元スレ美琴「極光の海に消えたあいつを追って」
SS+覧 / PC版 /みんなの評価 : ★★★×5
851 :
852 :
まだ更新されんのか
853 = 852 :
まだ更新されんのか
854 = 852 :
853のものです
saga書く場所間違えた
すいません
855 :
こんばんは
一週間のノルマぶっちぎってしまいました
それもこれもちょっと30kgの金庫運んだくらいで腰を痛める貧弱さが悪いんだぜ……orz
もうほぼ完治ですけど
打ち止めのバッジの件については、お風呂セットの影にでも隠して見えないようにしたことにしてもらえればありがたいなと……
一通さんがいるのにそそくさと退出しただけではちょっと描写不足でしたね
では今日の分を投下していきます
856 = 855 :
12月5日。
常盤台中学において受験生向けのオープンキャンパスが開かれる日だ。
能力開発に力を入れると共に、『義務教育終了までに世界に通用する人材へと育て上げる』ことを標榜する常盤台中学は、その定員数に対し志望者数がとてつもなく多い。
常盤台中学ではとてもオープンキャンパスなど行えず、数万人規模を収容できる第三学区内の大きなコンサートホールで行われているのはそのため。
オープンキャンパスと言っても一端覧祭の期間中校舎は一般開放されており、今日はもっぱら受験のシステムや校風の説明などがメインだ。
美琴は舞台の袖からそーっと会場内を覗き、顔をさっと青褪めさせながら引っ込め、そのまま割り当てられた控室まで逃げてしまう。
「無理無理無理、絶対、ぜぇーったいに無理ーー!?」
がたがたと肩を震わせながら、壁に沿ってずりずりとへたり込んでしまう。
美琴がこの会場にいるのには訳がある。
オープンキャンパスで学校代表の模範生として、聴衆の前でバイオリンを披露することになっているのだ。
だが、こんな人数の前で演奏したことなどない。
盛夏祭で演奏した時は約200人の前だったが、今回はざっとその100倍はいるのだ。
ヘマをすればそれは自分だけでなく、学校の名誉すらも傷つけてしまう。
その道のプロならばともかく、こんな状況で足がすくまぬ人間などいるはずがない。
857 = 855 :
「ああもう、どうして引き受けちゃったんだろ……」
担任もこんな人数だと言うならちゃんと説明してくれてたら良かったのに。
それとも美琴とてかつてはオープンキャンパスに参加していた側だったのだから、説明せずともきちんと分かっているだろうと思われたのだろうか。
などとうじうじしている間にも、プログラムはどんどん進んで行く。
「御坂さん」
声をかけられた方を見れば、空けっぱなしの扉の所に立っていたのは食蜂。
美琴と目が合うと軽く手を振ってくる。
「緊張しているのではないかと思って、きてしまいました」
「もうガチガチよ。今にも倒れそう」
関係者以外は立ち入り禁止のはずだが、食蜂の能力を持ってすれば訳はない。
「緊張しなくてもいいように、精神調整してさしあげましょうか?」
一瞬、それはとてつもなく甘美な誘いに聞こえた。
緊張を感じなければ、普段の練習と同じようにパーフェクトな結果を出せるだろう。
だが、美琴は首を横に振る。
「ありがとう。でも、自分の力で頑張るわ。
『常盤台の生徒はこれくらいでは動じない』ってところを、来年の後輩たちに見せてあげないとね」
震える唇で、空元気をしてみせる。
「ふふ、勇ましいですわね」
858 = 855 :
一通り話をして、食蜂は去って行った。
若干緊張は和らいだものの、それでもまだ指の動きはぎこちない。
上条の治療法の模索や様々な課題の合間に、あんなに練習したのに。
ここに頼れる後輩がいたら、美琴を元気づけるためにあれこれ気を揉んでくれただろう。
友人たちがいたら、気を紛らわせるためにわざと場を和ませるようなことをしてくれたに違いない。
もし上条がいたら……。
(って、あいつが気を効かせてくれるなんてないない!)
あの少年はそう言うことには鈍感そうだ。
きっと本番前で美琴が緊張してるなんてことは想像だにしていないに違いない。
そう思っていたから、懐の携帯電話の突然の着信に飛びあがってしまった。
相手の名前も確認せずに通話ボタンを押す。
「も、もしもし!」
裏返った声が恨めしい。
『あー、御坂?』
心臓がドキリとした。
スピーカーから聞こえてきたのは、聞きたいと思っていた少年の声。
859 = 855 :
「な、何の用よ? ていうか携帯電話の修理終わってたの?」
『修理自体は一週間くらい前に終わったんだ。ただ使うのにいちいち病室出て屋上かロビーに行くのが面倒でなぁ……』
確かにいちいち携帯電話を使える場所まで行くのは億劫かもしれない。
『用っていうかなんていうか……御坂さ、今日バイオリンの発表だーって言ってたろ?
それってもう終わっちゃったのか?』
「え、ま、まだだけど……」
『そっか。いや実は、御坂が本番前で緊張してねーかと思って電話したんだけどさ。
ほら、人前で演奏したことはほとんどないって前に言ってたろ?』
「そういえば、そんな話もしたわね」
もしかして、上条は美琴を心配して電話をかけてきてくれたのだろうか?
