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元スレ京太郎「私は、瑞原はやりです☆」
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憧れの人が、アイドルであると知ったとき、私はあとでその意味を辞書で調べたことがある
家に置いてあった分厚い英和辞典を取り出して、慣れない手つきでページをめくったものだ
そこには、こう記してあった
【idol】
1 a.偶像、聖像
b.偶像神、邪神
2 偶像視[崇拝]される人[もの] 、崇拝物、アイドル
語源 ギリシャ語の「形、幻影」の意
余計に分からなくなった。だから、今度は国語辞典を引っ張り出した
【アイドル】
1 偶像
2 崇拝される人や物
3 あこがれの的
「あこがれの的」、これだっ!みんなを笑顔にできる、素敵なお仕事だ!!
その時の私は、それはもう素直にそう思ったものだった
『人を喜ばせようとするってことは、はやりちゃんにもアイドルの素質があるのかも』
そう、みんなを喜ばせることのできる、みんなを元気にさせてあげることのできる、そんな仕事。それがアイドル
『アイドル』の意味を知ったとき、私はただただ強く単純に「アイドルっていいな」。そう思った
だけど、それと同時に、私にはある考えが頭をよぎったのを覚えている
アイドルっていうのは、喜ばす人がいて、相手がいて初めて成立するお仕事だ
じゃあ、誰からも必要とされなくなったアイドルは、一体どうすればいいんだろうか?、と
なんでこのことを、あの人に聞かなかったんだろう
チャンスなら何度もあったはずなのに
あの人なら…私が憧れた彼女なら、この答えを知っていたはずなのに、もう聞くことはできないのに
私は大人になった。こんな子供みたいな質問は、もう誰にもできない
だから、その答えを、私はまだ知らないままでいる
──8月中旬 インターハイ会場
久「それじゃ、須賀くん。頼んだわよ~」
京太郎「へいへい、了解ですよ」
和「私も行きますよ」
京太郎「いいよ、このくらい大丈夫だ」
和「そうですか…?」
優希「そうそう、のどちゃん。人には人の仕事がある、ってどこかの偉い人も言ってたじぇ」
京太郎「なに言ってんだか」
咲「あっ、そうだ京ちゃん。ついでに、ガリガリ君ナポリタン味買ってきてくれない?お姉ちゃんが、おいしいって」
京太郎「うっ……分かった、残すなよ」
咲「?」
まこ「悪いがよろしく頼んだぞ。あと、余ったお金で好きなもの買ってきてええからな」
京太郎「うぅ…やっぱり和と染谷先輩だけは天使ですよ。んじゃ、ちゃっちゃと行ってきます!」
インターハイがついに終わった。時間的にはそれから少し経ってからのこと
部長から買い出しを仰せつかったいつもの場面だ
みんな疲れているようだし、それ自体には不満はない。喜んでその任を受けようじゃないか
だが、まるで女性のパシリにさせられているかのようなその格好は、男として少し情けないような気もする
俺にも麻雀の実力があって、この全国大会に出場出来ていれば、この状況も多少変わったものになっていたのだろうか?
いや、こんなものこそ、情けない男の妄想だ。だが、それでも俺の妄想はとどまることを知らない
例えば、俺がこのインターハイで大活躍して、プロになるというのはどうだろう
麻雀プロを志す青少年、いやあらゆる人からの惜しみない拍手と称賛を独り占めにする俺
きっとそれは、例えようもないほど幸せで満ち足りた感覚に違いない
もちろん、奥さんはおもちの豊かな美しい女性がベストだ
家事もできて、料理がうまくて、俺と一緒にLOVEを育むことのできる素敵な人物だと尚良い
そんな人と一緒に人生を過ごすことができたなら、幸せ以外はあり得ないはずだ
子供は3人、一軒家で庭は綺麗な緑の芝かつスプリンクラー付き、休日には家族みんなでピクニック、キャッチボールもしようじゃないか
ああ…虚しくなってきた
京太郎「さっさと、買い出し済ませるか…」
まあでも、アラサーのよくする様な、白馬の王子様の妄想よりかは幾分マシではなかろうか
さあ、くだらない妄想終わり!さっさと買い物済ませて、みんなのところに戻ろう
大会が終わったからだろうか、人はまばらだ
今なら、人ごみがすごくて昨日まで使えなかった最短ルートを通って、外のコンビニへ向かうことだってできる
ついでに、少し駆け足になったって、誰も注意しないだろ。ラッキーなことに、警備員さんの姿も見当たらない
『急がば回れ』、『廊下は走らない』。こんなことは、この際無視してしまおう。『臨機応変』だって重要だ
さあ、あの角を曲がって──
ドンッ!
