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    元スレ幼馴染「……童貞、なの?」 男「」.

    SS+覧 / PC版 /
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    みんなの評価 : ★★★×4
    タグ : - ほのぼの + - 幼馴染 + - 童貞 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    51 = 36 :


     家につくと妹が料理していた。
     後ろから抱きしめた。もがかれた。そのうち大人しくなった。十分間じっとしていた。お互いの息遣いと時計の針の音だけが聞こえる。
     背の低い妹の肩は俺の胸元にすっぽり収まる。妹のつむじに鼻先を寄せて触れさせた。息を吸い込むとシャンプーのいい匂いがする。
     妹の肩が抵抗するみたいにびくりと震えた。それもすぐに収まる。目の前に妹の黒い髪が艶めいていた。

     腕の力を強めると妹は足の力を少し抜いたみたいだった。自分の息遣いがいやに大きく聞こえる。
     身体を密着させると妹の身体の細さと小ささがはっきりと分かった。服越しに感じるぬくもりに、なぜだか強く心を揺さぶられる。

     目を瞑ると深い安心があった。腕の感触と鼻腔をくすぐる香りに集中する。妹の身体に触れている部分が、じわじわと熱を持ち始めた。
     それと同時に焦燥のような感情が生まれる。罪悪感かも知れない。
     
     俺は何をやってるのだろうと、ふと思った。 

     冗談のつもりが、思いのほか抵抗がなかった。
     なぜか心臓がばくばくしていた。妹相手なのに。顔も熱い。

     危ない雰囲気。これ以上はまずいだろうと思ってこちらから拘束を解除した。
     俺を振り向いた妹の顔は、暑さのせいか少し赤らんで見えた。瞳が少し潤んでいるようにも見えた。多分それは錯覚。

     直後、彼女が右手に包丁を握ったままだったことに気付いてさまざまな意味で戦慄した。
     危ねえ。やばそうだと思ったら放せ。俺が言えたことじゃない。

    「晩御飯抜き」

     クールに言われる。後悔はない。
     実際には既に準備をはじめていたらしく、食卓には俺の分の食器も並べられていた。

    「愛してる」

    「私も」

     愛を語り合った。妹は棒読みだった。

    52 = 36 :


     夕飯のあと、部屋に戻ると幼馴染の顔が頭を過ぎった。

    「やは」

     ごまかし笑いが出た。
     
     せっかくなので幼馴染がサッカー部のなんだかかっこいい先輩と別れて俺と付き合うことになる妄想をしてみた。
     亡き女を想う、と書いて妄想。

     なかなか上手く想像できず、妄想は途中で舞台設定を変えた。俺が延々「一回だけでいいから!」とエロいことを要求している妄想だ。

    「じゃあ、一回……だけだよ?」

     仕方なさそうに幼馴染が言う。よし、押して押して押し捲れば人生どうにでもなる。
     幼馴染はじらすような緩慢な動きで衣服のボタンをひとつひとつはずしていった。指定シャツの前ボタンをはずし終える。
     彼女はそれを脱ぎ切るより先にスカートのジッパーを下ろした。
     できればスカートは履いたまま、上半身だけ裸なのが理想だったが、そんな男の妄想が女に通用するわけもなかった。
     下着だけの姿になった幼馴染が俺の前に立つ。明らかに育っていた。子供の頃とは違う。女の身体だった。

    「……ねえ、あの、あんまり、見ないでほしい」

     顔を真っ赤にして呟く。俺は痛いほど勃起していた。
     彼女は俺がひどく緊張していることに気付くと、蟲惑的な、からかうような、見下すような微笑をたたえる。
     ベッドに仰向けになった俺に、彼女が覆いかぶさった。主導権が握られたことは明白だ。

    53 = 36 :


    「心配、ないから。ぜんぶまかせて……」

     俺は身動きも取れないまま幼馴染のされるがままになる。気付けば上半身はすべて脱がされていた。
     体重が後ろ手にかかっている上に、シャツが手首のところまでしか脱げていないので、手が動かせなくなった。
     彼女は淫靡な手つきで俺の身体に指先を這わせた。彼女に触れられたところがじんじんとした熱を持つ。
     それは首筋、胸元、わき腹、臍を静かに通過して下半身へと至った。
     一連の行為ですっかり反応した俺の下半身に、ズボンの上から彼女の指が触れる。びくびくと中のものが跳ねた。

     圧倒的だった。

     圧倒的、淫靡だった。

     ズボンの留め具がはずされ、制服のチャックが下ろされていく。途方もなく長い時間そうされている気がした。
     その間ずっと、俺は幼馴染の熱い吐息に耳を撫でられ続けているような気分だった。

     見られる、と思うと、とたんに抵抗したい気持ちになった。それなのになぜか、早く脱がしきって欲しいとも思っていた。
     少女に脱がされるという倒錯的な感覚も相まって、頭がぼんやりして息苦しくなるほど快感が高まっていく。
     胸の内側で心臓が強く脈動している。破裂する、と比喩じゃなく思った。

    「あはっ……」

     ズボンが太腿のあたりまで下ろされると、トランクスの中で脈打つ性器の形が幼馴染に観察されるような錯覚がした。

    54 = 36 :


