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    元スレ幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.

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    みんなの評価 : ★★★×4
    タグ : - ほのぼの + - 幼馴染 + - 童貞 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    1 :


     目覚まし時計のアラームは融通がきかない。

     日によって気を利かせて鳴らなかったりするならもっと仲良くなれると思うのだが、今のところそんなことは一度きりしかなかった。
     ちなみに原因は電池切れ。彼との付き合いの短さが露呈する回数だ。
     
     あんまりにも融通がきかないので、最近では一度殴ることで沈黙させている。
     暴力はあまり好ましくないが、言うだけで分からない奴には殴ってきかせるしかない。ときにはそういう場合もある。
     
     女を殴ったと考えるのは寝覚めが悪いので、目覚まし時計を脳内で擬人化するときは男だということにしている。
    「なおと」という名前もつけた。たまに話しかける。

    「よう、なおと。俺、また女子に笑われちゃったよ……」

     思い出すだけでせつない過去だった。

    「元気出せよ相棒、らしくないぜ。あんたはいつも笑ってるべきさ。あんたが悲しい顔をしてると、どこかで誰かが悲しくなるだろう?」

     彼はその神経質な性格が垣間見える説教で俺を励ました。

     最近では何か嫌なことがあれば彼に愚痴を言う。最初の頃は頭がどうかしたのかと心配そうにしていた妹も、今ではかまってくれなくなった。
    「ああ、またおかしくなったのか」とあっさり認めてくれる。理解のある家族で非常に助かる。

    2 = 1 :


     この頃はあまりに擬人化妄想がリアルになり、人間だったらどんな顔をしているか、どんな姿をしているかまで具体的に想像するようになってしまった。
     おかげで、部屋に女子を連れ込んだとき、なおとがいるせいで上手くアンナコトができないのではないかといらぬ心配までするようになる始末。
     もしも女子の前でなおとに話しかけでもしたなら目も当てられない。

    「あいつ目覚ましに話かけてたんだけどー」

    「えーなにそれまじうけるー」

    「ありえねー。やべー」

    「ひくわー。あいつマジないわー。ないわー」

    「ていうかあいつ童貞でしょー?」

    「だよねー。目覚ましに話しかけるなんて絶対童貞だよねー」

    「童貞マジうけるわー」

     となること請け合い。
     脳内でエコーのかかった幻聴が響き終わると、全身にぞくぞくと寒気が走った。
     脳内教室にクラスメイトたちの童貞コールがこだまする。超怖い。

     なので近頃は、本格的になおとと決別するべきか、真剣に悩んでいた。
     ぶっちゃけ俺が部屋に女子を連れ込むなんて天地が逆さになってもありえないのだが。

     なおとのことを考えているうちに、さっきまで見ていた夢の内容を忘れてしまった。
     忘れてしまったのだが、なぜかえろい夢だったことは思い出せる。

    3 = 1 :


     なんかすごくえろい夢だった。
     具体的に言うなら……。

     武道場の女子更衣室で剣道部女子が着替えをしているところを覗いていたら、あっさり見つかって、
     女子が脱いだばかりの服で全身を縛られたうえ仰向けに押し倒され、
     顔見知りの剣道部員三名(容姿ランクB+,A,B)に全身を嘗め回されながら罵倒され、
     あられもない姿の三人に男としての尊厳をこれでもかというほどに踏みにじられ、
     最終的にはその三名に学生生活の影でこっそりとえっちなことをしてもらうセフレ的な地位になるような夢だったはずなのだが――

     ――ぶっちゃけ細かいことは覚えてない。
     
     なんか感覚とかすごくリアルだった。

     童貞なので、本番の想像をしようとしたら夢が覚めた……のかも知れない。覚えてない。
     えろい夢に関しては覚えてないのが悔しい。覚えてたら何かに使えるかもしれないのに。
     
     とはいえ、今重要なのはいろいろ持て余してしまって屹立している下半身であり。
     さらにいえば、目覚ましが鳴る時間を過ぎても起きてこない兄の様子を見に来た健気な妹のことでもあった。

     季節は夏。
     寝相が悪いと、タオルはすぐ落ちる。
     薄着だから、いろいろ見られる。

     察される。
     お約束だった。

    4 = 1 :


    「待て、なんだそのさめた顔は」

     反応はない。

    「もっとこう、あるだろ。恥じらいとか」

     返事はない。

    「なんとかいえよ」

     妹の視線は品定めするように冷静だった。

    「おい……?」

     まさかはじめてみたので驚いて失神したというつまらないギャグではあるまい。
     と、くだらないことを考えた瞬間――

    「……フッ」

     ――鼻で笑われた。
     身長百五十センチ(自己申告)の子供っぽい妹さまに。
     あどけなさを残した中学生女子の顔が高慢に歪んだ。
     女王の貫禄。
     思わず死にたくなる。
     
    「……え、そんな、笑われるようなアレですか、俺のは」

    「それセクハラだから」

     ごもっともな意見だ。

    5 = 1 :


