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    元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」

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    みんなの評価 : ★★★×5
    タグ : - とある魔術の禁書目録 + - 上条当麻 + - 御坂 + - 御坂美琴 + - 麦野沈利 + 追加: タグについて ※前スレ・次スレは、スレ番号だけ登録。駄スレにはタグつけず、スレ評価を。荒らしタグにはタグで対抗せず、タグ減点を。
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    101 = 99 :


    美琴の携帯電話に表示された座標を建宮に伝えると、彼は地図を広げて何かを呟いた。
    地図の上に置かれた船の形の紙片はこの船の位置、動かぬ青く丸い紙片は上条の携帯の位置だろう。
    他の船にも同じものがあるようで、建宮が他の船と交信し、機能しているかどうかを確かめあうのが聞こえた。

    一行は3隻の船に分乗しており、この船には建宮、五和、美琴、10777号、レッサーの他に10人程度の天草式のメンバーが乗っている。
    上条の携帯が沈んでいると思われるポイントは海が凍りついており、また巨大な構造物が沈んでいる為に簡単には近づけない。
    よって、メンバーを分散させることで別方面から同時に捜索をすることにしたのだ。

    「これをお嬢ちゃんに渡しておくのよな」

    と、建宮が美琴らにカードのようなものを配る。

    「通信用の霊装、分かりやすく言えばトランシーバーのようなものなのよな。
     これを持っていれば、言いたいことが一緒に潜る仲間や船上で待機してるメンバーに伝わるのよ。
     ついでに言えば捜索用ビーコンみたいな役割でもある」

    「ふぅん……」

    見た目は変哲もない白紙のカードだが、そこは美琴には分からぬ種や仕掛けがあるらしい。

    102 = 99 :


    海岸から沈没地点まではそう離れているわけではない。
    とはいえ、杭で氷を砕きながら進むのだ。そこまで速度が出るわけではない。
    のろのろとした速度に焦れ始める美琴を案じてか、五和がことさら明るい声で言う。

    「そういえば、御坂さんは学園都市の超能力者、それも最高クラスのレベル5なんですよね」

    「そうだけど、それがどうかした?」

    「私、学園都市には一度だけ行ったことがあるんですけど、超能力というものは見たことがないんです。
     よければ、少しだけ見せて貰えませんか」

    「おっ、面白そうなのよな。俺たちも色々と見せてるわけだし、バーターというわけでどうよな?」

    五和のお願いに、建宮が乗ってくる。
    美琴としては余り見世物になるのは気が進まないのだが、焦りから来るイライラを吹き飛ばすという点では良いかもしれない。

    「せっかくですから、お姉様の『超電磁砲』をお見せしてはいかがですか、とミサカは提案します」

    「レールガンって、戦艦とかの主砲として研究されているものですよね?」

    10777号やレッサー、さらには天草式の連中までもが乗ってきて、何かをやらざるを得ない空気になりつつある。

    103 = 99 :


    「……分かったわよ。危ないから離れていて」

    そう言うと、美琴は船の端のほうへと歩いていき、海上のほうを向く。
    背中に感じるのは、期待と興味の視線。

    懐から取り出したのは一枚のコイン。
    それを右腕の親指に乗せて、勢いよく跳ね上げた。。
    同時に頭の中で膨大な演算を処理し、必要な電力を生み出していく。

    射角は上方45度。コインの加速に必要な磁場のレールは既に作り終えた。
    まっすぐに伸ばされた腕の周囲を、溢れだした紫電が走る。そして、

    一閃。

    コインが音速の数倍で駆け抜けた軌跡が、一筋の光となって空を切り裂いた。

    直後、コインが切り裂いた風の残滓が船の上を襲った。
    皆が皆一様に腕で顔を守るようにしてうずくまる。
    船上を包んだのは、驚愕と沈黙。
    一瞬のち、それは歓声へと変わる。

    「凄いですね……!」

    「魔術師だって、こんな威力出せる人はそうそういないですよ……」

    「飛ばすのがコインじゃなくてもっと大きいものなら威力ももっと出るんだけどねー」

    五和やレッサーが、どこか畏怖を込めた視線を向けてくる。
    その向こうでは天草式の面々が興奮気味に歓声を上げている。


    「……あぁ、超能力者のお嬢ちゃんがちょっとばかし能力を見せてくれただけなのよな。物凄いぞ」

    他の船が何かの異常だと思ったのだろう、建宮がカードを片手に何やら釈明しているのが聞こえる。
    少しやりすぎたかと美琴が思っていると、レッサーがとんでもないことを言いだした。

    「もしかして、今ので氷を砕いていけば、もっと早く到着できるんじゃないですかね?」

    104 = 99 :


    さすがにこれから深海へと潜ろうと言うのに、レールガンを連射して体力を消耗したくはない。
    代わりに取り出したのは、砂鉄を詰めたボトル。
    舳先に立った美琴は約4リットル分もの砂鉄を自在に操り、海上の氷を容易に切断していく。

    「こんな特技があるなら、もっと早くに頼めば良かったのよな。
     しかし、もの凄い氷だ。こりゃ天然の流氷じゃなくて、『大天使』が落下した影響もあるかもしれないのよな」

    「大天使って、あの翼が生えてて頭の上に輪っかがある、ゲームとかに出てくるようなアレ?」

    「そう。まさにそんな感じよ。その正体は属性を持った高エネルギーの塊なのよな。
     第三次大戦でも大暴れしやがって、おかげで学園都市軍もロシア軍もしっちゃかめっちゃかなのよ。
     そいつは水と氷を操る奴で、それが上条当麻と一緒に北極海に落っこちたらしい」

    美琴は一昨日、ロシアまでの足にしてきた超音速戦闘機の乗っていた時のことを思い出す。
    遥かかなたに見える人影から、水晶のような翼が何本も生えていた。
    翼の一振りで、何千mも離れた彼女の機体を真っ二つにした、恐ろしい存在。

    「……もしかして、私が乗ってきた飛行機を両断したやつかも」

    「ミコト、『大天使』に遭遇してたんですか!? 良く生き残れましたね……」

    レッサーがぶるりを身を震わせる。建宮や五和も同じような表情だ。
    恐ろしさの片鱗しか知らない美琴としては、ただ苦笑いする他ない。

    「それで、お姉様は空から降ってきたというわけですね、とミサカはお姉様にお会いした時のことを思い出します」

    「そういうこと。パラシュートなしで3000mのフリーフォールは焦ったわよ」

    それを何とかしてしまうのが、レベル5超能力者のレベル5たる所以なのだろう。
    自分よりも小さな少女の秘めた力に、天草式の面々は身震いする。

    105 = 99 :


    「……っと、ここから先は進めないのよな。潜っての作業になる」

    ここから先の海域は空中要塞が落下したあたりなのだろう。
    海上を覆う氷の向こうに、目の前の海面から何やら岩肌のようなものが飛び出ているのがいくつも見える。

    建宮が壁を軽く叩くと船は動きを止めた。
    彼が他の船に連絡を入れている間、美琴ら深海へと潜るメンバーは準備をする。

    学園都市製の携帯電話やPDAは耐水性が高く、そのまま持っていっても問題はないだろう。
    服だって魔術で防水になっているし、砂鉄はボトルに回収してかばんに詰め込んだ。
    問題は、建宮に渡された通信用のカード。
    見た目には、ただの紙にしか見えないのだが。

    「服の中に入れておけば大丈夫です。なくさければ仮に濡れた所で特に問題もありませんし」

    との五和の言葉で、胸元のポケットにしまいこんだ。
    その上から、例の水中移動術式がかけられた赤いパーカーを着込む。
    温かい感触が彼女の体を包み込み、頬を突き刺していた冷たい風も感じなくなった。
    恐る恐る海面に手を突っ込んでみるが、熱を奪われるような感触もない。
    他のメンバーも同様に霊装を着込み、船上が赤一色になった。

