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    元スレ女「人様のお墓に立ちションですか」

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    201 = 178 :

    「…………」

    「先生?」

    「返事がないね。ノイズはまだ聞こえるのに」

    「あの、先生、聞こえてますか?」

    先生「聞こえてるわよ」ガチャ

    「うわっ!」

    先生「なによそれ。やっぱりふざけてるんじゃない。今流行の動画投稿とかだったら本気で許さないわよ」

    「いや、ただのノートパソコンです。開いてるのはパワーポイントの画面と自己紹介文です」

    先生「穴越しに見たわよ。そのふざけた自己紹介文」

    先生「なんて不謹慎なの。ねぇ、あなた、一体……」

    先生「うそ…そんな、まさか……」

    202 = 178 :

    「結論から言います」

    「私、幽霊です」

    先生「っ!?」

    「ノートパソコンは持てますし、この男も触れます」

    「いてっ!」

    「だけどそれ以外の人間には触れることができません」

    「私が私であることを証明するには先生が私に触れようとするしかありません」

    「チェーンを外して出てきてくれませんか?」

    先生「……指示には従うんじゃなかったかしら」

    「はい、従います」

    先生「指だけドアに差し込んでくれる?私が好きなタイミングで触るから」

    「わかりました」

    「…………」ゴクリ…

    先生「引っ込めないでね」トン

    「わっ」

    先生「あら。これは…」

    先生「本当にこんなことが。ありえない。ありえないわ」

    先生「…………」

    先生「あなた、本当に」

    「はい。女です」

    先生「私が理科の授業を初めにする時に言ったこと覚えてる?あなただけが吹き出して恥ずかしそうにしていたこと」

    「理科の授業では、おばけを否定するところからはじめたいと思います」

    先生「……どうやら私が間違っていたみたいね」

    「先生はいつだって正しかったんです。私が間違った存在なだけで」

    203 = 178 :

    すいません。しばらく外出してきます。

    204 :

    まってる

    205 :

    先生「そこにいるあなたも私の教え子かしら?彼女とはどういう関係?」

    「えーと、それは…」

    「いいえ。高校で先輩後輩の関係です。彼女も僕も卓球部の幽霊部員です」

    「あれ、男さん…」

    先生「そうよね。私、教え子の顔くらい全員覚えているもの。いじわるな質問してごめんなさいね」

    先生「どうしましょうかしら。近くに深夜もやってるファミレスがあるからそこで話す?」

    「そこで話せる内容か?」

    「そうですね…話す場を与えてくれるだけでありがたいことですので」

    先生「わかったわ。じゃあ……あら」

    「雨が降ってきましたね」

    先生「困ったわね。私、今手元に傘2本しかないの」

    先生「お二人、相合傘でもしていく?」

    「かまいません!!」女「濡れていきます!!」

    「はぁー!?」女「えぇー!?」

    「過度な照れ隠しは相手を傷つけるぞ!」

    「だって照れますよ!!」

    「えっ」

    先生「ちょっと声静かにしなさい!わかったわよ。私の部屋に入りなさい。あまり大声で喋っちゃ駄目よ」

    206 = 205 :

    先生「どうぞ、いらっしゃい。今明かりつけるから」パチッ

    「わあ。お綺麗ですね」

    「ちょっと、何いきなりデレデレしてるんですか」

    「えっ、部屋すごい片付いてない?」

    「あ、た、たしかにそうですね…」

    先生「二人とも付き合ってるの?」

    「最近失恋したばかりです」

    先生「まぁ、そうなの」

    「私に告白したわけじゃないですよ!」

    先生「残念ね」

    「べ、別に!」

    先生「彼に言ったのよ?」

    「はい。ショックでした」

    先生「ですって」

    「もう、調子狂うなぁ…」

    207 = 205 :

    先生「二時間しか時間取れないのよね?」

    「この子は朝方になったら消滅します。前回は4時18分でした」

    先生「すごいわね。あなたが消える所、動画で撮っておいてもいいかしら?」

    「先生がそれまでに部屋から追い出さなければ」

    「おい、女」

    先生「それはあなた次第じゃないかしら」

    先生「でも私があなたを押し出そうとしても直接は触れられないのよね」

    先生「地面には立っているし、ものには触れられるのよね。フライパンで叩いても駄目かしら?」

    「試しにやってみたらどうですか」

    先生「久々に理科の実験でもしましょうか。科学とはほど遠い内容だけど。ちょっと取りにいってくるわね」

    208 = 205 :

    「ちょっと!!いくらなんでも!女もいいのかよ!」

    「いいですよ。どうせ触れられないですし」

    「そういう問題じゃ」

    先生「おまたせ。じゃあ、手を差し出して」

    「頭でもいいですよ」

    先生「確信が持てないから実験するんでしょ」

    「その割にはフライパンっていうのはヘビーですね」

    先生「じゃあ、叩くわよ」

    「はい」

    先生「よいしょ!」

    スカッ…

    先生「擦り抜けたわ!」

    「生者との触れ合いにカウントされたのでしょう」

    先生「輪ゴムを飛ばすのはどうかしら。手から離れるし」

    「それはどうなるんでしょう。飛ばしてみて下さい」

    先生「……よし。行くわよ。えい!」

    パチン!

    「いたっ!」

    先生「あはは。ごめんごめん。これは当たるのね」

    「おでこにあてなくても…」

    先生「撫でてあげようか?」

    「できないでしょうからいいです」

    先生「あなたがフライパンで叩いたらぶつかるのよね」

    「そうですね」

    先生「私がこの子の手とフライパンを重ねてる時に、あなたが掴んだらどうなるの?」

    「…………」ゾワッ

    「…………」ゾワッ

    先生「やめときましょうか」

    209 = 205 :

    先生「面白いもの見せてもらったわ。お茶持ってくるから待ってて頂戴」

    「あの、お構いなく」

    「私も大丈夫ですので」

    先生「確かにカフェインも入っているしね。喉が乾いたら言ってね」

    「飲み物も死んでからずっと飲んでいないんです」

    先生「それも驚きね。のど乾かないの?」

    「うーん、普段呼吸してること意識しないじゃないですか。そんな感じです」

    先生「呼吸はしてるのよね?」

    「…………」

    「あれ、これ、してるって言うのかな……」

    先生「えっ、なになに、どんな感じなの?」

    「多分してると思うんですけど……」

    先生「気になる気になる。どんな感じなの?」

    「例えるなら、足を動かす時に電気信号なんか意識してないと思うんですけど、今の場合……」

    210 = 205 :

