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    元スレ女「────好き嫌いなんて、許さないんだからね?」

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    151 = 32 :

    ***

    ────── 表面的な取り繕いも、既に限界だった

    本心を隠した表情の裏側から、暗澹たる感情が顔面の表皮に滲み出てしまいそうだ

    眼前で腰を下ろしている人間の様子を伺い、そしてその心境を想像するだに虫酸が走った

    この愚物は、よもや勘違いでもしているのではないだろうか

    自分が相手から僅かでも好意を寄せられているなどという蒙昧なる妄想で、悦に入っているのだろうか

    こちらがどれ程の鬱然とした感情を身に棲まわせているかも知らずに

    ……不快な聴覚刺激から意識を逸らす

    遠巻きに聴こえる人々の談笑、近くの木々の騒めき、食事の音、そして定期的に発声される────うまい、という一言

    その言葉ひとつひとつが、その先にある酷薄な行為の愉悦を高めるとも知らず……

    俯いて口元を手で覆い、微かに忍び笑う

    最後にもう一度だけ、自らの視線を手向けとして送るかのように、世界で最も忌々しいその顔を正面から捉えた

    もうすぐ、二度と見ることがなくなるであろう、その顔を────

    152 = 32 :

    ***

    先生「やあ、こんにちは。調子はどうだい」

    「こんにちは先生。おかげさまでいい感じです」

    「その、先生のアドバイスのおかげで……先週、喧嘩したって言ってた女の子とも、翌日にすぐ仲直りできました」

    先生「そうか。それは何よりだね。その女の子とは、どんな感じなのかな」

    「まぁ……その、雨降って地固まる、じゃないですけど」

    「その……少しだけ、心の距離が縮まったかもしれません」

    先生「そうか……うんうん。それはとてもいいことだね」

    「先生……俺、実はまだ、自分の内にある罪悪感と、きちんと向き合いきれていない気がするんです」

    「でも、先生に言われた通り、正しさかどうかじゃなくて」

    「もっと単純に、相手のことが好きかどうか、気になるかどうかということを基準に、人と付き合ってみよう、と思うんです」

    先生「ふむ……なるほど」

    154 = 32 :

    「もちろん、それによって、自分の罪が消えるわけでも、罪悪感が薄れるわけでもないとは思います」

    「ただ、そういった罪悪感を抱えながらでも、もし、相手が俺の罪すら認めて、正面から対峙してくれるなら……」

    「そんな好意を向けてくれる相手とは、その……」

    「絆を結べるかもしれないって……へへ、あの、月並みですけど、そんな風に思えるくらいには、なりました」

    先生「……そうか。うん、……うん」

    先生「僅かな期間で、君は驚くほど成長したように見えるね」

    「すみません、なんか……青臭いことばかり言っちまって……」

    「恥ずかしい奴ですね、俺って」

    先生「いや、それでいいのさ」

    先生「大人になれば恥ずかしくて素直に感じたり言ったりできないないようなことも、今の君の年齢だからこそ感じられる、言えるってことがあるんだ」

    先生「そういう気持ちはね、大切にすべきものだと、……僕は思うよ」

    「……はい。ありがとうございます、先生」

    155 = 32 :

    先生「しかし、正直なことを言うとね、……君がそんな風に思えるには、もっともっと時間がかかると思っていたんだ」

    先生「何ヶ月か……場合によっては何年もかけて、じっくり取り組む必要があると思っていた」

    「はい」

    先生「でも、今回の件が、たまたまいい切掛けになったんだろうね」

    先生「うん……人生というのは不思議なものだなぁ」

    先生「必要なチャンスが必要なときにこそ巡って来ない不運の人もいれば……」

    先生「君のように、まさしく、心の成長にとって不可欠の切掛けというものが、奇跡のようなタイミングで訪れる、ということもある」

    先生「まぁ君は、これまでの人生に不幸が多すぎたんだ」

    先生「このくらいの幸運があって、丁度いいんだろうさ。誰だか知らないが、その女の子にも感謝しないと、ね?」

    「あぁ……へへ……そうかも、しれませんね」

    「確かに、運が良かったのかもしれません。とびきり」

    先生「ん?……うん、そうか」

    156 = 32 :

