元スレ垣根「ただいま」
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心理「……」
垣根「は?」
扉を開けると見知った顔が居た。
同じ組織に属する少女。
普段着ている派手なドレスに比べると、いくらか落ち着いた服をまとっていた。
そういう格好してる方が年相応に見えて可愛い、とか言ってからかってやろうと思ったけれど、少女の目は鋭くつり上がっている。
そんなことをして良い空気ではないようだ。
心理「あなた、馬鹿なの?」
垣根「……意味分からないんだけど」
心理「自分の胸に聞いてみなさいよ」
心理定規は更に垣根を睨みつける。
視線だけで人を殺すことが出来そうだ。
心理定規は任務を遂行するときだってこんな顔を見せたことはない。
垣根は唾を飲んだ。蛇に睨まれたカエルは、きっとこんな気分なのだろう。
心理「…………」
垣根「…………」
垣根は自分より背もレベルも低い少女に圧倒されていた。
何やら、よろしくない雰囲気が漂っている。
今すぐ逃げ出したほうが良いと、脳が警報を鳴らす。
心理「あがっていいかしら?」
垣根「あ……は、はい」
シベリアの大地のような冷たい声で心理定規が言い放つ。
思考が氷ついた垣根はその声に従うしかなかった。
心理定規を玄関に招き入れて、扉をしめた。
しめた瞬間、頬に衝撃がはしり、視界がブレた。
数秒立つと頬がじんじんと熱を持ちだした。
垣根(は…?ビンタ……?)
状況を把握した瞬間、反対の頬にも彼女の怒りがぶつけられる。
バッチーン!と良い音がして、垣根の両頬には赤い手形がくっきりと浮かんだ。
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垣根「……何するんだよ」
心理「……」
ビンタされた後に髪を引っ張られたり、鋭いネイルで首を引っかかれたり、ヒールで足を思い切り踏まれたり……
いきなり暴れ出す彼女をなんとか宥めて、リビングまで引っ張ってソファに座らせた。
コーヒーを二つ用意してから、垣根は向かいに座って心理定規の様子を観察する。
普段は冷静な彼女が、ここまで感情をぶつけてくるのは珍しい。
垣根「おい、何か用があるんじゃねぇのかよ?」
理不尽な暴力でキレそうになったが、どんな理由であれ怒ってしまったらアウトなのだ。
何があっても耐えるしかない。
心理定規は垣根の問いを無視して不貞腐れた顔をしながらコーヒーに、ふぅ、ふぅ、と息を吹きかけていた。
垣根(そういやこいつ猫舌だったな。無視してんじゃねぇよ舌火傷しやがれ暴力ビッチ女)
口に出せない悪態を心の中でつく。
不意に心理定規が垣根を見つめてくる。
相変わらずその瞳には怒りが込められていた。
心理「ねぇ、お砂糖とミルクは?」
垣根「台所」
心理「そう」
それだけ言うとカップを持ってキッチンに向かった。
いつもは華麗に振る舞っている心理定規の足音は、ドシドシと大きくて彼女らしくなかった。
その足音からは心理定規の明確の怒りを感じた。
垣根は首をひねる。
彼女は、何に対してこんなに怒っているのだろうか。
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ゴミ条だけは勘弁な
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しばらくするとティースプーンでコーヒーを混ぜながら心理定規が戻って来た。
そのまま真っ直ぐ垣根の元に歩いて来てちょこん、と隣に座る。
隣に座った心理定規は、垣根をじっと見つめた。
心理「何で私がここに来たか、本当に分からないの?」
垣根「は?分かるわけ、」
言い終わる前に心理定規の手に持たれたカップが傾き、生暖かい液体が顔に勢いよくかかった。
ぽたぽたと、ミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーが垣根の髪から滴る。
先ほどの引っかき傷にコーヒーがしみて顔を歪めた。
―――――もう、無理だ。
―――――なんでここまでされて我慢しなくちゃならねぇんだ。
―――――クソ女にされるがままだなんて意味がわからねぇ。
垣根は心理定規の胸ぐらを乱暴に掴む。
思い切りつかまれたせいか、心理定規の口からひゃっと声が漏れた。
しかし彼女は笑っている。
垣根の行動がおかしくてたまらない、という顔だ。
垣根「テメェ、」
心理「あなた、怒っちゃいけないんでしょ?」
垣根「…………あ?」
心理「これくらいで腹を立ててたら、外出なんて絶対にできないわよ」
垣根「…………何でお前がそれを知ってんだ」
電話が掛かって来たの、と心理定規は笑いながら言った。
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昨夜。
垣根に何度も連絡をしても繋がらず、作戦は失敗したのだろうかと心理定規は肩を落とした。
それにしても一方通行との和解とはどういうことなのだろう。
もしかして、第1位と第2位が手を組んだのだろうか?
そうしたら作戦は失敗ではない?
そもそも垣根は無事なのだろうか?