???「きゃあ!!」
京太郎「いてっ…!」
目の前が、一瞬真っ暗になった
視界が一転した。世界が回った、いや俺が回ったのか、あるいはその両方か
ラノベの主人公みたいだな、今の…ともかく、誰かにぶつかってしまったみたいだ
京太郎「あたた…すみません、大丈夫ですか?」
???「あはは……大丈夫、大丈夫」
京太郎「ごめんなさい、前見てなかったもんで……ケガとかないですか?」
???「うん、とりあえず大丈夫みたい」
京太郎「そうですか…よかった」
手を貸して、身体を起こすのを手伝う
なんだか妙に重く感じるな……この人が重いのか?いや俺が非力なだけだな。最近運動してないし
相手の姿をよく見てみる
下はローファーでスラックスを履いている。上は半袖のシャツで、髪は金髪、身長は182cmといったところか
健康だけが売りの男子高校生、といった風で、他には特徴らしい特徴はない
顔は可もなく不可もなく。締まりのないマヌケ面。おそらくは、彼女もいない寂しい高校生活をダラダラと過ごしているはずだ
たぶん、中学生時代はハンドボールをやっていて、今現在は清澄高校麻雀部で雑用に勤しむ日々を送っているのだろう
麻雀の実力はカスみたいなもので、県予選でも大した成績は残せなったようだ
そして、家にはカピバラを飼っていて────あれ?
京太郎「あーと……」
???「えーと……」
京太郎「一ついいですか?」
???「ごめん、私からもいいかな?」
京太郎「俺だっ!?」
???「私だっ!?」
目の前には俺がいた
俺は俺なんだけど、目の前いる人物もどうやら俺のようだった。日本語おかしいな
俺があんたであんたが俺で?えーと……こういう場合のもっとも単純な答えは、と
京太郎「とうっ!!」ビシッ
???「なにその変なポーズ…?」
京太郎「…いや、鏡に映った映像を見ているのかと思いまして、その確認を」
???「私達、会話してるよね」
京太郎「うーん…じゃあ幽体離脱で」
???「君、自分の体も見えてるよね?」
京太郎「そうなんすよねぇ…」
???「あはは…」
京太郎「ふーむ、俺が2人いるということは……分かりましたよ!確か、ドラえもんの秘密道具にこんなのがあったような」
???「フエルミラー!」
京太郎「いえすっ!!」
???「……」
京太郎「そんなわけないっすよねー」
うむ、取り敢えず落ち着いて考えてみよう。まずは、さっきぶつかった相手を見る
うん、間違いなく俺だ。他人から見た俺ってこんな感じなのか…
なんだろう、録音した自分の音声を聞いたときに感じる、あのものすごい違和感に通じるものがある
だけど、相手の口調から、今の俺?は女性のようだった。なんて、気持ち悪い光景なんだ
???「ん?」
その首をかしげる姿、相手には悪いけど気味悪いからやめてもらいたい
いや、まて。まだ自分のことをキチンと観察していないじゃないか
えーと……あれ、スカート?そういえば、目線もかなり低いな。150cmくらいか、ヘッドフォン…?
胸のあたりの重量が異常だ。おかしい
あれっ…………股間のあたりに、妙な、感覚が、する、というか──しないっ!?
京太郎「ないっ!?」
???「なにが?」
京太郎「俺の股間の、大事な大事なデザートイーグルですよ!!」
???「でりんじゃー?」
京太郎「『で』しか合ってないっ!っていうか、分かって言ったでしょう!?」
???「あはは」
近くにあった、窓ガラスを見る。おぼろげに光が反射してくれて、自分の姿が目に入った
京太郎「な、な、なっ……!」
こ、この年甲斐のない、きっつい衣装……低身長ながらの圧倒的存在感のおもち
その他もろもろの絶妙な28歳加減……間違いない、これは!!