    先生「へぇー!そうなの!」

    先生「水飲むとどうなるの?」

    「試したことないですね」

    先生「さぁさ、お茶持ってくるからちょっと待ってて!」タッタッタ…

    「さっきいらないって言ったのに」

    「おい、女いいのかよ。マッドサイエンティストに人体実験の材料にされちまってるぞ」

    「昔からこういうところがあるんです。私は、先生のそういう無邪気な好奇心が好きでしたから」

    「死者で実験なんて禁忌だぞ。下手したら俺以上に不謹慎なことやってるぞ」

    「ふふっ、そうかもしれませんね。心配してくれてありがとうございます。でも、私は今日中にちゃんと謝れればいいですから。それと、お花を供えてくれた理由も聞ければ」

    「まったく、綺麗で賢いのかもしれないけど、女を使って実験なんて……」

    先生「おまたせ!お茶碗置くわね。ちょっと飲んでみてちょうだい」

    「はい。わかりました」

    「いただきます」ソォ…



    ビチャビチャビチャ!!



    「すいません!床にこぼしてしまったみたいで…」

    「すり抜けた!!」先生「すり抜けたわね」

    先生「今の見てどう思った?」

    「そりゃ、まあ」

    「エロい!」

    先生「そうよね!」

    「えっ…」

    「炭酸のレモンジュースとかないですか!?」

    先生「ああー、きらしてるわ!コンビニちょっと遠いのよねぇ」

    「買ってきましょうか!?」

    先生「あー、だったら、トマトジュースがあるんだけど」

    「それはそれは!!それは!!それはそれは!!」

    「絶対やりませんからね!」

    211 = 205 :

    先生「はぁー、わらった」

    「笑い事じゃないですよ」

    「はぁー、興奮した」

    「…………」

    先生「失礼失礼」

    「もう」

    先生「ねぇ、女ちゃん」

    「はい」

    先生「久しぶり」

    「お久しぶりです」

    先生「元気はしてなかったかな」

    「元気ではなかったですね。でも、最近は元気かもしれないです」

    先生「死んでからの方が生気があるなんてね」

    「先生は、あの、どうでしたか」

    先生「そうねぇ」

    212 = 205 :

    先生「今はなんともないかな。同世代の女性が抱えている一般的なストレスを抱えているだけ」

    先生「あなたが私に過度な要求をし続けて、私がそれを断り続けて、そのことであなたが私に関わる悪評を流してたあの頃よりはずっとマシ」

    「…………」

    「…………」

    先生「話したいことがあるんでしょう。遮らないで聞いてあげるから、全部話しなさい」

    213 = 205 :

    「先生」

    「先生は、私の憧れでした。先生のありとあらゆるところ、長所も短所も、全てが輝いて見えました」

    「顔立ちが整っているところ。いつも明るくて笑顔なところ。難解な事柄でも、ユーモアを交えながら生徒が笑ってる間に理解させる能力」

    「自分の欠点を受容しているところ。時々おっちょこちょいなところとか、極度に運動が苦手なところを、認めつつも一生懸命やるところ」

    「その能力も性格も誇示するようなこともなく、どんな生徒からも親しまれていました。活発な男の子からも、仕切りたがりの女の子からも、無口な男の子からも、ひねくれている女の子からでさえ」

    「遥か格上の先生に対して、周囲の人はこう思っていたと思います。『なぜだかわからないけれど、この人を応援したい』」

    「みんながみんな、先生という存在を認めていたんです。人を認めるという難しい行為を、周囲に行わせる魅力が先生にはありました」

    「ただ、私は少しベクトルが違っていたと思います」

    「周囲の人が先生に対して抱く気持ちが"認める"あるいは"私の長所を見て欲しい"という気持ちであったとするならば」

    「私が先生に対して抱く気持ちは"認められたい"あるいは"私の短所も受け容れて欲しい"という気持ちであったと思います」

    「私から家庭という居場所がなくなった時に、先生は救いの存在でした」

    「放課後の時間を割いて、先生が二人きりで話してくれたこと」

    「先生からも先生の悩みを聞いた時は、親友のような気持ちがしました。私のしつこいお願いに折れて休日に二人でお出かけをしてくれた時は、姉のように思いました」

    「私の家庭の事情を知ってからかって来た人から守ってくれたときは、少女漫画に現れるような、王子様のようなかっこよさすら感じました」

    「私はこの人から絶対的な愛が欲しいと思いました。いや、むしろその時既に、先生も私を愛してくれているはずだと思っていました」

    「この人は私の要求を何でも受け入れてくれるはずだ。たとえ世界を敵に回しても、私の味方でいてくれるはずだ」

    「そう思ってお願いしたんです。『私のお母さんになってくれませんか』と。先生を亡くなった母親に重ねながら」

    214 = 205 :

    「どんなにしつこく、長い間お願いしても、先生は受け入れてくれませんでした」

    「生徒と同居なんてばれたら問題になるとか。自分の考え方を変えれば新しい家族と向き合えるようになるとか。どうしても今の家庭が嫌ならしかるべき施設に行くしかないとか」

    「失望しきっていた大人が言い出すようなことを言うようになってきたと感じました。少し不機嫌そうに話す表情も段々増えてきたと感じました」

    「先生に対して恨む気持ちが強くなっていき、次第に先生のやさしさが醜いものに思えてきました」

    「みんなから好かれる先生は、みんなにやさしくしていました」

    「私だけにやさしかったんじゃありません。八方美人だったんです。そんなことは初めからわかっていましたけど、そのやさしさをどうして全て自分に注いでくれないのかと不満が爆発しそうでした」