スクールは学園都市の反乱分子の筈だ。
リーダーである彼が殺されてもおかしくない。
心理(……ばか。メールくらい返してくれてもいいじゃない)
彼女の手には携帯電話が握りしめられていた。
彼は心配する必要ないくらい強いけれど、今回は学園都市が相手なのだ。
五体満足のままである保証はない。
心理(もう一回、電話してみようかな)
携帯を開き垣根の番号を呼び出そうとした時に、着信で手の中の携帯が震えた。
心理定規は番号を確認もせずに通話ボタンを押す。
心理「もしもし?」
??『初めまして、になるな』
心理「…………誰よ」
心理定規は聞き慣れない声に眉を潜めた。
指示を出す男でも、下っ端でも、構成員でも、リーダーでもない。
その声は男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも聞こえる。
??『スクールの心理定規だろう?上司が駄目だと部下は大変だな』
心理「え?」
??『まだ分からないのか?ヒントをあげよう。私は園都市総括理事長という役職についている』
心理「アレイスター!?」
心理定規に緊張が走る。
まさか、あちらから接触があるだなんて予想していなかった。
そして彼女は思う。
垣根はもうこの世にいない。居たとしても、それは人の形をしていないだろう、と。
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心理「な、なんで、あなたが……」
声が震える。泣いてはいないけれど、泣きたい。
きっと自分は処分される。されなかったとしても、死ぬ方がマシだと思うような人生が待っているに違いない。
いつもはピンチになるとレベル5のリーダーが敵を蹴散らしてくれた。
そして嫌味な笑顔で言うのだ。
戦闘に向いてないんだから無理してんじゃねぇよ、と。
彼の嫌いな所はたくさんあった。
でも、嫌いじゃない所もたくさんあった。
垣根が今どうなっているか、自分がこれからどうなるか、それを考えると、どうしようもない絶望に包まれた。
涙が頬に垂れた時に電話の向こう側から、くっくっと笑い声が聞こえた。
アレ『泣くとはwwwwwwそうかwwwぶふっwww何もww知らないからwwwかwwwwwふふふ』
心理定規はアレイスターが笑っている理由が全く分からい。
思考が停止した心理定規は黙って笑い声を聞くことしか出来なかった。
アレイスターの笑い声は数十分続いた。
アレ『ふぅ……笑いすぎた……』
心理「……」
アレ『垣根帝督は生きている。彼は私の所に来た』
心理「!?」
アレ『彼は君に何も言っていないみたいだな。真実を全て教えてやろう』
心理「……しんじつ?」
アレ『TVをつけたら垣根帝督の今日の行動を見れるようになっている。
安心していい。要所はまとめてあるからそんなに長くはない』
心理定規はさらに混乱した。
いきなりアレイスターから電話が来たと思ったら、垣根が生きていると言われた。
そしてテレビをつけろと言われて……。
何がなんだか分からない。
そもそもスクールの隠れ家のテレビに干渉することができるのなら、スクールの企みだって知っていただろうに。
スクールの企みというか垣根の企みなのだけれど。
心理(そういえば、私はあの人が何をしたかったのか、何も知らないわね……)
テレビ画面にはベッドで熟睡している垣根が映っている。
枕元に置いてある携帯が鳴ると、ダルそうに適当な言葉で対応していた。
心理(これ、今朝の……私とのやりとりじゃない……)
本当に垣根の一日が映し出されているようだ。
心理定規がテレビ画面に釘付けになっていると、アレイスターは静かな声で告げた。
アレ『それを見終わった頃にまた連絡をいれる。垣根帝督の野望をきちんと知っておくのだな』
心理定規は携帯を畳み、テレビの前に正座した。
これは作られた映像ではない。一秒でも見逃さないようにしなければ。
そして心理定規は知ることになる。
自分が属している組織のリーダーは、私欲の為だけに大掛かりな計画を立てたことを。
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見終わった頃に、携帯が震えた。
心理定規は無表情で電話を取る。
悲しみや怒りが体中に渦巻いて感情の整理が上手く出来ない。
怒りに震えた手で携帯を持つと軋む音がしたが、そんなことはどうでも良かった。
アレ『言いたいことは分かる。落ち着いて欲しい』
心理「…………」
アレ『垣根帝督は私の所でゆかりんのライブDVD見てコールしてたのに、心配をしていたのが滑稽だな』
心理「…………」
アレ『ミシミシ聞こえる、もうちょっと携帯を労わってやれ』
心理「…………ばかじゃないの」
アレ『ん?』
心理「…………計画を立てるのに、私がどれだけ手伝ったと思うのよ?」
アレ『……』
心理「ピンセットがどこで保管されているか調べるのだってすっごい大変だったのよ!」
アレ『ほうほう』
心理「施設のデータが管理されてるバンクにアクセスしたら凄腕ハッカーにメタンコにされるし!」
アレ『ふむふむ』
心理「それに、狙撃手の補充だって私がやったのよ!!
適当に選んどけ、とか言ってたくせにふざけんなって感じよ!!!!!!!」
アレ『お疲れさまだな』
心理「慣れないクレーン車だってちゃんと操作したのよ!!!アイテムの足止めだって頑張ったし」
アレ『そうだな』
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心理「それなのに……!それなのに!!!!」
心理「声優に会いに行くための外出許可の為だなんて!!!!!!!!!!!」
心理「私の頑張りはなんだったのよ!!!!!!!!!!!!!!!