京太郎「瑞原、プロ……なのか?」
はやり「あはは……どうやら、そうみたいだね」
身体が、入れ替わった…?なんて馬鹿な…
京太郎「じゃ、じゃあ……あなたが──俺の体に入っているのが、瑞原プロなんですか…?」
はやり「そうみたいだね、実感はないけど」
まさか、こんな事が……入れ替わったのもびっくりだけど、その相手が、まさかあの瑞原プロなんて
運がいいのか悪いのか、いやどう考えても悪いだろ
京太郎「こんな、3世代くらい前の少女漫画に出てきそうな設定……読者がついてきませんよ!」
はやり「えっ、はやりが子供のころは結構あったんだけど?」
京太郎「そんな設定、化石っすよ化石」
はやり「か、化石……がーん」
京太郎「あと、その『はやり』呼び、止めてもらえませんか?正直、ちょっと…」
京太郎「せめて、『私』でお願いできますか?」
はやり「そ、そうだよね。今男の子なんだもんね」
まあ、28にものなって『はやり』ってのが、そもそもキツいっすけどね
京太郎「でも、案外落ち着いていられるもんですね。なんだか不思議です」
はやり「現実感がなさ過ぎて、どう反応していいか分からないのが本音かな」
京太郎「ですね」
はやり「いや、でも……案外こういうのも」ボソ
京太郎「はい?」
はやり「んー、なんでもない」
京太郎「はぁ…」
はやり「うーん、状況が分かったのはいいんだけど…どうしよっか?」
京太郎「ど、どうしましょう…かね?」
ちーん、沈黙
はやり「もう一回、ぶつかってみる?」
京太郎「俺はともかく、瑞原プロの身体でそういうことをするってのは、ちょっと気が引けます」
はやり「そう?」
京太郎「できるかどうかも分かりませんし」
はやり「うーん…」
京太郎「あっ!」
はやり「どうしたの?」
京太郎「俺、買い物頼まれてるんだった…」
はやり「そうなの?じゃあ、私行ってくるよ」
京太郎「いや俺が!……といきたいところですけど、無理っすね」
仕方なく外のコンビニで買い物を済ませて、清澄のみんながいるところに向かった
その途中簡単な打ち合わせをする
京太郎「いいですか。とにかくその女性口調はNGですからね」
はやり「分かってる。任せて」
京太郎「あと、用が済んだら、適当に言い訳してここに戻ってきてくださいね?」
はやり「りょーかい」
京太郎「ともかく、『はい』と『イエス』と『ラジャー』と『イエスマム』だけで済ますんです」
はやり「君、かわいそうな青春送ってるんだね…」
京太郎「ほっといてください」
はやり「あ、そういえば大事なこと聞き忘れてたよ。君、名前なんて言うの?」
京太郎「ああ、俺ですか」
京太郎「俺は、須賀京太郎です」
京太郎「清澄高校麻雀部所属の高校一年生です」
はやり「須賀京太郎くん、ね。大丈夫、お姉さんに任せて。現役アイドルの演技力をとくとご覧あれ、ってね☆」
そう言って、部長たちにいるところに向かう瑞原プロ
うーん、やっぱり気持ち悪い
久「あら須賀くん、あなたにしては少し遅かったわね」
はやり「いやぁー、途中美しい女性に出くわしてしまいましてね」
まこ「なに言っとるんじゃ…」
はやり「はい、じゃあ頼まれたものです」
久「いつもありがとね」
はやり「いいんすよ、これが俺の仕事ですから」
ちょっと従順過ぎる気もするが、結構うまいな。さすがベテランの感もある現役アイドル
久「じゃあ、買うもの買ったし、そろそろ戻りましょう。さすがに疲れちゃったわ」
和「そうですね」
咲「そういえば、明日の帰りの出発何時でしたっけ?」
まこ「たしか、長野行の新幹線は──」
はやり「はやっ!?」
咲「はや…?」
はやり「あぁー、清澄って長野だったもんね……」ボソボソ
まこ「どうした、そんなに驚いて」
優希「ホームシックか、かわいい奴め。うりうり」
はやり「い、いや、なんでもないぞ……気のせい気のせい…はぁー」
久「そ、そう…?」
はやり「すみません、部長。ちょっと用事思いだしましたので、先に行ってていいっすよ」
久「あら、そう?」
はやり「んじゃ、失礼します」
再びこっちに戻ってくる瑞原プロ
なんだかプンプンしている。我ながら、ものすごく気持ち悪い
はやり「長野なんて聞いてないよ!」
京太郎「すみません。言い忘れてました…」
はやり「まあ、それはもういいや……ほんと、どうしよっか…入れ替わり生活でもする?」
京太郎「さっきの見た限り、瑞原プロの演技は問題ないようでしたから、学生生活はできるんでしょうけど…」
はやり「けど?」
京太郎「俺、麻雀へったクソなんで、瑞原プロの代わりは絶対無理っす」
はやり「…そっかー」
京太郎「誰かに相談します?」
はやり「私たち入れ替わりました、って?お医者さん行き、確定だね」
京太郎「ですよね…瑞原プロって所属は大宮でしたっけ?ということは、住まいは埼玉に?」
はやり「うん」
京太郎「うーん…」
こういう場合って、どうするのが最善なんだろう?