    「私は先生を少し傷つけてやろうと思いました。私が傷ついたことに気付いてほしいと」

    「あるいは、私の嫌がらせよりも私と同居するほうがマシだと思ってもらえるようにと」

    「先生の魅力を誰よりも知っていると自負していた私だからこそ、先生に憧れている人たちの羨望を、嫉妬に変えるような噂を簡単に思いつきました」

    「妙な噂が流れ始めてから。先生が日に日に疲れているのを感じました。無理やり笑顔をつくっているなって」

    「そんな精神状態でも噂を流したのは私とはまだ気づかずに、放課後に時間を取って相談に乗ってくれて嬉しく感じました。以前よりも私に弱音を吐いてくれるようにもなりました。私は心が熱くなって、先生にやさしくしてあげたいという気持ちと、もっといじめたいという気持ちが溢れてきました」

    「家に帰ってからは継母からの厳しい忠告や冷たい視線に苛まれ、実父の声を聞くことといえば深夜の一時頃以降にさえ始まる激しい喧嘩の時くらい。とてつもないストレスでした」

    「家で虐げられている分、学校では誰かを虐げていたかったんです。こんな言葉ありますよね。いじめっこといじめられっこは同一人物だって」

    215 = 205 :

    「ある日、全ての元凶が私にあると先生は気づきました。問い詰められた私は、開き直って私は私がしてきたこと全てを話しました」

    「先生はこう言いましたよね。そう、やっぱりあなただったのね、って。ただそれだけ」

    「間もなく先生は学校を辞めてしまいました」

    「人を呪わば穴2つですね。悪の元凶が私であることは周囲には全てばれていました」

    「学校では激しいいじめにあいました。休むと家に連絡がいくのが嫌で、耐えて通い続けました」

    「家に帰ってからも父と継母の喧嘩ばかり。『あの子が原因なのよ』って何度聞いたかわかりません」

    「心の病気になった実父も行方をくらまして、新しく継母に恋人ができました。直接話すようなことを私はしたくなかったし、何より嫉妬深い継母は意地でも話させようとしませんでしたが。私の部屋にその恋人が侵入した形跡を見つけた時は、怒りのあまり叫んでしまいました。そのせいで、継母から酷い仕打ちを受けたのは私なのですが」

    「もう、私の人生ぼろぼろでしたよ。もしもこの不運な環境で、それでもなお周囲への思いやりに長けた自分であったなら。この人を応援したいという気持ちが自分に注がれて、ちょっとはマシになってたかもしれないのに」

    「寒い夜の道を、ふらふらと、行くあてもなく歩いていた日。眩い光が理不尽な速度で自分に向かっているなって感じて。自分が踏切の中に立ち入ったのか、自動車やバイクが飛び込んできたのかはわかりませんが」

    「思い切り逃げ出したら避けられたのかもしれませんが、身体が動くのを拒否しました。それからの記憶はありません」

    「お墓で初めて目覚めた日、視界に広がる夜空の空を見た後、死という現象を一身に浴びたことを実感し、のたうちまわりました。恐怖が体中を包み込んで、世界に対する怒りと悲しみがとまりませんでした。身体の全身からウジが沸いてきてるみたいに、自分の全身をずっと掻き毟って一日目が終わった気がします。いや、2日目も、3日目もだったかも」

    216 = 205 :

    「幻想の恐怖に襲われることがなくなってからは、どうしてこんなことになってしまったんだろうって、悲しさが止まりませんでした。なのに涙が一滴も出ないのは、自分が死者であるからだと気づき、余計に悲しくなりました」

    「私だって、普通の女子生徒だったはずなんです。彼氏への異常な束縛をする子を見ては理解できないなぁって呆れていました。くらだない嫌がらせをする女子を見てはこうはなりたくないなって思っていましたし」

    「この世への未練といえば、先生への謝罪だけ。私の今までの生き方ってなんだったんだっろうなって、振り返ってばかりいました」

    「性格に対する後悔がとまりませんでした。もっと、やさしい人間でありたかった。人の気持を考えられる人間でいればよかった」

    「自分がいちばん感謝すべき人を傷つけてしまった」

    「人に求めるばかりで、自分からは何一つあげようとはしなくなってしまったこと」

    「全部ぜんぶ、後悔しています」

    「先生、ずっと怖くて言えなかった言葉があるんです」

    217 = 205 :

    「先生」

    「私、先生に」

    「今更で、失礼で、自己満足かもしれません」

    「でも、先生に。ずっと、言えなかったんです」



    「ごめんなさい」

    「本当に、すみませんでした」

    「先生を傷つけてしまったこと。先生の人生を台無しにしてしまったこと」

    「いつまでも悔いています。本当に、申し訳ありませんでした」

    218 = 205 :

    先生「…………」

    先生「はぁ、呆れた」

    「…………」

    先生「ねぇ、君、ちょっと手を貸して」

    「えっ、はい」

    「一体何を…」

    先生「馬鹿言ってんじゃないわよっ!!!!」

    「痛いっ!!」男「いって!!」

    先生「自分のことばかり考えて何が愛よ!!」

    先生「後悔なんて、生きてるうちにしておきなさいよ!!」

    「いてて…まきぞい…」

    先生「最後に話した時、あなたにこのくらいの体罰を与えておくべきだったわね」

    「このご時世大騒ぎになりますよ」

    先生「いいのよ。この子には必要なことだったんだから」

    先生「教師を辞める覚悟でこの子に向き合うべきだったのよ。あの時の私は、教師を続ける自信がなくなっただけ」

    先生「私だって、ずっと後悔し続けていたのよ。この子のことだけじゃなく、人生全般に対して」

    219 :

    難しいな

    220 = 205 :

    先生「八方美人だって言ったわよね。あなた、やっぱり私を表現するのが上手ね」

    先生「あなたにも打ち明けてなかったことなんだけどね。私、ストーカーされてた時期があったのよ」

    先生「大学時代に恋人ができたのね。弱気で、どちらかというと暗い性格の人だったんだけど。私がその人がからかわれてるのをかばったことがあって、それ以来向こうが私に心を開いてくれるようになって」

    先生「私だけに心をひらいているところや、私だけがその人の良さをしっていることが嬉しくって。弱気なその人が告白してきた時に、恋人として不安な気持ちもあったけど、断るのも申し訳なくて付き合うことになったの」

