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    元スレ咲「これが私の麻雀だよ」

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    51 :

    一応ここはスレが2か月持つし、2か月ごとに生存報告してれば落ちないから一つのスレで収まるようならここでやってほしいな。
    落ちたスレを改めて探すのって大変なんだ。

    52 :


     テレビから無秩序に垂れ流される情報の羅列が、季節の移ろいを知らせる。

     自宅の自室、いまはぐちゃぐちゃに広げられた資料やら雑誌やらに埋め尽くされた空間にて、小鍛治健夜は頭を抱えていた。

    健夜「うあ…どうしよう…ま、まったく捗らない…」

     手元の紙束を繰り、紙面に記載されている情報に目を通す。
     友人である福与恒子から提供された莫大なデータ。そこには中学生から高校生まで、有望とされる女子雀士が並んでいる。

     眼球がインクのしみを追うだけで、健夜の琴線に触れる者はいなかった。いや、正確には、いたとしても現実的に考えて交渉の余地もないであろう人間ばかりだ。
     狂気の沙汰ともいえる話に巻き込む相手だ。すでに舞台を見つけ、上がっている者ではまず望みがない。
     探すべきはそれこそ咲のような、埋もれてしまっている才能。土浦女子という寂れた舞台から、遠く輝く華やかな世界を睥睨できる者だ。

    53 = 52 :


     一通り目を通した結果、紙をめくった時のわずかな風で前髪はなびいただけだった。

    健夜「だめだ…」

     重くなりはじめた頭が重力に従って下がる。
     テーブルにこつんとぶつかり、額にひやりとした感覚が広がった。

     まずい。まずいにも程がある。
     時間はあまり残されていない。この調子でいけば、なにひとつ収穫のないままその時を迎えてしまう。
     
     咲が高校生に上がる時。

     その時、土浦女子の制服に袖を通した彼女が、ただひとりで待つ健夜を見た時、なんと言うだろうか。
     健夜には容易く想像がついた。それもかなりリアルな音声つきで。

    54 = 52 :


    『あれだけのことを豪語しておいて、やっぱり人が集まりませんでした?』

     『はぁ…まぁ、ある程度予想はついてましたけど。それにしたってどうなんですか?』

     『小鍛治さんって、意外と人望がないんですね』

     『麻雀以外に能がないならその辺に埋まっててください』

    55 = 52 :


     五割増しで辛辣さが際立ったただの被害妄想だったが、健夜のモチベーションに鞭を入れるのに一役買っていたのは事実だった。

     散らかすだけ散らかした部屋のなかで孤軍奮闘を続けた末に、健夜はついにあるひとつの憶測へと至った。

    健夜(やはりこの目で直に見ないことにはどうしようもないかな…?)

     福与氏の協力が無に帰した瞬間であった。

    56 = 52 :


     それからというもの、健夜はプライベートのほぼすべてを人材発掘に費やした。
     プロとしての仕事がある時は、柄にもなく他のプロ雀士に話を振り、情報を集めた。
     試合で地方へ出かける時があれば、時間を見つけては付近のめぼしい学校を巡る。

     幸い、自身の持つ知名度がハードルを幾分も下げてくれていた。
     簡易なアポイントメントで目的との接触を果たせたし、情報を引き出すことも容易かった。

     慣れない人付き合いに精神を削られながらも、着々と数をこなしていく。

     時は瞬く間に過ぎ去っていき、気付けば年が明けていた。

    57 = 52 :


    健夜「――だめだ…」

     道端のベンチに座り込む陰鬱な顔。
     その目は生気が失われ、負の世界に片足どころか両足どっぷりといった様相だ。

    健夜「見つかんない…見つかんないよお…」

     状況は芳しくない。
     部屋でうだうだやっていた頃と比べたらいくらかマシではあったが、とにもかくにもよろしくなかった。

    58 = 52 :


     咲には団体戦でインターハイを目指してもらう必要がある。個人戦では意味がないのだ。
     団体戦となると最低でも五人、本人を勘定にいれると四人、集める必要があった。