    一番最初に潜るメンバーは美琴、10777号、建宮、レッサーの4人だ。
    残るメンバーは4人が戻ってくるまで、船上でサポートをすることになる。

    「絶対に上条さんを見つけてくださいね」

    五和の言葉に笑顔でうなずくと、ヘッドライトを装着した美琴は海へと飛び込んだ。

    106 = 99 :


    水の中で、美琴はおそるおそる目を開けてみた。
    とくに海水が沁みることもなく、視界は良好だ。
    どういう理屈かは分からないが、ちゃんと呼吸だって出来ている。

    建宮に促され、着衣で泳ぐことに慣れるために体を動かしつつ、美琴は周囲を見回してみた。
    そこには、テレビなどで見る風景とはまったく異なる世界が広がっていた。

    頭上を覆うように、どこまでも続く氷の天井。
    足元に広がるのは、建物の残骸だ。
    時代も様式も文化も違う、建造物の塊。
    それが、見渡す限りどこまでもどこまでも続いている。

    『あれが"ベツレヘムの星"。第三次大戦の黒幕が魔術で作り上げた、空中要塞なのよな』

    カードを介した会話で建宮が解説をする。

    『こんなものが、空を飛んでいたのよね……』

    『参りましたね。あの要塞の中にいた時にある程度魔術的つながりを妨害するような術式を仕込んでおいたんですが。
     それが仇となったかもしれませんね』

    それに加え着水時の衝撃、もしかしたら『大天使』とやらのせいもあるのかもしれない。
    ベツレヘムの星はいくつかの塊に分裂していた。
    とはいえ、一つ一つが直径約数kmはあろうかという大きさだ。

    しかし、美琴らには上条の携帯の位置は分かっているのだ。
    仲間に向けて軽くPDAを振ると、美琴は塊の一つに向けて泳ぎだした。
    他のメンバーも、そのあとについていく。

    107 = 99 :


    目当ての塊は、中でも最も大きいものだった。
    見上げれば頂上は海上にまで達し、下を見ればそれは漆黒の闇へと続いている。
    軽く見渡すものの、内部へと侵入できそうな場所は見当たらない。

    『あー、上下船、他の船のほうはどうなっているのよな?』

    『女教皇様を中心に一番大きな塊へと向かっているところのようです。そちらは大丈夫ですか?』

    『その最大の塊のところなんだが、内部に入れないことにはどうしようもないのよな。手分けして入り口を探すか?』

    『この中にあいつがいるっていうのに、そんなまどろっこしいことはしてられない』

    会話に割り込んだ美琴が、塊の表面へと近づいていく。

    『入り口がないなら、作っちゃえばいいのよ』

    かばんをから取りだした砂鉄の詰まったボトルの口を開ける。
    砂鉄は一瞬海水に混じり辺りを漂うが、すぐに美琴の放つ磁力に沿って動き始める。

    砂鉄によって構成された巨大な鞭。
    砂鉄がある限りどこまでも伸びるそれは、磁力を操る美琴の思うままに動かすことができる。

    ベツレヘムの星は世界各地の建造物の一部を無理やり組み合わせて構成されている。
    つまり、岩盤のように密度が高いわけではなく、人が通れないほどではあってもあちこちに隙間があるのだ。

    砂鉄の鞭はその隙間を縫うように侵入していき、その隙間を広げていく。
    柱を切断し、天井を持ちあげ、時には大きな塊を丸ごと引っ張り外へと排出していく。
    自身の身体能力は普通の女子中学生となんら変わらぬ美琴にとって、これほど便利なツールは他に存在しない。

    あっと言う間に、分厚い外壁に直径3mほどの穴が開いた。

    『さぁ、さっさと入るわよ』

    唖然とする3人をよそに、美琴は砂鉄を随伴させたままさっさと中へと入っていってしまう。

    108 = 99 :

    10mほどの厚みのトンネルを抜けると、そこは上下に広い空間だった。

    『もしかしたら、崩れた時に横倒しになったのかも知れませんねぇ。
     ほらあれ、移動用の車両のレールですよ』

    レッサーの言葉を裏付けるかのように、入ってきた穴の向かい側には上下に走るレールが設置されていた。

    『お姉様、あの方の場所はどちらでしょう』

    『ちょっと待ってね……。下ね、下のほう』

    『下ですか……』

    一同は思わず足元を見る。
    今いる場所ですら、光があまり届かず薄暗いのだ。
    足元に広がる全てを飲みこむかのような闇に、思わず息を飲む。

    建宮が首にかけた携帯扇風機を一つ取り外し、呪文のようなものを唱えるとそれはまばゆい光を放ち始めた。
    無造作に手を離すと、扇風機は重力に従い奈落へと落ちていく。
    それはどこまでも。
    どこまでも。
    どこまでも。
    どこまでも落ちていき、やがて幽かな光芒すらも見えないほどの深みへと消えていった。

    『………………………………………………………………………………………………』

    一同を重い沈黙が襲う。

    『は、反応がある場所は分かってるわけだしさ、同じ深さになったらまた壁に穴でも開ければいいのよ!
     何も海底まで潜らなきゃいけないってわけでもないんだしさ!』

    『そ、そうなのよな! 我々の目的はあくまで上条当麻の捜索であって、深海調査ではないのよな!』

    あはは、あははと無理やりに励ましあう一同。
    それでも、落下し続ける扇風機の姿はありありと脳裏に焼き付いてしまった。
    あれは、今も落下し続けているのだろうか?

    109 = 99 :


    ヘッドライトのスイッチを入れ、4人は恐る恐る降下を始める。
    ライトだけではいささか心細いのでレッサーが魔術を発動させると、4人の周囲がほのかに明るくなる。
    光源の見当たらぬ不思議な明かりだが、これではぐれてヘッドライトの灯りが切れた挙句暗闇の中に迷子、という可能性は無くなった。
    幸いにも内部に侵入した時点で大分深度を稼いでいたために、侵入口が見えるくらいの深さまでの降下で済んだ。

    『だいたいこの真横らへんよね』

    高さはほぼ同じ。
    PDAが指し示す座標は、ここからそう遠くない場所を指し示していた。

    『ここの壁、ブチ抜くわよ。ちょっと離れてて』

    美琴はそう言うと、先ほどと同じように砂鉄の鞭を振るい、壁を穿っていく。
    『外壁』に相当する部分と違い、『床』や『天井』に相当する部分はそこまで堅牢ではないのだろう。
    さほど苦労せず壁に大穴を開け、内側へと入っていく。
    その穴の中に建宮が紙片を張り付けると、それは幽かな光を放ち始めた。
    帰り道の目印とするのだろう。


    同じようにして、次々と壁を突破していく。
    それにつれて増す変化に、建宮がまず最初に気付いた。

    『お嬢ちゃん、ちょっと待て』

    『どうかしたんですか?』

    『壁をぶち抜いて内側に入っていくごとに水温がどんどん下がって行ってるの、気付いてるか?』

    そう言われても、北極海に初めて浸かった美琴にはその差異が分からない。
    10777号も同様のようだ。
    が、建宮と同じ魔術師のレッサーにも何か感じるものがあるようで、彼女らしからぬ真剣な顔をしている。

    『これは……『神の力』のテレズマでしょうか?』

    『かも知れんのよな。完全消滅が確認されたとは言え、その力の残滓が未だに環境に影響を与えていることは十分に考えられる。
     みんな、ここから先は気をつけて進むのよな』

    110 = 99 :