    先生「さて、それじゃあ、今後のことだけど……」

    先生「君はもしかしてこれから、妹さん……彼女に、君の罪や、君の考えについて話をしに行くつもりなのかな」

    「ええ。そうなります、ね」

    「正直……怖いです。先生の言ってた通り、絆は、一方通行じゃ結べない」

    「あいつに俺の本心を暴露して、拒絶されたらって思うと、怖いです」

    先生「……うん」

    「でも、根拠なんて全くないんですけど、大丈夫じゃないかって気もするんですよね」

    「あいつなら、……無条件に、俺の罪を含めて、俺を丸ごと受け入れてくれるだろうって……そんな気がします」

    先生「そうか……うん。そこまで決心が付いているなら、もう言うことはない」

    先生「いますぐ行っておいで」

    先生「……いい報告を、期待しているよ!」

    「はい、先生。いってきます!」

    157 = 142 :

    叔父夫妻の交通事故の追突で死んだのが女の親とかそういうオチか

    158 = 32 :

    ***

    ────── そして、その日が来た

    陽が落ち、街に覆いかぶさる薄闇の色合いが次第に濃さを増す時刻

    息を潜めて物陰に隠れ待っていると、目標となる人物が、その人物の住まいである建物から外に出てきた

    目標の行き先も道中の経路も、自分は完全に把握している

    機嫌でも良いのだろうか……顔を笑みで綻ばせて軽く鼻歌でも口ずさんでいる様子だった

    これから自分の見に振りかかる凶刃になど思いも馳せていないのだろう、暢気なものだ

    ふと眼下を見れば、腕が小刻みに震えていた

    緊張? 武者震い? ……いや、そのどちらも違う

    これは、歓喜だ

    一人の人間の死によって齎される、一人の人間の安寧の日々

    その期待が高まりすぎて身体が慄然と打ち震えているのだ

    はっはは──────あまりに可笑しくて、可笑しくて、その尊厳を犯してやりたくて、顔貌が笑みを形作ってしまう

    159 :

    つまり女に刺される訳か

    160 = 32 :

    自分は、この機会を辛抱強く待った

    いま振り返れば……そう、もしかすると自分はこの日を何年も前から待っていたのかもしれない

    そしてその願いは、今日この日に叶おうとしている

    感慨深げな表情さえ浮かべて、標的を見つめる

    こちらの50m先を弾む足取りで移動する獲物は、街の喧騒や煌明から遠ざかる方角へと歩を進めていく

    この時間帯、いま自分が追跡を続けているこの住宅街では人とすれ違うことも滅多にない

    そして閑静な住宅街の先には、この地域で最大の公園がある

    獲物はいつも通り、その公園に足を踏み入れた

    その公園を通ることが、目的地に辿り着くためのショートカットになるからだ

    さて…………お前は知らないのか?

    その公園は、夜になれば途端に人通りが少なくなるということを

    公園内の経路や出口は多数あるが、標的はいつも最短路を選んで進む

    だから今日も、ほら、その角を曲がったぞ

    そして、いつも通り全く通行人のいないその園路へと、お前はやはり足を踏み入れた……

    161 = 32 :

    自分にだって逡巡はあった……人並の情愛というものが自分にもあるのだから

    許すか、排除か────そんな二者択一に懊悩してきたのだ

    しかし、そんな葛藤も、実のところ理性の取り繕いにすぎなかったのかもしれない

    きっと、答えなんて最初から分かっていたのだ

    あの学園でのおぞましい昼食の会話の中で、あいつが時折見せる笑顔が、たまらなく許せなかった

    だから、この結末もまた必然だったのだ

    ……さあ、こちらの息遣いが聞こえないか?

    お前との距離はいつの間にか、たったの5mだ

    貴様の体躯を付け狙う、獣欲にまみれたこの息遣いが聞こえないのか?

    身の安全を考慮すれば、背後から有無を言わさず刺殺すべきだろう

    しかしそんなことはしない……そんな結末では終わらせない

    多少なりとも思い知らせないと気が済まないから…………この苛立ち、憎しみ、暗鬱たる感情を

    162 = 32 :

    そして標的との距離をついに僅か3m、一足の距離にまでに縮めた

    この時間帯になれば目撃者はまず出ないし、少々騒がれたところで問題もない……殺して逃げきるには十分すぎる時間があるだろう

    ……ほら、もう、こちらの手がその肩に届くぞ、背後から影のように忍び寄り、お前の肩を叩く

    5秒だ……肩を叩いて、お前が振り返ってから5秒だけ猶予をやる

    5秒以内に我に帰って逃げないと、お前の顔面に、このナイフが突き立つことになるぞ

    ほら、いくぞ……、この白刃の煌めきがお前を終わらせるんだ……

    いくぞ………ッ、殺すぞ……、お前を消し去って、宿願を果たしてやる……ッ!

