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元スレ八幡「徒然なるままに、その日暮らし」
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「やる気ないっつーか、こんなんやる気になりようがないだろ、普通。むしろ何でお前はそんなやる気なの?」
「これも奉仕部の活動の一つじゃん、やる気出さなきゃダメでしょ」
「つってもお前、これただの平塚先生の思いつきだろ。大体今までのメールも思い返してみろよ、碌でもない相談事ばっかだったじゃねぇか。むしろただの愚痴レベル。居酒屋で飲んだくれてるおっさんでももうちょっとマシなこと話してる気がするぞ」
「ちょっと、それは言い過ぎだよヒッキー。ほら、体育祭のとか大事なのもあったし」
「あー、そりゃまぁゼロではなかったかもしれんけど」
「ね、そうでしょ?」
得意げに、ふふんと鼻を鳴らす由比ヶ浜。
とは言え、そんなの例外中の例外だと思うんだけどな。
実際、他のメールの内容なんて本当に大したことのない話ばっかりだったし。
まぁそれが仕事だと言われてしまえば、返す言葉もないけどさ。
社畜まっしぐら、悲しい立場である。
「わかったわかった。とりあえず始めりゃいいんだろ。つーか今日メール来てんの?」
「えーっと、うん、何通か来てるよ」
「マジでか。しかし言っちゃなんだけど、こんな所にメール送るくらいならもっと他に頼るべき人っているんじゃね? 普通は。どんだけ暇なんだよ、そいつら」
「だから何でそんな否定的なの? メールが来てるってことは頼りにされてるってことなんだから、いいことじゃん」
「それが疑わしいんだって。そもそもこの部って本当にちゃんと認知されてんのか? 知らない奴の方が多いんじゃねぇの?」
「奉仕部のことを、あなたの教室での存在みたいに表現するのは止めなさい」
ぱたんと本を閉じながら、雪ノ下がようやく口を開いたと思ったら、出てきたのはいつも通り切れ味鋭い暴言だった。
毎度の事ながら容赦なさ過ぎだろ、お前は。
おまけにそんな生き生きした表情をしてるとか、どれだけ追い打ち掛けてくるつもりだよ。
しかし、俺がどんな皮肉で返してやろうかと考えたところで、それより早く由比ヶ浜が突っ込みを入れる。
「そんなことないよゆきのん! ヒッキーちゃんと存在してるよ! いつも教室にいるよ!」
「そうね、よく目を凝らせば見えるかもしれないわね」
「どんだけ存在感無いの!? 違うから! ちゃんと見えてるから! 無いのは居場所だけだからぁ!」
「フォローすると見せかけてとどめを刺しに来ただと?」
思わず戦慄する。まさかの二人掛かりだった。
何なの? その息の合ったコンビネーション。
君たち仲良過ぎでしょ、もはや事前に打ち合わせでもしてんじゃないのかって疑うレベルだぞ。どんだけ俺をおちょくるのに全力なんだよ。
いやもう何か一周回って落ちついたわ。
「はぁ。もういいだろ、話戻すぞ」
「そうね、どうでもいいことだったわね」
「後半いらねぇ……じゃあ由比ヶ浜、ちゃっちゃと終わらせようぜ、一通ずつ読んでってくれよ」
「うん、りょーかい」
由比ヶ浜が一つ頷いてパソコンの画面に視線を移す。
さて、楽な話ばっかりだといいんだけど。
何なら俺の出る幕が無ければなお良し、である。
「えーっと、本日最初のお便りは……千葉市にお住まいの、PN:剣豪将軍さんからです」
「はい、それでは次のお便り」
「ヒッキーそれはさすがに酷過ぎ! 気持ちはわかるけど!」
わかるんなら流してくれよ。
うんざりした気分で由比ヶ浜に目を向ける。
あっちはあっちで気だるげな表情をしていた。
雪ノ下に至っては、目を瞑って頭を抱えてしまっている。
うん、これもうほとんどテロ行為と言っていいんじゃないかな。
「何なの? これ様式美か何かのつもりなの? それともこいつで始めなきゃなんないルールでもあったりすんの?」
「あたしに言われても知らないよ、そんなの」
「つーかもう着信拒否でもいいんじゃねぇか、これ」
「それは駄目よ、直接来られたら困るもの」
きっ、とこちらを睨んでくる雪ノ下。
言ってることは割とひどいと思うけど、正直なところ概ね同意せざるを得なかった。
由比ヶ浜も一切の躊躇い無くうんうんと頷いている。
奉仕部メンバーの心が無駄に一つになった瞬間だった。
「だから、これはあなたが処理しなさい。そもそもあなたの担当でしょう、彼は」
「え? また俺?」
そしてあっという間にばらばらになってしまったらしい。
もういい加減その役割分担止めてほしいんだけど。
構ってやるから調子に乗っちゃうんじゃないですかね?
