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元スレ照「ドーモ。スガ=サン。バカップルスレイヤーです」京太郎「!?」
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――宮永家、夜。
「最近、学校とかはどうなんだ?」
食事をとる時は、誰にも邪魔をされず、自由で救われていなければならない――そう照は思う。
程度の差はあるものの、誰だってそう思う筈である。
ただ、静かに食事をとる必要があるかと言えば、必ずしも全てに当てはまらないだろう。
何事にも、例外というものは存在するのだ。
例えばそれは、家族の団欒であったり、友人達との何でもない様な会話であったり、食事に花を添える要素は多種に渡ると、照は考える。
つまりは、時と場合によるというやつ。
ならば、この唐突な父の問い掛けはどうなんだろうと、照は思索を巡らした。
料理を食卓に置き、本日は仕事で遅くなるという母以外の全員が揃い、合掌した後、いざという段になって、いきなりコレだ。
……まず多少なりとも食べてからで良いのでは。
……そもそも、私と咲どちらに向けて言ってるのだろう。
照がそう思いつつ、咲を見れば、妹も父に特に答える事なく、フォークを手にしている。
では自分も……と、ソースが飛び散らぬよう、スプーンとフォークを用いてパスタをくるくると巻いた。
テーブルマナーからは外れた行為であるが、父であるし別に構わないだろうとの判断である。
今晩の夕餉は、咲と照が一緒に作った料理だった。
パスタの具材はベーコンと茄子。
これらは、オリーブオイルで焦げ目が軽く付く程度に炒めている。
ソースはアーリオ・オリオ――オリーブオイルでニンニクを弱火で加熱したオイルソース――をベースにしたトマトのソースだ。
パスタを口へと運ぶ。
火を通したトマトのまろやかな酸味。
硬すぎず柔らかすぎず、程良いパスタの食感。
そして食欲をそそるオリーブオイルとニンニクの風味。
思わず――照の頬が綻んだ。
合作故か、なかなかな出来栄えだった。
妹曰く、ソースの調味でブイヨンだけではなく、隠し味で薄口醤油を使うのがポイントとの事。
だからだろう、洋風ながらも、どこか懐かしい味わいに仕上がっている。
自分一人では、この味は出せなかったかもしれないと思う。
照は料理が下手ではないのだが、腕前において妹よりはやや劣るのだ。
……まこと醤油は日本の心。
うむと頷き、続いて焼いたバケットに手を伸ばす。
パスタのソースを僅かに付け食べると、これまた良く合う。
箸休めには、ドレッシングのかかったシザーサラダ。
上には、温泉卵が乗っている。これを崩してサラダに絡めると、とろっとろで美味しいのだ。
もきゅもきゅと食べながら、照は幸せであった。
人間というものは大抵の場合において、美味しい食事があれば些細な事など吹き飛んでしまうものなのである。
「娘達が無視する……」
暫くの間黙々と食事をとっていると、どんよりとした雰囲気で父が零した。
どうやら先程の問いは、照と咲両方に向けてのものだったようだ。
確かに無視する形になった――食べていたらどうでも良くなった――のは申し訳なく感じるものの、照的には非常に鬱陶しかった。
まあしかし、このまま放っておくわけにもいかないだろうと、照は思い、食事の手を止めた。
「特に変わった事はないかな」
そう父に告げ、お冷を一口。
照としては、そうとしか言い様がなかった。
本当に、特別変わった事がないのだ。
勉強についていけないとか、友人関係で悩んでいるとかもない。
そもそも仮にあったとしても、父に相談する前に友人なりに相談するだろう。
「そうか――咲はどうだ?」
父がちらりと咲に視線を向けた。
「ん、普通だよ」
逡巡せず、すぐさま答える咲。
また出た普通。日本人が好きなアレである。
照が思うに、それは答えになっていない。
「部活とかはどうだ?」
「特に困ってないかな。新入生の娘とも上手くやれてると思う」