    「脱がすよ……?」

     答える暇もなく、彼女は手を動かす。脱がされるとき、彼女の指先が皮膚をなぞって、そのたびゾクゾクとした快感を身体に残した。
     貧血になりそうなほど、血液が下半身に集中している。

    「……かわいい、ね」

     ――何かが決定的に間違っていた。
     でも勃起していた。勃起しているんだから、まぁ、間違っていようとしかたない。

     幼馴染の視線をなぞって、ようやく違和感の正体に気付いた。

     妄想の中の例のアレは、なぜだか包茎だった。
     しかも早漏であろうことがすぐに分かった。
     
     でもよくよく考えたら現実でも早漏だった。
     ので、変なのは包茎だけだ。

     幼馴染は俺の腰のあたりに顔を近付けて、じろじろと観察した。
     あまつさえくんくん臭いまで嗅いでいた。

    55 = 36 :


    「へんなかたち。先輩のとちがう……」

     先輩は剥けてるらしい。
     知りたくない情報だった。

     寝取ってるはずなのに寝取られてる感じがする。

    「ね、なんでこんなに皮があまってるの?」

     無垢っぽく訊きながら、彼女が人差し指でつんつん突付く。思わずあうあうよがる。

    「変な声だしてる。かわいい」

     言いながらも彼女は手を止めない。

    「ね、なんか出てきてるよ?」

     彼女の言葉にどんどんと性感を刺激される。
     ソフトながらも言葉責めだった。

     まさか先輩がソフトエムなのではなかろうな、と邪推する。

    「きもちいーんだ?」

     照れた顔で微笑んで、手を筒状に丸めアレをゆっくりと焦らすように擦る。

    「やば、い……って!」

     すぐ限界がきそうになる。ゆっくりなのに。
     童貞早漏の面目躍如だ。ぜんぜん誇らしくない。

    56 = 36 :


    「すぐ出しちゃうのは、もったいないよね」

     幼馴染は手を止めて荒い息をする俺の表情を見て、恍惚とした表情を浮かべた。今の彼女はメスの顔をしている。

    「ね。……入れたい?」

     熱っぽい顔で幼馴染が言う。意識が飛びそうだった。答えは決まっていたが、俺は息を整えるのに必死で何も言えなかった。

    「黙ってちゃ分からないよ?」

     どう考えても黙ってても分かっていた。いつの間にこんな魔法を覚えやがったのか。
     砂場の泥で顔を汚していた幼馴染はどこへ言ったのだろう。
     俺が少ない小遣いで買ってあげた安っぽい玩具の指輪はどうしたのだろう。
     いつの間に――こんなに歳をとったのだろう。 

    「……あんまりいじめるのもかわいそうだし、ね」

     彼女は下着をはずし、俺の下半身に腰を近付けた。体温が触れ合う。奇妙な感じがした。でも不満はなかった。
     しいていうなら、おっぱいさわってねーや、と思った。腕が動かないので触れない。
     仕方ないのでじっと見つめていると、しょうがないなぁ、と言うみたいに、彼女が俺の頭を抱え込んで胸元に招きよせた。
     いい匂いがした。近くで見ると彼女の肌は精巧な硝子細工みたいになめらかで綺麗だった。何のくすみもない。恐ろしく美しかった。
     でも、体勢がつらそうだな、と思った。

    57 = 36 :


    「じゃあ、いくよ?」

     いよいよだ。やっと……遂に……俺も、童貞じゃなくなるんだ。
     さらば青春。美しかった日々。さようならサラマンダー。さようならマエストロ。俺は一足先に大人の階段を登る。
     そして、今までつらい思いをさせてきて悪かったな、相棒。

     なあに、たいしたことじゃないさ、と相棒が彼女のお尻の下で応えた。
     彼女がゆっくりと腰を下ろしていく。足を両脇に開いた姿がよく見えて、その姿だけで俺は一生オカズに困らない気がした。

     そんなことを思っていたら、もうすぐ秘部同士が触れ合いそうだった。何か、余韻のようなものがあった。
     これで、俺の人生はひとつの区切りを迎えるのだ。そう考えると、不意に何かを遣り残しているような気分になった。
     
     喪失の気配。もうすぐ何かを失うような、そんな気配。

     本当に良いのか? と頭の中で誰かが言った。
     幼馴染とこんなふうにして。何もかもうやむやなまま。彼女には恋人がいて、でも俺は童貞だった。
     童貞だから仕方ない、と誰かが言った。まぁ、そんなものかもしれないな。童貞だし。

     なんだかとても、悲しかった。

    58 = 36 :


     ――そのとき、不意に後ろから声がした。

    「……おい、時間だ。そろそろ起きろよ、相棒」

     下の方の相棒じゃなかった。

     どう考えてもなおと(目覚まし)の声だった。

     ――やっぱり邪魔しやがったか。

     そこで俺の妄想は途切れた。

    59 = 36 :


