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    元スレ八幡「やはり俺のアイドルプロデュースはまちがっている。」凛「またね」

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    351 = 1 :




    「やるわね文香ちゃん……」



    というか、トップバッターがこの人だった時点で色々ダメだったのかもしれない。

    次だ次!



    「鷺沢文香さんありがとうございました。では続きまして、エントリーナンバー3番。”最近胃薬を飲むようになりました”渋谷凛さんです。どうぞ!」

    八幡「責任を感じる」



    恋する女は奇麗さ~♪ ともはやお決まりの曲の後、我らが担当アイドル渋谷凛が躍り出る。……いやごめん盛った。かなり嫌々出て来た。



    「えーっと……」



    前に出たはいいが、視線を彷徨わせかなり躊躇った様子の凛。どうにも踏ん切りがつかないようだ。

    しかしまた協力してほしいと言われたらどうしようかと思ったが、この様子じゃそれはなさそうだな。一体何をするつもりなのか。

    ……正直、担当プロデューサーとして凛の思う”カワイイ”がなんなのかは興味がある。



    「……よし。いくよ」



    どうやら決心がついた様子。ともすれば睨むかのようなその決意の眼光は、これからカワイイことをしようとしているアイドルとはとても思えない。ちゃんとカワイイの意味を理解しているのかかなり心配になるな。

    さて、我が担当アイドルは一体何をーー






    「渋谷凛。諸星きらりのモノマネをやります」

    八幡「は」

    「すぅーー……うっk

    352 = 1 :







     ※ しばらくお待ちください。 ※





    353 = 1 :







    カメラの映像はそこで途絶えている。

    きっと、思わず担当プロデューサーがカメラに残すことを躊躇うほど、劇的な何かがあったのだろう。もっと言うとシン劇的な何かが。


    撮影が再開した時、そこには羞恥に打ち震える担当アイドルの姿があった。



    「~~~~っ!」

    八幡「もういい……よくやった……お前はよくやった……!」



    凛の決死のカワイイ行動……俺はよっぽどタオルを投げようかと思ったが、それでも担当アイドルのステージを邪魔してはいけないと、最後まで見届けた。凛は最後までやり切った。ラジオからまた腕を上げたな……



    「どうでしょう、解説の比企谷さん」

    八幡「凛が優勝で良いんじゃないでしょうか」

    幸子「ボクまだやってませんよ!?」

    「お静かにお願いします」



    さすが輿水。隙がない。お前もうそっちの道で行ったら?



    八幡「まぁ冗談はその辺にして。可愛さをアピールにするにあたって諸星をチョイスするというのは中々良かったんじゃないですかね。……若干一発芸感は否めませんが」

    「確かにあれだけ可愛いことに余念の無いアイドルもいませんからね」



    女将さん諸星のこと知ってるんだという素朴な疑問は置いといて、輿水もそこは同意なのかうんうんと頷いていた。輿水の思う可愛いアイドルっていうのもちょっと興味あるな。



    八幡「あとこれはあくまでファン目線での話ですが、恥ずかしさに悶えながらも可愛くあろうとする姿はアイドルとしてかなり可愛く映ったのではないでしょうか。……あくまでファン目線での話ですが」

    「とても主観の入ったご意見ありがとうございます」

    八幡「やっぱり凛が優勝で良いんじゃないですかね」

    輿水「だからボクまだやってませんよ!?」

    「お静かにお願いします」


    354 = 1 :




    なんか凛が「私もプロデューサーに手伝ってもうようなのにすれば良かった……」とか呟いているが、こっちの体力が保たないのでノーサンキューです。



    「少々解説から担当贔屓のあるような発言も見られましたが、渋谷凛さんありがとうございました。……それでは、次で最後になります」



    いよいよ、ラストのあいつが登場か。何の因果か、トリを飾ることになろうとは。



    「エントリーナンバー4番。”自称・カワイイ”輿水幸子さんです。どうぞ!」

    八幡「初期の肩書きを踏襲していくスタイルは嫌いじゃないです」



    恋する女は奇麗さ~♪ とこれで最後になる曲が流れ、輿水幸子はそこに現れた。認めるのは癪だが、妙にオーラを出すじゃねぇか。



    幸子「フフーン。さぁ、世界で一番カワイイボクの、最高にカワイイところをとくとご覧あれ!」



    言い放ち、自身たっぷりの笑顔。

    さぁ、自称世界一カワイイアイドル輿水幸子はどう出る……?



    幸子「…………」

    八幡「…………」

    幸子「…………」

    八幡「…………?」

    幸子「…………」

    八幡「……おい、どうした?」



    宣言し、笑顔をつくったっきり微動だにしない輿水。特に話すこともしない。その余裕の表情から、緊張して何も出来ずにいるというわけでもなさそうだ。


    355 = 1 :




    八幡「何かしないのか?」

    幸子「ええ。何もしませんよ」

    八幡「は?」



    意味が分からず変な声が出る。何もしない??






    幸子「だって、こんなにカワイイボクですから、こうして笑顔で立っているだけで、最高にカワイイでしょう?」


    八幡「…………」






    ………………。






    幸子「フフーン、どうしました比企谷さん? ボクのあまりの可愛さに、声も出せn…」

    八幡「優勝、渋谷凛」

    「以上、『本当にカワイイのは誰か選手権』でした」

    幸子「あれぇ!!?」



    こうして何ともあっけなく勝負は幕を閉じた。

    ちなみに、準優勝は鷺沢さん。





    356 = 1 :




    × × ×






    八幡「さて、女将さんにもお帰り頂いたし、真実を聞かせて貰おうか」



    とんだ茶番に付き合わせてしまって、ちょっとご迷惑だったかな。……普通に考えて迷惑か。でも楽しそうにはしていたし、合意の上だしな。後でちひろさんに頼んで菓子折りでも送らせて貰おう。

    しかし、企画発案者で最下位になった当の輿水は拗ねてるご様子。



    幸子「ボクとしては、勝負の判定に不満があるんですが……」

    八幡「まだ文句垂れてんのか。もう一回戦いっとくか?」

    「絶対嫌っ!」



    違う方向からの瞬時の即答だった。優勝者が一番嫌がってるってこれどうなの。まぁ、そうは言っても俺だってやりたくないが。



    幸子「……分かりました。ちゃんと話しますよ」



    渋々ではあるが、ようやく折れてくれた輿水。こいつも約束は守る辺り、根は真面目だよな。



    幸子「あの時、トイレに行ったのは本当なんですよ。ただちょっと事情があって……」

    「? トイレというのは、お部屋のトイレですか?」

    幸子「いえ、一階にあるレストルームです。そこで、その……」



    またごにょり始める幸子。なんだ、一体何がそんなに言いにくいというのか。


    357 = 1 :




    「一階のレストルームということは、確か早苗さんも行ったとおっしゃってましたね」

    「でも、幸子とは会わなかったって……」

    幸子「いやその、本当は会ったというか、見たと言いますか…」

    「見た?」



    見た……って言うのは、その、つまり……



    八幡「……まさか」

    文香「霊的な何か……ですか?」

    幸子「違いますよ!! そういうのは小梅さんにおまじないをお願いしてるんで大丈夫です!」



    なんだ良かった。もし本当にそういうアレを見たとか言い始めたら夜出歩けなくなる所だったぜ。場合によっては帰らせてもらう。帰れないんだけど。

    ってか、白坂のおまじないってそれ大丈夫? 逆に寄り憑かれる系のやつじゃない?



    幸子「見たというのは、早苗さんを見たという意味です!」

    八幡「……あー」



    会ったのではなく、見た。そして、あまり言いたくはない事実。
    その輿水の言い回しで、何となくは察した。



    八幡「それは要するに、あまり人に言えないような現場を目撃した、ってことか。……早苗さんの」

    幸子「……そういうことに、なりますね」



    目を逸らし、ばつが悪そうに言う幸子。なるほどな。

    ああも理由を説明したがらないから、一体どんな醜態を晒したのかと思えば……他の誰かの秘密を守ろうとしていただけだったとは。



    幸子「……? なんで笑ってるんですか?」

    八幡「いや、なんでもねぇよ」



    うちの事務所って、こういう奴しかいないのかね。


    358 = 1 :




    「ふむ……その現場というのは、一体?」

    幸子「あれ!? それ普通に訊いちゃうんですか!?」

    「探偵ですから」



    にっこりと、非常に良い笑顔で言う楓さん。非情にと言った方が正しいか。
    まぁ、野暮な詮索であることは既に重々承知。でも気になるからね! 仕方ないね。



    幸子「ええと……さすがにこれ以上は、アイドルの矜持に関わると言いますか…」

    「いいのよ幸子ちゃん。もう、喋ってしまっても」



    と、どこからか突然謎の声。

    楓さんが「何奴!」とか言って振り向いているが、声ですごい分かるしもう既に何だか残念な感じが漂っている。



    早苗「あたしよ」

    幸子「さ、早苗さん!」

    早苗「ごめんなさい幸子ちゃん。辛い思いをさせたわね……」



    ひしっと、何やらお涙頂戴な抱擁をしているが、こっちはさっさと進めて頂きたいんじゃが。



    八幡「そういうのいいんで、早く話してもらえます?」

    早苗「もう! 雰囲気が無いわね!」



    ならもうちょっと演技を頑張ってくれ。撮影が今からちょっと不安になってきたよ?



