣とか合掌するだけとかで錬金術使いまくってるけど、アレって等価交換になりうるのか、とは思う。
沙希「そしたら明日の分渡せないじゃん」
結衣「へ?」
雪乃「は?」
八幡「あ?」
沙希「え?」
教室の空気が凍てつく。
川崎のナゾ発言に奉仕部員は首を傾げ、その反応に川崎は首を傾げる。
川崎の言葉が脳内で何度か反芻する。
その言葉の意味する所を理解しようとする前にすでに雪ノ下が理解し終えたのか口を開いた。
雪乃「川崎さん、依頼は終わったわよね?」
沙希「え?」
雪乃「………川崎さん?」
今度は川崎が雪ノ下の言葉の意味を理解できずに首を傾げた。
いや、俺も雪ノ下と同意見なわけだが川崎はどうも違うらしい。
沙希「なんでそうなるわけ?」
川崎に尋ねられ奉仕部員たちは顔を見合わせる。
比企谷くん・ヒッキー、任せた。と目で合図され俺もそれに頷く。
再び川崎に身体を向け、その少し不機嫌そうな目に視線を移した。
八幡「川崎、お前の依頼は弁当を作って俺に食わせることだったよな?」
沙希「……そうだけどそれが何?」
八幡「いや、その依頼は達成されたよな?」
沙希「は?それで?」
……ん?川崎と話が合わない。
俺は何か間違ったことを言っただろうか。
いや、川崎はそれで?と言って、なんで?とは言わなかった。
つまり依頼が達成されたことは理解しているだろう。
ならそのそれで?には違う意味が込められているはずだ。
言葉の裏を読むことに長けた俺ならその言葉の真の意味を解明できるはずだ。考えろ、考えるんだ。
……………え、わけわかんない…。
八幡「あー、と。川崎、お前の言ってることが分からん」
ここは素直に川崎に聞くのが得策だと判断した。
分からないことがあってもすぐ他人に頼るな!と言う大人がいるがあれは正しいのだろうか?
何も調べたりせず最初から他人の力のみに頼るのは人であることの放棄と同等だとも思うが、時は金なりの精神を尊重するなら聞いた方が速いし効率もいいのではなかろうか?
実際勉強のできる奴の大半が問題を見て分からないと思ったらすぐに解答を見るなり先生に聞く、というやり方をしているように思う。
八幡「依頼は達成されたからこの話は終わりだろ?」
沙希「な、なんでそうなるわけ!あたしはこれから毎日作ってこようと思って…」
八幡「は?」
結衣「ぇえっ!」
ちょっと何言ってるか分かんない。
えっとつまりどういうこと?
いや俺はてっきり川崎が誰かに弁当を作ってきてあげたいんだけど自信ないから誰か見本になって!とか、勉強の息抜きとか、まぁ俺は何もしてやったつもりはないが俺へのお礼ということで一度きりのものだとばかり…。
八幡「ちょっと待て。俺はなにもお前にそこまでしてもらうほどの事はしてないぞ」
沙希「べ、別にあたしの勝手じゃん!」
八幡「川崎、確かに恩を感じるのはお前の勝手だが、これは奉仕部への依頼だろ。それに俺個人としてはすでに断ってるわけだしな。お前の厚意は嬉しいがそこまでしてもらうつもりはねぇ」
結衣「『好意は嬉しい』?」
雪乃「由比ヶ浜さん、おそらく勘違いしているから黙ってなさい」
沙希「別にそんなつもりじゃ…」
少し声音が強くなってしまったのは自覚している。
少し酷いことを言ったのも理解している。
そのせいで川崎が少し涙目になっているのも分かる。むしろ可愛い。
が、俺にもプライドというものがある!