父の再度の問いに、咲がサラダをつつきながら応じる。
「それに、和ちゃん――部長も頑張ってるしね」
「ふむ、そうか…………ああ、そういえば」
重々しく頷いた父が、さも今思い付いたといった様子で、口を開いた。
「須賀くん――あの子も麻雀部なんだったか? ほら、小学生の時から咲と同じ学校だった子」
一瞬、そうほんの一瞬、咲が眉をぴくりと動かした。
……ああ、それが父の本命か。
照はそう直感した。要するに今までは前振りだったのだろう。
さて咲はどう答えるつもりなのかと思いつつ、バケットを一口齧る。
「そうだけど――うん、京ちゃんとも仲良くやれてると思うよ。同じ部活だし」
咲はすらすらと答えた。
「何かあったりは――」
「特にないかな。いつも通りふつーだよ。うん、ふつー」
咲の言葉にきっと嘘はない。
いつからのいつも通りかを、明言してないだけだろう。
「二人で遊びに行ったりは――」
「うん、麻雀部の友達と一緒に出掛けたりもするよ」
『も』するよ――なるほど、これまた嘘ではない筈だ。
「……たまに作ってる、あの二人分の弁当は――」
「和ちゃん、優希ちゃんと約束して、食べたりしてるからね」
「……ならいいんだけどな」
諦めた様子の父の一方で、照はそっと目を伏せた。
咲が特に動揺した様子も見せないあたり、流石だと照は思う。
このあたりの外面は、咲も照と同様、母親から受け継いだのかもしれない。もしくは麻雀で鍛えられたか。
……まあ何にせよ、変に拗れずに済んで良かった。
照は一度ふうと息を吐き、食事を再開するのであった。
□■□
――こんこんと、二回部屋のドアがノックされる。
照はベッドに腰掛け読んでいた文庫本――『春琴抄』から面を上げ、ドアの方を見遣った。
「おねえちゃん、お風呂空いたよ」
ドアを開け、現れたのはパジャマを着た咲だった。
風呂上がりの紅潮した頬に、タオルを頭に巻いたままという格好である。
「ん……あと少ししたら入る」
そう答え、再度本へと目を落とす。
一度読み始めたら、一気に読み終えたいタイプなのだ。
終盤に差し掛かっているため、そう時間は掛からないだろう。
「…………」
普段ならば、一言声を掛けた後、部屋をあとにする咲が何も言わない。
おそらく、部屋に一歩踏み入ったままで止まっている。そう気配で判る。
「咲……何?」
「おねえちゃん、ちょっといいかな?」
「うん、いいけど」
照が了承すると、咲はドアを閉め、照の隣へ腰掛けた。
「え、えっとね……さっきはありがと」
「……何が?」
照は要領を得ず、まじまじと咲を見た。
「お父さんに、京ちゃんの事何も言わなかったでしょ」
「ああ――そんな事」
照としては、口を挟む必要性を感じなかっただけだ。
しかし、妹が父に言わなかった事に関して、疑問を覚えないわけでもない。
「どうして父さんに言わなかったの?」
「あー……うん、お父さん、昔からちょっと京ちゃんに思うところがある感じというか……多分悪印象を持ってるわけじゃないんだけど……」
……どうせあのバカ父は、娘可愛さに咲の近くにいた男子を目の敵にしていたのだろう。
見苦しい事この上ないが、男親というものはそういうものかもしれないと、照は思う。
「お父さんにはタイミングを見て言おうかなって……お母さんにはバレちゃってるけど」
「……咲が付き合ってるって、母さんは知ってるんだ」
「うん、私が選んだなら大丈夫だろうって笑ってた」
父と違って、おおらかな事である。
確かにあの母ならそう言うだろうと、照は納得した。
それと同時に、はにかみながらも嬉しそうに――そう本当に嬉しそうに微笑む咲を、少しだけ羨ましく感じた。
恋に恋する年頃というわけでもないが、照だって、いわゆる乙女的な憧れは持っている。
先程まで読んでいた本ではないが形は色々あれど、想いを寄せ合う相手がいるのは、きっと幸せなのだろうとも思う。
「……咲、ちょっと訊いてみたいことがある」
「何、おねえちゃん?」
小首を傾げる咲に、照は僅かに逡巡した後、口を開いた。