    魔術師二人とは異なり、美琴には『神の力』の本当の恐ろしさは分からない。
    しかし、その力の片鱗はすでに見ているのだ。
    そして、上条当麻が最後に立ち向かった敵だと言う。
    否応なしに気が引き締まる。

    次の壁を突破した時に、美琴や10777号もようやく異変に気付いた。

    氷だ。
    大きな氷柱のようなものが壁を突き破り、あちらこちらから生えている。

    普通、海水が凍りつく時は空気に触れている面、つまり海面から凍り始める。
    液体は液体のままでは通常氷点以下にはならないため、より氷点の低い物質に熱を奪われなければ凍ることはできないからだ。
    よって、水の中に自然には氷は発生しないということになる。

    つまり、目の前の氷は、この先に明らかに氷点下の冷気を放つモノが存在しているということであり、
    この状況下で考えられるモノは、大天使『神の力』のみ。

    一同は否応なしに緊張を強いられる。
    大天使と戦い消息を絶った上条当麻。
    その残滓が近いとなれば、彼の痕跡もそこにあるということにほぼ間違いはない。
    事実、彼の携帯電話の反応はこの先を示しているのだ。

    美琴は胸元をぎゅっと抑えた。
    この先には彼女の知りたくない事実が待っているのだろうということは容易に想像がつく。
    彼女がそれを認めようが認めまいが関係なしに示される彼の結末は、彼女の心に何をもたらすのだろう。
    今ならば、まだ引き返せる。逃げることができる。

    だが、彼女は心の弱い部分が持ちかけてくる甘い誘惑を意志の力で断ち切る。
    『せめてあの少年を、彼の帰りを待つ人間のもとへと帰す』
    それだけを誓い、彼女はここへ来たのだ。
    その過程で、少年一人助けられぬような弱い自分の心がどうなろうと知ったことではない。

    『……行くわよ』

    震える腕をしならせ、美琴は最後の壁を破った。

    111 = 99 :


    そこは、今までのような階層とは違う、だだっ広い空間があった。
    正確にはいくつかの階層が崩落してできたのだろう、壁の残骸のようなものがあちこちに見受けられる。
    その中央に座しているのは氷山のように巨大な氷塊。
    そして、それから飛び出してる無数の氷柱。
    大きさも太さも長さもばらばらなそれはありとあらゆる方向に伸び、壁を床を天井を穿っている。

    人智を越え、災害すらも越え、もはや『天罰』の域にまで達した大天使の墓標がそこにはあった。
    そして、大天使の破壊というヒトの身ではとうてい為し得ないことをやり遂げた少年もその中に。

    それを確認すると、美琴は意を決して氷塊へと泳ぎ始め、10777号もそれに続く。
    二人は表面に近づくと、砂鉄を操り表面を穿ち始めた。

    『お、おい、何が起こるかわからんのよな! もう少し慎重にだな』

    『手を伸ばせばすぐそこにあいつがいるっていうのに、そんな悠長なことは言ってられないわよ!』

    そう言いつつも、美琴は能力を使うことをやめない。
    建宮とレッサーは頭を抱えつつも、二人に続いて氷塊に取り着いた。

    112 = 99 :

    美琴と10777号の砂鉄の鞭が、氷塊をバターのように切り裂く。
    魔術を込められた建宮のフランベルジュが氷柱を砕き、レッサーの『鋼の手袋』がそれを掴んで遠くへと放る。
    ただの氷ではないようで、やたら硬度の高い壁に苦戦しつつも、4人は着実に掘り進んでいった。

    中心へと近づくにつれて、胸の痛みはどんどん強くなる。
    それは心が放つ自己防衛のためのシグナルなのかも知れない。
    うるさい。黙れ。それがどうした。
    そのいっさいに耳を貸さず、美琴はひたすらに砂鉄の鞭を振るい続ける。

    そして、

    『……辿り着いた』

    最後の一突きで氷壁を突き崩し、4人はついに氷塊の中にあった空間への侵入を果たした。
    直径約5m程度の狭い空間。
    その中央には。

    113 = 99 :


    ──その中央には、人型の氷像があった。
    恐らくこれが冷気を放っているのだろう、付近の海水はシャーベット状になっている。
    すわ上条当麻の亡骸ではないかと思ったが、それにしてはどうも様子がおかしい。
    向こうが透けて見えるほど透明度の高い氷の中には何も見えない。
    ただ氷像が鎮座しているのみで、他にその空間に人影は見つからない。

    『……きっと、大天使の残骸ですよ。要塞の中から見た大天使にそっくりです』

    その氷像はひらひらとした布を纏った女性のような姿だ。
    頭に相当する部分の真上には、リング上の氷が浮きもせず沈みもせずに漂っている。
    背から生えた水晶の柱のような翼は氷壁へと溶け込んでいた。
    恐らくこの氷塊を形作っていたのはこの翼なのだろう。
    何かを掴もうとするかのように伸ばされた『左手』部分には、裂けた黒い布のようなものを掴んでいた。

    『……お姉様、これはひょっとして学生服のズボンではありませんか?』

    なるほど、ずたずたになってはいるが、確かにズボンだと言われればズボンに見える。
    美琴はそれをひっ掴み、ポケットの中を探った。
    右側のポケットの中から、携帯電話を引っ張り出す。

    千切れたストラップ、ひびの入った画面。
    電池が切れかかってはいるものの機能は健在で、何百件もの着信やメールの通知が表示されていた。

    あの少年はこんなところに沈んでなど居なかった。
    だが同時に、これで彼を探す手がかりは途切れてしまった。

    上条の携帯電話を大事な宝物のようにそっと胸元に抱きしめる美琴の耳に、建宮の訝しげな声が響く。

    『……ひょっとして、上条当麻はこのズボンを自分で脱いだんじゃねぇのよな?』

    114 = 99 :


    建宮の言葉に、一同の視線が彼へと集まる。
    ズボンをひらひらと振り、彼は説明を始めた。

    『このズボンを見てみろ。ベルトのバックルも、チャックも外れてるのよな』

    『それが、どうして自分で脱いだことにつながるんですか?』

    「仮に天使さまに足を掴まれて振り回されでもして脱げたなら、こんなに綺麗に外れてるのはおかしいのよ。
     ベルトはズボンがずり落ちないようにするためのものだ。ちょっとやそっとで外れたら困る。
     だから、仮に無理やり脱がされでもしたら、ベルトの穴も留め金もひん曲がっているはずなのよ』

    実際には、ベルトは穴も留め金も綺麗なままだ。
    積年の使用によるものだろう、多少変形してはいるが、とても大きな力がかかって外れたものとは思えない。

    『では、どうしてあの人は自らズボンを脱いだりしたのでしょう、とミサカは疑問に思います』

    『大天使に足を掴まれて、それから逃げるため……ですかね?』

    4人は大天使の亡骸を見下ろす。

    『あいつの足を掴んだけど逃げられて、その直後そのまま凍っちゃった、そんな感じよね』

    『そもそも、こっちはこっちでどうして凍りついてるんですかね。
     微弱なテレズマは感じますけど、それは痕跡程度でこれ自体が放っているわけではなさそうですし』

    115 = 99 :


    『……ここからはあくまで材料からの推測だけどな、上条当麻の右腕は一撃では大天使を殺せなかったんじゃないかと思うのよな。
     いくら異能の力とはいえ人間にはまとめ切れぬ膨大な量と密度を持っているんだ。ヒトの身では消し切れなくても不思議じゃない』