     ひとりはアテがあった。確定というわけではなかったが、本人は乗り気で、あとは保護者の了解さえ得られたらといった具合だ。話をしに伺った時は溺愛っぷりが目に余るほどだったので、おそらく最終的に本人の意思が優先されるであろう。
     もうひとり、可能性のある者がいた。こちらは渋りそうだったが、しかし知らぬ仲でないのでしぶとく説得すれば、と算段があった。

     しかし、希望が持てるのはそこまで。あとのふたり分の席はまったくといっていいほど望みがない。

    59 = 52 :


     髪をさらう冷たい風に心まで凍てつきそうになる。  
     重苦しく感じる胸中をすこしでも慰めようとおおきな溜め息を吐き出した、その時、着信を知らせる機械音が鳴り響く。

     突如喚き出した携帯電話によくわからない緊張感を抱きながら、呼び出しに応じる。
     相手は登録されてる数少ない人物、福与恒子だった。

    健夜「もしもし?」

     『あ、すこやん?』

    健夜「はい、“スコヤ”です」

     『例のアレ、どーお?捗ってる?すこやん』

     電話口でもわかる、どこまでもマイペースな友人の調子についていけず、何度目かもわからない溜め息が出る。
     
    健夜「アレって?人材発掘のこと?」

     『それそれ。どうなんよー』

    健夜「…まあまあだよ。まあまあ」

     『あちゃー。やっぱだめかー』

    健夜「まあまあって言ったじゃん、だめってどゆことなの…」

     実際だめ気味なのが現状だが、それにしてもまっさきにだめだと思われたのは納得がいかなかった。
     通話越しにも容易く想像できる呆れ顔に不服ではあったが、すぐにもたらされた新しい情報に、健夜の目の色が変わった。

    60 = 52 :


     『こっちも色々調べてみたんだけどさ。なんか、人材発掘といえば、って人がいるっぽいよ』

    健夜「…え?ちょ、ちょっと恒子ちゃん、それ詳しく」

     『欲しがるねえすこやん。熊倉トシってゆーおばあちゃんみたいなんだけど…』

     心ばかりが逸りまったく動けない現状にくすぶっていた健夜の前に、思いがけず開けたかすかな光。
     気付けば、その足は急げ急げと走り出していた。

     ―――

    61 = 52 :


    トシ「どうも、はじめまして。熊倉トシです。お会いできて光栄です、小鍛治プロ」

     熊倉女史の第一印象はやさしそうなおばあちゃん、だった。
     アポを取った時の声からも滲み出ていたように感じたが、実際に対面してみると改めてそう思う。

    健夜「ど、どうも。このたびは急なお話に応じてもらい…」

    トシ「かまわないよ、そんな堅苦しい話をしにきたわけじゃないんでしょう?」

    健夜「あ、はい」

     お仕着せの外面をすぐに剥される。
     それを許す気安さがおだやかな笑みに含まれていて、それが健夜には、とりわけいまの気が急いている彼女にはありがたいことでもあった。

    62 = 52 :


    健夜「あの…率直に言いますと、私いま、ある事情で有望な雀士の子を探しているんです。来年には高校生で、かつ女子であることが条件で。人材発掘といえば熊倉さんだと噂に聞いたもので、厚かましいお願いだと承知の上でご教示賜りたいと…」

    トシ「ふむ…」

     考え込む仕種のトシ。眉間に皺を寄せ、への字に固く結ばれた口は、それだけで健夜の不安を煽った。
     やがて健夜へと意識を戻したトシは、値踏みするように頭の先から爪先までを一通り眺め、ようやく口を開いた。

    トシ「小鍛治麻雀ゼミでも開くのかい?」

    健夜「いえ、まあ、近くはありますけど…」

    トシ「指導する側に立つってところは合ってるってことかい。若いのにずいぶんと生き急いでるんだねえ」

    健夜「どうしても…いま、共に歩みたい子がいるんです」

    トシ「……」 

     健夜のその言葉に、トシの表情から色味が抜け落ちる。
     そこにあるのはやさしげでにこやかな老婆の顔ではなく、一角の勝負師の顔。

    63 = 52 :


     張りつめた空間を跨ぎ、見つめ合うふたりの雀士。
     片や指導者になろうという者。方や指導者として名を馳せる者。
     果たして、その睨み合いは数秒、数十秒と続き。