    早苗「言っておくけど、武蔵とは無関係よ? あたしがちょっと、その、粗相をしちゃって、それにたまたま幸子ちゃんが居合わせただけの話だから」

    八幡「…………」



    あれ? これ、俺聞いて大丈夫なやつ?

    思わず俺が変な汗をかき始めると、それに気付いたのか早苗さんは慌てて訂正をする。



    早苗「あっ、粗相っていうのは別に、間に合わなかったとかそういう意味じゃないわよ!? 言葉の綾だってば!」


    その台詞でホッとする。なんだ、そうか。別にこっちはそんなつもりもないのに、セクハラでもしたかのような錯覚になって焦ったぜ。


    359 = 1 :




    早苗「アイドルとしてそんな醜態は晒さないわよ~アッハッハ」

    八幡「ですよね。安心しました」

    早苗「ええ。ちょっとゲロっちゃっただけだから」

    八幡「おいッ!!!」



    いや言ったね! 今アイドルとして充分な醜態をハッキリと!!



    早苗「停電の間も暇だからって飲んだのがいけなかったのかしらね~思いっきりやっちゃったわ」

    八幡「いいです。そんな説明はいいです……」



    問い詰めたのは確かにこちらだが、それでも中々に聞きたくない話だった。そりゃアイドルとして隠したくもなるわ……



    「なんだ、そんなことですか。私たちなら別に珍しい話じゃないのでは?」

    早苗「うーん、普通に吐いただけならそうなんだけどねー」

    八幡「そういう会話をしれっとしないでくれます?」



    あの、貴女たちアイドルなんですよ? 分かってます?
    しかし俺のツッコミも早苗さんは完全スルー。



    早苗「……言っちゃってもいいわよね? 幸子ちゃん」

    幸子「うぐっ……」



    あからさまに顔をしかめる輿水。なに、まだ何かあんの?
    というか、この口ぶりだと早苗さんじゃなくて、輿水絡みで……?



    早苗「ーー彼女、もらっちゃったのよ」






    アイドル 輿水幸子!  も ら う !






    八幡「あー……」

    輿水「だから言いたくなかったんですよー!!」


    360 = 1 :




    俺を含め一同、なんとも言えない顔になる。
    なるほどな……早苗さんだけじゃなく、しっかり自分の醜態も含まれてたわけだ。

    なんちゅーか、ちょっと申し訳なくなってきた。



    早苗「トイレでゲーゲーいってる所に彼女が来てね。最初は背中をさすってくれてたんだけど、いつの間にかいなくなってどうしたのかなーと思ったら、隣で見事に、ね……」

    輿水「フギャー! やめてくださいよ! そんなに事細かに説明しなくていいですから!」



    もはや半泣きの輿水。これは確かにアイドルとして隠したいわな。……早苗さんはともかく。



    幸子「……アリバイを確認された時、急にトイレで会ってないなんて嘘を振られるから、誤摩化すのが大変でしたよ」

    早苗「いやーごめんなさいね。でもそういう意味じゃ、あたしと幸子ちゃんは共犯者だったってわけ。ああ、あと着替えの浴衣を貸してくれた仲居さんも」

    八幡「そんな言い方だけカッコよくされても」



    沈んだ様子の輿水に対して、快活に笑ってのける早苗さん。この人の場合本当に隠すようなことじゃなかったんだろうな。大方輿水に隠してほしいと言われ付き合ったのだろう。



    幸子「うう……ボク、アイドルなのに…」

    「大丈夫よ幸子ちゃん。あなたが思ってるよりも、うちの事務所のアイドルは吐いてるわ」

    幸子「なんですかその嫌なフォロー……」



    プロデューサーとしても本当にやめてほしい。頼むからそういうこと他所で言うなよマジで!



    「でも、嫌な思いをさせてしまったのは事実ね。謝るわ」

    幸子「……もういいですよ。ボクも、話したら少しスッキリしましたから」

    早苗「文字通り、吐いたら楽になったってやつね!」

    「ぶふっ」

    幸子「もーうっ! 本当に悪いと思ってるんですかー!?」



    そうして、部屋の中には笑い声が木霊する。

    何とも微妙な真実ではあったが……とにもかくにも、こうして輿水(ついでに早苗さん)の身の潔白は証明された。……ある意味じゃ潔白とは言えないかもしれないが、とにかく武蔵を持ち出した犯人ではなかったことはハッキリしたと言っていい。

    なんだか明かさなくていい謎を解き明かしてしまった感はあるが、まぁ、仕方ないな。


    361 = 1 :




    「ーーさて、それじゃあ次で最後ということになるわね」



    早苗さんと輿水と別れた後、再び談話室にて打ち合わせが行われる。

    最後の容疑者は、城ヶ崎莉嘉。
    本人は電波が繋がらないにも関わらず、部屋へ電話をしに行ったと証言していた。



    「でも正直、莉嘉もお酒を持ち出すとは考えられないんだけど」

    文香「確かに、そうですね……」



    既に何度も言われていることだが、莉嘉はまだ中学生。酒を欲しがることまず無いだろうし、他の理由も考えにくい。



    「そう言えば、楓さんは動機について考えが無いわけじゃないって言ってたけど、それはどうなの?」

    「ああ、それですか」



    ふむ、と。腕を組み、考え込むようにする楓さん。



    「……あるにはあるんですが、とりあえずは莉嘉ちゃんの部屋へ行きましょうか」

    「という事はつまり、また勝負するんだね……」

    「ええ。場合によっては♪」



    はぐらかすかのように微笑み、一人先に歩いて行ってしまう楓さん。
    こういう勿体ぶる所は探偵っぽく振る舞ってるのか、はたまた素でやっているのか。

    後をついて行き、程なくして莉嘉の部屋へと辿り着く。



    八幡「………っ! 楓さん」

    「? どうしたの比企谷くん」

    八幡「これ」


    362 = 1 :




    俺は楓さんへ一つの欠片を手渡す。



    八幡「扉の前に落ちてました」

    「これは……」



    眉を寄せ、”それ”をジッと見つめる楓さん。



    「なに? 何かあったの?」

    文香「見た所、ガラスの欠片のように見えますが」



    そう、ガラスの欠片だ。

    更に言えば、恐らくこれはーー破片。



    「……どうやら、莉嘉ちゃんとは勝負をする必要な無さそうね」

    「それってつまり……」

    「ええ。私の推測……探偵らしく言うなら、私の推理が正しかったみたい」



    楓さんは不適に、そして少し楽しそうに、微笑んでみせる。






    「それじゃあ、事件の幕を降ろしましょうか」






    言い放ち、扉をノック。
    次第に近づいてくる足音。


    固唾を飲む一同を前に、その扉は開かれた。





    363 = 1 :











    部屋には、5人の人間がいる。


    探偵、高垣楓を筆頭とした高垣探偵団4人。
    そして、城ヶ崎莉嘉。

    莉嘉のその表情は、部屋の中へ通されてから以前変わらない。
    いつもの莉嘉だ。



    莉嘉「それで、お話ってどうかしたの?」

    「莉嘉ちゃん……」



    が、楓さんの顔は真剣そのもの。

    かつてこれ程までに真面目な時があっただろうか。そう思わせる程の雰囲気を醸し出している。……やはり、お酒が絡んでいるからだろうか。そんな思いはそっと内に秘めておいた

    そして少しの間の後、その言葉は紡がれた。



    「……単刀直入に言いますね」

    莉嘉「うん?」

    「あなたが、剣聖武蔵を持ち出したのよね」



    楓さんのその言葉に、しんと部屋が静まり返る。

    だがそれも一瞬のことで、すぐに莉嘉は取り繕うかのように笑って話し出した。


    364 = 1 :