    しかし、彼はレベル5第三位の電撃を、第一位の反射膜をも容易に粉砕したのだ。美琴は反論しようとしたが、

    『私も見ました。謎の襲撃者の"黒い翼"やフィアンマの巨大な魔術剣は消すのに時間がかかったみたいなんです』

    というレッサーの言葉に遮られる。

    『つまり、上条当麻はどうにかして大天使をぶん殴ることに成功したのよ。どうやってか、我々には想像もつかんけどな。
     船の上で、大天使は高エネルギーの塊だと説明したのよな?
     もう少し正確に説明すると、"強力な魔術でできた風船に、強力なエネルギーをたらふく詰め込んだ"って感じなのよ。
     "風船"自体も圧力に負けて破裂しないよう非常に強い魔力を込めて作られていただろうし、あの右腕で消し切れなかったのは道理なのよな?』

    その残骸が、目の前の氷像。

    『で、上条当麻の一撃は"風船"そのものを消し去るには至らず、穴を開ける程度にとどまった。
     穴の開いた風船から空気が漏れるように、テレズマはどんどん漏れていく。
     それでもテレズマが残っているうちはまだ動くことができ、最後の力で上条当麻の足をつかんだ、ってところですかね』

    『だが、上条当麻には逃げられ、やがて力尽きた大天使さまはこんなメルヘンチックな残骸に成り果ててしまったのよな。
     おおかた、"風船"の魔術はまだ働いているんだろうよ』

    建宮は氷像を拳で叩く。

    『大天使の残骸なんて残しておいてもろくなことがないのよな。
     あとで女教皇様に破壊してもらわなければ』

    116 = 99 :


    『じゃあ、あいつはどこに行っちゃったのよ』

    問題はそこだ。
    美琴らは上条当麻を探しにこんな深海にまで来たのだ。
    携帯電話を見つけました、しかし上条当麻はいませんでしたでは帰れない。
    手がかりが途切れた以上、それに代わるものを見つけなくてはならないのだ。

    『……一度船まで戻って、それから考えませんか』


    氷塊の外まで戻り、建宮が上下船や他の船から出ている捜索隊へと連絡を取る間、美琴はあたりをふわふわと漂っていた。
    何ら特殊な装備をせずに、暗闇の中に無数の氷柱が浮かび上がるファンタジックな水中を漂うなど、一生に一度すらもないような機会だ。
    不謹慎ながらも、心に留めて置きたいと思うのは仕方のないことだろう。
    胸元のカードから漏れ聞こえる通信から安堵と落胆、そして幽かな希望の色がうかがえる。

    くるり、と頭の位置を変えたのに従い、美琴の頭に乗っかっているヘッドライトが照らす場所も変わる。
    そのさなか、妙な引っ掛かりを覚えた。
    頭の位置を慎重に戻すと、それは容易に見つかった。
    氷塊の真上の天井に口を開ける、巨大な亀裂。

    『ねぇ、みんな!』

    顔を動かさぬよう慎重に問いかけると、他の人が集まってくる。
    ヘッドライトの先を追うように指示する。

    『あの亀裂、どこに繋がってると思う?』

    117 = 99 :


    天井に開いた亀裂を抜けると、そこは先ほどの空間とは別のフロアらしかった。
    ベツレヘムの星に侵入した場所のような、上下に長い空間。
    上条当麻が最後に戦った場所の、真上にある通路。
    そして、はるか上方にちらりと見えた光。
    もしかして。
    もしかすると。
    そんな気持ちを抱え、4人はその空間をどんどん上昇していく。

    氷点に近い水温の中、特殊な装備を持たず、息継ぎすら満足に出来たか分からない状態で、深海200mからの浮上。
    間違いなく常人では不可能に近い。
    そもそもこの通路を上昇したかすら定かではない。
    それでも、4人はただ信じて昇り続ける。

    昇って行くにつれ、上方が明るくなっていく。
    やがて、4人はまばゆい光の中へと飛び出した。

    118 = 99 :


    暗所に慣れた目が眩み、ふらふらとしつつもなんとか岸に手をかける。
    魔術の援護があるとはいえ、水中に数時間以上。体力は限界に近い。
    やっとの思いで這い上がると寝転がり、しばし体を休めた。

    そこは、海上の氷から飛び出た、ベツレヘムの星の残骸の上だった。。
    昇ってきた通路は海面よりほんの少し高い位置で開口していたため、氷に覆われずに済んだのだ。
    その分、這い上がるのは大変だったのだが。

    ようやく慣れた目で美琴は辺りを見回した。
    もしかしたら、その辺りに上条がいるかもしれないと思ったからだ。
    彼女らのように服が防水されているわけでもない彼は、この寒さの中では凍え死んでしまったかもしれない。
    そんな焦燥の中、彼らは辺りを探しまわる。

    が、周囲には人影は見つからない。
    もしかしたら、彼はあの通路を上昇したわけではなかったのかもしれない。
    落胆に加え疲労の色も濃く、4人は思わずへたり込んでしまう。

    その時、10777号が叫んだ。

    「お姉様、あちらのほうにキャンプのようなものが見えます、とミサカは報告します」

    彼女が指さす方向には、確かに氷上キャンプらしきものが見える。
    もしかしたら、他の魔術師たちの捜索隊のキャンプかもしれない。

    ひょっとしたら、という思いに駆られた美琴は、疲れも忘れて駆け出した。

    119 = 99 :


    美琴らが浮上してきた場所からキャンプまでは1kmと無かったものの、水中に慣れ疲れ切った体ではその距離すらももどかしい。
    息も絶え絶えになりつつも、なんとかキャンプまで辿り着いた。
    皆室内で暖を取っているのだろう、外に人影は見当たらない。

    「誰か、誰かいませんか」

    かすれる声で呼びかけるが、応答はない。思わず日本語になってしまったのがいけないのだろうか。
    代わりにロシア語で呼びかけると、一番近くのキャンプから若い青年が現れる。
    彼はややなまったロシア語で美琴に応えた。
    彼らはシベリア極東地域に住む、伝統的な暮らしを守ることを旨とする集団で、戦禍を避けて西の方まで逃れてきたのだと言う。

    「この少年を知りませんか。どんなことでもいいんです」

    美琴は携帯電話を取り出し、画像ファイルを開いて見せる。
    彼女が持っている中で彼が映っている写真と言えば唯一ペア契約の時に取った恥かしいものだけなのだが、そんなことは言っていられない。
    若者は写真を一瞥すると、美琴らに待っているように言い中へと引っ込んだ。

    やがて、若者は一人の老人を伴って現れた。
    彼らのリーダーなのだという。

    120 = 99 :


    「人を探してやってきたと聞いたが、お前たちはどこの人間かね。
     見たところ、ロシア人ではないようだが」

    「私と妹は学園都市の学生です。
     黒髪でツンツン頭の日本人の少年を探してロシアまで来たの。これが彼の写真です」

    先ほど若者に見せたのと同じ写真を老人に見せる。

    「……この少年を探しに、学園都市の学生がロシアまで来たのかい」

    「ええ。彼について、何か知っていることはありませんか?」

    老人はまるで何かを見定めるかのように、美琴の瞳を見据える。
    それに負けないよう、美琴もじいっと見つめ返す。
    しばらく、無言の時間が流れた。
    不意に、老人が呟く。

    「その黒髪の少年ならば、我々が救助した」

    「…………ッ!!」

    老人が告げた言葉に、美琴らは目を皿のように見開いた。
    「……生き……てるの?」という呟きには、頷くことで肯定を与える。

    「……良かった……良かった……ッ!!」

    思わず傍らの妹を抱きしめ泣きじゃくる美琴。張りつめていたものが決壊したのだろう、その涙は止まることなく溢れ続ける。
    10777号はそんな姉を優しく抱きしめるとともに、ミサカネットワークに上条当麻生存の一報を流す。

    121 = 99 :