すぐに元に戻れればいいけど、現実的にはこの状況が長引いたときの場合も考えなきゃいけない
入れ替わり生活はさっき言った通り無理だ。イベント参加程度ならまだ可能かもしれないけど、代わりに大会に出場するのはな…
ということは、瑞原プロの大会参加は当分無理かもしれない
俺の方はどうだろう。流石に学校には行かなきゃいけないだろう。夏休みもすぐに終わるし
休学するってのも一つの手か……でもなぁ、親になんて説明すりゃあいいんだよ
それに二人がそれぞれ別の地域に暮らすってのも、情報交換とかの面から不安があるし……あー、分からねぇ
はやり「……」
京太郎「はぁ……」
はやり「よしっ、分かったよ。ここは、牌のお姉さんに任せなさい!」
京太郎「?」
はやり「はやりと長野で暮らそっか☆」
京太郎「えーと」
京太郎「……はやっ!?」
文体もそうだがオカルト的な出会いも共通点ではある
まあ何よりコアな人選でピンとくるんだよね
まあ何よりコアな人選でピンとくるんだよね
──8月中旬 長野
京太郎「ほんとに、こんなの大丈夫なんすかね…」
はやり「だじょーぶ、大丈夫!牌のお姉さんを信じなさい!」
京太郎「うーん」
咲たちと同じ新幹線に乗り、再び長野まで戻ってきた俺たち
瑞原プロが清澄のみんなと別れてから再び合流し、今自宅に向かっているところだ
ちなみに俺は目立つのを避けて、深めの帽子をかぶり服装もかなり地味なものを着用している
まあ、一応有名人だしね
京太郎「でも、やっぱり不安ですよ。ボロ出した時のこと考えると…」
はやり「失敗した時のことばかり考えるのは二流のすることなのだよ、須賀京太郎くん」
京太郎「なんか楽しんでません?」
はやり「べっつにー」
瑞原プロの考えはこうだ
まず、俺(というより瑞原プロ)は学校にいかなくてはならない。なので、瑞原プロは長野に住む必要がある
次に俺の方だが、もちろん彼女の代わりに大会に参加することはできないので、埼玉で暮らしていてもあまり意味がない
さらに、二人別々の場所に暮らすというのも、何かあった時に不便だ
ならば、二人とも同じ長野で暮らせばいいじゃん!、とのことらしい
ちなみに瑞原プロは俺の家に住んで、俺は近くに部屋を借りるつもりだ……本当にそれでいいのか?
あああと、瑞原プロはしばらく大会の参加を控える旨を、すでにチームの方に伝えている
あの後すぐに、どこかに連絡を入れて、その段取りを済ませたようだ。とうより、俺も少し手伝った
偶然とはいえ、彼女の麻雀プロとしてのキャリアの一部を無駄にさせてしまうことに心が痛んだ
京太郎「でも、わざわざ俺の代わりに学校に行かなくたっていいと思うんですけど…?」
はやり「休学とか?最悪留年になって、あの咲ちゃんだっけ?、彼女たちの後輩になりたいっていうのなら構わないけどね」
京太郎「うっ…」
半ば脅迫の様にすら聞こえる。いや、そもそも俺に選択肢などほとんどないのだ
京太郎「到着しました」
はやり「ははぁー、ここが須賀くんのお家ってわけだね。いいところみたい」
京太郎「そうすか?」
はやり「これから私が住む場所だからね。ふふっ、楽しみ」
京太郎「俺は全然楽しみじゃねえっす」
はやり「えー、男の子の憧れの一人暮らしが、もうこんな歳でできるんだよ。嬉しくないの?」
京太郎「そりゃあ、そういうのは確かにありますけど、心配の方が勝ります」
はやり「……須賀くん」
京太郎「?」
はやり「こんな歳になって、今まであり得なかった、他の誰かの、全く別の可能性を試すことができる」
はやり「これって素晴らしいことじゃない?」
京太郎「……」
はやり「さ、私はもう行くよ。新しい住まいが確保できるまで、ホテルで頑張ってね!」
そう言って走り去ろうとすると、はたと止まり、こちらを振り向いた
はやり「はやりの身体でエッチな事、しちゃダメだよ☆」
今度こそ瑞原プロは"俺の"家に帰って行った
京太郎「…ほんとにしてやろうか、コノヤロー」ボソ
あっ、俺の宝物の隠し場所をいじらないように注意するのを忘れた
他にも言うべきことがたくさんあったけど、それはまた後日にしよう
あり得ないはずのことが突然起こり過ぎて、さすがに疲れた、休もう
しかし、俺のベッドは駅前のわびしいホテル……ああ、俺の生活どうなっちゃうの
──9月上旬 長野
9月、夏休みも終わり2学期の始まり
あれから、瑞原プロへの演技指導や、俺の新居の確保、親に隠れてひそかに行った私物の移動などもろもろを済ませた
俺は今、須賀家とは少し離れたところに部屋を借りて住んでいる
家事は慣れた。タコス以外の料理もある程度覚えた。洗濯も掃除もスムーズだ
一人暮らしって時間が有り余って、暇で、自由で──なんてのは幻想だったらしい。案外やることがある
とは言っても、学校に行くわけじゃないないから、家事を済ませてしまえば自然と時間はできるもの
勉強?一応俺の部屋から教科書など一式は持ってきてはいるが…
京太郎「やる気でねぇー」
せっかくこんなおいしいシチュエーションなんだから、もっと他にやるべきことがあるはずだ
エロ漫画なんかなら、同級生に出会って4秒で合体、みたいなことになるんだろうが、そんなのは断固拒否する
京太郎「あっ、片づけ」
瑞原プロのところから、服などの必需品を送ってもらっていたのを忘れていた
二組の下着をローテーションさせる生活も今日で終わりだ!