あんまりしつこいと、俺がここにお悩み相談メールを送っちゃうかも知れないぞ。
といったところで聞いてくれるとは思えないので、黙って飲み込んでおくことにする。
沈黙は金であり、また人間は諦めが肝心なのだ。
もっとも、諦めてばかりで何が変わる訳でもないとも思うけど。
むしろ諦めて何も言わなかったら消極的同意と見なされて、仕事をばしばし振られるまである。
あれ、これやっぱり諦めちゃ駄目じゃね?
今更の結論に愕然とするが、時既に遅し。
「あー、もうわかったよ、どうせやらんと終わらんのならとっとと回答して終わらせるぞ。由比ヶ浜、内容は?」
「はいこれ」
由比ヶ浜がパソコンの画面をこちらに向けてきた。
読むのも嫌なのかよ、嫌われ過ぎだろ、あいつ。そりゃまぁ自業自得ではあるけど。
俺だって読みたくねぇよ、誰が喜ぶんだよ、このやり取り。
深く重いため息をついてから、ずりずりと椅子を引きずりつつ正面に移動して画面を覗き込む。なになに……?
〈PN:剣豪将軍さんのお悩み〉
『次のラノベ新人賞の締め切りが近いのだが、まだプロットしかできておらん。そこで我が相棒よ、お主の腕を見込んで執筆役の栄誉を与えたいと思う。今後はペアで活動していこうではないか。ペンネームは二人の名前を合わせて材木谷義満でどうだ?』
〈奉仕部からの回答〉
『まさかとは思いますが、この「相棒」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか? 一度受診することを強く勧めておきます。大丈夫、きっとまだ手遅れではないはずです』
「ひどっ!?」
「ひどくないだろ、むしろ優しさの上に優しさを重ねてるレベルだと思うぞ」
本音を言えば、寝言は死んでから言え、くらい返してやりたいところだ。
ふざけて書いてるなら一発引っ叩かんとならんし、本気で書いてるならなお悪い。
まずもって相変わらずプロットしか書いてないとかあり得ないだろ。
というか自分が書けないなら諦めろよ。ワナビにすら失礼だぞ、それ。
大体、お前の為に書くくらいなら自分の名前で投稿するわ。いやどうせ落選確定だから絶対やんないけど。
「これで一件落着ね、次に行きましょう」
何もしてない雪ノ下が、なぜか一仕事終えたみたいな爽やかな顔でのたまう。
もっとも俺自身もものすごく開放感があったので何も言わない。
本気で誰も得しないやり取りだったな、これ。
時間の無駄ってこういうのを言うんだろうね。
「それじゃ、次あたし読むね」
材木座の依頼が片付いたからか、由比ヶ浜は爽やかな顔でそう言うと、またパソコンの画面を自分の方に戻した。
うん、その態度は非常に分かり易くてよろしい。
いや決してよくはないか。
まぁ最大の嵐は去ったわけだし、とやかくは言うまい。
「んーと、次のお便りは……千葉市にお住まいの、PN:姉ちゃんの弟さんからだね」
「あぁ、それもう読まんでいいぞ」
「だからさっきからヒッキーひど過ぎだって! ていうか意味分かんないし!」
「いやもう誰か分かったしさ。そいつは俺にとっちゃ不倶戴天の敵なんだよ、わかるだろ?」
「や、全然わかんないから。もういいよ、ヒッキーは黙ってて」
いや、わからんはずないでしょ、一人しかいないだろうが、奉仕部のこと知ってる弟キャラなんて。
川崎大志め、どこでこのメアドを……?
