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    元スレ咲「これが私の麻雀だよ」

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    151 = 114 :

     
     朝水は前方出入口に一番近い席に座ってそわそわしていた。
     もこと数枝は前後の席順で、特に数枝は嬉しそうだった。

     咲は窓際の前方で、窓の外を眺めていた。
     見慣れない景色がフレームのなかに収まっていて、なんともいえない想いが胸の奥を締め付ける。
     それは期待か、郷愁か。行方の知れない旅路に対する不安かもしれないし、もっと単純に教室内の騒がしさにうんざりしてしまっているだけかもしれなかった。

     やがてやってきたスーツ姿の女性教諭に目線を移し、意識も新たなクラスでのあれこれへと移っていった。 
       
     いろいろな物の配布や様々な事柄に関する注意・説明を受けるうち、何人かの生徒は気さくに発言を始め、そのうちのひとつである席替えの提案が教諭によって承認された。

     その結果、もこと朝水が廊下側の席で隣同士、咲と数絵が窓際で前後同士という席に相成った。
     もこと朝水がお互いにぎこちなくコミュニケーションを取っているのを見て微笑ましく思った咲は、ちらりと後ろを振り向いた。
     そこには悲壮感と静かな怒りに能面然とした数絵がいた。
     咲は何も言わず、正面へと向き直り、衣は今頃どうしているかと二年の教室へ思いを馳せた。

     ―――

    152 = 114 :


     初回のホームルームが終わるととりあえずは解散の運びとなり、一年生の教室からぞろぞろと人が吐き出されていく。

     昼にはまだ早い時間だが、どうやら上級生も本日は終業らしく、衣が廊下の端に立っていた。
     咲の姿を認めると、てこてこと駆け寄って来る。

    「咲ー」

     咲へぴったりと密着するようにひっつき、咲もそれを何も言わず受け容れる。
     その様子はすこしばかり、事情を知らぬ他の生徒たちの注目を集めていたが、当人たちはまったく気にしていなかった。(あるいは気付いていなかったとも)

     とまれ、咲と衣が揃い、そうなると咲と同じクラスであるもこや数絵もなんとなしに同行し、朝水もそこに随従するように後を追う。
     一団体として、校舎を上から下へ。

    153 = 114 :


     やはりというべきか、どこか衆目を引く集団であった。新入生はだいたいが多くても二、三人くらいで集まっているばかりのなかに、五人もが連れ立っているのだから、当然と言えば当然でもあったが。

     ひそひそ話に眉を顰めた衣が舌打ち混じりに非難がましく呟く。

    「寄ると触ると口さがない、まったく以て煩わしいな」

    「新しいクラスで何か嫌なことでもあった?」

    「べっ、べつに…」

     どこかうんざりとした様子の衣を見下ろし敏く察した咲が問うと、大きな瞳が盛大に泳いだ。
     苦笑いを浮かべる咲も、内心では多少の辟易を感じていた。

     いままで注目を浴びないよう立ち回って生きてきただけに、現状に多大なストレスを感じ、知らず溜め息も漏れる。

    154 = 114 :


    朝水「部活の勧誘もやってるみたいだね。昇降口の周りから一階の踊り場までは上級生たちでごった返してるんだって」

     最後尾から遠慮がちに朝水が言う。
     その通り、一階どころか二階の廊下あたりまで勧誘に精を出す上級生で溢れていた。

     先頭を歩く咲の足がはたと止まる。あまりの人口密度の高さに頬が引き攣っていた。
     
    数絵「詳しいんだね」

    朝水「あ、うん…健夜さんが、だから絶対捕まるなって」

    数絵「…なるほど」

     背後で繰り広げられる話を背中で聞きながら、咲は苦み走った表情で先の人混みを見つめている。

    「どうした?」

     訊ねる下からの声に、言葉にするのも大儀そうに指差す。

    155 = 114 :