「その……須賀くんと咲は昔から知り合いだよね?」
「あー、うん……もう初めて会って八年かな」
「……そんなに長くいて、嫌なところとかないの? 好きなところだけ?」
照が訊きたかったのは――この前の冗談めいた惚気ではなく、真実の部分だ。
人という生物は、善悪あるものだと照は知っている。
鏡という稀有な特性を持つ故に、理解してしまっている。
どんなに好意をもっていたとしても、我慢出来ない部分もあるだろう。
相手と接した期間が長い程、良いところを、しかし悪いところを知らざるを得ない筈だ。
本という虚構の世界でなく現実の世界において、それを知っても尚――――。
これは…「同じクラスになったの」は中学からって事なんじゃろか
照の言葉に、咲がきょとんとした表情を向ける。
そして、考えを纏める様に一度視線を落とし、ややあって再度照を見た。
「……えっとね、おねえちゃん、京ちゃんのことは好きだけど、嫌いなところだってあるよ」
咲の榛色の眸には、真摯な色が浮かんでいた。
「腕によりをかけてお弁当作ってるのに、嫌いなものにはちっとも手をつけないの。バランス良く食べないといけないのに……そんな京ちゃんは嫌い」
……まあ、誰だって好き嫌いはある筈だ。
照だって出来ればプリンだけ食べていたい。無理であるけれども。
「昔っからだけど、胸のおっきな娘がいたら、デレデレして鼻の下を伸ばす京ちゃんが嫌い」
どうやら宗派が変わったというわけではないらしい。
つまり巨乳が好きと咲が好きは両立するという事なのだろう。
好きの方向と強さが違うというやつだ。
「何かにつけて、私を子供みたいに扱う京ちゃんが嫌い。誕生日から言えば私がお姉さんなのに……」
それは、本とかで良くある男の意地というやつではないだろうか。
というか……これも惚気話ではないのか――と照はふと過った。
「本当は優しいのに……時に、酷く怖い目をする京ちゃんが嫌い」
……そういった目をする彼が、照には想像が付かなかった。
そう深く知っているわけではないが、彼の人物像からは外れている様に思える。
「……本当は何かを悩んでるのに。私にそれを言ってくれない京ちゃんが嫌い」
…………。
「でも――京ちゃんのことが好き。大好きなの」
――――知っても尚、大好きだと、咲は言い切った。
「咲、例えば、そう例えばだけど――裏切られたとしても? 酷く突き放されたとしても?」
――過去と重なる。
誰にとは言わず、照は問うた。
咲も誰にの部分を問い返す事なく、すぐさま頷いた。
「多分……ううん、きっと好きなままだと思う」
「……いきなりごめんね、咲……ありがとう」
勘の良い妹が言うのだから、きっとそれは真実なのだろう……そう信じられる。
妹に柔らかく笑みを向けながら――照はそう胸の内で呟くのであった。
【⑤こうして姉と妹の夜は更ける】――了
唐突だが、宮永照には趣味がある。
まず一つ目――在り来たりかもしれないが、読書。
照は、和洋問わず物語に触れる事を日常の一部としている。
いわゆる純文学と呼ばれる類のものから大衆小説まで、興味を引かれた本を都度読んでいくタイプである。
そして二つ目――お菓子を食べること。
こちらも和洋、いやむしろ種類を問わず、何でもいける口であり、照的にライフワークと言っても過言ではない。
たとえば高校一年生の時、近場に美味しい点心を出す店が出来たと聞けば、弘世菫を誘い店へ。
夏場に季節限定の特選宇治金時が出る店があると聞けば、これまた菫を誘い店へ。
ケーキバイキング食べ放題フェアがあろうものなら、なんとしてでも菫を誘い店へ。
そんな感じのスイーツ探求に関するエピソードは、数知れない。
そう、なんといっても甘いの大好きっ娘なのだ。もちろん、プリンイズNo1。
尚、余談であるが、菫も照と同じく甘味を好むタイプである。
しかし、照と菫で決定的に異なる点がある。照は太りにくいタイプであり、その一方で菫はそうでないという点だ。
