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    元スレ幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.

    SS+覧 / PC版 /
    スレッド評価: スレッド評価について
    みんなの評価 : ★★★×4
    タグ : - ほのぼの + - 幼馴染 + - 童貞 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    501 = 494 :


    「いわゆる家庭の事情って奴で、まぁいろいろあるんですけど。るーは私にはなついてるけど、ちい姉には微妙に距離があるし」

     そのあたりの機微は、会って間もない俺にはわからない。

    「ちい姉も、何考えてんのか分かんない……という言い方するとあれですけど、あんまり思ってることを口にしないタイプなんで」

     だから、いい機会なのかもしれないです、と後輩は言った。

    「俺んちに集まって遊ぶのが?」

    「まぁ、そう言われると微妙なんですけど」

     後輩は人のよさそうな笑みをたたえた。どことなくほっとしたような微笑。

    「先輩には期待してますよってことです」

    「そんな抽象的な話をされてもな」

    「でも先輩、具体的に事情を説明されてもいやでしょ」

    「まぁ、本音を言えばね」

    502 = 494 :


     できれば、人間関係に対して責任を負いたくない。
     どうしてもというのであれば仕方ないが、個人の問題は個人でかたをつけるべきなのだ。
     物見遊山で人の事情に足を突っ込んで、ろくでもないことになるのは目に見えてる。
     
     どれだけ親しくなろうと、一定の距離は保つべき。
     こういう考えも、やっぱり卑怯かもしれない。

    「先輩、そういうタイプだし。あんまり頼られると、すぐに逃げ腰になる」

    「遠まわしに臆病と仰っておられる?」

    「あんまり嫌いじゃないですよ、そういうの」

     臆病の部分は否定してもらえなかった。
     後輩はポッキーをかじりながら軽快に歩く。

     なんだかな、という気持ち。
     買いかぶりすぎじゃないだろうか。

    503 = 494 :


     家に帰ると、るーとタクミはまだ眠っていた。
     二人を除く三人は、なぜかテレビゲームで白熱している。

     妹と幼馴染の順位は伯仲していたが、屋上さんはぶっちぎりのトップだった。

    「おかえり」

     おかえり、といわれるのも、なんだか変な気分。

     三時頃、眠っていて昼を食べ損ねたるーとタクミのために、妹がホットケーキを焼いた。

    「俺にも!」

     二人に混じって要求する。

    「子供の分を取り返そうとするな、バカ兄」

     叱られた。

    504 = 494 :


     夕方頃には幼馴染とタクミは家に帰った。タクミはあと二週間ほどはいる予定だと言う。
     夏祭りがあるな、と思った。
     妹の浴衣のことも考えておかなければならない。

     三姉妹は疲れた様子だった。

    「遊び疲れた?」

    「みたいです」

     るーは眠そうに瞼をこする。
     ずいぶん馴染んだな、と感じる。
     屋上さんは、うちにきている間もたまに眼鏡をかけるようになった。どういう心境の変化かはわからない。
     髪は相変わらずほどいていた。法則が読めない。

     帰り際、後輩が口を開いた。

    「明日あたり、どっか行きます?」
     
    「どっかって?」

    「どっかっす」

     丸投げ。

    「あー、じゃあ、まぁ、そのー、えー。モールとか?」

     かなり適当だった。どうでもいいことだが、いつのまにか明日もうちに来ることが決定していた。

    「おっけいです」

     おっけいが出た。
     人ごみを思うと憂鬱になる。

    505 = 494 :


     しばらく三人の後姿を見送っていると、不意に屋上さんがこちらを振り向いた。

     既視感。
     どこかで見たことがあるような表情。

     たぶん、錯覚だろう。

     少し早い夕食をとってから、静かな家の中でテレビを見ているのが妙に寂しく思えて、洗いものをする妹を後ろから抱きしめた。
    「動きにくい」と言われただけだった。

     余計寂しくなったので、何も言わずにソファに戻る。

     なんだかなぁ。
     最近、自分が分からない。
     だんだん落ち着かなくなっている。

     なんだろう、これ。

     変なかんじ。

    506 = 494 :


     翌日、揃ってショッピングモールまで足を伸ばす。
     大人数で動きすぎて統制が取れない。本来取る必要はないのだが、はぐれそうで不安になる。とくに子供が二人もいると。

