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    元スレ朝潮「制裁」

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    401 = 1 :




     海水と混ざり生臭く生暖かい粘度を持った赤い液体が体にまとわりつく。

     朝潮の顔や体に粘り付き酸鼻な臭いが鼻の奥の奥を刺激する。

     朝潮は突きつけられた現実に押し潰されるように、

     両膝から四つん這いになるように海面に崩れ落ちた。


    朝潮 (荒潮が死んだ・・・)


     支えにした両手からは気味の悪い感触が返ってきていた。

     手の周り、目の前の海面はじんわりと赤く染まり、

     爆発に押し付けられ沈んでいた艤装の破片と肉片が浮いてきていた。

     手のひらに温度の残る肉片が触る。

     吐き気がした。


    朝潮 「・は・・・あ・・」


     髪が付いた皮膚、腕、どこかの内臓のような奇怪な肉片、

     白い骨が覗く大きな肉、紐状の筋張った肉片、艤装の破片、肉片肉片肉片、、、

     凄惨な光景に現実感を失ったまま、朝潮はそれらが浮沈し漂うのを眺めていた。


     目の前で高く聳え立つ水柱が崩壊を始め生暖かい赤い雨が降り注いだ。

     艤装や肉片交じりのそれはべちゃべちゃと不快な音をたてて落下し、更に朝潮を赤く染めた。


    朝潮 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛


     朝潮は四つん這いから上体を起こし虚空へ叫ぶ。

     どうにかなりそうだった。

     上空へ避難していたウミネコたちが鳴きながら海上に漂う肉片めがけて一斉に舞い降りてきていた。

    402 = 1 :


    羽黒 「・・・うぷ、おぇぇぇぇ」

    提督 「・・・」


     提督は吐く羽黒に何も言わないで上空を眺めていた。


    提督 「やはり・・・敵の艦載機が撤退を始めている・・・」


     ヲ級は、艦娘達に警戒もせず艦載機の収納を始めていた。


    提督 「全艦に通達、攻撃を止めさせろ」

    羽黒 「え?」

    提督 「敵が見逃してくれるそうだ・・・攻撃を止めて撤退させろ」

    羽黒 「はっはい」

    提督 「敵が心変わりせんとも限らん、警戒は解かせるな」

    羽黒 「はい」


     じきに、悔しそうなビスマルク、焦った表情のプリンツ、暗い表情の加賀、

     三者三様の表情で指揮作戦挺に足早に集まってくる。

     指揮作戦艇への集合は、撤退の完了と同義であった。

     高速で移動可能な指揮作戦艇上で、

     集まった艦娘が協力して防御壁を張ることで、

     深海棲艦から安全に逃げることができた。

    403 = 1 :



    提督 「朝潮は何をしている」

    ビス 「まだ震えているわ」

    提督 「・・・呼び続けろ、長くいれば相手の気が変わらんとも限らん」


     ビスマルクが提督に詰め寄る。


    ビス 「仲間を殺されて何もしないどころか敵に情けを受けるなんて、恥を知りなさい」

    提督 「情けで逃されたと思っているのか?」

    提督 「そういう判断しかできないからお前は・・・」

    ビス 「なんですって?!」

    提督 「瀕死の獣ほど危ないものはない」

    提督 「石橋を叩いて渡る慎重な敵だ」

    提督 「これ以上追撃する危険が成果に見合わないと冷静に判断した、それだけだ」

    提督 「それもわからないから、敵に砲撃を当てられないし、命令違反したことにも気付かない」

    ビス 「はぁ!?」

    プリ 「姉様!!」

    提督 「その様子だとプリンツは気付いていたようだな」

    提督 「今日の旗艦は朝潮だ、加賀の命令を何で聞いた?」

    提督 「命令違反で更迭されたくないなら今日は視界に入るな、屑が」

    ビス 「・・・」ギリ

    プリ 「姉様、命令違反は最悪反乱罪として死刑にもなりますから・・・」

    ビス 「提督!!精々加賀と一緒にいるようにすることね・・・死にたくないのならね」

    提督 「止めてくれ、貴様ごときに忠告をもらうと惨めになる」フフ

    ビス 「なんですってぇ・・・」イラ


     プリンツがビスマルクの艤装を引っ張って、提督から遠ざけようとする。

     朝潮は一人呆けたようにその場で座り込んでいた。



    ―――――
    ―――

    404 = 1 :




