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元スレ夕立「恋情は見返りを――」提督「求めない」
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―司令室―
神通「提督……?」
提督「どうも、イレギュラーな事態が起きた」
提督「念のため、私はここに残るので、次の演習も監督は出来ないが――」
長門『聴こえるか提督!』
提督「今度はどうした」
長門『こちら東部オリョール海南西!』
長門『赤城の索敵機より、北北西方向に敵艦隊の出現を確認!』
長門『敵編成は空母ヲ級が旗艦。これに戦艦ル級が随伴し、ヌ級とリ級が2隻ずついる』
提督「……強力だな」
長門『だがこちらに向かって来ていない。西北西方向に針路をとっている』
提督「……」
長門『この方角は……』
提督「おそらくは、強襲揚陸……だな」
長門『なら我々で追撃を!』
提督「駄目だ! 許可出来ない。夕立の件といい、不確定要素が多過ぎる。危険だ」
長門『しかし!』
提督「那珂の大破も無視出来ない。また夕立を迂闊に被弾させるわけにもいかない」
提督「落ち着け。そして今は、大人しく従え」
長門『……了解した』
長門『だが、せめて、航空機による監視と妨害を許可してほしい』
提督「……………………」
提督「赤城、加賀。いけるか?」
加賀『甘く見ないでもらいたいものね』
赤城『勿論、大丈夫です』
提督「よし。偵察機は別で飛ばし、航空戦のみを仕掛けろ」
提督「無論、余剰戦力のみの投入。つまり……」
提督「制空権争いも厳しいものになるだろうが、最低でもあともう一度の戦闘には耐えられる程度の戦力を残しておけ」
提督「それ以上の機動力の行使は、これを容認しないものとする」
長門『提督、ありがとう』
提督「これは命令だ。気にするな」
提督「赤城、加賀、頼んだぞ」
赤城『おまかせくださいませ』
加賀『鎧袖一触のところを、ちょうどいいハンデでしょう。やるわ』
吹雪『第二艦隊旗艦吹雪より緊急伝達! 司令官、応答してください!』
提督「こちら艦隊司令部本部。吹雪、何があった?」
吹雪『現在沖ノ島海域南を帰投のため航行中。突如、南南西方向に敵艦隊出現』
吹雪『オリョール海方面へと進軍しています』
提督「敵編成は?」
吹雪『戦艦ル級を旗艦に、ヌ級とワ級が2隻ずつ、リ級もいます』
提督「……現在、オリョール海出撃メンバーからも、同様の敵艦隊出現の報告を受けている」
吹雪『なんですって!?』
提督「敵の意図はまだ正確に掴めないが、第一艦隊への挟撃に出る可能性もある。したがって……」
提督「第二艦隊は遠征を中止。ル級を旗艦とする艦隊を追撃。だが、決して深追いはするな」
提督「輸送艦のみを攻撃目標とし、敵の攻撃は最大船速で振り切るんだ」
吹雪『……了解』
天龍『こちら第三艦隊旗艦天龍! 応答してくれ!』
提督「こちら司令部本部」
天龍『南西諸島東の海上より緊急通達!』
天龍『ここより北西の方角に敵艦隊が2艦隊出現!』
天龍『うち1艦隊は鎮守府方面へ侵攻中の模様……。こいつらはオレたちじゃ対処出来ない』
提督「そちらは待機メンバーに迎撃させる。もう1艦隊は?」
天龍『……リ級ヌ級ヌ級へ級ワ級ワ級の6隻だ。こちらに向かってくる!』
提督「わかった。これより第三艦隊は遠征任務を放棄。重巡洋艦リ級を含む敵艦隊を迎撃せよ」
提督「但し戦闘は必ず反航戦で開始し、反転せずにそのまま鎮守府へ帰投しろ」
天龍『了解!』
提督「神通」
神通「はい」
提督「……話の途中で済まないが、これより、第四艦隊の編成を通達する」
神通「!」
神通「確か、私たちには、まだ……」
提督「ああ、我々には第四艦隊編成の権限がない。これは私の独断だ」
神通「緊急事態、ですね」
提督「第四艦隊旗艦は神通」
提督「隣室で会議中の待機メンバーから、鈴谷、摩耶、足柄、飛鷹、鳳翔を伴い、南西諸島海域へ出撃」
提督「こちらに接近中の敵艦隊を迎撃し、速やかに帰投せよ」
提督「響と球磨は司令室へ呼び戻してくれ」
提督「質問はあるか?」
神通「ありません」
提督「では、出撃準備にかかれ」
神通「了解!」
ガチャ
提督(南西諸島海域北西に出現した敵艦隊が気にかかる。しかし艦隊としてはもう手の打ちようがない)
提督(……やるなら響たちがいない、今か)
提督「……」
提督(仕方ない……)
ピー
提督『俺だ』
提督『……』
提督『海軍本部には通達していない、緊急事態だ』
提督『……』
提督『一刻を争うからな。伝達に齟齬が生じるのも、手続きに時間をとるのもすべて無駄だ』
提督『……』
提督『そちらの権限を借りるぞ』
提督『△△海岸に揚陸が予測される深海棲艦を掃討してほしい』
提督『……』
提督『なら上層の者を使えばいいだろう。内地には他の士官をまわせ』
提督『……』
提督『ああ。恩に着るよ』
ツー
提督「…………」
提督(何が、起きている……?)
ここから先
・残酷な表現
・グロテスクな描写
・キャラ崩壊
・百合的表現
・若干程度の嗜虐的なエロ描写(R-18)
といった内容が、部分的にではありますが、書かれることになると思います。
ご注意を。
それでは、また来週。
ガチャ!