ふざけんなよ腐れメルヘン!!!!!!!!!!!!!!!!」
アレ『あまり怒鳴らないでくれ。耳が痛い』
心理「煩いわよ!キモオタのくせに!!!!」
アレ『私はキモオタではない。ゆかちの』
心理「うるさい、うるさい、うるさーい!!!」
アレ『え、シャナ?』
心理「………っ」
アレ『?』
心理「ふっ……ひっく、ふぇ…う、ぅ……」
アレ『……』
心理「れ、れんらくも、ひっく…無くて、どれだけ、心配したと…ぐしゅっ……」
アレ『泣きたい気持ちは分かるが泣いている場合じゃない』
心理「なによぉ……」グシュ
アレ『垣根帝督に、ちょっかいを出してみないか?』
心理「へ?」
アレ『彼は今、怒ることができない。煮るなり焼くなり好きにしたらいい』
心理「…………」
アレ『気が済むまでなじってやるのがいいだろう。じゃあな』
心理「…………」
心理「…………」
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心理「ということがあったの」
垣根「へー」
心理「学園都市を変える、だなんて馬鹿馬鹿しい。あなたなんて冷蔵庫になれば良かったのよクソ野郎」
垣根「そんなに怒ることか?」
垣根「あ、いたいいたいいたいごめん、ごめんなさい」
心理「サイッテーよ、あんた」
垣根「そうでもないだろ」
心理「…………私は、てっきり、チャイルドエラーのことを」
垣根「はぁ?そんなもん助けたいヤツがやりゃいいだろ」
垣根「いたいいたいいたいたいいたたたたごめんね、ごめんってば」
心理「学園都市よりあなたの思考回路の方が腐ってるわよ。ばか」
垣根「はぁ……アレイスターの野郎、余計なことしやがって」
心理「余計なことしたのはあなたでしょ。声優に会いに行くだなんて、本当にアホよ。ばか。私の時間をかえせクズ」
垣根「おい、口が悪いぞ」
心理「でも、さっきのでスッキリしたわ。一応許してあげる」
垣根「ありがたい」
心理「思ってもないことを……」
垣根「俺を殴りに来ただけならもう用済みだろ?出てけ、俺はアイマスやんだよ」
心理「……はぁ」
垣根「なんだよ?」
心理「少しでも期待した、私が馬鹿だったわ」
垣根「何も言わなかったのは悪かったな」
心理「撫でたって機嫌は直らないわよ。もう、子どもじゃないんだから」
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垣根「…………」
心理「何よ」
垣根「お前が、チャイルドエラーなんて言葉を使うとは思わなくて」
心理「……」
“チャイルドエラー”
学園都市における社会現象の一つだ。
学園都市では原則的に入学した生徒は都市内に住居を持たなければならない。
その制度を利用し、入学費のみ払って子供を寮に入れて、その後に行方を眩ます行為のことだ。
もちろん捨てられた子どもを保護する制度はあるが、
それを逆手にチャイルドエラーに非人道的な行為をする研究チームもある。
心理「法に触れるような実験を黙認してる学園都市に殴り込み
でもするのかな?とか思ったけど、あなたがそんなことするわけないわよね」
垣根「よく分かってんじゃねぇか」
心理「……」
垣根「俺はそこまで、この街が嫌いなわけじゃないからな」
心理「……あなただって、けっこうな実験されたじゃない。よくそんなこと言えるわね」
垣根帝督と心理定規もチャイルドエラーだ。
垣根は自分がチャイルドエラーであることに対して特に何も思っていない。
家族の記憶なんてあまり無いし、今では学園都市で好き勝手しているので不満なんか何もないのだ。
しかし、心理定規は違う。
彼女は家族との記憶がはっきりとある。
そのせいか自分が捨てられたという事実はあまりにもショックだった。
そのうえ酷い実験にも関わったり、哀れな目で見られたり、
家族に愛情を注がれながらぬくぬくと育っているやつらに同情されたりした。
たくさん嫌な思いをし、チャイルドエラーであることが嫌になって、チャイルドエラーという言葉さえも嫌いになった。
心理「…………」
垣根「つーか学園都市の外だって、親に捨てられる子どもなんざ腐るほど居るぜ?」
心理「……そうね」
垣根「俺達は捨てられたのがたまたま学園都市だっただけだ」
心理「……」
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垣根「もしかしたら公衆便所で生み捨てられてたかもしれねぇんだぜ?
それを考えればチャイルドエラーの方がマシだろ」
心理「まぁ、そうかもしれないけど」
垣根「むしろ学園都市に捨てられてラッキーだと思わないか?
反吐が出るような実験はたくさんあったが、そのお陰で力と財力と地位を手にできたしな」
心理「あなたって、ポジティブよね。もしかしたら死んでたかもしれないのよ?」
垣根「実際、死んでないからいいだろ」
心理「はぁ……」
垣根は結果オーライってやつだ、と薄い笑みを浮かべて言った。
この男はおかしい。
心理定規よりも過酷な実験に付き合わされていたというのに、何で笑えるのだろうか?
垣根「それにチャイルドエラーに対する非人道的な実験をやめさせたって、捨てる親がいりゃ問題は解決しねぇよ」
心理「そうよね……」
垣根「俺は実験に狂ってガキの脳みそ弄くるアホな学者より、
恋愛に狂ってガキ作って捨てるアホな大人の方がよっぽど残酷だと思うぜ?」
心理「…………」
それに関しては心理定規も同意だった。
生命活動が停止しそうな実験をされた時や、血を撒き散らしながら
死んだ同じ施設の子を見た時は衝撃のあまり気を失ったことがある。
それでも、両親に捨てられた事実の方がずっと、ずっと、ショックだった。
心理(……だって、ここに来る時は、)
少しでも昔のことを思い出すと、学園都市に来る時に両親と一緒に車に乗ってきたことも、自動的に思いだしてしまう。
車内で自分に向ける笑顔はいつも通りで、捨てられる気配なんて少しもなかった。
何年経っても、あの笑顔だけは一生忘れないだろう。
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垣根「どうかしたか?」
ずっと俯いている彼女に声をかけた。
心理定規はチャイルドエラーの話をすると決まって俯いてしまうのだ。
だったらこんな話題を口にしなきゃいいのに、と垣根は思う。
心理「気分、悪くなっちゃって」
垣根「だから施設に居た時のことは忘れろって言ってるだろ?」
肩に寄り掛る心理定規の頭を柔らかく撫でた。
彼女の元気がないと頭を撫でてしまうのは幼い頃からのクセだ。
このクセは直したいのだけれど、なかなか直ってくれない。
垣根が手をどかすと、心理定規が顔をあげる。
その顔には少し笑みが浮かんでいた。
ようやく機嫌が直ったようで垣根はホッとする。
そして心理定規は、意地悪そうな笑顔になり、ゆっくりと口を動かした。
心理「忘れられないわよ。あなたが職員にイタズラしたら、すっごく怒られて涙目になってたのは一生忘れないわ」
垣根「忘れろって言ってんだろ!!」