少しだけ、期待に胸が逸る。
「……心配してくれたの?」
『まあなぁ。そりゃ一番の友達に失敗してほしい奴なんかいないだろ。
大人数を前にした晴れ舞台なんだろ? だったらなおさらだ』
一番の友達。これは上条にとって美琴がかなりの近しい存在であることを示しているのだろうか。
そりゃ彼が記憶を失ってから一番長くそばにいるしお見舞いにもよく行くしああでもどうせならいやそこまでは云々云々していると、さらにそこへ爆弾が投下される。
『俺は、好きだぞ?』
860 = 855 :
「へぇっ!?」
思わず上ずった変な声が出る。
聞かれた。絶対に聞かれた。
美琴の放った妙ちきりんボイスは電波を介して上条の携帯のスピーカーへと確かに伝播したことだろう。
だって、仕方がないじゃない!
意中の少年の口から「好きだぞ」なんてワードが聞けるなんて、恋する乙女にとっては何たる僥倖。
妙な声のひとつも出ようと言うもの。
美琴の不審な様子を感じ取ったのか、上条が恐る恐ると言った様子で口を開く。
『……あー、御坂の弾くバイオリンが好きだぞって意味な?』
「…………そうよね、やっぱりそういう意味よね』
『?? 何か言ったか?』
「……なんでもない」
上条の性格はここ数カ月で嫌と言うほど分かっている。
それでも隠しきれない落胆の色は、声にも如実に表れてしまう。
『とにかくだな、御坂はせっかくバイオリンが上手なんだから、自信を持ってやっていいと思うぞ。
バイオリンの曲を聞いても題名が思い浮かばないような俺に言われても説得力がないかもしれないけどさ』
「……そんなことないわよ。身近な人に言われるのって、凄く励みになるもの」
言葉を返しながら、美琴は自分の口から出る言葉に自身で驚いていた。
以前だったら、「あんたに言われるまでもなく、美琴センセーはいつでも自信満々よ!」とでも返していたかもしれない。
少しは素直になれてきたのだろうか。
そりゃあ良かった、と電話口の向こうで上条が笑う。
それにつられて、美琴の口元もほころんだ。
861 = 855 :
「……ねぇ」
『なんだ?』
「演奏が終わったらさ、病室に遊びに行ってもいい?」
『御坂は午後は予定とか何にもねぇの?』
「今日は一日このオープンキャンパスのために空けたのよ。だから演奏が終わり次第フリーなの」
『じゃあ来るついでに一つ頼みを聞いてくれるか?』
「……美琴センセーになんでも言ってみなさい」
『あとでお金は出すので、屋台でテキトーに美味そうなものを買ってきてくれ。もう病院食には飽き飽きだ……』
「………………ぷっ」
美琴には入院した経験はほとんどなく病院食は食べたことがないが、酷く薄味で量が少ないイメージがする。
育ち盛りで退院間近な男子高校生には物足りないかもしれない。
「分かった。適当に買っていってあげる。たこ焼きとか、お好み焼きとかでいい?」
『何でもOKだぜ。じゃあ、楽しみに待ってるからな。演奏、頑張れよ!』
上条が楽しみに待っているのは自分とお土産とどちらだろうなどと思いつつ、美琴は通話が切れた携帯電話を畳む。
その胸には、先ほどまでの身を焦がすような緊張感はもうない。
あるのは、これが終わったら上条の病室に遊びに行くという約束のみ。
上条の言葉には不思議な力がある、と美琴は思う。
彼が味方ならなんだって怖いものはないと思わせてくれるような、力強い言葉。
その前では緊張感などなんのそのだ。
ほどなくして、担任が美琴の番だと告げにやってきた。
「大丈夫?」という問いに、美琴はしっかりとうなずく。
862 = 855 :
舞台の袖から、スポットライトの集中するステージの中央へと美琴は堂々と歩く。
その肩に先ほどまでの震えはなく、瞳には強い意志が蘇っている。
楽器と弓を手に聴衆へ一礼をすれば、数万対の瞳が美琴へと向けられるのを感じた。
思わず気圧されそうになるが、胸の中で蘇るのは上条の声。
『御坂の弾くバイオリンが好きだぞ』
これが終わったら、病室で同じ曲を上条の為に披露しよう。
そう心に決める。
深呼吸をし、意識を自分の内側へと向ける。
舞台と観客席が隔絶し、聴衆の姿が遠くなる。
遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ。
これが常盤台中学代表の、レベル5第三位の、御坂美琴のオンステージ。
精神を最大限に研ぎ澄まし、美琴は楽器を構えた。
結果から言えば、演奏は大成功だった。
弓を持ちダイナミックに躍る右手、弦の上を滑らかに踊る左手。そこにミスの混じる余地などない。
よどみない見事な演奏は聴衆の耳と心を確かにとらえ、そのフィナーレは万雷の拍手で迎えられた。
演奏を終え、舞台の袖でへたり込む美琴を教師陣が拍手喝采で迎える。
寮監もめったに見せないような笑顔だ。