    「いいから起きて。時間なくなる」

    「起きようにも起きれないと申しますか……」

     言い訳する俺を尻目に(尻目って言葉はなんだかすごく卑猥だ。尻目遣いって言葉もあるらしい)、妹は扉を閉じて去っていってしまう。
     残るのはむなしさだけだった。
     妹がいなくなってから例のアレはすぐに鎮まった。人体の不思議。

    「妄想だと罵倒されても平気なのに……」

     妹さまの罵倒はどうにも耳に痛い。……よく思い返せば罵倒なんてされてなかったが。

     妹がなぜ俺につらく当たるようになったのか(厳密にはつらくあたるというより舐め腐っているという感じだが)。

     心当たりはあまりない。思春期だからかも知れない。
     でもまぁ、話しもできないというほどではないし、こうして朝起こしにくるだけでも常軌を逸した妹ぶりと言える。

     もし嫌われた心当たりがあるとするなら、

     ネットで見た情報に興味を引かれ、フリーの催眠音声(セルフあり)をダウンロードし実践していたところを目撃されたこととか、
     妹の読んでいた小説を追うように読んで「主人公って絶対ロリコンだよな」と発言したこととか、
     妹が買ってきたアイス(箱)を一日で食い尽くしたこととか、
     せいぜいそんなもので、どれも瑣末に思えた。

     難しい年頃なのだろう。
     大人の寛容さで認めてあげることにした。

     あと何年かすればもうちょっと距離感がつかめるに違いない。なんだかんだいって兄が大好きな妹様だし。

     根拠はない。

    「うむ」

     ひとつ頷いてからベッドを這い出て着替えをはじめた。
     月曜の朝はつらい。

    6 = 1 :


     家を出ると夏の太陽が俺を苛んだ。
     ちょっといい感じの言い方をしてみても、暑いものには変わりない。
     
    「コンクリートジャングル!」
     
     テンションをあげようとして思わず叫んだ。

     どちらかというと気が沈んだ。

    「ヒートアイランド現象……」

     一学生には重過ぎる言葉だ。

    「何やってるの?」

     声に振り返ると妹が呆れながらこちらを見ていた。なんだかすさまじく冷たい視線。

    「夏だなぁって思ったら生きてるのがつらくなってきた」

    「毎年大変だね」

     大変なのだ。

    「最近、馬鹿さが加速度的にあがってきてるよね」

    「マジで?」

    「このままいくと世界一も夢じゃないかもね」

    「まじでか!」

     世界一。素敵な響きだった。思わず言葉に酔いしれて白昼夢を見た。
     
     表彰台の上で「THE BAKA」と刻まれたトロフィーを抱え、首に金色のメダルをかけられる。
     美女に月桂冠をつけてもらう。そのとき頭を前のめりになる。でっかいおっぱいが目の前で揺れた。
     童貞には強すぎる刺激だが目をそらせない。馬鹿の証明とも言えた。
     涙ながらに「うれしいです!」とインタビューに答え、ぱしゃぱしゃというフラッシュの音を一身に浴びる。
     良かった。努力してきた甲斐があった。ようやく俺は世界一になれたんだ……。

     ――そんなわけがなかった。ギャグにしても寒い。

    7 = 1 :


    「ちょっと前はもう少しマシだったのに」

     妹さまは不服そうだった。

    「お姉ちゃんがきてた頃はマシだったのに」

     お姉ちゃん。
     がいう「お姉ちゃん」は俺から見ると同い年だ。
     俺と妹には幼馴染がいた。

     美少女だ。料理も上手い。朝起こしにきたりもした。「将来は結婚しようね」と砂場で約束した仲だ。たまに弁当を作ってくれる。
     家事が趣味でほんわりとした穏やかな性格が持ち味。からかわれると「むぅ~」と言いながらぷっくりと頬を膨らませる。
     クラスメイトに「夫婦喧嘩か?」とか「夫婦漫才か?」とかからかわれるたびに、「ち、ちがうよっ!」と真っ赤になって否定していた。
     サッカー部のマネージャーをしている。犬好きで、暇な休日はペットショップを覗きに行き、「かわいい……」とか言ってる。

     そんな好みが分かれそうなハイスペック幼馴染なのだが、つい先日サッカー部の先輩と交際を始めた。

     そのことから照れ隠しかと思われた「ち、ちがうよっ!」という発言が本当だったことが判明し、クラスメイトは今でも俺に哀れみの視線を寄せる。

    8 = 1 :


     ぶっちゃけ一番ショックを受けたのは俺だった。クリティカルダメージ。オーバーキル。
     昔からの知り合いに恋人ができるというのは、なぜだかひどく寂しかった。
     数日生と死の狭間をさまよった。
     嘘だ。

     嘘だが、寝取られという言葉がなぜか頭を過ぎった。
     付き合ってなかったからショックを受ける理由なんてないはずなのだが、なんかすごいショックだった。
     なんかすごいショック。技名みたいで少しかっこいい。