     後輩とるーが手をつないでいた。なんとなく理解する。
     タクミも幼馴染と手をつなぐ。親戚だから当然だった。

    「俺たちもつなぐ?」

    「その冗談、面白くないから」

     妹はやっぱり辛辣だ。

     女性陣は浴衣やら水着やらを見たいようなので、気を利かせて子供たちを引き受ける。
     あとでこの二人の水着についても確認しておかなければならない。

     妹には、あらかじめ多めの金額を渡しておいた。
     もともと妹と俺の小遣いは親から別々に与えられているけれど、何か必要になったときの予備費などを、何種類かに分けて管理しているのは俺だった。
     ちなみに妹は食費関係を管理している。たぶん妹に全部任せたほうが家計には優しいだろうが、兄として何の責任も負わないのは忍びない。

     俺は子供をつれて時間を潰すのにもっとも都合のいい一角へと身を投じた。
     アミューズメントパーク。ゲームセンター。

    「いいか、このあたりは音がすごいから絶対にはぐれるなよ、二人とも。はぐれたら見つけられないから」

     強めの口調で脅かす。二人の表情に緊張が走った。

    507 = 494 :


    「まずは修行だ。るー、何か欲しいプライズはあるか?」

    「プライズってなんですか?」

    「景品って意味だ。用例を挙げると『彼女はUFOキャッチャーのプライズを物欲しそうな顔で見つめていた』となる」

    「ひとつ賢くなりました」

    「で、あるか? 欲しいプライズ」

    「じゃああのぬいぐるみで」

     るーはUFOキャッチャーのプライズを物欲しそうな顔で見つめていた。キャラモノのぬいぐるみ。

    「タクミ、いいか。男には、女が欲しがっているものを常に提供できる能力が必要とされる」

    「なぜ?」
     
     タクミはどうでもよさそうに訊ねた。

    「モテるためだ」

    「俺、モテなくてもいいよ」

    「強がるな!」

     俺は渾身の力を込めて叫んだ。
     周囲の温度が少しだけあがった。

    508 = 494 :


    「男として生まれたからには女にモテたいものなんだよ! 自然の摂理! 本能なの!」

     るーが面白そうにこちらを眺めていた。サーカスの観客みたいな顔。俺は珍獣か。
     タクミは気圧されたように頷いた。

    「わ、分かった」

    「では、女にモテるために求められる男としての能力とはなんだろう? タクミ少年」

    「え、えっと……」

    「そう。その通り。UFOキャッチャーのプライズを手に入れる技術だ」

    「まだ何も答えてないんだけど」

    「こればっかりは練習してコツを掴むしかない。栄えある未来を手に入れるために立ちふさがる試練だと思え」

    「絶対に必要なタイミング来ないよ、その技術」

     不服そうにするタクミに、一度実演してみせることにする。

     るーが欲しがっていたプライズの入っている筐体を選ぶ。小銭を投入。
     挑戦する。

     失敗する。

    「……とまぁ、こういうこともある」

    「先生、頼りないです」

     るーが楽しそうにくすくすと笑った。

    509 = 494 :


     もう一度小銭を投入する。

     失敗する。

    「……まぁ、その、なんだ。こういうときもある」

    「先生、とれないんですか?」

    「とれないんじゃありません。ほら、タクミ、やってみろ」

     小銭をみたび投入して、タクミに操作させる。

     あっさり取った。

    「取れたけど」

    「ええー……」

     なんだこの状況。神が俺をいじめているとしか思えない。

    「ほら」

     タクミは取り出し口に落ちてきたぬいぐるみをるーに手渡した。
     こいつ、取った後の微妙な駆け引きまでできてやがる。
     具体的にいうと、あまり露骨な感じにならず、あくまでそっけなくぶっきらぼうに振舞うが理想的なのだが、そこまで忠実にできている。

     負けた。小学生に。完璧に。

     これが主人公属性か。生まれて初めて目の当たりにした。末恐ろしい。

    「ありがとう」

     るーはタクミに笑顔でお礼を言った。

     まぁいいか。見てて微笑ましいし。

    510 = 494 :


     昼時に一度集合してフードコートへ向かう。ただでさえ混雑していた中で空いている席を見つけるのは困難だった。 
     モール内のレストランの受付で記名して席が空くのを待つ。
     