     指し示した先では、よく見ると周囲より一層熱を放つ集団が色めきだっていた。
     さらによく見ると、どうやら生徒以外の人間が、生徒たちに囲まれて握手やらサインやらをせがまれているようだ。

     有名人ばりに囲まれていたのは小鍛治健夜その人だった。

     気付いた衣も数絵も、あまつさえ朝水までもが呆れ返っている。
     
     これはどうしたものか、という空気の五人は、咲が振り返りとりあえず見つからないうちに戻ろうとジェスチャーで示したところで、下から声がかかった。

    健夜「あ、おーい!みんなー!」

     俯き、もういやだと言わんばかりに手で顔を覆った咲を、他の四人が慰める。
     唯一皆と合流できたと喜ぶ健夜だけが、沈みつつある空気をまったく読み取れていなかった。

    156 = 114 :


     校舎の一階端、体育館へ続くものとは反対側の渡り廊下を行くと、別棟に辿り着く。
     そこは移動教室の際に使われる教室が並んでいて、それらの教室は文化部の部室になっていたりもする。

     奥にあるプレートも掲げられていない教室。定期的に清掃がなされているようで清潔さは保たれていたが、使われなくなって久しいであろうことが隅々から感じ取れた。

     室内は、やはりくたびれた感が隅々に見られたが、唯一新品同然の全自動麻雀卓が部屋の中央で一際存在感を放っていた。

    157 = 114 :


    健夜「大変だったんだよ、元々あったものは自動卓じゃなかったうえにホコリやカビでヒドイことになってたから、私がお世話になってるプロのチームに無理言ってひとつだけ融通してもらったんだ。ただでさえ、しばらくの間プロ活動を休止させてもらったりで迷惑かけてたのに、もうオーナーさんには頭が上がらないよ…。
     それに、学校側にだって、もう部員がいなくて廃部同然だった麻雀部を復活させてもらったり、私が出入りできるように計らってもらったり…正直一生分頭を下げた気がするよ…」

     卓の縁に手を置き、しみじみと苦労を語る健夜。
     五人はそれぞれ、反応に困った様子で顔を見合わせていた。

    「えっと…おつかれさまで…した?」

     首を傾げ、疑問形で放たれた労いの言葉だったが、健夜がそれでも満足したようだ。
     ようやく口許に笑みを乗せて、やる気を煽るよう努めて溌剌とした声をあげた。

    健夜「よーし、それじゃ夏のインターハイに向けて、がんばろう!」

    「おー!」

     元気よく返ってきたのは衣の声だけ。
     どころか、朝水がやや食い気味に上擦った声で、

    朝水「え!?た、大会に出るの…?」

     心底嫌そうな顔で、不安げに言う。
     麻雀部をわざわざ再建するのになんの目的もないわけがないのは考えればわかりそうなものだが、朝水の頭には大会出場という可能性はなかったようだ。

    158 = 114 :


    健夜「……」

     ここにきて部への帰属が危ぶまれかけてきた朝水をどうするか、健夜は一瞬考え、

    健夜「とりあえず一試合打とうか」

    朝水「流さないでよぉ!」

     うやむやにして誤魔化そうと目論むも、さすがに無理があった。

     健夜は咲へと目線を送り、アイコンタクトを試みる。
     視線に気付いた咲は、顎でくいと廊下を示した。さっさと話し合って落としどころを決めろということだろう。

     数絵がもこを卓に座らせ、麻雀の基本ルールを教え始めたところに、咲も入っていった。
     朝水の問題には没交渉を決め込むつもりだった。

    159 = 114 :


     健夜は盛り上がり始めた卓に背を向け、朝水に対して手招きした。

     人気のない廊下は、春先といえど冷え冷えとしていて、あまり動かずに長居したい場所ではなかった。
     廊下の端、非常口の近くの隅まで移動した健夜が、率直な物言いで訊ねる。

    健夜「そんなに公式戦に出るのが嫌?」

     いつになく真剣なトーンに、朝水は返す言葉を見失う。

    160 = 114 :