    羽黒 「撤退してくださいー」


     羽黒の艤装無線が朝潮の脳内に響く。

     荒潮の轟沈でざわついていた海面は、いつもの脈動を取り戻していた。

     朝潮などお構いなしに高い波と風が吹き付ける。

     海面の漂流物や朝潮の小さい体を伝っていた血は、殆ど消えていた。

     半身を開いて正座するような姿勢の朝潮の周りで、

     僅かに残ったものをウミネコ同士が取り合いギャアギャアやかましい。


    朝潮 (救えなかった)


     今日の夢が、これまで失くしたものたちがよぎる。


    朝潮 (今度からあの夢に荒潮も・・・)


     変な笑いが出た。

     荒潮との楽しい思い出がぐるぐるとまわり、

     続いて荒潮と一緒にいたらこれから起こったであろう楽しい日常が浮かぶ。

     荒潮と楽しく普通の日常を過ごし荒潮の結婚式に参加して子供を見せてもらって、

     空想の中でいくら時間がたっても荒潮は今死んだ姿のままであった。

     矛盾と悲しみで脳裏の景色が歪んだ時、

     失くすのに慣れている積もりだった朝潮の頬を再び涙が伝う。


    朝潮 (荒潮、荒潮を守ろうと思った、だから提督と・・・)

    朝潮 (なんで・・・なんでなんでなんで・・・)

    405 = 1 :



     悲しみで萎縮した感情が変質し膨張し始めていた。

     心臓に針で縫われるような鈍痛を感じる。

     あの夜、提督に感じたような怒りが、怨みが、

     心臓を叩き溶岩のように熱い血液を体中へ送り出していた。


    朝潮 (深海棲艦の攻撃を、恐怖を、精一杯耐えていた荒潮を・・・)

    朝潮 (いたぶって、おもちゃのように弄んで、恐怖させて、轟沈させた)

    朝潮 (タ級!!!!)


     これまで朝潮は奪われてきた。母を姉を自身の貞潔を、そして今は荒潮を。

     片時も忘れたことはない。

     その時の情景が夜ごと朝潮を苦しめ、

     心の傷は時間が経っても膿むばかりで治らなかった。


     奪われたことも、奪う人間も許せなかった。

     誰にもこんな思いをさせたくない。

     子供ごころに純真で凶暴な正義感を抱いていた少女は艦娘になり力を手に入れていた。


    朝潮 (許さない・・・)

    406 = 1 :



     この時、タ級の砲弾にあてられていた朝潮を不思議な感覚が襲っていた。

     海面に座り虚空の一点しか眺めていない筈の朝潮に、

     タ級やヲ級、果てはヲ級の艦載機の位置や動きまでが、

     戦闘海域を俯瞰しているかのようにわかった。


     その感覚の正確さは、虚空の一点を眺めていた視線を流すことで確認できた。

     ヲ級艦載機の動向を読んだ時のように、

     それぞれの深海棲艦が発する波長を今の朝潮は感じていた。


    朝潮 (加賀にはこれが見えていたの?・・・)


     初めての知覚は、高揚感を与えることなく朝潮を冷静にさせた。

     日本刀が火と水で鍛えるように、

     朝潮は復讐に燃える心を感覚で鍛え研ぎ澄ましていた。


     タ級の薄ら笑いと息の根を止めろと朝潮の全細胞が叫んでいた。

     ふつふつと煮えたぎる感情を、抑えこみ敵をどう殺すか考える。


     朝潮から貞潔を奪った提督は、朝潮に狡猾さを。

     朝潮から復讐の機会を奪った加賀は、この新知覚の利用法を。

     それぞれ朝潮に与えてくれていた。

    407 = 1 :



    朝潮 (私の体は殆ど無傷、対する敵も小破前後)

    朝潮 (有効な攻撃を加えられそうなのは、具現化できる対潜装備の爆雷・・・)

    朝潮 (敵には私が加賀のような知覚を使って動けることは知られていない)

    朝潮 (けど、加賀の避けられない攻撃を私が爆雷を抱えて避けて接近?・・・無理か)

    朝潮 (この知覚を中途半端に発揮するなら、隠した方が・・・)

    朝潮 (もっと、もっと敵が嫌がり苦しむような物理精神両面の死角を突くような)


     考えこむ朝潮の足を何かが撫でる。

     見ると具現化が剥がれ墜落した加賀の矢の一つが波に乗って朝潮の足に当たったようで、

     何食わぬ顔で正面プロペラをくるくるさせながら波間を揺れていた。

     お腹には可愛い魚雷が付いている。


    朝潮 (艦攻の矢・・・)