     しばらく待ってから席に案内される。昼時とはいえ、時間が流れれば席も空く。

     七名。
     ぶっちゃけ狭い。

     テーブル席に案内されたものの、明らかに人数オーバーだった。食器も置ける気がしない。

     仕方ないので、俺と妹だけ他の店で軽く済ませることにした。

    「買い物、終わったのか?」

     話の種にと訊ねると、妹は小さく頷いた。

    「私のはね。お姉ちゃんがまだだけど」

     幼馴染は買い物は長い。
     対して妹の買い物が短いのは、いつも誰かと一緒に行くせいで、気を遣って早めに済ませるのが癖になっているからだろう。

    511 = 494 :


    「そっちはどうだったの?」

    「なにが?」

    「タクミくんとるーちゃん」

     どうしたもこうしたもない。

    「二人とも俺よりよっぽど大人です」

    「まぁ、だろうけど」

     冗談のつもりが、本気で肯定されて落ち込む。

    「いや、冗談だよ?」

     妹は後になってフォローした。落として上げるのは心臓に悪いのでやめていただきたい。

    512 = 494 :


     買い物は結局、夕方まで続いた。
     帰る頃には東の雲が紫に染まっていた。肩を並べて歩く。
     通行人の邪魔をしないようにと歩道を歩くと、どうしても縦に長い列になる。
     すると自然と、会話に混ざれる人間と混ざれない人間が出てきて、俺はどちらかというと後者になりやすい人間だった。

     なんだかなぁ、という気持ち。
     置いてけぼりの気持ち。

     幼馴染、妹、後輩が並んで話をしている。
     その少しうしろを、るーとタクミが並んで歩いている。

     屋上さんが、そのうしろ。
     俺がさらにうしろ。

    「屋上さん」

    「なに?」

     一瞬、何かが頭の隅を過ぎった。
     すぐに思い出す。休みに入る前、屋上で彼女に声をかけたときと、反応が似ていた。

     でも、似ているだけで、ちょっと違う。髪形とかいろいろ。

    513 = 494 :


    「なんでもない」

     何かを言おうとしたのだけれど、何を言おうとしたかは思い出せなくて、結局そう言うしかなかった。
     屋上さんは特に不審にも思わない様子で、また前を向き直る。
     会話はないけど、悪くない。

     でも、なんだかなぁ、という気持ち。

     もうちょっと。

     というのは贅沢か。

     まぁ、今はいいか。

     帰る途中で幼馴染たちとは別れた。妹と俺も、三姉妹を見送って家に入る。
     るーが抱えたぬいぐるみが目に入った。
     
     なんだか、似たような光景を見たことがあった。
     思い出そうとしてもなかなかうまくいかないので、仕方なく諦める。
     重要なことなら、そのうち思い出す。そうでないなら、忘れていてもかまわない。

     その夜は涼しかったが、翌朝は虫刺されがひどかった。

    515 :


    やっぱ妹と屋上さん最高

    516 :

    よし!

    517 :


    相変わらず引き込まれるな

    518 :

    屋上さんマジ最高

    519 :

    乙!

    朝から読んでいたが、屋上さんは実在してたのか...
    なおとと同じで妄想キャラかと思っていた

    520 :


    そういやなおと出てこなくなったなww

    521 :

    乙でs

    感想多いから2スレ目行くんじゃないか…
    僕はこれから感想自重します

    522 :

    タクミくんまじ主人公wwwwwwwwww

    524 :

    ふぅ…

    525 :

    なんだろうこの読みたいけど読むと悲しくなる気持ち
    とりあえずるーを抱き締めてゴロゴロしたい

    526 :

    屋上さん素敵

    528 :

    スレが余ったらで良いからサラマンダーかマエストロ視点の番外編を書いて欲しい。

    529 = 527 :

    >>528
    イイネ!