感極まった音楽教師に抱きしめられながら、美琴はその肩越しに食蜂が壁際にいることに気付いた。
能力を用い教師陣の誰にも気づかれずに紛れ込んでいた彼女に小さく手を振られたので、美琴は笑顔でそれに応えた。
こうして、美琴は『常盤台中学の在校生代表』という大役を見事果たしきって見せた。
このことが災いして来年もまた代表を任されることになるのだが、この時の彼女には知るすべはない。
863 = 855 :
かつん、かつんと松葉杖の音を響かせ、上条は病棟の廊下を行く。
一応杖がなくても歩けるようにはなったのだが、体力も落ちてるだろうし一応持っておけとの医者のご達しである。
正直に言えば邪魔なことこの上ない。
そんな彼が何故廊下を歩いているかと言えば、ロビーの自販機でジュースを買うためである。
美琴にお使いを頼んだ以上、礼代わりにジュースでも、と思ったのだ。
そういうわけで彼は杖をつき、エレベーターを使い一階のロビーへと降りて行く。
ちなみに彼の病室から見てエレベーターとは逆方向にある、すぐそばの角を曲がったところに自販機があったりするのだが、彼は不幸にもそのことを知らない。
「御坂って、何のジュースが好きなんだろうなぁ」
自販機の前で、上条は悩む。
彼女が見舞いに来てくれた時は、大体はケーキなどのお土産付きなので彼女が紅茶を入れてくれることが多い。
だから美琴がジュースを飲んでいるところはほとんど見たことがない。
加えて、この病院の自販機は「患者を退院させる気がねぇんじゃねーのか!?」と疑いたくなるほどゲテモノ類が多い。
黒マムシココアなんてどの層に需要があるのだろう。
悩んだ挙句、ヤシの実サイダーなど無難そうなものをいくつか選んだ。
飲み物を抱え、さあ病室に戻ろうかとした時に、
「あ、あの、こんにちは……とミサカは伏し目がちにあいさつをします」
「ん? あぁ、ええと……」
「ミ、ミサカの検体番号は19090号です……とミサカはあなたに識別を促します」
美琴の制服姿とは全く異なる私服姿の19090号に話しかけられた。
864 = 855 :
「……はぁ、ついてませんわ……」
白井黒子は、自らの右手首に巻かれていく白い包帯を見つめながらため息をついた。
美琴の学校代表としての演奏を生で見ることができないばかりか、怪我までしてしまうなんて。
一端覧祭は学園都市中の学生が一斉に動く都合上、都市のあちこちで大混雑が起きる。
雑踏の中で騒動が起これば大きな事件・事故につながりかねないため風紀委員が常に目を光らせてはいるが、それでも避けられないものはある。
混んだ階段で、一人の大柄な男性が躓いた。
彼は近くにいた女性を巻きこんでしまい、更にその下にいた白井までも巻き添えにしてしまった。
白井は二人とともにテレポートをして体勢を整えようとしたものの転送重量限界を越えてしまっており、やむなく二人だけをテレポート。
彼女だけはそのまま階段から転げ落ちてしまったのだ。
落下した際に手を地面に勢いよくついてしまい、こうして治療を受けているというわけである。
「あまり高いところではなかったのが幸いしたね? この程度なら、一週間くらいあれば完治かな。
だけれど、その間派手に動き回ってはいけないよ。風紀委員はしばらくお休みだね」
顔なじみになりつつあるカエル顔の医者に、白井は渋い顔をする。
「今は一端覧祭という一番警戒しなければならない時期ですのに……」
「それでも、医者としては許可できないね? 骨や筋に関する怪我は、下手をすると一生ものになりかねないからね」
「ですが……」
「風紀委員は何も君だけの力で動いているわけじゃないだろう? 時には、頼れる同僚に頼ることも大事だ。
それに無理して悪化させればそれだけ休まなければならない期間も長くなる。
ゆっくり休んで怪我を早く治すのも、治安に関わる者の仕事の一つだよ」
そう言われてしまえば返す言葉はない。
白井は礼を言い、コートを着て診察室を出る。
865 = 855 :
ロビーの受付で診察料を払い、包帯を撫でもう一度ため息。
ドクターストップがかかった以上、風紀委員の詰所へ行って休みを取るための書類を書かなければなるまい。
だが、その前に美琴に連絡を取り、演奏の首尾を聞こうか。
そう悩んでいる彼女の元へ、一組の男女の声が飛び込んでくる。
「──あなたはどちらがお好みですか?」
「……俺に聞いたところで多分何の参考にもなんねーぞ?」
ロビーのベンチに並んで座った、大人しめの少女とやる気のなさそうな少年の声。
ここからは植木の陰に隠れ後ろ姿しか見えないのでよく分からないが、少女が雑誌を少年に見せながら何かを質問し、少年がそれに答えているようだ。
「だいたいそういうのなら、俺より姉ちゃんたちのほうが詳しいんじゃないのか?」
「詳しくても同性ですので。異性の方の意見を聞いてみたいのです、とミサカは説明します」
……ミサカ? 御坂?