     朝潮の思案顔が一瞬緩む。

     それを周囲に気付かれないように、矢をゆっくりと水面下に押し付けると折って沈めた。

     悪意を撒き散らす提督のような歪んだ笑顔を、朝潮は心の中で存分にしていた。


    朝潮 (表情のある深海棲艦で良かった)


     空中を飛ぶヲ級の艦載機はあと僅かとなっていた。



    ―――――
    ―――

    408 = 1 :




     ヲ級の艦攻が、

     下手な動きをすれば殺すとでも言うかのように、

     飛行音を指揮作戦艇の上空で撒き散らしていた。


    提督 「朝潮に意識はあるのか?」

    加賀 「少し動いているからあるんでしょう」

    提督 「羽黒、確かに艤装無線は通じているな?」

    羽黒 「はぃ・・・」

    加賀 「私にも羽黒の艤装無線は聞こえているし間違いないわ」ゲホ

    提督 「なら何故指揮作戦艇に戻らない?」


     提督たちの注目が朝潮に集まっている時、

     座っていた朝潮がおもむろに前かがみになると思いっきり水面を両手で叩いた。


    提督 「あぁ?!」


     小さい波が起こり、驚いた周囲のウミネコが風に流されながら慌ただしく一斉に飛び立つ。

     ぎゃあぎゃあと羽を散らしながらウミネコが飛び立つ中で、

     朝潮は糸に吊られるかのように肩からうつむきがちのまま立ち上がる。

     立って顔を上げると同時に朝潮は右手の砲艤装を左腕で支え、

     タ級とヲ級に狙いをつけて砲艤装を乱射し始めた。

    409 = 1 :



     戦艦や重巡より連射の効く小口径砲が、

     これまでの騒音に比べればおもちゃのような軽い発射音を鳴らしている。


    提督 「はぁ!!?」

    提督 「狂ったか?」

    加賀 「何であんなこと・・・」

    羽黒 「ひぃぃ、どうしますかぁ?司令官」


     海域の敵味方が呆気にとらわれていた。

     匕首を喉元に突きつけられている指揮作戦艇の面々は、

     戦々恐々としつつも何もせず見守る他なかった。


    提督 「浮足立つな、このままの距離で様子を見る」

    提督 「変に動いて敵を刺激するな」

    提督 (朝潮を置いて逃げるのならいつでもできる)

    提督 「このまま上空の敵艦載機から目を離さず警戒を保て」

    羽黒 「わ・・・わかりましたぁ」


     飛び立ちかけたウミネコが大混乱を起こし、

     押し合い圧し合い数匹が朝潮の射線に入り赤い花を咲かせた。

     朝潮は構わず指揮作戦艇に背中を向けたまま、

     その場を動かず反動に上半身だけ揺らしながら滅茶苦茶に連射し続ける。


    提督 「タ級とヲ級に動きは?!」

    加賀 「ないわ」

    加賀 「タ級はこちらを向いたまま」

    410 = 1 :



     朝潮の右腕砲艤装は12.7連装砲。

     お世辞にも強いと言えるような武装ではない。


     艦娘本来の具現化を伴った攻撃は、

     砲艤装と具現化砲の砲撃のタイミングを合わせ

     艤装の砲弾を具現化した砲弾の寄り代とすることで行われる。


     しかし、その本来の攻撃を12.7連装砲が行えたとしても、

     戦艦や正規空母にかすり傷さえ負わせられる能力はなかった。

     ウミネコをミンチにできても、それだけだ。


     実際、乱射されてばらまかれた砲弾の内、

     辛うじて当たった数発もタ級の防御壁に弾かれて乱れ飛ぶだけだ。

     そもそも、集中を欠き一発ごとの砲弾に威力はなく、

     反動を抑えられないような連射で精度さえ失っていた。

     武器に関わらず、脅威となる攻撃と思えなかった。

    411 = 1 :