    「……それで、その少年は今、どこにいるのよな?」

    建宮が促す。
    生存が分かった以上、一刻も早くこの目で無事を確かめたい。

    「残念ながら、彼は既にここにはいない」

    「それは……どういうことですか?」

    「我々があの少年を助けた時、凍死寸前の状態であった。
     我々は伝統的な生活を守ることを旨とする集団だ。治療の手段と言えば、場当たり的な民間療法くらいしか持たない」

    老人の説明を若者が引き継いだ。

    「だから、我々は悩みました。
     大怪我をし、高熱に苦しむ少年をどのように治療すべきか。
     我々にはせいぜい薬草を煎じて彼に飲ませてやるくらいしかできません。
     近代科学には頼らないと言う自分たちの主義主張を彼に押し付けて、このまま見殺しにすることはできない。
     そう考え、やはり近代的な治療のできる学園都市軍に引き渡そうとしたその時、とある男が現れて言ったのです。
     『俺は学園都市に関わりがある人間だ。俺が連れて行ってやる』とな」

    学園都市に関わりを持つ人間が、上条当麻を既に回収していた。
    美琴はロシアに来るきっかけになった情報ファイルを思い出す。
    『上条当麻を生きたまま連れ戻せ。他の組織への帰属が明らかになった場合は強襲せよ』
    要約するとこうなるあのファイルから考える限り、何か後ろめたいことに巻き込まれる可能性は極めて高い。

    122 = 99 :


    「そ、その男の特徴は!?」

    「そこそこ身なりのいい男で、日本人にしては背が高く、整った顔立ちをしていたな。
     まるでライオンのようなイメージを与える男だった。
     昨日の夕方ごろに現れ、今朝早くここから東のほうへと去って行った」

    「……この地点から真東へ約300kmのところに学園都市の機関があります。そこへ向かったのではないでしょうか」

    既に半日近く経過している。
    雪上であるということを考えても、車などを使えば既に到達している可能性は高い。
    しかし、ただでさえ戦闘機をハイジャックして密航してきた美琴だ。
    この上学園都市の機関を強襲したとなれば、万が一彼を救えたとしても美琴は晴れて国際的テロリストの一員だ。
    重体の上条を抱えて、最先端技術の粋を凝らした軍隊から逃げ切れるはずもない。

    「……お姉様、その提携機関には姉妹たちがいます。彼女らに偵察を頼みますか?」

    「お願い。……ねぇ、その男のことで何か他に覚えていることはない?
     なんでもいいの。覚えていることは全部教えて」

    美琴の必死の言葉に、老人や若者は考え込む。

    「……そうだな、『何かバカでかいものが落ちたから見に来た』とか『学園都市の機関に会いたい人がいる』とか言っていたな」

    「『仕事でロシアに来たら戦争に巻き込まれて大変な目にあった』とかも……。
     待てよ、確か名刺のようなものを置いて行ったような……」

    若者はテントの中へと戻り、しばらくして小さな紙を持って戻ってくる。
    美琴は手渡されたそれを覗き込み、そして驚愕した。

    そこに書かれていた名前は。

    123 :

    パパン?

    124 = 99 :


    同時刻。
    彼は自らの激しいせきで目を覚ました。
    霞がかかったような視界、割れるように痛む頭、そして息苦しく燃えるような感覚に包まれる体。

    感覚がはっきりとしない。
    浮いているのか、落ちているのか。
    立っているのか、寝ているのか。
    自分がどちらを向いているのかすら分からない。

    「おや、お目覚めかな?」

    彼が起きたことに気付いたのか、どこからか男の声が聞こえる。

    「調子はどうだい?」

    何か答えようとしたが、口がうまく回らない。
    かわりに喉の奥に妙な感覚を覚え、体をくの字に曲げて激しくせき込んだ。

    「ああ、無理をしなくてもいいよ。物凄い熱があるんだ、苦しいだろう。
     ちくしょう、常備用の風邪薬程度じゃ効きやしないか。もうすぐ病院に着くからな」

    男がどこか労わるように言うが、彼の頭はその言葉の意味を理解できないほどにその機能を低下させていた。
    激しい耳鳴りと歪む視界、強い吐き気が彼を苛む。
    考えがまとまらない。考えることすらできない。

    「ああそうだ、自己紹介をしていなかったね」

    耐えきれず、再び眠りへと落ちていく中で最後に聞いたのは男の名前。

    「俺は御坂。御坂旅掛っていうんだ。よろしくな」

    125 = 99 :

    今日はここまでです。
    相変わらずご都合主義と矛盾満載でお送りしていますが、少しでも楽しんでいただけていると幸いです

    上条さんがどんな格好で打ち上げられていたか考えてはいけない

    126 :

    乙wktkが止まらない

    127 :

    御坂父が上条さんを釣り上げたイラストがあったなー
    あれは笑った

    主人公不在のこの世界にたりないものはなーんだ?
    もちろん、上条さんです

    128 :

    乙!
    楽しみにしてるよ~

    129 :

    乙~
    続き待ってます!

    130 :

    ダディーーーーーー!!!
    続く楽しみにしてる、>>1

    132 :

    最初土御門さんかと思ったけど父さんだったー!

    ついに両親公認フラグへ…
    大期待です

    133 :

    wktkがとまらないwwwwww乙
    期待してるぜ

    134 :

    こんばんは
    たくさんのレスありがとうございます

    >>132
    おっと、そうは問屋がおろさないぜ
    思春期の娘に近づく野郎に対する、父親の敵意の強さは異常

    では、投下していきます

    135 = 134 :

    『……ミサカ何とか号へ。先ほど依頼された件ですが、30分ほど前に急患が野戦病院に運び込まれたそうです、とミサカ19999号は報告します。
     患者を連れてきた男性の特徴はあなたが報告したものとほぼ一致したそうです』

    『……ミサカ抜け駆け号へ。医者の話によると患者は10代前半の少年だということです、とミサカ20000号は補足します。
     あなたや19999号の報告と合わせると、あの方である可能性は極めて高いとミサカは思います』

    『了解しました。ところで、言葉の端はしにこのミサカへの悪意が感じられるのは気のせいでしょうか』

    『自分だけお姉様にしれっと検体番号ではなく名前を呼んでもらってるんじゃねーよ、とミサカ19999号は何とか号を非難します。ずるい』

    『そうだそうだこのズッコズーズー、とミサカ20000号は19999号に全力で同意します。うらやましい』

    『……"今からそっちに行くから、名前で呼んでほしいならそれまでに考えておきなさい"というお姉様のお言葉をいただきましたが、
     余りにもミサカいじめが酷いのでこの言葉はミサカの胸の中へとしまっておくことにしましょう、とミサカ10777号は報復を考えてみます』

    『さすがロシア在住ミサカの中で一番先に造られたミサカ、やる時はやりますね、とミサカ19999号は10777号を褒めそやします』

    『その掌の返しようは何でしょう。しかし本当にグッジョブです、とミサカ20000号は追従し、10777号の手柄を称えます』

    『ちょっと待ってください。どうしてロシア在住の姉妹だけ名前で呼ばれるようなことがあるのでしょう、とミサカ17000号は抗議します』

    『そもそも7が3つでナナミなら、このミサカにもそう呼ばれる権利があるはずです、とミサカ11777号は主張します』

    『いいえ、7と3でナナミと読むほうが自然ではないでしょうか、とミサカ10073号は反論します』

    『待ってください、それでは7が4つのミサカの名前はどうするべきでしょうか、とミサカ17777号は尋ねます』

    『ナナヨ……いえナナシでいいのでは、とミサカ11111号は提案します。名無しだけに。ぷくく』

    『話がずれています。名前談義など後でいいでしょう、とミサカ10032号は場を収めようとします』

    『『『あの方に"御坂妹"などという固有名称をいただいたあなたが言えることではないのでは? とミサカたちは口を揃えます』』』

    『そんなことよりも、全ミサカに相談したい緊急のことがあります、とミサカ19999号は発議します』

    『……いろいろと納得しがたいことはありますが、緊急と聞いては矛を収めざるを得ません、とミサカ17830号は先を促します』

    『はい。件の男性についてなのですが────』

    136 = 134 :