響「司令官!」
球磨「何が起きてるクマ!?」
提督「……出撃していた第一艦隊が、敵主力艦隊を撤退に追い込んだ後、旗艦の夕立が意識を失った」
球磨「!」
響「夕立が!?」
提督「原因は不明。現在、夕立を金剛が曳航中。即時帰投をさせたいところだったが、さらに問題が発生した」
提督「南西諸島海域で、一斉に深海棲艦の動きが活発化したんだ」
響「…………」
球磨「そ、そんな……」
提督「遠征の第二、第三艦隊も交戦に入るだろう」
提督「鎮守府にも敵艦隊が向かってきているらしい。演習準備のところ申し訳ないが、迎撃のために神通たちを出撃させた」
提督「これより私は全艦隊の動きを監視する。ふたりは待機だ」
球磨「……怖い」
球磨「怖いクマ……」
ギュ
球磨「!」
響「大丈夫」
響「みんなは、きっと大丈夫。帰ってくる」
響「信じて、待とう」
球磨「うん……」
―――
――
―
――――――――――
―海域北東―
深雪「艦載機、飛ばしてきたぜ!」
吹雪「取舵! 並びに砲撃戦準備!」
吹雪「時間があまりありませんが、この距離なら敵艦載機がこちらに到達するまでにケリをつけます」
吹雪「全艦、後続の輸送艦2隻に照準を!」
白雪「維戦能力を殺ぐ、ということですね」
吹雪「多分……。これで止まってくれたらいいけど……」
那珂β「地方巡業中のゲリラライブ、全力でいきまーす!」
睦月「うぅ……。戦艦……」
龍田「大丈夫。生きて帰りましょう」
龍田「主砲、発砲準備完了……。沈みなさい!」ドーン!
那珂β「どっかぁーん!」ドーン!
深雪「敵艦発砲!」
吹雪「いっけぇ!」ドドーン!
ズドーン!
龍田「あ゛あっ!」
睦月「ひっ……」
深雪「ひるむな! 撃て!」ドドーン!
睦月「ぐ……。てぇー!」ドドーン!
吹雪「龍田さん!」
龍田「まだ、大丈夫よ……。撃ち続けなさい!」
白雪「うてぇー!!」ドドーン!
ズドーン!
深雪「ぐぁ!」
吹雪「みんな持ちこたえて!」
ズドーン!
白雪「きゃあ!」
吹雪「くっ……」
吹雪「撃てっ、撃てぇー!!」
――――――――――
―海域南東―
天龍「全員、聴いてたか?」
如月「何が……どうなるの……?」
天龍「ぼさっとしてる場合じゃねぇ。各艦戦闘準備!」
天龍「これより補足した敵艦隊の迎撃と戦闘後の即時帰投を最優先事項とする。したがって……」
北上「獲得資源は二の次、ってことだね」
如月「そんな……」
叢雲「く……」
川内「気持ちはわかるけど、腹を括ろう」
弥生「発砲、いつでもいけます」
天龍「よし。反航戦だ。すれ違いに鉄の雨をありったけ浴びせてやれ!」
天龍「邪魔な資源は海に捨てろ!」
天龍「おらぁ!!」ドーン!
川内「うてぇー!!」ドーン!
如月「てぇー!!」ドーン!
――――――――――
―海域西南―
摩耶「まさか初の実戦がこんな形になるなんてな」
足柄「願ってもないわ。望むところよ」
鈴谷「うー。ちょっと緊張する……」
神通「私も、驚きました」
神通「飛鷹さん、鳳翔さん、索敵機をお願いします」
飛鷹・鳳翔「「了解」」
足柄「だけど……」
摩耶「あん?」
足柄「不思議と……負ける気がしないのよね!」
摩耶「はっ。奇遇だな。実はアタシもそうなんだ」
鈴谷「うん!」
鳳翔「敵艦隊発見!」
摩耶「来たな……」
神通「総員、戦闘準備!」
―――
――
―
―海域北西―
加賀「ちっ!」
長門「どうだ……?」
赤城「……守りに徹されていて、突き崩せません」
赤城「しかも、これまでの戦闘記録とは編隊が異なっているように思います……」
金剛「どういうことデスか?」
加賀「戦闘機が……多過ぎます!」
加賀「まるで最初から、防衛のみでこちらへ攻め込む気がなかったかのように……!」
赤城「ですから、幸いなことに私たちがあの艦隊からこれ以上深く反撃される惧れはないでしょう」
赤城「ただ……」
加賀「もう間もなく、戦艦と重巡2隻が揚陸します」
長門「くそ! 何なのだ、一体!」
加賀(でも、この違和感は、何?)
加賀(赤城さんは、どう感じているのかしら……)
加賀「!」
加賀「あ、あれは………………」
金剛「加賀……?」
――――――――――――――――――――
この戦艦ル級が大地に立ったのは、初めてのことだった。
だがそこに、特別な感慨などない。
あらゆる偶然の帰結として、それがただ命令に従った結果獲得されただけの経験であることを、この怪物は弁えていた。
空母ヲ級『“ソウ”、予定通り陸の調査を』
戦艦ル級『ああ……』
空母ヲ級『蠅共が五月蠅いので、私はここに残るよ』
空母ヲ級『尤も、どうせもう持たないでしょう』
空母ヲ級『先を往きなさい』
この地上を支配する種族が“ソウ”と発音するところの名前を、戦艦は持ち合わせていた。
当然、その名に意味はない。元より名のない怪物に、利便性の観点からそれが賦与されただけのことだった。
旗艦からの指示を受けた後、重巡洋艦2隻を連れて、ひた走る。
“走る”という未体験の動作の、その必要性については一考の余地があった。
道具に過ぎない自分たちが、“彼ら”の捨て置いたものを体現するなどと――。
或いは、それこそが道具たる所以なのかもしれない。
自ら為すことを忌み嫌った結果として、道具はその存在を引き受けたのだとすれば。
それは至極、納得がいくことのように思えた。
海岸より直近の丘を登り切ったところで、彼女は思わず足を止めた。
戦艦ル級「!?」
男A「おお、いたぞ」
男B「……こいつらが、目標?」
男A「ああ。間違いねぇな」
戦艦ル級「ナンダ、貴様ラハ……?」
男A「あぁ? 見て分かんねーのか? “ニンゲン”だよ! ニンゲン!」
男B「そんなの見れば分かりますよ……」
男C「深海棲艦、ですね」
戦艦ル級「…………」
彼女は眼前の男たちの会話を聴き取り辛く感じたものの、それを全く意味の為さない音素の連続としては捉えなかった。
彼らの言葉は彼女たちの使い慣れた言語とはかけ離れていたが、しかし既知のものではあったからだ。
応答のしようもあるというものである。
――だがそもそも、なぜ既知であるのか?
