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    元スレエリカ「あなたが勝つって、信じていますから」

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    151 :

     ジムリーダー。それは、栄光を目指すポケモントレーナー達の登竜門。

     あるときは高き壁として。あるときは次への踏み台として。またある時は良き友として、ポケモンとトレーナー達に戸を開けて栄光への道を示す。

    (私はその職務を、全うしていると思っていました)

    「フシギソウ、はっぱかったー!」

    「クサイハナ、しびれごな」

     タマムシジムにエリカが赴任してから、その人柄とポケモントレーナーとしての強さを慕い多くのトレーナーがジムに集まってきた。

     ポケモンと過ごす日々に不満などあろうがはずがなかった。うまくいかない苦しみも絆ある仲間と共に立ち向かえば、心暖かな喜びへの途上に変わる。

    (そう確信していた。だのに、圧倒的な力の前に積み上げてきた努力と絆が全て無力であったと証明された。タマムシの危機の前になにもできず、私の心は、泣き崩れていた……)

    「クサイハナ、はなびらのまい」

    「ひるむなフシギソウ! つるのムチ!」

     しびれて動きが鈍るフシギソウに、クサイハナが猛然と襲いかかる。エリカはまだ、戦うクサイハナを直視していない。

    (手の震えは未だに止まらない。あの時、サカキの圧倒的な力の前に蹂躙される仲間の姿が瞼の裏に焼き付いて離れない。悲鳴が耳から離れない。私が戦う選択をしなければ、私のポケモン達が傷つくことはなかった!)

    「よく耐えたぞ! やどりぎのタネ!」

    「クサイハナ。すいとる」

    (私のやり方は間違っていたのか。もしジムのトレーナー仲間たちがサカキと出会ったら、勇気を持って立ち向かう。だけどその結果……)

     傷つき倒れていく仲間が脳裏にフラッシュバックする。勇気でなく無謀。勇者でなく愚物。果ては諦念と悲劇の墓石。

     わかっている。わかっているはずなのに。

    「クサイハナ、メガドレイン」

    「フシ!?」

    (私はどうして、まだ戦っているの?)

    152 = 151 :

     草ポケモンの扱い方の差は、段違いだった。クサイハナは闘いながら自ら回復して、戦うにつれて活力を増していく。

     対してフシギソウは、クサイハナの緩急つけた戦いに翻弄され、既に満身創痍。

     その姿が、かつて敗北した時のエリカのポケモン達に重なる。

    「……もう、降参なさい。フシギソウに勝ち目はありません」

    「まだだ……!」

    「! ポケモンが傷ついている事がわからないのですか? 勝ち目のない戦いにポケモンを付きあわせても、それはトレーナーのエゴでしかありません!」

     エリカには闘志が戻り始めている。しかしその叱責には、涙が混じっていた。愚かな自分がたどった道を、前途有望な、大切なレッドに歩ませたくない。

     それでもレッドの闘気は、いや、レッドとフシギソウの闘気は、さらに輝きを増している。

    「フシギソウが戦いたいと言っている。俺の魂が勝ちたいと叫んでいる。その心意気があれば、自分たちの限界を超えることができるっ」

    「そんなこと……!!」

    「俺があの時サカキに勝てたのは! あなたが思い出させてくれたからだ。俺の心に雨が降っていたあの日に傘をさして、光射す道を示してくれたからだ! 多くのポケモンとトレーナーと出会い、絆が形作る素晴らしい世界の扉を開いてくれたからだ!!」

    「!!!!」

    「俺達は決してあきらめない。ポケモンとトレーナーが織りなすこの世界で、真実の絆が、心震える真の強さを花開かせるまでは!!」

     フシギソウが傷ついたからだを揺り起こし、底なしの闘気を眼光に宿らせる。蕾が、光を放っている。

     そしてゆっくりと開花する。

    「……戦っているさなかに、進化……!? っはなびらのまい!」

    「これが、俺達の! 築いてきた絆の力だ!! ソーラー!、ビームウウウウウ!!!!」

     花から放たれた、夜を照らす太陽の光。それが完全に発射しきる前に、クサイハナが相手の花弁へ突撃する。

     しかし、その光は一切勢いを弱めることなく、輝きを増していく。

    「行けえええええ!!」

    「っ!!」

     激しい爆音と発光があたりを覆い、レッドとエリカは自分たちのポケモンを見失う。

    153 = 151 :




    『これが、私の初めてのポケモン……!』

    『ナゾ~』

    『私はエリカともうします。あなたとはいい関係を築きたいですわ』

    『ナゾ?』

    『ふふ、さあ共に頑張っていきましょう。これから一緒に。新しい世界に……』



     静寂と砂塵の先、光の中心だった場所に、2体のポケモンが倒れている。

     レッドとエリカがすぐに近づく。どちらも満身創痍、立てる状態ではないのがすぐわかった。だが……。

    (こんな、満ち足りた顔が……)

     決して思い込みではない、2体のポケモンは最高の戦いができた喜びで、安らかな顔をしている。

     そして愛する主人に2体とも気づき、目を開けて鳴き声をもらす。

    「よく頑張ったな、フシギソウ」

     レッドが抱えげ、回復を施す。

    「! あっ……」

     フシギソウの蕾は閉じていた。あの時エリカには確かに開いたと思ったのだが……。

    (いえ、開いたのでしょう。レッドさんの気持ちに応えて……)

    「頑張りましたね、クサイハナ」

    「ハナ……!」

     本来悪臭を放つはずのポケモン、しかし今は芳しく、花畑にいるかのような甘い匂いを放っている。それがクサイハナの今の気持ちを雄弁に物語っていた。

     エリカもクサイハナに回復を施す。

     熱い健闘。二人は相棒を誇りながら視線を交わす。

    「エリカさん。ポケモンが戦いの経験で強くなるように、ポケモントレーナーもポケモントレーナーとの戦いで強くなれる。俺達はどこまでも、無限に高みへ行ける」

     レッドがエリカへ手を差し伸べる。

    「生きとし生けるもの全てが持つ可能性……。私は、こんなに当然で大切なことを、一時の敗北で忘れてしまっていたのですね……」

     エリカがレッドの手を両手で包み、胸元に抱き寄せて、瞳から頬を伝った雫を落とす。

    「俺の中の弱さを認め、一歩進む勇気を与えてくれたのはエリカさんだ。そのおかげで、俺はここまでこれた」

    「レッドさん……!」

    154 = 151 :