    「インデックスッ!!」

    厳かな祈りの場に相応しからぬ剣幕で、ステイル=マグヌスは大聖堂へと飛び込んだ。
    彼がここまで取り乱すのはめったにあることではない。

    「……どうしたの」

    「北極海で上条当麻を探している天草式から連絡が入ったんだ。
     未確認だけど、上条当麻が生きて学園都市に回収されたらしい!」

    「ッ!?」

    その言葉に、彼女は跳ね上げるように顔を上げ、ステイルへと詰め寄った。

    「とうまが……生きてるの……?」

    「ああ。報告では、東方から避難してきていた伝統集団が救助して、学園都市に引き渡したらしい。
     運悪く天候不順で移動手段がないらしくて、朝を待って神裂らが確認に向かうところだそうだ」

    「良かった……」

    ふわりと崩れ落ちるようにその場に座り込み、静かに涙を流すインデックス。
    彼女の頬を伝うのは今までのように悲しみによるものに代わる、喜びによる新たなものだ。

    「確認ができ次第、僕たちも現地に飛べるように手配をしておく。
     ……それにしても、酷い顔だ。彼に再会する前に、少し身だしなみを整えておくべきだと思うね」

    「失礼な、これでも私はレディーなんだよ。言葉には気をつけてほしいかも!
     ……うぅ、だけど、ちょっとお花を摘みにいってくるね」

    そう言うなり彼女は小走りで大聖堂を出ていく。
    ステイルのことなど振り返らずに去った彼女の顔は驚くほど喜びに満ちていて。
    彼ははインデックスが笑顔を取り戻した喜びと、一抹の寂しさの混じる表情でそれを見送った。

    「『右方のフィアンマ』をたった一人で打倒し、大天使との戦いからも生還した、か。
     上条当麻、君は本当に頑丈にできているんだね」

    上条当麻が生還したということは、ステイルの役割はここで終わり。
    あとは彼にインデックスを引き渡し、二人は学園都市に帰り、ステイルはイギリスへと帰る。
    それが『日常に戻る』、ということなのかもしれない。

    懐から煙草を取り出し火をつけようとするが、幾度か試したあと途中でやめてしまう。
    胸の中に反響するのは、たった一度呼んでもらえた名前。

    「……しけってやがる」

    短くつぶやいた言葉は、大聖堂に満ちる冷たい空気の中へ消えた。

    137 = 134 :


    「……凄い」

    神裂ら他の天草式のメンバーらと再び合流してから数時間後。
    夜の帳が下りた駅のホームに、大きな車両が停車していた。
    ロシア成教が保有する高位聖職者のための特別な車両だということだ。
    建宮が言うには最大主教さまが気前よく貸してくれたらしい。

    赤い尼僧服に身を包むシスターに手招きされ、中に入るとその豪奢さがよく分かる。
    通常の列車とは全く異なり、まさに教会に車輪をつけて連結させた、という表現がぴったりだ。

    「折しも天気が崩れて参りましたので、あまり速度を出すことができません。
     一晩かけて目的地へと向かうことをご了承ください」

    案内役のシスターが申し訳なさそうに言うが、むしろ美琴らが恐縮してしまう。
    右も左もわからぬロシアで、移動手段を提供してくれただけでもありがたい。


    シャワーを浴び、寝室にと宛がわれた部屋のベッドで、美琴は大の字になる。
    泳ぎ疲れた体に高級感あふれる大きなベッドの柔らかさが心地いい。
    となりのベッドでは10777号が妙な動きをしていた。

    「何やってんよ?」

    「美容体操です」

    「……効果あるの?」

    「最初にこれを始めた19090号のウェストは、姉妹全員のアベレージよりもいまや親指3本ほど細いそうです。
     ミサカのおなかもすっきりして欲しいなぁ、とミサカはほのかな嫉妬を感じています」

    「そんなこと言って、別にあんた太ってるわけでもじゃない」

    目の前の妹は自分に生き移しだ。
    自らの体形が気にならない美琴としては、妹も同じようなものだと思ったのだが、

    「世の男性は痩せている女性のほうが好みだそうですよ? 恐らくあの方も、とミサカは推測を述べます。あくまで推測です」

    その言葉は看過できない。
    実際にはこれは冥土帰しが教え込んだやや偏りがちな価値観なのであるが、美琴はおろか又聞きの10777号には知るすべはない。
    唐突に動きを止めた美琴に、10777号は問う。

    「お姉様にも、お教えいたしましょうか?」

    「………………………………………………」

    ややあって、美琴の首が縦に動いた。

    138 = 134 :

    姉妹そろって、ベッドの上で体をひねる。

    「……体操だけじゃなくて、よく食べてよく体を動かしてよく寝るほうが健康にはいいと思うけどなぁ」

    「ミサカもお姉様と同じように何時間も泳いで疲れていますから、今日はよく眠れそうです」

    「そうね、時差ボケなんかどこに行ったんだーって感じよ、私も」

    日本から超音速戦闘機でロシアの果てまで飛んできたのだ。
    体内時間と現地時間がずれていてもおかしくはないのだが、いろいろありすぎてそんなものは吹き飛んでしまった。
    一通り体をほぐし終え、美琴はぱたん、とベッドに再び横になる。

    「おや、お姉様はもうお休みになるつもりですか」

    「んー、そうね。あの馬鹿に会えたらしてやる説教の文句でも考えながら寝ることにするわ」

    139 = 134 :

    「その前に、少々ご相談があるのですが」

    「なぁに?」

    早くもシーツに包まり、もぞもぞ顔だけを妹に向けながら美琴が答える

    「あの方を学園都市軍の病院へと連れて行った男性、御坂旅掛氏を、ミサカたちはどうお呼びすれば良いのでしょう」

    「……んー、お父さん、でいいんじゃない? 遺伝的にはあんたたちだってあの両親の娘なのよ。母さんも同じ感じで」

    そこまで言って、美琴はある懸念を思い浮かべた。
    妹たちがいる施設に、父が向かったということは。

    「……もしかして、これから行く機関にいる子たちがお父さんに遭遇しちゃったりしたの?」

    父親や母親は妹たちの存在を知らない。
    知らぬ間に娘のクローンが2万人も造られ、そのうち半数以上が実験動物として既に死亡しているというショッキングな事実。
    いつまでも隠し通せるとは限らないとはいえ、美琴の中では伝えるべきではないことだとも思う。
    レベル5第3位であるとはいえ、未だ中学生。その決断を下すには余りにも重すぎる。

    「いいえ、情報を集め終わったあと、速やかに自室に退避しました」

    「……そう」

    妹たちには申し訳ないと思いつつも、美琴は胸を撫で下ろす。
    今はまだ、両親に打ち明けるには覚悟も準備も足りない。
    とはいえ、ひとまず危機は回避した。
    そう思ったのだが。

    「しかし、"お父様"はどうやらミサカたちを探しているようです、とミサカは姉妹たちの報告を伝えます」

    「えぇっ!?」

    140 = 134 :

    美琴は思わず身を起こし頭を抱える。
    大覇星祭の時だって母親からは目を離さなかったし、両親と連絡を取り合う時だってそれらしいことをほのめかしたこともなかった。
    自分から漏れたという線はないと言ってもいい。