京太郎「ぐへぇー、さぁ~て、はやりんは普段どんな下着を着用しているのかチェックちまちょうね~」
我ながらキモイ。他人と話す機会がほとんどないから、頭がおかしくなっているようだ
段ボールを漁ると、出るわ出るわ大量の下着。白、水色、黄緑、薄いピンク、etc、etc…
京太郎「……」
俺に見られる思って、恐らくは男受けの良さそうな、綺麗目なものを一生懸命選んだに違いない
くぅー、アラサー女性の健気な努力……泣けるぜ
いや、しかし。これだけ大量の、しかも(年齢は多少高くても)容姿の整ったおもちの大きい女性の下着を前にしても…
京太郎「なんともない、な」
これが、慣れというものか
始めの頃は、この生活環境を整えるために四苦八苦していたから、「そういうもの」を楽しむ余裕が無かった
しかし、今ではブラの付け方だって一人前だし、裸でシャワーを浴びる姿を鏡に映しても特になにも感じない
瑞原プロの名誉のために詳しくは説明しないが、シモの管理だって万全だ。男、須賀京太郎、抜かりはない
だがしかし、俺の青春から清らかなる夢がまた一つ、散っていったのかもしれない。女体への飽くなき幻想が
京太郎「国破れてサンガリア。夢破れて山河在り。ふっ…大した山だよ、これは」
何気なくその二つの山を揉んでみる。ただの脂肪だ。かつては夢が詰まっていたものだがな…
さてさらに、届いた段ボールを整理していると、油性ペンでドデカく書かれた文字が目に飛び込んできた
京太郎「『暇つぶし』、ね…」
もしかしたら、こんな俺の為に、瑞原プロが時間を潰す道具を用意してくれたのかもしれない
中を開けてみると
京太郎「ブルーレイ。アニメか」
銀河英雄伝説、アリスSOS、飛べ!イサミ、セーラームーン、カレイドスター、少女革命ウテナ、etc、etc…
京太郎「わ、わっかんねー…全てがわかんねー」
ま、まいいや…とりあえず
京太郎「せっかくだから、俺はこの『カードキャプターさくら』を選ぶぜ!」
♪会いた~いな、会えな~いな、切な~いな、この気持ち────
─瑞原はやり
はやり「鞄の中身よしっ!身だしなみよしっ!笑顔もよしっ!」
母「あんた、朝から元気ねぇ…」
はやり「ほら、母さんも。笑顔、笑顔!」
母「こ、こうかしら」
はやり「チョベリグだね」
父「チョベリグ…よく知ってるな、京太郎」
はやり「さっ、行ってきまーす!」
バタン
照りつける太陽、澄み切った青空、心地よい風、木漏れ日の並木道
世界のすべてが、私の新たな門出を、新たな学生生活を祝ってくれているよう
咲「あっ!おはよう、京ちゃん」
京太郎「おう、おはよう。咲」
この子はたしか宮永咲ちゃんだったね。夏のインターハイでも大活躍だったから印象に残ってる
いずれ、私たちと同じ舞台でやることになるかもしれないほどの逸材だ
咲「んー…京ちゃん。なんだか──」
え、まさか早速バレた!?