     自然、タ級とヲ級がそれを気にすることなどない。

     ヲ級は、朝潮の砲撃を一切意に介さず、そのまま撤退の用意を進めていた。

     タ級は、元いる位置を動かず、指揮作戦艇に向いたまま、朝潮を一瞥もしない。

     たまに当たる砲弾がタ級の防御壁に弾かれる度に弱々しい音を発する以外、静かなものだった。


    提督 「相手にさえされてないな」

    提督 「ビスマルク!朝潮を回収する準備をしろ」

    ビス 「ふん・・・」

    提督 「しかし・・・何の積もりだ」

    提督 「今のあいつに何ができる」


     指揮作戦艇からは、一言も発せず表情も見ることができない朝潮は不気味の一言に尽きた。

     そして、その不気味の感は、艦娘側より深海棲艦側の方が強かった。


     強力な敵として相対していた艦娘側からの、

     突然の非力で意味のない挑発的攻撃に深海棲艦の二人は少なからず動揺していた。

     タ級とヲ級はそれをおくびにも出さず、

     朝潮を無視し指揮作戦艇を向き睨んでいた。


    提督 「朝潮の攻撃を扇動や囮と決めつけたようだな、隙がない」

    提督 「羽黒、手でも振るか?」

    羽黒 「結構です!!」

    提督 「・・・朝潮の砲で敵を粉砕することは可能か?加賀」


     加賀は普通に話せる程度には回復していた。

     しかし、制服と艤装の破損は直らない。

     戦闘に再度参加するのは難しい。


    加賀 「無理です」

    加賀 「そもそもかすり傷さえ付けられないでしょう」

    加賀 「防御壁でも一番外側の強度が低い部分はビスマルクたちが既に砲撃で破壊しています」

    加賀 「朝潮がいくら撃っても、残った堅牢な防御壁に阻まれて弾かれるだけです」

    提督 「死にたいだけか」

    加賀 「それは・・・」

    412 = 1 :



     悩む提督の横で加賀には思い当たる節があった。

     提督に伝えていないあの夜、朝潮は感情のまま暴走していた。


    加賀 「提と・・・

    プリ 「提督ぅ、朝潮は左腕の魚雷艤装は破損してました?」

    提督 「いや、破損してない筈だ」

    提督 「海面を叩く時に見えた限り目立った破損はなかった」

    提督 「荒潮へタ級の砲弾が着弾した時、防御に使っていたから内部は壊れてるかもしれんがな」

    プリ 「ん~???」

    ビス 「どうしたの?プリンツ」

    プリ 「いえ、立ち上がる時にちらりと見えた左腕の魚雷艤装が壊れていたような」

    羽黒 「あ、私もそう見えました、壊れて魚雷が全部なくなってたました」

    提督 「そういうこと・・・か」

    提督 「しかし、それでタ級が殺れるか」ブツブツ

    プリ 「どういうことです??」

    提督 「・・・それはな」


     加賀だけが、提督が察したことを解していた。


    加賀 (それでも足りない・・・あの夜の狂気にはまだ)


     朝潮の狂気に触れた加賀だけが、あの夜より静かな朝潮に違和感を覚えていた。


    提督 「というわけだ」

    ビス 「ふん、私はわかっていたわ」

    プリ 「さすがお姉様!!」

    提督 「・・・」


     朝潮は指揮作戦艇に背中を向けたまま、無意味な連射を続けていた。



    ―――――
    ―――

    413 = 1 :




    朝潮 (くそっ、こんなに・・・)


     指揮作戦艇から見えない左腕の魚雷艤装の破損は、朝潮の肉をもえぐっていた。

     削れて覗く肉から血が流れる。

     これは誤算だった。


     朝潮は提督の想像通り左腕の魚雷艤装から魚雷を放っていた。

     深海棲艦に気付かれないように細心の注意を払い、

     砲艤装乱射の寸前、海面を叩いた時に、水面下で。


     魚雷は普通ならば投射機から炸薬で押し出され、

     着水してからは自身の推進力で目標まで進む。

     この炸薬が問題だった。

     水中は空中より衝撃が伝わる。

     有名な言葉通り、魚雷を押し出す炸薬の爆発は、

     通常より強い衝撃を投射機に伝え、投射機は耐えられず破裂した。


    朝潮 (魚雷が誘爆しなかったからいい・・・けど)


     タ級は、艦載機を収納するヲ級を朝潮から庇う位置から動かず、

     相変わらず、朝潮でなく指揮作戦艇を向いて警戒していた。

    414 = 1 :



    朝潮 (荒潮の血が付いていると錯覚してくれることを祈るしか・・・)

    朝潮 (それでも、この血の量・・・いや、タ級ならいずれ気付く)


     確信に近かった。


    朝潮 (どうする・・・何か・・・)


     朝潮は、弾けた左腕の痛みをこらえ、苦しい表情を押し隠す。


    朝潮 (荒潮はもっと痛かったはず)


     タ級の気を海面から散らせるために、タ級の防御壁でも上部を狙って乱射する。

     砲撃の反動を制御する余裕がないという演技でもあった。


    朝潮 (あと少し、あと少しで)


     高い波がただでさえ見分け難い四本の酸素魚雷の雷跡を隠した。

     その時、朝潮から漏れた殺気を感知したかのように、タ級の視線がぎょろりと朝潮をとらえた。

     動揺した朝潮の演技が崩れ一瞬乱射を止めてしまう。


    朝潮 「うっ・・・」

    朝潮 (気付かれた!?)