深遠さを窺わせる問いほど、つまらない問いはない。不要な問いは、問う前より棄却するに限る。
有り体に言ってしまえば、時間と労力の無駄だった。
そして、今ここで問わなければならなかったことは――。
『こいつらは、一体、何者なのか?』
彼らが“人間”であることは、姿形からしてそうなのだろう。実物を見るのは初めてだったが、およそ瑣末な問題だった。
それよりも問題なのは、その身なりである。
全員が全員、武装していた。
しかし、果たしてそれは“武装”と呼べるほどのものだったのか。
中央のリーダー格の男は長剣を、左の生意気な男は大鉈を、右の寡黙な男は大鎌を、何かの冗談のようにぶら提げている。
曲りなりにも近代兵器を縮小して携帯している彼女たちにとって、それらの武具はあまりに原始的で、無力であると言わざるを得ない。
また、彼らが朽葉色の軍服を纏っているということも、重ねて不可解なことだった。
ル級は想う。自身の記憶と、この2つの事実から導出される仮定を。
だが、それは巫山戯た仮説であり、容易に受け入れられるものではなかった。
仮に――。
もし仮に、ここに現われた彼らが『陸軍』なるものだったとして、彼らに何が出来るというのか?
兼ねてより、複雑な情感にはあまり縁がなかった彼女たちだが、誕生して初めて“戸惑い”を感じたかもしれない。
そのあまりの荒唐無稽さに、面喰って動けなくなっていた。
陸軍士官B「先輩、ちゃっちゃと殺っちゃいましょうよ」
陸軍士官A「いやいや、焦ることはねぇよ。対話可能な敵なんて、そうそう斬れる訳じゃねぇんだから」
陸軍士官C「まあ確かに。一理ありますね……」
陸軍士官A「あんた、名前は何だ?」
陸軍士官B「しょ、正気ですか?」
戦艦ル級「……“ソウ”ト云ウ」
陸軍士官B「へぇ……! 本当にあるんだ」
陸軍士官C「馬鹿な……」
陸軍士官A「あんたらは、大方俺達のことを“愚カナル原始人”程度にしか考えてないんだろうが、まあそれは構わない」
陸軍士官A「ソウ。死ぬ前の情けとして、1つ聞かせてくれ」
陸軍士官A「この丘から見える、空母様達がこちらに来ていないのは、なぜなんだ?」
戦艦ル級「フン……。伝エ聞クトコロニヨル、“艦娘様”トヤラヲ足止メシテイルノダロウ」
陸軍士官A「ぶははははっ!!」
陸軍士官C「?」
陸軍士官B「ど、どうされたんですか?」
戦艦ル級「……何ガ可笑シイ」
陸軍士官A「いや失敬。ソウ。確かに、俺にあんたを笑う権利はねぇな。俺だって“原因”は知らねぇんだから」
陸軍士官A「だが、“結果”くらいは知っていれば或いは……。いや、よそう…………」
陸軍士官B「何の話を……?」
陸軍士官A「……命ず」
陸軍士官C「!」
陸軍士官A「陸軍特別作戦班、掃討開始」
男がそう言い終わるや否や、ル級は自身の視野が反転し、身体が宙に舞うのを感じた。
果たして、己が肉体はこれほどまでに軽かったのだろうか――。
そのあまりにも呆けた当惑の解答は、着地と同時にもたらされた。
彼女は言わば霊体のように、直立する戦艦ル級を見上げていた。その個体は、「首がない」という特徴以外はとても自分に似ているように彼女は思った。
『嗚呼、如何に深海棲艦(かいぶつ)と言えど、あのように首を刎ねられてはひとたまりもあるまい……』
そんな益体もない想いに曝されたところで、この戦艦の意識は途切れた。
――――――――――――――――――――
―――
――
―
今宵はここまで。
色々あって遅れました。本当にごめんなさい。
今月はあと2回、更新したいですね。そのつもりで頑張ります。
色々あって遅れました。本当にごめんなさい。
今月はあと2回、更新したいですね。そのつもりで頑張ります。
―司令室―
提督「…………」
響「司令官……」
提督「ふ……」
提督「全員、生き延びたようだ」
球磨「よ、よかった……。本当によかったクマぁ……。うぅ……」
響「状況は?」
提督「第四艦隊は被害軽微。最も被害が大きいのは第二艦隊」
提督「第四、第三、第二、第一艦隊の順で帰投するようだが、第四艦隊には鎮守府周辺海域の哨戒任務を戦闘終了後に課した」
提督「無論、帰投まで油断は出来ないが、目下の危機は去ったと言えるだろう」
提督「まずは第三艦隊から2隻ずつ入渠してもらい、第四艦隊が第二艦隊と合流したら、一旦全員を自室で休ませる」
提督「艦隊が帰投したら、そのことをみんなに伝えて欲しい」
球磨「了解クマ!」
響「報告はいいのかい?」
提督「とりあえずは。第一艦隊から順に話を聞きたい」
提督(おそらく、第一艦隊メンバーには一定の説明を求められるのだろうな)
提督(しかし、こちらも情報がないことには判断が出来ないが……)
――――――――――
長門「作戦終了。艦隊、帰投したぞ」
提督「みんな、よく戻ってきてくれた」
提督「夕立は?」
金剛「結局、意識は戻らなかったデス」
金剛「私が埠頭まで曳航した後、妖精さんを呼んで彼らに操艦させて、ドックに収容させマシタ」
長門「また那珂には、先に入渠してもらうように言っておいた」
提督「そうか、ありがとう」
提督「彼らは何か言っていたか?」
赤城「すぐに目は覚ますはずだと。なぜか疑問形でしたが……」
提督「なるほど……」
長門「一体、何があったんだ……」
提督「それはこっちのセリフだ。夕立は何か攻撃を受けたんじゃないのか?」
長門「馬鹿な……。ありえない」
提督「なら、何か変わったことはなかったのか?」
長門「変わったこと……」
長門「そういえば」
提督「なんだ?」
長門「夕立が悲鳴をあげる直前に、通信にノイズが入った」
提督「!」
長門「だからどうこうするという話でもないのだろうが……」
金剛「でも、Irregularがあったのなら、まずはその相関について考えるのが――」
長門「いや……。金剛はノイズを聴いたのか?」
金剛「え? ハイ……。言われてみれば、聴いたような気が」
長門「私は勿論聴いている。ふたりは?」
赤城「聴いたように思います」
加賀「右に同じく」
提督「……………………」
長門「もし仮にノイズが何らかの原因だったとして、なぜ夕立だけが影響された?」
金剛「そ、それは……。確かに、ネ」
提督「なるほど。長門の言い分はわかった」
提督「なら、他に気になったことはあるか?」
長門「……強襲揚陸については」
提督「夕立の件に関連することについて、何か、他に気になったことは?」
長門「その件では、もうないな」
提督「そうか」
長門「提督!」
長門「……私たちが海域を離脱した後、あの深海棲艦共はどうなったのだ?」
提督「別の鎮守府メンバーによって、掃討された」
加賀「!」
赤城(加賀さん……?)