    だとすると、父親はどこから妹達の情報を得たのか。
    「世界に足りないものを示す」などといういかにも胡散臭い仕事をしている父親のことだ。
    どこにどんなコネクションがあるかは分かったものではない。
    もしかしたら「マジュツ師」にコネがあったとしても不思議ではない、と今なら違和感なく思える。

    しかし、今は情報源自体は問題ではない。
    重要なのは、妹たちの情報を知り得たかもしれない、いや十中八九得ているだろう父親にどう対応するかということだ。
    父親は怒るだろうか、悲しむだろうか、憤るだろうか。もしかして妹たちを気持ち悪がるかもしれない。
    娘に瓜二つのクローンを前にしたら、どのような行動に出るかなんて分かったものではない。

    だが、美琴は「どんなことがあっても妹たちをこれ以上死なせない」と既に決めたのだ。
    仮に父親が妹たちを拒絶したとしても、やることは決まっている。

    141 = 134 :


    が、たまりにたまった疲労が白い靄となって美琴の頭の中を占領していく。

    「……ダメだわ。眠くて頭が回らない。
     ええい、出たとこ勝負よ。あのいつもどこにいるんだか分かんないヒゲオヤジ相手に考えるほうが無駄ね」

    「お休みなさい、お姉様」

    「お休み。……ねぇ、一つ覚えておいてよ」

    「何をでしょう」

    「あんたたちは、私の大事な妹たちだから。何があっても、私はあんたたちの味方だから。
     だから、何か困ったこととかあったら、何でも相談してよね?」

    「………………………………………………はい」

    しばらく間をおいて、10777号が頷く。
    その反応から、今現在何か抱えてる悩みがあるのかもしれない。
    思わず、美琴に打ち明けたくなるような事が。

    だが、美琴はあえてそれを問い詰めるようなことはしない。
    「相談してほしい」と「相談しろ」は異なるものだ。
    美琴が妹たちに求めるのは、対等。
    頼り頼られるような普通の「姉妹」としての関係だ。

    142 = 134 :

    「お姉様」

    「…………なぁに?」

    しばらくたち、うとうとし始めていた美琴は妹の声で起きた。
    声のほうを見ると、10777号が枕を抱えて立っていた。

    「お姉様と一緒のベッドで寝ても、よろしいでしょうか」

    「いいわよ」

    そう言って、美琴は妹の為に場所を空ける。
    美琴が寝ていた位置へと潜り込む10777号。
    豪奢なベッドは、二人で寝ても余裕があるほど大きい。
    二人は枕を並べ、自然と互いのほうを向きあう。

    「……誰かと一緒に寝るのは、初めての体験です」

    「私だって久しぶり。小さいころに里帰りしてお母さんと一緒に寝たくらいかしら。
     ……まあ、毎朝ベッドに忍び込んでくる変態な後輩はいるけどさ。
     あんたも学園都市に来たら、私と同じ制服を着たツインテールには注意しなさい。
     何かされたら容赦なく電撃かましていいから」

    それから10777号にお休み、ナナミと言い残して美琴は目を閉じた。
    よほど疲れていたのだろう、一分と経たぬ間に、規則正しく可愛らしい寝息が聞こえてくる。

    143 = 134 :


    (…………番外個体や"第三次製造計画"について、切りだすことができませんでした)

    10777号は美琴の頬を軽く撫で、心の中で一人ごちる。
    妹達全員に関わる問題だ、美琴に頼るのは道理である。
    彼女が知れば、全力でその阻止に動くだろう。

    (……でも、ミサカは優しいお姉様に傷ついて欲しくはありません)

    レベル5第3位とはいえ、未だ14歳の少女だ。
    その繊細で柔らかい心に、学園都市の暗部は容赦なく深い傷を残すだろう。
    かつて美琴が自殺まがいの特攻を思いつくまでに追い込まれた、八月の悪夢のような一週間のように。

    (……"第三次製造計画"については、まだ不明なことばかり。もっと情報を集めてからでもいいのでは、とミサカは自己弁護します)

    何より、美琴自身も心配事を抱えている今はその解決に尽力してほしいし、10777号自身もそれを手伝いたい。
    そう自分を納得させ、10777号も目を閉じた。

    144 = 134 :


    同時刻。学園都市にて。
    黄泉川愛穂は、同僚である月詠小萌の部屋で彼女を慰め続けていた。

    小萌の教え子である上条当麻、及び土御門元春が失踪し早2週間。
    加えて、小萌の部屋に居候していた結標淡希も同時期に家を出たまま帰ってこないという。

    学生を何より大事にする小萌のことだ。
    同時期に3人も生徒が行方不明になり、いまだ消息も掴めずにいる、というのはあまりに辛いだろう。
    生徒の前では健気にも気丈にふるまっているが、自分の部屋では心配のあまりずっと泣いているらしい。
    黄泉川『警備員』に所属しており、何かあればいち早く情報を手に入れることができるというのもあり、
    少しでも小萌の支えになろうとしているのだった。

    そんな中、黄泉川は仕事中に数枚の写真を手に入れ、確認のために小萌の元へと持ってきた。
    それに映っていたのは、ツンツン頭の少年と銀髪の少女。

    「……どうやら上条ちゃんとシスターちゃんのようですが、これは?」

    「第23学区の空港の、10月17日の防犯カメラの映像じゃん。それも国際線の。
     2週間『警備員』が血眼になって探しても証拠一つ見つからないなんてことはあり得ない。
     だから、ひょっとしたら学園都市外に出たんじゃないかと思って、ゲートや空港の防犯カメラを一つ一つ調べて行ったじゃん。
     ……それで、これは小萌センセのとこの悪ガキと、その居候で間違いないんだね?」

    「は、はい。先生が生徒さんを見間違えるなんて有り得ないのです」

    「それにしても、一般生徒がどうして国際線にいるじゃん?
     出国申請も何も提出はされていないじゃんよ」

    「シスターちゃんはイギリス出身だそうですから、その関係なのでしょうか……?」

    「イギリス……」

    上条当麻とインデックスという少女がイギリスへ発ったとして、気になるのはその日付。
    10月17日。
    イギリスにおいて、クーデターが発生し鎮圧された日。

    145 = 134 :


    (……ひょっとして、シスターの用事でイギリスへ行き、そこでクーデターに巻き込まれた……?)

    黄泉川は考える。
    クーデターが起きたのは英国全域でだ。
    特に、女王直下の部隊による鎮圧が行われたロンドンを含む首都圏では、大規模な戦闘が行われたという。
    シスターがイギリスのどこの出身かは知らないが、巻き込まれている可能性は極めて高い。

    その可能性を小萌に伝えると、彼女は肩をびくりと震わせながらも頷いた。

    「か、上条ちゃんは例え自分に危険が迫っていても、誰かが助けを求めていたら助けずにはいられない正義感の強い子ですから。
     そうして危険な状況に飛び込んで行って、お、大怪我をしたかも知れないというのは、十分に考えられる話なのです」

    「……とにかく、上条当麻についてはイギリスにある学園都市の提携機関に調査を依頼するじゃん」

    「……お願いしますなのです」

    上条当麻についてはとりあえずはそちらの調査待ち。
    残る問題は土御門元春と結標淡希だ。
    この二人も、10月17日を境に戻らない。
    10月17日。
    外ではイギリスでクーデターが起こり、中ではテロが散発した。
    この日を境に、世界は急速に変化していくこととなる。

    翌日の、ロシアによる突然の宣戦布告。
    それによって引き起こされた、第三次世界大戦。
    時を同じくしてイギリスとフランスも戦争を始めた。

    そして、黄泉川自身が気にかけている、一方通行と打ち止めが行方をくらました日でもある。
    二人は既に帰ってきたものの、その間にあったことは何一つ話してくれていない。
    彼らが連れて帰ってきた少女についてもまた同じ。

    情勢一つを取っても、変化の基点は10月17日にあるのだ。

    (一体、この日に何が起きたじゃん?)