というか、そもそもどうして俺たちが小町の周囲を飛び回るちんけな虫の相談なんぞを受けてやらんとならんのか。
納得いかねぇ――が、俺の恨みがましい視線は当然のように黙殺されてしまうわけで。
何事も無かったかのように、由比ヶ浜はよく通る声でメールの内容を読み上げる。
〈PN:姉ちゃんの弟さんのお悩み〉
『お久しぶりっす、お兄さんたちにご相談なんすけど、そろそろ受験も近くなってきて受かるかどうか結構不安なんす。勉強はもちろんちゃんとやってるんすけど、緊張とか不安とか、そんな感じで。何かそういうのを解消する方法があれば教えてもらえないっすか?』
「よし由比ヶ浜、俺に代われ、最適解を突きつけてやるから」
「何でそんなに殺気立ってんの!? ていうか今のヒッキーに任せられないから。一体なんて答えるつもりなの?」
「一つ、小町に近づくな。二つ、小町の名前を口にするな。三つ、俺をお兄さんと呼ぶな。これを守らんと受験に落ちるぞ。つーか俺が落とす」
「完全に私怨だっ!? じゃなくて、そんなのダメに決まってんじゃん。大体落とすってなに? 無理でしょそんなの」
「いや、あいつの持ち物にこっそりカンニングペーパー仕込んでおいて、あとはテスト中に密告電話をかけるだけでいける」
「陰湿過ぎるし!」
「んなことねぇよ。あいつは世間の厳しさを知ることができるし、俺の心も平穏になるし、誰も損しないだろ。まさにWin-Winの関係ってやつだ」
「絶対違うから、ていうか一方的にボコってるだけじゃん、それ。ホントにもう……ほら、真面目に答えたげてよ」
かなり真面目に答えたつもりだったんだけど、そう言ったらまた由比ヶ浜の怒りを買うだけなので黙っておこう。
今も何かぷくっと頬を膨らませて不満げにしてるし。
しかし、そんなちょっと小動物っぽい仕草を見て少し毒気を抜かれた。
一呼吸置いて、俺も肩の力を抜く。
「まぁ小町絡みの相談じゃなく受験絡みの相談だし、仕方ないから普通に答えてやるか」
「最初からそうしてよね」
「それができないからこその比企谷くんじゃない」
「お前ホントいい笑顔で俺をディスってくるよな」
今日一番の雪ノ下の笑顔だった。
というか、何で俺の“らしさ”をお前が語ってんだよ。
いや、語ってるっつーか騙ってる、か。
本当にこいつは要所要所で的確に俺のハートを抉ってきやがって。
何なの? 聞き耳でも立ててんの? そうやっていつもタイミング窺ってんの? 俺を弄るのにどこまで全力なんだよ。
文庫本開いてんだから読書に集中してりゃいいだろうに。
「しかし何つーか、受験の不安とか緊張とか改まって言われてもなぁ。そんなもん誰だってあるもんだしよ」
「んー、そうだけどほら、それを解消できる方法があればって話でしょ。何かないの?」
「いや無いだろ、そんな方法なんて」
「即答!? ちょっとくらい考えてあげようよ」
「いやそうじゃなくてだな、完全にそういうの無くすのは無理って話だよ。皆そうなんだから。できるのは精々それを和らげることだけだ」
「あー、何となくわかる気がするかも。どうしたってゼロにはできないもんね、そういうのって」
「だな。それに受験が不安ってことは結局自信がまだ無いってことだろ。ならもっと勉強頑張るしかねぇよ。やれることは全部やったって胸張れるくらい勉強すりゃ、人に訊くまでもなく自信なんて勝手についてくるって」
学問に王道無しとはよく言ったもんだ。
勉強に限らずスポーツだって同じで、とことんまでやって初めて自信に繋がるのである。
結局やれる限りやるしかないのだ。
そして勉強に集中しまくって小町のことを忘れればいい。ここが大事。
もちろんそれは言わないけどな。いい話っぽく終われるし。
由比ヶ浜もほら、何かおぉーとか言いつつ素直に感心してくれているみたいだし。
これはもう黙っておくのが優しさだと言ってもいいと思う。
俺ってばマジ優しい。
ただこちらを無言で見据えている雪ノ下の目が若干冷たいので、こいつにはバレてるみたいだけど。
何でこんなに鋭いんだろうね、とても隠し事できる気がしねぇよ。
「それじゃあ回答はあたしが書くね」
「おう、任せた」
にこにこと笑顔のまま、由比ヶ浜がパソコンに向かう。
さっきの投稿者の時とは雲泥の差である。
材木座がここにいたら泣いてたんじゃないか?