     ちょっと前から幼馴染は俺に話しかけたり朝起こしにきたりしなくなった。
     もう弁当を作ってくれることもないだろう。恋は人を盲目にさせる。
     勝手に傷ついた友人(しかも男)の心境など、あの美少女が気にかけるわけもなかった。

    「死にたい……」

    「悪かったわよ……」

     妹もなんとなく俺の気持ちを察してくれているらしい。
     が、察されるのもなんだか悲しいところだ。

    「もう学校に行こう」

    「……ごめんなさい」

     素直に謝れるのが妹のいいところだが、あと一年もすればこいつも彼氏をつくってきゃっきゃうふふとしゃれ込むのだろう。
     
     暗澹とした気持ちのまま妹と別れて学校に向かった。

    9 = 1 :


     教室につくと、目の前にサラマンダーが現れた。

     当然、人で、あだ名だった。

     名前の由来を語ると長くなる。
     ある休日、友人たちで家に集まっていたときのこと。
     彼は昼食に「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」という名前のカップラーメンを買ってきて食べた(鍋なのにラーメン)。
     グロテスクですらある見た目に警戒した俺たちはサラマンダーに忠告した。

    「やめとけ、それは魔の食い物だ。人の食うものじゃない」

     でも奴は食った。向こう見ずだった。青春っぽい。当然、あまりの辛さに顔を真っ赤にして噴き出した。

     案外、由来を語っても短かった。それ以来彼はサラマンダーと呼ばれている。

     サラマンダーは長いし、ドラゴンでよくね? という俺の意見は却下された。面白くないかららしい。
     みんなサラマンダーと呼ぶ。いつのまにかクラス中に移った。正直呼びづらい。長いし。
     
     余談になるが「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」は生産中止になった。ありふれた話だ。

     サラマンダーは俺を見て不愉快そうに眉を寄せた。
     別に嫌われているわけではない。こういう顔をしているときは、サラマンダーが何かを話し始めるときだ。

    「聞いてくれよ」

     始まった。と同時に騒がしいはずの教室が鎮まりかえる。彼は期待を一身に受けて口を開いた。

    「俺は今日、なんかすげーえろい夢をみたんだ」

    「……あ、そう」

     どこかで何かがリンクしているようだった。静寂が途切れて、教室にざわつきが戻る。いつも通りか、と誰かが呟いた。

    10 = 1 :


    「テニス部のプレハブに忍び込んで持ち物をあさってると、あっさり女子に見つかって罵倒されまくるような夢だった」

    「……」

     なぜだか背筋が寒くなった。そんな夢を見た気がするが、覚えてないので仕方ない。

    「さいてー」
    「いやー」
    「きもちわるーい」

     女子から声があがった。でもこういうときに積極的に声をあげるのは、あまり容姿がよろしくない人たちだ。
     ごくまれに美少女もいた。歯に衣着せぬ物言いでちょっとした人気があるが、とにかく近寄りがたい。

    「すげーえろい夢だったんだが、内容を思い出せない。この気持ち、分かるか?」

    「悪いが分からない」

     名誉のためにそういうしかなかった。

     サラマンダーは肩を落として「そうか」と呟き、教室から出て行った。廊下を覗くと、幽鬼のようにふらふらと歩く後姿が見える。 
     くだらないことで落ち込む奴だ。が、実際俺も似たようなものだった。

    11 = 1 :


     自分の席まで行くと今度はマエストロが我が物顔で座っていた。
     
     体格のいい大男だが、運動部には所属していない。

     先輩の女子率が一番高いということでワープロ部に入った(キーボードをかちゃかちゃ鳴らす速度を競う部活動。大会がある)のだが、
     かっこいい先輩が部長をやっているため女子の熱のこもった視線はそちらへ向き、部内ではいじられキャラらしい。

     憐れな奴。ちなみに指が太い割りにキーボードさばきは的確で精確だ。

     マエストロのあだ名の由来にもいろいろある。

     簡単に言えばエロ関連の芸術家なのだった(ノートにえろ絵描いてる。女の子の目がでかい。うまい。えろい)。
     最近は男子全体の指揮者という意味も含んでいる。マエストロの信奉者がいる(ただのエロ絵乞食でもある)。
     
     とはいえ、クラスの男子全員が、女性の土踏まずにフェティッシュな愛着を持っているのは、彼の布教の賜物だった。

    12 = 1 :


     マエストロは俺の席に座って何かを読んでいた。

     何かというより薄い本だ。
     R-18だった。
     俺たちには過ぎたるものだった(年齢的に)。
     そんなこと言ったらフリーの催眠音声(セルフあり)も俺たちには過ぎたるものだが、そんなことは今は関係ない。

