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    元スレ美琴「ねぇねぇ」上条「はいはい、今度はなんだ?」禁書「二杯目!」

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    301 = 298 :


    仮想世界 窓のないビル 第30階層――


    アックア「いつかの再現だな。いいだろう、上条当麻を犠牲にするのならば、他の雑魚は見逃してやる」

    後方のアックアの提案に一同は凍りついた。現実を見据えて、冷徹な判断を下したインデックスと芳川も例外でない。
    ただのプログラムが何を? という困惑はある。しかし状況を打破する好機でもあった。
    わずかな逡巡の後、全員の視線が上条に集まる。


    トウマ「……俺が残れば、みんなは見逃してくれるんだな?」

    アックア「約束は守ろう」


    アックアから言質を取ると、上条はホッと息を吐き仲間たちに向き直る。そして穏やかな口調で語りかける。


    トウマ「聞いての通りだ。ここは俺が何とかするから、みんなは先に離脱してくれ」


    後方のアックアを打倒する手段を持たない以上、上条の行為は妥当なモノだ。撤退するにも犠牲を前提にした足止めが必要だった。
    事実、芳川や一方通行は内心がどうあれ受け入れるように頷いた。インデックスと打ち止めは震えながら俯いているが反対しなかった。

    だが美琴だけは明確な拒絶を示していた。


    ミコト「――わけないでしょ」

    トウマ「御坂……?」

    肩を震わせ、血を吐くように声を絞り出す。親の敵を見るような鋭い眼光が、泰然と構えるアックアを捉える。
    上条を失うかもしれない怒りと恐怖に、美琴は冷静さを失っていた。

    そして皮肉にも、この場で一番甘い人間である美琴が事態を動かすことになる。

    ミコト「アンタを、お兄ちゃんを犠牲になんて出来るわけないでしょうが!!」

    トウマ「ま、待て!?」

    上条の制止を振り切って、美琴はアックアへと躍りかかった。


    302 = 298 :


    ミコト「はああっ!!」

    アックア「迷いの無い、良い太刀筋である」

    ミコト「ッ、余裕かましてんじゃないわよ!」

    変幻自在の砂鉄の剣を操り、絶え間なく斬撃を繰り出す美琴。フェイントや電撃を織り交ぜながら攻める姿は、まるで鬼神だ。
    並の相手なら反応すら出来ないだろう。しかし、相手は後方のアックア。正真正銘のバケモノである。

    アックアは斬撃を手に持つ大剣で弾き、電撃を巨体に似合わぬ軽快なステップで避ける。
    それでも回避不可能な攻撃が、いくつかアックアに突き刺さる。しかし限界値を超えたラックが、ダメージを与えることを阻む。

    ミコト「くッ、なんでダメージが通らないのよ!」

    アックア「幼いながらに大した腕だ。数年も研鑽すれば、一流の使い手になれるだろう」

    ミコト「うるさいっ!!」

    アックア「それだけに残念である」

    ミコト「ッ!?」


    勝敗は一瞬だった。美琴の猛攻を捌き続けていたアックアが、攻めに転じた瞬間に戦いは終わっていた。

    数メートルはある、アスカロンの刀身から繰り出された斬撃。
    電撃を避け、美琴が次の攻撃に移る一瞬を縫って踏み込み、神速をもって放たれた一撃。美琴は回避すら許されず、咄嗟に砂鉄の剣で受け止める。
    現実なら砂鉄の剣諸共、美琴は哀れな肉塊になるはずだった。だがパラメータが支配する仮想世界が、わずかな拮抗を許した。

    アックアの斬撃と美琴の斬撃の威力の差が、スリップダメージとして美琴のHPバーをガリガリと削る。


    アックア「我が一撃に反応するとは。よく修練を積んでいるようであるな」

    ミコト「……よく喋るプログラムね(ヤバイ、HPが……あと五秒も持たない!?)」

    アックア「だが折角の才能と努力も、慢心ひとつで水泡に帰す。それを胸に刻むがいい」

    開始からほんの十秒にも満たない攻防。しかし圧倒的な技量とパラメータの差が勝敗の天秤を一瞬で傾けた。


    303 = 298 :


    鍔迫り合う、ただそれだけで美琴のHPバーは緑から黄色、ついには危険域である赤まで擦り減らされる。
    美琴は必死に打開策を検討するが、無情にもその明晰な頭脳が、すでに詰みであると回答する。

    上条を守ろうとして、自ら死地に飛び込んだことに後悔はない。しかし自分が死ねば、彼女の優しい兄はきっと己を責めるだろう。
    死を目前にして、美琴は心の中で最愛の兄に詫びた。

    ミコト「でも、みんなが逃げる時間くらいは稼げたよね……?」

    恐怖を押し殺し、数秒後に訪れるであろう死を待つように瞳を閉じる。
    しかしそんな絶望を振り払うかのように、美琴の耳へ、頼もしい声が届く。


    トウマ「御坂は絶対に死なせねえッ!!」

    ミコト「え……」

    美琴とアックアが競り合っている場に、上条が勢いよく踏み込み、硬直していたアックアの横っ面に渾身の右を叩きこんだ。

    アックア「ぐ、おっ!?」

    トウマ「シッ!」

    堪らずたたらを踏んだアックアに、殴りつけた勢いのまま上条が追撃をかける。牽制の左ジャブ、左腕を引きながらの右フック、
    右を振りぬき生じた遠心力を込めた回し蹴りを、流れるような淀みの無い所作で叩きこむ。

    三連撃、そのどれもが速く鋭かったが、歴戦の兵であるアックアには十分に対処可能だった。
    咄嗟に大剣を手放し、ジャブを右手で払い、フックを返す右腕でガード、そしてバックステップで回し蹴りの範囲から離脱する。

    態勢を崩された状況から、見事に上条の攻撃を捌き切ったアックアだが、その表情は驚愕に染まっていた。

    アックア「ダメージを受けた? ……なるほど、ここでもその右手はイレギュラーなのか」

    トウマ「番外個体っ!!」

    上条の声に、番外個体だけでなく、一方通行とインデックスも動き出す。
    番外個体はまっすぐ美琴の元へ走り、一方通行たちは不利を承知でアックアの足止めにかかる。



    ワースト「おねーたま! みんなが足止めしてるうちに逃げるよ!」

    ミコト「ま、まって……」

    ひょいと美琴をかついで走り出す番外個体。

    ワースト「死にぞこないは黙ってろ!」

    HPバーを残り一ミリにまで消耗させられた美琴は足手まといだった。
    そして何より上条の自分を呼ぶ声、そこに込められた意味を理解できないほど、番外個体は愚鈍ではない。
    番外個体は美琴を一顧だにせず、離れたところに待機していた芳川と打ち止めに合流する。

    304 = 298 :


    窓のないビルのそれぞれの階層には上下を行き来する階段がある。そこは敵キャラが侵入できない、いわゆる安全地帯だ。
    そこまで一気に駆け抜けた番外個体たちは、ひとまず危機を脱した事に安堵する。

    だがそれも束の間、番外個体はその場の全員のストレージから有用なアイテムを引っ張りだす。

    ワースト「悪いけど、回復は街に戻ってからにして。回復アイテムは全部ミサカが持っていくからさ」

    ヨシカワ「正直、あなたが戻っても死人が増えるだけだと思うけど」

    Lo「番外個体……」

    彼女は仲間を援護するため、死地に戻るつもりだった。


    ワースト「ぎゃは☆なーに泣きそうなツラしてるんだ」

    Lo「だって、あそこに戻ればきっと……」

    ワースト「まあ……多分そうなるだろうね。でも約束しちゃったんだよねぇー。あの人の背中を守るってさ」

    ミコト「だったら、私も……」

    ワースト「それは許可できないなー。ほれっ」

    番外個体は、30階層攻略前、密かに上条から預かっていた『お守り』を美琴に投げて渡す。

    ミコト「これは……?」

    ワースト「さあね? ミサカも詳しい効果は知んないけど、ありがたーいお守りらしいよ」

    ミコト「もしかして、お兄ちゃんが?」

    ワースト「ミサカが無茶しないようにって寄越したみたい。でも実際に無茶したのは、おねーたまだったわけだ」

    ミコト「だってお兄ちゃんが…」

    ワースト「はいはい、あの人はミサカが連れて帰るから。第一位とシスターさんだけじゃ頼りないからね」

    必死に立ち上がろうとする美琴に、番外個体はいつもの人の悪い笑みで一瞥すると、戦場に向け駆けていった。


    ミコト「自分だけ安全なトコにいるなんて、冗談じゃないわよ。私だって戦え……る……」

    Lo「お姉様っ!?」

    ヨシカワ「気絶したようね。死ぬ一歩手前で駄々捏ねられても困るから好都合よ」


    仮想世界とはいえ、瀕死の状態が続けば精神的な負担は計り知れない。
    意識を手放した美琴を抱きかかえた芳川と打ち止めは、歯がゆさを噛みしめながら窓のないビルから離脱した。