    文才あるよなぁー

    530 :

    妹√がいいな
    幼馴染も可愛いけど

    531 :

    登場人物がパイカスレみたいだな

    532 :

    オナホスレなくなって寂しいのはわかるけど、別の板の話出すなよ…

    533 :

    なんか絶妙だな。バカすぎず、慎重すぎず。かといって半端でもない。
    アンニュイな雰囲気とカラッとした台詞回しが各キャラを生き生きとさせている。

    535 :

    >>534
    ……来たと思った…

    536 :

    >>534
    長文の上に上がってたら、必然的に期待しちゃうじゃんかよ…

    538 :

    >>534
    幼馴染と屋上さんが初めて話をしたのは高校に入ってからで、
    描写してませんでしたが、幼馴染が後輩と屋上さんが姉妹だと知ったのは主人公に引き合わされたとき(>>464)です

    539 = 538 :


     やたらと集まる回数は増えたものの、まったく誰とも会わない日だってないわけじゃない。
     幼馴染と屋上さんが両方とも部活でいないときは、家には誰も来なかった。

     昼過ぎにマエストロからメールが来る。久しぶりに会わないかという内容。
     せっかくなのでサラマンダーとキンピラくんも呼んで、ファミレスで会うことにした。ファミレス超便利。

     実際に会ってみると、話すべきことがないことに気付いて唖然とする。

    「今日まで何してた?」

    「寝てた」

    「息してた」

    「うぜえ死ね」

     こんな感じ。暴言を吐きつつも集合してくれるキンピラくんはどう考えてもツンデレです。

     男四人で向かい合って沈黙する。
     暇を持て余していた。

     普段だって何かを話しているわけではないのだが、久しぶりに会ったせいか、何かを言わなくてはならないような気になってしまう。

     とはいえ、話すことは何もないので、

    「暇だな」

    「うん」

     こんなやりとりを繰り返すばかりだ。

    540 = 538 :


     ふと、ユリコさんに誘われたバーベキューの話をするのがまだだったことを思い出す。
     彼らは三者三様の反応を見せた。

    「肉あるか?」

    「あるんじゃない? バーベキューだし」

    「ならいく」

     サラマンダーは三大欲求に正直だ。

    「女いる?」

    「いるけど、おまえその発言はどうなんだよ」

     マエストロも三大欲求に正直だ。

    「俺、休み中は起きれるかわかんねえから」

     キンピラくんも三大欲求に正直だった。
     欲の権化。
     ある意味男らしい。

    541 = 538 :


    「行けたらいくわ」

     三人は魔法の言葉で話を終わらせた。

     しばらく沈黙が落ちる。
     みんな、会話なんてなくてもいいと思ってるのかもしれない。面倒になって考えるのをやめた。
     友達ってそういうもんだろうか。話すことが何もなくて、会話が途切れても、不安に思わない関係。

     だとすると、沈黙を不安がってしまう俺は、いったい彼らをどう思っているんだろう。
     ひょっとしたら気を遣いすぎているのかもしれない。もうちょっと図々しくなってみようかな。

     そのあとは、考え事をしながらマエストロの独り言に耳を傾けて時間を潰した。

    「分かるか? 俺は彼女が欲しいんじゃない。ただ女の子にちやほやされたいんだ」

     マエストロはいつだって欲求に素直だ。

    542 = 538 :


     家に帰ると、妹はいなかった。友達とどこかに遊びに行っているのかもしれないし、一人で買い物にいったのかもしれない。
     
     やることがないので、部屋に戻って課題を進める。少しずつではあるが、終わりが見えてきた。
     それでも、暑さのせいでなかなか集中できず、結局ベッドに寝転がってだらだらと時間を潰すことにした。

     ごろごろと転がる。
     最近、周囲がずっと騒がしかったからか、ひとりでいるとなんとなく手持ち無沙汰な感じがする。
     
     暇。

    「ひーまー」

     口に出してみる。
     退屈が増した気がした。

    「うあー!」

     暑いので無意味に叫ぶ。
     よけい暑くなる。

     何をやっても逆効果、という日もある。

     妹は日没前には帰ってきたが、俺の落ち着かない気分はちっともなくならなかった。
     なんだか落ち着かない日。

     こういうこともある。

    543 = 538 :


     夕食を済ませた後、妹とリビングでだらける。

    「なんかないの?」

     妹も妹で暇を持て余している様子だった。「なんか」といわれても困る。
     映画でもかけようかと思ったが、大抵のものはもう観てしまっていた。
     
     仕方なく『2001年宇宙の旅』をかける。妹は開始三十分で眠ってしまった。
     途中で最後まで見るのを諦める。時間を浪費している気がした。

     ひどく蒸し暑い。寝るかという時間になっても、なかなか睡魔がやってこなかった。
     夜中にベッドから起きて台所に下りる。冷蔵庫を開けて、麦茶をコップに注ぎ、いつものように飲み干した。