    トシ「…いいだろ。すこしだけ、手を引いてあげる」

     先程までの真剣味が嘘のように薄れ、そこにいるのは会った時と同じ好々爺だった。
     内心で安堵の息を漏らし、目礼する。
     にこやかな笑みでも以て受けたトシは、ゆっくりと語り始めた。

    64 = 52 :


    トシ「南浦聡を知ってるかい?」

    健夜「シニアの南浦プロですか?知っていますが…強面ですよね」

    トシ「あっはは。若い人らはそう見てるのかね。あんなのただのむっつり爺だよ」

    健夜(たしか南浦プロってすっごく気難しくて厳しい方だって、前にインタビューのお仕事した恒子ちゃんが言ってた気が…それをむっつり爺呼ばわりとか、熊倉さんって何者…?)

     笑みが引き攣りかける。幸いにも、話を続けるトシはそれに気付いた素振りを見せない。

    65 = 52 :


    トシ「南浦には孫がいるのを知ってるかい?」

    健夜「いえ、初耳です」

    トシ「その子は南浦聡に師事を仰いでるらしい。来年には高校生になる年の頃で、どうやら南浦は孫を無名校にあえて行かせるつもりらしいよ」

    健夜「ということは…」

    トシ「当たってみたらいい。もしかしたら、その子を引き入れられるかもしれないよ」

    健夜「あ、ありがとうございます!さっそく交渉してみます!」

    トシ「頑張りなさい」

     柔和に微笑むトシに見送られ、健夜は密かに思った。トシはどうやってそこまで詳細な情報を手に入れてきたのだろう、と。
     疑問に思いながらも、どこか空恐ろしい感覚に寒気を覚え、結局はその疑問を黙殺することで健夜はやり過ごすことにした。

     ―――

    66 = 52 :


     再び長野へと舞い戻ってきた健夜はさっそく南浦氏のもとを訪ねていた。

     今時和風な畳座敷にて、卓袱台を挟んだ向こうに胡坐をかく南浦聡。
     その厳しい目つきと口角の下がりきった口許、総じて無愛想と取れる印象からトシとは正反対の人間であることが見て取れた。

     慣れない正座に四苦八苦しながらも、健夜は「これは手強そうだ」と内心冷や汗をかいていた。

    67 = 52 :


    「数絵をあなたに預けろと、そう仰るわけですな」

     重々しく口を開けば、その言葉の端々にふざけるなとでも言わんばかりの威圧を感じる。
     それは健夜の一方的な被害妄想じみた感想であったが、それも仕方ないほどに、その場の空気は重く沈み込んでいた。

    「ふざけるな」

     空気を切り裂く静かな怒号。
     被害妄想が現実となり、健夜は泣きたくなった。
     そんな健夜の心境を知ってか知らずか、聡は鋭い眼光で以て睨みつける。

    68 = 52 :


     「失礼」とだけ断り、煙草を咥えた聡は安っぽいガスライターを手に取った。

    「…もしもあなたがそこらの馬の骨だったら、そう一蹴しているところです」

     剣呑な空気のなかで続けられた言葉は、意外にも前言を翻す意味合いのものだった。
     それを受けて、健夜のなかに希望が芽生える。

    健夜「それなら…!」

    「では」

     期待に浮ついた健夜の声は厳めしい声音に遮られて尻すぼみに消えていく。

    健夜(なんなの…)

     いい加減逃げ出したい衝動に駆られながらも、続く言葉を待つ。
     聡は大人しく聴く体勢に入った健夜を認め、話を続ける。

    69 = 52 :


    「改めて問わせていただきたい。数絵は私が手塩にかけ育んできた蕾だ。あれには私の麻雀を余さずすべて注ぎ込んできた。あなたに、それを託すだけの価値がおありか」

     投げかけられた問いに、健夜の全身が硬直する。
     
     どうすれば。なにを以て、この相手に自分の価値を伝えたらいいのか、わからなかった。
     万言を尽くし、どれだけ自身の実績を語ろうと、そこに氏の知りたいものはない気がした。
     ならばどうしたら。
     
     どうしようもない。どうすることもできない。

     巌のようなその存在は、指導者である前に、ひとりの祖父であった。
     当然だ。如何程にも与り知れない人間に、そう易々と孫を預ける祖父など、いはしない。

     では諦めるしかないのか。

    70 = 52 :


    健夜(それこそありえない…!)