     タ級は、この狂ったように攻撃をしてくる小さい者が、

     宿敵とする自身の視線に歓喜せず焦りを見せた様子にすぐ何かを察した。

     タ級は膝をつき、その手を海面に当てた。

    415 = 1 :



    提督 「海中の音速は空中の4倍。ばれたな」

    羽黒 「司令官さん。どちらにしても魚雷が当たったとして倒せるんですか?」

    提督 「お前らの方がわかってるだろ?」

    プリ 「最大限同調を高めて集中して撃ったら、手傷くらいは」

    提督 「その程度だろうな」

    羽黒 「それだけ・・・なんですかね?」

    提督 「?」


     タ級はすぐ体を上げると、ヲ級に何か指示を出す。

     タ級は体がやっと朝潮を向いた。しかし、その位置を動くことはない。

     ヲ級は、朝潮に対してよりタ級の影に入るように、少し動く。ただ、それだけだった。


     朝潮は諦めたように乱射を止め、赤く爛れた砲身を海中に突き刺した。

     海水が泡を吹きながら蒸発する。

     
    プリ 「何で敵は魚雷がくるのをわかっているようなのに動かないんでしょう??」

    提督 「今日は波も海流も強くて魚雷がよく曲がる」

    提督 「変に動くと、元々いた位置を狙った魚雷が曲がって、タ級の後ろのヲ級に当たる可能性もあるからな」

    提督 「元いた位置から動かないのが安全を考えれば正解だ」

    提督 「大したダメージにもならないとは言え、今のヲ級は艦載機を殆ど収納して火薬庫に近いからな」

    プリ 「ほぇー」

    提督 「ビスマルク、朝潮を拾いに行け。遊びは終わりだ」

    416 = 1 :



     朝潮の乱射も終わり、全員の視線が海面に向いていた。

     波に隠れて見えない魚雷はどこまで進んだのか。

     いくら良く見ても、海面には艦載機の飛行音と波の音だけがこだまし、何の動きもない。


     タ級が身構えると、それを待っていたかのように爆発音と伴に水柱が上がる。

     水柱はタ級を綺麗に挟むような位置で四本、

     非具現化の魚雷としてはできすぎな位に高く上がった。

     タ級はその時、水柱と水柱の間に朝潮のまだ死んでない瞳を捉えていた。


     朝潮は、静かに海中に刺した砲身を引き抜き。

     また宙空へ乱射し始める、ように見えた。


     またかという弛緩した空気が戦場を支配していた中で、

     タ級だけが緊張を取り戻し、身構えた姿勢を解かない。


     朝潮は皆が想像するより、ゆっくりと構えると呼吸を整えて数発速射した。

     海上に響いた朝潮の砲撃音は相変わらず悲しいほど軽い。

     その音に異音が混ざった。


     ガン


     聞き覚えのある音だった。

     海面を見ていた全員が朝潮の砲撃した先を見る。

     深海棲艦の操っていた艦攻が制御を失い、

     火を吹きながら上空からタ級とヲ級に向けて墜落していた。



    ―――――
    ―――

    417 = 1 :




    朝潮 (やった・・・)


     朝潮は全身が泡立つのを感じる。


    朝潮 (死ね・・・焼かれて死ね)


     深海棲艦の艦攻は、錐揉みして燃料を撒き散らしながら墜落。

     タ級の防御壁にぶち当たり、戦闘開始に見た強烈な爆発をタ級の至近で起こしていた。

     タ級とヲ級の周囲海面が、火と黒煙にあっという間に包まれる。

     見えない黒煙の先で、爆発が勃勃と起こり黒煙がもこもこと生き物のように形を変えながら立ち上った。


     砲艤装の乱射、乱射した砲弾の跳弾、魚雷、魚雷の水柱、全て朝潮の計算尽くだった。


     ヲ級が、こちらへの警戒のため、いつでも殺せるという示威のため、

     艦攻数機を指揮作戦艇上空に最後まで待機させていたのは、手に入れた知覚で掴んでいた。


     残り少なくなった艦攻たちの限られたヲ級への着艦侵入ルートを、

     乱射と跳弾で誘導し、それに気付かれぬよう魚雷で海面へ注目させる。

     最後に魚雷の水柱で侵入ルートを更に追い込み、そこを砲艤装で狙い撃った。


     四方八方から加賀を攻撃した艦載機を狙うより、

     方向の限られる着艦しようとする艦載機を狙う方が遥かに容易だった。

     波長に対する知覚が研ぎ澄まされたのも、狙い撃ちするのを助けた。

     朝潮には数秒先の艦載機の動きを読むことができていた。

     
     火と黒煙に包まれる寸前、最後に見えたタ級の表情は笑っていたようにも見えた。

     黒煙の中から遠ざかるタ級とヲ級の波長を感じる。


    朝潮 (けど、無事じゃいられない)