心理「えー?無理よ。だってあの時のあなたってすっごく可愛かったもの」
垣根「……クソ女」
心理「はいはい」
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垣根「……」
心理「何よその顔」
垣根「お前、昔は可愛かったよな。俺のこと」
心理「あー!!!!あー!!!!!止めて!!!!!!!!!!!!聞こえないわ!!!!」
垣根「お」
心理「止めてって言ってるでしょ!!ばか!!!!」
垣根「仕方ない。言わねぇでやるよ」
心理「……もういいわ。疲れたから帰る。あなたシャワー浴びたら?コーヒー臭いわよ?」
垣根「テメェのせいだろ尻軽女」
心理「煩いわよキモオタ。さっさとブチ切れて一生、学園都市に飼い殺しにされるといいわ」
垣根「ねーよ。一週間堪え切って絶対外に出てやる。外に出れたらお前の親でも探して来てやろうか?」
心理「…………」
垣根「……わりぃ、今のは意地が悪すぎた」
心理定規がまた俯いてしまったので、垣根は少しだけ焦る。
頭に手を置こうとすると、彼女が頭を上げて笑いだした。
心理「ふふふ。……俯くと泣いてるんじゃないかって焦るのは昔から変わらないわね」
垣根「うせるぇよ……」
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心理「あの頃のあなたは声オタなんかじゃなくて、活発で可愛い男の子だったわよね」
垣根「あの頃のお前はビッチじゃなくて、清楚で可愛い女の子だったよな」
心理「……」
垣根「……」
二人はしばらく睨み合った後に、笑い合った。
そして心理定規は垣根の頬を抓りながら
“せいぜい頑張るのね。努力が無駄になることを願ってるわ”と言って、家から出て行った。
垣根は頬をさすりながらシャワーを浴びる準備を始めた。
そういえば、心理定規のあんなに怒った顔を見たのは彼女を置いて施設を脱走したとき以来だ。
あの時は実験が嫌になって一人で抜け出したのだけれど、あっさり捕まってしまった。
施設に戻って来た垣根に“置いて行くなんてひどいよ”と、彼女は泣きながら怒ったのだ。
そしてどこかに行くは一緒に連れて行く、と指きりをした。
垣根(だからって暗部にまで着いて来なくて良かったのによ…)
施設に居た頃の二人は、仲が良くて行動を共にすることが多かった。
垣根の後ろを一生懸命に着いてくる少女は、妹みたいでとても可愛かった。
実際、心理定規は垣根のことを兄ように慕い“お兄ちゃん”と呼んでいた。
初めて呼ばれた時はくすぐったい気持ちになったけれど、家族が出来たみたいで本当に嬉しかった。
垣根(それが今じゃキモオタ呼ばわりだ。しかもケバい尻軽ビッチになりやがって。成長ってのは残酷だな)
昔のことを少しだけ思い出しながら、浴室に向かう。
シャワーを浴びたらすぐにアイマスをやらなくては。
買い物したい気持ちもあったが、外出して嫌なヤツに遭遇するのは危険だ。
垣根(今日から一週間、温厚に過ごさないとな。カルシウムでも多めに取るか……)
シャワーから出たあと、垣根はアイマスに没頭した。
今日はもう誰にも会いたくないし、このゲームをさっさとクリアして一方通行に返さなければ。
垣根(明日はどうするかな……)
一週間はまだ始まったばかりだ。
一日目は怒らないで済んだが、キレかけてしまった。
まだ一日目だというのにとんだ失態だ。これでは先が思いやられる。
せっかくのチャンスを潰すわけにはいかない。
まぁ、とにかく今はプロデュースに没頭しよう。
明日のことは明日になったら考えればいい。
そう思いながら垣根は画面に集中する。
画面の中では金髪の少女が、笑顔で元気に唄っていた。
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垣根のマンションを後にした心理定規は足早に自分の家に向かっていた。
声優に会うための計画に付き合わせれていたなんて、腹立たしくてムカムカする。
心理(ケロッとしてるのがムカついたわね。人がどれだけ心配したと思ってるのよ)
心理(…………でも、)
垣根にキズ一つないことが分かった時は、泣きそうになるくらい安心した。
向こうが自分のことをどう思っているかは分からないけれど、心理定規は垣根のことを、勝手に家族みたいなものだと思っている。
施設でも、研究の時でも、捨てられたと気付いて泣いた時も、隣にはいつも彼が居た。
心細くてたまらなかった心理定規に、手を差し伸べてくれたのは彼だ。
優しくて強い彼は、まるで兄のようだった。
いつからか心理定規は垣根のことをお兄ちゃんと呼ぶようになり、二人は本当の兄妹みたいに仲良くなった。
喧嘩することは少なくなかったけれど、今も一緒に居ることを考えると相性は悪くないのだろう。
今は気持ち悪い声オタだ。
でもピンチな時も、不安な時も、泣きそうな時も、垣根が居てくれれば何とかなると思える。
笑顔を見ればこっちまで元気になれるし、頭を撫でられれば心が安らぐ。
成長しても心理定規にとって垣根は頼りになるお兄ちゃんなのだ。
心理「…………」
そういえば、彼のことをお兄ちゃんと呼ばなくなったのはいつからだっただろうか。
心理定規の記憶が正しければ、暗部に在籍した時くらいからだったと思う。
殺伐とした世界で、いつまでも彼に甘えている訳にはいかず、妹面するのを止めたのだ。
心理定規が垣根のことを“あの人”とか“あなた”と呼び始めたとき、彼は“何か怒ってる?”とか言って焦っていた。
その時に、垣根はお兄ちゃんと呼ばれるのが嫌ではなかったのだと気付き、とっても嬉しかった。
嫌なことだらけの幼少期だったけれど、垣根とのことだけは良い思い出だ。
ウザくて気持ち悪くて大嫌いだと思うこともあるけれど、他人だらけの学園都市で、彼は唯一の家族なのだ。
そんなこと本人には絶対言えないけれど。
心理(ムカついたけど、無事だったから許してあげるか……)
366 = 349 :
ここまでです。
読んでくれてありがとうございました。
368 :
乙
心理定規かわいいよ心理定規
371 :
やべえこの二人萌えた
373 :
心理定規報われねえなあ
375 :
佐天さんには中見られてなかったっけ?
376 :
猫舌と見せかけて、ていとくんにぶっかけるコーヒーをふーふーして
さらにミルクまで入れてわざわざ冷ましてあげる定規たん優しい
ただし砂糖は嫌がらせ
378 :
おつおつ。
心理定規も可愛いがかわ初春はもっと天使。
380 :
追いついた・・・乙!自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中 http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1314546216/
381 :
なんか後ろにいたのでageさせてください
382 :
気持ちはわからなくもない、でも[ピーーー]
383 :
ゆういち×あずにゃん記念age
384 :
まさか終わったワケじゃないよね?