     そうだ、と肯んずるのは簡単だ。そうすることが、こんな望んでもいないことから解放される手っ取り早い方法だということもわかっている。

     それでも、首を縦に振ることさえ叶わない。
     
     健夜の言葉を引き金に引き出された、朝水を縛り付けている苦い記憶が、全身の自由を奪っていた。
     
     このまま黙りこくっていれば、いずれ呆れ返ってこの話が終わってしまわないだろうか。
     そんな希望を他人事のように頭の片隅に浮かべていた朝水は、次の瞬間鈍器で殴られたかのような衝撃を受けた。

    161 = 114 :


    健夜「それは、中学での県予選が原因かな?」

     まさに核心を突くその言葉。

     彼女の心に植え付けられた罪悪感の種に、絶やすことなく水を与え続ける過去の出来事。
     忘れてしまえるものなら忘れてしまいたい、だが忘れることなど到底許されはしない。
     いまもなお、彼女を蝕み苛むそれを、健夜は知っていた。

    朝水「なん…なんで、どうして?」

     乾いた口内で舌がもたつき、上手く言葉を発せない。
     冷や汗が背筋を伝い、どこからか侵入してくる隙間風に身体が震えてしまう。

    162 = 114 :


    健夜「ごめんね、いま私すごく心無いことしてる。それを自覚して、朝水ちゃんを傷付けちゃうかもしれないってわかってて、それでも厚かましいこと言うね」

     茶化すでもなく、真剣味は薄れるどころか向かい合う朝水が怖くなるほどに増し、凄味を伴ってすらいた。
     
    健夜「ちょっと前、色々調べてた時に、朝水ちゃんの中二の時の公式戦の記録を見つけたんだ。その時はあまり気に留めず、ただ朝水ちゃんもまだ麻雀をやってるなら、ってくらいに思ってた」

     滔々と語られる。じりじりと、朝水が決して忘れないよう刻みつけ、なるだけ思い出さぬよう覆い隠した記憶の甘皮が剥されてゆく。 

    163 = 114 :


    健夜「泰江叔母さんから聞いちゃったんだ。朝水ちゃんが、友達や先輩に期待されて駆け足でレギュラーになったこと、先輩の中学最後になる大事な大会の初戦で大きな失点をしちゃったこと、それを負い目に感じて麻雀部と友達、先輩とも疎遠になっちゃったこと…」

     ついに、その核が丸裸にされてしまった。ちいさな疼痛が胸の奥深くを突き、言い知れぬ絶望感に押しつぶされそうになる。

     気付けば朝水の足は震え出していた。
     あの日、あの瞬間、あまりにつらすぎる敗北を刻んでしまったあの時のように、惨めにもへたり込んでしまいそうになる。

     ――逃げ出せ。あの時のように、脱兎の如く。

     朝水の本質的な弱い部分が、本能がそう囁く。

     知らんぷりして、関わり合わないようにして、そうしてやり過ごせと。

    164 = 114 :


    健夜「逃げちゃだめ!」

     無意識のうちに後ずさろうとした足が、震えごとぴたりと止まる。

     静かに発せられたその言葉に、心臓まで鷲掴みにされたような錯覚に陥る。

    健夜「ううん、そんな押し付けがましいお説教なんかじゃなくて…逃げる必要なんかないんだよ、朝水ちゃん」

     打って変わってやさしげな言葉に、全身の硬直が解きほぐされていく気がした。

    165 = 114 :


    健夜「みんなの力で勝つこともあれば、だれかのせいで負けることもあるのが団体戦っていうものなんだよ。大事なことはその結果だけじゃなくて、その結果に直面した時、チームとしてどうあるか。もちろん勝つことを目標として、勝つつもりで臨むけど、負けたからってだれが悪いとか、そういうのは良いチームとはいえないと思う。勝利を共に喜び、敗北は共に噛み締め、どちらも次への糧とする。そんなチームが理想的だと思うんだ」