    お前の……、危機感など微塵もないその肩まで、もう自分の手が届く距離だ……ッッ!!

    叩くぞ………ッ、叩くぞ………ッッ、ほら……、この手が伸びて、ほら……ッッ、お前の肩に、そうだ…………ッッッ、今……ッッ!!!

    掴む────ッッ、いまだッッッッ──────!!!!!!

    いまッッ──────!!!!

    触れ────────





    「そこまでだ、この────────バカ妹」

    164 = 32 :

    ***

    「いますぐそのナイフを捨てろ……この、バカ妹が」

    妹 ── ……

    「え、え? ……あれ、二人とも……、ど、どうしたの、こんなところで……」

    妹 ── なん、で?

    「どうして分かったのか、って?」

    「俺が毎晩毎晩、どこに出かけてたと思う」

    妹 ── ……

    「お前を尾行してたんだ。その暢気女の尻をつけまわすのに必死で、自分自身が尾行されてることには全く気付かなかったようだな、マヌケ」

    「尾行がばれないように、お前とは時間をずらして夜遅くに帰ってくるために……はぁ」

    「外で時間をつぶすのが大変だったよ。勘弁してくれマジで」

    「へ? び、尾行って? あの、な……なんだか全然、い、意味がわからないよぉ……」

    「意味がわからんのは当然だ。お前からしたら寝耳に水だろうからな」

    「あうぅ……」

    165 = 32 :

    妹 ── なんで、よ

    「あん? だから今言った通り……」

    妹 ── そうじゃない! なんで、そもそも私を尾行してたのかって聞いてるのよッ!

    「……それは」

    妹 ── ……

    「元々は、お前を見張ってたわけじゃない。そっちの暢気女の方を見張ってたんだ」

    「……え? わ、私?」

    「ああ、そうだ」

    「って、え、えぇッ!? 見張ってたって、……その、わ、私をストーキングをしてたってこと!?」

    「人聞きの悪い事を言うな。だいたいお前だってうちの施設の前に隠れ潜んで、不審者扱いされてただろうが」

    「あ、い、いや、それはぁ……あのぉ……」

    「……はぁ」

    166 = 32 :

    「こうなったからには仕方がないから言うが……お前と同じ理由だよ」

    「……え?」

    「俺がお前のことを陰から監視してた理由だよ。お前が、俺のストーカーだったのと同じ理由」

    「お前のことが何となく気になってた……ただ、それだけだ」

    「気になってた、って……。ッて! いや、すすす、ストーカーって、そ、そんな言い方ひどいよぉ~!」

    「うるさい馬鹿。人んちの前でじっとりした視線で監視するのが、ストーキングでなくて何だって言うんだ」

    「……で、まぁ。こいつを遠巻きから監視してるときに」

    妹 ── 私がそこの女をつけ回しているのを、見つけたのね

    「ああ、そういうことだ。傍から見ればさぞ笑えただろうよ」

    「お前はそこの暢気女を、暢気女は俺を、俺はお前を、それぞれストーキングしてたんだからな。なんつう三角関係だよ」

    妹 ── そう。じゃあ、私がこの女を殺したがってる理由も、分かってるんでしょうね?

    「え、こ……殺す? 私を、妹ちゃんが? えっ、な、なんでぇ??」

    「ああ。よく分かってるよ。この世界で、俺が一番よく理解してやってる」

    168 = 32 :

    妹 ── そう。じゃあ止めないでよ、お兄ちゃん

    「止めるに決まってるだろう、馬鹿。妹が殺人を犯そうとしてるのを止めない家族がいるかよ」

    妹 ── お兄ちゃんは、私にはとても優しいよね

    妹 ── でもね、その女がいると、私に向けられる愛情は半分になっちゃうの

    妹 ── それだけは、……絶対に許さないッ!!!