八幡「昨日の昼にも言ったが俺は他人に養ってもらうつもりはあっても施しを受けるつもりはない」
雪乃「自信を持って言うことではないわね…」
結衣「普通にカッコ悪い…」
雪ノ下は溜息を吐きながら額に手を当て、由比ヶ浜は目を細めて呆れながら何か言っているが無視する。
八幡「確かにお前の弁当は美味かった。でもだからって毎日作ってもらう義理はねぇ」
沙希「そうやっていつも義理とか理由とか下らないこと言って………バカじゃないの」
なぜか川崎は瞳に涙を浮かべながら、穏やかに笑顔を見せた。
言葉に詰まった。
いやどうだろう。その表現は正しいのだろうか。答えは否だ。
その穏やかな表情に、つい、見惚れてしまったのだ。
そんな俺の気も知らず、川崎は言葉を紡ぐ。
沙希「あんたの言いたいことは分かった。だから奉仕部への依頼は完了ってことでいい」
結衣「え?」
素っ頓狂な声を出して由比ヶ浜が目を丸くする。
雪ノ下もその言葉に目を細めた。
ただ俺にはなんとなくその先に川崎が言おうとしていることが分かった。
沙希「だからあんた個人に、その、お願いしたいんだけど…」
由比ヶ浜も、雪ノ下も、俺もその言葉の先を目だけで促す。
この学校にけいおん部とかあっただろうか?あっても放課後ティータイム中かな?
でも確かに聞こえる。
けいおん部とか、バンド部とか、学祭前に前夜祭や後夜祭とかでバンド披露する奴らとかが大音量でたたらを踏みながら演奏するように、胸の奥で、体全体を震わせるような振動が、確かに、鳴っていた。
沙希「べ、弁当作ってきてあげるから、毎日、その、い、いい一緒に、
食べてよ」
それが何を意味する言葉なのか、言葉の裏に隠された言葉を読むことが得意な俺にはよく分かった。
毎日飯食わせてやんだから将来困った時に連帯保証人なれよとか、胃袋つかんで一生虐げてやるとか、そんな悪辣非道なモノではない。
素直に頭に響くのは1つ。
ただ率直に純粋に俺に弁当を作ってあげたいというもの。
そしてその言葉の意味する最も重要なところはーーー。
結衣「ヒッキー近いっ!!」
それから早3日。
小雨と少し冷たい風の吹く金曜日の昼休憩。
すでに奉仕部部室は賑やかだった。
あの日、いわゆる3日前の放課後部室で川崎の言葉を聞いた俺はただ頷くだけだった。
つまり川崎との間に奉仕部とは関係なしに契約を結んでしまったのだ。
だがさも当然のように猛烈に反対してきたのは由比ヶ浜、少し反対してきたのは雪ノ下。
その話し合いの結果ゆえ、あれから3日間、毎日川崎の作った弁当を片手に、川崎と共に奉仕部で雪ノ下・由比ヶ浜を交えた4人で食を囲んでいるのだ。
八幡「俺はなんもしてないだろ…」
結衣「でもダメっ!されるがままになってるのは男として絶対ダメっ!」
八幡「………だとよ。もうちょっと離れろ」
沙希「無理だから」
>>81
間違えてラストの台詞改行しちゃってますね、すいません。
間違えてラストの台詞改行しちゃってますね、すいません。
その条件を呑んだ川崎だったが、その時のあのニヤッと口元が邪悪に歪んだ顔を俺はきっともう忘れられない。
こうして今も誰かに見せつけるかの如くほとんど肩と肩が触れ合いそうな距離で、というかもうくっつく状態で食事をしている。
由比ヶ浜に指摘され、俺は肩を内に寄せて文字通り肩身狭い思いをしているわけだが由比ヶ浜の興奮は収まってくれない。
結衣「無理じゃないじゃん!あっ!またっ!ていうかそれもうちょっぴしヒッキーの椅子に座ってるし!!」
雪乃「由比ヶ浜さん、少し落ち着いて」
結衣「ゆきのんは落ち着き過ぎだからねっ?!部室でこんなことされてて良いの?!」
雪乃「それは…」
八幡「おい由比ヶ浜その辺で…」
結衣「ヒッキーは黙ってて!!」
八幡「はい…」
美味しい川崎の弁当も、この喧騒の中ではろくに味わえない。
やっぱこれ小町が俺の癒しになってくれるしかなくね?