     青臭くて絵に描いたような理想論。
     それがどうした、理想を語ってなにが悪い、とでも言いたげなほどに、堂々と語るその姿は、どこか眩しくて。

    健夜「きっと朝水ちゃんが味わった挫折感だとか後ろめたさみたいなものは、私が無責任に語っていいことじゃあないんだろうね…。だから、過去のことは口出しできないし、どうにもできないよ。でもいまは、この土浦女子麻雀部には朝水ちゃんが必要なんだ。ただの数合わせとかじゃない、私の指導者としての見通しのなかには、朝水ちゃんの力が欠かせないの」

    166 = 114 :


     朝水は、目を細めた。
     どうしてだろう、どうしてこんなにも、胸が疼くのか。
     胸を掻き毟るほど強く押さえつけても、出るのは苦しげな吐息ばかり。
     許されないはずなのに、それをわかっていながら、どうしてこんなにも。

    健夜「だから…信じてほしい。きっと負けない、たとえ負けてもみんなでもっと強くなれる土浦女子麻雀部を!」

     こんなにも、心が高ぶっている。

     伸ばされた手が、こんなにも近い。
     すこし手を差し出せば掴めてしまいそうなほどに。

    167 = 114 :


     ――麻雀が好きだった。
     牌を摘む感触が好きだった。点棒が擦れ合う音が好きだった。卓に座って相手と向き合った時のなんとも言えない緊張感が、好きだった。
     
     親戚に有名なプロがいたから、最初はそんな理由で誘われてむっとしたが、いっしょに卓を囲めば、そんなことはお互い関係なかった。

     だれかの為に打つことが、どこか誇らしくて。だからこそ、あの日あの瞬間の取り返しもつかない失態は自分自身がだれより許せなくて。

     逃げてしまった。
     臆病な自分が嫌いになった。
     卑怯だと自身を罵りさえした。

     そんな自分が、また麻雀をしていいのか。
     
     差し伸べられた手を取ることで、封じ込めた過去と向き合うことができたなら。
     その時はきっと――

    168 = 114 :


    朝水「…宮永さん?」

    健夜「うぇっ!?」

     短い沈黙を経て唐突に発せられた朝水の言葉に咲が出てきたと勘違いした健夜は、怖ろしく俊敏な動きで振り向いていた。

    朝水「いや、ちがくて…健夜さん、変わったよね。宮永さんが原因?」

     苦笑交じりに言い直す朝水。
     健夜はすこし複雑そうな面持ちで歯切れ悪く答える。

    健夜「そう…かな。そうだったとしたら…そう、だね。宮永さんかな」

    朝水「そっか。どうしてそんなに宮永さんのことを気に掛けるの?」

     興味本位から出た問いは、ふたりの間を彷徨い、わずかな沈黙を落とす。

    169 = 114 :


    健夜「…あの子は、私なんだよ」

    朝水「え?宮永さんが健夜さん…?…だいじょうぶ?」

     心配そうに顔を覗き込む朝水を見つめ返し、繕った笑みを浮かべる。

    健夜「ごめんね。ヘンなこと言ってたね。忘れて」

     その貼り付けたような笑みが朝水にはすこし引っかかったが、それ以上詮索する気は起きなかった。

    朝水「そう。宮永さんって、そんなに強いの?」

     代わりに、これから共に戦うチームメイトについて訊ねることにした。

    健夜「強いよ。きっと、彼女がいれば負けることはない」

     迷いなく断言する健夜に、朝水は面を喰らった。
     言い切った健夜の表情が、わずかな影を作っていた気がして。
     しかし、すぐにいつもの表情に戻った健夜が、朝水の肩を押し、部室へ戻るよう促す。

    健夜「なにはともあれ、協力してくれる気になったでしょ?ね?」

    朝水「…しょうがないから、すこしだけだよ?」

     おもねるような冗談めかした態度に苦笑いしながら部室に戻ると、もこを囲んで三人があーだこーだと言い合いをしていた。
     戸惑うもこをすこし憐れに思いながらも、朝水は遠巻きに眺めるに留めた。