    「い……妹ちゃん? その、ちょっと落ち着いて話さない?」

    「私たち、きっと分かり合えると思うの……だって、ほら、私達には繋がりがあるじゃない。その、お兄さんっていう……ね?」

    「お、おい……馬鹿! いま、それを……ッ」

    「………………………………………………くひッ」

    「……………………くく……ッく」

    「……お、おい、お前……?」

    「え……?」

    「く…………くくくくくくくきくくく、く」

    「くく、く………………────────くびを、ねじ、切り、落としてやる」

    ────それが、七年ぶりに声を取り戻した妹の、初めての言葉だった

    169 = 142 :

    ここからどうやってスレタイに繋がるんだ

    170 = 159 :

    説得解決ハッピーエンドからスレタイに繋がるんだろ

    171 = 32 :

    「……ッ!!」

    「おまえ……声が……ッ」

    「あ"、あ"あ"、ぁ"ぁあああッッッ──────あ"ん、だなんか、お兄ぢゃんには、ふ、ざわしくないんだ、から!」

    「……お、おい、無理すんな! まともに声出すのなんて久方ぶりだろうが! 無理して発声したら喉が壊れるぞ!!」

    「……あ、ぁ……そ、そうだよ。その、と、とりあえず病院に行きましょう? すぐに!」

    「う"る"ざい"ッッ!!!」

    「……ひッ、ぅぅ」

    「あんだに"、いいごどを教えてあげる……ひッはは……お兄ちゃんはね"……」

    「ッ!?」

    「おい、やめろッ!!」

    「お兄ぢゃんは、ねぇ…………、殺人犯、……なんだよぉ?」

    「……え?」

    「……ッ」

    「お兄ぢゃんは、私のだめ"に、私のお父ざんとお母ざんを、殺じてくれたの」

    「そん、な……」

    172 = 159 :

    あれ?おかしいな、俺が開いたスレって藤原竜也スレだったか

    173 = 32 :

    「ひひッ……ごれ"で、わかっだでしょう? お兄ちゃんにどっで、誰が一番大切な存在、なのか」

    「私を護るために……、人殺しまでやってくれだの"! ごれ"以上の愛が、どごにあるっでいうの!?」

    「……」

    「それに、あ"なだには受け入れら"れ"るの? ……殺人を犯じた男を、本気で愛ぜる"の?」

    「ッ……」

    「……」

    「人殺じの罪は、消え”ないわ! だがら、お兄ぢゃんど一緒に生ぎる人には、ぞの覚悟がないと駄目なの"!」

    「私にはぞの覚悟があるわ! ……でも、あなだは、そん"な覚悟持てるかじら?」

    「あなだみだいな、人の顔色ばがりうかがってる、心の弱い"人間が……、殺人犯を愛ずることなんで、でぎるの?」

    「……」

    「ほ~ら"ぁ”!? 無理でしょう? もし、二度どその汚い"面見せないっで、約束するな"ら"、お兄ぢゃんに免じて、命だげは見逃してあげる"わ」

    「あはッ……わがっだら、さっざど」

    「愛せるよ」

    174 = 32 :

    「………………、へ?」

    「おまえ……」

    「愛せるって、そう言ったの」

    「……」

    「その愛は、きっと、異性に向けるそれとは違う種類のものなのかもしれない」

    「でもね、……それでも自信をもって言える。私は、彼を……愛せる」

    「お"ま"、……え"」

    「ううん。少し違うかな」

    「彼を、これまでもずっと、愛してた。これからも変わらず、愛し続ける」

    「……」

    「この気持ちは、何があったって、絶対に変わらないよ」

    「たとえ殺人の事実があったって、大人の都合で離れ離れにされたって、数年ぶりの再開で冷たく当たられたって……」

    「私は愛してる。誰よりも深く、愛しているわ。うん……」



    「私の──────血の繋がった、実の兄を」

    175 = 142 :

    超展開入りまーす

    176 = 32 :

    「────ッッ」

    「私達の両親が自動車事故で死んで、お兄ちゃんは叔父さんの家に、私は遠方にある遠縁の親戚の家に引き取られた」

    「当時の私たちには選択権なんてあってないようなもので、大人が決めた大人の勝手な都合で、私達は別々の家に引き取られたの」

    「私を引き取ってくれた先の御夫婦は、本当にいい人達で、私は今日この日まで、今のお父さんとお母さんに不満を持ったことなんてない」

    「……」

    「だからこそ、私が大きくなって、お兄ちゃんたちが叔父さんや叔母さんに与えられた仕打ちや、その後施設に入れられたことを知って、私は……胸の内が罪悪感でいっぱいになったわ……」