長門「そう……か」
提督「妨害の提案と遂行、見事だった。おかげで時間稼ぎが出来た。感謝するよ」
長門「いえ……」
提督「実は今回、他の艦隊も遠征任務で襲撃を受けてな」
長門「だ、大丈夫なのか?」
提督「ああ、問題ない。全員帰投している」
提督「それより、入渠ドックは常に使用中になると思う。艦隊に伝言形式で伝わるように指示しておいたので、全員自室待機だ」
提督「他のメンバーから連絡が入り次第、順次入渠するようにしてくれ」
提督「以上。質問がなければ、解散だ」
――――――――――
ガチャン
加賀(どうしたものかしら……)
加賀(提督が……嘘を……?)
「――k――さ……」
加賀(なぜ? 何のために?)
加賀(あの場で問い詰めるのが得策だったのでしょうか……?)
「――が――n」
加賀(或いは、誤った情報を掴まされている?)
加賀(でも私自身、確信があるわけでは……)
赤城「――加賀さん!」
加賀「きゃっ!」
加賀「ぁ、赤城、さん……?」
赤城「多少負傷して鎮守府にいるからと言って、呆けていてはいけませんよ?」
加賀「ご、ごめんなさい……。少し、考え事をしていて」
赤城「どうしたのですか? 加賀さんらしくもない」
加賀「いえ……。そうね……」
加賀「赤城さん、ちょっと聞いてもらいたい話があるの」
――――――――――
提督(全員、出て行ったか)
提督(まずは状況を――)
コンコンガチャ!
間宮「失礼します!」
提督「……入っていいとは言ってないが?」
間宮「え、あ、申し訳ありません! やり直します!」
提督「そこまでしなくていい。どうした?」
間宮「あ、いやあの……。他の、鎮守府の士官の方が、艦娘を連れて、その……。玄関でお待ちになっているのですが……」
提督「……私が直接伺おう。間宮は戻ってくれていい」
間宮「あ、はい。失礼しました」
ガチャ
提督(クソ、次から次へと。今度は何だ……?)
提督(アポなし、直接訪問……。このタイミングといい、やり方といい、嫌な予感がする)
提督(あいつに声を掛けたのが間違いだったか?)
―鎮守府正面玄関―
提督「おーこれはこれは。陸軍大将様とその御一行ではないですか」
陸軍大将「やめろ白々しい。階級制度に大した意味などないのは知っているはずだ」
陸軍大将「何より、お前も大将だっただろうが」
提督「昔のことは忘れたよ」
陸軍中将A「お久しぶりです」
提督「久しぶりだな。大して時間は経ってないが……」
陸軍中将B「先輩は相変わらずッスねぇ」
提督「これでも色々変わったさ」
提督「俺の後任は務まってるか?」
陸軍中将C「三人とも、順調かと思います」
提督「ふむ」
提督「大樹(たいじゅ)の侵食はどうだ?」
陸軍大将「現在小康状態、といったところだ」
提督「だろうな。さもなくば、油を売りに来たお前らを俺がぶちのめしている」
陸軍中将B「ちょちょっ! 冗談キツイッスよぉ!」
提督「ふっ、だがまあいい。海軍元帥様と俺の後輩まで連れてきて、一体何の用だ」
陸軍大将「何の用だとは御挨拶だな」
陸軍大将「元帥殿」
海軍元帥「ああ」
海軍元帥「おはよう提督。私が『海軍』の事実上の最高責任者だ。元帥と呼んでくれてかまわない」
海軍元帥「今日は無礼を承知で、護衛としてふたりの艦娘を連れてきている」
大和「戦艦、大和です」
Вер「Верныйだ」
提督「どうも」
提督(“指環持ち”か。練度オーバーS、最適化処理済みの特記戦力を2隻……)
提督「……それにしても自らその位を名乗るとは、些か浅薄に見えるな」
Вер「……」ピクッ
大和「……」キッ
海軍元帥「そう殺気立てるな、みっともない」
大和「ですが提督……」
海軍元帥「私がいいと言っている」
大和「はい……」
提督「ふん。ちゃんと躾がなっているようだな」
Вер「……あまり図に乗らない方がいい。殺すよ?」
海軍元帥「ヴェル」
Вер「わかったよ……」
陸軍中将B「はん。あんたら艦娘が、俺らの先輩に手ぇ出したら……」
陸軍中将C「ありえない仮定よ。無駄ね」
提督「それで、そのお偉いさんの用とは?」
海軍元帥「陸(おか)の彼から連絡があったので、話の場を設けようということになった」
提督「……」ジロ
陸軍大将「……あとで説明する」
提督「いいさ。で?」
海軍元帥「もういくつか実地から疑問点を得ているだろうと判断して、それに応えに来たわけだ」
海軍元帥「加えて、君とは直接会って話がしたかったということもある」
海軍元帥「会えて光栄に思うよ。“人類最速”」
提督「……海軍を志望したのは他ならない俺自身だが、全く随分と舐められたものだ」
提督「内地の現状を知る者なら、もう少し待遇をよくしてもよかったんじゃないか?」
海軍元帥「ご冗談を。他の提督たちと同じ扱いを受けてもらわなければ、海軍の実情は伝わるまい」
提督「なるほど。だが他にやり方はなかったのか」
海軍元帥「身を以って経験して欲しかっただけだ。他意もない」
提督「……」
陸軍大将「まずは場所を移しましょうか」
スタスタスタ
陸軍中将B「俺らが護衛につかなくていいんスか?」
陸軍大将「お前たちは大人しく別室で待っていろ」
陸軍中将B「(だ、そうだ)」
陸軍中将C「(先輩には不要でしょう。艦娘の1匹や2匹……)」
陸軍中将A「(いいや、こいつは単に話を聴きたいだけだろう)」