    305 = 298 :


    一方、見事美琴たちを離脱させた上条、インデックス、一方通行の三人は絶望と対峙していた。
    暴風の如きアックアの攻撃を、回避し、相殺し、あるいは防御する。反撃しようにも上条の右手以外は有効打たりえず
    そのうえ上条の攻撃力自体が低く、決定力に欠けていた。

    トウマ「……一方通行、何か作戦はないか?」

    Ax「あったら実行してる」

    トウマ「だよなぁ」

    イン「勝つことは考えないで。今は負けないように防戦に徹して、離脱の機会を待つしかないんだよ」

    パーティー内で、一番MMORPGの経験が豊富なインデックスは考える。
    勝つ見込みが無いなら逃げる、それはこの手のゲームでは基本であり、リスボーンが許されない現状では当然の判断だ。
    だが目の前の敵は隙を見せず、仮に無策のまま背を向ければ瞬殺されるのは目に見えている。

    ならば隙を作ればいい。

    インデックスは上条と一方通行のHPバーを横目に見る。

    イン(とうまの残りHPは半分、アクセラレータなんてもう赤だ。ここはまだ余裕のある私が前に出るべきかも)

    そう分析するが、今の自分ではアックアの相手は無理だとも自覚する。
    近接戦での奥の手である『ソーロルムの術式』はすでに晒してしまった。アックア程の使い手に、二度も有効と思えるほどインデックスは楽観主義ではない。

    あらゆる魔術を保有する禁書目録とはいえ、インデックス自身のステータスがアックアに遠く及ばない以上、拮抗は不可能だった。


    アックア「警告を無視して牙を剥いた以上、生きて帰れるとは思わぬことだ」

    トウマ「そうかよ。けど、はいそうですかって諦められるか! 俺はまだ死ぬわけにはいかねえんだよ」

    アックア「先程の少女がその理由か」

    トウマ「ああ、そうだよ。……つーか、お前本当にプログラムなのか? まさか本人だったりしない?」

    上条は違和感を覚えていた。今まで倒してきたボスキャラにも見知った顔が幾つかあった。
    アニェーゼたちを酷い目に遭わせた司教、C文書を巡って対峙した神の右席の一角など、そのどれもが感情を表さない偽物だった。

    トウマ「一定のダメージを与えたら行動パターンが変わるボスはいたけど、こんな風に会話が成立したのは、あんたが初めてだ」

    アックア「…………」

    トウマ「もし本物のアックアなら、なんでこんなふざけたゲームに加担してんだよ!」

    アックア「是非もなし。最早、敵と話す舌は持たん!」


    イン「とうまっ!?」

    Ax「クソっ! 現実ならこンな野郎に……ッ!!」


    上条の問いかけに答える言葉は無く、何の打開策も無いまま決死の撤退戦は始った。


    306 = 298 :


    アックア「ハアッッ!!」

    Ax「ぐ、このッ、脳筋野郎が調子に乗りやがって!」

    撤退戦は熾烈を極めた。本来ならば、一方通行の能力はアックアの戦闘スタイルと相性が良いはずである。
    しかし仮想世界を支配するシステムは、ゲームとしての公正さを演出するため、プレイヤー間の格差を極力排するように構築されていた。

    つまり絶対的なスキルは存在しない。物理攻撃には無敵とも言える『ベクトル操作』は、かなりの制限を受けていた。


    Ax(ヤバイな……。こっちじゃ代理演算は要らねェが、一度操作すると、ほンの一瞬だが次の操作までにラグが発生しやがる)

    アックア「守りに徹するか。だが……ッ!」

    Ax「チッ、三下が調子付いてンじゃねェぞ!」

    袈裟がけに繰り出された斬撃を、一方通行は大きく距離を取って回避する。

    歴戦の勇士であるアックアにとって、弱体化した一方通行の弱点を見破るのは容易かった。
    威力をセーブした初撃を反射させた刹那、二重聖人の高パラメータをにモノを言わせ、強引に二撃目を叩きこむ。
    何とも力押しで戦術も何もあったものではないが、反射後のラグを突くという一点において最適解に違いない。

    現状、一方通行はアックアの二撃目を警戒して、避けに徹するしかなかった。


    トウマ「まずいぞ。ターゲットを一方通行に絞られてる!」

    イン「好都合なんだよ。今のうちに聖人に効果が見込める魔術の詠唱に入るから、とうまは私を護衛して!」

    トウマ「ッ、わかった!」


    インデックスは考えた。ラックの高さに任せた、システムの恩恵をフル活用する難敵への対処法。
    あらゆる攻撃をシステム的に回避されるなら、絶対に回避不可な方法で攻めればいい。
    幸いにもヒントは美琴が身をもって教えてくれていた。そして禁書目録たるインデックスには、それを実行に移す術がある。

    イン(今なら最小限の犠牲で撤退できる……。理屈はわかってるし冷徹になるべき場面だけど、それをやれば二度とみことに顔向け出来ないかも!)


    307 = 298 :


    ◇ ◇ ◇


    仮想学園都市 商業区


    八千人のプレイヤーと無数のNPC(ノンプレイヤーキャラ)が共存する仮想学園都市。
    ここ商業区は日常の生活用品から食品、武器や回復アイテムに至るまで、あらゆるプレイヤーのニーズに応える重要な地区である。
    基本的なアイテムは、NPCが経営する店で揃えられるのだが、中には例外もある。
    SMOというゲーム自体が自由度を売りにしたMMORPGなので、プレイヤーが店を開いて商売を営むケースも少なからずあるのだ。

    迷宮とも言える『窓のないビル』を探索したり、学園都市各地で発生するクエストを攻略することで得られるレアアイテムや
    スキルによるアイテムクリエイションで生成した商品を、NPCより安く販売する商人プレイヤーたち。

    彼らは、己に直接ゲームを攻略する技量が無いのを自覚した上で、攻略組をサポートするため裏方に徹した、文字通りの縁の下の力持ちだ。
    そんな事情がある中で、唯一攻略組でも通用する戦力を有する商人ギルドが存在する。



    ――天草式十字生協



    魔術師のクラスにも拘らず、最強のフロントアタッカーとの呼び声高い、神裂火織率いる武闘派商人ギルドである。


    ステイル「だというのに、インデックスの援護すら出来ないなんて……」

    カンザキ「それは言わない約束ではありませんか。私だって、出来る事なら最前線で戦いたい」

    ステイル「……脳筋バトルマニアめ」

    カンザキ「なっ!?」

    ステイル「やれやれ、せっかく株を上げるチャンスだというのに。悲しい宮仕えの性だね」

    カンザキ「……後方のアックアが相手では、あなたの炎なんてマッチ同然ではないですか」

    ステイル「せ、攻めるだけが僕の本質じゃない! 今回の戦闘でも必ず役に立てたはずだ!」

    カンザキ「湿気たマッチに出番があるとは思えませんが?」

    ステイル「……現実だと噛ませ犬のくせに」

    カンザキ「…………」

    ステイル「…………」

    カンザキ「やめましょう、不毛すぎます」

    ステイル「そうだね。ま、精々 上条当麻が上手く死ねるように祈ってやるか」

    カンザキ「甚だ不本意ですが、アレさえ持っていれば最悪の事態は回避できるでしょう」


    308 = 298 :


    ◇ ◇ ◇


    窓のないビル 第30階層――


    一方通行がアックアの注意を引き、上条が護衛をしている傍らで、インデックスは朗々と詠う。
    ユニークスキル『自動書記(ヨハネのペン)』。ゲーム内で唯一人にしか習得が許されないユニークスキル、彼女はその担い手だった。
    十万三千冊の魔術書から最適なモノを検索、応用、発動までをオートでこなす攻防一体の魔術の極致。