    莉嘉「な、なに言ってるの? アタシじゃないよー」

    「それじゃあ、どうして部屋へ電話をしに行った、と嘘をついたの?」

    莉嘉「嘘?」

    「ええ。この階はどの部屋も電波が届かないから、談話室か一階へ行かなければ電話は出来ないはずでしょう?」



    自分の携帯電話を取り出し、画面を見せるように掲げる楓さん。確かに、画面上部の方には圏外の文字が表示されている。
    これは俺たち全員の携帯もそう。確認したので、間違いは無い。



    莉嘉「そりゃあの時はそう言ったけど、部屋へ戻った後に電話できないのを思い出して、談話室まで行っただけだってば。説明が面倒だったからそう言ったの」

    「それじゃあ、実際は談話室で電話をしたの?」

    莉嘉「うん。だからそう言ってるじゃん」



    あっけらかんとそう言う莉嘉。まぁ、そりゃそうくるわな。
    別に莉嘉が言っている事におかしな店は無い。あの時はああ説明しただけで、実際は別の所で電話してましたーと言われればそれまでだ。何の疑いようもない。



    「ふむ。そう言われると、こちらも納得するしかありませんね。特に証拠もありませんし」

    「えっ」



    楓さんの発言に、素っ頓狂な声が上がった。
    上げたのは、誰でもない隣に座る助手。



    「証拠……無いの?」

    文香「……………」



    しかし凛もそうだが、どちらかと言うと隣の鷺沢さんの方が「ガーン……」とややショックを受けているご様子。もしかして劇的な謎解きを期待していたりしたんだろうか……



    莉嘉「えー証拠も無いのに疑ってたのー?」

    「ふふ、ごめんなさい。でも証拠は無くても、莉嘉ちゃんが持ち出したんじゃないかと思った理由はあるの」

    莉嘉「理由?」

    「ええ。順に説明してもいいかしら?」



    楓さんの犯人を追いつめる気のまるで無さそうなゆったりとしたトーンに、莉嘉も少々ぽかんとした様子だったが、すぐに顔を引き締め迎え撃つかのように笑う。



    莉嘉「うん。いいよ! 聞かせて」


    365 = 1 :




    この探偵と容疑者、実に楽しそうである。
    楓さんが小声で「これもある意味じゃ勝負ね」とこっちを見て笑ったが、確かにそうかもな。探偵と容疑者の直接対決。

    さて、我らが探偵はどう出るか。



    「まずみんな分かっているとは思うけれど、あの時夕食会場からお酒を持ち出すことが出来たのは、電気が回復してすぐに部屋を出た3人しか恐らくいない……そうよねミス・ワトソン?」

    「えっ、あ、ああ。うん、そうだと思う」



    突然の呼びかけに驚く凛。莉嘉は「ワトソン?」と何のこっちゃと首をかしげているが、今は面倒だから触れないでくれ。



    「プロデューサーと楓さんと私が懐中電灯を取りに行って、その間部屋から誰も出てないらしいから、その間に持ち出すのは無理だと思う。私たちもお互いが何も持ってなかったのは分かってるし」

    「そうね。部屋へ残った文香ちゃんも、あの誰がいつ戻ってくるか分からない状況でお酒を隠すのはまず不可能でしょう」



    くまなく探した結果夕食会場のどこにもお酒は無く、そして外へ出そうと窓を開ければ嵐のせいで必ず痕跡が残る。なので、お酒は部屋を出て行った誰かが持っていった……そう考えるのが普通だろう。



    「つまり考えられるのは早苗さん、レナさん、幸子ちゃん、そして、莉嘉ちゃん……ここまではいいかしら?」



    楓さんの確認に、莉嘉も探偵団も、全員が頷く。



    「それじゃあここからが重要なのだけど……実はさっきまで、莉嘉ちゃん意外の人たちに確認しに行ってたのよ」

    莉嘉「確認?」

    「ええ。なんでアリバイを聞いた時に、嘘をついたのか、とね」



    その発言に、さしもの莉嘉も目をパチくりさせ驚いた様子。そりゃ、こんな強引な捜査もそう無いわな。



    莉嘉「っていうか、みんな嘘ついてたんだ」

    「けれど聞いてみたら、どれも剣聖武蔵とは関係のない理由からだったわ。……あまり声を大にして言えないものだけど」

    莉嘉「えっ。何それ」



    そこで楓さんはチラと俺を見る。言っていいものかというなぞらしい。いや、それを俺に委ねますか。


    366 = 1 :




    八幡「……まぁ、後で本人たちに訊いてくれ」



    莉嘉はぶーぶー言っていたが、こう言うほかあるまい。兵藤さんの件は俺も知らないが、早苗さん……というより輿水案件はさすがに説明するのが憚られる。

    しかしそこで莉嘉はやや不満気な顔をつくる。



    莉嘉「えー。っていうか、もしかして最終的にアタシが残ったから疑ってるの? 理由ってそれだけ?」

    「まぁ、正直に言えばそれもあるにはあるけれど……でもそれだけじゃないわ。なにも金田一的推理だけで判断したわけじゃないの」

    八幡「あまりそういう敵を作りそうな発言はやめて頂けますか」



    ただちょっと鷺沢さんにはウケたらしい。笑ってる。というか、俺と鷺沢さんにしか意味が伝わっていなかった。



    「ずっと考えていたんです。今回の事件で、一番の謎を」

    莉嘉「一番の謎?」

    「そう。……それは、”動機”です」



    動機。

    何故、酒を持ち出すなんてことをしたのか。何故、隠すようなことをしているのか。
    それは事件が起きてずっと全員が不思議に思っていたことだ。



    「4人の内2人は未成年でお酒に興味は無さそうですし、残りの2人だってわざわざ独り占めしようなんて考える方たちじゃない……なら、一体何故持ち出したのか」

    莉嘉「…………」

    「最初はイタズラで隠しているのかとも思ったんです。ですがそれにしては長く引っぱり過ぎだし、これだけ探しているのに見つからないのもおかしい……」



    そこで、何故か楓さんは俺の方をチラッと見る。



    「でも、前に比企谷くんと話していて気付いたんです」

    八幡「俺と?」

    「ええ。”不可抗力による行動”……つまり、何か”隠さなければいけない理由”があったんじゃないかって」



    楓さん言っているのは、ペアを作って捜索した時のことだろう。

    悪意によった行動ではなく、そうせざるをえない状況。その可能性。



    「それを考えれば、お酒が探しても見つからない理由も見えてきますよね」

    「……文香、分かる?」

    文香「……いえ、残念ながら…」


    367 = 1 :




    ヒソヒソ会話を交わす助手と安楽椅子探偵。ここまで言えば気付きそうなもんだがな。



    「比企谷くんは、もう察しがついているんじゃないかしら」



    にこっと、期待の眼差しを向けてくる楓さん。
    いやー俺ただの語り部なんだけどなー……



    八幡「……見つからないんじゃなくて、もう”無い”ってことですか」



    俺の言葉で、二人も合点がいったのかハッとなる。



    「そう。つまり剣聖武蔵をーー”割ってしまった”。これが真実じゃないかしら」

    莉嘉「…………」



    いつの間にか、莉嘉は言葉をつぐんでいる。
    ジッと、楓さんをただ見つめたままだ。



    「夕食会場から持ち出した後……最初はさっき言った通りイタズラだったのかしら? そこは分からないけれど、ただその途中で何らかのトラブルにより、割ってしまった」

    莉嘉「…………」

    「処理は自分でやったか仲居さんに頼んだか……恐らく後者かしらね。早苗さんたちの件もあるし、黙っていて貰えるよう頼むのも不可能じゃないでしょう」

    莉嘉「…………」

    「これならいくら探してもお酒が見つからない理由になりますし、特におかしい所は…」

    莉嘉「……でも、やっぱり証拠は無いよね」



    やっと、莉嘉は口を開いた。
    その目は、未だ退く様子はない。



    莉嘉「その推理なら、別にアタシじゃなくても通用するよね? 他のみんなが説明したことも嘘だったかもしんないじゃん」

    「……ええ。確かにその通り」

    莉嘉「だったら……!」

    「けどそれでも、莉嘉ちゃんじゃないかと思う理由があったんです」


    368 = 1 :




    楓さんは、ゆっくりとその手を莉嘉へと差し出す。
    その手の平の上には、ガラスの欠片があった。

    黒く、まるで何かの瓶の欠片のような。



    莉嘉「っ!」

    「これが、莉嘉ちゃんの扉の前に落ちていたそうです」



    先程俺が楓さんに渡した、たった一つの欠片。
    だが、それが名案を分けた。



    「もしかして、それが割れた酒瓶の欠片ってことなの?」

    「ええ。おそらく」



    楓さんが勝負の場所をわざわざ相手の部屋を指定したのは、たぶんこれが本来の目的。
    別に欠片に限った話ではなく、何か部屋に痕跡が無いか、それを確かめるべく各部屋へ来たのだろう。