陸軍中将B「はっはっは! さすがにバレバレだったか」
陸軍中将A「焦らずとも、俺たちにもいずれ機会は訪れるはずだ」
陸軍大将「黙って歩け」
Вер「(あの女……)」
大和「(抑えなさい)」
提督「ここが司令室だ。隣は会議室になっている」
陸軍大将「ちょうどいいな。ここで待て。30分も掛からないだろう」
陸軍中将B「了解っす」
ゾロゾロ
提督「どうぞ」ガチャ
海軍元帥「失礼するよ」
ガチャン
―司令室―
提督「お掛け下さい」
海軍元帥「どうも」
提督「あんたも座っていいぞ」
陸軍大将「いらん気遣いだ」
提督「……」チラ
大和「私たちも、お気遣いなく」
Вер「……」
海軍元帥「さて、彼から連絡があってこちらでも調べた」
海軍元帥「南西諸島海域での深海棲艦の同時多発的な襲撃」
海軍元帥「これについて報告を求めたい」
提督「わざわざそのためだけに、組織のトップが来るのか。よほどに暇と見える」
海軍元帥「いやいや。これはほんのついでだ」
海軍元帥「先程も言ったように、今日のメインはあくまでこちらからの説明になる」
海軍元帥「それに、君を直接見てみたかったというのも嘘ではない」
海軍元帥「尤も、暇であることも否定するつもりはないがな」
提督「なぜこのタイミングなんだ?」
海軍元帥「頃合いがあまりに良過ぎた。“深海棲艦による強襲揚陸”というビッグイベントの中心に君がいたのだ」
海軍元帥「“元陸軍大将”という肩書きを持つ、君がね」
提督「……」
海軍元帥「そして、この事件に関して君は自身の保有戦力による対応が困難だったそうじゃないか」
海軍元帥「後でそのデータは見せてもらうが、まあそれは今はいい」
海軍元帥「結果として、君は陸軍部隊に頼る破目になったわけだ」
提督「対応に不満があった、ということか?」
海軍元帥「いや、そうは言ってない。現状それすらこちらからは何とも言えないところだが……」
海軍元帥「しかし、契約上の問題もある」
提督「契約?」
陸軍大将「契約というよりは、半ば命令ではあったが」
陸軍大将「“陸に関する情報の封鎖”だ。陸軍特別作戦班からレポートが上がっていてな」
陸軍大将「作戦遂行をこの鎮守府の航空母艦に目撃された可能性がある、ということだ」
提督「それが何か問題でも?」
海軍元帥「それ自体は直ちに問題のあることではない。だが、そのまま放置しておきたくもない」
海軍元帥「君の認識を改めたくなったのだ」
提督「随分回りくどいんだな。で、質問は自由にしていいのか?」
海軍元帥「ああ」
提督「じゃあ話の続きとして、より本質的なことを問おうか」
提督「なぜ他の提督たち、艦娘たちを騙すような真似をしている?」
海軍元帥「君自身は答えに辿り着かなかったのか?」
提督「質問をしているのはこっちだ。今の俺は推理ごっこに興じていられるほど気は長くないぞ」
海軍元帥「騙す、とは? 具体的には何のことだ」
提督「チッ、あんた性格悪いな」
海軍元帥「よく言われるよ」
提督「まあいい。俺が最初に気になったのは資料にあった重複艦についての記述だ」
提督「『艦娘は艦娘としての記憶を消去され、一般市民としての生活を送ることになる』」
提督「これは、嘘だろう」
提督「この世界に一般市民などと呼べるものは、存在しないはずだ」
提督「確かに、海軍に移籍するにあたって俺も約束はしたさ」
提督「だがやっていることは隠蔽だけではないだろう。これはどういうことだ?」
海軍元帥「…………そうだな」
海軍元帥「確かに、ごく僅かな人類が妖精の助けを借りて辛うじてその余命を勝ち取り、大樹と戦いながら領土を護り、生き永らえている」
海軍元帥「そんな彼らを市民とは呼べないな。社会も、国家も、政府も、遠い過去の記録にあるだけだ」
海軍元帥「だがその記述は嘘ではない。可能なんだ」
提督「……何だと?」
海軍元帥「解体において、艦娘は艤装をはずした後に、『加速処理』を施される」
海軍元帥「εφημερα(エフィメラ)と呼ぶ」
海軍元帥「ある1個体の脳における情報伝達速度を、7,300倍に加速して演算する巨大コンピューターによる処理だ」
海軍元帥「ここに人格データを複写・転送された個体の体感する主観時間は、我々にとっての1秒あたり、約2時間」
海軍元帥「3日間にして約525,600時間分の反応が可能となる」
提督「…………」
提督「彼らは……何を夢見るんだ?」
海軍元帥「文明が溶ける以前の、しかし高度な文明に侵犯されていない、人の営みの原風景だ」
提督「それは、貴様らにとっての免罪符か?」
海軍元帥「人でないものとして生まれながら、人としての生きる意味を与えることが出来る。人口増加の抑制としても機能する」
海軍元帥「何を憂うことがある?」
提督「何もかもだ」
提督「艦娘の人格を肯定しながら、彼女たちを“人”として認めないのか」
海軍元帥「当然だ。アレは断じて人ではない。言うなれば天使であり、道具であり、規格であり、新たなる人類を産み出す母、その子宮……」
大和「……」
海軍元帥「そして君たちは、人の先を往く者たちだ」
提督「……どういう意味だ。先だと? 確かに。俺はここへ来て艦娘と触れ、自分の存在に疑問を持ったさ」
提督「俺“たち”は強化された人間であると、そこの男から教わってきたからな」
提督「俺たち陸軍部隊は艦娘を研究対象とした1つの成果であると。その程度の予想はつく」