    黄泉川の問いに、答える者はいない。

    146 = 134 :


    11月2日。

    「おっはよーございまーすッ!!」

    翌朝、美琴は蹴破るように開かれたドアの音とベッドに飛び込んできた何者かの重みで目を覚ました。
    つい腹が立ち電撃を飛ばしてしまったのを誰が責められよう。

    「ぐふぅ!? こ、こんな朝っぱらから電撃プレイとは、ミコトもなかなかマニアックですね」

    「違うわ! ……なんかさ、アンタって私の後輩とおんなじニオイがするのよねー」

    「それは、私からもエレガントでゴージャスなお嬢様の気品が漂っていると?」

    「いや、『変態』っていう一点でさ。他の全てが台無しになってる気がするのよね」

    「なんならあなたの愛玩奴隷になって差し上げてもよろしいですよ。いひひ」

    「なっ、あ、あい!? そんなものいらないわよ!?」

    「ですよねー。私としてもミコトよりはどっちかというと上条当麻に組み敷かれるほうg……やんっ」

    美琴がレッサーの尻尾を掴み、思い切り電撃を流す。
    妙に色っぽい叫び声をあげびくんびくんと痙攣するレッサーをベッドの下に蹴り落とすと、まるで汚物を見るような眼で彼女を見下ろした。

    「ああその軽蔑するようなサディスティックな視線……、ゾクゾクします」

    「砂鉄にくるんでレールガンの弾頭にするわよこのド変態」

    美琴がにわかに帯電し始めたその時、

    「……人が寝ている横で、喧嘩をしないでください」

    と10777号が若干不機嫌そうな顔で体を起こす。
    美琴と10777号は同じベッドで寝ていたので、美琴が暴れればその影響は当然10777号へと及ぶ。

    147 = 134 :


    「あ、ごめん、起こしちゃったわね」

    「いいえ、どの道レッサーさんのせいでミサカも起きてしまいましたから」

    良く見ないと分からない程度に目を細め、レッサーのほうを睨みつける。
    当のレッサーはどこ吹く風だ。

    「二人部屋なのに、同じベッドで寝てたんですね」

    「別に姉妹なんだから良いじゃない。ナナミが甘えたさんなんだし」

    「……お姉様だってミサカのことは言えないのでは、とミサカは昨夜のことを思い返します」

    「昨夜って何よ」

    「寝ぼけたお姉様に抱き枕にされました」

    そう言えば、夢の中で抱きついた気がする。何にとは言わない。

    「挙句の果てに、耳元で寝言まで囁かれました」

    「……参考までに、なんて言ってたか教えなさいよ」

    無意識に何を呟いていたか、見ていた夢が夢だけに想像するだに恐ろしい。
    10777号は美琴に耳を寄せ、姉そっくりの声色で、

    (もう離さないんだから、と「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

    妹のささやきを大声で遮り、シーツに頭から潜り込んでしまう。
    顔から火が出るようで、レッサーがケラケラ笑う声が鬱陶しい。
    耳元で大声を出された妹が抗議のつもりか美琴の背中をぽかぽか叩いてくるのにもかまわず、美琴はしばらくそのままシーツに包まっていた。

    148 = 134 :


    「……おっと、そう言えばあと一時間程度で到着するそうですよ。
     それを伝えに来たんですが、あまりに美琴が可愛いもんで忘れちゃってました」

    「到着って行っても、まさか駅が学園都市の機関の真横にあるわけじゃないわよね」

    「研究機関と言っても現地雇用の方々もいらっしゃいますし、彼らの為の交通機関が存在しますので移動に関しては問題はありません。
     むしろ、どうやって中に入るかを考えたほうが良いのではないでしょうか。
     ミサカやお姉様は学園都市の学生と言う身分がありますが、他の方々は部外者以外の何物でもないのでは、とミサカは疑念を呈します」

    「……あ」

    そこまで考えが至ってはいなかった。
    美琴や10777号は学園都市での身分証明書や留学生待遇でロシアに滞在しているという名目があるが、他のマジュツ師たちについてはどうだろう。
    天草式の面々は日本人ということもあり、もしかしたらさほど大したこともなく中に入れるかもしれないが、
    レッサーやベイロープに関しては完全に手段なしの状態だ。

    「ですから、今ベイロープと天草式とで朝食をとりつついろいろ話し合ってる所なんです。
     天草式全員は無理でも、数人程度ならなんとかなるかもしれないそうですが」

    「まあ、数人程度なら、ねぇ」

    ロシアに住んでいる日本人で、上条当麻の知り合いという言い訳も成り立つかもしれない。

    「何にせよ、二人も早く起きて朝ごはんを食べましょうよ。
     せっかくロハで豪華な列車に豪華な朝ごはん、食べないと損ですって」

    149 = 134 :


    手早く着替えを済ませ、列車の中ほどに連結されている食堂車へ向かうと、中は天草式の面々でいっぱいだった。
    その中央のテーブルで、ベイロープと神裂、建宮が何かを話し合っていた。

    「全員で押し掛けるのも面倒を引き起こすだけですので、まず機関に向かうのは数人だけということになりました」

    と神裂は言った。
    彼女はいつもの白いシャツに右袖のないジャケットではなく、ダークグレーのスーツを着ていた。
    髪も後頭部ではなく襟首のあたりで緩くまとめ、目が悪いわけでもないのに伊達眼鏡までしている。

    「学園都市の機関に用事があるのに、いかにも魔術師然としているのは不自然でしょう?」

    とは彼女の言葉。
    良く見れば、周りのテーブルに座っているメンバーもそれぞれビジネスライクな格好をしている。

    「天草式は周囲に溶け込むことを得意としているんです。これから行くのは研究機関ですから、ぱりっとした社会人風の格好ですね。
     部外者が研究者のような格好をしていても変ですし、お見舞いでも通じるような正装ということになりました」

    「本当は女教皇様や五和なら学生服でも良いんだが、あいにくそんなものは用意していないのよな」

    「学生服ねー。…………学生服?」

    150 = 134 :


    美琴は目の前の二人を見る。
    五和は見た目からすると高校生、あるいは大学生くらいと言ったところだろう。
    頭の中で長点上機や霧ケ丘、上条の通う高校の制服を合わせてみてもなんら違和感はない。

    だが、神裂はどうだ。
    いかにもキャリアウーマン風の格好が嫌に板についている。
    試しに、五和と同様に美琴の知るいろいろな制服と合わせて見るのだが、どうもしっくりこない。
    自分と同じ常盤台中学の制服を着ているところまで想像して、美琴は考えるのをやめた。
    そんな様子が美琴の顔色にありありと現れていたのだろう、神裂は若干不機嫌そうに問う。

    「…………参考までに、あなたには私がどれくらいの年齢に見えていますか?」

    「私の倍くらい」

    「…………私は、18です」

    「……………………………………………………………………………………………………………………………………えっ?」

    「……どうしてそこで上条当麻と同じ反応をするのでしょう?
     女の子なのですから、人前で耳掃除のジェスチャーをするのははしたないのでは」

    「だって、その格好だとどこからどう見ても三十路前の仕事命なデキる女にしか見えn」

    言いかけて、美琴は思わず言葉を切ってしまう。
    神裂のテンションが目に見えて落下していくのがわかったからだ。
    どんよりとした雰囲気を纏い机に突っ伏し、

    「ふ、ふふ……どうせ私なんか、学生の街に住む学生には年増にしか見えないんです……」

    などと呟き始める始末。


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