だからだろう、照がスイーツ巡りに誘った際、菫は「ああ……カロリーが」とか「今夜走れば大丈夫だよな……うん」とか、複雑そうな表情でいつもブツブツ零していた。
もちろん照としては、菫を太らそうとしていたではなかった。
菫を誘うこと自体は純粋な厚意かつ一人で食べるよりは友人と食べた方が楽しいからであり、悪意はない。
悪意はないけれども、菫の葛藤を気付かない振りはしていたのだが――まあ、それはともかく。
とある日曜日。
照は書店で本を購入した後、一人商店街を歩いていた。
前述した趣味のためである。
ちょっと変わったケーキ屋が出来たと、友人から以前に聞いていたのだ。
そこは持ち帰りだけではなく、店内のスペースで食べる事が出来、しかも結構美味しいとのこと。
そうなれば、その店に足を運んでみようとなるのは、照の性格からして無理ならぬことであろう。
目的の場所に向かいながら、照はなんとなく昔を思い出した。
……高校の時は菫や、虎姫の皆と良く評判のお店に行ったっけ。
……夏休みに入れば東京へと顔を出すつもりであるから、その時に菫やかつての虎姫の面子でスイーツ巡りに行くのも良いかもしれない。
……うん、そうしよう。菫達に連絡しておかないと。
照が夏休みに思いを馳せ、予定を決めた時、ちょうど目当ての店へと辿り着いた。
駅前にある商店街、そのメンストリートからやや外れた雑多な店が並ぶ裏通りの一角。
そこには、見た目からして、いかにも西洋風の喫茶店といった風情の店が居を構えていた。
店の名前は『A Taste Of Honey』。
日本語で蜜の味との名を冠したケーキ屋だった。
軒先にはイーゼル――木製の三脚――が置かれ、本日のおすすめメニューが書かれた黒板が立てかけられていた。
黒板の内容を上から順に目を通していくと、可愛らしい文字で旬の果物を強調したメニューが並んでいる。
その中に、一際異彩を放っている――花丸を添えられた『パティシエ特製ドッキリケーキ!特価!』との文字。
……一体どうドッキリさせてくれるのだろう。
そんな疑問が頭の片隅にふと過る。
照としては、『旬のフルーツたっぷりプリン・ア・ラ・モード』に最大限心躍っているのだが、ドッキリケーキとやらにも興味を惹かれる。
さて、どうしようか……と、腕を組み、思索に沈もうとした瞬間、後方に人が立ち止まった気配を感じた。
「あ、照さんじゃないですか」
その聞き覚えのある声に振り向けば、明るく金色がかった髪の青年――須賀京太郎がいた。
無地でグレーの首元が開いたカットソーに、襟首から僅かに白いインナーがのぞき、ボトムズはゆったりとしたユーズドのジーンンズといったラフな装いだ。
「……あれ?」
と、照と目があった京太郎が少しばかり驚いた表情をする。
何かおかしいところがあるだろうかと、照は自分の服を確認した。
トップスは、白い薄手の生地を使った長袖のウィングカラーシャツ。首元の第一ボタンは止めていない。
そしてボトムズは、ひざ丈上のややタイトなデニムスカート。
カジュアルで清潔感のある組み合わせ。特別おかしいところは無い様に思える。
「いや服装じゃなくて、ここっす」
照の訝しげな様子を察知したのか、京太郎が自身の目元を指し示す。
「ああ、これ」
照は得心して、掛けている縁無しの眼鏡を一度押し上げた。
「これは単なるファッション。伊達眼鏡」
「前は掛けてなかったですよね……もしかして『roof-top』のあれが気に入ったんですか?」
図星を突かれ、照は京太郎から目を逸らした。
当てられたからといって何が悪いというわけでもないのだが、なんだか気恥ずかしかったからだ。
そんな拗ねた子供の様にぷい横を向いた照に、京太郎が一度苦笑を零した。
「ま、それはともかく、照さんもこの店に?」
「……『も』というと、須賀くんも?」
照は逸らしていた顔を戻し、京太郎へ質問を返した。
「ですです。美味しい店が出来たって聞いたもんで……まあ、こんなとこで立ち話もなんですし、とりあえず入りましょうか」
京太郎は言うなり、特に物怖じしていない様子で、店の扉を開く。