    「なおとおおおおおおお――――!!!」

     我に返った俺はひとまずなおとに対して攻撃を放った。
     
    「右ストレート! 右ストレート!」

     技名だ。内容的には左フックだった。

    「あとちょっとで! あとちょっとで!」

     たぶん俺は一生なおとを恨むに違いない。他方、感謝もしていた。あのまま妄想が続いていたら後悔していただろう。
     幼馴染を妄想の中で慰み者にするなんて、男の風上に置けない。童貞の風上には置ける。

     その後、部屋の隅でインテリアとなっていたアコースティックギターを抱えて「悲しくてやりきれない」を弾き語った。
     
     空しさだけが残った。

     アウトロに入った頃、妹が部屋のドアを開けた。

    「お風呂入らないの?」

    「一緒に?」

    「入りたいの?」

    「入りたいよ?」

     兄として当然の答えだった。それに対する返事もまた、

    「ありえないから」

     妹として当然の答えだった。

     風呂に入った後、布団に潜り込んだ。ちょっと涙が出た。もう幼馴染なんて知らない。
     さっきの妄想を思い出すと勃起した。死にたい。

    60 = 36 :


     寝付けなかったので深夜二時に台所にいって冷蔵庫の中の麦茶を飲んだ。作ったのは妹。
     幼馴染がハイスペックなように、うちの妹もハイスペックだ。

     そんな妹も、いずれは他の男の女になる。

     むなしい。
     目にいれても痛くないのに。
     せめて悪い虫がつかないでくれと祈るばかりだ。

     麦茶を一杯飲むと妙に頭が冴えた。

     コップの中身を飲み干してから溜息をつく。

    「……彼女、欲しいなぁ」

     むなしさばかりの夜。
     
     五分後、布団にくるまってゆっくり眠った。

    61 = 36 :


     その日、変な夢を見た。

     夢の中ではなおと(目覚まし)が擬人化していた。

    「なぁ、なおと……どうやったら、童貞卒業できるのかな」

     真剣な悩みだった。
     なおとはダンディに答える。

    「……恋、しちゃえばええんちゃう?」

     夢の中のなおとはエセ関西弁だった。

    「っていっても……好きな人とか、いないし」

    「ちょっと気になる子とか、おらんのん?」

     本当にこれ関西弁か? と疑問に思った。

    「気になる子……」

     俺は仲の良い何人かの女子の顔を思い浮かべた。

     幼馴染(彼氏持ち)。屋上さん(嫌われている)。茶髪(化粧すごい)。部長(距離がある)。妹(血縁)。

    「いや、妹はナシだろう」

     自己ツッコミ。

    62 = 36 :


    「それをナシにしても障害ありすぎだろ……」

    「たとえば?」

     なおとは標準語のイントネーションで訊ねた。

    「彼氏とか、嫌われてたりとか、ろくに話したことなかったりとか……」

     目覚まし時計が呆れたように溜息を吐く。

    「なんだよ?」

     ちょっと不服に思って問い返すと、なおとは静かに答えた。

    「障害くらい、なんだっていうんだ。ちょっとくらいの壁、乗り越えろ。男だろ」

     ダンディだった。
     こんな男になりたい、と真剣に思った。
     目覚まし時計に諭されてるあたり、自分が本気で情けなくなる。

    「恋人がいるくらいなんだ! 本気で好きなら寝取れ! 『遠くから彼女の幸せを祈ってる』なんて馬鹿な言い訳はやめろ!
     好きでもない男に幸せを祈られてるとか女からしたら気持ち悪いだけだ! 好きなら彼氏がいようと直球でいけ!
    『彼女が幸せならそれでいい』とかな、自分に酔ってるだけ! 気持ち悪いんだよ!
     女なんてラーメン屋と一緒だ! いい店なら客がいて当たり前なんだよ! 彼氏のいないイイ女なんているわけねえだろ!
     分かったら電話をかけろ! 話しかけろ! 家まで押しかけろ! しつこく声をかけ続けろ! 嫌になるまで諦めるな!」

    「……なおと」

     最初の方には感銘を受けかけたが、最後の方は普通にストーカー理論だった。
     あと途中でうちの妹さまに対する悪口が聞こえた気がする。
     あえて彼氏を作らない、そんないい女だっていると思います。

    63 = 36 :


    「ろくに話したことがない!? だったら話しかければいいだろうが! 仲良くなればいいだろうが! 自分の臆病を棚にあげて何が障害だ!
     おまえが少し勇気を出せば変わる問題じゃねえかよ! 嫌われたくない? 馬鹿にすんな! 相手にされないくらいなら嫌われた方がマシだ!
     嫌われたらなんだよ! 嫌われたらおまえは生きていけないのか? 人間なんて生きてれば理由があろうとなかろうと嫌われるもんなんだよ!
     話しかけられないなんていう臆病な言い訳は実際に嫌われてから言え!」

    「いや、実際に嫌われてたりするんだけど」

     屋上さんとか隣席の眼鏡っ子を思い出す。
     どう考えても嫌われていた。

    「おまえはその子の心が読めたりするのか?」

    「え?」

    「あのな、自分が好かれていると思うのが勘違いなように、自分が嫌われていると感じるのも思い込みなんだよ」

    「そんなこと言われても……」

     実際に言われたわけだし。

    「素直になれないだけかもしんないじゃん! ツンデレかもしんないじゃん! 勝手に判断すんなよ!『俺のこと嫌い?』って真顔で聞いてみろよ!」

    「できるかそんなこと!」

    「このヘタレめ!」

     もう意味が分からなかった。
     面倒になったので右ストレートを発動してなおとを黙らせた。

    66 :