あるいはそれもちょっと見物だったかもしれないけど、でもあいつの涙なんて別に見たくもないし。
総合的に考えると、やはりあいつはここにいなくて良かったということになるな、うん。
「……うん、これで良しっと」
俺が馬鹿なことを考えていたのも束の間。
タンタンとリズム良くキーボードを打ちこんでいた由比ヶ浜が、満足そうに一つ頷く。
どれどれ、何て書いたんだ?
〈奉仕部からの回答〉
『受験に不安になる気持ちはすっごく良くわかるけど、でもそれは皆も同じだよ。だからそんなに心配しなくても大丈夫! これから受験までまだ時間あるし、勉強をちゃんと続けたらきっと自信もついてくるから。合格を信じてラストスパート頑張って。来年あなたが後輩として入学してくるのを楽しみに待ってるよ』
おぉ、何と模範的な解答。
スクールカースト上位に属していると、先輩らしさみたいなのも自然に身に着いてくるもんなのかね。
いや本当に、最後の一文とかあいつにはもったいないくらいだ。
「しかしホントあれだな、お前が書くとまともな回答になるよな。何かもうまとも過ぎて逆に違和感出てくるレベル」
「褒めるなら素直に褒めてよ!」
「気にすんな。とにかく回答はこれでいいだろ。送信よろしく」
「もう……」
何かぶつぶつと文句言いながらも回答を送信する由比ヶ浜。
俺としてはわりと素直に褒めたつもりなんだけどなぁ。
一言余計だったかもしれんけど。あぁそれが駄目だったのか。なるほど。
「それじゃ由比ヶ浜、次行こうぜ次。何ならこの調子でずっと由比ヶ浜のターンでも全然オーケーだぞ」
「さり気なく押し付けないでよね、ちゃんと皆で読んで皆で回答するの。いい?」
「いや、一通目はそうじゃなかったじゃん」
「……え、えーと次のお便りはーっと」
不自然に目を逸らす由比ヶ浜。
まぁ俺もとやかく言うつもりはないけどね。
終わったことを蒸し返したくないし。
正直早く忘れたくすらある。叶うならばあいつの存在ごと。
「つーかまだ残ってんの?」
「んー、これでラストだね」
「そりゃ僥倖、じゃあさっさと読んでくれよ」
「うん。えっと、最後のお便りは、PN:美し過ぎるOGさんから」
「由比ヶ浜さん、それはもう読まなくていいわ」
「ゆきのんまでそんなこと言うの!? っていうか何で!」
由比ヶ浜が驚きの声を上げる。
しかしご意見ごもっともだが、ここは俺も雪ノ下に同意せざるを得ない。
正直言って、許されるならこのまま見なかったことにしたいくらいだ。
でも、そうはいかないんだろうなぁ、この人相手だと。
「由比ヶ浜、落ち着けって。もう一度ペンネームをよく読め、誰が差出人かすぐわかるから」
パニクる由比ヶ浜をどうどうと宥めつつ説明する。
奉仕部のことを知ってるOGって時点で候補がほとんど絞られるのに、かてて加えてこの手前味噌極まる形容詞が駄目押しだ。
これで差出人が陽乃さんじゃなかったら、土下座して詫びてやるよ。
にしても、何で奉仕部宛に送ってくるかな、この人は。
いや本当にさ、姉妹のやり取りなんて直接携帯同士でやんなさいよ、君たち。
間に誰か置かんと会話すらできん訳でもなかろうに。一昔前のコントかよ。