    先生「最初はやさしくて、私だけにやさしくしてくれたものだから、私からもだんだん好きになってね」

    先生「けど、時が経つにつれて束縛が激しくなって。私に不満を抱いた相手が別れ話をしてきた時は、私は泣いてひきとめたの。そしたらまたやさしくしてくれるようになって」

    先生「けれど向こうの過剰な要求はエスカレートする一方。向こうが怒って、私が泣いて謝って、やさしくなだめられて、また怒り出しての繰り返し」

    先生「ある日、また向こうが別れ話を切り出したときにね。私も、もう疲れ果ててしまって、承諾したの」

    先生「そしたら必死で引き止められた。悪いところを全て治すって言われて。ドラマでよく聞くセリフだなって思ったけど、もう一度やり直そうって思った。もうその人が絶対に変わらないことはわかっていたから、強引に別れたの」

    先生「それから二年間くらいストーキングが続いた。私に新しい彼氏ができてもね。ねちねちと、証拠を残さないような嫌がらせをされた」

    先生「ストーキングのストレスが原因で、私は本当に好きになった彼氏から振られてしまった。でも、これは運の良いことなんでしょうけど、私以外に興味のある女性ができたみたいだった」

    先生「今では結婚して子供もいるって昔の知り合いから聞いたわ。その家庭が幸せかどうかはさておきね」

    先生「話が少しそれたわね。でも、女ちゃんからしつこく迫られるようになった時に思ったのよ。人生同じことの繰り返しだって」

    先生「小学生の時も、中学生の時も、高校生の時も、大学生の時も。そして教員時代も。私は誰からも嫌われたくなくて、やさしさをばらまいてきたけれど。そのことが原因で、時を変え、場所を変え、人を変え、自分が与えたやさしさが恨みとなって自分に跳ね返ってきてるなって気づいた」

    先生「自分を本気で変えなければ、人生は今までに起きたことの繰り返しなのね」

    先生「本でもネットでも、ストーカーと被害者の"馴れ初め"について調べてみなさい。ほとんど女性が男性にやさしくしたことが原因よ。どんな異性からもやさしくされたことがなかった男性に、笑顔を向けたり、悪口から庇ったりしたせいで、やさしくした女性の人生はめちゃくちゃに狂わされてしまってるの」

    先生「私ももう今じゃ、今までのように誰かれ構わずやさしくするということをやめたわ。意識的にね」

    先生「おかげで今までの人生で抱えていた人間関係の苦しみはなくなった。同時に、私を慕ってくれる人もずっとずっと少なくなったわ」

    先生「やっぱりね、いくらつらかったといっても、20年間やさしくして、応援されてきた私だもの。人に囲まれて輝いていた時代を思い出しては、今の私は本物じゃないっていう新しく出た不満の方がちょっと大きいのよね」

    221 = 205 :

    「やっぱり、先生は私のせいで学校を辞めて……」

    先生「きっかけのコップの話をしたことがあったわよね。あなたは確かにその最後の大きな一滴だったわ」

    先生「ただ、それも言い訳にして、逃げたのよ私。先生という職業から」

    先生「クラスの子供30人、いや授業している子も含めたら何百人という子供の人生抱えてるだなんて考えたら恐ろしくってね。帰宅してからも休日も、片時も心が休まらなかったわ」

    先生「授業の準備も手を抜けないけどお給料は出ないし。あんなあけっぴろげな性格だったから教員では私に厳しく接する人も多いし。かなりしんどいのよ」

    先生「今じゃ普通の会社のOLよ。怖い上司も、嫌いな社員もたくさんいる。私もただの真面目ちゃんだと思われてる。全然自分をさらけ出せてない。思春期の女の子からラブレター貰ってたなんて言っても誰も信じないくらい、会社では退屈な女よ」

    「女、顔、赤くなってね」

    「……穴があったら入りたい」

    「もう入ってるだろ」

    「不謹慎さん黙って」

    先生「けれど、今じゃ、普通のストレスしかないの。やさしい先輩の役に一日でも早く立てるようになりたいな、という明るい気持ちが少しあるだけ。正直、責任感なんてない。会社が潰れても知ったことじゃない。間接的に、社員の子どもたちは大変な目にあうだろうけど。フロアにいるのは30人の子供じゃなくて、自分で立って生きてる大人。しかも私はその責任者ですらない」

    先生「仕事自体は覚えることがいっぱいで楽しいしね。勉強、好きだから。教えるより、学ぶほうが気楽よね」

    先生「先生っていう仕事はね。責任が強くて最後までやり遂げられる意志がある人か、責任感がないからやり続けられている人にしか勤まらない」

    先生「私みたいに理想ばかり強くて意志の弱い人ではまるで歯が立たなかった。私がやめたとしても、社会の歯車が崩壊することなんかなくて、私より適した人が補充されるんだろうなって考えてた」

    先生「ただね、あなたが亡くなったことを偶然知らされた時にはね、やっぱり私にしか担えないことがあったんじゃないかって思ったのよ」

    222 = 205 :

    先生「相手の飲酒運転が原因の交通事故だって聞いたけどね」

    「先生がお花を供えてくれたことと関係がありますか?」

    先生「そうね」

    「どうしてお花を供えてくれたんですか」

    先生「とっても残酷な理由よ」

    「私は本当のことを知りたいんです」

    先生「わかったわよ。でも、単純な理由でもあるの」

    先生「あなたが、死んでいるからよ」

    223 = 205 :

    「…………」

    先生「それだけよ」

    「あの、死んでいるから花を供えるって、当たり前の話じゃないですか?生きてる間に机に花瓶を乗せる方がよっぽど残酷では」

    「美化したってことですよね。死んだから」

    先生「そう。死んだから」

    先生「あなたとの苦い思い出は全て、あなたの悲惨な死によって精算されたの」

    先生「あなたから与えられた苦痛はその程度だったってことよ。20何年間も生きてきて1番つらかったことが、教え子からの嫌がらせだなんてほど幸せな人生送ってないわ」

    先生「1番あなたを嫌いだった時期は、メンヘラの、かまってちゃんの、思春期の自我に溺れためんどくさい女学生という認識だった」

    先生「死んでからのあなたは、家庭の不遇に見舞われ、救いの手を差し伸べられることもなく、理不尽な事故に遭って亡くなった悲しき少女という認識になった」

    先生「あなたが死んでからあなたも自分の人生を後悔してちゃんと向き合ったように、あなたが死んでから私も自分の人生に後悔してちゃんと向き合い始めたの」

    先生「あなたが生きたままだったら、今もこんな風に話していなかったでしょうね」

    「…………」

    「悲しいのに涙が出ません。行為の制限のせいでしょう。死んでてよかったです」

    先生「これで話したいことは全部かしら」

    「はい。ありがとうございました。突然会いに来て申し訳ございませんでした。これで成仏できそうです」スタ…

    「ちょっと、女!」

    224 = 205 :