     エリカが涙を拭い、なんとか顔を引き締めて、レッドへジムバッチを差し出す。

    「……どうか、どうかこれを、受け取っていただけますか。」

     差し出されたのは雨上がりにかかる光の架け橋の証、レインボーバッジ。

    「はい。ありがたく、光栄に思います!」

     レッドはエリカの前でジムバッジを身につける。そこには既にグレー、ブルー、オレンジのバッジがレインボーバッジと共に輝きを放っている。

     それを見て、またエリカから涙があふれ、たまらず顔を下に向ける。

     あの日出会った少年が、こんなにも……。

    (ああなんて)

    「……レッドさん……。あの日、ひっく、あなたに会えた事は」

     エリカが顔を上げ、レッドへ向ける。くしゃくしゃの顔で、なんとか微笑みを作る。

    「私が生きてきた中で、一番の、幸運です……!」

    「エリ……!」

     エリカがレッドの腕の中に飛び込み、レッドの首へ腕を回して泣き声をあげた。

     レッドは戸惑い、顔を赤くしながらも、彼女の役に立てた喜びと嬉しさで顔を綻ばせ、彼女を優しく抱きしめる。

     そんな二人を、フシギソウとクサイハナは誇らしく見上げていた。

    155 = 151 :

     翌日の昼下がり。

    「おいしい水でいいの? エリカさん」

    「ええ」

     ガコンと、タマムシデパート屋上の自動販売機はサイコソーダが入った缶ジュースとおいしい水が入った缶ジュースをはき出す。

     レッドとエリカ並んで二人ベンチに座り、缶ジュースを空けて口につけ、そして空を見上げた。

    「今日は有難うエリカさん」

    「いえいえ。私も楽しかったですから」

     エリカに案内されて多くの買い物をしたレッドのカバンはパンパンだった。後で整理しないといけないだろう。

     買い物の最中はいつも楽しく会話して時を忘れるほどだったが、今は二人沈黙している。しかし決して居づらくはない。お互いがそばにいる、それだけで安心できる時間。

     しかし、それももう長くはない。レッドの旅は、やっと折り返し地点に差し掛かったばかり。

     エリカはそれを十分に理解していた。名残惜しい気持ちを誤魔化さず、レッドへ言葉を紡ぐ。

    「あなたがタマムシに来る前にタケシやカスミ、マチスさんから連絡が来た時は驚きました。熱くて面白いトレーナーが来たと。タケシにはあなたの差金かと冗談交じりに言われ、カスミには何故かライバル宣言されてしまいましたが……」

    「そんなことが……。なんか、恥ずかしい」

    「どうして?」

    「いや、結構ギリギリの時のほうが多かったから。今思えば、もうちょっと皆の気持ちに応えられたかなって」

     レッドは腰のモンスターボールを軽く叩く。

    「ジムバッジを得られたのだからもっと胸を張っていいんですよ。じゃないと、まるでバッジを託した私達が見る目がないみたいじゃないですか」

     エリカが目に見えて拗ねる。

    「ごっごめんなさい!! そんなつもりは……!」

    「ふふっ、冗談ですよ。あなたのもっと強くなりたいって想い。わかってますから」

    「……はは、敵わないな」

     お互いが笑みをこぼし、ゆるやかに静寂が訪れる。

     寂しげな一陣の風。もう、行かなくてはならない。

    156 = 151 :

     エリカは最後に、レッドに案内したいところがあると連れ出した。

     そこはタマムシの郊外にある人里はなれた場所。そこから一本道でとなり町のヤマブキに行けるが、エリカはさらに道を外れ樹木森林の間の小道に入る。

     エリカのクサイハナが先導し、レッドのフシギソウも後に続く。

     森を抜けると、そこには秘密の花園。エリカとその側近数名しか知らない、草ポケモン達のエデン。

     一面の極彩の花々、レッドも感動し息を呑む美しさだった。

    「あなたを送り出すのは、ここしかないと決めていました。私とポケモン達にとってかけがえのない大切な場所。私がはじめてポケモンの手を取った、始まりの場所……」

     花畑の中、エリカはレッドと手をつなぎ見つめる。

    「ここで私は、もう一度歩き出します。勝ちたいから。自分の中の弱い自分に、もう一度……」

    「……応援しています。あなたならきっと、身につけることができる」

    「ありがとう……レッドさん」

     二人の手が離れる。 

    「それじゃあ、エリカさん」

    「待って」

    (今まで意識してなかったけど、カスミの言っていることは、こういうことだったのね……)

     弟のように思っていた。しかし今は、エリカを支え手をとってくれる、共にいて心温かくなるこの少年のことが……。

     エリカは自身の指を唇に長く当てる。レッドが何をするのかと疑問に思っていると、エリカはその指をレッドの口に優しく押し付ける。

     呆然としていたレッドだったが、その意味を悟ると途端に顔を赤くして口をパクパクとさせたあと下を向いてしまう。フシギソウがやれやれと首を振った。

     エリカも最初はそんなレッドを可愛く思っていたが、次第に大胆な事をしてしまったと自覚し始め、結局レッドと同じく顔を赤くして俯いてしまった。

     顔をあげると視線が重なりあい、お互い吹き出して軽く笑い合う。

    「また、会いに来ます。必ず」

    「はい。私もレッドさんと、また……」

     もう一度手を握り合う。名残惜しげに指先が少しずつ離れていく。

     だけど、もう大丈夫。

     エリカは祈りを込めて。レッドは元気な姿を見せて。

    「ハナ~」

    「フシ!」

    「ご武運を。……行ってらっしゃい」

    「はい!……行ってきます!」

     二人の道が交わる、その日まで。

    157 = 151 :

    以上タマムシ編でした。明日からヤマブキシティ編です。

    >>149,150
    私もそれぐらいを想定してこの作品を書いてますね。ポケモンの世界て幼稚園児がポケモントレーナーだったりするんで、皆若い頃から旅に出て成熟が早いんだろうなと勝手に思ってます。

    158 :

    思わず見入ってしまったよ。乙!
    やっぱりエリカさんは最高だ

    159 :

    やっぱメインヒロインはエリカさんやね!