    並のスキルとは一線を画す、反則スレスレのスキルをインデックスは躊躇い無く振るっていた。


    イン「――検索、聖人に極めて有効である処刑に関する術式に範囲を限定。該当件数は十三……最適な術式を取捨選択します」


    その声音と表情に普段のあどけなさは無く、かつて上条の記憶を奪った事件を彷彿とさせる、無機質な詠唱が紡がれる。


    イン「――選定、ウェスタの乙女の伝承を引用。及び、対聖人用の術式を組み込み中……命名、『聖なる炎の消失は、不純の証として処刑せよ』完全発動まで五秒」



    五秒

    ――アックアの周囲が陽炎のように揺らめく

    四秒

    ――大声で一方通行の名を叫ぶ上条

    三秒

    ――事態を察した一方通行が、ベクトル操作でアックア周辺の地面を隆起させる

    二秒

    ――ダメージは無いものの、ほんの一瞬だけアックアの態勢に不備が生じた

    一秒

    ――上条がインデックスを抱き上げ、一目散に戦場からの離脱を計り、一方通行もそれに続く

    零秒


    処刑の概念が組み込まれた聖炎が、後方のアックアを包み込んだ。


    309 = 298 :


    アックア「ぐおッ!? こ、これは一体……?」


    限界値を超えたラックを誇るアックアを、消える事のない聖なる篝火が責め苛む。
    その事実に、冷静沈着な彼にも動揺が走る。例外である『幻想殺し』ならいざ知らず、人間の魔術師如きに手傷を負わされるのは慮外だ。

    しかしそれも無理もないことだった。

    ウェスタの乙女。その処女性は永遠に燃え盛る聖炎を象徴する。
    聖人の弱点である処刑の概念を含み、対象の周囲を炎で包んでスリップダメージを与え続ける魔術。
    どんなにラックが高かろうが、スリップダメージは特殊スキルがない限り回避不能なのだ。

    致命には程遠いが、離脱の時間を稼ぐには十分だった。上条たちは安全圏を目指し疾走する。


    Ax「オイ! 暴食シスターを寄越せ!」

    トウマ「おう!」

    イン「わわっ、急に放り投げるなんて酷いんだよ!?」

    完全にデッドウエイトと化しているインデックスを、能力のリソースに余裕のある一方通行に投げて寄越す。
    重量が減った上条は、高レベルのパラメータの恩恵を遺憾なく発揮し、常人の限界を超えた速さで戦場を駆け抜ける。

    イン「二人とも急いで!」

    Ax「チッ、意外に距離があるな……ってオイ、オマエは走りながら何してンだ?」

    トウマ「いや、御坂は無事に脱出出来たかなーと思ってさ」

    Ax「……救いようの無ェ シスコンだなァ」

    イン「とうま! ボス部屋から脱出できたけど、ボスが迷宮フロアまで追ってこないなんて保障はないんだよ!」

    トウマ「はいはい」

    システム上、パーティーメンバーの所在はメニューを開けばすぐに確認できる。
    出来るのだが、未だ死地を脱していない状況でやる事じゃないだろう……と、一方通行とインデックスは嘆息する。
    二人の呆れなど何処吹く風な上条だったが、偶然にもある不自然な点に気付いた。


    310 = 298 :


    トウマ「あれ?」

    イン「もういいからメニューを閉じて! もっと急ぐんだよ!」

    トウマ「ちょっと待て!? 番外個体が、まだ脱出してないぞ!」

    Ax「はァ!?」

    先に脱出させた美琴たちの所在を示すアイコンは、窓のないビルの外に居ることを示していた。
    しかし、番外個体のアイコンだけが何処にも表示されていない。

    トウマ「表示自体されないってことは、『隠密(ハイディング)』のスキルを使ってるか……」

    イン「死んじゃった場合だけ。でも私のフレンドリストにワーストの名前があるから、間違いなく前者だね」

    トウマ「こっちに戻ってきてるってのか!?」

    イン「まあマッピングは事前に済ませてあるし、安全圏に到着するまでに会えるはずなんだよ」

    Ax「チッ、クソガキが……」

    トウマ「そんな不機嫌になるなよ。逆の立場なら、お前だって同じ事するだろ?」

    Ax「するかボケ。テメェの基準で計るんじゃねェよ」

    トウマ「へいへい、上条さんが悪うございまし……ッ!?」

    唐突に走った悪寒を頼りに、上条は転がるように真横へステップする。刹那、元居た場所に、見覚えのある大剣が突き刺さっていた。
    上条の背を嫌な汗が伝う。視線を大剣から、恐らく投擲されたであろう方向に向けると、そこには赤く燃え盛る巨人がいた。
    その圧倒的なインパクトに呆けたのか、上条は致命的な隙を晒してしまう。

    311 = 298 :


    一秒にも満たない、ほんの僅かな隙。

    しかし、それで十分だった。アックアがフロアに突き刺さった大剣を抜き、上条に肉薄し、今まさに必殺の一撃を繰り出そうとする。
    それを許すだけの隙を晒してしまっていた。

    スローモーションのように緩慢に振り下ろされる大剣を見ながら、上条は今までにない濃厚な死の気配を感じていた。
    死を目前にして、思考が加速しているのだろうか、上条は必死に凶刃から逃れようとするがカラダは動いてくれない。

    トウマ(クソッ、動けよ!! 右手だけでいいんだ! これさえパリィ出来れば仕切り直せるのに!)

    そんな願いも空しく、カラダは鉛になったかのように動かない。
    一方通行たちに視線を向ければ、驚愕と苦渋をないまぜにしたような表情が映る。

    トウマ(助けは……無理、か)

    ゆっくりと、しかし確実に大剣が迫る。

    トウマ(何か、何か手は無いのか!?)

    絶対に諦めない不屈の意思で、必死に思考を走らせる。だが現状を打破する術がないのは、上条自身が一番理解していた。

    トウマ(クソっ!! 俺はこんなトコで死んじまうのか……!)

    迫りくる死神の鎌に、絶望へと落とされそうになった瞬間、アックアの大剣の軌道が僅かに逸れ、上条の真横の床を穿った。
    何が起こったのか理解していない上条だったが、これ幸いと転がるように間合いを取り、どうにか死から遠ざかることに成功する。

    そんな上条に一瞥もくれず、アックアはある一点を凝視していた。


    アックア「磁力でアスカロンに干渉したのか。出てこい、隠れても無駄である」

    ワースト「やっべ、バレちゃった!?」

    アックアが放つ怒気も何処吹く風な様子で、物陰から現れたのは傍若無人に定評のある番外個体その人だった。


    312 = 298 :


    場にそぐわぬ軽いノリだが、番外個体は油断なく先に離脱するよう一方通行に目配せをする。
    意を汲み取った一方通行は応戦を主張するインデックスを抱え、すぐさま安全区域へと走り去った。

    それを見届けた番外個体は、アックアと睨み合う上条の横へ、トコトコと移動する。

    ワースト「相変わらず絶対☆絶命、綱渡りプレイ中みたいだね」

    トウマ「お前なぁ……」

    ワースト「んで、こちらの火だるまマッチョさんは、ミサカたちを見逃すつもりは無いのかな?」

    アックア「フフ、中々に肝の据わった娘だ」

    ワースト「だろー? その肝っ玉ミサカに免じて、ここはひとつ見逃してくんない?」

    アックア「それは無理な相談だ」

    ワースト「ちぇー」

    何の気負いも感じない姿に、上条は場違いにも笑みをこぼす。

    トウマ「馬鹿だなぁ。お前もインデックスたちと逃げてりゃ良かったのに」

    ワースト「一緒に死地に残ったんだから、そこんとこは察して欲しいよね。ミサカ的にはさ」

    トウマ「……ごめん、サンキューな」

    ワースト「感謝も謝罪も要らないってば。それより今はどーにかして、この場を切りぬけないと」

    トウマ「だな!」

    状況は変わらず絶望的で最早撤退も敵うまい。二人はそう理解したうえでアックアと対峙する。
    十中八九、上条たちは敗北する。しかし上条の表情は晴れやかだった。

    本当は願ってはいけない、こんな展開は上条にとって忌避すべきものだった。
    自分以外の、平和の中で生きていられた誰かを連れて死線を潜るなんてのは、彼の信念を根底から揺るがす事態だ。
    だが、それでも嬉しさを感じずにはいられなかった。頼もしさを覚えずにはいられなかった。

    この瞬間、常に一人で戦うのを善しとしていた上条は、彼女の行為に確かに救われていたのだから。

    トウマ「お前を死なせるわけにはいかねえからな。……倒すぞっ!!」

    ワースト「ぎゃは☆あなたこそ、さっきみたいな醜態さらすなよ!」

    トウマ「うっせーよ!」


    お互いに軽口を叩きあいながら、二人は絶望へと立ち向かっていった。


    313 = 298 :