通訳じゃないんだぞ、俺らは。
「んー……あ、もしかしてゆきのんのお姉さん?」
「残念ながら、他に思い当たる人はいないわね」
ぱっと笑顔になった由比ヶ浜とは対照的に、物凄く嫌そうな顔で頷く雪ノ下。
苦虫を噛み潰したような表情って、こういうのを言うんだなぁとか思う。
しかし相変わらず仲の宜しくないこって。
そんな雪ノ下の反応に、由比ヶ浜は腰に手を当ててちょっと困ったような顔をする。
「もう。ゆきのん、ダメだよ、いくらお姉さんと仲良くなくても無視なんてしたら」
「別に仲が良くないわけではないわ、ただできる限り無干渉、非接触を貫きたいだけよ」
「それはもう仲が悪いってレベルだよ!?」
「まぁそれはともかく、あの姉さんが他人に悩みを相談するなんてあり得ないわ。何かあっても自分で何とかする人だもの。だからそのメールは私たちをからかう為のものとしか考えられないのよ。故に読む必要は無いものと判断できるわ」
「ふーん、何だかんだ言って、ゆきのんもお姉さんのこと信頼してるんだね」
「……あの人の能力については客観的に評価しているだけのことよ。それ以上の考えは無いわ」
ほっとしたように笑う由比ヶ浜と、ぷいっとそっぽを向く雪ノ下。
色々複雑な事情もあるらしき雪ノ下家の人間関係も、由比ヶ浜にかかればひどく単純な話に聞こえてしまうから不思議だ。
オッカムの剃刀じゃないけど、物事の本質を考えるのには難しい言葉も多くの説明も不要なのかもなぁ。
とすれば、そういう風に素直に単純に受け止められるのも一種の才能なのかもしれない。
少なくとも俺には絶対無理だな。何かって言うと余計なことばっかり考えてしまうし。
本当の賢さとは何なのか、とか随分と哲学的なことで悩んでしまった。
そんな俺を余所に、由比ヶ浜は小さく拳を握りつつ、改めて雪ノ下に笑いかける。
「うん、でも読まずに消しちゃうわけにもいかないし、あたしが読むから聞いててね」
「そうね、確かに奉仕部として受け取ったメールである以上は一応チェックの必要があるわけだし。それじゃあお願いできるかしら」
「任せて」
朗らかな笑顔のままパソコンへ向かう由比ヶ浜。
開いたメールを、いつもの快活な声で素直に読み上げる。
〈PN:美し過ぎるOGさんのお悩み〉
『こんにちは、わたしメリーさん、今あなたの後ろにいるの「え! 嘘!?」』
読んでいる途中で驚愕の表情のまま後ろを振り返る由比ヶ浜。
もちろん、その視線の先には何もないし誰もいない。
気まずい沈黙が落ちる。
「……いや嘘に決まってんだろ。騙されんなよ、お前」
ちょっと素直過ぎるでしょ。
あるいは優し過ぎると言うべきかもしれんけど。
呆れるべきなのか心配するべきなのか、判断に困るぞ。
雪ノ下に至っては、頭痛がするかのように手を頭にやりつつ渋い表情をしている。
果たしてどちらに対して呆れているのかについては分からないけど。でも多分両方だろうなとは思う。
敢えて口にしないのがこいつなりの優しさなのかもしれない。
「だってびっくりしたもん、こんなこと書いてるなんて思わないよ。もう、陽乃さんひどい」