    素晴らしい

    67 :

    SSっていうか始まり方がラノベ

    68 :

    なんというか、主人公補正を持ち合わせていないハーレム系ラノベの主人公って、
    こんな哀れな人生を送ることになるんだな…南無

    69 :

    おもするん

    70 :

    これいいな

    71 = 35 :

    意外と男がモテてる件について

    72 :

    すごくおもしろい

    73 :

    なんか、愛すべき主人公だな

    74 :


     翌朝、夢から覚めたときには、前日の憂鬱も忘れていた。

    「お兄ちゃん、起きて」

     時々兄に対して絶対零度の視線を向ける妹ではあったが、基本的に兄に対する呼称は「お兄ちゃん」だった。
     いい妹なのだ。ときどき起こしに来る。そうして欲しくて、わざと起きていかないこともある。
     見抜かれて放置される。遅刻する。
     しかし、今日は目覚ましが鳴った記憶がなかった。
     
    「……なおとは?」

    「自分で止めたんでしょ」

     妹の視線の先でなおとが物寂しげに床に転がっていた。

    「悪かったよ、なおと……」

    「目覚ましに話しかけないでよ……」

     妹さまの呆れ声から、一日がはじまった。

    75 = 74 :


     MP3プレイヤーで「人として軸がぶれている」を聴きながら登校する。

     二番目のサビに入ったところで夢の中の出来事を思い出した。
     しょうがない。恋をしよう。新しい何かを始めてみよう。

     サビを聴いてテンションがあがった。何かを変えようとするにはちょうどいい。イヤホンをはずした。
     学校につき、教室に入ると同時に両手を挙げて叫ぶ。

    「ハローワールド!」

     教室を間違えていた。違うクラスだった。
     なんだこの人、という視線が突き刺さる。
     明らかに頭がアレな人だと思われていた。

     なぜ夏にもなって教室を間違えるのか、疑問だ。

     ちゃんと自分の教室にたどり着くと、今日もマエストロが俺の席で薄い本を読んでいた。

     なんだかんだでマエストロとサラマンダーの二人とは三年以上の付き合いになる。
     そう考える感慨深いものがあった。でも三人とも童貞。

    77 = 74 :


     授業前のホームルームで担任のちびっ子先生が言った。

    「持ち物検査をします」

     うちの妹と同じくらいちっこい先生は、いわゆるロリババア。
     ツンデレくらいありえない存在だが、いるものは仕方ない。
     
     歳を重ねた分だけ世間擦れはしていた。
     口がめちゃくちゃ悪い。息がコーヒー臭い。酒が好き。
     やはり現実だった。

     教壇の上でだるそうに溜息をつく担任に、サラマンダーが冷静に訊ねる。

    「なんで?」

     先生は答えるのも面倒とでもいうみたいに眉間に皺を寄せてから、しっかりと理由を話した。基本的に話の通じる教師だ。

    「なんかね、煙草吸ってたんだって。あんたらの先輩。あの、四階の、あんま使われてないトイレあるでしょ。あそこで」

     とばっちりだった。見つからないようにやって欲しい。

    78 = 74 :


    「私は煙草くらいいいと思うんだけどね。むしろ年寄りとか積極的に吸えよ。長生きしてどうすんだ」

     ありがたい訓辞だった。基本的に話は通じるが、少し人の都合を省みないところがある。
     でもまぁ、みんなそんなもんだな、と思い返して納得した。

    「どこもかしこも嫌煙ムードでさ。やんなっちゃうよ。副流煙がどうとかさ、どう考えても言いがかりじゃん。ふざけんなっつう。
     どこ行っても肩身狭くて。値上がりまでするし。金払ってるっつーの。税金払ってるっつーの。権利あるっつーの。健康そんなに大事か?
     パチンコのCMですら煙草ダメみたいなのやってるじゃん。なんなのアレ? それ以前にそもそもあそこは不潔だろうが。システムからして」

     一方的な言い草だったが、正直そのあたりのことはよく知らない。先生がそこまで煙草にこだわる理由も分からなかった。

    「んなわけで。持ち物検査します」

     職権濫用だった。
     たぶんPTAに訴えれば責任問題にできる。モンスタースチューデント。世間は世知辛い方向へと進歩していく。

     とはいえ、拒否するのはやましいものがある奴だけだ。



    79 = 74 :


    「おいチェリー」

    「チェリーって呼ばないでください」

    「悪かった。チェリー、おまえこれどうした」

     好きなヒロインがスカートを翻してぱんつをこちらにみせつけていた。

     圧倒的ピンチ。
     サラマンダーが声を出さず笑っている。
     マエストロが俺から目をそらした。
     幼馴染が怪訝そうにこちらを見ている。
     茶髪が斜め後ろで興味なさそうに頬杖をついていた。