    「何やってんのマエストロ、人の机で」

    「お、ああ。おまえの机に入ってたこれ、ちょっと借りてるぜ」

    「あたかも俺のものみたいな言い方してんじゃねえよぶっ飛ばすぞ」

     思わず口調が荒くなった。マエストロの冗談は俺の心臓と評判に悪い影響を与える。
     エロ本も買ったことのない少年にはあまりに残酷な噂が立ちかねない。

     エロに興味があるのは当然だが、実際に手を出したことはなかった。
     さらにいえば、道端にエロ本が落ちてたとしても拾えない。
     チキンだから。

     コンビニでチキンを買えば共食いだ。
     ……馬鹿なことを考えた。

     ちなみにエロに関することはすべてネットで済ませる。便利な世の中。科学技術の進歩は常に人を孤独にする。情緒がない。

    13 = 1 :


    「マエストロ、その薄い本しまって。隣席の女子の目が鋭いから」

    「女子の目を気にしてるようではまだ若いな」

     おまえも十代だろ、というツッコミはかろうじて飲み込む。

     隣の席の真面目系女子がこちらを睨んでいる気がする。
     たまに宿題を見せてもらうので、悪い印象を与えることは可能な限り避けたい。
     それでなくても、

    「私、アンタみたいな不真面目な人って嫌いだから」

     とか

    「アンタ、『宿題見せて』以外に私に言うことないわけ?」

     とか、挙句の果てに、

    「ヘンタイ! 死ね!」

     とか言われてるのに。

     妄想の中だったら歓迎したいところだったが、普通に現実だった。

     しかも、今も睨まれている。
     なぜかマエストロではなく俺が。
     明らかに巻き込まれていた。

    14 = 1 :


    「マエストロ! 頼むから、俺の名誉のために!」

     必死に懇願する。俺はチキンだった。
     マエストロがぎらりと細い目を動かす。ガタイがいい割に、菩薩のような穏やかな顔をしている彼が、俺を威圧している。
     彼は謎の地雷を持っていて、そこを踏むとたまに暴走する。
     ちょうど今だ。
     
    「名誉のため? 違うだろ、はっきりいえよ。女子から冷たい目で見られるのが嫌だって! 俺はええかっこしいですって言えよ!
     ほら、大声で言ってみせろよ! そして自分がどれだけエゴとナルシズムに満ちた存在かをさらけだすがいい!」

     一瞬圧倒された。周囲が沈黙した。

    「……いや、おまえの行動と言動の方がエゴに満ちてるから」

     一瞬だけだった。でもナルシズムはちょっと図星かも知れない。ぶっちゃけよく見られたい。思春期だし。
     マエストロの信奉者が心配そうにこちらを眺めている。なぜ男にそんな目を向ける? 一種のホラーだ。

     俺が周囲に目を走らせていると、マエストロは表情をより険しくさせた。

    「黙れこのムッツリスケベがッ!」

     教室中に轟く大声で彼は叫んだ。
     注目されている。なぜかマエストロが激昂していた。
     クラス中の視線の中に「おまえが言うな」という心の声が含まれていたのは言うまでもないことだった。
     よくよく考えると彼はオープンな方なのだけれど、でもスケベには変わりない。

    「おまえのエロに対する執着心を数値化してクラス中の女子に見せてやりたい気分だ! 死ね!」

     なぜか死ねと仰られる。どうやら今日は虫の居所が悪いらしい。

    15 = 1 :


    「いいか、この際だからはっきり言ってやる」

     マエストロは言った。唐突だ。何かそんなにまずいことをしただろうかという気持ちになる。
     俺の苦悩をよそにマエストロは言葉を続けた。

    「このクラスで、童貞は」

     何か重大な発表がなされようとしていた。
     なぜ今のタイミングで童貞の話に? という疑問はたぶん解消されない。

    「サラマンダーと、俺と」

     なにやらカミングアウトしている。

    「――それから、おまえだけだ」

     ……巻き込まれてしまった。

    16 = 1 :


     一瞬遅れで、

    「……え、まじで?」

     俺は墓穴を掘った。

     空気が凍る。
     教室から音が消えた。
     サラマンダーの下手な口笛がどこかから聞こえる。
     今の発言は童貞だということを暴露したようなものだった。

     何かの視線に気付いて振り返ると、幼馴染が教室のうしろの扉から入ってきたところだった。
     彼女はあっけにとられたようにこちらを見ている。
     しばらく沈黙があった。その間中ずっと、幼馴染と俺は目を合わせたままだった。こんな状況でなければ喜ばしいことだ。
     彼女は静かに視線を落とし、照れくさそうに微笑したあと、言った。

    「……童貞、なの?」

     ちょっと戸惑ったような声だった。

     ――その瞬間、俺のあだ名はチェリーに決定した。

    17 = 1 :



     ――マエストロの虫の居所が悪かったのには理由があったらしい。

     なんでも、彼の信奉者であるオタメガネ三人組(鈴木・佐藤・木下)が、三人揃って童貞を卒業したというのだ。

     ……なぜ急に?