まぁ最近の小町なんか怖いけど。
昨日なんて『背中流すよお兄ちゃんっ』とか言ってバスタオル一枚で入浴中に乗り込んできたほどだし。
もうなんかホント最近の小町がアレでこわい。
もう家の中でもビクビクしてる。ビクンビクンはしてない。
ちなみに昨日のお風呂は髪だけ洗ってもらっちゃった!テヘペロッ☆
沙希「ねぇ」
八幡「あ?」
由比ヶ浜がムキーッ!とお猿さんよろしく興奮している(それはウキーッ!ですね)中、川崎はそんなのお構いなしに話しかけてくる。
沙希「その、味、大丈夫?」
八幡「お、あ、おぉ」
なら良いけど…と少しぶっきらぼうに、少し頬を染めて、少し口角を上げながら言うと自分の弁当へと戻る。
その一連の流れをマジマジと見ながら思い出したように顔を上げると、その一連の会話を見ていた由比ヶ浜がムキャーッとお猿さんよろしく頭を抱える(これはお猿さんですね)。
そんな由比ヶ浜を溜息混じりに、諦観混じりの哀れみ混じりの目で見つめる川崎。
沙希「あのさ、ここで食べろって言ったのあんた達だよね?」
雪乃「まぁそうね」
沙希「由比ヶ浜が嫌なら別にこっちはここじゃなくても良いんだけど」
結衣「それは絶対ダメッ!!」
川崎の言葉は焼け石に水で由比ヶ浜はガバッと顔を上げるが、こういう時はいかに冷静かが勝負を分ける。
沙希「なんで?」
結衣「なんでって!……その、それは…」
そこでなぜか由比ヶ浜と目が合う。
互いになぜか顔を背けてしまう。
少しの沈黙の後、再び静観していた雪ノ下が口を開く。
雪乃「由比ヶ浜さんは誰の目にもつかない所で比企谷くんと一緒にいると危険だと言ってるのよ。彼、どこでも見境ないから」
沙希「別にそんなことないと思うけど…」
なんでちょっと不安そうに見てくるんでしょうね?不思議でなりません。
俺がそんな発情中の犬に見えるのだろうか?
もうどっちかっていうとゾンb…おっと自分で言うのはやめておこうそうしよう!
そんな時、チャイムが昼休憩の終わりを告げた。
昼休憩10分後には5限目開始だ。
つうか俺ずっと思ってたんだよね。昼休憩の後は昼寝時間を設けるべきだ、って。
大抵5限目は寝てる奴が多い。
そんな中授業をしても教師にも生徒にも得はない気がする。
昼寝は15分くらいがベストらしいからそのくらい時間を割いても良いのではなかろうか?
どっかの国では国自体が昼寝という制度を設けてる所もあるとかなんとか。超羨ましい。
つまり何が言いたいかというと俺も大抵5限目は寝る。
でもぼっちだから授業のノート見せてくれる奴とかいないし、だったらみんな仲良く寝て元気100倍で平等で良いと思うの。
そして当然の如く5限は寝て、6限目は5限に微妙な時間寝たせいで眠気が倍増して寝た。
もう寝ることが学生の本分じゃないの?
結衣「ヒッキーはどうするつもりなわけ?!」
だから現在放課後、奉仕部部室、由比ヶ浜の怒鳴り声が寝起きの俺には辛い。
もう無視してこのままここで寝ようかな…とか思ってもみたがもし寝て部活終了時まで寝てたら雪ノ下に閉じ込められる危険性があるので迂闊には寝れない。
八幡「……どうするってなにがだよ…。つかうるさい…」
それこそ主人公みたいにフアァと欠伸をしながら尋ねると由比ヶ浜の怒号は勢いを増す。
結衣「5限目も6限目も寝てたじゃん!なんでまだ眠そうなのっ?!」
八幡「由比ヶ浜お前よく見てんな。俺とか夢しか見てなかったぞ」
結衣「べ、別にそんな見てないもんっ!」
雪乃「その字面だけ見るとさもあなたが夢見る少年のように聞こえるわね」
もう二人のテンションの温度差にどっと眠気が増した気がする。
あ、その温度差だからこの二人はいい感じにバランスとれてるのね。
なるほど、その理論を用いるなら俺も超元気ハツラツ意気揚々な女の子といっしょになればバランスとれて良いんじゃね?まぁテンションのバランスはとれても顔のバランスは無理あるからなー。