    仮想学園都市 第七学区 夜明けの三毛猫団アジトにて――


    ミコト「う……ん……?」

    イン「みこと、気がついた?」

    ミコト「ええ……あ、くッ!」

    イン「無理に起きあがったらダメ! 結構な時間、瀕死の状態が続いたから神経に負担がかかってるんだよ!」

    目を覚ました美琴は、気絶前の状況を思い出し飛び起きようとしたが、激しい頭痛に襲われ顔をしかめる。
    仮想世界なのでダメージを受けても流血したりはしない。痛覚もシステムがある程度は和らげてくれる。
    しかし、精神的なストレスだけは如何ともしがたく、瀕死の状態が続けば、それだけメンタルに負荷が蓄積するのは自明だった。

    当の美琴はそれどころではなく、状況の推移を知りたいと、視線でインデックスに訴える。

    イン「落ち着いて聞いてほしいんだよ……」

    そう前置きしてから、インデックスが淡々と事務的に語り出した。


    窓のないビル第30階層から辛くも脱出に成功し、二時間が経過したこと。

    未だ上条と番外個体が帰還していないこと。

    二人の捜索のために、自分たち以外の攻略組ギルドが駆り出されたこと。

    今までのボスがボス部屋から出られなかったのと異なり、アックアは迷宮フロアまで行動範囲があること。

    上記の事実から30階層の探索、及びボス攻略はリスクが高すぎるため一時凍結が決定したこと。


    ポツリ、ポツリと語られる言葉が脳に浸透するにしたがって、美琴はカラダの震えを抑えきれなくなっていった。

    ミコト「ね、ねぇ……お兄ちゃんたちは、い、生きているのよね……?」

    イン「それは……」

    美琴の縋るような視線に耐えられず、インデックスは俯き答えに窮する。
    否、答えに窮するというのは正確ではない。彼女は答えを知っているのだ。伊達に暇を持て余してゲーマーをしていたわけではない。

    その知識が、経験が、何よりフレンドリストが、上条たちの辿った結末を雄弁に語っていた。

    死亡したプレイヤーはフレンドリストから自動削除される。つまりはそういうことだった。


    314 = 298 :


    黙りこむインデックスに埒が明かないと判断したのか、美琴はサッとメニューウインドウを開き、フレンドリストを閲覧する。
    目の前に表示されたウインドウを、右手で高速スクロールさせ目当ての項目を探す。

    ミコト「あ、あれ? どうして……? お、おかしいわね……」

    リストの一番上に表示されるべき、大好きな兄の名前がどこにも表示されていない。
    苦手意識が抜けきらない、少し意地悪な末の妹の名前も同様だ。
    隅から隅まで読み返しても見つからない。一体どうなっている、バグならば早急に改善してほしいと、美琴は独りごちる。

    ミコト「これってバグよね? まったく、こんな世界に閉じ込めておいて、システム管理までお座なりってどうなのかしら」

    イン「みこと……」

    ミコト「ま、こんな時こそ、この美琴様の出番よね。ちょろっとシステムをハッキングして…」

    イン「みことッ!!」

    ミコト「なによ……そんな大声出して」

    親友の悲痛な叫びが、現実の非情さを運んでくる。カラダの震えは、いよいよ病的なレベルにまで進行し歯が上手く噛みあわない。
    ダメだ、これ以上目の前の親友を喋らせてはダメだ。


    ――キット、トリカエシノツカナイコトニナル


    イン「本当はみことも気付いてるはずだよね……」

    ミコト「な、なんのことよ」

    イン「とうまたちの捜索っていうのは正確じゃないの。本当はアイテムドロップ……遺留品の回収なんだよ」

    ミコト「やめて……やめてよ……」

    イン「最後に私が見た、とうまとアックアの位置関係から考えても、とても離脱できるようには思えない……」

    ミコト「うそ、うそよ……騙そうたって、そうはいかないんだから……」

    イン「戦って勝つなんてもっと無理。とうまとワーストがどんなに上手く立ち回っても、絶対にアックアには届かない……」

    ミコト「そんなわけないっ!! お兄ちゃんが負けるなんて、あるはずがないっ!!」


    インデックスの言葉に美琴が激昂する。百人が百人とも納得する冷静な分析に違いないが、美琴だけは認められるはずもなかった。


    315 = 298 :



    ミコト「レベル4の量子変速が起こした大爆発を、右手一本で防いでみせた!」

    イン「うん……」

    ミコト「私が逆立ちしたって敵わない、学園都市最強にだって勝って、私と妹達を救ってくれたっ!!」

    イン「うん……」

    ミコト「黒子のピンチにも駆け付けてくれた……!」

    イン「うん……」

    ミコト「ボロボロになっても、信念を貫いて仲間がいる戦場に向かっていったのよ……」

    イン「うんっ……」

    ミコト「北極の海に沈んだ時だって、か、帰ってきてくれたんだから……っ」

    イン「うんッ……ひっく……」

    ミコト「だから……だからぁ……」

    イン「私だって、私だって信じたくないんだよ……でも、とうまも、ワーストも、うぐっ、もういないんだよっ……」

    ミコト「……っ、ひっ、い……イヤああぁああぁあああァァアアアアアーーーーー!!!!」


    ◇ ◇ ◇ ◇


    ヨシカワ「人って、あんな泣き声を上げることができるのね……」

    Lo「ぐすっ、ひっく……」

    Ax「まだ三分の一も攻略してないってのに、こンなンで本当にクリアできるのかよ……ッ」

    ヨシカワ「それでも前に進むしかないわ。あの子たちに報いるためにもね」

    Ax「クソがっ!!」


    316 = 298 :


    窓のないビル 第30階層――


    現在探索を禁止されている、上条たちが消息を絶ったフロアを二人の魔術師が検分していた。

    カンザキ「この学ランは……」

    ステイル「あの男の装備品だろう。他には何も落ちていないが……」

    カンザキ「はい、恐らくここで決戦が行われたのでしょう」

    ステイル「だろうね。この荒れ具合、ここが戦場だったに違いない」

    カンザキ「流石は後方のアックアといったところでしょうか。システムの補修が追いついていません」

    神裂の言葉通り、辺りは戦闘の傷跡が痛々しいばかりに広がっていた。
    そこら中の地面は抉れ、隆起し、まるで絨毯爆撃されたかのような有様だ。

    ステイル「上条当麻は脱落したようだね」

    カンザキ「ええ……」

    ステイル「これからどうする?」

    カンザキ「どう、とは?」

    心ここに在らずな同僚に、赤髪の魔術師は深いため息を吐く。

    ステイル「今回ばかりは直接手を貸してやったらどうだい」

    カンザキ「し、しかし、それでは……」

    ステイル「インデックスは兎も角、御坂美琴は拙い。上条当麻を失った彼女が、どういった行動に出るかなんてサルでも分かる」

    カンザキ「復讐……ですか」

    ステイル「そして親友である彼女も、それに付き合うだろう」

    カンザキ「確かに……。ですがこの世界は最長であと一年十カ月も続くのですよ? 無駄に長く苦しむならいっそ…」

    ステイル「それは神の視点を持つモノの驕りだ。仮想世界とはいえ彼女たちは、今、この世界で必死に生きているんだ」

    カンザキ「…………」

    ステイル「これは僕個人の勝手な願いだが、御坂美琴に肩入れしてくれないか?」

    カンザキ「…………」


    同僚の頼みを聞き入れるべきか否か。ひとつの決意をした神裂火織は検分が終わるまで、それ以上何も喋らなかった。


    317 = 298 :

    といったところで今回は終了
    このシリアス展開はあと二回ほど続くので、ゆるい内容希望のかたにはご迷惑をおかけします。すまんのう

    318 = 299 :

    乙  濃密な17レスだった

    319 :

    上条さん…。しかし死体が見つからないのならまだ…。ゲームだから死体は残らない?そんなん知らん
    にしても、ステイル達はなにか知ってるのか…?

    とにかく乙です。次も楽しみにしてる

    320 :

    ひさびさにきてたああああ
    今後の美琴やインデックスの動向が気になるぜ
    神裂さんたちも…

    321 :

    おー
    来てたか!
    いいかんじなシリアスだね

    322 :

    がんばれ…みこっちゃん!!