     高い壁がそびえているから、だから背を向け逃げ出すのか。それこそが何よりも無礼にあたるのではないだろうか?

     断られるにしても、本気でぶつかっていく。未熟で青臭いなりに、こちらも退けないのだとつんのめる。
     そうすることが、彼と、そして彼女への最大限の礼儀なのではないか。

     健夜は思った。
     それならば、他にどうしようもない。

    71 = 52 :


    健夜「いまの私に、それを証明する手立てはありません」

    「……」

    健夜「不躾を承知のうえで、それでもお願いします。私に南浦数絵さんを預からせてください」

    「……」

    健夜「未熟ながら、全力を尽くさせていただきます。私のもとにいる間を、意義のある時間にしてみせます」

    「……」

    健夜「ですから…」

     わかっていた。健夜本人も。
     語れば語るほどに、その価値が零れていくことに。
     わかっていながらも、語るしかないのだから。言葉を紡ぐより、他にすべを持たないのだから。
     それこそが小鍛治健夜に出来得る最大限の努力だった。そして、それをせずに背を向けることはまかりならない。

     だから、語る。空々しくも、訥々と。
     悔しさに歯噛みしながら、己の浅さを痛感しながら。

    健夜「…お願い、します」

     いつしか、健夜の目線は畳へと向けられていた。

    72 = 52 :


     自分はなにをしているんだろう。なにが私をここまで駆り立てるんだろう。
     ふと、ぽつりと滴るその疑念に、ある顔が浮かぶ。

     物寂しげな、それを隠す幼い笑み。

    健夜(そうだ。決めたんだから。私は宮永さんの手を引くって)

     それを思うだけで、健夜の覚悟が強まっていく。  
     再び、顔をあげ、対面の強面を確りと見据える。
     語るべくして語った。もはや退く道はない。
     ならば突き進むのみ。
     どんな結末であろうと、聞き届ける。南浦聡の出す答えを。

    73 = 52 :


    「……」

    健夜「……」

    「…どうだ、数絵」

     ふいに名前を呼ぶその声に、健夜の背後、座敷の入り口に気配が現れる。

     健夜が振り向くと、そこには制服姿の少女がいた。

    「お前の意見を聞こう」

    数絵「私は…おじい様の指示に従います」

    「…そうか」

     聡は、咥えた煙草についぞ火を点けることなく、箱へと戻した。
     その表情は、健夜がはじめて見る、やさしげな微笑みを湛えていた。

    74 = 52 :


    「はてさて。ここらで巣立つ時がきたのやもしれんな」

    数絵「それでは…」

    「ああ。悪いとは思うが、どのみちお前に高校は選ばせてやらんつもりだった。つまらん枠組みのなかでお前の麻雀を費やさせるのは御免だったからな。名も無い麻雀弱小校であえて戦わせるつもりだった」

    数絵「それがおじい様の教えなのでしたら、私は喜んで受け容れます」

    「そうか。ではそうしよう。小鍛治プロ、あなたの要望をお受けしましょう。高校は、なんと言いましたかな」

    健夜「あ、えっと、茨城の土浦女子です」

    「承った。小鍛治プロ。あなたには…まぁ、あまり期待せんことにしましょう。精々、よろしく頼みますよ」
     
    健夜「は、はい…」

     含みのある言葉が気にかかりはしたが、とにもかくにも交渉は成立。
     大層気疲れしたが、一歩前へと進んだ手応えを感じ、健夜の頬が緩んでいた。

    75 = 52 :