385 :
レスありがとうございます
台風凄かったですね
386 = 385 :
一人の少女をトップアイドルへと導いた垣根は、暇を持て余していた。
家に籠っていても仕方ないので、とある友人の所へと来ていた。
垣根「なぁなぁ、何の実験してんの?面白い?」
博士「特に実験はしていない。私の出題した問題を部下が解いて来たから答え合わせをしているだけだよ」
垣根は博士に電話で居場所を聞き出し、無理矢理訪ねたのだ。
しかし構ってはくれず、何束もある紙に熱心に目を通している。
楽しそうに眼を細める博士を見つめて垣根はぼんやりとしていた。
博士「垣根少年は同世代の友達が居ないのだな?若者風に言えば、ぼっちというやつだ」
垣根「ちげぇよ!」
垣根は博士の言葉を必死に否定する。
学校になんか行ってないので友達は多いほうではない。
でも、ぼっちではない。
ぼっちではないのだ。
……たぶん。
博士「それにしても外出の許可が降りない理由が短気だからとは」
垣根「俺もビックリした」
博士「ふむ。ならば私もアレイスターに抗議してみるか」
垣根「博士が?」
そういえば彼は何故、学園都市から出ることが出来ないのだろう。
攻撃的な面もあるが、知的でゆったりとした雰囲気の彼が自分と同じ理由で許可が降りないとは思えない。
垣根が疑問を浮かべると、それを見透かしたように博士が口を開く。
博士「外出ができない理由は君と同じだと思う」
垣根「え」
博士「こう見えても私は短気なのだよ」
垣根「マジで?」
博士「マジだ」
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そう言って博士は少し前の話をした。
愛生ちゃんがけいおん!で有名になってから、部下の中でファンが増えたそうだ。
しかし、それと比例するようにアンチも増えた。
それからファンとアンチの争いが毎日のように研究室で行われた。
最初は博士の居ない所で行われていたけれど、争いがどんどん過激になっていき、博士の前でも愛生ちゃんの悪口を言うようになったそうだ。
博士「そして、私はオジギソウでその部下を」
垣根「もういい」
博士「まだ話の途中なんだが?」
垣根「もういいから。分かったから」
博士「それに私は学園都市のことを色々と知ってしまっているからな。外出させたくないのだろう」
垣根「あ……なるほどな」
博士「しかしレベル5でも外出できるのなら私だって出来る筈だ。アレイスターに聞いてみるか」
垣根「外に出れるようになったら、一緒にコンサートとか行きてぇな」
博士「そうだな。豊崎さんがソロコンサートをやる予定はないが、あれだけの人気者だ。そのうちやるに違いない」
垣根「だよな!!!」
博士「オリジナル曲はゆったりとした曲が多いから、サイリウムを振ったりするようなコンサートではないと思うのだよ」
垣根「それは俺も同意だ。歌声をじっくり聴けるような静かなコンサートが愛生ちゃんらしいと思う」
博士「坂本真綾さんのコンサートみたいな雰囲気が理想に近いな」
垣根「あー…真綾はマクロスしか知らねぇや」
博士「あと彼女は人気がある。中途半端なキャパ数でやるとチケットの倍率が高くなるだろう」
垣根「でも、流石に武道館くらいの会場は早いだろうな」
博士「そうだな。しかし、そのうち一人で会場を埋められるようになって欲しいものだな」
垣根「……愛生ちゃんが大きい会場でソロコンサートやったら、泣く自信がある」
博士「私もだよ」
その後も、もし愛生ちゃんがコンサートをやるならどこでどんな感じのコンサートになるかという妄想トークをした。
誰ともそういう話をしたことない垣根はテンションが上がり過ぎて死にそうだ。
博士に、やはりぼっちだな、と笑われてけれど、怒りは全く沸かなかった。
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垣根「博士のアドバイス通りにメールしても読まれないんだけど」
博士「そればかりは運だ。あのアドバイスはあくまで読まれやすいというだけで、必ずしも読まれる訳ではないからな」
垣根「……運、か」
博士「そういえば、垣根少年」
垣根「ん?」
博士「全然関係のない話になるがいいかな?」
垣根「別に構わねぇよ」
嫌なことを言われても許せるし、愛生ちゃん以外の話もできる。
これが友達ってやつなのか、と思うと少しニヤけてしまう。
会ったばかりだというのにこんなにフレンドリーになれるなんて、不思議だ。
やはり愛生ちゃん好きに悪いひとは居ない。
博士「何をニヤけているんだ垣根少年。気持ち悪いぞ?」
垣根「あ!?ニヤけてねぇよ!いいから話って何だよ」
博士「……最近、眠れないのだよ」
垣根「は?」
博士「寝る直前までパソコンを見ているせいか、なかなか眠れない。翌日辛くてな……。何か策はないかね?」
垣根「俺が眠れない時は愛生ちゃんの曲かけてる。やってみれば?」
博士「……ふむ」
垣根「布団の中で聞く愛生ちゃんの声はすっげぇいいぜ。暖かいし、優しいし、甘いし、何より落ち着く」
博士「豊崎さんの声はいつもそうじゃないか」
垣根「いつもよりそうなるんだよ。試してみろって」
博士「そうだな」
垣根「超お勧め」
博士「……彼女の唄声を子守り歌にするというわけか。それは思い付かなかったな」
垣根「……」
博士「どうかしたか?」
垣根「言われてみれば、確かに子守り歌みたいだと思って」
博士「てっきりそれを意識してやっていたと思ったが、違うのか?」
垣根「……別に」
博士「?」
389 = 385 :
垣根「俺も関係ない話していい?」
博士「もちろんだとも」
垣根「ムカつくヤツはどうすればいい?」
博士「処分すればいいのだよ」