    「先生も酷すぎますよ!!女は31日にはこの世から完全にいなくなるんですよ!!」

    先生「そうなの。まぁ、何十年前も何百年も前からトンネルや橋に取り付いている悪霊みたいになるよりはいいんじゃない?」

    「女もいいのかよ!」

    「いいんですよ。それが先生のやさしさですから」

    「どこがやさしいんだよ!」

    「今先生がおっしゃった通りですよ」

    「この世に愛着を持った死霊ほど残酷な存在はありません。この世への希望を断つことこそ、死んだ私に対してできる最後の手向けだと思っているんでしょう」

    「そんなのお見通しですからね。あなたのその振り絞った突き放しの愛情なんて、今の私にはこの世に愛着を持つ理由の1つにしかなりません」

    「私も、中学生の時の私と違うんです。この人と出会って、他人の心の痛みにも目を向けるようになって、死んでから、ちゃんと生まれ変わったんです」

    「女……」

    先生「馬鹿ね。何言ってるのよ。はやく帰りなさい」

    「同情心だけで6回も新しいお花を買いますか」

    先生「もしかして、あなたが捨てていたの!?いじめの噂も聞いていたから、てっきりその延長かって……」

    「違う所にまとめておいてあります。私は受け取る資格がないと、つい今日まで思っていたんです。先生以外の人は私が死んだことなんて、同窓会の飲みの席以外では思い出しもしませんよ」

    先生「何度も買いに行くのも大変だったのよ。監視カメラでもつけようかと思ったくらい。不謹慎だからやめたけど」

    「幽霊を撮影するよりはマシですね」ジー

    「あ、あはは…」

    225 = 205 :

    「だから先生が今日なんと言おうと、私の中の先生は変わりません」

    「ふとした時に見せた悪い姿だけがその人の全てだと思ってはいけないと思うようになったんです」

    「放課後に何度も何度も相談に乗ってもらったのに、無茶な要求だけを聞いてくれなくて憎悪をしたり」

    「ひと目のつかないところで不謹慎なことをしていても、それがその人そのものだと思うのはやめるようにしたんです」

    「逆に、普段意地悪な人が稀にやさしくしてくれてもその人は意地悪です」

    「優等生の稀な悪行と不良の気まぐれのやさしさばかり取り上げられるのは理不尽だって先生も話していました」

    「性善説とか、性悪説とか、人の本音は際で出るとか、偉人の多くの考察がありますが」

    「私にとっての先生の姿は、憧れていた時の先生の姿なんです」

    「ちゃんと、自分に原因を求めれば単純なことだったんです」

    「自分が際にいる時に、相手をどう思うかが大事なんだって」

    「借金に追われた親友が、自分を裏切ってお金をだまし取ったらそれが親友の本当の姿、ではないんです」

    「自分が死の淵に立って親友を思い浮かべた時に、浮かんだのがお金をだまし取った姿であればそれが親友の本当の姿。浮かんだのが一緒に仲良く遊んだ日々の姿であればそれが親友の本当の姿」

    「全部、自分で決めてしまえばいいんです」

    「どうです先生、シンプルでしょ?」

    「もう、役立てる機会もないんでしょうけどね。あはは」

    先生「ちゃんと自分で考えるようになったのね」

    先生「私が悪い男に捕まってたときと、少し思考回路が似てるから心配だけどね」

    「ええ、そうなんですか。どおりで……」

    「おい、何故視線をこちらに向けるのだ」

    226 = 205 :

    先生「人の本性なんてものが本当にあるかもわからないものね」

    先生「私だって、私の本性なんてわからないわ。あなたもそうでしょ」

    「自分で自分を良い人だと思う時もありますが、悪い人だと思う時もあります。だいたい負け越していますが」

    先生「Aさんという人は、Bさんにとっては良い人でも、Cさんにとっては悪い人」

    先生「じゃあAさんはAさん自身にとって良い人なのか、それとも悪い人なのか」

    先生「先生もわからないまま、もうアラサーよ」

    「先生は、もう恋人はつくらないんですか?」

    先生「来年結婚するわよ」

    「そうなんですか!?」

    先生「そう。社内婚。とっても仕事ができる人なの」

    先生「私は私の良さをわからないけど、あの人は私の良さを知っているみたい。一方あの人はあの人自身を高く評価していてちょっと鼻につくけど、私から見ても良い男なのよね」

    先生「シンデレラも白雪姫も嫌な話よね。理不尽な目に遭っていても、美貌があれば最後は王子様と結婚。ちゃんちゃん」

    「ついに自分で美人だって認めた!!」

    先生「あははは!あなただって美人じゃない」

    「そんなこと……」カァア///

    先生「ちょっと、ガチ照れかい。ねぇ、あなた?」

    「まぁ……」カァア///

    先生「こっちもかい」

    227 = 205 :

    「先生、幸せになってくださいね」

    先生「うん。めげずに」

    「今幸せの絶頂なんじゃないですか?」

    先生「生きることは、つらいわよ。好きな人よりも嫌いな人が多いし、期待よりも不安が多いし、嬉しくて泣いたことより悲しくて泣いたことの方が多いわ」

    先生「蚊取り線香のにおいを嗅ぎながら窓辺から見る夏空の花火や、賢い生徒が懇切丁寧に考えた空想の中の星々など、この世はありとあらゆる美しいもので満ちているのに、死にたいって思わせるくらいにね」

    先生「こんなにも素晴らしいのに死んでしまいたくなる世界。同時に、そんな世界にも関わらず、今日も生きているのは、それだけの可能性がある世界だからなのよね」

    先生「実際、そうね。正直結婚に関してはかなり幸せよ。いつか良いことあるかもしれないって思って生きてたら、本当にあったんだもの。困っちゃうわよね」

    「いつかいいこと、ですか……」

    先生「長話してごめんなさいね。あら、4時までそんなに時間ないわね。このあと二人きりでデートするんでしょ?」

    「し、しませんよ!」

    「せいぜい二人で話したり歩いたり花火したり音楽聴いたりするだけです!!」

    先生「あ、あらそう」

    228 :