     鈴木曰く、

    「体育の授業で怪我をして保健室いったら、保健の赤嶺先生に……」

     メガネをはずすと可愛いね、って言われて喰われた。
     巨乳で地味系。童顔。野暮眼鏡。ロリコンにひそかな人気がある。羨ましくて憤死する。

     佐藤曰く、

    「ヒキコモリの従妹が数日間うちに泊まることになって……」

     親たちが出かけてる間に、合意の上で、好奇心に煽られてエロいことをし合った。した。
     年下。物静か。色白。生えてなかった。ぱんつはくまさんだった。ふざけんな。豆腐の角に頭ぶつけて死ね。

     そして木下曰く、

    「勉強のふりしてアレしてたら、義理の母親に……」

     甘やかされた。
     歳の差結婚で恐ろしく若い上、父親は死んでいて未亡人だった。いろいろやばい。まずい。そんな際どいことクラスメイトに言うな。

    18 = 1 :


     ――どこぞのエロゲーか。

     脳内ツッコミ。
     応える声はなかった。

     どう考えてもエロゲーだった。

    「保健の先生(巨乳)とか!」

     マエストロが吼える。丘の上の住宅街にある公園に、男三人の長い影が落ちていた。

    「ヒキコモリの従妹(色白・物静か)とか! 義理の母親(未亡人・いろいろ持て余す)とか!」

     力が篭っていた。

    「ふざけんなああああああああ――!!」

     魂の叫びだった。夕日に向かって、マエストロは泣いていた。思わず俺の目頭も熱くなる。

    「なんだそりゃあ! なんだそりゃあ! 馬鹿にしてんのかあああああああ――――!!」

    19 = 1 :


    「落ち着けマエストロ」

     サラマンダーが冷静に諌めた。彼はたまに冗談みたいなボケと失敗をかます以外、クールでイケメンなのだ。天然でエロ魔人だが。

    「で、それなんてエロゲ? 特に二番目について詳しく教えて欲しい」

     ――天然でエロ魔人だった。
     そして俺たちは十六歳(数え年)だ。

    「俺がゲームやってる間に! 絵描いてる間に! MAD動画作ってる間に! エロ小説書いてる間に!」 

     多才な奴だ。

    「アイツらがそんなことをしてたと思うと!」

    「思うと?」

    「死にてえ!」

    「ですよね」

     聞くまでもないことだった。

    20 = 1 :


    「反応鈍いぜ、チェリー」

     サラマンダーが気障っぽくいった。こんな気障な奴が「激辛キムチ鍋! ~辛さ億倍~」を食べて火を吐いたのだから思い出すだけで笑える。

    「チェリーって言うな」

     とはいえ、俺は俺で落ち込んでいた。

    『このクラスで童貞は、サラマンダーと、俺と、おまえだけだ』

     という言葉もそうだが、何よりショックだったのは、

    『……童貞、なの?』

     といったときの幼馴染の表情だった。
     
     普通に死ねる。
     なんか、経験済み的な微笑だった。先入観のせいかも知れない。

     男の子だもんね、的微笑だった。
     おとだも的微笑と名付けた。

     分かりにくいのですぐにやめた。

    21 = 1 :


     ……付き合ってれば、そりゃ、ね。
     あの先輩、悪い人じゃないし、ね。
     でもヘタレっぽいし、たぶん、積極的なのは、幼馴染の方、だよ、ね。

    『……童貞、なの?』

     あの微笑。……せつない。
     本番はともかく、ペッティングくらいならやってるかも知れぬ。

    「手でいいですか? ……とか言ってるんだろうか」

     ふと呟いた。

    「口でやってもらえる? って言われて、『……それは、ちょっと』って言ってたりしてな」

     サラマンダーが冷静に言った。

    「もう我慢できない! って跨ってたりしてな」

     マエストロが必中必殺魔法を使った。即死効果付だった。俺は死んだ。
     言葉にするだけで頭に光景が浮かぶ。鬱勃起しそうになる。
     自己嫌悪で死ねる。

    「現実でそんなのは……ないだろ」

     と言いたかったが、童貞なので分からない。

    22 = 1 :


    「……死にたい」

     言いながらジャングルジムに登る。丘から見下ろす住宅街のそこらじゅうに「済」のハンコが押されてる気がした。
     
    「現実なんて、クソばっかだ―――――ッ!!」

     青春っぽく叫んでみた。
     ……むなしかったのですぐにやめる。

     なんか童貞とか童貞じゃないとか以前に、幼馴染のあの表情だけで普通に死ねそうです。
     
    「この世こそが真の地獄であり、我々は永遠の業火によって罰を受け続けているのだ――ッ!!」

     グノーシスっぽいことを言ってみる。
     適当だった。


     その日はそのままふたりを別れた。


     家に帰ると妹が台所で料理していた。せつなくなって後ろから抱き締めた。
     照れられた。癒された。本気で嫌がられた。抵抗を黙殺した。殴られた。

    「次やったら晩御飯抜きだから」

     クールに宣言される。難しい天秤だった。

    23 = 1 :

    つづく

    24 :

    お前たかしだろ

    25 :

    なんだろうこれ

    26 :

    すごく期待

    27 :

    長いが読んでしまう

    ちゃんと完投する事を祈る

    29 :

    母親「魔法使い、なの?」俺「」

    30 = 29 :

    母親「魔法使い、なの?」俺「」

    32 = 29 :

    しまった…色々やっちまったww

    33 :

    期待しようじゃないか






    妹√に!!