由比ヶ浜さんはぷりぷり怒ってらっしゃるが、正直気にするポイントはそこじゃないと思う。
あの人のことだから、読むのが由比ヶ浜になると推察してこういうおちょくりを入れてきたんだろうし。
思い通りに動かされた事実にこそ腹を立てるべきだと思うんだけどな。
それでも、一頻り文句を言って気が済んだのか、それからすぐに由比ヶ浜は画面に向き直った。
おぉ、意外と大人な対応だ。
俺ならおちょくられたと分かった時点でメール消してるぞ、多分。
実際、読み上げる声音にも怒りの色は感じられない。この辺りは流石と言うべきだな。
〈PN:美し過ぎるOGさんのお悩み・続き〉
『――なんちゃって、冗談だよ、OGって事で身構えちゃうといけないと思ってジョーク挟んでみたんだけど緊張はほぐれたかな。じゃあ改めて、やっはろー、みんな元気? 今日は雪乃ちゃんたちにお姉ちゃんからお願いがあってメールしたの。実は今度わたしが参加するイベントがあるんだけど、男手が足りないんだよね。ということで、比企谷くん貸して』
「お断りします」
「また即答だし!」
非難の声を上げる由比ヶ浜だが、今回は文句言われる筋はないと思うぞ。
あの陽乃さんの手伝いとか、何させられるか分かったもんじゃない。
余所当たってくれよ、いやマジで。
「つか何で俺を名指ししてんだよ、頼むところ間違い過ぎだって。大体あの人なら一声かけりゃそこらの有象無象どもがわらわらと集まってくるだろ。大学生なんて軽い奴らばっかりって話だし。そいつらこき使ってやればいいじゃん。よし由比ヶ浜、そう回答しようぜ」
「全体的に悪意が滲み出てるよ! そんな回答できるわけないでしょ。拒否するにしても、もうちょっとまともな答え方しないとダメだって」
「でも由比ヶ浜さん、比企谷くんに頼むのが間違いであることも含めて、彼の言っていることも一理あるわ」
「いらん修飾語つけんな」
一応文句を言っておく。もちろん無視されたけど。うん、でもこれこそが様式美だよな。
なお、そんな雪ノ下の言葉をふんふんと素直に頷きながら聞いている由比ヶ浜も地味にひどいと思う。
雪ノ下はこちらに一瞥すらくれることなく、淡々と説明している。
「姉さんの周りにはあの人の助けになりたいと思っている人間が何人もいるし、その人たちに依頼しなさい、と返してあげればいいわ。あと、大学生にもなって高校生の手を借りなければならない程に落ちぶれてしまったの? 無様ね、と最後に付け加えてもらえるかしら」
「色々台無しだよ!? で、でもまぁそうだね、同じ大学にだって頼める人いるはずだし、ヒッキーもかわいそうだもんね」
「由比ヶ浜……」
惜しいな、その優しさをもうちょっと早く発揮してくれてたら俺も素直に感動できたんだけど。
何にしても、二人とも今回の依頼を否定する方向でいてくれてるのはありがたい。
ほっと胸を撫で下ろす。
「じゃあ――って、あれ? 何かずっと下の方に続きがあるよ」
「は? 何それ?」
返信しようとパソコンに向かった由比ヶ浜の言葉に、不吉な予感を覚える。
刹那、頭の片隅をふと疑問が過ぎる――もし陽乃さんが本気で俺を引っ張り出そうとしているなら、メールで依頼するだけで済ますだろうか?