    323 :

    おつおつ
    どうなっちゃうんだろう

    324 :

    おおう、予想外の二人がログアウトしちまった……
    ともかく乙

    325 :

    そろそろ2ヶ月になるんじゃね?と思い開いたら来てた!
    終始ハラハラドキドキが止まらず「えっ!これからどうなるの?!」と続きがすごい気になって仕方ないです(・`)乙
    こ、これは乙じゃなくて姉ちんのポニテなんだからね!

    326 :

    だれか今回の内容と結果を3行にまとめて教えてくれ

    327 :

    >>326
    上条番外死亡
    美琴暴走寸前
    上条復活の可能性有り

    328 :

    まだかな~

    329 :

    >>327ワーストの復活の可能性はないと

    331 :

    100層攻略すれば願いが叶うらしいからまだ慌てるような時間じゃないな
    ないよな……?

    332 :

    >>329
    ワーストの復活はどうなのかはわからん…
    まだ>>1ならきっと復活させるはずだ!(チラッ)

    333 :

    久々に投下ー

    334 = 333 :


    デスゲーム開始から三カ月経過

    仮想学園都市 第十七学区 操車場――


    夜の帳が下りた人気のない操車場、そこに剣戟の鋭い音が響く。

    ミコト「やああっ!!」

    カンザキ「…………」

    美琴は手にした片手剣を巧みに操り、相対する神裂を果敢に攻め立てる。目にも留まらぬ剣閃は、全てが必殺のそれである。
    対照的に、神裂は最小限の動作で美琴の斬撃をいなし続ける。
    一見拮抗しているように見えるが、肩で息をする美琴に対し、神裂は明らかに余裕を持って戦っていた。

    その状況が数分続き、美琴の疲労が限界に達したと判断した神裂は、守勢から一転、攻勢へと切り替えた。
    愛刀である七天七刀の柄に手をかけ、音速超の抜刀術で美琴に猛然と襲いかかる。

    カンザキ「速さは及第点ですが、まだまだ動作に無駄が多い!」

    ミコト「くッ」

    カンザキ「守りも同様です。攻め一辺倒ではアックアはおろか、私にすら届きませんよ」

    ミコト「ま、まだまだァァーーーッ!!」

    前後左右、オールレンジに繰り出される神裂の斬撃を、美琴は剣でパリィし、或いは避け、それでも満身創痍になりながら凌ぎきった。
    その事実に神裂は感嘆する。

    カンザキ「今回はまだ意識があるようですね。目を見張る成長ぶりです」

    ミコト「そう何度も……楽に倒せると……思うな……」

    カンザキ「一応褒めているのですが」

    ミコト「そりゃ、どうも……」

    皮肉とも取れる神裂の称賛に、ぎこちなく答えた瞬間、美琴の全身から力が抜けその場に崩れ落ちた。

    カンザキ「負けず嫌いもここまで極まれば、ある種の才能ですね」


    神裂は回復ポーションで美琴を治療しながら、ひと月前の出来事を思い返していた。


    335 = 333 :


    ◆ ◆ ◆

    ひと月前

    仮想学園都市 商業区――


    神裂火織は困っていた。商売が立ち行かないとか、ギルドメンバーが問題を起こしたという類ではなく、己より年下の少女に困らされていた。

    ミコト「お願いします! 私に剣を教えてくださいっ!!」

    カンザキ「ちょっ!?」

    出会いがしら、上条もかくやと言わんばかりの土下座を極める美琴に神裂はギョッとする。


    お客A「おい見ろよ。あそこで土下座してる子、もしかして超電磁砲じゃないか……?」

    お客B「うわぁー、いい年した大人が女の子に土下座させるなんて酷くね?」


    風評被害が発生した。


    カンザキ「評判が!? うちの店の評判がーーっ!?」

    ミコト「私に出来ることなら何でもしますから、どうか! どうかお願いします!!」

    カンザキ「と、ともかく頭を上げてください!」

    ミコト「あなたしか頼れる人がいないんです! だから首を縦に振ってもらえるまでは出来ませんっ!!」

    カンザキ「いくらでも教えてやるから土下座はやめろド素人がァァッ!?」


    ステイル「やれやれ、僕が危惧していた状況になっていないのは僥倖だけど、これはどういう事だい?」

    イン「……みことはとっても強い女の子なんだよ」

    ステイル「君が支えてあげたのか?」

    イン「そのつもりだったんだけどね。……多分ステイルが想像してるとおりかも」

    ステイル「立つ鳥跡を濁さず、ね。あの男も最低限の責任は果たしたわけか」


    上条当麻と番外個体の脱落から僅か二日後、御坂美琴は行動を開始していた。


    336 = 333 :


    ◇ ◇ ◇ ◇

    現在

    仮想学園都市 第十七学区 操車場――


    ミコト「う、うぅ……?」

    カンザキ「気がつきましたか」

    ミコト「なんとか……いたた、また倒されちゃったのか。ホント聖人ってチートよね」

    悪態をつきながら身を起こす美琴に、神裂は苦笑する。

    カンザキ「現実と違い、ここでは複雑な制御術式なしで力を振るえますからね」

    ミコト「やってらんないわよ。こっちが一回斬る間に、神裂さんてば十回くらい斬ってるでしょ?」

    カンザキ「正確には十一回です」

    ミコト「くっそー、目では追えてたと思ったのになぁ」

    カンザキ「視覚だけに頼るべきではない。もっと五感を研ぎ澄まし、あらゆる状況に対処しうる感覚を養いなさい」

    ミコト「……神裂さんって野生児みたい」

    カンザキ「ッ!!」

    美琴の暴言に、神裂の七天七刀の鞘が高速で閃く。

    ミコト「あいたっ!?」

    カンザキ「あなたのタフさは兄譲りだと感心しますが、いらん事をほざく口も兄譲りのようですね」

    ミコト「あ、あはは……」


    ここ一カ月の間、美琴は神裂から剣の手ほどきを受けていた。これはインデックスたちと相談して決めた事で
    万能型の美琴を攻撃に特化させるための処置だった。

    再編したパーティーにおいて、一方通行は敵の攻撃を一身に集めるタンク(叩かれ役)であり、インデックスはパーティーの
    継戦能力を高めるヒーラー(回復役)だった。
    そこに足りないのは、圧倒的な攻撃力で敵を駆逐するダメージディーラー(攻撃役)だ。

    美琴ならば無難にこなせるだろう。しかし万能型といえば聞こえが良いが、裏を返せば器用貧乏に他ならない。
    圧倒的強者と相対した場合、それでは抗しえない。美琴に求められるのは、どんな相手も問答無用で叩き伏せる速さと攻撃力だ。
    なのでテコ入れをすることにしたのである。


    337 = 333 :


    カンザキ「しかし、あなたの順応力の高さには驚かされます。短期間でここまで上達するとは……」

    ミコト「そんなの買いかぶりよ。剣を振れば振るだけ熟練度の数値が上昇するんだもん」

    仮想世界を支配するのが、公平を旨とするシステムである以上、美琴の言葉は正しい。
    SMOはレベルとスキルの併用制をとっているので、単純なパラメータはレベルに、能力や魔術や武器などの習熟はスキルに依存する。

    能力と魔術は初期適正のものしか習熟発展できないが、武器や体術、料理に裁縫などは経験を積むだけで誰でも上達できるのだ。

    カンザキ「だとしてもです。第一、ダメージソースに剣を選ぶこと自体が異端なのですよ?」

    ミコト「常識で考えれば、電撃や超電磁砲で戦うほうが効率的でしょうね。でも、この世界を飛び越えるには常識なんて邪魔なだけ」

    カンザキ「……敵を、上条当麻の敵を討つためですか」

    自分の口から出た言葉に、神裂は鬱屈した気分になる。
    目の前の快活な少女が復讐に身を焦がす。美琴を気に入り始めている神裂は、複雑な心境だった。


    ミコト「あはは、そんな事のために頑張ったりしませんってば」

    美琴の予想外にあっけらかんとした答えが、神裂を呆けさせる。

    カンザキ「は……?」

    ミコト「そりゃお兄ちゃんの敵は憎いけど、そればかりに囚われるのは私らしくないもの」

    作りモノの空に浮かぶ月を見上げ、美琴は悪戯っぽく言葉を紡ぐ。

    ミコト「目の前のハードルが高ければ高いほど、飛び越えてやらなきゃ気が済まない、なんてね♪」

    カンザキ「……あなたは強いのですね」

    ミコト「それこそ買いかぶりよ。……よし、休憩はおしまい。今度こそ一本取らせてもらうんだから!」

    気持ちを切り替え、やる気を漲らせる美琴に神裂は苦笑する。

    カンザキ「意気込みは十分ですが、勝算はあるのですか?」

    ミコト「フフン、剣だけだと勝てないでしょうね」

    不敵に微笑み、剣を構える美琴の全身から紫電が迸る。

    カンザキ「帯電……?」

    ミコト「電撃を放出するだけが能じゃないのよ。『電磁加速(リニアアクセル)』――――こんな風に生体電流を弄ってやればッ!!」

    カンザキ「ッ!?」

    雷鳴の如きスピードで、美琴は神裂に斬りかかった。


    338 = 333 :