ドアベルの澄んだ音が鳴って、それにやや遅れて、従業員の快活な声が響いた。
「いらっしゃいませ!」
照と京太郎を出迎えてくれたのは、艶やかな黒の長髪を結わえ背に流した、二十代前半に見える若々しい女性。
店名――『A Taste Of Honey』と刺繍が入ったエプロンを付けている。
「えっと、二人ですけど、席は空いてますか?」
「はい、二名様ですね。案内致します!」
京太郎の問いに、黒髪の女性が明るい笑顔で応じて先導してくれる。
狭い店内には女性客達や一組の若いカップルがいたが、近くの広いテーブル席が空いていた。
案内されるがままに照と京太郎は席につき、従業員の女性がお冷を用意してくれると同時に持ってきてくれたメニューを開く。
「今日のおすすめは、苺のミルフィーユ、春の彩りタルト、マンゴーロールケーキ、旬のフルーツたっぷりプリン・ア・ラ・モード、パティシエ特製ドッキリケーキになっております」
メニューを眺める二人に、従業員の女性が愛想よく言った。
「……私は『旬のフルーツたっぷりプリン・ア・ラ・モード』、オレンジティーのセットで」
照としては、『パティシエ特製ドッキリケーキ』は気になるものの、やはりプリン・ア・ラ・モードは捨てがたい。
「んー、俺は」
「須賀くん、ちょっと待って」
京太郎が注文を告げようとした矢先、照がそれを遮った。
「私、『パティシエ特製ドッキリケーキ』を少し食べてみたい」
「はい? もう一個食べるんですか?」
要領を得ない様子の京太郎を、照は真剣な目で見詰める。
「食べてみたい」
「…………」
「食べてみたいの」
「……あー、なるほど」
何かに思い至ったのか、京太郎が頷いた。
照としては無理矢理となると体裁が悪いため、自発的に行ってくれるなら大変助かる。
淑女的に奥ゆかしさは大事なのだ。そして男は甲斐性であるのだ。
「じゃあ、俺はこの『パティシエ特製ドッキリケーキ』で」
「ドリンクはどうなさいますか? こちらのセットメニューで『ブラッディ・アイ』が御座いますが」
「……『ブラッディ・アイ』?」
と、首を傾げた照に、従業員の女性が片目を閉じ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「こちらもおじさん――じゃなかった、マスターと私のおすすめです」
「じゃあ、それで」
「ちょ、照さん……まぁ、いいか」
溜め息を吐く京太郎。
その一方、従業員の女性が二人の注文を復唱して席を後にした。
「……ちょっと意外かな」
「何がですか?」
ふと漏らした照の呟きに、京太郎が反応した。
「ん……須賀くんって一人でこういう店来るんだ、と思って。それになんだか手馴れてる」
「あー、それはっすね……別にいつも来てるわけじゃ……えっと、咲には内緒ですよ」
と、前置きして京太郎がバツが悪そうに続ける。
「まあ、いわゆるデートの下見というか……ほら連れて行ってハズレだと、不味いじゃないっすか」
つまりは、咲のためという事だ。
彼はなかなかマメらしい。涙ぐましい努力であると感じる。
「男一人でこういう店に入るのは正直ちょっと躊躇うものがあるんですけどね……そういう意味で今日は助かりました」
いきなり頭を下げる京太郎。
照としては特に感謝される事はしていないのだが。
「照さんがいたからスムーズに入れましたし……あ、もしかして一人で食べたかったりしました? ほら、結構強引に進めちゃったんで」
京太郎の言葉に、照は表情を変えず、しかし驚愕した。
改めて考えてみれば、いつの間にか二人でケーキを食べる事になっている。
照の主観からすれば、これはかなりのたらしスキルである。戦慄すら覚える。
交際している彼女の姉とはいえ、こうも自然にことを運ぶとは。
「久が言ってた女の子の口説き方を教えたっていうのは本当だったんだ」
「…………はい?」
京太郎がどこか間の抜けた表情をする。
「多分それで咲を陥落させた。納得」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと! 照さん何か勘違いしてません!? ってか口説き方って何!?」