イケメンとブス、あるいは美女と俺が歩いてたらマジ滑稽だもんなーうんうん。
ホント見た目大事。むしろ見た目で人生全てが変わるまである。
八幡「……あのな、俺にだって夢を見ていた頃はあるぞ」
結衣「過去形なんだ…」
雪乃「でも早いうちから常人が死ぬまでに味わう量の絶望を見てきたせいで今のようになってしまったのよね。同情するわ」
八幡「しなくていいから…」
人に同情される様な生き方はしていない。
目は死んでるし、いつだって後悔はするし、黒歴史思い出してのたうち回るし、ステルスヒッキーが常時オート発動しているがそれでも哀れみの目や同情の手を受けるつもりはない。
ゆえに俺が最強だ。
ヒッキーは美女じゃなくて目だけ綺麗なブサイクと一緒になればいいよ
結衣「5限目も6限目も寝てたじゃん!なんでまだ眠そうなのっ?!」
八幡「由比ヶ浜お前よく見てんな。俺とか夢しか見てなかったぞ」
結衣「べ、別にそんな見てないもんっ!」
雪乃「その字面だけ見るとさもあなたが夢見る少年のように聞こえるわね」
もう二人のテンションの温度差にどっと眠気が増した気がする。
あ、その温度差だからこの二人はいい感じにバランスとれてるのね。
なるほど、その理論を用いるなら俺も超元気ハツラツ意気揚々な女の子といっしょになればバランスとれて良いんじゃね?まぁテンションのバランスはとれても顔のバランスは無理あるからなー。
イケメンとブス、あるいは美女と俺が歩いてたらマジ滑稽だもんなーうんうん。
ホント見た目大事。むしろ見た目で人生全てが変わるまである。
八幡「……あのな、俺にだって夢を見ていた頃はあるぞ」
結衣「過去形なんだ…」
雪乃「でも早いうちから常人が死ぬまでに味わう量の絶望を見てきたせいで今のようになってしまったのよね。同情するわ」
八幡「しなくていいから…」
人に同情される様な生き方はしていない。
目は死んでるし、いつだって後悔はするし、黒歴史思い出してのたうち回るし、ステルスヒッキーが常時オート発動しているがそれでも哀れみの目や同情の手を受けるつもりはない。
ゆえに俺が最強だ。
なにがゆえになのかは分からないが…。
結衣「ねぇヒッキー」
話が脱線したためか、冷静さを取り戻す由比ヶ浜。
落ち着いた声音で、真剣な眼差しで、彼女は聞いてくる。
結衣「沙希のこと、どう思ってるの?」
八幡「………」
少し、考える。
由比ヶ浜はなぜこんな質問をしてくるのだろうか?
それを聞いて何のメリットがあるのだろうか?
そして俺は、川崎をどう思っているのだろうか?
八幡「……普通に、いい奴だろ。弁当作ってきてくれるからな」
結衣「そんなこと……そんなこと、聞きたいんじゃないよ!」
雪乃「由比ヶ浜さん…」
結衣「ヒッキー言ったじゃん!そんな風にはなんないって!でもなってるじゃん!どうして沙希のお願い聞いたの?!」
再び感情的に喚く由比ヶ浜。
そんな由比ヶ浜についこちらも感情的にまくし立てたくなるのを堪えて口を開く。
八幡「俺は川崎の要望を受ける理由も義務もないっつって断った。でもあいつは俺に弁当を作ってくる代わりに俺が一緒に弁当を食べるっていう義務を設けた、なら俺には断れない。だから受けた、それだけだ」
結衣「でもちゃんと断るって言ったじゃん!!ヒッキーの嘘つきっ!」
八幡「俺はあいつの要望をお前らの前でも断っただろうが!」
つい言葉に熱がこもる。
由比ヶ浜の暴論とも呼べるそれに苛立ちが隠せなかった。
八幡「その時にも言ったが俺は前もって断っててんだぞ。それをお前らがああだこうだ言うから今みたいになったんだろうが。この事に関して俺が責められる謂れはねえし、そもそも奉仕部(ここ)が口を出していいもんじゃねえだろ」
何も間違ったことは言っていない。