     困った。

    「実は、マエストロに預かってくれと頼まれて……」

     俺は友人を売ることにした。既に支払った小遣いは痛かったが、マエストロに責任を押し付けられる。犠牲は多いが勝利は近かった。

    「ホントか?」

    「いや、俺そんなことしてないっす」

    「してないそうだが」

     マエストロがあまりに冷静に言ったので俺が嘘をついたような雰囲気になった。
     ていうか実際嘘だった。圧倒的不利に陥る。

    80 = 74 :


    「実はそれ、プレゼントなんです」

    「へえ。誰への?」

    「入院してる親戚がいるんです。そいつ、思春期なのにろくにエロ本も読んだことなくて……思わず憐れに思って、読ませてやろうと。今日の帰り病院に寄る予定だったんです」

     適当なことを言った。

    「そりゃいいことだな」

     ちびっ子先生が感心している。茶髪がニヤニヤしていた。幼馴染が何かに気付いたみたいにさっと視線を下ろした。

    「でも、おまえが持っていいもんじゃないから」

     煙草には寛容なちびっ子先生は、エロには寛容ではなかった。

    「あとで職員室に取りに来い。な? 今なら父ちゃんのエロ本を間違えて持ってきたことにしといてやろう」

    「すみません。それ父ちゃんのエロ本でした」

     俺は父を売った。
     茶髪とサラマンダーがこらえきれず笑い始めていた。

    「おまえの父ちゃん……こんなの読むのか」

     先生が心底同情するように言った。三者面談は母に来てもらおう。

    81 = 74 :

     ちびっ子は俺の席を離れて次々と他の人間の持ち物を確認していった。

     やがて彼女はひとりの男子の席で足を止めた。

    「……なんでライター?」

    「ゲーセンの景品で取ったんです」

     キンピラくんだった。

     茶髪ピアスの痩身イケメンで、微妙に不良っぽい雰囲気がある。
     彼のあだ名の由来はサラマンダーだった。

     初めて彼と接したとき、

    「うぜえ、近寄んじゃねえよ」

     と冷たくあしらわれて、その態度の悪さからサラマンダーが、

    「ああいうのなんていうんだっけ? キンピラ?」

     と言い間違えたのが由来となった。

     多分チンピラと言い間違えたのだと思うが、さらに正確にはヤンキーと言いたかったに違いない。ありがちだ。

     キンピラくんはさして居心地悪そうでもなく、ライターを持ってることを悪いとは思っていないみたいだった。
     というか、ライター持ってるくらい別に悪くない気もする。

    82 = 74 :


    「煙草吸うの?」

    「吸わねえっす」

     キンピラくんは基本的に正直者だ。

    「ホントに? なんでライター持ってんの?」

     彼は小さく舌打ちをした。

    「今舌打ちしたね?」

    「してねえっす」

    「しただろ」

    「してねえって」

    「したって言えよ」

    「しました」

     キンピラくんは基本的に正直者だ。

    83 = 74 :


    「で、煙草吸うの?」

    「吸わないっす」

    「吸ったんだろ? 正直に言えよ。私も隠れて吸ってたよ。授業サボって屋上で吸ってたよ」

     学生時代から今のままの性格をしていたらしかった。

    「吸ってねえんだって」

    「嘘つけよ。じゃあ何でライター持ってるんだよ」

    「……」

    「何とか言えよ」

     先生の言葉には困ったような響きが篭っていた。

    「……ぶっちゃけ」

     キンピラくんは静かに話し始めた。

    「金属性のオイルライターってなんかいいかな、って思って……」

     クラス中が静寂に包まれた。

    「……煙草は吸わないのね?」

    「はい。吸わないです」

     彼は基本的に正直者だ。
     そんなふうに持ち物検査は終わった。

    84 = 74 :


     昼休みに屋上に行く。 
     あたりまえのような顔をして屋上さんがコーヒー牛乳を啜っていた。

     場所を変えようかと思ったが、どうせいるかも知れないことを承知できたのだ。こちらが変えてやる理由もない。
     俺は彼女が苦手だが、彼女と話すのは嫌いではなかった。

    「また来たんだ」

     屋上さんは困ったような顔をして俺を迎えた。強く拒絶されることはない。
     最初の頃は来るだけでも冷たい視線を向けられたが、今となっては彼女の方もだいぶ慣れたらしかった。

     屋上さんに近付く。

    「人、多いね」

     普段はろくに人がいないのに、今日は屋上で食事を摂る人間が多いようだった。

    「たまにある。こういうことも」

     屋上さんは周囲を気にするでもなく言う。人ごみの中にあっても、彼女が孤高であるということは揺るがない。
     彼女がひとりでいることと、周囲に人間がいることは無関係なのだ。

    85 = 74 :


    「このくらい騒がしい方、逆に落ち着くでしょ」

     そうだろうか。俺は人が多すぎると落ち着かない。

    「で、なんで私の隣に座るわけ?」

    「一緒にお昼食べようと思って」

    「……まぁ、いいけどさ」

     最初の頃と比べれば格段の進歩と言える。
     とはいえ彼女が不躾なほど威圧的な視線を見せることはまだある。

     俺が何か言わなくていいことを言ったときとか、何か気に入らないことがあったときとか、あるいは理由なんて想像もできないこともある。
     いずれにせよ屋上さんは俺に対してなんら執着を持つことがないようだった。
     いたらいたでいいし、いないならいないでいい。どちらでもかまわない。不快になってもまあ仕方ない、という考えでいるようだった。