    先生「ちょっとわるいんだけど、この子と二人きりにしてもらってもいいかしら?」

    「はい。外で待ってますね」

    先生「外は危ないわよ。バスルームの中で待ってて。暖房もつけるから」

    「先生、脱いだ下着ちゃんと隠してくださいね」

    先生「はいはい。見てほしくないものね」

    「見られたくないんです!」

    「どういう意味?」

    先生「こっちよ。ついでに音楽でも聴きながら待ってなさい」

    「いいですね。ノリの良い曲聴いて踊ってますね」

    229 = 228 :

    先生「おまたせ。彼、自分で音量あげてたわよ。やさしい男ね」

    「先生ほどじゃないですよ」

    先生「私のやさしさは自分のためよ」

    「さっき私が出ていこうとした時に、先生冷たいこと言いながら普通に目が泣いてましたもん」

    先生「そうだったかしら」

    「あの人は変な冗談ばっかり言ってるだけです」

    先生「ああいう人こそ一人の時は真剣に考えているものよ」

    「まぁ、そうかも……」

    先生「それで、何かまだ話していないことがあった?」

    「いや、その…」

    先生「話しづらいこと?」

    「言ったら今日の全てが台無しになってしまうような気がして」

    先生「そんなことってある?」

    「はい…」

    先生「じゃあさ、私からちょっと聞いてもいいかしら?」

    「はい、なんでしょう」

    先生「彼とはどうなのよ?」ニヤニヤ

    230 = 228 :

    「どうもこうも、見たまんま、普通ですよ」

    先生「あなたが特に感激してくれた言葉があったじゃない。幸せを求めて他人に話しかけるんじゃなくて、幸せな時に人に話しかけなさい、みたいな。私のおばあちゃんの言葉なんだけど」

    「はい。だいすきな言葉です」

    先生「あなた、今日、私に話しかけてきた」

    先生「あなた、今、幸せ」

    先生「そばに、男、いたから」

    先生「そういうことよね?」

    「原人差し込んだのは理由があるんでしょうか」

    231 = 228 :

    先生「掴みづらい子よね。一見礼儀正しそうだけど、実はそんなことなさそうっていうか」

    「そうなんですよ!!不真面目どころか、不謹慎の塊で、変態です!」

    先生「不謹慎の塊で、変態」

    「真面目なのか馬鹿なのかわからないことも多いんです」

    「この前も、あの人が寝袋にくるまりながら独り言を言ってるのを聞いたんです。多分何日間にもかけて自問自答していたんだと思いますが。『恋と愛の違いはなんだろうか』って。その10秒後には『洗濯済みの女性下着に価値がないのだとしたら、洗濯に使った水には使用済み下着同等の価値があるといえるのだろうか』ですって」

    「本当に何言ってるだろうって呆れましたよ。洗濯水に価値があるなら、女性が入ったプールの水も高値で取引されているはずじゃないですか!」

    先生「ツッコミどころが4箇所くらいあるんだけど」

    「まぁつまり、変態なんですよ」

    先生「どこが好きなの?変態なところ?」

    「違います!特に好きなところなんかありません!」

    「ひねくれてるし、基本頑張らないし、ニートの真似事一人でしてるし」

    「でも、重い空気をバカバカしさで壊してきたり、過去に真剣に向き合ったり、どんなことでも受け入れるというか気にしないようなところがありまして」

    「なんだか、放って置けないんです……」

    先生「…………」

    「本当に危なっかしいんですよ。自分の周りをちゃんと見れていなくて。かと思えば、不謹慎の塊のくせに他人の感情に関して繊細過ぎる時があったりして」

    先生「本当に、好きなのね」

    「えっ」

    先生「好きなのね」

    「えぇっ!?」

    232 = 228 :

    「本気で言ってるんですか!?」

    先生「あなたこそ本気でわかってないのかしら」

    「好き…好きとはなんでしょう…寝袋の変態不謹慎ニートが気になることが、好きということ…??」

    「生きてたら今冷や汗凄い出てると思います…」

    先生「なんでもかんでも定義付けしてもしょうがないわよ」

    先生「私も、『○○とは△△である』ということを、一生懸命大学生の時に考えたわ。でもほとんどを忘れてしまったし、結局、臨機応変に考えるしかないなって」

    先生「ましてや過激な言葉で表現したくなりがちだしね。例えば『生きるとは、食べて、寝て、他者と手を取り合いながら日々を過ごすことである』って感覚ではわかっていても『生きるとは、他者を自分の下に積み上げて星に手を伸ばす行為である』みたいに表現したくなるの」

    先生「大学生の時の私は、こう考えたわ」

    先生「あえて、セックスをしないこと。それが愛」

    先生「恋と愛の違いの定義というよりは、恋と愛の性質や条件なんだけど」

    「男の人には都合の悪い回答かもしれませんね」

    先生「したかったら止めないわよ?それが恋なんだから。私だってバンバンしてるし」

    「うわぁああ…今のは聞きたくなかった…今のは聞きたくなかったです…」

    先生「高校生に言うことじゃなかったわね…」

    「…………」

    「セクロス、ですかぁ」

    先生「なにその言い方」

    「多分、私は出来ないです。食べることも、寝ることも制限の対象です。子孫をつくるという行為にはなにかしらの形でストップがかかるのでしょう」

    先生「まだそういう間柄でもなさそうよね」

    「はい。出会ったばかりですもん」

    先生「そうなのね」

    「でも……」

    「もしするとしたら、やっぱりお墓でするんですかね……?」

    先生「何言ってるのよ!!」

    「そ、そうですよね!あはは、何言ってるんだろ、私。冬は寒いですよね」

    先生「気温の問題じゃないでしょ!」

    「あ、ああ、そうですね!丑三つ時じゃないと人が通るかもしれないし」

    先生「時間帯の問題でもないわよ!不謹慎とかそういう問題でしょ!」

    「不謹慎……不謹慎!?」

    「不謹慎ですよ!つい、忘れてました…」

    先生「忘れてたって……」

    「先生、どうしよう……私、変態になっちゃった」

    先生「あらあら。どうしましょうかね」

    233 = 228 :