答えは否。あの人の性格でそれはあり得ない。
彼女はきっと、勝利を確定させてからしか勝負の土俵には上がろうとしないだろう。
表情が引きつるのを自覚しつつ、由比ヶ浜に続きを促す。
諦観って、こういう気分を言うんだね。
視界の片隅に、憮然とした表情の雪ノ下が映る。
こっちももう展開が読めているんだろう。
〈PN:美し過ぎるOGさんのお悩み・追伸〉
『あ、ちなみにもう静ちゃんの許可は取ってるよ。拒否はできないからそのつもりでね。じゃあ比企谷くん、詳しいことはまた連絡するからよろしくー』
「……もう相談でも何でもないじゃない」
ぽつりと呟く雪ノ下。
その声には、何故かちょっと苛立ちが滲んでいる。
でもそうだよな、これ相談じゃなくて、もう単なる事後報告になってるし。
前段は何だったんだよ。
「おぉ、やってるな、どうだ調子は?」
とそこで、ガラッと勢いよくドアを開けながら入ってくる人影が一つ。
全員の視線が集中したその先にいたのは、今回俺を陽乃さんに売り飛ばしてくれた張本人である奉仕部顧問の平塚先生だった。
正直、やってるっつーかむしろよくもやってくれたって感じなんだけどな。
じとっと恨みがましい視線を送ると、なぜかにやりと笑って返された。
俺の視線をどう受け取ったんだよ、この人は。
「平塚先生、何度も言っていますが入る際にはノックを」
「また気が向いたらな。それより今は依頼メールの方が大事だろう」
部屋に入る際のノックに気が向くも向かんもないと思うんだけど。
あっさり流された雪ノ下はというと、またも頭痛を抑えるかのように手を額にやりつつ難しい表情をしている。大変ですね。
毎回同じこと繰り返してるのに、なお根気よく教育しようとは、何とも見上げた根性だ。正直ここだけ見てるとどっちが教育者かわからない。
そんな雪ノ下の苦悩や俺の呆れなど意にも介さず、平塚先生は豪快に笑いながら話を進めようとしている。
うん、多分今年も無理だろうね、結婚は。ぼんやりとそんなことを思いました。まる。
「さて、その様子だともう陽乃のヤツのメールは確認したみたいだな」
「ついさっき見ましたよ。ていうか何で勝手に許可出してんですか? 俺の意見くらい聞いてくださいよ」
「いや、君に聞いても答えは決まり切ってるからな、時間の無駄だろう。まぁ学外のイベントに触れる機会というのは多い方がいい。それでなくても君の場合は社会との接点が極端に少ないわけだしな。諦めて精々ボランティアに勤しんでくることだ」
「横暴過ぎる……」
「まぁ、あいつにも何か事情がありそうだったからな」
「事情、ですか?」
怪訝そうな顔で雪ノ下が訊き返す。
言葉にこそしていないものの、由比ヶ浜も小首を傾げて不思議そうにしていた。
もちろん訳がわからないのは俺も同じだ。
「いやでも、敢えて俺を指名する事情って何ですか? そもそも自慢じゃないですけど、俺は技能もやる気もないですよ。何の役にも立たない自信すらあります。つーかむしろ邪魔してマイナスになる可能性の方が高いくらい」
「本当に自慢になってないし! ていうかそんなことないよ、ヒッキーはやる気とか根性とかそういうのは無いかもだけど、技能とかって言うんなら、何かこう色々と、その、できることとか……あるよね?」
勢いよく俺の言葉を否定してくれた由比ヶ浜だけど、後半になるにつれてどんどん声が小さくなり、最後は疑問形になっていた。
気持ちはありがたいにしても、正直フォローできる要素が思いつかないのなら黙っていてくれた方が良かったんじゃないかな。何で俺に聞くのよ?
何ていうか、優しさって時々残酷だよね。
「比企谷くんの技能がどうこうよりも、そもそも校外のコミュニティに彼が入って上手くやれるとは到底思えないのですが」
「いかにもその通りだが、その辺は陽乃のヤツが何とかするだろう。あいつがわざわざ私に頼んできたんだからな」
肩を竦めながらの平塚先生の言葉に、雪ノ下が深く考える姿勢を見せる。
口元に手を当てて思索に耽るその姿に、誰も言葉を挟まない。
少しして顔を上げると、雪ノ下は小さく呟いた。
「いえ、やはりどう考えても不自然です。むしろ異常と言うべきかもしれません。一体何を企んでいるのかしら……」
「一応お前の姉だろう、少しは信じてやってもいいんじゃないか? まぁ何を考えているのかは私もわからんが、積極的に他人に害を為そうとするようなヤツでもないし、別に構わんだろ。苦労するのは比企谷一人だし」
「そこは大いに構うんですけど」
俺のぼやきはしかし、当然のように黙殺された。
平塚先生は雪ノ下の方しか見てないし。
何で俺のことなのに俺が意見を言えないんですかね?