     落ち着かない気持ちのまま、ふたたびベッドに潜り込む。
     実際に眠れたのは、結構な時間が過ぎてからだった。

    544 = 538 :


     ある朝、妹に体を揺すられて目を覚ますと、部屋には幼馴染とタクミがいた。

    「プールに行こう」

     幼馴染が楽しそうに言う。
     仕方なく起き上がり、全員を追い出して着替える。プール。そういえば水着はどこにやったんだったか。
      
     準備を終えてリビングに下りる。妹が朝食を作っていた。
     なぜだか幼馴染たちの分まである。食べて来い。いや、別にいいのだけれど。

     どうやら屋上さんたちには既に連絡してあったらしい(というより俺以外の人間にはあらかじめ知らされていたようだ)。

     集合時間に合わせて移動する。主導したのは幼馴染だった。
     彼女は妙にはしゃいでいる。もともと暑いのが苦手で、泳ぐのが好きというタイプだからか。
     
     市民プールにつくと、駐輪場の屋根の下に三姉妹がいた。

     このあたりにはあまりプールがないので仕方ないのだが、このプールはあまりよろしくない。

     男子更衣室の窓が割れてたりする(ダンボールで補修されている)。
     けっこう狭い(というか狭い)。
     人気があまりない。人があまりいない。

     言っても仕方ないことだし、とりあえずプールには違いないのだが。言い方を変えれば穴場でもある。

    545 = 538 :


     学生の身分では入場料は高くつく。妹の分と自分の分を払う。タクミの分は幼馴染が払った。
     俺が出すかとも考えたが、それは少し違うだろう、と自分で否定する。

     更衣室はとうぜん男女で分かれているので、タクミは俺が引き受けることになった。
     よく考えると男女比が2:5。
     倍以上。恐ろしい。

     やっぱり更衣室の窓は割れていた。まさか女子更衣室の窓まで割れているとは思わないが、これはちょっとした怠慢ではないだろうか。

     着替えを終えてプールに出る。

     タクミと一緒に軽めの準備運動をする。女勢はまだ時間がかかりそうだった。少しの間待機する。待つ時間は苦にはならなかった。

     更衣室から最初に出てきたのは後輩とるーだった。
     次いで妹。少し間をおいて幼馴染。一番遅かったのは屋上さん。

     立ち並ぶ女性陣からとっさに目を逸らすと、幼馴染が不思議そうに首をかしげた。

    「なんでそっぽ向いてるの?」

    「眩しいから」
     
     童貞には強すぎる光なのです。

    546 = 538 :


     当然といえば当然だが、水着姿を積極的に見られたい女子はいないようで、みんなあちこちに散らばっていった。
     おかげで目のやり場に困るようなことはなくなったが、少しばかり残念という気もする。
     まじまじと見ることなんて、どうせ出来やしないのだが。小心者だから。

    「でも先輩、ちゃんと見ないとだめですよ」

     後輩がからかうように言う。

    「よせ、俺を弄ぶな。分かってるんだぞ、どうせ実際に見たら見たで変態扱いされて両方の頬に平手打ち食らう展開が待ってるんだ」

    「やー。でもほら、水着って見られることを想定して選ぶものですし」

    「そんなわけあるか。男にあんな露出の激しい格好見られたいと思う女がどこにいる」

     俺は目を覆った。童貞には刺激が強すぎる。下手をすると大変なことになる。主に下腹部周辺。

    「そこまで拒否されると、何としても見てもらいたくなるんですけど」

    「じゃあほどほどに見るから早く泳ぎに行くんだ」

     後輩は仕方なさそうに去っていった。
     取り残されたのは俺とタクミの二人で、彼は俺の方をちらりと見て、やれやれというみたいに肩をすくめた。
     子どもに子ども扱いされた。

     そう間を置かず、幼馴染とるーがタクミの名前を呼んだ。彼は返事をして駆け出す。プールサイドを走るな。

     一人取り残される。

    「……なんだろう、この寂しい感じは」

    547 = 538 :