     南浦邸を後にし、数絵に見送られて健夜は帰路につこうとしていた。
     満足げな健夜に対して、数絵の表情は険しい。

    数絵「小鍛治プロ。来年より、御指導御鞭撻の程、よろしくお願いいたします」

    健夜「あ、そんなに畏まらなくてもいいよ?」

    数絵「そうですか。それではお言葉に甘えまして」

     凛とした数絵の鋭い双眸が、健夜を射竦める。

    数絵「私にとって、祖父の麻雀を体現することこそがすべてです。それが私の存在意義です。くれぐれも、私の妨げをなさらないようお願いします」

     そう言うと、一礼の後に踵を返し、数絵は去って行った。

     大きな壁と思われていた祖父・聡の説得を成し遂げ浮かれていた健夜は、数絵本人の強烈なパーソナリティに前途多難を感じて、めまいがした。

     ―――

    76 = 52 :


     あとひとり。
     色々と問題はあったが、とにもかくにもあとひとりだった。

     そうとなれば、あとは手段を選んでいられない。
     片っ端から、手当たり次第総当たりで事に臨んだ。
     その様をして、友人である福与恒子に「いまだかつて見たことも無いアクティブすこやん」と言わしめる程だった。

     そうして辿り着いた先――大阪は三箇牧高校にて、事態は進展を迎えた。

    77 = 52 :


    「ごめんなさい。小鍛治プロのお目に叶ったということはすごく光栄なんですけども、慎んで遠慮させていただきます」

     もう何度耳にしたかわからない「お断り」。
     最近では中学生のみならず、高校一、二年生にもあたっては砕けていた。
     そのなかの一人に過ぎない、三箇牧高校の荒川憩。
     彼女は、断った後に、しかしそこで終わらせはしなかった。

    「でも、紹介ならできますよぅ?」

     楽しげに語られたその情報は、健夜にとって予想外のものだった。

     曰く、その少女はあらゆるゲームにおいて、天才的であると噂されていると。
     愛知にいるという少女の噂。健夜は憩に礼を言い、確かめに向かうことにした。

    78 = 52 :


     ところが。

     健夜は立ち尽くしていた。
     あまりに情報不足で、あまりに無謀な試み。
     わかっていることは愛知に住み、ゲームの天才で、包帯ぐるぐる巻きの奇怪な格好をしていて、現在中学三年生であり、名前は対木もこであるということだけ。
     
     途方もない手探り感に、茫然と立ち尽くすことしかできない。
     どうしたものか。健夜は悩みに悩み、とりあえず足を動かしてみることにした。

     まさに、その直後のことであった。

    79 = 52 :


     歩き出した健夜はなにかにぶつかってしまった。
     軽い衝撃にたたらを踏む。よろめきはしたが、たいしたことはない。
     問題は目の前に転がっていた。

     ちいさな少女が、倒れていた。
     いかにも虚弱でありそうな少女は、いまにも天に召されてしまいそうな儚さをまとっている。
     
    健夜(う…うわあああああああっ?え、これ私のせい!?)

     目の前に光景に動揺した健夜は、慌てふためき少女へ駆け寄った。

    80 = 52 :


    健夜「だっ、だいじょうぶ!?息してるっ?死んでない!?」

     抱きかかえるように少女を起こすと、その軽さにまたしても驚かされる。
     比較的小柄な部類の健夜の腕のなかにすっぽりと収まってしまう少女は、本当に華奢という言葉が似合った。

     薄く開かれた瞳が、わずかに揺れる。

    健夜「い、生きてる…けがは、痛いところはない?」

     捲くし立てるように訊ねる健夜の腕のなかで、少女はごくごくちいさく呟いた。

     「苦しい」と。

    81 = 52 :


     どうにか落ち着きを取り戻し、ぶつかってしまった少女とふたり、連れ添って近くのベンチで一息入れていた。
     健夜は改めて少女の身形を確認し、思う。

    健夜(この子…もしかしなくても、対木もこちゃんなんじゃ)

     そうとしか思えなかった。
     なぜなら、少女は包帯ぐるぐる巻きの奇怪な格好をしていたから。
     こんな珍奇な格好をした少女など、そうはおるまい。

     ひとつ、ふたつ、呼吸を整え、健夜は思い切って聞いてみた。

    健夜「あの…あなたの名前、もしかして対木もこって言わない?」

     ゆっくりと健夜へ向くその顔が、すこし驚きの色を帯びたような気がした。
     ちいさな頭が縦に揺れ、頭に巻かれた包帯が風になびく。

    82 = 52 :