    170 = 114 :

     中編第一幕カン

    171 = 138 :


    数絵のキャラが面白い

    172 :

    おつよー

    173 :

    おつ
    衣がもんぶちに居ないなら清澄出てくるかな
    咲と和の出会いに期待

    174 = 139 :

    おつ
    すこやんなら新品の自動卓くらい楽に買えそうなもんだけど…基本受注生産で予約待ちなんかな

    175 = 136 :

    りゅーもん→衣いないからなし
    清澄→咲いないから面子そろわない(?)
    だから長野は風越なのかなー?

    176 :

    乙です
    エタっちまったけど阿知賀にちびっこばっかり集まってたヤツだと、透華が清澄にいたりしたから、そういうのがあるのかもしれん
    あと、去年の龍門渕がどうなってたのかが気になる

    177 :


    咲衣は結局同室なのかな

    178 :

    >>174
    そんな感じです
    正直深くは考えてなかったんですが、すぐに間に合わせられるものでもないみたいなふわっとしたイメージがあったので

    >>176
    もんぷちに麻雀部がないです
    透華はネト麻、三人はたまにフリー雀荘を冷やかしたり透華と打ったりネト麻に付き合ったりみたいなまったりもんぷちになってます
    よって原作でもんぷち大暴れの年は風越が例年通り全国に行ってそこそこにいい試合して帰ってきた設定です
    なお華菜ちゃんは天狗になってる設定だし

    179 :

    全員一年生でそろえるのかと思ってたから衣がいるのは意外だったり
    あとはまさかのオリキャラ。咲キャラ多すぎるくらいいるからそんなん考慮しとらんよ
    名前の由来は健夜が夜だから朝水なのかな。
    あと正直ここの面子にまともな麻雀教えることが出来そうなのがいないからもこちゃん大丈夫かなってのと、普通の麻雀教えるために普通の雀士であるところの朝水が必要なのかな(朝水が普通とはだれも言ってないけど)っておもった。

    次回も楽しみにしております

    180 :

    いいね!
    普段オリキャラは敬遠するけどこれはありです

    181 :


    全国二回戦までで歴代最多得点プレーヤーにしてMVP、我らが点数調整魔王、麻雀初めて5ヶ月の東海王者、元世界二位の監督……長野個人戦のボスが霞むな!

    衣がいなかったなら、去年のインハイのMVPは誰になったんだろうか

    182 :

    色川武大(阿佐田哲也)を意識してんのかな

    183 :

    >>181
    本命:宮永照
    対抗:神代小蒔
    大穴:小走やえ

    >>179
    >>182
    名前に関してはその通りです
    性は茨城 名字でググって色川さんがあったのでそれにした記憶があります。名は完全に思いつきです
    いずれにせよそこまで深く考えて決めたわけではないんですがまさかこんなすぐに出てくるとは

    185 :


     ――

    健夜「じゃあ、一試合打ってみようか」

     健夜の一声により、場の空気がひりつく。

     活動二日目。
     初日の、もこに基本ルールをレクチャーするというゆるやかな時間とは打って変わって、開口一番の宣言によりそれぞれが身構えている。

    健夜「みんな、まだお互いがどれくらい打てるかもわからないよね。仲間の力がどの程度のものか、知っておかないとね」

    「小鍛治さんも把握しきれてないでしょうしね」

    健夜「……」

     すかさず突っ込まれた咲からの指摘に図星を指され、目が泳ぐ。
     お決まりの流れになりつつある咲と健夜のやりとりに何の反応も示さなくなってきた面々は、各々が卓の周りへ移動し、はたと気付く。

    朝水「五人のうち、誰かは外れなきゃいけないね…どうするの?健夜さん」

     発言したのは健夜の近くにいた朝水だった。
     小首を傾げる朝水に対し、健夜はあらかじめ考えていたことを伝える。

    186 = 185 :