「でも、ゆきのんのお姉さんがそんな悪巧みとかしないと思うんだけど。本当に困ってるんじゃないかな?」
「それが疑わしいのだけれど。悪巧みかどうかはともかく、あの人のことだから、私や比企谷くんをからかって楽しみたいだけという可能性も否定できないわ」
「あり得るっつーかむしろそう言われた方が納得できるな、俺を頼りにするとかどんなジョークだよ」
「だからヒッキー自虐的過ぎだって、もう」
呆れた顔をしている由比ヶ浜だけど、陽乃さんの性格を考えたら自然な発想だと思うぞ、これは。
大体俺を頼りにする人間なんて小町一人で十分なのだ。
それ以外の方はノーサンキュー。
「何でもいいが、既に陽乃にはオーケーで回答済みだからな。比企谷もたまには外の空気に触れて来い。何事も経験だ」
「はぁ……わかりましたよ、観念しますよ」
平塚先生の有無を言わさぬ言葉に、うなだれるように首肯して返す。
がっくりと肩が落ちるのが自分でもよくわかった。
自分の時間を他人の都合で潰されるって凄いストレスだよな。
しかも陽乃さんにこき使われるとか、想像するだけで憂鬱になるわ。
「げ、元気だしてヒッキー」
「ならお前変わってくれよ、俺ホントあの人苦手なんだって」
「って言われても、頼まれたのヒッキーだし、男手がいるって書いてるし。諦めるしかないよ。ね?」
どうやら普段よりも更にひどく目が澱んでいるらしく、由比ヶ浜が引き気味になりながら慰めてくれる。
ありがたいんだか悲しいんだか。
何度目かわからない重いため息を吐き出してから顔を上げると、明後日の方向を向く雪ノ下の横顔が視界に映る。
妙に苛立たしげな表情をしているのが少し引っ掛かった。
何事かと見ていると、ふと小さな声でぽつりと零すのが耳に届く。
「……気に入らないわね」
鈴の音のように、微かでも良く響く声。
それはどこか、自身で抑えきれない感情が溢れ出たかのような言葉だった
果たしてその感情の源泉が何なのかまではわからないけど。
いいようにあしらわれている感のある姉に対してか。
それを捩じ伏せる手立てを思いつかない自分自身に対してか。
あるいは、もっと違う何かなのか。
面倒なことにならないといいんだけどな。
どこか他人事のように、そんなことを思いながら窓の外へと目を向けた。
秋晴れの空に、少し雲が出てきているのが見える。
もしかしたら、一雨来るかもしれない。
今日はここまでです。
そして一点、申し訳ないのですが、この続きは別の場所での投稿にしたいと考えています。
というのも、ここから話の展開をちょっとシリアスな方向にしたいと思ってまして、そうすると一つの話を一括で上げられる場所の方がいいと判断した次第です。
そうすれば話をぶつ切りにせずに済むし、余計なものも削れるし。
勝手を言いましてすみませんが、ご容赦いただけましたら幸いです。
また確定しましたらご連絡します。
今までお読み頂き、本当にありがとうございました。
そして一点、申し訳ないのですが、この続きは別の場所での投稿にしたいと考えています。
というのも、ここから話の展開をちょっとシリアスな方向にしたいと思ってまして、そうすると一つの話を一括で上げられる場所の方がいいと判断した次第です。
そうすれば話をぶつ切りにせずに済むし、余計なものも削れるし。
勝手を言いましてすみませんが、ご容赦いただけましたら幸いです。
また確定しましたらご連絡します。
今までお読み頂き、本当にありがとうございました。
正直言って、言ってる意味がよく分からない
某所で馬鹿にされたからとりあえず逃げとけとか、そんな感じなのかな?
某所で馬鹿にされたからとりあえず逃げとけとか、そんな感じなのかな?
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