    160 :

    道場激アツなんじゃないのもしかして

    161 = 151 :

    本日はお休みいたします。新話更新を明日には……

    突然ですが、読んでくれた方達にアンケートです。
    今までの話の中で特に気に入った! という話があれば書いていただけると非常にありがたいです。
    この作品だけでなく、頂いたコメントをこれからの話作りに役立てたいと思います。

    それではヤマブキシティ編投稿の時にまた。

    162 = 158 :

    どの話も安定して面白いと思うな
    現時点では強敵サカキ戦からヒロインエリカとの交流が描かれる
    タマムシ編がまあ俺の中ではダントツだな
    それ以外だとクチバかな

    163 :

    エリカとの交流以外だとサカキのポケモンバトルでの強者っぷりが良かったな 
    なんだかんだssだと小物だったりバトル描写ないことが多いから

    164 :

     ヤマブキシティの入り口の関所、レッドはそこに向かう途中、多くの通行人にそこが通行止めになっていることを聞いていた。
     
     しかしどうしても諦めきれず、またそれでも駄目なら、せめていつ開通になるのか直接聞きたいがために関所まで訪れていた。

     レッドが関所まで入ると、やる気のなさそうな警備員が肘をついてこちらを見ている。

    「ダメダメ。今はここは通行止め……あれ、君は……」

    「?」

     警備員がレッドの顔をまじまじと見る。

    「……いや、失礼。今開通になった。通っていいよ」

    「え、本当ですか!?」

    「嘘言ってどうする。早くとおりな!」

     警備員が笑顔でレッドを手招きする。

    「は、はい!」

     レッドもそう言うならばと足早に関所を通り抜ける。

    「……すまねえな。坊主」

     レッドが通り抜けた後の警備員のつぶやきと、すぐさま通行止めになった関所にレッドは気づかなかった。

     ヤマブキシティ。そこは多くの企業オフィスを内包した高層ビルが立ち並ぶ、カントー地方の中心地。

    (……これは、一体? 経済の中心地って聞いてたけど……、こんなに人通りがないものなのかな……?)

     街の大通りはレッド以外人っ子一人いなかった。しかしこの街を初めて訪れたレッドからすれば、今のこの状態が異常なのか正常なのか判断しかねるところだった。

    (……とりあえず、ポケモンセンターとジムに向かおう。そこに人がいないことはないだろう)

     が、レッドの思惑は外れた。ポケモンセンターは臨時休業。その後に向かったヤマブキジムもまた、臨時休業。

    「嘘だろ……」

     レッドは呆然とジムの前で立ち尽くすしかない。

    「おっ! 少年。そこのジムは今日は休みだぞ!」

    「!?」

     突如レッドは後ろから話しかけられた。振り向くと道着を着たガタイのいい男性がいる。

    165 = 164 :

    「えっと……」

    「ふむ、見たところ君はヤマブキジムへの挑戦者だな! しかし休業と知ってどうすればいいか悩んでいると見える」

    「え、ええ、その通りですが……」

    「ならば腕試しに、隣のこちらの施設はいかがかな!? かつて現在のヤマブキジムと覇権を争った格闘道場だ! 旅のトレーナー達を格闘ポケモンのエキスパート達が出迎えるぞ!」

     そう言って道着の男性は誇らしく格闘道場を見上げる。レッドも閑散とした街中で明るく話しかけてくれた男性に対して安心したのだろう。

    「そうですか。それじゃあ、胸を借りたいと思います!」

     トレーナーとして断る理由もない。それに、ポケモンセンターが休業だというならこの街の宿についても誰かに聞かなくてはならないだろう。バトルの後にここの人たちに情報を貰えばいい。

    「それではご案内だ!」

     レッドが入ると、そこには同じく道着を着た格闘ポケモン使い、俗に空手王と呼ばれるポケモントレーナー4人が出迎えた。

     そして外からレッドを案内した空手王も入れて5人。

     さっそくレッドもモンスターボールを構える。

    「押忍! よく来たぞ挑戦者! 俺達空手王5人衆を見事突破してみよ!」

    「わかった。行け、バタフリー!」

    「まずは俺だ。行け、ワンリキー!」

    「バタフリー、サイケこうせん!」

    「ぬお!? 一撃で!?」

     レッドの采配は冴えていた。時に引き、時に怒涛のように攻めるポケモン達は空手王の扱うポケモンを次々に撃破していく。

    「いいぞピジョン! その調子だ。つばさでうつ!」

    「お、オコリザル!? つ……強い……!」

     気づけばレッドのポケモンは一匹も力尽きることなく4人の空手王のポケモンを撃破した。

    「む……! それでは最後は俺だ! 行けエビワラー!」

     最後の空手王が扱うのはパンチのエビワラーとキックのサワムラー。しかし、ジムを4つ突破しサカキとの激戦をくぐり抜けたレッドの敵ではなかった。

    「フシギソウ! はっぱかったー!」

    「……ぐっサワムラー戻れ……。見事だ少年」

    「こちらこそバトルありがとうございました。その、一つ聞きたい事があるんですが、いいですか?」

    「む、なにかな?」

    166 = 164 :

    「この辺で安く泊まれる宿はないでしょうか? ポケモンセンターが臨時休業しててどうしようかと……」

     ポケモンセンターはポケモントレーナーに対して無料で宿を貸している。しかし休業中ならば他に泊まるしかない。

    「……そのことか……」

    「?」

     レッドの言葉に空手王達が皆一様に顔を暗くした。レッドが不安げに問う。

    「ポケモンセンターに、なにかあったのですか?」

    「実はセンターだけではないのだ……。君、この街をおかしく思わなかったかい?」

    「街……? 確かに人がいないなあとは思ってたけど……」

    「本当は昼間もっと賑やかな街なんだ。だけど、ロケット団の奴らが来てから……」

    「ロケット団!?」

     レッドは声を上げる。脳裏に浮かぶは大地のサカキ。あの男のロケット団が、この街にも……。

    「ロケット団が、一体この街に何を!?」

    「この街にあるカントーいちのポケモンアイテム開発企業、シルフカンパニーを占拠したのだ。そこからこの街はロケット団のいいなりになって、街の皆は外に出ないよう戒厳令がしかれてしまったんだ……」

    「なんでそんなことを……!?」

    「おそらくシルフカンパニーの機能を麻痺させ、ポケモンアイテムを独占するのが目的だろう。そうなればトレーナーがアイテムを買えなくなるのはもちろん、センターでの回復も滞ってしまう……」

    「そんな……!? どこまで卑劣な手を……!!」

     レッドは目に見えて怒りを滾らせる。

    「格闘道場の我らとヤマブキジムのトレーナー達もシルフカンパニーの開放のため、奴らに戦いをしかけた。戦いは熾烈を極めたが、ロケット団のある一人の男によって均衡は崩れた……恐ろしい地面ポケモン使いの男だった……」

    (……サカキだ)

    「じゃあ、ヤマブキジムが閉鎖しているのは……!?」

    「ヤマブキジムリーダーナツメは、奴らに人質に取られたのだ」

    「!?」

    167 = 164 :

    「それだけじゃない。我らと共に戦ったポケモンの一部も、奴らに人質に……」

    (なんてことだ……!)