    文香「さきほど幸子さんの部屋で何やら探していたのは、そういう理由だったんですね……」



    確かにウロチョロしていた。もう少し上手く探せよと思ったのが正直なところ。

    ちなみに兵藤さんの時は相手に場所を指定されてしまったが、そこはそれ。あらかじめ予期していたのか既に楓さんは早苗さんと兵藤さんどちらの部屋にも行っていた。宅飲みをするという名目で。……まぁ、半分以上はそっちのが目的だろうけどな。



    莉嘉「…………」

    「もちろん、これが武蔵のものであるという確証もありません。もしかしたら本当に何の関係も無い破片かもしれませんし、扉の前にあったからと言って、莉嘉ちゃんが酒瓶を割ったとも限りません」

    莉嘉「…………」

    「これはただの私の推理……いえ、推測です。証拠も何もありませんから、もし違ったなら、謝ります」

    莉嘉「…………」

    「だから、聞かせて莉嘉ちゃん。……あなたがやったの?」



    優しく、諭すように、探偵は尋ねた。

    問い詰めるのではなく、解き明かすのでもなく、ただ単純に、彼女は尋ねたのだ。


    369 = 1 :




    莉嘉「…………その、前に…」

    「はい?」



    莉嘉の表情は、俯いているせで伺い知れない。
    聞こえてくるのはか細い声だけだ。



    莉嘉「…………一個だけ…訊いていい……?」

    「ええ。どうぞ」

    莉嘉「……………………アタシがやったって言ったら……怒る……?」



    その最早降伏したも同然のような質問に、楓さんは目を丸くする。

    丸くして、そして、本当に優しげないつもの笑みで、こう応えた。



    「まさか。そんなはずありませんよ」



    その言葉で、どうやらもう決着はついたようだ。






    莉嘉「……うっ…………ごめんなさぁ~~~いぃぃっ!!!!!」


    「あらあら」






    ひしぃ、っと。楓さんに抱擁……というより、しがみつく莉嘉。なんだか既視感のある光景だ。

    もっとも、さっきより目の保養にはなるがな。……すげぇな、こいつ。



    莉嘉「本当は、ちょっと隠すだけの、ドッキリとか、そういう出来心だったの! でも、まさか転んで割っちゃうなんて……」

    「いいのよ。莉嘉ちゃんに怪我な無くて良かったわ」



    頭を撫で、まるでお母s……お姉さんのように慰める楓さん。さっきまで探偵と容疑者だったのに、今はそんな雰囲気はどこへやら。美嘉が見たら羨ましがりそうだ。


    370 = 1 :




    文香「これで、事件は解決……ですね」



    まるで良いものを見届けたかのように、満足げに微笑む鷺沢さん。やっぱりこの人が一番楽しんでんな。



    「でも良かったね」

    八幡「ん?」

    「誰も、悪い人はいなかったんだからさ」



    凛のその何気なく言った台詞に、今度は俺が目を丸くしてしまった。
    そして、その後思わず吹き出す。



    「な、なんで笑うの?」

    八幡「いーや、なんでもねぇよ」



    悪い人はいなかった、ね。確かにそうだ。
    いたのは、ただ隠し事をしていた子供が一人。酒を盗ろうなんて奴は、いなかった。

    こいつは、本当に最後まで誰も疑わなかったな。変な奴。



    「……なんか、すっごい失礼なこと考えてない?」



    さて、なんのことやら。



    こうして、事件は幕を閉じた。

    蓋を開けてみれば、真実は単純。誰も盗みをしようなんて奴のいない、ただのちょっとした一騒動。

    その後莉嘉と高垣探偵団で、他のみんなに謝りに行ったが、当然ながら怒る奴なんているわけもなく。
    お酒を楽しみにしていた早苗さんも兵藤さんも、ただ、笑って許すのだった。


    やっぱこの面子じゃ、事件なんて早々起きないらしい。





    371 = 1 :











    かに、思われた。



    だが事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、今現在俺は、事件に巻き込まれている。それも、超かなり弩級の。

    身体が熱く、上手く思考がまとまらない。いや、身体が熱いのは別に異常でもなんでもなく……

    そう。今俺は、温泉に入っている。入っているんだ!
    更に言えば、露天風呂。

    嵐も大分弱まってきているおかげで、夕方くらいには何とか屋根付きの露天風呂へは入れるようになった。なったから、折角だし夕飯前に入っちまおうと意気込んでルンルン気分でやってきたのが、それが間違いだった。


    と、言うのも。






    「ふ~」


    八幡「…………」


    「良い湯加減ね、比企谷くん」






    この人のおかげである。なにこのベタな展開ぃーー!!



    遡ることは数分前。俺が鼻歌を歌いながら湯に浸かっていた時のことだ。

    なにやら脱衣場の方から物音が聞こえ、掃除のおばちゃんとかかなーなんて呑気に考えていたら、現れてたのは想像の斜め遥か上空。タオル一枚で登場した高垣楓さんその人である。い、一応言っておくが、何も見ちゃいないからな! 残念ながら!

    瞬時に俺は背中を向け、何故か俺が悲鳴をちょっとあげるという謎のシチュエーションだったのだが、さすがは楓さん。折角だからと湯に浸かり始めてしまった。その胆力なんなの……


    372 = 1 :




    「最初は男湯の暖簾がかかっていたんですけど、間違えたのか仲居さんが入れ替えてたんです。まさか、既に比企谷くんが入っているなんてね」

    八幡「そ、それは不運でしたねー(棒)」



    笑って流す楓さんだが、俺にはそんな余裕は毛頭ない。ちょっと、お願いですからあまり近くに来ないでくれます!?

    あまりの展開に頭がおかしくなりそうだ。これが世に言うラッキースケベなの? トラブって何パーセントなの?
    っていうか、これどうやって出たら良いんだ。できれば先に出てってほしい。見ないから。……見ないって。


    そしてまたやってくる沈黙。だがたまに鼻歌が聴こえてくるし、やっぱこの人余裕だ……

    もしかして俺は男として見られてないんじゃないかと不安になり始めた頃、不意に楓さんが話し始めた。



    「……比企谷くん」

    八幡「は、はい?」

    「比企谷くんは、どのタイミングで莉嘉ちゃんだって気付いたのかしら」

    八幡「へ?」



    突然の問いに、一瞬何のことかと混乱する。



    八幡「あ、ああ。捜査の話ですか。……それはやっぱり、欠片を見つけた時ですかね」

    「莉嘉ちゃんと話をしに行った、その直前?」

    八幡「そうなりますね」



    背中を向けているため、楓さんの表情は分からない。
    そして楓さんも、何故かそれ以降口を開かない。

    ……つーか、俺そろそろ限界なんだが。なんとか楓さんの方を見ないようにして、タオルで前を隠しつつ行けば……



    八幡「すんません、俺は先に……」

    「比企谷くん」



    遮るような楓さんのその呼びかけ。

    その次に投げかけられる言葉に、俺は、射抜かれるように足を止めることになった。


    373 = 1 :










    「本当は、武蔵は割れていないんでしょう?」


    八幡「ーーーっ」






    一瞬、頭の中が真っ白になる。


    思わず、目を見開くのが自分でも分かった。
    動かそうとしていた足は止まり、さっきまで熱を帯びていた思考が、すっと冷めていくのを感じる。

    ……マジか。



    八幡「…………それを俺に訊くってことは、もう気付いてるんですか」

    「そうね。どちらかと言えば、思いつきに近いですけれど」



    ふふ、っと。楽しそうに笑っているのが分かった。……敵わねぇな。
    去ろうとしていた足を戻し、座り直す。

    依然背中は向けたままだが、話す分には困らない。



    八幡「……いつから、俺が一枚噛んでるって気付いたんですか?」

    「そうね。思い至ったのはそれこそ莉嘉ちゃんと会う直前だったけど、実は違和感はかなり前から感じてたんです」



    違和感、とな。それもかなり前からときたか。



    八幡「後学のために聞いても?」

    「ええ。もちろん」



    顔は見えないが、どこか楽しげな雰囲気を声音から感じ取る。


    374 = 1 :