敬愛する先輩の名字のような単語が聞こえ、白井はその二人に興味を持った。
が、盗み聞きは趣味が悪い。
866 = 855 :
自販機は彼らの向こう側にある。
飲み物を買って、戻ってくれば少しだけ彼らの顔が見える。
それで興味を持つのはおしまいにしようと考えた。
金を入れ、ペットボトルサイズのヤシの実サイダーを購入する。
取りだそうとしてつい利き腕である右手でボトルを持ちあげた途端、痛めた手首に激痛が走る。
「痛ッ……!」
痛みにボトルを落としてしまい、それは床をごろごろと転がって行く。
追いかけねばと行き先に目をやれば、ヤシの実サイダーのボトルは少女が拾い上げていた。
「大丈夫ですか、とミサカは訊ねます」
礼を言おうとボトルを拾った少女の顔を見た途端、白井は硬直する。
それは紛れもなく、御坂美琴の顔。
表情故かやや幼く見え、常盤台中学の制服ではなくカジュアルな私服に身を包んでいることを除けば、背格好は彼女そのものだ。
常盤台中学のオープンキャンパスで、大役を担っている彼女がこんな所にいるはずがない。
では彼女本人ではなく、親類の可能性は。
御坂美琴に姉妹がいると言う話は聞いたことがないし、それは大覇星祭の時に彼女の母親からも聞いている。
一端覧祭中従姉妹が遊びに来ているという話は聞いたが、従姉妹クラスの遺伝子の共通性でここまで似通うとは思えない。
867 = 855 :
否、似ているのではない。
生き映し、鏡映しと言ってもいいレベルの同一性。
御坂。
ミサカ。
破砕された『樹形図の設計者』。
一度は終焉を迎えた『御坂美琴の悪夢』。
レディオノイズ。
レベル6シフト。
シスターズ。
美琴が大事にしている、実験のために作られた『弱い者』。
かつて漏れ聞いた結標の言葉が、ばらばらと白井の脳内を駆け巡って行く。。
目の前の御坂美琴そっくりの少女は何か関係があるのだろうか。
白井の衝撃と困惑をよそに、少女は可愛らしく小首をかしげる。
「?? いかがなさいましたか、とミサカは問いかけてみます」
「……あなた、御坂美琴という人物をご存知でしょうか?」
「お姉様をご存じなのです……ッ!?」
白井が目の前に来たことで、コートの隙間から白井の制服が覗く。
紛れもない、19090号だって着たことがある常盤台中学の制服だ。
そして、目の前のツインテールは美琴の知り合いのようだ。この状況は非常に芳しくない。
(み、ミサカ19090号はネットワーク上の全個体に緊急の対応策の検討を要請します……ッ!)
(抜け駆けしているからだという指摘はさておき、ひとまずその場から即時撤退すべきです、とミサカ18031号は提案します)
(お姉様のお知り合いのようですし、対応についてはお姉様と協議する必要があるでしょう、とミサカ10230号は主張します)
(了解、自身の危機脱出能力に従いこの場からの逃走を試みます、とミサカはきびすを返します)
白井の制止を振り切り、脱兎のごとくその場を走って逃げようとする19090号。
だが、
「お待ちなさい!」
振り切ったはずの少女に、手首を掴まれる。
868 = 855 :
白井の能力は空間移動だ。
たかが不意を突かれて走り出された程度で、彼女を振り切ることはできない。
「ッ!? 離してください、とミサカは……」
「御坂美琴と、あなたの関係。それを話していただけるまではお離しいたしませんわ。
やましいことがなければ隠す必要はありませんわよね?」
「それは……」
美琴は妹達の事を「隠すようなことじゃない」と言ってくれた。
だが、それでも自分たちの存在がイレギュラーなものであることに変わりはない。
美琴に相談しなければ、自分たちで素性を話すような判断はできない。
白井の鋭い眼光に、19090号は怯む。
美琴の知り合いらしきこの人物に、能力や戦闘技術を行使してもよいものか。
ここは病院であり、電撃は使えない。
見たところ負傷している相手に、体術は使えない。
葛藤する19090号をよそに白井は追求を強めようとするが、その左腕を後ろから掴み上げられる。
「……何だか知らないけど、やめてやってくれねーか。その子も嫌がってるだろ」
「……貴方はっ!?」
白井は手首を掴まれて五月蠅そうに振り返るが、その相手を見て、顔色を変える。
上条はもしかして昔の知り合いかと考えるが、今はそれどころではない。
869 = 855 :
「その子は俺の友達だからさ、何か正当な理由がないなら離してやってくれよ」
「……ですが」
理由ならばあるが、それは"正当"とは言えない。
風紀委員の身分をちらつかせればこの男は黙るかもしれないが、それは明らかに職務から大きく逸脱した濫用行為だ。
それよりも、この男から問い質せるならそっちのほうが早い。
「貴方がこの状況を説明してくださると言うのなら、今すぐお話しいたしますわ、上条当麻さん」
「悪いけど、その子を離してはもらうが説明はしない。見ず知らずの人にする話でもないしな」
白井は上条の口調に違和感を覚えた。
過去、白井は幾度となく上条に対し攻撃を仕掛けている。
さすがにそれすら忘れるような鳥頭ではなかったはずなのだが……。
「見ず知らずとは御挨拶ですわね。わたくしと御坂美琴お姉様の関係を忘れたわけではないでしょう?」
「ひょっとして、御坂の後輩か何かなのか。だとしても、これは俺から言うことじゃない。
聞くなら俺でもその子でもなく、御坂に聞くべきだろ」
御坂美琴の事は認識しているのに、白井のことは全く知らないかのような上条の態度に、再び違和感。
この奇妙な感じは何なのだろうか?