     タマムシでのことなど、まだまだ序の口だったというのか。ロケット団のとどまることを知らない外道ぶりに、レッドの感情が悲しみと怒りに支配されていく。

     しかし、傍らにいたフシギソウはすぐに主の危うい感情を察し、声を上げた。

    「フシ!!」

    「! ありがとうな、フシギソウ」

    (……いや落ち着け俺。感情はあくまで行動の理由でいい。為すべきことを為す時は、頭は冷静でなければ)

     そうレッドが自分を戒めている内に、空手王の面々が一斉にレッドへ頭を下げる。

    「すまない少年! その強さを見込んで、どうかシルフカンパニーのロケット団を倒すのに協力してくれないか!?」

    「み、皆さん……! それを聞いて、断れるはずなんてありません。俺も奴らとは因縁があります。是非こちらこそ協力させてください!」

    「なんと……ありがとう少年。それではさっそく、我らの反攻作戦を聞いてくれ!」

    「はい!」

     作戦は単純な陽動作戦だった。レッドがシルフカンパニーの正面から突入し、ロケット団を引きつける。

     その隙に空手王とジムのトレーナーが裏口から侵入し、捕らわれたポケモンとナツメを救出する。

    「危険な役目だが……頼めるか?」

    「任せて下さい!」

    (エリカさんが受けた傷、そしてサカキとの決着。こんなにも早く精算できる機会が訪れるなんて、願ってもないことだ!)

     レッドがサカキに勝てるかどうかはわからない。しかし、また何時戦えるかもわからない相手だ。

    (今の俺達で、勝つんだ。勝たなくちゃいけない)

     レッドがフシギソウを見つめると、フシギソウも頷いた。

    「それじゃあ、時刻通りに。少年、頼んだぞ!」

    「はい、皆さんも、シルフカンパニーで!」

    168 = 164 :

     レッドは格闘道場を後にする。そのあと、罪悪感に満ちた顔をした空手王達の背後の物陰から、赤いRの文字が書かれた黒い制服を着た男があらわれる。

    「はは、お前ら役者になれるぜ。よくやった」

    「……これでいいんだろう。早く俺達のポケモンを解放してくれ!」

    「ああ。全てが終わったら無事に解放してやるよ」

    「なっ!? 約束が違う!!」

    「おいおい、こっちは作戦の途中でこれは作戦の一部だ。約束が違うなんて場違いな事言わないでくれよ。……人質を取っているのを忘れるな」

    「くっ……」

     空手王の言っていることはほぼほぼ真実だった。彼らが敗北した後、人質によってロケット団の言いなりになっていることを除けば……。

    (すまない……少年!……どうか無事で……)  

     しかしレッドはそんなこと知るよしもなく、シルフカンパニーの前まで来た。

     遠慮の必要はない。レッドは初めて6体全てのポケモンを出現させ、突撃体勢をとる。

     レッドを中心に囲むのはフシギソウ、バタフリー、ギャラドス、ピジョン、ラッタ、カラカラ。

    「行くぞ皆。……ポケモントレーナーとポケモンの絆にかけて、ロケット団を倒す!」

     レッドのポケモン達が一斉に雄叫びを駆け出す。それを見たシルフカンパニー入り口にいた多くのロケット団が驚愕する。

    (エリカさんの想いを受け取った今の俺が、負ける訳にはいかない! この街とナツメさんを救い、サカキを倒す!)
     
     レッド達のやる気と正義が全て筋書きであることは、彼らはまだ知らない。

    169 = 164 :

    今日はここまでです。


    >>162
    ありがとうございます。どの話もというのは本当に嬉しいですね!
    タマムシ編はちょっと長くなりすぎたかなと書いたあとに思ったんですが、特に大丈夫だったみたいでよかったです。

    >>163
    私もサカキはポケスペでのかっこよさが好きで、ポケモンの長編書くなら絶対書きたいシーンだったので気に入って頂いてこちらも嬉しいです。SSだと確かに見かけないキャラですしね……。

    170 :



    ところでエリカとのバトル中にフシギバナに進化したんじゃなかった?

    171 :

    一時的に進化した(ように見えた)けど、バトル終わったら閉じてたんじゃなかったか

    172 :

    勢いでBボタン押しちゃったんだろ

    173 :

    閉じてたか
    見落としてたわ

    174 :

     シルフカンパニービル前は荒れに荒れていた。

    「ラッタ、でんこうせっか! カラカラ、ホネブーメラン! バタフリー、サイケこうせん!」

    「うわあ!? なんだこいつは!?」

    「援軍だ! 人をこっちに回せ! 止まんねえぞ!」

     水流とサイケこうせんが相手を押し流し、ホネブーメランが飛んでは相手の飛行ポケモンを撃ち落とし、つるが地面を砕き葉っぱが敵を切り裂いていく。

     1階ロビーから出てきたロケット団員達が次々にポケモンを繰り出すが、レッドはお構いなしに攻撃を続ける。

    「くそ! 俺のポケモンがぁ!」

    「引け! 引けぇ!」

    (よし、ポケモンが倒れたら引いてくれる……)

     人に攻撃を向ける気がないレッドからすればありがたい。しかし、逆に言えば彼らにとっては戦いにおいて人にポケモン技を向けるのが当然ということでもある。

    (サカキもエリカさんを……! いや、その怒りは後だ)

    「ピジョン、ふきとばし!、ギャラドスたたきつける!」

     二匹のポケモンが一気に敵をなぎ払う。ロケット団員達の気勢が削がれた。

    「屋外じゃ不利だ! 一旦引くぞ!」

    (む、仕方ない。中に入って戦うか)

    「いくぞ、皆!」

     レッドは小回りが効かないギャラドスを一旦引っ込めて1階ロビーに突入する。

    175 = 174 :

     1階ロビーの戦いは長引かなかった。ロケット団員達のポケモンを数匹撃破すると、

    「くそ! 上で態勢を立て直すぞ!」

    「いや待て! おい小僧! こっちには人質が……」

    (人質!? いやこの距離なら!)

     ロケット団員の一人が縄で縛られた黒い長髪の女性を盾に取ろうとする。レッドの判断は早かった。

    「ラッタ! ひっさつまえば! ピジョン! 空をとぶ!」

     ラッタが地上から跳ね上がって縄を前歯で切り裂き、ピジョンがロケット団員の顔に急接近する。

    「うわ!?」

     ロケット団員がひるんだところでピジョンは女性の肩を掴んで舞い上がり、そのままレッドの所へ運んだ。

    「しまった! くそ、二階に引くぞ!」

    「よくやったラッタ、ピジョン。お姉さん、大丈夫ですか?」

     ピジョンから降ろされた女性はバランス感覚が取れないのか、その場で前かがみになって地面に手をつく。 

     近くで見ると、凛とした顔立ちの女性だった。長い黒髪の艶からか、神秘的な雰囲気がある。

     そして、たゆんとしたリッチな胸。

    「ん……」

    (…………………………いやいやいや。それどころじゃないだろ俺!……そうだ、確かヤマブキジムのリーダーは、神秘的な女性のエスパータイプ使いと聞いている。もしかしたら)