     仕方ないので一人で泳ぐことにする。
     子供たちは底の浅いプールで水をかけあってはしゃいでいた。
     楽しそう。

     幼馴染と後輩が、るーとタクミの面倒を見ていた。

     妹がいないことに気付いて探す。流れるプールで流されていた。

     屋上さんはどこだろう、と周囲を見回すが、みつけられない。

    「何してるの?」

     と思ったら、後ろから声をかけられた。

    「いや、何してるのというか」

     普通に驚く。
     とっくにどこかに行ったものと思っていた。
     
    「屋上さんこそ何をしておられるのか」

    「いや、みんながどこにいるかわかんなくて」

    「なぜ?」

    「視力が……」

     そういえば、彼女は眼鏡をしていたっけ。

    「普段はコンタクトなの?」

    「そう」

     納得する。確かにプールで泳ぐのにコンタクトをするわけにもいかないだろう。
     視力が悪い人って、水泳のときはどうしているんだろう。度の入ったゴーグルでもあるんだろうか。

    548 = 538 :


    「ぜんぜん見えない」

     彼女は目を細めてなんとか周囲を見ようとしていたが、効果があるようには思えない。相当悪いらしい。
     とりあえず屋上さんを幼馴染たちと合流させる。さすがに近くまで行けば分かるだろう。

    「お兄さん、どこにいくんですか?」
     
     すぐさま退散しようとした俺を、るーが目ざとく見咎めた。侮れない。

    「泳いでくる。二〇〇メートルくらい」

    「二往復ですか。がんばってください」

     別に水着だからと過剰に意識しているつもりはないのだが、かといってあんまり近付くのも気まずい。
     いや、だって、ねえ?

     恥ずかしいし。
     男の恥じらいなんて気持ち悪いだけだけど。
     
     水着って露出多いじゃん。
     見てるこっちが恥ずかしい。
     小学生の頃、漫画を読んでいるとき、誰に見られているわけでなくとも、ちょっとエッチなシーンがあったら読み飛ばしていたものだ。
     ああいう気持ち。

     競泳用プールをきっちり二往復してから、周囲を見回す。ちょうどウォータースライダーから落ちてくる後輩の姿が見えた。
     そういえば、大人びてはいるけれど、あいつだって中学生か。俺たちとはひとつしか違わないけれど。

     ……今年受験じゃね?

     考えないことにした。

    549 = 538 :


     子供向けの浅いプールに、膝まで浸して座った。
     運動自体久々だったせいか、全身がさっそく痛み始める。

     これはまずくないだろうか。
     運動不足。
     何か手を打たねばなるまい、とひそかに思った。

     不意に、足が引っ張られる。
     何事と目を向けると、るーが俺を水の中に引きずり込もうとしていた。

     目が合うと、彼女はにっこりと笑った。
     天使の笑顔だった。超癒される。でもやってることは小悪魔レベル。
     もし深いプールだったら洒落にならないところだ。

    「るー、泳げるの?」

    「泳げません」

     彼女はにっこりと笑った。

    「……練習しようか」

    「いやです。怖いです」

    「中耳炎か何かとか?」

    「健康そのものですけど」

    「泳ごう」

    「だめです! 水の中って息できないんですよ? 宇宙みたいなものじゃないですか! 息ができないと人間って死んじゃうんですよ!?」

     意味不明の言い訳をされる。宇宙とはわけが違う。泳げるようにできてるわけだし。

    550 = 538 :


    「いいじゃん、教えてもらいなよ」

     後輩が気安げに言うと、るーは絶望的な表情になった。
     だんだんかわいそうになってくる。

    「溺れなければ大丈夫だから」

    「泳げないから溺れるんだよ?」

    「練習しないから泳げないんだよ」

     るーはしばらく抵抗を続けていたが、結局諦めたようにうなだれた。力が抜けて体が浮く。おもしろい。

    「ひとごろしー……」

    「人聞きの悪い」

    「ひとごとだと思って」

    「ひと繋がりはもういいから」

     水の中で遊ぶこと自体に抵抗はないようだし、犬掻きくらいは出来ている。
     つまり、顔をつけるのが怖いのだろう。

     顔を洗うときに洗面器で息とめてみたりしないのかな。
     いや、普通の人がするものかは分からないけれど。

     力を抜いて身体を浮かすくらいのことはできている様子。
     借りてきたビート板を持たせる。

    「はい、手を伸ばす」

    「……怖いんですけど」

    「水はともだち。怖くない」

     なるべく優しい声音で言う。
     逆に警戒されてしまったようだった。なぜ?



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