    「自分が知らない間に、お兄ちゃんはずっと辛い思いをしてきたんだって……」

    「それが辛くて、苦しくて、でも、……お兄ちゃんとは仲良くしたかった」

    「だからお父さんとお母さんに無理を言って、お兄ちゃんと同じ学校に転校させてもらったの」

    「……お前ざえ、来なげれ"ば……」

    「……そうだね。そんな風に恨まれてるかもしれないって、覚悟もあった。でも、いざ対面してみるとやっぱり怖くて」

    「お兄ちゃんはおろか、年下の妹ちゃんにすら、いつも卑屈な笑顔ばっかり浮かべて……いつだって二人の顔をまともに見るができなかった……」

    「お前……確かに、いつも変な笑い方してたな……」

    177 :

    樫野弘揮

    178 = 32 :

    「あなたが……どんな想いを、どのくらい深く、お兄ちゃんに対して持っているのか、私には分からない」

    「その想いを持つに至った経緯は、きっと、とてもじゃないけど私なんかの想像の及ばないことなんだろうって思う」

    「当だり前だ! あんだなんかに"……理解されでだまるもん"でずか!」

    「うん……そうだね。でもね、それでも、この気持ちは譲れないの」

    「誰が何と言おうと、お兄ちゃんは……私の、お兄ちゃんだから」

    「あ"ん"、だ……」

    「いい加減にやめろ! お前ら、挟まれてる俺の気持ちにもなってくれよッ!?」

    「ごめんねお兄ちゃん。でも私はね、この子と一緒になって、お兄ちゃんを取り合うつもりもないの」

    「はぁ? ……お前、何言って」

    「…………お前がぁ"ッ、ぞの臭い口で、……私のお兄ぢゃんを"ッ」

    「────お兄ぢゃんっで、呼ぶんじゃねえよぉッッッ!!!」

    「……ッ」

    「やめ、ッ────」

    180 = 32 :

    ────── 瞬間、世界が急激にスローに感じられた

    時間がゆっくりと進んでいって、私の身体はぴくりとも動かない

    妹ちゃんが手にもつナイフが、一直線に私に向かってやってくる

    妹ちゃんの憎しみに満ちた表情、彼のとても焦った表情、その顔を伝って流れる汗、汗を運ぶ風、風に揺れる木々の葉の一枚一枚

    全てがモノクロになって、なのに細部まで精緻に観察できるような鋭敏な視座が自分には宿っていて

    そんな私の目は瞬きもできないで、彼女のナイフが肉を裂き、身体にずぶずぶと押し入っていくところを鮮明に捉えていた

    音はしなかった

    スローな世界が、スローな速度で終わりを告げて、世界に色が戻ってきて、次に悲鳴が聞こえた

    目の前で、何故か安心した表情を浮かべた彼が、ゆっくりと倒れていく

    もうスローな世界は終わったはずなのに、彼が地面に堕ちていく速度は何故かひどくゆったりとしていた

    泣き叫ぶ妹ちゃんの声を聞きながら、私の世界は────暗転した

    181 = 32 :

    ***

    ────── 夢を、見た

      両親が事故で死んだりせず、私とお兄ちゃんが愛情を注がれて育つ夢を

    ────── 夢は、理由もなく、唐突に場面を変えた

      叔父さん夫妻のもとで、お兄ちゃんと妹ちゃんが、虐待なんてされずに、楽しそうに遊んでいる夢

    ────── 最後に、もう一回だけ、夢はその景観を変えた

      私と、お兄ちゃんと、妹ちゃんが、三人で一緒に暮らす、そんな幸せな夢に



    そんな、めくるめく夢の天の川を泳いでいて……私は唐突に気づく

    ああ────そっか、これは、叶わなかった願いの欠片たちだったんだ

    私の願望……心の底からの願い

    余りにも綺麗だから、偽物だって分かってしまう、現実との背理────

    182 = 32 :

    夢は夢……叶わないから、手を伸ばしても幻のようにすり抜けてしまうから夢なんだ

    どうして、いつも、本当に欲しいものは手に入らないんだろう

    あの頃の私は、お父さんと、お母さんと、お兄ちゃんがいればよかった

      でも失われた
      
    お父さんと、お母さんが死んでも、お兄ちゃんさえそばにいてくれれば、それでもよかった

      でも失われた
      
    今度は何を失うの? お兄ちゃんと妹ちゃんを失うの? また、この手の中から零れ落ちてしまうの?