にらみ合いを続ける上条と白井、おろおろし続ける19090号。
そこへ、
870 = 855 :
「ちょ、ちょっとあんたたち、何やってんのよ!?」
両手いっぱいに屋台の料理を入れたビニール袋を下げ、バイオリンケースを背負った美琴が慌てたようにやってくる。
19090号と、白井と、上条の顔を見るなり状況を悟ったようで、美琴はため息をつく。
「あ、あの、お姉様、申し訳ありません、とミサカは……」
「良いわよ、謝ることじゃないもの。あんたもごめんね、面倒なことに巻き込んで。
……で、黒子」
「は、はい」
「とりあえず、私の"妹"から手を離して」
普段とは違うどこか硬質なものを含む美琴の声に、白井は即座に手を離す。
無意識に力を込めすぎていたようで、美琴そっくりの少女が手首をさすり、美琴の背後に隠れるように寄り添った。
こうして見比べてみると、服装と表情以外は本当に瓜二つだ。
「はー……どうしたもんかな。何から説明したらいいのかな。というか説明していいのかな」
美琴は何かを悩むかのように、いらいらと髪を掻き毟る。
前々から考慮はしていても、いざとなると躊躇してしまうのは父親に話したときから変わっていない。
871 = 855 :
「……お姉様、そちらのお姉様にそっくりな方はどちら様ですの?」
「言ったでしょ、私の"妹"だって」
「でも以前お姉さまは一人っ子だと……」
「そうね。そういうことになってる。うちの母親だって"この子たち"の事は知らないもの。
だけど、紛れもなく私の血を分けた大事な"妹たち"」
そこで美琴は一度目を閉じ、意を決したように見開く。
「ねぇ黒子。今から私がする話は、この街の様相が180度ひっくり返って見えるような酷い話。
聞けばきっと後悔するし、後には引けなくなる。
……それでも、私とこの子たちについて詳しく知りたい?」
美琴の冷たい視線に白井はたじろぐが、それでも力強く即座にうなずいて見せる。
美琴の抱える闇は深く大きく重い。彼女が必死に戦う姿を白井は"残骸"事件の時に見ている。
ならば、御坂美琴を慕う後輩として、その重荷の一部でも分かち合ってあげたい。
そんな白井の様子に、美琴は「馬鹿な後輩を持ったわ……」と呟く。
「じゃあ、話してあげる。あとで文句は聞かないからね」
872 = 855 :
「──番外個体、あなたは出かけたりはしないのですか、とミサカは出無精な末の妹を心配してみます」
「あら、13577号。珍しいじゃん」
自室のベッドの上でごろごろと転がりながら雑誌を読んでいた番外個体は、13577号に話しかけられ顔を上げる。
「あんまり雑踏とか好きじゃないんだよね、疲れるし。
あなたこそ一端覧祭とか見て回らなくていいの?」
「先ほどまで外出していましたが、SOSを受けて帰ってきたところです、とミサカは見たかったお店を見損ねたことを残念がってみます」
「あー、なんかあったね。19090号がお姉様の知り合いに見つかったんだっけ」
「ただいまお姉様が収拾を図っているところです、とミサカは事態を説明します」
「ふぅん、じゃあお姉様に任せておけばいいかな」
美琴は妹たちの絶対的な味方だ。そのことさえ変わらなければ、他の人物が妹たちのことをどう思おうが関係はない。
自分たちに降りかかる火の粉は自分たちで払うし、力が足りなければ美琴や、癪だが第一位の力を借りればいい。
873 = 855 :
「そうだ、聞きたいことがあるんだけどさ」
「?? 何でしょう、とミサカは応えます」
「……あー、今から聞くことはできればミサカネットワーク上には流さないでほしいんだけど、いい?」
「別にかまいませんが、とミサカは返答します」
「あと、答えにくかったら答えなくていいし、忘れてくれて構わないからね?」
「分かりました、とミサカは暗に早く言えよとイラつきながら返事をします」
促されてもなお、番外個体は口を開こうとしない。
以前の番外個体なら、たとえ妹たちに対してもここまで気を使うようなことはなかっただろう。
これも彼女の内に芽生えつつある人間らしさの発露なのだろうか。
やがて、とても言いにくそうに話し始める。
「……『絶対能力者進化計画』の間の事なんだけどさ。
実験の内容や残された記憶と、死因が一致しないミサカが何十人かいるってことを知ってる?」
「…………いいえ、ミサカたちのような通常の個体には知らされていません、とミサカは記憶を参照しつつ答えます。
ミサカたちに知らされていたのは実験の内容と結果だけです」
「ふぅん、そっか」
レギュラーナンバーの妹達は実験の当事者だ。
余計な情報を与えて不都合でも起こされないようにしていたのかもしれない。
だが、これでは欲しい情報は得られない。
874 = 855 :
しかし、番外個体の予想だにしない言葉が13577号の口から飛び出る。
「ただ、『実験終了時にかろうじて生存していた個体』はこのミサカの知る限り十数人はいます。
実験の内容と死因が一致しないと言うのはそのためではないでしょうか、とミサカは推測します」
「……何それ?」
『絶対能力者進化計画』は20000人の"妹達"を殺すことで一方通行を絶対能力者へと進化させる計画だ。
実験後も生存している個体がいては、その演算結果と現実に齟齬が生まれてしまう可能性が出てくるのではないだろうか?
「かつての一方通行は知っての通り、その能力を誇示するような派手な戦闘を好みました。
例えば同時に複数のターゲットを投入した戦闘実験では、生死の確認をすることなく次のターゲットを襲うようなこともありました。
その中でMIAとなったり、実験終了後に生存を確認された"妹達"は少なからず存在します、とミサカは説明します」
つまり、『絶対能力者進化計画』を推進していた研究者たちは、戦闘実験さえつつがなく終了してしまえば妹達の生死は関係ないと判断していたのだろうか。
あるいは、何らかの目的があってイレギュラーによる妹達の生存を許容していた?