    先生「残りの日々も変わらず過ごすのかしら」

    「はい、何もしない予定です。たとえ世界が滅びようがです」

    先生「過激なことを言うのね」

    「普通のことです」

    先生「これでもうやり残すことはない?」

    「まぁ、ほとんどは…」

    先生「そうね。まださっきの話の続きが残ってたわよね」

    「やっぱりやめようかな……」

    先生「話すだけならただよ?」

    「でも、せっかく変われた私を見せられたのに」

    先生「言ってみなさいって」

    「失望しませんか?」

    先生「しません」

    「断りますか?」

    先生「わかりません。いいから言いなさい」

    「先生。あの、今からちょっとだけ」

    「ちょっとだけ、お母さんになってくれませんか…?」

    235 = 228 :

    先生「男くん!来て!」

    「Say!Hey!俺は君に夢中!思いよ届け宇宙!営業頑張って受注!」

    先生「急いで!」

    「わぁあ!先生!どうしました?てかっ、部屋真っ暗じゃないですか」

    先生「恥ずかしいって言うからね。撫でてあげてほしいの」

    「あの、お二人で一体どんなプレイを……」

    「わぁぁあああんん!!おがぁさんんん!!!」

    「女!?えっ、泣いてるんですか!?」

    先生「大泣きよ、涙こそ出てないけど」

    「うぇええんんん!!あぁぁああううう!!!」

    先生「ほら、撫でて!」

    「いや!まずいですって!」

    先生「君にしかできないことなの!ほら、手貸しなさい!」

    「おわわっ!」

    サスリサスリ

    「うぅうううう……」

    先生「よーしよし、良い子だねぇ」

    先生「がんばったね。えらいね」

    「うううう……うぅ……」

    先生「さっきより落ち着いたんじゃないかしら」

    先生「よーしよしよし」

    「ううぅううう……硬い……」

    先生「手に力入り過ぎよ」

    「だ、だって」

    先生「もう大丈夫だよ。がんばったね」

    236 = 228 :

    「うう……」

    「背中……」

    「かゆいのか?」

    先生「違うわよ!さすってあげるの!」

    「お母さん…抱きしめてほしい…」

    先生「だ、抱きしめるの!?」

    「どうしましょうお母さん」

    先生「よ、よし!」

    先生「そこの毛布身体に巻いてあげて」

    「はい!ほら、女」

    「うぅううう……」

    先生「身体借りるわよ」

    「借りる?」

    先生「抱きしめるの」

    「えっ、ちょっと、先生!?」

    先生「よいしょ」ムギュリ

    「うおっ!!」

    先生「…………」

    先生「女ちゃん、感じる?」

    「……うん」

    先生「落ち着く?」

    「……おちつく」

    先生「つらかったね」

    「……うん」

    先生「さみしかったね」

    「……うん」

    先生「男くん、息してる?」

    「」

    先生「時間を止めてるわね。紳士ねぇ。偉い偉い」

    237 = 228 :

    「…………」

    「……先生、もう大丈夫。ありがとう」

    先生「うん。離すわね」

    「…………」

    「離しました?」

    先生「離したわよ……あら」

    「」

    先生「半気絶してる」

    「こら、邪魔!」

    「ぬぉっ!!?」

    「あれ、俺は確か天国に行って…」

    「現世ですよ。人の身体にいつまでも抱きついて」

    「だ、だって先生が」

    「先生が離した後もよ」

    「やってることは同じじゃん!」

    「全然違うわよ!」

    先生「まぁまぁ。女ちゃんもスッキリしたかしら」

    「へへへ。凄い恥ずかしかったけど、お願いしてよかったです」

    「先生、ありがとう」

    238 = 228 :


    先生「男くんもありがとう。女ちゃんからは甘い香りがしたかしら?」

    「あ、あの!私一月近くお風呂に入ってないんですよ!」

    先生「私は触れることすらできないからなぁ」

    「ふふっ…僕だけの秘密です」

    「ちょっと!腐乱臭とか言ったらぶん殴るりますからね!」

    「大丈夫大丈夫。瓶詰めにして嗅がせてほしいくらいだよ」

    「ちょ、まじきもいです」

    「」

    先生「ダメよ。そんなこと言ったら喜んじゃうわよ」

    「先生まで!」

    先生「私の夫なら喜ぶわね」

    「えっ」男「えっ」

    240 = 228 :

    先生「男くんはどういう子がタイプなの?」

    「!?」

    「ええー、そうですねー」

    「殴らなくて、蹴らなくて、ちょっと変態な子ですかね」

    「ふ、ふーん。あー、そうですか。暴力女はごめんですか」

    先生「女ちゃん、大丈夫よ。ちょっと変態って最後に言ってるわ」ボソッ

    「違いますって!!」

    先生「ああ、とてつもない変態?」

    「むぅ…!」

    先生「かわいい」

    241 = 228 :

    先生「女ちゃんあやしたりしてるうちに喉が乾いて来ちゃった。男くんも何か飲む?」

    「じゃあお茶かお水を。できれば冷たいのを」

    「はいはい。私が持ってきますよ」

    先生「冗談よ。私が持ってくるわよ」

    「いえ、それくらいさせてください」トットットッ…

    先生「…………」

    先生「あの子の好きなタイプはどうなのか気にならない?」

    「先生みたいな人じゃないですかね」

    先生「私とあなたって似てると思う?」

    「僕が全然及ばないという意味で、似てないと思います」

    先生「謙遜しなくていいのに」

    「じゃあ僕が遥か格上だという意味で、似てないと思います」

    先生「やっぱり謙遜して」

    「あの、女って明るい頃はどういう生徒でしたか?」

    先生「賢かったわよね。しかも、素直な子だった。私がおすすめしたものを何でも吸収しようとした」

    先生「今度観てきます。帰ったら調べてみます。暇な時行ってみます。社交辞令で終わらせるようなセリフを全部実行してたわね。よけい可愛かった」

    「夏休みの宿題も早めに終わらせてたらしいですね」

    先生「ふふっ。そうね。あったわね、そんなことも」

    242 = 228 :