     朝潮は確かに手応えを感じていた。

     敵へのダメージでなく、自分の才気と知覚に。


    朝潮 (荒潮・・・)


     天高く濛々と湧き上がる黒煙を見上げながら、朝潮は荒潮にさよならを言う。

     そして、もう目の前で仲間を失わないことを強く誓った。



    ―――――
    ―――

    418 = 1 :

    本日更新分終了です
    ご読了ありがとうございました。

    期間が空いたことをお詫びします。
    夏イベを全甲クリアしたり、厄年的なことも続き、公私多忙に付き遅れました。

    何か、ご質問ご指摘ありましたら、お願い申し上げます。
    物語の先に触れないものなら何でもお答えします。

    420 :

    おつおつ

    422 = 1 :

    >>382-385 様
    >>419-421 様
    乙お米ありがとうございます。

    >>386-388 様
    >>395
    保守ありがとうございます。

    >>392-394 様
    ご期待ありがとうございます。

    まとめての返信で恐縮です。
    恐らく残り半分となります。
    最後までおつきいただければ恐悦至極でございます。

    423 :

    これからも頑張ってください

    424 :

    >>423
    激励ありがとうございます。
    皆様のお米を糧に書いています。
    書きたいだけなら便所紙の裏に書けばいいですからね。
    お米はホントにありがたいものです。

    425 :

    待ってた

    427 :

    とりあえず「制裁」の意味がしりたい
    それまではエタるな

    428 :

    >>425
    お米ありがとうございます。
    期間が空いたことで慌てて、私も色々文中に思い残すことがあったりします。

    ここで書いた後、渋かどこかに加筆修正したものを載せたいと思うことがあります。
    私のレベルで書いて許されるところがありましたら、どなたか教えてもらえれば幸いです。
    これだけは言いたいのですが、
    訂正したいと言っても結果的に思い残すことがあっただけで、
    ここのものに手を抜く気はないのでご安心ください。

    >>427
    お米ありがとうございます。
    一番最初に投下した付近の見通しとして、
    私自身の米で「二週間で書き切ります」と書いておきながら、
    もう一年を迎えてしまいそうになっている現状を改めてお詫び申し上げます。
    これまでも申し上げている単純な遅筆に加え、
    書いてる途中で加えたいこともできたりで、時間がかかってしまっています。

    429 :

    このレベルなら渋でもハーメルンでもアルカディアでも何処だって通用するんじゃないの?
    どれだけ長引いてもいいからきちんと満足行くものを書き上げてくださいな

    430 :

    乙です
    こういう頭脳プレイは幾らご都合主義だとしても、展開がアツくて勢いで読みきれるからいいよね
    ゾクゾクする感じを味わえて良かった

    431 :

    おっつがんばがんば

    438 :

    保守とお米ありがとうございます。
    近く投下できると思うものの二ヶ月過ぎていたので生存報告です。

    >>429
    お褒めに預かり光栄です。書き終わったら始めようと思います。

    >>430
    ある程度地の文多めで書いた文章を、
    読みやすさと戦闘のテンポを考えて削りまくるという作り方をしました。
    そのため、削りすぎてしまい意味不明にならないかと不安なところがありました。
    そこに問題なく戦闘の熱さを感じて頂けたなら感謝の極みです。

    439 :

    生きてたか良かった良かった
    次の投下も期待してる

    440 :

    待ってた

    442 :

    急かすな落ち着け
    いつまでも待ってるぞ

    444 :

    保守お米ありがとうございます
    投下再開します

    445 = 1 :