「……その妹達は、どうなったの?」
「生存者が出た場合も死亡した場合と同様、ラボラトリーに収容するようにと命令されていました。
その後はミサカたちも知りません」
875 = 855 :
「その妹達の検体番号、教えてもらえる?」
13577号が暗唱していく検体番号を、番外個体は目を閉じ脳内で死因リストと照らし合わせて行く。
結果は、全員死亡。
例え実験修了段階では生きてはいても、その後生存できるような状態ではなかったということか。
そのことを確認した番外個体は、目を開け愛想笑いを浮かべた。
「……ありがと。胸糞悪いこと思い出させちゃって悪かったね」
「いいえ。妹の役に立てるならばこれくらいは安いものです、とミサカは胸を叩いてみます」
「へへっ、頼りになる"お姉ちゃん"たちがいてミサカは幸せだぜ」
「お、おお、おね……?」
番外個体が茶化すように言った一言に、何故か13577号の顔色が変わる。
「さあ番外個体もう一度今の言葉をお願いしますちゃんとミサカネットワーク上に最重要情報としてバックアップしますのでとミサカはさあさあさあさあ!」
「な、なんでそんなにがっつくのさ……! 鼻息荒くして迫ってくんなーっ!」
876 = 855 :
「────、というわけ」
「…………そんなことがありましたの……」
上条の病室へ場を移し、白井にこれまでにあったことを説明する美琴。
美琴の目の前にはショックを受けたような顔の白井が。
ベッドサイドでは上条と19090号が美琴の買ってくれたお好み焼きだのたこ焼きだのをのんきに頬張っている。
なんともシュールな光景だ、と美琴は思った。
白井は風紀委員であり、学園都市の治安を守る側に立つ人間だ。
そんな彼女に学園都市の闇を教え込むのはいささか問題があったかもしれない。
自らの根幹となる信念に傷をつけかねないからだ。
思いつめたような顔の後輩に、胸の奥が痛んだ。
「……お姉さまは」
「なあに」
「…………お姉様は、どうしてわたくしに相談してくださらなかったのですか?」
その表情は切実だ。
美琴にとって、自分は相談するに値しない、頼りない存在だったのだろうか?
そう自問自答するようなものだ。
美琴にとっての悪夢の一週間の間、彼女がふさぎこんでいたのを白井は知っている。
夜な夜な私服を持って寮を抜け出していたことを知っている。
上条の前でだけ、表情を緩めていたのも知っている。
なのに、美琴は自分には何も相談してはくれなかった。
「あんたが大事な後輩だからに決まってるでしょ。
相手は学園都市の暗部と、統括理事会と、史上最強最悪のジェノサイダー。
あんたがいくら頼りになる後輩でも、人を片手で捻り殺すような相手に立ち向かわせたくはない。
……それに、これは私の問題だったから」
877 = 855 :
「……それでも!」
必死になる白井に、美琴はくるりと背を向ける。
「それに、あの時は私も頭に血が上ってたっていうか、相当に追い詰められてたから。
自分のクローンと初めて出会って、その子が目の前で潰されて、一方通行に手も足も出なくて。
それが全部自分のせいだと思ってて、人に頼るような余裕はなかったと言うか。
……まああんたや佐天さん、初春さんたちに心配をかけたのは悪かったって思ってる。だけど」
美琴は再びくるりと半回転し、白井に向き直る。
その瞳に湛えているのは、白井が見たこともない冷たい光。
「私が今、最優先で守るのはこの子たち。この子たちの為なら、私は誰だって敵に回す」
白井たちが疎ましくなったわけではない。彼女たち友人が大事なのは今も変わらない。
だけれども、妹達は自分が守らなければ庇護するものはいなくなってしまう。
だから、最優先で守る。そのためだったら何だってする。
そんな美琴の覚悟に、白井は気圧される。
「……お姉様、そのお気持ちはとても嬉しいのですが、ご友人も大事にしなければとミサカはたこ焼きをもぐもぐ」
「そうだぞ御坂、持つべきものは頼れる友って言うしな。……あっ、たこ焼きがもうねぇ……」
「……分かってるけどさ。っつーか、あんたたちはこのシリアスムードの中で何をパクついとんじゃこらっ!?」
878 = 855 :
「いやあ、刻一刻と冷めて行ってるし、話に加われないから別にいいかなぁと」
「この方がいただいているのでミサカもご相伴にあずかることにしました」
「……あんたたちねぇ」
ため息をつく美琴。首をかしげる上条と19090号。
一気に雰囲気が緩む。
それは先ほどまでの陰惨な物語とは打って変わった、平穏な光景。
美琴が命を賭けてでも守りたいと思う風景。
「……殿方さんがお姉様や妹様たちの命の恩人であることは分かりましたが、それでどうしてここにいらっしゃいますの?」
そもそも彼はなんで入院しているのだろう。
入院していること自体はかつて美琴から聞いていたが、もう一月近くにならないか。
「うーん、怪我のほうはもうほとんど完治なんだけどなぁ。もうすぐ退院だし。
だけど、頭のほうがまだなぁ」
「頭? ああ、お馬鹿をこじらせてついに医者に診てもらわなければならなくなりましたのね」
「……そいつ、大怪我した時に脳に影響が出て、記憶喪失になっちゃったのよ」
茶化していた白井は、美琴の言葉に顔色を変える。
記憶喪失というのなら、先ほどのいざこざの際の上条の妙な反応も理解できる。
美琴や19090号のことは知ってはいても、白井の事を知らないかのような素振りは、白井の事を『覚えていない』からだったのか。
そして、思い出したことはもう一つ。
しばらく前に美琴が熱中していた調べ物。
あれは大脳生理学や記憶に関するものばかりではなかっただろうか。
それはきっと、上条の為。
どんなことをしてでも、彼の記憶を治してあげたいから。
その為の努力はいとわないから。
そのことを訊ねようとした矢先、美琴の手に口をふさがれる。
「……あんたが今言おうとしたこと、ここで言ったら髪の毛をアフロにしてやるから」
白井はこくこくと首を縦に振るほかなかった。
879 = 855 :
「……私の秘密は全部話した。それで、あの子たちのことを知ってあんたはどう思った?」
美琴に問いかけられる。
きっと、美琴にとっては一番聞きたくて、一番聞きたくないこと。
妹達の事を知ってしまった人間が妹達の味方になってくれるならよし。
でなければ、美琴としてはその人間とは距離を置かざるを得ない。
クローンという事実はあまりに異質だ。そうせざるを得ない理由が確かに存在する。
緊張の面持ちで答えを待つ美琴に、白井は神妙な表情で答える。
「お姉様のお話を聞いて、わたくしがどう思ったかなんて、決まりきっていますでしょう?」
直後、白井の姿が掻き消える。
「はあああああああああんんんんッ!! ほっぺたに青のりをくっつけた妹様がとってもキュートですのおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!