    健夜「もこちゃん、基本的な部分は覚えられたかな?」

    もこ「……点数計算は、まだ、ちょっと……それ以外、は、なんとか……」

     咲から差し出された野菜ジュースを飲みながら応えるもこの顔色はすこし悪そうに見えた。
     実際、一夜漬けで麻雀のルールを貪るように吸収し続けたもこは寝不足で貧血気味だった。

    健夜「想像以上だよ…ごめんね、無茶させちゃったみたいで」

    数絵「そうですよ。あまりに無茶すぎです」

     ふらふらと頭が揺れているもこを心配そうに数枝が見つめていた。
     健夜はその様子を見て若干の罪悪感がむくむくと膨らんでいくのを感じていたが、それもすぐに拭われた。

    もこ「だいじょうぶ……ゲームのルールを覚えるのは、得意だし……みんなと麻雀できる楽しみのほうが、今は大きい、から……」

     そう言い、卓の上に並べられた牌を撫でるもこの瞳は輝いていた。

     その場の全員が、もこの直向きな熱意にあてられて、目を見開く。

    健夜「…じゃあ、さっそくやろうか。最初に打つのは――天江さん、南浦さん、もこちゃん、朝水ちゃんの四人」

    187 = 185 :


     名指しされた四人が、同時に視線を送る。
     呼ばれなかった、咲へと。

     本人は一切の動揺を見せず、静かに続く指示を待っていた。

    健夜「私はもこちゃんの後ろについて適宜アドバイスをします。ここでのアドバイスというのは、私の考えや読みを伝えるものではなく、一般的なセオリーなどを指導していくものです」

    数絵「それはかまいませんが…」

    健夜「宮永さん。あなたはこの半荘をしっかりと見ていてください。あとでいろいろと聞くので」

    「はい」

     改まった健夜からの指示を受けた咲は、卓から一歩引いて、対局を見届ける体勢に入った。

    188 = 185 :


     続いて、健夜は衣と数枝のふたりを手招きして、そっと耳打ちする。

    健夜「ふたりはいつも通りに打って」

    数絵「いつも通り、とは?」

    健夜「そのままの意味だよ。初心者が相手だからとか、そんなことで手心加えたりはしないでってこと」

    「存分に遊んでかまわない、ということだな」

    健夜「天江さんの遊ぶはどっちだかわからないなぁ…。南浦さん、できる?」

    数絵「…甘く見られたものですね。卓の上で、私が麻雀を忽せにすることなどありえません」

     淀みなく言い切り、数絵は踵を返した。衣も不敵に笑み、数絵に続く。
     これならだいじょうぶそうだ、と微笑み、健夜もふたりに倣って卓へと向かった。

    189 = 185 :


     はじめの席決め。裏返された四つの風牌を、思い思いに選び取っていく。

     真っ先に選んだ衣は東家を引き、無邪気に喜ぶ。続いて西家を引いたもこが間違えないよう慎重に席につく。
     朝水に促され、数絵が残ったふたつの牌を見下ろし、一瞬瞑する。

    (おじい様…) 

     あらゆる雑念を遥か遠く置き去りにして、純粋な想念だけが思考を支配する。
     それはすなわち、自負。
     揺るぎなき信念の下に、数絵は手を伸ばす。

    朝水「南浦さんは…南家ですね。では私が北家ですか」

     数絵の指先をなぞる、その文字。
     何も特別なことではない。だからこそ、その“当たり前”に感謝と畏敬を抱いて。

    数絵「参ります」

     数絵は、確と戦いの場を見据えた。

    190 = 185 :


    (南浦さんが南家か…)
     
     咲は、いまのどうということはない一幕にさえ、細心の注意を払っていた。
     健夜の「この半荘をしっかりと見ろ」という指示。そこに込められた意図を違わず汲み取った咲は、ただひとつの違和さえ見逃すまいと目を凝らしている。

    (ただの洒落だったらつまらないものだけど…さて。だいたい南浦さんに関してはアタリがついたかな)