    誰も誰もが、私のそばから消えてしまって、私だけが時間の停留所に無理矢理、留め置かれてしまって……

    それなのに、こんなにも、どこまでも遠い幻想を夢に見せられることが悲しくなって、夢の中なのに涙が流れそうになって、

    こみ上げてくる嗚咽をこらえながら、いつも浮かべている卑屈な笑みさえ今は浮かんでこず、

    両親が死んで、お兄ちゃんがいなくなったあの頃のように、いつしか、何もかも諦めたような暗い顔に舞い戻り、

    世界を拒絶して、差し伸べられる他人の手を恐れて、自分の殻にひとりきりで閉じこもって、私は────



    「────────駄目! 今度は、絶対にあきらめない!!」

    昏倒してから25時間も経って、ようやく私は目を覚ました

    183 :

    184 = 32 :

    さるさん3回目……
    投稿ペースを遅くします

    185 = 32 :

    看護師「あら、目が覚めたのね。丁度よかったわ」

    「え、あ、あれ……ここは、ど、どこでしょうか?」

    看護師「落ち着いて。ここは ××病院よ。あなたは気絶していたの。どこも怪我はしていないから、安心して」

    「気絶……って、え……あ、彼は!? 私と一緒にいた男の子はどうなりましたかッ!?」

    看護師「そちらも大丈夫。命に別状はないし、怪我の後遺症も心配はいらないだろうって」

    看護師「とても運が良かったそうよ。しばらくは入院が必要だけど」

    「あ、……そ、そうですか……へへ……よかったぁ……」

    「って、そそ、そうだ!」

    「あの、し、質問ばかりで恐縮なのですが、もう一人、その、お、女の子がいませんでしたか!?」

    看護師「あ……ええ、その子も無事よ。先ほどまで警察の方がいらっしゃていたけれど、今は帰られたようね」

    「け、警察!?」

    186 = 32 :

    看護師「詳しいお話は、あの男の子から聞いた方がいいんじゃないかしら」

    看護師「あなたと会いたがっているの。それで、あなたを起こしにここに来たのだけどね?」

    「え、も、もう面会できるんですか!?」

    看護師「術後経過の確認もあるし、普通ならもう少しの間は面会謝絶なんだけどね」

    看護師「……彼ってばさっき目覚めたばかりなんだけど、どうしてもあなたに会って話したいことがあるって聞かなくて」

    看護師「駄目ですって窘めたら、病室から無理矢理出ていこうとするんですもの……」

    「は、はぁ……」

    「それは、ご迷惑をおかけしました……」

    看護師「そういうわけですので、特別に面会を許可しますが、くれぐれも患者さんに無理をさせないようにね」

    「はい」

    187 = 32 :

    ***

    「よっ、元気か」

    「もう! それはこっちの台詞だよ~、お兄ちゃん!」

    「……はは。すっかりお兄ちゃんって呼び方に戻っちまったな」

    「あ、そ、その……ごめんなさい。嫌だった?」

    「嫌じゃないよ。お前が呼びたいように、呼べばいい」

    「……ありがとう。……その、お、お身体の具合は大丈夫なの?」

    「ああ、ピンピンしてるよ。刺された箇所が絶妙で、すっごく運が良かったんだとさ」

    「う、運が良かったらそもそも刺されてないよぉ~」

    「でも……本当に良かった。お兄ちゃんが生きてて……」

    「……すまなかった」

    「謝らないでいいよ……私を護ってくれたんだもんね……」

    「まぁ確かにそれもあるが、もう半分は、あいつを護りたかった、ってのもあるんだ」

    「……」

    188 = 32 :

    「あいつのこと、怒ってるか?」

    「怒ってるよ、当然」

    「そっか、そう……だよな」

    「……」

    「すっご~く怒ってるから、すっご~く叱ってあげないとね」

    「え?」

    「悪いことをしたら、誰かが叱ってあげなくちゃいけないでしょ?」

    「それで、心から反省したのなら……許してあげないとね」

    「……」

    「おまえ、……すごい奴だなぁ」

    「え、え? そう、かなぁ……」

    「普通、自分を本気で殺そうとした兇悪犯に、説教かましたがる奴なんていないって」

    「う、う~ん……でも、相手は妹ちゃんだし?」

    「……はは、大物だよ。お前は」

    189 = 32 :