陸軍大将「いや、違う。違うのだ……」
海軍元帥「別に間違ってはいまい。違っているのは『人間』という語が指す意味だけだ」
海軍元帥「――Homo superior sapiens」
海軍元帥「人間と艦娘の混血……。より正確には“人体構成の物理的拡張”と言うべきか……」
提督「なにを……?」
海軍元帥「…………私よりもさらに上の世代は、深海棲艦に対抗する戦力として艦娘を開発しようとした」
海軍元帥「尤も、開発当初は“艦娘”などという名前でもなく、V2という開発コードが与えられていた」
海軍元帥「そもそも男性型も建造されていたそうだからな」
海軍元帥「そして男性型と女性型でスペックに差異はなかった。だが1点だけ、特筆すべき問題があった」
海軍元帥「生殖だ」
海軍元帥「V2の肉体・装備は妖精の超常的な力によって情報が幾重にも折り畳まれ、構成されている。その影響か……」
海軍元帥「V2は老衰しない。しかし代謝は行われている。」
海軍元帥「旧人類はこの事実に、新しい人類の在り方を求めた」
提督「……人類の、置換」
海軍元帥「本当に素晴らしいな、君は」
海軍元帥「V2と旧人類の生殖によって子にV2の基本能力を継承するにあたり、男性型は失敗に終わった」
海軍元帥「母体に旧人類が選ばれた場合、V2の能力を引き継げなかったのだ」
海軍元帥「どうやら母胎で過ごす10ヶ月間で変異を固定する働きがあったらしい。詳細は省くが、ともかく単純な受精だけでは不十分だったということだ」
海軍元帥「そして男性型V2、通称V2-Yは破棄。V2-Xのみが残った。これが現在の艦娘にあたる」
提督「聞けば聞くほど、疑問だらけになるな……」
提督「その計画の恩恵が、この不老と身体能力と演算能力だと?」
海軍元帥「ああ。だが一方で艦娘の演算能力は艦艇の制御可能な情報量に対して比例する以上、戦闘を主目的としない艦艇はそのスペックを大幅に落とすことが確認された」
海軍元帥「そこで構成される頭脳は、次世代に継承するには値しない」
提督「間宮のことか」
海軍元帥「彼女だけじゃないがな」
海軍元帥「尤も、それでも研究として試験的に艦娘として開発する動きもある。実際、そうした理由から艦娘として建造された個体も少数ながら存在はする」
海軍元帥「そういう物好きな奴もいるが、人格を搭載しない船は比較的最近に造られたものだ。そのことについては彼の方が詳しかろう」
提督「……?」
陸軍大将「……推移に失敗し、劣等を正式に認められた士官を輸送任務に充てられる程度には、今は海軍陸軍共に余裕があるということだ……」
海軍元帥「加えて言えば、母体となる艦娘も増えた。一定の集団を構成するには、充分な数になる。そうなれば選別し、量よりも質を問うようになるのは自然な話だ」
提督「……結局のところ、そうして俺たちの“母”を“化物”呼ばわりしながら、あんたらは俺たちに何を求める?」
海軍元帥「…………何も」
提督「何だと?」
海軍元帥「……つまるところ艦娘とは、到達不可能な奇跡のホムンクルスに過ぎない」
海軍元帥「だが神話の存在が地上に降りて我らと子を成す時、人の歴史が紡がれるとされたように、君たちの在り方はこの世界に新しい歴史を刻むことになるはずだ。少なくとも、先代の連中はそう考えていた」
海軍元帥「しかし私には、そのように大逸れた、野望めいたものなどない」
提督「…………」
海軍元帥「私は立場上、彼らの企図を引き継ぐ位置にいたから、私なりの考えでそれを遂行しているに過ぎない」
海軍元帥「本来なら君の圧倒的な機動力は陸軍で活かし続ける方が合理的なのだろうが、君の意志を尊重したのも、私がそうした使命感とは無縁だったからだ」
海軍元帥「私は“君たちが産み出された経緯と理念”を説明したに過ぎない。なるほど、私たちにその説明責任はあったやもしれん。だがその内容は少なくとも私の企図ではない」
提督「……あんたは、そいつらと話したことはあるのか」
海軍元帥「ないだろうな。私がこの立場に就く以前に長を務めていた私の上長でさえ、艦娘及び新人類の開発には携わってない」
提督「あんたは知っていたのか?」
陸軍大将「元帥殿のおっしゃった内容程度のことは。だがそれを知ったのもつい10年程前のことだ」
陸軍大将「新たなる人類はお前と同期の支倉が第1期。そして今日来ている部下の南、今宮、恩田は後続の個体になるが……」
陸軍大将「私はお前たちを大樹に反旗を翻す契機になると信じて疑っていなかった。そして私の信念そのものは間違ってはいなかった」
提督「ふん。そんなことも知らずに俺に座学から戦闘スキルまで教えていたのか、あんたは」
陸軍大将「“強化された人間”とお前たちに教えたのは、私だからな……」
提督「……で、なぜこんな話を今更?」
海軍元帥「君たちを“人間”として完成させるにあたって、障害になる可能性があると判断したからだろう」
提督「はは……無茶苦茶な……。俺は父の顔も母の顔も知らない」
提督「それにそんなものを育ませても、それを機能させるに値する社会など、この世界にはもう残っていない」
海軍元帥「だからこその措置だろう。また受け継ぐことそれ自体に意味がある。そして私や彼と君とでは種としての規格が違うが、そうしたことを殊更に意識させないようにするということが計画の中に含まれていたはずだ」