     思案に意識の大半を割きながらも、次々進んでいく卓上を眺める。

    191 = 185 :


    「サイコロころころ!」

     やたら嬉しそうに衣がボタンを押すと、ふたつのサイコロが勢いよく回転し、乾いた衝突音を鳴らす。
     やがて勢いを失い、完全に止まったふたつの立方体。出目は、九。

    「衣が親だな!」

     凶悪な笑みを浮かべる衣。
     幼く、ゆえに残酷。無垢、ゆえに強烈。
     さながらそれはおもちゃを前にした幼児のように無邪気でいて、自己中心的な支配性。

    (天江さん、たのしそうだな)

     卓を囲む三人が牙を剥き出しにした衣を前に冷や汗をかいている後ろで、咲は何の気なしにそう思っていた。

    192 = 185 :


     配牌が終わり、理牌へ移る。
     たどたどしい手つきのもこを微笑ましく見つめ、それから淀みなく理牌を済ませた三人の配牌も流し見る。

    (全体的に見て…衣ちゃんの支配が弱い。時期のせいかな)

     四人の配牌に著しい偏りは見られなかった。
     至って普通の滑り出しだ。
     だから何もないと決めつけるのは早計だが、咲は焦点をべつの部分へと移した。

    (やっぱり当面は南浦さんかな。他の二人は打ち筋もわからないし、天江さんはいやってほど知っているし…この人が現状で一番動きがわかりそう)

    数絵(見られてる…)

     数絵の配牌も特別良くはないし、悪くもない。
     上手く伸びれば満貫は固い、安く仕上がればノミ手というごくありふれた手だ。

    193 = 185 :


     咲が見ている分には、数絵は手堅い打ち筋だった。
     場に開示されている情報と、推測される情報を基に効率的な打牌を導く。
     巧さもさることながら、経験の豊かさが一手一手、あらゆる動作から見て取れた。
     だが、それだけでは咲には、南浦数絵のうわべを舐めた程度にしか感じられなかった。

    (やはりまだ…となると…とりあえずは南浦さんについては様子見か)

     意識が数絵の対面、朝水の手牌へと移る。

     朝水の手はあまり芳しくない。目立ったミスは見られないが、数絵と比べると地力の差は歴然だ。
     数絵同様手堅さがある。言いかえれば、保守的な麻雀だった。

    194 = 185 :


     健夜を後ろに従えたもこは、ツモ順が回ってくる度すこしの時間をかけて、大局を止めていた。
     最初のうちはワンテンポ遅れるくらいだったが、手が整い始めると、健夜からのアドバイスが挟まれ、その分だけ時間がかかる。

     そうして山もだいぶ消化されてきた頃に、漸う場が動き出した。
     
    「ツモ――1300オールだ」

     衣の和了宣言。
     ツモ牌がちいさな手で卓上へ落とされ、手牌が倒される。
     
     先制は親の衣。痛手になるほどの点数ではないが、大きな和了りともいえた。

     衣らしからぬ和了りではあったが、

    (大方、時間のかかるもこちゃんに痺れを切らしたんだろうな)

     咲はそう断定し、特に深くは考えなかった。
     そして、それは正鵠を射ていた。

    195 = 185 :


    (四半分も無い、か…それはそれで面白い!)

     自らの手を愛おしげに見つめ、笑む。
     大きな瞳は爛々と輝き、その様はまさに楽しみを見つけた幼子のよう。

     ――いつからだったか。
     牌の感触がここまで心地よく感じるようになったのは。

     「天江の子、忌むべき子」と陰口を言われ、疎んじられていた頃、少女にとって麻雀とは自身の存在意義そのものであった。
     麻雀によってのみ、天江衣は天江衣として存在することを許される。

     しかし、その麻雀は相対する悉くを打ち毀す。天江衣という存在が、余人が並び立つことを許さなかった。
     
     言わば、必然的な孤独。逃れようのない袋小路。
     あまりにも皮肉で悲惨な悲劇。
     
     ひとり、またひとりと毀していくその一打は、いつしか自身さえも耐え難い重みを伴っていた。

     あの日、あの時、遥か高みを仰ぐことになった、その瞬間までは。

    196 = 185 :


    (衣は麻雀を打っている…打たされているんじゃない。この手で!)