    ◇ ◇ ◇ ◇


    仮想学園都市 第七学区 夜明けの三毛猫団アジト――


    美琴が神裂の手ほどきを受けている同刻、インデックスと一方通行は頭を悩ませていた。

    イン「とうまの抜けた穴をアクセラレータが埋めて、みこと主体で攻めるのは決定事項として、あと一手欲しいっていうのが本音かも」

    Ax「オマエもアタッカーに回ればいいだろ。折角の高火力を遊ばせとく道理は無ェ」

    イン「う~ん、基本はそれで良いと思う。でもアックア相手には悪手なんだよ」

    Ax「……あくまでオリジナルの考えた戦法でいくつもりか?」

    苦虫を噛み潰したように一方通行の表情が歪む。

    イン「心配なのは私も同じなんだよ。でもアクセラレータも理解してるでしょう? これは みことにしか出来ないって」

    Ax「チッ……いっそ垣根のヤツに、ラック補正の効かないフィールドを形成してもらうか?」

    イン「かきねって、あの羽根の人?」

    Ax「あァ」

    イン「信頼できるの?」

    Ax「無理だ」

    インデックスの問いに、コンマ01秒で返答が飛んでくる。大体の事情を察したインデックスは深いため息を吐く。


    イン「こんな時くらい協力し合えないのかな?」

    Ax「あンな野郎と協力だァ? 背中を預けた瞬間に、バッサリ斬られるのがオチだっつの」

    イン「じゃ、じゃあ、みさきのギルドに…」

    Ax「数が多いだけの素人集団に期待できンのか? 俺たちがやってンのは殺し合いなンだが」

    イン「……無駄に死人が増えるだけかも」

    Ax「第四位は能力の性質上、今回は役に立たねェし、第七位は……意思の疎通が出来ねェ」

    イン「天草式はボス攻略に出てこないんだよ……」

    Ax「連携もクソもありゃしねェなァ……」

    今度は示し合わせたように、二人の口からため息が漏れる。

    339 = 333 :


    倦怠感溢れる不健全な空気を察したのか、打ち止めが二人の元へ駆け寄ってくる。

    Lo「もうっ、二人とも諦めムードなんてらしくない! ってミサカはミサカは発破をかけてみたり!」


    Ax「つゥか本当に上手くいくのか?」

    イン「うん、きっと上手くいく。みことがアックアと競り合った時、攻撃力で劣るみことにダメージがいったのを覚えてるかな?」

    Ax「……スリップダメージか。だが肝心の攻撃力は確保できるのかよ。ハッキリ言って、超電磁砲が発揮できる最大火力は俺らに及ばねェぞ」

    イン「火力なら出せるよ。自爆覚悟の特攻戦法になっちゃうけどね」

    Ax「オイオイ……」

    イン「だから私のリソースはみことの回復だけに振り分ける必要があるんだよ」

    Ax「ハァ……ま、オマエがそこまで言うなら信用してやるよ。不本意だが壁役くらいこなしてやる」

    イン「ありがとう、アクセラレータ!」

    Ax「生前の上条の苦労が偲ばれるぜェ……」

    イン「それはどういう意味なのかな!?」

    Ax「さァな」

    イン「むぅぅ! 私もみことも、とうまに迷惑なんてかけてなかったもん!」

    Ax「ハイハイ、ぼちぼち晩飯にすっか」

    イン「うんっ! 今日のごはんは何かなー……って、あれ?」

    上手く話を逸らした一方通行は、頭上にハテナマークを浮かべるインデックスを連れて食事を取りに行った。


    Lo「スルーされちゃった? も、もしかしてお姉さまのスルー体質がミサカにも!? ま、待ってー!? ってミサカはミサカは二人を追いかけてみたりぃぃ!」

    340 = 333 :


    ◇ ◇ ◇ ◇


    仮想学園都市 第七学区 繁華街――


    今まで順調に進んでいた窓のないビル攻略。しかし一か月前に、攻略組でも最強と目されるギルドが敗走して以来
    一階層も進まず停滞していた。
    それまではデスゲームといっても、危険な地区や窓のないビルに近寄らなければ死の危険はあまりなかった。

    だが停滞した一カ月という時間が、タイムリミットの存在を多くのプレイヤーに意識させ、恐怖と混乱を引き起こした。
    二年経てば問答無用に抹殺される。なのに攻略は遅々として進まず、人々の不安は日に日に増していく。

    そんな背景に、仮想学園都市の治安も悪化の一途を辿っていた。


    SV「ヒャッハー!! 死にたくなけりゃ装備品とアイテム全部置いていきな!」

    学生「そ、そんな……」

    SV「抵抗しても無駄だぜぇ? なんつっても俺ァ、攻略組の幻想殺しなんだからよォ?」

    学生「幻想殺し!?」

    SV「名前くらいは聞いたことあるだろう? 悪いこた言わねえ、さっさと出すもん出せや!」

    悪化する治安は、容赦なく弱者に牙を剥く。この様な光景は最早、日常茶飯事になりつつあった。
    しかし、捨てる神があれば拾う神がいるように、懸命に治安維持に努めるプレイヤーもまたいた。

    クロコ「ジャッジメントですの! 風紀委員の職責に従い、あなたを拘束します!」

    SV「あァん? テメエ、俺を誰だと……って、ゲエッ!?」

    クロコ「おや? どこの三下かと思えば、黒妻さんに成り済ましていたスキルアウトではありませんか」

    SV「誰が三下だっ!! 俺には蛇谷っつー立派な名前があるんだ!」

    クロコ「蛇谷だからPC名がスネークバレーですの? 創意工夫を感じない、センスのない名前ですこと」

    SV「余計な世話だ!」

    学生「き、気をつけて! その人、自分を幻想殺しだって言ってました!」

    クロコ「……なんですって?」

    SV「ひいっ!?」

    クロコ「よりにもよって、その名を語りますの……」

    SV「そ、それがなんだってんだ! 攻略組だか何だか知らねえが、全然音沙汰ねえだろうが! どうせ狩り場やレアアイテムを独占して…がァッ!?」

    自分のしたことを棚に上げ、燻っていた不満を噴出させた蛇谷だったが、最後まで吐き出す事は出来なかった。
    頭二つ分も身長差のある黒子に投げ飛ばされたからだ。

    341 = 333 :


    敬愛する御坂美琴を想えば、先程の暴言は黒子にとって許し難いものだった。
    この世界に囚われた人々を解放するため、命がけで攻略に挑み、最愛の人を失ってしまった一つ年上の先輩。

    今でも忘れはしない。颯爽として凛々しかった彼女が、あらゆる感情を失った姿を。そして己の無力さ加減を。
    もうダメだと思った。憎き恋敵の死をもって、世界も彼女も終わってしまったとしか思えなかった。
    だがそれでも立ち上がり、悲しみを押し殺して前に進む姿を見せられたのだ。だからこそ白井黒子の憤りは筆舌に尽くしがたかった。

    クロコ「こんなところで略奪行為に勤しんでいる小者が、賢しらに吠えないでもらえませんこと?」

    SV「なっ!」

    クロコ「あら? なけなしのプライドでも傷つきましたのかしら?」

    SV「クソっ!! いつも上から見下しやがって……ッ! 高位能力者ってのは、そんなに偉いのかよ!」

    蛇谷が吐き出した言葉に、黒子は自身の怒りが急速に冷めていくのを自覚した。

    クロコ「……レベルや能力の優劣だけで戦えるわけではありません」

    SV「は?」

    クロコ「大切な何かのために、死の恐怖を抑え込み前線に出る勇気がどれ程のものか、あなたは御存じですの?」

    SV「…………」

    クロコ「かく言うわたくしも、攻略組に参加するには技量も覚悟も足りていません。ですがそこで腐るほど、恥知らずではありませんのよ」

    例え攻略に貢献できずとも、後方の安全を確保するくらいは自分にも出来る。
    それが人一倍正義感の強い、白井黒子の意地と誇りだった。

    クロコ(たったの三カ月でこのザマとは……。思いのほかタイムリミットは短いのかもしれませんわね)