    「今日はおべんとあるんだ」

     屋上さんが静かに言う。甘ったるそうな菓子パンをかじりながら、彼女はフェンスの向こうを眺めていた。サンドウィッチじゃないんだ。

    「忘れてこなかったから」

     包みを開けて食事をはじめる。屋上さんはそれに目もくれず一心にフェンスの向こうを睨んでいた。

    86 = 74 :


    「何かあるの?」

    「何が?」

    「フェンスの向こう」

    「ツバメが飛んでる」

    「ツバメ」

     正直、空を飛んでいる鳥なんて鴉もツバメも同じに見える。

    「ツバメは空を飛べていいなぁ」

     屋上さんがぼんやり言う。
     何かを言おうとしてから、何をどういうべきかを考えたけれど、今のタイミングで絶対に言わなければならない言葉なんてないように思えた。

     とりあえず適当なことを言ってみた。

    「人間だって飛べるでしょう」

    「飛行機で?」

    「ヘリコプターとかね」

     屋上さんがくすくす笑う。何がおかしかったのかはまるで分からない。
     彼女の笑い声に呼応するみたいに、少し強い風が屋上を吹きぬけた。髪がなびく。

    87 = 74 :


    「屋上さん」

    「なに?」

    「立ってるとパンツ見えそう」

    「見えないから大丈夫」

    「ねえ。スカートの下にハーフパンツとか履けば見えないよね。実は見て欲しいとか?」

    「いっぺん死ね」

    「屋上さん、俺のこと嫌い?」

     なおとに言われたことを実践してみた。口に出してから、少し卑怯だったかもしれないと思う。

     屋上さんは少し困ったような顔をしてから、ためらいがちに口を開いた。

    「別に嫌いじゃないけど、セクハラはうざい」

     案外、悪印象はなかったようだ。
     今後セクハラしないように気をつけよう、と思った。

    「あ、今パンツ見えた」

    「いっぺん死ね」

     本能はいつだって俺の身体を支配してしまう。
     屋上さんと和やかな昼を過ごした。

    88 = 74 :


     放課後、部室に向かう途中で部長と遭遇した。
     
     部長とどうでもいい話をしながら部室へ向かう。

    「部長は、進学ですか? 就職ですか?」

    「進学です」

    「大学ですか」

    「大学です」

    「なんていうか、進路の話をしてると、怖くなってくるんですよね。焦燥感?」

    「分かります」

    「たとえば、中三の夏休みくらいから、模試とか夏季講習とか受ける奴増えるじゃないですか」

    「増えますね」

    89 = 74 :


    「で、ずっと成績で負けたことなかった奴相手に、休み明けのテストでめちゃくちゃ引き離されたりして」

    「そうなんですか?」

    「そうなんです。夏休み中遊び倒してたから。あのときくらいの焦燥感ですね、進路の話をするときの心境っていうのは」

    「よく分かりません」

     部長は真面目で堅実な中学時代を過ごしたのだろう。

    「あとは、そうだな。将来のこと何も考えてなさそうな奴が、「建築関係の仕事につきたい」って立派な希望を持ってるって知ったときとか」

     サラマンダーがそう語ったとき、盛り上がるマエストロを横目に、俺はひとり硬直していた。

    「あ、こいつもこんなこと考えてたんだ、っていう。俺なんも考えてないし、何もないや、っていう。分かります?」

    「……分かる気がします」

    「なんというか、置いてけぼりにされてく気分。こういうの、心細さっていうんですかね?」

     どうでもいい話はそこで途切れた。沈黙が徐々に空気を凍らせていった。
     部長は、部室につくまでずっと黙ったままだった。

    90 :

    キンピラくんワロス

    91 = 74 :


     部活を終えて家に帰ると、台所で妹が立ち尽くしていた。

    「どうした?」

     良い兄っぽく訊ねる。

    「……ご飯炊き忘れてた」

     数秒声が出なかった。天変地異の前触れか。

    「ごめんなさい」

     しゅんと落ち込んだ妹に、罪悪感がこみ上げてくる。
     実際、家事を全面的に押し付けていたわけだし、今までミスがなかった方が不思議だったのだ。
     少しの失敗くらい誰でもする。主婦でもする。中学生で家事をこなせるだけでもすごいのに、完璧まで目指さなくてもいいのに。
     だのに、ちょっとのミスで妹はひどく落ち込む。 
     
     妹は落ち着かなさそうに自分のうなじを撫でながら目を伏せていた。

    92 = 74 :