    34 :

    ~だった が多いような気もするが話は普通に面白いな
    期待

    35 :

    何だこの胸の痛みは・・・・・・

    36 :


     翌日は授業に身が入らなかった。

     ずっと幼馴染のことを考えていて、気付けば、誰とも話さないまま昼休み。

    「俺……」

     ひょっとして幼馴染が好きだったんだろうか、とシリアスに悩む。
     悩んだあげく、いつまでも幼馴染のことばかり考えていても仕方ないという結論を出した。

     幼馴染に声をかける。 

    「おい!」

    「え?」

     きょとんとしている。
     おべんとをあけていた。
     ピンク色の巾着袋。
     乙女チック。ファンシー系女子(普通の女子がやっていたら寒いことをしてもかわいく見える人種)。
     
    「おまえのことなんて、もうしらねえからなッ!」

    「……あの、突然なに?」

     苦笑してる。

    37 = 36 :


     普段からマエストロやサラマンダーと一緒にいるせいで、周囲から「またあいつらか……」的な視線が送られていた。
     二人のせいで俺までエロ童貞三人衆に数えられている。
     なぜかしらないが俺にまで信者がいる。妄想に関しては随一だというくだらない噂が立っているらしい。
     ……冗談だと思いたかった。

     幼馴染はこちらを見ながら苦笑した。
     毒のない無垢な笑顔に癒されそうになって逆に深く傷つく。もう人の女だ。
     
    「おまえなんて、おまえなんて、サッカー部のなんかかっこいい先輩といい感じになってあげくのはてに卒業してからも一緒にいればいいんだ!」

    「……祝福されてるのかな?」

     照れ苦笑しておられる。微妙に困っていた。
     どことなく寂しさ漂う苦笑。
     俺の心境がそう見せているに違いない。

     ……自分がかわいそうになってくる。
     ふざけていたつもりが、声に出したら真剣につらくなった。

     というわけで、幼馴染のことは忘れることにする。
     さらば幼き日の約束。
     妙な達成感が胸に去来した。

    「おまえと結婚の約束をした記憶なんてないッ!」

    「私もないよ?」

     忘れ去られていた。


     ……死のう。

    38 = 36 :


     開放されている屋上に行くと女の子がいた。
     見なかったふりをして鉄扉の内側に戻ろうとする。

    「待って」

     しかし逃げられなかった。

     ロールプレイングゲームっぽいテロップが脳内に出る。
     戦闘BGM。敵性存在とのエンカウント。

    「ヤァ、コンニチワ」

     ナチュラルに挨拶をしようとしたら片言になった(ありがちだ)。俺はこの子が苦手なのだ。

    「何でカタコト?」

     普通に気付かれた。

    「実を言うとこのあたりに地球外の知的生命体の痕跡が……」

    「別にいいから、そういう冗談」

    「やは」

     ごまかし笑いが出た。

    39 = 36 :


    「何しに来たの?」

    「何しに、とは?」

    「お弁当、持ってないみたいだけど」

     何かを言いそびれたみたいな、困ったような声音だった。

     彼女はこの学校でも有名な一匹狼だ。ザ・ロンリーウルフ。
     でも別に凶暴ってわけじゃない。気付くといつもひとりでいる。
     多分ひとりが好きなんだろう。もしくは気楽なのかもしれない。

     俺はなぜか彼女に嫌われていた。
     その嫌われ具合は簡単に語れる。

     まず初対面が――

     曲がり角でぶつかる。彼女が突き飛ばされる。

    「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

    「い、たた」

     尻餅をついた彼女に、手を差し伸べる。紳士に。

    「大丈夫です。ありがとう――」

     いい雰囲気。彼女の手が俺の手と合わさる。

    「あ、パンツ見えてる」

    「――は?」

    「今日はラッキーデイ! 眼福!」

    「……」

     ――ごく普通の出会い方であるどころか、むしろ好印象ですらありそうなものだが、

    「……死ね」

     と暴言を吐かれた。

     深く傷ついた。

    40 = 36 :


    人に噛み付きたいお年頃なのだと納得し、その後もめげずに声をかけるようになった。

     あるときは階段の下から――

    「黄色!」

    「――ッ!!」

     あるときは廊下で転んだところに彼女が歩いてきて――

    「水玉! 青地に白!」

    「……」

     あるときは彼女とぶつかって転んだときに身体が絡み合い、体操服の隙間から――

    「白!」

    「……死ね」

     ということを何度か繰り返していたら、普通に嫌われた。よくよく思い返してみれば当然かもしれない。
     自己嫌悪。でも全部事故だ。実際に口に出したのは自分だけれど。

    41 = 36 :