俺らしくもなく、真っ当な正論を由比ヶ浜に叩きつけてしまった。
俺の言葉に言い返す事も出来ず、ただ目尻に涙をうかべる由比ヶ浜。
だが今はそこに罪悪感を感じられるほど俺は冷静じゃなかった。
明らかに言葉にこもった怒気、涙を流すことを許さない感情のこもった目、まだ何か言ってくるならいつでも言い返してやると高速で回転し続ける脳。
完全にらしくなかった。
涙を溜め込んだ瞳と睨みつける瞳とが交錯する。
雪乃「今日はここまでにしましょう」
唯一この中で冷静で平等な存在がため息混じりに言葉を発した。
その声を合図に乱暴にカバンを持つと駆け足で目を抑えながら教室を飛び出す由比ヶ浜。
由比ヶ浜の足音が聞こえなくなって少ししてから、俺は罪悪感を感じた。
部室に取り残された2人。
解散と言った雪ノ下はなぜか2つのコップに紅茶を注ぎ、1つを俺のもとへと置いて自分の席へと戻る。
その行動があまりにも不思議で雪ノ下に視線を移したが、雪ノ下は静かにカップの中の波面を見つめていた。
雪乃「あなたらしくないわね」
静かな心地よい声が静かな教室にこだまする。
俺はその言葉に答えず、自分のもとへと置かれたカップに視線を落としながら喋った。
八幡「……今日はもう、終了じゃなかったのかよ…」
明らかに話を逸らされたことを追求することなく、雪ノ下はただ静かに優し気に口を開く。
雪乃「部員が帰らなければ鍵を閉めなくてはいけない私は帰れないでしょう?」
八幡「……悪い、すぐ帰るわ」
すぐにカバンを持って帰ろうとした所にまた声がかかる。
雪乃「せっかくお茶をいれたのに勿体無いとは思わないのかしら?しかも私のいれた紅茶なのだけれど」
八幡「……それは『私がお前なんかのためにいれてやったから有難く飲め』ってことか?あとで何かしら請求されても無理だからな」
雪乃「解釈の仕方は任せるわ、それにそんなものをあなたに期待する方が酷でしょう?」
そこで少しの沈黙。
雪ノ下の嫌味な罵倒も、なぜか今は心地いい。
八幡「……自分でも分かってる。らしくなかったな、俺」
雪乃「そうね」
八幡「……その、悪かったな、気ぃつかわせて」
雪乃「一応部長だもの」
静かな教室の中を2人の紅茶を啜る音だけが支配する。
なんだか不思議な気分だ。
普段なら言うはずもない自分の素直な思いでさえも今ならサラッと言ってしまいそうになる。
そしてきっと、今の彼女ならそれを全て受け止めてくれる気がする。
雪乃「あなたらしくもない、何の捻りもなく、ただの正論だったわね」
八幡「言うなよ、自分でも結構驚いてんだ」
雪乃「これはこの一年間の私の頑張りのおかげかしらね」
八幡「別に俺はまだ矯正も何もされてねぇよ。ホント、何も、変わってねぇよ」
いつぞやの由比ヶ浜の言葉が頭の中で反芻する。
『人の気持ち、もっと考えてよ……。……なんで、いろんなことわかるのに、それがわかんないの?』
机の下で、自分でも無意識のうちに、拳を握りしめていた。
八幡「ホント、何も…」
口の中で誰にも届かない様な声でそう呟くが、こんな静かな空間ではそれさえも相手の耳に届いてしまう。
雪乃「人が変わらないのは当たり前のことよ。変わるのはいつだって本人じゃなくて、その周り。だから別に自分が変わる必要なんてないわ。自分の意識しない所で、それこそ勝手に、身勝手に、周りが変わっていってくれるのだから」
思わず雪ノ下を見た。
少し俯いた顔は楽し気で、少し細めて優し気に紅茶の波面を見つめる瞳、少しだけ朱に染まった頬、少し口角の上がった口元。
その表情も、放つ言葉も、普段の雪ノ下雪乃とはかけ離れている。
八幡「………らしくねえな」
雪乃「…そうね。どこかの捻くれ者の真似をしてみたのだけれど、本当に、らしくないわね」
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