咲「少し太った?」
あー、入れ替わってから体重あんまり気にしなくなったもんね…
京太郎「最近の不摂生が祟ったかなぁ…あはは」
咲ちゃんと適当に話をしながら登校
京太郎くんから、基本的なことは既に大体聞いている。演技には抜かりはない。世間話なんてお茶の子さいさいだ
友人との朝の登校。これぞ青春といった光景。ああ、なんだか懐かしい気分になってくる
あの頃の私も、この一瞬の輝きをずっと持ち続けていたような気がする
何気ない登校風景なのに、そんな気がしてくる。私も歳を取ったのかもしれない
はやり「校門だ…」
咲「なに?感慨深く浸っちゃって」
はやり「いや、別に」
私の新しい学生生活がここで始まるんだ。緊張しないはずがない
校門をくぐって、下駄箱で上履きに履き替える
教室に向かう。ドアを開ける。皆に「おはよう」の挨拶をする
隣の席の人と昨日見たドラマの話をする。担任の先生が来てホームルームが始まる
この何でもない、ただの作業が妙に懐かしい。ああ、私、今、高校生なんだ。私、今、アイドルじゃないんだ
咲「京ちゃん、どうしたの?」
そう、私は『瑞原はやり』じゃない。『須賀京太郎』なんだ
はやり「大丈夫、俺は須賀京太郎だ」
咲「?」
自分に言い聞かせるように、そう言った
今日は二学期の始めで授業はない。体育館での集会が終わってしまえば、後は部活動だけ
部活動。京太郎くんは麻雀部所属。だから、私も麻雀部
私も高校生の頃は同じだった。性別は違くても、これは一緒
咲「んじゃ、そろそろ行こっか?」
はやり「そうだな」
咲ちゃんと連れ立って部室に向かう
咲「こんにちはー」
はやり「ちはー」
まこ「おう、来たな」
優希「咲ちゃん、久しぶりだじぇ」
咲「一昨日会ったばっかりだよ」
優希「あれ、そうだっけ?」
はやり「ははは」
和「……」
咲「和…ちゃん?」
和「!!……あ、ああ…咲さん。来ていたんですか」
咲「さっき、思いっきり挨拶してたじゃん。大丈夫」
和「ええ、もちろん大丈夫ですよ」
咲「そう…?」
はやり「……」
滞りなく部活動が進んでいく
仲間と集まって何か一つのことに没頭する。あの頃みたいだ
はやり「みんな…」ボソ
まこ「ん、どうしたボーっとして?」
はやり「い、いえ。なんでもないっす」
優希「どーせ、夜遅くまでエッチなサイトでも覗いて夜更かししていたに違いないじぇ」
はやり「ば、バッカ。そんなんじゃねーよ。そんなこと言ってると、もうタコス作ってやんねーぞ」
優希「スミマセンデシタ」
はやり「よろしい」
咲「まったく優希ちゃんは……ねえ、和ちゃん」
和「え、ええ…そうですね」
はやり「……」
まこ「おう、もうこんな時間か。今日は二学期の始めじゃし、そろそろ終わりにするかのう」
ガチャ
久「はろー……って少し遅かったみたいね。1回くらい打ってこうと思ってたんだけど」
はやり「残念、もう帰るところですよ」
久「まっ、一緒に帰れるだけでもよしとしようかしら」
和「…すみません、私は先に失礼させていただきます」
ガチャ
久「あら、あらあら?」
咲「和ちゃん、どうしたんだろう?」
優希「今日はずっと上の空だったじょ」
まこ「そうじゃな」
久「ふー……和も、夏のインターハイで一皮むけたと思っていたんだけどね」
この子は、とても勘のいい子みたい
はやり「どういう意味ですか?」
久「『それ』を知ってしまうとね、人は何度でも『それ』を求めてしまう生き物なのよ。特に彼女は強いから」
久「私はそこまでは行けないだろうから、本当はよく分からないんだけど、ね」
はやり「…そうですね」
咲「?」
久「ふっ、一皮むけた、なんて。須賀くんにはちょっと刺激的な言葉選びだったかしら?」
はやり「ほほほほほ包茎ちゃうわ!」
咲「ほーけい?」
優希「ホッケの亜種か?」
まこ「……////」
はやり「……」
はやり「すみません、ちょっと用事が出来たんで、先に帰らしてもらいます。ではっ!!」
久「うーん、青春ねぇ…いってらっしゃい」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
久「須賀くんはくすぶっていると思っていたんだけど。案外やるわね」
まこ「わしとしては大歓迎じゃがな」
咲「HO KEY?」
優希「箒?」
まこ「ええかげんにせんか」
咲「それにしても、京ちゃんの今日の打ち方、少し変じゃありませんでした?」
まこ「そうか?」
優希「京太郎くらい京太郎らしかったじぇ」
咲「そうなんだけど……なんていうか」
久「?」
咲「誰か別の人が、京ちゃんの打ち方を完璧にトレースしているような…」
咲「『京ちゃん』らしすぎる、っていうか。あまりにも完全に、枠の外にはみ出ないように自制しているような…そんな感じ」
優希「ま、まさか誰かに入れ替わったとか!」
まこ「エイリアンの仕業じゃな」
久「私は超能力を推すわ」
優希「クローン説で」
咲「きっと痛い衣装を着たアラフォーの人とぶつかった拍子に、心が入れ替わっちゃったんだよ」
久「ははっ、それだけはないわね!」
優希「咲ちゃん、本の読み過ぎだじぇ」
まこ「さっ、バカやってないで帰るとするかのう」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
少し時間を使いすぎた。廊下は走ってはダメって言うけど、この時だけは許してほしい
ただ、やっぱり男の子の体。ちょっとくらい走っても全然疲れないや
いたっ!