    「あのさ」

     考え事をしていたらふたたび声をかけられる。

    「お弁当、どうしたのって聞いてるんだけど」

    「……ええと」

     教室に忘れてきた。妹の手作りだった。
     親が忙しいのでいつも妹が作っているのだが、美味い。常に食べきっている。
     昨日は食べられたか覚えていない。というか昨日の記憶がない。

     死にたくなってきた。

    「どうしたの?」

     なにやら(心配そうに)下から覗き込まれる。カッコ内はの妄想。

    「よせやい、照れるぜ」

     茶化す。

    「死ね」

     笑いながら死ねと仰られる。
     なんだか今日はご機嫌のようだ。

    42 = 36 :


     孤高のロンリーウルフである彼女は、通称を屋上さんという。
     なんか屋上にいるから、屋上さん。
     あだ名ばっかりの学校だ。
     名前を聞いても教えてくれないので、俺がつけた。

     髪型はポニーテール。この歳になるとなかなかお目にかかれない。
     陸上部に所属していて、いつもハードルを越えてる。すごい。やばい。足が速い。クラスが違うので詳しいことは知らない。

    「食べる?」

    「は?」

     何かを差し出される。
     コンビニのサンドウィッチだった。

    「……ミックスサンドだけど」

     まるでツナサンドじゃないことが申し訳ないみたいな言い方だった。

    「いいじゃんミックスサンド、好きだよ」

     思わずミックスサンドをフォローする。実際好きだ。ツナサンドも嫌いじゃない。

    「そう?」

     なぜか照れてるように見える。言うまでもなく妄想に違いない。

    43 = 36 :


    「ありがとう、もらうよ」

    「べ、別に。余ってたってだけだから」

    「ありがとう」

     なにやらツンデレっぽい発言だが、彼女が実際にツンデレだというわけではない。現実でそんなのいるわけない。
     実際、好かれるようなことはやっていないのだ。

     ――が、嫌いな人間にすらサンドウィッチを分けるこの優しさ。心に傷を負ったタイミングでこんなことをされれば、当然、

    「やばい、惚れる」

     となる。

    「は?」

    「つらいときのやさしさは身に沁みる。結婚しよう」

    「死ね」

     とたんに不機嫌になった。屋上さんは扱いが難しい。現実でも選択肢がでれば、間違ったほうは選ばないのに。

    44 = 36 :


    「なぁ、屋上さん」

    「なによ?」

    「エロゲの主人公ってさ、バッドエンドの後、どんなふうに過ごしてるのかなぁ」

    「……いや、知らないし。エロゲとか」

    「だよなぁ」

     現実は厳しい。

    「食べないの? それ」

    「食べる」

     もさもさとサンドウィッチを口にする。ぴりぴりとした味が舌に広がった。調味料がききすぎてる。

    「生きてんのつれー」

     屋上さんはどうでもよさそうにフェンスの向こうを眺めていた。

     その後屋上さんと恋について話をした。ちょっと思わせぶりに振舞うためだ。

    「屋上さん、好きな人いる?」

    「あんたには関係ないでしょ」

     あっさり切り伏せられた。

    45 = 36 :


     その後、理由なく保健室に向かった。保健の赤嶺先生はいなかった。ちょっと期待してたのに。

     教室に戻ると幼馴染が声をかけてきた。

    「どこいってたの?」

    「ナンパ」

    「そ、そうなんだ……」

     なぜだかショックを受けている。フラグかと思ってちょっと期待した。
     が、俺だって幼馴染が逆ナンしてたら普通にショックだ。
     深い意味がないだろうことに気付いて無意味に落ち込んだ。

     席について妹の弁当を食べた。
     美味かった。好きなおかずばかりだった。優しさと励ましが垣間見えた。
     あいつが何か困っていたら全力で助けようと涙ながらに誓った。

     でも冷食だった。そりゃそうだ。

    46 = 36 :


     気付けば午後の授業が終わってた。授業を聞いた記憶もない。当然、内容も何も覚えていなかった。

    「……期末、近いんだぜ」

     冗談めかして自分に言うと、声が震えていた。

    「どうしよう」

     周囲を見回すとサラマンダーもマエストロもいなかった。ぶっちゃけ二人以外仲のいい友人なんていない。

    「孤独だ……」

     世間の風にさらされる。
     人間なんてひとりぼっちだ。

     切なくなってドナドナを歌っていたら、うしろから声をかけられた。

    「チェリー」

    「チェリーっていうな」

     うちのクラスでのあだ名の普及率は一日で100%(担任含む)。

    「そんなに童貞がつらいか」

     女子だった。
     やたら下ネタ率が高い茶髪だ。
     化粧が濃い。睫毛の盛りがホラー的である。

     化粧を落とすと目がしょぼしょぼしてて眉毛がないに決まっている。
     でもいい身体をしていた。
     前にそれを言ったら数日間女子に無視された。
    「無視するなよう!」と駄々をこねたら「きもかわいー」って許してもらった。おかげで大事なものを失った気がする。全面的に俺が悪いが。

    47 = 36 :