    「……まったく、あの男覚えてなさい。ありがとう、きみ。助けられたわね」

     女性はレッドの顔を一瞥してすぐに立ち上がり、黒髪を翻しながら向き直った。

    「あなたはもしかして、ナツメさんですか?」

    176 = 174 :

    「ええその通りよ。私がこの街のジムリーダーのナツメ……情けないことにね。見たところ、あなたは私を助けに来てくれた、でいいのかしら?」

     長い髪をかきあげながら極めて静かな口調、感情の起伏の乏しい女性だった。しかし、その瞳にはしっかりとした闘志と意思が感じられる。クールビューティとはこのことだろう。

     レッドはエリカとベクトルの違う女性の魅力に少し見とれていた。だがすぐに頭を切り替える。

    「ええ。格闘道場とジムのトレーナーとの協同で、あなたと捕らわれたポケモンを救いにきました。とりあえずナツメさん、一緒に外に……」

    「待って、私はポケモンが捕らえられている場所を知っているわ」

    「! 本当ですか! それじゃあすぐに他の人に連絡をとって……」

     ナツメは首を振った。

    「ダメよ。時間をかければ奴らに場所を移されてしまうかも。時は一刻を争うわ」

    「……確かに。じゃあ教えてください。俺が先に助けに行きます。バタフリーをつけますから、ナツメさんは他の方と合流して」

    「ダメよ」

    「え」

    「説明しにくい場所なの。私が案内するわ」

     そう言いながらナツメは自身の服を首からボタンを外していき胸元を開く。レッドは突然のナツメの行動に軽く悲鳴を上げ目を背ける。

    「なっなにを!?」

     ナツメはすぐに胸元を直す。その手には2つのモンスターボールが握られていた。

    「さすがにここまでは奴らも調べなかったわ。足手まといにはならない、いいでしょ?」

    「え、ええ」

    (そういうことか……………………)

     リッチがリーズナブルになっている。

    「どこを見てものを言っているのかしら?」

    「はっ!?」

     ナツメがビキビキとこめかみを痙攣させている。

    「い、いえ! なんでもないですよ。……俺はレッド」

    「レッド……。トレーナーとしての腕は信用して良さそうね。それじゃあ行くわよ。こっち」

     ナツメは即座に階段への道を早歩きで行く。レッドも慌ててナツメについていき、徐々に速度をあげるナツメにならって上階へと駈け出した。

    177 = 174 :

    今日はここまで。ヤマブキシティ編は日数かかるかもしれません。
    まとめて投下したほうがいいかな……?

    178 :

    胸ワロタ

    179 :

    心を詠まれたかww

    180 :

    ピカいないのかちょっと残念

    181 :

    別にまとめんで分割してもいいんじゃないすかね

    182 :

     人質に取られたポケモンの救出、その道程には多くのロケット団員達がレッドとナツメを出迎えた。

    「一気に行くわ、フーディン!」

    「はい、ラッタ!」

     四方から襲い来るロケット団員のポケモン達。しかしナツメのサイコキネシスで動きがピタリと止まると、階段への道に近いポケモンをレッドのラッタが速撃して道を開ける。

     強行突破のための戦術はピタリとハマり、ナツメとレッドは数分もしない内に二階フロアを踏破し上階へと進む。

    「戻ってフーディン。行ってバリヤード、バリアー! これで階段はしばらくシャットアウトできるわ」

    「なるほど……。でもエレベーターは?」

     登り切った所でナツメがバリヤードのバリアーで下からの階段口を塞ぐ。

    「誰かがエレベーターを壊したみたいね。意図はわからないけど……とりあえず階段で先を急ぎましょう」

    「ええ。幸いここはロケット団員が少ないみたいですし……」

    「……そうね」
     
     ナツメが訝しげな顔をする。 

    (おかしいわね……。1階にいた人数を考えればまだまだ先にいるはず。なにかあったのかしら?)

     1階と2階の戦いが嘘のように、3階は誰一人としてレッドとナツメの行く手を阻まなかった。

    「この階は誰もいないみたいですね……。ナツメさん、ポケモンたちは何階に?」

    「5階よ、油断しないで行きましょう。シルフカンパニーを占拠した時の人数を考えれば、まだまだ奴らが来るはずよ」

    「わかりました。……格闘道場の人たちは大丈夫だろうか……」

    「……」

     レッドの呟きにナツメは答えず、足早に次への階段を登る。

     そして4階。

    「なっ……!?」

     一足先に到着したナツメが4階フロアの光景を見て立ち尽くしている。レッドも後れて見て、驚愕した。

    「ロケット団員のポケモンが……全滅!?」

     ポケモンがそこかしこに倒れ、そのトレーナーであったロケット団員達はエレベーターに押し固められている。ロケット団員達は皆一様に怯えた表情、無理やり押し込められたのだろう、道理でエレベーターが動かないわけだった。

     そんな中4階フロア中央に佇むは一匹のポケモン、そしてトレーナー。

     赤き竜リザードン。そして。

    「そっちは……ジムリーダーのナツメか。お、レッドじゃねえか!」

    「……グリーン!?」

    183 = 182 :

    「よう奇遇だな。こんなところでなにやってんだ?」

     ニヒルなにやつき顔は見間違いようがない。しかしレッドは敏感に感じていた。

     確かな力に裏打ちされた畏怖。サカキにも似たそのプレッシャーを、あのグリーンが放っている。

    「グリーンこそ……! ここは今ロケット団に占拠されてる場所だ!」

    「ああ、そんなことは聞いたな。俺はただ、フレンドリィショップの在庫がここで抑えられてるって言われてな。買い物でサービスしてもらうかわりに取りに来ただけだぜ」

    「あなた、どうやってここに……って聞いた私が馬鹿だったわね」

     ナツメの言葉通りだった。4階の窓が盛大に割れている。レッドとナツメが2階で戦っている間にリザードンで突っ込んできたのだろう。

    「さて、トレーナーとトレーナーが出会ったらって言いたいところだが、連中のポケモンを始末している間に俺のポケモンも消耗してな。リザードンも在庫持ってひとっ飛びしないと行けないから、勝負はおあずけだ。突っ込んだ場所にものがあって助かったぜ。他のロケット団も倒そうかと思ったが、レッドとジムリーダーがいるなら任せても良さそうだな。じゃあ後頑張れよ、バイビー」

     そう言うとグリーンはリザードンに飛び乗り疾風のように割れた窓から去って行った。レッドとナツメは呆然と見送るしかない。

    「お……俺達はもう、戦えるポケモン持ってねえ! 勘弁してくれ!」

     エレベーターのロケット団員達はよっぽど怖い目にあったのか、動こうとしない。中には腰が抜けて立てないものもいるようだ。

    (グリーン、一体何やったんだ……)