提督「あんた、それ本気で言っているのか……?」
海軍元帥「……」
提督「そんなものは俺たちに対する逆差別でしかない。それを公表した段階で俺たちの感情を逆撫ですることになるとは思わなかったのか?」
海軍元帥「……だが、今君は感じているだろう。私の言葉にそれほどの反感を抱いていないということを」
提督「!」
海軍元帥「今一度問おう。大なり小なりの、組織を統制する上で必要なものはなんだ?」
提督「…………そういう、ことか」
海軍元帥「ああ、そうだよ。艦娘の人格データの構成には幾らかの制限が設けられている」
海軍元帥「彼らは外的な脅威によってその人間性を破綻させることはない。態度や性格が変化することはあったとしてもだ」
海軍元帥「また一時的で突発的な激情に流されて行為を選択することはない。表面的にはそう見えていても、彼らは常に“判断”をしている」
海軍元帥「人間の言語体系・意味論を完結して保持し、それ以上成長しない独立した規約的プログラム」
海軍元帥「ルールの岩盤となる、無口な裁定者。Judex」
提督「思想を検問にかけるのか……」
海軍元帥「いいや、そんな御大層な代物じゃない。このプログラムの果たすルーチンは限りなくシンプルだ」
海軍元帥「自己を含んだ周辺環境への利益を最大化するよう、行為させる」
海軍元帥「そして利益定義はこうだ。『人類』」
海軍元帥「私自身がとても興味深く感じたのは、この出力結果はあくまで艦娘自身の合理的判断能力に依存している点だ」
海軍元帥「命令の抽象度が高い分、下位の領域に関して予期せぬ振る舞いはいくらでも生じるが、目下のところ運用に問題点は見出されなかったようだな」
海軍元帥「だが危惧されたこともあった」
海軍元帥「祖国を背にして戦った記憶を持つ彼女たちが守るべき人類を見失ったら、暴走するのではないか? という懸念だ」
提督「人類の不在を悟らせたくなかった、と?」
海軍元帥「結局この措置はどちらに関しても都合が良かったのだろう」
海軍元帥「情緒形成には他者が絶対的に必要だ。だが異能兵士として育てるにあたりその因子を2つも摘んだ我々旧人類は、君たちの自己認識を配慮するにあたって艦娘の実像を遠ざけた」
提督「…………」
海軍元帥「一方で彼女たち艦娘の人格は、妖精による構成だ。そして何より、彼女たちは情操教育というものを施されていない」
海軍元帥「成長なしに既に完成されている歪な記号的人格を、あらゆる倫理的側面における脅威と思った研究者が仮にいたとして、私はそれを疑問視しないだろう」
海軍元帥「たとえ根底的には理性の怪物であったとしてもな」
海軍元帥「特に定義は中枢に位置する重要な概念だ。揺らいではならない」
海軍元帥「しかし艦隊を指揮する司令官は旧人類。艦娘の暴走は最大の危機と考えられるだろう。君たちと違い、我々の肉体は脆過ぎる」
提督「……奇妙に感じてはいたが、まさかこんなことが罷り通っていたとは」
海軍元帥「仕方なかったのだろう。提督となって20年以上経つ今でもそう思うよ」
海軍元帥「そしてひとたび海域制圧に海に乗り出せば、今度は原典のドロップ化が起こった」
海軍元帥「鎮守府の異常空間化が加速的に進む中、人類の手を離れた艦娘の各個体に対して利益定義を逐一覆すより、提督になるべき人間を予め選定し、鎮守府ごと情報統制を掛けるようにシフトしていったようだ」
海軍元帥「結論から言えば統制にはあまり意味はなかったのだろうが、それがわかったのもかなり後になってのことだった」
海軍元帥「彼女たちに『艦娘とは何か?』という問いを規制するわけにもいかないからな」
海軍元帥「私の経験上、長く戦い、“人間”と関わりを持った艦娘は自力でその答えに辿り着くこともあったが……」
海軍元帥「しかしその自己認識によって致命的な変異は起こらなかった」
海軍元帥「むしろ艦娘から君たちへ規約が推移しているかどうか、ということの方が問題だった」
海軍元帥「まあそれすらも杞憂に終わったようだが……」
提督(この違和感は……)
提督「……そうか」
提督(あの2人は、どんな答えを出したのだろう?)
提督(すべてを知ってなお、指環をつけてあの男に追従するというのか……)
提督(或いはそれすらプログラムによって保証されているということか)
提督「大和」
大和「はい」
提督「君はここまでのことを知ってもなお、誰も恨まないのか?」
大和「私が誰かを恨むとすれば、それは仲間を沈めていった深海棲艦だけです」
提督「君たちは戦争の道具であると同時に、子を生む人形だそうだ」
大和「解体された艦娘は戦いに寄与しなかった者、言わば役立たずです」
大和「ただ処理をされるよりはマシというものでしょう」
Вер「如何なる意味であれ、私たちは人の記憶ではなく“艦の記憶”をその起源としている」
Вер「道具たる私の魂の寄る辺は、元々はそこにしかない」
提督「……なるほど」
提督「だ、そうだが?」
海軍元帥「先程も言ったはずだ。君に施した処置は私の杞憂だったと」
海軍元帥「今の君の疑問はわかる。そしてそれにはこう、答えられる」
海軍元帥「これからの艦隊司令官は、君たち新人類から輩出されることになるだろう、と」
提督「!」
提督(これは……………………)
提督「『合格だ』とでも……?」
海軍元帥「その言い方がお気に召すというのであれば」
提督(ふざけやがって……!)