    「……簡単に言えば、やけに捜査に協力的だなって、そう思ったんです」



    思わず、がっくりと肩を落とす自分がいた。
    ……協力的な所に違和感を持たれるって、俺の人間性どうなのそれ。



    「まぁ、これは正確には凛ちゃんが言っていたんですけど」

    八幡「え」

    「ペアを組んで捜査した時があったでしょう? その時に『今回のプロデューサー、珍しく文句も言わずに手伝ってるよね』って、そう言ってたんです」



    まさかの担当アイドルからの疑惑。
    あいつ、よく見てるなぁ……これはプロデューサーとして喜ぶところなのだろうか。



    「まぁそうは言っても、結局は違和感止まりだったんですけどね。それよりも、不思議に思っていたことがあって」

    八幡「それは?」

    「莉嘉ちゃんが、どうやって瓶を持ち出したかです」



    その言葉で、俺は本当にこの人に感心してしまった。
    本当、よく観察してるな。



    「前に話した時は、急な事態だったから着物に隠すなりして出てけば分からない、という話でしたけど……普通に考えれば、それでもやっぱり難しいですよね。莉嘉ちゃんは小柄ですから、着物に隠すのだって限度があります」



    まぁ、確かに難しいだろうな。抱くようにして隠して出ればバレない可能性はあるかもしれないが、それでも賭けと言わざるを得ない。



    「ただあの時部屋から出て行った人たちの中で、莉嘉ちゃんだけは、特に違和感なく酒瓶を持ち出せる方法があるんですよね」

    八幡「……それは?」



    俺の問いに、少しだけ笑いを零す楓さん。何となく、分かっているくせにというニュアンスを感じた。


    375 = 1 :




    「鞄ですよ。あの時、莉嘉ちゃんに鞄を預けた人がいましたよね」

    八幡「…………」

    「それも、その預けた人は直前まで武蔵を持っていた」

    八幡「……いったい誰のことやら」



    俺の言葉に、また笑う楓さん。



    「もし比企谷くんが莉嘉ちゃんに手を貸してるなら、って考えたら、なんとなく辻褄が合ってしまったんですよね」



    何となく、とは簡単に言ってくれる。
    一応、これでもバレないよう気を付けたんだがな。



    「あとは、そうですね……電気が復旧した時、莉嘉ちゃん以外にも夕食会場から何人か出て行ったから良かったですけど、もし出て行くのが莉嘉ちゃんだけだったらどうしたんだろう? とも考えました」

    八幡「正直、あれは俺も予想外でした」

    「ふふ……たぶん、本当はあの時懐中電灯を取りに行った私たち三人を容疑者に据えるつもりだったんでしょう?」



    俺が懐中電灯を取りに行くと言えば、何人か、少なくとも凛は付いて来ると予想していた。そして、そこに加え莉嘉。それだけでも3人は容疑者ができる。



    「あの時も、比企谷くんは積極的に手伝いに行ってましたね」

    八幡「本当、俺の信用度の低さなんとかしたいです」



    そういや、その時も凛は俺の行動に違和感もってたな。さすがは担当アイドルだ。



    八幡「っていうか、容疑者を据えるとか、まるで俺が事件を起こしたがってる風に言いますね」

    「あら。だって、実際その通りなんじゃないかしら。”事件を起こす”こと。お酒云々じゃなく、そっちに注力していたように感じるけれど」

    八幡「うぐ……」



    全くもって、その通り。
    いやはや、何もかもお見通しで何か怖くなってきた。これが名探偵に追いつめられる犯人の心境か……


    376 = 1 :




    「ここからは想像だけど……恐らく、比企谷くんと莉嘉ちゃんは元々何か余興ないし、イタズラとかドッキリを仕掛けるつもりだった。そこへ、あの停電が起きた」

    八幡「あの停電は、本当に偶然の産物でしたよ」



    全ては、夕食会場へ向かう前。莉嘉にされた”お願い”が事の発端。



    『折角時間があるんだから、何か面白いことをしたい!』



    そんな莉嘉のお茶目な頼み。それを叶えるため、あの停電の際に俺は咄嗟に行動に出た。
    本当なら、夕食を食べた後に莉嘉と二人で余興を考える予定だったのだがな。丁度良くトラブルが起きてくれた。



    「お酒を隠すドッキリを思いつき、鞄に武蔵を隠し、それを莉嘉ちゃんに渡した。この時、メモか何かで莉嘉ちゃんに指示を出したのかしら?」

    八幡「イエス。暗闇の中で字を書くのは苦労しましたけど、そのおかげで気付かれることなく伝えることが出来ましたよ」



    その後は予定通り容疑者が何人か浮上。そこから捜査は始まり、探偵ごっこが行われる。……まさか、自分が探偵側に付くとは思っていなかったがな。



    八幡「そんで、極めつけがあの欠片ですか」

    「ええ。だって、前日にあんなに捜索したのに、丁度良くあのタイミングで見つかるんだもの」

    八幡「しかも、見つけて渡したのが俺でしたしね……」



    今思えば、確かに怪しさ満点である。いや唐突過ぎるかなとも思ったが、捜査を進めるにはああするしかなかったんだって!

    ちなみに、あの欠片は女将さんに頼んで貰っておいた瓶の破片である。



    「そして莉嘉ちゃんと協力していたはずの比企谷くんが、何故捜査を助長するような真似をするのか……そう考えたら、自ずと答えは見えてきました」

    八幡「ふむ……」

    「”莉嘉ちゃんが武蔵を割ってしまった”……その結果へ導こうとしていたという事は、本当は逆。つまり、武蔵は割れてない。そう思ったんです」


    377 = 1 :




    つまりは、二重のドッキリ。
    あえて分かりやすい真実へ導き、その後に更にネタ晴らし。……上手くいったと思ってたんだがな。

    ここまでバレちゃあ、いっそ清々しい。



    「……まぁ、それでもやはり推測だったんですけどね。何も証拠はありませんし、間違っていたら謝れば良いと思って、思わず訊いてみちゃいました」

    八幡「じゃあ、莉嘉との勝負の時も確信は無かったわけですね」

    「半信半疑、くらいですかね。何より、莉嘉ちゃんが演技しているように見えなくて」

    八幡「正直そこは俺も驚きました」



    莉嘉のあの演技力。真実を知ってる俺からすれば本当に感心してしまった。

    ありゃ、将来はマジで女優の道もあるかもな。



    八幡「……けど、俺と莉嘉が本当に瓶を割ったことを隠そうとしてるだけだった、とは思わなかったんですか」



    何となく、気になっただけの俺の問い。

    結果的には楓さんの推理が正しかったわけだが、それでも俺の言った可能性も低くはないと感じたはずだ。
    いくら俺の行動が捜査を手伝ってるように見えても、それでも楓さんの言ったように違和感止まり。単純に考えれば、莉嘉が割ってしまったから俺も協力して隠蔽した、そう考えた方が自然だろう。


    しかし、楓さんはその問いに、何ともあっけらかんと応える。






    「思いません。……だって、莉嘉ちゃんも比企谷くんも良い子ですから」






    それこそ、思考を放棄するかのように。



    「ドッキリとかイタズラで隠すならまだしも、割ってしまったことを黙ってるとは思えなかったんです。それに……」

    八幡「…………」

    「比企谷くんなら隠すのを手伝うよりも、一緒に謝るのを手伝いそうですし」

    八幡「……どうですかね」



    楓さんのその評価が褒めているのかは分からないが、俺がそんな殊勝な行動をとるだろうか。俺、結構普通に悪いことは隠すぞ。

    ……信じたい奴ほど疑わないといけない時がある、なんて言っておきながら、これだもんな。

    まぁ、あの台詞も元々は前に俺が楓さんに言ったものなんだが。今にして思えば何をドヤ顔で俺はそんなこっ恥ずかしいことを言ってたんだ……


    378 = 1 :




    「それに聞きましたよ?」

    八幡「?」

    「中学生の時、迷子のワンちゃんの為に学校をサボってでも探してたこと♪」

    八幡「なっ!?」



    思わず、驚愕で振り返りそうになる。いやそれだけはダメだ危ない危ない……ってかそうじゃなくて!



    八幡「……もしかしなくても、早苗さんですか?」

    「ええ。部屋で飲んだ時に、色々と」



    やっぱりかー!
    ってか、色々ってなに? 一体何から何まで話したんだあの人!?