    342 = 333 :


    ◇ ◇ ◇ ◇


    仮想学園都市 第十七学区 操車場――


    想像を絶する難敵として立ちはだかった後方のアックアを撃破し、以降の攻略に繋げるために始めた特訓。
    その成果に神裂火織は驚愕していた。

    カンザキ「ぐッ、かはっ、ハァ……ハァ……い、今の一撃は一体……?」

    美琴が能力で身体強化を施してからの攻勢は、まさに疾風迅雷を体現していた。
    素早さ極振りのアサシンすらぶっちぎる勢いでの連続攻撃。パラメータの優位性すら覆しかねない程の速さだった。
    事実、神裂をもってしても対応可能になるまで防戦一方だったのだ。

    だがそのスピードすらフェイクに過ぎなかった。

    カンザキ「咄嗟に『唯閃』で迎撃したというのに、HPを五割近く持っていかれるなんて……」

    上手くパリィが成功すれば、敵の斬撃をデメリット無しで無効化できるのだが、アレはそんな次元の一撃ではなかった。
    魔術師の、戦士として長年培った勘が、奥義での迎撃以外に活路は無いと告げていた。
    そして躊躇い無く『唯閃』を繰り出したというのに、神裂は美琴に競り負けた。

    カンザキ「あれは聖人の本気を凌駕する一閃でした。正直、受けた身としても信じられません」

    ミコト「…………」

    カンザキ「初見で唯閃を破られたのは複雑ですが、先程の技を詳しく知りたい。……美琴?」

    即席とはいえ、一ヶ月間 手塩にかけて育てた弟子の成長ぶりに興奮気味の神裂だったが、沈黙したままの美琴に違和感を覚える。
    技の反動で気を失ったのかと、美琴のHPバーを確認した瞬間、神裂は岩のように固まった。


    カンザキ「え、HPバーが、ぜ、全損している……」


    有体に言って、美琴は死んでいた。


    343 = 333 :


    数分後

    ミコト「いやー、まさか技の反動で死んじゃうなんて予想外よねー」

    カンザキ「何を呑気に構えてるんですか!?」

    あははー、と笑い飛ばす美琴に神裂が食ってかかる。

    カンザキ「偶然あなたが『神の祝福』を所持していたから良かったものの、そうでなければ確実に死んでいたんですよ!?」


    番外個体が去り際に託したお守りは、一回限りの自動蘇生を可能とするレア中のレアアイテムだった。


    ミコト「うわぁー、超レアアイテムを無駄にしちゃったのか。勿体ない」

    カンザキ「一度きりの保険がパーです! 何を考えてるんですか!?」

    ミコト「効果なんて知らなかったんだし、しょーがないじゃない。インデックスの回復補助無しで、アレを使えば即死亡ってのが確認できただけでも良しとしないとね」

    カンザキ「あ、あなたという人は……」

    ミコト「……もしもお兄ちゃんか、あの子が持っていれば死なずに済んだかもしれないのかな?」

    カンザキ「……その通りです。悔やんでも悔やみきれません」

    悔やみきれない過去が、暗澹たる思いを運ぶ。それを振り切るように美琴は勢いよく頭を下げる。

    ミコト「今日まで稽古をつけてくれて、本当にありがとうございました!」

    カンザキ「……礼には及びません。私としても、十分に得るものがありました」

    ミコト「私、絶対にこのゲームを……この世界を飛び越えてみせます。他の誰でもない、私自身の意思で!」

    胸を張り強い意志を宿した瞳で、美琴は高らかに宣言する。

    ミコト「もう一度、あの男に挑みます。お兄ちゃんを殺した、あの男に」

    カンザキ「彼は私とは比べ物にならないほど強いですよ?」

    ミコト「だからって、引くわけにはいかないから。だから今度こそ勝ってみせる」

    その為の準備は完了している。インデックスと一方通行も同様だろう。
    ならば、恐れることは何もない。

    カンザキ「フフ、その意気込みは高く買いますが、得物がその有様では勝てるものも勝てませんよ」

    ミコト「ふぇ? ……あ゛」

    指摘されて見てみれば、美琴が使っていた剣が中ほどからポッキリと折れていた。


    344 = 333 :


    ミコト「どど、どうしよう!? これって結構な業物だったのにぃぃ!?」

    カンザキ「仕方ありませんね。不肖の弟子に餞別を差し上げましょう」

    そう言うと、神裂は腰に差してある七天七刀を美琴の眼前に差しだした。

    ミコト「ええーーっ!? ちょ、え、貰っちゃっていいの!?」

    カンザキ「貸すだけですよ。アックアを倒したら返しにきなさい」

    ミコト「神裂さん……」

    感動に胸を震わせながら、師の愛刀を受け取る。聖人の膂力にも耐えるこの刀ならば、アスカロンにも対抗しうるだろう。
    神裂の優しさと期待を感じずにはおれない美琴だった。

    ミコト「武士の魂、確かに借り受けました」

    カンザキ「私は武士ではありませんっ!?」

    ミコト「あ、侍だったっけ?」

    カンザキ「違います!」

    ミコト「えー、お兄ちゃんから神裂さんはロンドンで十指に入る武士だって聞いてたのに」

    カンザキ「兄妹揃ってふざけやがって……ッ、魔術師に決まってるだろうがド素人がああァアアア!!!」

    ミコト(その出で立ちで魔術師はないわー。ステータスだって筋力極振りの脳筋スタイルでしょうに)


    色々と台無しな師弟愛がそこにあった。


    345 = 333 :


    仮想学園都市 第七学区 夜明けの三毛猫団アジト――


    ミコト「たっだいまー」

    イン「おかえりなさい、みこと!」

    ミコト「死ぬほど疲れたー、ていうか実際死んじゃったし」

    イン「もう、冗談でも死ぬなんて言ったらダメだよ」

    ミコト「はいはい、それよりよそ様のギルドに長居するのも悪いから、帰る支度をしなさい」

    イン「はーい」

    ミコト「芳川さん、今日もうちの大飯食らいがお世話になりました」

    イン「お、大飯食らいは酷いかも!」

    ヨシカワ「現実と違って食費はタダ同然だから気にしないで。大飯食らいでも全然平気よ」

    イン「二人とも酷いんだよ!?」

    ここは仮想世界なので、必ずしも食事を摂る必要はないのだが、インデックスは食事を欠かしたことが皆無だった。


    ミコト「打ち止めたちにも挨拶したいんだけど、もう寝てたりする?」

    ヨシカワ「打ち止めは、ね。彼はあなたと顔を合わせ辛いのでしょうね。レベリングするんだって出かけたわ」

    ミコト「まあ仕方ないわよね。私だってそうだし」

    イン「もう、今はパーティーの仲間同士なんだから仲良くするべきかも」

    ミコト「私たちの関係はこれでいいのよ。慣れ合いなんて鳥肌が立つっての」

    かつての怨敵と仲良くしている自分を想像できない美琴だった。そしてこれからも友誼を結ぶなんて、まっぴら御免だと悪態をつく。
    しかし難儀なことに、その能力には絶大な信用を置いているとも自覚していた。

    ミコト「帰ってきたら伝えてください。――こっちの準備は整った。アンタの力を貸して欲しい、ってね」

    ヨシカワ「そう……。分かったわ」

    近く訪れるであろう決戦の機運に、芳川は緊張した面持ちで頷いた。


    346 = 333 :


    第七学区 ラブリーゲコ太団アジト――


    疲れた体を押して、何とかギルドのアジト……上条の部屋へと帰り着くと、美琴はベッドに倒れ込んだ。

    ミコト「あーもうクタクタだぁー……」

    イン「みこと! 寝るならパジャマに着替えないとダメなんだよ!」

    ミコト「いーじゃん別にー。ただのデータなんだから皺にならないしー」

    イン「そういう問題じゃないんだよ!」

    ミコト「はいはい、わかってるわよー……」

    イン「だったらすぐに着替え……ハァ、もう寝てる」

    疲労が限界に達したのか、美琴はスヤスヤと寝息を立てていた。

    イン「とうまが居なくなった途端にズボラになるんだから」

    インデックスはため息を一つ吐くと、ベッドの脇にあるテーブルに目をやる。


    テーブルの上には綺麗な宝石のようなモノが置いてあった。


    イン「……とうま、みことは元気になったんだよ」

    ぽつり、とインデックスは宝石に語りかける。

    イン「状況が許さないのは分かってる。でも……本当はもっと悲しむべきなのに……みことが戦わなくたって、いいはずなのに」

    イン「それもこれも、全部とうまのせいなんだよ……。こんな呪いみたいな遺言を残すから……」

    怒りとも悲しみともつかない複雑な感情の籠った声音。
    インデックスは、美琴が立ち直った日のことを思い出していた。

    347 = 333 :