    「……上に行きましょう、レッド」

    「……はい。あの、ナツメさんもグリーンと面識が?」

    「シルフカンパニーが占拠される前にジムで挑戦を受けたわ。結果は彼の勝ち。あの実力を持ったトレーナーは中々いないわね。ここまでとは思わなかったけど……」

    (というかまだ街にいたのね……予知で見えなかったなんて)

    「さあ、この階段を昇った先よ。……途中にまだトレーナーがいるわね。ここまで来たら、一気に突破しましょう」

    「ですね」

     レッドがフシギソウを出し、ナツメもフーディンを繰り出す。

    「む、侵入者だな! 行けゴルバット!!」

     階段の途中にいたロケット団員が気づきゴルバットを繰り出す。

    「ここは任せて、毒タイプは相手じゃないわ」

     ナツメが一歩出てフーディンに指示を送る。ロケット団員はにやりと笑った。

    184 = 182 :

    「!? 後ろだ! つるのムチ!」

    「!?」

     レッドの叫びにナツメが振り返る。背後から襲いかかろうとしていたのはもう一匹のゴルバット。天井に付いて待ち伏せていたのだろう。

    「ちい。だがそんなつるじゃ、ゴルバットは止まらないぜ!」

     ゴルバットはフシギソウのつるを切り裂き、今度はフシギソウ本体へと標的を変える。フシギソウのいる場所はどういうことか、階段下と防火扉に挟まれた袋小路。

     しかし、今まさにゴルバットの牙が迫る所でレッドはフシギソウを引っ込めた。

    「ナツメさん、走って!」

    「!? ちょっと!」

     フーディンが最初のゴルバットをサイコキネシスで止めている間に、レッドはロケット団員とナツメの横をすり抜ける。慌ててナツメもレッドを追った。

    「なっ! 貴様ら勝負から逃げる気か!」

    「地の利を得ただけだ! 行けピジョン! ふきとばし!」

    「! フーディン、テレポート!」

     ピジョンの突風はテレポートで避けたフーディンを除き、2体のゴルバットを階段下へと吹き飛ばす。

    「ぬう! だがそれしきの突風で!」

    「ゴ……ゴル……!」

    「な!?」

     ロケット団員の言葉とは逆に、ゴルバットは吹き飛ばされて着地した場所から動けない。

    「どうした!? 動けゴルバット!」

     ナツメも訳が分からなかったが、すぐにその場所が先ほどまでフシギソウがいた袋小路だと気づく。

    「しびれごなを散布させていたのね……ゴルバットを追い込んだ風は袋小路で巻き上がり、とどまった敵にしびれごなが振りかかる……」

    「ある人の受け売りの技なんですけどね」

    (エリカさんなら、草ポケモンへの指示一つで散布場所を点在させられる)

    「ふふ、やるじゃない。あなたはどうする? 2体とも動けないようだし、フーディンでまとめでトドメをさしてもいいけれど」

    「くっくそ! 戻れゴルバット! 覚えてろ!」

     ロケット団員はゴルバット2体を回収し、下階と逃げて行く。

    185 = 182 :

    「もう、敵はいないようね。行きましょう。すぐそこよ」

    「はい!」

     5階フロア、そこにはシルフカンパニーの重役室と会議室がある。

     廊下も今までの場所とは違い小奇麗で、あまり人が出入りしたような形跡がない。

    (こんなところにポケモンが……?)

    「ここよ」

     レッドの疑問をよそに、ナツメは社長室と書かれた部屋の前でとまる。

    「……よし、それじゃあさっそく」

    「レッド君」

    「?」

    「さっきはありがとう。後ろの敵から守ってくれて」

    「…………ナツメさん?」

     ナツメはレッドの方を向かず、扉を開けてレッドを誘う。レッドも入るしかない。

    「そして」

     レッドとナツメが部屋に入ると、ナツメは後ろでにドアの鍵を閉めた。

    「ごめんなさい」

    「え」

     レッドが声を上げると、部屋の奥、社長席の椅子が回転し、座っている人物が露わになった。

     鷹の眼光、紳士服の胸のRに強大な悪意を集約させた冷徹なる首領(ドン)、

    「ナツメ殿、ご苦労だった。タマムシ以来だな少年。いや、マサラタウンのレッド」

    「!?!?………サカ、キ………!!」

    186 = 182 :

    「少々予定外の事が4階で起きてしまったようだが、大勢に影響はない。よくここまで来てくれた、レッド君」

     サカキはゆっくりと立ち上がり、社長机に片手をつきながら机を軽やかに飛び越える。そしてレッドと距離を保ったまま仁王立ちした。

    「なっ……どうしてお前が! それにナツメさん……!?」

    「……」

     レッドは部屋の隅へと引いたナツメを見るが、ナツメは顔をうつむかせたまま反応しない。

    「借りたポケモンとはいえ、久方ぶりに私に土をつけたトレーナーだ。君のことは調べさせてもらった。是非もう一度会いたくてね。ああそれと、彼女は我がロケット団の一員だ」

    「なんだって!?」

    「我らロケット団の意思に彼女も同調してくれてね、はは、とういうのは冗談だが。彼女にも色々あるのだよ。まずは君のことだレッド君」

     サカキよりも背の低いレッドをあからさまに見下す視線。完全に子供を見る目だった。

    「レッド君。君は私が仕掛けたテストに見事合格してくれた。格闘道場の空手王、シルフカンパニーの我が部下、人質の救出、そして階段にいたゴルバット使いはロケット団の中でもそれなりの使い手だったが、君はナツメ殿を援護しながら見事に突破した。その腕は見事、私の片腕となる素質がある」

    「どうしてお前が格闘道場のことを……!? まさか!」

    「もう一度わかりやすく言おうか。関所から格闘道場、そしてここに到達するのが私が君に仕掛けたテストだ。まあ、及第点を上げるとしよう。ナツメ殿も名演技だっただろう」

    「なん……だと……?」

     愕然とする思いだった。格闘道場の空手王もナツメも、レッドは微塵も疑いはしなかった。

    187 = 182 :