    健夜「あの…あ、私は決してアヤシイ者ではないんだけど」

     そう言ってる時点でアヤシイよね、と自分自身思ってしまう。
     どう説明したらいいものか、考えに考え、

    健夜「私はこういう者なんです…ケド…」

     名刺代わりに、ウィークリー麻雀トゥデイという雑誌の過去号を取り出して見せる。
     自身の特集ページを見ず知らずの少女に見せびらかすというなんともいえない羞恥に耐え、自己紹介をする。

    健夜「プロ雀士の小鍛治健夜と申します」

     少女、対木もこは手渡された雑誌をしげしげと眺め、それから健夜を横目でちらっと見遣り、ぺこりと頭を下げた。
     あいさつが通じたものとみた健夜は、本題へと移った。

    健夜「麻雀、やったことはあるかな?」

     問うと、少女はちいさく首を横に振った。

    83 = 52 :


    健夜「そっか。実は私、麻雀の才能がある子を探しているんだけど、対木さんがボードゲームの類で噂になってるのを耳にしたんだ。天才だって」

     今度は照れくさそうに、少女は身をよじる。
     言葉少なにも感情が現れている。会話がなくとも、通じている気がした。

    健夜「それでね、対木さん、麻雀に興味ないかなって」

     そこで、もこの顔が健夜へ向けられる。
     コハクのような瞳が、好奇心の色を伴って輝く。

    もこ「……昔」

    健夜「え?」

    もこ「……覚えよう…と思った…ダメだった……」 
     
     麻雀に挑戦してみて、無理だった、と。
     たしかに麻雀のルールは複雑で難しい。
     だれかに教えてもらわなければ、こどもには無理があるかもしれない。

    84 = 52 :


    健夜「私が教えてあげる。だから、今度は私と…私たちといっしょに麻雀、やってみない?」

     包帯の下で、無表情ながらも、感情が揺れ動いているのが感じられた。
     
    健夜「興味があったら、これ、私の連絡先。茨木の土浦女子ってところで来年、麻雀部をやる予定だから」

     紙切れを差し出す。
     しかしそれを受け取る素振りがない。
     だめか、と思ったその矢先。

    もこ「……いく」

    健夜「え」

    もこ「……麻雀…教えて…さい」

     あまりにちいさな声で聞きとりづらかったが、間違いなく、健夜の期待していた返事だった。
     
    健夜「ありがとう…まかせて。私も頑張るから!」

    85 = 52 :


     なんとか、人数は集まってきた。
     これで定員割れという最悪の事態でいままでの頑張りは水の泡に、各方々から冷やかなバッシングを受ける、ということもなくなりそうだ。
     
     後は座して待つだけ。時が――彼女が、やってくるのを。

     健夜の慌ただしい一年が過ぎ去り、冬を越し、春の訪れ。

     新たな門出に胸を膨らませた若人たちが、高校という舞台に上がる。

     それは、新しい物語のはじまり。

    健夜「――ようこそ、茨城へ」


     外伝 カン

    86 = 52 :

    >>51の意見を汲み、一応このスレで完結させるつもりでいきます
    ここまでがいわゆる前日譚、次の中編からが本編的な感じになります

    88 :

    残りのうち一人は衣かな
    後一人が予想できない

    89 :


    ころたん2年生だけど大丈夫?フリーな候補は淡と他に誰がいるかな…

    90 :

    桃だと良いなぁ

    91 :

    濃いメンツを集めてきたな・・・・

    92 :

    おつおつ
    残り二人…想像がつかんな

    93 :

    一年だけかと思ってたが憩も誘ってたしわからんのか

    94 = 87 :

    アラフォーが自分用の制服を用意してたぞ

    95 :

    くだらない京太郎スレばかりな速報でようやく面白そうな咲スレが来たな

    96 :

    >>95
    そうやって、ケンカ売るなよ

    97 :

    咲さんラブな和はどうなるのだろうか

    98 :

    接点一切ないからラブも生まれないぞ

    99 :

    部長の悪待ちは失敗に終わるのか
    残り二人誰だろ……

    100 :

    面白いなこれ


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