垣根「それはちょっと……」
博士「意外だな。垣根少年は気に喰わない人間はすぐに殺してしまうイメージがあったのだが」
垣根「そんなことねぇよ」
博士「よく分からないが関わらなければいいのではないかな?」
垣根「ばったり遭遇したらどうしたらいい?顔見たらブチ切れそうで怖い」
博士「ふむ……。そうだな……」
垣根「そしたら外出は出来なくなる……」
博士「逃げればいいのだよ」
垣根「!」
博士「ただ逃げるだけが嫌なら一方的に暴言でも吐いてやればいいさ。それで即退散すれば良い」
垣根「それでいいか!さすが博士だな!頭いいぜ!」
博士「いや、これくらいで褒められても困る。それにこれは私が若い頃、嫌いな人間にやっていたことをそのまま言っているしな」
垣根「……博士ってけっこうガキなんだな」
博士「ガキでなければ、研究者なんて職業には就けないさ」
垣根「そういうもんか?」
博士「さて、垣根少年。私はこれから別の研究所に行かなければならないのだよ」
垣根「俺来たばっかりだぜ?」
博士「急に来られても困る。次は2日前くらいに連絡をくれると嬉しい」
垣根「分かった」
博士「そうだ。最近、通り魔が出没しているらしい。気をつけるのだな」
垣根「心配してくれるのは嬉しいが、俺を誰だと思ってるんだ?」
博士「いきなり襲われても怒らないように気をつけろ、という意味なのだよ」
垣根「なるほどな……」
390 = 385 :
――――――――――――――――――――――――
研究所を出た垣根はあてもなくブラブラしていた。
家に帰ろうと思ったけれど、なんとく帰りたくない。
垣根「……」
博士との会話を思い出して、立ち止まる。
“子守り歌”
施設に唄ってくれる優しい大人など居なかったな、と思う。
あの頃は眠れない夜がいくつもあったけれど、今と違って何もできなかった。
心細い夜も恐怖に震えた夜も布団にまるまって耐えるしかなかった。
心理定規と出会ってからは、自分が唄う側となった。
彼女が初めて過酷な実験を目の当たりにした日の夜、震えながら“眠れないからお歌唄って?”とねだられたのだ。
その時の垣根は意味が分からず、なんで寝るのに歌?馬鹿かこいつ?と思った。
そう、垣根はその時まで子守り歌というものを知らなかった。
垣根(昨日、昔のこと思い出したせいか?ガキの頃のこと考えちまうな)
少しだけセンチメンタルになった気がして苦笑する。
自分らしくない。
過去の自分を哀れに思っても空しいだけだ。
そう思い垣根は思考を切り替える。
垣根(それにしても、愛生ちゃんの子守り歌か……。やべぇな、膝枕されながら聴きてぇな)
妄想にニヤニヤしながら、再び歩き出す。
ガキの頃がなんだ。
今の自分は素敵な女性に会えて、こんなにも幸せな気持ちなのだ。
少しくらい過去が気に喰わなくても、今が楽しいのだからそれでいい。
垣根は目を瞑り彼女の笑顔を思い出した。
どうしようもなく胸がいっぱいになる。
あぁ、早く会いたい。
垣根は足早になる。
早く家に帰って、おかえりラジオを聴いて癒されよう。
彼女が“おかえり”と言ってくれればほっこり出来る。
それだけで十分だ。
391 = 385 :
「あ」
沈んだ気持ちが、元通りになった所で不意に声がした。
その声は、飴玉を転がしたような甘い声で、垣根が愛する彼女に似ていた。
良い声なので“あ”だけでも素晴らしいと思っていたけれど、学園都市でこんな声の持ち主は垣根の知る限りでは一人だけだ。
垣根は眉間に皺を寄せた。
初春「えっと……こんにちは……」
ぺこり、と初春が頭を下げる。
花飾りが揺れた。
控え目にお辞儀する彼女は小動物のようで可愛らしい。
気まずそうに上目遣いで垣根を見上げる。
揺れる大きい瞳は、吸い込まれそうなくらいに愛らしさが宿っていた。
しかし垣根はそんなことはどうでもいい。
今すぐこの場を離れたいという気持ちでいっぱいだ。
初春(えっと……とにかく、その)
初春は謝罪の言葉を口にしようとする。
しかしなかなか出て来ない。
モジモジする少女とそれを見つめる少年。
傍からみれば告白の現場に見えるのだけれど、実際は全然違う。
垣根(クソが……やっぱり声だけはいいな。声だけは)
初春(やっぱり、顔はいいなぁ。顔は。一言も喋らないから完璧ですね)
垣根(つーか何でこいつ俺の前で立ち止まってんだよ。花でも見せびらかしてんのか?邪魔なんだよクソボケ)
垣根の顔を見ると、こないだのことが思い出される。
店でくだらないオタク話を大声話したり、短気だったり、この顔の持ち主に相応しくない。
そう思うとなんだか、謝りたくないなぁと思ってしまう。
いやいや、あれだけ失礼なこと言ったのだ。頭を下げるのは当然だろう。
初春がごちゃごちゃ考えていると、垣根が不意に口を開いた。
垣根「その頭の花って、思考がはみ出てるの?」
初春「は?」
392 = 385 :
垣根「人の顔がどうのこうの言ってるけどよテメェはどうなんだよクソガキ」
初春「へ?」
垣根「お前はその声の持ち主として相応しくねぇんだよ」
初春「え」
垣根「謝れ」
初春「?」
垣根「お前の“声”に謝れよ。こんなクソみたいな人間ですいませんってな」
初春「へ……」
垣根「あぁ、でもお花畑は人語が喋れねぇから無理か。たった6文字の言葉でも言えないよな?悪趣味フラワー花瓶スイーツちゃん」
初春「……」
垣根「間抜け面だな。ブッサイクだぜペチャパイまな板ガリガリ女」
そう言うと垣根は全速力で走りだした。
垣根の背中をボーっと見ながら、言われた言葉の意味を考える。
ようやく初春は自分が馬鹿にされたと気付いて、垣根を追いかけ始めた。
垣根「うわぁーwwww足おっせぇwwwwそれでも風紀委員かよwww」
初春「はぁっ…はっ…うるっさい…です…よっ!」