    「俺な、実は……ここの所ずっと、カウンセリングにかかってたんだ」

    「うん、知ってるよ。前に一度、お兄ちゃんの……ふふ、『先生』に施設の前で挨拶したから」

    「ああ、あれ、やっぱりお前だったのか……」

    「うん、正直びっくりした。でも、『この人がお兄ちゃんのカウンセラーなんだ』っていうのは、すぐに分かったよ。納得もできた」

    「……まぁ、お前の気持ちも分からないでもないが……」

    「ただな、俺が『先生』のカウンセリングにかかり始めたのは、つい最近だったんだぞ? やっぱりたまたま、じゃないか」

    「あ……ま、まぁ、それは……へへ」

    「でも、ほ、ほら、仮にそうだったとしても、私の場合、別に問題ないわけじゃない? 『先生』に普通に話を聞けばいいと思ったんだよ」

    「はぁ……そんな風に抜けてるお前のことだから、俺がカウンセリングを受けた事情も、全然分かってないんだろうなきっと」

    「へ……へへ……ごめんなさい」

    「……お前のことだよ」

    「え?」

    「お前とどう接したらいいのか、分からなかったんだ。それで『先生』に相談したんだ」

    191 = 32 :

    「え、えぇ? どういうこと?」

    「……妹も言ってたように、俺は殺人犯だ。それは本当のことだ」

    「あ……」

    「叔父さんたちが乗ってた車の事故は、俺が横合いからハンドルに手をかけて引き起こした、人為的な事故。……だから、叔父さんや叔母さんの死の責任は俺にある」

    「そんな人殺しの俺に、十年ぶりくらいに、遠方からわざわざ会いに来た物好きな奴がいる」

    「あ、……はい。物好きな奴です」

    「俺は、どの面下げて『お兄ちゃん』をすりゃいいんだ? 俺はどうすればよかった?」

    「……」

    「妹は……あいつは、俺の殺人を自分への愛の証だと解釈してしまっている。だから、そのことで傷ついたりはしない。……でも、お前は違うだろう?」

    「最初は突き放した態度を取っていたさ。でもお前は不死身のゾンビのごとく、倒れても倒れても立ち上がっては追いすがってくる」

    「そ、その例えはどうかと……」

    「お前は、少し甘くするとすぐ付け上がる。一端、あるラインまで自分の陣地を引き上げたら、どんなに叩かれても、決してその位置から後退しようとしない」

    「お、お兄ちゃんに似て頑固なんだよ……へへ……」

    192 = 32 :

    「先生……あの人はさ、すごく頼りになる人で」

    「……改めてすごい人だなって思ったよ。色んなことを学んだし、励ましてももらった」

    「うん」

    「……俺はさ、お前との間に兄妹としての絆を結ぶ資格がないと思ってた」

    「罪を犯した俺の手でお前に触れたら、お前まで穢れてしまうんじゃないかって、怖かったんだ……」

    「そう……」

    「なあ、改めて聞くぞ……。その、俺はお前が大切だ」

    「あいつも、お前も、どちらも俺の妹だ。二人共かけがえのない存在だ」

    「お前は……こんな俺を、兄として認めてくれるか? 受け入れて、くれるだろうか」

    「……もちろん」

    「私がお兄ちゃんを拒絶するなんて、あり得ないよ。ましてや、お兄ちゃんの手であたしが穢れるなんてこともない」

    「……そっか。……そうかぁ」

    「うん……ありがとうお兄ちゃん。そんなにまで、私のことで悩んでくれて」

    193 = 32 :

    「ねえ、お兄ちゃん。これからのことをする前に、一つだけお願いがあるんだけど、……いいかな?」

    「なんだ、俺にできることなら何でも言えよ」

    「うん……その。十年前の、まだ私たちが小さかったあの頃みたいに、抱きしめて……頭を撫でてくれるかな?」

    「ああ、そんなことでよければいくらでも……」

    「う、うん……じゃあ……」

    「……」

    (ぎゅぅっ)

    「……でっかくなったなぁ、お前……」

    「あたりまえじゃない……もう十七だよ?」

    「妹よりもたった一つ年上なだけなのに、こんなに発育具合に差が出るってのは……やっぱ環境の違いか?」

    「ばか、えっち……。妹ちゃん聞いたら怒るよ?」

    「はは、そうだな。これは禁句にしとくよ」

    194 = 32 :

    「……さて、と。甘えるのはここまで!」

    「もういいのか?」

    「うん! 今は、やることがあるから」

    「あいつのこと、だな」

    「うん……妹ちゃん、あれからどうなったの?」

    「あいつは、今、この病棟に入院しているよ」

    「えっ? ど、どこか怪我したの」

    「俺も看護師さんに事情を聞かされたばかりだから、あまり詳しくはないんだが、俺たちが運び込まれてすぐ、警察がやってきたらしい」

    「警察……」

    「ああ。まぁ、殺人未遂の容疑者を放っておく訳にもいかないってことで」

    「それで、そのまま警察署に連行……されるはずだったんだが、あいつ、病院を出る前に血を吐いた」

    「血ッ!?」

    195 = 32 :