    先生「善い環境にいるときは、その環境を全て受け入れて成長するような純粋な子だったから。悪い環境にいるときも、心が暗い方へと早く染まってしまったんでしょう」

    先生「魅力を持った子よね。あの頃はかなりモテてたんじゃないかしら」

    「へー」

    先生「でも男子には目もくれず、私や勉強に夢中だったけどね」

    「ふーん」

    先生「やっぱり私というよりあの子と似た者同士ね」

    「えっ?」

    先生「それにしても遅いわね。迷うような広いお家ではないんだけど」

    243 = 228 :

    先生「…………」

    先生「あらあら、ジュースが溢れてるじゃない」

    先生「床までびしょびしょ。良い子なのに、世話を焼かせるわね」

    「前回測った時より消滅の時間が早いです。出現時間は遅かったんで、延びるんじゃないかって予想してたんですが…」

    先生「寿命の近付いたねこみたいね。本人は消えるつもりなんかなかったんでしょうけど」

    先生「本当に…あの子は…いつもいつも……」ポロポロ…

    244 = 228 :

    先生「ごめんなさいね…」

    「いえ」

    先生「…………」

    先生「あのさ、女ちゃんどんなにおいがした?」

    「無臭でした。シャンプーの艶は目で見えるのに、においだけは何も無いってくらいに」

    先生「そうなんだ」

    先生「男くんはどういう子がタイプなの?」

    「綺麗で、やさしくて、幽霊になっていたような子です」

    先生「さっきと同じ回答だったかしら」

    「数年に及ぶ一方的な片想いが数日間の恋に敗北して、ちょっと後ろめたい気持ちです」

    先生「告白するの?」

    「告白する勇気はあります。でも、するべきなのどうかわからずにいました」

    「けれど、します」

    「後悔の塊だった過去の自分が"しないことをオススメしてくる"から、するべきなんだって思います」

    245 = 228 :

    「あの子が消えるまでの数日間、友達でも恋人でもない関係のまま、この世界への疑問とか、綺麗な景色についてとか、純粋な好奇心を満たす時間を2人で共有するのもとても魅力的な時間だとはわかっています」

    「けれど、好きな人には、ちゃんと好きだって伝えるべきなんだと思います」

    「非現実的な空気も好きですけど、恋人とカラオケに行ったり、ボーリングをしたり、手を繋いで星空の下を歩いたり。いかにも当たり前に見える幸せを、ちゃんと享受することが僕と女にとって必要なことだと思うんです」

    「人に触れられない女が深夜に安心して遊べる場所なんてこの辺じゃ限られていますけどね」

    「なにより、女が僕を受け入れてくれるかどうか……」

    先生「いつ告白するの?」

    「明日の丑三つ時、女が現れたあとすぐです」

    先生「さっそくなのね」

    「時間の大切さがわかったんです。少なくとも、残りの5日間は、人生で1番大切な5日間だと」

    先生「振られて気まずくなっちゃったらどうするの?」

    「どうしましょうか。どうやったらその気まずさを解消できるのか、2人で2時間話し合うとか」

    先生「いいわね、それ」

    246 = 228 :

    先生「それじゃあ、明日にそなえてしっかり寝ないとね。家、ここから近いの?」

    「タクシーで30分くらいでした」

    先生「タクシーで来たのね。お金持ってる?」

    「あー……少しは」

    先生「あのは、最初から歩いて帰るつもりだったでしょ」

    「女といる時間はどうでもいいかなって」

    先生「どちらも大切にしなさいよ。あの子といない時間も大切にすることが、あの子を大切にすることにも繋がるの。ゼロサムゲームってやつではないんだからさ」

    先生「タクシー呼ぶわ。奢ってあげるから。いつかあなたが大人になったら同じことを誰かにしてあげなさい」

    「すいません、何から何まで」

    先生「こっちのセリフよ。こちらこそ、今日の夜に心のどこかが救われた気がするわ」

    247 = 228 :

    「先生は今から仕事ですか?」

    先生「休むわよ」

    「そ、そうですよね」

    先生「徹夜して会社に行ったことは何度かあるのよ。有給も私用がある時以外は使わないようにしてるし」

    先生「でも、今日は考えたいの。眠りたいの。それに、またちょっと泣きたいかも」

    先生「生きているからね。つらいことも、大切にしたいの。時間を取って尊重してあげたいの」

    先生「これでも私はね、夏休みの宿題、夏休みが始まる前に終わらせていたような人なの。自分のことだけを考えていればいい今の会社では余裕があるわ。こんな私をよく妻にしようと思ったなと、仕事中毒の彼に対して思うくらいにね」

    先生「急ぎは善よ。残りの時間、2人で大切にしなさい。お礼やお詫びなんかいらないからね」

    248 :

    いいなこの感じ

    249 = 228 :

    先生「タクシーもう着いたみたいね。あそこの道路よ」

    「はい。今日はお世話になりました」

    先生「気をつけて帰ってね。傘、返すのめんどうだろうし、持って帰っていいわよ」

    「そんな。ビニール傘でもないのに」

    先生「いいっていいって」

    「……あっ、雨止んでるみたいですよ」

    先生「ほんとだ」

    先生「なんだか、夜でなければ、虹が見えそうな天候ね」

    「虹ですか」

    先生「夜に虹が見えることもあるのよ。日本ではなかなか無いけどね」

    「初耳です」

    先生「なんだか、似てるわよね。虹と幽霊って」

    「どういうところがですか?」

    先生「無いようなのに、在るところが」

    250 = 228 :

    お墓に菊が供えられるのには複数の理由に由ると言われる。。

    実用性の面では、長い期間花が保ちやすく、枯れた花びらが散らかりにくいという理由に由る。

    精神性の面では、菊は万病を避け、不老長寿をもたらす薬草として日本にもたらされてきたという言い伝えに由るとされている。

    そんな菊に相応しい花言葉として「高貴」という言葉があてがわれている。

    一方、色によって異なる花言葉については、触れられることはあまり無いのではないだろうか。

    【数年越しの片想いに決着をつけた男】
    黄色い菊の花言葉「破れた恋」

    【恐怖を乗り越えて供花の理由を尋ねに行った女】
    白い菊の花言葉「真実」

    【そして、2人が迎える窮まりの丑三つ時は】
    赤い菊の花言葉



    最終話「あなたを愛しています」



    さよなら、大好きな人。


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