    「『あんだけ捻くれて斜に構えて性根が曲がりまくってるくせに、変なとこはビックリする程まっすぐなのよね』って、早苗さんが」

    八幡「……それ、果たして褒めてるんですかね」



    プラマイゼロどころか、マイナス要素の方が遥かに多そうだ。
    ……本当、昔から余計なことしか言わねぇな、あの人。



    当時、たまたま飼い犬が迷子になって泣いている小学生の女の子に出くわした。
    可哀想だねと言って慰める大人がいた。保健所に連絡を入れる大人もいた。

    けど、自分で探そうとする大人はいなかった。

    俺はその時登校途中だったが、何だか急に学校をサボりたくなり、家に帰るわけにもいかないので、何となく一緒に探した。ただそれだけ。


    その時だ。あの、おせっかいで面倒な絡みをする婦警さんに会ったのは。






    『なに、犬を探してる? だからって学校をサボっていいわけないでしょ!』


    『仕方ないわね、もう。ほら、あたしはそっちの方見てくるから』


    『え、なに? 一人で探すからいい? ……そういう時は、大人に甘えなさいっつーの!』






    誰も頼んでもいないのに、自分がしたいからって余計なお節介を焼く。

    本当に、変わらない。


    379 = 1 :




    八幡「……やっぱ、気付いた時にちゃんと挨拶しとくべきだったかな」

    「比企谷くん?」

    八幡「なんでもないっす」



    こんな恥ずかしくて誰にも言えないような独白、そして思い出なんて、語る必要も無いだろう。秘めてる内が華だ。……まぁ、この人はもう既に色々聞いちゃってるらしいが。

    もう言い触らしたりしないよう、口止めしとかないとな。
    その為なら、少しくらいお酒の席に付き合うのも我慢しよう。真に遺憾ながら、な。

    そして、口止めをしておくのは何も早苗さんだけではない。



    八幡「楓さん。お願いですから、その過去の話とか言い触らさないでくださいね?」

    「……え?」

    八幡「いや、え? じゃなく」



    なんなのその意外や意外みたいな反応。まさか、もう話しちゃってるわけじゃないよね!? そうだよね!?



    「うーん、どうしましょう」

    八幡「いやどうしましょうじゃなくて…」

    「……あ、そうだ。それなら、これはどうかしら?」

    八幡「はい?」



    その時、浸かっているお湯が動く気配を感じる。

    気付いた時には、すぐ背後に楓さんが寄り添っていた。


    380 = 1 :







    「私のプロデューサーになってくれたら……考えますよ」


    八幡「はっ!?」






    吐息がかかるんじゃないかという耳元のその呟きに、思わず飛び跳ねるようにして避ける。
    いやいやいやいやいや、なななななな何してんの!!???

    しかし俺の焦りをあざ笑うかのように、楓さんは「なーんて♪」と言って立ち去ってしまった。つーか、ちょっ、少しは隠せぇ!!


    瞬時に視線を逸らした為、俺は何も見ていない。ここ大事。俺は、何も、見ていない。


    そして露天風呂に残されたのは、やたらと体中が熱くなった俺一人。






    八幡「……………はぁ~~~っ…」






    本当、勘弁してほしい。

    ……やっぱあの人、苦手だわ。



    その後、この露天風呂が今女湯になってる事を思い出し、慌てて上がって着替えたのだが、丁度脱衣所を出た所で凛たちと出くわし、白い目で見られたのは言うまでもない。というか、かなりの怖い目にあった。

    素っ裸じゃなかったとポジティブに思うことにしよう。じゃないとやってられん。



    しっかりしてくれよ、青春ラブコメの神様。





    381 = 1 :











    三日続いた嵐が過ぎ去った後、撮影は無事開始された。
    まぁ、予定を押している時点で無事とは言えないかもしれないがな。その後は特にトラブルも無かったし良いだろう。

    順調に滞りなく進んで行き、およそ2週間程で撮影は終了した。

    凛も、良い経験になっただろうな。
    ……演技力については、これからステップアップしていけばいいと言っておこう。



    ちなみに剣聖武蔵のネタばらしだったが、あの対決の日の夜、夕食時に行われた。
    どうせなら撮影の始まる前の日よりも、更に前日の方が心おきなく飲めるだろうとの配慮だったが……まぁえらい騒ぎだったな。

    つーか、俺と莉嘉でドッキリでしたーごめんなさーいとバラしたのに、俺だけ即ヘッドロックはどうなのだろうか。ちょっと八幡意義を唱えたい。ちなみに言わなくても分かると思うがロックしてきたのは早苗さんだ。何回目だよ!

    だが、それでも楽しそうだったな。
    最後の宴会もそうだが、それまでやった探偵ごっこも。本人たちがそう言ってたのだから間違いない。莉嘉も満足そうだった。

    ……まぁ、一番楽しんでたのはやっぱ鷺沢さんだったと思うがな。気付かなかったことに対してめっちゃ悔しそうにしてたし。


    あとこれは本当についでに言うが、楓さんの今回の役は”犯人”であった。

    何とも、皮肉なオチである。






    八幡「…………こんなもんか」


    382 = 1 :




    ぐっと伸びをし、一息入れる。


    場所はいつものシンデレラプロダクション、その事務スペース。お決まりのデスクだ。
    本来であれば今回の撮影の報告書を作っていたのだが、ちょっと飽きてきたので今は息抜きがてら別の作業をしている。



    八幡「どれどれ」



    書類を手に取り、目の前の文字の羅列に目を通す。

    ……読み辛いな。



    「ん? 何してるんだ八幡P」

    八幡「お、光いい所に」



    たまたま事務所にいたのか、俺を見つけて光るが近くに寄ってくる。
    というより、机の上にある”こいつ”が気になったのだろう。



    八幡「お前なら、これが何か分かるよな」

    「こ、これって!」

    蘭子「む、ひっふぁいふぉうひたのふぁ?」 もぐもぐ



    今度は温泉饅頭を食べている蘭子も寄ってくる。こいつもこういうの好きそうだなー



    八幡「こいつは、所謂”タイプライター”ってやつだな」

    「翔太郎が使ってたやつだ!」



    目をキラキラと輝かせる光。
    まぁ、実際はあんなに古いタイプじゃないけどな。一応欧文用ではある。



    蘭子「むぐっ……タイプライター?」

    八幡「このキーボードみたいなのを叩いて、紙に字を打ち込むんだよ。そうすれば……ほら」



    実際にその場で打ち、せり出てきた紙をちぎり渡してやった。
    ちなみに、紙には『Ranko Kanzaki』と印字されている。


    383 = 1 :




    蘭子「何これカッコいい!」

    八幡「……まぁ、やっぱ好きだよな」



    実際俺も打つのがなんか楽しくなっちゃって、ちょっとカッコつけちゃったりしている。翔太郎の気持ちが分かるな……



    「でもやっぱり英文じゃなくてローマ字打ちなんだな」

    八幡「ほっとけ」



    そこも、翔太郎リスペクトさ……



    「でも、これどうしたの?」

    八幡「この間の撮影の小道具に使ったんだよ。なんでも事務所の倉庫に元々あったやつらしい」



    それを片付ける前に、こうして拝借しているわけだ。大丈夫、ちゃんとひちろさんに許可は取っている。
    しかしタイプライターを置いているとは、ますます謎の会社だな。……社長の趣味か?



    蘭子「何かいっぱい打ってるみたいだけど、何を印字してたんですか?」



    興味津々とばかりに視線を注ぐ蘭子。興奮してさっきから熊本弁が抜けているんだが、分かりやすいからほっとく。



    八幡「撮影とは別に、報告書を作ってたんだよ。……撮影前の、とある一つの事件のな」

    光・蘭子「「じ、事件!?」」



    何とも良い反応をしてくれる中二コンビだ。ちょっと勿体ぶって言った甲斐がある。
    まぁ、実際は事件と呼んでいいかかなり微妙な出来事だったんだが、そこはどうせだから盛っておく。



    八幡「ほら、ちょっと読んでみるか」


    384 = 1 :




    最初の冒頭部分の一枚を渡す。
    受け取ったのは、目をキラキラさせている蘭子。


     
    蘭子「うむ!」 わくわく

    八幡「…………」

    蘭子「ふむ……」

    八幡「…………」

    蘭子「…………」

    八幡「…………」

    蘭子「……読み辛い」

    八幡「言うと思った」



    ローマ字書きって結構見にくいよね。
    黙ってパソコンで打てよという話だが、それもハードボイルドなのさ。



    「ねぇねぇ、アタシにもちょっと打たせてよ!」

    蘭子「あっ! わ、私も!」

    八幡「分かった分かった、ちょっと待ってろ。今最後の所だから…」



    わーわーと寄ってくる中坊を制し、ちゃっちゃと終わらせにかかる。

    さて、この小さな物語の最後をどう締めようか。



    八幡「……ま、こんな所が妥当だろう」






    今回の主人公は、あくまであの探偵さん。

    俺は狂言回しであり、語り部であり、そしてその実共犯者。
    ノックスの十戒なんて守る気のない、酷い配役。



    でも、たまには良いだろう?