「だって、久が前に須賀くんに女の子の誑かし方を伝授したって言ってた。どんな娘もイチコロよって感じで」
別にそこまで言っていたわけではないのだが、照の記憶の中ではそういう事になっているのである。
実際、照の知る、もしくは京太郎の知るだろう竹井久という人物像からすれば、言いかねないのが恐ろしいところだ。
世が世なら、世界で一番最も多く、女性に面と向かって掛け値なしの本っ気で「死ね」と言われる可能性すら、彼女にはあるかもしれない。
一応補足しておくと、この世界線における竹井久はノンケである。そういう解釈なので安心して欲しい。
「いやいやいやいやいや! 伝授されてないですから!」
「……そこで慌てるのが一層あやしい」
「何でそんなに冷たい目を!? もしかして照さん的に俺はそういうキャラなんすか!?」
「正直な話、初見の印象だとちょっとチャラそう……これは咲が心配」
「見た目で決めつけないで! 俺は咲一筋ですから!」
「……彼女の姉をケーキでたらしこもうとしてるのに?」
「た、たらしこむって……人聞きの悪い。そんな意図は欠片もないです」
おつおつ
これはやっぱり対人スキルを教えてくれた素晴らしいわた…久姉に須賀くんは感謝するべきじゃないかしら
これはやっぱり対人スキルを教えてくれた素晴らしいわた…久姉に須賀くんは感謝するべきじゃないかしら
心外だ、と言わんばかりに眉を寄せる京太郎に、照は頬杖をついて胡乱げな眸を向けてみた。
「本当?」
「本当の本当っすよ。天地神明、八百万の神様に誓ってもいいですね。特に瀬織津比売あたりに」
瀬織津比売と言えば、宇治の橋姫神社において橋姫と習合している神様である――それはともかく。
テーブルを挟んで、打てば響くという具合で応じてくる京太郎がなんだか面白くて、照の内側からふつふつと悪戯心が湧き上がってくる。
久の事を悪く言えないなと思いつつ、照は心の赴くままに言葉を投げた。
「そう――――それは私に魅力が無いって受け取ってもいいのかな」
「……えっ?」
テーブルへと視線を落として悲しげに演技する照に、京太郎が一瞬硬直する。
「あ、いや。別にそういうわけではなくてですね」
「ちょっとショック」
ダメ押しで悄気げた風を演出してみる。
「……あー、えっと、その何と言うか……うん……照さんは可愛いと思います。眼鏡も似合ってますし」
真面目ぶった様子で、腕を組みうんうんと頷く京太郎。
目まぐるしく変わる彼の表情が、なんとなく照に後輩――大星淡を思い出させた。
「ほら、やっぱり口説いてる」
「あれっ!? これってもしかして、俺嵌められた!?」
酷く愕然とした風情の京太郎に堪えられなくなり、照は思わず僅かに吹き出してしまう。
続け様に、京太郎から顔を逸して、口元を手で隠した。
……頬が熱い。
面前で吹き出すという端ない行いに、顔に血が上るのを自覚した。
非常に珍しい状況だ。
鉄面皮めいた普段からすれば、表情をこうまで崩す照は稀であった。
そんな見るからに取り繕うとしている照を見て、京太郎が溜息を吐いた。
「……俺って年上にイジられる宿命でも背負ってるのかな」
その様な印象を抱くのは、きっと主に誰かさんのせいだろうと、照は思う。
しかし口ではこう言いつつも、京太郎は久に対して、悪感情を持っているわけではない筈だ。
以前の『roof-top』における二人の遣り取りもそうだが、照が見るところでは、何だかんだ言って仲の良い先輩後輩の関係である。
それは両者の言動の節々に現れていた気安や表情から判断が付く。
接し方は違えども、菫と淡の関係性に近いかもしれないとも思う。
「清澄に入ってから、こんなのばっかな気が……」
京太郎が窓の外を見遣り、口を尖らせた。
そんな横目に映る拗ねた様子の彼がこれまた可笑しくて、再度吹き出さないよう照は必死に堪えた。
そうして、笑いの衝動が収まり、落ち着いた頃を見計らい、正面を向く。
「ちょっと悪乗りし過ぎた。ごめんね」