提督「お前は俺たちのことを一体どう感じているんだ!?」
海軍元帥「どう……と聞かれてもな」
海軍元帥「艦娘が生命の系譜に存在しない一方で、君たちは生命としてはおよそ完全と言って差し支えない存在だ」
海軍元帥「確かに、それについて羨望という形で差別意識を持っていたことも認めよう」
海軍元帥「だが、君たちは最終的にそれすらも承認するはずだ。私はただ、一人の人間として、人類のさらなる繁栄を願うよ」
提督「………………」
海軍元帥「……さて、私が教えられることの大枠の部分は話した。これ以上は細かい話になるが……」
海軍元帥「先に断っておくと、私は艦娘と君たちの素性についてしか関知していない」
海軍元帥「これは知っていることかもしれんが、艦娘開発以前の約半世紀以上のことはまずデータがほとんど存在していない」
提督「大樹と関係があるのだろう」
海軍元帥「その予想は妥当なところだな。大方、かつての上層部が抹消したのだろうが、その意図は今を以って不明だ」
海軍元帥「まあそれはいい。そろそろこちらにも質問させてほしい。同時襲撃についてだ」
提督「…………いいだろう」
海軍元帥「今回の事件、端的に言って異例のことだ。詳細は後で確認する。今私が問いたいのはそのことではない」
海軍元帥「……複数の艦隊を狙うようにして深海棲艦が出現した原因に、何か心当たりは?」
提督「……今のところは何とも」
提督「順当に考えれば何らかの形で深海棲艦に我々の情報が漏れた、ということになるのだろうが……」
海軍元帥「その線で洗えそうなのか」
提督「善処しよう」
海軍元帥「そうか。調査は早急に頼む。奴らが何者かは依然としてわからんが、漏洩は由々しき事態だ」
海軍元帥「私は私にやれることをやるよ」
海軍元帥「報告を、期待している。行くぞ」
ガチャ
提督「……」
陸軍大将「…………」
提督「あんたのことは、兄か、或いは親のようにも思ったことがないわけではない」
提督「それは、間違っていたのか?」
陸軍大将「……わからんな」
陸軍大将「だが親心のそれかどうかを別としても、期待があったのは事実だ」
陸軍大将「元帥殿がいなくなれば、上に立つべきは間違いなくお前だ」
陸軍大将「実情が何であれ、人類は陸と海とで、戦いを続けなければならない」
陸軍大将「いつになるかはわかんらんが、元帥殿の艦隊を引き継ぐこともあり得る。それは覚悟しておけ」
提督「…………」
提督「あんたも、俺たちを羨んだ口か?」
陸軍大将「……人間の精神性を受け継いだとしても、規格の違いはそのまま実存の違いに直結するはずだ」
陸軍大将「比べるだけ無意味だろう、と、私は思う」
提督「あんたらしい答えだな……」
陸軍大将「……また会うことになるだろう。ではな」
ガチャン
提督「………………」
提督(まったく…………。何なんだ……これは……)
提督(今俺がすべきことは、何だ……?)
提督「…………」
提督「そんなこと、もう、決まっている」
提督(だが、少しだけ……)
ソファに身を沈める。天井を仰いで目を閉じ、息を吐いた。
今し方溜まった心の澱が、静かに消えていく。
過酷な時だった。だがゆえに、折れることは許されなかった。
心が空になると同時に、神経が研ぎ澄まされていく。
思考が纏まりを帯びていく。
これまでの艦隊指揮でも、ここまで気迫を込めたことはあっただろうか。
自分の身の上。今後の趨勢。
どれも熟慮を必要とする、大きな問題ではあった。
しかし今はそれらよりも遥かに重要なことが、目の前に横たわっていた。
提督(あの元帥の手前、ああは言ったが……)
提督(今の俺には、確信がある)
提督(……この限定された海域での同時多発的な深海棲艦の活性化)
提督(問題はその活性化を俺たちが正確に観測出来たということ)
提督(つまり、こちらの各艦隊の行動が把握され、予測され、それに基づいて深海棲艦は艦隊を出撃させたということだ)
提督(並びに今までに、このような現象は確認出来なかった)
提督(それは即ち、深海棲艦は恒常的にこちらの行動を把握しているわけではないということを意味する)
提督(もし仮に、今までのこちらの行動が筒抜けで、今日まで泳がされていたのだとしたらそれも不可解だ)
提督(それならこんなに荒っぽいやり方ではなく、周到に行動を起こすはずだ。結果だけならあまりに杜撰過ぎる)
提督(いずれにせよ、こちらが外的に深海棲艦の行動を見るのと同じように、向こうがこちらの行動を把握していたとは考えられない)
提督(そして何より………………)
提督「つまりは……」
提督は徐に部屋の隅に歩み寄り、そこに鎮座する“インテリア”に手を伸ばし、それを撫でた。
カチャリ、という音と共に、冷たく重い感触が掌に収まる。
長く同じ時を過ごした相棒ではあったが、今再び手にしたそれは提督を暗澹たる想いに突き落とすだけでなく、
彼に、かつての冷徹な覚悟と、闘争に必要な熱量を取り戻させるための助力を惜しまなかった。
ふと、窓から外を眺める。
僅かな驚きと共に、目を開いた。
テラスへ。
――テラスへ行こう。
そこで、彼女は待っている。
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