はやり「和っ!!」
和「須賀くん、ですか。どうかしました?」
はやり「え~っと…その」
どうしよう。若い頃の勢いそのまま、みたいに飛び出しちゃったけど、なに言うか考えてなかった
和「?」
いや…いいんだ。私は須賀京太郎。今は男子高校生。少しくらいの失敗と暴走は許されるんだ
そんなことしたって誰も気にしないんだ。だって私は、アイドルなんかじゃないんだから
はやり「俺は、須賀京太郎だ」
和「は、はぁ…」
はやり「和。お前の気持ちは何となく分かるよ」
和「何を言っているんですか?」
はやり「夏のインターハイで、お前がどんな目標を掲げていたのか、俺にはよく分からない」
和「……」
はやり「でも、お前は見事にそれを達成したはずだ。達成感、満足感、高揚感、祝福と称賛……全部手に入れたはず」
和「なにを馬鹿なことを」
はやり「でも、それは長くは続かない。『成功者は、麻薬中毒者がヘロインを求めるように勝利を求める』」
和「…マシュー・サイドですか」
はやり「『勝利の効果は、麻薬に似てあまりにも短く、選手は表彰台を去るやいなや憂鬱になり、生きる目的を失う』」
和「……」
はやり「今の和の状態は、飢えに近い。胃袋だったら食べ物を与えてやればそれで済む。だが、こいつはそうはいかない。だろ?」
和「そんなことありません」
素直じゃないね
京太郎「俺は知ってるぞ、その穴の埋め方を」
和「…!!」
京太郎「お前には麻雀の才能がある。実力もある。努力もする。容姿も、スタイルも悪くない」
まっ、私ほどじゃないけどねっ!……ねっ!?
和「セクハラですか」
はやり「俺ならお前に、さらにもう一段階上の世界を見せてあげることができる」
和「……」
はやり「和、アイドルになってみないか?」
和「……」
和「……」
和「……」
和「……」
和「……はぁ!?」
ああ、私。なんでこんなこと言っちゃったんだろう
_______
____
__
結局その後、和ちゃんには「なに言ってんだ、こいつは…」みたいな顔されて、帰られてしまった
『アイドルになってみないか?』
なんであの時あんなこと言ったのか、自分でもよく分からない
気の迷い、若さゆえの過ち…まあ、なんでもいいけど
でも、今になって冷静に考えてみると、それは案外悪くない案じゃないかと思えてくる
和ちゃんは麻雀もできるし、顔だって可愛いし、胸だってバインバインのダンバインだし、アイドルの素地はあると思う
そうだよ、私なら和ちゃんのプロデューサーさんになれる!
和ちゃんをアイドルマスターに導いてあげることができる!
清澄初のスクールアイドル!アイドル活動略してアイカツ!Wake Up, Gir──いや、これはいいや
おお、なんだか学生生活らしくなってきたよ。これぞ青春の一ページだよ!
よーしっ、あの夕日に向かって走るよっ、私っ!!