垣根「汗ダラダラで顔が真っ赤で酷い顔がさらに酷い顔になってるぜ」
初春「うぐっ…!」
垣根「大股で走るとパンツ見えるぞ?まぁテメェの染みつきパンツなんて誰も見たくねぇけど」
初春「ついてないです!!!!」
街中で追いかけっこしてる二人は注目の的だった。
しかし二人は通行人の視線など気にせずに走り続けた。
393 = 385 :
垣根は愉快でたまらなかった。
気に喰わない人間が、悔しそうな顔で涙目になっているのを見るのは最高に気分が良い。
垣根がニヤニヤしながら顔を向けると、初春はさらに悔しそうな顔になった。
あれだけ人を不愉快な気持ちにしたのだ。
これくらいはされても文句は言えないだろう。
垣根(博士に相談して良かった。あれだけ嫌な気持ちだったのか晴れやかな気分だ…)
その時、細い足が垣根の進路を妨害した。
不意に出せれた足に気付くことができずに、垣根は盛大にずっこけた。
垣根「!!!!」
何に躓いたか分からず垣根は混乱する。
起き上がろうと、手を地面に着くと、背中に重みを感じた。
垣根「ぐっ……」
呻く垣根に冷やかな声が降りかかる。
その声はともて聞きなれた声だった。
心理「あなた、何やってるの?」
垣根「テメェかよ。どけビッチ」
心理「大声で女子中学生を罵りながら逃げるなんて、とてもじゃないけど第2位のやることじゃないわ」
垣根「俺は2位である前に垣根帝督というピュアな少年なんだよ」
心理「キモッ……」
数分経つと、初春が垣根に追いついた。
大きい口で酸素を取り込みながらその場にへたりとしゃがみ込む。
鞄からタオルを取り出すと、真っ赤な顔にあてて汗を拭い始めた。
心理「平気?顔、真っ赤よ?」
初春「へ、平気れす……」
394 = 385 :
初春は苦しさのあまり回らない呂律で一生懸命に言葉をつむぐ。
ドレスを着た小柄な少女は、手に持っていた有名ブランドのバックから冷たい飲み物を出すと初春の頬に押し付けた。
初春「ひゃっ!」
心理「それあげるわ。水分補給は大事よ」
初春「は、はい……」
垣根「どけよ。重いぞデブ」
心理定規は垣根のふくらはぎにヒールをつき立てた。
下に居る垣根はあだだだだだとか言いながら悶絶している。
その姿を見て初春は少しだけ気分が晴れた。
心理「まったく、失礼な人ね。この女の子にも失礼なことしたんでしょ?」
垣根「はぁ!?ちげーよ!!!!」
初春「あ……あの……」
心理「あ、息が話すのは整ってからでいいわ」
心理定規は可愛らしく初春に笑って見せた。
下に居る垣根は、猫被ってんじゃねぇぞクソ女と言ってまた踏まれていた。
華奢で色気のある少女は、垣根と親しいようだ。
もしかしたら、カップルなのかもしれない。
美男美女でお似合だなぁ、と思ったれど、こんな可愛い女の子にオタクの男は釣り合わないだろう。
顔だけなら釣り合うのだけれど。
少しして、初春の息が整い、汗も引いた。
それを確認した心理定規は垣根からどくと二人を近くのベンチにまで連れて行った。
心理「何してたの?」
初春「え、えっと…」
垣根「あー早く帰りてぇ」
垣根「いたたたた。足踏むな」
心理「で、何しての?こんな非力な女の子相手に」
垣根「仕返し」
心理「え?」
395 = 385 :
垣根「こいつ、大人しそうな顔してとんでもねぇ女だぜ?何もしてない人間を平気で罵倒するんだからな」
初春「……うぅ」
心理「あなたが罵倒されたの?」
垣根「おう」
心理「ふーん。でも仕方ないでしょ。だってあなたってすっごく気持ち悪いもの」
垣根「あ?」イラッ
心理「あら?怒っちゃうの?」
垣根「イイエゼンゼンオコッテナイデスヨ」
心理「そう」
初春「あ、あの、あなたは一体……」
心理「私?」
初春「はい」
心理「この人の知り合いよ。ごめんね、この人ってちょっと頭おかしいから」
垣根「テメェはクソ花の味方すんのかよ」
心理「あら?私欲のために組織を使ったお馬鹿さんは誰だったかしら?私まだ怒ってるんだからね」
垣根「…………」
心理「とにかくごめんなさい。お詫びはそのジュースでいいかしら?」
初春「へ!?く、くれるんですか」
396 = 385 :
心理「もちろんよ」
初春「ありがとうございます!」
垣根「たったジュース一本で機嫌直るなんてやっぱりバカだなアホガキ」
初春「そのアホガキに必死になって、仕返しなんてした垣根さんも同じくらいガキですね」
垣根「必死になんかなってねぇよ。思ったことをそのまま言っただけだよ芋女」
初春「私だって思ったことをそのまま言っただけですよウドの大木」
垣根「口の減らねぇガキだな。だから声以外の長所がねぇんだよカス」
初春「意味分からないこと言うから顔以外の長所がないんですよキモオタ」
垣根「その声でキモオタって言うなよ悪趣味花瓶」
初春「……垣根さん、あそこ花壇にある花の花言葉って知ってます」
垣根「パンジーか?確か思慮深いじゃなかったか?」
初春「違いますよ。パンジーの花言葉は、この野郎すっごくムカつく、ですよ」
垣根「そんな変な花言葉があるわけねぇだろ。頭わりぃんじゃねぇの?」
初春「すいません。ガキですから頭悪いんですよ」
垣根「開き直るなクズ」
初春「うるさいですよばか」
垣根「……チビ」
初春「……あほ」
心理「……っ」
垣根「?」
初春「?」
心理「あっはっはっは!」
初春「ど、どうしたんですか?」
心理「あなた達おかしいわね!……二人とも小学生みたい、あは、ははは!」
垣根「は?」
397 = 385 :
心理「仲が良いのか悪いのか分からないわ」
垣根「悪いに決まってんだろ!」
初春「悪いですよ!」
心理「でも相性はいいんじゃないかしら?」
垣根「冗談でもそんな気色悪いことは言うな」