    「今日は外食にするか」

     誰でも思いつきそうな解決案を口にする。
     妹の顔は晴れなかった。

    「俺が奢るから」

    「ほんと?」

     冗談のつもりで言ったが、思ったとおりの答えは帰ってこなかった。

    「むしろ、妹に払わせるつもりだったの?」

     ……という感じの答えを期待していたのだが。

     たったひとつのミスが、妹には致命的なダメージを与えるらしい。
     そんなに完璧を目指さなくてもいいのに。

     気負いすぎるのがうちの妹のダメな部分だ。
     それはいいところとも言えるのだけれど。

     兄としてはもうちょっと甘えて欲しいし、あんまり思いつめすぎないで欲しいし、たまには逆ギレしてもいいのに、と思う。

    「ファミレスでいいか?」

     一番近場だし、という言葉はかろうじて飲み込む。安いし近いしそこそこ美味い。
     妹は小さく頷いた。

    93 = 74 :


     玄関を出て、二人肩を並べて歩く。まだ少し早い時間だが、あのまま家にいても落ち着かないだろう。
     なんだかアンニュイな雰囲気。

     歩きながら妹は、気のせいかと聞き逃しそうになるほど小さな声で謝った。
     何を謝ることがあるんだと言ってやりたかったが、そんなことを言っても妹は喜ばないし、いつもの調子を取り戻さないだろう。
     いいよ、と軽く答えた。なんとなく、自分の態度に苛立つ。何をえらそうにやってるんだ。おまえが家事をやれ。
     
     なんだって、わざわざ家事を引き受けてくれている妹がダメージを食らうことがあるのか。

     俺の態度が悪いのかも知れないな、とふと思った。
     文句のひとつでも言ってやれば、「じゃあアンタがやればいいでしょ!」と逆ギレしてくれるかも知れない。
     それはそれで、お互いストレスがたまりそうだ。
     良い兄であろうとするのも考え物かも知れない。基本的にはダメ兄なわけだし。

    「家事、手伝ってほしいときは言ってくれていいから」

     一応、そう伝えておく。そっけなくならないように細心の注意を払って。
     別におまえの仕事に不満があるわけじゃないぞ、と言外に想いを込めて。

    「……うん」

     落胆した様子のまま、妹は小さく頷いた。これ以上は何を言っても逆効果だろう。
     ちょっとくらいのミスがあっても、今の時点で充分すぎるくらいがんばっているのに。

     自分のいいところって、見えないのかもしれない。

    94 = 74 :


     一通りの家事をこなせるようになってから、妹は家事のすべてを自分ひとりでやりたがった。 
     最後には家事を仕込んだ側の俺が折れて、妹に全部を任せるようになったけれど、やっぱり分担は必要だったと思う。

     お互い、とるべき距離を測りかねているのかもしれない。

     両親は仕事で忙しくて、帰ってくるのはいつも夜遅くだから。
     俺たちがそこそこ成長したからか、最近ではろくに帰ってこないこともある。

     でもやっぱり、俺たちはまだ子供なのだ。

     どうしたものか。

     考えながら歩いていると、すぐにファミレスにつく。徒歩十分。奇跡的な立地。

    「何名様で」

    「二名です」

    「禁煙席喫煙席ございますがどち」

    「禁煙席で」

     日本人は相手の言葉を最後まで聞かずにかぶせるように返事をすることが多い。
     というか、見るからに学生なのに喫煙席を選択肢に入れるな。

    95 = 74 :


     禁煙席を見渡してから少し後悔する。平日の夕方は、学生たちで賑わっている。
     騒がしい。

     空いている席につく。ちょうど後ろに騒がしい集団がいた。どいつもこいつも茶髪。なんで染めるんだろう、と思う。
     お洒落感覚? ちょっと理解できない。明らかに似合ってないのに。派手な化粧も着飾った服もバッグだけシックなところとか。

     要するに見栄っ張りなのかも知れないな、と考えてから、自分が異様にイライラしていることに気付く。

     妹が心配そうにこちらを見ていた。
     それには反応せずに問いかける。

    「何にする?」

     メニュー表を眺めながら、意識は別のところを飛んでいた。
     騒がしい場所に来ると、自分の存在が希薄になっていくような気がしてすごくいやなのだ。

     店員が水を持ってくる。テーブルの脇に置かれたそれに手を伸ばして口をつけた。水は好きだ。

     飲み込んだ瞬間、後ろの席でどっと笑い声が沸く。
     楽しそうで結構なことだ。

     メニューを決めて呼び出しボタンを押す。天井脇のパネルに赤いデジタル文字が点灯するのが位置的によく見えた。

    96 = 74 :


     注文を終えて溜息をつくと同時に、店内の雑音にまぎれて俺の耳に届く声があった。

    「先輩?」

     脇を見ると中学時代の後輩がいた。妹が慌てて挨拶をする。俺の後輩であると同時に妹の先輩でもある。

    「中学生がこんな時間まで何をしているのか」

     後輩は困ったように笑った。

    「今から帰るとこス」

    「五時のサイレンが鳴ったら帰るようにしろよ。誘拐されるぞ」

    「いや先輩、このあたりサイレン聞こえないって」

    「じゃあ携帯くらい見ればいい」

    「鳴らない携帯なんて持ち歩かないし」

    「鳴らないの?」

    「やー、あの。先輩、あれだ。私ぼっち」

    「ああ、だもんな、おまえ」

    97 = 74 :