はやり「とりゃあああぁーー!!!」
「あれ、須賀さん家の子よね…」
「見なかったことにしておきましょう」ニコッ
「そうね」
そのまま走りながら、須賀くんの所に向かう
その日の用事が済んだら、須賀くんと情報交換する約束になっているから
はやり「須賀くーん、ただい──」
京太郎「次回もはやりと一緒にレリーズ!!」キャピ
はやり「……」
はやり「ゴハァ!!」ビチャ
京太郎「瑞原プローーー!!!」
はやり「黒歴史はね……決して、よみがえらせてはね…ダメなんだよ」
京太郎「瑞原プロ、あなたもかつて……こんなキツいお姿、お見せしてしまって申し訳ないです」
はやり「いいんだよ、須賀くん。かなりダメージ大きかったけど大丈夫……あと私はそんなにキツくないよ、ねっ」
京太郎「ソッスネ」
はやり「さて、出鼻くじかれたけど、今日はどうだったかな?」
京太郎「家事して、アニメ見て。それだけですね」
はやり「暇な主婦みたい…」ボソ
京太郎「聞こえてますよ」
京太郎「それで、瑞原プロの方はどうでしたか?」
はやり「うん、私の方はね──」
『アイドルになってみないか?』
はやり「無難にやり過ごしたよ。みんなも私のこと、変に思ったりはしてなかったと思う」
京太郎「流石瑞原プロ、演技なんか俺より俺らしいっすからね」
こんなことは言わなくてもいいよね。落ち着いたらまた話そう
この後も、色々と学校での出来事を話したりして、情報の共有をした
こうして、私の学校生活の一日目が終了した
入れ替わりがオカルトって扱いで和には普通にはやりんに見えてるから様子がおかしいのかと思った
てっきりいつもおもち見てくるのに見てこないから訝しんでたのかとおもた
咲の時代設定っていつ頃なんだろ
連載始まった2006年が舞台だとすると京太郎もCCさくらやアリスSOS知ってる世代じゃないかと思ったり
連載始まった2006年が舞台だとすると京太郎もCCさくらやアリスSOS知ってる世代じゃないかと思ったり
でも微妙に最近っぽい携帯を咲さんが持ってたりする
無意味に長期連載になるとこういう矛盾が生まれるから困るよね
はじめの一歩見習え立
無意味に長期連載になるとこういう矛盾が生まれるから困るよね
はじめの一歩見習え立
──9月中旬 長野
─須賀京太郎
京太郎「暇だ」
そう、暇だ
瑞原プロが送ってくれたアニメなども全部見終わってしまったし、今日の家事はほとんど済ませた
暇で暇で仕方ないのだ
ああ、学校って学業だけじゃなくて、暇つぶしの側面もあったんだな。また一つ勉強になった
だけど、迂闊に外をウロウロして、正体がバレるのだけは避けなくてはならない。これは瑞原プロのためでもある
変装と言う手もあるにはあるが、未だに俺の行動範囲は近所のスーパーまでくらいなもの。正直、俺の変装スキルは高くないと思う
はっきり言って、誰にもにバレないという自信はない
でも、そろそろもう少し移動の幅を広げても良い頃合いなのかもしれない
このままだと、この4畳半×2の神話体系の中で脳が干からびて死んでしまう。退屈死
ウサギは寂しさのあまり死んでしまうという俗説があるが、人間は退屈さのあまり死んでしまうのだ
つまり、今の俺に必要なのは脳ミソへの直接的な刺激
京太郎「刺激……刺激ねぇ」
確かに、この二つのおもちは刺激的に違いないのだが、残念ながらもう慣れてしまった
長時間椅子に座っていると腰が痛くなってくるから、時々立ってストレッチしなきゃいけないこの体にはもう慣れた
俺は瑞原はやり。年齢は28。体重は49kg(仮)。身長は151cm。ハートビーツ大宮所属のアイドル雀士。出身は島根
和了スピードと守備がすごくて、キツい格好してて、小鍛冶プロとか戒能プロとかとも知り合いで、頭も良いらしくって、それで、それで……?
あれ…?意外とよく知らねえな
瑞原プロから通り一遍の情報は聞いていたけど、彼女自身のことは全然分からない
プロになったいきさつとか、アイドルになった理由とか、何が好きで何が嫌いかとか、いつもどんなことを考えているのか、とか
俺は、瑞原はやりなんだ。だから、俺は俺のことをもっと知らなくちゃいけない
京太郎「調べてみるか」
早速、ネットでその名前を検索にかけてみる
京太郎「うわ…」
出るわ出るわ、あることないこと、憶測をまるで事実のように語るブロガー、誹謗中傷、下衆なゴシップ記事
その他数えきれないほどの、もはや悪意を通り越した無関心。童心のような残酷な遊び心。心の不感症
もちろん、ファンの声もたくさんある。だけど、悪意ってのは善意よりもよっぽど目立つ
そしてそれは、本人が意図した以上の効果をあげて、簡単に人の心を傷つける
勝手な事言ってくれちゃって、まあ
京太郎「有名人も大変なんだな…」
嫌気がさしたので、仕方なくwikipediaにあたってみる
簡単なプロフィール、略歴、アイドル活動について、麻雀のプレースタイルとその分析
俺が知りたいのは、そんな水の上に浮いた油みたいな、上っ面の情報じゃないんだ
もっとこう、彼女に……いや、今の俺に肉薄できるような、本質的な
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