謝罪する照に対して、京太郎がほんの少しばかり目を見張った。
「須賀くん、どうしたの?」
「照さんもそんな風に笑うんだなと思って……それにやっぱ姉妹なんだなと……いや、最初から解ってはいるんですけど改めて」
それは先ほど吹き出してしまった件だろうか。
そして、どうしてここで咲が出てくるのだろう……と、照は小首を傾げた。
きょとんとした様子の、しかし表情を変えない照に対して、京太郎が口を開こうとした瞬間。
「お待たせしました」
と、従業員の女性が、頼んでいた注文分を運んできた。
照の前には、さくらんぼ、キウイ、苺、メロン、オレンジ、パイナップル、マンゴスチンと、形良く盛りつけられプリン・ア・ラ・モードが置かれる。
食欲をそそってくるプリンに対してきらきらと目を輝かせる照の一方で、京太郎が顔を曇らせた。
訂正
×それは両者の言動の節々に現れていた気安や表情から判断が付く。
◯それは、両者の言動の節々に現れていた気安さや表情から判断が付く。
×それは両者の言動の節々に現れていた気安や表情から判断が付く。
◯それは、両者の言動の節々に現れていた気安さや表情から判断が付く。
何故なら、京太郎の前に置かれたのは、おぞましい色彩と名状しがたい形状の物体。
ぱっと見た感じ、それはグロかった。というか、余りにグロ過ぎた。
敢えて形容するなら――緑、青、黒、白、そして昏い血の様な赤が垣間見える何かの肉塊。
「……えっと、これは?」
「これはですね……」
頬を引き攣らせる京太郎に対して、従業員の女性が僅かに胸を反らし得意気に口を開く。
「おじさんと私が一緒にプレイしたバイオハザードを参考にして作った肉塊ケーキです!」
従業員の女性はドヤ顔であった。
……なるほど言われてみればソンビっぽいと、照は納得した。
そう――納得は一応したけれど、この形状はスイーツとしてどうかと思わないでもない。
「そしてこれが『ブラッディ・アイ』です」
京太郎の前に、飲物が……グロい物体第二弾が置かれる。
グラスの中には、透明度の高い赤い液体。
発泡している見た目からして、色付きの炭酸飲料だろう。
ブラッディの名の通り、血を彷彿とさせるものの、これだけならさほどグロテスクではない。
問題があるのは……グラスの底に沈んでいる、やたらとリアリティを追求した物体だった。
端的に言えば『眼球』である。
比喩表現ではない。まさにリアル目玉。
瞳孔や毛細血管のつくり込みが、実に生々しい一品だ。
「ごゆっくりどうぞ」
従業員の女性が感じの良い笑顔を振りまいて、席を後にする。
「照さん……これ食べなきゃ駄目ですよね?」
「うん、駄目」
ケーキを残すなんて勿体なさすぎて、照としては許容出来ない。
即座に頷いた照に、京太郎があたかも絶望した様な顔を向けた。
「ですよねー……まあ食えないものは店で出さないか……」
京太郎が恐る恐るといった感じで、肉塊ケーキにフォークを突き刺す。
そうして、数秒ほど迷った素振りをした後、覚悟を決めたのか、切り分けたケーキを口へ。
「須賀くん……どう? やっぱりゾンビ味?」
「ゾンビ味とは一体……いや、グロい見た目に反してこれは」
そう言い、京太郎が再度ケーキを一口。
「うん、美味い。最初はどうしようかと思ったんですけど、すっごいちゃんとしたケーキになってますよ、これ」
「……ちょっともらっていい?」
照が強請ると、京太郎がケーキの乗った皿を照の方へと押し出す。
「……本当……美味しい」
ゾンビ味とかいう衝撃の味わいではない。
照が拍子抜けしてしまうほど、ケーキの味は整っていた。
緑のスポンジはおそらく抹茶で着色したのだろう、風味からそう判る。
青は着色された生クリーム、黒は甘さ控えめのチョコレート、そして赤は部分によってイチゴとラズベリーのソースが使い分けられている。
スイーツ巡りをして舌が肥えた照にとっても、そのケーキの味は十分な完成度だった。
「……もう一口いい?」
「一口と言わず好きなだけいいっすよ」
……咲の彼氏は人間が出来ている!