     その笑みは凶悪な光を灯す。
     曇りのない、輝きに満ちた光を。

    「ロン!7700の一本場、8000!」

    (…まぁ、この早さだと振ってもしょうがないかな。にしても、直撃は痛いね、色川さん)

    朝水「…」チャラ

     為すすべなく、瞬く間に一万点近くを失ってしまった朝水。
     いくら力の程が未知数とはいえ、衣相手にそうそう点を稼げるものではないと咲は思っていた。それにしても、あっという間に誰かが箱割れして終了では見るものもなさすぎる。
     
     どうするのか、と咲が朝水の配牌を窺い、目を見開いた。

    197 = 185 :


    (上々。ここからさらに積み上げる…点棒を!)
       
     衣が逸って牌を切る。

     その打牌は、場の状況、手牌などを考慮した上で衣にとっての最適解だった。さらに付け加えて言うと、衣は他家の聴牌気配を読み取るのに長けている。この早い巡目で、わずかな気配の揺らぎもなければ、考慮の必要などない。ただ、まっすぐ和了りへ向かえばいいだけの話だった。

    朝水「――ロン」

     されど、対敵手はそれを許さない。

    朝水「満貫、8000の二本付け、8600です」

    198 = 185 :


     予想だにしなかった和了宣言に、衣の意識が瞬間揺らぐ。
     気配は感じなかった。少なくとも、満貫に届く手であれば感じるであろう程はなかった。
     加えて、衣が連荘した直後、ほぼ配牌であろう手での早和了り。

    (此奴…此奴もまた、凡百の者とは一線を画す存在…!)

     運の一言ではおおよそ説明がつかない。そんなことが衣の世界にはありふれていた。
     しかし、世界を見渡した時、そこにありふれているものかと問われれば、それは否である。
     ゆえに衣は気付き得た。色川朝水が秘めたる、稀有なる才覚に。

    199 = 185 :


     衣は不機嫌そうに眉をしかめる。

    (衣の親が流された!)

     その幼い表情の変化に気付いた朝水が、少し申し訳なさそうに点棒を受け取った。

    (色川さんが垣間見せたモノ…いくつか可能性として挙げられるけど、さて)

     変わって数絵の親番。
     親だというのに数枝がずいぶん消極的な打ち筋だったことを除けば、ごく普通に進行していった。
     衣がもこから直撃を取って、呆気なく終局。

     健夜がもこを励ましているうちに、親番とプレートが回ってくる。
     
     その局はノミ手でもこが和了り、親を繋ぐも次局、衣のツモ和了りによって親っ被りを受ける。
     
     次局、朝水の親番。
     またもや朝水が衣を上回るスピードで手を作り、ツモ和了り、すかさず失点を取り戻す。
     朝水の沈んでは浮き上がる様子を目の当たりにして、咲はひとつの結論に至った。

    200 = 185 :


    (点を失った分だけ取り戻せるのか…)

     憶測に過ぎない考察ではあったし、判断材料が拙い分かなり曖昧だったが、その輪郭はおぼろげながらも確かに思えた。

    (点数調節…とはまた違う。そこまで能動的なものには思えない。とすると…マイナスから原点に戻ろうとするチカラ)

     そう考えると、途端に朝水に対する見方が変わってくる。
     衣の支配がほぼ発揮されていない、かつ面子との相性もあるのだろうが、それにしてもなかなかに非常識なチカラだ。
     麻雀は詰まるところ点数のやり取りだ。その根幹を揺さぶる強力無比な条件付き支配。

    (…小鍛治さんの見る目というのも、あながちバカにはできないのかも)


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