    ~指揮作戦艇内作戦室~


     指揮作戦艇は一人減った艦娘たちと提督を乗せて鎮守府へ走る。

     帰途、甲板に集められた彼女たちを船内の一室に一人ずつ提督が呼び出した。


     それぞれの艦娘が話した内容は朝潮にはわからない。

     朝潮が呼ばれたのは一番最後だった。


     短い階段を降り向かう窓のない船内の一室。

     光源は電子機器の棘々とした明かりのみで薄暗い。

     暖気された生ぬるい空気が中破で風通りの良くなった制服から染み入る。

     繰り返すエンジン音と揺れが暗い室内と相まって朝潮を何かの体内にいるような気分にさせた。


     作戦の説明用に海図を映し出すモニターがはめ込まれた机を挟んで提督と対面する。

     朝潮と提督が話したのは、最終戦の内容・荒潮の損傷度、そして・・・。


    提督 「最終戦闘での命令違反・・・二回」

    提督 「荒潮轟沈前の暴走未遂、轟沈後の単独攻撃」

    提督 「・・・どういう処罰が下るかわかっているな」

    朝潮 「反乱予備罪で死刑もしくはそれに準ずる重刑、ですか」

    提督 「知っていてやるか?普通」ハァ

    朝潮 「申し訳ありません」

    提督 「・・・なんでそうなっているかわかるか?」

    朝潮 「艦娘は鎮守府と提督の厳格な統制下に置かれなければならない」

    朝潮 「この軍規を破ったからですか」

    提督 「40点だ、まぬけ」

    446 = 1 :


    提督 「一から教えてやる」

    提督 「お前は艦娘が人間の瞳にどう映るか、考えたことがあるか?」

    朝潮 「人間にですか?」

    朝潮 「・・・深海棲艦に有効打を与え得る唯一の戦力にして人類の希望ですか」

    提督 「訓練学校ではそうやって煽てられたか?」クク

    提督 「現実を見ろ」

    提督 「艤装という装備を持つだけで人のサイズで深海棲艦並の戦闘力」

    提督 「その力の根源である艤装自体にはまだ謎が多い」

    提督 「人間ってものは強力なものに畏怖し、わからないものには不安になるものだ」

    朝潮 「艦娘を・・・恐れているとでも言うのですか」

    提督 「そうだ」

    提督 「人間と艦娘を分かつものは力だ」

    提督 「そして、力を持たないということは、力を持つものに屈するしかないということだ」

    提督 「深海棲艦に蹂躙され放題だった苦い経験を持つ今の人間なら誰でも知ってる」

    提督 「お前も力に屈し、過去に姉、今日は荒潮の命を奪われた」

    提督 「違うか?」

    朝潮 「それは間違いありません、しかし

    提督 「あの災厄を経験した人間は誰しもパワーバランスに敏感だ」

    提督 「艦娘が反乱を起こしたら、艤装が暴走し深海棲艦化したら・・・」

    朝潮 「馬鹿げてる・・・」

    提督 「人間は日々お前ら艦娘の攻撃の矛先が自身に向かないか怯えている」

    朝潮 「私達は、艦娘は、人間が安全に暮らせるよう深海棲艦から命懸けで守っています」

    朝潮 「それなのに・・・そんなこと!!」

    447 = 1 :


    提督 「何度も言わせるな」

    提督 「お前の内心がどうかは関係ない、今は現実的にどう見えるかの話をしている」

    提督 「まだわからないようだから、わかりやすく言ってやろうか」

    提督 「人間が核爆弾や兵器を愛し感謝すると思うのか?」

    朝潮 「それは・・・」

    提督 「そんな危ないもん、できるだけ手にしたくないのが心情ってもんだ」

    朝潮 「艦娘を兵器だと仰るのですか?」

    提督 「同じ力の塊だ、何が違う?」

    朝潮 「っ・・・」

    提督 「ここまで聞いて、艦娘の編成権・作戦指揮権が全て提督のものである理由がわかるか?」

    朝潮 「艦娘を・・・縛るためですか」

    提督 「わかってきたようだな」

    提督 「提督は人間側の代表として、艦娘を束ね監視し従える」

    提督 「だから提督の意思に沿わない艦娘には、人間への反逆として重刑が課されるわけだ」

    提督 「それが今の人と艦娘の関係だ、朝潮型一番艦朝潮」

    提督 「お前らはもう人間ではない、強力な兵器の一つだ」

    提督 「意思に反して動く積もりなら、処理するしかない」

    提督 「そう、不発弾のようにな・・・」

    朝潮 「私達だって人間です、そして人間のために戦っています」

    提督 「人間が深海棲艦と戦えるか?あほう」

    提督 「本当に人間のためと思うならおれに絶対服従しろ」

    提督 「おれが進軍しろと言えば進軍しろ、死ねと言えば死ね、命令を下されたら完遂しろ!」


     提督が机を思い切り叩く。

    448 = 1 :