あぁんっ、萌え! これこそが真の『MOE』の境地ですのッ!? 天使は確かにこの地上に存在したあああああああああああああああああああああああッッッ!?」
「なっ!? ど、どこを触っているのですか、とミサカは猛抗議します!」
いつの間にか19090号の背後にテレポートし、服の上から胸に腰に肩にとあちこち触りまくり、あまつさえその柔らかな頬に顔を寄せようとする白井。
唖然とする上条の目の前で、白井は更に行動をエスカレートさせてゆく。
880 = 855 :
「さささ妹様、いつまでもその可憐な頬を汚していてはいけませんの。この白井黒子、全身全霊を込めて舐めとらせていただきますわ……!」
「ッ!? お、お姉様、迎撃許可をください、とミサカは貞操の危機を……ッ!!」
いつにない必死な様相で、迫りくる白井の顔を手でなんとか食い止める19090号。
それに負けじと変質者のごとき不気味な笑みを浮かべつつ19090号を押し倒そうとする白井。
上条も「なんとかしてやれよ」と言った顔で美琴を見る。お前が何とかしろ。
白井の答えなんて決まりきっている。
それが美琴の大事な人だと言うのなら、白井にとっても無条件で最優先に守るべきリストに入る。
そうでなくても風紀委員の腕章をつける以上、全ての無辜の人間は守ってみせると心に決めている。
それが美琴の妹であっても、恋敵とも言える上条であっても。
美琴はほっと息をつく。
この頼れる後輩ならば、妹達の絶対の味方になってくれると確信したから。
そして。
「……人の妹にちょっかい出してんじゃないわよこのクソバカ!!」
「ひでぶ!?」
本日の決まり手は垂直落下式ブレーンバスター。
普段の三割増しの威力であった。
881 = 855 :
学園都市某所。
複数の機材が所狭しと並んでいるこの部屋で、とある少女が端末を操作している。
彼女がいるのは実験場を見下ろすための観察席であり、その窓からは今行われている『教育』の様子が見える。
彼女が腕を動かすたびにかちゃかちゃと音を立てるのは、細く白い腕には似合わぬ無骨な手錠。
その首には趣味の悪い首輪。
何をモニターしているのか、時折小さなLEDが赤い光を放つ。
これこそが彼女が暗部へと落とされ、無理やり服従させられた証。
研究所を脱走すれば即座に爆破され、確実に彼女の命を奪うだろう死神の鎌。
……お似合いではないか。好奇心故に命をもてあそび続けた自分には。
布束砥信はそう自嘲する。
「布束さん」
柔らかな女性の声をかけられ、びくりと肩を震わす。
後ろに流した髪と紺色のスーツ。まるでどこかのOLかのような妙齢の女性。
彼女こそが今の布束の『主人』、テレスティーナ=ライフライン。
「こちらへ来るのは久しぶりだけれど、『教育』は順調かしら?」
「Well...スペックシートを見て貰ったほうが早いでしょう」
布束は傍らの端末を起動し、テレスティーナへ向ける。
ほどなくして、ある書類が表示される。
883 = 855 :
次々に羅列されていく文字を見ながら、テレスティーナは笑みを浮かべる。
「まずまずのようね。30101号以降の『教育』にはどれくらいかかるのかしら?」
「About...最低限のことを終えるのに2週間、万全を期すならばあと一月は欲しいところ」
「2週間で全部終えられないかしら。『上』からもせっつかれているの」
「どのように?」
「どうやら統括理事会に察知されかけているようでね、手駒を使って攻め込まれでもしたら困ると言うわけ。
その前に運用実績を得て有用性を実証する必要が出てくるかもしれないの」
「I see...やれる限りの事はやってみます。
……それにしても、『期待の新装備』をいくつも投入するなんて、『上』の方はずいぶんとこの計画に力を入れているのね」
クローニングと『学習装置』による安価・短期間での兵力の調達と、量産可能な駆動鎧、そして常識を塗り替える携行兵器の組み合わせ。
これが実用化ラインに乗れば世界の戦争は大きく形を変えるだろう。
その為の試金石として、『第三次製造計画』の失敗は許されない。
「ダメ元で『新素材』の発生装置の使用許可を出したらすんなり通ったし、『上』肝入りであることは間違いないでしょう」
884 = 855 :
「一つ聞いても?」
「ええ。私に答えられる、あなたが聞いても問題のないことなら」
「アレはどうして、『工場長』だなんて呼ばれているの?」
『新素材』の発生装置の中枢となる、白い棺のような箱。
装置全体あるいはその棺を指して、『工場長』と呼ばれることがある。
『新素材』を使った兵器研究には明るくない布束には、そのあたりの事情はよく分からない。
「ちょっとしたジョークよ。
例えばどんな最新の工場でも、その方針を決める工場長がいなければ何もできはしない。
同様に、アレがなければ我々の最新機器をそろえたラボは全く意味を為さない。
どちらも必要不可欠ということをなぞらえて、『工場長』と呼ばれているのよ」
「『工場長』というよりかは、むしろ『鉱山』のほうが近いのでは。あれが金属か非金属かはさておき」
「それもそうなのだけど、なんで『工場長』になったかと言えば、恐らくきっと」