    「そりゃそうだろ……七年ぶりに口を開いたかと思えば、あんなにベラベラとまぁ……」

    「緊急入院だとさ。とりあえず、しばらく安静にしていれば大丈夫らしい」

    「そ、そうなんだ……よかったぁ~」

    「あ、でも……その、警察はどうするの?」

    「後日改めて取り調べるってことらしいけど、まぁ心配すんな、俺は訴え出たりしないさ」

    「そ、そう……。それじゃ、なんとか一安心だね……」

    「安心、かな……」

    「え?」

    「俺は不安だよ。あいつがまた短絡を起こすんじゃないかって」

    「た、短絡って……?」

    「いや、な……逆上してお前をまた殺しにくるとか。……自殺を図ったりとか。あり得ない話じゃないだろう?」

    「そんな……」

    196 = 32 :

    看護師「あ、あの、ごめんなさい! ちょっといいかしらッ!?」

    「えッ!?」

    「ッ、なんですか!?」

    看護師「あの、本当にごめんなさい。あなたの妹さんね、ほんの数分目を離した隙に、病室を抜けだしてしまって……」

    「……はぁ。もしかしたらそうなるかもって思ってました、よッと!」

    看護師「ち、ちょっと、起き上がらないで下さい!!」

    「すみませんが、妹の一大事なんで、死んでも行きますから」

    看護師「だ、誰か来て! 早く!」

    医師「……何があった!?」

    「あ、ちょっと、待てって! おい! 多対一はずるいぞ!」

    医師「興奮状態が見られるな……鎮静剤を、早く!!」

    「あ、ま、待ってください!」

    看護師「下がっていなさい! あなたはこの男の子を死なせたいの!?」

    「……ッ、で、でも……」

    197 = 32 :

    「あッ、ちくっ、しょ……」

    「だ、大丈夫なんですか!? あの、ひどいことはッ!」

    看護師「興奮状態を抑えて眠らせる薬を打っただけだから、安心しなさい!」

    「あ……でも、そんな……」

    「ぉ……おい」

    「な、なに!?」

    「×××市 ×××町 ××× ×-×-×」

    「それって!?」

    「あい、つの、元の住所……」

    「頼む……あいつ……きっと、ひとりで……」

    「ごめ、……な…………頼……」

    「……」

    看護師「……眠った、ようですね。ふぅ……」

    198 = 32 :

    医師「やれやれ、人騒がせな患者だ、全く……」

    「お兄……ちゃん」

    「……」

    医者「簡易拘束バンドを用意しておいてくれ。次に暴れるようなことがあったら、やむを得まい」

    看護師「分かりました……患者さんの容態を悪化させるわけには参りませんものね」

    「……」

    「お兄ちゃん、大丈夫だよ」

    看護師「え、…………あなた、さっきの女の子、よね?」

    看護師「なんだか、雰囲気が……」

    「……大丈夫」

    「大丈夫だからね。お兄ちゃんは、すっごく頑張ったよ」

    「だから安心して休んで。次は……私が頑張る番だから」

    「絶対に、これ以上誰も、失わせたりしないんだから────」

    200 = 32 :

    ***

    ────── 喉が、焼けつくように痛い

    冷たい夜風を肺に吸い込むと、赤々と裂けた喉の内奥がギチギチと痛んだ

    しかし今は、その痛みすらも心地良い

    痛みは罰……私の罪に対する罰に他ならない

    この痛みのおかげで私は、自分の罪に押し潰されずに、辛うじて、一歩、また一歩と、足を前に踏み出せるのだろう

    でも、こんなものでは足りない

    私の犯した罪は、最も大切な人をこの手にかけそうになった罪の大きさは……

    嗚呼、彼が、自分にとって世界そのものに等しいというのなら、

    私はきっと自らの世界に刃を突き立てたのだ

    だからだろうか、目の前の風景の、あちこちにヒビが入って見えるのは

    認識と世界との間にズレを感じる

    薄皮一枚隔てたところから、この世界を眺めているような────

    ……もはや私は、この世界の住人ではないのだろうか?


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