初春「そうですよ。止めて下さい。こんなオタクと相性がいいだなんて最悪です」
垣根「あ?」
初春「最悪です。垣根さんと相性が良いなんて言われるなんて最悪すぎて泣きそうです」
垣根「オマエって、本当に、」ピキピキ
心理「あれ?怒るの?」
垣根「……帰る」
心理「そう。じゃあね」
垣根(早く帰って愛生ちゃんの声聞いて癒されよう……。アホ共のせいで心が荒んだぞクソ)イライラ
初春「あ、あの、垣根さん」
垣根「あ?」
初春「えっと、その、」
垣根「わりぃな。妖怪造花女と話すことはねぇんだよ。じゃあな」
初春「な!よ、ようかい!?」
心理「悪口が小3レベルね。帰るなら早く帰りなさいよ」
垣根「うるせぇな。テメェも暗くならねぇうちに帰れよ尺取りビッチ」
心理「はいはい。分かってるわよ声オタ羽毛」
398 = 385 :
――――――――――――――――――――――――
帰宅した垣根は、ベッドに転がった。
イライラする。イライラして死にそうだ。
身近に居る女は、揃いも揃ってカスばかりだ。
やっぱり、俺には愛生ちゃんしか居ない。
心を鎮めようとして、録音していたおかえりラジオをかける。
ほっこりトークは垣根の荒んだ心を、暖かく包み癒してくれた。
垣根「……はぁ」
ラジオでは、“さけのんというリスナーの、部下に優しくするコツを教えて下さい”
とかいうメールに対して愛生ちゃんが丁寧にアドバイスしていた。
やっぱり彼女は天使だなぁ、と実感する。
垣根(……ムカつくけど、でも、)
彼女に会う為だ。
愛生ちゃんに会うためなら、怒らない自信はそこそこあった。
けれど、あの声だけ天使のクソ花畑に会うとイライラして仕方がない。
垣根(むしろ、一週間家に籠ってるか?いや、アレイスターのことだ。そんなことしたら無効にされるに決まってる)
残りの予定をどうするか考える。
一方通行もぼっちだろうし、彼を誘ってどこかに遊びに行くのはいいかもしれない。
でも“遊ぶ暇があるならアイマスやれよォ”とか言ってきそうなので、連絡するのは止めた。
垣根「……やべぇな、俺ってマジで友達居ないかも」
399 = 385 :
―――――――――――――――――――――――――――――――――
垣根が去ったあと、二人の少女は談笑していた。
垣根のことを“気持ち悪いオタク”と呼ぶ初春と気が合いそうだと思った心理定規は、彼女と話してみようと思ったのだ。
すると予想した通り、初春と心理定規はなかなか気が合い、話が盛り上がっていった。
ベンチに座りながら、長時間話したのは初めてだ。
心理「分かるわー。真面目な顔して“うんたんって言ってくれ”なんて普通は引くわよ」
初春「ですよね!でも、やっぱり言いすぎたかなって……」
心理「そんなことないわよ。あの人はそれくらいが合ってるわ」
心理定規は華やかな笑顔で言うけれど、初春はそう思えなかった。
でも本人と対面すると、言葉がつっかえてしまう。
初春(私って駄目だなぁ……)
心理「話すと残念になるって、その通りよね。顔だけが長所なんだから黙ってればいいのよ」
初春「そうですよね!あなたは分かってます!」
心理「昔はあんな気持ち悪い人間じゃなかったんだけどね」
初春「……垣根さんと心理定規さんは、どういう関係なんですか?」
初春の質問に心理定規は言葉を詰まらせた。
一瞬だけ“家族”と答えそうになった自分に気づいて苦笑する。
心理「……仕事仲間よ」
初春「そうなんですか」
心理「それにしてもキモい人種に好かれやすいって災難ね。大人しそうな外見だからかしらね?」
初春「分からないです。でも最近はそうでもないんですよ」
心理「へぇ、良かったわね」
初春「風紀委員の腕章のお陰だと思います」
心理「……風紀委員か」
400 = 385 :
心理定規は目を細めた。
初春飾利は闇で生きている自分とは正反対の少女だ。
彼女の笑顔は眩しくて、汚れきっている自分は一緒にいていいのだろうか?
初春「どうかしました?」
心理「なんでもないわよ。ごめんね、そろそろ行かなくちゃ」
初春「そうですか。色々ありがとうございました」
心理「別にお礼言われるようなことはしてないわ」
初春「いえ、垣根さんを捕まえてくれましたし、ジュースだってくれたじゃないですか!」
眩しい笑顔で初春が言う。
こんなにも裏表のない笑顔は久しぶりに見た気がする。
心理定規が初春の笑顔に見惚れていると、彼女は自分のポケットから携帯を取り出した。
そして、驚くべき言葉を初春は言った。
初春「せっかくですし、メアド交換しませんか?」
心理「え」
初春「駄目ですか?」
心理「……」
初春「あ、嫌ならいいんですよ!すいません」
心理「……いいわよ。別に」
アドレスを交換したあと“メールしますね”と初春が笑った。
心理定規が“私もしていい?”と問い掛けようとした時、初春の携帯が震えた。
仕方ないので通話する初春を黙って見つめる。
真剣に通話する横顔は風紀委員らしくて、凛としていた。
初春「何ですか?あ、例の通り魔ですか?…え?うちの管轄でも被害が出たんですか!?」
心理(物騒ね……)
初春「分かりました。すぐ行きます!」
通話を終えた初春は頭を下げながら別れの挨拶して駆けだした。
初春が去った後も、心理定規はその場から動けなかった。
アドレス帳を見ると“初春飾利”と刻まれている。
その4文字を見ると、なんだかくすぐったい。
同年代の女の子のアドレスを登録するなんて、かなり久しぶりだ。
心理「……」
心理定規は嬉しさのあまり微笑んでいた。
それは暗部組織に所属している少女のものだとは思えないほどに、幼い笑みだった。
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