     後輩の顔を見るのは卒業以来だった。特に付き合いがあったわけではないけど、見かけたら話す程度の仲。
     幼馴染を介して知り合ったのだが、仲が良くなってからはむしろ幼馴染より長い時間一緒にいたかもしれない。
     別に暗いわけでも話していて退屈というわけでもない。親しい人間が少ないのは、耳につけたイヤホンをなかなか外さないから話しかけづらいのだろう。
     
     それさえなければ友達なんて嫌というほどできるだろうに。
     孤立しているというわけではないようで、それならまぁ、好き好きかとも思えるのだけど。

    「妹ちゃんとお食事ですか」

    「デートっス」

    「デートっスか」

    「違います」

     妹があっさり否定する。あまりにも月並みなやりとりだ。

    「ドリンクバーのクーポンあるけど。先輩使う?」

    「いや、持ってるから」

     ですよね。後輩はからから笑った。ポケットからイヤホンを取り出してつける準備をする。

    「んじゃ、私行くんで。また。じゃあね、妹ちゃん」

     後姿で妹の返事を受け取りながら、彼女はスタイリッシュに去っていった。

    98 = 74 :


    「相変わらず、かっこいい先輩ですよね」

     と、妹が言う。

    「スタイリッシュなんだ」

    「スタイリッシュ」

     一瞬、妹は硬直した。これ以上ないというほど似合う言葉。あまりに似合いすぎるので、なんだか笑ってしまう。

    「あいつ、趣味はベース」

    「スタイリッシュだ」

     笑いながら妹が何度も頷く。ベースを弾く後輩の姿を想像するとあまりに似合う。

    「インディーズのロックバンドとか超好き」

    「スタイリッシュ」

     そもそもヘッドホンが似合う。肩までの短くてストレートな髪。整った顔立ち。それなのに少し小柄な体格。
     可愛く見える容姿なのに、鋭い雰囲気を持っていて、クールともかっこいいとも微妙に違う、スタイリッシュな感じを作っている。

    「洋楽とかめっちゃ聴く。邦楽も嫌いじゃない。というか、ちっちゃい頃じいちゃんに演歌やらされてたんだって」

    「意外……」

    「だから歌が上手い」

    「へえ……」

    99 = 74 :


     後輩の話をするとき、俺はやけに饒舌になった。たぶん、彼女のことが好きだからだろう。恋愛とは別に、人間として。
     俺が長々と続ける後輩の話に、妹は普通に感心していた。

     どこか大人のような雰囲気を持つ後輩。
     ザ・スタイリッシュ。やることなすことなんだかスタイリッシュ。やたら大人びている。そんな後輩。一緒にいると退屈しない。
     独特の空気を持っていて、同じ場所にいると俗世とは縁遠い場所にいる気分になる。
     
     あと、ときどき「森のくまさん」を鼻歌で歌う。スタイリッシュな表情で。からかっても照れない。手ごわい。
     甘いものが好きで、いつもポケットに忍ばせている。
     姉と妹がひとりずついる。面倒見がいい。頼られ体質。

    「姉って何歳の?」

    「たしか、俺と同い年だったはず」

    「同じ学校かもね」

    「ないない。そんな偶然ない。あったらおまえと結婚する」

    「その冗談、意味分からないから」

     ひとしきり話題を消化しきった頃、愛想の悪いウェイトレスが注文した品を届けにきた。悪くない味だった。
     帰路の途中で、いつのまにかイライラがなくなっていたことに気付いた。
     
     後輩恐るべし。
     彼女の持つ謎の癒しパワーはいずれ軍用化されかねない。

    100 = 74 :


     家に帰ってからリビングのソファに座って妹と『2001年宇宙の旅』を鑑賞した。

     冒頭から意味不明の映画だ。なぜだか数十分間(ひょっとしたら数分かも知れないが、体感時間的には数十分間)猿の闘争を見せられる。
     やがて舞台は古代から現代を通り越し近未来へ。この時点で謎は深まるばかりだ。さっきの猿はなんだったのよ。
     話は静かに進んでいく。宇宙船(厳密には違うかも知れないが、素人から見るとそのようなもの)の中で音もなく進む話。
     やがて人類の月面基地へ。ちなみに舞台設定、時代背景の一切は説明されない。予備知識なしで見たらぽかんとすること請け合いだ。
     
     この映画のすごいところはいくつか挙げられる。

     全編を通して音による演出がほとんどないこと。台詞すらも極端に少ない。そのおかげで眠くなる。
     映像による演出が凝っていること。これそんなに必要か? というシーンにやたら長い尺を取っている。そのおかげで眠くなる。
     にもかかわらずSFファンには高い評価を得ていること。理解ができないので眠くなる。

     以前サラマンダーとマエストロに見てみろと薦めたことがある。DVDを貸した。翌日、変な顔で返された。子供には理解できない世界。俺も理解できない。

     正直に言うと、この映画を最後まで見れたことがなかった。

     今日こそは、と意気込んでみても、眠い。がんばってもラスト十分で眠ってしまう。
     妹は開始三十分で眠っていた。肩に頭が乗せられる。もやもやする。気分が。いろんな意味で。


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