    「及第点と言うのがそこだ。君はバトルの素質はあるが、人を疑う事を知らなすぎる。人は自らの利益のためなら他者にたやすく嘘をつく。いい教訓になっただろう」

    「……どうせ、お前がポケモンを人質にとるなりして無理やり従わせたんだろう!」

    「まあそうだが。しかしそこのナツメ殿は例外だぞ。彼女のポケモンを私は捕らえていない。彼女は彼女の意思で従っている」

    「……そうなんですか?」

     レッドの再度の問いかけにもナツメは無反応だった。ただ、拳をいたく握りしめている。

    「なんだ、ナツメ殿の事を知らないのか。彼女はエスパータイプのエキスパートというだけでなく、彼女自身がエスパー少女なのだよ。幼少の頃からその筋では有名だった」

    「!?」

    「彼女のエスパー能力はテレポート、テレパシー、サイコキネシス、そして未来視。彼女は未来視によって、自ら我らに身を捧げた。街の人々に手を出さないことを条件にではあったが、私にとっては些細な事だ」

    「未来視……?」

    「教えてやろう、彼女が見た未来視、それは」

     サカキが自信たっぷりに微笑む。

    「我がロケット団のカントー制覇、ジムリーダー共々全てのトレーナーがロケット団に膝をつく未来だ!」

    「!?」

     ナツメがサカキの言葉を聞くと、顔をそむけて目尻から雫を飛ばす。それだけでサカキの言葉が事実だと告げていた。

    188 = 182 :

    「当の本人もそれなりに考え、先んじてロケット団に入ることで中から暴力の抑止力になろうとしたのだろう。あくまで傷つく人間が少なくなるようにな。はは、殊勝なことだ」

    「……ごめんなさい」

     ナツメの謝罪は消え入るような声だった。

     レッドの握られた拳は震えている。

    「さて、ここまで来たらナツメが君をロケット団に入るよう説得しそうなものだが、それも無駄だと未来視で見えているようだな。ナツメの顔を見る限りは、結果ももうわかっているのかな。どうする少年? それでもバトルをしたいというのなら」

    「ナツメさん、質問があります」

    「え?」

     レッドはサカキを黙殺した。虚をつかれたナツメがつい声を上げる。

    「あなたの未来視は、百発百中なんですか?」

    「……そうよ。生まれてきてから今まで、外れたことはないわ。レッド君は、負ける」

     ナツメが顔を上げる。レッドを見つめるその表情は、レッドを心底心配している、優しい女性のものだった。

    「お願い。いたずらに傷つく必要はないわ。私がサカキに口利きするから、どうかレッド君も……」

    「ナツメさん。あなたは優しい人だ。フーディンとバリヤードを見ていればわかります。俺がこの旅で学んだことは、ポケモンと硬い絆を結んでいる人に悪い人はいないということ。そしてもう一つは」

     レッドが帽子をかぶり直し、モンスターボールを手に取る。

    「ポケモントレーナー、それはポケモンと人との絆で、不可能を可能にする人を言うこと。あなたが自分の中の未来視に屈したというのなら、俺が代わりに証明します。超えられない壁はないということを!」

    「レッド! 駄目!」

    「止めるなよナツメ殿。この少年には私も借りがあってね。どの道バトルは避けられん」

     レッドとサカキ、対峙した二人モンスターボールを構えて睨み合う。

    「エリカ嬢は息災かな? もうショックから立ち直っているといいが」

    「あんたは人もポケモンも見くびりすぎだ。あんたの言うとおり、俺は人を疑うことを知らなかった。だが、あんたが知らない価値あることを俺は知っている」

    「ほう? なんだね? 絆とでも言うつもりか?」

    「言うつもりさ。わかっていながら見下して笑うのなら、俺が今一度気づかせてやる。俺と、俺の仲間と! このポケモンバトルで!」

    「相変わらず口だけは一丁前だ。面白い! ロケット団リーダー、サカキ!」

    「…………ポケモントレーナー、レッド!」

     二人の声が重なった。

    「「バトル開始!!」」

    189 = 182 :

    今日はここまで。うーん似たような引きになってしまった。とりあえず切りのいいとこまで書いて基本毎日更新にしたいと思います。

    191 :


    まあ好きなようにやってくれ

    193 :

    乙ー!
    熱い戦いだな!いつも楽しませてもらってます

    194 :

    がんばれレッド

    195 :

    今日はお休みします。大方書き上がってるんですが、誤字チェックが間に合わず……
    明日まとめて投下します。

    196 :

    「行けえ! ピジョン!!」

    「行け、ニドリーノ」

    お互いに繰り出したポケモンは共に最終進化を残したポケモン。レッドのピジョンはまだレベルが足りないにしても、ポケモントレーナーとしてキャリアが段違いのサカキが使うにしては、ニドリーノは小粒に見える。

    事実、サカキがレッドを見る目は変わらない。あくまで生意気な子供を見る余裕の笑み。

    レッドはサカキのその顔を歪ませると誓う。

    (サカキ! お前がその気なら、俺は全力でお前を倒す!)

    「ピジョン! つばさでうつ!」

    「ニドリーノ、どくばり」

    ピジョンの翼とニドリーノの角が激突する。吹き飛んだのはニドリーノだった。

    「いいぞ! ピジョン!」

    「充分だ、もどれニドリーノ。行け、サイホーン」

    「……ピジョン! すなかけ」

    「ほう? さすがに以前とは違うアプローチでくるか。つのでつく」

    「くっ!?」

    (あたったか。ピジョンの消耗がやけに激しい……? ニドリーノの毒針か!)

    「戻れ、ピジョン。行け!」

    「ポケモンが出た所は大きな隙となる。サイホーン、ふみつけ」

    モンスターボールが割れ、光輝くところにサイホーンが先手を打って踏み潰しにかかる。

    しかし、躍り出た青き龍によって逆にサイホーンがひっくり返る。

    「これは不利だな。戻れサイホーン。行け」

    「今だギャラドス! バブルこうせん!」

    負けじとレッドもサカキの交代の隙を狙う。

    (大地のサカキ。異名通りならこれでまず一匹……!)

    しかしサカキの繰り出したポケモンはバブルこうせんを耐えた。現れたのは……

    「……ガルーラ!」

    「さて、今度はどうさばく?」

    197 = 196 :

    「サカキ……お前、また部下のポケモンか」

    「ジムリーダーと同じさ。君のバッジの個数に合わせて戦力を整えた。だが今回は特別に、部下のポケモンを突破した後、私の本気の一匹が控えている。言い訳はしないさ。私の今の手持ちを倒すことができれば、ヤマブキシティからロケット団は撤退しよう」

    「その言葉、忘れるな! ギャラドス、かみつく!」

    「ガルーラ、かみつく」

    タマムシと同じ。ギャラドスがガルーラの肩、ガルーラがギャラドスの首にかみつきあう。

    「ギャラドス、バブルこうせん!」

    「ほう?」

    ギャラドスはそのままかみついたままうなり、口内からバブルこうせんを発射する。ガルーラは肩に痛撃をくらい思わず口を離し、バブルこうせんによって壁にたたきつけられた。

    社長室の壁が崩れ、廊下があらわになる。

    (思い切りがいいな。読みも悪くない。短い間でいい経験をしたようだ)