    ◆ ◆ ◆

    ひと月と、一日前


    第七学区 ラブリーゲコ太団アジト――


    まだ日が高いにも関わらず、部屋の中は真っ暗だった。何処となく空気は淀んでおり、およそ人が暮らしているとは思えない有様だ。
    そんな退廃的な雰囲気を醸す部屋で、御坂美琴は抜けガラのように力なくベッドに横たわっていた。

    イン「みこと……」

    上条たちの死から数日、散々泣き暮らした美琴は生きながら死んでいた。
    大好きな親友の声も届かず、ゆっくりと、緩慢に、だが確実に腐っていくだけの存在に成り果てていた。
    大好きな兄の喪失が、溌剌な少女を残酷なまでに破壊し尽くしていた。

    イン「攻略は、私とアクセラレータで何とかしてみせるから心配いらないよ。みことはゆっくり休んでいて」

    掛け値なし、本心からの言葉だった。
    心がポッキリ折れてしまった美琴を鞭打つなど、インデックスには出来なかった。

    失った人が大切なほど、その死を受け入れるのに時間がかかるものだから。
    ゆっくりでいい、時間が悲しみを忘れさせてくれるまで、美琴が再び立ち直るまで、自分を鞭打つとインデックスは決意していた。

    イン「じゃあ、行ってくるね」

    そう言って部屋を出ようとしたインデックスの視界の端に、キラリと光る宝石のような物体が映る。
    テーブルの上に置かれていたソレに、インデックスは覚えがあった。

    ――『思念使い(マテリアライズ)』

    精神系の能力で、主に想いや記憶を結晶化することが出来る能力。この宝石モドキは想いを結晶化したものだった。
    戦闘にはまるで役に立たないと、上条がぼやいてたのをインデックスは覚えている。
    しかし上条の遺品は、彼が愛用していた黒の学ランだけで、その学ランは美琴が大事にしまっていた。

    イン「たしかアイテムとして使用すれば、結晶化した内容を再生できるはずだけど……」

    結晶と美琴の間で視線を彷徨わせながら逡巡するインデックス。
    もし仮に上条が美琴に向けてメッセージを残していたとすれば、彼女に聞かせるのが正か否か判断に迷う。
    死者の言葉に生者が引きずられる危うさを、インデックスは危惧していた。

    だが皮肉にも、その迷いが美琴に結晶の存在を気付かせる時間を与えてしまった。


    348 = 333 :


    ミコト「それ……お兄ちゃんの……?」

    虚ろな目をした美琴が小首をかしげながら問いかけてくる。

    ミコト「ねえ、インデックス……そうなんでしょ……?」

    昨日から一言も喋らなかった美琴の言葉に、安堵しながらインデックスは頷いた。
    美琴の目に触れてしまった以上、危惧はありこそすれ誤魔化しは無意味だった。

    イン「再生してみる?」

    ミコト「うん……」

    幽鬼のように頼りなく首を縦に振る美琴。その瞳は絶望に染まっており、表情から一切の感情を窺えない。

    しかし――


    トウマ『あー、テステス、……ちゃんと吹き込めてんのか? まあいいや』

    ミコト「あ……」

    トウマ『これを聞いてくれてるのは御坂とインデックスなのか? そうであって欲しいっつーかお前ら無事だよな!?』

    ミコト「あ、ああ……」

    トウマ『い、いやきっと大丈夫だ。御坂は少し不安だけど、インデックスがいるから大丈夫なはずだ、うん』

    ミコト「お兄ちゃん……ッ」

    トウマ『と、ともかく、もしもに備えて遺言を残しておくからな。んで、これを聞いてるってことは俺は死んでるんだよな……ぐすっ、自分で言って悲しくなってきた』

    ミコト「ばかっ! ホントに……バカなんだからぁ……」


    上条の声が一句一句耳に入るたびに、美琴の瞳から雫がポロポロとこぼれ出す。
    失われたと思った感情が、堰を切ったように溢れて止まらなかった。

    349 = 333 :


    トウマ『くっそー何だこれ。戦う前から士気下がりまくりなんですが……。おっと、時間がないから手短に済まさないと拙いんだった』

    イン「とうまは、やっぱりとうまなんだよ……」

    呆れ半分、懐かしさ半分でインデックスがため息を漏らす。


    トウマ『んんっ! まずはあれだ、俺が死んでも誰も恨まないで欲しいんだ』

    ミコト「…………」

    トウマ『ふざけたゲームに巻き込まれたのは事実だし、俺だってムカつくけど、今は攻略を最優先に考えて欲しい』

    イン「…………」

    トウマ『迫ってくるタイムリミットにみんな怯えてる。本当は優しいはずの人も、疑心暗鬼に囚われて自分から不幸になってる』

    トウマ『だから俺たちが立ち止まるわけにはいかないんだ。次のボス、アックアは強敵だ。あいつの強さを正しく再現されてるなら犠牲者が出るかもしれねえ』

    美琴たちの脳裏に、理不尽なまでの強さを見せつけた二重聖人の姿がよぎる。

    トウマ『それは近接戦しか出来ない俺の可能性が高いんだろう。……つーか死んじまったんだよな』

    トウマ『もう御坂のワガママを聞いてやれないと思うとお兄ちゃんは……うっうっ……』

    ミコト「ぐすっ……」

    トウマ『……悪い、また脱線しちまった。支離滅裂になったけど、俺が望むのは、二人には幸せに生きて欲しいってことだけなんだよ』

    ミコト「そんなの無理よ……。お兄ちゃんがいないんじゃ、私……もう笑えないよぉ……」

    トウマ『失う悲しみに負けないでくれ。一方通行のとこの連中や白井たち、他にも大切な人たちはたくさんいるはずなんだ』

    イン「うん……」

    トウマ『悲しいからって、そいつらを見殺しにしていい理由にはならねえ。それに戦うべき時に戦わないと、後できっと後悔すると思うんだ』

    ミコト「黒子……初春さん、佐天さん……。わ、私は……」

    かつてボロボロになりながらも、仲間を見殺しには出来ないと戦場へ向かう兄の背中がフラッシュバックする。

    トウマ『本当なら俺が守るべきなんだけどな。ハハ、大切な妹を危険な目に遭わせようとするなんて兄貴失格だな』

    ミコト「そんなことないっ! 私が無茶したせいで……ッ」


    350 = 333 :


    取りとめのない上条の言葉に、僅かなノイズが混じり出す。

    トウマ『もう限界か。能力は全然使ってなかったからこんなもんか』

    ミコト「ま、待って!」

    トウマ『これで本当にお別れだ。美琴、どうか仲間を大切に、インデックスと仲良く……幸せにな』

    ミコト「こんなの一方的すぎる……私はお兄ちゃんみたいに強くないッ! もう幸せになんて……なれないわよぉ……」

    嗚咽を漏らしながら泣き崩れる美琴。彼女には上条の願いを受け入れる事など不可能だった。
    強さと優しさを兼ね備えた彼女を支える、一番重要な柱が折れてしまったから。

    それさえあれば、どんな困難にも立ち向かえる。上条当麻という心の拠り所を失った美琴に、最早再起は無理だと思われた。

    だが……


    トウマ『あ、そうだ! もし死んじまっても、クリアすれば特典で生き返して貰えたりすんのかな? あはは、さすがに無……――』

    ミコト「ッ!?」

    流石に無理かな、と言い終える前に結晶は再生を止めた。


    イン「まったく、もう少し要点をまとめてから録音すればいいのに。……ふふっ、でも とうまらしいね」

    ミコト「そうよ……自力でクリアさえすれば……またお兄ちゃんに……」

    ブツブツと、まるで熱に浮かされたようにうわ言を漏らす美琴の瞳に、強い意思の光が灯る。

    イン「みこと……?」




    次の日の朝、御坂美琴は周囲が驚くほど明るさを取り戻していた。


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