そこでテレスティーナは言葉を切り、布束を見てにやりと笑う。
「中に人が入っているからかしらね?」
その凄絶な笑みに、布束は背骨の中を絶対零度の悪寒が通り抜けるのを感じた。
『量産型超能力者計画』や『絶対能力者進化計画』に携わったものとはまた違う、決して人に人としての価値を見出すことのない狂科学者の目。
人として踏み越えてはならないラインを高笑いしながら平気で突き破って行ける者のみができる表情だ。
「まあ、『彼』がどんな経緯であんな狭っ苦しい棺の中に押し込められているかには興味はないけれど。
使えるなら使い潰すだけだし、そうでないなら生ゴミにでもしちゃいましょうか」
くすくすと笑うが、その目は全く笑うことがない。
暗に「お前もああなりたくなければキリキリ働け」というような冷たい視線に、布束は目をそらしてしまう。
「……『最上位個体』はもう少し調整の余地がありそうね。何か考えておくわ。
せっかくここまで引き上げたんですもの。どうせならレベル5級の出力を持ってほしいわよね」
そう言ってきびすを返すテレスティーナ。
あとには何かを考え込むような布束だけが残された。
885 = 855 :
施設の廊下を進むテレスティーナは、考え事をしつつ表情を歪める。
(あと少しで御膳立ては終わる。
『最上位個体』も『第三次製造計画』も何もかも、全ては目的を果たすためのただの道具に過ぎねぇ。
『上』や木原一族のジジイどもが何を考えてるかには興味がねぇ。私の目的の為に利用してやるだけだ)
その表情は、まさに"悪意の塊"。
(てめぇのくだらねぇクローンどもを使って、じぃっくりたぁっぷりと泣き叫ばせてやる。
涙と鼻水で顔をグシャグシャにしながら、せいぜいイイ声で鳴いてくれよなぁ)
全ては自分の『能力体結晶を用い、絶対能力者をこの手で作りだす』という悲願を無残に打ち砕いた御坂美琴への復讐の為。
その為だけに、テレスティーナはこんな闇の中まで『堕りて』きた。
かつて彼女が開発した、『超電磁砲』の能力を解析して作った駆動鎧。
敗北後も『超電磁砲』を越えることだけを考えて改良を重ね、ついに開発に成功した最新鋭兵器。
約5mの巨躯に大量の弾薬庫を背負い、腹部側面からは飛行の為の半透明の羽が生えている。
通常の腕の他に2本の鎌状の腕を持ち、その先にはガトリングレールガンが取りつけられている。
純粋な工学技術で基となった才能を超えることを目的とし、特に『超電磁砲』を越えることを意識してつけられたその名は、
『FIVE_Over.Modelcase_”RAILGUN”(ファイブオーバー モデルケース・レールガン)』
(てめぇは散ッ々に絶望させた後に私の最高傑作で跡形もなく吹き飛ばしてやるよ、『超電磁砲』ッ!!)
その夢のような光景を夢想しながら、テレスティーナは闇の中をただ突き進む。
886 = 855 :
今日はここまでです
ちょっとバラしすぎた感があるようなないような……?
一応900間近ということで、スレ移行のためにトリップをつけてみます
万が一次回までに埋まってしまうようなことがあれば、新スレを立てるためにこのトリップを使います
ではまた来週
次回こそ一週間以内に……!
887 :
乙
待ってたぜ
さて、ついに物語が動いてきてるね
『妹達』はどうなってしまうのだろうか……?
そして、00000号(フルチューニング)がついに……?
次も期待してるぜ!
888 :
乙
なんていうかね、テレスさんは死亡フラグにしか見えないのよ
信頼と安定の噛ませ犬的未来が見えるぜ
次も期待して待ってるよ
889 :
乙です
上琴派な俺だけどとある女性キャラで一番好きなのは黒子だと再認識したわ…
そしてフルチューニングやらサードシーズン量産やらテレスさん張り切ってるみたいだけど一体どうなることやら
次回も楽しみにしてます
890 :
よく出来たSSだ
891 :
乙
ってか工場長?
892 :
『工場長』か………
初春さん!初春マジ天使さんはいらっしゃいませんか!?どうか『彼』をあなたの手で救ってやってください!!
各キャラの丁寧な描写や情景、気になる展開がとても調和した良質なノベルを毎週読んでる気分です
そんな>>1を羨ましくも応援してます乙
それと、お体は大事に。ぎっくり腰は本当メッチャ辛いので(汗)
893 :
とうとうていとくんも参戦か。胸熱。
さらに初春との絡みがあればさらに俺得になるな。
894 :
そんな確実にていとくん参戦すんのこれ?
わざわざ出した理由は有るんだろうけど
895 :
皆垣根が出るだけで帝春推すのやめろよ
カプ厨イクナイ
896 :
量産サードシーズン+パワードスーツは吹いた、某所で妄想したのそのまんま
(誰もが考えることとは思うけど)
「工場長」は想定外だったが…そのあだ名はテレスティーナも作者も意地が悪いw
897 :
乙なんだよ
898 :
黒子参戦は妄想したが……やっぱり素晴らしい。
叩きつぶす敵は邪悪であってこそ! ですね。
乙
899 :
布束ってだれだっけ
900 :
工場長……垣根
みんなの評価 : ★★★×5
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