    「童貞は関係ないです」

     冷静に言ったつもりだったが、現実には女子に下ネタ振られて童貞らしく動揺しているだけだ。 
     茶髪は俺の心の機微を意にも介さず話を続ける。

    「ヤらせてやろうか」

     情緒のない女だ。

    「ぜひ」

     でも童貞のセックスに情緒は必要ない。二秒で結論を出した。
     幼馴染が心配そうにこっちを見ていた。睨み返す。裏切りものめ、と視線に乗せて送った。
     幼馴染は見る見る落ち込んでいた。何やってんだ俺……。

    「何やってんだおまえ」

    「俺が知りたい」

     本当に。

    「まぁいいか。それで、いくら出す?」

    「いくら、と申されますと?」

     嫌な予感。

    「諭吉さん」

    「それ犯罪!」

    「愛があれば金の有無なんてちっぽけな問題だから」

    「……えー」

     ドン引いた。「金の有無」の意味が違うだろう。
     

    48 = 36 :


    「冗談だよ、冗談」

     煙草に酒に乱交までやってそうな茶髪が言うと冗談とは思えない。

    「まぁ、童貞だからってそんな気にするなよ、童貞。別に童貞だからって犯罪ってわけじゃないしな。だろ、童貞」

     茶髪が言うと、うしろで数人の女子がくすくす笑った。
     屈辱。でもなんだか興奮する。
     
     嘘だ。

    「かくいう私も処女だしな」

    「それも嘘だ」

     思わず反論してしまった。
     茶髪は気を悪くするでもなく気だるげに笑う。そのあたりが彼女の魅力だ。気だるげな、おとなのおねえさん的魅力。
     
    「まぁ、あんまり落ち込むなよ、おまえが落ち込むと、あれだ。どっかで悲しむ奴がいるかも知れない」

     茶髪になおと的な励ましをもらった。意外と神経質な性格だったりするのかも知れない。
     普通に元気付けられてしまった。

    「ありがとう茶髪、チロルチョコやるよ!」

    「いや、チュッパチャップスあるし」

     チロルチョコとチュッパチャップスの間にどのような互換性があるかは謎だが、どちらもチが二つ着いてる。
     略すとチチだった。

     チチ系フードと名づけた。

     すぐに飽きた。

    49 = 36 :


     チョコを食べながら部室へ向かう。ポケットにしまおうとした銀紙が廊下に落ちて、通りすがりの保健の赤嶺先生に叱られた。
     巨乳だった。

     わざとじゃないんです、と言った。
     そうなの? と聞かれた。
     そうなんです、先生と話がしたくてげへへへへ、と言った。
     あらそうなの、とさめた声で言われた。

     赤嶺先生の脳内評価では、俺は鈴木以下だった。鈴木がどうというのではないが、男として劣っていると言われたみたいで悔しかった。
     
     そのまま何事もなく先生と別れた。つくづく女性と縁がない。
     部室についてすぐ、そんな不満を部長に言うと、彼女は呆れたようにため息をついた。

    「あ、そうですか……」

     正真正銘呆れている。

     部長は三年で、今年で文芸部も引退。それを思うと少し切ない。

     文芸部は部員数が二十数人の人気文化部で、基本的には茶飲み部だ。部室は第二理科実験室。
     女子数はワープロ部に負けず劣らず多いが、男子率も比較的高い。
     
     普段はお菓子を食べながら好き放題騒ぎまくり、年に一度の文化祭に文集を制作、展示する。

     ちなみに、今年度の文集での俺の作品は「きつねのでんわボックス」の感想文だと既に決まっていた。顧問と部長に許可は取った。呆れられた。

    50 = 36 :


    「大変ですね」

     部長は会話が終わるのを怖がるみたいに言葉を続けた。ちょっと幼い印象のする容姿の彼女は、面倒ごとを押し付けられやすい体質。
     お祭り騒ぎが好きで面倒ごとが嫌いな文芸部の先輩がたは、お菓子を食べながらがやがや騒いでいる。
     ちょっと内気そうな彼女が、パワフルな先輩たちに面倒な仕事を押し付けられたであろうことは想像にかたくない。

     それを想像するとちょっと鬱になるので、部長が大の文芸好きで、文に関しては並ぶものがいないから部長になったのだという脳内エピソードまで作った。

     すごくむなしい。一人遊戯王並にむなしい。

    「部長、どうしたら女の人と付き合えますか?」

     せっかくなので聞いてみる。部長は困ったように眉間を寄せて考える仕草をした。

    「告白、とかどうです?」

     清純な答えに圧倒された。同時に正論だった。

    「部長、気付いたんですけど俺、好きな人いませんでした」

    「どうして彼女が欲しいんですか?」

     部長が心底不思議そうに首をかしげる。ぶっちゃけエロいことするためだが、そんなこと部長にいえるわけがない。

    「愛のため?」

     適当なことを言った。言ってからたいして間違ってないことに気付く。

    「素敵ですね」

     案外ウケがよかった。

     その日の部活はつつがなく終わった。


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