    「ギャラドス、たたきつける!」

    「ガルーラ、れんぞくパンチ」

    しかしガルーラの猛攻は激しく、レッドはギャラドスが不利と見るやすぐにフシギソウに切り替え、しびれごなでガルーラの足を止めにかかる。

    今度はサカキがすぐにガルーラを引っ込めて、ニドリーノでフシギソウを相手に時間を稼ぐ。

    一進一退の攻防。プロリーグと比べ扱っているポケモンのレベルは双方少し足りないが、ポケモンとの連携、戦術、思考スピードは遜色ない程であることを、ナツメはひしひしと感じていた。

    (あのサカキと戦術で渡り合ってる……!? レッドのポケモンの扱い方は、既に全国のトレーナーと比べても一線を画している。だけど……私の予知は……)

    ナツメの脳裏に写る予知の光景、レッドとその配下のポケモン達が倒れ、サカキが無感動にそれを眺めている。レッドがどれだけ素晴らしい戦いを見せようとも、ナツメがどんな行動を取ろうとも、変わらない未来。

    (私に……なにができるの……?)

    「フシギソウ、つるのむち!」

    198 = 196 :

    戦いつづけるレッドとサカキ。そして見守るナツメ。そんな三人は、5階に上がってきたもう一人の男に気が付かなかった。

    「くそ! あの二人め。どこに行った!」

    現れたのは一般的なロケット団員制服を着る男。レッドとナツメに対し、ゴルバット2体を伴って立ちはだかった男だった。

    ナツメがロケット団に与した事をサカキは一般団員に伏せていたため、ゴルバットを麻痺から回復させた男は血眼になって二人を探していた。

    男は5階に上がると、すぐに社長室から響く轟音に気づいた。廊下には先ほどガルーラによって壊された社長室の壁の残骸が散らばっており、壁の穴から中の様子が伺える。

    「あれは……サカキ様とあの小僧! 戦っているのか……まてよ」

    (あの小僧。サカキ様に夢中だ)

    「先ほどの礼だ。行け、ゴルバット!」

    ロケット団員の男は壁の穴からモンスターボールを投げ入れる。まもなく社長室にゴルバットが出現する。

    「ゴルバット、切り裂く!」

    「え」

    ゴルバットは風を切りながらレッドに急接近し、その凶刃によってレッドの体を切り裂きながら吹き飛ばした。

    レッドは壁にぶち当たったあと、地面に倒れ伏す。

    「……え」

    ナツメがかすれた声を出しながら目を見開く。サカキのニドリーノとレッドのフシギソウの戦いも止まった。

    ロケット団員の男ははしゃぎながら社長室に飛び込む。

    「やりましたよサカキ様! 侵入者を一人排除しました。あとはお前だけだ! ジムリーダーナツメ!」

    サカキから笑みは消えていた。サカキは心底つまらなそうにため息を吐いたあと、

    「……よくやった。ナツメはもう戦う意志はない」

    ロケット団員に声をかけた。興が削がれたと、全身で語りながら。

    「む! そうなのですか。ならば……」

    「ちょ、ちょっと! なにをする気? 早く手当を!」

    「動くなナツメ」

    いつの間に出したのか、サカキのポケモンであろうニドキングの爪がナツメの首筋でとまる。

    ロケット団員の男は動かないレッドに近づく。途中でフシギソウがレッドに駆け寄ろうとしたが、すぐにゴルバットに行く手を阻まれた。

    「意識はあるようだな。サカキ様、こいつのポケモントレーナーとしての実力は脅威です」

    「いいだろう。心を折ってやれ」

    199 = 196 :

    サカキは社長机に体重を軽くあずけ、ロケット団員を顎でしゃくった。

    ロケット団員はにやつきながら、

    「起きろ坊主。ポケモンを借りるぞ」

    「う……ぐ……」

    ロケット団員はレッドの腰からモンスターボールを取り出し、残りの5体のポケモンを出現させる。空になったボールは全て踏み潰された。

    皆サカキのポケモンとの戦いで傷ついている。

    「な……なにを……!?」

    レッドが辛うじて意識を覚醒させたが、状況が掴めず混乱している自分の仲間たちを見ることしかできない。

    「こうするのさ。お前ら、動けばご主人様が傷つくぞ!」

    ロケット団員はレッドの首にゴルバットの羽の切っ先を押し付ける。

    その光景を見て、気性の荒いギャラドスですら愕然として動きを止めた。他のポケモンは言うまでもない。

    そしてロケット団員はもう一匹のゴルバットを出現させる。

    「ゴルバット、奴らを切り裂け!」

    「や……やめろ!!」

    レッドの叫びは無意味だった。ゴルバットが飛び回ってレッドのポケモンを攻撃する。レッドを人質に取られたフシギソウ達は、攻撃を受け続けるしかない。

    「……こんな、こんなの無意味よ! やめさせて!」

    ナツメもたまらず叫ぶ。しかしサカキは、あい変わらず無感動に見ながら、非情な要求をする。

    「レッド君。君がロケット団員に入るのなら、すぐさま攻撃を中止しよう」

    200 = 196 :

    「ぐ……!!」

    レッドのポケモン達のくぐもった声が響き、また一匹、また一匹と倒れていく。レッドは苦悶の表情。

    「おっと動くなよ坊主。ゴルバットが力の加減を間違えちゃうといけねえ」

    「さあ、どうするレッド君」

    しかし、サカキとロケット団員の言葉はレッドに届いていなかった。レッドの心にあるのは、ただひとつ。

    (皆が……傷ついている。俺が……俺が……守って……守らなければ……!!)

    「くっうおおおお!!」

    レッドは駆け出す。ゴルバットの羽がレッドの首を浅く切ったが関係ない。

    「無駄だ、ゴルバット!」

    レッドに羽を突きつけていたゴルバットがレッドの背後に迫る。しかし、

    「フシ!!」

    「フリー!!」

    フシギソウのはっぱかったーとバタフリーのサイケこうせんがレッドの背後のゴルバットをとらえ、吹き飛ばした。

    「しまった!? くそ、だがもう一匹を忘れるな!」

    しかし、フシギソウとバタフリーは直後にもう一匹のゴルバットに攻撃をくらい倒れ伏してしまう。

    これ以上攻撃を受けたら、死んでしまう。ゴルバットの攻撃がレッドのポケモン達に迫る。

    「やめろお!!」

    レッドは今まさに攻撃を受けようとしていたギャラドスの首に覆いかぶさる。そして、レッドの背中に激痛が走り、また吹き飛ばされる。

    「ぐあっ……!!」

    「レッド!!」

    「この小僧、馬鹿か?」

    「……」


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