    朝潮 「・・・」

    提督 「だんまりか、いい度胸だな」

    提督 「これからも人間へ安心じゃなく恐怖を振りまく積もりか?、その力で」

    提督 「深海棲艦と変わらんなぁお前は」


     権力という名の力で、恐怖を振りまいてきたのは誰か。


    提督 「これまで言った軍規的建前を抜きにしても、だ」

    提督 「戦場において指揮官と兵卒を分けるのは太古の戦争から存在する合理的な仕組みだ」

    提督 「その合理性を否定し、タ級の挑発に乗ってお前が暴走しかけてどうなった?」

    朝潮 「・・・」

    提督 「言えよ、お前が暴走しかけた結果を」

    朝潮 「しかし・・・荒潮は」

    提督 「日本語がわからないのか?口答えなんて聞いてない」

    提督 「結果を言ってやろうか・・・」

    提督 「お前が暴走しなければ、制空優勢のまま荒潮を囮に攻撃を続けて勝てたんだ」

    提督 「お前が・・・命令無視をして、荒潮を殺し、加賀をも殺しかけた」

    朝潮 「しかし!荒潮の同調は!!!」

    提督 「昨日大破して時間が経った轟沈前の同調と同じ?」

    提督 「そんなの関係あるか」

    提督 「この海域はどんな海域だ、言ってみろ」

    朝潮 「深海棲艦との戦争の最前線にして、小中破から轟沈する危険海域ですか」

    提督 「そうだ」

    提督 「轟沈が度々あるこの海域で、轟沈前の乱れた同調?」

    提督 「そんなもん掃いて捨てるほど今までもあっただろうよ」

    提督 「ごく普通なことだ」

    449 = 1 :


    朝潮 「それは・・・」

    提督 「あのまま苦戦に耐え攻撃を続ければ荒潮が生きる目があった」

    提督 「制空優勢を落とし確実な敗北へ舵を切ったのはお前だ」

    提督 「荒潮を殺したのは朝潮、お前なんだよ」

    朝潮 「私が・・・」

    提督 「認めろ!!!!!」


     提督がその握りこぶしを朝潮の頬に当てつつ横薙ぎに振りぬいた。

     朝潮はその場から微動だにしない。

     口の中で鉄の味がする。


    提督 「おれが許せないのはお前が荒潮を轟沈させたことだけじゃない」

    提督 「辛うじて加賀が荒潮救出に行くと言いお前が暴走を思い止まったな?」

    提督 「しかし、お前自身が荒潮救出に向かっていればどうなっていたかわかるか!?」

    提督 「防御に隙ができた指揮作戦艇を見逃すヲ級とタ級じゃない」

    提督 「奴らの攻撃で指揮作戦挺と言う足を潰されれば、撤退できなくなった艦隊全員はどうなった?!」

    提督 「荒潮同様・・・いや、それ以上に一人ずつじわじわと嬲り殺しにされただろうよ」

    提督 「お前は艦隊全員を殺しかけたんだ」

    朝潮 「私が・・・艦隊を・・・」

    提督 「これだけのことを起こせば死刑は確定だ」

    提督 「奇しくも荒潮の元に行けるわけだ、良かったな」

    朝潮 (殺しかけた・・・荒潮を守ろうとして)

    450 = 1 :



     机にはめ込まれたモニターから漏れる青白い光を受けて尚、提督の顔の紅潮がわかる。

     朝潮は艇内の揺れを酷く大きく感じ、足が震える。

     自分の犯したことの重みに朝潮はふらつく。


    朝潮 「艦隊を危険に晒したこと・・・反省しています」

    提督 「当たり前だ」

    朝潮 「何とか・・・なりませんでしょうか」

    提督 「何とかぁ?情状酌量を得られるように嘘の報告でもしろと言うのかッ?!」

    朝潮 「すいませんっ・・・」


     提督の怒りの声は、朝潮を脊髄反射的に萎縮させた。

     その時、朝潮が最終戦で見せた華々しい戦果で付けた自信は元より、

     その戦果により提督が懲罰を多少加減してくれるかもしれないという甘い考えは一瞬で溶けてなくなっていた。


    朝潮 (なんで、けど、死にたくない・・・)


     提督の視線に耐え切れず朝潮は俯く。

     すると薄暗く殆ど見えない筈の足元が絞首刑台のように開きそうな錯覚に襲われる。


    朝潮 (あのタ級とヲ級、深海棲艦に一矢報いることもなくこのまま陸で・・・死ぬ?)


     死ぬこと自体はどうでも良かった。

     自身にこれから訪れるであろう刑死が勇敢に戦った荒潮の死を無駄にさせることが虚しかった。


    朝潮 「すいません・・・どうにか・・・・」


     語尾は自然と震えた。



    ―――――
    ―――


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