    こんな、”誰も悪い人のいない”、そんな事件があったって。


    だから、最後はこう締めるのが相応しい。






    Yahari ore no aidoru purodhu-su ha machigatteiru.






    Fin


    385 = 1 :

    というわけで、楓さん編でした! ありがとうございました! 長かったー!

    386 :

    乙乙
    早苗さんエピソードもここでやってくれたのが嬉しい

    白い目ですんで良かった

    387 :

    ちょっと駆け足な感じで申し訳ない。辻褄は合ってる……はず。

    次の更新は明日の夜の予定です。ただ、もしかしたら8月9日に間に合わないかもしれません……いつもすいません……
    いずれにせよ今週中には全て終わると思いますんで、よろしくお願いします。

    388 = 1 :

    あと、ヒッキー誕生日おめでとうー!

    389 :

    なんの能力もないくそ雑魚がアイドルのプロデューサーとかできるわけねー
    妄想妄言0721にしても酷いから早く4んでくれ

    390 :

    かなり遅い時間ですが、更新します。

    391 = 1 :





    アイドル。

    それは人々の憧れであり、遠い存在。



    そう言ったのは、濁ったような、淀んだような、どこかに斜に構えて物事を捉える、そんな目をした男の子だった。

    ーーそう、男の子。

    自分とそう歳の変わらない、どこにでもいるような普通の男の子。
    ……いや、どこにでもいるって言うのは、少し言い過ぎかな。あの人みたいなのがいっぱいいたら、正直色々と大変だと思う。

    捻くれていて、素直じゃなくて、卑屈で不遜で、でも、本当は優しい男の子。

    その在り方は不器用そのものではあったけど、きっと醜いものではなかった。一見しただけでは、表面だけを見るのであれば、それは歪で、とても完璧とは程遠いものではあったけど……



    ーーそれでもきっと、それは美しいものだったんだ。






    「……ねぇ、奈緒」



    私は窓の外を流れる雲を見ながら、ぽつりと、言葉を零す。



    「奈緒にとって、アイドルって何?」



    それは、いつかあの少年から問われたこと。
    自分に自信が持てず、憧れから目を背けていた、私への問い。

    結局その時は答える事が出来なかったけれど、”それ”を探し続け、私は今も歩み続けている。


    392 = 1 :




    奈緒「あん?」

    「だから、奈緒にとってアイドルは何なのかって、そう訊いてるの」

    奈緒「それは……」



    言葉を淀む奈緒。その表情は曇っていて……というより、訝しんでいた。



    奈緒「……それは、今答えないといけないことか?」



    私が押さえる椅子の上で、雑巾を持ちながら。



    奈緒「急に真面目なトーンで話かけてくるかと思ったら、まさかそんなどこぞのインタビューみたいな質問をされるとは…」

    「ごめんごめん、なんか窓の外を見てたら、ふと考えちゃって」

    奈緒「そっから連想する時点で謎だよ。……うーん、そうだなぁ」



    棚の上を拭きつつ、それでも奈緒は考えてくれている。
    なんだかんだ言いつつ、こういう所は素直だよね。



    奈緒「私にとっての、アイドルね……」



    どこか虚空を見つめるようにしていた奈緒は、そこで腕組みをしたかと思うと、静かに、そして何故だかとても恥ずかしそうに呟いた。



    奈緒「……か、可愛さの頂点、かな」

    「可愛さの、頂点……」


    393 = 1 :




    うん、なるほどね。確かにその言い方は分からなくもない。
    女の子の夢、とも言われるくらいだし、間違ってはいないと思う。どこか可愛さに対して憧れのようなものを抱いている奈緒にはピッタリな表現かもしれない。

    と、納得している人物がもう一人。



    加蓮「ふんふん、なるほどなるほど。つまり奈緒は、可愛さの頂点に立てた、と」

    奈緒「なっ、いや別に、アタシがそうって言うわけじゃなくてだな……!」



    茶化すように言うのは、いつの間にか側で聞いていた加蓮。壁に寄りかかり、その手にはモップを携えている。



    加蓮「いやいや、謙遜することないって~。奈緒は立派なアイドルだし、可愛さの頂点に立ってるとアタシも思うよ♪」

    奈緒「~~っ! だ、だから、別にアタシのことじゃ……あーもう、だから言いたくなかったんだよ!」



    顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向く奈緒。慌てて椅子を押さえ直す。そんなに動くと危ないんだけど……



    「……それじゃあ、加蓮は?」

    加蓮「ん? アタシ?」



    ニマニマと楽しそうにしている加蓮に、今度は話を振る。なんとなく始めた話題ではあったけど、聞いていたら何だか興味が湧いてきた。



    加蓮「そうだなぁ、アタシにとってのアイドルは……うーん……夢、かな?」

    「夢、か」

    加蓮「あ、今なんか普通だなって思ったでしょ?」

    「えっ、いや、そんなことは……」



    ない、とは言い切れない。正直思った。というよりは、ポピュラーな言い回しだな、という感じだけど。



    加蓮「アタシにとっては、ちょっと意味合いが違うんだよね。二つあるっていうか」

    「二つ?」

    加蓮「うん。アタシにとっての夢っていうのは、良い意味じゃなかったから」



    そう言う加蓮の顔は、先程までと比べ少し儚げなものになる。
    どこか哀愁を感じさせるその表情には、私も、そして奈緒も、覚えがあった。


    394 = 1 :




    加蓮「夢は叶えるもの、なーんてよく言うけど……アタシにとっては、夢は見るだけのものだったからさ」

    奈緒「…………」

    加蓮「でも、今は違うよ?」



    一転、加蓮の表情は明るくなる。そこにいたのは、私たちが知る、いつもの加蓮。



    加蓮「今のアタシにとっては、夢は叶ったもの。そして、これからも更に見続けるものだから」

    「……そうだね」



    思わず、自然と笑みがこぼれる。見てみれば、奈緒も同じ様子だった。

    そう。ただ見ているだけだったのは昔の話。
    今は夢を叶え、そしてずっと見続けている。加蓮だけじゃなく、私も、奈緒も。


    アイドルは、可愛さの頂点であり、夢、か。



    「…………」

    ちひろ「こらこら。三人ともお喋りは良いですけど、掃除もちゃんとしてくださいね」



    振り向くと、何やら段ボールを抱えたちひろさんが立っていた。その中身は、やたらに多い白封筒……あ、閉じられた。



    ちひろ「午後からは合同レッスンがありますから、午前の内に終わらせちゃいましょう」

    奈緒・加蓮「「は~い」」

    「……ふふ」


    395 = 1 :




    まるで先生と生徒のようなそのやり取りに、思わず笑ってしまう。

    辺りを見てみると、アイドルたちが皆一様に掃除へと勤しんでいる。雑巾がけしている子もいれば、掃除機をかける子に、棚の整理をしている子も。
    普段であれば、業者の人たちがやっている仕事ではあるけど、今日は別。それも……



    社長『この会社も設立して随分と経つ……たまには、社員皆で奇麗にして労おうじゃないか』



    という社長の発言から、こういう事になってるというわけ。確かに、この事務所にはいつもお世話になってるし、良いことだよね。



    きらり「こらー! 杏ちゃん! サボってないで、ちゃんとお掃除しないとダメだにぃ!」

    「うぇー充分きれいじゃーん、もう終わりでよくなーい?」



    ……まぁ、一部めんどくさがってる子もいるけど。



    「……けど、そっか」



    ふと、事務所の一角へと視線を向ける。

    事務スペースにある一つの机。今は誰も使っていない、何の道具も資料も置いていない、どこか空虚さすら感じる、何の変哲もない机。
    今は丁度ちひろさんが掃除をしている所だ。その今は使われていない机を、丁寧に拭いている。

    けど、なんでだろう。こうして皆で掃除をする時じゃなくても、ああしてちひろさんがあの机を掃除している光景を、よく目にするような気がするのは。

    ……たぶん、気のせいなんかじゃないんだろうな。



    「ん……」



    不意に、緩やかな風が頬をなでた。

    視線を向けてみると、誰かが開けたんだろう。カーテンを揺らしながら、窓が開けている。
    その切り取られた青い空を眺めていると、どうしても、あの約束を思い出してしまう。


    いつも隣にいてくれた、あの少年との約束。



    「……あれから、もうそんなに経つんだね」



    いつもいた筈の彼は、今はいない。そしてそれが当たり前になってしまった。
    そんな風景が、”いつも通り”になってしまった。



    これは、






    彼がプロデューサーを辞めて、一年程たったある日の出来事。





    396 = 1 :