初見の印象を棚上げにして、照はそう感動した。現金なものである。
もしも照に犬の尻尾が生えていたとしたら、喜びの余り何度も大きく振っていただろう。
ややあって、照が押し返した皿を見て、京太郎が訊いてくる。
「あれ? もういいんですか?」
ケーキは半分程残っていた。
「うん、私だけ食べるのは良くない」
京太郎の言葉通り好きなだけ、つまり目前で一人全部食べるというのは、照としても気が引ける。
流石にそこまで無神経ではないのだ。
また恩知らずでもないので、もらった分のお礼はしないといけないとも思っていた。
「……ねえ、須賀くん」
京太郎が『ブラッディ・アイ』の眼球一個をフォークに指し、そのまま口に入れた時、照が呼び掛けた。
「はい? ……あ、もしかして照さんもこの目玉を食べたいとか?」
「別にそういうわけじゃない」
「ちなみにこれカルピスゼリーですね……しかし良く出来るなあ」
グロテスクな目玉に感心した様子の京太郎に呆れつつ、照はプリンをスプーンで一口分すくい、京太郎へと差し出した。
「はい」
「えっと……照さん、これって」
「もちろんケーキのお礼」
――プリンを他人にあげる。
それは照にとってマキシマム友好の証である。
実際、かなりレアなシチュエーションだ。
体験した人間は、虎姫の面子等に限られる。
「いや、お礼なのはいいですけど、その……」
照は、今なら久の気持ちが理解出来る気がした。
年下の、それも比較的気安い相手をからかうのは、なんというか非常に楽しい。
よく読む作家の嗜虐と被虐も、こういう感情に通ずるのかもしれないと、ふと浮かぶ。
訂正
×京太郎が『ブラッディ・アイ』の眼球一個をフォークに指し、そのまま口に入れた時、照が呼び掛けた。
◯京太郎が『ブラッディ・アイ』の眼球一個をフォークに刺し、そのまま口に入れた時、照が呼び掛けた。
×京太郎が『ブラッディ・アイ』の眼球一個をフォークに指し、そのまま口に入れた時、照が呼び掛けた。
◯京太郎が『ブラッディ・アイ』の眼球一個をフォークに刺し、そのまま口に入れた時、照が呼び掛けた。
「須賀くん、ほら食べないと」
「……マジっすか? マジで食べないと駄目?」
「うん、駄目」
照が対メディア用の朗らかな笑顔で告げると、京太郎は抵抗を諦めたのか、差し出されたプリンへと素直に口を開く。
「はい、あーん」
京太郎の口内へプリンを乗せたスプーンが到達し、口が閉じられたその時、京太郎が目を見開いた。
それに数秒遅れて、照の背筋に言い知れぬ悪寒が走る。
「…………」
押し黙りスプーンを口にして固まったままで、急速に顔色が悪くなっていく京太郎。
おそらく照の後方、店の入り口を見て硬直しているのだろう。目は見開かれたままで、視線は固定されいる。
その視線の先を追って、照が振り向けば――店の入り口には、咲がいた。
妹の目は確かと京太郎をとらえ、その眼差しは氷結地獄もかくやと言わんばかりの冷たさだ。
これは不味いと、照の第六感が危険を告げてくる。
慌ててスプーンを引き抜いた。
やがて、従業員の女性に先導された咲が、店内のスペースを進んでくる。
よく見れば、茶色をツーサイドアップにした小柄な娘と、桃色の髪をサイドテールにしたすこぶる豊満な胸部を持つ娘も一緒だ。
ちなみにその豊満な娘の方の胸は、美穂子すらも容易く凌駕していた。実際凄い。
何を食べればそこまで育つのか、照としては不思議で仕方ない。
彼女達もIHで見た覚えが、照にはあった。
確か、胸部が圧倒的な桃色の娘が、原村和。胸部が慎ましい……いや平坦な方が片岡優希だ。
訂正
×おそらく照の後方、店の入り口を見て硬直しているのだろう。目は見開かれたままで、視線は固定されいる。
◯おそらく照の後方、店の入り口を見て硬直しているのだろう。目は見開かれたままで、視線は固定されている。
×おそらく照の後方、店の入り口を見て硬直しているのだろう。目は見開かれたままで、視線は固定されいる。
◯おそらく照の後方、店の入り口を見て硬直しているのだろう。目は見開かれたままで、視線は固定されている。
乙
いやあワクワクする展開になってきた
このまま本当にバカップルスレイヤーになるのか…いやいやそんなバカな
いやあワクワクする展開になってきた
このまま本当にバカップルスレイヤーになるのか…いやいやそんなバカな
もっぱつ訂正
×よく見れば、茶色をツーサイドアップにした小柄な娘と、桃色の髪をサイドテールにしたすこぶる豊満な胸部を持つ娘も一緒だ。
◯よく見れば、茶色の髪をツーサイドアップにした小柄な娘と、桃色の髪をサイドテールにしたすこぶる豊満な胸部を持つ娘も一緒だ。
×よく見れば、茶色をツーサイドアップにした小柄な娘と、桃色の髪をサイドテールにしたすこぶる豊満な胸部を持つ娘も一緒だ。
◯よく見れば、茶色の髪をツーサイドアップにした小柄な娘と、桃色の髪をサイドテールにしたすこぶる豊満な胸部を持つ娘も一緒だ。
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