    社長の発案による掃除はその後も進み、ある程度片付いたのはお昼前くらいの時間だった。思ったよりも早い。

    まぁ、アイドルも含めてこの会社には相当な人数の社員がいるからね。全員で取りかかれば、そりゃあ早く終わるはず。
    あまり広いとは言えない事務所だけど、今では思い入れも強い。それだけの時間を、ここで過ごしてきた。

    社長だけじゃなくアイドルもそう思ってるんだから、しばらくは移転も無さそうだね。


    掃除が終わった後に昼休憩を挟んで、予定通り私たちはレッスンルームへと向かった。既に着替えは済ませている。



    未央「私にとってのアイドル……すばり、星だね!」



    壁によりかかり、レッスンが始まるまでの待ち時間。
    キラン、と。それこそ星のように目を光らせて言う未央。

    別に訊いて回るつもりもなかったんだけど、さっきの話をしたら何となく話題が続いてしまった。ちなみに、その奈緒と加蓮は少し離れた所でストレッチをしていた。……加蓮容赦無いなぁ。



    「星って例えは、また未央らしいね」

    未央「でしょ? 遥か高みにある、輝く星。それぞれ違うし、どれも奇麗。まさに、夢は星の数ほどあるって感じ?」

    卯月「なるほど~」



    こっちは、座ってスポーツドリンクを飲んでいた卯月。



    卯月「素敵ですね。さすがは未央ちゃん」

    未央「そ、そう?」


    397 = 1 :




    本人的にはちょっとカッコつけて言ったのかもしれないけど、卯月が屈託のない笑顔でそう言うもんだから、ちょっと気恥ずかしそうにしている。本当に純真だよね。



    未央「それじゃあ、しまむーはどうなの?」

    卯月「私ですか? 私は、そうだなぁ……」



    むーっと、眉を寄せて考え始める卯月。



    卯月「えーっとですね……」

    未央「うんうん」

    卯月「え、えーっと……」

    「……うん」

    卯月「う、うぅー……ん~……?」

    未央「……し、しまむー? そんなに真剣に考え込まなくても…」



    頭から煙が出てくるんじゃないかと、そう思うくらい目をぐるぐるさせている。その様子はちょっと可愛らしいけど、何もそこまで悩まなくても。思わず苦笑する。



    卯月「ダメです……何も良い例えが思い浮かびません……」

    未央「別に良いって。大喜利やってるんじゃないんだからさ」

    「そうだよ。卯月は、どうしてアイドルになりたいと思ったの?」



    私がそう訊くと、卯月は思い出すかのように、虚空を見つめる。
    その瞳、未央に負けないくらい光を灯していた。



    卯月「憧れ……だったんです。キラキラしてて、あんな風に、なりたいなって」

    未央「良いじゃん、憧れ! 私も分かるよ。っていうか、全世界の女の子の憧れだよね。アイドルって」



    確かに、それはその通り。
    女の子が一度は思い描く、理想の存在。正に憧れと言うに相応しいね。


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    卯月「えへへ……でも、良いんでしょうか? そんなに普通の答えで」

    「悪いことなんてないよ。というか、別に私は普通だとは思わないけど」

    卯月「え?」

    「素敵なことだよ。……それに、アイドルを目指すくらい憧れを抱き続けるって、簡単なことじゃないと思うし」



    私の台詞に、うんうんと未央も頷いている。
    こうして憧れの存在になれた私たちだから分かるんだ。ここまでの道のりは決して簡単なものじゃなかったし、そしてこれからも、きっともっと大変なことが待ち受けてる。



    「だから憧れを持ち続けている卯月は、凄いよ」

    卯月「凛ちゃん……」



    嬉しそうに、顔を綻ばせる卯月。ちょ、ちょっとくさかったかな。
    そんな顔をされちゃうと、何だか非情に照れくさくなってくる。



    未央「っていうか前から思ってたけど、しまむーってある意味普通じゃないよね」

    「ああ、それは分かるかも。……普通じゃないね」

    卯月「え、ええ!? どういう意味ですか!?」



    卯月を普通だなんて言ったら、たぶん世の女の子たちに怒られそうだ。


    そうして雑談をしていると、レッスンルームの扉が不意に開いた。
    今ここにいるデレプロのアイドルたちは大体揃っているから、恐らく入ってきたのは……



    千早「失礼します」



    落ち着いた声音で、礼儀正しく入ってるくるその人は、私も良く見知った人。
    765プロ所属アイドル、如月千早さんだ。

    千早さんはこちらに気付くと、近くまで来て挨拶をする。



    千早「こんにちは。渋谷さん」

    「お久しぶりです。千早さん」


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    ぺこっと、思わず深くお辞儀をする。

    ……初めて会った時から随分経つけど、やっぱり今でも緊張しちゃうな。もちろん、話しかけてきてくれるのは凄い嬉しいんだけど。



    千早「今日はよろしくお願いするわね」

    「はい。こちらこそ」



    そう。今日は765プロとデレプロの合同レッスン。

    約三ヶ月後に控えている、合同ライブに向けてのレッスンである。

    最初話を聞いた時は、本当に信じられないくらい驚いた。
    どちらかと言えば、今まではライバルとしてイメージが強かったからかな。まさかこうして肩を並べてライブに挑む日が来るなんて、思いもしなかったよ。



    「今日は765プロの皆さんは全員参加ですか?」

    千早「いえ、私を含めて5人かしら。みんな忙しいから、時間を見つけて来れる時に来るという感じね」

    「なるほど。確かに、こっちもそんな感じですね」



    デレプロの場合、今日来ているのは私と卯月と未央、あとは奈緒に加蓮、もう少ししたら愛梨や蘭子も来るはずだ。だから今日は7人。

    ……今回765プロとの合同ライブということで、当然ながらデレプロでは出演の選考があった。765プロに比べて、こっちはさすがに人数が多過ぎるからね。

    最初は希望を募って、その先は完全に事務所側の抽選。最終的には、デレプロからは15人での参加となった。一応同じくらいの人数に合わせたみたい。

    正直、選ばれないことも覚悟してたけど、選ばれて良かったな。こんな貴重な機会もそうそう無いだろうし……

    何より、あの765プロと共演できるんだ。
    出たくないわけがない。



    千早「……元気そうね」

    「? はい」



    何故か、含みのあるように笑う千早さん。
    確かに元気ではあるけど、どうして今そんな風に確認したのだろう?



    千早「それじゃあ、ああ言って間違いはなかったようね」

    「何がです?」

    千早「何でもないわ」


    400 = 1 :




    そう言って、また笑う。どういう意味?

    首を傾げていると、再びレッスンルームの扉が開かれたのに気付く。



    千早「他のみんなも来たみたいね」



    入ってきたのは、今日来る765プロアイドルの他の4人。

    高槻やよいさん、四条貴音さん、水瀬伊織さん。そして、最後にあくびをしながら星井美希さんが入ってくる。

    千早さんが入ってきた時もそうだったけど、765プロのアイドルたちがこうして目の前に現れると、やっぱり凄いね。他のみんなも、少し緊張してるのが伝わってくる。



    未央「うわー……凄いねしまむー! 本物だよ本物!」

    卯月「はい! やっぱり、オーラってあるんですね!」



    ヒソヒソと、何やら興奮して話し込んでる二人。まぁ、気持ちは凄い分かるけど。

    とりあえず、今いるメンバーだけでも挨拶をすることに。
    各々が挨拶を交わしてる中、高槻さんたちが私に気付いて歩いてくる。



    やよい「うっうー! お疲れ様です、凛さん!」

    「高槻さん、お久しぶりです。四条さんも」

    貴音「ええ。お元気そうで……心配はいらなかったようですね」

    「心配……?」



    はて? とまた首を傾げていると、四条さんは千早さんと目を合わせて笑い出す。
    どうしたんだろう……なんか視線がやけに生暖かいというか、優しげに感じる。


    そう言えば、この3人とは初めてテレビに出演する時に共演した縁があった。因縁の相手、ってわけじゃないけど、私からすれば特別な印象を持っている。今日はいないけど、たぶん美嘉も。

    ……それに、高槻さんに関してはちょっとしたライバル心みたいなのも。個人的にね。



    やよい「? どうしたんですか?」

    「な、なんでもないよ……です」



    危ない、またちょっと敬語が崩れた。どうも苦手なんだよね……
    前に千早さんたちに同年代なんだしいらないとは言われたけど、他所の事務所の、その上大先輩だからね。さすがにそれは遠慮した。

    早く慣れるよう頑張ろう。



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